「あなたが……まおう……?」 「く……くくくっ」 「これは、光と闇が織りなす物語」 「なにが おかしいっ! こたえろっ!」 「……ああ、そうだ。よ こそが、まおうだ」 「魔物を束ねる、闇の魔王。それを討ち果たすために、 光の女神に選ばれし勇者とその一行」 「そんな……どうして……」 「ふたりとも おちついて。 とりみだしちゃ だめだよ」 「れいせいで いられるわけ ないだろ!」 「どこにでもある、ありふれて、語りつくされたような。 そんな陳腐な英雄譚」 「どうして……あなたが……」 「ふっ……どうして、だと?」 「勇者が魔王を倒し、ハッピーエンドを迎える。 この物語はたったそれだけの」 「『フツウのファンタジー』」 「そんなの おれが ききたいわーっ!!」 「女神歴717年、光の女神は邪悪なる魔王の手に よって封じられ、世界は闇と混沌に包まれる」 「魔物の頂点に君臨せし、魔王。 その名は、『ジェイド』」 「彼の者によって、人々の心には 絶望が深く刻み込まれる」 「しかし、新たなる邪悪が生まれる時、 新たなる正義もまた生まれる」 「魔王に封じられ、眠りに落ちながらも、 光の女神は残された力にて、勇者を導く」 「神託により女神に選ばれし勇者、その名はヒスイ」 「同じく女神に選ばれし戦士・カレン、神官・クリス」 「彼の者ら、多くの人の助けを受けて、 魔王ジェイドと対峙し、そして――」 「勇者・ヒスイは稲妻の刃にて魔王ジェイドを 討ち滅ぼし、世界に光をもたらすであろう」 「というわけで、魔王様。貴方はごく普通に 勇者に倒されてしまいます」 「……え?」 当たり前のように告げられた言葉に、 思わず単音で聞き返してしまう。 「魔王である余が、人間ごときに倒されるだと?」 「はい。わたくし――“〈魔道書〉《グリモア》”リブラに 記された最も新しい予言です」 「ごく普通に勇者が、ごく普通に魔王を倒し、 ごく普通にハッピーエンドになります」 「普通ってどういうことだ!?」 「特に変わっていないこと。ごくありふれたもので あること。それがあたりまえであること」 「そのようなことです」 「意味を聞いたわけじゃねえよ!!」 思わず、素に近いテンションでツッコミを入れてしまう。 死の予言を告げてきた“魔道書”リブラは、 実に淡々としていた。 平坦な声色と、あまり動かない表情。 何を考えているのか、まるで読めない。 「お前の予言というのは……当たるのか?」 「はい」 「余は……勇者に倒されるのか?」 「はい。倒されます」 「まだ、魔王になって数日しか経っていないのだが?」 「それでも倒されます」 「特に悪いこともしていないのだが?」 「関係なく倒されます」 「光の女神を封じたのは、親父殿なんだが?」 「徹底的に倒されます」 「世界は闇にも混沌にも包まれていないのだが?」 「とにかく倒されます」 余の言葉に、リブラは無感情かつテンポよく答える。 余が倒されるという未来をまったく 疑っていないように思える。 「それはもう、ザックリと。確実に倒されてしまいます」 「“伝説の〈魔道書〉《グリモア》”の予言は絶対です」 “伝説の魔道書”――その二つ名が示す通り、目の前に いる少女の本質は魔道書であり、道具である。 余の親父殿である先代魔王より譲り受けた遺産の一つ。 意思を持つ魔道書……それが、リブラだ。 「そうか……ザックリと、か……」 「そして、世界は平和になり、ハッピーエンドです」 「ハッピーじゃないだろっ!!」 「……?」 「不思議そうに首を傾けるなっ!」 「俺……じゃなくて、余がハッピーではないだろっ!!」 「……ああ、なるほど。これが世界の抱える矛盾ですね」 リブラは何か納得したように頷いている。 「所有者たる余の命が掛かっているというのに、 悠長なものだな。貴様は」 「わたくしは、あくまで道具でしかありませんので」 「いかなる意図とも関係なく、道具としての役割を まっとうするのみです」 そこになんの感情も込めずにリブラは告げる。 今、この時、リブラが果たすべき役割とは…… 余に対して予言を告げること、なのだろう。 しかし、親父殿の遺産の中で眠っていたこいつの封印を 解いたのは余だというのに、なんて言いぐさだ。 「分かった……」 ともあれ、こいつの本質が道具であり、 その役割を果たしたことは確かである。 その行為自体は責められないだろう。 「勇者の名はヒスイ、と言ったな。そいつは何者だ」 「先代様が滅ぼした王家の生き残りである姫です」 生前の親父殿はかなりヤンチャであった。 光の女神とやらを封じてしまうくらいのヤンチャっぷり なので、王家を滅ぼすくらいわけもないだろう。 まあ、そんな親父殿も、病には勝てなかったのだが。 親父殿が息を引き取った後、魔王の座を 継いだのは息子である余だった。 「フン、落ちぶれた小娘ごときが余を倒すだと?」 「はい。見るも無残なくらいに倒します」 「見るも無残なくらい、か……」 余は一体どのような殺され方をするのであろうか。 想像しただけで、テンションが下がってきてしまった。 ……って、いかんいかん。 「ならば、今のうちから芽を摘めば良いだけだ」 予言という形で事前に情報を得ることが出来た アドバンテージを活かさないわけにはいかない。 「アスモドゥス。アスモドゥスはおらぬか」 「はっ、こちらに」 指を鳴らしながらの呼びかけに、恭しく頭を下げながら 仮面をつけた魔族が姿を現す。 我が軍最強の大魔導士にして、親父殿の時代より仕えし 参謀――アスモドゥスである。 「お呼びでございましょうか、若」 「アスモドゥス!」 「はっ!」 余の叱責に、アスモドゥスが背筋を伸ばす。 「余をその名で呼ぶな」 「失礼いたしました、魔王様」 「余が先代より魔王の名を引き継ぎ、まだ日も浅い。 故に此度だけは許す」 「だが、二度目はないと心得よ」 「承知いたしました、魔王様」 余の眼前にて、アスモドゥスが跪く。 これこそが、魔王たる余に対して取るべき正しい 態度であり、持つべきである忠誠心だ。 うむ。実に気分が良い。 「話は聞いておったな?」 「はっ。魔王様の命を狙う不届き者の件でございますね」 「うむ。取るに足らぬ虫けらであるとは言え、余に 盾突く不届き者には報いを与えねばならぬ」 「魔王軍四天王を動かせ」 我が軍の中でも、優れし四人の精鋭。 火の魔将、竜姫ベルフェゴル。 水の魔将、海姫レヴィ・アン。 風の魔将、蟲姫ベルゼブル。 土の魔将、死姫マーモン。 奴らを差し向ければ、か弱き人の子など ひとたまりもあるまい。 「お言葉ですが、魔王様。それは出来ませぬ」 余の指示に、アスモドゥスが首を横へと振る。 「……む?」 四天王を動かせない理由でもあるのだろうか? ああ、待てよ。確か、四天王には親父殿が 何か命令を与えていたはずだ。 「そういえば、四天王には先代より 侵攻の指示が出ていたな」 余としたことが、うっかり忘れていた。 それに冷静に考えてみれば、勇者などというちっぽけな 存在にわざわざ貴重な戦力を割いてやる必要はない。 魔物どもを大量に動員し、一斉に侵攻を開始すれば、 問題なく始末出来るだろう。 「ならば、他の魔物どもに指示を出せ。これより、 勇者を標的とし、大規模な侵攻を開始するぞ」 「魔王様、それも出来ませぬ」 「……ん?」 またもや、アスモドゥスが首を横に振る。 「魔王である余の指示が聞けぬと申すか?」 「はい。今は大規模に魔物たちを 動かせぬ理由がございます」 「ほう?」 魔物どもを動かせない理由――。 余にはまるで心当たりがない。 何かしら理由が存在しているのだとすれば、 まずはそれを把握せねばなるまい。 「申してみよ」 「先代様の喪に服さねばなりません」 「……喪?」 今、なんか、魔物らしからぬ言葉が聞こえた気がしたぞ。 「はい。先代様が先日、大往生を遂げられた際に」 「『ワシが死んだら、お前ら一年くらい喪に服せ』と 言い残されましたので」 「……マジで?」 「マジでございます」 「マジです」 「……え?」 アスモドゥスだけならまだしも、リブラまで頷いている? 「あれ……? 余、初耳なんだが」 「『ジェイドには伝えずとも良い』とも仰られました」 「親父殿ぉぉぉっ!?」 「先代は、お茶目な方でございましたので……」 「そのお茶目とやらのせいで、 俺の命が危ないんだがっ!?」 思わず、素の口調に戻ってしまわざるをえない。 なんで、わざわざそんな遺言を残すんだ!? 「よって、大規模に軍を動かすことは出来ません」 「というわけで、倒されてしまいます」 「胸張って言うなっ!!」 「ぐ……こ、こう、その辺りは 上手くなんとかならんのか?」 「先代様は魔物たちに慕われておりましたので、 難しいでしょう」 「無理に動かそうとすれば、軍内に 亀裂が生じかねません」 「信頼度の差が出ましたね」 「うるせー!! 4日前に魔王引き継いだばっかりで 信頼とか得れるかーっ!!」 せめて、7日……ああ、いや、10日くらいあれば……。 「ぐ、ぐぐ……つ、つまり、あれか? 大規模な侵攻が出来ないということは……」 「どのように動くかは、各地の魔物どもに 任せるしかない、と」 「さようでございます。散発的な行動しか取れませぬな」 「くそっ! 闇にも混乱にも包まれない じゃねえか、世界!!」 むしろ、闇と混乱に包まれているのは 俺の未来じゃねえか!! 「それでも、サックリと……」 「倒されるんだろ、チクショウ!!」 リブラに大きな声を返しながら、それでも懸命に考える。 本当に俺は勇者によって倒されてしまうのだろうか? いくら、手勢のほとんどを思うがままに動かせないとは いえ、魔王が単なる小娘に負けるとは思えない。 何故なら、俺は強いからだ。そして、魔王だからだ。 とはいえ、とはいえ、だ……。 「今のうちから、遺言を作成することをお勧めします」 「するわけねえだろ! 死にたくなんてねえよ!」 “伝説の魔道書”が予言として、告げているのだ。 ならば、何も手を打たないというのは愚策すぎる。 「ぬぬぬぬ……」 しかし、現状でどのような手が打てるだろう。 四天王も、魔物たちも動かせない以上、 何を頼りにすれば……。 「……む?」 いや、一人だけ自由に動くことが出来る者がいる。 余が心より信頼することが出来、その力を良く知る者が。 「……そうか。その手があったか」 「何か妙案でもございますか?」 「ああ。良い手があったぞ」 頬を歪め不敵に笑いながら、玉座より腰を上げる。 腕を大きく横に払う動きに伴い、マントが バサリとカッコよく翻る。 「余、自らが出る!!」 「そ、そんなっ! 魔王様が自らですかっ!?」 「倒されに出向くということですね」 「違うわっ!!」 オーバーアクション気味に体全体を使って驚く アスモドゥスと、対照的に顔色一つ変えないリブラ。 その二人を前に、余は高らかに宣言をする。 「余が倒されるという予言、それが運命なのだとすれば、 余がこの手で覆してみせよう!」 「全てをひれ伏させてこそ魔王である。ならば、 運命すらも我が前に屈させるのみだっ!!」 「わ、若……ご立派になられてっ! このアスモドゥスめ、感無量にてございます」 仮面の下では、号泣しているのだろう。 アスモドゥスの声は、感動に震えていた。 「あまりお勧めはしませんけど」 一方、こいつは無感情な目を俺に向けるだけだった。 「首を洗って待っておるがよい、勇者よっ!!」 「ク……ハハハハハッ!!」 死の予言も、破滅の運命も、全てを吹き飛ばす哄笑を 鳴り響かせながら。 「ハーッハッハッハッハッハ!!」 自らの輝かしい未来を手にするため運命に立ち向かう、 余の長い長い旅路が幕を開けるのであった。 『拝啓、親父殿。あの世でもお変わりないでしょうか?』 『俺は、親父殿のお茶目のおかげで、 一生の危機に直面しています』 『いずれ、俺がそちらに行った際には、 腹を割って話し合いましょう』 『多少、拳も交えるかもしれませんが、それも 俺のお茶目だと割り切って殴られてください』 『さて、今、俺が何をしているのかと言うと――』 「なあ、リブラ」 「はい、なんでしょうか」 「俺……じゃなくて、余は勇者に倒されるんだよな?」 「ええ。確実に倒されます」 『我が命を狙う不届き者である勇者を亡き者にすべく、 俺自ら出向いたわけですが』 『そこで、俺はとんでもない場面に遭遇したのです』 「で、その勇者だが――」 「はい」 「やられたじゃねえかよっ!?」 「やられましたね」 『俺が目撃したのは、天敵である勇者が 魔物に倒される瞬間でした』 「これ、あれじゃないか? お前の予言、大外れじゃないか?」 「いいえ、わたくしの予言は絶対に外れません」 「いや、そうは言っても、現にやられてるわけだし!」 「まあ、見ていてください」 『やたら自信たっぷりなリブラに従って、 その場で少し待っていると――』 「飛んだーっ!?」 『世の中は、まだまだ俺が知らない不思議に 満ち溢れているのだなあ、と』 『驚きを隠せない夜となりました。敬具』 衝撃の場面よりさかのぼることしばし、 全ては俺の出立の時より始まった。 「さて。そのヒスイとか言う小娘の居場所は 分かっておるのか?」 「はい。現在は、アワリティア城に向かっています」 「ほう……アワリティア城?」 「そこより先は、このアスモドゥスめが ご説明いたします」 玉座の正面にて跪くアスモドゥスが、深く頭を垂れる。 「許す。話すが良い」 「ははっ」 余の許しを受けて立ち上がったアスモドゥスが、 もう一度深く頭を下げた後で、講釈を開始する。 「アワリティア城は、光の女神の血筋を引くと言われる 女王『エルエル』の治める城にございます」 「なんでも、この女王エルエルとやらは、光の女神の 神託を受けることが出来るとか」 「なるほど。勇者とは、女神の神託に選ばれし者 ……であったな」 「その通りです」 いかなる魔物であっても平伏させる、魔王の視線を 受けてもなお、リブラは平然とした顔で頷く。 “伝説の魔道書”と言うだけあって、魔物どもとは 一味違うということだろう。 「であれば、勇者が拠点とするには うってつけの場所だな」 「さようにてございます」 「ということは、おそらく……」 「そこで、女王エルエルより新たな神託を 授かるところから、勇者の旅は始まります」 「……ぬ」 余の言葉の先を、リブラが横から奪い去る。 本来であれば、許されざる不遜であるが、所詮は 道具のやること。大目に見てやるとしよう。 「ふふり」 なんか、すごく得意げな顔をしているが……。 ……うん。大目に見てやるとしよう。 優秀な配下には最大限の寛容を示し、 使えぬ愚か者には寛大なる引導を渡す。 それが親父殿より教わった、王に必要な寛大さである。 「……して、そのアワリティア城とはどの辺りにある?」 「はっ。魔王様、右手の窓をご覧ください」 「む……?」 アスモドゥスの指し示す窓へと、目を向ける。 「海を挟み、城があるのがご覧いただけますか?」 「ああ。見えるぞ」 海峡を挟んだ向こう側に、城が建っているのが、 小さくだがはっきりと見える。 「あれがどうした?」 「あれがアワリティア城にございます」 「近っ!?」 思わず、素で叫んでしまった。 「え、ちょ、おま、こ、ここから目視出来るぞっ!?」 「はい。おそらくは、あちら側からも目視出来るかと」 「こんな近くで大丈夫なのかっ!?」 いくら海を挟んでいるとはいえ、 互いに見えるような距離だ。 魔王の城と光の女神ゆかりの城がそんな近場に あって良いのだろうか。 「クフフフ……ご安心ください、魔王様」 いかにも悪人風味な笑いをアスモドゥスが漏らす。 仮面の下では本当に笑っているのだろうか、 肩が小刻みに揺れている。 「魔王城とアワリティア城を挟む海峡は、 呪われし『魔の海峡』となっております」 「ここを通ろうとする愚か者は、全て海の藻屑と 消え去る世にも恐ろしい場所でございます」 「ほう? 余には、穏やかな海にしか見えぬのだが」 見る限り、いたって普通の海である。 荒々しい大波など立っているようには見えない。 「先代様の時代より、海からの侵攻は 確認されていません。それが証拠です」 「そもそも、人間による城への侵攻自体 例がありませんが」 「ふむ、なるほど」 この距離にありながら、海からの攻撃を受けてはいない。 確かに、それこそがあの海峡の恐ろしさの証明であろう。 「ちなみに、我々魔物も通れません」 「……え? 『魔の海峡』……なんだよな?」 「はい。呪われし『魔の海峡』にございます」 「ああ、いや、その枕詞はどうでも良い」 「『魔の海峡』なのに、魔物も渡れないのか?」 「はい。例外なく海の藻屑と化します。クフフフ……」 肩を揺すりながら、アスモドゥスが悪い笑いを漏らす。 「いやいやいや、何故そのタイミングで笑う」 「雰囲気重視でございます」 「そ、そうか……」 まあ、確かに魔族にとって、悪い雰囲気と いうのは大事だろう。 かく言う俺も、魔王らしい雰囲気を出せるように 日々努力を……って、それはさておき。 「だから、向こうの城も無事で済んでいるわけか」 まあ、確かにこれだけ近ければ、お互いに 海から攻めこむのが効率的だろう。 しかし、双方ともにそれが出来ないがために、 この近場でありながら互いに無事なのだ。 「よし、アワリティア城の場所は分かった。ならば――」 カツ、と靴音を響かせながら玉座より腰を上げる。 魔王の印であるマントをバサリ、と翻し。 「これより、勇者討伐に出るぞ!」 朗々と、進軍の号令をかける。 「では、魔王様。まずは、お着替えください」 「ぬ? この格好では、いかんのか?」 「はい。ただいま、お召しになられている物は、いずれも 高位の魔力が込められた逸品にございます」 「その一つ一つが、魔王様のお力を 象徴するものにございます」 「親父殿から受け継いだ物だからな」 いわば、この装備品こそが魔王の証のようなものである。 これを身にまとうことによって、俺は 最強の力を振るうことが出来る。 「ゆえに、そのまま動かれたのでは、魔王様で あることを人間どもに気取られてしまいます」 「それでは、魔王様の沽券にかかわってしまいます」 「ほう。というと?」 「つまり、たかだか勇者一人のために魔王必死だな。 ぷぷぷ。となるわけです」 「ぬぐぅっ!?」 「魔王とか言ってるわりに、ちょろくねー? ともなります」 「繰り返さずとも良いわっ!!」 沽券にかかわるのであれば、大問題だ。 悔しいが、リブラの言葉通りに人間になめられて しまっては、魔王としては致命的である。 人間どもに恐怖と絶望を与えてこその魔王だ。 「そして、光の女神とは狡知なる存在。先代様でさえ、 封じ込めるのがやっとの難敵にございます」 「〈彼奴〉《きゃつ》めが、いかなる悪知恵を人間に授けているか 分かったものではありません」 「なるほど。余……つまり、魔王への対抗策を 用意しているかもしれないということだな」 確かに光の女神は親父殿に封印されながらも、神託と いう形によって人間どもに力を貸している。 その事実を軽んじるわけにはいかないだろう。 「その通りにございます。ゆえに、魔王様の行動は 秘密裏になさるのがよろしいかと」 「差し出がましい口を挟み、誠に申し訳ありません」 アスモドゥスが平伏するかのように、深々と頭を下げる。 そこまでやる必要がないとは思うのだが、 決してそれを口に出したりはしない。 そんなことをしては、アスモドゥスの忠義を 愚弄することになってしまうからだ。 「良い、許す。貴様の言葉は忠誠より 出でしものであるからな」 「我が身に過ぎる寛大なお言葉、恐れ入ります」 「まあ、どのみち死ぬのは確定なので、悪知恵とやらに やられてしまうのも良いんじゃないでしょうか」 「お前っ!?」 アスモドゥスの若干芝居じみながらも、忠誠心に 溢れた態度の直後にこの物言いである。 正直、呪文で吹き飛ばしてやりたいところだが、 ここはぐっとこらえておくに限る。 道具ごときにムキになる必要もない。 王に必要なのは、寛大さだ。 「ぬ……ぬぐう! ぐう……っ!」 王に必要なのは、寛大さなのだ。 我慢しろ、余。 「リブラ……貴様の不遜、自信の現れとみなし 不問とする」 「寛大な処置、恐れ入ります」 な、ぐ、り、て、え、え、え!! 「だが……貴様の予言が実現しなかった あかつきには、覚悟せよ」 「余の心を惑わせた罪は、償わせるぞ」 「大丈夫です。魔王様はバッチリ死にますから」 「俺が大丈夫じゃねえよ!!」 よし、決めた。予言が外れたら、こいつは 本棚の一番奥に封印してやろう。 しかも、いい感じに湿気が溜まっているような、 そんな場所にしよう。 「さて、今度こそ出立するぞ。 他に言っておくことはないな?」 「言うならば、今のうちだぞ?」 「わたくしめよりは、何もございません」 「こっちも特に言うことはありません」 「ならば良い」 今度こそ、ようやく出発の時が訪れた。 このマントともしばらくの間はお別れである。 今のうちに、もう一度バサリと翻しておこう。 「余が留守の間、城は貴様に預けておくぞ。 アスモドゥス」 「ははっ! このアスモドゥス、全身全霊をもって 魔王様の命にお応えいたします!」 一度深く頭を下げた後で、アスモドゥスが 懐へと手を入れる。 何かを探しているようだ。 「それでは、魔王様。これをお納めください」 懐から取り出したのは小さな布袋。 アスモドゥスは、それを両手でそっと差し出してくる。 「ふむ。これはなんだ?」 袋を受け取ってみると、手にずしりと来る重さがあった。 チャリ、と中で金属質な何かが ぶつかり合う音が小さく鳴る。 「人間どもの間で流通している〈Z〉《ゼニドル》という 貨幣にてございます」 「旅の資金として、お使いください」 なるほど。人間どもの町では、何をするに しても金銭が必要だと聞いた覚えはある。 ならば、ある程度の資金は持っておくべきだろう。 流石はアスモドゥス、気が利く男だ。 「ああ。有効に使わせてもらおう」 さて、これで後は着替えて出発するだけだな。 では、早速着替えの方を……。 「ところで、魔王様。どうやって、 アワリティア城へと向かうのですか?」 「…………え?」 意気揚々と出発する気満々だった余の心の熱は、 その言葉で一気に冷めていった。 「どうやって、って……」 海は使えない……んだよな。 「こう、何か良い手はないのか? アスモドゥス」 「例えば、一気にワープするような魔法とか」 「恐れながら申し上げます、魔王様」 恭しい所作にて、アスモドゥスが丁寧に頭を下げる。 「そのような手段がございましたら、とっくの昔に 人間どもを攻め滅ぼしてございます」 「だよなーっ!!」 ぐうの音も出ないほどの正論である。 「空を飛ぶ魔物に余を運ばせるとかは……」 「それでは、秘密裏な行動になりません」 「ぬうーっ!!」 海も駄目だし、空も駄目。ワープも論外。 直接乗り込めるような、便利な手段は 存在しないことが分かった。 「ということは……」 「しばらく陸路を進んだ後で、大丈夫そうな場所から 海の魔物に運んでもらうしかありませんね」 「マジでかっ!?」 「ちなみに、勇者がアワリティア城に 辿り着くのは明日です」 「マジで……か……」 「かなりマジです」 こくこく、と無表情なままにてリブラが首肯する。 これは、かなりの強行軍となることは容易に予想出来た。 全力で急いだとしても、間に合うかどうかギリギリだろう。 「い、いいだろう! 余は足がすっごい速いからな! 楽勝で間に合ってみせてやろう!」 こうして、余の勇者討伐の旅は、 長距離走から始まるのであった……。 「な、なんとか間に合いそう、だな……」 出立から一日経った昼。 血のにじむような道程を経て、俺はようやく アワリティア城の近くまでたどり着いていた。 ここらでちょっと休憩でも挟みたいところだが、 そういうわけにもいかない。 なんせ、自分の命がかかっているのだ。 ここで勇者を見失うわけにはいかない。 「さて、気合を入れていかねばな」 「無駄な努力でしょうけど」 「うるさいっ!」 「というか、なんでお前まで付いてきたんだ」 こいつまで付いてきたせいで、ここまでの道中、 気が休まるようなことはほとんどなかった。 予言は絶対だ、とか、倒される、とか連呼されて、 心が落ち着くわけがない。 「予言が正しかったということを 見届ける義務がありますから」 顔色一つ変えずに、リブラは事務的に返事をしてくる。 「要するに、俺が倒されるのを見届けなければ 気が済まない、ということだろ!」 「簡単に言えば、そういうことです」 ぐぬぬぬぬ! 魔王たる余に対する、なんという不遜だろう。 怒りのあまり、体がぷるぷると震えてしまいそうになる。 「それと、もうひとつ」 「ぬ……なんだ?」 「案内役が必要と判断しました」 「あなたは、この世界のことをほとんど知りませんから」 「うぐっ! し、仕方あるまい。 城より出たことはないのだからな!」 思いっきり痛いところを突かれてしまった。 ずっと城で過ごし続けてきた余は、リブラの 言う通り世界というものを知らない。 アワリティア城の場所も、教わるまで 知らなかったくらいだ。 「引きこもり、おつです」 「箱入りと言えっ!!」 旅の供としては、リブラが最適であることも間違いはなく、 こいつをむげに扱うことも出来ない。 「人前で、『余』とか言ってはいけませんからね。 そんな言葉遣いでは、怪しまれます」 「分かっている」 まあ、俺自身『俺』という一人称の方が 使いやすいのも確かだ。 そこは承諾しておこう。 「あなたの容姿は人間にとても近いので、 潜入自体はスムーズに行くでしょうね」 魔王の配下には、二種類の生物がいる。 一つが、ドラゴンであったり、ゲル状であったり、 人間とは大きくかけ離れた外見を持つもの。 いわゆる一般的に魔物と呼ばれるものだ。 「ああ。魔族としての特徴が俺にはないからな」 もう一つが、魔族と呼ばれる種である。 魔物を遥かに凌駕する力と知能を持ち、 魔物たちを束ねる存在だ。 大きな特徴として、体の一部が動物のような外見を していることがあげられる。 例えば、尻尾が生えていたり、角が付いていたりなどする。 「かなりのレアケースですよ」 そして、俺は魔王の子でありながら、 外見に魔族としての特徴が見当たらない。 極めて稀な存在である。流石、俺。 「いくら、潜入が容易だからといって 好き勝手してはいけませんからね」 「例えば、エロ魔法を使いまくるとかはやめてください」 「誰が使うかっ!!」 いや、待てよ。 俺は魔王なのだ。ここは逆に、そういう悪い魔法を 使いまくった方がいいのではないだろうか。 むしろ、使いまくるべきな気がしてきた。 ふむ。勇者を倒した後にでも、 その辺りは検討してみるとしよう。 「……フハハハハッ! 首を洗って待っておれよ、勇者めっ!!」 俄然、やる気の出てきた俺は、勇者抹殺の闘志を 新たに燃やすのだった。 「ほう。ここが城下町か」 周囲は人の行き来も多く、活気に満ち溢れている。 ざっと見渡しただけでも、この町が人間にとっての 要所であることは、容易に理解出来た。 「この世界で、最も栄えている町です」 「アワリティア城の膝元なだけはある、か」 町中には光の女神『アーリ・ティア』の石像が、 至る所に見受けられる。 人間どもの間で、いかに女神信仰が根付いているのかを 如実に物語っている光景だ。 だからこそ、女神の血筋に連なる、女王『エルエル』の 膝元であるこの町に人も物資も集まる。 自明の理だ。 「我が城の傍にある、というのは奇妙なものだがな」 振り返って見ると、『魔の海峡』を挟み 我が城の姿が小さくだが見える。 ……あそこさえ無事に渡れたら、 もう少し楽だったんだがなあ。 「……まあ、いい。それよりも、勇者なのだが……む?」 視線を戻してみると、リブラの姿が忽然と消えていた。 一人でどこかに行ってしまったのだろうか? 困ったやつだ。 その姿を探すため、辺りを見渡そうとしていると。 「こんにちは!」 見知らぬ少女が、明るく元気に声をかけてきた。 「あ、ああ、こんにちは」 いきなりの挨拶に、少し戸惑いながら挨拶を返す。 「お兄さんは、旅の方ですか?」 「その通り、だが……」 人懐っこい調子で、少女が語りかけてくる。 金色の髪に、翡翠色をした瞳。 柔らかく可憐な笑顔が目を引く。 「あ、やっぱり。なんとなく、そんな感じがしました」 俺がそうであるように、魔族の中にも 人に限りなく近い姿の者はいる。 だが、この少女の持つ清楚で可憐な雰囲気を かもしだす者は、俺の周囲にはいない。 それこそが魔族と人間の差異なのだろうか。 あるいは、この少女のみが持つ雰囲気なのだろうか。 俺には、よく分からない。 「お前は、この町の人間か?」 なんとなく違うだろう、と思いながらも少女に尋ねる。 一見、ドレスのようにも思える服装だったが、それは 旅に出るための出で立ちにも思えた。 「いいえ、わたしも旅の途中です」 服装を確認する際に、少女の体つきも目に入る。 ふうむ、ほほう、なるほど。 これは……中々のものだな。 「む、そうか。気を付けるんだぞ」 少女の柔らかな空気につられるように、 魔王らしくないことを口にしてしまう。 気を付けろ、など実にこっけいな言葉だ。 「はいっ、ありがとうございます」 明るく笑った後で、少女は丁寧に お辞儀をしてから歩いていく。 「……ふん。小娘風情が気軽に話しかけてきおって」 少女の背を見送りながら、鼻を鳴らす。 俺の胸中では、不快な色が濃くなってきていた。 魔王である俺が、人間ごときに気さくに話しかけられ、 普通に応対しなければいけない。 はなはだ滑稽かつ、不快極まりない出来事だ。 「男のツンデレは面倒くさいだけですよ」 「……ぬ」 感情のこもっていない淡々とした声の方へと、 横目を向ける。 そこには、姿を消していたはずの リブラが悠然と立っていた。 「貴様。今まで、何をしていた?」 「まだこの段階では接触を避けた方がいい。 論理的にそう判断したので、隠れていました」 「……接触?」 何を、かは問わずとも良いだろう。 リブラが姿を消したタイミングは、まるで さっきの小娘を避けるかのようだった。 「フン……まあ、良い」 何故そんなことをしたのかは、聞く必要もない。 どうせ、人と関わりあいになるのが面倒だ、 とかその程度の些末な理由なのだろう。 「まずは目的を果たすとしよう。勇者を探すぞ」 「それなら、もう済んでいます」 「……なに?」 勇者の探索は既に終わっているとの言葉に、 リブラへとちゃんと向き直る。 さっきの短時間で、もう見つけたというのか。 「だからこそ、わたくしは接触を避けたのです」 「結末に変化は起きないとしても、観測者は観測に 徹しておくに越したことはありませんから」 リブラが接触を避けた相手とは……先ほどの少女。 観測に徹するために、対象に近寄らないという旨の 発言と併せて考えると、それはつまり……。 「……まさか」 さっきの少女が歩いて行った方向へと目を向ける。 可憐な雰囲気を醸し出しながらも、 気さくに声をかけてきた少女。 つまり――。 「先ほどの少女こそが――」 「勇者・ヒスイです」 リブラの平坦な声を聞きながら、俺の脳裏には さっきの少女の笑顔がよみがえる。 あの小娘が……勇者、だと……? 「こんにちは、いいお天気ですね」 「武器と防具はちゃんと装備しないと意味がないんですね。 分かりました、ありがとうございます」 少女――勇者ヒスイが、明るい笑顔で 町の連中へと声をかけている。 その身からは、華やいだ空気が溢れ出しているようだ。 魔族的には、実に忌々しい雰囲気である。 「……あれが勇者、か」 少し離れた場所から、ヒスイの様子を 観察しながら小さく呟く。 「はい。あなたを倒す者です」 「あいつが、俺をなあ……」 何度見ても、勇者と言う言葉とヒスイの顔が 上手く結びつかない。 もっと、こう、殺伐とした殺戮兵器みたいなやつを 想像していただけに、かなり肩透かしを食らった感じだ。 「あんな、ほわほわしたやつが俺を倒すなど、 到底信じられんな」 「わたくしに記された予言は、絶対に当たります」 「魔王は必ず勇者に倒される。その未来は覆りません」 「とは言われてもなあ……」 改めて、ヒスイへと目を向け直すと……。 「猫さん、こんにちは」 ……猫にまで声をかけていた。 「……なあ、俺、本当にあいつに倒されるのか?」 「はい。無様に号泣しながら倒されます」 「無様に……号泣……」 あんな、猫に話しかけているようなやつに、泣かされる とか聞いて、テンションがガクンと下がった。 いや、でもなあ……。 「人違いって可能性はないのか?」 「勇者って言ったらあれだろ? 威厳に満ちていると いうか、もっと英雄っぽい感じのやつだろ?」 もしかしたら、たまたま同じ名前のやつかもしれない。 むしろ、そうであって欲しい。 そうしないと、俺のモチベーションが 保てない可能性がある。 「猫さん。わたし、これから魔王を 退治しに行くんですよ」 「つらいことがあっても、頑張って魔王を倒しますからね。 なんたって、わたし、勇者ですから!」 あ、猫に向かって決意を語っている。 「…………」 「勇者であることに間違いはないようですね」 「うん。みたいだな。だから、もう何も言うな……」 「猫に向かって誓われてますよ」 「だから、言うなって!!」 魔王って、いったいなんだろう……。 哲学的な思考へと、逃げ込みたくなってしまう。 「既に精神的には殺されたようなものですね」 「これが手だとすれば、かなり恐ろしい相手だな……」 まあ、流石にそれはないと思うが……。 「もう少し……観察を続けよう」 「町中で騒ぎを起こすわけにもいきませんしね」 「うむ」 勇者討伐は、俺に近しい者しか知らない極秘の行動だ。 ならば、いたずらに目立つわけにもいかない。 スマートに勇者を討伐し、スマートに 城へと凱旋するのが一番である。 何かアクションを起こすとすれば、 勇者が町の外へ出てからの方が望ましい。 「町から出た時が、貴様の最後だ。 楽しみにしておるが良いわ……ククククッ」 「やるだけ無駄ですけど」 リブラの冷淡な言葉を聞き流しつつ、俺の胸の中では 勇者討伐の想いがメラメラと燃え上がるのだった。 そして、待つことかなり――。 とっくの昔に陽は暮れて、辺りは夜の帳に包まれていた。 夜闇に沈む町の中、家の窓からは 暖かい灯りが漏れ始めていた。 「まだ、町の外に出ないのかよっ!!」 そんな時間になっても、俺はまだ町の中にいた。 何故ならば、ヒスイもまだ町の中にいるからだ。 「あいつ、なんで町の人間一人一人に、 話を聞いたりしてるんだ!?」 仮にも元王族でありながら、そして今は勇者で あるというのに、気さくすぎるだろ! そして、町の奴らも愛想良く対応しすぎだろ! 「チュートリアルはしっかりと こなすタイプだと見ました」 「チュートリアル? なんだ、それは?」 かなり待ちぼうけを食らっている俺は、 不機嫌さも隠さずにリブラに尋ねる。 さっきから、貧乏ゆすりが止まらないくらいには イライラしてきていた。 「人の話をちゃんと聞く、ということです」 「それにしても、度が過ぎるだろう」 旅に必要そうな情報は事前に集めるとか、情報が 集まりそうな場所に行く、など手はあるはずだ。 それなのに、何故、町の人間全てに話しかける。 俺には理解出来ない。 「お邪魔しました!」 「……む。出てきたな」 元気に挨拶をしながら、ヒスイが一件の家から出てきた。 ようやく、中の人間の話を聞き終えたのだろう。 「これで最後……だったよな?」 「はい」 気付かれないように物陰に潜んで、ヒスイの様子を窺う。 「うーん。どうしましょう、もうこんな時間」 暗くなった周囲を見渡すと、頬に指を添えて ヒスイが何やら考え込む。 まさか……ここで、今日は休憩する、とか 言うんじゃないだろうな? それだけは止めろ! 今日一日付き合った俺が、 馬鹿みたいじゃないか! 「行けっ、外に出ろっ、旅立てっ!」 「魔王を倒すために……」 物陰で拳を握りしめながら念じる俺の呟きに、 リブラがぼそりと余計な言葉を付け加える。 確かにヒスイが外に出るイコール俺を 倒すための旅の始まりだ。 だが、そんなことはどうでもいい。 とにかく、ヒスイに町の外に出てほしい。 町の人間に話しかけるのを、物陰からこっそり 覗き続ける苦行を明日も繰り返したくはない。 「今日はとりあえず休む、とか……」 駄目だ! 行け! 外に出ろ! 頑張れ! 「でも、一日も早く魔王を倒して、 平和を取り戻さないと……」 その通りだ! その考えは正しい! だから、出発しろ! 「……うん。みなさんに挨拶も済んだし、 出発しましょう!」 「イエスッ!」 ヒスイの決断に、物陰で小さくガッツポーズを取る。 もう、これ以上待つのは、たくさんだ。 あいつが町から離れた途端に倒して、さっさと城に帰ろう。 「それでは、行ってきます」 アワリティア城の方に丁寧に頭を下げてから、 ヒスイは町の外へと向けて歩き出した。 その姿を見送って、物陰から俺たちも出てくる。 「長い……戦いだった、な」 「死ぬ覚悟が出来たんですか?」 「生きる覚悟だっ!」 こいつは、何があっても予言は覆らないと 信じているらしい。 なんて自信だ。 「ええいっ。くだらないことを言っている場合ではない」 「急ぎ、ヒスイの後を追うぞ。町の外であいつを倒す!」 「なるほど。ですが……」 「うるさいっ! いいから、行くぞ!」 何か言おうとするリブラをさえぎって、 ヒスイを追いかけて歩き出す。 こいつの言いそうなことは、大体分かった。 「はふぅ……」 しょうがない、とばかりにため息を漏らしてから リブラが俺の後に続いて歩き出す。 ここで完膚なきまでに勇者を叩きのめして、 予言など鼻で笑い飛ばす。 それで、全ては終わりだ。 ヒスイを追いかけて、俺たちが外へと出ると――。 「たぁっ!」 そこでは、既にヒスイが魔物と交戦中だった。 「相手はスリーミーのようですね」 「スリーミー? 最下級の魔物ではないか」 スリーミーは、魔物の中でも最弱の部類に入る。 ぷるぷるとした姿かたちがとても愛らしく、上位の魔物の 中には愛玩用として傍に置く者もいる。 性格は極めて大人しく、危険性も低い。 「何故、そのような魔物がこの近辺にいる?」 アワリティア城といえば、我らにとってみれば 敵の本拠地だ。 当然、周囲には力のある魔物を配して、 威圧をしてあるものと思ったのだが……。 何故、あのような無害に近い魔物がいるのだろうか。 「あの程度の魔物だからこそいられるのです」 「……む?」 「敵の本拠地だからこそ、危険性の高い魔物が 現れた場合には総力をもって排除されます」 「逆に言えば、それほどでもない魔物であれば……」 「放置される、というわけか」 「はい」 なるほど。理に適っている。 だが、それは同時に呆れるほどに傲慢な考えだ。 この周囲の魔物は人間によって、見逃されている。 奴らによって生かされている。そういうことだ。 「人間どもめ、調子に乗りおって……」 「その傲慢さが自らを滅ぼすことを、 教えてやらねばならないな!」 「まあ、本当のことを言うと――」 「『このくらいでも楽勝じゃね?』と、先代様が この辺りに弱い魔物を配置なさいました」 「親父殿ぉぉぉっ!?」 なんというブーメラン! なんという傲慢合戦! よもや、親父殿の傲慢が俺を殺すことに なるかもしれないとは……! 「さておき、勇者ですが」 「くっ……過去を振り返ってもしょうがないな。 現在の俺の敵を見なければ」 親父殿への恨み節はさておいて。 スリーミーが相手となれば、そろそろ決着が 着いていてもおかしくない頃だが。 「くぅっ!?」 ……まだ、戦っていた。 「……あれ? なんか苦戦してるっぽくないか?」 俺の気のせいでなければ、ヒスイの方が 押されているように思える。 なんだか、顔色に余裕がない。 「ええいっ!」 しかも、よく見ると素手で殴りかかっている。 「ほう。ああ見えて、格闘技か何かやっているのだな」 にしては、苦戦しているように見えるんだよなあ……。 高みの見物を決め込む俺たちの目の前で――。 「きゃあっ!?」 スリーミーの愛らしい体当たりを受けて、 ヒスイがその場に倒れ伏す。 「……え?」 倒れた……? なんだ? 転びでもしたのか? 倒れ伏したヒスイは、そのまま動く様子を見せない。 「え、あれ? あいつ、なんで動かないんだ?」 「決着が着いたようです」 「決着……って……」 どう見ても、ヒスイの方がやられたようにしか見えない。 むしろ、それ以外考えられない。 つまり……どういうことだ。 「なあ、リブラ」 ――そして、時間は冒頭へと繋がる。 「…………」 突然飛び去ったヒスイを呆然と見送ったまま、 俺は立ち尽くしていた。 よく分からないのだが、ヒスイはやられてしまった、 というわけで……。 つまりは、俺の勝ち……というわけで、いいのだろうか? 「うおおおっ! やったー! 勇者に勝ったぞ!」 とりあえず、形から入ってみようと両腕を上げて ガッツポーズを取るのだが。 「釈然としねえええええええっ!!」 最弱クラスの魔物にやられる勇者ってなんだ!? そして、それに倒されると予言された 魔王って、どうよ!! 全てが納得がいかない。 「むう。だが、まあ、それでも、勝ちは勝ち……だよな」 勇者は志半ば、というよりもむしろ出発直後に倒れた。 俺の命を狙う不届き者の旅は、ここに幕は閉じたのだ。 「…………」 リブラも何も言えないようだ。 それもそうだろう。ついさっき、目の前で 勇者が倒されたのだから。 あれだけ豪語しておきながら、 面目も丸つぶれというわけだ。 「俺は運命に打ち勝ったぞ!!」 ここからは俺の天下だ。 親父殿の喪が明けたあかつきには、 この世界の全てを我が手に収めてみせよう。 「フハハハハッ!!」 こうして、新しい魔王である俺の覇業は、 ここに幕を開けたのだった。 『拝啓、親父殿。お元気ですか』 『お元気ですか、という聞き方も変ですが、親父殿のこと です。あの世でも、ヤンチャしていることでしょう』 『かなり先のことになるでしょうが、俺がそちらに 行った際には、是非とも武勇伝をお聞かせください』 『さて、今の俺はというと――』 「うむ、実に清々しい気分だ!」 『忌まわしき勇者の最期を見届けて、爽快な気分です』 『昨夜は、人間どもの安宿で一泊したのですが、 貧相なベッドですら極上の寝心地でした』 「青い空、白い雲。今、世界の全てが美しく見えるぞ!」 「魔王的にどうなんですか、それは」 『リブラの余計な茶々ですら、今は寛容な 気持ちにて許すことが出来ます』 『何故ならば、勇者が俺を倒すという予言が外れた今、 こいつが何を言っても負け惜しみでしかないからです』 「いずれ、俺が統べることになる世界だ。 自分の物を愛でて、何が悪い」 「いえ、あなたの物になったりなんてしませんって」 「フッ、なんとでも言うがよい」 『一度手放してみて分かったのですが、親父殿のマントは バサリと翻すにはちょうどいい品なのですね』 『親父殿お気に入りの品だったのも、分かります』 「勇者は倒れたのだ。つまり、貴様の予言も外れた」 「余の覇道を阻むものなど、もはや この世には存在しない!」 『思いっきり高笑いをしたかったのですが、人間どもの 町中なので自重しておきました』 『常識を持った魔王であること。それが俺の目標です』 「わたくしの予言は外れません」 「やれやれ。負け惜しみもここまで来ると、見苦しいな」 『その後に起こったことがなんだったのか、 いまだもって分かりませんでしたが』 『勇者がやられたことに間違いはない、と 俺は確信をもっていました』 「現に、貴様も見ただろう。勇者がやられる姿を」 『まだ、この時点までは――』 「はい。バッチリと見届けました」 「勇者がやられてもなお、予言は 外れてないと言うのか?」 「外れません。あなたは、勇者に倒されます。 むしろ、惨殺されます」 「惨殺て、お前」 「虐殺と言っても過言ではありません」 「それは過言だろうよ!!」 『虐殺ということは、魔王が複数いると でもいうのでしょうか』 『もしかして、親父殿。隠し子などいたりしませんか?』 「ええいっ! これ以上続けても水掛け論に 終始するだけではないかっ!」 「ですので、証拠をお見せします」 「証拠だと……?」 「あれを見てください」 『リブラが指差した方向。そちらへと目を向けると――』 「いいお天気。よーし、今日こそがんばりますっ!」 「………………」 『倒されたはずの勇者ヒスイが、 元気に歩いている姿があったのです』 「なんでだああああああああっ!?」 『これは、勇者・オブ・ザ・デッド、と いうことなのでしょうか』 『世界はやはり謎に満ちている。そう思いました。敬具』 「ちょ、あれっ? えっ?」 何がどうなっているのか、全く分からない。 昨日やられたはずのヒスイが、どうして 元気よく歩いているのだろうか。 「な、なんで生きてるんだっ!?」 あれか、もしかして、ゾンビなのか!? いや、確かにそういう魔物もいるが……。 あいつ、勇者だもんな。勇者がゾンビとか、 わけ分からないもんな。 え……? ということは、あいつ生きてるの? ……なんで? 「ちょっと、待て!!」 「……はい?」 俺は思わずヒスイを大声で呼び止めていた。 きょとん、とした顔で振り向いたヒスイが。 「あ。昨日の旅人のお兄さん」 俺の顔を見た途端、パッと華やいだ笑顔を浮かべる。 というか……こいつ、昨日あれだけ色んな人間と会って いるのに、ちょっと話しただけの俺を覚えていたのか。 ……いやいやいや、そんなことはどうでもいい。 感動したりなんてしてないぞ。 「おはようございますっ!」 「お、おう。おはよう……じゃなくて、だな!」 「お、お前……昨日、スリーミーに やられてなかった……か?」 「あ……」 俺の言葉に、ヒスイは目を丸くすると両手で口元を覆う。 「お兄さん、見てらしたんですか?」 「え? あ、ああ、うむ」 しまった。つい、うっかり頷いてしまった。 このままだと、俺は見殺しにしたひどいお兄さんと いうことになってしまう。 それは避けたい。 「最後の最後だけ、な」 そう考えてしまった俺は、咄嗟に言葉を重ねた。 「すみません。お恥ずかしいところをお見せして……」 言葉通り、ヒスイは恥ずかしそうに頬を染めている。 いやいやいや、恥ずかしいどころじゃないだろ。 お前、死んだんだから。 「でも、負けませんっ。昨日、上手くいかなかったのなら、 今日はその倍、頑張ります!」 「わたし、勇者ですからっ!」 「いやいやいやいや」 ヒスイは明るい笑顔で、かなり前向きな言葉を言うが、 そもそも色々とおかしい部分がありすぎる。 「ええっと、ちょっと聞きたいことがあるんだが……」 「はい。なんでしょうか?」 ヒスイの態度はいたって普通である。 おかしなことなんて、何もないかのようだ。 「いや、こう、聞いていいのか どうか分からないんだが……」 「なんなりとお聞きくださいっ!」 ……なんでだろう。徐々に申し訳ない気がしてきた。 本当に、なんでだろう。 「なんだ、その……お前、昨日やられたんだよ……な?」 「はい。……お恥ずかしながら」 「つまり、その、ええっと、こう、 そういうわけ、だよな?」 「そういうわけ……ですか?」 上手く言葉を濁そうと思ったのだが、 あいにくとヒスイには通じなかったようだ。 ええいっ、こうなれば破れかぶれだ。 俺は魔王なのだ。ストレートに尋ねることすら、楽勝だ! 「その……こほん。死んだん……だよな?」 「あ、えっと……はい」 こく、とヒスイが控えめに頷く。 「なんで……生きてるんだ?」 「それは、わたしが勇者だからです」 ……は? 「え……? 勇者って、生き返るのか?」 「はい。女神様の加護です」 はあああああああっ!? 女神の加護とやらで、生き返るだと!? 「代償として、それまでの頑張りを 半分献上することになりますけど」 「半分、献上……?」 「所持金の半分ってことです」 「えええええええっ!?」 所持金の半分でいいのかっ!? 勇者の命、案外安いな!! 「なので、こまめに銀行にお金を預けておくと安心です」 「ほう。中々しっかりしているんだな」 ……はっ、しまった。ついつい現実逃避してしまった。 しかし、勇者は生き返れる、か。 これはどうしたものだろうか……。 「……悪かったな、わざわざ呼び止めたりして」 「いいえ。お兄さんとまた会えて、嬉しかったです」 「ご心配いただいて、ありがとうございました!」 「なに、気にすることはない。頑張れよ」 最後には、思わず激励の言葉をかけてしまった。 頑張らなきゃいけないのは、俺なんだがなあ……。 「さて、どうしたもんだろうなあ……」 「ここはやはり、遺言でしょうね」 「てめえっ!?」 例によって、リブラは軽い調子で言い放つ。 「予言は外れていなかったでしょう?」 「くっ……」 勇者が死んでいないことが分かった今、リブラの予言は まだ外れていないのは確かだ。 つまり、いずれ俺は勇者に倒されてしまうと いうことで……。 「分かったから、胸を張るのをやめろ……」 色々な意味で痛む頭を押さえながら、 呻くようにリブラに告げる。 「しかし、女神の加護、か……反則すぎるだろ」 いくら魔王と言えども決して抗えないものがある。 それは死である。 親父殿が大往生を遂げたように、 魔王も死ぬ時は死ぬものである。 そして、よみがえったりすることは決してない。 「ここは、やはり……」 「遺言とか書かないからな! 絶対しねえからなっ!!」 死から逃れられない以上、俺の生きたいという希求も 当然の感情だ。 だが、勇者は死なない。 正確に言うならば、死んでもよみがえる。 そんなものを相手に、俺はどうすればいいのだろう。 「女神の加護、ということは……勇者の仲間に なるはずの二人も同じ、ってことだよな」 「ですね。女神によって選ばれし三人ですから」 「死んでも簡単によみがえる三人が相手か……」 いくら俺が魔王とはいえ、分の悪い勝負なのは 目に見えている。 倒しても倒してもよみがえるような敵なんて、 一人でも厄介すぎるというのに……それが三人。 これって、かなり絶望的な状況だよなあ……。 「ここは……」 「だから、死にたくねえんだよ!!」 だが、しかし、勇者が女神の加護とやらで復活するのが 今のうちに分かったのは幸運だった。 これが直前ないしは対決当日に分かっていたら、 きっとかなりテンパっていただろう。 今ならば、まだ何か手を打てるだけの余裕はある。 「一番簡単な、力押しという手が使えないとなると ……他の手が必要になるな」 「何か浮かびますか?」 「そう、だな……」 …………。 どうしよう。さっぱり浮かばない。 「ま、まあ、それは追々だな」 「何も浮かばないみたいですね」 「ば、ばっか、浮かんでるっての。 もう、100通りくらい浮かんでるっての!」 「では、101番目の案をわたくしから提案いたします」 リブラからの提案、だと? 「言っておくが、死ぬとか、遺言とか、 殺されるとかはなしだからなっ!」 「俺の命はこの世界でたった一つの オンリーワンなんだからな!」 「分かっていますって。なので、 そういう方向ではない案です」 「マジか? 本当だろうな? 信じるからな?」 「大丈夫です、任せてください」 やけに自信満々にリブラが胸を張っている。 ここまで言われると、ちょっとは信じていいかも しれないという気になってくるのが不思議だ。 「では、言ってみるが良い。どんな案だ?」 「はい、それは……」 「勇者と接触することです」 「はあっ!?」 リブラがとんでもないことを提案してくる。 「お前、それはあれか。やっぱり、 俺に死ねとかそういうのか!?」 「なんで、そこまでネガティブになってるんですか?」 「お前……今まで散々死ねとか言ってたくせに」 「言っていません。遺言をお勧めしただけです」 「実質、同じだろうが!!」 「…………?」 何故か、リブラが不思議そうな顔で首を傾げる。 「……ああ、なるほど」 「今更、納得しやがった!?」 「これが、世界の抱える矛盾なのですね」 「極めて論理的だよっ!!」 「まあ、それはそれとしまして」 実に感情の篭っていない声で、リブラが 大雑把に話を流す。 「これはかなりポジティブな提案だったりします」 「……ほう? 具体的に言ってみろ」 つまり、前向きに死ねとかそういう話なのだろうか。 恐る恐る尋ねてみる。 「勇者に関する情報を入手するのです」 「……む、情報か」 「はい。あなたは、勇者が女神の加護を 受けていることを知りませんでした」 「うむ。その通りだ」 勇者が倒されても復活するだなんて、 思ってもみなかった。 実際に目にした今でも、若干 信じられないような気持ちはある。 「対策を練るためにも、情報が必要不可欠です」 「つまり、現在対策が思い浮かばないのは、 情報が不足しているからだと予測します」 「……ふむ」 なるほど。それは確かに言えている。 勇者に関する情報――特に弱点でも分かれば、 もう勝ったようなものだ。 そのような華麗な情報戦もこなしてこその、魔王だろう。 「なるほど、良い案だ」 「だが、ヒスイはもう町の外に出ているのではないか?」 別れてから、それなりに時間も経過している。 町の外に出ていたら、足取りを追うのは難しいだろう。 「あれをご覧ください」 すっと、リブラが指差す方へと目を向ける。 ――まさか。 「おはようございますっ」 そこには、にこやかな笑顔で町の人々に 話しかけるヒスイの姿があった。 「いたっ!? ていうか、また話しかけてる!?」 「中々、まめな性格のようですね」 俺の予想をことごとく裏切るとは ……おのれ勇者、おそるべし。 「あー、こほん。ちょ、ちょっといいか?」 「はい?」 魔王、生まれて初めてのナンパに挑戦。 しかも、相手は勇者。 冷静に考えれば、かなり笑える図だった。 「あ、お兄さん。なにかごようですか?」 「あー、いや、こう、なんだ、その……」 生まれてこのかた、ナンパなんてしたことないために、 どう話題を振っていいものか分からない。 例によって、リブラはどこかに姿をくらませていた。 きっと物陰から覗いてニヤニヤしているに違いない。 あの野郎……! 「天気が……いいな」 「あ、はいっ。そうですねっ」 急に声をかけられてきょとんとした顔をしていたヒスイ だったが、すぐに明るく顔を輝かせる。 なんて心が癒されるリアクションだ。 こいつ、いいやつかもしれない……っ。 「こう、そういう時は外とか歩きたくなる……よな?」 「お日様がぽかぽかしていて、気持ち良いですしね」 日差しのようにほんわりとした笑顔をヒスイが浮かべる。 こんなに穏やかに笑う少女が勇者と いうことが、未だに信じられない。 「う、うむ。つまり、ええっとだな」 まあ、そんなことは今はどうでもいい。 俺がしなければいけないことは、こいつと一緒に 行動して、情報を得ることだ。 そのことだけを考えて、ガツンといけ。俺! 「ちょっと隣村まで行くのに、付き合ってくれないか?」 よし、言えた! 言えたぞ、俺! ナイスガッツ、ナイス魔王! さあ、どうくる? どう答える? かかってこい、勇者! 「はいっ、喜んで」 強く意気込む俺の内心とは裏腹に、当のヒスイは 笑顔のままあっさりと頷くのだった。 「今日は天気が良くて気持ちいいですねー」 「う、うむ。そうだな」 というわけで、勇者と一緒に晴天の下を歩く魔王である。 しかし、こう、やけにあっさりと こういう流れに持っていけたな。 まあ、願ったり叶ったりではあるのだが。 「悪かったな、付き合わせて」 「いえ、わたしもちょうど行こうと 思っていたところですから」 「そうなのか?」 「はい。なので、気になさらないでください」 「むしろ、ご一緒してもらえて わたしの方が嬉しいくらいですっ」 ヒスイの顔に浮かんでいるのは満面の笑みで。 先ほどの言葉が決して嘘や偽りでないことは、 その表情を一目見れば分かった。 本当にいいやつだな、こいつ。 「む、そうか」 さて。つかみの雑談はこのくらいにしておいて、だ。 ここからは、どうにかしてヒスイから 情報を引き出さないといけないな。 特に勇者の弱い部分が分かれば、なお良しだ。 「あっ、そうだ!」 「お、おう?」 話を切り出そうとした矢先に、パンと手を 打ち合わせる音がして、少し驚いてしまう。 「わたし、うっかりしていました」 「どうした?」 「わたし、ヒスイと申します。勇者をやっています! よろしくお願いします!」 明るい声でのハキハキとした自己紹介。 聞いていて、気分がいい。……じゃなくて、だな。 「ああ。よろしくな」 名前くらい、知っている。 俺が欲しいのは、もっと詳しい情報だ。 さて、それをどうやって聞き出すかだが……。 「すみません、うっかり名乗った気でいました」 「お兄さんは、なんてお名前なんですか?」 「……ん?」 考え込もうとした矢先に、ヒスイの質問が飛んでくる。 「いつまでもお兄さんとお呼びするのは、 失礼に当たりますので」 「教えていただけたら、嬉しいです」 「……ああ。そういえば、俺も名乗っていなかったな」 なるほど。自己紹介から、交流を 重ねていくのはアリだな。 名も知らぬ相手に、色々語ったりもしづらいだろう。 逆に言うならば、名前を知ることによって多少 気を許しやすくなるかもしれないということだ。 名乗るくらい構わないだろう。 「俺の名前は、ジェイ……」 ――って、待てよ。 リブラの予言では、『魔王ジェイド』と はっきりと告げられていたはずだ。 もしかしたら、世にはすでに俺の名前が 知れ渡っているのかもしれない。 「そう、ジェイ……。俺の名前はジェイ、だ」 ここは、素直にジェイドと名乗らない方が良いだろう。 一文字足りないのが多少間抜けな感じもするが、 そこは我慢するしかあるまい。 「ジェイさん、ですか。素敵なお名前ですね! ミステリアスな感じがして、ピッタリですよ」 「お、そうか?」 まさかの好感触に、気分が良くなってしまう。 「ジェイさんのご職業はなんですか?」 「ああ、魔……っ!?」 うおっ、まずい! 危うく、魔王と言いかけた。ええっと、職業ってなんだ? この場合、どう誤魔化せばいいんだ? 「あ、もしかして、魔法使いさんですか?」 まさかの助け舟が向こうから出てきた。 流石は俺。これこそが、魔王の剛運だ。 「お、おう。それだ。その魔法使いだ」 「へえ、すごい! どんな魔法が得意なんですか?」 「得意なのは……そうだな、闇や影に関するものだな」 「闇や影、ですか?」 ヒスイが不思議そうに首を傾げる。 あれ? 俺、なんかまずいこと言ったかな。 「それって、確かまだ研究があんまり 進んでない分野ですよね……?」 げっ! マジかっ!? やばい。俺の回り、魔物ばっかりだったから、 そういう魔法の使い手とか普通にいたんだが……。 人間どもの間では、レア扱いだったのか! 俺、一生の不覚……! 「ジェイさん、もしかして……」 「あ、いや、その……」 まずい、疑われてしまった……か? 「新しい魔法の研究とかされてる方なんですか?」 「……え?」 「あ、ああ、そうだ。実は、そうなんだ」 「すごいっ! じゃあ、とっても レベルの高い方なんですね」 「お、おう。実はとっても高いんだぞ」 よく分からないが、どうやら疑われたりは していないらしい。 よ、良かった……。 「あんまり人に言ってはいけないことだから、 二人だけの内緒、な?」 「はい、分かりました。誰にも言いません。 二人だけの内緒にします」 言いながら、ヒスイがくすりと微笑む。 ふう……なんとか切り抜けることが出来たか。 しかし、それにしても……。 「魔法の研究だなんて、難しそうですね。 一体、どんなことをされるんですか?」 「古の魔道書を元に、色々と試行錯誤を重ねるんだ」 「魔道書っ! ジェイさん、魔道書読めるんですか?」 「おう。まあ、一応な」 「すごいっ。頭がいいんですね……羨ましいなあ」 ヒスイの情報を引き出すつもりだったのだが、気付けば 俺の情報がガンガン引き出されてしまっている。 すごい、とか本気で褒めているのが分かるだけに、 ついついこっちも調子に乗って喋ってしまう。 こいつ……さては、聞き上手だなっ! 「ヒスイは、何が得意なんだ?」 俺は魔王だ。このまま流されるわけにはいかない。 こちらから切り返すっ! 「わたしはどちらかというと剣が得意です」 「剣……? あれ、昨日は確か……」 素手で戦っていたような。 もしかして、剣ではなくて拳ということだろうか。 「昨日は、うっかり装備するのを忘れていたんです」 「……え?」 「武器や防具って持ってるだけでは意味がないんですよ。 ちゃんと装備しないと駄目なんです」 「そ、そうなのか」 え、なんだ、装備って。 買った武器をそのまま手に持って使うとか、駄目なのか? 何かワンアクションを挟まないと、 使えないってどういうことだ……? 俺が首を傾けていると。 「ぴぎゃー!」 「魔物っ!?」 草むらから小型の魔物が飛び出してきた。 なんだ、スリーミーじゃないか。 悠々と腕を組んで構える俺とは対照的に、 ヒスイが咄嗟に身構える。 「ふむ」 スリーミー、か。俺が一睨みするだけで逃げていく だろうが……さて、どうしたものか。 昨日負けたのはちゃんと装備をしていなかったかららしい。 で、今日はちゃんと装備している、か。 ヒスイの実力を計ることにしよう。 「ヒスイ、戦えるか?」 「……っ!」 俺の問いかけに、ヒスイが短く息を吸い込む。 そこまで、身構えるような相手でもないんだがなあ。 「やれます……いいえ、やりますっ」 「このくらいの相手に苦戦しているようでは ……魔王なんて倒せませんから」 本当にな。 俺だって、スリーミーに苦戦するようなやつに 倒されたくねえよ。 「だから、ここはわたしに任せてくださいっ」 「うむ。よし、頑張れ」 「はいっ!」 俺たちの間に若干温度差もあったが、 ヒスイはまったく気にしていないようだ。 うむ。まあ、全力投球ということなのだろう。 悪いことではない。 「いきますっ!」 『スリーミーが いっぴき あらわれた』 「うおっ!? なんだ、今の声!?」 なんか、突然状況を説明するかのような声が 聞こえてきたのだが……気のせいか? 「それに……この表示は……?」 視界の中に突然、いくつかの窓のような 仕切りが見えてきた。 さきほどの状況を説明する声と同じ文字が表示されたり、 俺とヒスイの状態のようなものすら表示されている。 な、なんだ、これ……? 「どうしました、ジェイさん」 「ああ、いや……今、変な声が……って」 「あれ、お前、いつの間に剣を……?」 ふと見ると、ヒスイはいつの間にか剣を手にしていた。 さっきまで持っていなかったはずなのに、 どこから出てきたのだろう。 「さっき言ったように、今日はちゃんと 装備をしていましたっ」 「そ、そうなのか」 よく分からないが、装備をしているといつの間にか 手の中に出てきたりするものらしい。 便利な世の中なのだな。 「ジェイさん、指示をお願いしますっ!」 「ジェイさんの指示通りに、頑張りますので」 「あ、ああ、分かった。任せておけ」 まあ、スリーミーごときに俺の力を 使うわけにもいかないしな。 ここはヒスイへと指示出しをするだけにしておこう。 『さくせんが しじしてください にへんこうされました』 「おわっ!?」 さ、さっきから、なんだ、この声は……? し、しかも、表示されている窓の中に作戦が出てきたぞ。 状況の変化に対応しているのか……? ヒスイは何も不思議がっている様子はないし、これは 俺にだけ見えたり聞こえたりしているのだろうか? 『どうする?』 ま、まあ、いい。とにかく、指示を出してやるとしよう。 「よし、先手必勝だ。いけ、ヒスイ」 「はいっ! てやぁっ!!」 『ヒスイのこうげき』 『スリーミーに ちょっとした ダメージ』 ええっと……これはつまり、どれくらい攻撃が 効いているのかということなのだろうな。 「ぴきー!」 「くぅっ!?」 『スリーミーのこうげき』 『ヒスイに ちょっとした ダメージ』 って、ちょっとしたダメージってどのくらいだよ。 なんとなくは伝わってくるけど、 せめてもう少し具体的に言ってくれよ! 「ヒスイ、防御だ!」 「防御……ですか?」 ……む。やる気だっただけに、少し不満そうだ。 適当に理由を作っておこう。 「まずは相手の出方を探るんだ。守りを固めろ」 「はいっ」 『ヒスイは みのまもりをかためた』 そのくらい見れば分かるわっ! 誰に対する説明だよっ! 「ぴきゃー!」 『スリーミーの こうげき』 『ヒスイは ダメージを うけなかった』 「よしっ、ぼうぎょすれば大丈夫みたいです」 「そうか」 まあ、スリーミーの攻撃だしな。 むしろ、昨日よく手傷を負わされたものだ。 さて、次はどうするか。 『どうする?』 「ヒスイ、攻撃だ」 「はいっ! やーっ!」 『ヒスイの こうげき』 『スリーミーに それなりの ダメージ』 ああ言ってるようだし、どうやら それなりには効いているようだ。 スリーミーがちょっとふらふらしてきた。 「ぴきゅー!」 『スリーミーの こうげき』 『ヒスイに ちょっぴり ダメージ』 「ジェイさん、相手が弱ってきたみたいです!」 「ああ、そのようだな」 しかし、こう……素人目に見ても、ヒスイの剣技は あまり優れているようには感じない。 ……こいつが本当に俺を倒すのか? 「身を守れ、ヒスイ」 「はいっ!」 『ヒスイは みのまもりをかためた』 しかし、この声はどこから聞こえてくるのだろうか。 ヒスイは何も気にしていないみたいなので、 俺にだけ届いているようだ。 辺りを見ても、声の主らしき姿は見当たらないのだが。 「ぴききー!」 『スリーミーのこうげき ミス』 「ぴきゅー」 『スリーミーは ころんでしまった』 「チャンスですっ!」 っと、辺りに気を配っているうちに戦況は ヒスイに傾いてきたな。 「ジェイさん、ここはわたしに任せてくださいっ!」 ふむ。ここは一手、任せてみるか。 これで、ヒスイの力量を見極めてみよう。 「よし、任せた」 「ありがとうございます。それでは――」 「いきますっ!」 『ヒスイの こうげき』 『ひっさつのいちげき! スリーミーに やっつけるていどの ダメージ』 「ぴきー……」 『スリーミーを たおした』 「や、やったっ! やりましたよ、ジェイさんっ!」 勝利の感動に全身を震わせながら、 ヒスイが俺へと振り返る。 その顔は、満面の笑顔に彩られていた。 「わたし、勝ちました! 初めて、勝ちましたっ!」 「うむ。よくやったな」 スリーミーごときでこの喜びようもどうかと思うが……。 「それにしても……」 さっき、どこからともなく聞こえてきた声、 どこかで聞き覚えがあるんだが。 改めて、周囲を見渡してみると――。 「クフフフ……」 「ちょ、お前っ!?」 「今回限りの特別サポートにございます。クフフフ……」 悪い笑いを漏らしながら、アスモドゥスは いずこへと駆け去って行く。 あ、あいつ……城にいるはずなのに、 何をやっているんだ……。 「ジェイさんのおかげで勝てましたっ!」 どうやら、ヒスイは気付いていないらしい。 初勝利らしいので、浮かれているのだろうな。 「本当に、ありがとうございましたっ!」 まあ、こうも感謝されると悪い気はしない。 少々くすぐったい感じはするが。 ……って、俺は何を考えているのだろう。 「ああっ!!」 「ど、どうした……?」 突如、何かに気付いたかのようにあがったヒスイの大声に、 ビクリと肩を揺らしてしまう。 「見てください、ジェイさん。さっきの魔物が 宝箱を落としましたよ!」 「…………え?」 さっきの魔物が宝箱を落とした? ヒスイの言葉を思わず胸中で繰り返す。 「ほらっ!」 ヒスイが足元を指差す。 そこには、確かに何か箱が転がっていた。 「……本当だ」 これをスリーミーが持っていたのだろうか。 あの体のどこにどうやって隠してたんだ、これ。 「中身は……わっ、回復草です」 嬉々とした顔で、ヒスイが箱の中から 取り出した回復草を俺に見せてくる。 あのスリーミーは、どうして自分で 回復草を使わなかったのだろう。 ……謎だ。 「ま、まあ、喜ぶのもいいが。目的を忘れないようにな」 分からないことだらけではあるが ……それは一旦置いておくとしよう。 俺にとって大事なことは、宝箱なんかではないのだから。 「はいっ、村まで急ぎましょう!」 大事なのは、こいつから情報を引き出すこと。 自分がなすべきことを改めて胸中にて確認しながら、 俺はヒスイと足を並べて歩き出した。 「無事辿り着きましたね」 「ああ、そうだな」 道中、特に何もなく、俺たちは日が沈む前には 村へと辿り着いていた。 道中は特に何もなかった。 そう、本当に何もなかった。 「情報とか……得られなかった……」 むしろ、俺の方が色々と聞き出されてしまった。 恐るべしは、ヒスイの聞き上手さ。 これが、俺を倒すという勇者の力か……っ! 「何か言いました?」 「い、言ってないぞ。何も言ってない。ともあれ、だ」 こほん、と咳払いをして誤魔化しておく。 「ここまで送ってもらって助かった。礼を言う」 「いえ、こちらこそありがとうございました。 お役に立てて何よりです」 眩しいくらいに明るい笑顔をヒスイが浮かべる。 こいつが俺を倒すとは、やはりどうしても思えない。 怖さのようなものを一切感じないからだ。 「お前はこれからどうするんだ?」 「わたしは、まだまだ修行が必要だと分かりました」 「ですので、他の方と合流する前に、 この辺りでもう少し腕を磨きます」 「他の方?」 「はい。わたしと同じように女神様の神託を受けて、 一緒に旅をする方です」 おそらく、予言にあった戦士と神官のことか。 「そうか。頑張れよ」 「はい、頑張ります。わたし、勇者ですから!」 ううむ。ヒスイは一旦放っておいて、そいつらも 観察しておいた方が良いかもしれないな。 怖さを感じないヒスイよりも、その戦士と神官の方が 厄介な可能性はある。 「じゃあな。俺は次の目的地へと向かうとしよう」 「はい、またお会いしましょう」 ヒスイは、ぺこりと丁寧なお辞儀をしてから。 「では、わたしはこの辺りの家の中を調べてきますね」 明るい声でそう告げて、近くの家へと入っていく。 「……え? 家の中を調べる?」 話を聞く、とかじゃなくて調べる? なんか、軽い調子で言ってたけど、 どういう意味だ……? とても気になってしょうがない。 「ちょ、ちょっと待て」 何を行うのかを確かめるべく、 ヒスイの後を追って家へと入ってみると……。 「ええっと、何かないかなあ」 「はあああああああっ!?」 他人の家のタンスを勝手に開けて調べている ヒスイの姿が目に飛び込んできた。 「ちょ、おま、えっ!?」 これは……どういうことだ。窃盗? それにしては、家主も普通にいる……。 「というか、お前なんで止めないんだよっ!?」 「この村の西には、アワリティア城があるぜ」 「いやいやいや、そんなこと聞いてないだろっ!」 この家主、止める気が一切感じられないっ!? ただ、家が荒されるのを見逃しているだけだ。 なんという、圧倒的な傍観者!! 「やった! 回復草がありましたっ」 「何やってんだ、お前ぇぇぇっ!?」 「……はい?」 「なんで、不思議な顔してんのっ!?」 俺に突っ込まれたヒスイが、きょとんと首を傾げている。 その手には、しっかりと回復草らしき物が 握りしめられていた。 タンスの中に回復草が入ってるって、どういうことだ。 「わたし、勇者ですから」 「勇者がタンスとか漁っちゃ駄目だろ!?」 「勇者はタンスを調べてもいいんですよ」 「なんでっ!?」 「女神様のご加護ですっ」 明るく言い切られてしまった。 「なんだ、それっ!?」 略奪行為が認められるなど、とんでもないご加護と やらもあったものだ。 というか、無法すぎるだろ! 「この村の西には、アワリティア城があるぜ」 「うるせえ!? なんで、このタイミングで言った!?」 「あ、やった。こっちには50Z入ってます」 誰にも咎められることなく、俺の目の前では 略奪行為が明るい笑顔で行われる……。 「勇者こえええええええっ!?」 この時、俺は勇者と、そして女神の加護とやらの 真の恐ろしさを垣間見たような気がしたのだった……。 ……うん。これはどうにかしないといけない。 どうにか、しないと……。 「この村の西には、アワリティア城があるぜ」 「うるせえええええええっ!!」 『拝啓、親父殿。お元気ですか』 『不肖の息子たる俺も、なんとか元気でやっております』 『死を予言で告げられなどいたしましたが、 負けずに生き抜いてみせようと思います』 『我ら魔王軍のますますの発展を、 どうぞ見守ってください』 『さて、今、何をしているのかというと――』 『めちゃくちゃピンチでした』 「…………」 『勇者の恐ろしさを目の当たりにした俺は、 戦士と神官の情報を得ることにしました』 『手始めに戦士の情報を得ようとしたのですが――』 「答えろ」 『今、まさにその戦士から剣を突き付けられています』 『俺の命は風前のともし火でした』 「い、いや、俺はだな……」 『例によって、リブラの姿はどこにも見当たりません』 『あいつの、危機に対する察知力の高さは、 かなり羨ましいです』 『とは言え、今はそんなことを言っている余裕は ありません』 「俺は……?」 『戦士のつり気味な目が、俺をキッと見据えます』 『もしかしたら、勇者にやられるより早く、 俺はここで戦士にやられてしまうかもしれません』 『魔族の発展は早速、終わってしまうのでしょうか』 「…………」 『俺がこの危機を無事に切り抜けることが出来るよう、 どうかお守りください』 『それでは、また次の機会がありましたら。敬具』 「うーむ……しかし、参ったな」 木々の間を歩きながら、俺は頭を悩ませていた。 「この歩きにくさには参りましたね」 などと口では言うが、リブラの顔には 困ったような色など浮かんでいない。 いつも通りの無表情であり、 声色も淡々としたものだった。 「いや、お前、普通に歩いてるじゃないか」 表情や声のみならず、歩く姿さえいつも通り。 リブラは木々の間を涼しい顔で、すいすいと歩いていた。 「まあ、そこは伝説の“〈魔道書〉《グリモア》”ですから」 「……関係あるのか?」 「森を歩くための知識を参照中です」 よく見ると、リブラの片目が淡く輝いている。 リブラの中には、無数の知識が記されているという。 それを参照している間は、ああやって目が輝くのだ。 「ああ、なるほど」 普通に歩けることと、魔道書であることに どんな因果関係があるのか疑問だったが……。 そう言われて、ようやく納得が出来た。 「地味に便利だな、お前」 「まあ、それなりに疲れるので 多用したくはありませんが」 世の中、何事も上手い話ばかりではないということか。 「それで、もう歩きにくいと音を上げるのですか?」 「はぁっ!?」 いくら、俺がインドア派魔王で、基礎体力は人間並み しかないとはいえ、それはかなり心外な言葉だった。 魔王がこれくらいで弱音を吐くであろうはずがない。 なんなら、元気さをアピールするために、その辺りの 木に登ってやってもいいくらいだ。 「あのなあ……俺がそんな低俗なことで 頭を悩ませるわけないだろう」 「そうですか。てっきり、『歩きづらいからこの森の 全てを灰にしてやろう』とか言い出すのかと」 「お前、俺をいったいなんだと思っているんだ?」 「魔王ですが、なにか?」 ……ああ、なるほど。確かに魔王だ。 魔王だったら、そのくらいやってもなんとなく 許されるような気もする。 「魔王らしく残虐ファイトで開墾とかしないのですか?」 「愚か者め。俺は、いずれこの世界の全てを手に 入れるのだぞ。ならば、この森も俺の所有物だ」 「未来の所有物を、己が手で破壊してどうする」 とにかく世界に破壊と混沌をまき散らせばそれでいいと 思っている魔物もいるかもしれないが、俺は違う。 王たる者、制圧した後にどう統治するのかも 考えなければならない。 魔物の中には、森を根城とする種類のものも少なくはない。 みだりに森を破壊することは、そいつらの住居を 焼き払うのにも等しい行為だ。 「なるほど。生態系を破壊するのは 利口ではありませんね」 伝説の魔道書と呼ばれるだけあって、俺の言葉の 裏に秘められた意味まで汲んだように納得をする。 こういう理解の早さは嫌いではない。 わざわざ説明する手間が省けるのは、 俺としてもありがたいところだ。 「当たり前だ。統治者がまず考えなければいけないのは、 安定と維持だからな」 「まあ、城に先代様の遺産を置いてきていますし、 単独で森を消失させるのも無理でしょうけど」 「……ぬう」 理解が早すぎるというのも、時には 玉にきずということになるな。 確かに、魔王装備一式を身にまとっていない今、 俺は本来の力を発揮することは出来ない。 一人で森を焼き払うなんて、不可能である。 「とはいえ、それでも人間と比較すれば、かなりの力を 持っていることに代わりはありませんが」 「……ふん、当然だ。人間ごときと一緒にされるなど、 不愉快極まりない」 なんだ、こいつ。急に俺を褒めてどうしたんだ? 何か、魂胆でもあるのか……? 封印を解いた俺に対する忠誠やら感謝やらが ようやく芽生え始めたのだろうか。 そうだとしたら、気分がいいが。 「……?」 ……って、待て待て。そんなもの、 持っていて当然だろう。 そもそも、そういうものを持っていない方が おかしいんだ。 「では、何に頭を悩ませていたのですか?」 俺に問いかけてくるリブラは、何一つ 変わり映えのしない淡々とした態度だ。 こいつの本質は道具である。ならば、俺の力量を 正しく測っただけ、ということかもしれない。 「決まっているだろう。勇者とその仲間のことだ」 気持ちを切り替えて、リブラの問いかけに応じる。 「あいつらが得ている女神の加護とやらは、 かなり厄介な代物だからな」 何度死んでもよみがえるのも脅威だが、個人的には 窃盗を咎められないことの方が驚きだった。 「まさか……タンスを開けても、 何も怒られないとは……」 なんだよ、あれ。加護を得る勇者が下心あるやつ だったら、どうするつもりだ。 いや、まあ、そういうやつは勇者に 選ばれたりしないのだろうが。 というか、そもそもどういう基準で勇者とは 選ばれるものなのだろうか。 ……うーむ、分からないことだらけだ。 「なんせ、魔王を倒すことを義務付けられて いますからね。それくらいの融通は利くのでしょう」 「他人のタンスを開けていいって、どういう融通だよ」 考えれば考えるほど、理不尽な気がしてきてならない。 「例えば、俺が他人の家のタンスを勝手に 開けたらどうなる?」 「怒られるに決まっているでしょう」 「俺は魔王なんだが?」 「それでも、悪いことは悪いです」 うむ。まあ、当たり前の理屈だな。 「でも、勇者は怒られないんだよな?」 「ええ。勇者ですから」 「釈然としねえ……っ!」 人間から見たら悪であるはずの魔王は悪いことを怒られて、 正義であるはずの勇者は見逃される。 なんか、納得がいかないぞ! 「考えてみると、嫌ではありませんか? 他人の家を物色する魔王って」 「……言われてみれば、確かに」 『フハハハハ! 貴様のパンツは頂いたぞ!』 などと高笑いする魔王は確かに嫌だ。 どれだけ庶民派なのだろう。 「だから、魔王は家を物色してはいけないのです」 「納得出来たような……出来ないような……」 「一方、勇者は人間にとっては希望の象徴ですからね。 自ら望んで援助もするでしょう」 「それは……まあ、分からないでもない」 ただし、その結果がタンスを開けられても怒らない、と いうのはやはり納得はいかないが……。 「それがこの世界での常識なのです」 そう言い切られたら、何も言い返せない。 俺が世界を征服したら、何人たりとも他人のタンスを 勝手に開けてはいけない、という法を作るとしよう。 「まあ、タンスの話は一旦置くとして、だ」 「この先の村に、女神に選ばれし戦士がいるというのは、 確かな情報なのだろうな?」 話は大分横道へと逸れたが、魔王たる俺がわざわざ こんな歩きにくい道を進む理由がそれだった。 勇者の仲間になると言われている戦士。 そいつが、近くの村にいるという情報を得て、 俺たちはその村を目指している途中だ。 「はい、間違いはありません」 リブラが自信たっぷりに頷くのとほぼ同時――。 「私がゲットした情報ですからねっ!」 どこからともなく、元気のいい声が響き渡る。 いったいどこにいるのだろう、と辺りを見渡した時。 「まゆゆーん!」 「おおうっ!?」 そいつは、唐突に俺の目の前に現れていた。 「あっはははは、ビックリしました? ねえ、ビックリしました?」 「ええいっ、うるさいぞ! マユ・アンリ」 現れる早々にテンションの高い声。 思わず眉を顰めながら、追い払うように手を振る。 「これはつれないお言葉、マユマユと気軽に 呼んでくださってもいいですのに」 「誰が呼ぶか」 このドリルの名前はマユ・アンリ。 アスモドゥスの部下であり、親父殿の代から 諜報員として活躍する魔族……らしい。 断言出来ないのは、俺がその活躍とやらを 目の当たりにしたことがないからだ。 「これは、ご機嫌斜めですねー。 何かあったんですか? リブラン」 「わたくしには皆目見当が付きません」 まあ、アスモドゥスが部下として重用しているのであれば、 その実力に間違いはないと思うのだが。 「もしかして、あの日ですか?」 「んなわけあるかっ」 こいつもこいつで、ちょっと礼節をわきまえないというか、 やたらとフレンドリーな部分がある。 「食物繊維を多く取った方がいいですよ」 「便秘でもねえよ!」 よって、こいつらが二人そろうと、俺が色々と 大変なことになってしまうのだった。 もしかして、人望とかないのかなあ……俺。 「それはさておきまして、私の情報を 疑っているんですか? ジェイジェイ」 「ジ、ジェイジェイ!?」 あまりにもフレンドリーすぎる呼び方に、 目を白黒とさせてしまう。 「いえ、だってー、アスモドゥス様から お忍びの旅だって聞かされてますしー」 「どこで誰が聞いているか分からない状態で、 『魔王様!』なんて呼べませんって」 「ぬ、ぬう……それは確かに」 今、さりげなく魔王様ってかなり強調されたような気が したが、まあ置いておこう。 「というわけで、『魔王様!』のことは ジェイジェイと呼ばせてもらいますね」 ……こいつ、また強調しやがったな。 「……いいだろう。お前の言うことも一理ある。 その呼び名は認めよう」 ここは俺が譲歩するより他にない。 かなり屈辱的だが、甘んじて受け入れよう。 全ては俺が最終的に勝利を手にするために 必要なことなのだ。 必死で、自分にそう言い聞かせる。 「さておきましてー、この先の村に勇者の仲間が いるのは間違いありません」 「このマユユンが、自分の目でちゃーんと 確かめましたから」 どのマユユンだよ。そして、誰がマユユンだよ。 声を大にして言いたいが、ぐっとこらえておく。 「もう一度尋ねるが、それは確かなんだな?」 「だから、そう言ってるじゃないですかー。 しつこい男は嫌われますよ、ジェイジェイ」 ぐぬう……! まったくもって、余計なお世話だ。 「彼女の諜報員としての力に間違いはありません。 性格には多少難があるかもしれませんが」 「いやー、そんな褒められると照れちゃいますよ」 「いえいえ、本当のことですから」 「お前ら、仲いいのか悪いのか、はっきりしろよ」 「マブダチに決まってるじゃないですか」 「ええ。かなりマブです」 「……そうか」 とりあえず、こいつらのことは一旦放っておこう。 まともに取り扱おうとすると、こっちが疲れてしまう。 「ふむ……」 リブラの言うとおりマユの性格に 難があることに間違いはない。 だが、それ以上にリブラもアスモドゥスも、マユのことを 高く評価していることも間違いはない。 「分かった。この先の村、だな」 その二人から評価を得ている。その事実を受け止めて、 信じることにしよう。 「ちなみに、その戦士はどんな外見だ?」 「えーっと、銀色の髪でー」 「ほうほう」 「つり気味な目でー」 「ふむ」 「デッカイ剣を持ってました」 「……なるほど」 銀色の髪をしていて、目がつり気味で、 大きな剣を持っている、か。 「ほう。かなり、それらしいじゃないか」 いかにも歴戦の戦士、ないしは剣士と呼べそうな外見だ。 やはり、魔王が相手するにはそのような 強そうな相手こそが相応しい。 俺のモチベーションが、結構上がってきた。 「ちなみに、女の子でした」 「む。女、なのか……」 いかん。ついつい、男でイメージしてしまっていた。 頭の中に思い描いていた想像図を少し修正してみる。 銀髪で、つり気味な目の、大きな剣を持った、女戦士。 「……ふむ」 凄腕の女戦士、か……。 うむ、悪くはないな。それはそれでありだ。 「じー……」 「……うん? どうした」 ふと気付くと、リブラがじっと俺のことを見ていた。 「いえ、なんとなくどうでもいいようなことを 考えている気がしたので」 「そんなわけないだろ。俺が考えるのは、 常に重要な案件のみだ」 俺のモチベーション。これ以上に 重要なことがあるだろうか? いや、ない。 「ともあれ、俺たちはこのまま村を目指し、戦士を 確認する。アスモドゥスには、そう伝えておけ」 「オーダーは以上だ、マユマユ。キリッ」 「みたいな感じで命令されないと、 マユマユは働けません」 「……はあっ?」 こいつは、何を、言っているのだろう。 本気で理解出来ない。 「いや、そういうのはいいから」 「ぬぐう、持病のシャクがー。このままではー、 マユマユはー、とてもじゃないけどー、動けませーん」 「ちゃんとしたー、命令を受けないとー、このままー、 ここでー、朽ち果ててー、しまうでしょうー」 マユは、わざとらしいくらいに間延びした棒読みで、 そう言いながらチラチラと俺の方を見てくる。 明らかに嘘である。 「いや、いいから行けよ。平気なんだろ」 「なんてー、ご無体なことをー。彼女のー、願いをー、 聞いてやってくださってもー、よいのではー」 「お前もかっ!?」 すかさず、リブラが便乗してくる。 ……え? なに? なんだ、この空気……。 「チラッ」 「チラッ」 露骨に口に出しながら、二人がチラ見してくる。 ああ、これはあれだな。俺に言えと、 そう強制しているんだな。 というか、俺が言わないと何もやらない。 そんなパターンだな。 「…………」 ……ようし、いいだろう。俺は魔王だ。 その実力をいかんなく発揮してやろう。 「オーダーは以上だ、マユマユ」 威厳をたっぷりと込めた低音の声で、キリッと言い切る。 我ながら、かなりの良い声だ。 「ぷぷー、マユマユて」 「命令を出すときくらい、ふざけないでください」 「お前らーっ!?」 なんとなく……そう、なんとなくだが、 こういう感じになるような気はしていた。 ああ……していたさ。 上昇したばかりのモチベーションをぐんと下げながら、 俺は森を抜けて村へと進むことにした。 「さてと、この村でいいんだよな?」 「はい。ここで間違いありません」 どうにか、日が沈む前に森を抜けて、 俺たちは村へと辿り着くことが出来た。 さて、件の戦士はどこだろうか、と辺りを見渡す。 「しかし、あれだよな。人間の集落は、 どこも同じように見えるな」 目に映る風景にはどこか見覚えがある。 先日、ヒスイと向かった村に似ている。 「建物とか、まるで同じに見えるぞ」 「事実、同じですからね」 「うん? どういうことだ?」 「この世界では、一部の地域を除いて 気候が安定しています」 「よって、一般的な住居に関して地域差が ほぼありません」 「……ふむ」 確かにアワリティア城の周囲も、この辺りも、 似たような気候だ。 日夜で寒暖の差も激しくなく、 過ごしやすい土地と言えるだろう。 「最適な住居の形が決まっている以上、 似通った景観になるのは必然です」 「同じ素材、同じ様式の建築物であれば、それは同じ ものと呼んでも差し支えない、ということか」 「そういうことです」 ふうむ、そういうことか。 これこそが、最適化された集落の姿、というわけだ。 人間も人間で、色々と考えるものだな。 「まあ、それよりも戦士を探すことを 優先しないといけないんだが……」 周囲には、それらしい人影は見当たらない。 その辺りを歩いているのは、どう見ても争いとは無縁の、 いかにも村人といった質素な服装の連中ばかりだ。 「おや、こんな村に旅人だなんて珍しい」 辺りを見渡していると、村人と目が会う。 その途端、いきなり話しかけられた。 随分と馴れ馴れしい奴だとは思うが、まあ、好都合だ。 戦士のことを見なかったか聞いてみよう。 「ああ。人探しにこの村に来たのだが……」 だが、俺の言葉を最後まで聞かずに 村人は歩き去ってしまう。 盛大な肩透かしでも食らった気分だ。 「……なんだ、今のは。無礼な奴め」 いくら心の広い俺でも、多少ムッとしてしまうのは、 やむなしだろう。 「きっと恥ずかしがり屋さんなのでしょうね」 「その割には、堂々と話しかけてきたがな」 歩いて行った村人の方へと目を向ける。 いつの間にか、こちらに向かって 戻ってきていた村人と再び目があった。 「おや、こんな村に旅人だなんて珍しい」 一字一句、違わない言葉を口にしてから、 村人はまた歩き去る。 今度は、俺が口を開く暇すらなかった。 「本当に恥ずかしがり屋さんですね」 「……恥ずかしがり屋、でいいのか? あれは」 三度、さっきの村人を見る。 また目があうと同時に。 「おや、こんな村に旅人だなんて……」 「流石に、三回も繰り返すと怖いわっ!!」 目があうたびに同じ言葉を繰り返される。 ちょっとしたホラー気分だった。 そして、例によって村人は歩いていく。 「よっぽど、旅人が珍しいのでしょうね」 「だからといって、あれはないと思うぞ」 四度目……は流石に遠慮したいので、 もう目で追いかけたりはしないでおく。 「ふむ。とりあえず、その辺りの奴らに 聞き込みでもしてみるか」 「では、手始めに先ほどの人間に……」 「あいつ以外でな」 何はともあれ、この村へときた目的を果たすとしよう。 「……いったい、どうなってるんだ、この村は」 結論から言うと、戦士らしき人物の目撃談を 得ることは出来なかった。 というよりも……。 「こっちの話を全然聞かずに、自分の言いたいこと だけしか言わないとか怖すぎるだろ」 「旅人が珍しくて、恥ずかしがっているのでしょうね」 「……そういうレベルじゃないと思うんだが」 俺たちと村人の間では、会話が一切発生しなかった。 一方的に話を聞かされるだけ、だ。 こんな調子で、情報を集めることが出来るわけもない。 「とりあえず分かったのは、この近くの洞窟に 魔物が住んでいること、と」 「その魔物たちが、子どもをさらっているらしい、と いうことですね」 俺にとっては、かなりどうでもいい話だった。 とはいえ、村の中では、これ以上の情報を 得ることは難しいだろう。 「その洞窟とやらに向かってみるか」 村の中には、戦士らしき人影は見受けられない。 そして、村人との会話は成立しない。 ならば、何か聞きだすとなれば近場の 魔物の話を聞くのが一番だろう。 「まったく。人よりも魔物の方が 話が通じるとは、世も末だな」 「あなたが言うセリフではありませんけどね」 「……まあな」 俺、魔王だしな。 リブラの真っ当なツッコミを受けながら、 俺たちはひとまず村を出ることにした。 「いかにもな洞窟だな」 「いかにも、ですね」 洞窟を歩きながら、同じような言葉を言い合う。 魔物の中には、このような穴倉を好む種もいる。 自然が作り上げた洞窟は、そういうやつらにとって、 住むのに最適な場所だ。 ここを根城としている魔物たちも、 そういう種のやつらなのだろう。 「さて、とりあえずはこの穴倉のリーダー格の魔物に 会わなければいけないわけだが」 生憎と、洞窟内部の構造がどうなっているのか、 さっぱり分からない。 天然物の洞窟は、その内部が想像以上に 複雑となっていることも多々ある。 内部構造を把握出来ないままウロウロしては、 迷ってしまう公算がかなり高い。 「住みついている魔物に聞くのが手っ取り早いですね」 「ああ。そうするか」 この洞窟の魔物は、子どもをさらっているらしい。 つまり、行動を指示する者がいるということになる。 そうである以上、魔物たちの中にコミュニティが 存在するのが道理だ。 洞窟のことは、洞窟の魔物に聞け。というわけだ。 「しかし、人間どもの集落よりも集落らしいというのは どうかと思うがなあ」 「魔物の方が知恵があるということを喜ぶべきでは?」 「前向きに受け取っておくか」 ただでさえ色々と頭を悩ませなければいけない俺だ。 ネガティブな考えはあまりしない方が良いだろう。 「というわけで、魔物を探すか」 「きしゃー!」 「ちょうど良いタイミングですね」 「うむ、そうだな」 やはり、運は俺に味方をしていると見える。 魔物を探そうとしたところで、向こうから 出てきてくれるとは思わなかった。 「人間がなんの用だ」 「人間…………?」 小さなストレスを蓄積し続けていた俺は、 その言葉にカチンと来た。 「貴様、俺……余を人間だと言ったか?」 「どう見ても人間じゃないか」 「……やれやれ。嘆かわしいことだ」 ため息を零しながら、ゆっくりと息を漏らす。 確かに、余が新たな魔王となってから日も浅い。 魔王の証たる装備品も、城に置いてきてある。 本来、持っている力もかなり抑制してある。 そして、外見も人間に近い。 とはいえ、余を人間と間違えるなど……。 「…………」 段々と、間違えられてもしょうがない気がしてきた。 と、ともあれ。 「内心でへこんでいる場合じゃありません」 「ええいっ! 人の心を勝手に見透かすでないっ!」 「と、ともあれ、だ」 こほん、と咳払いをしてから、改めて魔物へと向き直る。 「これを見ても、まだ余のことが分からぬか?」 抑え込んでいた力を一瞬だけ解放する。 解き放たれた魔力の奔流が、明確なビジョンを 形作りながら、辺りへと吹き荒れる。 「ひっ、こ、これは……」 圧倒的な力量差を、本能的に感じ取った魔物が 小刻みに震えだす。 「余の名を言ってみろ」 力を抑え込みながら、魔物を鋭く睨み付ける。 人と間違われ、魔王とは気付かれぬ程度まで力を 落としたにも関わらず、魔物の震えは大きくなっていた。 「ま、魔王様……っ!?」 俺が何者であるのかを把握した瞬間に、 身を低くして平伏する。 うむ。なんだか、久しぶりな感じがするリアクションだ。 「……ふんっ」 腕組みをして魔物を見下ろすと、 鼻で笑うように息を漏らす。 ここしばらくの間、ツッコミとかばっかりやってきたが、 こうやって偉そうにしているのが本来、俺があるべき姿だ。 我ながら、中々良い魔王っぷりだ。 「この洞窟の魔物へと指示を出す者を連れてまいれ」 「は、ははっ、ただちにっ!」 俺の命令を受けて、魔物が慌てふためきながら 洞窟の奥へと向かって走って行く。 ううむ、本当に久々に魔王っぽいことをしているなあ。 「ここぞとばかりに魔王ごっこをしていましたね」 「ごっこじゃねえよ! ガチ魔王だよ!」 リブラはリブラで、全く俺を敬うような素振りは見せない。 変なところでブレない奴だ。 「お前は、もう少し俺に敬意を払うべきだと思うのだが」 「魔物じゃありませんので」 実にしれっとした顔で言い放つ。 こう言われたからには、どんな言葉を重ねようとも 水掛け論へと発展して終わりそうだ。 リブラに関しては、もうこういうやつだ、と 諦めるしかないんだろうなあ。 「お待たせしました、魔王様」 などと、俺が考えていると、 洞窟の奥から魔物がやって来た。 「貴様が指示を出している者か。近くの村から 子どもをさらっていると聞いたが?」 「人間を滅ぼすための壮大な策略の一環です」 「ほう?」 壮大な策略ときたものだ。 こいつ、見た目とは違って中々頭の回るやつかもしれない。 「話してみろ」 「はい。子どもをさらい続けることによって、 村には大人だけが残されます」 「あの村はいずれ高齢者ばかりとなり…… そして、やがては……クックック」 「…………」 本当に壮大な策略だった。 というか、壮大すぎる。むしろ、気長すぎるだろ。 「いかがです、魔王様。この恐るべき策略は」 「あー、うん、いや……」 正直、感想を求められてもかなり困る。 こいつはこいつなりに考えた末の作戦だろうし。 どう言えばいいものか……。 「もうちょっと、シンプルな作戦でも いいと思うんだが……」 「あの村、放っておいても勝手に自滅しそうだし」 同じようなことしか喋らない連中だし、大々的な作戦を 取るほど驚異的ではない気がする。 「いけません、魔王様。慢心が招くのは、身の破滅です」 「我々に出来ることは、決して慢心せずに 魔王様のために働くことだけです」 「う、うむ……そうか、頑張れよ」 あの村を放置して起こる破滅ってなんだよ! 思いっきり口に出して言いたかったが、忠誠心の 高さも同時に見せられただけに何も言えなかった。 「…………!」 「まあ、それはそれとしてだな……」 聞きたいことがある、と続けようとした時――。 「見つけたぞ、魔物めっ!」 威勢の良い声を響かせながら、何者かが躍り出てきた。 「……っ!?」 「一刀両断っ!」 裂帛の気合と同時に、中空に銀色の閃きが走る。 それが、剣を振りぬいた軌跡だと俺が気付いた時には……。 「ぬわー!?」 目の前にいた魔物が、一撃で倒されていた。 俺の前に現れたのは、銀色の髪で、つり気味な目の、 大きな剣を持った――。 件の、女戦士、だった。 「お前は……」 その先の言葉を紡ぐよりも早く、彼女の剣が 俺の喉元へと突き付けられていた。 「な……っ!?」 まずい――。 親父殿の遺産を装備した状態ならいざしらず、 今の俺の身体能力は人間並みでしかない。 力を解放したところで、その瞬間には こいつの剣が閃いているだろう。 「リブラ……」 助けを求めようとしたところで、 リブラの姿が見えないことに気付く。 あいつ……また、自分だけどこかに隠れやがったな! 「答えろ。お前は、何者だ?」 かくして、俺は戦士との邂逅を果たしたのだった。 そして、時間は冒頭へと至る。 親父殿への手紙を脳内でしたためながらも、 俺は必死で打開策を練っていた。 迂闊に答えれば、俺の首と胴体は綺麗に さようならをしてしまうだろう。 「答えられないのなら……」 「分かった! 答える、答えるから!」 落ち着いて考えろ、俺。 こいつは何故、警戒をしているか予測しろ。 おそらく、こいつの中では俺を 疑うに値するだけの何かがある。 そして、それは……おそらくはさっきの光景。 魔物と俺が話をしている場面を見た、とかだろう。 その辺りのつじつまを上手く合わせれば、いける。はずだ。 「お、俺は、この近くの村の子どもを助けに来た、 通りすがりの魔法使いだ」 この言葉が出発点として、これにどういう質問が 返ってきて、それにどう答えればいいのか。 シミュレートを頭の中で行いながら、相手の言葉を待つ。 さあ、こい。お前が何を言おうと、 完璧に答えを出してやるぞ。 「……そうか」 短く呟くと、戦士は剣をゆっくりと下ろして。 「疑ってすまなかった」 俺に頭を下げながら紡いだのは、謝罪の言葉だった。 「……え?」 まさか、いきなり謝られるというか…… 信じられるとは流石の俺でも予想外だった。 盛大に肩透かしを受けたような心地になる。 「では、一緒に子どもたちを助けに行こう」 のみならず、同行まで申し出られた。 「いやいやいやいや、ちょっと待てよ」 「どうした?」 「いや、あの、こう……そんな簡単に信じていいのか?」 俺の言葉に、戦士は何故か不思議そうに首を傾げて。 「お前は嘘を吐いているのか?」 「吐いてない。吐いてないぞ」 「だったら、問題ないだろう」 「……え?」 「私はあれこれと考えるのが苦手だ。 だから、お前のことを信じる」 「なにか問題はあるか?」 「いや……ない」 「なら、行こう。子どもたちが助けを待っている」 それだけ言うと、戦士は洞窟の奥へと向けて歩き出す。 考えるのが苦手だから、俺のことを信じる……? ヒスイもそうだったが、どうして出会ったばかりの 俺のことを簡単に信じる。 それは不自然というよりも、不条理に近いことだ。 こうして、俺が戸惑ってしまうくらいに。 「……分からん」 単に人がいいだけなのか、それとも 何も考えていないだけなのか。 どちらなのか、俺には分からない。 「何をしている? 置いていくぞ」 分からないが……今はこいつと一緒に行動をしよう。 もう少し、こいつらのことを知ることが 出来れば、何か分かるかもしれない。 「ちょっと、待ってくれよ」 急いで、戦士を追いかけて歩き出す。 こうして、俺は勇者の仲間である戦士とともに、 子どもたちを助け出すハメになるのだった。 『拝啓、親父殿。お元気ですか』 『俺は……まあ、ぼちぼちやっています』 『俺の命を狙う不届き者を成敗するために、 城を出たのですが、世界は広いです』 『俺の知らないことだらけで、若干 戸惑ったりもしています』 『こんなことならば、億劫がらずに親父殿と 一緒に外でヤンチャすれば良かった……』 『なんて、今更ながらに思ってしまいます』 『さて、そんな俺ですが、今は――』 「分かれ道だな」 「ふむ。少し待て」 『なんの因果か、勇者の仲間である戦士と二人で、 洞窟を歩いています』 『目的は、魔物にさらわれた子どもを助けること』 『魔王の俺がそんなことをするとは、 我ながら滑稽です』 「右の道には、最近何かが通った形跡があるな。 進むとすれば、この道だろう……って」 「早くしないと置いていくぞ」 「なんで左の道を進んでる!?」 『こいつ、人の話を聞きません』 「こっちが正しい気がしたから」 「俺が説明してやっただろ」 「すまない。よく分からなかった」 「あれでかっ!?」 「というわけで、こっちの道を行こう」 「どういうわけだよっ!!」 『というより、人の話を聞く前に動いています』 『ヒスイやリブラとは違った意味で、厄介なやつです』 「何が不服なんだ?」 「だから、右側の道が正解だって言ってるだろ!」 「そうか。じゃあ、そっちに行こう」 『とはいえ、話が通じないわけでもなく、 説明さえすれば理解はするようです』 『会話が成立する分、村の人間どもよりは 多少マシとは言えましょう』 「早く子どもたちを助け出さないとな」 「……そうだな」 『本当に、早くここから出たいです』 『そうしないと、俺の体力や気力がもたない。 そんな気がひしひしとしています』 『どうか、俺のことを見守っていてください。 敬具』 「そういえば、今更だが」 連れ立って洞窟を奥へと進む途中、 戦士が俺へと振り返りながら口を開く。 指示を出す魔物が真っ先にやられたという情報が伝わり、 他の魔物たちはどこからか逃げ出してしまったのだろう。 魔物たちが襲い掛かってくることもなく、ただ歩くだけの 道中は戦士にとっては手持ち無沙汰らしい。 「どうした?」 「名乗るのをすっかり忘れていたな」 「ああ、そうだったな」 言われてみれば、確かにそうだ。 剣を突き付けられるという衝撃的な出会いを 果たしたせいか、すっかり忘れていた。 今まで不都合なく会話が成立していたことも、 要因の一つだろう。 「私はカレンと言う。訳あって旅を続けているところだ」 「訳?」 「お前も噂に聞いたことがあるだろう?」 「女神様の神託を受けて、勇者が旅立ったという話を」 なるほど。人間どもの間でも、 勇者の存在は噂となっていたのか。 さっき立ち寄った村では、そんな話は聞かなかったが……。 まあ、あの調子ではしょうがないだろう。 「ああ。耳に挟んだことがある」 「それで、その……なんだ」 「勇者の仲間として一緒に旅をしろ、と私も 女神様から神託を授かったんだ」 事前に得ていた情報と照らし合わせてみても、こいつが 勇者の仲間になる戦士であることに確信はあったが……。 本人から、こういった言質も取れた以上、 もう間違いはないだろう。 こいつが、勇者の仲間であり――俺の障害となる敵。 「へえ、そうだったのか。凄いじゃないか」 内心を表に出すような愚行はせずに、 驚きを装いながら会話を続ける。 「ん……。光栄なことだ」 「世に名を知られるのは、少し恥ずかしいが」 はにかむように笑いながら、カレンが指先で頬を掻く。 何気に、初めて笑顔を見たような気がする。 ……って、なんでそんなことを考えるんだ。 「お前の名前は?」 「俺はジェイ。見聞を広めるために 世界を旅している魔法使いだ」 ヒスイに自己紹介した時とは違って、 今回は経歴まであらかじめ考えておいた。 そうしておけば、自己紹介の時に変な間が 生まれたりはしない。 学習する魔王。まさに、完璧な存在だ。 「よろしくな、カレン」 「ああ、こちらこそ。魔法使い」 「……うん?」 「どうかしたか?」 「いや、魔法使いって……俺のことだよな?」 「他に私と話している人間もいないだろ」 カレンは軽く笑いながら、そう返してくる。 「名前で呼ばないんだな」 「な、名前は、その……」 カレンが、急にもじもじと視線をさまよわせる。 ……あれ? 俺、何か変なことでも言ったか? 「だって、ほら、魔法使いは男だろ?」 「ああ。まあ、な。見た通り、男だが」 少なくとも女には見えないだろう。 「男を名前で呼ぶ、というのは……私には 少し難易度が高い、というか……」 「恥ずかしい……かな」 「……え?」 カレンにはふざけているような調子は一切なく、 本気で恥らっているように見えた。 頬も、ほんのりと赤くなっているように思える。 名前で呼ぶのが……恥ずかしい……? 「そういうのにはあまり慣れてなくて、な。 すまないが、勘弁してくれ」 異性に対しての免疫が薄い、というやつなのだろう。 それにしても、とは思うが……。 「そうか。そういうことなら仕方ないな」 恥らう女に、無理やりに名前呼びを強制する。 そういうアレソレに惹かれないでもないが、 今はやめておこう。 やる意味も、必要性もない。 それよりも、もっと有益な情報を引き出さねば。 「ん。ありがとう」 少し照れを残したような赤い頬で、 カレンが短く礼を口にする。 しかし、よく分からない奴だ。 二人きりで洞窟を歩き、会話するのは平気でも、 名前を呼ぶのは恥ずかしいなんて……。 「普通に会話する分には恥ずかしくないのか?」 「ああ。仲間として見る分には平気なんだ」 ふむ……よく分からない。 よく分からないが、まあ、なんらかの線引きが こいつの中ではなされているのだろう。 そうやって割り切っているだけに、自分が引いた線を 越えられると弱い……のか? これをどうにか利用……とか出来ないよなあ。 「さて、先を急ごうじゃないか」 「ああ、そうだな」 まあ、行動を共にしているうちに 他に何か分かるかもしれない。 子どもを助けないことには、外には出れないことだし、 今は、こいつと一緒に洞窟の奥を目指すとしよう。 「む、今度は十字路か」 「ふむ……」 地面に残された足跡などから察するに、 まっすぐ進むのが正解のルートのようだ。 カレンに関しての情報を引き出せていない今、 もう少し時間を稼ぐ必要がある。 違ったルートを選ぶことで、時間を作るとしよう。 「ここも、右に進むのが正解だと見るが……って」 ふと気付くと、カレンは既に俺の横にはおらず。 「おーい、早くしろ」 いつの間にか、正面の道を先へと進んでいた。 「お前、勝手に先に進むな!?」 「大丈夫だ、問題ない」 「問題しかねえよ!」 さらに先へと足を進めようとするカレンを追う。 女性にしては歩くペースの早いカレンに 追いつくのは、少々骨だ。 「さっきはお前が正解の道を示してくれたから、 今度は私が示す番だと思ってな」 「ほう?」 どうやら、この道が正解だという根拠があるらしい。 さっきの分かれ道の件から、何も考えていないやつだと 思っていたがら、少々違うらしい。 「では、何故この道が正解だと分かった?」 「何事もまっすぐ行くのが一番近いからな」 「……うん?」 まっすぐ行くのが一番近い? ちょっと、言ってる意味がよく分からない。 「困った時は基本に立ち返って、前だけを見続ける。 剣の道も、洞窟の道も、同じことだ」 うん、としたり顔でカレンが頷く。 ああ……要するに、特に深い考えはなかったわけか。 「なるほど……な……」 なんだろう、この微妙に釈然としない感じは。 しかし、今、聞き逃せない言葉があったな。 「剣の道って、カレンは剣を誰かに教わったのか?」 指示役の魔物を一撃で倒した剣の冴えは見事だった。 それほど強い魔物ではなく、不意を突いたという 好条件もあったのだが。 だとしても、中々の技量の持ち主であることに 変わりはない。 このまま腕を磨き続ければ、いずれは 脅威となりえる存在だ。 ……おお。魔王の敵として相応しい感じがするな。 「基礎的な部分はな。後は我流だ」 「我流? それで、あんなに見事な剣さばきが 出来るものなのか?」 「そこは、私の実力というよりも、 女神様の加護の方が大きいな」 女神の加護。その言葉に、思わず目を細めてしまう。 勇者とその仲間に不死性を与え、民家のタンスを 探ることすらも可能としてしまう恐ろしい加護。 戦士として選ばれたカレンに与えられた加護、とは……。 「それは一体、どんな加護だ?」 「武器を完全に使いこなすことが出来る、と 言えば分かりやすいだろうか」 どう説明すれば上手く伝わるのかを悩んでいるのだろう。 緩く首を傾げたカレンの眉根が寄る。 「例えば、剣には一本一本、癖のようなものが 存在するんだ」 「同じように見えても、持った感じや 握り心地が違ったり、な」 「ふむ。重心の位置なども、微妙に 変わってくるだろうしな」 「重心?」 カレンが不思議そうに首を傾げる。 もしかして、重心という言葉を知らないのか? 「だいたい、お前が言ったことと同じ意味の言葉だ」 剣と一括りに言っても、材質が違えば当然のように それはほぼ別物のようになる。 切れ味、重量、重心。それら全ての要素を体に馴染ませて、 それでようやく使いこなすことが出来ると言えるだろう。 「それでだな、私は手にした武器をどう扱えば いいのかが、なんとなく分かる」 「いや、分かるというのは正しくないな。 体が勝手に動く、というか……」 カレンが口にする加護とは、その体に馴染ませる という段階をスキップするのだろう。 それがなんであれ、手にした瞬間には どう扱えばいいのか、把握出来る。 しかも、意識的にではなくて、本能的と呼んでも 差し支えのないレベルで。 「ああ。言いたいことは伝わったから、大丈夫だ」 「そうか。よかった」 「その加護があるから、魔物を鮮やかに倒せたんだな」 「ああ。とはいえ、毎回一撃で倒せるわけじゃない」 「あれは、会心の一撃だったから、上手く倒せただけだ」 武器を持っただけで、達人とまでいかずとも 熟練者レベルの適性を即座に得ることが出来る。 まさに、恐ろしい能力だ。 「よかった……それっぽい加護もあったんだな……」 ようやく、魔王の敵として相応しい加護が出てきた。 死んでもよみがえるのも、それはそれで恐ろしい加護 だったが、今一つ分かりにくさがあった。 こういう、分かりやすい怖さがあると、テンションが 上がるというか、モチベーションがアップする。 おのれ、勇者とその仲間め。負けてなるものか! そんな気持ちになれるのだ。 「よかった? 何がだ?」 ついつい漏らしてしまった呟きにカレンが反応する。 なんのことか分からず、きょとんとした顔で 首を傾げている。 「なんでもない。気にするな」 「そうか、分かった」 カレンはそれ以上追及することはなく、 小さく頷いて納得を示す。 物事を深く考えないと言うべきか、素直と言うべきか。 若干迷うところだ。 「しかし……」 女神の加護、相当厄介なものだな。 倒してもよみがえる。かといって、倒さなければ いずれは俺の城まで到達するかもしれない。 武器を使いこなせる。ならば、与えなければ良いのだが、 この世界から武器を根絶させるなど不可能だ。 どちらも、手の打ちようがない。 「……あれ? 俺、詰んでないか?」 いやいやいや、待て。そんなはずがない。 きっと、なんらかの方法があるはずだ。 そう、俺にとって起死回生の打開策があるはずだ。 だが、そんなもの容易に思いつくはずもない。 「ぬ、ぬぬぬぬ……」 せめて、魔物たちを大規模に動かすことが出来れば……。 俺の命の危機なんだから、喪に服すとか言わせないで 無理やりに動かすか……? だが、それはそれで、俺が勇者を恐れていると いうことの証明になる。 そうなると魔王の沽券に関わってきてしまうわけで……。 「どうした、魔法使い。腹でも痛いのか?」 「いや、大丈夫だ」 「ならばいいが、あまり無理はするなよ」 「ああ。分かっている……」 痛いのは腹ではなく、どちらかといえば頭の方だった。 そして、俺の頭を悩ませる当事者の一人でもある、 勇者の仲間から体調を気遣われてしまう。 ……なんだ、この展開は。 「おっ」 「どうした?」 何か発見したのだろうか。カレンの足が急に止まる。 「あんなところに宝箱があるぞ」 「おいおい。こんな場所に宝箱なんて……」 常識的に考えてあるわけがない。 肩を竦ませながら、カレンの指差す方へと目を向けると。 「……あれー!?」 道の途中に、何故か箱が置かれていた。 な、なんで、こんなところに唐突に箱が置いてあるんだ? この辺りの魔物の私物でも入っているのか? 「調べてみよう」 「ちょ、待てよ。罠かもしれないだろ!?」 でん、と置かれた箱を疑うような素振りもなく、 カレンが迷いなく蓋を開く。 罠かもしれない、なんて微塵も思っていないかのようだ。 「中身は……レザーアーマーか」 「なんでだよっ!?」 どうして、人間用の防具が入っているんだ! 誰が、何のために、こんな所に置いてるんだよ! 「ふーむ。戻しておくか」 「……え? 着ないのか?」 「ああ。私は、もっといい鎧を装備しているからな」 「……どこに?」 どこからどう見ても、カレンは軽装そのものなのだが……。 「そ、そういうことを聞くのは、セ、セクハラだぞっ!」 「はぁぁぁぁっ!?」 ちょ、え? 今の質問はセクハラになるのか? どうしてそうなるのか、まったく理解出来ない。 「へ、変なことを言っている暇があったら 先を急ぐぞ、魔法使い」 頬を赤く染めながら、カレンが大股で歩き出す。 「あ……ち、ちょっと待て!」 置いて行かれてはマズイと、俺も慌ててその後を追う。 「さ、さっきのが、なんでセクハラになるんだよ」 「自分で考えろっ!」 俺の疑問にカレンが答えるようなこともなく。 たくさんのハテナマークを胸に抱えたまま、 俺たちは洞窟の更に奥へと進むのだった。 地面に残された足跡を辿るように、歩き続ける。 進むにつれて足跡は数を増していき、 次第にはっきりとした物へと変化してきていた。 その様子は、目的の場所が近いことを 如実に物語っているのだが。 「まだ、奥があるみたいだな」 言葉通りに前しか見ていないこいつは、足跡の変化に 気付いた様子はまるでなかった。 もう少し探りを入れたいところだが、そのための 時間を作るのも正直難しいだろう。 ここで引き上げることを提案しても、それが 受け入れられるとは到底思えない。 つまり、俺に出来るのはこのまま成り行きに任せて、 子どもを助け出すことだけだ。 「だが、近くまで来ているはずだ。急ごう」 「ああ、そうだな」 ならば、さっさとこんな場所から出るに限る。 そして、なんらかの手立てを考えなければいけない。 図らずも、急ぎたいという俺たちの思いは一致していた。 自然と進む足も速くなりはじめる。 「ん? あれは……」 やがて、少し開けた場所へと到達すると、そこには……。 「えーん、えーん」 「誰か助けてー」 「ええい、静かにしろ」 「泣いたところで、誰も助けになんて来ないぞ」 分かりやすい寸劇が繰り広げられていた。 ああ、あれがさらわれた村の子どもたちだな。 一目見て、すぐに分かった。 そして、あの魔物が子どもたちの見張り役なんだろうな。 これも一目見て、すぐに分かった。 やはり、分かりやすいことは大事だな。 「さて。向こうは俺たちには 気付いていないようだが……」 まあ、ここは出ていって、魔物を倒して それでおしまい、だろうな。 うむ。実に分かりやすい。 「しかし、なんであの子どもたちは 若干棒読みなんだろう」 流石はあの村の子ども、と言うべきなのだろうか若干悩む。 というか、あの村にはなんかそういう 変な呪いでもかかっているんだろうか。 それならそれで、村人たちの奇行にも 納得がいくのだが……。 「ともあれ、どうするか、なんだが……」 やけに静かだな、と思いながらカレンへと目を向ける。 案の定、今までいたはずの場所に姿はなくて。 「覚悟しろ、魔物め!」 「……ああ、やっぱりそうなるよな」 予想通り、カレンは剣を携えて、 魔物たちの前に躍り出ていた。 作戦や小細工など、最初っから考えてはいないのだろう。 やれやれ、とため息を漏らしながら、 俺もカレンの後に続くことにした。 「おのれ、こしゃくな人間どもめ」 「今すぐ、子どもたちを離すんだ!」 「クックック、それは出来ないなあ。 子どもをさらうことは、魔王様のご指示」 「魔王様の命令は絶対だ」 そんな命令出した覚えねええええっ!! 声を大にして叫びたかったが、それはぐっと我慢しておく。 流石に急に叫んだら、怪しすぎる。 「何故、魔王がそんな命令を……?」 「クックック、それはお前らが知るところではない」 「お前たちが魔王様のことを理解するなど、不可能だ」 まさかの、本人全否定である。 自分のことを理解出来ないなんて、魔物から 言われるとは思ってもみなかった。 いや、まあ、確かに子どもをさらう意味とか、 俺自身も分からないが。 そもそも、そういう命令を出した覚えすらないのだが。 「お前たちはここで死ぬのだ」 「クックック、魔王様に逆らったことを後悔するがいい」 「負けるものか。いくぞ、魔法使い!」 「あー……うん」 テンションがかなり下がってきた俺を尻目に、 戦闘の幕が切って落とされた。 『グリーンゴブリンが いっぴき あらわれた マジックバットが いっぴき あらわれた』 「またかっ!?」 またもや、色々な文字が表示されて見える。 今回表示されているのは、俺とカレンの状態……なのか? なるほど、参加している奴の情報が表示されるのか。 謎が一つ解明された。 って、なんでこんな文字が表示されて見えるんだ!? 「魔法使い、お前は自分の身を守っておくんだ」 驚く俺とは違って、こいつは平静そのものだ。 なんだ……異変が起きてるのは俺だけか? 「ああ、そうさせてもらおう」 ま、まあ、いい。今は気にしないでおこう。 それよりも、勇者の仲間の力を拝ませてもらうのが先決だ。 『さくせんが しんちょうにいこう にへんこうされました』 だから、誰に説明してんだよ! というか、どこ目線の言葉だよっ! 「いくぞ、魔物めっ!」 くそっ……気にするなっていう方が無理だろ。 と、とにかく、今は目の前のことに集中しよう。 『カレンのこうげき』 『グリーンゴブリンに かなりの ダメージ』 「ぐおおおっ!?」 カレンの斬撃を受けた魔物が、大きく吹き飛ばされる。 剣で斬っているのに、弾き飛ばされる ってどういうことだよ。 斬れないのかよ! ともあれ、攻撃自体は中々、思い切りのいい攻撃だ。 ヒスイよりも、腕がいいのは簡単に見てとれる。 「お、おのれ……」 かなりのダメージではあるようだが、 一撃で倒せはしなかったようだな。 それでも、大打撃であったことに違いはないようだ。 攻撃を受けた魔物の足が、若干ふらついている。 「クックック。くらえっ!」 「この程度っ!」 『マジックバットの こうげき』 『カレンに ちょっとのダメージ』 もう一方の魔物からの攻撃を、カレンが上手くいなす。 どうやら、ちょっとしかダメージは受けていないらしい。 事態を客観的に見るのに、この変な文字は便利だな。 「ふうむ」 こうして見ていると、現段階ではヒスイよりも カレンの方が戦闘には長けているようだ。 戦闘向きの加護も受けているだけのことはある。 とはいえ、それでも多少は腕が立つ程度でしかない。 この程度の魔物くらいであれば難なく倒せるだろうが、 多少強力な魔物が相手となるとどうだろう。 「……っと、見てばかりもいられないな」 そういえば、さっき自分の身を守っていろと言われたな。 さて、どうしようか。 『どうする?』 まあ、あいつに従ってやる義理もない。 こっちはこっちで、やっておこう。 「くらえっ!」 『ジェイは こうげきを しかけた』 こんな魔物相手、呪文を使うまでもない。 親父殿より受け継ぎし、この鉄拳を味わうがいい! 「遅いっ!」 『ミス グリーンゴブリンは ひらりとよけた』 「うおおおっ!?」 俺の拳は華麗に空を切った。 お、おのれ、まさか避けられるとは……! 「あっ! 自分の身を守っておけと言っただろ!」 「カレン、お前の言う通りにさせてもらうぞ」 さて、ここはカレンに従うフリをしながら、 もう少し観察に徹しておこう。 『ジェイは みのまもりを かためた』 「ああ。自分を大事にするんだ」 どうやら俺が素直に従っていると、 思い込んでいるようだな。 くくく……俺の手の平の上だとも知らずに。 その意気込みのまま、我が前で 全ての力を曝け出すがいい! 「弱い方から狙ってやる!」 『グリーンゴブリン のこうげき』 『ジェイに ちょっとの ダメージ』 「ぐはぁっ!?」 こいつ……よくも殴ったな! 魔王である俺を、よくも! しかも、言うに事欠いて弱い方だと……!? 「大丈夫か、魔法使い」 だ、だが、落ち着け。落ち着くんだ、俺。 「ああ……大丈夫だ」 所詮、こいつらは下級の魔物。 俺の顔を知らなくとも無理はない。 いくら殴られたからとはいえ、ここで怒りに任せて 正体を明かすようなことをしては駄目だ。 落ち着け、冷静になれ。この魔物たちは、 後でお説教をしてやればいい。 たっぷりと、してやればいい。 「俺は気にしなくてもいい」 よし、もう大丈夫だ。 「そうか。ならば、攻撃に出るぞ!」 ふむ。これはつまり、俺もタイミングを合わせて 攻勢に出ろということか。 さて、次の一手はどうする。 『どうする?』 「いくぞ、カレン」 「ああ。まずは片方から仕留める!」 俺が手を出さずとも、カレンは この魔物を倒してしまうだろう。 適度に手を貸して、早めに終わらせるか。 「“漆黒を飲み込む無限” ダークネス・スナップ」 『ジェイは じゅもんを となえた』 「ぬうっ!?」 『グリーンゴブリンを やみが しばりあげる』 攻撃のフリをして、魔物の動きを止めておく。 後はカレンが仕留めるだろう。 攻撃に出たところで、また殴られてもかなわない。 カレンに従ってやる必要もないし、好きにしておこう。 『ジェイは みのまもりを かためた』 いつ、相手が殴りかかってきてもいいように、 警戒しておく。 「魔法使い、お前……」 「俺はもう一匹の方に備えておく」 「なるほど。それも手だな」 カレンもしぶしぶだが、納得はしたらしい。 さあ、殴れるものなら殴ってみろ、魔物ども! 「ぐぬぬぬ……隙がない」 『グリーンゴブリンは ようすをみている』 くくくく……動けまい。いい気味だ。 「まずは一匹っ!」 『カレンの こうげき』 『グリーンゴブリンに トドメになるくらいの ダメージ』 「ぐわーっ!」 『グリーンゴブリンを やっつけた』 カレンの攻撃を受けて、魔物の片割れが倒れる。 しかし、トドメになるくらいのダメージって、 どれくらいだ……? かなり曖昧な表現だな。 「クックック。お、おのれー!」 こいつ、なんで一々笑うんだろう。 なんだ、笑わないと死ぬ体質とか、そういうのか? 『マジックバットは ちからをためている』 ふむ。どうやら、あの魔物は強烈な攻撃を 仕掛けるつもりらしいな。 さて、向こうの意図は読めた。 あいつがどちらを殴ってくるかまでは分からないので、 身を守っておくとしよう。 『ジェイは みのまもりを かためた』 「クックック、臆したか!」 『マジックバットは いきりたって ジェイにおそいかかった』 言うに事欠いて、臆しただと? この魔王である俺が、魔物ごときに? 「誰に向かって言っている!」 魔物の見下すような言葉に、温厚極まりない俺も 流石にカチンと来た。 思わず、魔物をにらみつけてしまう。 「ひ、ひぃぃぃっ!?」 『ミス マジックバットは おびえている』 魔王である俺の眼光を受けて、魔物が身を竦ませる。 本能的に力量差を悟ったであろう 魔物の動きが止まった。 「チャンスだっ!」 魔物が怯んだ隙をカレンは見逃さなかった。 「ここは、手加減抜きでいくぞ」 カレンの両足が、地面を強く踏みしめる。 大技でも出すつもりか……? 「必殺!」 「ぎゃー!?」 『カレンの ひっさつ! マジックバットに すごいダメージ』 『マジックバットを たおした』 カレンの横なぎの一閃が、魔物を一撃で吹き飛ばす。 というか、特に技名とかないんだな。 必殺って、そのままだし。 『まものたちを たおした』 「助けてくれて、ありがとう」 戦闘が終わり、魔物から無事に解放された 子どもたちが喜びの声を上げる。 やはり、若干棒読み気味なのが、かなり気になる。 なんだろう……やっぱり、呪いとかじゃないのか。これ。 「もう大丈夫だからな。家に帰れるぞ」 子どもたちの頭を撫でるカレンの表情は、 どこか満足げに見える。 やる必要もなかった人助けだが、まあ、悪い気はしない。 子どもたちが、棒読みでさえなかったら、だが。 「さて。後は、この子どもたちを送るだけか」 子ども――ましてや、それが人間ともなると、 扱いに難儀しそうだ。 村まで送り届けるだけでも、一苦労だろう。 俺がそんなことを考えていると。 「僕たちは先に村に帰るね」 「……え?」 俺たちを置き去りにして、子どもたちは 一目散に駆け出してしまう。 「ちょ、あれ……? なんで、一緒に行かないんだ?」 俺の当然の疑問に、誰一人足を止めるでもなく、 子どもたちの足音は遠くなっていく。 どうせ、俺たちも外に出る必要があるのに、 どうして子どもだけ先に帰る? 魔物もまだいるかもしれないのに。 「やはり、家が恋しかったんだろうな」 こいつはこいつで、なんでいい笑顔で 子どもたちを見送っているんだろう。 微笑ましい光景でも見ているように、 うんうんと頷いてすらいる。 「いや、えーっと、お前、村に行くんだよな?」 「ああ。子どもたちが無事に帰れたかどうか、 確かめないといけないからな」 「あいつら、先に帰ったんだが……」 「子どもたちは元気だよな」 「だから、なんでいい笑顔なんだよ!?」 俺の言いたいことがちっとも伝わっていない! 「いいことをした後だからな」 「そういう意味じゃなくてだな!」 「魔法使いの話は難しいな」 しかも、俺が悪いみたいな感じになっている!? 「いやいやいや、あの子どもたちは 魔物にさらわれてたんだろ?」 「ああ。魔王の奴め、いったい何を考えて 子どもをさらったんだ……?」 「俺が聞きてえよ!!」 はっ!? しまった、ついついツッコミを 入れてしまった! このタイミングで、この言葉はまずかったか……? 「魔法使いも魔王のことが許せないようだな」 そういう意味に取るのか!? だが、そういう風に聞こえないでもない。 よし、ここは勘違いさせたまま押し切ろう。 「あ、ああ、そうだな。実に許せない」 「魔王め、いまに見ていろ。 私が一撃の元に切り伏せてやる」 ああっ! なんか、決意を固めている!? しかも、俺が全く身に覚えのない罪状で!! 「い、いや、だが、こう、問答無用って いうのは流石にかわいそうじゃないか?」 「やむにやまれない事情もあったのかもしれないし」 「魔王の身を案じるのか?」 「ああ、いや、そういうわけじゃないが」 「意外と優しいんだな、魔法使いは」 何故か、優しく微笑まれてしまい、 思わず戸惑いを覚えてしまう。 「と、ともあれ、外に出るぞ」 もう、なんか、そういうことでもいいや。 洞窟に足を踏み入れて以来――いや、正確には 森を抜け、村に立ち寄ってから。 蓄積されつつあった精神的な疲労に押しつぶされるように、 俺は流されることを決意するのだった。 子どもだけが先に帰ったことなんて、 もうどうでもよかった……。 洞窟から外へと出た時、辺りは夕焼けの色に包まれていた。 結構な時間、中をうろうろとしていたようだ。 体感的には、一日以上経過したように感じるくらいに 長い時間だったが……。 「魔法使いは村には寄らないのか?」 「ああ。俺はこのまま旅を続ける」 あの村に立ち寄ったら、俺がただでは済まない気がした。 主にツッコミ的な意味合いで。 ここは、このままクールに立ち去るに限る。 「お前はどうするんだ? カレン」 「私は村の様子を見てから、勇者と合流するために 神殿へと向かうとするさ」 「神殿……?」 「光の女神アーリ・ティアの神殿だ。 私たちは、そこで出会うという神託を受けたんだ」 「神官は、その神殿にいるらしい」 「集合場所としては、ちょうどいいわけか」 「ああ。女神様に選ばれた三人だしな」 なるほど。次に向かうべき場所は分かった。 未だ見ぬ神官とやらが、そこにいるので あればちょうどいい。 こいつらよりも先に神殿に向かって、 神官を調べた上で、なんらかの手段を講じよう。 「それじゃ、私はそろそろ行くぞ」 「そうか。またどこかで会えるといいな」 「そうだな」 内心では、もう二度と会わないことを願いつつ、 笑顔で別れの挨拶を交わす。 歩き出すカレンの姿を、手を振りながら見送る。 「……はあああぁぁぁっ」 その後ろ姿が、木々の間に消えてから、俺は胸の奥から 長いため息を吐き出した。 ヒスイを相手にした時もそうだったが、今回も かなり精神的に疲れるものがあった。 魔王の天敵って、そういう面で天敵って意味なのだろうか。 思わず、そんなことを深く考え込んでしまいそうになる。 「っと、そういえば、リブラはどこに行ったんだ?」 色々とあって忘れていたが、リブラの姿は あれからどこにも見えなかった。 洞窟の中はもちろん、外に出た今も、見当たらない。 「……どうしたものか」 困ったな、と呟きを漏らそうとした時。 「あ、もう終わったみたいですね」 「おや、本当だ。おつでーす、ジェイジェイ」 木陰からリブラがひょい、と姿を覗かせる。 ついでに、思わず脱力してしまいそうになる 気楽そうな声も、オマケで付いて来ていた。 「どうにも慣れないな、その呼び方は」 「じゃあ、慣れるまで連呼してあげましょうか?」 「ジェイジェイジェイジェイジェイジェイ……」 「やめろっ! 耳元で連呼するな、うっとうしい!!」 これ以上の精神的疲労はごめんこうむりたかった。 耳元で大声を上げるマユを、手を雑に振って追い払う。 「それより、リブラ」 「なんですか、ジェイジェイ」 「お前もかっ!?」 ガク、と肩が下がりそうになるのを必死でこらえる。 ここで倒れてしまっては、俺は二度と立ち上がれない。 そんな気がした。精神的に。 「ま、まあ、いい。お前……どこに行っていた?」 「例によって、接触は避けた方がいいと判断しました」 「なので、こっそりと洞窟を抜け出して、マユユンと 面白愉快なトークを繰りひろげていました」 「繰りひろげていました!」 「……そうか」 観測に徹したいという言葉は、以前にも 聞いていたので、まあ、いいだろう。 マユとトークの辺りは……いっそ、触れないで 放置しておくことにした。 「次の目的地が決まった。さっさと行くぞ」 「次の目的地ですか?」 「ああ。光の女神の神殿に向かう。 アスモドゥスにはそう伝えておけ」 「ラジャーです!」 ビシっと、右手で敬礼をした瞬間、 マユの姿が消えてなくなる。 どのような能力を用いたのかまでは分からないが、 城へと向かったのだろう。 「女神の神殿ということは、とうとう……」 「諦めたりなんてしてねえからなっ!」 リブラが最後まで言う前に、言葉を被せる。 これを、本日最後のツッコミにしよう。 「俺は何があっても、生き延びる。 そのためには、前に進むのみ」 「行くぞ、リブラ!」 前に進むのみ、か。どこかで聞き覚えのある言葉だ。 そんなことを思いながら、俺は意気揚々と歩き出す。 「そっちは反対方向です」 俺の前途は……いったいどうなるのだろうか。 『拝啓、親父殿。お元気ですか』 『勇者を討伐するために城を出た俺ですが、思いのほか 長旅となってしまいました』 『それもこれも、女神の加護とやらのせいです』 『親父殿が存命であれば、勇者どもにどう対処しただろう と、この頃ではそんなことを思ってしまいます』 『ひとまず、そんな弱気でどうする、と叱り飛ばされて しまうのが目に見えていますが』 『と、まあ、俺がこんな風に弱気になっていることには 実は理由があります』 『さて、今の俺の身に何が起きているかというと』 「緊張してるのかな?」 『誘惑されていました』 「そ、そんなわけないだろっ!」 『実を言うと、かなり緊張していました』 「くすっ、可愛いところあるんだね」 『めちゃくちゃ俺の声は震えていました』 「そ、それよりもだな! こんなことしていいのかよ!」 「どんなこと?」 「こう、つまり、そういうことだよっ!」 『目の前の女は、俺が動揺するのを楽しむように 微笑みを浮かべています』 『信じられるでしょうか、親父殿。こいつが 勇者の仲間の神官なのです』 「しーっ、あんまり大きな声を出すと誰か来ちゃうよ?」 「む、むぅ……」 「ふふ、黙ったってことは、先生に何か したいってことかな?」 「ち、違うぞ! そんなことないからな!」 『とはいえ、大きな胸に目が引き寄せられてしまうのは、 男のサガなのでしょう』 『業とは深いものです』 「じゃあ、されたい方かな?」 「そっちでもねえよ!」 「というか、お前……こんな所で こんなことしていいのかよっ」 『神殿の中で、神官が、男を誘惑する』 『なんと退廃的で背徳的な行為でしょう。 まさに世も末です』 『人間どものモラル低下を嘆かわしく思います』 「愛があれば、大丈夫じゃないかな」 「俺にはねえよ!!」 『俺の言葉などまるで歯牙にもかけずに、 神官は思わせぶりに微笑んで』 「さて、どうするのかな?」 『などと、俺に囁いてきます』 「ぬ、ぬぅぅぅぅ!」 『俺はどうすればいいのでしょうか。 助けてください、親父殿』 「ようやく着いたな」 「日が暮れる前に到着出来て何よりです」 女神の神殿がある町へと俺たちが辿り着いた時、 辺りは夕焼けに包まれていた。 本来であれば、余裕をもって到着したかったのだが、 何事も思い通りにはいかないものである。 「まあな。この時間ならば、まだ店も開いているしな」 まあ、リブラの言うように、日が暮れる前に 到着出来たことを喜ぶとしよう。 まずやることは、宿を探して部屋を取ることだな。 その後で、必要な消耗品を買い揃えてから、 この後のことを考えれば良いだろう。 「それにしても、買い物の心配までするとは ……俺もすっかり慣れたものだな」 今からすべき行動を、頭の中に自然と 思い描いてしまっていたことに、ため息を漏らす。 「さては、商店と宿の場所の確認でもしましたか?」 「……ああ。その通りだ」 「立派な旅人の思考が身に付きましたね。 おめでとうございます」 リブラが適当に手を打ち鳴らすのにツッコミを 入れる気力もわかずに、肩を落とす。 旅慣れた魔王など、前代未聞ではないだろうか。 少なくとも、親父殿が旅慣れていたという記憶はない。 「思えば遠くに来たものだな」 振り返り、町の外へと視線を向ける。 アワリティア城下町からは見えていた俺の城も、 遠く離れたこの町からはもはや見えることもなく。 いくつもの山と森が、俺と城の間をさえぎっていた。 「もう、城も見えないか」 ここまで歩いた距離がそうさせるのか。 或いは、この夕焼けの色が原因なのか。 目を細めながら、郷愁の念を胸に抱いてしまう。 「無事にひきこもりを卒業することが出来ましたね」 「インドア派って言い直せ!」 だが、そんな空気も長くは続かず、リブラの一言に よって粉々に打ち砕かれてしまった。 まあ、こいつに俺の感傷を理解しろというのが、 無理なのかもしれないが。 「本質は一切変わらないと思いますが」 「気分が違うんだよ、気分が」 「面倒くさい……」 「今、なんて言った!?」 「何も言ってませんが?」 言葉通り、何事もなかったかのように リブラはしれっと無表情を貫く。 なんだか、日に日にこいつの言葉から遠慮が 消えていっている気もする。 いや、前からこんな感じだった気がしないでもないが。 「ぐぬぬぬぬ……!」 ここで言及したところで、このまま 素知らぬ顔で押し通すに違いない。 仕方ない。俺が魔王の余裕をもって、 水に流してやるとしよう。 ……ちくしょう! 「それより、さっさと宿を探すことにしましょう」 「お前が言うなっ!」 その一言には、どうしてもツッコミを 入れてしまう俺だった。 「それにしても、ここも結構栄えている町なのだな」 宿を探して歩く途中、町の景観を見渡して、そう思う。 どこかで見覚えのある建物が多いのは、これが町に おける最適な住居の形ということなのだろう。 「一見しただけでも、アワリティア城下町と ほぼ変わらないように見える」 「女神アーリ・ティアの神殿がありますからね。 人が集まってくるのも必然でしょう」 「なるほど」 アワリティア城が治世の中心地だとすれば、 ここは信仰の中心地というわけだ。 そして、その双方の町が栄えているということは。 「やはり、女神信仰は根強いのだな」 この町でも、女神の石像があちこちに見受けられる。 アワリティア城下町でも実感したが、ここに来て 改めて人間どもの信仰の強さを感じる。 「深き眠りより女神が目覚めし時、 世界に新たな光が満ちた――」 不意に、リブラが平坦な口調で呟きをこぼす。 「なんだ、それは」 「この世界の始まりを記す神話の一節です」 「世界の全ては女神の目覚めとともに作られたと 言われています」 「馬鹿馬鹿しい」 神話などというくだらない与太話を、 フンと鼻で笑い飛ばす。 なんと愚かしい作り話だ。 笑い以外の何も出てこない。 「その神話には矛盾点がある」 「どこですか?」 「世界の全てを女神が作り上げたという部分だ」 先ほどの一節、言い換えればそうなるだろう。 「それが正しいのだとすれば、魔物すら 女神が作り上げたことになってしまう」 「そうでなければ、世界の全てを 作り上げたとは言えないだろう」 「ええ、そうです」 こく、とリブラが小さく頷いて、同意を示す。 そして、この点はさらに大きな矛盾へと膨らんでいく。 「つまり、女神は自分自身が作り出した魔王の手によって、 封じられていることになる」 「そういうことになりますね」 そんなことがありえるのだろうか? わざわざ自分に敵対する存在を作り上げて、 なおかつ、それに負ける。 それでは、まるで出来の悪い自作自演だ。 そんなことをする利点など、まるで見当たらない。 「よって、その神話はまったくの作り話となる」 フン、と鼻を鳴らして、話を締めくくる。 「これくらい、少し考えれば分かるはずだろう」 こうして、いちいち説明することすら 馬鹿馬鹿しいレベルの話だ。 そんなものが流布して、信じられているなど、 想像するだけでめまいがする。 「おいおい。こんな場所で、言うじゃないか。兄ちゃん」 思わず額を押さえていた俺へと、 横合いから愉快そうな声がかかる。 そちらへと目を向けると――。 「神殿のある町で神話を否定か。 随分と度胸があるじゃないか」 「そういう話は……あんまり大きな声で 話さない方がいいと思う……よ」 冒険者と思しき恰好をした、二人組の女が立っていた。 片方は、愉快そうにニヤニヤとした笑いを浮かべ、 もう片方は前髪で目を隠すように顔を俯かせている。 なんというか、よく分からない組み合わせだ。 「まあ、職業病ってやつだよな。 兄ちゃん、魔法使いだろ?」 「理屈っぽいやつってのは、大抵そうだと 相場が決まってんだ」 ニヤニヤと笑っている方の女が、戸惑う俺の肩を 気安くポンポンと叩く。 「……む」 「姐御……いきなり、馴れ馴れしいのは失礼……」 「おっと、そうだな。悪い、悪い」 前髪の方の……ああ、めんどうくさい。いっそ、 胸の大きな方と小さな方という分類にしよう。 大きい方から注意をされて、小さな方が 俺の肩から手をどける。 「アタシはグリーンだ。よろしくな。 そんで、こっちが……」 「アクアリーフ……よろしく……」 小さい方がグリーンで、大きい方がアクアリーフか。 って、なんで、唐突に自己紹介してるんだ? 「というわけで、馴れ馴れしくしてOKだよな」 「うん。OKだよ」 どういう理屈でそうなるのか分からないが、 これでOKらしい。 ……本当に、どうしてだろう? 「これはこれはご丁寧に。わたくしはリブラと申します」 「師匠、自己紹介をしないと失礼ですよ」 し、師匠っ!? リブラの口から紡がれたのは、まさかの言葉だった。 師匠? 俺が、こいつの……? 「お、おう、そうだな」 ともあれ今は自己紹介の流れのようだ。 この流れに反逆するのも容易だが、空気の読めない男 だと思われるのもかなり心外である。 仕方ないな……。 「俺はジェイ。旅の魔法使いだ」 「旅の魔法使いって。どういう自己紹介だよ!」 いきなり愉快そうにニヤニヤと笑われてしまった。 本当に馴れ馴れしいな、こいつ。 「お師匠さん……なの?」 一方、アクアリーフの方は言葉少なに首を傾げている。 さっき、リブラが俺のことを師匠と呼んだことに ついて尋ねているのだろう。 「ああ。まあ、一応……な」 「そういう設定になっています」 「設定て、お前!?」 こいつはいきなり何を言い出すのだろう。 設定とか言ったら、怪しまれるだろ! 「おー、設定か。それならしょうがないな」 「よくある話……だしね……」 納得された!? しかも、よくある話なのかっ!? 「そんで、お礼はないのかよ? お礼は」 「お、お礼……?」 「兄ちゃんの神話批判を止めてやったじゃないか」 む。そういえば、そうだったな。 すっかりと、この二人の流れに飲み込まれていた。 「あ、ああ、そうだな。こんな場所で するような話じゃなかった」 「すまなかった」 人間に頭を下げるのは屈辱的だが、この場を 丸く収めるためであれば致し方ない。 秘密裏の行動である以上、無駄に 目立つことは避けるべきだ。 「なるべく……気を付けて、ね……」 「まあ、喧嘩したいっていうんなら止めないけどな」 「それはごめんだな。気を付けるとするよ」 「それじゃ……私たちは……これで……」 「んじゃな、兄ちゃんにロリっ子」 軽く片手を掲げてから、二人は歩いていく。 ともあれ、二人には助けられた…… という形になるのだろうか。 「……なんだったんだ、今の二人は」 「見た通りの冒険者でしょうね」 二人が歩き去った方向をジッと見ながら、 リブラが目を細める。 何か考え込むように、その首が緩く傾く。 「どうした」 「いえ、中々腕の立つ二人組だと思って」 「……そうなのか?」 確かに、その辺りをうろうろとしているだけの 人間とは、違う雰囲気を感じたが。 とはいえ、腕がたつかどうかまでは、 一目見ただけでの判別は出来ない。 まあ、魔王である俺は誰かの強さを 見抜く必要などないわけだが。 「それより、今、気にすべきことは他にあるだろう」 「……そうですね」 視線を俺へと戻して、リブラがゆっくりと頷く。 「今、気にするべきは、宿が取れるかどうか、です」 真顔で告げられる言葉は、何か間違っている気が しないでもない。 だが、それも重要な事項であることも確かだ。 「では行くぞ、リブラ。今夜の宿を求めて」 「はい」 頷き合った後で、俺たち二人は颯爽と歩き出す。 今晩の寝床を確保するために――。 「さて、行くか」 「……はい?」 無事に確保出来た宿の一室。 ベッドの上に寝転がってまったりと寛いでいたリブラが、 きょとんとした顔を俺へと向けてくる。 「何故、そんな不思議な顔をする」 「意図を計りかねる発言でしたので」 「いやいやいや、意図は分かりきってるだろ!」 「どのような意図があったのでしょうか」 起き上がりながら、リブラが尋ねてくる。 こいつは本気で言っているのかどうか、 今一つ分からないな。 「だから、ここは女神の神殿があるわけだろ?」 「あります」 「勇者の仲間になる神官がいるんだろ?」 「いますね」 あっさりとリブラが首を縦に振って肯定する。 「なんでも、100年に一人の天才、とか 言われるレベルらしいです」 「マジでかっ!?」 「マジです」 またもや、あっさりとリブラの首が縦に動く。 100年に一人の天才だと……? 「ならば、ますますもって行くしかないな」 「人間どもが天才と持ち上げる存在がどれほどのものか、 俺がこの目で直接確かめるほかあるまい」 「魔王としては、やはり脅威を感じますか?」 「フッ、俺が人間ごときに脅威を感じるなど……」 いや、うん。ここに来るまでの道中、色んな意味で 脅威を感じたり、覚えたりはしたが。 「……ありえるはずがない」 多少、長めの沈黙が生まれてしまったのも、 致し方ないことだろう。 「じー……」 「な、なんだ……?」 「今、結構、間がありましたよね」 「……ぬっ!」 沈黙に対して、リブラが即座に追究してくる。 無機質な視線が、何故か突き刺さってくるように やたらと痛く感じられる。 「うるさいっ! あれは間じゃなくて、 溜めと言うものだ!」 リブラの視線を追い払うように、 腕を横へと大きく振る。 そのまま、指先を窓の方に向けて。 「ともあれ、こうやって宿でのんびりと 時間を潰している暇などない!」 「その、神官とやらを我が目で直接 確かめに行ってくる!」 「しかし、外はもう暗いですよ?」 リブラのもっともな指摘が飛んでくる。 確かにもう陽は落ちて、外は暗くなってきていた。 「ぬ、ぬう! だが、構わぬ!」 「まだ起きているかもしれないだろう!」 「それは確かに」 こく、とリブラが無表情に頷く。 「神殿自体は、夜間でも入れるようになっていますし」 「……そうなのか?」 「はい。怪我人や病人の治療なども行っていますから」 ほう。単なるお飾りの施設だと思っていたが、 ちゃんと住民の役にも立っているのだな。 これは少し意外だった。 「やっぱり、知らなかったんですね」 「フン。人間どもの町のことなど、 俺が知らずとも良いことだ」 しかし、こいつは色々なことをよく知っているな。 流石は伝説の魔道書といったところか。 「ガイドブックにも書いてあることですよ」 ほら、とリブラがどこからともなく ガイドブックを取り出す。 「お前、いつの間にそんなものを!?」 「あなたが宿を探している間に、こっそりと」 「無駄遣いしてんじゃねえよ!!」 「おかげで、この町の名物料理などを 完全に把握することが出来ました」 「観光する気、満々!?」 「神殿に向かうのなら、お土産を お願いしてもいいですか?」 「いいわけあるかっ!!」 なんという酷い温度差だろう。 というか、俺に買い物を頼むということは、 付いて来ない気だな。 「お前は例によって、接触を避けるわけか?」 「はい。わたくしが主体となって動いたところで、 どうにもならない問題ですので」 「観測を務める。それが、魔道書としての在り方です」 ああ、やっぱりな。 どうやら、今回もこいつは傍観者に徹するらしい。 「フン。貴様が何を考えていようと構わん。 どうせ、最初から当てにはしていない」 やはり、最後に頼れるのは自分自身である。 魔王たるもの、自分の命は自分の手で 守らなければいけない。 間違っても、ここで不安な顔などしてはいかんのだ。 「貴様はここでじっとしているがいい。俺は行くぞ」 決意と共に、颯爽とドアへと向けて歩き出す。 「お土産を忘れないでくださいね」 「知るかっ!!」 そんな俺の背に、リブラのいつも通りに 平坦な声がかかったのだった。 「さて、ここが女神の神殿とやらか」 町のあちこちに、道案内の看板が立っていたおかげで、 初見の俺でも迷うことなく、神殿へと辿り着けた。 そういう部分は、流石に栄えた町と言うべきだろう。 初めて訪れた旅人にも分かりやすい、親切設計だ。 「ふむ。結構、大きな建物だな」 まあ、流石に俺の城と比べるのは、 人間どもが可愛そうなので止めておくが。 人間の町にある建造物としては、 他の物よりも明らかに大きい。 この町の主要な建物であることが一目で分かり、同時に 人間どもの信仰心があついことも伝わってくる。 「俺もこれくらい崇拝とかされたらなあ……」 偉大な親父殿を持ったがために、 どうしても自分を比べてしまう。 後継ぎであれば、誰しもが持つ悩みだろう。 「って、いかんいかん。ここで弱気になってどうする」 目の前にあるのは、光の女神の神殿。 敵の重要拠点と呼んでも差し支えのない場所の一つ。 今から、そこに足を踏み入れるのに、 弱気になってどうする。 「うむ。ここはやはり、堂々と威厳を持って、 なおかつ目立たないように入らなければな」 若干の矛盾点は見ないふりをしながら、俺が頷いた時――。 「くすくす。こんな所でどうしたの? お兄さん」 横合いから、愉快そうな笑いとともに、 快活な声をかけられる。 誰だ、とそちらに目を向けると。 「さっきから、一人でぶつぶつと 何か言ってたみたいだけど」 黒を基調とした服装の女が立っていた。 楚々とした格好に身を包みながら、何故か胸元だけが 谷間を強調するように開かれている。 ついつい、視線がそこに向かいそうになってしまうのは、 生物学上的にしかたのないことだろう。 「ああ、いや……」 頑張って視線を引きはがしながら、 女にどう答えたものか考える。 ここは……まあ、怪しまれないように、 普通の受け答えをしておくのが無難だな。 「こんな時間に神殿に入れるのかどうか、 ちょっと迷っていたんだ」 「明かりは点いているようだが、 流石に時間が時間だからな」 「良い子はもうおやすみの時間だよね」 頬に手を添える女の声色は明るい。 多少砕けた言葉遣いをしているものの、 それはそれで親しみやすく感じられる。 話していて、不快な気分にはならずに済む女だ。 まあ、目のやり場には若干困ってしまうが。 「お兄さんは旅人さんかな?」 「ああ。この町にはさっき辿り着いたばかりだ」 「そうなんだ。こんな遅くまでご苦労様、だね」 女は明るい声で笑うと、神殿の方へと目を向けて。 「それなら、悩む必要はないよ。神殿は、 夜も開いているからね」 「あたしが案内してあげるよ。行こう、お兄さん」 気さくな口調でそう告げると、俺の手を取って歩き出す。 「お、おう……?」 「くすくす」 いきなり手を取られたことと、手の柔らかさに 戸惑う俺を見て、女が笑う。 多少の気恥ずかしさを覚えながら、手を引かれるままに、 俺は神殿の中へと足を踏み入れた。 「ここが、聖堂だよ」 神殿の中は、美麗な装飾に彩られていた。 控えめな派手さといえば良いのだろうか。 目立ちはするが、決して下品ではない内装。 端的に言ってしまえば、綺麗、という一言に尽きる。 「ほう……噂には聞いていたが、中々のものだな」 「それで、お兄さんは神殿にどんな用だったのかな?」 「お祈りを捧げに来たってわけじゃないだろうし」 明るい声色はそのままに、女は俺の目的が 礼拝ではない、と断定する。 「どうして、そう思う?」 「なんとなく、かな」 俺の質問に対して、女ははぐらかすように くすくすと小さな笑いをこぼす。 何を考えているのだろう、と訝しげに眉が動いてしまう。 「あ。今、怪しいと思ったね」 「……まあな」 途端に、女から指摘をされる。 俺の表情の変化から、内心の動きを 汲み取っているかのようだ。 「ふふ。たくさんの人の話を聞いたりしているうちに、 なんとなく分かるようになったんだ」 「それが、さっきの種明かし」 ようだ、ではなくて、そのものズバリだったらしい。 神殿の内情に詳しく、多くの人の話を 聞く立場の人間……か。 「ふむ。お前は、この神殿の関係者のようだな」 「うん、正解。あたしは、ここの神官だよ」 「ほう。そうか」 まさかの答えだった。 こう、神官がそういうけしからん恰好をするのは、 いかがなものだろうかと聞いてみたい。 だが、まあ、神官と言われて納得出来るような 服装でもあるし……まあ、いいか。 「む……?」 勇者の仲間がいる神殿に向かって、 神官と偶然出会った……? なんだか、身に覚えがある展開だ。 具体的に言うならば、これまでに二回くらい 繰り返した気がする。 ……これは、もしかして、もしかするのだろうか。 「もしかして、勇者の仲間の神官とは……」 「あれっ。お兄さん、物知りだね。 それは、あたしのことだよ」 女は、目を丸くすると、パチパチと瞬きを繰り返している。 ああ……やっぱりな、そういう展開だと思ったよ。 なんだ? 俺は、自分の天敵とあっさり 出くわす運命とでも言うのか? どんな定めなんだよ。 「あたしは、クリス。気軽に先生って呼んでね」 女――改め、クリスはにこやかに笑いながら、そう告げる。 気軽な呼び名が先生って、どういうことだ。 「物知りお兄さん。女の子にばっかり 名乗らせるのはマナー違反だよ?」 「ああ、そうだな。俺は、ジェイ。旅の魔法使いだ」 「よろしくね、ジェイくん」 く、くん!? ジェイくん!? 魔王である俺が、くん呼びだと!? ああ……でも、冷静に考えたら『ジェイジェイ』 よりはマシだな……。 うん……かなり、マシだ。 「それで、ジェイくんは神殿にどんな用だったのかな?」 「勇者の仲間っていうのが、どんな奴か 見てみたかったんだ」 その目的で来たんだが……まさか、勇者の仲間が、 こんなフレンドリーなやつだったとは。 神官だというのに、胸の谷間を強調しているとは……。 「先生のことを知りたくて来たんだね、情熱的だなあ」 俺の気を知ってか知らずか、クリスは 口元を押さえて小さく笑い。 「ああ、まあ、うん。そうなる……のか?」 「先生もジェイくんのことを知りたくなったな」 曖昧に頷く俺へと、クリスが一歩近づいてきて――。 「教え合いっこ、しようか?」 そう、囁いたのだった。 「ぬおおおおおっ!?」 全ての煩悩と悪魔のささやきを断ち切って、 俺はクリスから身を離す。 「ジェイくん、顔真っ赤だよ」 そんな俺を揶揄するかのように、 クリスが微笑みを浮かべる。 間違いない。こいつ、俺をからかって楽しんでやがった! 「ぐぬぬぬぬ……!」 なんてやつだ! 神官で、勇者の仲間だというのに、 こう……なんてやつだ! 内心での上手い罵倒が思いつかないくらいに、 動揺してしまっているじゃないか! 「き、今日のところは、このくらいにしておいてやる!」 うん。よし、帰ろう。 今日は一旦帰っておこう。 踵を返して、神殿の外へと向かう俺の背中に。 「また会おうね、ジェイくん」 クリスの明るい声が、飛んでくるのだった。 今日は、背中に受ける言葉は ろくでもないものばかりだ……。 などと思いつつ、俺は戦略的な撤退を行うのだった……。 『拝啓、親父殿。お元気ですか?』 『俺は若干センチメンタルな感じになっております』 『何があったのかは……まあ、親父殿ならばなんとなく 分かっているような気もしますが……』 「ぬう……なんだ、あいつは……」 『神殿より戦略的な撤退を行った俺は、 夜の町をふらふらとしていました』 『まさか、自称神官からうっふんな目に 遭うとは予想外です』 『これまで、城で穏やかに暮らしていた俺にとっては、 目だけではなく色々と毒でした』 「まずいな……実にまずい」 『勇者や戦士相手にも、これはまずい。と思いましたが、 今回はベクトルが別のものでした』 『どう対策を練ればいいのか、分からない。 そんな相手です』 「ぬう……」 『俺も男なので、見る分には一向に構わないのですが、 ああやって迫られるとどうしていいか分かりません』 『魔王たる者、そっち方面でも己を 鍛えておくべきだったのでしょうか』 『親父殿がどうしていたのか、生前聞いておけば…… それはそれで、微妙な心持ちになりそうです』 「とりあえず……宿に戻ろう……」 『俺はこれからどうするべきなのでしょうか。 これから、どうなってしまうのでしょうか』 『不安は尽きませんが、頑張って生きようと思います』 『それでは、また。敬具』 「いや、無理だわ」 「はあ」 宿に戻ってきた俺を、無感動な顔でリブラが迎える。 ゴロゴロとベッドの上で転がっているリブラの口から 漏れたのは、これまた無感動な音だった。 「ところで、お土産はどこですか?」 「それどころじゃねえよ!」 「えー?」 リブラがどこか不服そうな声を漏らす。 なんで、こういう時だけこいつは 感情を表に出すのだろうか。 「では、なんのために外に出てきたんですか?」 「神殿に行くためって、俺言ったよな!?」 「?」 「不思議そうな顔してんじゃねえよっ!?」 「なるほど。これが、世界の抱える矛盾ですね」 「何も矛盾してねえよ!」 帰ってくる早々にテンションの高いツッコミを 続けさせられて、息が切れてしまう。 さっきから、叫びっぱなしでのどが痛い。 「帰ってくる早々に、テンションの高い人ですね」 「まあな! 俺もそう思ったよ! ちくしょう!!」 これが最後とばかりに大きな声を張り上げてから、 水差しを手に取る。 コップ一杯に注いだ水を一気に飲み干す。 心地良い冷たさが、のどを流れ落ちていく。 「それで、神官は確認出来たんですか?」 「く……っ!」 こいつ……やっぱり、俺が何をしに行ったのか 覚えているじゃないか。 だが、ここでツッコミを入れては負けだ。 この衝動を抑え込むしかない。 「あ、ああ、無事に接触出来た……」 「では、なんで戻ってきたんですか?」 「いや、無理だわ。ああいうのは、俺には無理だわ」 「無理、とは?」 緩やかに首を傾げてリブラが問いかけてくる。 「こう、あれだろ? 神官っていうのは、 神に仕えるとかそういうものなんだろ?」 「ええ。そういうものですね」 「神に仕えるってことは、なんかめんどくさいルール とかあるはずなんだろ?」 「はい、戒律と呼ばれるものがあります」 「それって、かなり厳しいんだよな?」 「それはもう厳しいですね」 「……なるほど」 よし。どうやら、俺の前提は間違ってはいないようだな。 「神官っていうのは、慎ましやかに過ごすという イメージが俺の中にあるんだが、どうだろう」 「今までに話したことからも分かりますが、 かなり慎ましやかですね」 「当然、こう、肌の露出とかは厳禁なわけだよな」 「当然です」 ああ、やっぱりな。うん、やはり、そうだよな。 そうに決まっているよな。 「胸の部分が、ぱっくりと開いていたんだ」 「はい?」 「だから、胸の部分だけ、服が開いていたんだ! しかも、谷間を強調するみたいにな!」 「ええっと……」 リブラが珍しく困惑したような声を漏らす。 まあ、そうだろう。言っている俺の方も、 結構困惑しているしな。 「今までの二人も、結構胸の部分は派手目でしたが?」 そして、リブラにしては不明瞭な言葉だ。 今までの二人、というのはヒスイとカレンを 指しているのだろう。 「あの二人は、全体的に露出が高かっただろう。 つまり、ああいうデザインの服だと納得出来るんだ」 「だが、あの神官は露出が低い服を着ているというのに、 胸の部分だけ開けているんだ!」 「明らかに狙ってやってるに決まってるだろ!!」 「……はあ」 ヒートアップしていく俺とは対照的に、 リブラは元の無感情な声色へと戻っていた。 こいつ、途端に興味を失ったな! 「しかも、俺に迫ってきたんだぞ! 駄目だろう、 神官として、色々駄目だろう!」 「別に、そのまま頂いてしまえば よろしかったでしょうに」 「そういうのは、こう、あれだ。 魔王的なモラルがな……!」 「なるほど」 どうやらリブラは納得してくれたらしい。 顎を引いて、こくっと小さく頷く。 「つまり、女性経験のない魔王様には 刺激的だったということですね」 そういう納得!? まあ……間違ってはいないわけだが……。 「ば、馬鹿、何言ってんだよ。 俺、そんな、初めてとかじゃねえし」 ズバリ言い当てられてしまった動揺から、 口調が崩れてしまう。 別にそれがやましいことではない。 決してやましいことではない。 それなのに、何故動揺してしまうのだろうか。 俺には分からない……。 「淫魔とか相手に、すげえバリバリだったし。 すげえ、ヤンチャしてたし」 「はいはい、童貞おつです」 「ちげえっつってんだろ!」 「モラルとかそういう問題だっつってんだろ!」 「魔王がモラルとかどうなんですか?」 「俺は色々とわきまえて慎ましやかな魔王なんだよ!」 「『愚かな人間どもめ、フハハハー!』とか 高笑いしてたのは誰ですか?」 「俺だよっ!」 「それで慎ましやかなんですか?」 「実際に侵攻とかしてないだろ!」 「……なるほど」 またもや何か納得したように、リブラが頷く。 「まあ、確かに一理あるようなないような気がします」 個人的には四理くらいあってしかるべしな気もするが、 口にすると色々とややこしくなるので黙っておく。 「というわけで、極めて理知的かつ常識的な俺は、 戦略的な撤退を行ったわけだ」 「何事も、物は言いようですね。こうして、 世界に矛盾が溢れるのでしょうね」 よく分からないが、遠回しに悪口を 言われているような気はするが……。 今は、そこにツッコミを入れるような気力も沸かない。 何か甘い物でも買ってくれば良かった かもしれないな……。 「と、ともあれ、あのクリスとかいう神官も どうにかしなければいけないわけだが……」 「どうするつもりですか?」 「……どうすればいいんだろうな……」 一体、何をどうすればいいのか、全く見当が付かない。 言い寄られて、テンパって……もとい、 モラル的な判断によって撤退した。 俺がやったのは、それだけである。 「ううむ……」 何も思い付かない……というよりも、何も考えたくない。 精神的な疲労もさることながら、 肉体的な疲労もそれなりにある。 なんせ、今日の夕方にこの町に着いたばかりなのだ。 「……とりあえず、寝るか」 一旦休んで、疲れを取ってから改めて考えることにしよう。 疲労のせいか眠気の浮かんできた目を指先で こすると、小さな欠伸がこぼれた。 「そうしましょう」 ベッドに寝転がったまま、リブラが頷く。 まあ、こいつは単に眠いだけなのだろう。 「そして、明日起きたところで……」 「ガイドブック片手に食べ歩きですね」 「お前は気楽でいいよなっ!」 「いえ、それが案外そうでもありません」 「どういう順序で店を回れば効率が良いのか。 それに頭をとても悩ませます」 「本ッ当に気楽だよな、おいっ!!」 ツッコミは最後にしておこうという誓いは あっさりと破られた。 分かってはいたことだが、頼れるのは 本当に自分自身だけか……。 ともあれ、ひとまず今夜は休みとしよう。 そして、明日に本格的に色々と考え始めよう。 暗闇の中、誰かの声がする。 遠くからなのか、近くからなのか……。 暗闇の中ではその方向が、まるで分からない。 だが、確かに誰かの声がしていた。 誰だろう……。 俺がそう思った瞬間、暗闇の中に 誰かの姿がゆっくりと浮かび上がる。 それは、女だった――。 神々しい光を身に纏い、目を閉じた女――。 その姿に見覚えはあった。 町中に幾つも飾られた石像――。 それは……光の女神『アーリ・ティア』。 「……誰?」 目を閉じたまま、女神がかすかな声で囁きかけてくる。 「貴方は、誰ですか……?」 まるで眠っているかのように、口元は動かさずに。 声だけが、暗闇に響き渡る。 「魔王だ」 女神の問いかけに、短く答えを返す。 「魔王……? あなたが、魔王……?」 「ああ、その通りだ」 「そんな……」 響き渡る女神の声が、かすかに震える。 「そんなこと……」 その声には動揺の色が、はっきりと乗っていた。 「……ありえない……」 かすかに響いたその声を最後に、暗闇に静寂が戻り。 そして、俺の意識もまた――。 「う……うん……」 翌朝の目覚めは、窓から差し込む日差しに よってもたらされた。 耳を澄ませると、小鳥たちの鳴く声がかすかに届く。 申し分のないくらい、気持ち良い朝の目覚めだ。 「うーん……!」 起き上がると、大きく背伸びをする。 昨夜まで感じていた疲れは、 もうすっかり体から抜けていた。 体だけでなく、頭の中までスッキリとしている。 「うん。いい気分だ」 実に侵攻日和な晴天。思い切って、 町を一つ滅ぼしたりしたいくらいだ。 まあ、そんなことは出来ないし、 今までやったこともないんだが。 「それにしても……」 何か夢を見たような気がするのだが ……内容までは思い出せない。 悪夢でないことは確かなのだが……。 まあ、思い出せないのであればしょうがない。 夢のことは一旦忘れておこう。 「リブラは……いないのか?」 室内には、リブラの姿は一切見当たらない。 おそらく、昨夜の言葉通りにガイドブックを片手に 観光にでも繰り出したのだろう。 もはや、何も言うまい。あいつは、好きにさせておこう。 もう、それでいい気さえする。 「さて、ひとまず……」 これから何をするか考えようとしたところで、 俺の腹から小さな音が立つ。 流石に魔王と言えども、空腹には勝てない。 それが、自然の摂理である。 「……腹ごしらえでもするか」 誰もいないにも関わらず、気恥ずかしさを覚えて、 思わず頬を掻いてしまう。 こんなことなら、いっそリブラのガイドブックとやらを 借りておけば良かったかもしれない。 まあ、とりあえずやるべきことは決まったな。 「うん?」 ベッドから立ち上がったところで、誰かがドアを叩く。 俺に来客なんてあるわけないし、 きっと誰かが間違えたのだろう。 無視しておいていいだろう。 「…………」 などと思った矢先に、再びドアが叩かれる。 まあ、二度くらいまでなら間違いの可能性はあるな。 ここは無視を……。 「ああっ、もう。なんだよ」 流石に三度目ともなると、無視は出来ない。 部屋を間違えていると言わないと、このまま 叩かれ続けてしまうかもしれない。 仕方ない、と内心で自分に言い聞かせながら、 ドアまで歩み寄って勢い良く開ける。 「誰かは知らんが、部屋を間違えてるぞ」 「ううん。間違ってないよ」 そこに立っていたのは……。 「やっほー、ジェイくん」 にこやかな笑顔のクリスだった。 「それじゃ、みんな。授業を始めるよ」 たくさんの子どもたちを前に、 クリスの明るい声が響き渡る。 集まっている子どもたちは、何故か全員が女の子だった。 クリスの号令に、女の子たちが元気のいい返事をする。 「こほん」 クリスは偉そうに胸を張りながら、 わざとらしい咳払いをする。 たっぷりと茶目っ気の篭った仕草だ。 「今日、みんなに教えるのは、実践的な内容だったね」 待ってました、とばかりに女の子の間から 拍手が沸き起こる。 一体、どんな授業が始まるのだろうか。 「男の子の気を引くために大事なのは、チラリだよ」 …………うん? 「例えば、転んじゃったりした時に、さりげなく スカートを引き上げて、足をチラリ」 「この時、大事なのは見せすぎないこと」 「ギリギリ下着が見えるかどうかの位置で、男の子の 想像力を刺激しちゃお!」 「待てぇっ!?」 流石にこらえきれなくなって、 横からツッコミを入れてしまう。 こう、色々と聞き流せないだろ。 「何を教えてるんだよ!」 「ん? 最初に言ったように、 男の子の気を引く方法だよ」 「ちょ、お前、子ども相手に!?」 「小さい頃からの努力が大事なんだよっ」 「努力の方向性がおかしいだろっ!」 「ジェイくんには、女の子の気持ちが分からないかなあ」 ……え? なんで、やれやれ、みたいな顔を されているんだ? 俺、何か間違ったことを言ってるか? 「というわけで、みんな。女の子の気持ちを 分かってもらうために……」 「今日はこのお兄さん相手に実践練習してみよう!」 「なんでそうなるんだよっ!?」 言っても無駄だろうとは思いながらも、俺は 抗議のツッコミを入れずにはいられなかった。 「ああ……ようやく、終わった……」 授業とは名ばかりのよく分からない混沌とした時間を どうにか乗り切った俺に、ようやく自由が訪れる。 神殿の外に一歩踏み出すと、いつもより空が青く見え、 空気が清々しく感じられる。 これが……自由というものか……。 「あはははっ。お疲れ様、ジェイくん」 「急に手伝ってくれ、と宿に尋ねてきたのは驚いたぞ」 その後、俺が拒否する前に連れ出されたことが、 もっと驚きだったが。 「今日はちょっと、人手が足りなくてね。 おかげで先生助かったよ」 にこにこと笑いながら、クリスが殊勝な言葉を口にする。 まあ、確かに少し大変だったが、 礼を言われて悪い気はしない。 「それにしても、子どもたちに勉強を 教えたりもしているんだな」 町の子どもたちを集めて、神官たちが勉強を教える。 そういうことを定期的に行っているらしい。 教える内容は、計算だったり歴史だったり…… クリス以外は、かなり真面目な内容だった。 いわば、教育機関のような役割も神殿は 果たしているらしい。 「うん。みんなが幸せに暮らすことが、 女神様の願いだからね」 「そのために、出来ることをしなさいっていうのが 神官たちの教えなんだよ」 にこやかに言いながら、クリスが ぱちりとウィンクをしてくる。 人をからかったりさえしなかったら、気さくで チャーミングな神官、と素直に言えるのだが……。 「お前の授業が一番人気だという辺りに、 俺は不安を禁じ得ないのだが」 「みんな、将来有望ないい子たちばっかりで、 先生は嬉しいよ」 どういう意味で有望なのかは、怖くて聞けない。 むしろ、聞かない方が良い気がする。 「そういえば、先生って呼び方は 本当に先生だったからなのか」 「そうだよ。子どもたちに先生、先生って呼ばれている うちに、すっかり馴染んじゃった」 「流石に、なんの理由もなしに自分のことを 先生と呼んだりはしないよ」 「そうだよな」 用心棒とかならまだしも、クリスは神官だ。 わざわざ、『先生』なんて呼び方で、 名前を隠す必要なんてない。 「お前は神官なんだし……」 ……はっ!! そうだ、そうだよ! こいつ、勇者の仲間の神官なんだよ! つまり、俺にとっては敵なんだよ! ついつい普通に手伝ったり、 まったりしたりしていた。 「ジェイくん、どうかした?」 「い、いや、なんでもない……」 俺のペースを乱し、自分の流れへと持ち込む。 勇者の仲間たち全てに共通する恐るべきスキルだ。 もしかしたら、それこそが俺を倒しうる 資質なのかもしれない。 ……いや、いくらなんでもそれはないな。 「さてと、それじゃ授業も全部終わったことだし」 「デートでもしよっか?」 「ああ、そうだな」 クリスの言葉に、俺はゆっくりと頷き……。 ……うん? 「デート……?」 何を言われたのか、俺が気付いた瞬間には もう全てが手遅れだった。 「よし、それじゃ出発」 クリスは満面の笑顔で、俺の腕を捕まえてから 歩き出しており……。 「なっ、ちょ、な、なんで!?」 俺はそのまま、引っ張られるように 足を進める以外に、道はなかったのだった。 「ジェイくん、顔が暗いよ。ほら、スマイル、スマイル」 「いや、スマイルとか言われても……」 腕を捕まえられたまま、町をクリスと二人で歩く。 どうして……こうなった……。 「先生とデートするのは嫌?」 「いや、嫌とかそういうのじゃなくてだな。 展開の早さに、俺の頭が追いついてないんだ」 「『口ではそう言っても、体は正直じゃないか』 みたいな感じだねっ」 「全然違えし! あと、神官が人前で そんなことを口走るなっ!」 「あははっ、ジェイくんは面白いなあ」 俺の焦りをよそに、クリスは愉快そうに にこにこと笑っている。 一体何を考えているのか、さっぱり分からない。 あるいは底が知れないと言うべきか。 とにかく、苦手なタイプであることに違いはない。 「そもそも、どうして俺が相手なんだよ……」 昨日の夜に出会ったばかりの男に対して、 やけに親しげというか……。 デートとか、そういうのに誘うのなら、 もっと他に適した人間がいそうなものだが。 「二人とも、お昼がまだだったからね。 一緒に食べようってことだよ」 「だったら、素直にそう言えよ。デートなんて 言うから、ついつい身構えてしまったじゃないか」 「ジェイくんは真面目っていうか、 貞操観念がカチカチだよね」 神官に貞操観念がしっかりしている、 なんて言われてしまった。 ……あれ? 俺、魔王だよな? そして、こいつは神官だよな……? ああ、なるほど。これこそが世界の抱える矛盾か。 リブラが常々言っていることをうっすらと納得してしまう。 「でも、ジェイくんに興味があるのも本当かな」 「……どういう意味だよ」 夜の神殿で、いきなり迫られた記憶がよみがえって、 思わず身を引いてしまう。 「どんな意味がいい?」 そんな俺を見て、クリスはくすくすと小さな笑いを漏らす。 この余裕がどこから出てくるのか、全く分からない。 「いいから、話を進めろよ……」 「せっかちな男はモテないよ? 昼も夜も」 もうツッコミはしないでおこう。 そう、固く誓ってスルーに徹する。 「ジェイくんが初めてだったから、かな」 「礼拝じゃなくて、あたしに会うのが目的で 神殿に来た人は他にいなかったからね」 ……そういえば、クリスに迫られたのは 俺がそう口にした直後だ。 「勇者に関してはともかく、その仲間についての 噂ってまだ広まってないんだよね」 しまった。あれは完全に余計な言葉だったか。 「勇者だけじゃなくて、その仲間のことまで詳しい 物知りお兄さんは、どんな目的で旅をしているのか」 「気になるよね?」 クリスはにこにことした表情を崩さないまま、 俺に問いかけてくる。 尋問のような強さはなく、単なる質問として 問いかけられるのが、かえって不気味だ。 一体、この女こそ何者なのだろうか……。 「…………」 それにしても、迂闊だった。 勇者の存在が人間どもの間でも周知の事実だったことは、 カレンとの会話の中で判明していた。 だが、その仲間に関してどのくらい広まっているのかは、 確かめていなかった。 カレンと出会ったのは洞窟の中だったし、 そこを出てすぐに別れた。 確かめるような時間もなかった。 「言えないような目的なのかな?」 クリスが、問いかけを重ねてくる。 ここは……適当に誤魔化しておこう。 下手に嘘を重ねるよりは、それがいいはずだ。 「ああ。実はそうなんだ」 視線を逸らし、頬を掻きながらクリスの言葉を肯定する。 「こう、あんまり人に言えないような、 そういう類の目的の旅でな……」 「ふーん。恥ずかしい系?」 「う、うむ。なので、あんまり聞かないでくれると、 ありがたい」 「うん、分かったよ」 こく、とクリスが小さく頷く。 ひとまず、これでなんとか誤魔化せた、か……。 「それで、恥ずかしい目的って、 出会いを求めているとか?」 などと思った瞬間の裏切りだった。 「お前、今、分かったって!?」 「分かったとは言ったけど、 聞かないとは言ってないよね」 「鬼か!?」 「先生だよ」 「知ってるよ!」 「じゃあ、問題ないね」 うん、とクリスが可愛らしく頷く。 「まあ、それはさておき、ご飯だよ。ジェイくん」 「ああ」 と、ともあれ。今度こそ、どうにか 話を誤魔化せたようだな。 内心でホッと胸を撫で下ろす。 「デートだから、ジェイくんの奢りね」 「ああ……」 …………。 「……はい?」 「何を食べようかなあ」 ……うん。まあ、追究の手から逃れられるのなら、 食事を奢るくらい安い物だ。 その時の俺は、浅はかにもそう考えていたのだった――。 「美味しかったね」 「ああ……そうだな……」 「先生は神殿に戻るけど、ジェイくんはどうする?」 「俺は、宿に戻るよ……」 「そっか。ジェイくんは、もうしばらく 町にいるんだっけ?」 「そのつもりだ……」 「じゃあ、また明日、だね」 「ああ。じゃあな……」 笑顔で歩いていくクリスを、力なく見送る。 食事で胃も心も満たされたからだろうか。 クリスの足取りはかなり軽かった。 そして――。 「はあ……」 俺の財布も軽かった。 否、かなり軽くなってしまった。 「どうして、奢るなんて言ってしまったんだ!」 少し過去にさかのぼって、昔の自分自身を殴ってやりたい。 もしくは、奢りだけは止めておけ、と必死に食い止めたい。 まさか……かなり高級な店で、かなり高級な食事を 奢ることになるとは……。 「さて……どうしたものか……」 財布の中身を代償として得たものは、美味しい食事だけだ。 クリスに関する情報は一切手に入らなかった。 クリスが俺に対して興味を抱いている以上、あまり 踏み入らないようにするのが正解だと思うのだが。 「時間がどれだけ残されているのやら……」 女神の加護がどのようなものか、うっすらとだが理解は 出来てきた。だが、全てが判明したわけではない。 大規模に魔物たちを動かせない今、勇者一行が集まって 旅立つ前に、なんらかの手を打ちたい。 そのためには、例えば新たな情報であったり、 例えば対勇者用の方策であったり。 そういうものを見出したい。 「次はどう動くか、だが……」 「あれっ、ジェイさん?」 腕組みをして考え込む俺の背後から、 聞き覚えのある声がする。 それは、俺にとても嫌な予感をさせる声色であり――。 「……え?」 一瞬で俺の思考を根こそぎ刈り取ってしまうような。 そんな、今、一番聞きたくない声だった。 「あ、やっぱり。ジェイさん、お久しぶりです」 振り返った俺の目の前にいたのは、 俺を倒すと予言された――。 勇者だった。 『拝啓、親父殿。お元気ですか?』 『運命、あるいは巡り合わせというものが、この世には 存在するのだと、俺はこの頃思うようになりました』 『例えば、俺が親父殿の息子として魔王となったのも、 おそらくは巡り合わせなのでしょう』 『仮に俺が親父殿以外の子どもだったとしたら、 その時の俺はどのような生活をしているでしょうか』 『時々、そのようなことを考えてしまいます』 『ああ、ご安心ください。別に今の境遇が 嫌なわけではありません』 『偉大なる親父殿の後継ぎとして生を受けたことを、 俺は誇りに思います』 『何故、俺がこんなことを考えるように なったかというと――』 「ジェイさんも、この町に来ていたんですね」 『偶然、俺の天敵である勇者と 再会を果たしたからでした』 「あ、ああ。ヒスイは今、着いたのか?」 「はいっ、たった今、着いたばかりです」 「そ、そうか……」 『ああ、いえ、確かに全くの偶然と いうわけではありません』 『勇者一行が合流するのがこの町である以上、 出会う可能性は存在していました』 『ただ、よりによって……』 「またお会い出来たらいいな、と思っていたので とっても嬉しいです」 『まだ会いたくない、と思った瞬間に 会わなくてもいいだろう、とは思います』 「そ、そうだったのか。ラッキーだったな」 「はい。きっと、これも女神様のお導きですね!」 『これもきっと、女神の差し金とかに違いありません』 「ヒ、ヒスイは、神殿に用があるのか?」 「はい。神殿で、戦士さんと神官さんに出会うと 夢の中で女神様に教えていただいたんです」 「そうか……」 『こいつのことです。きっと、このまま 素直に神殿に行くに違いありません』 『そして、カレンとクリスに出会い、 そのまま旅立つことでしょう』 『魔王――すなわち、俺を倒すために』 「二人と合流した後はどうするつもりだ?」 「一旦、アワリティア城に戻って、女王様から  新たな神託を伺うことになっています」 「そして、本格的に魔王討伐の旅がスタートですよ!」 「……やっぱり、そうか」 「やっぱり……?」 「い、いや、なんでもない。なんでもないぞ」 『親父殿でしたら、この状況をどう 切り抜けるのでしょうか?』 「おや、魔法使いじゃないか」 『これまた聞き覚えのある声が俺にかけられたのは、 そんな時でした』 『この時の俺の気持ちがどんなものだったのか。 記そうにも、俺の稚拙な筆では不可能です』 「奇遇だな。お前も、ここに来ていたんだな」 『声の主は、言うまでもなくカレン―― 勇者の仲間である戦士でした』 『巡り合わせや運命というものは、時に残酷なものです』 『俺はそう感じずにはいられません』 『どうか、あの世から俺のことをお守りください、親父殿』 「ジェイさんのお知り合いの方ですか?」 ヒスイは首を傾げながら、カレンと俺の顔を見比べる。 「あ、ああ。ちょっとした知り合いだ」 「以前、一緒に人助けをした仲だ」 「わ、人助けを。お二人とも立派な方なんですね」 「ま、まあ、それなりに、な」 顔を輝かせる無邪気なヒスイとは対照的に、 俺の内心はとにかく焦りまくっていた。 まずい。この状況は、とにかくまずい。 なんで、この二人が鉢合わせてしまうんだ。 しかもよりによって、俺の目の前で。 「そっちも、魔法使いの知り合いなのか?」 「はいっ。困っていたところを助けてもらいました」 「へえ、そうだったのか」 俺の気などまるで知らずに、二人は にこやかに会話を交わしている。 どうやら、ここで仲間と合流することは知っていても、 その顔までは知らないらしい。 それだけが、唯一の救いだ。 「やっぱり、お前はいいやつなんだな。魔法使い」 「そ、それほどでもないぞ」 「ジェイさんはとっても親切な方ですよ。たくさん アドバイスもしていただきましたし」 「やめろよ、照れるじゃないか。ははははは……」 適当に話を合わせるが、笑い声は かなり乾いたものになっていた。 こんな状況で心から笑うなんて、無理に決まっている。 むしろ、乾いていようが笑えただけで偉業だろう。 うむ。俺、偉い。 ……って、くだらないことを考えている場合じゃない。 ここから、どうするか。まずはそれを考えねば。 「あ、そういえば、まだ名乗っていませんでしたね。 わたしは……」 「わー! わーっ! わーっ!!」 どうやら、こいつらは俺に考える時間も 与えてくれないらしい。 おもむろに名乗ろうとしたヒスイを邪魔するように、 大声を張り上げる。 「わっ!? ど、どうしたんですか、ジェイさん」 「ま、まったくだ……。急に声を上げて、どうした」 俺の奇行に驚いた二人が、目を瞬かせる。 道行く人々の目もかなり集まってきたが、 そんなことを気にしている場合ではない。 こいつらをお互いに名乗らせず、このまま引き離す。 今、出来ることはそれだ。 「すまない、急用を思い出した。というわけで、行くぞ」 早口でまくしたてながら、ヒスイの手をいきなり掴む。 「……え?」 俺の突然の行動に、ヒスイが驚いたように 声を漏らすが、そんなことは関係ない。 「悪いが、またな」 「あ、ああ……」 呆然とした表情のカレンへと、手短に別れの言葉を 一方的に告げた後で、歩き出す。 「え……あの……ジェイさん?」 戸惑うヒスイの手を多少無理やりに引っ張りながら、 俺はその場を後にするのだった。 「よし、なんとか乗り切ったな……」 大通りを離れて路地の方へと入った辺りで、足を止める。 どうにかカレンの目から逃れたことに安堵すると 同時に、額に汗が浮かんでくる。 危ないところだった……。 「あ、あの……ジェイさん?」 流石にヒスイは戸惑いが隠せないようだった。 俺の足が止まるのを見計らって、 恐る恐る俺の名を呼んできた。 さて、何か上手いこと言い訳を しておかないとな。 「急にすまなかった」 考える時間を稼ぐ意味合いも込めて、 とりあえず謝罪をしておく。 「あ、いえ、わたしは大丈夫です。 急にどうされたんですか?」 「うむ、実はこう……なんだ……」 さて、どう言い訳をする。 整合性はどうでもいい。大事なのは、 ヒスイが納得するかどうかだ。 ……よし。 「目の前で色々と褒められるのが苦手なんだ。 なんだか、くすぐったい感じがしてな……」 「それで、つい……我慢出来なくなったんだ」 咄嗟に思いついた言い訳を口にする。 多少、苦しさは残る。だが、どうだ……? 「あ、そうだったんですね」 呟きに込められていたのは、納得の響きだった。 それに合わせるように、ヒスイが大きく頷く。 よし……いけたっ! 「ジェイさんって恥ずかしがり屋さん なんですね。ふふっ」 「うむ。誰にも言わないでくれ」 「はいっ、内緒にしておきますね」 くすくすと、ヒスイがおかしそうに小さな笑いを漏らす。 良かった……。多分、こいつ以外には通じなかっただろう。 その点だけは、今は感謝しておこう。 「ヒスイが黙って付いて来てくれて、助かった。 ありがとうな」 「いえ。わたしはジェイさんのことを信じていますから」 「きっと、何か理由があるのだから、 従った方がいいって思ったんです」 まるで一点の曇りもない眼差しを向けられる。 それこそ、さっき口にしたような くすぐったさを少しだけ覚える。 真っ直ぐで無垢な信頼を寄せられて、 悪い気がするわけなんてない。 「……そうか」 浮かんできた照れを誤魔化すように 頬を掻こうとしたところで……。 「……む?」 「あ……」 二人の視線と声が、綺麗に重なる。 そういえば、さっき無理やりにヒスイの手を握って ……それからずっとそのままだった。 互いの視線が静かに交差して。 「おおうっ!?」 「わっ」 どちらからともなく、慌てて手を離す。 「す、すまん。悪かったな」 「あ、あははは……こちらこそ」 頬に浮かび上がりかけた恥ずかしさを誤魔化すように、 乾いた笑い声を交わしあう。 なんだか、微妙に気まずい空気が二人の間に漂い始める。 いやいやいや、なんでこんな空気に ならなければいけないんだ。 「え、えっと、わたしは、神殿に行きますね」 頬を少し赤らめたまま、ヒスイがそう告げてくる。 「ああ、それじゃ……」 って、待て待て待て。それは駄目だ! ヒスイに神殿へと向かわれてはまずい。 クリスと合流されてしまうじゃないか。 「って、ちょっと待った!」 「……はい?」 それは避けなければいけない。 やらなければいけないことは……まずは、 ヒスイを神殿へと向かわせないことだ。 仲間と合流させないようにしつつ、 どう手を打つべきか考える。 今、必要なのはそれだろう。 「ええっと、その、ヒスイは着いたばかりなんだよな?」 「はい。そうですけど?」 「手土産がないのは、こう、失礼じゃないか?」 俺の口から咄嗟に出たのは、常識的でありながら 若干おかしな言葉だった。 ええい、こうなったらもう勢いで押し切るしかない! 「神殿に向かうのなら、手土産くらいは 用意しておいた方がいい気がするんだ」 「なんせ、初めて行く場所だからな。 粗相があってはいけないだろ」 「あ、なるほど」 ヒスイは納得したように、胸の前で手を打ち合わせている。 よし、好感触だ! 「なので、まずは買い物でもどうだ?」 「幸い、俺はヒスイより先に町に着いているから、 軽く案内くらいなら出来るし」 「わ。お願いしてもいいんですか?」 「任せておけ。お安い御用だ」 「ありがとうございます」 トンと軽く胸を叩く俺へと、ヒスイが 満面の笑みを向けてくる。 疑いなど一切持っていないかのような、 純真さがチクチクと胸に突き刺さる。 くっ……魔王ともあろう者が、罪悪感を 覚えてしまうだと……! 「本当に、ジェイさんにはお世話になりっぱなしです」 「なに、構わないさ」 「いつか、お返しをさせてくださいね」 「俺に返すくらいなら、その分、 他の誰かに親切にしてやってくれ」 「それで十分さ」 「あ……」 「ふふ、それは素敵なお返しですね。 分かりました、そうします」 ……しまった! つい、うっかりいい事を言ってしまった! ぬう……魔王にあるまじきことを俺にやらせるとは……。 勇者、恐るべし。 「というわけで、行こう」 「はい、よろしくお願いしますっ」 これで、第一関門はクリア出来た。 俺は内心で胸をホッと撫で下ろしたのだった。 「買い物をするなら、ここが一番だろうな」 時間を稼ぐために、ヒスイを店へと案内する。 わざわざ神殿から一番遠い場所を選ぶ。 これこそが、魔王の策略というものだ。 「手土産って何を買えばいいんでしょうか?」 そんなことなど露知らず、ヒスイは のんびりと商品を物色している。 なんと愚かな姿なのだろう。 自分が、策略にかけられていることに気付いた様子 など一切見受けられない。 「気持ちが伝われば、それで十分だろうな。 ゆっくりと考えるといい」 ククク……大いに悩むがいい。お前が悩んでいる間に、 俺は新たな作戦を考えよう。 まさに完璧。まさにパーフェクト。 これこそが、魔王の策略! これこそが、魔王の策略なのだ! 大事なことなので、二回言っておく。 「はいっ、そうしますね」 さて、とりあえずヒスイにはこのまま買い物を続けさせて おけば良いとして――次はどうすべきか。 そんなことを考え始めた時――。 「あっ」 「あ」 俺たちは――再び出会ったのだった。 「うおおおおおおっ!!」 ちくしょう……! なんでだ! どうしてだ! どうして、あんな所でカレンと出くわすんだ!? あいつ、神殿に向かったんじゃないのか!? ていうか、普通、神殿に向かうだろ! なんで、店先で会うんだよ!! 「あわわわわわわ……っ!?」 慌てたような声を上げるヒスイの手を引いて、 俺は路地を疾走していた。 カレンが追いかけてきているか どうかを確かめる余裕はない。 ただ、どこかで一回確認をしなければいけない。 「む……っ!」 目の前には、タイミング良く曲がり角が見えた。 よし、ここで一旦足を止めて後方を確かめる。 そろそろ、走り続けるのに限界も来ていたことだし、 ちょうどいい。 「曲がるぞ、ヒスイ!」 「は、はいっ!?」 驚いているのか、聞き返しているのか、良く分からない 声をあげるヒスイに構わず、曲がり角へと飛び込む。 俺に手を引かれたまま、ヒスイがその後に続く。 「あいつは……?」 ヒスイの手を離すと角に身を隠して、カレンが 追いかけて来ていないかを確認する。 たった今、俺が駆け抜けてきた道には 誰の姿も見当たらない。 追いかけては来ていない……か? 「ふう……」 無事に逃げ切れたことを確認すると同時に、 全身にドッと疲れが押し寄せてくる。 安堵の息を漏らすと、その場にしゃがみ込む。 インドア派魔王として有名な俺には、誰かの手を 引きながらのダッシュはかなり堪えた。 「だ、大丈夫ですか? ジェイさん」 「ああ……少し、疲れはしたが……問題ない……」 俺に比べると、ヒスイの方には まだまだ余裕がありそうだった。 流石は勇者と言うべきか。 あるいは、単に俺が運動不足なのかもしれないが。 「どうかしたんですか? 急に、走り出して」 「いや、こう、な……」 ヒスイから投げかけられたのは当然の疑問だった。 一緒に買い物をしていたやつがいきなり手を引いて 走り出したら、俺も同じ質問をするだろう。 立ち上がりながら、どう答えるべきかを考える。 「なんか、その、魔法使い的な勘がな」 「勘……ですか?」 「ああ。あそこに居たら良くないことが起きる、って そう告げたんだ」 咄嗟に出てきたのは、相変わらず苦しい言い訳だった。 なんだよ、魔法使い的な勘って。俺だったら、 絶対に信じたりはしないな……。 だが――。 「ジェイさん、そういうことも分かるんですか?」 あっさりと信じたっ!? ヒスイはまるで人を疑うことを知らないかのような、 満面の笑みを浮かべている。 「お、おう……俺くらいの魔法使いになれば、 そういうことだって分かるんだ」 確かに、誰かを疑わずに信じることは 立派な美徳なのかもしれない。 しかし、こう……こいつはそのうち、何か悪いやつに 騙されてしまうんじゃないか、と心配になってしまう。 まあ、俺が気にすることではないかもしれないが。 「へえ、そうなんだ。すごいねっ」 「まあな。というわけで、これからのことなんだが……」 「うん。どうするの?」 …………。 ……あれ? 「これから、どうするの? ジェイくん」 振り返って見ると、なんだか 見覚えのある姿があった気がした。 はははは……。まさか、そんな馬鹿な……。 「とりあえず、一回深呼吸してみたらどうかな?」 「なるほど」 言われた通りに、一回目を閉じて深呼吸してみよう。 「はい、吸ってー、吐いてー」 言葉に合わせて、息を大きく吸い込み ……そして、吐き出す。 「はい、もう一回」 もう一度、大きく息を吸い込んで……吐き出す。 体の隅々まで新しい空気が行き渡ったような気がして、 頭の中が少しだけスッキリする。 よし。落ち着いた。 ゆっくりと、目を開いてみると――。 「やっほー、ジェイくん」 …………。 「居るぅっ!?」 見間違えるはずなんてない。 胸元をぱっくりと開けた神官なんて、 他に居るわけないだろう。 俺の目の前に居たのは、間違いなくクリスだった。 「ちょ、お前、なんでここにっ!?」 おかしい。別れ際に、神殿に戻るとか言っていたはずだ。 それなのに、なんでこんな所に居るんだ!? というか、さっきも似たようなことを考えたぞ、俺!! 「神官的に、この辺りに来た方がいい気がしたんだ」 ついさっきの俺の言葉を真似ながら、 クリスがにんまりと笑みを浮かべる。 そんなことありえないだろ! と声を大にしてツッコミを 入れたいが、真似されているだけにそれも出来ない。 「勘に従って正解だったよ。ジェイくんに、 また会えたし。それに……」 にんまりと笑ったまま、クリスの視線がゆっくりと動く。 その先に居たのは――。 「?」 不思議そうな顔をした、ヒスイだった。 「――ッ!?」 まずい、と俺が感じた時、全ては手遅れだった。 「初めまして、あたしはクリス。 気軽に先生って呼んでね」 俺が口を挟むよりも早く、何もかもを 見透かしたかのように。 「勇者ヒスイちゃん」 まったくもってにこやかな笑顔のまま、 クリスはヒスイへとそう告げていた。 「あっ! もしかして、わたしと 旅をしてくれる神官の方ですか?」 「うん。よろしくね」 「改めまして、わたし、勇者のヒスイと申しますっ!」 「よろしくお願いしますっ!」 終わった……。 俺の努力が、全て無に帰した。 ああ、運命とはなんて残酷なのだろうか……。 「……終わった」 いや――だが、本当にそうだろうか? 勇者の仲間は、戦士と神官の二人だ。 まだ、神官が仲間になっただけに過ぎない。 もう一人、戦士と合流さえさせなければ、あるいは――。 「あ、こんな所に居たのか。魔法使い」 「まったく……急に走り出すから、 どうしたのかと思ったぞ」 うん。もう駄目だ。終わった。 カレンの姿が見えた瞬間、俺の目の前は 真っ暗になるのだった――。 「終わった……」 気が付くと、俺はいつの間にか宿へと戻っていた。 神殿へと向かうと言う三人と 別れた後の記憶は定かではない。 どこをどう通ったのか、まるで思い出せないが、 とにかく俺は宿に戻る早々、ベッドへと突っ伏していた。 「なんで、あんな場所で三人が揃うんだよ……」 「それが運命ということです」 突っ伏す俺を見るリブラの顔は、 相変わらずの無表情だった。 平坦で無感動な声は心に何も響かない分、 今の沈みきった俺には多少ありがたい。 「俺には、それを覆せないというのか……」 「そうですね。普通の手段では、まあ、無理でしょうね」 「簡単に覆せるようでは、ありがたみもありませんし」 「そんなありがたみなんて、要らない……」 それにしても弱った。そして、参った。 三人が揃った以上、あいつらは俺の城を 目指して旅立つだろう。 何度倒したところで簡単に復活出来るあいつらは 旅を続けて……いずれ、俺の城へと辿り着く。 そして、俺は予言の通りに――。 「くぅっ!!」 それだけは避けたい。避けなければいけない。 だが、どうすれば運命を覆すことが出来る? 「普通の手段では、運命を覆すことなんて無理……か」 「はい。無理です」 リブラがきっぱりと断言をする。 自身が下した予知に、絶対の自信があることが ありありと感じ取れる。 しかし、だからといって諦めるわけにはいかない。 「……何か手はあるはずだ……」 考えろ。相手はたった三人。 だが、女神の加護に守られた三人。 普通の手段では、食い止めるのは難しい。 とはいえ、何か手はあるはずだ。 ただ妨害するだけではなく、根本から ひっくり返してしまうような何かが。 「……うん?」 頭の中、薄暗闇の中に一条の閃光が走る。 とんでもない閃きが舞い降りてきた ……そんな気がする。 「なあ、リブラ。予言によれば、魔王を倒すのは 勇者、戦士、神官の三人……なんだよな?」 「ええ。その三人で間違いはありません」 「だとすれば……」 手はまだあるかもしれない。 いや……あいつら三人が揃った以上、 これ以外に打てる手はない。 単なる妨害以上の一手――閃いた。 「どうにか出来るかもしれない」 「ん……?」 俺の小さな呟きに、リブラがきょとんと首を傾げる。 「リブラ。マユにアスモドゥスへと連絡を入れさせろ」 「これから、俺は博打に打って出る」 そろそろ、陽も暮れる時間だ。 ヒスイたちが動くとすれば、一日置いてからだろう。 おそらく、今日は神殿に泊まると見た。 ならば――。 「勝負は明日、か」 窓の外に広がる、血のように赤い夕焼けを見ながら……。 俺は、そう呟くのだった。 そして、翌朝の神殿前――。 「晴れて良かったね」 「そうだな。絶好の旅日和だ」 「きっと、これも女神様のご加護なのかもしれませんね」 旅支度を終えた三人が、そろって神殿から出てくる。 「やはり、読み通りだったな」 昨夜は神殿に泊まるという俺の予想は当たっていた。 落ち着け、俺――。 大きく深呼吸をしてから、三人の前へと姿を現す。 「よう、おはよう。みんな」 「あ、おはようございます。ジェイさん」 「朝から奇遇だな、魔法使い」 「もしかして、先生に何か用かな?」 上手くいく……。上手くいくはずだ。 三者三様の言葉を受けながら、もう一度深呼吸を行う。 「ああ。実は、三人に用があるんだ」 俺に舞い降りた閃き。それは――。 「なんですか?」 予言を前提から覆す、おそらく誰もが 考えないであろう方法。 すなわち――。 「俺を、旅の仲間に入れてくれないか?」 俺が四人目の仲間となる。ということだった。 「俺を、旅の仲間に入れてくれないか?」 確かに、俺は三人全員と面識はある。 しかし、それとこれとは別問題だ。 はっきり言って、この申し出が受け入れられない 可能性もかなりあると思う。 こいつらはどういう判断を下す……? 「はい、いいですよ」 ああ、やっぱりそうか。 やはり、そうなるよな……って。 「……うん?」 今、なんて言った……? 「一緒に行きましょう、ジェイさん」 底抜けに明るい笑顔で、ヒスイが大きく頷く。 ちょ、え、そんなあっさりでいいのか? まるで、選択肢が『はい』か『いいえ』のどちらかしか ないみたいな感じのあっさり具合だぞ。 「い、いいのか……?」 自分から言い出したにも関わらず、 おそるおそる尋ねてみる。 なんだろう。何故か、俺の方が不安になってきたぞ。 「はい。ジェイさんに一緒に来ていただけると、 とても心強いです」 相変わらず、満面の笑みで頷くヒスイ。 「まあ、私も知らない仲でもないしな」 「子どもを助けるために、単身洞窟に飛び込むような男だ。 共に旅をすることに異論はない」 同様に、満足げにカレンが頷く。 まあ、子どもを助けに行ったわけでもないのだが……。 今は余計な口を挟まない方がいいだろう。 「先生も賛成だよ。ジェイくんには とっても興味があるからね」 にんまりと笑いを浮かべるクリス。 こっちはこっちで、深くツッコミを入れると 怖いことになりそうなので、やめておく。 「というわけで、よろしくお願いします。ジェイさん」 ……あっさりと、仲間入りが出来てしまった。 こいつら、かなり思い切りがいいなあ! 「よろしく頼むぞ、魔法使い」 「ふふっ、よろしくね」 大げさな決意や覚悟やらを抱いていたのだが ……肩透かしをされてしまったような気分だ。 『勝負は明日だな……』とか呟いていたことを 思い出すと、思わず赤面してしまいそうになる。 「お、おう。こちらこそな」 ともあれ、こうして、俺の一発逆転の秘策は あっけないほどに成功するのであった。 「どうやら、無事に仲間が揃ったようですね。勇者よ」 「はい、女王様っ」 神殿からアワリティア城へと戻った俺たちは、 女王エルエルとの謁見を行っていた。 ここで女王から新たな神託を授かり、 それに基づいて旅のルートを決めるらしい。 旅の道筋を教えてくれるとは、 なんて便利な女神なのだろう。 是非とも、一家に一人は欲しいところだ。 まあ、今は親父殿によって封印されているが。 「戦士カレン、神官クリス」 「確かに、女神様の神託によって選ばれし二人ですね」 エルエルの視線が、カレン、クリスと動き――。 そして、俺へと向いたところで、止まった。 「申し遅れました、女王様。 魔法使いのジェイと申し……」 「では、新しく授かった神託を伝えます」 ……かと思いきや、まさかのスルーをされてしまう。 「あ、あれ?」 勇者の仲間は二人って神託を受けたはずだよな。 だったら、三人目が居ることに対して なんらかのリアクションがあっていいはずだ。 三人目なんて、本来は居ないはずなのだから。 それなのに、まるで俺のことなんて眼中に ないかのようにスルーされてしまう。 あれか? 新手のイジメか? 「あなたたちが向かうべきは、ここより東。 砂の海と呼ばれる場所を超えなさい」 「砂の海は過酷な場所。生身で渡りきることは かなり難しいでしょう」 ま、まあ、あまり深く考えない方がいいだろう。 下手に色々とつっこまれるよりは、 スルーされた方がいっそ安全だ。 俺の精神衛生上の面から見ても、その方がいいだろう。 「まずは、砂の海を越えるための乗り物を探しなさい。 分かりましたか、勇者ヒスイよ」 「はいっ、分かりました!」 女王の言葉に、ヒスイが明るく元気のいい返事をする。 「必ず、魔王を倒して、光の女神様を助けだします!」 「その意気です、ヒスイ」 「魔王討伐の報を、楽しみにしておきますからね」 まあ、ここにその魔王がいるわけだが。 それにしても、目の前で自分を倒すことを 決意されるというのも……かなり微妙な心地だ。 悪気がないだけに、余計微妙な感じになってしまう。 「…………」 いやいやいや。悪気のあるなしはどうでもいい。 問題なのは、俺を倒すことを決意していることだ。 あれだろ? 俺を倒すってことは、殺されるんだろ? 怖いわ! 悪気はないのに、殺意はあるって怖すぎるわ! これが世界の抱える矛盾ってやつだろう。 そうに決まっている。 「それでは、お行きなさい。 勇者ヒスイとその仲間たちよ」 世界の矛盾と、若干の恐怖を覚えながら、 俺は謁見の間を後にするのだった。 「砂の海、ですか。なんだかすごそうですね」 「私も初めて行くのだが、どのような場所なのだろうか」 城から出た俺たちの話題に上がったのは、 さっき聞いたばかりの新しい神託の内容だった。 中でも、砂の海という言葉に二人の興味は 向いているようだ。 「ジェイさん、どんな場所か知ってますか?」 可愛らしく小首を傾げながら、 ヒスイが俺へと問いかけてくる。 砂の海、か。俺も行ったことがない場所だ。 そもそも、この世界において俺が行ったことがある場所 なんて、圧倒的に少ないのだが。 「そうだな……」 俺も初めて行く場所だ。そう言おうとした矢先に。 「ジェイくんは物知りだから、当然知ってるよね?」 何故か、とても愉快そうに笑いながら クリスが横から口を挟んでくる。 「……え?」 「だって、今まで旅してたんでしょう?」 戸惑う俺へと、にこやかに笑いながらの 連撃が襲い掛かってくる。 こいつ……さては、俺が行ったことないと 察して無茶振りしてやがるな……! 「ああ、そうだな。そういえば、魔法使いは 私たちより長く旅を続けているんだったな」 「……は?」 そんなこと、今までに一度でも言ったことがあるか……? クリスとは違って、こいつはきっと素で 言っているに違いない。 ということは、言った……のかもしれない。 むしろ、段々と言った気がしてきた。 「どんな場所なんですか? ジェイさん」 俺を見上げてくるヒスイの目は、 尊敬の輝きをキラキラと宿していた。 ぐぅっ、その光が眩しいっ! これが、勇者のみが持ち得るという輝きかっ! 「お、おう。そうだな……」 くそっ、こうなったら、どうにか知っている風を 装うしかないだろ! 知らない、とかとてもじゃないが 言えるような空気じゃないぞ! 「砂の海というのはだな……」 「というのは?」 頑張れ、考えろ、推理しろ、俺! 海っていうのは、こう、水がたくさんある場所だろ。 それで、砂の海と言うからには、海のように砂が たくさんある場所ということで間違いない。はずだ。 「辺り一面に砂があってだな、こう、広い場所なんだ」 「俺の拙い言葉では、そのくらいの説明しか出来ないな。 自分の目で確かめるのが一番早いだろう」 よし……これでどうだ。これ以上ない答えだ。 「流石はジェイくん。物知りだね」 クリスは相変わらずのにこにこ顔だった。 ぬう……! これでは、俺が言ったことが 正解かどうか分からない。 いや、迷うな。正解だ。正解のはずだ。 「辺り一面が砂、ですか……。 わたし、まったく想像出来ません」 「私もだ。一体どのような場所なのだろうな」 「楽しみですねっ」 「ああ。そうだな」 こっちの二人は二人で、砂の海というのがどのような 場所なのか、楽しみにしているようだ。 これで違う感じだったら、気まずいな……。 「それじゃ、出発する前に町でお買い物をしましょう」 「そうだね。砂ばっかりの場所だから、準備は大切だね」 「さて、何が必要になるかな」 ともあれ、これから町で買い物をする流れのようだな。 「行きましょう、ジェイさん」 「ああ、分かった」 これから先のことを考える必要もある。 買い物にしばらく付き合いながら、ここから どう立ち回るべきかを考えるとしよう。 まだ、勇者のパーティに入っただけでしかなく、 俺はスタートラインにようやく立った段階なのだから。 「回復草は必要ですよね」 「一応、解毒薬も準備しておこう」 「魔除けのお守りは……いらないかな」 思い思いに道具を買い揃える三人を遠巻きに眺める。 しかし、前々からずっと疑問だったのだが、 回復草ってどう使うんだろう。 あれをすり潰したりして、傷口に付けるのだろうか。 それはかなり効きそうだが、即効性に欠けるだろう。 もしくは、いっそ……食べるのか? しかし、それで怪我が治るのかが疑問だ。 ううむ……一度聞いてみたいのだが、旅慣れた頼れる 魔法使い、という位置の俺が聞いていいことではない。 「……って、そんなこと考えている場合じゃないな」 危ない、危ない。つい、うっかり余計なことを 考え込んでいてしまった。 俺が今考えなければいけないのは、これからのことだ。 出来れば、一度魔王城へと戻って作戦を 立てたいところだが、そういう時間もない。 その辺りのこともあって、リブラに連絡を 取るように指示をしていたのだが……。 「……ん?」 首筋に、チリっとした感触を覚える。 誰かに視線を向けられている。 気のせいではなく、はっきりとそう 実感することが出来る。 「もしかして……」 辺りを見渡して、視線の出所を探す。 そう離れていない場所から見られているのだが――。 ――居た。 道を行く人間どもの中にひっそりと混じった リブラが、こちらをじっと見ている。 「ジェイさん、どうかしました?」 俺が遠くを見ていることに気付いたのだろう。 ヒスイが声をかけてくる。 「ああ……悪い、野暮用を思い出した。 少し離れるから、買い物をしておいてくれ」 「あ、はーい。分かりました」 うむ。素直で元気な挨拶で非常によろしい。 ふらり、と人の流れの中に姿を消すリブラを 追いかけて、俺は三人から離れるのだった。 買い物をしている三人から離れることしばし、 ほどなくしてリブラが足を止めて振り返る。 周囲には目立った人影もなく、 話をするには絶好の場所だ。 「さて、首尾の方はどうだ?」 何はともあれ、まずはリブラの報告から受けることにする。 俺からの連絡を受けて、魔王城の方ではどう動くのか。 それ次第で、俺が取れる手が多少変わってくる。 「アスモドゥス様がとても驚いていました」 「だろうなあ……」 俺が勇者と行動を共にする、なんて聞いたら アスモドゥスが大慌てするのは目に見えていた。 だが、それでいい。 参謀であるアスモドゥスをも驚かせるような手で なければ、運命を覆すことなど不可能だろう。 つまり、俺の行動には芽がある、ということだ。 「急ぎ、あなたをフォロー出来る体制を 整えるとのことです」 「そうか」 流石はアスモドゥス、参謀として申し分のない働きだ。 久しぶりに魔王らしい扱いを受けた気がして、 不覚にも胸の奥がジンとしてしまった。 「動かせるのはアスモドゥス様直属の手勢のみ ですので、大規模な支援は望めませんが」 「構わん。俺の命くらい、俺の手で守ってみせる」 フォローしようとしてくれる気持ちだけで十分だ、 なんて魔王的には口が裂けても言えない。 感謝の気持ちは内心に押し留めつつ、 魔王らしく振る舞うことにしよう。 「それにしても、リブラよ」 「はい」 「やっても無駄、などとは言わないのだな?」 今回に限っては、リブラから口を 挟まれるようなことはなかった。 特に今回は、勇者の仲間に入るという、行動が行動だけに 余計に何か言われるかと覚悟していたのだが。 もしかして、これはあれだろうか? 魔道書的にも、 かなりナイスな作戦だったりするのだろうか。 「いえ。もう、あなたの好きにさせた方が いいと思いまして」 「残りの時間を、思うがまま有意義に 使わせるのも優しさかな、と」 「諦めてたっ!?」 まさか、諦念を抱く段階だとは流石の俺でも 予想なんて出来なかった。 やはり、リブラはリブラということか ……いや、むしろ今までよりも酷い気がする。 「悔いのないように精一杯生きてください」 「励ますな! 余計、つらいわっ!」 「あなたの生き様は、わたくしの中に 記録としてしっかりと残しますので」 「題して、魔王珍道中記」 「珍とか付けてんじゃねえよ! 愉快な話じゃねえから!」 「横から見ている分には、そこそこに愉快ですが?」 「そこそことか言われると、気分悪いわっ!」 「ふむ……」 俺に散々つっこませた後で、リブラが何やら考え込む。 「なるほど。これこそが、世界が抱える……」 「矛盾なんてしてねえよ!!」 したり顔で頷くリブラの十八番を横合いからかすめ取る。 だが、こいつはそんなことはまるで 気にしたような素振りも見せない。 くそ……っ、どうすれば、こいつに一泡 吹かせられるだろうか。 「ともあれ、今後の予定ですが どのようになっていますか?」 おっと……また、余計なことを 考えてしまいそうになっていた。 ついつい考え込んでしまう癖は直さないとな。 「女神の神託を受けて、これから 砂の海へと向かう予定だ」 「なるほど。砂の海、ですか」 頷くリブラの片目に、淡く光が宿る。 自分の中に刻み込まれている記述を参照しているのだろう。 「土の魔将――〈死姫〉《しき》マーモンの領域ですね」 「ほう……?」 魔王軍の中でも、四天王と呼ばれる強力な存在。 その中の一人、土の魔将マーモンの領域へと これから踏み込むことになるのか。 「なるほど、そうか」 すぐに復活してしまう以上、ヒスイたちを 完全に倒しきるのは難しい。 だが、それはあくまでも肉体的な話だ。 精神的な部分ではどうだろうか。 魔王を討伐することなど、絶対に無理だ。 心の底からそう思わせることが出来れば……。 旅を続けることを、自発的に諦めさせることが 出来るかもしれない。 ようやく、俺にも光明が見え始めてきた。 「それは、好都合かもしれないな」 僅差での敗北では意味がない。 圧倒的な敗北を心に刻み込ませる。 そのためには並の魔物では無理だ。 だが、四天王と称されるマーモンであれば……。 「あいつらをマーモンと戦わせる」 「なるほど」 俺の案に対して、リブラは反対することもなく、 ただ納得したように頷くだけだった。 どうやら、本当に俺の好きなようにさせるらしい。 いいだろう。ならば、俺の好きにさせてもらう。 この命を守るために、懸命にやるだけだ。 「ククク……俺を倒すなど、だいそれた夢物語であったと あいつらに後悔させてくれるわ……!」 俺が密やかに魔王スマイルを浮かべた時、だった。 「あ、ジェイさん。こんな所に居らしたんですね」 背後から急に声をかけられ、慌てて振り返る。 そこに居たのは『あいつら』の筆頭こと、ヒスイだった。 「お買いものが終わったので、探しに来ました」 「お、おう。そうか。すまない」 さっきの言葉は、どうやら聞かれていなかったようだ。 ヒスイが例によって、明るく元気いっぱいな様子で あることに、ホッと胸を撫で下ろす。 魔王的な悪だくみを聞かれでもしたら、元も子も無かった。 「なので、皆さんと合流を……って、あれ?」 言葉の途中で、ヒスイが不思議そうに目を瞬かせる。 その視線は、俺の横を通り抜けて、 さらに後ろへと向いていた。 その先に居たのは、当然のことながら、 無感情な顔で立っているリブラだった。 「あ、ああ。こいつは……」 リブラのことをどう説明するか俺が迷っていると。 「可愛いっ!」 「……え?」 感極まった様子で、ヒスイがリブラのことを 抱き締めていた。 表情は平坦なままながらも、リブラが 戸惑ったような声を漏らす。 「あ、えーっと、ヒスイ……?」 これはあれだろうか。女同士特有のコミュニケーション とか、そういうものだろうか。 こういう時、俺はどうすればいいんだろう。 よく分からない。 「髪の毛サラサラで、気持ちいい」 「ふむ……」 抱き締めている方と、抱き締められている方の 温度差がかなり酷いことになっている気がする。 というか、リブラは一体どこを見ているのだろう。 視線が明らかに下を向いている気がする。 「ええっと、その、なんだ…… そろそろ、それくらいでだな」 「ああっ……。急にごめんなさい」 「いえ、お構いなく」 俺が間に入るよりも早く、ヒスイがリブラを解放していた。 良く分からないが、どうやらもう満足したらしい。 「この子は、ジェイさんのお知り合いですか?」 「初めまして、師匠がお世話になっています」 「ジェイさん、お弟子さんがいらしたんですね」 「お、おう。まあな」 「あ、もしかして野暮用ってお弟子さんと 会うことだったんですか?」 「まあな、そういうことだ」 リブラが何を考えているのかは、見当も付かない。 だが、ここはとりあえず話を合わせておくのが賢明だろう。 二人の言い分に食い違いが起きても、困る。 「あなたが勇者のヒスイさんですね。 わたくし、リブラと申します」 「初めまして、勇者のヒスイです。 ジェイさんには、いつもお世話になっています」 二人が丁寧に頭を下げ合うのを、 少し不思議な心地で眺める。 「師匠はどうですか?」 「皆さんにご迷惑をおかけしていませんか?」 「いいえ、とんでもない。ジェイさんには、 本当に色々とお世話になっています」 「ほう。色々と、ですか」 「はい。一緒に旅をしていただけることが、 とても心強いです」 「なるほど。お役に立てているようで何よりです」 意味ありげにチラチラとこちらを見るリブラと、 満面に嬉しそうな笑顔を浮かべるヒスイ。 一方は、言葉にどんな感情をこめているのか全く分からず、 もう一方は、全身で感情を表現するみたいに、にこやかに。 これはこれで、まったく対照的な二人だ。 「師匠は、このままヒスイさんと一緒に 旅を続けられるつもりですか?」 「ああ……そのつもりだ」 リブラが、急に矛先を俺へと向けてくる。 突然のことに多少慌てながらも、威厳をもって大きく頷く。 「そうですか……それは少し困りましたね」 ……うん? 一体、何が困るのだろうか。 そんな疑問を抱く俺をよそに。 「どうかされたんですか?」 ヒスイはためらうことなく、リブラに尋ねていた。 「いえ、師匠が旅に出るとなると、修行の方が 中断となってしまいますので……」 「あ、なるほど。それは困りますね」 「はい、そうなんです。ですので……」 淡々と言いながら、リブラがチラリと俺に視線を送る。 その後で、少しいいづらそうに語尾を濁して。 「わたくしも、旅の仲間に加えていただけませんか?」 「ちょ、お前っ!?」 リブラの唐突な申し出に、思わず驚きの声を 上げてしまった。 いや、いくらなんでもそれは無理だろう。 出会ったばかりの人間が同行を申し出たところで、 断られるに決まっている。 それが普通だろう。 「はい。いいですよ」 「はぁぁぁっ!?」 更なる衝撃が俺に襲い掛かる。 リブラの唐突な申し出を、ヒスイは悩むことなく あっさりと受け入れてしまった。 え、あれ? なんだ、この展開……。 「いや、ヒスイ……いいのか?」 「はい、もちろんです!」 俺の問いかけに、ヒスイが明るい笑顔で答える。 そうか。もちろんか。もちろん、いいってことか。 ……なんでだ? 「その、なんだ……もう少し考えてもいいんだぞ?」 「大丈夫です。ジェイさんのお弟子さんなら、 信頼の出来る方ですし」 「それに、困っている方のお手伝いをするのが 勇者の務めですから!」 ぐっと、握り拳を作りながらヒスイが断言する。 「そ、そうか。お前がいいなら、いいんだが……」 「不束者ですが、よろしくお願いします」 「いえ、こちらこそ。それでは、他の皆さんも ご紹介しますね。行きましょう」 などと、にこにこした顔で言いながら、ヒスイは 他の二人が待っているであろう方向へと歩き出す。 俺はその背をすぐに追うことはせずに。 「ええっと……なんでだ?」 リブラへとそっと問いかける。 何から聞けば良いものか分からずに、 かなり曖昧な言葉になってしまった。 「一つ目に、あなたが勇者と一緒に行動するのであれば、 それに加わった方が良いと判断しました」 「あなたの観測をするには、それが一番効果的ですので」 「ああ……なるほど」 リブラがまず説明したのは、なんで勇者の仲間入りを 申し出たのかということだった。 「二つ目に、『困っている人を見過ごせないこと』」 「そして、『問いかけに、はいかいいえかで 即座に答えを出すこと』」 「これが、勇者と呼ばれる者の特性です」 「そうか……」 次いでリブラが説明したのは、どうしてヒスイが 即断即決をしたのかについて、だった。 「即座に答えを出さなければいけない反面、 その影響力は絶大なものです」 「勇者がわたくしを仲間に加えると答えた以上、 他の二人が反対することはないでしょう」 そして、その事柄に対しての補足と予言。 だからこそ、リブラは困っているような芝居を わざわざ挟んだのだろう。 「というわけで、他の方たちと合流いたしましょう」 説明を終えた後で、涼しい顔でリブラが歩き出す。 なんだ、あいつ……凄いじゃないか。 伝説の魔道書と呼ばれる理由を見せつけられた ような気がして、呆然と立ち尽くしてしまう。 「ジェイさーん、行きましょうー!」 「あ、ああ……」 遠くからヒスイにそう呼びかけられて、 俺はようやく歩き出すのだった。 『拝啓、親父殿。お元気ですか?』 『俺は、この広い空の下、どうにか元気にやっています』 『親父殿の後を継いで魔王となってからの日々は、 とにかく慌ただしいものでした』 『襲名早々に、勇者に倒されるという死の予言を 告げられたのは、かなり衝撃的でした』 『ですが、座して死を待つような俺ではありません。 運命に抗うために城を出て』 『そして、今、俺は――』 「皆さん、準備はいいですか?」 『勇者と一緒に旅立とうとしています』 「ああ。もちろんだ」 「先生もばっちりだよ」 『勇者が旅に出る理由、それはもちろん――』 「女神様を助けるため、そして世界のために 魔王城を目指しましょう!」 『俺、つまり魔王を倒すため、です』 「了解しました」 『俺と……そして、リブラはその一行に交じって、 共に旅をすることにしました』 『もちろん、俺の目的は死の予言を回避することです』 『そのために、勇者の一番近くで旅を妨害する。 それが、俺のやるべきことです』 「さて、それじゃヒスイちゃん」 「ああ。号令をお願いする」 『おそらく、これが親父殿への 最後の手紙となるでしょう』 『もちろん、俺が倒されてしまうから、 なんて理由ではありません』 『ここから先は、親父殿に頼ることなく、俺が自分一人で 歩かなければいけない道だからです』 「はいっ、分かりましたっ!」 『親父殿、どうか見守っていてください』 「それでは……しゅっぱーつ!」 『ここから始まる、俺の物語を――』 「やりました、勝利ですっ」 魔物との戦闘を終えて、ヒスイが両手を上げて 全身で喜びを表現する。 「ほう。かなり腕を上げたようだな」 スリーミー一匹に苦戦していた以前とは比べものに ならないくらいに、ヒスイは強くなっていた。 言うまでもなく、まだまだ俺には到底及ばない。 だが、この短期間でこれだけの成長を 遂げたことは驚嘆に値する。 「はい、ジェイさんと別れた後で頑張って、 レベルをたくさん上げましたから」 「なるほど、そうだったか」 レベル……? 一体、なんのことだろう? 「そういえば、ジェイさんってレベルは どれくらいなんですか?」 「お、俺か……? そりゃ、もう、あれだ。 かなりすっごいぞ」 こんな返事で大丈夫……か? 「あ、やっぱり、そうですよね」 ふう……どうやら、変なことは言ってなかったようだな。 良かった、良かった。 「そういえば、先生はそろそろレベルが 上がる頃合いじゃないか?」 「……!?」 な……なんだ!? 今、どこから音が鳴った!? 辺りを見渡すも、俺たちの他に人影は見当たらない。 「ちょうど、上がったね」 どういうことだ……? 会話の内容から察するに、たった今 クリスのレベルが上がったらしい。 ということは、さっきの音がレベルが 上がった時に鳴るってことだろうな。 ……なんでだ? 「あ、新しい魔法を覚えたよ」 「お、覚えた……!?」 なんだ、魔法を覚えたってどういうことだ? クリスが何かを学んでいたような様子はない。 というか、戦闘が終ったばっかりだ。 あれか? こいつらは、戦うだけで 魔法を覚えたりするのか? 「この辺りの魔物が相手だと、 レベルが上がりづらいですよね」 「経験値が少ないからな」 経験値……? また、新しい単語が出てきたぞ。 ええっと、つまり、経験値とやらが多ければ レベルが上がりやすい……ということだよな。 ……全然分からん。 「なあ、リブラ……」 盛り上がる三人から少し離れながら、小声でリブラを呼ぶ。 「はい」 「あいつらが何を言っているのか分からんのだが……」 「ああ、レベルや経験値のことはご存じでは ありませんでしたね」 やはり、こいつは知っていたか。 どうやら、レベルや経験値といったものは この世界では極めて常識的なものらしい。 俺がそれを知らないというのは、問題があるだろう。 「どういうことか、教えてくれ」 「はい。簡単に言うならば、人間は経験を 積むことによって成長するのです」 「魔物を倒し、一定の経験値を溜めることに よってレベルが上がり、強くなります」 「…………なんでだ?」 「そういうシステムを女神が作り上げたからです」 「そうか……」 なんだよ、経験値って。魔物を倒すことで 得られる経験ってどんなだよ! 経験っていうは、もっと、こう日常生活の中で 真っ当に積み重ねていくものだろ! 「……うん? 魔物を倒したら、 経験値が入るんだよな?」 システムの詳細は分からないが、 そういうものだと納得しておこう。 だが、しかし、どうにも納得出来ない部分がある。 「さっきの戦闘、クリスはほとんど 参加していなかったんだが?」 にも関わらず、経験値を獲得して、レベルが上がり、 のみならず魔法まで覚えていた。 魔法を覚えるっていうのも、かなり納得出来ないが。 「それでも経験値が入ります」 「経験積んでねえだろ!」 「そういう仕組みになっていますので」 「納得いかねえよ!」 なんだよ、そのお手軽パワーアップシステム! 「む……もしかして、あれか? 魔物にもレベル制度があったりは……」 「いえ、ありません」 「納得いかねーっ!!」 晴れ渡った空の下、俺の叫び声を 爽やかな風がさらっていくのだった。 「さて。それじゃ、この辺りで一度まとめておこう」 草原の中、緩やかに伸びる道を歩きながら、 全員へと呼びかける。 みんなが足を止めて、俺を振り返る。 「まとめ、ですか?」 「ああ。ここからどう進むのかの 確認をしておきたくてな」 「あ、なるほど」 俺の提案に、一同が納得したように頷く。 「当面の目標は、砂の海を越えることだな」 「そして、それに必要な乗り物を探すこと、だね」 「ああ、その通りだ」 そして、砂の海で土の魔将マーモンとこいつらを 戦わせ、決定的な敗北を教え込む。 それが、俺の目的だ。 そのためには、こいつらと一緒に乗り物を探す必要がある。 「そして、肝心の乗り物なんだが……」 女王エルエルから伝えられたのは、乗り物を 手に入れろということだけだった。 その乗り物がどんな物で、どこにあるのかまでは、 神託は伝えてはくれなかった。 「それに関しての情報はありませんでしたね」 その後、アワリティア城下町で情報を集めたのだが、 それらしい話は耳にはしなかった。 進退窮まったヒスイたちが取った方針は――。 「ひとまず、砂の海を目指せば、何か分かるだろう」 という、極めて大雑把なものだった。 「砂の海のことは、砂の海の近くの人に聞け、だね」 乗り物さえあれば、砂の海を越えることは 不可能ではないらしい。 ということは、砂の海の向こう側との交流が 断絶しているわけではないのだろう。 つまり、砂の海の近くの集落に乗り物が 存在している可能性は限りなく高い。 「成功する公算はかなり高いとみます」 「というわけで、わたしたちは 砂の海を目指していますっ」 元気な声で、ヒスイがそう締めくくる。 「はい、良く出来ました」 にこやかな笑顔で、クリスが軽く手を打ち鳴らす。 その姿が実にさまになっている。やはり、 先生という自称は伊達ではない。 「ありがとうございます、先生っ」 こうしていると、いい師弟であるかのように見える。 「うむうむ。こうして口に出してまとめてみると、 分かりやすくなるな」 うんうん、とカレンが関心したように頷く。 何故か、その口元がもぐもぐと動いているのを、 俺は見過ごさなかった。 「いや、感心するのはいいが、何を食ってるんだ」 「最高級干し肉だ。町を出る時に買っておいたんだ」 むぐむぐと干し肉を噛むカレンの顔は どことなく満足げに見える。 一噛みするごとに、幸せなオーラが 滲み出ているかのようだ。 「魔法使いも一つ食べるか?」 ほら、とカレンが干し肉を差し出してくる。 バカバカしい。なんで、魔王である俺が そんな物を食わなければいけないんだ。 「悪いが……ん?」 断ろうと口を開いた時、俺の鼻先を かぐわしい匂いがくすぐった。 カレンが差し出している肉から漂っているように思える。 「ふふふ。魔法使いも気付いたようだな」 「これは、特別に香木で燻された肉だ。 どうだ? 食欲をそそる匂いだろう?」 「ぬぅ……確かに!」 悔しいが、カレンの言う通りだった。 鼻孔から感じるのは、甘く芳醇な香り。 肉が持っているであろう旨味を想像させるようだ。 こうして嗅いでいるだけで、一口齧りたくなってしまう。 「……一枚もらおう」 まあ、くれると言っているのだ。時には好意を 素直に受け取るくらい、いいだろう。 「ああ。食ってみろ」 カレンから手渡された肉へとさっそく齧りつく。 「む……っ!」 「どうだ?」 「確かに美味いな、これ」 「そうだろう、そうだろう」 単なる干し肉だというのに、素直に 賞賛の言葉を口にすることが出来た。 こんなに味が濃くて美味い干し肉は初めてだ。 「流石は最高級と言うだけあるな」 魔王である俺の舌を唸らせるためには、 やはり最高級レベルでなければいけないな。 こと食事に関しては、人間どもを賞賛しても良いだろう。 それくらいの余裕を見せてこその王である。 「気に入ってもらえて何よりだ。まだまだ たくさんあるから、遠慮せずに食べてもいいぞ」 「お、そうなのか?」 「ああ。城下町で買い込んでおいたからな」 やはり、旅に美味い食事は欠かせない。 現金なものだが、それだけで足取りも 軽くなってしまうというものだ。 「まあ、おかげで所持金がほとんど無くなって しまったが、その価値はあるだろ?」 「ああ、その通りだな」 肉を噛み締めながら、カレンの言葉に頷――あれ? 「……あれ? お前、今、なんて言った?」 「うん? その価値はあるだろ」 「いや、その前だ」 「その前、か……」 カレンは首を傾けながら、直前の言葉を思い返し。 「所持金がほとんど無くなってしまった」 ピッと指を立てながら、肝心の部分を口にした。 そうか。所持金がほとんど無くなってしまったのか……。 「はぁっ!? 所持金がほとんどないだって!?」 思わず、大声を出してしまった。出さずにいられなかった。 「どうした……? 急に大声を出して」 「大声くらい出したくなるわっ!!」 耳を押さえながら、露骨に嫌そうな顔を するカレンへと、更なる大声を向ける。 「買い込んだって、いつだ!?」 「む? お前が野暮用とか言って、席を外しただろ。 その時に、みんなで買い物をしておいたんだ」 ……ああ、あの時か。 「ちなみに……どのくらい買ったんだ?」 「ん? うーん、80個ほど……かな」 「多っ!!」 いくらなんでも買い込みすぎだろう! なんだよ、80個って。一体、何食分だよ!! 「え、あ、ちょ、お前ら……一緒にいたんだよな?」 そういえば、あの時はヒスイとクリスも 一緒に買い物をしていたはずだ。 誰か止めたりしなかったのだろうか。 「はい、いましたよ」 「一緒に色々選んでたよねっ」 「えっと……何故、肉を買い込むのを 止めなかったんだ?」 「回復草よりお肉の方がHPが回復するんですよ」 「マジかっ!?」 「はい。マジです」 って……HP? 思わず驚いてしまったが、HPってなんだ……? 回復するということは、消耗するような 何かだとは分かるのだが。 「おい、リブラ。HPってなんだ?」 おそらく世間では一般的な単語なのだろう。 ここはこっそりリブラに聞いておこう。 「ハッスルポイントの略です」 「ハ、ハッスル……?」 「分かりやすく言うと体力ですね」 「なんで、一々変な言い方してるんだよ!?」 「それがこの世界のルールですので」 「……そうか」 細かい事情やら何やらはよく分からないが、 HPというのが体力のことであるのは分かった。 「分かったのはいいが……」 どういうことだ? 回復草ってあれだろ? 文字どおり、薬になる草だろ? それよりも、肉の方が回復する……? 回復草の存在意義ってどこにあるんだ? 「それくらい常識だぞ」 むぐむぐと肉を噛みながら、カレンが得意げな顔で頷く。 「いや、ちょっと待てよ。お前。それ、あれだろ? 回復草代わりなんだろ?」 「そうだが?」 「何故、今、食うんだ?」 特に怪我などはしていないはずだ。 それなのに、どうしてこのタイミングで肉を食っている。 「腹が空いたからに決まっているだろ」 「腹減ったからって、薬代わりの物 食ってんじゃねえ!!」 「肉が傷む前に食べなきゃいけないだろ」 「……なるほど」 言われてみれば、確かにその通りだ。 いくら干し肉とは言え、放っておけばそのうち傷むだろう。 そうなってしまえば、食べることすら叶わない。 その理屈は分かる。分からないでもない……だが。 「保存が利く回復草を買っておけよ!!」 「回復草は別に買ってあるから大丈夫だよっ」 「……そうなのか?」 ああ……まあ、それならいい……のか? 「はいっ、安かったからセットで たくさん買ってあります」 「ほう。ちなみに、どのくらいだ?」 「198個です」 ……え? ええっと、こう……俺の聞き間違いだよな。 うん。そうに決まっている。 「すまん。何個だって?」 「198個ですよ」 ああ……聞き間違えじゃなかったか。 「意味分かんねえよ!!」 「しょうがないなあ、ジェイくんは」 「いい? 99個のセットが二つあって、 それを合計するとね――」 「計算は分かってるっての!!」 こいつら……俺に一休みする暇すら 与えないつもりかっ!? いやいやいや、いくらなんでも狙って やってるわけないだろう。 だとすると、あれか? こいつら素でやってるのか!? 「よし、分かった。まずは落ち着こう」 所持金の件は、この際置いておくとしよう。 とりあえず、今、はっきりさせないと いけないことは……。 「道具は、どこに仕舞ってあるんだ?」 198個の回復草と、約80個の干し肉を どうやって持ち運んでいるのか、だ。 こいつらの手荷物が増えているような 形跡は一切見当たらない。 だからこそ、そんなとんでもない数を 買っていたなんて気付けなかった。 おそらく、そこには今までのように なんらかの秘密が存在しているはずだ。 「全部、道具入れに入ってますよ」 「そうか……」 なるほどな。道具は全部道具入れに仕舞う。 それが道理だ。 「んなわけあるかっ!!」 「本当ですよ。ちょっと待っててくださいね」 ヒスイが腰から提げている入れ物の中へと、 おもむろに手を突っ込む。 道具入れって、よりによってそこに 下がっている小さな入れ物かよ! 「とりあえず、5枚取り出しますね。はいっ」 引き抜かれたヒスイの手の上に あったのは、5枚の回復草だった。 「いやいやいや、5枚くらいなら その入れ物でも――」 「あ、しまった。古い剣を売るのを、 うっかり忘れていました」 俺の言葉の途中で、ヒスイがスラリと 入れ物から剣を引き抜いた。 「えええええええええっ!?」 剣て、剣て、お前。入れ物からあっさりと 引き抜けるようなサイズじゃないだろ! 「次の町では忘れないようにしないと」 そして、引き抜いた時同様にあっさりと ヒスイが道具入れの中へと剣を仕舞う。 「はあああああああああっ!?」 入れ物から剣先が飛び出したりなんてしていない。 どう見ても、腰に下げる程度の大きさしかない はずの入れ物が、剣を一振りあっさりと飲み込んだ。 「……なるほど」 なんだ、あの入れ物……。 確かに、剣をあっさりと出し入れ出来るくらいの入れ物 なら、とんでもない量の回復草だって入るかもしれない。 にしても、なんであんな入れ物に そんな大量に物が入る……? 「世界が抱える矛盾は根深いですね」 淡々と紡がれるリブラの言葉に、 俺は頷くことしか出来なかった。 「アケディアの村に到着しましたー!」 砂の海へと向かう途中、村に立ち寄ったのは もう陽が傾きつつあった頃合いだった。 入口の看板に書いてる村名を、ヒスイが元気に読み上げる。 「砂の海も近いし、ここなら何か情報が手に入るかもね」 「そうだな。だが、ひとまずは宿を 手配してからになるだろうな」 「そうです! その後でお話を聞いて回りましょう!」 ここで何か情報が得られるかもしれないと 意気が上がる三人。 「あなたは張り切らなくていいんですか?」 一方で、俺の横に立つリブラは 例によって淡々としたものだった。 三人には聞こえないように、ということだろう。 抑え目の声量にて語りかけてくる。 「乗り物をゲットして、マーモンの領域まで 連れて行くんですよね?」 そのためにも、砂の海を越えるための乗り物が必要だ。 ここで乗り物の情報を得られるかどうか。 俺にとっても、それは重要な分かれ道だ。 「分かっている。あいつらに協力するというのが 多少しゃくだが、目を瞑るとしよう」 「一緒に旅をしているのに、何をいまさら」 もっともなリブラのツッコミは、今は 聞き流すことにしておこう。 「さて、それじゃまずは宿を探さないとな」 三人へと呼びかけながら歩き出そうとした時――。 「おや、ようこそ旅のお方。ゆっくりしていきなされ」 ピシッ、と耳元で何かが凍りつくような 妙な音がして、俺の動きが止まった。 ああ――あまりにも驚いた時って、本当に時間が 止まったかのように体が動かなくなるんだな。 こんなところで、妙なことを学んでしまった。 「ありがとうございますっ。宿はどちらになりますか?」 「それならば、この道をまっすぐに 進んだところにありますぞい」 「そうか。ありがとう」 「いえいえ、お安い御用ですぞ。ほっほっほっほ」 ……あっれー? なんで、あいつら、 普通に会話とか……あっれー!? どう見てもおかしいだろ! 普通の村にはいねえよ、こんな奴! 「ジェイくん、行かないの?」 「あ、い、いや、ちょっと用事を思い出した。 先に向かっててくれ」 「あっ……うん、分かったよ。男の子には そういう時だってあるよねっ」 何やら意味深な笑みを浮かべられてしまった。 そういう時じゃねえよ! と声を大にして言いたかったが、 今はそれよりも優先すべきことがある。 三人が歩いていくのを見送ってから、大きく深呼吸をして。 「おや。あなたはいかないのかな、旅のお方よ」 「うるせえ。お前、ちょっとこっち来い」 目の前にいる奴の襟首を掴んで、 村の外へと向けて歩き出した。 「ああ、旅のお方。乱暴はいけませんよ」 村から少し離れた場所で、アスモドゥスの襟首を離す。 ここまで来れば、誰かに聞かれるような心配もないだろう。 胸の奥底に溜まった重たい空気を、全て 吐き出すように長いため息を漏らす。 「うるさい。どう見てもアスモドゥスだろ、お前」 「クフフフ。我が完璧なる変装をあっさり 見抜かれるとは……流石は魔王様」 肩を揺らしながら悪く笑う、どう見てもアスモドゥス。 お前にまでボケられてしまったのでは、 俺が多忙すぎて心安らげないではないか。 「お前……それでよくバレなかったな」 さっき、完璧な変装がどうのこうのと言っていたが、 どう見てもいつもの格好のままだった。 なんで、こんな格好で村に溶け込めたのだろう。 というか、少しは疑問を持てよ。勇者たち。 「クフフフ。お忘れですか、魔王様。わたくしめは、 幻術のスペシャリストにございます」 「人間どもの目を誤魔化すことなど、朝飯前です」 「かねてよりあの村に住んでいた人物にすら 違和感を覚えさせない手並み、見事です」 「お褒めいただき、光栄の至り」 ……確かに、アスモドゥスは卓越した幻術の使い手である。 リブラの言うように、誰一人として違和感を与えずに 村に溶け込んだアスモドゥスの実力を褒めるべきだろう。 「……そうだな。お前の実力、改めて評価しよう」 それはそれとして、根本的な疑問がまだ残っていた。 「お前……何故、ここにいる?」 「勇者一行に混ざった魔王様をサポートするべく、 わたくしめがやってまいりました」 「クフフフ……」 「お前、笑うタイミング間違ってるからな」 なんで、このタイミングで悪い笑いを しなければいけないのだろう。 「フォロー出来る体制を整えると、 以前にお伝えしましたが」 「ああ、それは覚えている。だが……」 まさか、アスモドゥス本人が来るとは想定外だった。 「魔王様に万が一のことがあってはいけません故に。 こうして、わたくしめが自ら出向いて参りました」 「お前には城のことを任せておいたはずだが?」 「わたくしめの愚妻に、後事は託しました」 「そうか……」 そうか、後のことは妻に任せてきたのか。 …………。 ……え? 「……お前……結婚してたのか?」 「はい。つい先日に」 「そ、そうか……おめでとう。 初耳だったので……驚いたが……」 「奥方はかなりの美人ですよ」 「……なんで、お前知ってるんだ?」 「そして、なんで俺は知らないんだ?」 あれか? また、あれか? 俺だけハブられてるのか? 「魔王様は先代様ご崩御などでご多忙だったために、 身辺が落ち着かれてからお話いたすつもりでした」 「ご報告が遅れてしまい、誠に申し訳ございません」 「あ、そ、そういうことか。それなら、いいんだ」 なんだ、忙しい俺を気遣ってくれていたのか。 まあ、確かにバタバタとした時期に聞かされるよりは、 落ち着いてからの方がいいだろう。 何故か、少しだけホッとしてしまった。 「今、ホッとしましたね?」 「し、してねえよ! するわけねえだろ!」 まるで、俺の心を読んだかのようなタイミングで口を 挟まれて、少しだけドキッとしてしまったのは内緒だ。 「さておき。こうして、貴様が姿を現したからには、 サポートは整ったということだな?」 「はっ!」 アスモドゥスは頭を垂れながら、 俺の前に恭しく片膝を付く。 ううむ。懐かしい光景だ。実に心安らぐ。 「死姫マーモンには、近々勇者が砂の海へと 向かうことを伝えてあります」 「砂の海にて、張り切って勇者どもを 待ち受けていることでしょう」 「うむ、そうか。ならば、後は奴らを マーモンの元へと誘導するだけだな」 「はい。そのためには、砂の海を渡るための 乗り物が必要となりますが――」 「そちらの手筈はどうなっている?」 「既に調査は済んでおります。砂の海を渡るために 用いられている乗り物、それは馬車にございます」 「ほう……?」 馬車といえば、荷車などを馬に引かせるあの乗り物だろう。 だが、しかし、砂の海とは馬に引かせただけで 容易に乗り越えられるものなのだろうか。 そこが腑に落ちない。 「なにか特別な素材で作られた馬車なのか?」 「いえ、馬車自体は普通のものです」 「ならば、引く生き物が普通とは違うということか?」 「はい。この地方では、馬車を引くのは馬ではなく――」 「特別に飼育された生物のようです」 「ふむ……?」 馬車という言葉から、てっきり馬が引くものだと 思っていたが……。 どうも、アスモドゥスの口ぶりから察するに、 その生物とやらは馬ではないようだ。 いったい、どんな生物なのだろう? 「この地方特有の生物の一種です」 “魔道書”の中の情報を閲覧しているのだろう。 リブラの片目が、淡く輝きを放つ。 「なるほど。砂の海という環境に適応した結果、か」 「おそらくは」 緩やかに頷きを向けるリブラの目から、淡い輝きが消える。 「それで、その生物は確保出来ているのか?」 「まだでございます。村で飼育されていたものが、 外へと逃げ出してしまったらしく……」 「つまり、それを捕まえることが馬車入手に 必要なイベントということです」 「イベントて、お前」 リブラのあまりにもぞんざいな物言いはさておき、 これからやるべきことは理解出来た。 馬車を手に入れるために、その生物を 探さなければいけない、か。 「逃げ出した先は分かっているのか?」 「はい。川沿いに進んだ先の森です」 「近隣の魔物では太刀打ち出来ないほどに気性が 荒いそうです。どうか、お気を付けください」 「そうか……」 魔物でも敵わないような生物、か……。 あんまり気が進まないが……これも打倒勇者のためだ、 しょうがないだろう。 「さて、あまり長い間、あいつらから離れていても 不審がられるな……」 「引き続き、よろしく頼むぞ。アスモドゥス」 「承知いたしました。尽力いたします」 深く頭を下げるアスモドゥスを前に、くるりと かっこよく踵を返し歩き出す。 まったくもって、親父殿から受け継いだマントが ないのが悔やまれるような絵だ。 「行くぞ、リブラ」 「早くしてください。置いて行きますよ」 ぬう……なんたることだ。俺がかっこよくターンを している間に、先に歩き出していただと! まったく……これだから、情緒を理解出来ない道具は困る。 緩やかに肩を竦めさせた後で、さっさと先を進む リブラを追いかけて、俺も村の中へと戻るのだった。 「あ、ジェイさーん!」 「どこに行っていたんだ」 「ジェイくんって、結構時間かかるんだね」 ヤバい。一人だけ、何を言っているのか 分からないやつがいる。 だが、そこにツッコミを入れてしまったら、地獄が 待っている――。そんな予感がするのも事実だ。 「すまない。だが、耳寄りな情報を入手してきたぞ」 よって、スルーする。実に合理的かつ賢明な判断である。 「どんな情報ですか?」 「ああ、実は――」 「馬車を引く特別な生き物、ですか?」 アスモドゥスから聞いた話をそのまま全員へと伝える。 特別な生き物という部分に、ヒスイが 不思議そうに首を傾げる。 こいつは、素直でいいやつだよなあ。 思わず、色々と話を聞かせてしまいたくなる。 「この短時間で、そこまで調べ上げるとは」 カレンはカレンで、ううむ、と 感心したような声を漏らしている。 こう、なんだ。悪い気分がしないな。 「へえ、ジェイくんはすごいなあ」 「とっても物知りなお友達がいたりして?」 一見、感心した風にしながらもドキッとするような 言葉を投げかけてくるのが、クリスだ。 にこやかに笑ってはいるが、その笑みの底が 見通せない感じがして怖い。 「超物知りな弟子ならいます」 リブラは、まあ、いつも通りだった。 声も表情も、いつも通りに感情の色を乗せないまま、 何故か得意げに胸を張っていた。 「さて……」 それぞれの反応を前に、俺は一度深呼吸を行う。 まずは、その生き物を捕まえて……そして、 マーモンの元へと誘い込む。 これで、全てが片付くはずだ。 「それじゃ、今日はもう遅いから……」 「それでは、今から出発しましょう!」 宿に泊まってから、と俺が言い終える前に、 ヒスイの元気な声が被さってきた。 「え……? い、今から、か?」 流石にもう日暮れも近い。 今から外に出るには、少々遅い気がする。 「今日のところは宿に泊まってだな。 明日、改めて向かう方が良くないか?」 「それが、宿が取れませんでした」 「……は?」 「なので、今日は馬車を引く生き物を 捕まえに行く途中で、キャンプです!」 「え、ちょ、なんで……!?」 なんで、宿が取れなかったのか――。 そう言いかけた瞬間に、村へと向かう途中に 交わした言葉が俺の頭の中によみがえった。 『所持金がほとんど無くなってしまった』 「回復草ならたくさんあるから大丈夫、大丈夫」 「肉だって、たくさんあるぞ」 ああ……そうか……。 こいつらが、大量に色々と買い込んだせいで……。 「全然ッ! 大丈夫じゃ! ねえよっ!!」 夕焼け空へと向けて放たれた俺の渾身のツッコミは、 やがて空中に溶け込んでいき――。 空はこんなにも広いというのに、 世の中とはなんて無常なものだろうか。 などと、俺は世の流れをただただ儚むのであった。 「一つ質問があるんだが、いいか?」 件の生物が逃げ込んだという森へと、川沿いに 向かいながら俺は全員に呼びかける。 「なんですか?」 俺の声に、先頭を歩いていたヒスイがくるりと振り返る。 「ん? 急にどうした、魔法使い」 それに合わせて、2番目を歩いていたカレンも足を止める。 「先生のスリーサイズなら、教えてあげてもいいよ」 同様に、3番目のクリスがにこやかに振り向く。 3人の視線に晒される俺は4番目。 後ろには黙って付いて来ているリブラの姿がある。 「なんで、一列になって歩くんだ?」 前々から気になっていたのだが、こいつらは 町の外では一列になって歩いていた。 仮にここが洞窟などの閉所であれば、道が狭いから 一列になって進むということもあるかもしれない。 しかしながら、ここは開けた屋外である。 決して一列にならなければ通れないような場所ではない。 「別に一列に並ばずに、固まって 歩いてもいいじゃないか」 ぞろぞろと並んで進むよりも、 よっぽど良い気がするのだが……。 「あ、それはそういう決まりなんですよ」 「……え?」 なんだ? 外を歩くためのルールでも 定められているのか? 「魔物たちはね、一列に並んだ者をまとめて 敵とみなす習性があるんだよ」 「…………」 そうなのか? と、後ろにいるリブラに視線で問いかける。 「はい。先生の仰る通りです」 そう……なのか……。知らなかった……。 っていうか、なんで知らないんだ。俺。 「だから、町の外みたいに魔物と会う可能性のある 場所を進む時は、なるべく一列になって歩くんだ」 「そう……だったのか」 まあ、よくよく考えてみれば分からないでもない話だ。 外で出くわした連中が一列になって歩いていれば、 パッと見でこいつらはグループなのだと分かる。 …………うん? 別に固まって歩いていても、 グループだと分かる気がするが……。 「魔物は近くにいる者から攻撃を仕掛ける可能性が高い」 「だから、前の方は私とヒスイのように体力に優れた者が 請け負うんだが……知らなかったのか?」 「お? ああ……まあ、な……」 しかも、どうやら人間どもの間では ごく一般的な常識論だったようだ。 しまった。これは迂闊なことを聞いてしまっただろうか。 「師匠は、ずっと一人旅を続けてきていましたから」 俺が言葉に迷っていると、後方から リブラの援護射撃が飛んできた。 「そ、そうだな。こうして、集団行動することも ほとんどなかったんだ、実は」 多少、苦しいかもしれないが、ここはリブラの援護を ありがたく受け取っておくことにする。 こいつら相手なら、きっとこの言い逃れでも 大丈夫なはずだ。 「へえ、そうだったんだ。魔法使いの 一人旅って危ないのに」 大丈夫だと思ったが……通じなかったか? 俺が内心に焦りを浮かべた時。 「やっぱり、ジェイくんってすごいんだねっ」 クリスの顔に浮かんだのは、にんまりとした笑みだった。 「ですね。そんな方にご一緒してもらえて、 とっても心強いですっ!」 そこに、感心したようなヒスイの声が重なってくる。 ほっ……どうやら、上手く言い逃れることが出来たようだ。 「だからといって、前を歩くことは譲らないからな。 私には私の務めがある」 「それすらせずに、頼りきりになんてなれないからな」 「カレンさんの言う通りです。ジェイさんに比べれば、 まだまだ頼りないかもしれませんけど……」 「それでも、わたしたちに任せてください。 仲間なんですからっ!」 仲間、か――。 ヒスイのその言葉と笑顔がどこか眩しく感じられたのは、 きっと夕日を反射する水面のせいなのだろう。 「ああ、分かっている。頼りにさせてもらうからな」 俺はそっと目を細めてから、全員へと言葉を返すのだった。 俺たちが森へと足を踏み入れた時には、 西の果てに陽が顔を隠した後だった。 夜の闇に包まれた森を探索するようなこともせず、 大人しく森の中で一晩を明かすことを選んだ。 「お魚、美味しいです」 「骨には注意して食べるんだよ」 「はいっ」 「干し肉はいるか?」 「1枚ください」 「ほら。しっかり噛むんだぞ」 パチパチと音を立てて燃えるたき火を中心に、 それぞれが思い思いに食事を取る。 旅の合間の団らんの時間だ。 個人的には、ここが屋根の付いた場所ならば、 言うことはなかったのだが。 「やはり、食料を多めに買っておいて正解だったな」 「……そうだな」 悔しいが、カレンの言う通りだった。 城下町で大量に買い込んであった干し肉が、 こんなところで役に立つだなんて夢にも思わなかった。 「とはいえだな、やはり無駄遣いは 避けるべきだと思うんだ」 「きちんと計画的に買い物さえしていれば、 こんな場所じゃなくて宿で休めたはずだからな」 何故、魔王たる俺が森でキャンプなど しなければならないのだろうか。 俺に用意されてしかるべきなのは、温かくて ふわふわの寝床に他ならない。 「ジェイくんの言いたいことは分かったよ」 「つまり、先生と同じベッドで寝たいってことだね」 「違うわっ!」 「わたくしはお断りです」 「こっちの台詞だっ!」 「わ、私も……その、なんだ…… 遠慮したいん、だが……」 「だから、そういう話じゃないって言ってるだろ!」 「じゃあ、わたしと寝ます?」 「お前ら、一回落ち着けっ!!」 くそっ、いったいどういう流れだっ! 「まず、ヒスイッ! 年頃の娘が、一緒に 寝ようとか簡単に誘うなっ!」 「はい。今度からは注意します」 「次、カレンッ! お前は話をちゃんと聞けっ!」 「あ、ああ、分かった」 「クリスッ! とにかく自重しろっ!」 「はーい」 「リブラッ! 変に乗っかってくるなっ!」 なんで、俺はツッコミを入れただけではなく、全員へと 流れるように注意までしているのだろうか。 連続で大声を出し過ぎた反動に息を上がらせながら、 内心で低く呟いてしまう。 「あなたこそ、落ち着いてください」 「くっそ……お前、後で覚えておけよ」 しかし、俺が落ち着かなければいけないのも事実だ。 俺が冷静にならなければ、話が一切進まない。 話が進まないということは、こいつらの財布の ヒモは緩みっぱなしになってしまう。 「こほん。というわけでだな、計画性のない 買い物は避けるべきだと思うんだ」 「こう、ほら、野宿っていうのも、 その、問題があるだろう」 一番野宿したくないのは、当然のことながら俺なのだが。 こいつらを下手に野宿などさせて、魔物と遭遇して、 レベルを上げられたりしても敵わない。 「なるほど。皆さんの体のためにも、というわけですね」 「あ、ああ……そうだな」 リブラの言葉に合わせるように頷く。 そういうことにしておけば、問題ないだろう。 「あ……わたしたちのことを気遣ってくれたんですね」 「なにかあって、傷物になってもいけないしねっ」 「き、傷物……って……」 クリスが傷物になる……? そんな姿、全然想像出来ないのだが、とてもではないが 口に出して言えないので黙っておこう。 ともあれ、思いの他に好感触なようだ。 これならば、押しても問題はないな。 「というわけでだな。以後は計画的に買い物を する必要がある。俺はそう思うんだ」 「そこで――」 俺が言いかけた時。 「ギャオオオッ!!」 闇の中から、耳をつんざくような音が辺りに響き渡る。 「な、なんだ……!?」 あまりの音量に耳を押さえ込むのだが、時すでに遅かった。 キンとした残響音が、耳の奥を揺るがし続ける。 「みんな、気を付けろ」 誰よりも早く反応を見せたのは、やはりカレンだった。 いつでも振るえるように剣に片手を添えたまま、 鋭く辺りへと目を走らせている。 「今の声は、いったい……」 「人や魔物ではない、ね」 遅れて、二人も身構える。 片手を剣に添えたヒスイが庇うように前に立ち、 その後ろで、クリスは火の着いた薪を手に取る。 「これは……どうやら当たりのようです」 茫洋とした声で告げるリブラの片目が、淡く輝く。 さっき聞いた声と自分の中に蓄積されている情報を 照らし合わせているのだろう。 「声の波長が記述と一致しました」 「ということは……もしかして」 「はい。我々が探し求めている生物に違いありません」 リブラの言葉に、全員が顔を見合わせあう。 こんな所で遭遇出来るとは、なんて幸運だ。 「今の声、どっちから聞こえてきたか分かるか?」 「詳しくは分からない。だが、向こうに 何か動いている気配がする」 剣先を茂みの奥へと向けながら、カレンが低く告げてくる。 「よーし。それじゃ、皆さん行きましょう!」 とうとう目的の生物と対面出来るからだろう。 ヒスイの声はどこまでも明るい。 その号令に、どこかホッとするものを感じながら、 俺たちは森の奥へと進むことにした。 カレンが気配を感じた方向へと進むことしばし。 「あっ、いましたっ!」 「大きい……初めて見るぞ、あんな生き物」 前を進んでいた二人の足が止まる。 どうやら、件の生物を無事に発見出来たようだな。 「気性が荒いらしいから、気を付けろよ」 さて、いったいどんな姿をしているものやら……。 「ガァァァッ!」 「ぬおおおおっ!?」 「どうしたの? ジェイくん」 「いやいやいや、どうしたもこうしたもないだろ!」 「お前、あれだろ! あれって、ドラゴンだろっ!?」 「そうだけど?」 「そうだけど? じゃねえよ!!」 え? この辺りではドラゴンを飼育しているのか? あれ、魔物だぞ? しかも、かなり強い部類だぞ? それを手懐けて、馬車を引かせている? いやいやいや、意味が分からない。 なんで、そんなことが出来るんだ? 「ギャオーン」 「なんで、ドラゴンを飼育しているんだよっ!」 「そこはほら、女神様が授けてくれた知恵とかだよ」 「知恵とか、て」 そんなふわっとしたもので、ドラゴンが どうにか出来るのか? 納得出来ないし、そんなことが可能とも思えない。 「ギュゥゥゥ」 「でも、出来てるんだよなあ……」 現に、こうして目の前に証拠を 突きつけられている。 人間に飼育など出来るはずがないドラゴンを、 あの村の連中は手懐けている。 ……もう、納得するしかないのか。 「なるほど。これが世界の抱える矛盾ですね」 「今回ばかりは、お前の言葉は圧倒的に正しい気がする」 「それじゃ、先生も近くで見て来ようっと」 クリスもヒスイやカレンを追いかけて、 ドラゴンの方へと歩いていった。 頭痛すら感じ始めていた俺にとって、 放っておいてもらえるのは非常にありがたい。 「やはり、あなたには世界の矛盾を 感じることが出来るようですね」 いつになく真剣な声色でリブラが呟きをこぼす。 「なあ……前から気になっていたんだが、 世界の矛盾ってなんだ?」 別にわざわざ強調せずとも、俺から見ればこの世界は 矛盾というか理不尽だらけな気がする。 まあ、そもそも何もしてないはずの俺が死の予言を 告げられること自体理不尽なんだが。 「いずれ、分かると思います」 「いずれって……いつだよ?」 「魔王が勇者に倒された後、くらいかと」 「遅すぎるわっ!」 「……?」 だから、こいつはなんで不思議そうに 首を傾げるのだろうか。 「魔王が勇者に倒された後には、 俺は、もういないはずだろ」 他の三人には聞こえないように、細心の注意を 払いながらリブラにツッコミを入れる。 「……なるほど。それもまた、世界の抱える矛盾ですね」 「お前、それが言いたいだけだろ」 なんだか、真面目に考えるだけ損をするような気がする。 こいつこそ、世界が抱える矛盾なんじゃないか? 俺ががっくりと肩を落とした時。 「ジェイさーん! この子、大人しくて かわいいですよ!」 ウキウキと弾むような声を上げながら、 ヒスイが俺の方へと歩み寄ってくる。 その隣には、当然のように ドラゴンが付き添っていて。 「……そうか。良かったな」 本当に、人の手によって飼育されたものなんだな、と 俺は諦めの境地に達したのだった。 ともあれ、こうして勇者一行は砂の海を 渡るための手段を無事に……? うん。まあ、おおむね無事に手に入れることが 出来たのだった。 砂の海へと足を踏み入れた俺たちを待っていたのは、 見渡す限りの砂だった。 まさに砂の海という名に恥じぬ光景である。 そして、俺たちを迎えたのは砂だけに留まらなかった。 「……暑い」 照りつける太陽、乾燥した空気。 肌を焼くような、という言葉のままの熱。 まったくもって嬉しくもなんともない、盛大な出迎えだ。 こんな歓迎など、受けたくもなかった。 「それにしても、暑い……」 さっきから、何度繰り返したか分からない言葉を、 うわ言のように口にする。 「本当に暑いですね」 「日差しを遮るようなものがあれば、 少しは楽なんだが……」 額に浮かんだ汗を拭いながら、二人が辺りを見渡す。 だが、見渡す限り砂しかないこの地に、 影を作るような樹木の姿はない。 「確かに、これは乗り物が必要なのも頷けるね」 荷車の上から俺たちを見下ろしながら、 クリスが水筒に口を付ける。 今、俺たちは馬車にクリスを乗せて、その周りを 四人で囲んだ状態で移動をしていた。 折角の馬車なのだから、全員で乗るのが いいと思うのだが……。 周囲の魔物への警戒も必要なのだと 力説されてしまった。 というか、ドラゴンに襲い掛かってくる 魔物とかいるのか……? 「はい、リブラちゃん。お水どうぞ」 「ありがとうございます」 クリスから水筒を受け取るリブラは、 相変わらず顔色一つ変えていない。 もしかしたら、こいつは暑さなど 感じていないのかもしれないな。 「クリス、俺にも水をくれないか」 「いいよ。直接がいい? 間接がいい?」 ……うん? これはどういう問いかけだろう? まあ、水が飲めるのならどっちでも構わないが。 「じゃあ、直接の方で」 「分かった。先生が直接口移しであげるねっ」 んー、と荷車の上からクリスが目を閉じて 顔を差し出してきて……って。 「なんでそうなるんだよっ!」 思わず、逃げるように数歩後ずさってしまう。 こいつはいったい、何を考えているんだっ! 「あ、ジェイさん。のどが渇いたんでしたら、 これをどうぞ」 俺たちのやり取りを耳にしてだろう、 ヒスイが水筒を渡してくる。 「悪い、助かる」 そうそう。クリスもこうやって、素直に渡してくれたら 何の問題もないんだ。 それなのに、あいつときたら一々 余計な言葉を挟みやがって。 内心で愚痴をこぼしながら、ヒスイから 受け取った水筒に口を付けた瞬間。 「ジェイくんは、ヒスイちゃんと間接だねっ」 「間接?」 「うん。間接キス」 「ぶふっ!?」 クリスのやけに楽しげな声が耳に届いて、 思わず吹き出してしまう。 口の中から鼻の方へと水が入ってしまい、結構痛い。 「子どもみたいなこと、言ってんじゃねえよ!!」 「でも、事実でしょ?」 確かに事実である。それは認めよう。 「は? え? あ……」 クリスの唐突な言葉に、目を白黒とさせていたヒスイ だったが、やがて頬を赤くしながら丁寧に頭を下げて。 「ふ、ふしだら者ですが……」 「それを言うなら、不束者だろ!」 「ていうか、このタイミングで不束者とか 言うのもおかしいだろ!」 まさかの二重ボケだった。 「クリスも、今更そんなこと言うなっ! 回し飲みくらい、もう何度もしてるだろ!」 「はっ! なんてことだ……既に、間接的に 私の唇は奪われて……」 「あ……でも……魔法使いなら……」 今度はカレンが顔を真っ赤にしながら、 口元を押さえて、肩を震わせる。 しまった! 変に飛び火してしまった!? 「落ち着けっ! まだ、セーフだ。大丈夫だ。 奪われてなんかいないから!」 「やーい、きちくー、おんなったらしー」 「面倒だから、便乗してくるなっ!!」 飛んできた平坦な声を、ツッコミで叩き落す。 どうして、こうなってしまった……。 ああ、そうか。この暑さが全て悪いのか。 「よし、お前ら。とりあえず一旦落ち着こう」 「は、はい……」 「そうだな……」 顔を赤くしていた二人が、ゆっくりと頷く。 からかいサイドだった二人は放置しておく。 あいつらは気にしない方がきっと正解だ。 「頭を冷やすためにも、どこかで一度休憩でも 入れたいところだが……」 ただでさえ肌の露出が少ない上に、 全身黒づくめな格好の俺である。 太陽の熱を余すところなく吸収して、かなり暑い。 そこに、一連のツッコミまで加わってしまい、 無駄に体力を消耗してしまった。 本気で、少し休みたいのだが……。 「あいにくと、休めるような場所は見当たらないな」 頬の熱を逃がすように大きく息を吐き出しながら、 カレンが残念そうに肩を竦めさせる。 「下手に足を止めるよりは、一気に抜けた方が いいかもしれませんね」 同様に、ヒスイも息を吐き出していた。 「……そうだな」 確かに休めそうな場所も見当たらない。 ちくしょう! なんだよ、ここ! 木が一本もないとか、不毛の地すぎるだろ! 俺にとって厳しすぎるわっ! 「……決めた。俺は、ここを変えてやる」 そうだ……。世界を征服した際には、 この地に木々を植えよう。 たとえどれだけの歳月がかかろうとも構わない。 「俺はいつか、この不毛の大地を、緑あふれる 豊かな大地へと変えてみせる!」 魔王の名にかけて、俺にとって 優しい世界に作り変えてやる!! 「あ、それは素敵な夢ですね」 「そうだな。みんなもそれを喜ぶだろう」 「ふふっ、ジェイくんの夢を叶えるためにも、 先生たちが頑張らないとね」 「はいっ! ジェイさん、一緒に魔王を倒して、 夢を叶えましょう!」 「おうっ! やってやるぜ!」 俺の野望に賛同してくれたみんなのためにも、 まずは張り切って魔王を倒さなければ――。 …………あれ? 「こうして、予言は成就するのでした」 やめろっ! 拝むなっ! 勢い任せにとんでもないことを口走ってしまったことは 分かる。だが、拝むなっ! 「それはそれとしまして」 俺の方へと歩み寄ってきたリブラがローブの端を 掴んで、くいくいと引っ張る。 それに応えるように顔を近付けた俺へと。 「そろそろ、死姫マーモンのテリトリーに入ります」 周囲に聞こえないように抑えた声で、リブラが囁く。 「……そうか」 しまった。そういえば、マーモンにこいつらを ぼっこぼこにさせる計画だった。 あまりにも暑すぎるせいか、うっかり忘れてしまっていた。 「さては、忘れていましたね?」 「わ、忘れてなんていないぞ。ちゃんと覚えていたぞ」 「そ、それより……マーモンはどこにいるんだ?」 「あそこです」 「……え?」 リブラが指差したのは、後方―― 俺たちが既に通過した場所だった。 何かいるようには見えないのだが……。 「よーく、目をこらして見てください」 「……ふむ」 言われた通り、指差された方向を 少し目を細めてジッと見ると――。 確かに、そこには誰かの姿があった。 「あんな所にいたのか。気付かなかったぞ」 「死姫マーモン。彼女は、魔王軍四天王の中で、 最も普通かつ地味な存在ですので」 「ちなみに、こちらに声を掛けていたのですが、誰も 気付かないままに素通りしていました」 「……本当か?」 「はい」 なんてことだ……まったく気付かなかった。 「フッ、この俺にすら存在を気取らせないとは……。 マーモン、流石は四天王と呼ばれるやつだ」 「あ、いえ、別に彼女の特殊能力ではありません」 「……は?」 「先程も言いましたが、彼女は四天王で 一番地味な存在です」 「つまり、ただ単に影が薄いだけです。 それも、誰も気付かないほどに」 「かわいそうなこと言うんじゃねえよ!!」 気のせいだろうか。よーく見ると、 マーモンの肩が震えているように感じる。 もしかして……こっちの話が聞こえているのだろうか。 だとすれば、悪いことをしてしまった……。 「だが、考えてみればこれはチャンスかもしれないな」 誰もがマーモンに気付いていないこのタイミング ならば、奇襲を仕掛けることが出来る。 それなら、こいつらを一網打尽することは簡単だ。 「……よし」 マーモンに向かって、こっちにこいと手招きをする。 「…………!」 俺の仕草を見て、マーモンの顔がパッと明るくなる。 よし。どうやら、こっちの意思は伝わったようだな。 ならば、後はサクッと奇襲をかけて、それで終わりだ。 クククク……。今に見ていろ、勇者どもよ。 貴様らの心、ここで折ってくれるわ。 さあ、マーモンよ。こいつらを背後より強襲するのだ。 「よくぞ来た、勇者たちよ!!」 マーモンが大声を上げると同時に、ドドーンと 周囲の砂が爆発したかのように舞い上がる。 「ええええええっ!?」 ちょ、え、あれ? 奇襲は? 俺の思惑は? 「きゃっ!?」 「何事だっ!」 「あらら。何か爆発しちゃったね」 今まで、まるでマーモンに気付いていなかった3人が、 一斉に振り返る。 ああ、だよな。やっぱり、そうなるよな。 そりゃ気付くよな。 なんで、奇襲しなかった!! ちくしょう!! 「あなたたちのことは聞いています。 魔王様のお命を狙うなど、この私――」 「魔王軍四天王の一人、『死姫・マーモン』が 許しませんっ!」 堂々と胸を張って宣言するマーモンの顔は、 何故かとってもいい笑顔だった。 「あいつ、なんであんなに嬉しそうなんだ?」 「多分、気付いてもらえたからでしょうね」 ああ……なるほど。そうか……。 じゃあ、しょうがないな。 「魔王軍四天王、だと……っ!?」 「どうやら、先生たちのことは魔王に 知られちゃってるみたいだね」 うん。まあ、よく知っている。 「うぅ……魔王様や他の四天王たちに砂漠に 忘れ去られて、どれくらいでしょうか……」 「ようやく……日の目を見る時が来ました……」 なんて、不憫なやつなんだ。思わず同情してしまった。 というか、大事な四天王を忘れるなんて、 親父殿はお茶目すぎるだろう。 「彼女が嬉しそうでなによりです」 「本当にな……」 なんか……あそこまで嬉しそうにされると、 もう何も言えなくなってきた。 「あなたたちの旅はここで終わりです。 勇者ヒスイと、その仲間たちよ!」 「死姫・マーモン。この名を抱いて、 冷たい骸と成り果てるがいい!」 こいつ……なんてノリノリなんだ……。 「きっと、一人っきりで今のセリフを 何度も練習したのでしょうね」 「やめろ……それ以上は、もう言うな……」 そろそろ涙すら出そうだった。 「いいえ。わたしたちはこんな所で 足を止めるわけにはいきません」 「正義のため、世界の平和のため。 わたしたちは必ず魔王を倒してみせます」 「そのような世迷言は、私を倒してからに してもらいましょうか」 「言われずとも。行きましょう、 カレンさん、先生、ジェイさん、リブラちゃん!」 「ああ……そうだな」 本当なら、もっと喋らせてやりたいのだが、マーモンの 嬉しそうな顔を見続けるのもそろそろ限界が近かった。 主に、俺の涙腺の。 「かかってきなさい!」 「いきますっ!」 『マーモンが いっぴき あらわれた』 「さて、ここで改めて説明をしておきましょう」 「基本、わたくしは直接戦闘に参加いたしません。 情報解析が主な役割です」 「急にどうした?」 どうして、こいつはいきなり説明を始めたのだろうか。 「いえ、そのようなタイミングかと思いまして」 「チュートリアル的に」 「そ、そうか」 よく分からないが、とりあえず納得しておくとしよう。 「リブラちゃん、敵の情報は分かりますか?」 「はい。相手は強い土属性の持ち主です。同属性の 攻撃に対して、強い抵抗力を持つでしょう」 「なるほど。土属性か」 「注意していこう」 「といった仕事をいたします」 「……そうか」 だから、どうしてそれを俺に説明するのだろうか。 「よし、皆さん。相手は強敵です。 ここは、頑張りましょう!」 『さくせんが ぜんいんがんばる にへんこうされました』 「頑張る? その程度で力の差を覆せると――」 「思いましたかっ!!」 マーモンの体から流れ出る禍々しい魔力が集まり、 竜の形となって具現化する。 「あれは……っ!?」 「高位の魔族が持つ特異能力だ」 「知っているのか、魔法使い!」 ……あ、しまった。ついつい、うっかり 口に出してしまった。 ま、まあ、いい。このまま物知りな お兄さんとして解説を続けておこう。 「ああ。俺も実際に見るのは初めてなんだが……」 「力のある魔族は、力を解放すると魔力が ああいう風に実体化をするんだ」 「そうなんだ。ジェイくん、詳しいね」 「昔、目を通した本にそういう記述が たまたま載っていただけさ」 実際に戦ってみると分かることだし、今の段階で こいつらに説明したところで問題はないだろう。 どのみち、リブラが説明もしただろうし。 「補足いたしますと、あの竜は彼女の魔力であり、 彼女の力の象徴です」 「あの竜への攻撃が、そのまま 彼女のダメージとなります」 「つまり、あの竜を狙えばいいってことですか?」 「その通りです」 ほら、やっぱり。 こいつは自分でも本質が道具であるというだけに、 誰かの疑問には答えてしまうからな。 「さて、どうやら話は終わったようですね」 「それでは、こちらから行きます!」 『マーモンの こうげき』 「きゃっ!?」 『ヒスイに かなりの ダメージ』 マーモンの一撃で、ヒスイがあっさりと弾き飛ばされる。 ほう。中々のパワーだな。 「攻撃もあの竜が行うのか……なんて力だ!」 「土の四天王でパワータイプかあ……。 噛ませ犬っぽい感じがするよね」 土の四天王。パワータイプ。斧を持っている。 ……何故だろう、急に不安になってきた。 「か、噛ませ犬なんかじゃありませんっ!」 いかん、いかん。部下であるマーモンが一生懸命に 頑張っているんだ。魔王である俺が信じずにどうする。 部下を信じて、俺も頑張ろう。 さて、今、俺がやるべきは適度に手を抜きつつ、 それをヒスイたちに悟られないことだ。 ヒスイたちの足を引っ張って、マーモンに勝たせる。 そのために、何をするか、だが……。 『どうする?』 「“湧き上がる死の滾り” シャドウ・ベール」 「いくぞっ! 一撃で叩き伏せる!」 『ジェイと カレンの どうじこうげき』 『カレンの やいばに やみのまりょくがやどる』 ……あ。適当に攻撃を仕掛けたら、カレンと 同じタイミングになってしまった。 しかも、カレンの攻撃が強化されてしまったらしい。 ど、どういう理屈だ!? 「くうっ、いきなり連携攻撃ですか」 『マーモンに そこそこの ダメージ』 「私の攻撃に合わせてくれたか。流石、魔法使い」 「お、おう……まあな」 まったくの偶然だが、そういうことにしておこう。 「二人は仲良しさんだね。“聖天の灯火”」 『クリスは じゅもんを となえた』 『ヒスイの HPが かいふくした』 「ありがとうございます、先生」 「わたしも、負けていられませんっ!」 『ジェイは みのまもりを かためた』 さて。ここは防御でもして、双方の様子を 見ておくとするか。 「力の強い敵相手にはまず様子を見る。 ジェイくんは堅実だね」 「たまには先生も頑張ってみようかな。 祝福された聖なるメイスっ」 ええええっ!? クリスがいきなり鈍器で殴りかかった!? 『クリスの こうげき』 『ひっさつのいちげき マーモンに それなりの ダメージ』 普通に攻撃して、通用している!? 「鈍器っていうのは便利な武器でね。 防御するのがとっても難しいんだ」 「だって、どこを叩いても一定の効果はあるから」 とてもにこやかな笑顔で、クリスが 恐ろしいことを口にする。 剣や槍なども怖いが……鈍器も、結構 恐ろしい武器なんだな……。 「すごいです、先生っ」 『ヒスイは かいふくそうを つかった』 『ヒスイの HPが ちょっと回復した』 「ほら、ヒスイ。これを使え」 『ジェイは かいふくそうを つかった』 「……え?」 入れ物から回復草を取り出した瞬間に、消えた……? 『ヒスイの HPが ちょっと回復した』 「ジェイさん、ありがとうございます!」 「お、おう」 あれ? ヒスイが回復してる? ……ま、まあ、いい。世の中、 そういうこともあるのだろう。 「よし。いくぞっ!」 『カレンの こうげき』 『マーモンに そこそこの ダメージ』 む。どうやら、カレンの剣は それなりに通用するようだな。 あまり攻撃させてはまずいか……? 「ふふふ。しかし、この程度の傷」 「はぁぁぁっ!」 『マーモンの じこさいせい HPがぜんかいになった』 「私の超再生能力の前では、無意味です!」 「超……再生能力!?」 「なるほど。つまり、どういうことだ?」 「なんで、なるほどって一度頷いたんだよ」 「勝手に傷が回復するってことだね」 「その通りです」 流石は魔王軍四天王にして、土の魔将。 こんな、すごい能力を隠し持っていたとは。 これは期待出来る! 超回復能力の前には、ヒスイたちも無力だろう! 「ふむ。よく分からないが、とても 頑張って斬ればいいのだろう?」 「そうです! 回復が追い付かないくらい 攻撃すれば、大丈夫なはずです!」 「それじゃ、押せ押せでいこう!」 『ヒスイたちの れんぞくこうげき』 『マーモンに だいだげきな ダメージ』 三人がかりの一斉攻撃を、マーモンは 仁王立ちしたまま、まともに受ける。 防御する素振りは一切見せず、その顔には 自信に満ちた笑みさえ浮かべていた。 「無駄、無駄、無駄、です!」 『マーモンの じこさいせい HPがまんたんになった』 その自信を裏付けするのは、マーモンの超回復能力。 すごい、すごいぞ、マーモン! 「くっ……い、一体、どうすればいいんだ……っ」 嬉々として、ピンチに追い込まれて迷う演技をしておく。 「ノリノリですね」 リブラがぼそりとツッコミを入れてくるが、 適当に聞き流しておく。 「ふっふっふ。更なる絶望を与えましょう」 「さ、更なる絶望だって!?」 まさか、まだ隠し玉があるというのか? こいつ、どこまで俺を喜ばせてくれるんだ。 「ジェイくん、三下っぽーい」 ぬぐう……!? こ、この俺が三下だと!? 調子に乗って驚きすぎてしまったか……。 少し控えておこう。 「何をするつもりですか……?」 「変身、です」 「変身だって……!?」 『マーモンのからだに まりょくが あつまる』 『なんと マーモンが へんしんした』 「あれ? 見た目は変わってないよね」 確かに、一見何も変わったようには見えない。 「よく分からないが、とりあえず斬る!」 『カレンの こうげき』 『マーモンに かすりきずていどの ダメージ』 「なに……!?」 「カレンさんの剣が通用しない!?」 「ふふふ。甘い、甘すぎます、勇者たちよ」 「私の二つ名は〈死姫〉《しき》……その名の通り、 今の私はアンデッドモードです!」 「アンデッドモード……!」 「マーモンに不死属性が追加された模様です。 全ての攻撃に対する耐性が強化されています」 「ほ、本当ですか!?」 「耐性が強化されたうえに、超回復能力か ……ちょっと厳しいかもね」 「それだけではありませんよ!」 『マーモンは どくのいきを はきだした』 「ふーっ、ふーっ」 いやいや、攻撃するのは竜だろ。 お前が一生懸命息を吹きかける必要ってないぞ。 『ヒスイたちに どくどくしい ダメージ』 「うっ、こ、これは……」 「くさい……です……」 「……これはかなりくさいね」 「この臭気は、有毒物質の臭いと一致します」 確かにくさい。 どうやら毒気を含んだブレスのようだが……こう、なんだ。 もうちょっと慎みをもった攻撃方法もあるだろうに。 「うぅ……」 案の定、マーモンは軽くへこんでいるようだ。 「い、いいですっ、ちょっとくらいくさくてもいいです。 私が勝つんですから!」 「超回復とアンデッドモードの組み合わせ、 破れるものなら破ってみなさい!」 『マーモンの じこさいせい』 そうだぞ、マーモン。大事なのは勝つことだ。 勝ちさえすればよかろうなのだ! 「………ぐふぅ!」 『マーモンに とんでもない ダメージ』 ……え? ど、どうしたんだ? 「ふむ。どうやら、アンデッドモード中に超回復して しまったために、大ダメージを受けたようですね」 「……は?」 「あ、そうか。アンデッドは回復魔法で ダメージ受けちゃうしねっ」 そ、そうなのか……? ということは、マーモンは……自滅した? 『マーモンの へんしんが とけた』 なんだ、それえええええっ!? 自爆した挙句に変身解けたらどうするんだよ! 一気に大ピンチじゃねえか!! 「チャンスです!」 あ、ま、まずい。このまま攻撃されては、まずい! ヒスイたちが攻撃をする前に止めなければ! 『どうする?』 「ヒスイッ!」 ヒスイに攻撃しないように指示しようと名前を呼ぶ。 「はいっ!」 だが、俺に名を呼ばれたヒスイは元気に 返事をしながら駆けだしていた。 「え、ちょっと、待て!?」 もしかして、攻撃しろっていう呼びかけだと思ったのか? そ、そんなことはない! そんなことはないぞ! 攻撃を止めさせたいんだ! 「これで、終わりですっ!」 『ヒスイの こうげき』 『ひっさつのいちげき! マーモンに とどめになる ダメージ』 ……あ。 「くっ、カレン!」 カレンの攻撃を邪魔しようと、 剣に向けて闇の魔力を打ち放つ。 「ああ、受け取った!」 カレンの剣に当たった闇が破裂する。 その魔力の残滓をカレンの剣がまとい…… って、まるで援護じゃないか、これだと! 「これが最後の一撃だっ!」 『カレンの こうげき』 『ひっさつ! マーモンに もうむりな ダメージ』 ……ああっ!? 「クリスッ!」 と、その名を呼んだところで、ふと疑問が頭を過る。 どうやって邪魔すればいいんだろう? ど、どうしよう。クリス相手には、何をやっても 失敗する図しか想像出来ない! 「じゃあ、最後はちょっと派手にいくねっ」 「“審判の散弾”」 『クリスは じゅもんを となえた』 『マーモンに たおれるくらいの ダメージ』 「そ、そんな……私が負けるなんて……!?」 『マーモンを たおした』 「きゅー……」 「やりましたっ! 正義の勝利です!」 いや、まあ、勝ったというか負けたというか、 マーモンが自滅したというか……。 ともあれ、重要なのは四天王の一人であるマーモンが、 勇者一行にやられてしまった、ということだ。 「…………」 砂の中に埋もれるように倒れ伏すマーモン。 この光景は、紛れもなく現実である。 「どうですか、ジェイさんっ!」 「あ、ああ……強くなったな」 本当にそう思う。 最初に見た時は、スリーミーに負ける程度でしかなかった はずのヒスイが、四天王と渡り合えるようになっている。 いくら三人がかりだったとはいえ、 それを差し引いても恐るべきことだ。 通常では考えられないような、 脅威的なペースで成長している。 「しかし、四天王ということは、腕の立つやつが 残り三人もいるということか」 「カレンちゃんは、腕が鳴るってところかな?」 「ああ、そうだな」 そして、それはこの二人も同様だ。 俺が知らない間に、着実に腕を伸ばしている。 このまま順調に進めば、いずれは俺を 倒せるようになるかもしれない。 そして、それは、そう遠い未来の話ではない。 「……っ!」 そう考えると、背筋に寒いものが走った。 「お、おのれ……覚えておきなさい……」 うめくような言葉を残して、マーモンの姿が 砂の中へと沈んでいく。 「もう戦う力は残っていないようですね。彼女が 力を取り戻すまでには、時間を要するでしょう」 その様子を眺めながら、リブラが説明を入れる。 ……ん? あれ? 勇者に負けたからといって、 必ずしも死ぬってわけじゃないのか。 戦う力を失う。そのくらいで済む場合もあるのか。 ということは、俺も……? 「いえ、あなたはきっちりと殺されます」 「心を読んだかのように、言うなっ!!」 なんてことだ。この世には夢も希望もないのか。 俺が魔王だからといって、それは不公平ではないだろうか。 「さて、強敵にも勝てましたし、 皆さん気合を入れて行きましょう!」 「ああっ!」 「おー! だね」 気合を入れ直す三人を見ながら、先ほど感じた不安を 拭い去るように首を横へと振る。 例え、マーモンが負けたとしても、四天王はまだ三人いる。 それに、こいつらの旅を妨害する手が尽きたわけではない。 「まだ、大丈夫だ。次の手を楽しみにしているといい、 勇者たちよ……」 決して三人には聞こえないように、と 細心の注意を払いつつ。 俺は俺で、小さく呟きながら、 改めて気合を入れ直すのだった。 「さて、この辺りだったか……」 ヒスイたちとは離れて、一人で砂の海を歩く。 確か、この辺りにマーモンが沈んでいったはずだが。 「すー……すー……」 「起きろっ!」 ずぼっと砂の中に手を突っ込む。 そのまま、襟首の辺りを掴んで、砂の中で眠っていた マーモンを引っ張り出す。 「な……やややややっ!? な、なにごとですかっ!?」 「反省会だ」 襟首から手を離すと、砂の上にぽすっと マーモンが座り込む。 「は、反省会……?」 「って、あなたはさっき、勇者と 一緒にいた魔法使いっ!」 「それは世を忍ぶ仮の姿だ」 抑え込んでいた力をゆっくりと解放する。 放出された魔力が、俺の傍らにゆっくりと 竜の像を描き上げる。 「はひっ!? こ、この魔力……もしかして、 あなたが新しい魔王様……?」 我が力を目の当たりにしたマーモンが、 ビシっと正座をして背筋を伸ばす。 「まったく……四天王ともあろう者が、 俺に気付かないとはな」 「あぅぅ……す、すみません」 「だ、だって、魔王様……特徴なかったから……」 「お前が言うなっ!!」 「ひぇぇ……ご、ごめんなさいーっ!」 よりによって四天王で一番地味と言われるやつに、 特徴がないとか言われてしまった。 これは地味にショッキングであると同時に、四天王にすら 気付かれずに上手く紛れ込んでいるということにもなる。 ここは、そういう風にポジティブに考えておこう。 「それはいいとして……お前、どうして あの時、奇襲をかけなかった?」 「あの時……?」 「俺が一生懸命ジェスチャーしてただろう。あの時だ」 「ああ、あれですね」 ぽむ、と納得いったようにマーモンが手を打ち合わせる。 「気付いてもらえたのが嬉しくて……つい……」 「嬉しいって、お前」 「だって……今まで、ずっとここに 放置されていたんですよ……」 「たまに通る人がいても……私にはずっと 気付かないで素通りしてましたし……」 まあ、実際に俺たちも一度は素通りしたわけだしな。 なんて不憫なやつなのだろう……。 「酷い時なんて、通りがかった馬車に跳ねられたり……」 「よく頑張ったな」 「……えっ?」 頭で考えるよりも早く、俺の腕は勝手に動いていた。 目の前のマーモンの体を強く抱きしめる。 「あ、あの……ま、魔王様……こ、これは……」 腕の中で、マーモンが困惑の声を上げた。 こうして、いきなり抱きしめられたのだから当然だろう。 「つらい思いをさせてすまなかった」 世の中、頑張ったやつが必ず報われるとは限らない。 マーモンの姿に思わず自分の姿を重ねてしまい、 強い同情の念を抱いてしまう。 「え? あ……そ、そんな……」 「これが……私に与えられた仕事です……から……」 顔を俯かせながら殊勝な言葉を紡ぐ マーモンの頭をぽんと撫でる。 「俺が魔王になったからには、お前に  不憫な思いはさせないからな」 「約束する」 「ま、魔王様……!」 感極まった様子で、マーモンが俺を見上げる。 その目には、涙すら浮かんでいた。 「私みたいな者のために、ありがとうございます」 「お前は大事な部下だからな。  大事にするのは当たり前だ」 「だ、大事な……?」 俺の言葉に、マーモンの頬の赤みが深まる。 「ああ、そのとおりだ」 「わ、私が……大事……」 チラ、とマーモンが俺の顔を見上げて。 「ありがとうございます」 控えめに、にこりと微笑む。 「落ち着けたか?」 「はい……って、あわわわわ」 小さく頷いた後で、マーモンが突然慌て始め。 抱きしめられていたことを今更思い出したかのように、 あたふたと腕の中から逃げ出す。 「す、すみませんっ! 失礼な真似をっ!」 「ああ、いや、気にするな。俺からやったことだからな」 俺の行動が原因だというのに、マーモンが 何度も深々と頭を下げる。 これ以上、何か声をかけてもマーモンは 慌てるだけだろうな。 「それよりも、今はゆっくり休め。ダメージも  まだ残っているだろうしな」 「あ……は、はい、ありがとうございます」 もう一度、改めて大きく頭を下げてから、 マーモンの体が砂の中に沈み込んでいく。 その様子を見送っていると。 「あ、あの、魔王様っ」 マーモンが意を決したように、口を開いた。 「うん? なんだ」 「私、魔王様にずっと付いて行きます。  ずっと、ずっと付いて行きますからっ」 「絶対に、お約束しますからっ!」 最後に、マーモンは満面の笑みを浮かべて。 砂の中へと消えていった。 「ふぅ……」 多少、熱くなりすぎたような気が しないでもないが……。 「どうにも、放っておけないやつだな」 あいつのことはこれからも気にかけておいてやろう。 砂の海を眺めながら、俺はそう思わざるをえなかった。 「分かった! もういい! お前のことは許す!」 駄目だっ! 俺に、こいつをこれ以上 責めることなんて出来ないっ! 「今はゆっくり休め。いいな、分かったな!」 「あ……は、はい。ありがとうございます」 世の中はなんて無常なのだろう。 砂の中に戻るマーモンを見送りながら、 俺はそう思わずにはいられなかった。 「やっと、砂の海を抜けましたね」 「ああ……長く、そして過酷な旅だった……」 見渡す限り、砂! 砂! 砂! の景色が ようやく終わる。 周囲に広がっているのは、見慣れた草原。 そう、とうとう俺たちは砂の海を 越えることが出来たのだった。 「まだ、旅は終わってないぞ」 「あはは。でも、気持ちは分かるよね」 「ええ。大変な道のりでしたし」 「お前ら、交代で馬車に乗り続けていただろう」 「先生とリブラちゃんは体力に自信がないから」 俺だってないわ! と声を大にして言いたかったが、 それはそれでかっこ悪いのでぐっと我慢しておく。 「いずれ、見栄で身を滅ぼすタイプだと見ました」 「くっ……」 たった今、そんなことを思ってしまったために 何も言い返せない。 こいつは、まるで俺の心を計ったかのような タイミングで口を挟んでくるよなあ……。 「ま、まあ、ともあれ。全ては終わったことだ。 過ぎ去ったことは過去の思い出として流そう」 「問題は、ここからどうするかだ」 女王エルエルからは、砂の海を越えろと しか伝えられていない。 そのため、ヒスイたちがここからどういうルートを 辿って俺の城を目指すのかが不明だ。 咄嗟にその場で手を打てないでもないが、 それでは十分な対策が練れない。 ここから、どう進むのか。それを今のうちに はっきりさせておいた方がいい。 「んー、そうですね」 地図とにらめっこしながら、ヒスイが首を捻って考え込む。 さあ、いったいどういう道を選ぶ……? 「一回、アワリティア城に戻りましょう」 「はあああああっ!?」 ヒスイの口から出てきたのは、とんでもない提案だった。 「ちょ、え、ま、待て。戻るのか……? ここから……?」 「はい。砂の海を越えろ、という神託を無事にクリア しましたので、新しい神託があるかもしれません」 「あ。それは十分ありえる話だね」 「だな。そうしよう」 「いやいやいや、待て! 戻るって、 どうやって戻るつもりなんだ?」 「歩いてです」 実にあっけらかんと、ヒスイが答える。 さも、それが当然であるかのようだ。 いや、まあ、それしか交通手段がない以上、 歩いて戻るしかないんだが! 「ちょ、おま、ええええっ!?」 「また、砂の海を越えるのかっ!?」 「はい。レベル上げもしたいですし」 二重の意味で勘弁してくれっ!! 歩いて戻るのも、こいつらのレベルが上がるのも どちらとも勘弁願いたいところなのだが。 「さて、それじゃ戻るか」 「レベルがたくさん上がるといいね」 うわぁ……やる気になってらっしゃる……。 「これは付き合うしかないようですね」 ぽつり、とまるで他人事のようにリブラが告げてくる。 まあ、お前は馬車に乗るからいいかもしれないけどな! 「それとも、ここで別れますか……?」 「うぐ……っ」 それだけは避けたいところだ。 ここで、こいつらと別れてしまっては、動向を近くで 見張ることが出来なくなってしまう。 こいつらの成長速度を見る限り、目を離すのはかなり怖い。 「……ヒスイッ!」 「はい」 「気合を入れて、戻るぞっ!!」 「はいっ!」 俺のヤケ気味な声に、ヒスイが元気よく返事をする。 こうして、俺は越えたばかりの砂の海を、 また引き戻すことになったのだった……。 サブイベントが発生しました! 『山奥の村』 サブイベントへ 旅路を急ぐ 「あ、ジェイさん」 「楽しそうにやってるな」 「はいっ、海で泳ぐなんて久しぶりですからっ」 そう言いながら、笑うヒスイは本当に楽しそうだ。 心なしか、いつもよりも笑顔がまぶしく見える。 「そうなのか?」 「はい。以前は、家族と一緒に来たことが あるんですけど」 ヒスイの顔に浮かんだのは、曖昧な笑顔だった。 ああ、そうか……。こいつは、確か親父殿が 滅ぼした王家の生き残りだったな。 普段は、まるでそんなことを口にしないから、 すっかり忘れてしまっていた。 「そうか……」 「今は、皆さんがいてくれるから平気ですよ」 俺の歯切れの悪い返事から、何かを察したのか どうかは分からない。 ただ、静かに微笑むヒスイはどこか大人びて見えて。 王家の生き残りであるということを納得させるような、 高貴さすらにじませていた。 「ありがとうございます、ジェイさん。 心配してくださって」 「別に……心配なんてしてないぞ」 「ふふ。じゃあ、そういうことにしましょう」 まるで俺の内心を見透かしたかのような言葉。 俺は時々……ああ、いや、常にこいつが 何を考えているのか分からない。 俺を……魔王を倒すという信念はどこから来るのだろうか。 正義感や使命感を持っているのは分かる。 だが、そこに復讐心はないのだろうか。 家を滅ぼした相手に対して、負の感情は 覚えないのだろうか。 「何を考えているんですか?」 負の感情がない人間などいないだろう。 だが、目の前のこいつから感じるのは常に明るく、 前向きな心根ばかりだ。 まあ、時々はそれが行き過ぎるわけだが。 「お前のこと、かな」 あるいは、負の感情を持ちえずに、ひたすら前向きな心 だからこそ勇者として選ばれたのかもしれない。 だが、それは果たして健全と言えるのだろうか。 俺には分からない。 そんなことに気を取られながら、上の空で返す。 「え? あ、その、ありがとうございます」 だから、こいつがなんで少し照れているのかが、 分からなかった。 「え、えっと、その、ジェイさんも、 一緒に遊びましょう!」 「ああ……そうだな」 ヒスイへと鈍い返答をしながら、頭の中から 今まで考えていたことを追い払う。 余計なことは考えなくてもいい。大事なのは、こいつが 勇者であり、俺の敵である。ただ、それだけだ。 いかに、旅を諦めさせるのか。それを考えろ。 「じゃあ、行きますよっ!」 「って、ちょっと待て。いきなり走るなっ!?」 どうして、余計なことを考えてしまうのか。 その答えを自分の中には見いだせないまま。 ヒスイが急に駆け出したことに、バランスを 崩して思わず転びそうになりながら。 今しばらくの間、ヒスイと一緒に 波と戯れることにしたのだった。 「む。何か用か? 魔法使い」 「いや、用っていうほどではないんだが……」 ひとまず、カレンに声をかけてみたのだが……。 いきなり警戒するかのように距離を離されてしまった。 「何故、逃げる」 「い、いや、その、な」 「近くで見られると……恥ずかしいだろ……」 「ああ、そうか。なるほど」 そういえば、こいつはこういう奴だった。 しかし、見るなと言われれば、ついつい見てしまうのは 魔王である俺も同じことで。 「……ふむ」 「見るな!?」 カレンが自分の体を庇うようにしながら後ずさる。 しまった、このままではカレンとの間に 亀裂が入ってしまう。 俺の思い通りに勇者一行を動かすためには、 ここで仲違いするわけにはいかない。 軽くフォローしておくとしよう。 「カレン。戦闘において必要となるのは、観察眼だ」 「そ、それがどうしたっ!」 「魔法使い……つまり、後衛である俺は 状況を把握しておかねばならない」 「そのため、ついつい色んな物を観察する癖が 付いてしまったんだ」 「つ、つまり、どういうことだ?」 「いつもの癖で、お前の水着姿をじっくりと 観察してしまった、ということだ」 ……あれ? これって、フォローになってるのか? 「そ、そういうことか。だったら…… しょうがないな。うん」 あ、通用した。 こいつはたまに楽な時があるな。本当にたまに、だが。 「しかし、別に恥ずかしがる必要もないだろ。 普段の格好とあまり変わらないわけだし」 マントや装飾品などを取っただけ、にも 思えるのだが……何か違うのだろうか。 「い、いや、あれには理由があるから しょうがないんだが……」 「水着は……少し、特別というか……」 水着を恥ずかしがっているのはよく伝わってきた。 だが……理由があるとはどういうことだ。 「どんな理由があるんだ?」 「ああ。私は、防具を扱うのが苦手でな。 軽装しか出来ないんだ」 「軽装しか出来ない? あんなに 大きな剣を使えるのにか?」 「武器と防具は別物なんだ」 「そ、そうか」 自分で言うのもなんだが、俺みたいに非力なやつが 重い防具を装備できないのなら理解出来る。 しかし、カレンは戦士だ。力も十分にある。 だが、防具を扱うのが苦手だから軽装……? 武器ならまだしも、防具にも 得手不得手というものがあるのか? うぬぬ。人間の生態とは、良く分からないものだ。 「というわけでだな。こう……あまり、 見ないでくれると助かる……」 ……ん? ああ、そういえば、そんな話をしていたな。 「その……見ても面白いものでもないだろうし、な」 「そうか? 普通に綺麗だと思うが」 恥ずかしいのは分かるが、そこまで 謙遜するものでもないだろう。 そう思って、軽い口調で言ってみたのだが。 「な……っ! くぅぅぅ……っ! こ、こら、魔法使いっ!」 しまった。これでも、駄目なのか。 「…………ありがとう」 「え……? あ、ああ、どういたしまして……」 てっきり文句を言われるとばかり思っていたが、 カレンが口にしたのは控えめながらもお礼の言葉で。 虚を突かれて呆然とする俺を尻目に、カレンは 砂浜を歩いて行ってしまう。 ありがとうってどういう意味だろう、と。 俺は一人で考え込んでしまうのだった。 「というわけで、ジェイくん。 先生の水着姿なんだけどー」 「あ、すみません。視界に入らないでいただけますか?」 思わず敬語になりながら、ゆっくりと視線を逸らす。 白い砂浜、青い海――。 実に心が安らぐ風景だ。 「ねえねえ。ジェイくん、ジェイくん」 「あ、すみません。自分、空を見たいんで」 空は高く、どこまでも広い。 あの雲の上に親父殿はいるのだろうか? 親父殿のことだ。きっと、かなりの ヤンチャをしているに違いない。 久しぶりに親父殿への書面をしたためてみるのも いいかもしれない。 ……うん、そうしよう。 「ジェイくんってば!」 「うおおおおおっ!?」 今、首から変な音がしたっ!? 「流石の先生も、3回も無視されたら怒るからねっ」 「まだ2回しか無視してないだろっ!」 「あれ? そうだっけ?」 こいつ……絶対に、気付いてやっているに違いない……! 「そんなことより、水着だよ。ジェイくん」 「どう? 先生、似合ってる?」 「あー、いや、その、なんだ……」 似合っているかどうか尋ねられても……困る。 もはや、水着というよりもヒモの方に近い。 布地で隠れている面積が圧倒的に少なすぎる。 「に、似合ってる……んじゃないか?」 そっと目を逸らしながら、答える。 「ジェイくん、思春期っぽーい」 しかし、まわりこまれてしまった。 なんてことだ。俺に逃げ道はないというのか。 「誰が思春期だ、誰が!」 「だって、水着姿を直視出来ずに目を逸らすなんて、 思春期っぽいじゃない」 「そ、それは確かにそうかもしれないが……」 「というわけで、ジェイくんが無事に思春期を卒業 出来るように、改めて水着の感想が欲しいなっ」 「それは俺じゃなければ、駄目なのか?」 「うん。だって、ジェイくんに 見せるために買ったんだし」 「そ、そうなのか……?」 俺に見せるためってどういう意味だ。 思わず、警戒してしまいそうになる。 「誰かに見てもらうことで、女の子は綺麗になるんだよ」 「だから、ちゃんと見てね?」 「あー、うん、まあ、うん……」 そこまで言われたら、少しは見てやった方がいい気がする。 うん。ちょっとくらいなら、ちゃんと見てやろうか。 「善処する」 「ふふっ、ありがとう」 「奮発して、この水着にした甲斐があるよ」 「奮発……? もしかして、結構高かったりするのか?」 「うん。えーっと……68000Zだったかな」 「はぁっ!?」 ろ、ろくまんはっせんゼニドル!? なんで、こんなヒモみたいな水着がそんなに高いんだ!? 「たまには、これくらいぜいたくしてもいいよね?」 「ぜいたくってレベルじゃないぞ!!」 「まあまあ、たくさん見てもいいから」 「俺が、そんなことで誤魔化せると思うなよ!」 「じゃあ、触ってもいいよ?」 「じゃあ、ってなんだよ!」 「簡単に触ってもいいとか言ってんじゃねえよ!」 「ジェイくん、頑固なお父さんっぽーい」 くすくすと笑いながら、クリスが自分の腕を 俺の腕へと絡ませてくる。 「なっ、ちょ、お、おいっ!?」 「まあまあ、そんなことより折角だから遊ぼうよ」 ぎゅっと、俺の腕に胸を押し付けるように…… というか、明らかに自分から胸を当ててきている。 「ぐっ……!」 「くすくす」 思わず顔に熱さを覚える俺を見て、 クリスは小さく笑いながら。 そのまま、俺の腕を引っ張って歩き出すのだった。 「今日は楽しかったですねっ」 「ああ。いい気分転換になったな」 「明日には船の準備も出来るみたいだし」 「海の冒険に出発ですっ!」 辺りが茜色に包まれていく中、勇者と その仲間たちが決意を新たに固める。 「明日から、また頑張っていきましょう!」 「ああっ」 「うんっ」 太陽が、再び顔を出す時、この旅は新たな段階へと進む。 次はどのような手を打てばいいのか。 俺には、まだ浮かばないまま。 「それじゃ、宿に戻りますよ」 「ああ、ちょっと待て。ちゃんと 二部屋取ってあるんだろうな?」 「一部屋ですけど?」 「ですけど? じゃないだろ!」 「何か問題あるの?」 「問題しかないわっ!」 「しかし、予算の都合もありますので」 「ない袖は振れない……ってことか……」 「わ、私だって恥ずかしいんだから……我慢しろっ」 よし。今日は廊下で寝よう。 沈みゆく夕日にそう誓う俺の明日はどっちなのか。 今はまだ、誰にも分からないのだった……。 サブイベントが発生しました! 『病とパジャマ』 サブイベントへ 旅路を急ぐ 「天候良し、風向きも良しっ!」 どこまでも広がる青い海を指差した ヒスイの元気な声が響き渡る。 「食料の準備も万全だ」 港で買い込んだ荷物を軽く叩きながら、カレンが応じる。 「水着の準備もバッチリだよっ」 何故か、水着に着替えたクリスが明るく片手を上げる。 「お前は服を着ろっ!」 即座に俺のツッコミが冴え渡る。 「ツッコミの切れ味も申し分ないようです」 リブラが淡々と、どうでもいい報告を行う。 「それじゃ、皆さん、準備万端ですね!」 「あ、大事な準備がまだだよ」 ピッと人差し指を立てながら、クリスが にこやかに口を挟む。 「ん? 何かあるのか?」 「とーっても、大事なことを忘れてるよ」 こいつが楽しげに言うということは、 きっとどうでもいいことなのだろうな。 そんな予感がひしひしとしてきた。 「どうせ、ろくでもないことなんだろ?」 「ジェイくんは、もう少し先生を 信じるべきだと思うんだよ」 「服を着たら、少しは信じてやってもいいが」 「もう、ジェイくんったらマニアックなんだから」 「なんで、そうなるんだよっ!」 何故か、クリスが赤くなった頬に手を添える。 「ジェイさん、マニアックなんですか?」 「ピュアな瞳で、尋ねるなっ! 違うからっ!」 きょとんとした顔で聞かれると、何か俺が悪いことでも しているみたいな気になってくる。 別に何も悪いことなんてしてないし、 そもそもマニアックでもないのだが。 「ま、魔法使い……やっぱり……」 「やっぱりなんだよ! 言ってみろよ!」 こいつ、絶対分かってないくせに、 雰囲気だけで照れてやがるな。 確実に、そうだ。どうせ、そうだ。 「マニア談義はさておきまして、大事なこととは?」 こういう時、適当に流すリブラの存在がたまにありがたい。 余計なツッコミで体力を浪費せずに済むからだ。 「船の名前を、まだ決めてないよ」 クリスが得意げに口にしたのは、そんな どうでもいいことだった。 「ジェイくん、どうでもいいとか思ってるでしょ?」 「ああ。かなり思っている」 別に船に名前があろうとなかろうと、 どうでもいいことじゃないか。 名前を付けなかったからと言って、 船が沈むわけでもあるまいし。 「とんでもない。名前は大事ですよ」 「む……?」 意外にも、リブラが俺の言葉に反対の意を示してくる。 「名を与えられることによって、物は 単なる道具から一歩踏み出すのです」 「その結果、道具の在り方すらも 変わることだってありえます」 ああ、なるほど。 人の形をしているが、元を辿ればこいつは魔道書 ――つまり、道具だったな。 であれば、こいつがこだわるのも分からないでもない。 「世に名だたる名剣も、その名に応じた力を 持つというしな」 「愛着も沸きますしね。よーし、みんなで 船の名前を考えましょう!」 こいつらも乗り気なようだし、わざわざ水を差すような 真似をしなくてもいいだろう。 「何か、案があるやつはいるか?」 たまには、こんな遊びに付き合うのも悪くはない。 「はいっ! ジャスティス・ブライト号は どうでしょう!」 「世界に正義の輝きを広げる。 そんな思いを込めてみました!」 「あ、うん……まあ、悪くはないんじゃないか」 ヒスイらしいといえば、らしい名前かもしれない。 しかし、こう、魔王的に正義の輝きを広げる船には ちょっと乗りたくないな。 「では、レーゲンヴュルマーでどうだ」 「レ、レーゲン……?」 「レーゲンヴュルマーだ」 「それは言いにくくないか?」 かっこいい響きなのはいいが、どうにも口に慣れないと いうか、下手したら舌でも噛んでしまいそうだ。 「それじゃ、血塗られた……」 「そこから先は言わせないぞ!」 とてもでないが、聖職者が口にすべきではない言葉が 聞こえた時点で、無理やりに言葉を割り込ませておく。 なんで、こいつは神官というアイデンティティーを 投げ出そうとするのだろう。 「では、リブラリアン号ということで」 「自分の名前を交ぜるなっ!」 しかも、さりげなくそれで決定みたいな 雰囲気を出そうとしやがった! どれだけ自己主張が激しい魔道書だよ! 「さっきから、否定してばかりだな。魔法使い」 「そうだよ。ジェイくんも、案を出さなきゃ駄目だよ」 「お、俺もか……?」 「はい。ジェイさんも仲間ですから!  どんな名前がいいですか?」 し、しまった。まさか、こんな流れになるとは 予想していなかった。 急に名前を出せと言われても、何も思い付かないぞ。 「え、ええっと……ブ、ブラックサンダー、 とかどうだ?」 …………。 「名前を付けるのも、中々難しいものですね」 「だね。もうちょっと話し合おうか」 「ああ。そのうち、良い案も出るだろうしな」 「素敵な名前にしたいですよね」 ぐぅっ!! 確かに、この場合は何事もなかったかのように 流すのが優しさかもしれない。 分かっている。分かっているのだが ……このやるせなさはなんだっ! 「お、お前ら! 俺も交ぜろ!」 「よーし、それじゃ『ジャスティン号』出発ですっ!」 結局、俺たちが無事に海へと出たのは、 それから数時間後のことだった。 さて、意気揚々と出航をした俺たちであったが、 海上の旅はいたって平穏なものだった。 強く吹き抜けるような風もなく、海は静かに凪いでいた。 時々、ゆらゆらと船体が揺れることがあっても、 決して強いものではなく。 むしろ、心地良いと言って差し支えのないものだった。 一人を除いては、だが――。 「うぅ……頭がゆらゆらとします……」 「おいおい。大丈夫か?」 普段は元気すぎるくらいに明るいヒスイが、 今はとてもおとなしい。 というよりも、かなり弱っている。 顔色もどこか悪く見える。 「これは完全に船酔いだね」 ほう。これが船酔いか。 人間の中には、船の揺れによって気分が悪くなる者が いると聞いたことがあるが……。 まさか、ヒスイがそうだったとはな。 「腕の内側のこの辺りを押せば、少し楽になりますよ」 「ありがとう……リブラ、ちゃん……」 ここぞとばかりに、リブラが豆知識を披露している。 魔道書って、そんな情報まで蓄積されているのか。 日常生活を送る上でも、便利な道具なんだな。 「横になっていた方がいいだろうな」 「そうだね。気分が良くなるまで、 ゆっくりしておいた方がいいよ」 「魔物が出た時も、私たちに任せておくんだ」 「うぅ……すみません。わたし、勇者なのに……」 本当にな。船酔いする勇者なんて、かっこつかないだろう。 「それじゃ……後のことは、お願いします……」 「ああ、ゆっくり休め」 「……はい」 申し訳なさそうに頭を下げてから、 ヒスイが覚束ない足取りで歩いていく。 いつもの快活さが嘘のようだ。 そんなにつらいものなのだろうか? 「そういえば、カレンは平気なんだな」 確か、カレンもヒスイと同様に 船に乗るのは初めてだったはずだ。 だが、こっちはつらそうな様子もまるでなく、 平気そうだった。 「ああ、そのようだな。どうも、私は船には強いらしい」 「こういうのは、個人差が大きいからね」 「ふうむ。そういうものなのか」 そう言うクリスも、ケロっとした顔をしている。 どうやら、ヒスイだけが船に弱かったようだな。 「さて、これからどうしましょうか?」 「そうだなあ……」 普段ならば、こういう場面ではヒスイが どうするのかを決定するのだが……。 今は、船酔いでダウンしていて、それどころではない。 「今のところ、どこに向かうのか目的地もないからな」 こんな時に、パーティがどう動くのかを決める。 仲間の先頭に立ち、引っ張る。 それこそが勇者のもっとも果たすべき役割なのだろう。 なるほど。魔族の頂点に立つ魔王に対抗出来る存在だ。 「で、どうしようか。ジェイくん?」 ふむ……。何故か、俺の方に話を振られてしまった。 ここは俺の意思をこいつらの動きに 反映出来るチャンスだが……。 あまり無茶な提案をしても、流石に採用されないだろう。 例えば、この状況で魔王城へと向かう、 なんて展開になるわけない。 「一度、アワリティア城に戻るのはどうだろう」 ここは、もっとも無難な行先を選ぶのに限る。 船を入手しろという神託はクリアした。 ならば、以前の例にならって一度戻るのが賢明だ。 「なるほど。ヒスイの体調も悪いことだしな」 「うん。新しい神託もあるだろうし、そうしようか」 さて、そうと決まれば早速行先を変更しなければな。 「というわけで……って、あれ?」 「どうしました?」 「あー、いや……」 あれ……? 俺、これ言っていいのか? 誰も指摘しないんだけど……。 「……なんでもない」 誰も何も言わないだけに、俺が ここで何かを言うのが少し怖い。 今は、黙っておいた方がいいだろうな……。 後で、一人で確認するとしよう。 さて、どうやら船はアワリティア城へと 針路を変えたようだが……。 「……気になるな」 甲板の上、潮風に身をさらしながら一人で呟く。 さっき引っ掛かったものが、胸の中で ずっとくすぶり続けていた。 それをはっきりとさせておかないと、 どうにも気分が悪い。何か落ち着かない。 「この船は……どうやって動いているんだ……?」 俺を悩ませているのは、そういう根本的な疑問だった。 船の中には、俺たち以外の人影が見当たらない。 いくらなんでも、それはおかしい。 勝手に動く船など、存在するわけがない。 この船がどんな動力を用いているのかは分からないが、 誰かしらの手が入らなければ動かないに決まっている。 「秘密があるとすれば……下層の方だろうな」 そうと決まれば、早速向かおう。 と、足を踏み出しかけたところでふと気付く。 下層……? 「そんな場所、どこから行くんだ?」 そもそも、そこからが問題だった。 ……あれ? この船の構造ってどうなってるんだ? 整備に一日かかったらしいが、どこをどう整備したんだ? 「クフフフ。どうやらお困りのようですね」 「ああ。かなり困って……」 ……って。 「お前っ!?」 「初めまして、わたくしめの名前は キャプテン・アスモ」 「この船の船員にございます」 「だったら、この船がどうやって 動いているのか説明してみろよ」 「クフフフフ……」 「それはさておき」 「強引に誤魔化そうとするな! アスモドゥス!」 「はて? わたくしめの名前は……」 「もう、気付いてるわっ!!」 なんで、こいつがここにいるんだっ!? そして、何故誰も気付かない!! いや、まあ、得意の幻術なんだろうが。 「我が変装をこうもあっさりと 見破るとは、流石はジェイ様」 「いや、そういうのはもういいから」 「何故、お前がキャプテンなんだ……?」 「魔王……おっと、ジェイ様が船を 手に入れたと聞きましたので」 「船員の求人に応募いたしました」 「地道だな、お前!!」 「細かいことからコツコツやるのが信条ですので」 その心意気は、まあ、偉いと褒めておこう。 しかし、コツコツすぎるだろ。俺のサポートを するために、求人に応募するとか。 「そして、私も船員です!」 「お前もかよっ!」 「そろそろ私の顔を、ジェイジェイが 見たくなる頃かと思いましてー」 「んなわけあるかっ! 自意識過剰にもほどがあるわっ!」 「よっ、この男ツンデレ!」 「黙れっ!!」 なんだ、こいつらは。 こんな所まで来て、俺を過労死させるつもりか。 俺を海の上で、ツッコミ死させるつもりか。 もしかして、クーデターでも起こす気か? いい度胸だ。 「ともあれ、魔王……おっと、ジェイ様。 耳よりな情報をお持ちいたしました」 「……なんだ?」 もう、船がどうやって動いているのか、 とかどうでもよくなってきた。 魔族二人が、船員としてここにいること以上に 不思議なことや不条理なことなんてない。 そんな気になってきた。 「このまま船を進めれば、水の魔将『海姫レヴィ・アン』 の領域へと侵入いたします」 「……何? それは本当か?」 海姫レヴィ・アン――。 その名が示す通り、こと水中での戦闘においては 最強の名を誇る、魔王軍四天王の一人。 「やつは、海を転々と渡り歩いて所在が 掴めていなかったはずだが……」 「そこをどうにか頑張るのが、 腕の見せ所ってことです!」 「いやあ、あのロリババア……おっと、あの方を 探すのは私でも骨が折れましたよ」 「ロリババア……?」 所在が掴めないだけあって、レヴィ・アンに 関しては俺も知らないことの方が多い。 マユの言葉がどういう意味かは分からないが、 なんとなく外見に関する指摘なのは察せられる。 「とにかく、このまま進めばいい、ということだな?」 「ええ、問題ありません。クフフフ」 そうか……それは確かに朗報だ。 勇者が不調の今、四天王との戦闘ともなれば、 苦戦は必至だ。 ここで一度圧倒的な敗北を経験させて、 力の差を思い知らせてやる! そして、やつらの心をべっきべきに折ってやるのだ! 「いやあ、心をべっきべきに折ってやる、 とか考えてそうですよね」 「ちょ、お前、なんで俺の心をっ!?」 「あ、やっぱり。なんとなく、そういうことを考えている ような気がしたら、バッチリ正解だったみたいですね」 ぐぬぬぬぬ……! まさか、この俺が裏をかかれるとは。 「そ、そんなことはどうでもいい。マユ、お前は レヴィ・アンに伝えてこい」 「間もなく、勇者の船が通るから、それを襲えと」 「はいはーい、了解しました。それではー」 とぷん、と自らの足元の影の中へと沈み込むように マユの姿がかき消える。 まったく……扱いづらいのかやすいのか、 よく分からないやつだ。 「クフフフ。このまま進めば、おそらく 夕刻には接触出来るでしょうね」 「そうか。その時が、勇者の旅も終わりだな……」 クククク……。 明日が訪れるのが楽しみだ。 首を洗って待っているがいい、お前ら! 「それでは、わたくしめは自分の仕事に戻ります」 「ああ。存分に励むがいい」 いずこかへと歩き去るアスモドゥスの背を見送る。 いったい、船員としてこの船のどこで何をするのか、 そんなことはどうでもよくなってきていた。 「どうしたんですか? ジェイさん。 そんなにわくわくして」 「む、そうか?」 アスモドゥスより朗報を得て以来、 今か今かと待ち構えていた時刻――。 海上に、そして世界に、いよいよ夕方が到来していた。 「何かいいことでもあったんですか?」 「ああ。まあ、ちょっと、な」 「それよりもまだ顔色が悪そうだが、つらいなら 大人しくしておいた方がいいぞ?」 今の俺ならば、例え勇者相手だろうと優しくなれる。 体調を気遣うことすら朝飯前だ。 「あ……大丈夫、です。風に当たっていたら、 少し気が紛れてきましたから」 「戦闘は、まだちょっと、厳しいかもしれませんけど」 やはりか。やはりそうだよな! 戦闘はつらいよな! 「そうか。決して無理だけはするなよ。ここで、お前に 倒れられるわけにはいかないからな」 「うぅ……。はい、ありがとうございます」 きたきたきたーっ! これは大チャンスだ! 水の魔将と、水上で戦闘。 しかも、勇者は体調不良ときた! これはもう、あれだろう。勝っただろう。 勝ち確定だろう! 「……フッ」 内心で勝利を確信した俺が、 ニヒルな笑いを浮かべた時――。 船全体を、大きな揺れが襲う。 「来たかっ!!」 待ちかねた時間が、とうとうやってきた! 喜びと期待に、その場で飛び跳ねて しまいそうになってしまう。 「な、何事ですか……?」 「クフフフ……船首の方が何やら 騒がしいですな、クフフフ」 どこからともなく現れたアスモドゥスが、 肩を揺らしながら悪く笑う。 「何かあったんですか? 船員さんっ!」 ……ああ、他のやつらには、ちゃんと 船員に見えているんだな。 「わたくしめのことは、キャプテン・アスモと お呼びください」 「分かりました、キャプテン・アスモさん」 そして、あの名前にはなんかこだわりでもあるのか? 「それで一体何があったんですか?」 「どうやら、何かと遭遇した模様ですな」 「何かと、遭遇……?」 来た! とうとう、レヴィ・アンと遭遇したようだな! よし、そうなれば、こんな所で油を 売っているわけにはいかない。 船首の方へと急がなければ! 「俺が様子を見てくる。ヒスイ、お前は 大人しくしておくんだ」 「え? あ、で、でも、もし魔物だったりしたら……」 「さっきも言っただろ、ここでお前を 失うわけにはいかないと」 「お前は大人しくしていろ。 いいか、絶対に大人しくしておけよ!」 「あ……は、はいっ、分かりました!」 よし、これでいい。 ヒスイがしっかりと頷くのを確認してから、 俺は船首へと向けて駆け出した。 「どうしたっ! 敵か、敵だよなっ!」 「やけにやる気じゃないか、魔法使い」 「珍しいね、ジェイくん」 今日の、今の俺は、かなり張り切り魔王だ。 いよいよ、我が大望を成す時が来たのだ。 張り切らなくてどうする! 「どこだ、敵はどこにいるっ?」 「あそこです」 リブラが指差す先には、俺が待ち望んでいた姿が――。 ――なかった。 「お前、誰だーっ!?」 え、あれか? もしかして、あれが水の魔将か? いや、でも、海姫という二つ名が付いてたよな。 あれ……姫じゃないよなあ。 しかし、何事も外見で判断してはいけないと良く言う。 ということは、あれがレヴィ・アンだという 可能性はある……な。うん、ある。 一応、確認しておこうか。 「ええっと、お前……レヴィ・アンか?」 「きしゃーっ!!」 ……どうやら、意思疎通は出来ないようだ。 むしろ、どう見ても野生生物でしかない。 多分、魔物ですらない気がする。 いや……だが、俺はまだ諦めない。 あいつはきっと、レヴィ・アンだ。 「もう一度尋ねるが、お前……」 「ぎしゃーっ!!」 「うおおっ!?」 危ないっ! もう少しで腕に 噛み付かれるところだった!! フッ、流石は四天王。一筋縄ではいかない相手だ……。 「さっきから、何をやっているんですか?」 「ああ……いや、ほら、あいつがレヴィ・アン かもしれないと思って……」 「そんなわけないでしょう」 だよなあ……やっぱり、そうだよなあ……。 途中から、俺も薄々気付いていたよ。 でも、引っ込みが付かないことってあるじゃないか……。 「いつまでも遊んでいる場合じゃないぞ、魔法使い!」 「どうやら、あの子。お腹ペコペコみたいだね」 二人が俺の横に立つと同時――。 「オメガーッ!!」 戦闘開始を告げるかのように、巨大な咆哮が轟いた。 『オメガシャークが いっぴき あらわれた』 「シャーク!」 「鳴き声バラバラじゃねえかよ!」 「というか、なんだ、あのデカいサメは!?」 「情報取得しました。どうやら、野生動物のようです」 「あんなに大きな野生動物がいるのかっ!?」 「立派に育ったねー」 「サメか。どう捌けばいいんだろう」 「お前、食う気じゃないよな?」 「サメのお肉はとっても臭いらしいから、 止めておいた方がいいかもね」 「新鮮なうちに調理すれば大丈夫らしいですが、 お勧めは出来ませんね」 「さておき、作戦はどうしますか?」 「ヒスイがいないからな……ここは任せたぞ、魔法使い」 「うん。ジェイくん、お願い」 お、俺か……? 作戦って急に言われてもなあ……。 「よし、ひとまず色々と頑張ってみよう」 『さくせんが くふうしてやってみよう にへんこうされました』 さて、相手は魔物ではなく野生動物か。 適当に蹴散らしておきたいところだが……。 こっちは船の上で、向こうは水の上。 攻撃とか届くのか? まあ、とりあえずやってみるとするか。 『どうする?』 「カレン、頼んだ」 と、カレンに指示を出したはいいものの ……あの巨体に剣は通用するだろうか。 むしろ、届くかどうかの部分から怪しいが。 「任せろ、魔法使い!」 「せやぁぁぁっ!!」 『カレンの こうげき』 『オメガシャークに ちょっとした ダメージ』 届いてる!? 「え? お前、今、どうやって攻撃した?」 明らかに、その場で剣を振っただけに しか見えなかったんだが。 「いや、普通に」 「意味分かんねえよ!」 「そうは言われてもなあ。普通は普通だぞ」 ……まあ、いい。とにかく、攻撃が 届くのが分かったのは何よりだ。 「二人とも、攻撃がくるよっ」 「クリス、あいつをどうにか出来ないか?」 「やってみるね」 「“慢心の十戒”」 『クリスは じゅもんを となえた』 『オメガシャークに ふつうの ダメージ』 ああ、どうやら呪文は無事に届くらしいな。 しかし、相手はあの巨体だ。 効いているかどうか、かなり怪しい。 「二人とも、気を付けろ!」 「シャ、シャ、シャーク!」 だから、鳴き声を安定させろ! リズミカルにしてんじゃねえよ! 『オメガシャークの こうげき』 「ぐうっ!?」 『ジェイに けっこうな ダメージ』 あ、あれ? 俺、今、なにをされたんだ? あのサメが特に何かをしたようには見えなかったんだが ……何故か、全身が噛みつかれでもしたかのように痛い。 「大丈夫? ジェイくん」 「まともに噛みつかれたようだな。無事か?」 「あ、ああ、なんとかな」 噛み付かれたように痛いと思ったら、 本当に噛みつかれていたようだった。 だから、いつ噛まれたんだよ、俺。 「癒しておくね。 “聖天の灯火”」 『クリスは じゅもんを となえた』 『ジェイの きずが ぜんかいした』 「すまない。これで一安心だ」 「しかし、あんなに巨大なサメ、 どうやって倒せばいいんだ」 「まあ、気長に攻撃を続ければ、 そのうち勝てるでしょうね」 「まる一日くらいかかっちゃいそうだよ」 「何はともあれ、攻撃せねば始まらないということだな」 『カレンの こうげき』 『オメガシャークに そこそこの ダメージ』 「くっ、手ごたえは悪くないんだが……」 それでも、オメガシャークはまだまだ元気そうだ。 一体、どうすればいいんだ。 「攻撃が来ます」 「サメーッ!」 『オメガシャークの こうげき』 『ジェイに かなりいたい ダメージ』 「また俺かっ!?」 今度は、まるで全身を強烈に 殴られたかのような痛みが走る。 「くっ、魔法使いばかり狙ってくるか!」 「今度は、全身でぶつかってきたね」 だから、いつ体当たりされたんだよ! そんな素振り、一切なかっただろ、あいつ! 「ふはははっ、どうやら苦戦しているようですねっ!」 「こ、この声は……」 唐突に、聞き覚えのある声が耳に飛び込んでくる。 あ、急に頭が痛くなってきた。 「誰だ?」 「野生動物の相手をするには、勇者や魔王やその仲間たち では荷が勝ちすぎています」 ちょ、い、今、さりげなく魔王って言った!? 「じゃあ、誰ならいいのかな?」 だが、どうやら魔王の部分はスルーされたようだった。 良かった……。 「ふっふっふ。それは私たち……」 「ハンターの役目ですっ!」 なんだよ、ハンターって。 もう、心の中ですら元気にツッコミ入れる余裕とかないぞ。 「というわけで、あいつは任せてくださいっ!」 「密かに船に搭載されていた、 バリスタと大砲。全部、発射!」 「そんなものがあったのか!?」 「船と言ったら、バリスタと大砲だしね」 ああ、そうなんだな。船と言ったら、 バリスタと大砲が常識なんだな。 なんでだよっ! というか、船のどこにあったんだよ、そんなもの! 『せんいんたちの いっせいこうげき』 しかも、船員総出の攻撃かよ。 というか、アスモドゥスとマユの他に船員いたんだな。 『オメガシャークに ばくはオチくらいの ダメージ』 「きしゃー!!」 『オメガシャークを やっつけた』 『せんいんたちは きょだいさめのかわを てにいれた』 「これにて一件落着です!」 「すまない、助かったぞ」 「ありがとう、船員さんたち」 うん。もう、それでいいや。 「なんだったんだ、今の……」 「いやー、オメガシャークは強敵でしたねー」 なんで、こいつはこんなに他人事なのだろう。 船が沈んだら、一大事だろうに。 「しかし、野生の生物があんなに 巨大化するものなんだな」 「誰かが魔法の実験に利用してたり、なんてね」 「なんか、ありえそうな感じで笑えないんだが……」 魔法の実験やら研究やら、そういうのはとにかく 色々と無茶をしているようなイメージがある。 巨大なサメの一匹や二匹くらい、生み出していても 不思議ではないだろう。 「ともあれ、追い払うことは出来て良かったが……」 肝心のレヴィ・アンが来ないのであれば、意味がない。 俺が望んでいたのは、あんな巨大ザメなんかではない。 「皆さーん……大丈夫ですかー……」 船尾の方から、よろよろと覚束ない足取りで ヒスイが歩いてくる。 「大丈夫だ、問題ない。ヒスイこそ無理をするな」 「そうそう。ゆっくりしてないと」 頼りなく揺れるヒスイの体を、両サイドから二人が支える。 まるで、捕縛された勇者、みたいな感じに見えてしまう。 「ですけど、なんだか嫌な予感がするんです……」 「嫌な予感?」 「はい。……上手く言えないんですが、 胸騒ぎみたいなものが……」 不安そうに表情を曇らせながら、ヒスイが 自分の胸元をぎゅっと掴む。 ふむ、嫌な予感、か……。 単なる船酔いとも違うようだし、 いったい何を感じているのだろうか。 「師匠」 首を捻る俺の袖を、くいくいっとリブラが引っ張る。 「来ます」 何がだ、と俺が問いかけるより早く。 「フハハハハハッ!!」 派手な笑い声とともに、船の前方に大きな水柱が 突如立ち上がる! 「な、なんだ!?」 「またサメかっ!?」 「それとも、今度はクジラかな?」 「いえ、あれは……」 立ち上がった水柱が水面を叩き、船が大きく揺れる。 水柱の勢いで高く飛び上がっていたのであろう誰かが、 両足でドッカと甲板の上に着地する。 「ワシの時代、きたーっ!!」 そいつは、着地するなり両腕を大きく振り上げながら、 高らかに叫び声を上げる。 な、なんてテンションの高いやつだ。 「ぐっしっしっし、にっくきサメのやつがいなくなった 今、この海はワシのものじゃ!」 「よくぞやった、お主ら。 その力量、さては勇者一行じゃな?」 突如として姿を現し、一方的に話し始めたそいつは、 小さな体つきのわりには尊大な口ぶりだった。 もっと言うならば、ロリ……ババア……? ああ、もしかして、こいつが……? 「お探しの彼女です」 俺の視線を受けて、リブラがこくと頷く。 「はい。わたしたちが……そうです、が……?」 「んー? なんじゃ、なんじゃ、よろよろではないか。 お主、鍛え方が足りんのう」 「肉を食え、肉を。魚よりも、肉を食え!」 「は……はあ……」 人間で言う耳の部分に生えた魚のエラ。 人によく似ているが、外見に動物的特徴が残る この姿は、まさしくこいつが魔族である証拠。 「そうだな。やっぱり、肉を食わないとな」 「うむ。お主は中々見所のあるやつじゃな」 なんで、あんな妙な部分で共感してるんだ、あいつらは。 「それはそれとして、あなたは誰なのかな? 素潜りが趣味の人?」 ジッと、エラの部分へと視線を送りながら クリスが首を傾げる。 相手が魔族であることに気付きながらも、 問いかけには余裕が窺える。 「おおっと、そうじゃった。まずは名乗らねばな。 魔王軍四天王、水の魔将”海姫レヴィ・アン”」 「魔王の命により、貴様らを海の藻屑と 変えてやるわーっ!!」 ああ、やっぱり、こいつがレヴィ・アンだったのか。 それにしても、キャラが濃いなあ。 「マーモンが目立たないのも、納得がいくな」 「ですよね」 マーモンは、こう、なんというか、レヴィ・アンと 比べるといささか普通すぎた。 そりゃ、一番地味とか言われるわ。 「四天王の二人目……?」 「くっ、なんてタイミングで……」 「ヒスイちゃんも体調悪いし、ちょっとピンチかな」 ともあれ、余計なサメ退治を挟みはしたものの、 無事に予定通りレヴィ・アンと遭遇することが出来た。 「だが、ここで引くわけにはいかない」 後は、レヴィ・アンにヒスイたちを こてんぱんにさせるだけだ。 戦闘に突入させるためには、この一言を 挟んでおけば事足りる。 「そう……ですね……世界の平和のため、 ここで引くわけには、いきません」 やはり、ヒスイならば……勇者ならば、そう言うと思った。 そして、勇者がそう決めたのであれば。 「だったら、やるしかないな」 「頑張ってサポートするよ」 その仲間たちも、それに従う。まさに、完璧な流れだ。 「海でワシと戦うとは、恐れを知らぬ愚か者どもめ」 「死して、後悔するがよいわっ!!」 こうして、水の魔将”海姫レヴィ・アン”との 戦いの幕が切って落とされた。 「レヴィ・アン。次からはちゃんと考えて行動しろ」 「ほほう? なんじゃ、小僧がワシに意見する気か?」 「当然だ」 にやにやと笑いながら偉そうに告げられた言葉を、 ぴしゃりと打ち払う。 「四天王は俺の配下。俺に代わり、  侵攻を行う俺の手足のようなものだ」 「いわば、お前は俺の物だ。以後は  勝手な行動を慎んでもらう」 「ふん。それは魔王としての命令ということか? 小僧」 不服そうに鼻を鳴らしながら、レヴィが唇を尖らせる。 若輩に命令をされるのは屈辱だろうが、 俺は魔王でこいつは部下だ。 ここはきっぱりと言っておかねばなるまい。 「ああ。魔王としてお前に命じる」 「……ならば、従うしかないな」 仕方ないといった調子で、レヴィ・アンが肩を竦める。 不満の色は見え隠れするものの、 ちゃんと話せば理解はしてくれるようだ。 やはり、話し合いとは大事な物だな。 「まあ、個人的な思いもあるがな」 少しほっと出来た拍子に、本音を零してしまう。 親父殿の魔力に似ていた、というあの言葉が 少し嬉しかったのも事実だ。 だから、この程度で済ませてやろうという気にもなった。 「っ?! こ、個人的な思いじゃと!?」 「うん?」 少し間を置いてから、レヴィ・アンが 驚いたような顔を見せた。 あれ? なんで、そんな顔をされるんだ? 「どうした?」 「い、いや、なんでもないんじゃが……」 「その……さっき、小僧は個人的な思いと言ったよな?」 「お、おう。言ったが……」 それがどうしたと言うのだろう。 「あれじゃ、その、急にそんなことを  言われても困るが……」 「ま、まあ、小僧の顔に免じて許してやるわ」 「……そうか」 どうやら俺は許されたらしい。 理由までは分からないが……うん。まあ、いいか。 「というわけで、ワシは帰って体を休める!  小僧も異存はないな!」 どこか少し慌てた調子でレヴィ・アンは 指をビシッと俺に向けてくる。 「あ、ああ。ゆっくり休め」 マーモン同様に、こいつも力を失っているのだろう。 今は休息を与えておいた方が無難だな。 「では、さらばじゃ! 気が向いたら、  会いに来てやるわ。小僧!」 「え? あ、いや、作戦とかあるから、  急に来られても……!」 俺の言葉を振り切るように、レヴィ・アンは 海の中へ飛び込んで、消えていく。 「……やれやれ、おかしなやつだ」 途中からの急な慌てようを思い出すと、肩を竦める。 本当に、よく分からないやつだった。 四天王にはああいうやつしかいないのではないか。 なんて危惧が、俺の胸の中に浮かぶのだった。 「てへへ、じゃねえよ!?」 なんで、そんなつまらない理由で 有利な戦場を捨てるんだよ!? 「ともあれ、そういうわけでワシは帰る」 「ちょ、か、帰るって、どこにだよ?」 「海に決まっておろう。もう、ワシに 戦うだけの力は残っておらぬ」 「しばらくの間は、力を蓄えることに専念せねばな」 どうやら、状況はマーモンと同じらしい。 命を失わずに、力を失うだけで済んでいるようだ。 こいつらはそれで済むけど…… 俺は倒されるんだよなあ……。 それもかなり理不尽というか……納得いかない。 「では、さらばじゃ!」 「あ、ちょ……」 俺が止める間もなく、レヴィ・アンは船から 飛び降りて、海の中へと消えていく。 「なんだよ……テンションが上がって、って」 マーモンといい、レヴィ・アンといい、四天王には 性格に問題がある奴しかいないのだろうか。 世の中は本当に無常なものだ。 俺は改めてそう思わざるをえなかった。 『レヴィ・アンが いっぴき あらわれた』 「リブラちゃん……情報を……うっぷ」 「んー? どうした? ふらふらじゃぞ」 「無理をせずに休んでおいた方が良いのではないか? うっしっしっし」 「そ、そうは……いきま……せん」 よし、これならヒスイは普段の調子を出せないだろう。 さあ、やれ、レヴィ・アン! 手加減などせずに、叩きのめすのだ! 「ともあれ、解析は完了しました。 強力な水属性の持ち主です」 「割と見たまんまだよね」 「水の魔将と名乗っていたくらいだしな」 「さ、さあ、みなさん……頑張って ……いきましょう……うっぷ」 『さくせんが ぜんいんがんばる にへんこうされました』 「それでは、行くぞ。勇者どもよ!」 「お主らを倒して、全ての海をワシが制覇するのじゃ!」 『レヴィは おおきななみを まきおこした』 『ヒスイたちは かなりの ダメージ』 「うおっ!?」 急に青く光ったと思ったら、体に衝撃が襲い掛かってきた。 ま、また、見えない攻撃かっ!? 「うぅ……あんなに大量の水を……」 「流石は水の魔将、その名前は 伊達ではないということか」 ええっと、よく分からないが、 どうやら水で何かされたらしい。 辺りは別に全然濡れたりはしていないんだが……。 ま、まあ、いい。 「ふっはっはっは! どうじゃ、おそれいったか!」 さて、どうやってヒスイたちを負けに導くか。 出来るだけ、戦況が好転しないようにしなければな。 『どうする?』 「カレン、俺から仕掛ける」 「ああ、分かった!」 さて、ここは弱めの呪文でも使っておこう。 「“乾きを欲する暗黒” ダークネス・ブルー!」 『ジェイは じゅもんを となえた』 『レヴィに ちょっとした ダメージ』 「ふふーん。そんなもの、効かんわっ!」 なるほど。どうやら、この程度の呪文なら平気なようだな。 これは参考になったぞ。 「ならば、私がっ!」 「大丈夫か? ヒスイ」 「……え?」 『ジェイは ヒスイを かばっている』 とりあえず、ヒスイを守るフリをしておこう。 下手に俺が手を出したら、レヴィにとって 戦況が悪化するかもしれないからな。 「だ、大丈夫です。わたしは……うぅ……」 『ヒスイは ふらふらとしている』 「無理はするなと言ったはずだ。お前の力が必要となる 場面が来るまで、大人しくしておけ」 「はい……分かりました……」 まあ、そんな場面なんて来ないんだがな。 お前の出る幕などなく、ここでレヴィに負けるのだ。 ふはははははっ! 「クリス、これを」 『ジェイは かいふくそうを つかった』 『クリスの きずが ちょっとかいふくした』 「ジェイくん、わざわざありがとうねっ」 「気にするな。お前が倒れたら、俺も困るからな」 おそらく、クリスは癒しの呪文を使うはずだ。 つまり、ここで俺が回復草を使っても無駄になる。 こうやって、状況に変化を与えない無意味な一手を 繰り返して、時間を使っておく。 これが、策略というものだ。くくくく……。 「それじゃ、先生。はりきっちゃうよ」 「先生がフォローするから、攻撃は カレンちゃんよろしくねっ」 「“星辰の連歌”」 『クリスは じゅもんを となえた』 『ヒスイたちの きずが それなりにかいふくした』 「ほう、回復が出来るとは中々面倒じゃな」 「今度はこちらの番だ!」 『カレンの こうげき』 『ひっさつのいちげき! レヴィに かなりこたえる ダメージ』 「ぬおおおおっ!?」 「どうだっ!」 む……? 予想外に攻撃が利いているようだが……? 「どうやら、物理攻撃に対しての 防御力が低いようですね」 「典型的な高火力で紙装甲タイプですね」 なるほど、高火力で紙装甲か。 イメージはなんとなく掴めるような例えだな。 ということは、カレンにあまり攻撃をさせてはまずいか。 「ええいっ、馬鹿力めっ。ならば、こうじゃ!」 『レヴィのまわりに みずのかべが できあがった』 「うししし。これで、もうお主らは手も足も出ぬぞ」 「そんな、こけおどしなどに屈しない!」 『カレンの こうげき』 『なんと こうげきが みずのかべにふさがれた』 「なにっ!?」 「効かぬわっ!!」 ほう。どうやら、あの水で攻撃を 完全に防御しているようだな。 自らの弱点を的確に見抜き、それをカバーする。 流石は四天王。見事な戦い方だ。 「……うっぷ……」 『ヒスイはふなよいで ふらふらしている』 よしよし。ヒスイはまだ動けないようだし、 このまま押し切るんだ、レヴィ・アン! 「ジェイさん……お願いします」 ……うん? 「剣が効かないなら呪文で、だな」 「ジェイくん、かっこいいところを見せてねっ」 ああ、そうか。剣が駄目なら、 そういう流れになるよな、うん。 「妥当な判断です。では、どうぞ、師匠」 「ああ。任せておけ」 さて、引き受けはしたものの……どうしようか。 『どうする?』 「“乾きを欲する暗黒” ダークネス・ブルー!」 『ジェイは じゅもんを となえた』 『レヴィに ちょっとした ダメージ』 「効かぬわっ!」 「魔法使い。もっと、強い呪文はなかったのか?」 む。しまった、少し手を抜きすぎてしまったか? 「様子見とかしてる場合じゃないよ、ジェイくん」 「す、すまない……」 まずい。怒られてしまった。 どうやら、こいつらの印象が少し 悪くなってしまったようだ。 「うぅ……わたしが……頑張らないと……」 「“全てを飲み尽くす闇” クレッシェント・ブラック!」 『ジェイは じゅもんを となえた』 『レヴィに そこそこの ダメージ』 ふむ。まあ、それなりに通用はしたな。 「どうやら、呪文にも強くなってるみたいだね」 「くっ、なんて厄介な!」 大打撃にもならず、手を抜いたようにも見えず。 中々良い塩梅だったようだ。ホッとした。 「わたしも……何かしないと……」 「“吹き上がる闇の旋律 光を食らう槍となれ”」 「シャドウ・ぺネトレイト!」 少しは頼れる魔法使いっぷりを見せておく必要も あるだろうし、ここは強めの呪文を使っておく。 仮にも四天王と呼ばれる者だ。これくらい、耐えるだろう。 『ジェイは じゅもんを となえた』 『レヴィに けっこうな ダメージ』 「うきゃあっ!?」 ……あ。 し、しまった。これでは強すぎたか!? 「流石だね、ジェイくんっ!」 「あの水も魔法使いを阻めないようだな。 頼れる仲間だよ、お前は」 「ま、まあな」 とりあえず、こいつらの信頼は得れたようだが……。 「お、おのれ、よくもやりおったな」 ほっ……よかった。どうやら、まだ やられてはいないようだな。 ここでレヴィ・アンを倒してしまっても意味がない。 次からは気を付けよう。 「……わたしも……頑張らないと……」 「ワシの本気を見せてやろう!」 『みずのかべが うちがわから けっかいした!』 「メイルシュトローム!!」 『たいりょうの あれくるうみずが ヒスイたちをおそう』 「やぁっ!?」 『ヒスイたちに かなりの ダメージ』 「くっ、しまった!」 『カレンは ふきとばされてしまった』 「これは……ちょっときついねっ」 『クリスは ふきとばされてしまった』 「だから、どうやって攻撃してんだよ!?」 『ジェイは ふきとばされてしまった』 青く光ったと思ったら、とてつもない衝撃とともに 何故か吹き飛ばされてしまっていた。 いつ、どんな攻撃をされたのか、まったく分からない。 「転倒属性が付与した全体攻撃。かなりの大技ですね」 そして、こいつだけ平気なのがかなり納得いかない。 大量の荒れ狂う水がどうのこうのって、 さっき表示されていたのに……。 「おや? 一人だけ吹き飛ばされぬとは 運のいい奴じゃな」 「くぅ……」 全員が吹き飛ばされたものだとばかり思っていたが、 どうやらヒスイ一人だけ無事だったようだ。 しかし、ヒスイは酷い船酔い状態。 それに、一人だけ立っているとしても、 大ダメージを負ったことに代わりはない。 「うぅ、体が動かない……」 「ぐ……ヒ、ヒスイ……」 これは窮地だ。かなりの窮地だ。 よし、これは負けたな。もう、確実に負けだな。 しかも、再戦しようにもヒスイが船酔いを 克服しない限りは勝ち目がない。 もはや、二度とレヴィ・アンと 戦う気力など起きないだろう。 「逃げろ……ヒスイ」 「ジェイさん……っ」 ここは、わざとらしく芝居でもしておこう。 これも敗戦を印象付けるための策略である。 くっくっく。これでおしまいだ、勇者どもよ。 「に、逃げません……」 「何も出来ないまま……一人だけ 逃げるなんて、出来ません……」 「んー? 忠告は聞くものじゃぞ?」 「まあ、逃がしてなんてやらぬがな! うしししし!」 いいぞ、ナイスなセリフだ。レヴィ・アン。 そのまま、更なる絶望を与えてやれ! 「さあさあ、どうする? 勇者よ。んー?」 「あなたを……倒します」 「ならば、やってみるがいい!」 『レヴィの まわりに たいりょうのみずが あつまる!』 「カレンさん、先生、ジェイさん、リブラちゃん ……わたしに、力を貸してくださいっ!」 「ヒスイ……ああ、貸してやる!」 「たっぷりと持って行っていいよ」 「お貸しいたしましょう」 ……なんだ、この流れは? 力を貸すとか借りるとか口で言って どうにかなるものでもないだろ。 まあ、いい。適当に合わせておくとしようか。 「言うまでもない。存分にやれ」 「はいっ! ありがとうございます、皆さん!」 やれやれ。こんな茶番はどうでもいいから、 さっさと終わりに……。 『なかまたちの せいぎのこころが ひかりとなって ヒスイにあつまる!』 ……え? 「力が……溢れてくるっ!」 ちょ、え、な、仲間たちの正義の心……!? なんだ、この展開! 一体、どうなってるんだ!? 『ヒスイは あらたなちからに めざめた』 えええええええええっ!? なんで、そうなるんだ!? く、口で言っただけなのに、新たな力!? 聞いてないぞ、こんなこと!! 「光の女神――つまり、世界に選ばれしもの、 それが勇者」 「唐突にパワーアップイベントが入るくらいの システム的な優遇なんて当たり前です」 納得いかねええええ!! 「いきますっ!!」 『ヒスイは じゅもんを となえた!』 「必殺、勇者サンダーッ!!」 ゆ、勇者サンダー? なんだ、その名前!? 「なっ、か、雷じゃと!?」 『こうかはばつぐんだ レヴィに かいめつてきな ダメージ』 「お、おのれ、勇者め!!」 『レヴィを やっつけた』 「うぎゅー……」 俺は呆然としていた。呆然とせざるをえなかった。 8割……いや、9割方、レヴィ・アンの勝利は 確定していた。していたはずだ。それなのに……。 戦闘は、レヴィ・アンの敗北で終わっていた。 どうして……こうなった……。 「か、勝ちました!」 「きゃっ……」 「おっと」 呆然としたまま、足元をふらつかせて 倒れ掛かってきたヒスイの体を抱き留める。 「あ、す、すいません。ジェイさん」 「いや、気にするな……」 どうして、レヴィ・アンが負けた。 どうして、こいつが勝った。 リブラはシステム的な優遇がどうのこうのと言っていたが、 あれはどういうことなのだろう。 色んな事が明らかに、こいつに有利に動いている。 「あ、あの……ジェイさん……?」 「こ、こら、魔法使い。そのくらいにしておけっ」 「ふふっ。まあ、ヒスイちゃんとっても頑張ったし、 少しくらいご褒美があってもいいよね」 三人の声が耳に届き、思考の海から意識が引き上げられる。 気が付けば、抱き留めたままの姿勢で じっとヒスイを見つめてしまっていた。 ほんのりと頬を赤らめたヒスイが、 恥ずかしそうに上目で俺を見上げてくる。 「あ、ああ、悪い。良くやったな、ヒスイ」 取り繕うように曖昧な笑いを浮かべながら、 そっとヒスイから身を離す。 「あ、い、いえ……皆さんのおかげですから」 はにかむように笑いながら、ヒスイが全員の顔を見渡して。 「皆さん、ありがとうございましたっ」 深々と頭を下げる。 「それを言うなら、こっちのセリフだぞ」 「そうそう。ヒスイちゃんのおかげで 勝ったようなものだし」 「皆での勝利、ということです」 勝利の余韻の中、ほっとしたように笑顔を見せる勇者たち。 そして、さりげなくその中に混ざって 締めのセリフを持っていくリブラ。 こいつ……順応しすぎだろう。 「ふふ、そうですね。皆さんでの勝利です!」 満面の笑みを浮かべて、拳を突き上げるヒスイ。 どうして、レヴィ・アンはこいつらに負けたのだろうか。 そんな疑問を抱えながら、ヒスイの姿を どこか遠く感じてしまっていた。 「それじゃ、改めましてアワリティア城へと向けて ……うっぷ……」 元気よく宣言する途中で、顔を青くしながら ヒスイがしゃがみこむ。 「おいおい。あまり無理をするなよ」 「どうにも締まりませんね」 「あははっ、そうだね」 本当に……どうして、こんな船酔いしてる奴に 負けたんだろうな……。 ま、まあ、いい。まだ打つ手は存分にある。 見ているがいい、勇者どもよ。次こそは……。 「ジェイさん……うっぷ……吐きそう、です……」 「ああっ、もう! 大人しく寝てろっ!」 本当に締まらないなあ、と。 どこか遠くを見るような眼差しのまま、 俺は思ってしまうのだった。 ヒスイを気遣う他の連中とは別れて、 俺はレヴィ・アンの元へと向かう。 うっかり放置してしまっていた。 「レヴィ・アン。起きろ」 「う、うーむ……」 ぐるぐると目を回して倒れていたレヴィ・アンを ゆさゆさと揺り起こす。 「後、五分……」 「起きろーっ!」 「なんじゃ、うるさいのう……。む、 お主は、勇者の仲間の魔法使い」 「一人で何を……さ、さては、ワシのようえんな ないすばでぃが目当てじゃな!!」 「ああ、うん。そういうのはないから」 そういうからかいはクリスだけで十分だ。 第一、妖艶だとか、ナイスバディだとか。 一体どこを見て言っているのだろうか。 「なんじゃ、ノリが悪いのう。それで、なんじゃ?」 「何故、魔王の子倅が勇者一行に加わっておるのじゃ」 「なんだ……気付いていたのか」 「うむ。お主の放った呪文に覚えがあってな。 先代の魔力に似ておったぞ」 「……そうか」 親父殿の魔力に似ていた。 不覚にも、その言葉にジンと来てしまった。 「まあ……何故、勇者の仲間にいるのか 説明すると、長くなるんだが」 「長い話はワシは嫌いじゃ。説明せずとも良い」 うむ、と偉そうにレヴィ・アンが頷く。 俺の正体を知りながら、こいつはなんで 偉そうなんだろう。 「そうか。なら、話を進めよう。 お前に聞きたいことがある」 「おう。なんじゃ?」 「水中での戦闘は無敵って、聞いていたんだが ……何故、負けたんだ?」 それも納得のいかないことだった。 いくらヒスイが理不尽なパワーアップをしたとはいえ、 水中では敵なしのレヴィ・アンが何故負けた。 「ワシが無敵なのは水中戦じゃからな」 「水の外では、無敵なわけなかろうて」 「……うん?」 「つまり、船の上に上がった時点で ワシは無敵ではなくなったのじゃ!」 「胸を張って言うなっ!?」 無敵なのはあくまで水中戦のみ。 水から出てしまえば無敵ではない。 なるほど。実に分かりやすい。 「お前……自分から船の上に出てきたよな?」 「うむ。そうじゃが?」 「……どうしてだ? 水の中に引きずり込むとか、 手段はあっただろ?」 「それには理由があってな……」 「どんな理由だ?」 「長年の天敵であった、あのアホサメが 倒されてテンションが上がってな」 「ついつい、飛び上がってしもうた。てへへ」 『てへへ』って、無茶苦茶軽く言いやがって……! くそっ、こいつ……どうしてやろうか。 レヴィ・アンとの戦闘を終えて、船は予定通りに アワリティア城へと向けて進んでいた。 やはり、大回りに陸路を進むより、 海路の方が遥かに早い。 わざわざ砂の海を何度も越えたのが、 バカバカしく感じられてしまう。 「最初から、海路を使えば良かっただろうに」 「それは無理です」 潮風に髪をなびかせながら、リブラが ゆっくりと首を横に振る。 「どうしてだ?」 「アワリティア城から船を出そうとすると、『魔の海峡』 をどうしても通らなきゃいけないからね」 俺の疑問に答えたのはクリスだった。 人間どもの間でも『魔の海峡』という名前が 使われているのか。 まあ、危険な場所だということが、 聞いてすぐに分かる名前からな。 だったら、使うか。 「ん? でも、この船はアワリティア城に 向かっているんだよな?」 「はい……そうですよ」 どうやら船酔いはまだ治まっていないらしく、 ヒスイの顔色は相変わらず優れないままだった。 砂の海では俺が死ぬほど苦労して、本物の海では ヒスイが死ぬほど苦労している。 この取り合わせの妙はいったい何事だろう。 「だが、アワリティア城には近付けないんだよな?」 そのためには、どうしても『魔の海峡』を通る 必要があると、さっきクリスも言っていた。 ならば、どうやって城へと向かうのだろうか。 「手前で船を泊めて、 そこから陸路になるな」 「……は?」 船を泊める、とかやけに簡単に言うが、 いったいどこに泊めるのだろう。 アワリティア城の傍に、港町らしき場所 なんてなかったはずだが……。 「とか言ってる間に、到着したよ」 「って……おいおいおいおい!?」 何故か、船は速度を落とすことなく 真っ直ぐに陸地へと突っ込んでいく。 いやいやいや、無理だろ。 これ、激突とかするだろ! どんどんと迫ってくる陸地。 船の舳先が、陸へとぶつかった瞬間――。 「……え?」 俺は何故か、森の中に立っていた。 これはいったいどういうことだ? 何が起きた? 「はふぅ……やっと、陸に戻れました……」 「それほど長い間離れていたわけではないが、 少し懐かしい心地がするな」 「アワリティア城に着いたら、 ちょっとゆっくりしようか」 辺りを見渡してみると、他の連中も全員いるようだ。 ど、どうなっているんだ? 「どうしました? まるで気が付いたら 陸地に立っていた、みたいな顔をして」 「ああ、うん。いや、まさにそういう 気持ちなんだが……」 自分の身に何が起こったのか、上手く把握出来ない。 どうしよう……他のやつらに聞いてみようか……? 「あー、えーっと、ちょっとすまん。 みんなに尋ねたいことがあるんだが」 「ん、なんだ?」 「どうしたの、急に」 「なにかありましたか?」 三人には、いつもと変わった様子は見受けられない。 もしかして、今起きたことを不思議に思っているのは、 俺だけなのだろうか。 それはそれで、少し怖いが……ここは勇気を振り絞ろう。 「俺たち、さっきまで船の上にいたよな?」 「うん。そうだけど?」 俺は確かに船の上に存在していた。 どうやら、それは間違いではないらしい。 「で、俺たちは今、何故か森の中にいるよな?」 「何故か、と言うほどのことでもないだろう。 私でも、見れば分かるぞ」 ああ……やっぱり、こいつらにとっては 今の状況は不思議でもなんでもないのか。 「後ろにちゃんと船もあるでしょ?」 クリスの言葉に背後へと振り返る。 俺のすぐ後ろで唐突に森は途切れ、 砂浜に変わっていて……。 海の上には、確かに見慣れた船の姿があった。 「……なるほど」 改めて、三人へと向き直る。 「……いつ、船を下りたんだ?」 「え? さっき、下りましたよ」 「さっき、というのは、こう、船と陸地が 接触した瞬間ってことか?」 「はい」 「……そうか」 俺をからかったり、馬鹿にしていたりするような雰囲気 は微塵もなく、ヒスイはむしろ不思議そうにしていた。 ええっと、つまり、それが普通ってことなんだな。 「……ちょっと忘れ物をしたんで、 一度船に戻ってくるな」 そう告げてから、砂浜の方へと一歩踏み出すと――。 次の瞬間、俺は船の甲板に立っていた。 「なるほど。まあ、こういうこともあるよな」 「とうとう世界の矛盾を受け入れ始めましたね」 「流石にそろそろ、ツッコミにも疲れてきたぞ……」 世の中、本当に不思議なことに満ち溢れているのだと、 改めて思った出来事だった。 サブイベントが発生しました! 『うつつかゆめか』 サブイベントへ 旅路を急ぐ 「さて、ヒスイは……」 ヒスイの姿を探して、町中を歩く。 あいつのことだ。きっと、また町の人間全員に 話しかけたりしているのだろう。 だとすれば、人通りの一番多い場所から探すのが 効率的なのだが……。 「えっ、本当にいいんですか?」 っと。どうやら、ここで正解だったようだ。 耳に届く、聞きなれた声に辺りを見渡すと――。 「そんな便利な物なのに」 ――いた。 「ええ。今だけの、限定販売となっていますから」 ついでに、なんか余計なのまでいた。 「何やってんだ、あいつは……」 くそっ、俺としたことが油断していた。 アスモドゥスが船から降りてきているんだ。 マユだって、降りてくるのは十分に考えられたはずだ。 ただでさえ、どこにだって現れる奴だしな。 「……とりあえず、見なかったフリをしておくか」 今、近寄ったら面倒なことになりそうだ。 ここは、気付かないフリをして通り過ぎておこう。 そう思っていたのに――。 「というわけで、このどんな扉でも開く不思議な鍵。 20000Zポッキリです!」 「これさえあれば、魔王城に裏口から こっそり入ることだって出来ます!」 「コラーッ!!」 聞こえてきた言葉に、大声でツッコミを 入れながら、足早に歩み寄る。 「わっ、ジェイさん!?」 驚いた顔で振り向くヒスイをよそに、 マユへと詰め寄ろうとするのだが。 「うひゃー、たいさーん」 それよりも早く、マユがニヤニヤと笑いながら逃げ出す。 その姿は、あっという間に人波の中へと消えていった。 くっそ。逃げ足の早いやつだ。 「……はぁ」 ため息を漏らしてから、頭を掻く。 ヒスイへと向き直ると肩を竦めさせて。 「なあ、ヒスイ……。あれ、偽物だぞ」 「……えっ、そうなんですか!?」 俺は、なんでこんなことを言わなければいけないんだろう。 思わず、肩が落ちそうになるのをぐっとこらえる。 「いや、だってありえないだろ。 どんな扉も開く不思議な鍵って」 「そんなもの、聞いたこともないぞ」 全ての鍵穴に合う鍵ってどんなだよ。先端が可変式かよ。 「そうなんですね……」 俺の言葉に、ヒスイが残念そうにうなだれる。 こいつはいつだってこうだ。すぐに人の言葉を信用する。 ついさっきはマユの言葉を信用して、そして 今は俺の言葉をあっさりと信じてしまう。 素直さは美徳ではある。が、それも 行き過ぎると愚かさに変わる。 こいつが立っている位置は、かなり危うい。 「別に、そんな鍵なんて必要ないだろう」 「あれば、便利だと思ったんです。だって……」 確かに、魔王城の裏口から入れるとなれば、 攻略は楽になるかもしれない。 明らかに怪しい情報でも、飛びつきたくなるのは分かる。 「鍵がかかっている家にも入れるようになりますから」 「……うん?」 なんか、きなくさいことを言い出したぞ。 「そうしたら、全部の家のタンスを 調べることが出来ますからっ」 「元気よく言うなーっ!!」 ちょ、お前。 魔王城に裏口から入れることよりも、全部の家の タンスを調べることの方が重要なのかっ! 俺の城、そんなに重要度低いかっ!! 「もしかしたら、すごいアイテムやお金が 入ってるかもしれませんよ」 「入ってねえよ!!」 タンスの中に入ってるすごいアイテムってどんなだよっ! あと、タンスの中に大金が入ってるとしたら、 きっとへそくりだから、取ったら可哀想だろ! 「そうですか? あのお家のタンスには、 5000Z入ってましたよ」 もう手遅れだった……だと……っ!! 「というわけで、ジェイさん。わたしと一緒に、 向こうのお家のタンスを調べに行きましょうっ」 「は……?」 何か答えるよりも早く、ヒスイが俺の手を取って歩き出す。 ああ、そうだ。気付けば、俺はいつもこうやって、 こいつのペースに巻き込まれていた。 「ジェイさんと一緒だと、楽しく調べられそうですっ」 俺は楽しくもなんともねえよ! 声を大にして、そうツッコミたかったのだが……。 「……ほどほどにしておけよ」 何故か、とても嬉しそうなヒスイの笑顔を見たら、 否定するような言葉は出てこなかった。 「はい。ジェイさん……」 「なんだ?」 「明日は頑張りましょうねっ!」 ぐっと、俺の手を握るヒスイの手に力がこもる。 武者震いか緊張か。どちらかは分からないが、 その手が小さく震えていたことに気付いてしまい。 「……そうだな」 俺は空へと視線を逃がしながら、頷いてしまうのだった。 こうして、最後の休息は終わり――いよいよ、明日。 俺の、俺たちの冒険は、新たなステージへと入るのだった。 「さて……カレンはどこだ?」 勇者一行の中で、実は一番目を離すと怖い存在はカレンだ。 町中で自由を与えると、あいつは すぐに買い物をしようとする。 装備品を買うのであれば、まだマシなのだが。 「あいつは肉しか買わないからな……」 しかも、大量に買い込む。60や70くらいなら、 平気で買い込むのだ。 たまに、荷物に肉の匂いが染み付いたり するくらいに、買い込む。 肉の匂いが染み付いた回復草や解毒薬など、 使いたくもない。 金銭的にも、精神的にもダメージを負わなければ いけなくなるのは勘弁願いたい。 「……って、なんで俺が金の心配なんて しなければいけないんだ」 おかしいぞ。俺は魔王なのだ。本来であれば、 何の不自由もなく暮らせるのに。 どうして、俺が金の心配なんて……。 「お、魔法使い」 俺が思わず肩を落としそうになった瞬間、 探し人であるカレンから声を掛けられた。 こいつ、いつの間にか着替えまで 済ませているじゃないか。 「どうした? 一人で何かぶつぶつ 呟いているようだったが」 「ああ、いや、ちょっとお前のことを考えていたんだ」 「私のことを……」 「なっ!? そ、それはどういう意味だっ!?」 「そのままの意味だ」 ん? こいつ、なんで慌てているんだ? 何かやましいことでもあるのだろうか。 「ところで、お前は何をしてたんだ?」 「え? あ、ど、道具屋で買い物を少し、な」 ああ、なるほど。どうせ、また肉でも 大量に買い込もうと思ってたのだろう。 そこを俺に見つかった。そう考えたら、 さっきの慌てようも頷けるというものだ。 「そうか。だったら、俺も一緒に行こう」 「ま、魔法使いも一緒に……か?」 「何か問題でもあるか?」 「いや、ない。ない、けど……」 どうにも歯切れが悪いな。 やっぱり、やましいことがあるに違いない。 もっと言うならば、肉を大量に買おうと していたに違いない。 「だったら、行くぞ」 「……分かった」 ん……? 待てよ、カレンは道具屋で 買い物をするとか言ってたな。 で、道具屋と言ったら……。 「ようこそ。楽しい道具屋へ。クフフフフ……」 こいつか……! ていうか、まだ店番やってたのかよ! 「親父さん、売り物を見せてもらえないか?」 「どうぞ、どうぞ」 しかし、本当にアスモドゥスに対して 疑問を抱いたりしないんだな。 どう見ても、船の中で見た姿だろ、これ。 「なあ、カレン。この道具屋を見て、 何か気付かないか?」 「ん? うーん……」 「人当りが良さそうだな」 どこをどう見たら、そうなるんだ! こいつ、明らかに怪しい仮面被ってるぞ! 「クフフフ。ありがとうございます、 可愛らしいお嬢さん」 「か、可愛らしいだなんて……やめてくれ」 うーむ。やはり、恐るべきはアスモドゥスの幻術か。 いや、まあ、カレンなら幻術とか 抜きで騙せそうな気もするが。 「商品自体は普通なんだな」 店番を代わっているだけなので、まあ、当たり前か。 「見たことのない回復草があるぞ」 「お、本当だ」 この辺りでだけ採れるものだろうか。 見覚えのない植物が商品に混ざっている。 「とはいえ、効果が分からない物は買いたくないな」 「確かにそうだな」 アスモドゥスに聞いても、おそらく分からないだろう。 店番を代わっているだけの男だから。 「……あ」 一緒に商品を物色していると、 カレンの視線が一点で止まる。 「どうした?」 「いや……綺麗だと思ってな」 どうやら、カレンの目を引いたのは イヤリングだったらしい。 魔力のような物は感じられない。 単なる装飾品のようだ。 「興味あるのか?」 「まあ、人並みには……な」 「普段は、こういうの付けてないよな」 「私は……こういうのは、あまり似合わないから」 「そうか?」 イヤリングに似合う、似合わないなんてあるのだろうか。 疑問に思った俺は、イヤリングを一つ手に取って――。 カレンの耳へと、イヤリングを近付ける。 「結構、似合うと思うんだが」 「え……? ちょ、ま、魔法使い!?」 俺の行動に目を白黒とさせながら、 カレンが頬を赤く染める。 「きゅ、急に……何を……」 「いや、お前が似合わないとか言うから、 試してみれば分かるかと思って」 「ど、どうせ、私には似合わないだろ……」 「だから、似合うって言っただろ」 さっき、そう言ったばかりだというのに。 まったく、本当に人の話を聞かない奴だ。 「そ、そうか……」 そうだ。いいことを思いついた。 ここでイヤリングを買って、金を使っておけば 肉の大量買い込みを防げるかもしれない。 よし、そういう方向に話を持っていこう。 「で、どうする?」 「どうする……って?」 「買ってやろうか?」 「……は? え、こ、これをか?」 「他に何がある」 「いや……ない……が」 カレンの視線が、ためらいがちに彷徨う。 なんだ? やっぱり、肉の方がいいのか? 「その……折角だけど、遠慮しておく」 「戦闘で壊れたら……もったいないから、な」 「……そうか」 思わずため息を零しながら、イヤリングを 商品の中へと戻す。 やれやれ。どうにも、上手くいかないものだな。 「……あ。そ、その、なんだ、魔法使い……」 「ん?」 「魔王との戦いが無事に終わって…… 戻ってこれたら……その……」 「その時に、また……同じ言葉を言ってくれないか?」 「それは……」 魔王との戦いが終わったら、か。 その時、俺はどうしているのだろうか。 結果がどうなるにせよ、俺はこいつとは 一緒にいない可能性が高いだろう。 「駄目……か?」 「ああ。分かった」 「そうか、ありがとう」 ホッとしたように笑顔を浮かべるカレンを見ながら。 いよいよ、明日――。 俺と勇者たちにとって、一つの転機と なるであろう日が訪れる――。 「二人っきりだね、ジェイくん」 「ああ……そうだな……」 説明しよう。今日こそちゃんと宿を二部屋取っているか どうかが気になった俺は、確認に向かった。 そうしたら、案の定一部屋しか取っておらず、 その上、こうしてクリスに捕まり……。 今は二人で並んでベッドに座っている状態だった。 以上、説明終わり。 「どうして、距離を取るのかな?」 「なんとなく、かな」 貞操の危険を感じるからです、なんて言えない。 そんなことを言おうものなら、こいつは嬉々と してからかってくるに違いないからだ。 「むしろ、先生の方が貞操の危機だと思うんだ」 「むしろってなんだ!」 「きっと、ジェイくんは自分の貞操が 危機とか思ってるような気がして」 「的確に人の心を読むなっ!」 「ふふっ、ジェイくんは可愛いなあ」 くすくすと、余裕たっぷりにクリスが笑いを漏らす。 くそっ、結局からかわれてしまった。 魔王をからかう神官なんていてもいいものだろうか。 俺には分からない。 「たまに疲れない?」 「何がだ……」 「んー、ツッコミ?」 「休めるものなら、休みたいんだがな……」 俺も、ツッコミなんてしないで済むのなら、それが一番だ。 しかし、現状はツッコミし続けの毎日。 それもこれも、こいつらがおかしなこと しか言わないからで。 ああ……いや、俺を休ませてくれないのは、この世界 全てか。ことあるごとにおかしな出来事もあることだし。 「あははっ、ジェイくんは先生たち 相手にも大忙しだよね」 「にも、ってなんだよ」 「たまに、ジェイくんはもっと大きなものに ツッコミしているでしょ」 「例えば、世界とか」 「…………」 この指摘には、俺もつい黙り込んでしまう。 本当に、俺の心を読んだかのような タイミングで言われてしまった。 「全部受け入れてしまえば、きっと楽になるよ」 「……そういうわけにもいかないんだよ」 俺には全てを受け入れる気になんてなれない。 俺は自分自身に告げられた死の予言を 否定しなければいけないからだ。 それだけは、どうしても受け入れるわけにはいかない。 「抗うなんて疲れるだけだし、きっと徒労で終わるよ」 「だが……ッ!?」 諦めろと俺に告げるかのような言葉に、 声を荒げながらクリスへと向き直る。 しかし、俺は最後まで言葉を紡ぐことが出来ずに、 途中で息を飲み込んでしまうことになった。 何故ならばクリスが、とても穏やかに笑っていたから。 まるで、全てを悟ったかのように、穏やかに笑っていた。 「世の中、なるようにしかならないんだよ。ジェイくん」 「それは、先生が一番よく分かってるんだ」 「どういう……」 意味だ、と。問いかけることが何故かためらわれて、 言葉を飲み込んでしまう。 クリスを直視することが出来ずに、視線を伏せてしまう。 何故だろう。どうして、俺はそんなことを してしまうのだろう。 「というわけで、先生を受け入れなさいっ」 「……へ?」 俺が視線を伏せているうちに近付いてきたのだろう。 気付けば、クリスの顔が間近に迫っていて――。 「どーんっ!」 「うおっ!?」 抵抗する間もなく、俺はベッドに押し倒されてしまう。 「あははははっ!」 そのまま、愉快そうに笑い声を上げながら、 クリスがぎゅっと俺にしがみ付いてくる。 こいつ、何をする! 胸中で毒づきながら、クリスを 振り払おうとするのだが……。 「……お前……」 俺にしがみ付いてくるクリスの腕が、小さく震えていた。 それに気付いた途端、クリスから体を 引きはがす気が薄れ始めていった。 「なんとなく、だけどね。明日、怖いことが 起きそうな気がするんだ」 「本当に……なんとなく、なんだけど」 いつも何を考えているか分からない奴だが ……今、不安を抱えているのは理解出来た。 「怖いこと、な」 「うん。上手くは言えないんだけどね」 だが、それを――不安や恐怖を共有するのであれば、 もっと相応しい相手がいるはずだ。 俺のような相手ではなくて、ちゃんとした 仲間たちがいるのに。 「そういうのは、ヒスイたちに言うべきだろ」 「そこはほら、先生に見つかったのが 運の尽き、みたいな」 「まあ、確かに運は尽きた感じはするが」 「後はほら、先生は先生だから…… あんまり弱いところを見せても、ね?」 「俺なら、見せてもいいっていうのもおかしな話だろ」 「だって、ジェイくんは……本当なら いないはずの人だから」 本当ならいないはずの人。 その言葉が、俺の胸を不意にざわつかせる。 クリスは何を思って、そんな言葉を使う。 ……分からない。 「ちょっとだけでいいから……お願い」 クリスの意図が分からない以上、 警戒するのが当たり前なのだが……。 普段は見せることのない、クリスの芯の部分を垣間 見たようにも思えて、むげに扱う気にもなれない。 結果、俺が選ぶのは――。 「少しだけ、だぞ。他の連中に見られたら、 何を言われるか分からないからな」 今のクリスを受け入れること、だった。 「ありがとう、ジェイくん」 「礼を言うほどのことじゃないさ」 我ながら、甘いと思わざるをえない。 クリスの言葉と態度に揺さぶられて、 動揺するなんて……情けない。 だが、一度受け入れることを選んだからには、 途中で反故にするわけにもいかない。 しばらく付き合ってやるとしよう。 「えっちなことをしたくなったら、 我慢しなくていいからね」 「よし。やっぱり、お前離れろ」 「軽い冗談なのに」 「お前が言うと、冗談に聞こえないんだよ!」 まったく……俺は何をしているのだろう。 そんな疑問を抱きながら、最後の休息は過ぎて行き――。 旅の転機となるであろう明日は、 刻一刻と迫ってくるのだった。 サブイベントが発生しました! 『宝を探して』 サブイベントへ 旅路を急ぐ 「とうとう辿り着きましたね」 「ここが……魔王の領地」 「随分と殺風景な場所だね」 城を出て、どのくらいが経っただろうか。 ついに、俺は再びこの地を足で踏みしめることになった。 我が魔王城の膝元。俺が親父殿より引き継いだ、領土。 「なんだか、毒の沼地とかありそうな気がするよ」 「ああ。その辺りに何故か人骨が ごろごろと転がっていそうだ」 その領地に入る早々、とんでもないことを 言われてしまっている。 別に毒の沼地なんてねえよ! 人骨だって転がってねえよ! 「い、いや、こう、あまり知らないのに そういうことを言うのは感心出来ないぞ」 「住んでみたら、案外快適な場所かも しれないじゃないか」 何故だろう。生まれ育った場所を悪く言われると、 いたたまれない気持ちになってしまうのは。 遠回しかつやんわりとしたフォローを試みてみるのだが。 「いえ、それはないでしょうね」 「ちょ、おま……!」 真っ先に裏切ったのは、身内だった。 「とてもではありませんが、こんな所には 住みたくありませんね」 ジッと、感情のこもっていない目を俺に向けながら、 リブラが淡々と言葉を紡ぐ。 まあ、発言の意図は分からないでもない。 ここで、あまりこの土地というか、魔物を庇い立て するような発言はしない方がいいということだろう。 だが、何故、そこで俺をジッと見てくる。 もしかして、魔王城で暮らすのが嫌だったのか? 少しだけ、へこんでしまいそうになる。 「女神様のご加護がなければ、こんな土地に なってしまうんですね。知りませんでした」 足元の岩を剣先で突きながらヒスイが辺りを見渡す。 その視線には、痛ましいものを見るかのような 嘆きの色が浮かんでいた。 「魔王を倒し、女神様を救い出すことが出来れば、 この土地も豊かなものに変わるのでしょうか?」 ヒスイの言葉は、誰に向けたものか分からない問いだった。 まるで、自分自身に尋ねるかのような言葉。 あるいは、自らを奮い立たせるためのものかもしれない。 「……さてな。俺には何も言えないな」 その問いを黙殺することが何故か出来ず、 曖昧な返答を口にしてしまう。 俺が倒されることが前提の問いなど、 一笑に伏すべきものであるのに。 「そればかりはやってみなければ分からないだろうな」 「なるかもしれない、という可能性は 残っているってわけですね」 「ああ、その通りだ。そして、それを 確かめることが出来るのは」 「先生たちだけ、ってことだねっ」 「はいっ、そうですね!」 こんな状況でも、こいつらは明るく前向きだ。 それぞれが、お互いを鼓舞するかのように 顔を見合わせて頷き合っている。 「…………」 「何を考えているんですか?」 そして、俺たち二人はそれを眺めている。 これこそが、決定的な立場の違いを 表している構図であるかのように。 「特に何か考えているわけではない」 ここでようやく旅も終わると考えれば、 感傷のようなものが湧かないでもない。 だが、俺の胸の中にあるのは、 少しの不安と大きな期待だけだ。 それ以外の感情は、明確に形を結んではいない。 「ただ……」 「ただ?」 「作戦が上手くいくかどうかが、気がかりだな」 これならば、間違いがない。 過去に二度確信していたにも関わらず、 こいつらはそれを覆した。 まあ……何度も言ってきたが、こっちが ほぼ自滅したようなものだったが……。 「さて。まあ、上手くいくにせよ失敗するにせよ、 あなたが勇者にやっつけられてしまいますが」 「上手くいったら、やっつけられずに済むだろ」 「わたくしの予言は当たりますので」 「この前、ずれがどうのこうのとか言ってなかったか?」 「あれはフラグの話です」 うーん……相変わらず、そのフラグというやつが よく分からないが、まあいいだろう。 「ジェイさん。行きましょう」 「ああ、そうだな」 今度の作戦――三人目の刺客を相手に、 まぐれなど起きない。 「よし、気合を入れていこう。 魔王の城は西の方向だったな」 「ということは……こっちか」 「カレンちゃん、そっちは北だよ」 「……む?」 勇者たちの幸運な快進撃もここまでだ。 何故ならば、ここで勇者たちを待ち受けるのは、 火の魔将”竜姫ベルフェゴル”――。 「四天王、最強の将が待っているのだからな」 今度こそ、まぐれはない。 ……はずだ。 時は少し遡り、島へと上陸する前の海上。 俺たちは甲板の隅で、こっそりと魔族会議を行っていた。 ……のはいいのだが。 「この格好はどうにかならなかったのか?」 「カモフラージュにございます」 「周りの目を誤魔化す必要もありますからね」 「あ、何か、かかりました」 「お。早速ですかっ」 何故か、俺たちは四人で並んで仲良く釣りをしていた。 晴れ渡った青空の下、爽やかな海風を受け、 釣り糸を垂らしながらの悪だくみ。 今一つ締まらないというか、絵にならないのだが、 周囲の目を誤魔化すためなら仕方ない。 色々とツッコミたいのだが、ここは我慢しておこう。 「それで、どのような手を準備したんだ?」 「クフフフ。最強のカードをご用意しました」 「最強……?」 「なんで、露骨に嫌そうな顔をしてるんです? ジェイジェイ」 「ジェイジェイ言うな!」 まずは、そこにツッコミを入れておく。 こんな場所で、魔王様とか呼ばれるのに比べたらマシ なのだが、それにしたってジェイジェイはないだろう。 「いやーん、つれないんだからー、ジェイジェイは」 「お前、キャラがぶれてきてるぞ」 「影はその時によって、様々な形に変わるんですよ」 無意味にそれらしいことを言われてしまった。 悔しいが、ここは負けを認めるしかないだろう。 「まあ、つれないのはツンデレがモテると 勘違いしている年頃だからでしょうね」 「男のツンデレって面倒くさいだけですよね」 「黙れ。お前、水に漬けっぱなしにするぞ!」 「わたくしはそのような脅しに屈しません」 「何故ならば、耐水・撥水ともにバッチリだからです」 どこか誇らしげに胸を張りながら、 リブラが得意げに自慢してくる。 「どんな魔道書だよ、お前」 「伝説の魔道書です」 一切説明になっていない返答まで、 得意げな顔でされてしまった。 一体、俺にどうしろって言うんだ。 「あー……ったく。二人とも、余計な横槍を 入れてくるんじゃない」 「話を続けてくれ、アスモドゥス」 「了解いたしました。しからば、この伝説の大魔導師 であるわたくしめが説明を続けましょう」 「地味に対抗してんじゃねえよ!」 「負けませんからね」 「こんな時だけ、燃えるなっ!」 「ならば、伝説の鍛冶職人である私も……」 「適当なこと言ってないで、話を進めろーっ!!」 妙な感じにヒートアップしてきたところを、 大声で制する。 というか、こいつらの軽さはどうしたものか。 日増しにノリが良くなってきている気がする。 「いいか、お前ら真面目にやれ! 俺の命がかかってるんだぞ!」 「場の雰囲気を和ませようと思いまして」 「会議に和み要素なんて一切必要ねえよ!」 「申し訳ございません」 アスモドゥスが丁寧に頭を下げて、謝罪する。 城にいる時はとても真面目なやつだったのになあ……。 こいつも徐々に毒されてきてしまったのだろうか。 「……で、最強のカードっていうのはなんだ?」 しょうがない。ここは俺が話を進めていくしかないな。 「はっ。四天王最強こと、火の魔将”竜姫ベルフェゴル” でございます」 「四天王最強、なあ……」 アスモドゥスは自信たっぷりな様子なのだが、 どうにもその言葉が信用出来なかった。 「おやあ、乗り気じゃない感じですね」 「いや、だってあれだろ? また、火の中で だけ最強とか……」 「最強の自己再生能力で自滅したりとか、 そういうのだろ?」 いかんせん、俺が知っている四天王というのが、 マーモンとレヴィ・アンの二人しかいない。 それだけに、四天王最強とか言われても、ちょっと 疑ってしまうのはやむをえないだろう。 「いいえ、違いますぞ。ジェイ様」 自信たっぷりに、アスモドゥスが首を横に振る。 「ベルフェゴルは言葉通りに四天王最強の存在です。 戦う場所を選びません」 「また、身に付けているマントは防御と攻撃の どちらにも用いることの出来る魔道具です」 「ちなみに、装備するだけでかなりの 魔力を必要とする強力なものです」 「力だけではなく、魔力にも長けていることの 証明にもなります」 ほう……。確かに、能力面には中々期待が持てそうだな。 「性格面に問題があったりしないよな?」 「地味すぎるのをすごく気にしてたり、ハイテンション で後先考えずに行動したりとか」 いかんせん、俺の知っている四天王は あの二人だけであり以下略である。 いくら能力が高くとも、性格的な面で難があれば 台なしになるというのは、実証済みだ。 「それだけはありません」 「むしろ、真面目すぎるのが問題ですねー」 「お前を基準にしたら、世の中の大抵のやつは 真面目になるだろうけどな」 「うはー、ツンツンジェイジェイですよ」 「デレるタイミングでも狙っているのでしょうね」 「お前ら……俺をどうしたいんだ……」 なんだ。何があっても、俺をツンデレに したいつもりなのか。 俺にどうしろって言うんだ。 「ともあれ……ベルフェゴルは性格面でも 問題はないってことでいいんだな?」 「はい。生真面目ゆえに姑息な策を嫌い、正面より 戦いたがる傾向は少々ございますが」 「ふむ。まあ、それくらいならば確かに問題はないな」 「まさに将と呼ぶに相応しい性格にてございます」 なるほど。性格面も特に問題はなさそうだ。 良かった。四天王って、ふざけたやつ ばっかりじゃなかったんだな……。 流石に最強と呼ばれるやつは、マトモなんだな……。 「ベルフェゴル、か……」 今度こそ。今度こそは、ヒスイたちをけちょんけちょんに 叩きのめしてくれるだろう。 そのはずだ。そうに違いない。 「準備の方は整えてあるか?」 「はい。すでに罠が仕掛けてあります」 「いやー、あれは完璧な罠ですね。思い出すだけで、 背筋がぞっとします」 「あれにかからない人間なんて、いませんね」 「やつらは上陸後、ベルフェゴルの待ち構える地点へと 自ら足を運ぶことでしょう。クフフフ」 どうやら、その罠とやらにもかなりの 自信を持っているようだ。 アスモドゥスの悪い笑いも、心なしか普段よりも キレがあるように感じられる。 マユが太鼓判を押しているのが、若干不安だが……。 「よし。ならば、お前の策を使おう」 「お任せください。必ずや、勝利を お届けしてごらんにいれます」 クククク……。実に楽しみだ。 四天王最強の将が相手ならば、ヒスイたちも ひとたまりもないだろう。 今日で、この旅も終わりを迎えるのだ! 「待っているがいい……」 「あ、竿引いてますよ」 「…………」 ビシっと決めようとしたところで、 横からリブラの声がかかる。 確かに、何かがかかったらしく、小刻みに竿が揺れている。 それを両手でしっかりと握りしめると。 「待っているがいい、勇者どもめ!」 俺は最後の決め台詞とともに、勢いよく 魚を釣り上げるのだった。 ……いや、どんな締めだ。これ。 そして、時間は現在へと戻る。 例によって、何故か馬車を四人で囲む体勢にて、 俺たちは一路西を目指していた。 合理的な移動方法ではないと思うのだが、こうして後ろを 歩いていれば馬車を引く竜が見えないのは助かる。 「さて……罠とやらはどの辺りだ……」 辺りを見渡しながら、低く呟く。 アスモドゥスから罠の詳細は聞いていない。 まあ、どう移動するか分からない相手に仕掛ける以上、 小規模なものではないのだろうが。 「あーっ!!」 その時、前を歩いていたヒスイが突然大声を上げる。 「どうしたっ!」 「何かあったの?」 「あれを見てくださいっ!」 全員の視線が、ヒスイが指差す前方へと集まる。 そこでは……。 「シルバーー!」 銀色のスリーミーが牙を剥いていた。 金属質な体が、光を受けてキラキラと 輝いていて、かなり目立つ。 「あれがどうしたんだ?」 確かに、珍しい個体であることに違いはない。 だが、大声を上げて驚くほどのことでもないだろう。 「ん? あれは、もしかして……」 「あ。そうだよ、間違いない」 ……あれ? あのスリーミーのことは、全員が知っているようだった。 知らないのは、俺だけ……? 「ジェイさん、シルバースリーミーですよ。 シルバースリーミー!」 「お、おう?」 俺が少し引いてしまうくらい、ヒスイの声は 興奮で弾んでいた。 なるほど、確かにシルバーだ。シルバーっぽい見た目だ。 ……だから、なんだ? 「シルバーー」 泣き声なのかなんなのか、よく分からない声を上げながら、 シルバースリーミーとやらが逃げ出す。 あいつもヒスイの大声にビックリしたんだろうな。 「くっ、逃がしてなるものかっ!」 「……え?」 逃げ出したシルバースリーミーを追いかけて、 カレンが真っ先に駆け出す。 「や、ちょ、ま、待てよ!」 おかしい。カレンが暴走するのは、まあ、よくあること だが、魔物に固執するのは初めて見た。 あれだろうか。親の仇とか、そういうのだろうか。 「ヒスイちゃん、追いかけよう。 逃がしちゃもったいないよ」 「はいっ、追いかけましょう!」 「……は?」 そして、ヒスイとクリスまでもが カレンに続くように駆け出す。 当然のように馬車も走り出す。 「な、なんでだっ!?」 慌てて俺も追いかけるのだが……なんで、あいつらが こんなにムキになっているのかが分からない。 「なるほど。これが罠ですか」 一人、馬車の上でのんびりと状況を眺めながら リブラが納得したように頷く。 「せ、説明しろ! なんで、あれが罠なんだ!?」 「あれは、シルバースリーミーという希少種です」 「それは、分かる」 名前はヒスイから聞いたし、あれが珍しいもの だというのも言葉の端々から感じ取れる。 「なんで、あいつらは必死に追いかけてるんだ!」 「あれは経験値がとても高いのです」 「……は?」 「通常のスリーミーを1とするならば、 シルバースリーミーはおよそ40200です」 「はぁぁぁっ!?」 多すぎるだろ! なんで、体がシルバーになっただけで、 そんなに跳ね上がるんだよっ! 普通のスリーミーの価値がないみたいに思えるだろっ! 「さらに、極めてまれにですが、珍しいアイテムを 落とすことでも知られています」 「その名は、ハッピーシューズ。はいた者には 幸福が訪れるという靴です」 「全然、幸福じゃないよな、シルバースリーミー! 無茶苦茶狙われるだろ!」 「まあ、はけませんからね。スリーミーには」 なるほど、納得した。 ……じゃなくて!! 「罠って、もしかして……」 「ええ。シルバースリーミーを使って、ベルフェゴルが 待ち構える地点へと誘い込むのでしょう」 「確かに、回避不可能な罠です」 高い経験値を逆手に取った罠――。 流石はアスモドゥス、なんて恐ろしい罠を考えつくんだ。 「ど、どこまで、誘い込む……つもり……なんだ……?」 走り通しのために、徐々に息が上がってくる。 何度もくりかえすが、俺はインドア派魔王だ。 体力にはそこまで自信はない。 「さて、そこまでは」 つまり、どこか分からない場所に辿り着くまで、 ずっと走り続けなければいけないのか。 俺にとっても、恐ろしい罠だ……。 「なあ……リブラ……ちょっと、交代……を」 「ジェイくん! 急いで、急いで!」 「見失っちゃいますよっ!」 「くそっ、待てーっ!!」 なるほど。どうやら、俺にはリブラと 交代するための時間もないようだ。 「グッドラックです」 「走ればいいんだろ、ちくしょおおおおおっ!!」 早く、ベルフェゴルの所に着いてくれ。 俺は胸中で必死に祈りながら、ただただ 走り続けるしかなかったのだった……。 「くっ……見失ってしまったか……」 「もうちょっとだったのにね……」 どれくらい走り続けただろうか。 シルバースリーミーの姿を完全に見失った時、 ようやく地獄のマラソンが終わりを迎えた。 「ぜえ……ぜえ……」 疲れ切った体が酸素を求めて、 荒々しく喉に動くように命じる。 おそらく、今の俺は死んだ魚のような目を しているであろう。 鏡を見ずとも、なんとなく理解出来た。 「ジェイさん、大丈夫ですか……?」 「……どうにか」 ヒスイの声に、力なく片手を上げて返す。 今の俺に出来る、精一杯の仕草だった。 「ところで、ここはどこなんだろうな」 額の汗を拭いながら、カレンが周囲を見渡す。 追いかけることに夢中だったため、どこをどう 進んできたのか覚えていないのだろう。 カレンだけでなく、全員が同じだろうが。 「あれ……空が赤いね。もう、そんな時間なのかな?」 空の異変に最初に気付いたのはクリスだった。 いつの間にか赤く染まっていた空を見上げて、 不思議そうに首を傾ける。 「そんなに時間は経っていないはずなんだが……」 確かに、俺たちは長い距離を走った。 だが、カレンの言うようにそれほど 時間は経っていない。 少なくとも、まだ陽が傾くような時間ではないはずだ。 それにしても、この空……まるで。 「まるで、燃えているようですね」 ヒスイが小さく呟いた瞬間――。 ひび割れた大地が、突如爆ぜる! 「きゃっ、な、なに!?」 「襲撃かっ!」 「わ、わわっ。み、皆さん、気を付けてくださいっ!」 身構える俺たちの目前、爆発が起こった場所で 炎が渦巻いて、人の形を作っていく。 「どうやら、すでに接近していたようですね」 何の感慨もなく、リブラが呟きを こぼしながらジッと炎を見つめる。 周囲を、空までも赤く染め上げながら、 姿を現したのは――。 「よくぞ、ここまで来た。勇者ども」 炎のように赤いマントを羽織った、魔族。 「彼女こそが――」 「オレの名はベルフェゴル。 火の魔将”竜姫・ベルフェゴル”」 表情には不敵に自信を滲ませ。 言葉には重々しい不遜を乗せて。 やつは――そう、名乗りを上げた。 「四天王、最強の将とはオレのことだ」 きたああああっ! いいぞ、これはかなり高得点の登場だ。 四天王最強の名が伊達ではないと示すにはうってつけだ! そうだよ、こういうのだよ! 俺が求めてたのは、こういうのだよ! 「火の魔将……竜姫・ベルフェゴル」 「四天王最強、か。本当に強そうだね」 「面白い。相手にとって不足はない」 突然の登場に驚きを見せながらも、 三人に臆した様子はない。 「……フッ」 そんな三人に対して、ベルフェゴルが とった反応は嘲笑だった。 おお。いいぞ。そのリアクションは、 魔王的にかなり高ポイントだ。 「何がおかしい……」 剣を構えたまま、カレンが鋭くベルフェゴルを睨み付ける。 並の人間ならば怯むであろう眼光を受け止めてなお、 ベルフェゴルの顔からは笑いが消えない。 むしろ、それをさらに深めて。 「あまり強い言葉を吐くな、弱く見える」 「腕のない者ほど、特にな」 ナイス煽り! そうだ。それでこそ、四天王最強だ! 「貴様ッ!!」 「カレンさんっ!」 その言葉に激昂したカレンが、ヒスイの静止の声にも 構わずに一足で間合いを詰める。 大きく振り上げた剣を、一息に ベルフェゴルへと向けて振り下ろし――。 「な……っ!?」 「どうした? それで全力か?」 その場を驚愕が包み込んだ。 「そ、そんな……」 「これはちょっと笑えないかも……」 カレンが両手で振り下ろした剣。 ベルフェゴルは、それを片腕であっさりと受け止めていた。 「温い」 「くぅ……っ!?」 そのまま、ベルフェゴルの右足がカレンを蹴り付ける。 腹部にまともに蹴りを受けたカレンは 簡単に弾き飛ばされ、地面を転がる。 「カレンさんっ、大丈夫ですかっ!?」 「い、いや……大丈夫だ。どうやら、 手加減をされたらしい」 「みたいだね。これは、かなり手ごわいかも」 なんだ、俺は夢でも見ているのか? 強さも、風格も、ベルフェゴルの方が 圧倒的に勝っているじゃないか! 「流石ですね。これはかなりの強敵っぷりアピールです」 「ああ、そうだな。かなり期待出来るぞ」 こいつなら……こいつなら、きっとヒスイたちを こてんぱんにしてくれるに違いない! 確信を覚えた俺の胸が、ウキウキと弾む。 「さて。他の連中は見ているだけでいいのか? 貴様らの本領は集団戦なのだろう?」 「遠慮することはない。貴様らがもっとも力を 発揮出来る戦術を取るがいい。でなければ――」 ベルフェゴルの手の中へと炎が集まり、 長物へと姿を変える。 こういう仕草が一々カッコいいのは、かなり好印象だ。 「貴様らは瞬きする間に、灰塵と化すだろう」 ベルフェゴルが綺麗に口上を締める。 そろそろ、少し羨ましさすら覚え始めてきた。 「く……っ、これはかなりの強敵に違いない。 みんな、力を合わせていくぞ!」 よし、ここはこのまま一気に戦闘へとなだれ込もう。 ヒスイたちが弱気になる前に、戦闘を開始してしまうんだ。 「ジェイさん……分かりました」 俺に小さく頷いてから、ヒスイが剣を抜く。 その切っ先を真っ直ぐにベルフェゴルへと向け――。 「わたしたちには、なすべき使命があります」 「例え、あなたがどんなに強敵であろうとも、 引くわけにはいきません」 高らかに、宣言をする。 「ああ。このまま、終わるわけにはいかない」 その後にカレンが続く。 跳ね起きると、改めて剣を両手で構え直す。 「サポートは任せて、全力を出すんだよ。みんな」 胸元でメイスを握り締めながら、 クリスが集中を開始する。 「いつものように、後方より支援します」 そして、俺たちから少し離れた場所で リブラが棒立ちになる。 「準備はいいぞ、ヒスイ」 「はいっ!」 「いきます……竜姫・ベルフェゴル!」 「少しは楽しませてもらおうか。勇者ども」 赤く燃える空と、ひび割れた大地の間――。 竜姫・ベルフェゴルとの戦いが幕を開けた。 『ベルフェゴルが いっぴき あらわれた』 「解析完了。言うまでもなく、強力な 火属性の持ち主です」 「だって。ヒスイちゃん、作戦はどうする?」 「ここは、いつも通りに頑張っていきましょう!」 「了解した。切り伏せてやる!」 『さくせんが ぜんいんがんばる にへんこうされました』 ふむ。いつも通りに頑張るか。まあ、無難な策ではある。 無難だが……はたして、それが通用する相手かな? さあ、実力を見せてやるがいい。ベルフェゴル! 「フッ」 『ベルフェゴルは ふてきにわらっている』 あ、あれ? 動かない……のか? ま、まあ、そうやって強者の余裕を 見せつけるのも大事だな、うん。 「先手は譲ってやる、とでも言いたげだな」 「だったら、今のうちにやっちゃおう」 「“断罪の剣撃”」 『クリスは じゅもんを となえた』 『ヒスイたちの こうげきりょくが あがった』 「いきましょう、カレンさん!」 「ああ。同時に行くぞ!」 『ヒスイとカレンの どうじこうげき』 『ベルフェゴルに ちょっとした ダメージ』 「え……?」 「効いていない、だと!」 クリスの支援を受けての、ヒスイとカレンによる同時攻撃。 避ける素振りもなく、それをまともに受けてもなお、 ベルフェゴルが揺らぐことはなかった。 「それで全力か?」 のみならず、嘲笑うかのような挑発まで行う。 完璧だ。完璧すぎるぞ、ベルフェゴル! 「ジェイくん、やっちゃえ!」 「ああ!」 っと、俺も見てばかりはいられないな。 せめて、攻撃する格好だけでもしておかねば。 とりあえず、それなりの呪文を使っておこう。 優先すべきは、ベルフェゴルの強さを 強調するような演出だ。 「“閃光を貫く螺旋” グランド・シェイド!」 『ジェイは じゅもんを となえた』 『ベルフェゴルに そこそこの ダメージ』 俺が放った少し派手目で、一見強そうに見える程度の呪文。 それが直撃しても、ベルフェゴルはやはり直立のままだ。 「それで終わりか?」 そして、まだ手を出してこないようだ。 どこまで焦らすつもりだ、ベルフェゴルめ。 「だったら、今度は呪文と剣で!」 「合わせるぞ、ヒスイ!」 「いきますっ、勇者サンダー!」 「せりゃああああっ!!」 『ヒスイとカレンの れんけいこうげき』 『ベルフェゴルに すこしくらいの ダメージ』 呪文と剣による連携攻撃を、ベルフェゴルが 仁王立ちのまま受ける。 ベルフェゴルの足は……一歩たりとも動かない。 「ふん。どうやら、オレを楽しませることは 出来ないようだな」 「これで終わりにしてやる!」 『ベルフェゴルの さんだんづき』 「きゃぁぁっ!」 『ヒスイに ちめいてきな ダメージ』 『ヒスイは しんでしまった』 「くっ……うわぁぁぁっ!」 『カレンに やられるくらいの ダメージ』 『カレンは しんでしまった』 「そ、そんな……っ!」 『クリスに たえられない ダメージ』 『クリスは しんでしまった』 それは一瞬の出来事だった。 ベルフェゴルが動いたと思った瞬間、 三人が一瞬で地面に倒れて――。 「…………」 「戦闘終了ですね」 勝敗の行方は、火を見るよりも明らかだった。 ベルフェゴルはほぼ無傷のまま立っており――。 一方、俺の傍らには三人が倒れている。 「容易いものだ」 そう、容易いほどに。あっけないくらいに。 勇者たちは敗北したのだった。 「勝った……」 胸の中から湧き上がってくるのは、勝利の喜び。 「勝ったぞ!」 圧倒的なほどの力の差を見せつけられて、 勇者たちは敗北した。 女神の加護がある以上、こいつらは復活する。 だが、その心まではどうだろう。 敗北感を深く刻み込まれてもなお、 こいつらは立ち上がれるだろうか。 「やった……俺は、運命に勝ったぞ!!」 立ち上がれるはずがない。 これで、勇者たちは魔王討伐を諦めるだろう。 魔王の部下の四天王相手に、手も足も出なかったのだ。 魔王に勝てるなどとは、思うわけがない。 「フ……ハハハ……ハハハハハハハッ!!」 今、ここに高らかに俺の笑い声が響き渡る。 これより、全てを始めるのだ。 新なる魔王としての、俺の覇業は、 ここから幕を開けるのだ! 「な、なにがおかしいんだ……?」 突如笑い出した俺へと不審げな視線と 声をベルフェゴルが向けてくる。 「そうか。お前は知らないのか」 そういえば、俺が魔王だということを伝えて あるのかを確認していなかったが……。 どうやら、この様子だと伝わってないらしい。 まあ、下手に俺だけ手加減とかされても不自然なので、 伝えない方がいいのは確かだ。 「俺は……」 ニヒルに笑いながら、名を明かしてやろうとした瞬間――。 「おおおおおっ!?」 強烈な浮遊感に見舞われて、目の前が真っ暗になる。 全身に強い風を感じて、頭がくらくらとする。 風を切る音が、耳元で鳴り響く。 気付けば、俺はいつの間にか――。 高速で、空を飛んでいた。 「なっ!? ちょ、え!?」 な、なんだ、何が起きたんだ!? 俺はどうして、空を飛んでいるんだ!? もしかして、あれか。急に眠れる力が 目覚めてしまったとか、そういう方向か!? 「急に力が目覚めたりなんてしてませんってば」 「そんなこと思ってねえよ!」 リブラの平坦な声が、俺の思考を正確に現す。 「……って、お前も飛んでるのか!?」 「我々だけではありませんよ」 周りを見ろ、とばかりにリブラが片手を横に流す。 それにならって、周囲を見ると。 「なんか、色々飛んでる!?」 まず、目に入ったのは並んで飛ぶ三人の姿だった。 そして、その向こう側には馬車まで飛んでいた。 あのドラゴンごと、だ。 さらには、俺の気のせいでなければ船まで 飛んでいるように見える。 「どうやら、勇者一行が全滅すると、 こうなるようですね」 「この現象には見覚えがあります」 「……む。確かに」 あれは確か、ヒスイと初めて会った日だったな。 スリーミーに倒されたヒスイが、何故か一瞬で どこかへと飛んで行ったのを見た。 「三人が倒されたことで、勇者一行は 全滅したと判定されたのでしょうね」 「それで、女神の加護が発動したと考えられます」 「なるほど……まあ、俺たちはイレギュラーだしな」 本来なら、パーティにはいない存在である。 ならば、全滅したかどうかの判定に 俺たちが入っていないのも頷ける。 「ならば、何故、俺たちまで飛ばされるんだ?」 であるならば、俺たちが巻き込まれることが納得出来ない。 一緒に飛ばずに残される。むしろ、 そうなるべきではないのだろうか? 「所有物とみなされたのでしょうね」 「しょ、所有物!?」 「はい」 かなり屈辱的な言葉を、リブラがあっさりと口にする。 所有物扱いなど、魔王としてのプライドが許さない。 せめて、もう少しいい感じの言葉を使うべきだろう。 「お、俺たちはそんな扱いなのか!?」 「馬車まで一緒に飛んでいますので、 そう考えるより他にありません」 「ぬぅ……」 馬車も飛んでいるのはさっき確認済みだ。 確かに、勇者とその仲間だけが飛ばされるのだと すれば、馬車も置いて行かれるはずだ。 だが、実際は馬車も一緒である。 「なので、我々は……まあ、馬車の付属品 とかそういう判定をされたのでは、と」 「馬車の方がメインかよっ!」 屈辱的にもほどがある。 「あくまで、そう考えられるだけです。 実際のところは分かりません」 ぬう。それもそうだ。 しかし、誰が判定を下したりしているのだろう。 やっぱり、女神か? 「……まあ、いい。ところで、どこに 向かって飛んでいるんだろう」 「それはすぐに分かると思います。 どうやら、到着したようなので」 リブラがそう口にした途端。 ガクン、とした衝撃が体に走り、 俺の体は一気に急降下を始めた。 「のわああああっ!?」 急激な変化に叫び声を上げる俺の目に 飛び込んできたのは、アワリティア城だった。 「おお、勇者よ。全滅するとは情けないことです」 城で復活を果たしたヒスイたちを待ち受けていたのは、 女王の容赦ない言葉だった。 いやいやいやいや、死んだことを情けないって 言葉だけで済ませるなよ。 命の扱いが軽すぎるだろ。 「……はい」 普段は元気の良いヒスイが、今は 肩を落としてしゅんとしている。 その姿からは、申し訳ないという気持ちが伝わってくる。 「…………」 「どうしました、難しい顔をして」 とんとん、と自分の眉間を叩きながらリブラが 小声で囁きかけてくる。 どうやら、俺は知らない間に眉間に 皺を寄せていたようだった。 「いや、こう、何か釈然としないものがあってな」 自分の眉間を指先で揉み解しながら、 緩やかに吐息を漏らす。 小声で言葉を交わしあっている俺たちを 咎める者は、やはり誰もいなかった。 これも、女神の加護を受けていないから、なのだろうか。 「どの辺りにですか?」 「そうだな……」 俺たちが、何故か馬車の付属物としてカウント されていることがまず釈然としない。 俺たちを特に咎めることもしない女王と 城の兵士たちの態度も何か引っかかる。 そして、何よりも。 「後、二つレベルを上げれば、 新しい呪文を覚えるでしょう」 いつもと変わらない声色で、よく分からない 神託を告げる女王エルエル。 「……それが、釈然としない」 「それ……?」 曖昧な俺の言葉に首を傾げながらも、 リブラは納得したように頷きを見せる。 俺の視線を追いかけて、何を言いたいのか察したのだろう。 「なるほど。彼女に、苛立っていたのですね」 「俺が……?」 「先程、眉間に皺が寄っていました」 もう一度、指先で眉間に触れてしまう。 「苛立ち、か……」 確かにリブラの言う通りだ。そんな顔をする理由 なんて、苛立ちの他にないだろう。 だとすれば、俺が苛立ちを覚えている 相手は女王ということになる。 「そうかもしれないな」 勇者一行を無事に叩きのめすことが出来た後だ。 本来なら、俺は喜んでしかるべしである。 それなのに、俺は苛立ちを覚えている。 常と何も変わらない、女王エルエルの態度に。 「それでは、勇者よ。お行きなさい」 気が付けば、女王エルエルの話は終わり、 締めの台詞が告げられていた。 最後まで、いつもと同じ、何の変化も まったくない言葉だった。 「はふぅ……」 城を出た後で、ヒスイが溜息を零す。 外に出ても、ヒスイは相変わらず沈んだ様子のままだった。 いつもの快活さが、まるで嘘のようだ。 「むぅ……」 「……どうしようか」 それが伝播したかのように、他の二人も肩を落としていた。 場の空気が重いなんて、初めての経験だ。 それだけ、ベルフェゴルに手も足も 出なかったことがショックなのだろう。 初めて喫した、圧倒的な敗北だ。 「答えは決まっている。何度だって、立ち向かうだけだ」 きっぱりと断言はするものの、カレンの言葉はキレがない。 かなり不機嫌そうな感じがする。 「今のままだったら、難しいんじゃないかな」 いつもなら、肯定的な言葉を口にするはずの クリスが、首を緩く横に振る。 場に漂う空気が、更に重さを増したような気がする。 「そうですね。もっと、レベル上げを しなくちゃいけません」 ヒスイが力なく頷く。 皆を引っ張るはずの勇者がこうでは、 パーティーの士気も上がるはずがない。 圧倒的な敗北という現実が、三人へと 重く圧し掛かっていた。 普段は気楽な感じだったこいつらも、 今はそんな気分にはなれないのだろう。 「まあ、ひとまず宿を取ろう。 体を休ませるのが先決だろう」 俺にとっては、かなり理想的な状況だった。 こいつらの心は折れかけている。 後は、上手く旅を諦める方向に誘導出来れば、 それでおしまいだ。 「俺から、みんなに言いたいこともあるしな」 絶対的なカリスマを持つ魔王である俺ならば、 そのくらい朝飯前だ。 そうに決まっている。 「ん……そうですね。ジェイさんの言う通り、 今日は宿でお休みしましょう」 「うん。ちょっと疲れちゃったしね。 カレンちゃんも、そうしよ」 一人で走り出すことを懸念してだろう。 クリスがカレンの袖口をきゅっと捕まえる。 「……ああ、分かった」 ヒスイの決定に、カレンが緩やかに頷く。 こうして、俺たちは宿で体を 休めることになったのだが――。 「ふむ、なるほど」 何故か、リブラが納得したように一人で頷いていた。 「どうした?」 「いえ、これはきっと、何か余計なことを言って しまって失敗するパターンですね」 「…………」 そんなはずがない。あってなるものか。ないと思う。 と、ともあれ、リブラの戯言なんて無視して、 俺は俺がやるべきことに専念しよう。 それでいいはずだ。うむ。 「ふぅ、疲れましたね……」 「……だな」 「ゆっくり寝たいよ……」 重い空気は宿に着いてからも変わらないままで、 三人の口から明るい言葉が出ることはなかった。 うむ。こう、なんかやりづらい……。 確かに、こいつらに旅を諦めさせるには理想的な 状況なのだが……かなりやりづらい。 ……ええい、怯むな、俺。ここで二の足を踏んでは、 自分の命が危なくなるぞ! 「そういえば、先ほど話があると仰っていましたが?」 俺を見かねてか、あるいはじれったくなってか。 リブラが俺に話を振ってくる。 「そういえば、そうでしたね」 「……どんな話だ、魔法使い」 「えっちな話とか?」 一人だけ、急に通常営業になりやがった。 「あ、え、えっ? え、えっちな話なんですか!?」 「なっ……お、お前、そ、そういう話はしては いけない時と駄目な時があってだな……!」 「しねえよ! するわけねえだろ!」 しかも、してはいけない時と駄目な時って、 実質同じようなものじゃないか。 なんで、油断した瞬間に色々とツッコミどころを 増やすんだよ、こいつらは! 「ふざけないでください、師匠」 「こっちの台詞だよ!」 違うと確信しているくせに、乗ってくる リブラをどうにかしたい。 いっそ、湿気の多い場所に放置して、 本としての価値を大幅に下げてやりたい。 もしくは、らくがきでも構わない。 「お前ら……話の腰を折るなよ……」 まあ、さっきよりはかなり話しやすくはなったが……。 この空気から、一気に真面目な話をするには、 若干ハードルが高くなった気がする。 「……で、俺からの話というか、聞きたいことなんだが」 くそっ、負けるな。頑張れ、俺。 「魔王を倒せると思っているのか?」 「……え?」 俺の言葉に、真っ先に反応を示したのは やはり勇者であるヒスイだった。 きょとんとした顔で、瞬きを繰り返す。 「どういう意味だ?」 「文字通り、そのままの意味さ」 イラついたように俺を軽く睨むカレンへと、 肩を竦めながら返す。 「今のお前たちが、本当に魔王を倒せると思うか?」 「四天王にさえ、手も足も出なかったお前たちが」 「痛いところを突かれちゃったね」 クリスが困ったような呟きとともに、吐息をこぼす。 それは深く、重く、溜息と呼んでも 差し支えのないものだった。 「で、でも、レベルを上げれば……」 「レベルで、どうにかなると思うか?」 ヒスイの声を遮るように、言葉を割り込ませる。 それにひるんだかのように、ヒスイが 二の句を継ぐことはなかった。 「そもそも、どうしてお前たちが 戦わなければいけないんだ?」 「それは私たちが……」 「お前たちが女神に選ばれたから。 たった、それだけの理由だろう」 今度はカレンの言葉を意図的に遮る。 最後まで言わせることなく、反論を封殺する。 これぞ、魔王の話術だ。 「女神に選ばれていなくても、お前たちは魔物たちと 戦ったか? 魔王を倒すために旅に出たか?」 「多分、どちらもしなかっただろうな」 「うん。そうだろうね」 反論することなく、クリスが頷いて俺の言葉を受け入れる。 他の二人とは違う反応。こいつだけは、一応 注意しておいた方がいいかもしれない。 まあ、そんなことなど最早必要ないのだが。 「別にお前たちを責めているわけじゃないんだ。 むしろ、俺が言いたいのは……」 「お前たちに犠牲を強いている、世界を責めたい」 そこまで口にして、何故か女王に感じた 釈然としない気持ちが再びよみがえってくる。 戦って、死んで、よみがえった相手へと、いつもと 同じ調子で言葉を向ける女王の声を思い出してしまう。 無意識のうちに、眉間へと指先を添えていた。 「まあ、なんだ……勇者としてではなく、 普通の女として生きる道もあるだろ?」 「お前たちには、そうやって生きてもらった方が 俺にとっても喜ばしい」 勇者として旅を続けることを、こいつらが 諦めたらどんなに嬉しいことか。 そうすれば、あの死の予言から逃れることが出来る。 「あ、え、えっと……」 「それは……」 ……うん? あれ? なんで、この二人は少し照れているんだ。 「ふふっ」 そして、クリスはクリスで、なんで微笑むんだ? 俺、何かおかしいことを口にでもしたのか……? 「と、とにかく、俺が言いたいのはそういうことだ」 よく分からんが、ここは予定通りに席を外すことにしよう。 「少し、考えてみてほしい」 俺がいなくなった後で、考え込ませる。そうすることで、 俺の言葉がより印象に残るという寸法だ。 これで、こいつらは自分たちが本当に 旅を続けるべきかどうかに悩むだろう。 くくく。これこそが、カリスマ溢れる 魔王の話術というものだ。 内心で笑い声を上げながら、俺は 一人で宿の外へと出ることにした。 「ふう……これで、完璧だ」 まだ陽の高い空を見上げながら、手の甲で額を拭う。 特に汗をかいたりはしていない。こうすると、 なんとなく一仕事終えたような気になれるのだ。 「何が完璧なんですか?」 「おっと」 背後から聞き覚えのある平坦な声がかかってくる。 振り返ると、そこにいたのは案の定リブラだった。 「なんだ。付いて来たのか」 「はい。わたくしは別に考える必要もありませんので」 まあ、こいつは俺と同じ側の立場だし、 考える必要がないのは確かだ。 それでも残してきたのは、場の雰囲気や ノリみたいなものだった。 「ところで、何が完璧のつもりだったんですか?」 リブラが最初と同じ問いかけをしてくる。若干、言葉が 辛辣になっているような気がしないでもないが。 それにしても、さっきの話を聞いていたにも関わらず 分かっていないとは案外察しの悪いやつだ。 しょうがない。ここは慈悲の心をもって解説してやるか。 「俺の言葉に決まっているだろう。あれで、 あいつらは旅を続けるのを諦めるだろう」 これ以上ないくらいに簡潔かつ分かりやすい説明だ。 時々、自分の才能が怖くなってしまう。 「……え?」 だが、リブラの反応はたった一音だけだった。 「え?」 思わず、同じ音を返してしまう。 「いえ、あなたが自分で完璧だと思っているので あれば止めませんが……」 え、あれ、なんで、急に歯切れが 悪くなってしまうのだろう。 「お、おい。そういう言い方はやめろ。無意味に 不安になってしまうじゃないか」 「まあ、わたくしは人の感情の機微は分かりませんので。 案外上手くいくんじゃないでしょうか」 「目を見て話せ!」 露骨に目を逸らされながら言われてしまった。 ど、どうしよう。不安になってきた。 ……ええいっ! 俺がこんな弱気でどうする! もっとどーんと構えていればいいんだ! 弱気になるな! 「ともあれ。あなたにしては、珍しい 言葉が出ていましたね」 「どの言葉だ」 「普通の女として生きる道もある、です」 俺を見上げるリブラが、緩やかに首を傾ける。 「あれは、どういった心境から出た言葉ですか?」 そのまま、リブラが不思議そうに尋ねてくる。 人の感情の機微が分からないと自分で口にしたくせに……。 ああ、いや、だから知りたいのだろうか。 「さあな。自分でも分からない」 だが、いずれにせよ何故あの言葉が出てきたかの 答えは、自分自身が見つけられなかった。 「横で見ている限りは、女王に感じていた憤り から出てきたように思えましたが」 「…………」 リブラの言葉に思わず黙り込んでしまう。 確かに、あの言葉を口にした時、脳裏を よぎったのは女王の言葉だった。 「そもそも、何に憤りを感じていたのですか?」 あの時、女王に苛立ったのは……。 「あまりにも、当たり前すぎたから……だな」 言葉が、声色が、口調が、なにもかもが いつも通りすぎたから、だった。 力量差を計れずに敗北したのも、全滅したのも、 あいつらの落ち度に違いない。 だが、それに対しての反応が最初の一言 だけだったのが、引っ掛かった。 勇者が死ぬこと。そして、よみがえることが、 当たり前のように受け入れられている。 「俺の感傷でしかないんだがな」 親父殿が亡くなってから間もないこともあるだろう。 更に言うならば、ヒスイの親族が親父殿によって 滅ぼされたことも……あるかもしれない。 だから、やはり、これは単なる感傷でしかない。 そして、それは俺が抱いていいものではない。 俺は、いずれ世界を制する魔王なのだから。 「感傷、ですか」 不思議そうに、リブラが俺の言葉を繰り返し呟く。 「あなたにも、そんなものを感じる 繊細な部分があったのですね」 「俺はそろそろお前を殴ってもいい頃合いだと思うんだ」 本当に、機微が分からないやつだった。 たった一言で、まさに俺の繊細な部分が ズタズタにされてしまった。 「きゃー、暴力はんたーい」 「危機感ないな、お前はっ!」 「まあ、実際に危害を加えられたりは しないと分かっていますので」 「くっ……良かったな、俺が紳士で」 「まったくです。師匠の紳士っぷりは、 世界中を駆け巡ります」 そういう言葉は、せめてほんの少しでいいから 感情を込めて言ってもらいたいのだが……。 こいつにそれは望みすぎだろうか。 いや、それくらいなら望んでも罰は当たらないはずだ。 何故なら、俺は所有者であり、こいつの言葉のナイフに よって傷付けられ続けているから。 「ともあれ、今は彼女たちがどのような答えを 出すのか、待っておきましょう」 好き勝手言うだけ言った後で、しれっとした顔で 話を締められてしまった。 ぬう……話が終わった以上、蒸し返して 苦言を呈するのはスマートではない。 ここは俺が折れておこう。 「答えは決まっている。旅を諦める、とな」 「ですが、まだ予言は変わっておりません」 どこか胸を張るようにしながら、リブラが 真っ直ぐな目を俺に向けてくる。 そこには、自分の言葉を疑うような素振りは 欠片も感じられない。 「あなたは、勇者に倒される。 それだけは揺るがない事実です」 「やつらが旅を諦めたとしてもか?」 「諦めたとしても、です」 やはり、リブラは迷いなく断言する。 旅をやめておきながら俺を倒すなど、 そんなことがありえるわけがない。 一体、どうすれば、そのようなことが出来るだろうか。 「フン。まあ、いい。すぐに結果は分かる」 考える時間は、あまり長く与えすぎてもいけない。 そろそろ、宿に戻り、答えを聞く頃合いだろう。 「戻るぞ、リブラ」 傍らのリブラに告げながら、宿へと 戻るべく振り返った瞬間。 「ジェイさーん!」 大きく手を振りながら、駆け寄ってくる ヒスイの姿が目に入った。 「まったく……せめて、どこに行くか くらいは言っておけ」 「探しちゃったよ、もう」 その後ろには、カレンとクリスの姿が見える。 なんだ、戻る手間が省けたな。 「悪かった。それで、考えはまとまったか?」 「はい」 俺を見上げながら、ヒスイが頷く。 その顔には、もう迷いの色は見受けられない。 どうやら、綺麗さっぱり旅を諦める気になったようだな。 「皆さんと話し合った結果、 ジェイさんの言われた通り……」 やれやれ。これで、俺の長かった旅もようやく終わりか。 さっさと城へと戻って、ゆっくりと休みたいな。 「旅を続けることにしました!」 「そうか。決断してくれたか」 よし、終わった。 後はこいつらと別れて、俺は引き上げるだけだな。 「…………え?」 あれ? 俺の聞き間違い……だよな。 そんな、まさか、まだ旅を続けるなんて、 言うはずがないよな。 「ジェイさんに言われたように、自分が何故戦うのか、 その理由をちゃんと考えました!」 「え、あ? そ、そうか」 「私は……口では平和のためなどと言いながら、 どこかで自分のためだけに戦っていたようだ」 「自分の剣のことしか考えていなかった。 そう気付いた時、顔が赤くなったぞ」 「お、おう?」 「ま、先生は面白そうだから旅を続けるんだけどね」 「ジェイくんのことも、もっと知りたくなったし?」 「それは……ちょっと勘弁してくれ」 ……あれ? なんで、こんな流れになっているんだ? 俺、こいつらを鼓舞した覚えなんて、一切ないんだが。 「自分自身が幸せになることを、考えてみました。 それはとっても、胸の温かくなる素敵なことでした」 「だ、だったら……」 「はい。だから、旅を続けるんです」 「……はぁっ!?」 やばい。なんでそうなるのか、ちっとも理解出来ない。 「わたしが旅を続けて、魔王を倒すことが出来たら、 たくさんの人がそんな幸せな気持ちになれるんです」 「それは、本当に素敵なことだって気付きましたっ!」 「そ、そうだな」 ヒスイの顔は、いつもよりもさらに明るく、前向きで、 華やぐような満面の笑顔だった。 「確かに、わたしたちは女神様に 選ばれたから戦ってきました」 「でも、これからはみんなに笑顔を届けるために 戦うことに決めましたっ!」 いや……お前たちに頑張られると、 俺が笑顔になれないんだが……。 「なるほど」 チラと横を見ると、リブラがうんうんと 何度も首を縦に振っていた。 そら見たことか、と。まるでそう言いたげなように 見えるのは気のせいだろうか。 「確かにベルフェゴルは強敵だ。私たちがいくらレベル を上げたところで、勝ち目はないかもしれない」 「だろう? だから……」 「だから、修行をすることにしたんだよっ」 ええええええっ!? 「そ、それって、レベル上げとは違うのか!?」 「当然だろう」 「いやいやいやいや」 当然とか断言されても、俺には違いが一切分からない。 「ど、どこで修行とかするんだ?」 「それを今から、女王様に相談しに行くんだ」 い、今からっ!? 話が急展開すぎて付いていけない……。 「ジェイさんっ!」 混乱しているうちに、両手をしっかりと ヒスイに握りしめられてしまった。 「ジェイさんのおかげで、わたしたちは 大事なことに気付けました」 「本当にありがとうございましたっ!」 「お、おう……」 上手く事態を飲み込めないまま、勢いに 押されるように返答をしてしまう。 「まったく。頼りになる仲間だよ、お前は」 「ま、まあな……」 「これからもよろしくね、ジェイくん」 「任せておけ……?」 ええっと、つまり、これからもよろしくということは、 俺は同行するというわけで……。 「結局、今までと変わらないということですね」 極めて簡潔にリブラがまとめてくれた。 うむ、ありがたい。 ……じゃなくてだな!! 「というわけで、お城に行きましょう! ジェイさん!」 「あ、お、おう」 ヒスイにしっかりと手を掴まれたまま、俺は 城へと向かって歩き出すことになって……。 どうしてこうなるのだろうか。 胸中でそう問いかけながら見上げた空は、 青く澄みきっていて。 まるで、これからの新たなる旅立ちを 祝してくれているかのようだった。 ……ちくしょおおおおおおおおっ!! 「なるほど、分かりました」 魔王に対抗するために、修行をしたいという ヒスイからの申し出に女王が鷹揚に頷く。 「それならば、試練の大地を目指すのが良いでしょう」 「試練の大地、ですか?」 なんともまあ、修行に適していそうな名前だ。 まるで、たった今名付けたのではないかと 疑いすら抱いてしまう。 「はい。そこは、険しい山に囲まれ、決して人が入ること の出来ない、まさに未踏の大地です」 「言い伝えによれば、そこには伝説の聖剣と、 祈りの洞窟と呼ばれる場所があるそうです」 ……ん? 未踏の大地なのに、 言い伝えが残っているのか? 「また、古の剣聖が技を磨いたという 大森林も存在しています」 「そこで、修練を重ねるのも良いでしょう」 「そこに行くことが出来れば……」 「あなた方にとって、大いなる助けとなりますね。 勇者たちよ」 女王の言葉に、一同が顔を輝かせる。 力不足を痛感したばかりのこいつらにとって、 これは大きな助け船となる情報だろうな。 「なあ、リブラ」 「なんでしょうか?」 傍らに立つリブラへと、押さえた声をかける。 例によって俺たちは一切気にかけられていない。 普通に話しても問題はないかもしれないが。 それでも、ヒスイたちには聞こえているかもしれないので、 一応声はひそめておくに限る。 「未踏の地に、言い伝えとか残るものなのか?」 さっき、疑問に思ったことを尋ねてみる。 「残ります」 リブラは俺の問いに、あっさりと頷いた。 「誰も入ったことのない場所なのに?」 「誰も入ったことのない場所だから、です」 俺が疑問に思ったことが、そのまま答えとして返ってきた。 適当に返事をしている……わけでもなさそうだな。 「誰も見たことのない場所だからこそ、 想像力が働くのです」 「絶対に誰も入れないような場所だからこそ、 すごい宝が眠っているのではないか、と」 この場合、伝説の聖剣がそれにあたる。 「あるいは、他のパターンとして」 「今まで誰も入ったことがない場所だから、 特定の人物たちにとっては神聖視されたり」 祈りの洞窟が、まさにそうだろう。 「後世、誰かの武勇伝の一部として使われたりする ケースなどが考えられます」 古の剣聖が修行した、という部分がそのケースだな。 「なるほど。言い伝えが残るのは不自然ではないな」 話を面白おかしく脚色するには、 うってつけの場所ということか。 本当にそれが実在しているかどうか、なんてどうでもいい。 何故ならば、未踏の地であるがゆえに 誰もそれを確かめることが出来ないからだ。 「とはいえ、先ほど名前があがった三つは、 どれも確実に存在するでしょうね」 視線をエルエルへと向けながら、リブラが断言をする。 「どうして、そう思う?」 「このタイミングで名前が出てきたからです」 「ベルフェゴルに敗北したことから、ここまでが 一連のイベントでしたか……」 リブラはなにやら納得したように呟くのだが、 俺はちっとも納得なんて出来なかった。 イベント? 何の話だ? 「ということは、この後で、なんらかの移動手段が 提示されるはずですね」 移動手段? 険しい山に囲まれた未踏の大地なんだろう? そこへの移動手段なんてあるわけない。 まだ誰も入ったことがないのだから、歩いて 越えられるような山でもないことは分かる。 「そこへと向かうために、まずは伝説の巨大鳥を 探すのです、勇者よ」 「大いなる翼の力を借り、空より大地へと 下りたつのです」 空――。 足で超えることが出来ないような険しい山々も、 空からならば越えることが出来る。 その手があったか……。 「やはり」 リブラが納得したように頷くのを、横目で確認する。 またしても、こいつの言葉通りに事態が動いている。 「これで、勇者たちが飛行手段を獲得すると いうイベントフラグが立ちました」 ぽつ、とリブラの口から零れたのは確信が込められた呟き。 その言葉が、俺の耳にしばらく残り続けたのだった。 サブイベントが発生しました! 『伝説のダンジョン?』 サブイベントへ 旅路を急ぐ 『ベルゼブルが いっぴき あらわれた』 「リブラちゃん、お願いします」 「了解しました。ベルゼブル……彼女は、 四天王の中で最速を誇ります」 「彼女のスピードには要注意です」 「スピード自慢か。今までにいなかった相手だね」 「これは少し手間取るかもしれないな」 「では皆さん、色々と工夫して頑張りましょう!」 『さくせんが くふうしてやってみよう にへんこうされました』 「ふっふーん。それじゃ、いっくぞー!」 『ベルゼブルの とつげき』 『ヒスイとカレンに けっこうな ダメージ』 「どがーんっ!」 「は、はやいっ!」 「避ける暇もないなっ!」 ほう。これは速いだけでなく、かなり勢いもあるな。 一度の体当たりで一気に二人を弾き飛ばすとは。 結構、期待出来るかもしれない。 「急いで二人を回復しないと。ジェイくん、手伝って」 「ああ」 さて、クリスに頼まれてしまったが……誰を回復しようか。 『どうする?』 「ヒスイ、回復草だ」 「ありがとうございますっ」 『ジェイは ヒスイに かいふくそうをつかった』 『ヒスイのきずが それなりに かいふく』 「どうだ? いけそうか?」 「はいっ、おかげさまで!」 「カレン、これを食べておけ」 「すまない、助かる」 『ジェイは カレンに ほしにくを つかった』 『カレンのきずが そこそこ かいふく』 「よし。これでもう少し動けそうだ」 「そうか、良かった」 「次は先生の番だねっ」 「“星辰の連歌”」 『クリスは じゅもんを となえた』 『ヒスイたちの きずが それなりにかいふくした』 ふむ。どうやら、ベルゼブルの攻撃の方が、クリスの 呪文の回復量を上回っている気がする。 「今度はこっちからいきますっ!」 「まずは正攻法だ!」 『ヒスイとカレンの れんぞくこうげき』 「遅い、遅いっ!」 『ミス ベルゼブルはひらりとかわした』 さらに、ヒスイとカレンの攻撃も あっさりとかわされてしまう。 このまま順当に戦況が進めば、おそらく ベルゼブルが勝利するだろう。 順当に進めば、だが。 「今度はこっちの番だーっ!」 「それっ、たーつーまーきーっ!」 『ベルゼブルは とっぷうを まきおこした』 「きゃっ!?」 『クリスに それなりの ダメージ』 「ついげきーっ!」 『ベルゼブルの なぎはらい』 『ヒスイたちに それなりの ダメージ』 「追撃までっ!?」 「くうっ! 流石は風の魔将、侮れない」 「ふふーん。こう見えても、ボクは強いんだぞ!」 ベルゼブルが得意げな顔で胸を張る。 スピードを存分に活かした攻撃で、今のところは かなり戦闘を優勢に運べている。 このままスムーズに行けばいいのだが…… 多分、どこかでトラブルが発生するはずだ。 きっと、そうに違いない。今までもそうだったし。 「“漆黒なる紅蓮” ダーク・ファイヤ!」 俺の行動によって、戦況がおかしなことにならないように、 誰かに何か言われる前に動く。 弱めの呪文を特に狙いも付けずに、適当に放っておく。 『ジェイは じゅもんを となえた』 『ミス ベルゼブルは じゅもんを かわした』 「呪文だって、避けちゃうよー!」 「くっ……そんな……」 そして、さらに小芝居も挟んでおく。 念には念を入れて、呪文ですらも通じないような 雰囲気を作っておく。 これで、俺に対して過度の信頼を寄せてくることもない だろうし、俺のうっかりで戦況が一変することもなくなる。 何事も、慎重になりすぎるくらいでちょうどいいのだ。 「ジェイさんの呪文まで避けられるなんて」 「うーん。結構、厳しい相手だね」 「何か、動きを止める手さえあれば……」 どうやら、三人とも考え込み始めたようだ。 くくくく。ここで手を止めるなど、まさに愚の骨頂。 さあ、やってしまうのだ、ベルゼブル! 「まだかなー」 「……え?」 ……あ、あれ? なんで、あいつ動かないんだ? 今が絶好のチャンスだと言うのに。 「なあ、リブラ……なんで、ベルゼブルは 動かないんだ?」 気になった俺は、小声でリブラに尋ねてみる。 「基本的に勇者がコマンドを入れ終えるまで、 敵は動けないんです」 「コ、コマンド……?」 そういえば、俺が何かしようとした時、たまに コマンドっていう文字が表示されていたな。 あれと同じものなのだろうか。 「これまでの戦闘を思い出してください。敵と味方で、 交互に行動し合っていたでしょう?」 「ああ……言われてみれば、確かにそうかもしれないな」 何も気にせずにガンガンと攻め続ければ、ヒスイたちを 倒せたであろう場面は結構あった気がする。 だが、実際には敵が連続で何度も攻撃するようなことは なく、大抵の場合、交互に攻撃のし合いだった。 あれは、そういうことだったのか。 「ということは、あいつらが何かするまで ベルゼブルは……」 「動けません」 なんだと!? それはまずいな。よし、ここは一つ誰かを急かして、 何か適当な行動をさせるとしよう。 さて、誰を急かそうか。 『どうする?』 「ヒスイ、何かしないと状況は打開出来ないぞ」 「とりあえず、思いついたことをなんでも いいからやってみろ!」 「……はい、分かりました。確かに、 何かしないといけませんね」 「よーし、ベルゼブル。こっちを見てください!」 「ん? なーに?」 「皆さん、目を閉じてくださいっ! 勇者フラッシュ!」 『ヒスイは じゅもんを となえた』 いつぞや覚えた勇者サンダーの応用だろう。 ヒスイの両手から雷ではなくて、目もくらむほどの 眩しい光が発せられて、思わず目を閉じてしまう。 眩しい光……? はっ、まずいっ!? 「うわーっ! 目がーっ!?」 『ベルゼブルは めがくらんだ』 くっ、攻撃ならまだしも、単なる広範囲の光を スピードで避けるのは無理かっ! 「なるほど、その手があったか」 「ナイスだよ、ヒスイちゃん」 しまった。ヒスイを急かしたのは失敗だったか! 「カレン、このまま手をこまねいていてもいいのか?」 ここはカレンを煽っておこう。考えるのは苦手だし、 こいつが上手くやれるとは思わない。 「そうだな……よし」 「私と勝負だ、ベルゼブル。かかってこい!」 剣の切っ先をベルゼブルへと向けながら、 カレンが啖呵を切る。 ふっ、やはり何も思い浮かばなかったらしい。 単純に勝負を挑むだけとは、なんと愚かしい真似だ。 「勝負? よしきた!」 嬉々とした表情でベルゼブルの竜は カレンへと視線を向けて――。 「いくぞーっ!!」 一気に、カレン目がけて突撃する! 「ここだっ!」 『カレンの みねうち』 「ひょわーっ!?」 『ベルゼブルは みをすくませた』 な、なんだと……! 峯打ちって、どこで打ったんだよ!? 「やはりな。速ければ速いほど、動きは直線的になる」 「攻撃を仕掛ける瞬間こそが、最大の隙。 剣と一緒だな、これは」 「カレンさん、すごいですっ!」 「やるねっ」 そ、そんな馬鹿な……。きっと失敗するだろう という俺の予測が、覆されただと! 「クリス、何か手はないのか?」 クリスに何かさせるというのは、少し怖いが……。 まあ、こういう時、案外致命的な失敗をするかもしれない。 それを期待しておこう。 「ん、やってみるよ。ジェイくん」 「ベルゼブルちゃん、一つ質問してもいいかな?」 「なーにー?」 質問をする……? 何故だろう、かなり嫌な予感がするのは。 「13+27は分かる?」 「13……たす……27……? えーっと……」 「え? ちょ、お前!?」 唐突に問題を出されたベルゼブルは、 両手の指をじっと見ながら計算を始める。 ……って、何してるんだよ、お前! 「焦らないで、ゆっくり考えていいからね」 「うんっ」 そして、出題したクリスはゆっくりと ベルゼブルに近付いて行く。 背後に、メイスをこっそりと隠しながら。 うわぁ……嫌な予感しかしねえ……。 「というわけで、えいっ!」 『クリスの ふいうち』 「ぎゅむ!?」 『ベルゼブルは くらくら している』 「今がチャンスだよっ」 「え……えげつねえええええっ!?」 ベルゼブルの気を逸らしておいて不意打ちだと!? あいつ、本当に神官か!? 鬼か悪魔としか思えないぞっ!! 「それじゃ、総攻撃ですっ!」 「ああ。これで決めよう!」 「思いっきりいくよ」 『ヒスイたちの そうこうげき』 「って、お前、さりげなく混じってんじゃねえよ!?」 「気分だけでも、味わってみても いいだろうと思いまして」 「良くねえよ!!」 って、こんなことを言ってる場合じゃない。 「うきゃー!?」 『ベルゼブルに めもあてられないような ダメージ』 ……あ。もう遅かった。 『ベルゼブルを やっつけた』 「ぐにゅー……」 流石のベルゼブルも、自慢の足を止められてしまっては、 攻撃を避けることなんて出来ず。 ヒスイたちの一斉攻撃を受けて、のびてしまっていた。 速度に特化した分、守備の方は弱かったのだろうか。 あるいは、ベルフェゴル以外では止められないくらいに ヒスイたちが強くなってしまったのか。 そのどちらなのか、俺には判別出来ない。 今、言えることがあるとすれば…… ベルゼブル、なんて哀れな……。 ただ、それだけだ。 「勝ちましたっ!」 グッと、ヒスイがガッツポーズを取りながら、 嬉しそうに笑う。 この状況……俺にとっては、かなりまずい。 こいつらに勝てるのが、ベルフェゴルしかいないと いう現状はかなり危険すぎる。 もはや、低級の魔物程度では足止めすら出来ないだろう。 魔物たちをこいつらに近寄らせないようにするのが賢明だ。 無駄な経験値も与えたくないし。 「これで、残った四天王はあいつだけか」 「パワーアップして、きっちりリベンジしないとね」 これで、こいつらが無事に修行を終えるとなれば、 ますますもって危険だ。 万が一、ベルフェゴルが敗れるとなると、太刀打ち 出来るのは俺とアスモドゥスくらいしかいないだろう。 ま、まあ……俺は魔王だから余裕なんだけどな。 うん。余裕さ、余裕……。 「トリーッ!」 「自分ら強いやないか。かっこよかったで」 あの単純な鳴き声に、そこまでの意味が込められている とはやはり思えないが……まあ、いい。 「ありがとうございますっ」 そんなことよりも、他に考えなければいけないことがある。 こいつらはこのまま、試練の大地とやらで修行を行う はずだ。そこへ向かうことを止めることは出来ない。 ならば、そこで行われる修行を妨害するしかない、な。 「では、早速ですけどトリイさん、わたし達を 運んでいただけませんか?」 いつの間にか、鳥に変な名前が付けられていた。 まあ、あの変な鳴き声は特徴的すぎるから、 そんな名前になってもしょうがないだろう。 「トリッ!」 多分、任せろとかそういう意味なんだろうな。 「俺の背中は乗り心地抜群やで、だそうです」 ……やっぱり、鳥の鳴き声はよく分からないなあ。 「これで、試練の大地に行くことが出来るね」 「ああ。古の剣聖が修行した地か、楽しみだ」 「ではでは、参りましょう!」 焦燥感を胸に抱き始めた俺の気持ちなんてまるで関係なく、 ヒスイの明るいかけ声が響き渡る。 こうして、無事に飛行手段を手に入れて。 勇者たちは更なる力を求めて、試練の大地へと 足を踏み入れることになった。 俺にとっても、試練が待ち構えている ――そんな予感を覚えていた。 「さて、ここから立ち去る前に……っと」 のびてそのまま放置されていたベルゼブルの元に、 一人でこっそりと赴く。 しかし、あいつら倒した敵を放置すること多いよな。 まあ、戦う力の残ってない相手なんて 放っておいても別に問題はないが。 「むきゅー……」 どうやら、まだ目を覚ましてはいないようだな。 「おい、ベルゼブル。起きろ」 「むにゅう……もうお腹いっぱい……」 「起きろっ!」 「えうっ!?」 俺の大声に驚いたベルゼブルが変な声と ともに、勢いよく跳ね起きる。 「え? あれ? ここは……?」 「お前は勇者たちに敗れたのだ、ベルゼブル」 「あー、そうだった、そうだった。 それで、あなたは……えーっと……」 「俺は魔王だ」 口で説明するよりも、証拠を見せた方が早い。 力を解放して、その一端を具現化させる。 「うわわっ、魔王様だ! おはようございます!」 「うむ。元気のいい挨拶だ。まあ、それはさておきだな」 「はい?」 「お前に話すことがある」 「はい。なんでしょー?」 えーっと……そういや、戦闘で こいつに何か落ち度ってあったか? 「……ん?」 強いて言うならば、素直すぎたことくらいだが……。 別にそれはそれで怒るべきことではないよな。 さて、どうしよう? 「よく頑張ってくれた」 うむ、と大きく頷きながら、ベルゼブルの頭を ぽんぽんと撫でる。 結果は伴わなかったが、落ち度もなく 懸命に頑張ってくれたのだ。 ここは部下の健闘を褒めるのが、 王の度量というものだろう。 「わーい。魔王様に褒められたーっ!」 ベルゼブルが、にこにこと嬉しそうな笑みを浮かべる。 素直に喜びを表す姿は、非常に微笑ましい。 「お前は可愛いやつだな」 俺の部下が、ベルゼブルのように素直なやつばかり だったら、どれほど楽だったか……。 リブラやマユ辺りは、爪の垢でも煎じて 飲ませてやりたいくらいだ。 「えへへ。ありがとうございまーすっ」 ああ……この素直な笑顔が、まるで 癒しの呪文のように思える。 こいつは、素直な性格のままでいてほしいな。 「お前はそのまま、すくすく育ってくれ」 思わず、しみじみと呟いてしまう。 まあ、もう十分なくらいにすくすく育っているのだが。 体の方は。 「はーい。あ、でも、魔王様。  子ども扱いはちょっと嫌かな」 「こう見えても、魔王様より年上なんだから」 「え? そうなのか?」 「だって、先代様の時からずっと四天王だし」 「ああ、そうか」 確かに、こいつらは俺が物心付いた頃から四天王だった。 今まで全然意識したことなかったが、年上なのか。 「なので、ボクの方がお姉さんなんだよっ」 えへん、と言わんばかりに ベルゼブルが得意げに胸を張る。 自分でお姉さんと言っておきながらも、その仕草は どこか子どもじみたものであって。 やはり、微笑ましさを覚えてしまう。 「なるほど。お姉さんか」 「お姉さんっ!」 言葉を繰り返しながら、ベルゼブルが笑顔で大きく頷く。 その勢いで、すくすく育った大人でお姉さんな部分が、 上下に弾むように揺れる。 「……ふむ」 この無邪気な無防備さというのも、 時には罪なものなんだな。 そう思いながらも、しばし堪能してしまうのは どうしようもない。抗いようもない。 だって、お姉さんなのだから。 「ごちそう様」 「うん? どういたしましてー!」 一瞬、きょとんとした後でベルゼブルが 首を傾げながら、元気に返してくる。 何の礼を言われたのかは、 確実に分かっていないだろう。 「さて。お前もそろそろ帰って休んでおけ、ベルゼブル」 「はーい、分かりましたっ」 元気な返事をしながら、ベルゼブルの体が 風に乗ってふわりと浮かび上がる。 そのまま去るのを見送ろうとした矢先。 「あ、そうだそうだ。魔王様っ」 何か思い出したかのように、ベルゼブルが ぽんと手を打ち合わせて。 「可愛いって言ってくれてありがとうございましたっ」 わざわざ、礼を言いながら頭を下げてくる。 本当に可愛いやつだな、こいつは。 「ボク、魔王様のこと好きだったから  嬉しかったですっ!」 「ん、そうか」 「えへへー。それじゃ、魔王様。また後でー」 最後に嬉しそうな笑みを残して、 ベルゼブルが飛び去って行く。 ……って。 「……え?」 好きだったから……? 「あ、あれ……?」 それって、あれか? えっと、つまり、 そういう好きってことか? 「え、ちょ、ちょっと待て! ベルゼブル!」 俺が声をあげた時には、もうすでにベルゼブルの姿は 空の彼方に見えなくなった後で。 「好きって、あれだよな。えっと、尊敬とか、  敬愛とかそういう方向だよな……」 あいつの性格から考えるに、きっとそっち方向だ。 そっち方向……だよな……? 「う、うむ。そうだな。そうに違いない」 一人、大きく頷きながら。 部下からの思わぬ言葉に、何故か妙な戸惑いを 覚えてしまった俺だった。 「よし、許す! 帰って、休め!」 「はーい、分かりましたー!」 片手を上げて元気に返事をすると、ベルゼブルは 風に乗っていずこへと飛び去って行く。 「うむ。最短記録だな」 まあ、よくよく考えてみれば落ち度もないのに負けると いうのは、単に力負けしただけということで。 それはそれで……まずい気がするが……。 とにかく、今だけは全てに目をつぶろうと 俺は胸の中で決意した。 特に説教をしなくていい。今日はなんといい日だろう。 「うわーっ、すごーいっ!」 巨大鳥ことトリイさんの背中に乗っての移動中。 「ヒ、ヒスイ……あんまり下を見ると、危ないぞ……」 「しっかり掴まってるから、大丈夫です!」 「カレンちゃんこそ、少しは下の景色を見ればいいのに」 「私は……その……遠慮しておく」 空を飛んだ経験のない三人は、ご機嫌な様子だった。 まあ、カレンだけは若干違っていて、一人だけ ぎゅっと身を縮こませていたが。 「あ、カレンちゃん。さては……」 「な、なんだ……?」 「高い所が苦手なのですね」 「う……」 カレンが額に汗を浮かばせながら、言葉に詰まる。 なんて分かりやすいリアクションだ。 「ああ、だからさっきから黙っていたのか」 「わ、悪いか……」 「初めて空を飛ぶんだから、怖いのもしょうがないだろ」 「ジェイさんは、空を飛んだことがあるんですか?」 「ああ……」 こいつらが全滅した時に、強制的に 空を飛ばされたことを思い出す。 あの時はツッコミが忙しくて、怖いとか 思っている暇はなかったなあ……。 「以前に一度、な」 「あ、そうなんですね。やっぱり、 魔法でですか?」 「まあな」 説明が難しいので、ここは魔法で空を 飛んだことにしておこう。 俺が知る範囲では、空を飛べる魔法なんて 存在していないが。 「へえ、ジェイくんって色んな経験をしてるんだね」 「女性経験はからっきしですけど」 「こらーっ!!」 リブラが唐突にとんでもないことを言い出す。 誰が女性経験はからっきしだ! まあ、その通りなんだけどな! 「あ……そ、そうなんです、か?」 「聞くなっ!!」 どう答えたところで、地獄しか待っていない気がする。 「ふーん。そうなんだ」 くすくすとクリスが愉快そうに笑いを漏らす。 こいつの場合、何も言わない方がかえって 怖い気がするのは、なんでだろうか。 「ち、近寄ったら、大声を出すからな!」 「大声出す意味ないだろ!」 というか、カレンはいったい何を想像したのだろうか。 身持ちが堅いのは結構だが、考えが 一足飛びすぎるのが困りものだ。 「あまり大声を出さないでください」 「てめえ! 誰のせいだと思ってる!?」 その日一番の大声を上げた瞬間、ガクンと足元が傾く。 トリイの体が、傾いたようだ。 「うわあああっ! 魔法使い、お前が大声を 上げたから落ちるぞ!」 「お、俺のせいかっ!?」 とんでもない濡れ衣を着せられてしまった。 「み、皆さん! しっかり掴まってください!」 振り落とされでもしたらたまらない。 トリイの背中の毛を両手でギュっと掴む。 「あはははっ、結構楽しいねっ!」 「う、うぅ……その余裕が羨ましいぞ……」 ヒスイの言葉にならって、全員が振り落とされないように 身を低くして、トリイにしがみ付く。 「どうやら、旋回しているようですね」 片手で帽子を押さえながら、リブラがそう声を上げる。 確かに、トリイは緩やかに旋回しながら 高度を下げていっているようだ。 「着陸するつもりらしいな」 「ということは……」 徐々に近付いてくる景色を見下ろしながら、 ヒスイが顔を輝かせる。 「試練の大地へと、到着したんですね!」 「どんな所かな」 「な、なんでもいいから……早く下りたい……」 眼下に見える島。それこそが、試練の大地と 呼ばれる場所なのだろう。 ここでこいつらの修行を妨害出来るかどうか。 それによって、俺の運命が大きく左右されるだろう。 俺にとっても、ここは試練の地になりそうだ。 それぞれが胸中に決意を秘めて、 俺たちは試練の大地へと降り立った。 「ここが、試練の大地……」 トリイが着陸したのは、島の中央部分に当たる草原だった。 「わりと普通だな」 試練の大地などと大仰な名が付けられてはいるものの、 下りてみれば何の変哲もない土地のように思える。 なんというか、今までによく目にしてきた 草原と何も変わらない。 「ですが、未踏の地であることは確かなようです」 「空から見た限り、町や人家のような物は 一切見受けられませんでした」 「へえ、リブラちゃん、よく見てたね」 「観察することが、魔法使いにとっての 第一歩だと教わっていますので」 「ですよね、師匠」 「お、おう。その通りだ」 そんなこと、今までに一度も言ったことなんてないのだが、 ここは話を合わせておくとしよう。 「人がいないのなら、修行している間は 野宿しなければいけないな」 「はい。魔物の気配はしませんので、 その点は安心出来ます」 「精々、野生の動物が住みついているくらいでしょうね」 「肉が食べられるのなら、問題はないな」 うん、とカレンが頷く。トリイから下りて、 ようやくいつもの調子を取り戻せたようだな。 「魔物の気配はしない、か」 周囲を険しい山で囲まれた島なんて、 利用価値はほぼないに等しい。 隠れ家程度になら使えるかもしれないが、 拠点としてはかなり使いづらい土地だ。 ここへの移動手段がかなり限られる以上、 各地との情報伝達もスムーズには行えない。 そんな難がある場所を押さえる必要はない。 そう考えれば、ここに魔物が派遣 されていないのも頷けるな。 「ここから、どうしましょうか? わたしは、 伝説の聖剣を探そうと思いますが」 「先生は、祈りの洞窟を探すよ」 「私は大森林で修行したい」 「俺は……」 俺が向かうべき場所は特にはない。 目的がこいつらの妨害なので、行動を共にする。 それくらいしか、方針はない。 「みんなの手伝いをしよう」 なので、誰と行動を共にしても 不自然ではないように答えておく。 こう言っておけば、俺はある程度 好きなように動けるだろう。 「一番場所が分かりやすいのは、大森林でしょうね」 「空から確認も出来たしな」 「む、そうなのか?」 「ああ。カレンは……見てる余裕はなさそうだったな」 「まあ……な」 この島の南東部に、森が広がっているのが 上空から見えた。 あそこが、古の剣聖? が修行した大森林で 間違いないだろう。 「じゃあ、まずはそこに向かいましょう」 「そうだね。先生とヒスイちゃんは、目的地を 探すところから始めないといけないし」 「森林から探し物をスタートしよう」 「それが無難だろうな」 さて。修行を妨害するのなら、こいつらは 単独行動をさせた方がいいだろう。 そういう方向に誘導するためには……。 「じゃあ、俺はカレンの手伝いをしよう。二人は、 こっちは気にせずに探し物をしてくれ」 「ま、魔法使いと二人っきりで修行か!?」 「ああ。時間は有効に使うべきだからな」 「修行がいつ終わるかも分からないし、二人には 自分の探し物を優先してもらった方がいい」 「た、確かに、そうだな……」 カレンは人の話を聞かない時もあるが、 言い聞かせれば理解を示すことが多い。 こうやって、きちんと説明をすれば俺の意図する 方向へと誘導することが一番容易なやつだ。 「というわけだ。二人もそれでいいか?」 「はいっ、大丈夫です」 「変なことされそうになったら大声を 出すんだよ。やっても無駄だけど」 「い、意味がないじゃないか!」 本当にな。 ともあれ、行動方針はこれで固まったな。 「では、わたくしはここでキャンプを張って、 トリイさんと一緒に皆さんをお待ちします」 「自分の目的を達成した方は、ここに戻ってくる。 という形でどうでしょうか?」 「そうだな。それは分かりやすくていいな」 「ですね。お願いします、リブラちゃん」 「引き受けました」 おまけに拠点まで定まった。 ならば、他に言うこともないだろう。 「それじゃあ、皆さん。大森林を目指して、出発です!」 例によって、ヒスイの元気いい号令をきっかけに。 この島での修行の時が、始まった。 「たあっ! せやーっ!!」 大森林に入った後は当初の予定通りに、ヒスイとクリスの 二人と別れ、俺はカレンの修行に付き合っていた。 付き合うといっても、剣に関して俺が アドバイス出来ることなんて何もなく。 「せいっ、やーっ!」 ただひたすらに素振りを続けるカレンを ぼんやりと眺めているだけだった。 まだ陽が高いうちに開始された素振りは、空が赤みを 帯びてきてもなお続いていた。 「ううむ……」 正直、退屈だ。 何をするわけでもなく、ただぼんやりと過ごすだけの 時間がこれほどまでに苦痛とは思わなかった。 せめて、何か本でも持って来れば良かったかもしれない。 「しかし……」 いつから本格的な修行が始まるかと待っていたのだが、 カレンは一向に素振り以外を行う様子はなかった。 ただ剣を振っているだけで修行になるのだろうか。 門外漢である俺には、ちっとも分からない。 「まあ、やるべきことはやらないとな」 俺がやるべきことは、カレンの修行の妨害。 それは分かっているのだが……。 素振りって、どう妨害すればいいんだろう。 「…………」 とりあえず、ここから木の枝でも投げてみよう。 足元に転がっている枝を一本拾い上げて、 カレン目がけて投げてみる。 「そりゃあっ!」 カレンの剣が閃いたと思った瞬間、 俺が投げた枝が空中で両断される。 「たぁっ!」 そして、そのまま、カレンは素振りを続ける。 俺が投げた木の枝のことなど、 まるで眼中には入っていない様子だ。 「……まあ、あの程度では邪魔にはならないか」 ならば、次は……。 お、足元に握り拳ほどの大きさの石がある。 よし、これを投げてみるとしよう。 「ていっ」 さっきよりも力を込めて、石を投げつける。 これなら、どうだ? 「たぁぁっ!」 迫りくる石へと向けて、剣が翻る。 俺が投擲した石は空中で二つに切り裂かれて、 少し離れた地面へと落ちた。 そして、カレンは再び何事もなかったかのように 素振りを続ける。 ……もしかして、無意識でやっているのだろうか? 「だとすれば、近寄るわけにもいかないな」 間合いに入った物を無意識に切っているのだとすれば、 近寄った瞬間に俺も両断されてしまいそうだ。 ここでカレンに両断されたら、それはそれで 予言が外れたことにもなるが……。 結果的に俺が死ぬことになるので、 それだけはやめておこう。 「つまり、遠距離攻撃だな」 とはいえ、石や木の枝程度では妨害にはならない。 ならば、魔法で不意打ちでもしようか。 いや、よしんばそれで倒せたとしても、 どうせよみがえるに決まっている。 そして、裏切りが発覚した俺は斬られる。 「……どうしよう」 たかが素振りと侮っていたが、若干 手詰まりの様相を呈してきた。 おのれ。素振りを笑うものは 素振りに泣くとは、このことか。 いや、きっと違うな。 「物理的な手段は駄目なら……」 精神的にゆさぶりをかければいい、か。 カレンの心を揺さぶるとなれば……あれだな。 「よし、さっそく準備に取り掛かるか」 「クククク……出来たぞ」 パチパチと木が爆ぜる音を立てながら燃える たき火を、仁王立ちで見下ろす。 この火こそが、俺の悪魔的な妨害計画の鍵だ。 「では、実行に移すとするか」 荷物の中から取り出したのは、カレンが 町に行くたびに買い込む上等な燻製肉。 「これを適当な枝に刺し、たき火に放り込む」 そのまま齧っても美味い肉――それを火にくべると、 一体どうなるだろう。 肉の焼ける芳醇で香ばしい香り。 それが辺りに漂い始めるに決まっている。 「……ごくり」 想像しただけで、魔王たる俺が思わず 唾を飲み込んでしまう。 そんな魔性の香りが辺りに漂うともなれば、 カレンも気が気でなくなるだろう。 食い意地の張ったあいつの妨害には、まさにうってつけだ。 「せいっ!」 凶悪な計画が進行しているとも知らず、 カレンは剣を振り続けている。 この肉が美味しく焼き上がった時…… その時が、お前の最後だ。カレン! ククク……フハハハ……ハーハッハッハッハッ! 「おっと、焦げないようにひっくり返さないとな」 焼き加減にまでこだわる。これも、魔王の矜持である。 「いただきます」 「……いただきます」 結論から言うと、俺が焼いた肉はその日の夕食となった。 ――完。 「しかし、悪いな。食事の用意までしてもらって」 「気にするな。俺は剣のことはさっぱり分からないから、 手伝えるのはこれくらいだ……」 焼いている途中、良い匂いがしなかったわけではない。 俺の想定通り、それはそれは美味しそうな匂いが 辺り一面に漂っていた。 想定外だったのは、カレンの方だった。 「ああ……やっぱり、高い肉は美味いな……」 素振りを終えた今だからこそ、こうして 幸せそうな顔で肉を食べてはいるが……。 剣を振り続けている間、カレンは 肉に一切の反応を示さなかった。 「たくさんあるから、ゆっくり食べろよ」 「ありがとう。そうさせてもらおう」 全ての雑念を捨て去るくらいに、 集中していたというのだろうか。 だとすれば、なんて集中力だ。 こいつ……もしかして、修行なんて 必要ないんじゃないか? 「なあ、カレン。どうして、素振りしかしないんだ?」 「ん? 素振りは全ての基本だからな」 「何事も基本に忠実に行う。それが修行だろう」 剣に対しては……ああ、いや、基本的には 真面目だよな。こいつは。 ただ、ちょっと人の話を聞かない時があるだけで、 それ以外は俗に言ういいやつに違いない。 勇者の仲間に選ばれるだけのことはある。 「木を切り倒すとか、そういうものが 修行らしいとは思うんだが」 「木を切る? おいおい、何を言ってるんだ、魔法使い」 「そんなこと出来るわけないだろう」 きょとんとした顔の後で、カレンが 呆れたように肩を竦めさせる。 「修行のために、木を切り倒すなんて論外ってわけか」 本当に真面目だな。 別にそれくらい、どうってことはないと思うが。 「修行でなくてもだ。そもそも、木は切れないものだろ」 「……は?」 「なんせ、木が切れたらマップが変わってしまうからな」 「はぁぁぁぁっ!?」 ちょ、え、あれ? カレンが言っている意味がよく理解出来ない。 マップが変わるから、木は切れない……? 「ちょっと待て……。木は切れないのか?」 「だから、何度もそう言ってるじゃないか」 「ええっと、斧とか……そういうのでもか?」 「どんなものでも、だ」 「えええええっ!?」 いやいやいや、流石にそれはない。 ありえない。そんなわけがない。 「木製の物とか、木造の建物とかあるだろ!」 木が切れないのなら、そういう物が 存在するのはおかしいだろう。 材料が調達出来ないのだから。 「ああ、あれは倒木などを使っているからな」 あー……なるほど。ちゃんとあるじゃないか、材料。 「つまり……人の手での伐採は出来ないが、 自然に倒れた物ならば使えると?」 「そうだ」 「なんでだよっ!?」 なんだ、そのよく分からない基準は! そもそも、マップってなんだよ! それが変わったからって何が困るんだよ! 「私に聞かれても困るな。そういうものだから」 「尋ねるのなら、女神様にしてくれ」 犯人は女神か。女神の仕業なのか。 「そ、そうか……」 なんか……女神が世界を作ったとかいう神話が、 あながち嘘ではない気がしてきた……。 「まあ、そういうわけで、素振りを繰り返していたんだ」 新たな肉へと齧りつきながら、 カレンが強引に話をまとめに入る。 「まあ、私の場合は独学だから、それ以外の 練習を知らないのもあるが」 「なるほど……」 釈然としないものはあるが、 ここは一旦納得しておこう。 引かずに尋ね続けたところで、答えが 出てくるようなものでもないし。 「そういえば、魔法使いには師はいるのか?」 「リブラは弟子のようだし、魔法の世界も 師弟関係があるんだろう?」 自分が独学だからこそ、他人のことが気になるのだろうか。 カレンが、そんな話を俺に振ってくる。 「ああ。俺にもいたよ」 「師弟というほど、堅苦しい関係でもなかったけどな」 「そうなのか?」 「ああ……親父だったから」 俺に魔法を教えてくれたのは、親父殿だった。 新しい魔法を一つ覚え、披露するたびに親父殿は 俺のことを手放しに褒めてくれたものだ。 「良い師だったのだな」 「なんで、そう思う?」 「思うさ」 たき火に照らされながら、カレンが優しく笑う。 心許ない灯りではあったが、その笑顔は どこか輝いてさえ見えるような気がした。 「大したことのない師の下で、才能が 花開くわけないからな」 「今のお前を見れば、一目瞭然さ」 親父殿に褒められたい。魔法を学ぶにあたって、 そんな思いがやる気になったのは確かだ。 「……そうか」 なるほど。親父殿は俺にとって良い師だったに違いない。 親父殿がいてくれたからこそ、 俺は努力を続けられたのだから。 「なあ、魔法使い。お前の話を聞かせてくれないか」 「お前とこんな話をする機会は、 今まであまりなかったしな」 「ああ。言われてみれば、そうかもしれないな」 正体を明かすことの出来ない俺は、自分自身の話を 誰かにすることはあまりなかった。 話したとしても、嘘や誤魔化しが大半だった。 「俺の話、か……」 だが、俺にとって良き師である親父殿のことならば。 「父親の話でも、構わないか?」 それを少しだけ誇るくらいならば、 きっと何の問題もないだろう。 「ああ、もちろんだ」 パチパチとたき火の音だけが鳴る、静かな夜だから。 たまには、親父殿との思い出を振り返るのも、悪くはない。 「さて、なにから話そうかな」 たき火を囲んで過ごす夜は、魔王である俺にとって 不釣り合いなくらいに、静かで優しい時間となった。 「たぁっ!!」 翌日、陽が昇ると同時にカレンは 再び素振りを開始していた。 その様子を眺めながら、妨害兼食事の準備として、 たき火で肉を炙る。 昨日同様、なんの妨害にもなっていなかったが。 「しかし、どうしたものか……」 こうして、カレンに張り付いていたところで 妨害の手段が思いつかない。 このまま無為に時間を費やしているうちに、ヒスイや クリスの方が先に目的を達成しないとも限らない。 二人の場合明確な何かを探している分、 邪魔するのは容易かもしれない。 「はやまってしまったかもしれないな」 肉がこんがりと焼き上がるのを待ちながら、一人で呟く。 俺は一体何をしているのだろう。冷静に考えると、 そんな疑問すら浮かび上がってくる。 「おっと、ちゃんと両面とも焼かないとな」 本当に……俺は……何をしているのだろう……。 思わず項垂れた瞬間、近くの茂みがガサガサと揺れた。 「……うん?」 獣でも近寄ってきたのか? 身構えて待っていると、茂みの揺れが徐々に近づいてくる。 俺の目の前に姿を現したのは――。 「こっちから、いい匂いがしてんだけど」 「お腹……空いた……」 「な……っ!?」 思ってもみない二人だった。 「いやー、悪いな。飯食わせてもらって」 「ありがとう……ございます」 「なに、困った時はお互い様さ」 グリーンとアクアリーフの二人を交えて、 少し早目の食事休憩の時間。 焼き上がったばかりの肉を、四人で食べる。 まあ、それはいいんだが……。 「二人はどうやって、ここに来たんだ?」 さっきから、それが気になってしょうがなかった。 ここは、険しい山に周囲を囲まれた未踏の地なはずだ。 俺たちのように飛行手段を持っているならまだしも、 船や歩きでは、ここに来るのは難しいはずだ。 そんな場所に、この二人はどうやって足を 踏み入れることが出来たのだろう。 「え? 普通に空から」 「いや、普通にて」 「アタシ、空飛べるし」 「本当か!?」 「本当……だよ」 「ほう。それは魔法か?」 「おおむね、そんな感じだな」 「いやいやいやいや」 「どうした? 魔法使い」 急に首を横に振り出した俺を、 カレンが不審そうな目で見る。 「空を飛べる魔法なんて、俺は聞いたことないぞ」 「そうなのか?」 なんで、こいつが不思議そうにするのだろう。 「姐御……良かったね、超レアなんだって」 「流石はアタシだな。ふふふ」 「いや、そんな軽く納得とかされても……」 「魔法使いは、細かいことを気にするんだな」 「全然細かくないと思うぞ!?」 存在しないはずの魔法を扱える。 それを細かいこと、で流されても困る。 「細かい男はもてないぞー」 ぐ……っ! 「男の人は……寛容な方が素敵、だよね」 ぐぬ……っ! 「ま、まあ……現にこうして二人が ここにいるわけだし……」 「そ、空くらい……飛べるよな、うん」 げ、現実は現実として受け止めるより他にあるまい。 別に、こいつらに何か言われたから、 持論を曲げるわけではない。 曲げるわけではないのだ。 「そういや、お前らはこんな場所で何してたんだ?」 「二人だけ……みたい、だけど……」 「ああ。実は、ここで修行しろとの神託を授かってな」 「今は、それぞれがバラバラに行動しているんだ」 「そうなんだ……」 俺とカレンの方へと、アクアリーフが顔を向ける。 髪の下に隠されている目で、俺たちを 見比べているのだろう。 「てっきり……デートかと……」 「そっ、そそそそ、そんなわけないだろっ!」 顔中を真っ赤にしたカレンが慌てて首を横へと振る。 相変わらず、絵に描いたような取り乱し方をする。 「こんな殺風景な場所でデートもないだろ」 「野外の方が……燃えるのかな、って……」 「何がだっ!?」 一見大人しそうに思えるアクアリーフの口から、 とんでもない言葉が飛び出してきた。 これは、流石の俺にも予想外だった。 「まあ、流石にそれはないって。なあ?」 「ああ。断じてない」 「そうなんだ……」 アクアリーフの言葉は、何故か少し不服そうだった。 本当に何故だろう。 「そ、そんな話はさておき、だなっ!」 真っ赤になったまま、口をパクパクと させていたカレンがようやく復帰する。 わざとらしいくらいに大きな声を上げて、 強引に話題の変更を計っていた。 「良ければ、二人に稽古を付けてもらいたいんだが」 「あ? アタシたちに?」 「ああ。自分では見えない部分もあるし、誰かと 剣を交えて初めて気付くこともあるだろうからな」 なるほど、カレンの言うことはもっともだ。 ……ということは、ここは口を挟んでおいた方がいいな。 俺の目的は、カレンの修行の妨害だ。 「やめておいた方がいいぜ」 俺が口を挟むよりも先にグリーンが首を横に振っていた。 ほう、意外だな。てっきり、引き受けるものだと 思っていたが。 まあ、俺にとっては断られた方が都合がいい。 このまま、流れを傍観しておこう。 「む。どうしてだ?」 「いや、アタシはいいんだけど。 稽古じゃ済まなくなる……」 「待て、グリーン」 アクアリーフが横から、グリーンの言葉をさえぎる。 いつもより、若干ハッキリとした口調にも思えて首を捻る。 「稽古か、良かろう。我に頼むとは、 肝の据わった小娘だ」 「わ、我? こ、小娘……?」 「フハハハハッ! 人と手合せなど、久方ぶりだ!」 「高笑いしたっ!?」 ゆらゆらと上体を揺らしながら、大きく口を開いて 笑うアクアリーフに圧倒されてしまう。 明らかに口調も態度も違うその様は、 まるで別人のようだった。 「あちゃー、遅かったか……」 「何がどうなっているんだ?」 顔を片手で覆いながら溜息をこぼす グリーンへと問いかける。 一緒に旅をしているこいつなら、アクアリーフの 豹変の正体を知っているだろう。 「あー、いや、なんていうか、戦闘って 聞くとアクアはこうなるんだ」 「虐殺スイッチが入るのだ」 「え? 稽古を付けるって話だよな?」 「一度ならば誤射で済む」 「意味が通じてねえよ!!」 詳細までは分からないが、何かまずい事態に なりつつあるのは理解出来た。 髪の隙間から覗くアクアリーフの目は、 赤く輝いているようにすら見える。 スイッチが入ったとか、そういう話じゃないぞ、これ! 「なるほど。それでは、手合せを頼む」 「お前っ!? なんで、普通に 手合せとか言ってるの!?」 「ん? うーん、よく分からないのだが、あれだろう? 機嫌が良くなっている、みたいなものなのだろう?」 「把握の仕方がざっくりしすぎてるな!」 案の定というべきか、カレンは何が起きているのかを ちっとも理解している様子はなかった。 「魔法使いが何を慌てているのかは知らないが、稽古を 付けてもらえるのなら強い相手の方がいいだろ」 「それはそうだが!」 虐殺とか言ってる相手が、まともに稽古を 付けてくれるとは思えない。 いや、まあ、ここでカレンが一方的に叩きのめされようが、 虐殺されようが、構わないのだが……。 このパターンだと、きっと俺も巻き込まれるに違いない。 そんな予感をひしひしと感じつつあった。 「フハハハハッ! 良い度胸だな、小娘。気に入ったぞ」 「準備は出来ておるな、グリーン」 「あいよ。まあ、そういうわけだ。諦めな、兄ちゃん」 ああ……やっぱりな……。 二人対二人でちょうどいいもんな……。 「一応聞いておくが、アクアリーフを 止めてくれないか?」 「悪いけど、アタシも手合せとか喧嘩とか大好きなんだ」 「だろうなあ……」 まあ、グリーンの方は普段の態度なども考えれば、 今の言葉は納得出来るものだ。 こうなったら、覚悟を決めるしかないのか……。 「ではいくぞ、小娘に小童。 八つ裂きにしてくれるわっ!!」 「稽古だって言ってるだろ!」 「望むところだっ!」 「望むなぁっ!?」 「うははは! 大忙しだな、兄ちゃん」 俺は果たして、無事に生き延びることが 出来るのだろうか……。 決死の稽古? が幕を開けた。 こう、俺は魔王なわけだ。つまり、人間のモラルに 縛られずともいいわけだ。 カレンもつらそうにしていることだし、うん。 これは人助けでもある。はずだ。 「分かった」 目を見つめながらゆっくりと頷くと、 カレンは恥ずかしそうに顔を俯かせて。 「……ありがとう」 とだけ、短く囁いた。 「………ん」 「…………」 夜の闇の中、互いに沈黙を守ったままの時間が続く。 だが、不思議と気まずい空気ではなく、 どこか穏やかなものに感じられる。 「その……ありがとう……」 顔を俯かせたカレンが、ぽつと言葉を漏らす。 真っ赤に染まった耳を見れば、どんな顔を しているのか大体の想像は出来た。 「ああ……うん……」 どう答えたものか迷った末に、 曖昧な返事とともに頷きを返す。 「その答えはどうなんだ……?」 「うん。まあ、俺もそう思った」 チラ、とお互いが遠慮がちに視線を向け合う。 くそ……なんだ、この照れくささは。 なんで、俺がこんな感情を抱かなければならない。 「その……なんだ、勝手なことを 言って悪いと思うが……」 本当に言いづらそうにカレンがぽつぽつと口を開く。 「出来れば、今日のことはみんなには内緒に してほしいというか……うん」 「内緒に……して、ほしい……」 「……何故、二回繰り返した」 「それくらい……内緒にしてほしいってことだ」 うん。まあ、内緒にするのは構わない。 なんか、あいつらに知られたら色々と怖い気がする。 「分かった。誰にも言わない」 「助かる。それで、その……私も、出来るだけ普通に 振る舞うから……魔法使いも……そうしてくれ」 「頑張る、から……」 そんなことが出来るかどうか自信はなかった。 何故なら、未だかつて経験のないことだったから。 「努力しよう」 しかし、あのカレンが顔を真っ赤に しながら頑張ると言うんだ。 俺が頑張らずにどうする。 「……ありがとう」 控えめに、カレンがはにかむような笑いを浮かべる。 「それじゃ、その、なんだ……そろそろ寝るか?」 「そうしよう。流石に今日は疲れたしな」 「あ、ああ、そうだな……疲れた……な」 「あ、そうだ。私は、もう一人で大丈夫だから…… ヒスイと先生を手伝いに行ってくれないか?」 「ん。分かった」 互いに同意の言葉を繰り返す会話を延々と繰り返す。 ええいっ、このままでは埒が開かない! きっと、この調子で言葉を続けて、眠らないだろう。 「よし、おやすみ!」 「……おやすみ」 カレンを休ませるためにも、多少 強引に就寝の挨拶を告げる。 さて、明日からは……ええっと、カレンに対して普通に 振る舞いつつ、ヒスイとクリスの妨害を頑張ろう。 頑張ることが増えたな、と思いながら。 その日の夜は、ゆっくりと過ぎ去って行くのだった。 「す、すまない。俺には……出来ない……」 意気地がないと言われても構わない。 だが、俺は常識的なモラルを持った魔王でいたい。 この期に乗じて、なんてどうしても出来なかった……。 「あ、そ、そうか……そうだよな。急にこんなことを 言われても……困る、よな……」 「すまない……今のは、忘れてくれ……」 カレンが、申し訳なさそうに顔を俯かせる。 その様子を見て、思わず心が揺れてしまうが……。 これでいい。この選択でいい。はずだ。 「あ、そうだ。明日からは、ヒスイと先生の方を 手伝ってくれ。私は一人で大丈夫だから」 「……ああ、分かった」 「そ、それじゃ、今日はもう寝よう ……おやすみ、魔法使い」 どこかぎこちなく多少早口なカレンの挨拶を 最後に、その夜の会話は終わった。 もったいないことをしたかもしれない、と。 俺は一人、胸に悶々としたものを抱えて 時を過ごすのだった。 『グリーンが いっぴき あらわれた アクアリーフが いっぴき あらわれた』 「よし、いくぞ。魔法使い!」 「お、おう。頑張って生き延びてやる!」 くそっ、こうなったら意地でも生き延びてやる! こんなところで死んでたまるかっ! 『さくせんが しんちょうにいこう にへんこうされました』 「クックック……良い気合だな、小童。 存分に切り裂いてやろう!」 「そこそこで勘弁してくれっ!」 「頑張って生きろよ、兄ちゃん」 「ニヤニヤしながら言うセリフじゃねえよ!」 くそっ、くそっ! どうしてこうなった!! 「まずは、貴様の力を見せてみろ。小娘」 「分かった。いくぞっ!」 『カレンの こうげき』 『アクアリーフに それなりの ダメージ』 「ふむ。我流の剣だな、思い切りは悪くない」 「グリーン、お前に良く似ているな」 「だな。ただ、アタシより基礎はしっかりしてるな」 「そこまで、分かるものなのか?」 たった一度の攻撃で、そこまで見抜くとは……。 自信満々に振る舞うだけのことはあるな。 さて、カレンは放っておいても勝手に色々 やるからいいとして、俺はどうしようか。 適当に手を出すのが、一番邪魔になるかな。 「では、我の番だ! 心せよ!」 『アクアリーフの こうげき』 『こうてつのいとが すべてを きりさく』 「くっ、これは……糸!?」 『カレンに そこそこの ダメージ』 『ジェイに しゃれにならない ダメージ』 「うおおおおっ!?」 まずい。よく分からない間に、全身を切り裂かれていた。 駄目だ! 適当に手を出したりしていたら、死ぬ! ずっと回復に専念しないと、俺は間違いなく死ぬ! 『ジェイは ほしにくを つかった』 『ジェイの きずが けっこうかいふくした』 荷物から取り出した干し肉をおもむろに貪る。 このまま稽古が終わるまで、延々と肉を 食い続けなければ、確実に死んでしまう! 他に何かやるような余裕なんてない! 「次、行くぞっ!」 俺とは違って、カレンはまだまだ余裕がありそうだ。 体力があるというのは、少し羨ましいな。 『カレンの こうげき』 『グリーンに それなりの ダメージ』 「速くて鋭い。けど、剣筋が素直だな」 「そんじゃ、ま、邪道な剣でも見せてやるか!」 『グリーンの こうげき』 『けんを おおきく ふりまわした』 「まさか、こんな使い方をするとは……!」 『カレンに それなりの ダメージ』 「また、俺も巻き込むのかよっ!?」 『ジェイに そろそろきけんな ダメージ』 グリーンの奴、斬るのではなく叩きつける勢いで 剣を思いっきり振り回しやがった。 まるで、鈍器で殴りつけるかのような扱いだ。 なるほど。邪道の剣、か。 「こ、これ……俺が参加する意味って、 本当にあるのか……?」 『ジェイは ほしにくを つかった』 『ジェイの きずが けっこうかいふくした』 「実を言うと、小童が参加する意味はあまりない」 「だったら、なんで俺を巻き込んだ!?」 「まあ、それはさておきだ」 さておかれても、かなり困る。 だが、下手に口を挟んでもろくなことには ならない気がしたので、黙っておこう。 「そろそろ追い込んでみるか?」 「ああ。そうだな」 『アクアリーフの こうげき』 『こうてつのいとが するどく きりさく』 「くうっ……!」 『カレンに それなりの ダメージ』 追い込むって……カレンのことか? 確かに俺より体力がある分、一撃で ピンチになったりはしていない。 だが、回復もしていない分、ダメージも 蓄積し続けてきているだろう。 「まだ、だ……」 「ほう、倒れぬか。その気概は良し」 「だが、ここからどうする? 我を倒さねば、貴様は死ぬぞ?」 「くっ、そ、それは……」 「貴様が死ぬだけならまだしも、 仲間まで死ぬかもしれぬな」 「何も守れず、何も倒せず、全滅するか?」 「そんなことはさせるかっ!」 アクアリーフの言葉に、激高したようにカレンが叫ぶ。 何も出来ずに全滅する。 カレンの事情を知って言っているわけではないだろうが、 あまりにもピンポイントな煽りだ。 そこに反応した、か。 「あんな思い……二度とごめんだっ!」 「カ、カレン、落ち着け……」 しかし、頭に血が昇りすぎていないだろうか。 これって……一応、稽古、なんだよな。 「おっと、兄ちゃん。ちょっとストップな」 「……え?」 カレンをなだめようと声を掛けた途端、 グリーンにそれを咎められる。 何故、止められるんだ? 「ならば、どうする? 森羅万象、一切合切、 一刀の元に切り伏せねば、何も解決せぬぞ?」 「だったら、切り捨てるまでだ。神であろうと、 魔王であろうと――」 「相手が何者であろうとも、斬り捨てるのみ!」 『カレンの ひっさつ!』 「フッ、それで良い!」 『アクアリーフに とんでもない ダメージ』 「その感覚、忘れるなよ。小娘」 「これで稽古は終わりだ!」 「……え?」 唐突に巻き込まれてスタートした稽古は、 アクアリーフの一言をもって唐突に終わった。 一体、どうして終わったのか、俺には さっぱり理解出来ない。 「つまり、どういうことなんだ……?」 「手短に説明すると、小娘の剣は中途半端だったのだ」 「そうか、そういうことか」 自らの手を見下ろしながら、カレンが小さく呟く。 ……あれ? 理解出来てないのって、俺だけか? 「我流にしては基礎が出来ていて、綺麗な剣筋だ。 でも、技術ってのは我流じゃ身に付かない」 「それならば、下手に小手先の技術を身に付ける よりも、感情を乗せて振るう剣に寄せるべきだ」 「技術ではなく、感覚や感性。 まあ、いわば野生の剣だな」 「野生の剣、なあ」 「つまり、アタシみたいな方向ってわけだ」 「ああ、なるほど」 確かに、グリーンの剣は力任せで型なんて無かった。 なるほど。あれが技術ではなく、感覚で振るう剣か。 「小娘には、何やら才能のようなものも感じたからな。 そっちが合うと判断したのだ」 「才能……女神様の加護、か」 そうか。カレンにはそれがあったか。 剣のポテンシャルを最大限に引き出せるという加護。 その加護がある限り、剣をどう振ればいいかは 感覚的に理解出来ている。 だからこそ、剣に上乗せするのは 技術ではなく、感覚や感情。 野生の剣とは、上手く言ったものだ。 「自分の力が一段階引き上げられたような感覚だ。 稽古を付けてくれてありがとう」 目を閉じたカレンが、深々と二人に頭を下げる。 飾り気のない感謝の言葉が、何故か 良く似合うように思えた。 「後は……自分で頑張って……ね」 戦闘が終って、気が鎮まったのだろう。 アクアリーフの目が再び前髪で隠される。 「神ですら、魔王ですらも斬るか。 あれ、カッコよかったぜ」 にんまりと笑いを浮かべながら、 グリーンが軽い調子で言葉を返す。 「そうか、ありがとう」 カレンの笑顔を見て、ようやく稽古が終わったのだと、 改めて安堵の息を……って。 うわぁぁぁぁっ!? 無事に稽古終わった!? 「どうした、魔法使い。変な顔をして」 自分の命のことを考えるのに精一杯で、 妨害とか忘れてた!! 何たる不覚!! 「ああ。うん。いや、なんでもない」 取り返しの付かないことをしてしまった。 そんな俺の後悔だけを残して、カレンの修行は 無事に幕を下ろしたのだった。 「ふふっ、今日は実に有意義な日だった」 「……そうか」 稽古を終え、グリーンとアクアリーフの二人と別れた後、 修行を続けるカレンに付き合うことしばし。 辺りはすっかり夜の闇に包まれていた。 まあ、正確に言うならば、修行に付き合っていたという よりも、俺はただ呆然自失としていただけだったが。 「自分の中で眠っていた感覚が目覚めたような気分だ」 「……そうか」 よほど嬉しいのだろう。カレンは、どこか そわそわとしているようにも見える。 一方の俺は、無気力に返事をするだけだった。 修行を妨害出来なかったというショックが、 まだ少し尾を引いていた。 「手伝ってくれてありがとう、魔法使い」 「いや、俺は何も出来なかったからな」 カレンの力を引き出したのは、間違いなくあの二人だ。 あの二人さえ来なかったら、カレンはきっとパワーアップ 出来なかっただろうに。おのれ……。 「そんなことないぞ。魔法使いは、いつだって 私たちを支えてきてくれたじゃないか」 「感謝してもしきれないくらいだ」 「それは……少し照れるな」 まあ、こっちとしては支えるつもりなんて さらさらなかったのだが……。 何故か、結果的にそうなってしまっていた。 本来であれば、頭を抱えるべきことなのだが…… 時々、不思議とそれが当たり前に感じる俺がいた。 こいつらを支えるのが当たり前 ……なんて、おかしな話なのだが。 「お前はなんというか……不思議な奴だよな」 お前らほどではないと思うんだがなあ。 俺はどちらかというと常識的な方だと自分でも思う。 なんて、内心で呟きをこぼしてしまう。 「最初は単なるいい奴としか思っていなかったが…… 旅を重ねるに連れて、少しずつ……こう、な」 「今は、その……お前だったら、その……恥ずかしいけど、 嫌じゃないと思う……」 「……何がだ?」 「何がっていうか、その……何をされても ……というか……」 「……え?」 今、こいつは何を言った? 呆気にとられて聞き返す俺の目を、 ジッとカレンが見つめてくる。 どこか熱に浮かされたように、焦点が少し怪しい目。 カレンに見つめられること、カレンがそんな目をすること。 その双方が、俺の胸を不意に騒がせる。 有り体に言えば、ドキドキとしてしまっていた。 「そ、その……変なことを言うけど…… 軽蔑はしないで……ほしい」 頬を……いや、頬だけではなく、顔中を赤らめたカレンが、 ゆっくりと俺に詰め寄ってくる。 何をするつもりだろうと訝しがる俺の手を、 カレンはそっと握り締め。 「じ、自分の中の感覚が目覚めたようだ……って 言っただろ。そのせい……かもしれないが……」 「か、体が、その……」 赤い顔のまま、今にも泣きだしそうな目で カレンが俺を見つめてくる。 軽く噛み締められた下唇から、羞恥に 耐えていることがなんとなく理解出来る。 「う……うずくんだ……」 「……は?」 何を言っているのか、一瞬理解が出来なかった。 間の抜けた声で聞き返すと、カレンの視線が小さく揺れる。 「お、おかしなことを言っているのは自分でも分かる ……そ、その……ふしだら……だとも」 え? あ、ああ、うずくって、そういう意味……か? 「別に、その……誰でもいい、とか……一緒にいるのが お前だから仕方なく……とかじゃなくて……」 「お前じゃないと……嫌……なんだ……」 羞恥と理性の狭間で大きく揺れ動いているであろう カレンの目には、いよいよ大粒の涙が溜まり始めていた。 「自分でも……なんでそう思うのか…… 上手くは説明出来ないけど……」 「俺で……いい、のか……?」 ためらいながらの俺の問いに、カレンが無言で小さく頷く。 「もちろん……その……お前が 嫌じゃなければ、だが……」 よし、落ち着いて考えろ、俺。 今のカレンは明らかにおかしい。正常ではない。 感覚がどうの、と言っていたように、その影響のせいで、 判断力などが鈍っているのかもしれない。 しかし、カレンが俺を求めているのも確かな事実であって。 どうしよう……? 据え膳食わぬは魔王の恥だ! いや、常識的に考えろ! 「ただいま……って」 集合地点へと戻ってきた俺の目に まず飛び込んできたのは――。 「ん……すぅ……」 草の上、気持ちよさそうに寝息を 立てるリブラの姿だった。 「まったく……のんきなものだな、こいつは」 まあ、こいつにしてみれば、俺の焦りや 頑張りなど全て他人事だ。 のんびり気楽にしていても、何か 不都合があるわけでもない。 それが分かっているだけに少し腹立たしい。 「蹴り起こしてやろうか」 なんて、思いはするものの。 「むにゃ……すぅ……」 あまりにも気持ちよさそうに眠っている姿を見ると、 無理やり起こすのも多少はためらわれてしまう。 「……まったく」 甘い。我ながら、本当に甘い。 思わず、胸中で溜息をこぼしてしまう。 「それにしても、無防備すぎるだろ……」 まあ、リブラの姿なんて見飽きるくらい見ているのだが。 こうして、寝転んでいる姿を見ると、何故か かなりきわどく思えてしまう。 とくに、この太ももからお尻にかけてのラインが……って。 「何を考えているんだ、俺は」 別にドキリとなんてしていない。していないぞ。 「ん……うぅ……?」 ようやく俺の気配に気付いたのだろうか。 リブラがうっすらと目を開いた。 「……おはようございます」 「ああ、おはよう」 やれやれ、と内心で呟きを零しながら挨拶を返す。 何に対してやれやれと思っているのかは、 自分でも不明瞭だった。 ただ、とにかくやれやれと言いたい。そんな気分だ。 「お帰りなさい。一人ですか?」 「見ての通りだ」 「首尾はどうですか?」 「殺戮の稽古をくぐりぬけてきた……」 「……は?」 俺の言葉に、リブラが不思議そうに首を傾ける。 「あなたはご存じないかもしれませんが、 殺戮は稽古ではありません」 「それくらい、俺だって知ってるわ!」 「ならば、何故そのような物言いを?」 「そうとしか……表現出来なかったんだ……」 「……?」 やはり、リブラは不思議そうにしている。 まあ、実際に体験してみなければ、 分からないだろうなあ……。 「世界の抱える矛盾ってやつだ……」 「なるほど。でしたら、仕方ありませんね」 普段であれば、何故この説明で納得するのか疑問視 するところだが、今は詳細を語る気力もない。 ここは、流しておくとしよう。 「それでだな。ヒスイとクリスの動向は分かるか?」 「なんと。まだ諦めないのですか」 「当然だろ」 無感動な淡々とした口調はそのままで、 リブラが驚いたように両手を上げながら言う。 驚きを表現したのだろうが、これはこれで かなりわざとらしい仕草だ。 「お前が何度言おうとも、俺は諦めないからな」 「死の未来と運命を、この手で必ず覆してやる」 「……なるほど」 リブラはかすかに顎を引く程度に、 分かりにくい頷きを見せる。 「残された時間をあなたがどう使おうとも、それを 誰かに咎められるいわれはありませんね」 「散々、無駄と言ってきただろ。お前は」 「あれは事実を事実と告げただけです」 素知らぬ顔でリブラがきっぱりと言い切る。 こいつは、本当にいい性格をしてやがる。 無論、褒め言葉などではない。 「ともあれ、他の二人ですが……」 キン、という短い音とともに、リブラの片目が淡く輝く。 その視線は、そのまま真っ直ぐに空へと上がり。 「今は二手に別れて行動しています」 「二手に?」 手分けをして捜索するつもりなのだろうか? 目的の場所も分からず、危険度も低い土地だ。 おまけに分かりやすい集合場所まであるのだから、 手分けするのも一つの手か。 「ここから近いのはどっちだ?」 「クリスですね。彼女は、ここより 西方へと向かっています」 リブラの手がゆっくりと遠くを指差す。 その先に、クリスがいるということなのだろう。 「あいつが探していたのは、祈りの洞窟か……」 空から眺めた限り、西方には洞窟のようなものは 見受けられなかった。 それなのに西に向かったのは、どうしてだ。 何か確信があるのか、あるいは単に 確認を怠っていただけか。 「……まあ、どちらでもいいか」 いずれにせよ、俺のやるべきことは変わらない。 今度はクリスの探索を妨害し、祈りの洞窟など 存在しないのだと諦めさせればいいだけだ。 カレンの修行に付き合うのに比べたら、難易度は低い。 「…………」 低い、はず、だよな……? 「自信がないのでしたら、ここで 座して待つのも手だと思いますが」 気付くと、いつの間にかリブラはじっと俺を見ていた。 片目の輝きも、今は消失している。 「じ、自信などあるに決まっている! お前は余計な世話を焼かずとも良い!」 「そうですか。では、いってらっしゃい」 自信があろうとなかろうと、どの道 俺には進む以外の選択肢はありえない。 元より諦めるつもりもなく、座して死す気もない。 「ああ。行ってくる」 故に俺は歩き出す。 自分の運命に打ち克つために、南へと。 リブラの指し示した方向へと向かっていた俺が 辿り着いたのは、荒れ果てた建築物の跡地だった。 「ふむ。古代の遺跡……のようだが……」 ここまで来る途中、クリスの姿を見かけることはなかった。 ということは、この場所にクリスがいることになる。 「祈りの洞窟を目指しているはず……だよな」 ならば、何故このような場所に足を運んでいるのだろうか。 このような場所に洞窟の入り口が あるとも思えないのだが……。 「何を考えているのやら」 ヒスイたちが何を考えているのか分からないのは、 今に始まったことではない。 その中で、もっとも分からないのがクリスだ。 神官のはずなのに、戒律のようなものを真面目に 守る気はない、ゆるゆるな生活態度。 いつでもどこでも、余裕があるような…… いや、余裕しかないように笑っている。 「……まあ、いい。とりあえず、クリスを探すか」 考えても分からないものを考え続けていてもしょうがない。 それよりも、クリスを見つけて妨害するのが先だ。 そう割り切って、朽ち果てた建築物の残骸の間を歩き出す。 長い年月をかけて、雨風に晒され続けたであろう外壁は、 少し手を触れただけで崩れてしまいそうだ。 「というか、今更だが……なんで建物があるんだ?」 前人未到の地に建築物があるというのもおかしな話だ。 洞穴ならば、自然に出来た物だと言えるが ……流石に建物が自然に出来たとは思えない。 明らかに人工物が存在する以上、人の手が 入っていると考えるのが道理だ。 「適当すぎるだろ、言い伝え」 そろそろ、この世界は、もうそういうものだと 思い始めてきつつあった。 俺がおかしいと思ったことも、世界から見るとそれが 常識である。そういうことが多すぎる。 もう、前人未到の場所に建物があっても 別にいい気がする。 俺は別に困らないし。 「あれっ、ジェイくん?」 思考を投げっぱなしにしつつ歩いていると、 壁の後ろから出てきたクリスとばったり出くわす。 俺の方も少し驚いたが、クリスもそれは同様なようで、 パチパチと瞬きを繰り返している。 「カレンちゃんの方は終わったの?」 「ああ、あっちはほとんど片付いた」 「ふーん。それでお役御免になっちゃった?」 「そんなところだ」 事実、カレンの方は俺が手伝えるようなことも ほとんど残っていない。 今更、俺が妨害出来るような余地すらもない。 「それで、二人を手伝おうと思ってな」 「で、ここに来たんだ?」 「ああ。リブラから、こっちに向かったと聞いてな」 「そうなんだ。ジェイくん、偉い偉い」 クリスはおもむろに両手を伸ばして、 俺の頭に触れようとしてきた。 咄嗟に後ろに下がって、その手から逃れる。 「折角、褒めてあげようと思ったのに」 「……何故、両手を差し出してきた」 普通、誰かを褒める時の行動と言ったら、 頭を撫でるのが一般的だろう。 だが、それなら、使うのは片手だけで済むはずだ。 なのに、こいつは何故両手を伸ばしてきた……。 「え? ご褒美に、胸に顔を埋めさせて あげようと思って」 「ご褒美て、お前!」 やっぱり、ろくでもないことを考えていやがった! 思わず、声を大にツッコミながらさらに後ずさってしまう。 「嬉しくないの?」 「…………」 嬉しくないか否かと問われれば、 そりゃ……まあ、嬉しいが。 「嬉しいくせにー」 「そういう話じゃなくてだな! 戒律とか! そういう問題だろ!」 「誰も見てないよ?」 「女神様が見てるんじゃないのか!?」 だからこそ、気を抜かずにしっかりやれ、 みたいな教えが戒律と呼ばれるものなはずだ。 「女神様は、今、捕まって寝てるよ」 ……あ。 しまった、そうだった。寝てるから、見てない。 「……いやいやいや」 いや、何か違う。そんな話じゃない。 そんな話ではないはずだ。 「と、ともかく! 今は祈りの洞窟 とやらを探すのが先だろ!」 駄目だ。こうなったら、もう、話を進めるしかない……。 こいつにペースを握らせ続けていたら、 俺が振り回され続けてしまう。 待てよ……。あえて振り回され続けることによって、 探索を妨害することにも……。 「くすくす。じゃあ、後のお楽しみに取っておこうかな」 ……ならないような気がするなあ。 「そういえば、クリスはなんでここに来たんだ?」 ともあれ。今は、クリスが何故この場所へと 足を運んだのかを探ることにしよう。 それを知ることによって、俺はこれからどう 動くべきなのか、おのずと見えてくるだろう。 「それは、ここに祈りの洞窟があるからだよ」 クリスはにんまりと笑いながら、 あっけらかんと断言する。 「……え?」 ここに洞窟がある? どうして、こいつはそういう確信を持っているのだろうか。 「祈りの洞窟って名前の意味をジェイくんはどう思う?」 「どう、って……そりゃ、祈りを捧げるための洞窟 ってことだろ」 名前から連想されたことを、素直に口にする。 あるいは、祈りを捧げた洞窟、ということかもしれない。 いずれにせよ、祈りと何かしら関係のある 洞窟であることに間違いはないだろう。 「うん。そこで下手に考え込まないで、シンプルに 答えに行き着く。ジェイくんはいい魔法使いだよ」 まるで、教え子に授業でもするかのような 口調でクリスが俺に告げてくる。 パチパチと軽く叩かれる両手の音が、 不思議と不快ではない。 「魔物はどうか知らないけど、動物は祈ったりしない。 祈るのは、女神様を信仰する人間だけ」 「だから、この島の中で祈りの洞窟があるとすれば、 きっと人の手が入っている場所に違いない」 俺に向けて講釈を続けながら、クリスが手にしたのは。 「つまり――」 祝福を受けた聖なるメイス、だった。 それを大きく振りかぶって。 「ちょ、え、何をするつもりだ!?」 「てぇぇぇいっ!」 おもむろに、近くの壁へと一撃を叩き込む。 風化してもろくなっていた壁はクリスの一撃を耐える ことが出来ず、ガラガラと音を立てて崩れる。 「お、お前……どういうつもりだ?」 「決まっているじゃない」 崩れた壁の方向を、クリスが笑顔で指差す。 舞い上がった土埃が治まった時――。 「先に進むつもり、だよっ」 壁の向こう側にあったのは、 洞窟の入り口と思しき縦穴だった。 「ここが……」 「祈りの洞窟、だね」 縦穴を下りた先に広がっていたのは、 自然に出来た洞窟だった。 人が並んで歩くのに不自由のない広さ。 先がどこまで続いているのか、入ったばかりの 位置からでは見通すことが出来ない。 「うん、空気が澄んでいる。神聖な力に満ちているね」 「ああ……そうだな」 洞窟の中は空気が澱んでいるようなことはなく、 むしろ清々しささえ感じられた。 おそらくは、洞窟中に満ちている魔力のたまものだろう。 「これだけ、力に満ちた場所があったとは……」 「祈りの洞窟っていう名前は伊達じゃないね」 クリスの言う通りだった。 これほどの場であれば、伝説として 言い伝えられるのも頷ける。 神聖なものとは対極にあるはずの魔王でさえも、 感心させられてしまうくらいだ。 「それじゃ、先に行ってみよ」 「……ああ」 早速、進み始めるクリスを追うように俺も足を進める。 「ジェイくん、気分はどう?」 「特に問題はないぞ」 「そっ、良かった。ジェイくんには居心地悪いかも ってちょっぴり気になってたんだ」 「…………」 洞窟に満ちる力に呆気に取られて、気付かなかったが……。 俺の体に何か異変が起こるようなことはなかった。 おそらく、この島に魔物が寄りつかないのは、ここから 地表にも力が流れ出ているから、だろう。 それほどの規模の力に身を晒しても、何の不調も感じない。 「まあ、俺くらいになればな。どんな場所だって あっさりと順応出来るさ」 こんな空気の中でも、何の不都合もなく行動出来る。 流石は俺、流石は魔王。他の魔物どもとは 格が違うからこそなせる所業だろう。 「ふふっ。ジェイくんは、いつも自信満々だね」 「お前には言われたくないぞ」 やんわりと微笑むクリスへと肩を竦めさせながら返す。 「あの遺跡に洞窟があることを、まるで 最初から知ってたみたいだったし」 「すごいでしょ、って言いたいところなんだけど」 「実は、先生は知ってたんだ」 軽く胸を張った後で、クリスが可愛らしく 舌を出しておどける。 「……そうなのか?」 「うん。女神様に教えてもらったから」 「は?」 女神に教えてもらった? 一体いつの間に……どうやって……。 「あははっ」 呆気に取られた俺の顔を見て、 クリスが明るい笑い声を漏らす。 「実は、祈りの洞窟の場所は、女神様の言葉として 神殿にも言い伝えが残っているんだよ」 「ああ……そういう意味か」 女神の言葉として言い伝えられている。 だから、さっきクリスは女神に 教えてもらったと言ったのか。 「しかも、結構詳しい位置まで残っているんだ。 この島の神殿の中央部分、ってね」 「ということは、上にあった遺跡は……」 「大昔に建てられた女神様の神殿だよ」 なるほど、そうだったのか。 ますますもって、前人未到って言葉が 嘘だと証明されてしまったな。 もう、あれだな。前人未到という枕詞は、雰囲気を 出すために適当に付けられたんだな。 そうに決まっている。 「……なるほど」 と納得したところで……俺は一体どうすればいいんだろう。 合流した途端、俺が邪魔する暇もなく 祈りの洞窟を発見し、足を踏み入れている。 この時点で、クリスは目的の半分を 達成していることになる。 実にスムーズな展開だ。 「で、ここで何をすればいいんだ?」 となれば、俺が妨害すべきは残り半分の目的。 すなわち、祈りの洞窟に入ってクリスが行うべきこと。 それを、邪魔するのが俺の役目だ。 「うーん。流石の先生も、そこまでは分からないかな」 残念ながら、そこまで言い伝えは残っていないようだった。 となれば……何が行われるのかを、推理する ところからまず始めなければいけない。 「多分、どこかでお祈りをすればいいと思うんだけど」 うむ。俺もそう思う。なんせ、祈りの洞窟だからな。 よし、ここで何が行われるのか判明した! 「まあ、道はまだまだ続いているようだし、 とにかく歩いてみるか」 俺は、この洞窟の中でクリスが祈りを 捧げるのを邪魔すればいいわけだな。 しかし、どうしたら祈りの邪魔が出来るだろう。 やはり、集中を途切れさせればいいのか? 集中を途切れさせるためには、体を揺らしたりなど 直接的な接触が一番だろう。 それに相手が女であることも考えると――。 「よーし、今からお祈りに集中するよっ」 「そうはさせるかー。胸ターッチ」 「いやーん、ジェイくんやめてー」 …………。 ないわー。これはないわー。 普段から俺にちょっかいかけまくりなクリスが、 その程度で集中切らすとかないだろうなあ。 というか、そもそも祈りの邪魔をするために胸を触る 魔王とか、駄目だろう。小物すぎるだろ。 魔王は魔王らしく、尊厳をもって人を 惑わせるくらいしなければな、うん。 「さっきから、難しい顔をしてどうしたの?」 歩きながら頭を悩ませていた俺の顔を、 いつの間にかクリスが覗き込んできていた。 「おおうっ!?」 いきなり顔を近付けられていたことに、 俺の方が驚いてしまう。 「べ、別になんでもないぞ。ちょっと考え事を していただけだ」 うむ、と威厳をもって頷きながら、さりげなく距離を離す。 ふう……俺の方が心を乱してどうする。 「ふーん。奇遇だね、先生も考え事してたんだよ」 「そうか……何を考えていたんだ?」 「ジェイくんについて、かな」 「…………」 「無言で、そっと距離を取るのはやめてっ!」 「いや、だって……」 俺のことを考えている、とかクリスに 言われたら逃げるに決まっている。 絶対にロクでもないことを考えているとしか思えない。 「残念だけど、先生はそういう趣味がないから 冷たい目で見られても嬉しくないよ」 「俺だって、そういう趣味はない」 「じゃあ、そんな目はやめよう。人は一人では 生きていけない寂しい存在なんだから」 こいつなら、きっと一人でも生きているに違いない。 俺はそういう確信を胸に抱いた。 ともあれ、まあ無意味に距離を取ったところで 話しにくいのも確かだ。 おそるおそるながらも、クリスへと近付いていく。 「どうして、そんなに警戒するのかな?」 「お前が何を考えているか、分からない からに決まっているだろ」 「それって、言われた方は結構傷付くんだよ」 クリスは、ぷうと不服そうに頬を膨らませる。 どことなく拗ねたように見えるその表情は、 今までに見たことのないものだった。 「……そうか?」 「そうだよ。だって、あなたとは意思疎通が出来ません ってキッパリ言われるようなものだから」 「それは……確かにそうだな」 何を考えているのか分からない。 つまり、自分の理解の範疇を超えた存在であると、 相手に告げることになる。 すなわち、それは相手を理解するということを 放棄したという宣言にほぼ等しい。 「まあ、もう慣れちゃったけどね。 神殿でも、結構言われたし」 「お前みたいにゆるゆるの日常生活を 送っていたら、言われるだろ」 「堅苦しいのは苦手なんだもん」 「だったら、どうして神官になんてなろうと思った」 「んー、色々あって?」 語尾を若干持ち上げながら、クリスがこてんと首を傾げる。 「何故、疑問系になる」 「一言で説明するのがちょっと難しくて」 その言葉で説明を放棄しながら、クリスが首を戻す。 「というか、なんでそういう生き方をしているのか 説明出来る人ってかなり少ないと思うよ」 「ジェイくんは、なんで魔法使いに なったか説明出来る?」 「む、それは……」 俺の場合、自らの身分を偽るために魔法使いを 名乗るのが一番都合が良かったからにすぎない。 そもそも、俺は魔法使いになったわけではなく、 何故なったのかと問われると……。 「確かに、難しいな。色々あったから、としか言えない」 曖昧に答えを濁すより他にない。 「でしょう?」 俺の答えを聞いて、我が意を得たとばかりにクリスが頷く。 「人は、自分もよく分からないうちに、 目の前に引かれた道を歩いているんだよ」 「多分、それを運命と呼ぶんだと先生は思うんだ」 「クリスは、運命なんて信じているのか?」 「うーん。これでも、一応神官だからね。 女神様が定めた道なら、そこを歩くよ」 「……そうか」 目を閉じると、重々しく息を吐き出す。 俺はそんな考えはまっぴら御免だ。 ただ目の前の道に従うだけならば、 俺に待つのは予言された死のみだから。 そんなものが、俺に与えられた道だというのならば、 俺はそれを全力で否定し、抗う。 そのために、こうして、こいつらと 一緒に旅をしているのだから。 「ふふ、ジェイくんのそういうところに、 先生は惹かれているんだよ」 「ん?」 クリスの言葉の意図が理解出来なくて、 まぶたを持ち上げながら口から単音が漏れた。 「ジェイくんからは、何かを変えようという 意思が感じられるんだ」 「ヒスイちゃんやカレンちゃんからも 感じるんだけど……」 一旦言葉を切って、クリスが目を細める。 穏やかに笑っているようにも見えるが、その視線は 俺の内面を推し量っているかのように思える。 「ただ、あの二人の場合は世界を 平和にするっていう形が見えてる」 「でも、ジェイくんにはそれが見えない。 明確な形が見えてこないんだ」 「まだ形になっていない、とんでもない可能性を 感じる……みたいな」 「買い被りすぎだ」 クリスの言葉に、どう答えればいいのか迷ってしまう。 何故なら、こいつが何を考えているのか分からないから。 その言葉が何を意味するのか、まだ見えてこない。 「そこで謙遜しちゃうの?」 「事実だからな」 なので、ここは肩を竦めさせておくに留める。 「ふふっ、じゃあそういうことにしておいて あげようかな」 それなのに、クリスは愉快そうに小さく笑いを漏らす。 本当に、何を考えているのかが分からない。 「というわけで、先生にとってジェイくんは とっても興味深い存在なんだよ」 「からかった時の反応も可愛いしね」 「前半はともかくとして、後半は かなり迷惑なんだが……」 まあ……そんなことを言ったところで、 何も変わったりはしないだろうが。 「先生としては、後半もかなり高得点なんだけど」 ほら、やっぱりな。 無言で肩を竦めさせておく。 「ふふっ、ジェイくんは本当につれないね」 「それでも、まだ知りたいか?」 「うん。やっぱり、ジェイくんのことは もっと知りたいままだね」 笑顔で頷いたクリスが、頬に指を添えながら首を傾けて。 「もしかしたら、この感情は恋かもね」 「そうか」 …………。 「はぁっ!?」 普通に答えながら前を向いた後で、 クリスの方向へと勢いよく顔を向ける。 いわゆる二度見というやつだ。 いやいやいや、それはどうでもいい。 「いや、え、ちょっと、お前……」 そんなことを言われて、俺は一体どうすればいいんだ!? 一瞬で、思考回路がショートしたかのように 頭が回らなくなる。 ええっと、こういう時は……そうか! 確か素数を数えるんだったな! 「なーんてね」 静かにパニックに陥る俺を見て、クリスがにんまりと笑う。 思わず足を止めてしまった俺を置いていくかのように、 そのまま足を止めずに歩き続けて。 「先に進もうよ、ジェイくん」 にこやかに告げられた言葉に、 俺は咄嗟に何かを返すことは出来ず。 しばらくの間、その場に立ち尽くすのだった。 「うわー、いい眺めだね!」 「そ、そうだな……」 クリスの言葉に衝撃を受けた俺は――いや、あれは冗談だ。 冗談の言葉だと分かっている。ちゃんと分かっているさ。 ともあれ、道中特に何か手を出すことも出来ずに、 洞窟の最奥まで辿り着いていた。 そこは、洞窟の外――崖の上に迫り出すように出来た 小さな空間となっており、一面に海が広がっていた。 「いつの間にか、太陽も傾いていたんだね」 「……そうだな」 楽しそうなクリスの言葉に、全く同じ返答をする。 いかん、いかん。いつまでも、腑抜けてはいられない。 ここからが本当の勝負だ。 祈りの洞窟の一番奥まで辿り着いたということは、 ここで祈りを捧げるのだろう。 それを妨害することが――。 「じゃあ、用事も済んだし帰ろうか」 …………え? 「あ……いや、祈りを捧げたりは……?」 「もう済んだよ」 はいぃぃぃぃぃっ!? 「え? い、いつの間に……!?」 「途中で、かな」 「は……?」 途中で、って……。そんな素振りなんて 一切なかったんだが……。 「洞窟に満ちた神聖なる力の中を歩く。それが、 ここで行われる修行だったみたい」 「つまり、祈りを捧げながら歩く洞窟、ってことだねっ」 「はぁぁぁぁぁっ!?」 な、なんだ、そのあまりにもお手軽すぎる修行は! そんなものでパワーアップ出来るだと!? 俺は認めない、絶対に認めないぞ!! 「先生もたっぷりと力を取り込んで、 パワーアップ出来たよ」 「ほら。祝福された聖なるメイスが、祝福された 聖なるモーニングスターに進化しましたー!」 じゃじゃん、と口で効果音を付けながら、クリスが 荷物の中から凶悪な鈍器を取り出す。 「ちょ、そっちがパワーアップするのかよ!?」 「当然、体中に洞窟の力を取り入れて、 先生の力もパワーアップしてるよ」 「だいたい、2倍から3倍くらい 強くなった気がするねっ」 納得いかねえ! 納得いかねえぞっ!! 歩いただけで強くなれるような場所に、 なんで誰も来ないんだよ! ああ、いや、来られたら困るな。 よし、もう誰も来るな!! 「ジェイくんは強くなった感じはする?」 「お、俺か……?」 はっ、もしかしたら、俺まで強くなって いたりするんだろうか。 それならそれで、嬉しいのだが……。 「…………」 強くなれたような実感はさっぱり湧かない。 というか、自分が強くなったかどうかなんて、 どうやって確かめればいいんだ? まず、そこから分からない。 「……今一つピンとこないな」 「そっか。やっぱり、女神様に仕えてないと 駄目みたいだね」 「ジェイくんは、神秘とか神聖とかそっち系の 魔力はさっぱりみたいだし」 「そっちは、専門外すぎるな」 だよな……世の中、そうそう簡単に パワーアップしたりなんてしないよな。 それが正しいよな。うん、正しい。 「ここで強くなれたのは、先生だけみたいだね」 納得いかねえええええええええっ!! 釈然としない! 理不尽だ! 不公平だ! 心中で地団太を繰り返し踏みまくる。 「太陽のばかやろおおおおおおおっ!!」 大海原へとゆっくりと沈んでいく夕日に向かって、 胸の内にうずまくやるせなさを吐き出すように叫ぶ。 今の俺に出来るのは……それくらいのものだった……。 「ふぅ、疲れたね」 「そうだな……」 洞窟の最深部から引き返す途中、疲労を覚えた 俺たちは休息を取ることにした。 洞窟の奥まで辿り着いた時、外は夕刻だった。 今はもう、すっかり暗くなっている頃合いだろう。 流石にそろそろ休みを入れないとつらい時間だ。 「ふふっ」 「……どうした」 手近な岩に腰を下ろして休んでいる最中、ふと気付けば、 クリスが俺の方を見ながら微笑んでいた。 何かろくでもないことを考えているのだろうか、 と思わず身構えてしまう。 「ジェイくんと二人っきりなのが、ちょっと嬉しくてね」 「どういう意味だよ……」 「別に深い意味はないんだけどね」 「あ、それとも深い意味があった方がいい?」 「どう答えても地雷だろ、それ」 「ふふっ」 俺のツッコミの言葉も意に介さずに、 クリスは微笑みを浮かべている。 ……なんだろう。いつもより、やりづらい。 「二人っきり、だね」 「別に繰り返すことじゃないだろ」 「大事なことだよ」 さりげなく、クリスが俺の隣へと座り直してくる。 「ちょ……!?」 思わず腰を浮かしかけた俺を押し留めるように、 クリスが腕を絡めてくる。 文字通り、絡め取られたように動けなくなってしまう。 「先生の隣は嫌?」 「別に……そういうわけではないが」 極めて普通のトーンで尋ねられてしまったせいか、 俺も普通に返してしまう。 まあ、別に隣に座るくらいならば構わないのは確かだ。 「ジェイくんは、なんだかんだ言っても優しいよね」 「……ぬう」 そう言われてしまって、どう答えればいいのか迷う。 言葉に詰まったまま、思わず視線をそらしてしまう。 「ジェイくん。先生に、もっとジェイくんのことを 教えて欲しいな」 「だから、そういうからかいはやめろって……」 「本気だよ?」 クリスの言葉が、いつになく静かなもの だったせいで、虚を突かれてしまう。 からかうでもなく、笑うでもなく、ただ静かな声色。 「……え?」 「本気だよ。色んな意味で興味を 引かれているのは本当だし」 「ジェイくんのことが頭から離れない、かな」 その言葉から、洞窟の中で言われた「恋」 という言葉が頭を過ぎる。 もしかして、あれも本気……なのか? 「もしかしたら、酔っちゃったのかもね」 俺の腕を抱き寄せながら、クリスが俺を見上げる。 その顔は、穏やかで柔和な笑みを浮かべていて。 それにまた、戸惑ってしまう。 「急に、強い魔力を体に取り入れちゃったから」 「そんなこと……あるのか?」 「そう聞かれたら、あるって答えるよ?」 クリスの言葉を信じていいものか、どうか。 個人的にはそんな経験はない。だが、それは俺が優れた 魔力を最初から持っていたからかもしれない。 人間が急に魔力を得ると、そういうことが 起きる……のか? 「こう、つらかったり苦しかったりするのか?」 「だから、そう聞かれたら、先生は 頷いちゃうって言ってるでしょ」 くすくすと、愉快そうにクリスが笑みを漏らす。 「あんまり言うと、ジェイくんの優しさに付け込むことに なっちゃうから……もう、これ以上は何も言わないね」 「後は、ジェイくんが自分で決めてね」 俺が……決める、だと……。 くそっ、どうしてカレンに続いて こんな状況になってしまうんだ! 落ち着け、冷静になれ、クールに考えろ、俺。 ここで、どうすればいい……! 頷く 首を横に振る 何をためらう必要がある。 クリスの方から、俺を知りたいと求めてきたんだ。 俺はそれに応えてやればいい。それだけだ。 まあ……たまには美味しい思いとかしてもいいだろうしな。 なんて、俗っぽい考えがないとは言えないが。 「分かった。まあ、その……頑張る」 「ふふ。おかしな返事だね」 おかしそうに笑いながら、クリスが俺の腕を解放する。 「悪かったな」 「でも、そんなところがジェイくんらしいかな」 などと小さく笑うクリスの体を、俺は両手で抱き寄せた。 「ふふ。ありがとう、ジェイくん」 「ああ。どういたしまして……でいいのか?」 洞窟の中、ひんやりとした岩の上に二人で身を寄せ合い ながら、小さく囁くように言葉を交わす。 こう、なんだ。こういう時、どういう顔をして、 どんな言葉を交わせばいいのか分からない。 「うん。それでいいよ」 くす、とクリスが微笑む。よく見る表情だと いうのに、それが何故か少しくすぐったい。 「一つ、お願いしてもいいかな?」 「なんだ?」 「多分、朝になったら魔力に酔っていた間の記憶は なくなると思うから、ジェイくんは普通にしていてね」 「……え?」 やっぱり、そういうものなのだろうか。 クリスに尋ねてみたいが、そういうものだよ、と 答えられるに決まっているので、尋ねられない。 クリスの意図は分からないが、 そういうものだと理解しておこう。 「分かった」 「ふふ、ありがとう」 微笑みながら、クリスが腕を絡めてくる。 さっきまでとは違い、絡め取るのではなくて、 ただ重ねるような優しくじゃれるような強さ。 「せめて、朝まででいいから、こうさせてね」 「……ああ」 明日から普通の顔、か。 それが出来るかどうか、前例がないだけに 自信はない、が……。 魔王であることも隠せているんだ。 上手く取り繕ってみせよう。 そう誓いながら、朝までの間、 しばしの微睡に浸るのだった。 「……駄目だ」 首を横に振って、俺の意思をしっかりと伝える。 流石に魔王と言えども、モラルを守らなければいけない。 そんな、チャンスが来たからと言って、 がっつくようなことでは駄目だ。 クールに、そしてスマートに。それが俺の信条である。 たった今、そう決めた。 「ん、そっか。残念」 実にあっさりと、クリスが俺の腕を解放する。 もう少し粘られるものだとばかり思ったが……。 いや、よく考えてみればこいつはからかう時も、 引き際はあっさりとしていたな。 べ、別に、拍子抜けなんてしてないぞ。うん、してない。 「こういうのは、ちゃんと考えるべきものだろ」 「ジェイくんは真面目だなー」 「それじゃ、先生の膝枕で寝る?」 「それじゃってなんだよ! 前後が繋がってないだろ!」 「だったら、ジェイくんが膝枕するとか」 「だったら、じゃねええええ!」 今までの空気がまるで幻だったかのように、 俺たちは普段と同じ空気に戻っていて。 結局、あまり体を休めるような時間もなく、 こんな調子が朝まで続くのだった。 ヒスイは南の山の方へと向かった。 クリスから、その話を聞いた俺は川に沿って ひたすら歩き続けていた。 「それにしても、よく分からない島だな」 南の方は確か海だったはずだ。 川に沿って海に向かえば、山に辿り着く。 この島の中に、ありとあらゆる地形が 詰め込まれたかのようだ。 「まあ……愚痴っても仕方がないな」 とにかく、今大事なのは、進むことだ。 こうしている間にも、ヒスイが聖剣を 手にするかもしれない。 一刻も早く、追いつかなければ。 「よし、気合を入れるか」 せめて、ヒスイだけでもパワーアップするのを阻止しよう。 心の中で新たな誓いを立てながら、 俺はひたすら足を進め続けた。 「うん? この音はなんだ?」 ほどなくして、俺の耳に飛び込んできたのは水音だった。 一応、前人未到の地ということになっているこの島で、 誰かが水音を立てているとは考えにくい。 いや、まあ、俺たち以外に入り込んでいる奴もいるが……。 そんな稀有な例外は除いて考えよう。 となれば、この音は自然に発生しているわけで。 「滝でもあるのか?」 連想されるのは、やはり滝だった。 「そろそろ少し休憩もしたいし、行ってみるか」 どうせ休むのなら、落ち着ける場所がいいな。 たまにはぜいたくな休息を楽しんでも 罰は当たらないだろう。 それくらいの心の潤いだって、俺には必要だ。 「滝の傍で優雅な休息。これこそ、魔王に相応しい。 くくくく……」 そうと決まれば、後は進むのみだ。 水の音を頼りに足を進めだした。 「さて、こっちの方から聞こえてきたのだが――っと」 「ここ……か?」 待っていろ、滝よ。我が優雅な休息を彩るのだ! 颯爽と足を進めた俺の前に広がっていたのは――。 「……え?」 想像通りの滝と、そこで優雅に水浴びを する見知った顔だった。 ……なるほど。あいつらに比べれば 控えめなサイズだな。 しかし、普段山脈ばかり見ている俺にとっては たまには丘陵を見るのもいいものだ。 よし。冷静に観察するのはこれくらいにしておこう。 さて、続いてはいつものツッコミのターンだ。 「なんで、お前がいるんだよっ!?」 「……へ?」 あ、しまった、間違えた。 ここはツッコミとか入れずに そっと立ち去るターンだった! お、おのれ、すっかり身に付いた習慣が恨めしい! 「え……あ……え?」 お、珍しい。マユが、戸惑ったように きょとんとした顔をしている。 ……じゃなくて、だ。ここはどうにか スマートに解決しなければ。 「フッ、そのうちいいことがあるだろう。 多少貧しくとも、強く生きるんだぞ」 魔王として、部下のフォローを 入れながら爽やかに立ち去る。 よし、これで万事解決だな。 「し……」 「死ねぇぇぇっ!!」 「ぐおおおっ!?」 俺の頭に、何か硬い物が衝突する痛みを最後に、 俺の意識は闇に落ちるのだった。 「すみませんでした」 魔王、部下の諜報員に土下座するの図。 「まーったく、もう! いくら私がプリティだからって、 覗きは駄目ですよ」 「イエス、プリティ! ノー、ロリータ!」 まったくもって意味が分からないのだが、今の俺は こいつに逆らうことが許されなかった。 何故ならば、不幸な事故が連続したとはいえ、俺は 覗きという十字架を背負ってしまったからだ。 「質問をよろしいでしょうか、マユさん」 控えめに手を上げながら、控えめに発言をする。 繰り返すが、俺は魔王である。 「なんですか、もう。スリーサイズとか 聞こうものなら、不能にしますよ」 「何をだよっ!?」 「……じゃなくてだな」 いかん、いかん。こいつのペースに 合わせていては話が進まない。 いや、まあ、こうして正座させられている時点で、 話なんて進まないようなものだが。 「お前……なんで、ここにいるんだ?」 「え? そんなもの、来たかったからに 決まってるでしょう」 ああ……そういえば、以前にそういう話をしていたな。 「それと、ついでに勇者がどっちに 向かったのかを教えようと思って」 「そっちをついでにするなよっ!」 俺にとって、最大級に重要な案件を ついで扱いされてしまった!? 「マユマユは怒っているので、 教えてあげませんけど。ぷりぷり」 なんか、こいつ……今日はやけに面倒くさいな。 まあ、俺に非がある以上、耐え忍ばなければ いけないのだが。 「どうか教えてください、お願いします」 「お、教えてあげてもいいんだけど、別にあんたのために 教えるんじゃないんだからねっ」 面倒くせー!? とても口に出しては言えないが、面倒くせー!? 「というわけで、勇者はここからもうちょっと 南西の山に向かいましたよ」 「南西の山だな。よし」 そうと決まれば、早速向かおう。 思わぬところで、思わぬ時間を浪費してしまった。 これ以上、時間を無駄には出来ない。 急いで追いかけよう。 「それじゃあ、行ってらっしゃーい」 実に気楽な口調で手を振るマユの見送りを受けて、 俺は一路ヒスイの向かった山へと急ぐのだった。 「ふう……ふう……」 一歩足を進めるたびに、大きな息が一度漏れる。 山の中へと続いている道は、道と呼ぶには あまりにも細く険しいものだった。 「これは……かなり……堪えるな……」 城生まれ城育ちの都会派魔王の俺にとって、 険しい山道とは相容れない存在である。 これまでの旅で、多少は体力が付いたと思っていたが、 焼け石に水のようなものだった。 未だヒスイの背すら見えていないというのに、 俺の疲労は増す一方だ。 「まったく……なんで……山に……聖剣が……」 息も絶え絶えに悪態を吐く。 むしろ、言わないとやってられない。 誰が何を考えて、山に聖剣を置いたのだろう。 そもそも、本当に聖剣が山に置いてあるのだろうか? まずはそこが疑問である。 もし、これで仮に聖剣なんて物が 存在しなかったとしたら……。 「その時は……この島を……沈めてやる」 とにかく、この島を片っ端から破壊して、 地図上から消去してやろう。 可能か不可能かは問題ではない。 俺がやると決めたらやるのだ。 俺の力の全てを使いきっても構わない 勢いでやり遂げてみせる。 「フ……ハハハ……ゲフッゲホッ」 高笑いしようとしたが、無理だった。 途中で思いっきり咳き込んでしまう。 しまった……無駄な体力を消費してしまった……。 「もう……限界だ……」 もはや、体力の限界に達した俺はその場に へたり込むように膝を付く。 ゴツゴツとした石が足に当たって痛い。 だが、動くだけの力は残されていない。 「くそ……ヒスイは……どこだ……」 俺が呻くようにそう呟いた時。 「あれ? ジェイさんですか?」 上方から、聞き覚えのある……いや、 むしろ聞きたかった声が耳に届く。 それにつられるように、俺が目線を上げると。 「あ、やっぱりジェイさん。どうしたんですか?」 ひときわ大きな岩の上から、ヒスイが俺を 見下ろしているのが見えた。 「はい、お水をどうぞ」 「すまない……」 ヒスイから受け取った水筒へと、遠慮なく口を付ける。 冷たい水が喉を潤し、食道に流れ込んでいくのが とても心地良い。 「ぷはぁ……水が美味い……ッ!」 「回復草もどうぞ。体力が回復しますよ」 「すまん、助かる」 今度は回復草が差し出される。 それを両手で受け取り、軽く揉み解してから 口の中へと放り込む。 奥歯でゆっくりと噛み締めるたびに、 苦みが舌の上へと広がっていく。 「ぬぅ……苦い……」 よく噛んだ回復草を、水で胃の中へと流し込む。 即座に体の奥からじわりと活力がよみがえってくる ような気がして、口から溜息が零れる。 ようやく、人心地付けた。 「落ち着きました?」 「ああ、どうにかな。ありがとう、ヒスイ」 「いいえ。お役に立てて何よりです」 ヒスイの満面の笑顔が、眩しく輝いて見える。 その輝きようは、まるで後光が差しているかのようだ。 今ばかりは、ヒスイに全力で感謝しよう。 良いタイミングで駆けつけてくれた。流石は勇者だ! 「ジェイさんがこちらにいらしたということは、 カレンさんの修行は無事に終わったんですね?」 「ああ。今は最後の仕上げに入っている段階だろう」 「先生はどうでした?」 「クリスも同様だな。祈りの洞窟を発見したぞ」 「わっ、それじゃ後はわたしだけなんですね」 「ああ、その通りだ」 ヒスイに説明がてら、現状を改めて再確認する。 カレンとクリスは各々の目的を既に果たし、 パワーアップを終えている。 ヒスイが自分でも言ったように、 残っているのはヒスイ一人だけだ。 「気合を入れて頑張らないといけませんねっ!」 そして、それは俺も同じことだ。 他の二人の妨害に失敗した今、せめてヒスイだけでも パワーアップを阻止しておきたい。 勇者がパワーアップ出来ないとなれば、こいつら 一行にとって大きな痛手となるはずだ。 ここで俺が上手く阻止出来るかどうか。 それが今後の行方を大きく左右するだろう。 「俺も全力で手を貸すからな」 「はいっ、よろしくお願いしますっ!」 幸い、今回は目当ての物がはっきりとしている。 ターゲットとなるのは、伝説の聖剣。 その名の通り、剣の形をしていることに疑う余地はない。 俺がやるべきは、ヒスイが聖剣を 手に入れることを邪魔すること。 俺が先に手に入れてしまうも良し、不慮の事故を装って 捨てるも良し、いっそ破壊するも良し。 いける。今度こそ……今度こそ、いけるっ!! 「それで、聖剣のありかに目星は付いているのか?」 「はい。ここに来る途中で見つけた石版を、 クリス先生が解読してくれたんですけど」 「どうやら、この山の中腹に聖剣はあるそうです」 「この山の中腹、か」 また、中途半端な場所にあるな、聖剣。 こういう場合、山の頂とかの方がそれっぽい感じが するのだが……。 「……ふむ」 しかし、この山の頂ともなれば、かなりの距離を 歩く覚悟をしなければいけないだろう。 それなら、中腹部分にある方がかなりマシだな。 よし、ナイス判断だ! 聖剣を置いた奴! 「ということは、まだ歩く必要があるか……」 「ですね。ジェイさんに合わせますので、 無理のない速度で急ぎましょう!」 俺に合わせるとか言ってくれる辺り、 こいつは本当にいい奴だな。 さっきの水と回復草といい、精神的にも肉体的にも 弱っている俺にとって、この優しさは癒しだ。 「何から何まですまないな、ヒスイ」 「仲間と一緒に頑張るのが勇者ですからっ!」 明るく言いながら、ヒスイが片手でグッと ガッツポーズを取ってみせる。 「それに、ジェイさんとご一緒出来ることが、 とっても嬉しいですし」 「そうか。そう言ってもらえて、俺も嬉しいぞ」 こいつ……本当にいいやつだ……。 思わず、泣いてしまいそうになる。 魔王と言えども、疲れている時に優しくされると かなりグッときてしまう。 「それじゃ、行こうか」 「はいっ!」 内心を悟られぬように、表向きは笑顔を取り繕いながら。 俺たちは再び、山道を歩きはじめるのだった。 「伝説の聖剣って、どんな剣なんでしょうね?」 先ほどの宣言通りに、俺の歩調に合わせる形で 山道をゆっくりと進む。 平坦な道を歩くのに比べるとかなり遅い。 俺を置いて行った方が早いのは明らかだった。 俺に合わせているせいで遅いのは理解している。 それでもなお、歩いている間に俺が 気まずさを感じずに済んだのは。 「わたしは、きっと綺麗な剣だと思います」 終始、ヒスイが明るくにこやかに 振る舞っているからだった。 「しかし、伝説の聖剣と呼ばれるからには、 強力な武器のはずだろう」 「あまり装飾などは期待出来ないないんじゃないか? 俺は、かなり無骨な外見だと思うが」 「魔力が込められた宝石が付いている かもしれませんよ?」 「ああ、それなら武器として強力で、 なおかつ綺麗な見た目だな」 「ですよねっ」 だが、楽しく会話ばかりもしていられない。 ヒスイの手に聖剣が渡らないようにするための 方策も考えておく必要がある。 それがどのような武器かまでは分からないが、 伝説とまで呼ばれる聖剣なのだ。 強力な剣であることに間違いはないだろう。 「……あれ?」 「どうした?」 隣を歩いていたヒスイが、不意に不思議そうに首を傾げる。 「ジェイさん、あれって……」 ヒスイがゆっくりと前方を指差す。 そちらへと視線を向けると――道の傍らの岩に、 みすぼらしい剣が突き立てられていた。 「もしかして、あれが伝説の聖剣でしょうか?」 「……いや、流石に違うだろ」 まあ、確かに岩に突き刺さっているという絵は、 伝説の聖剣らしい見た目ではある。 例えば、これが少し開けた場所にあったとしよう。 それならば、聖剣かもしれないと思えるだろう。 いかにもそれらしい場所だからだ。 だが、山道の途中でおまけに道の傍らに突き立っている となれば、あまりにも無造作すぎる。 「明らかに弱そうだし」 おまけに、剣がみすぼらしすぎる。 なんというか、もう折れる寸前みたいな感じだ。 その辺りの店で安値で売ってある剣の方が、 まだ使い道はあるだろう。 遠目にもそう思えるくらい、岩に 突き立つ剣はボロボロだった。 「とりあえず、行ってみましょう。通り道ですし」 「そうだな」 どのみち、先に進むためには剣の横を通る必要もある。 まあ、通りすがりに近くで見てみるのも悪くはないだろう。 そう思いながら、剣の傍まで道を進む。 「……近くで見ると、本格的にボロボロだな。これ」 遠目にもみすぼらしく感じた剣を、近くで見た ところで何も変わったりしない。 刃の風化具合などが鮮明に見て取れて、 より弱そうに思えるだけだ。 ただ、岩に突き立っているという部分だけは、 少し気にかかるが……。 「あ、刃の部分に何か書いてありますよ?」 「お。読めるか?」 「はい。かすれてて読みづらいですけど、なんとか」 「ええっと……伝説の聖剣……?」 書いてあるらしい文字を読み上げた後で、 ヒスイがきょとんとした顔で瞬きを繰り返す。 「ジェイさん! 伝説の聖剣ですよ、これ!」 「いやいやいやいや」 パッと顔を輝かせるヒスイに向けて、 思いっきり首と手を横に振る。 ない。それはない。流石にない。 「どうしたんですか?」 「いや、どうしたもこうしたも それが伝説の聖剣? 本当に……?」 「でも、剣に書いてありますよ」 「それがかえって怪しいだろ。こんなに自己主張が 激しい聖剣なんて聞いたことないぞ」 「こんなもの、偽物に決まっている。 放っておいて先に進もう」 シチュエーションから、剣そのものに 至るまで嘘くさすぎる。 これはきっとあれだな。正しい聖剣を 探せという試練に違いないな。 「あ、でも折角ですから持って帰ってもいいですか?」 「……ああ、まあ、そうだな」 これが、正しい剣を探す試練だとすれば、 偽物を抜いた瞬間に失敗となるかもしれない。 そうでなくても、まあ、持っていくくらいならば、 特に不都合もないだろう。 必要ないのなら、後で捨てればいいだけだし。 「それくらいならいいと思うぞ」 「はいっ、それじゃ早速」 岩に突き立つボロボロの剣を抜こうと、 ヒスイが傍に近付いた瞬間――。 「よくぞ来ました、勇者よ」 剣の背後に、突然誰かの姿が浮かび上がる。 「きゃっ!?」 「これは……」 その声と姿に覚えはあった。 一度、夢の中で見たことがある――。 「め、女神様……?」 光の女神、アーリ・ティア。 「ジ、ジェイさん……女神様ですよ。 夢の中で見た姿と一緒です……」 「……そうか」 やはり、間違いはないようだ。 不意を突かれた驚きに、心臓が大きく跳ね上がる。 「あ……で、でも、女神様は……魔王に 捕まっているはずなのに……」 戸惑うようにヒスイの視線が、俺と女神の間を行き交う。 そう、女神は親父殿に封じられたままのはずだ。 となれば、これは女神そのものではない。 「おそらく、魔力で出来た幻影だろう。剣に誰かが 触ろうとすると発動する仕掛けだろうな」 「そ、そうなんですね……」 幻術は専門外といえども、身近にアスモドゥスという エキスパートが存在しただけに推測くらいなら出来る。 あれ……? この剣にそんな仕掛けがしてあると いうことは、もしかして……。 「今、あなたの目の前にあるのが伝説に謳われた 聖剣の、最後の一振りです」 「はあああああああっ!?」 「わっ、やった! ジェイさん、 無事に聖剣発見ですよ!」 「ちょ、ま、え? これがっ!?」 おざなりすぎる! あまりにも、おざなりすぎる!! というか、そもそもこの島自体が あまりにも、ぞんざいすぎる。 試練の大地などと言いながら、特に試練らしいことは 一度もないじゃないか! 「釈然としねええええええっ!!」 カレンの修行だって、たまたまやってきたグリーンと アクアリーフの二人と戦闘しただけだし。 クリスは、祈りの洞窟とやらをただただ歩いただけ。 おまけに聖剣に至っては、道端に適当に突き刺さっている。 全体的におざなりというか、ぞんざいというか、 あまりにも適当すぎる。 まるで、全てが急ごしらえの出来の悪いお芝居みたいだ。 「さて、勇者よ。ここで、あなたは 選択をせねばなりません」 「選択……?」 む……? どうやら、まだ話に続きがありそうだ。 釈然としない気持ちを押さえ込んで、 今しばらく耳を傾けてみるとしよう。 「この剣は、雷の力が込められた剣です。ひとたび 振えば、稲妻の刃が全てを切り裂くでしょう」 「わっ、すごいっ!」 女神の言葉を聞いて、以前に告げられた リブラの予言を思い出す。 確か、あいつは……。 「勇者・ヒスイは稲妻の刃にて魔王ジェイドを 討ち滅ぼし、世界に光をもたらすであろう」 稲妻の刃……ま、まさか……。 「この剣をもってすれば、魔王を 討ち滅ぼすのも容易でしょう」 これが、俺を殺す剣……? ま、まずい。これは非常にまずい! ここでヒスイに、俺の死因を手に 入れさせるわけにはいかない! なんとしても、阻止しなければいけない! 「じゃあ、早速」 「ま、待てっ!」 いきなり剣を引き抜こうと手を伸ばすヒスイを、 必死に両手で押し留める。 「えっ、どうして止めるんですか?」 「お、落ち着け……ええっと、そうだ、その、 説明がまだ途中みたいだぞ」 選択を迫ると女神の幻影は言ったが、 肝心の選択肢をまだ口にしていない。 きっと、続きがまだあるはずだ。 「その剣は、大いなる力をあなたに与えます。 ですが……」 「ほら、な」 「あ……すみません、先走っちゃって」 ヒスイは反省しながら、剣へと 伸ばしかけていた手を引っ込める。 こいつが人の話を聞くやつで良かった……。 「力と引き換えに、あなたは代償を払わねばなりません」 ……うん? なんだか、きな臭い感じがしてきたぞ。 聖剣なのに代償が必要だとか、怪しすぎる。 「代償、ですか?」 「その剣は、所持者の命を吸って力とします」 「その剣を引き抜いた時、あなたの寿命は 半分となるでしょう」 「なんだよ、それっ!?」 いや、確かに代償だ。代償と呼ぶに相応しいリスクだ。 だけど……それって聖剣とかじゃなくて、呪いの類だろ! なんだ、これ! 邪剣かっ!? 邪聖剣ってことか!? 「命、を……」 あまりにも重すぎる代償を聞かされて、 ヒスイが深刻な顔で息を飲む。 「この剣を抜くかどうか、選ぶのはあなたです。勇者よ」 そう言い残すと、女神の幻影はゆっくりと消えていく。 な、なんてたちの悪い選択だ……。 まさか、最後の最後にこんな試練が待ち構えているとは。 試練の大地、おそるべし。 「えげつないな……」 光の女神の性格の悪さが窺い知れる選択だ。 だが、まあ、これならばヒスイと言えども 早々に決心は出来ないだろう。 「なあ、ヒスイ……」 天秤にかけられたのが、魔王を倒す力か自分の命なのだ。 思い悩まないわけがない。そこに上手く付け入ろう。 「それじゃ、抜きますねー」 「待てーいっ!!」 俺の予想を綺麗さっぱり裏切って、ヒスイは あっさりと剣へと手を伸ばしていた。 その手を再びガッチリと捕まえる。 「わっ、ど、どうしたんですか? ジェイさん」 俺の行動に驚いたように、ヒスイが目を見開く。 「こっちの方がビックリだよ!!」 こいつ……今、すごく軽い口調で 剣を抜くとか言ってたよな? 俺の気のせいか? 気のせいじゃないよな? 「お前、さっきの話聞いてたか!?」 「はい。ちゃんと聞いてました」 「だったら、何故抜こうとした!?」 「それは、わたしが勇者だからです」 「はぁぁぁぁぁっ!?」 やけにキッパリとした口調で、ヒスイが断言する。 「いくら勇者だからって、自分の命を 粗末にしていいわけないだろ!」 「粗末になんてしません」 ヒスイがあまりにも穏やかに笑うので、 俺は思わず息を飲み込んでしまう。 「それで世界が救われるのなら、 たくさんの人が幸せになれるのなら――」 「わたしの命の半分は、立派に 役割を果たしたことになります」 どうしてそんなことが言えるのか、理解に苦しむ。 誰だって命は惜しいはずだ。それは人であっても、 魔王であっても変わらない。 それなのに。 「みんなに笑顔を届けるために戦う。 わたしはそう決めたんです」 そして、ヒスイがそう決意するに至ったのは、 結果的に俺の言葉のせいだった。 因果応報にもほどがある。 「平和になった世界を過ごせる時間が、人よりちょっと だけ短くなるのは少し残念ですけどね」 ヒスイは穏やかに笑ったまま、 やんわりと俺の手から逃れる。 まずい……。ヒスイの決心は、過去の 俺の言葉で固まったようなものだ。 だからこそ、俺の言葉では、それを 覆させることは出来ないだろう。 「わたしは、この剣を――」 ヒスイの手が、ゆっくりと剣へと伸びる。 このままでは、ヒスイが剣を抜いてしまう。 どうする……? 言葉では邪魔出来ないのなら――。 「うおおおおおっ!!」 行動するしかない! ヒスイが剣を抜くよりも早く、横合いから 剣に手をかけて一気に引き抜く! 「ジ、ジェイさんっ!?」 岩に突き刺さっていた剣は、何の抵抗もなく 俺の手によってあっさりと引き抜かれる。 女神の言葉が本当なら、これで俺の寿命は 半分になってしまうらしい。 だが、ヒスイの手に渡れば、俺はこの剣によって 確実に死んでしまうっ! だったら、寿命が半分になっても生きて いられる方がマシだ!! 「そして、こうだぁぁぁぁっ!!」 引き抜いた剣を、勢いそのままに 思いっきり遠くへと投げ捨てる! 「ええええええっ!?」 俺の突然の行動にヒスイが驚きの声を上げる中、 伝説の聖剣は遥か崖下へと落ちて行き――。 やがて、その姿が見えなくなる。 「はぁ……はぁ……」 大声の反動で肩で息をしながらも、 心の中でガッツポーズを取る。 やった! やったぞ! 俺はヒスイの手に 剣が渡ることを阻止出来た! 無事にとは言い難いが、妨害に成功した! 「え、あ、あの、ジェイさん……な、なにを?」 「ヒスイッ!」 「ひゃいっ!?」 困惑したように声を掛けてくるヒスイへと、 大きな声で返す。 俺の行動の辻褄合わせは……このまま、 勢い任せに押し切ってやる! 「勇者の武器とはなんだ……剣か? 呪文か?」 「そ、それは……両方……ですか?」 「いいや、違う。勇者が持つべき本当の武器とは――」 「勇気だっ!!」 「ゆ、勇気っ!」 俺の言葉に感銘を受けたかのように、ヒスイが息を飲む。 正直、自分でも何を言っているのか分からないが、 このまま押し切るのみだ! 「お前の胸には勇気があり、お前の傍には 仲間がいる。いいか、ヒスイ」 「お前が旅で培ってきたもの、その全てが お前の本当の武器であり、力だ!」 「ジェイさん……」 感極まったように声を震わせながら、 ヒスイが口元を両手で押さえる。 よし。もう少しで、どうにか押しきれそうだ。 「例え世界が平和になったとしても、 お前が犠牲になったのだとすれば……」 「お前を知る人たちは、全員が悲しむぞ!」 「はっ……そ、それは……」 「そんなことになったら……俺も……」 「あ、え、ジェイさん……」 まあ、こいつらにとって平和な世界というのは、 俺が死んだ後の世界だからな。 そんなもの、嫌に決まっている。 何故かヒスイまで顔を赤らめているのだが ……まあ、気にしないでおこう。 「剣を抜いたようですね、勇者よ」 さっきまで消えていたはずの女神の幻影が再び現れる。 その唐突さに、思わずビクッと身を竦めさせてしまう。 な、なんだ。まだ、何かあるのか? 「あなたの覚悟は受け止めました。 その上で、一つ謝ることがあります」 「剣を抜けば寿命が縮まると言いましたが、 あれは嘘です」 はぁぁぁぁぁっ!? 「え、ちょ、てめえっ!!」 「う、嘘だったんですかっ!」 な、なんて嘘を吐くんだ、こいつ! そういや、アスモドゥスが光の女神のことを性格が 悪いとか言ってた気がしたが、本当だな! 「あなたの覚悟と決意は立派です。ですが、勇者よ。 忘れてはいけないことがあります」 「あなたの本当の武器とは、剣でも呪文でもなく、 その胸に宿る勇気です」 ぶふぅっ!? 俺と同じことを言ってる!? 「あ……女神様もジェイさんと同じことを……」 や、やめろ! 同じことを口走ってしまったのは 単なる偶然だ! だから、俺を尊敬するようなキラキラとした眼差しを こっちに向けるのはやめろ! ヒスイ! 「あなたの胸に宿る勇気。そして、ともにある仲間」 「あなたが旅の中で得たもの全てが、 あなたの武器と力になるでしょう」 うわぁぁぁっ!! さらに似たようなことを言ってる!? 「ジェイさんっ!」 だから、キラキラとした目をこっちに向けるな! なんか、いたたまれなくなるだろ! く、くそっ! 頭を抱えて、その辺りを思いっきり 転がり回りたい衝動に駆られてきた! こ、これは悪夢だ。たちの悪い悪夢に違いない。 そうだ、そうに決まっている! 「この出会いもまた、あなたの力になるでしょう」 女神の幻影が、ヒスイへと向けてそっと手を差し出す。 その手の平の上に、光の球がふわりと浮かび上がる。 「勇者よ、あなたの中に眠る力を引き出しましょう」 その言葉とともに、光の球がヒスイの胸へと 吸い込まれていく。 「暖かい……」 光の球が消えた箇所を両手で軽く押さえながら、 ヒスイがそっと呟く。 ……あれ? ヒスイが剣を引き抜いた体で話が 進んでいるけど……剣を抜いたの俺だよな? だったら、俺に力を与えられるんじゃないのか? なんで、ヒスイがパワーアップを……。 「……あ」 って、し、しまった! みすみすヒスイをパワーアップさせてしまった!? だ、だが、まあ、剣は破棄することが出来たんだ。 多少パワーアップしようが、俺を殺す剣さえなければ、 問題はない。問題はない……はず……だ。 「それでは行きなさい、勇者よ。またあなたと 出会えることを、心から祈っています」 「はい、女神様っ!」 まるでヒスイが元気よく頷くのを確認したかのような タイミングで、アーリ・ティアの幻影が消える。 「ジェイさんっ! わたし、新しい力を 試してみてもいいですか?」 「……え? ここでか?」 「はいっ、誰よりも早くジェイさんに 見てもらいたいんですっ!」 「そうか」 まあ、ここでヒスイの新たな力を確認しておくのは 悪いことではない。 どんな力か知ってさえいれば、対応は出来るはずだ。 「それじゃ、折角だから見せてもらおうか」 「はいっ! それでは……」 ヒスイが真剣な顔で剣を構える。 静かに精神を統一させると、ヒスイの周囲で雷が走る。 「てぇぇぇぇいっ!!」 周囲に発生した雷を刃に纏わせての一閃。 呪文と剣の融合とでも言うべき攻撃は、 その双方をこなせる勇者特有の力だ。 「これが……ヒスイの新しい力」 どれほどの威力を秘めているのかは実戦で 確かめるしかない、か。 とはいえ、俺の体で実際に受けてみるわけにもいかない。 そのうち、使用する機会が出てくればいいのだが。 「スーパー・サンダー・ソードと名付けます!」 「おいおい、見たまんまじゃないか」 思わず苦笑いを浮かべながら、肩を竦めさせて……。 スーパー・サンダー・ソード……稲妻の刃……? え? ちょ、も、もしかして、 俺を殺す稲妻の刃ってこれか!? 剣じゃなくて、技のことなのか!? いやいやいや、いくらなんでもそれは ……ありえる……のか? 「この新しい技で、魔王をやっつけてみせます!」 し、しかも、本人がこの技を 俺に使う気満々……だと……? 「うん。まあ、ほどほどにな。ほどほどに」 結局のところ、俺は誰の妨害も出来なかったのだなあ、と。 俺の胸中にはどんよりと黒い雲がかかるのだった。 山を下りて、川沿いを二人で進む。 水のせせらぎを耳にしながらの歩みは、 夜の帳が下り始めても止まらずに。 会話をしながらの、帰路となっていた。 「ジェイさんのおかげで、無事に新しい力が 手に入りました。ありがとうございます」 「なに、気にするな……」 本当に俺のおかげで。俺が余計なことをしたせいで。 ああ、いや、でも、俺が何をしなくても 結局ヒスイは力を手に入れていただろう。 つまり、どのみちヒスイは力を手に入れていたわけで。 俺の徒労は一体、なんだったのだろうか……。 心が空しい……。 「どうかしましたか? ジェイさん」 「さっきから、なんだか遠い目をしていますけど」 「ああ、いや、こう、なんだ。柄にもなく、 熱いことを言ってしまったと思ってな」 勇者の武器は勇気だのなんだの。あんなことを 俺が言うハメになるとは思わなかった。 しかも、よりによって光の女神と セリフが被ってしまうとは。 なんたる不覚……。 「そんなことありませんっ! わたし、ジェイさんの 言葉にとっても感動しました!」 「この旅で培ったもの全てが、武器であり力。 目からウロコが落ちる思いでした」 俺は顔から火が出そうな思いです。 「わたし、本当にジェイさんと出会えたことに 感謝しているんですよ」 「わたしにとって、一番力になって、一番武器になって、 一番大切なものは、ジェイさんですっ!」 聞いているこっちが恥ずかしくなりそうなことを、 大真面目に堂々と口にする。 ヒスイのこの性格は、まさしく勇者に 相応しいと思えるものだ。 だが、こいつが一番だと言う俺は魔王であって ……こいつの敵だ。 「俺も、ヒスイに会えて良かったと思っているぞ」 口では調子のいいことを言いながら、胸がチクリと痛む。 この痛みの正体はなんだ……? 「本当ですか?」 パッと満面の笑顔を浮かべながら、俺を見上げた瞬間――。 「きゃっ!?」 よく見えない足元を、何かにとられでもしたのだろう。 小さな悲鳴をあげながら、ヒスイの体が傾ぐ。 「っと、大丈夫か?」 こちらに倒れ込んでくるヒスイの体を両腕で受け止める。 ヒスイの小さな体が、俺の腕の中に収まる。 「は、はい。ありがとう……ございます」 お礼を言いながら顔を上げるヒスイと目が合う。 「……あ」 小さく声を上げながら、目が合った瞬間、 ヒスイの瞳が揺れる。 その視線が熱を帯びているように思えるのは、 俺の気のせいだろうか……? 「あ、あの……その……」 俺を見つめたまま、ヒスイは離れようとはしなかった。 その手は、いつの間にか俺の服をぎゅっと掴んでいた。 「大丈夫か……?」 ヒスイの様子に違和感を覚えて、おそるおそる尋ねる。 この空気、身に覚えがあった。カレンとクリスの二人も、 そういえば、こんな感じだった気がする。 「あ、はい。大丈夫……」 言葉尻を曖昧に濁しながら、俺の服を 掴むヒスイの手に力が入る。 きゅっと、握り締められた服は そのまま離されることはなく。 「大丈夫じゃない……かもしれません……」 ヒスイの頬に熱が浮かび、赤みが差す。 気のせいか、腕の中のヒスイの体も僅かに 熱を帯びているように感じられた。 「ど、どうした……?」 この流れ……もしかして、ヒスイも……? 「その……分かりません……。ジェイさんに触れたら ……急に、体が熱くなってきて……」 「ジェイさんの温もりを感じると…… 熱いのが、止まらなくなって……」 やはり、そうか。 力を得た代償とでもいうべき熱。 ヒスイにも、それが現れたか。 「あ、あの……こんなことお願いするのは…… 恥ずかしいですけど……」 ヒスイはためらいがちに言葉を続けながら、 もじもじと恥ずかしそうに体を揺らす。 何かを我慢しているのがありありと感じられる。 「……治して、ください。お願いします……」 羞恥と熱の双方で瞳を潤ませながら、 ヒスイが懸命に懇願してくる。 三度目の体験とはいえ、どうしても 胸が高鳴るのを抑えきれない。 ましてや、相手はあのヒスイ……つまり、勇者である。 思わずツバを飲み込んでしまう。 「駄目……ですか……?」 さて、落ち着こう。冷静に、そして情熱的に考えろ。 俺はここでヒスイの求めに応じるべきか否か――。 応じる 応じない 「分かった……」 それが魔王としての打算なのか、仮初の仲間に 対する感情なのかは分からない。 ただ、気付いた時には、俺は首を縦に振っていて。 「……ありがとうございます」 俺の胸に顔を埋めるようにしながら、ヒスイが 囁くようにお礼を口にしていて。 後はもう、体を重ねるだけだった。 「その……体の方はどうだ……?」 身支度を整え終えた後で、ヒスイに ためらいがちに尋ねる。 女相手に聞くようなことでもないとは思うが、 一応確認はしておく必要はあるだろう。 治まらなかった場合のことも、考えなければいけないし。 「あぅ……」 真っ赤になった頬を両手で押さえながら、 ヒスイが顔を俯かせる。 どうやら、もう大丈夫そうだな。 「と、とりあえず……その…… 治まったようで、何よりだ……」 どう言葉をかければいいのか分からずに、咄嗟に 出てきたのはそんな言葉でしかなかった。 「あ、はい。その……」 頬を押さえた両手はそのままに、ヒスイが 上目がちに俺をチラっと見てくる。 何か言いたげなように見えて、 ヒスイの言葉が出てくるのを待つ。 「わ、わたし、その……ジェイさん以外の人だったら ……絶対、お願いとか……しません、から」 「ジェイさんだから……その…… お願い出来ました……」 ぽつぽつと言葉を紡ぎながら、ヒスイが 何度も上目で俺を見てくる。 「そ、そうか……」 こういう時、どんな言葉を返せばいいのだろうか。 都合よく気の利いた言葉が閃いたりはしなかった。 結果、俺の口から出たのは。 「それは、こう……光栄、だな……」 よく分からない言葉、だった。 「……はい」 返ってきたのは、意図がよく分からない頷きで。 結局、互いに何を伝え合いたいのかすら、分からない。 そして、おそらく、お互いに自分が 一番分かっていないだろう。 「あの……それで、ですね……」 「今日のことは……二人の秘密、に してもらえませんか……?」 「ああ。そうしておいた方がいいな」 誰かに話すようなことでもない。 二人だけの秘密にしておいた方が、 色々と波風も立たずに済むだろう。 「ありがとう……ございます……」 ヒスイが消え入りそうな小さな声で、お礼を告げる。 「ああ。こっちこそ……って言うのは変だな」 「……ふふっ、ちょっと変ですね」 ヒスイが赤い顔のまま、小さく笑いを漏らす。 ようやく笑顔が見れた気がして、少しだけホッとする。 「陽が昇ったら移動して、皆さんと合流しましょう」 「そして、アワリティア城に戻ります」 「ああ。分かった」 明日の予定を口にしながら、ヒスイが 少しだけ距離を詰めてくる。 どうしたのだろうか、と見ていると、遠慮がちに 俺の服の裾を指先で掴んで。 「なので、その……せめて……朝まで、一緒に いてもらっても構いませんか……?」 頬を赤くしたまま、上目がちに俺に尋ねてきた。 さっきまで体を重ね続けていた余韻はまだ残っている。 だが、俺の中に浮かんできたのはそれとはまた違う熱で。 有り体に言うならば、不意に胸がドキリと弾んでしまった。 「お、おう。夜に動くのは、その……危ないからな」 「……ありがとうございます」 そう言ってヒスイは普段の明るく無邪気なものとは違った、 控えめに微笑む程度の笑いを浮かべる。 普段が太陽のように明るい笑みだとすれば、 今浮かべているのは月光を思わせる澄んだ笑み。 何故か騒がしいままの胸を軽く手で押さえつけながら。 記憶に留まりすらしないような他愛ない会話を重ねながら、 俺たちは朝を迎えるのだった。 「すまない。俺には出来ない」 ここでヒスイの求めに応じるわけにはいかない。 あくまで俺は魔王であり、ヒスイは勇者だ。 そのラインを超えるということを、俺は 本能的に恐れてしまっていた。 その結果が、緩やかに首を横に振るという行為だった。 「あ……そ、そうですよね……すみません。 急に変なことを言って……」 慌てたように、ヒスイが数歩後ずさる。 最後まで服を掴んでいた指がゆっくりと解かれて ――俺たちの体は離れた。 「まあ、その、なんだ。今日は、何も 聞かなかったことにしておくから」 「うぅ……はい、ありがとうございます……」 頬を赤く染めたまま、ヒスイが 申し訳なさそうに身を縮める。 「それじゃ、その、なんだ……帰るか?」 「あ……はい、そうしましょう」 こくこくとヒスイが小さく頷くのを 確認してから、歩き出す。 俺の歩幅に合わせるように、ヒスイが付いてくるのを 横目で見ながら、少しだけ歩調を落とす。 「あ……ふふっ」 それに気付いたヒスイが、嬉しそうに微笑むのを見て、 胸に落ち着かないものを感じる。 ヒスイの頬が、まだ赤く染まったままであることに 気付くと、胸がなおさら落ち着かなくなってきた。 「明日は……どうするつもりだ?」 内心の動揺を誤魔化すように、適当な話題を振る。 「あ、はい。明日は、皆さんと合流してから アワリティア城に戻る予定です」 「そうか……」 結局、誰のパワーアップも妨害出来なかったことを 思い出しながら、川に沿って歩き続ける。 俺の領土への侵攻。それはもう目の前に迫っているのだと。 改めて、決戦が近付いていることを俺は自覚するのだった。 「無事に修行を終えたようですね、勇者よ」 「はい、女王様」 不幸なことに、無事に修行を終えてしまったヒスイたちは、 いつも通り女王エルエルの元に報告に向かっていた。 最早、見慣れた風景でもあるが……。 人間どもの中枢とも呼べる場所に見慣れるほど 足を運ぶ魔王というのも、どうかと思う。 「あなた方三人が、無事に戻ってきて何よりです」 そして、全力で無視されるのもどうかと思うし、 それに慣れきったのもどうかと思う。 だが、考えてみればそれもいたしかたないことだろう。 俺は魔王、全ての人間に恐れられてしかるべき存在である。 きっと女王が俺を無視するのも、無意識下で 俺の脅威を感じ取っているからに違いない。 うむ、きっとそうだ。流石は俺。ハーッハッハッハ! 「……空しい」 まあ、そんなことはないだろうと分かっているだけに、 俺の胸にはただ空しさが去来するのみだった。 虚脱感が、そのまま空気となったかのように 溜息が胸の中から湧き上がってきた。 「どうしました。まるで、寂しい妄想でも してしまったみたいに溜息を吐いて」 「ピンポイントで俺のハートを 抉ってくるのは止めろ……」 俺の心中を全て見抜いたようなタイミングで、 的確な追撃をリブラが行う。 こいつ、絶対に俺の心を読んでるだろ。 「あなたの心なんて読めませんって」 「お前……」 本気で、心が読まれているとしか思えない。 なんだ、このタイミングの良さは。 「感情の流れを推測しただけです。 あなたは分かりやすいタイプですから」 「分かりやすいか……?」 「ええ。意外と」 うーむ。この場合は褒め言葉と受け取るべきかどうか、 微妙に判断に迷ってしまうな。 「む。ここは、わたくしがすごいから分かります、と 答えた方が良かったでしょうか」 「まあ、それはそうかもしれないな」 「では、今の言葉はなかったものとして 振る舞ってください」 また、無茶なことをこいつは言い出すな。 「では、こほん」 「あなたの複雑な内面も、わたくしにかかれば 丸裸も同然です」 「ああ、うん。お前のガッツは相当なものだな」 あのやり取りの直後で、即座に やり直そうとする意気は認めよう。 あくまで、意気だけだが。 「どうしました。今日はノリが悪いですね」 「あのなあ……俺のノリがいいわけないだろ……」 俺がリブラの言葉に頭痛を感じ始めるのと同時――。 「勇者とその仲間たちよ。あなた達に 授ける神託は、最早ありません」 女王からの最後の言葉が始まるようだった。 「城へと乗り込み、魔王を討ち果たすのみです」 「はい。魔王を倒し、女神様を救い出してみせます!」 「この世界の人間を代表して、 あなた達の武運を祈ります」 「無事に帰ってくるのですよ、勇者ヒスイ」 まあ、こいつらは全滅したところで、どうせ この城まで飛んで戻ってくるんだろうなあ。 などと、諦めとも冷めともつかぬ心地のまま、 二人の会話が耳へと入ってくる。 「はいっ!」 ヒスイの明るく、元気のいい返事をもって、 女王との最後の謁見の幕が閉じる。 今日のうちに入念に準備を行い――いよいよ、明日。 勇者一行が、魔王の城へと再び 攻め込む時が近付いてきたのだった。 「いよいよ、ですね」 「ああ。今度こそ、火の魔将ベルフェゴルを倒し」 「そして、魔王も退治、だねっ」 「女神様を救い出すために、 皆さん頑張りましょう!」 再度の魔王の根城への突入を控えて、三人の意気は かなり高まっているようだった。 試練の大地での修行を終えて、全員が自信を深めている。 今ならば、魔王を倒すことが出来る、と。 「ジェイさんも一緒に頑張りましょうね!」 「え? あ、うん。頑張ろうな」 俺にとっては、もう気が気ではない状態だ。 勇者が俺を倒すという予言が成就するまで、 後一歩という段階まで来てしまった。 ヒスイの言葉に対して、気もそぞろな答えを返す。 「ジェイくんは、こんな時でも落ち着いているね」 「魔法使いらしいといえば、らしいな」 おざなりな返答ですら、良い方向に受け止められてしまう。 なんというか……俺もすっかり、こいつらに 馴染んでしまったものだ。 こんなはずではなかったのに……。 「表向きはこんな感じですが、内心では 魔王打倒に燃えているはずです」 「ですよね、師匠」 チラ、とこちらを窺い見ながらリブラが尋ねてくる。 「まあな。俺は静かに燃えるタイプだからな」 ここはこいつらに話を合わせておけ、という 意図を伝えてきたのだろう。 リブラの意図を汲んで、適当に 話を合わせはするものの……。 内心で打倒自分に燃えている、というのは 設定とはいえ、いかがなものだろうか。 思わず乾いた笑いが漏れそうになるのを必死で堪える。 「それで、今日はこれからどうするんだっけ?」 「このまま、魔王城の近くの町へと向かって、 そこで全ての準備を整える予定です」 「あの町が、店の品揃えも良かったしな」 いくら、あそこが俺の城に近いからといって、商品の質が 城下町より高いというのも面白い話だ。 というか、人がたくさん集まっているはずの城下町が、 商品の質が最も悪いのがおかしいのだが。 なんだ。この辺りの連中は、商売に 対する意欲がそれほどでもないのか? 「ということは、色々たーっぷりと 買い込むってことだね」 「はいっ、とりあえず回復草を 300個ほど買おうかな、と」 とりあえずで買う量じゃねえよ! 「有事に備えて、干し肉も100ほど買い足しておこう」 何に備えるつもりだよ、お前っ! 「魔法のお水も、70個くらい欲しいかな」 お前ら、店の在庫を丸々買い取る気かよ! いや、在庫を全部出したところで 足りないかもしれないが……。 「口に出してツッコミは入れないのですか?」 「もう、言っても無駄だからな……」 なので、内心で突っ込むだけに留める。 結局、こいつらの大量に買い込む癖は直らなかったな……。 俺自身、何度かその大量の道具に助けられただけに、 何も言えやしないが。 肩を落としながら、何を買うのか楽しげに 相談している三人から目を離すと――。 「えー、やだー、そんな恥ずかしいですよー」 「ハハハ。照れなくていいだろう」 実に仲睦まじげに歩いている男女の姿があった。 セリフが若干わざとらしいが…… まあ、どうでもいいだろう。それは。 「おや。あんなところにカップルが」 「ああ、カップルだな。かなり仲が良さそうに見えるな」 最早、頭痛すら感じなかった。 カップルの二人に見覚えがあるとかないとかは、 もうどうでもいい。 見たままのことを、事務的に口にする。 「心を凍てつかせてしまうとは、 なんと痛ましいことでしょう」 俺を見ながら、リブラが心の篭っていない、 実に平坦な口調で淡々と口を開く。 その間に、件のカップルは城から 離れる方向へと歩いて行ってしまう。 「ふふ、少し羨ましいね」 「そ……そうか?」 「素敵ですよね」 遠ざかって行くカップルの背中を目で追いながら、 三人が思い思いの言葉を漏らす。 全員、カップルに対して疑問のようなものは 抱いていないらしい。 そこだけはアスモドゥスの幻術を褒めておこう。 「カレンちゃんも、素直になればいいのに」 「わ、私は……別に……」 「ヒスイちゃんは、憧れるよね? 恋とか、カップルとか」 「はい。実は、ちょっぴり……」 「だよねー」 何故か、三人が三人ともチラチラとこっちを 見てきている気がするのだが……。 これはあれだろうか。俺に意見を 求めてきているのだろうか。 「あの二人が末永く幸せに暮らせるように、 頑張らないとな」 どう答えてもリブラに突かれそうな気がしたので、 三人の視線には気付かないふりをしておく。 その上で、模範的であると思われる解答をする。 「はい、そうですねっ」 「あ……ああ。自分のことは、ひとまず後回しだな」 「ジェイくんは、いい子だねー」 まあ、リブラに突かれない代わりにクリスが やけに楽しそうにニンマリと笑うわけだが。 これだけは避けようがないので、仕方ない。 「それじゃ、みんなは先に出発の用意を しておいてくれないか?」 「俺はちょっと用事を済ませてから、後で合流するから」 「あ、はい。分かりました」 「わたくしは師匠とご一緒します」 「ああ。じゃあ、みんな、また後でな」 軽く手を振ってから、リブラを引き連れて歩き出す。 「お二人にツッコミを入れに行くのですね」 「ツッコミって言うな……」 まあ、似たようなものだが。 内心で大きく溜息を漏らしながら、俺は カップルもどきな二人の後を追いかけた。 「よーし、そこのお前ら、止まれ」 二人に追いついたのは、城の敷地から 少し出た場所だった。 俺の声に二人が揃って足を止めて、振り返る。 「なんかー、急にー、声かけられたんですけどー」 「一体、何かごようですかな?」 「いや、もういいから。その小芝居をやめろ」 今更になって、ようやく頭痛が出始めてきた。 額を手で押さえながら、胸に溜まった空気を 大きく吐き出す。 「クフフ、流石は魔王様。我が幻術を 容易く見破られるとは」 「だから、バレバレだっての!」 まあ、俺とリブラ以外は十分誤魔化せていたようだったが。 「ともあれ。お前ら……何がしたいんだ……?」 「私は、青春を謳歌する頭の空っぽな女の子の役です」 「わたくしめは、そんな少女といわゆる遊びの関係で ある道具屋店主の役でございます」 「ちなみに、こっちは遊びではなく、本気な感じです」 「どんな芝居をしていたのかを聞いたわけじゃねえよ!」 「ていうか、意外と設定細かく考えてるんだな!」 「詳細な設定まで作り、役を演じる…… なるほど、それがあの幻術の鍵ですか」 「感心してんじゃねえ!!」 くそ……っ! こいつら、一人が遊び始めたら、 連鎖的に全員で遊び始めやがる。 「さておきまして、あのタイミングで姿を現したと いうことは、何か大事な用件があるのですね」 「ええ。ここで、一度打ち合わせを するべきかと思いまして」 「いざ、お城に突入! とかなったら、 連絡を取るのも難しくなりますしね」 さらに、俺抜きで真面目な話を始めてる!? ツッコミを入れさせるだけ入れさせて、この仕打ち。 もしかして、こいつらも俺の敵か? そうなのか!? 「……城とその近辺の魔物たちはどうしている?」 くそっ、俺もいつまでも振り回されてなどいられるか。 自分の命がかかっているんだ。 ここで打てるだけの手を用意しておかねば。 「何一つ変わりなく、普段通りに過ごしております」 「……え? 勇者が俺の城に迫ろうとしているんだぞ?」 「一大事……だよな? なんで、慌てずに 普段通りでいられるんだ?」 いくらなんでも、そろそろ喪とか 言ってる状況じゃないと思うんだが……。 「ああ、それは全員がジェイジェイを 信頼しているからですよ」 「……信頼?」 「はい。魔王様が勇者ごときに遅れを取るはずがない、 と魔物たちは信じております」 「ですので、普段通りに過ごしているわけです」 「なお、ちなみに魔物の三割が休暇に入っております」 「休暇!?」 「魔王軍は、福利厚生をしっかりしているのが 売りです。クフフフ……」 ああ、うん。確かに組織としては大事だよな、そういうの。 ちゃんとローテーションを組んで、休みを 与えたりしていかないと駄目だな。 ……いやいやいや。 「勇者が城の近くまで到達しようっていうのに、 休暇ってなんだよ!」 「お前らのは信頼って言うよりも、 油断とか慢心だよな!?」 「あれれー? ジェイジェイは自信ないんですか?」 「あるに決まってるだろ! あいつらになんて負けねえよ!」 「いよっ、流石です。ジェイジェイっ!」 し、しまった……! つい勢いに任せて断言してしまった……! だ、だが、いくらパワーアップしたとはいえ、 あいつらは人間であるのに変わりはない。 魔王である俺には遠く及ばない存在だ。 俺を殺すと言われている技を封じさえすれば、 問題はない。はずだ。 「しかし、考えてみると……魔物では 相手にならない、か」 四天王のうち、既に三人が撃破されている。 並の魔物で太刀打ち出来るとも思えない。 ヒスイたちにけしかけたところで、返り討ちに遭って 経験値の足しにされる可能性は大きい。 その結果、レベルが上がる可能性まである。 「分かった。魔物どもには、特に命令を下さなくてもいい。 無意味に勇者にけしかける必要もな」 「無駄な犠牲を払う必要はない」 下手に勇者を倒そうと躍起になられるよりも、 普段通りにさせておく方がいいかもしれない。 「かしこまりました。では、魔物たちは そのようにいたします」 「とはいえ、城の中を人間どもに荒されても構わないと いう話ではない。そこは理解しているだろうな?」 「心得てございます」 「城に踏み入ってすぐの場所にベルフェゴルを配置し、 迎撃に当たらせます」 「他の四天王の方々も、そろそろ戦えるだけの力が 復活してきたはずなので、お招きしておきました」 「うむ、そうか」 一度敗れているとはいえ、それはあくまでも 単体で戦った時の話だ。 四天王が揃えば、話も変わってくるだろう。 隙のない布陣だ。 「仮に、ベルフェゴルが突破された後のことは どうお考えですか?」 「その時は玉座の間にて、このアスモドゥスめが 魔王様の影武者として勇者どもを撃退いたします」 「よっ、アスモドゥス様! 忠臣ッ!」 「クフフフ……」 魔王軍の中でも、四天王の上に 位置するのがアスモドゥスだ。 専門は幻術ながらも、その戦闘力もかなり高い。 アスモドゥスが相手となれば、ヒスイたち だってただでは済まないだろう。 「よし。では、そういう流れでいこう。 細かい部分はアスモドゥスに託す」 「承りました」 いくら魔物どもが慢心しているとはいえ、城にヒスイ たちが踏み込んで来たら迎撃はするだろう。 そいつらの統率などもアスモドゥスに託すとして……。 今、決めておくべきことはこれで全部、か? 「そういえば、思ったんですけどー」 「ん、なんだ?」 「勇者たちを捕まえるのって駄目なんですか?」 「ふむ……」 マユから提案されたのは、ヒスイたちの捕縛だった。 むう。今まで、撃退ばかりを考えていて、 その発想は出てこなかったな。 「城の牢にか?」 「はい。そして、魔物たちを使って、もう口では 言えないようなことをしちゃえばいっかなあ、って」 「あー……」 なるほど。そういう心の折り方もあったか。 あいつらを捕まえて、口では言えないような ことをする、か……。 ……ふむ。 「いや、こう、それは流石にマズイだろう」 何故だろう。急にいたたまれない 気持ちになってしまったのは。 自分でも上手くは言えないのだが……なんとなく、 そういうことはしたくない。 「何がですか?」 「何がって、ほら、あれだ……」 自分でも、なんで反対してしまったのか分からないために、 言葉も不明瞭なものになってしまう。 きっと、極めて論理的な答えが俺の中に あるはずなんだが……。 「人間相手に搦め手など使っていられるか。 あくまでも、力によって排除する」 「そうやって、我々に刃向う愚かさを知らしめるのだ」 「んー、なるほど。先代様と同じ方針ですね、 分っかりましたー」 うむ。これが俺の答えだ。 親父殿と同じ方針で進む。 俺はそこに拘る。だからこそ、捕まえるという 選択肢は選べないのだ。 「ご立派になられましたな、ジェイド様」 「フン、これくらい当然だ。褒められるまでもない」 「アスモドゥス、マユ。早速、準備に取り掛かれ。 勇者たちは明日に城へとやって来るぞ」 「御意」 「了解しましたー。ではでは」 俺の言葉に頷くと、二人の姿が各々の 影の中に沈むように飲み込まれていく。 それを見送ってから、緩やかに息を吐き出す。 「お前は何を考えている?」 そのまま、横目でリブラを見やる。 先ほどまでの話し合いの間、こいつは ほとんど口を挟んでこなかった。 精々、話を先に進めようとしたくらいだ。 「多少、気にかかることが」 「気にかかること?」 「はい。ですが……」 リブラの視線は緩やかに俺を外れて、城の方へと向く。 「今、話すには少し長くなりますので、他の方と 合流するのが先決かと」 そういえば、ヒスイたち三人を待たせたままだった。 あまり待たせすぎて機嫌を損ねでもしたら、 面倒なことになりそうだ。 「例の町に着いてから、お話いたします」 「……分かった」 リブラもこう言っていることだし、 話を聞くのは後からにしておこう。 「ひとまず、あいつらと合流しよう」 「そろそろ暇を持て余して、民家のタンスでも 調べ始める頃合いでしょうね」 「あれだけは、勘弁してほしいんだがなあ……」 勇者だからといって、タンスを調べるのが 許されることだけは納得いかない。 俺の倫理的に。 ともあれ、俺たちは三人と合流すべく、 待ち合わせの場所へと向かうのだった。 「やっぱり、船よりかなり早いですね」 流石は伝説の巨大鳥と言うべきか。 空路による移動は船を使ったものよりも速く、その日の うちに目的の町へと到着することが出来た。 「ヒスイの場合、船酔いしないで 済むのが嬉しいんだろ?」 「はい、実は」 「空は空でカレンちゃんが大変だけどね」 「目をつぶって、ぎゅっとしがみ付いていれば どうと言うことはない」 キリッとした口調でカレンが断言するが、言っている ことはそれほどカッコいいものでもなかった。 「さて、これよりどうしましょうか?」 「わたしは、町の人のお話を聞いてきます」 「私は武器屋だ」 「先生は、道具屋さんを見てこようかな」 まあ……ヒスイは確実にタンス狙いだろうな。 ともあれ、それぞれ行く先はもう決めてあるようだな。 「では、俺は……」 チラ、とリブラへと視線を送る。 町に着いたら話をする、とリブラは言っていた。 ならば、それぞれが自由行動を取る今がチャンスだな。 「知人に会ってくるとしよう。付いてこい、リブラ」 「承知しました」 俺の意図を汲んで、リブラが小さく頷く。 「では、宿に集合ということで、一旦解散です」 「明日の決戦に備えて、各自しっかりと 準備をしましょう!」 ヒスイの元気な号令とともに、勇者一行に とって最後の自由時間が始まった。 リブラと二人で歩きながら、さりげなく周囲を確認する。 辺りに見知った顔はなく、知った誰かに 話を聞かれる心配はないようだ。 「さて。アワリティア城の外で言っていたな、 気にかかることがある、と」 「はい」 通りすがりの町人たちは、俺たち二人に 注意を払っているような様子もない。 女王に謁見する時もそうだが、人間が 俺たちを気にすることは一切なかった。 こちらから声をかけたり、目を合わせたりした時は別だが、 それ以外では話しかけられたこともない。 そこだけは、不気味なくらいに徹底している。 「試練の大地のことなのですが」 「ああ。それがどうした?」 ともあれ、周囲に気を払う必要がないのであれば、 リブラの話に耳を傾けるとしよう。 「あそこで、何がありました?」 「…………どういう意味だ?」 返答に少し間があったのは、いたしかたないことだろう。 リブラが何を問いかけているのか、不明瞭だったからだ。 決して、やましい気持ちがあったからではない。 断じてない。 「そのままの意味です。どこで何が行われたのか までは、把握出来ていませんので」 どこで、何が行われた、か……。 ……どこまで話せばいいんだろう。 ええっと……うん、まあ、そういう話は しなくてもいい、よな。うん。 「そうだな。簡単にでいいか?」 「概要が分かりさえすれば、それで構いません」 つまり、そういう話はしなくていいってことだな。 ……ほっ。 「長くなるのでしたら、その辺りでジュースでも 買ってから話し始めても構いません」 「むしろ、喉の渇きを防ぐためにそうすべきです。 是非ともわたくしの分まで購入してください」 「お前、自分が飲みたいだけだろ……」 「はて?」 リブラは不思議そうな顔をすると、 すっとぼけたように首を傾げる。 ……まあ、ジュースくらいならいいか。 「分かった。何がいい?」 「一番高いものがいいです」 「お前っ!?」 見事にはめられたというか、たかられてしまった。 ともあれ、ジュースを買い与えた後で、俺は あの島で起こったことを話し始めるのだった。 「なるほど。そんなことになっていたのですね」 「うむ。まあ、色々と釈然としないことが 多い島だったぞ」 納得出来ないことなら、旅の間四六時中体験してきた。 だが、その中で最も納得がいかないのが、 あの試練の大地と呼ばれる島で起きたことだ。 そもそも、試練らしい試練がほとんど なかったことが納得出来ない。 せいぜい、ヒスイの選択くらいだった。 「試練を行わない、試練の大地。 これは世界の矛盾ですね」 「かなりお手軽だったからなあ……パワーアップが」 むしろ、おざなりと言うべきか。 あんなもので本当に強くなっているのだろうか。 「修行の成果に関しては、ご自分の体で 否応なしに知るので良しとしまして」 「良くねえよ!」 こいつは何をしれっとした顔で言っているんだ。 「お前……俺が自分の体で知るってことは、 俺があいつらと戦うってことだろ」 「はい。そうなりますね」 「……あいつらが、ベルフェゴルとアスモドゥスの 二人に勝てると言うのか?」 「勝ちます」 伝説の魔道書は、あっさりと勝敗の行方を断言する。 「あなたは勇者に敗れる。その予言は 未だ変わっておりません」 「つまり、勇者はあなたの元へと到達いたします」 「馬鹿馬鹿しい……」 そんなことがあってたまるか。 「そんなことがあってたまるか。 これまでに、何度その言葉を用いましたか?」 胸中で浮かべたばかりの言葉を、 リブラが無感動な語調で口にする。 それは指摘するわけでもなく、咎めるわけでもなく。 ただ、事実を事実として語るのに相応しいような語調。 「それは……」 「魔王は勇者によって倒される。世界がどれだけ 矛盾に満ちていようとも、それだけは歪みません」 まるで、それが絶対のルールで あるかのように、リブラが繰り返す。 いや、これまでにこいつは何度も繰り返し続けてきた。 俺はヒスイに倒される、と。 「……お前の目的はなんだ」 「最初に申し上げた通り、予言が正しいか どうかを見届けるためです」 一緒に旅に出た直後に、リブラの口から 聞いたものと同じ答えが返ってくる。 「……そうだな。お前はそうだったな」 そう。こいつの目的は、最初から変わってはいない。 だから、どんな時でも冷淡なほどに 落ち着いていられる。 「ですが、今はあなたの行く末を見たく思っています」 「勇者と対峙したあなたが何を思い、どうするのか。 本当に気がかりなのは、それです」 「馬鹿馬鹿しい問いだな」 滑稽だ。 ヒスイと対峙した俺がどうするのか。 そんなことは火を見るより明らかだ。 「戦うに決まっているだろう」 当然だ。俺は自分が死なないようにするために、 こうして旅に出たのだ。 仮に俺が直接ヒスイたちと相対することになったら、 戦うに決まっている。 座して死を待つつもりなど、毛頭ない。 「その場合、お前には働いてもらうぞ、リブラ」 「承知しています。所有者の命には従います」 「あなたが手を貸せと望むのであれば、 勇者討伐に力を貸しましょう」 ただ、それでも――こいつの予言が確かならば、 俺はヒスイに敗れてしまうことになる。 いや……そんなことを考えるのはやめよう。 それこそ、馬鹿馬鹿しい空想だ。 「……リブラ、お前は先に宿に戻っていろ」 「あなたは戻らないのですか?」 「暗くなってから戻る。それまで、気分転換がしたい」 何故か、今はヒスイたちと一緒にいたくない気分だった。 下らない話と、下らない考えのせいだろう。 「承知しました」 リブラは食い下がることもなく、素直に頷いていた。 リブラを振り返りもせずに、俺は歩き去る。 こんな町でも、酒場くらいはあるだろう。 そこで、少し気晴らしでもしよう。 不意に見上げた空は、まるで血に染まったように赤い。 「対峙した時に何を思う、か」 リブラの問いかけに対して、その部分だけは 答えていなかったことに気付く。 「……馬鹿馬鹿しい」 不吉な空を見上げながら、小さく呟く。 俺たちにとって最後の一日は、静かに そして緩やかに幕を下ろしていく。 俺の胸の中に、小さな不安の種を植え付けながら。 「また、ここに戻ってきましたね」 「ああ……そうだな」 口元をまっすぐに引き結んだヒスイの隣で、 呻くように同意を示す。 まさか、こんな形で二度も自分の領土へと 帰ってくることになるとは思わなかった。 本来なら、一度撃退したところで全ては終わったはず だったのに、それでもこいつらは諦めたりはせずに。 こうして、二度目の侵攻となってしまった。 「今度は、絶対に負けない」 前回、ベルフェゴルに敗北を喫した記憶を よみがえらせているのだろう。 キッと遠くを見据えるカレンの目は、 まるで剣のように鋭い。 いつになく、シリアスな横顔だ。 「肩に力を入れすぎだよ? カレンちゃん」 「負けたくないのも、負けられないのも、 みんな同じ気持ちなんだから」 にこやかな笑顔を浮かべたクリスが、 カレンの肩をポンと叩く。 まるで気負いのないような笑顔を見て、 カレンが笑うように息を吐き出す。 「そうだな。すまない、気負いすぎていた」 「ふふっ、でも気持ちは分かるよ。先生だって、 リベンジは果たしたいもの」 くすりと微笑みながら、どこからともなく クリスがモーニングスターを取り出していた。 「色々と試してみたいこともあるし」 「怖っ!」 モーニングスターを持ったクリスが笑いながら 試してみたいことがある、と口にする。 それだけで、変な怖さがあって思わず身震いをしてしまう。 「どうやら、全員準備は万全のようですね」 リブラが現状を見渡しながら、淡々と口を開く。 「……どうして、俺をジッと見ている」 無表情なまま、リブラの視線だけが 俺へと注がれ続けていた。 そこにどんな意図があるのかは、 透明な目からは読み取ることが出来ない。 「いえ、師匠は万全なのかと思いまして」 緩やかに首を傾けるという感情表現によって、 ようやく俺に問いかけているのだと理解が出来る。 こいつ、俺にどう答えろって言うんだ。 だが、ここで俺だけ何も意気込みを 見せないというのもマズイ。 「もちろんだ、言うまでもない」 なので、それらしいことでも言って、 適当に合わせておくとしよう。 「今の俺は、頭の中は冷静でありながら、 胸には燃える闘志を秘めている」 「一見冷たく見えながらも、何よりも熱い。 そう……あたかも、青い炎のように」 やや抑えた声で情感をたっぷりと込めながら、 軽く開いた片手で顔を覆う。 フッ……我ながら、決まったな。 「ジェイくん、厨二っぽーい」 「今のは、確かに気取りすぎだな」 「我が師匠ながら、若干引きました」 なん……だと……! ま、まさかの大不評だって!? 今の……かなりカッコよかったと思うんだが ……だ、駄目なのか……? 「皆さん、やる気全開ですねっ!」 うんうん、とヒスイは満面の笑顔で頷いている。 ……あれ? 俺、やんわりとスルーされてないか? ヒ、ヒスイにまでスルーされるだと……。 やっぱり、さっきのは駄目だったのか……。 「…………」 くっ、だ、だが! 所詮、こいつらは人間だ。 魔王のハイセンスな言葉を理解出来なくてもしょうがない。 むしろ、理解出来なくて当然だ。 そうだ。そうに違いない。そう考えておこう。うむ。 「違うと思いますよ」 ぐぬぅ……っ! こいつめ……。俺の心を的確に 読んだかのように呟きやがって。 「それじゃ、皆さん。女神様を救い出して、 世界を平和にするために――」 「熱く燃える正義の炎を、魔王に 思いっきりぶつけましょう!」 握り締めた拳をぐっと掲げながら、ヒスイが 明るく元気のいい宣言を行う。 「ああ。全力で斬りつけてやる」 「先生も、本気出しちゃうよっ」 二人が力強い言葉で、ヒスイの声に応じる。 そうか。全力で正義の炎をぶつけられたり、 斬りつけられたり、本気を出されたりするのか。 そうか……。 「……フッ」 内心でへこみながらも、ニヒルな笑みを浮かべて 静かに燃える男を演出しておく。 流石に、頑張って魔王を倒すぞ、という旨の 言葉を口には出来なかった。 「頑張ります」 最後に、いつも通りに平坦な言葉でリブラが頷く。 普段から淡々としていると、こういう時に派手な リアクションをしなくていいのは楽かもしれないな。 「では、魔王のお城へと向けて――」 大きく息を吸い込みながら、ヒスイが ゆっくりと片腕を持ち上げる。 ピンと人差し指を立てた手を、城がある方向へと 向けて振り下ろ――。 「あっ、あそこにシルバースリーミーがいるよっ」 ……えっ? 「む、どこだ!?」 「ほら、あっちあっち」 「わっ、本当だ」 いや……ちょっと……お前ら……。 「まずい。こっちに気付いたようだな」 「急いで追いかけましょう!」 ピシっとシルバースリーミーを指差すヒスイの言葉と ともに、全員が一斉に走り出す。 「…………」 「行ってしまいましたね」 その勢いたるや凄まじいもので、俺が 口を挟む余地なんて一切なかった。 リブラと二人、ぽつんと取り残されてしまった。 「今の気持ちをどうぞ」 「お前ら、真面目にやれぇぇぇぇっ!!」 吹き付ける風にさらわれて、俺の叫び声が 荒れ果てた大地の上を駆け抜けていった……。 「それにしても、静かだよね」 いつもと同じようにリブラを馬車に乗せ、 その周囲を四人で囲んで歩く。 荒れた地面をものともせずに、 俺たちは順調に進んでいた。 「そうだな。魔物たちの抵抗があると思っていたのだが」 「特に何もないですね」 順調すぎる。 そう言っても過言ではないくらいに何事も起きないことに、 流石に違和感を覚えたのだろう。 三人は不思議そうに首を傾げていた。 「うーん。魔王のお城で何かあったんでしょうか」 「かもしれないな。しかし、一体何が……?」 「魔王のお誕生日会とか」 「あははっ、そうだったら面白いよね」 「流石にそれはないと思うぞ」 クククク。悩め、悩め、勇者ども。 まさか、魔物たちが休暇を取っているなど夢にも思うまい。 俺だって……そんなことになっているなんて…… 思わなかったし……。 「あるとすれば、バーベキュー大会じゃないか?」 「あっ、そっちでしたか」 「いやいや、どっちもないだろ」 「というか、カレンは自分が肉を食いたいだけだろ」 「失礼だな、魔法使い。お前は私を なんだと思っているんだ?」 「肉なら、もう食べているに決まってるだろ」 「お前、いつの間に!?」 ふと気付くと、カレンは片手に持った干し肉を齧っていた。 こいつの肉に対する情熱は、一体どこから 出てくるのだろう。 「ジェイくんは、何があったんだと思う?」 「ん? そうだなあ、魔物たちが 休暇を取っているとかどうだ?」 「あははっ、そんなわけないでしょ」 まあ、普通そんなことがあるなんて思わないよな。 でもな……それが正解なんだよ……。 「真実とは奇妙なものですね」 馬車の上で、リブラがぽつりと呟く。 本当にな。内心でそう答えながら、ガクリと肩を落とす。 世の中、あまりにもおかしなことが多すぎる。 常識的でないことばかりしかない。 「全然、敵に会わないとはいえ、魔王のお城が 近いのは確かです」 「油断しないで、気を引き締めて行きましょう!」 ヒスイの言葉を聞きながら、思わず考え込んでしまう。 無理に魔物をけしかける必要はないと アスモドゥスには伝えてある。 だが、それにしてもこうも魔物と出会わないのも、 おかしな話だ。 「……あまりにも不自然だな」 口に出してみると、ますますもって違和感が強まる。 本当に、城で何かが起こったのではないか。 そんな気になっていく。 アスモドゥスに連絡を取れば何かが 分かるかもしれないが……。 ヒスイたちと行動を共にしている今は、それも出来ない。 「気を引き締めて行こう」 先ほどのヒスイの言葉を繰り返すように、一人で頷く。 不測の事態は、出来るだけ避けるに限る。 だが、世の中は奇妙なことしかないことを 身に染みて理解もしている。 「ジェイくんも、ヒスイちゃんと同じ意見みたいだね」 「ああ。何が起きてもいいように、心構えは しっかりしておかないとな」 「ふむ。順調に物事が進んでいる時こそ、 注意が必要ということだな」 「まさか、カレンがそんなことを言うとはな」 「私だって馬鹿ではない。旅の中で色々と学んださ」 会った当初は、人の話を聞かずにとにかく 真っ直ぐ前に進もうとだけしていたのに。 こいつも成長したのだなあ……。 「今の会話はさりげなく死亡フラグでしたね」 こいつは成長しないのかなあ……。 こう、もう少し俺に配慮をするとか、気遣うとか、 優しいことを言うとか。 「だが、成長したといえば、ヒスイだろう」 「そうですか?」 「ああ。初めて会った時なんて……」 あの頃はスリーミーにすらやられるようなやつだった。 これが勇者なのかと目を疑いもした。 そんなやつが、今、こうして俺の城に まで攻め込もうとしている。 「わっ、む、昔の話はやめてくださいっ!」 ヒスイは恥ずかしそうに顔を赤らめながら、 俺の言葉をかき消すように大きな声を上げる。 あの時から、人柄も性格も変わってはいない。 ただ、剣と魔法、双方の腕が抜群に伸びていた。 今や、並の魔物では太刀打ちすら出来ないほどだ。 この成長速度こそが勇者の資質なのかもしれない。 「昔、何かあったのか?」 「なんだか怪しい感じがするよ」 「あ、怪しいことなんて、何もありませんからっ」 「だったら、教えてくれてもいいよね?」 「そ、それは……うぅ……」 「まあまあ、今はそのくらいにしておいてやれ」 真っ赤になったヒスイが俯く頃合いを見計らって、 横から助け船を出しておく。 「詳しい話は色々と終わってから聞かせてもらえばいいさ。 その頃には笑い話になってるだろうし」 「そ、そうですね……」 「いいな、それは。楽しみが一つ増えたぞ」 「ヒスイちゃんの恥ずかしい昔話を聞くためにも、 頑張って魔王を倒さないとねっ」 「動機が不純です……」 色々と終わってから、か。 自分の言葉に内心で笑うように呟きをこぼす。 こいつらにとっての旅の終わりの形は最初から明確だ。 魔王を倒すこと、それだけだ。 ならば、俺にとってどのような終わり方が 最善となるのだろう……。 「……じー」 「どうした……?」 ふと考え込みそうになった時、リブラが じっと俺を見ていることに気付いた。 というか、わざわざ口に出してアピールされた。 「いえ。この戦いが終わったら……というのも、 典型的な死亡フラグの一つだったので」 「綺麗にフラグを立てるものだと、感心していました」 「立てたくてやってるわけじゃないんだがなあ……」 相変わらず、フラグというものはよく分からないが、 頭に死亡なんて言葉が付く物がいい物なわけがない。 げんなりとした気持ちで、肩を落としてしまう。 「ともあれ、そろそろ城ですね」 「……そうだな」 結局、俺にとっての終わり方というものは 見いだせないままに。 俺は、決戦の場となる自分の城へと――。 「見ろ! また、シルバースリーミーがいるぞ!」 「本当だ! 今度こそ、倒しますよっ」 「みんな、ダッシュだよ!」 …………。 「行ってしまいましたね」 「お前ら、さっき気を引き締めるとか 言ってただろうがっ!!」 今後、シルバースリーミーたちは どこか安全な場所に避難させよう。 綺麗な終わり方は見いだせずとも、旅が終わったら 真っ先にやることは簡単に決まったのだった。 「ここが……」 悠然と、そして豪壮と。立ち込める黒雲の下、世界の 全てを威圧するかのようにそびえる城――。 「どうやら、辿り着いたようだな」 この俺が引き継ぎ、この俺に与えられた、たった一つの 安寧の地にして、帰るべき場所。 「ようやく、だね」 ようやく……本当にようやく、俺はここに戻ってきた。 「魔王のお城……」 魔王城……我が生家にして、我が全て。 俺は、ようやくここに帰ってくることが出来た。 「長い旅でしたね」 「……ああ」 俺が城を出てから、一体どのくらいの 時間が経っただろう。 最初は、手短に済むと思っていた旅路は紆余曲折を 挟みまくり、想定を遥かに越えた長いものとなった。 だが、こうして、俺はここに帰ってくることが出来た。 「いよいよ、魔王のお城に突入ですね」 「中では、どんな困難が待ち受けているか分からないね」 「待ち構えるものを全て切り捨てればいいだけだ。 そうすれば、魔王の元に到達出来る」 「ですねっ! 何があったとしても、 足を止めるわけにはいきませんっ!」 もっとも……勇者たちの仲間として、城に帰ることに なるなんて想像もしていなかったが。 本来ならば、全てを終わらせて悠々と 帰ってくるつもりだった。 それがどうしてこうなったのか、今となっては ……いや、今になってもまだ分からない。 「なんとしても魔王を倒して、世界に 平和を取り戻しましょう!」 ただ一つ分かっていることは、こいつらは 俺の命を狙っているということだ。 この城の中で、旅は終わりを迎えるだろう。 それがどのような結末になるのか、それは 神ならぬ俺には分かりはしない。 「リブラ。改めて確認するが、 予言は変わっていないか?」 「何一つ変わっていません」 「……そうか」 だが、神が何を言おうとも。伝説の魔道書が どのような予言をしようとも。 俺がやるべきことは、決まっている。 「何を二人でこっそりお話してるのかな?」 「ん……? ああ、いや、なんでもない」 「単に師匠が緊張していただけです」 「お前、誰が緊張してるって?」 「していないのですか?」 緊張はしていないといえば嘘になるだろう。 だが、それ以上に俺が胸中で感じていたのは、 重苦しさだった。 ちょうど……この空のような。そんな、重苦しさ。 「フッ、俺に緊張など無縁のものだな」 そんな内心を吐露したところで意味などない。 ここに着いた以上、こいつらが城の中に踏み込むのは自明 の理であり、それを避けることが出来ないのも同様だ。 それは俺の不安などで覆すことなんて出来ない。 だから、ここは適当に笑い飛ばしておく。 「むしろ、急いている自分を押さえ込んでいるくらいだ」 ……まあ、久しぶりの我が家を目の前にして、 早く中に入りたい気持ちも少しある。 魔王にだって、郷愁の念を抱く時だってあるさ。 「ふふっ、魔法使いのやる気を削るわけにもいかないな」 「だね。じゃあ、ヒスイちゃん。号令をどうぞっ」 「はい」 全員を見渡してから、ヒスイが真剣な顔で頷く。 大きく息を吸い込んで。 「それでは、皆さん……」 紡がれる言葉を、全員が待ち構えた。 そんな瞬間――。 「ひゅおおおおおっ! どかぁぁぁぁんっ!!」 けたたましい声と、風を切り裂く轟音。 それを伴いながら、俺たちの前に誰かが 遥か上空から落下してきた! 「きゃあっ!?」 「何か落ちてきたねっ!」 爆発でも起きたかのように、もうもうと立ち込める 土煙の中、姿を現したのは――。 「おひさしぶり、そしてハロー! 略しておっハロー!」 「お前は……風の魔将」 「くっくっく。ワシもおるぞ、ハナタレどもめ」 「こほっけほっ……わ、私も……います。こほっ」 「水の魔将までっ!」 「そして、もう一人は……えーっと……」 「つ、土の魔将ですっ! 覚えてくださいっ!」 ヒスイたちに敗れた四天王のうちの三人が、 行く手を阻むように立ちはだかっていた。 「なるほど。声をかけてある、と マユマユが言ってましたね」 「そうだったな」 一人で挑んで敗れたとしても、三人揃えば話は別か。 しかし、いざ城へと踏み込もうとした瞬間の登場。 こいつら……さては、どこかで、出番を待っていたな。 「何故、あなたたちがこんな所に……」 「くっくっく。よもや、お主ら、あの時の ワシが全力だったと思っておらんか?」 「どういうこと?」 「ワシは水中戦で最強を誇る魔族。水の中で こそ本領を発揮するのじゃ!」 「よって、船上で戦ったあの時は、 本気ではなかったのじゃ!!」 「な、なんだって……!?」 うん。まあ、水の中最強のやつが水以外で戦ったら……。 ……水? 「お前、ここ陸上だぞ!!」 辺りを見渡しても、水なんかどこにもない。 船上よりも、なお悪い気がする。 「はぅあっ!?」 「今、気付いたのかよっ!?」 なんで、さっきすごく自信満々だったんだよ! 「おばあちゃん、意味ないじゃん!」 「ぐ、ぐぐ……だが、そんなことはどうでも良い! やらねばならぬことがあるからのう!」 「そうだよねー。えーっと、えーっと、なんだっけー?」 「覚えとけよっ! 勇者を倒すとかだろ!!」 「あ、そうだった、そうだった。 ありがとうございましたっ!」 「どういたしましてっ!」 なんで、そんな簡単な命令すら忘れるんだよ! 「あ、え、えっと」 「お前は何か喋れっ!」 「あうっ!? す、すみません、勢いに押されて……」 だから、お前は目立てないんだよっ! 「ジェイくんがとっても燃えてるねっ」 「魔将相手にも、いつも通りに鮮やかなツッコミを 入れるなんて、流石ジェイさんです!」 「物怖じをしないその心意気、見事だぞ。魔法使い」 「おう……まあな……」 魔将の三人に矢継ぎ早にツッコミを入れていたら、 褒められてしまった。 肩で息をしながら、賛辞に応じる。 「まるで溜めこんだストレスを発散したかのように、 イキイキとしていましたね」 「……ちょっとスッキリした」 大声を出したおかげか、少し気分が良かった。 まあ、それはさておき。 「で、あれか。ここを通りたければ、 お前たちを倒せって流れか?」 放っておいたら、双方の陣営にツッコミを 入れ続けなければならない危険性も出てくる。 ここは話を進めておくとしよう。 「はい。そういう話です。説明していただき ありがとうございます」 やめろ、俺は敵だぞ。頭を下げたりするな。 「勇者たちを通すなって、魔王様から 命令されたからなー」 やめろ、チラッとこっちを見るな! 「うむ。魔王の小僧から命令されたからのう」 だから、こっちをチラチラ見るな! くそっ、口に出して言えたら楽なんだが……。 「というわけで、”水の魔将”海姫レヴィ・アン」 「”風の魔将”蟲姫ベルゼブル!」 「”土の魔将”……」 「ここから先には、一歩も通さないぞうっ!!」 「あぅぅ……」 言わせてやれよっ!! マーモン、泣きそうだろ! 「あははっ、早速困難が待ち構えていたね」 「ならば、やることは一つ。 ただ、切り倒して進むのみだろう」 「その通りです。ここは通してもらいます!」 双方が、自分の得物を手に向かい合う。 互いに引くつもりは一歩もないのは、当然か。 「さて、やるか」 「了解しました」 魔将たちが今までに敗北を喫したのは、 一人で戦っていたからだ。 三人が連携して力を合わせれば、ヒスイたちを 倒すことも可能なはずだ。 期待しておくとしよう。 「いきますっ!」 『マーモンが いっぴき レヴィ・アンが いっぴき ベルゼブルが いっぴき あらわれた』 「今日は最初から、アンデッドモードです!」 ふむ、今日はマーモンは最初からゾンビ化しているな。 その状態で超回復を使う過ちは、もうしないだろう。 他のやつが不安だが……まあ、どうにかなるだろう。 「解析完了しました。相手の特性などは 以前と同じようです」 「どうする? ヒスイ」 「相手は三人です。油断せずに、慎重に行きましょう」 「了解だよっ」 『さくせんが しんちょうにいこう にかわりました』 まずは、慎重に出方を窺うか。無難な作戦だ、悪くはない。 さて、俺はどうするか。 『どうする?』 「クリス、守りは頼んだ」 「うん。任せて」 「カレン、俺たちが攻撃を担当だ」 「ああ、いくぞ。魔法使い!」 「“冴え渡る宵闇の閃き” ダーク・エッジ!」 『ジェイは じゅもんを となえた』 「遅い、遅いってば!」 『ジェイのこうげき ミス』 「くっ……相変わらず、速い……っ」 よしよし。上手く、苦戦のフリが出来たぞ。 「ここは慎重にするか」 『ジェイは ぼうぎょをかためた』 「わたしと先生で補助をします。 カレンさんは、やっちゃってくださいっ!」 「任せろっ! いくぞ、魔将たちっ!」 いかなる時も余裕を失わないこと。 それが成功の秘訣である。 俺はおもむろに荷物の中から干し肉を出して食べ始める。 腹が空いては戦は出来ないって言うしな。 『ジェイは ほしにくをつかった』 「うおおおっ! 美味いぃぃぃっ!!」 『ジェイのやるきが ぐんと上がった』 「え……ジェイさん?」 「こらっ、肉を無駄にするな!」 「もう。ちゃんとやってよね」 「何やってるんですか」 ……しまった。総ツッコミを受けた!? 「それじゃ、いっくぞー!」 「竜巻トルネードッ!」 ベルゼブルが両手を前に突き出すと、 周囲の風が猛烈な勢いで吹き荒れる。 『ベルゼブルは たつまきをおこした』 「今です、スーパー・バリア!」 「“聖天の加護”」 ヒスイとクリスの詠唱が重なった瞬間、 俺たちの前に光の壁が現れた。 『ヒスイたちに かすりきずくらいの ダメージ』 光によって風の大半が軽減される。 届いたのは、僅かだった。 「ぎゃわー!!」 「ひゃうーっ!?」 『レヴィとマーモンに それなりの ダメージ』 「って、お前らも巻き込まれるのかよ!?」 「手加減なんて、効かないのさー!」 「次はワシの番じゃ! 大! 渦! 巻!」 『レヴィは おおきなうずまきを うみだした』 「大技二連発ですかっ!」 「でも、こっちも二人がかりだよ」 『ヒスイたちに ちょっとした ダメージ』 青い光とともに走る衝撃を受け止めて、光の壁が砕け散る。 壁を抜けて届いたのは、微々たる衝撃にすぎない。 「うきゃー!」 「に、にかいめぇ!?」 『ベルゼブルとマーモンに そこそこのダメージ』 「お前ら、またかよっ!?」 「あぅぅぅ……」 『マーモンは ふらふらして うごけない』 攻撃するたびに、味方を巻き込みやがって。 マーモンがいきなりヘロヘロになったじゃないか! 「これが、四天王が単独行動を基本とする理由です」 ああっ! そうだったのか! そりゃ、攻撃するたびに味方を巻き込むのなら、 一人で行動した方がいいよな! ……あれ。これ、どうすれば魔将たちが勝てるんだ? 「その隙、もらった!」 『カレンのこうげき』 『マーモンに けっこうな ダメージ』 「きゃっ!」 あ。考え事をしているうちに、カレンが マーモンに切りかかった。 こ、これでやられたりはしない、と、思うが……。 「はっ、わ、私は何を……!?」 『マーモンは われに かえった』 ほっ……良かった。 「ねえ。これって、こっちがずっと防御してたら 勝てるんじゃないかな?」 「わたしも、そんな気がします」 まずい。気付かれてしまった! 「……ぬう」 さて、どうしたものか。 ここで、魔将たちが大技を連発するようなことがあったら、 確かに防御するだけでこっちが勝ってしまう。 しかし、下手に攻勢に出ようものなら、あっさりと 倒してしまうかもしれない。 主に、ダメージの蓄積が激しいマーモンを。 「とりあえず、俺は攻めるぞ!」 魔将たちも考えなしに大技を連発しないと信じよう。 きっと、的確に動いてくれるはずだ。そのはずだ……。 「“鳴り響く黒鍵” シャドウ・バインド!」 さて、マーモンはアンデッド化している。 それなら、闇属性の呪文で回復する……か? 『ジェイは じゅもんを となえた』 「いただきます」 『マーモンは とてもかいふくした』 「アンデッドなので、闇属性は吸収されます」 「チッ、俺としたことが……!」 よし。マーモンのダメージを回復することが出来たな。 これでしばらくは、持ちこたえるだろう。 「ありがとうございます」 やめろ、深々とお礼のお辞儀とかするな! 魔王ってバレるかもしれないだろ! 「もう、ジェイくんってうっかりさんだなぁ」 「ジェイさんは、他の人を狙ってくださいっ」 「ああ、すまない。そうしよう」 『ヒスイとクリスは じゅもんを となえた』 『ひかりのかべが あらわれた』 さて、ヒスイとクリスの二人はさっきと同じ手のようだ。 魔将たちがどう出るかだな……。 「くっくっく。浅はかじゃな、勇者どもよ」 「ボクたちが同じ間違いを、何度もするわけないぞー!」 お。この反応。どうやら期待出来そうだな。 「お前たちが力を合わせるのなら、 こっちもやっちゃうよ」 「我らの合体攻撃に、恐れおののくが良いっ!」 「あ、あの……一体何をするんですか?」 マーモンが一人だけおろおろとしているのは、 どういうことだろうか。 「ワシの水の魔力!」 「そして、ボクの風の魔力でー!」 「いけぇぇぇっ!!」 『ましょうたちの がったいこうげき!』 「なにごとですかぁぁぁっ!?」 『きょだいなまりょくによって マーモンが だんがんのように うちだされた』 「な、なんだ、それぇぇっ!?」 爆発が起きたと思ったら、マーモンが竜ごと こっちに向かって打ち出された!? 「バ、バリアがっ!?」 「壊されるっ!」 『ひかりのかべが こなごなに くだけちった』 「きゃあっ!?」 「くっ!」 「あいたたたっ」 「ぐふうっ!?」 『ヒスイたちに それなりな ダメージ』 な、なんてデタラメな攻撃だ……。 まさか、魔力で仲間を打ち出すなんて。 だが、その甲斐あってこちらが受けたダメージも大きい。 「お星さまが……回ってる……」 『マーモンに じゅうだいな ダメージ』 『マーモンは うごけない』 って、マーモンもダメージ大きいじゃねえか!! 「なんて恐ろしい捨て身の攻撃でしょう。 ここはこちらも……」 「やらねえからなっ!!」 こっちがやるとしたら、絶対に俺が打ち出されるだろう。 そうに決まっている。 「だ、大丈夫か、みんな……」 おもむろに懐から取り出した干し肉をカレンが齧る。 『カレンは ほしにくを つかった』 『カレンは ほどほどにかいふくした』 「これぞ、ワシら魔将のコンビネーションよ!」 「どうだ! もう一回、耐えられるかー!」 またやるつもりかよっ! お前ら、鬼か!! 「まさか……あんな攻撃があるなんて」 「本当にな……」 流石の俺も驚いた。 まあ、何よりも驚いたのが、マーモンに一切 説明しないでやったことだったが。 「よし、ここは先生に任せてっ」 ゆっくりと髪をかき上げながら、クリスが 余裕たっぷりに笑いを浮かべる。 この状況でこの笑い。何か、決定的な 対抗手段があるのか? 「何か、手があるのか?」 「バッチリ。祈りの洞窟での修行の 成果を見せてあげるよっ」 ぱち、とクリスがウィンクをするのだが、何故か 俺に向けられたような気がした。 その仕草のせいで、修行よりもその後のことを 思い出しそうになるのだが……。 ま、まあ、それはさておこう。 「じゃあ、先生にお任せして、わたしたちは 攻撃しましょう!」 『さくせんが ぜんりょくでいきましょう にへんこうされました』 さて、俺はどうしよう。 こいつらの言うように攻撃を行うか、 はたまたそれ以外の行動を取るか。 『どうする?』 「合わせるぞ、ヒスイ、カレン!」 頼れる魔法使いというポジションの俺が、露骨に 手を抜くわけにはいかないだろう。 あれだけ同士討ちした魔将たちが勝てるとも思えない。 ここは適当に合わせておこう。 「はいっ、行きます! スーパー・サンダー!」 「“永久なる囁きに眠れ” アンチ・デイライト!」 「切り裂くっ!」 『ヒスイたちの れんぞくこうげき』 『ましょうたちに かなりの ダメージ』 「ヒスイ、カレン。ここは二人に任せた」 攻撃は二人に任せて、俺は有事に備えるとしよう。 『ジェイは ほしにくを つかった』 『ジェイの おなかは まんたんになった』 うむ。相変わらず美味いなあ、この肉は。 「本当に何やってるんですか」 そんなことを言われても、肉が 美味いのだから仕方がないだろう。 「行きます、カレンさん! サンダー・ビーム!」 「くらえっ!」 『ヒスイとカレンの れんぞくこうげき』 『ましょうたちに そこそこの ダメージ』 「あぅぅ、もうふらふらです」 「真似されたー、真似されたー!」 「ならば、こちらも負けてはおれんな!」 「ふらふらって言ってるじゃないですかっ!?」 「行くぞっ!」 「行っくよー!」 「話を聞いてくださーい!?」 マーモン……なんて、哀れなやつ。 『ましょうたちの がったいこうげき』 「それを待っていたよっ」 「“拒絶されし懺悔”」 『まりょくが うちけされる』 「ぬう、これはどうしたことじゃ!」 「うえー? 風が出ない!?」 「と、飛ばされずに済んだ……」 『がったいこうげきは しっぱいした』 「これは……」 今のがクリスの新しく身に付けた力……? 魔将たちの魔力を打ち消したように思えたが。 「相手の魔力を無効化する。これぞ、 女神様の奇跡だねっ」 「まだ、一回くらいしか使えないけどね」 ……げっ、魔力の無効化だと!? なんて厄介な呪文だ。 「今度は私たちの番だな、ヒスイ!」 「はいっ、行きましょう!」 「この一撃、神すらも魔王ですらも、切り伏せる!」 「伝説の聖剣の力、スーパー・サンダー・ソード!」 「これで……」 「終わりですっ!」 『ヒスイとカレンの どうじこうげき』 『ましょうたちに もう無理なくらいの ダメージ』 「ぬぅっ! お、おのれーっ!」 「や、やられたーっ!?」 「すみません、魔王様っ」 『ましょうたちを やっつけた』 「むぎゅう……」 「あぅあぅ……」 「きゅー……」 魔将三人組がぐるぐると目を回しながら、倒れ伏す。 なんてことだ……三人がかりでも、 勝てなかった、だと……。 「当然だよなあ……」 などとシリアスに驚いてみたものの、あれだけ 自爆していれば勝てないに決まっている。 なんて頼りにならないやつらだ……。 「無事に勝利出来ましたね」 「ああ。だが、あいつの姿がないな」 「火の魔将ベルフェゴル、だね」 そういえば、ベルフェゴルの姿だけがなかった。 まあ、この場にいたらきっと自滅に 巻き込まれていただろうなあ。 そう考えると、ベルフェゴルがいなくて良かったと思う。 「ということは……彼女は、お城の中に」 全員の視線が、城へと向く。 残るは、ベルフェゴル、アスモドゥス、そして……魔王。 俺にとっても、こいつらにとっても、いよいよ 正念場が訪れようとしている。 勇者と魔王。どちらが勝利するのか、 全てはこの城の中で決まる……。 「皆さん、いよいよです」 ヒスイが真剣な顔で、俺たちを見渡す。 真っ直ぐな視線を受けて、全員がゆっくりと頷く。 「それでは、お城の中に――」 いよいよ、内部に突入する。 間近に迫った決着の気配に、真剣に息を飲み込む。 「入る前に、体力回復のための ご飯タイムにしましょう!」 …………。 え? 「先生、喉渇いちゃった。魔法のお水ちょうだい」 「私は肉を用意しよう。どのくらい焼けばいいかな」 「10枚くらい焼いちゃいましょう」 魔王城の目の前で、おもむろに 食事の用意を始める勇者一行。 その横には、目をぐるぐると回して 気絶している魔将たち。 「お腹ぺこぺこです」 ちゃっかりと輪の中に加わる、伝説の魔道書。 なんだ、この光景は!? 「お前ら、飯食ってる場合じゃないだろっ!?」 一転してのんびりとした空気へと変わる、魔王城の前にて。 城の主であり、魔王である俺の叫び声が、 空しく響き渡ったのだった。 「…………」 勇者一行の一員として、我が城の前に立つ。 四天王のうち三人は二度も敗れ、俺の手札に 残されたカードはたった三枚。 ベルフェゴル、アスモドゥス、そして俺――魔王ジェイド。 状況が差し迫る中、俺の胸中にあるのは焦りでもなければ、 後悔でもなく……強い苛立ちだった。 「お湯湧きましたよ。今、お茶を淹れますね」 「フルーツをカットしたから、好きに取ってくれ」 「やっぱり、戦闘の後は甘いフルーツに限るよね」 「同意します」 なんで、こいつらは敵の本拠地を目の前にして、 のんびりとティータイムを楽しんでいるのだろう。 ちゃんと地面にシートを敷いたり、準備万端すぎる。 「あのなぁ、お前ら、のんびりしすぎだろ!」 「ほら、魔法使い。お前の分のフルーツだ」 「お茶もどうぞ」 「む、そうか。ありがとう」 渡されたカップを両手で包むように持つ。 じんわりとした温かさが、手のひらに優しく伝わってきて、 紅茶特有の香りが誘惑するように鼻をくすぐる。 「いただきます」 いざ口を付けてみると、紅茶の鮮やかな香りが さらに鼻孔をくすぐる。 その香りの中、ほんのりと甘みの付いた琥珀色の 液体が、喉を緩やかに通り過ぎて行く。 「美味い」 ああ、落ち着くなあ……。 「じゃなくてだなっ!!」 危ない! もう少しで流されるところだった! うっかり紅茶に口を付けてしまったが、 フルーツの方はまだ手を付けていない。 というわけで、俺はまだ完全には流されていない。 流されていないのだ。 「どうしたの?」 「いや、寛いでる場合じゃないだろ!」 繰り返すが、ここは俺の城の目の前。 魔王城の眼前である。 言ってしまえば、最終決戦の直前である。 それなのに、何故、こいつらは、優雅に ティータイムを楽しんでいるんだ!? 「今に始まったことでもないでしょう。 消耗した体力を補うには食事が一番です」 「分かってる。それくらい、俺だって分かってるさ!」 実際、俺も戦闘中に干し肉を齧ることだってしばしばある。 食事が体力の回復に一番適していることくらい、 とっくに理解はしている。 「だが、少しは場所を考えろよ……」 魔王城前にて、ティータイム。 何を言っているのか、自分でも分からない。だが、俺の 目の前に広がる光景は、ティータイムと呼ぶ以外にない。 「こんな場所だからこそ、だぞ」 「どういうことだ?」 「全部、この日のために取っておいた貴重品なんです」 俺のカップに紅茶のお代わりを注ぎながら、 ヒスイが得意げに笑う。 「例えば、この紅茶は一年に一枚しか葉を付けない木 から取れた貴重な葉から作られているんですよ」 「マジかっ!?」 「はいっ、本当です」 危うく、紅茶を吹き出すところだった。 一年に一枚しか出来ない葉っぱなんて、 本気で貴重品じゃないか。 「その名もユグドラシル。この世界で最古の木です」 「生命の象徴とも言われ、その葉を煎じて飲めばどんな 傷でもたちどころに治ると言われています」 「伝説級のアイテムじゃないか!?」 そんな貴重な品を、この場で使う。 なるほど……こいつらは、かなり本気なんだな。 「そんな物、いつの間に手に入れたんだ?」 「普通に売ってあったぞ」 「どこにだよっ!?」 「店に決まっているだろ」 うん。まあ、物を買うとなれば店で買うのが普通だよな。 そこは納得しよう。そして、認めよう。 「……なんで?」 問題は、なんでこんな貴重品が店で売られているかだ。 一年に一枚しか取れない物が、店先に 並ぶことが納得出来ない。 「そりゃ、商品だからな」 「ああ、うん。それは分かるんだが……」 「その店は、どこから仕入れたんだよ、これ!」 「さあ。そこまでは私は知らないな」 ひょいと肩を竦めさせながら、カレンがクールに答える。 そうだよな。店のやつがどこから 仕入れてきたかなんて、分からないよな。 「もしかして、このフルーツも何か貴重な物なのか?」 力が数倍になる、とかそういう伝説級の 果物なのかもしれない……。 今の俺の目には、全てが怪しく映ってしまう。 「ううん。それは、普通のフルーツだよ」 「そうなのか?」 「本当は、お菓子の方が良かったんだけど、 あんまり日持ちしないからね」 「だから、フルーツにしたんだよ」 よ、よかった……。これも伝説のアイテムだったりしたら、 こいつらの本気度の高さに慄くところだった。 「というわけで、ジェイくんも一つどうぞ」 「はい、あーん」 「あーん……って、しなくていいっ!」 伝説級のアイテムの登場に動揺していた隙を 突こうとするなんて、油断も隙もないやつだ。 自分の城の前であーんされる魔王なんて、 カッコが付かないにもほどがある。 「ともあれ、だ」 まあ、こいつらはこいつらなりに 本気であることは分かった。 ここでティータイムを中断して、貴重品を無駄に するのも、それはそれでもったいない。 「お茶が終わったら……ちゃんと、突入しような」 中で待っているベルフェゴルとアスモドゥスには悪いが、 せめて紅茶を全部飲むくらいはしてもいいだろう。 「意外に貧乏性なのですね」 「……言うなよ」 旅の中で、すっかり板に付いてしまった 習性に肩を落としながら。 俺たちは、一時の休息をもう少しだけ続けることにした。 ようやく、とうとう、ついに、やっと。 俺は、俺たちはここに辿り着いた。 我が城、魔王城の中へと。 「ここが魔王のお城……なんだか、暗いですね」 「まあ、世界を闇と混沌に包む魔王の城 だからな。暗いのも当然だろう」 なんてひどい濡れ衣だろうか。別に、世界を 闇にも混沌にも包んだ覚えなんてない。 精々、親父殿が光の女神を封じたくらいだが、 それにしても世界は平和そのものにしか思えない。 これ以上、どんな平和を望むというのだろうか。 よく分からない。 「もっと派手派手な感じかと思ったんだけど、 意外に物がないんだね」 「これなら、神殿の方がずっと綺麗だよ」 ぬぐっ、まさか内装のことで文句を言われるなんて 思っていなかった。 「わたしは、やっぱり暗いのが気になります。 本が読めませんし、目が悪くなりそうです」 「思いっきり剣を振っても平気なくらいに 広いことだけは評価しておこう」 ぐうっ、更なる追打ちだと!? 「言われてますね」 「……うるさい」 淡々と俺を見るリブラへとぞんざいに言葉を返し、 無感情な視線を手で追い払う。 別に俺自身が悪く言われたわけではないのだが…… 心にずっしりとのしかかってくるダメージはなんだろう。 今まで住んできた家に対して、忌憚のない意見を 言われるのは、結構心にくるのだな……。 俺は家に関する悪口を言うのは、絶対に控えよう。 密やかな誓いを胸に抱いた時――。 「わっ、これは……?」 赤い閃光が周囲に走る。 直後、辺りの温度が急激に上昇し、 空気が陽炎のように揺らめく。 火の玉が空中に赤い弧を描きながら、 俺たちの眼前へと躍り出てくる。 「炎……ということは……」 「お出ましだね」 高まった周囲の熱はそのままに。 現れた火の玉はゆらゆらと揺らめきながら、 やがて人の形を取りはじめる。 陽炎の中、姿を現したのは――。 「性懲りもなく、またやって来るとは」 火の魔将・ベルフェゴル。 「どうやら、一度負けただけでは、 まだ足りなかったようだな」 余裕をたっぷりとにじませた表情にて、ベルフェゴルが 一同の顔をゆっくりと見渡す。 うむ。相変わらず、実力者らしい登場の仕方だ。 魔王的にはかなり高評価を与えてもいい。 見事だ、ベルフェゴル。 「ああ、足りないな。私たちが 欲しているのは勝利のみだ」 「あの時のわたしたちと一緒だと思わないでください」 「わたしたちは修行を重ねて、 新たなる力を手に入れました」 「魔王ともども、バッチリと倒させてもらうからね」 ベルフェゴルの余裕を前に、ヒスイたちの 闘志にも火が点いてきたようだ。 双方に、引くような素振りは一切見受けられない。 「というわけだ」 ここで俺だけ黙り込むのもおかしいだろう。 三人の言葉を纏めるような締めの言葉を冷静に口にする。 冷静な頭脳派をイメージしてみた。 「というわけです」 早速、真似されてしまった。 「いいだろう。元より、オレは言葉で貴様らを どうにか出来るとは思っていない」 「先日と同じように、力をもって貴様らを排除するのみ」 ベルフェゴルの眼差しが強まるとともに、 周囲を威圧するかのように熱風が吹き荒れる。 おそらく、力のある魔物であっても恐れをなして 震えだすほどの圧倒的な強者の気配。 「望むところですっ」 「こっちも、説得出来るとは思ってないしね」 「先日の借りを返させてもらう」 だが、それを正面から受けても、ヒスイたちが 怯むようなことはなかった。 「というわけだ」 再び、冷静な頭脳派を気取ってクールに返答を行う。 「二度目はくどいですよ」 「ぐぬっ!」 今度は真似されない代わりに、 まさかの口撃をされてしまった。 そうか……二度も繰り返すとくどいか。 三度目はないようにしよう。 「いいだろう。オレが望むのは正々堂々とした、 力と力のぶつかり合い」 「貴様らが全力を発揮できるように、傷を癒してやろう」 いかにも、高潔な武人らしい言葉だ。だが、しかし。 「あ、もう傷はすっかり回復しているので大丈夫ですよ」 「む。そうか」 ついさっきまで、ティータイムだった 俺たちは、体調はかなり万全だった。 「喉は乾いていたりしないか? お茶くらいなら準備出来るが」 「悪いが、それも間に合っている」 「そうか」 なんせ、ティータイムだったので お茶はかなり間に合っていた。 「食休みはちゃんと取ったか?」 「うん。それもバッチリだよ」 「そうか。ならば、寝不足になったりは……」 「気遣いすぎだろ、お前っ!!」 なんで、そこまでヒスイたちの体調を気遣う! いや、もうなんか二発言目から、かなりおかしかったが、 寝不足の心配までするとは思わなかったわ! 「オレは正々堂々とした力と力のぶつかり合いを望む」 「それはさっきも言ってたな」 「よって、相手が全力を出せるように 体調を気遣って当然だ」 「お前の正々堂々ってちょっとズレてるぞ!」 なんだ、その理屈は。危うく、一瞬納得しかけたが、 わざわざ体調まで気遣わなくてもいいだろ! 「そ、そうか……」 ベルフェゴルがしょんぼりと肩を落とす。 しまった。あまり、強く言いすぎてしまったか。 「あ、いや、その、なんだ。立派な 心がけだとは思うぞ。うん」 まあ、自分の力に絶対的な自信を持っているからこそ、 余裕を見せるというのは悪くない。 そういう強者の態度というものを 堂々と取れる姿勢は評価しよう。 ……って、なんで必死にフォローしてるんだ。俺。 「と、とにかく、こちらの準備は万端ということだ。 気遣いだけありがたく受け取っておこう」 「分かった。ならば、始めようか」 ベルフェゴルの手の中で一筋の炎が 渦巻き、武器へと姿を変える。 よし。なんとか上手く話を進めることが出来たな。 ちょっと安心した。 「オレの名は、竜姫・ベルフェゴル」 「最強と呼ばれし、火の魔将なり!」 名乗りとともに、ベルフェゴルの背後より 熱気を帯びた風が吹き荒れる。 真っ直ぐに背筋を伸ばしたまま、ヒスイが ベルフェゴルに対峙する。 「いきましょう、皆さん」 「ああ。難しいことは何も考えず、 ただ全力を尽くすのみだ!」 「うんうん。先生がサポートするから、 安心してぶつかってもいいよ」 先日と同じようにベルフェゴルがヒスイたちを 退けてくれるのならば、問題はない。 だが、しかし、仮にヒスイたちが 勝つようなことになったら……。 「余計な言葉はもういらないな」 ……そうだ。 余計な言葉はもういらないし、余計な考えもいらない。 今、これからどうするのかだけを考えていればいい。 「いざ尋常に――」 「勝負ですっ! ベルフェゴル!」 『ベルフェゴルが いっぴき あらわれた』 「特性を解析する必要はありますか?」 「大丈夫です。一度戦った相手ですから」 「了解しました。前回の戦闘から能力の変動も ないでしょうし、解析は行いません」 「ヒスイ、作戦は?」 「一回負けた相手です。全力を出していきます!」 「守りは先生に任せてね」 『さくせんが ぜんりょくでいきましょう にへんこうされました』 ふむ。一気に攻撃に打って出る、か。 一度敗北を喫した相手にも、臆せず立ち向かう。 実に勇者らしい判断だ。 だが、それは愚かな策だ。 「分かった。俺も攻め手に回るぞ」 以前にベルフェゴルのマントは防御にも攻撃にも 使える魔道具だと聞いた覚えがある。 先日の戦闘では、そのマントを使わずとも ヒスイたちを圧倒していた。 つまり、ヒスイたちはマントが魔道具で あることを知らない。 ベルフェゴルがマントを上手く活用すれば、 ヒスイたちを再び撃退することも可能だろう。 「“聖域の守護”」 『クリスはじゅもんをとなえた』 『ヒスイたちの ぼうぎょりょくが あがった』 「ガンガン攻めちゃえ」 勝てるかもしれないとヒスイたちが油断したところで、 出鼻をくじくのが効果的だろう。 よし。ここは、攻める格好だけ見せておこう。 「“すべてを貫き通せ” ダーク・ランス」 『ジェイは じゅもんを となえた』 「ふんっ」 『ベルフェゴルに かすったていどの ダメージ』 「闇属性の攻撃は、効果が薄いようですね」 ならば、ますます好都合。 俺の攻撃で、うっかりベルフェゴルを 追い込む危険性は薄い。 存分に攻めるフリが出来る。 「だったら、わたしたちが!」 「いくぞっ!」 『ヒスイとカレンの こうげき』 『ベルフェゴルに それなりの ダメージ』 「ほう?」 二人の攻撃を受けて、ベルフェゴルがわずかに後ずさる。 前回の戦闘では、揺るぎもしなかったというのに。 あのよく分からない修行を経て、ヒスイたちの力は 本当に強まっているようだな。 「どうやら、少しは楽しめそうだな!」 『ベルフェゴルのこうげき』 「くぅ……っ!」 『カレンに けっこうな ダメージ』 ベルフェゴルの重い一撃によって、 カレンが大きく弾き飛ばされる。 カレンが習得したのは、剣としての攻撃力。 防御に関しては上達はそれほどしていない。 「“祝福の陽光”」 『クリスは じゅもんを となえた』 『カレンの きずが ぜんかいした』 「うん。回復は十分追いつくようになったね」 脆いままの防御面は、魔力が上昇したクリスが補う。 「助かる。おかげで私は思う存分、攻撃に専念出来る!」 『カレンの こうげき』 『ベルフェゴルに そこそこの ダメージ』 「わたしもいきますっ! 勇者レーザー!」 『ヒスイは じゅもんを となえた』 『ベルフェゴルに なかなかの ダメージ』 そして、オールラウンダーとして 万能な成長を遂げたヒスイ。 ただでさえバランスの取れていた三人が、それぞれの 長所を伸ばすことによってより万全となっている。 まあ、勇者レーザーという呪文の名前はどうかと思うが。 「なるほど。剣も呪文も、先日とは見違えるようだ」 手も足も出なかった以前と違い、ベルフェゴル相手でも かなり戦えるようになっている。 「ならば、オレも全力を見せるとしよう」 だが、ヒスイたちが優位に戦闘を 運べるのもここまでだろう。 『ベルフェゴルは マントで みをおおった』 「身の守りを固めた?」 「一体、あのマントには何が……」 攻防のどちらにも使えるマントで身を覆ったということは、 攻撃を待ち構えているのか……? ならば、ヒスイたちを攻撃するように仕向けるべきだな。 『どうする?』 「ヒスイ、仕掛けるぞ」 「はいっ、攻めなければ勝てませんっ!」 パーティーの要はやはりヒスイだ。 まず狙うのは、ヒスイの消耗。 そのために、待ち構えるベルフェゴルへと攻撃をさせる。 「“鈍色の闇に染まれ” ブライン・タッチ」 「いきますっ、勇者斬りっ!」 『ヒスイとジェイの どうじこうげき』 「いくぞ、カレン!」 「分かっている。相手が何を考えていようと、 ただ斬るのみ」 修行によって鋭さを増したカレンの剣は脅威だ。 ここは、カレンを突っ込ませて消耗させるに限る。 「“闇に沈みし指にて誘われよ” ダークネス・ライン」 「切り裂くっ!」 『カレンとジェイの どうじこうげき』 黙っていても、ヒスイとカレンなら攻撃を仕掛けるだろう。 ならば、俺は攻撃の結果何が起こるのかを、 冷静に眺めておくことにしよう。 「ジェイくんは、攻撃しないの?」 「ああ。俺は観察に徹する」 「ふふっ、冷静だね」 「カレンさんっ!」 「ああ、同時に行くぞ!」 『ヒスイとカレンの どうじこうげき』 「甘いっ!」 『ベルフェゴルの はんげき』 攻撃をそのまま反射するかのように、 マントから激しい炎が吹き荒れる。 『もえさかるかえんが しゅういをやきつくす』 「きゃあっ!?」 「なんだと!」 「ちょっと、シャレにならないかも……」 炎は、攻撃を仕掛けた者のみならず、 その場の全員を飲み込み、暴れる。 『ヒスイたちは おおやけどな ダメージ』 「どうやら、防御しているところに攻撃すると、 手酷い反撃が来るようですね」 「攻撃に対する反射行動なので、 魔法でも反撃されるでしょう」 「業火に近付きし者は、等しく身を焼かれる。 それが道理だ」 なんて強力な能力だ。よし、これならいける。 ヒスイたちに勝てるぞ! 「“福音の旋律”」 『クリスはじゅもんをとなえた』 『ヒスイたちの きずが まあまあかいふくした』 「はふう……ちょっと、回復が追い付かないかも……」 さあ、ベルフェゴル。今こそ追撃の時だ! 傷が全快しない今が、勝機だ! 「…………」 『ベルフェゴルは みがまえている』 あ、あれ……? 今がチャンスなのに、どうして攻撃してこないんだ? 「強烈な反撃を行えるのは、あくまで防御中のみです。 マントで身を覆っている間、動けないのでしょう」 「あ、なるほど」 「すごい反撃が出来るけど、その分 リスクもあるってことだね」 ぬう、なんてことだ。世の中、そうそう 上手くはいかないものだな。 「だが、一体どうすればいいんだ」 しかし、こいつらに迷いを生ませることは出来た。 今なら、俺が何かアドバイスすることで、思う通りに 戦況を運べるかもしれない。 つまり、俺の選択次第ではこちらが 勝利出来るかもしれないということだ。 さて、こいつらをどう動かそう。 『どうする?』 「……ここで手を休めていいのか?」 「ジェイくん……?」 「魔王を倒して、世界に平和を取り戻すんだろ? それなのに、こんな所で立ち止まっていいのか?」 「魔法使い、お前……」 「例えどんな敵が相手でも、倒して前に進む。 それが勇者じゃないのか?」 「……そうですね」 「攻撃すると、すごい反撃を受ける。だからといって、 それが立ち止まる理由にはなりません!」 「困難を乗り越えて、ただひたすらに前に進む。 それが、勇者です!」 ……よし、上手くヒスイを乗せることが出来たぞ。 勇者が攻めると決めたならば、他の二人もそれに従うはず。 「そうだな。何度倒れても、前に進み、そして斬る。 私に出来るのは、それだけだ」 「はふう……みんなが全力を出せるようにするのが、 先生の仕事だもんね。頑張るよ」 計算通りだ。 懸念すべきは、こいつらが大量に 買い込んだ回復アイテムだが……。 それも無限ではない。いずれ、底を尽く。 その時が、終わりだ。 「反撃はあなたも受けますが、それは考えていますか?」 「……あ」 そ、そうだった。ベルフェゴルの反撃は全員に及んでいた。 当然、俺もそれに巻き込まれる。 「が、頑張る……」 防御に徹し続ければ、きっと俺は耐えられる。大丈夫だ。 きっと、多分、おそらく。 「いきますっ!」 『ベルフェゴルの はんげき』 「うおおおおおっ!?」 しまった! あいつら、もう攻撃を始めた!! い、急いで自分を守らなければ! 「まだだっ!」 『ベルフェゴルの はんげき』 「ちょ、ちょっと待て! まだ、防御が……!」 「危ないと思った人は、急いでお肉食べて回復してねっ」 『ベルフェゴルの はんげき』 「クリスまで攻撃するのかよ!?」 ま、まずい。急いで、干し肉を食べなければ……。 「てぇぇぇいっ!」 『ベルフェゴルの はんげき』 うおおおおっ!? お前ら、俺が肉を食うまで攻撃するの待てよ!! 「大変そうですね」 「お前、他人事みたいに!」 「他人事ですので」 ぐぬぅ、この野郎……! って、こんなことをしている場合ではない。 急いで肉を食べないと! 『ジェイは ほしにくをいっしょうけんめいたべた』 『ジェイのたいりょくと おなかが まんたんになった』 ふう。これで、どうにか一息つけたな……。 「下手に手を出すわけにはいかない。 ここは我慢するんだ」 「くっ……だ、だが……」 「あの反撃を何度も受けて耐えられるか?」 「それは……確かに」 「体制を立て直す。まずは、万全な状態を作るべきだ」 「焦ってもしょうがないね。先生は ジェイくんに賛成するよ」 「分かりました。攻撃は控えましょう」 『さくせんが しんちょうにいこう にへんこうされました』 さて。まずはこれでいいだろう。 戦況を立て直されはするが、ベルフェゴルが 依然として優位であることに変わりはない。 攻防一体の構えを崩せる手段を、 ヒスイたちは見つけていないからだ。 「くっ……目の前の敵に手を出せないのは、歯がゆいな」 ベルフェゴルを倒して先に進むために、いずれは 攻撃を仕掛けなればいけない。 「我慢しろと言っただろう」 こうして、場を停滞させ続ければ、いずれ ヒスイたちは根負けして攻撃を行うだろう。 そして反撃を受けて――またにらみ合いになるか、 あるいは攻撃をし続けるかは分からない。 だが、いずれにせよ消耗は避けられない。 消耗しきったヒスイたちを叩くことなど、たやすい。 「……くくくく」 このまま粘り続ければ、俺の勝利は揺るがない。 「……ぬう」 「もう……限界だ……」 『ベルフェゴルは かまえをといた』 ……え? 『ベルフェゴルは ふらふらしている』 あ、あれ……? なんで、マントを開いたんだ……? 「あっ、防御を解いたよ」 「今がチャンスだ!」 「一気に行きましょう!」 『ヒスイたちの いっせいこうげき』 「くぅぅっ!!」 『ベルフェゴルに じんだいな ダメージ』 「お、おのれ……」 『ベルフェゴルは ふらふらしている』 こ、これはどういうことだ? 突然、ベルフェゴルが防御を解いただけでなく、 足元がおぼつかなくなっている。 一体何が起きたんだ……? 「形勢逆転ですね」 どうして、ベルフェゴルが一気に追いつめられて しまっているんだ……わ、分からない。 「ジェイさん!」 「魔法使い!」 「ジェイくん!」 「お、おう」 一斉に名前を呼ばれる。 ええっと、これは……俺に攻撃をしろってこと、だよな。 『どうする?』 「“光を蝕め漆黒の顎” ブラック・バイト」 状況の急変に付いていけずに混乱したまま、 三人の声に応じて呪文を詠唱する。 『ジェイは じゅもんを となえた』 俺の手から放たれた漆黒の魔力は、 ベルフェゴルの体を蝕み。 『ベルフェゴルに とどめの ダメージ』 「み、見事だ……」 ベルフェゴルが、ゆっくりと倒れ込んだ。 「ちょ、ちょっと待て……」 何が起きたのか上手く飲み込めなかった俺は、 咄嗟に動くことが出来なかった。 その場に呆然と立ち尽くしてしまう。 「どうした、魔法使い!」 「い、いや、その……だな……」 戸惑って首を横に振る俺の前で――。 「ここまで……か」 ベルフェゴルが、崩れるように倒れ伏す。 「どうやら、もう限界だったようですね」 「ジェイさんは、それが分かったんですね」 「余計な追撃はしない、か。優しいね」 「え? あ、ああ、まあ、な」 「そうだったのか……気付けなかった」 「き、気にしなくても、い、いいぞ」 ええっと……何が起こったのか、相変わらず 分からないままなんだが……。 ベルフェゴルが負けた……? 『ベルフェゴルを やっつけた』 「オレの負けだ……先に進むといい……勇者たちよ」 その言葉を最後に、ベルフェゴルが意識を失う。 途端に、周囲の熱が一気に引いて行く。 「わたしたちの勝ちですっ!」 倒れたベルフェゴルの姿が。 そして、消失した熱が、如実に物語る。 ベルフェゴルが敗北した。 「ベルフェゴル……強敵だった。あいつがいなければ、 私たちもパワーアップ出来なかっただろう」 「そうだね。感謝は出来ないけど、彼女のおかげだね」 これで、俺に残された手札は二枚だけ。 まるで足元の床がガラガラと 崩れていくような感覚に囚われる。 「どうしました? 顔色が悪いようですが」 「ど、どうしたも、こうしたもないだろ」 リブラを怒鳴りつけてやりたい衝動に 駆られるが、ぐっと抑え込む。 こいつに怒鳴ったところで何も解決しないし、 そんなことをしてはヒスイたちに不審がられる。 「……ああ」 俺の言葉で全てを察したかのようにリブラが頷く。 そのまま何も言わずに、透明な視線を じっと俺に向けてくる。 それから逃れるように、俺は顔を背ける。 「ジェイさんの作戦のおかげで、勝てましたっ! ありがとうございますっ!」 俺の視線の中に、とびっきりの明るい笑顔が割り込む。 強敵に勝利出来たことに、ヒスイは無邪気に喜んでいる。 俺の内心など、まるで知らないままに。 「俺だけの手柄じゃないさ。全員の力あってこそ、だろ」 幸か不幸か、内心を取り繕うことには、 旅の中で随分と慣れていた。 何事もないかのように、笑顔でヒスイの頭をぽんと撫でる。 「……はいっ!」 一瞬きょとんとした後で、ヒスイの顔に満面の笑みが戻る。 「相変わらず、勝利には謙虚だな。お前は」 「ふふっ、そうだね。相変わらずクールだね」 一度敗北した相手に勝ったからだろうか。 いや、違う。こいつらはどんな時でも、 勝利の後は素直に喜びを現していた。 「まだ、魔王が残っているから、気を抜いちゃ いけないってことですよね?」 「そうだな」 そうだ。まだ、アスモドゥスと ……何よりも俺が残っている。 俺という最強のカードが手札に残っている限り、 まだ負けではない。 ギリギリの局面から、一気にひっくり返すこと だって出来るだろう。 必要以上に慌てたり、動揺したりする必要はない。 「気を抜かず、冷静に行こう」 自分に言い聞かせるように、しっかりと頷く。 慌てふためいたところで、何も変わったりはしない。 落ち着いて、冷静に対処していこう。 「そうですね」 相変わらず、何を考えているのかまったく 分からない顔で、リブラが同意を示す。 こいつの内心を推し量るのも、無意味だろうが。 「後は魔王を残すのみです」 「大詰めだからこそ、ジェイさんの言うように 落ち着いて、着実に行きましょう!」 「冷静になれるかあまり自信はないが、頑張る」 「何かあったら、先生がブレーキになってあげるよ」 クリスは絶対にブレーキをかけずに、背中を押して 加速させそうな気がするが……。 ともあれ、いくらアスモドゥスが残っているからとはいえ、 気を抜くわけにはいかない。 油断せず、真剣に進まなければ。 「というわけで、何か食べながら 先に進みましょう!」 「…………」 ああ、うん、まあ……回復するためには何か食べるのが 一番いいのは分かっている。 分かっているんだが……。 「じゃあ、私は干し肉を」 「先生は甘いフルーツがいいなあ」 「魔法のお水ってまだありますか?」 傍目には、和気あいあいと食べ歩きしている ようにしか見えないんだよ! こいつらはこいつらなりに真剣なんだろうが、 見た目が全然真剣に見えない! 「モチベーションの維持が大変そうですね」 「……まあな」 「ジェイさん、何か食べます?」 「とりあえず……水をくれ」 ともあれ、俺も消耗がある以上、食べ歩きに 付き合わざるを得ないわけで。 手渡された水を飲みながら、ヒスイたちに付き従って、 自宅の奥へと向かうのだった。 「さて、そろそろ話せるくらいにはなっただろう」 ヒスイたちを先に進ませておいて、 俺はひとまず元の場所へと戻る。 ベルフェゴルに色々と問いただしたいことがあった。 「う、うぅ……」 俺の見立て通り、ベルフェゴルは 意識を取り戻していた。 他の魔将たちと同じように、しばらく 力を失うくらいで済んでいるようだ。 「話は出来るか?」 「なっ……お、お前は……」 ベルフェゴルは俺を見て驚いている。 まあ、勇者の仲間が戻ってきたとなれば ……って、もう何度目だ、このやり取り。 「ああ、うん。こういうことだ」 もう手慣れたもので、ほんの一瞬だけ セーブしている力を解放する。 「も、もしかして、魔王様!?」 「なあ、俺ってそんなに特徴ないか?」 「え……? あ、は、はい」 「そうか」 あらかじめ分かっていたことだが、やっぱり 俺が魔王だと分かりづらいらしい。 俺は本当に魔族なのだろうか。なんて、 変な疑問さえ抱き始めてしまう。 「ま、魔王様とは気付かず、とんだご無礼を!」 ベルフェゴルは慌てて立ち上がると、背筋を まっすぐに伸ばして直立の態勢を取る。 「いや、別に楽にしてもいいぞ」 「そのようなことは出来ません」 事前に聞いていたように、真面目なやつだな。 まあ、本人がそう言うのなら、このまま話を続けよう。 「まずは、一度勇者たちを撃退したのは 見事だった。褒めよう」 「ありがとうございますっ!」 ビシっと背筋を伸ばしたまま、ベルフェゴルが頭を下げる。 ハキハキとした返事が実に気持ちいいのだが、 逆にそれが少し気になる。 「戦闘中と比べるとかなり性格にギャップが あるように思えるんだが?」 「はい。出来るだけ強く見えるように、 一生懸命頑張りました」 「マユから、そのように振る舞った方が いいと忠告されましたので」 「真面目だな、お前!」 「オレ……じゃなくて、私の取柄はそのくらいですので」 ああ、一人称まで変えていたなんて、 本当に真面目なやつだな、こいつ。 「それで、今回は負けたわけだが」 「……はい」 「なんで、防御の構えを解いた?」 あのままマントを構え続けていれば、 勝ち目はかなりあったはずだ。 何故、あそこで構えを解いただけでなく、 ふらふらだったのか。 それが大きな謎だった。 「それが……あまりにも熱くて……」 「……うん?」 「あのマントは内側がとても熱いんです」 「その……強力な炎の魔力を帯びているので」 「ということはふらふらだったのは……」 「軽い熱中症です」 「そうだったのか……」 なんだ、それ! あのマント、明らかに設計ミスじゃないかよ! 「すみませんっ! 私の我慢が足りずに!」 ベルフェゴルは申し訳なさそうに深々と頭を下げてくる。 ぬぅ……! こんなに反省している魔将は初めてだ。 しかも、ベルフェゴル自身のミスではない。 悪いのはマントを作ったやつだ。 「頭を上げろ……お前は悪くない」 「ですが……」 「やめろ、お前はよくやった」 「しかし……」 「二度は言わないぞ、ベルフェゴル」 「……はい」 俺の言葉に、ベルフェゴルが どこか悔しそうな表情で、俯く。 「ベルフェゴル。四天王最強の将よ」 「……はい」 「よくやってくれた」 「え……?」 俺の言葉に、ベルフェゴルが きょとんとした顔で瞬きを繰り返す。 「どうした? 俺は何かおかしなことでも言ったか?」 「い、いえ。何もおかしなことは……」 今度は、慌てた様子でベルフェゴルが首を横に振る。 「ただ、その……」 「なんだ、先を言ってみろ」 「……まさか、お褒めの言葉をいただけるとは  思いませんでしたので」 「当然だろう。お前に落ち度などあるわけがない」 さっきも言ったように、悪いのはマントを作ったやつだ。 ベルフェゴルは自分のやるべきことを、 懸命にやっていたに過ぎない。 「お前の頑張りは、俺が認める。  だから、胸を張れ、ベルフェゴル」 「……私は、胸を張っていいのでしょうか?」 「俺がやれと言っている。それでは足りないか?」 「いいえ。そんなことはありませんっ」 そう言うと、俺の言葉通りにベルフェゴルが 真っ直ぐに背を伸ばす。 「私にはもったいないほどのお言葉です」 「ありがとうございます、魔王様」 堂々と胸を張ったまま、ベルフェゴルが 小さな笑みを浮かべる。 肩を落として恐縮する姿よりも、遥かに似合って見えた。 「それでいい」 胸の内側から満足感が湧き上がってきて、 俺もつられるように小さく笑ってしまう。 「お前にはそうした姿がよく似合う」 「綺麗にすら見えるぞ、ベルフェゴル」 「……ひぇっ!?」 俺の言葉に、ベルフェゴルが何故か びっくりしたように両肩を跳ね上げた。 更に言うならば、肩だけではなくて眉まで跳ね上がり、 頬も赤く染まっていた。 「お、おい。急にどうした?」 「え? あ、い、いえ、その……」 ベルフェゴルは、赤くなった頬を擦りながら、 言葉を詰まらせて。 「あ、ありがとう……ございますっ!」 勢いよく深々と頭を下げた。 「お、おう……」 その勢いに押されるように、思わず 数歩後ずさってしまう。 「とりあえず、話は終わりだ。  今はゆっくり休んで、力を蓄えろ」 「はい、分かりましたっ!」 これまた勢いよく頭を上げたベルフェゴルの顔は、 かすかに笑みが浮かんでいて。 ……俺、何か特別なことでも言っただろうか、と。 心の中で思わず首を傾げるのだった。 「いい。俺が許す。お前は悪くない」 責められない……。こいつを責めることなんて、 俺には出来ない……! そもそも、俺の落ち度なのだ……! 「今はゆっくり休んで力を蓄えるんだ。いいな?」 「魔王様……! 寛大な処置、感謝いたします!」 なんというか……真面目なやつほど 報われない世界なのだな、と。 俺は遠い目をするしかなかったのだった。 「やっぱり、魔王のお城って広いですね」 「外から見た感じ、かなり大きかったからな」 「お掃除とか大変そうだよね」 こんにちは、魔王です。 今、俺は勇者たちと一緒にフルーツを食べながら、 自分の城を歩いています。 「何をしているんだろうな、俺は」 客観的に現実を見てみようと、まるで他人事のように 頭の中で語ってみたが、効果は全くなかった。 「その言葉は、かなり今更ですよ」 「分かってるよ……」 リブラの言うように、かなり今更な言葉だった。 思えば、旅の途中、俺は常に問い続けていた気がする。 今、何をしているのだろう、と。 「ジェイさん、どうかしました?」 「さっきから、一人で何か呟いているようだが」 「何か気になることでもあるの?」 ふと気付くと、三人が俺の方を振り返っていた。 「ちなみに、今日の先生の下着はー」 「誰もそんなこと聞いてないだろ!」 「では、他のお二人の下着を気にしていたのですか?」 「横から便乗してくるんじゃねえよ!」 「なっ、わ、私は絶対に教えないからなっ!」 「わ、わたしも、その……今日は、あまり 可愛いのではないので……」 「ほら、こうなるだろ!」 クリスが火種を作って、リブラが煽り、 ヒスイとカレンに飛び火する。 それを一生懸命に火消しというか、 ツッコミをするのはいつも俺一人だ。 本当に……何をやっているのだろう、俺は。 「はあ……大声を出したら喉が渇いた。水をくれ……」 「はい、どうぞ」 クリスが手渡してきた水を飲み、喉を潤す。 まったく……こいつらといたら疲れてしょうがない。 「それで……ジェイさん、何か気に なることでもあったんですか?」 「その……下着以外で……」 まだ、その話引っ張る気かよ! 声に出してツッコミたかったが、疲れるのでやめておく。 こういう時は、真面目な話をしてふざけた話題は 流しておくに限る。 「いや、特にはない。今のところ、 何も起こっていないからな」 「そうだな。確かに何も起こっていないな」 「だから、強いて言うならば、それが気になる」 そう――城に入ってすぐ、ベルフェゴルと遭遇して以来、 全くと言っていいほど何も起こっていない。 魔物たちと出会うことすらなかった。 「何も起きないなんて、おかしいだろ」 「魔物も出てこないっていうのは、おかしいよね」 「何かあったのかも、って外でも思いましたけど……」 「ふーむ。どうしたのだろうな」 城の外でも感じた違和感。 それが、城に入った今も続いている。 まるで、魔物たちが全て出払ってでもいるかのようだ。 「……ん?」 唐突にぴたりとリブラの足が止まる。 「どうした?」 それに合わせるかのように全員の足が止まり、 視線がリブラへと集まる。 皆の注目を浴びながら、リブラがそっと 人差し指を自分の唇へと添える。 静かに。そんな仕草だ。 「えっと……」 戸惑ったようにヒスイが俺を見てくる。 リブラが何をしているのか、俺にも分からずに ヒスイの視線に肩を竦めて返す。 「何かが近付いてきています」 沈黙を守っていたリブラが、そう言葉にした瞬間――。 「なんだっ!?」 明らかな破壊音が、廊下の先から鳴り響く。 い、一体、どうしたんだ? 「い、今の聞こえました?」 「ああ。この先から聞こえてきたようだが」 「どうしよう? 下手に近寄って、何かあったら怖いよ」 聞こえてきた音に、三人が顔を見合わせた。 どうするか、迷っているようだ。 その間にも、破壊音は鳴り続ける。 俺の城で、何が起きている……? 「行ってみよう。何が起きているか、確かめないと!」 城の中で、そして外で――。 何が起きているのか分からない俺は、気が気ではなかった。 三人の返答を待たずに、廊下を駆け出す。 「あっ! 魔法使い、一人で先走るな!」 「わたしたちも行きましょう!」 「ジェイくん一人だと危ないしね」 「師匠がご迷惑をおかけします」 背後から聞こえてくる声に振り向くことも、 足を緩めることもなく、俺は駆け続ける。 「くそ……っ、ただでさえ面倒なことが 起きているというのに……!」 勇者が城の中にいる。厄介ごとはそれ一つで十分だった。 この先で何が起きているのかは分からないが、 放っておいて大事になるのは勘弁願いたい。 少なくとも、何が起きているのか 確認くらいはしておくべきだ。 そう思いながら走り続ける俺の前に現れたのは――。 「ふははははは! こんなものか、 まだまだ暴れたりぬぞ!」 「おらー! 次の魔物出てこーい!」 「な、なにやってんだ、お前らぁぁぁっ!?」 嬉々として暴れ回る、二人組の姿だった。 「お前ら、なんでここに……」 「出たな、魔物!」 「滅びるが良いわっ!!」 「うおおおおおおっ!?」 声をかけようとした瞬間、いきなり斬りかかられた!? 床を蹴り、咄嗟に真横へとダイブすることで、 ギリギリで攻撃を避ける。 あ、危なかった……! 「む? どこぞで見覚えのある魔物だな」 「アクア、アクア。こいつ、あれだぜ。ジェイだぜ」 「なんだ。貴様、ここで何をしている?」 「こっちのセリフだ!!」 飛び起きながら、不思議そうに俺を見る 二人へと抗議の声をあげる。 こいつら……誰か確認せずに攻撃しやがったな! 怖すぎるわ! 破壊魔か! 「人の家……じゃなくて、ここがどこが 知ってるのか、お前ら!」 「知っておるか? グリーン」 「そんなのアタシが知るわけないじゃん」 「知らないで暴れてたのかよっ!」 ていうか、こいつらどこから入ったんだ? 城の正面には四天王たちがいたはずだが。 「グリーンさんにアクアリーフさん?」 「あ、ひさしぶりー」 「二人とも……どうしてここに」 遅れて到着したヒスイたちも、グリーンとアクアリーフの 姿に驚きを隠せないようだった。 一人だけやたらと口調が軽いのだが、 まあクリスならそんなものだろう。 「ふむ。この流れは流石に予期出来ませんでした」 語調自体は相変わらず平坦なものながら、リブラも 二人の登場には少なからず驚きを覚えているようだ。 予期出来なかった、なんて初めて聞いた気がする。 「ほら、アタシたちは意外性に満ちてるし? 予想を裏切ってなんぼだろ」 いや、まあ、確かに今までも、なんでここで会うんだ、 という場面で遭遇してきたが。 流石に魔王城にまでいるとは思わなかった。 「ところで、ここはどこだ? 上陸した途端、 やたらと魔物に絡まれたのだが」 「上陸した途端……? ま、まさか、 外の魔物たちは……」 「片っ端からぶっ飛ばした」 城の周りにやけに魔物が少なかったのは、 こいつらが原因かっ! もしかして、城の中で魔物と出会わなかったのも……? 「おそらく、想像通りかと」 俺の内心の疑問を見抜いたかのようにリブラが頷く。 ああ……やっぱり、そうだよな。 さっきまで思いっきり暴れてたっぽいもんな。 「で、ここはどこだ? 城なのは分かるが」 「ここは、魔王のお城ですよ」 「え? マジで?」 「知らないで来たのか?」 「うむ。世界の歪みを追いかけていたら、 ここに辿り着いた」 「世界の歪み……」 グリーンとアクアリーフの二人がたびたび 口にしてきた世界の歪みという言葉。 それが、ここでも出てきた。 一体、この二人には何が見えているのだろうか。 ……分からない。 というか、何者なんだろう。この二人は。 「そういえば、どこから入ったの? 正面からじゃないよね」 「裏口が開いてた」 「はぁぁぁぁっ!?」 裏口が開いてた!? な、なんだ、それ!? そんなのありか!? 「待て、グリーン。あれは裏口というよりも、勝手口だ」 「あー、台所に繋がってたもんな」 「意外と不用心なんですね……魔王のお城って」 「まあ、勝手口から入られるなんて 想定していなかっただろうしな」 本当だよ。俺もそんな想定なんてしてなかったよ! というか、誰も考えねえよ。 勝手口から侵入されるかも、とか。 「んで、あんたらはやっぱ、あれか? 魔王を倒すために来た感じ?」 「あははっ、それ以外の用では来ないよ」 「だよなー。世間話になんて来ないよな」 「ふむ。貴様らの狙いは魔王の首か」 「ならば、上を目指すが良かろう。こういう場合、 親玉は大抵一番高い所にいるものだ」 「それがお約束だよな」 「お約束、ですか」 何故か、やけに真面目な調子でリブラが呟く。 今の言葉に、何か思うところでもあったのだろうか。 「上の方ですね。分かりましたっ」 「城内の魔物どもは、我らが引きつけて惨殺しておこう」 ざ、惨殺って……。 今のアクアリーフが言うと、冗談に聞こえなくて怖い。 「そ、その、なるべく手柔らかにな」 「なんだ、小童。我に不服を申すか?」 ひぃぃっ! 迂闊なことを言うと、切り刻まれそうだ!? 「そういえば、アクアリーフちゃんって雰囲気 変わったよね。イメチェン?」 今更、そこにつっこむのかよ! 今まで普通に会話してただろ! 「そのようなものだ」 それでいいのかよ! 「まあ、そんなわけであんたらは先に行きなよ」 「はいっ、ありがとうございます!」 「礼なんていいさ。アタシらは 好き勝手やってるだけだし」 ははっ、と軽く笑いながらグリーンは 謙遜するように、片手を振る。 本当に好き勝手やってるよな……俺の城の中で……。 「頑張って魔王を倒してきなよ」 「うむ。我が手助けするのだ。負けたら、 貴様ら皆殺しにするから覚悟しておけよ」 「あははっ。冗談に聞こえないよ、それ」 「ふふ、まったくだな」 クリスとカレンの二人は軽い笑いを漏らしているが、 アクアリーフはきっと本気で言っている気がする。 「おそらく冗談ではないでしょうね、今のは」 「……お前もそう思うか」 やっぱり、そうだよな。 「それでは、行ってきます!」 「おう、ボスキャラは任せたぜ」 「きっちりと息の根を止めてくるのだぞ」 物騒な言葉に背を押されるようにしながら、 俺たちは上階へと向かうことになった。 どうして、こんなことになってしまった。 この旅の中、俺はその言葉を何度胸中で呟いただろうか。 その言葉を呟く時、俺は必ず不運に見舞われていて。 そういった好ましくない偶然が積み重なった末に、 今、俺はここにいる。 偶然も何度も続けば、必然である。 誰が言ったのかは知らないが、 そういった言葉があるらしい。 だとすれば、俺がここまで来たことは 必然ということになり。 あるいは、その必然こそが運命と呼ばれるもの なのかもしれない。 感傷を断ち切るかのように、ドアを開く音が鳴り響き。 「……とうとう、着いたな」 「はい……」 俺は辿り着いてしまった。 この旅の終着点。魔王の玉座の鎮座する間へと。 「ここに、魔王が……」 「うん。それらしい雰囲気だね」 だが、ここで勇者たちを待ち構えるのは、 魔王ではなくて、その側近であるアスモドゥス。 奴ならば、無事に勇者を撃退してくれるだろう。 「クフフフ……よくぞ来た、勇者どもよ」 「この声は……!?」 俺たちの前方、玉座に腰かけた誰かが ゆっくりと立ち上がる。 「あそこに座っていたってことは、もう間違いないね」 「あなたが魔王ですね」 全員の視線を一身に集めながら、誰かが歩み出てくる。 コツコツと靴音を響かせながら、現れたのが 誰かは言うまでもないだろう。 「さよう。我こそが、魔王なり」 …………。 「誰だ、お前ーっ!?」 あ、あれ? ここにはアスモドゥスが いるはず……だよな? だ、誰だ、こいつ!? 「我こそが、魔王なり!」 そういえば、なんだか、聞き覚えがある声だな。 こいつ……もしかして……。 「なあ、リブラ……」 リブラへとチラリと視線を向けながら、 顎で謎の男を指し示す。 それだけで、俺の意図を全て察したらしく、 リブラは小さく頷いて。 「あれが素顔です」 淡々とした声で、そう告げてくる。 って、マジかよっ!? アスモドゥスの素顔ってあんな顔だったのか! というか、仮面脱げたんだな!! 「わたしは勇者ヒスイ。囚われた女神様を 救い出しに来ました」 「クフフフ、無駄なことを。この魔王に 勝てるとでも思ったか?」 「勝ちます。そうですよね、皆さん!」 「当たり前だ。そのために、ここまで来たんだ」 「みんなのハッピーエンドのために頑張るよ」 「わたくしは、いつも通りです」 「…………」 そうかー、あれがアスモドゥスの素顔かー。 そりゃ、美人な奥さんと結婚出来るよなー。 ……別に羨ましくなんてないが。 「ジェイさん!」 「え? お、おう!」 しまった。アスモドゥスの素顔に気を取られていた。 えーっと、こいつらはどんな話をしていたんだ? 「……フッ。俺から言うことは、もうない」 こういう場合はニヒルに笑いながら、 こんなことを言っておけばいいだろう。 きっといいはずさ。 「それがお前たちの選択か。実に愚かしい、クフフフ」 ほっ……どうやら、なんとかなったようだ。 よし、ここからは頭を切り替えよう。ぼんやりと 考え事をしている暇なんてない。 「良かろう。二度とよみがえることのないよう、 はらわたまで食い尽くしてくれるわ!」 「ちなみにアスモドゥス様は菜食主義です」 ぶふっ!? あ、危ない……リブラの呟きに、思わず 吹き出してしまうところだった。 野菜しか食べない主義なくせに、 あんなセリフを言うなんて……。 頑張ってるな、あいつ。 「世界の平和のため……あなたを倒します、魔王!」 「かかってくるが良い!」 『アスモドゥスが いっぴき あらわれた』 えええええええっ!? お、思いっきりアスモドゥスとか表示されてるぞ。 いいのか、あれ!? 「リブラちゃん、相手の特性は分かりますか?」 「詳細は不明です。強力な魔力により阻害されています」 「流石、魔王。一筋縄ではいかないみたいだね」 「問題ないだろう、どのみち出し惜しみ なしの全力勝負だからな!」 あ、そ、そうか。こいつらには見えないのか。 だったら、大丈夫だな。 しかし、本当になんだろうな、この表示は。 アスモドゥスの変装だと、見抜いているし……。 うーむ、謎だ。 「その通りです。皆さん、全力でいきましょう!」 『さくせんが ぜんいんがんばる に へんこうされました』 「それじゃ、先手必勝。“駿馬の息吹”」 『クリスは じゅもんを となえた』 『ヒスイたちの すばやさが あがった』 おお、体が軽い。 クリスはまずは堅実に補助を重ねるつもりらしいな。 「クフフフ。甘いっ!」 『アスモドゥスは らいめいを よびだした』 「くっ、速い!?」 『いかずちが カレンを おそう』 『カレンに こげこげな ダメージ』 「そして、次は魔法使いだ!」 ほう、カレンに続いて俺を狙うか。 俺だけ攻撃しない、なんてやられたら 流石にヒスイたちに怪しまれる。 そうならないために、あえて俺に攻撃するか。 ナイス判断だ、流石はアスモドゥス。 『アスモドゥスの ついげき』 『ジェイのあたまを こつんとたたいた』 「お前っ!?」 なんで、カレンには雷を落としておいて、 俺にはゲンコツ程度なんだよ! 露骨に手を抜きすぎだ! 怪しまれるだろ! 「ジェイさんが怒ってる……」 「挑発して、冷静な判断をさせないつもりだね」 「くっ、なんて恐ろしい攻撃だ。魔王め!」 ええええええ!? 全然怪しまれてない!? …………。 よし、ナイスだ! アスモドゥス! 「こうなったら、私たちがやるしかない!」 「はい! いきますっ!」 『ヒスイとカレンの れんぞくこうげき』 「くふうっ!!」 『アスモドゥスに そこそこの ダメージ』 「効いています!」 「よし、このまま押し切る!」 ……む。ヒスイたちの攻撃が通用しているようだ。 アスモドゥスはあくまで参謀だ。 俺の記憶が正しければ、親父殿の供として前線に 立ったことは数えるくらいしかないはずだ。 「じゃあ、ガンガンいっちゃお! “断罪の剣撃”!」 『クリスは じゅもんをとなえた』 『ヒスイたちの こうげきりょくが あがった』 だが、それでもアスモドゥスは 四天王の上に位置する存在。 全く戦闘が出来ないものが、魔王軍の中で 上位にいるわけがない。 「クフフフ。あえて言わせてもらおう。 当たらなければ、どうということはない、と」 『アスモドゥスは じゅもんをとなえた』 『なんと てきのすがたが むすうに あらわれた』 「ま、魔王が増えました!?」 「リブラちゃん、説明よろしく」 「はい。幻術でたくさんの分身を生み出したようです」 「なんて厄介な!」 そう。アスモドゥスは、幻術の達人だ。 「さあ、どうする? 勇者どもよ!」 戦闘とは、何も正面切って戦うだけではない。 このような搦め手に長けた者も強者と呼ぶのであれば、 アスモドゥスこそが魔王軍最強と言えるだろう。 「構うものか。幻ごと斬ればいいだけだっ!」 『カレンの こうげき』 「甘い……」 『ミス! カレンは ぶんしんを こうげきした』 「くっ!?」 「だったら、魔法で! 薙ぎ払え、勇者サンダー!」 『ヒスイは じゅもんを となえた』 「甘い、甘い、甘いっ!」 『いかづちが こうはんいに ひろがる』 『ミス! すべて ぶんしんだった』 「そ、そんな……」 「そして、食らうが良い!」 『アスモドゥスは とっぷうをまきおこした』 「き、きゃあっ!?」 『ヒスイに けっこうな ダメージ』 「クフフフ。勇者よ、お前の魔力では分身の全てを 一度に薙ぎ払うことなど無理だ」 いくら、勇者であるヒスイが魔法を使えるとはいえ、 本職ほどではない。 アスモドゥスの指摘通り、分身の全てを 打ち消すのは無理だろう。 「確かに……わたしの魔力では、無理かもしれません。 でも、ジェイさんなら!」 ……え? 「そうだな。こっちには、心強い味方がいる!」 ……え? え? 「一発やっちゃって、ジェイくん!」 えええええっ!? た、たしかに、俺なら一気に全部を攻撃する くらいなら可能だが……。 「ほう。面白い、やってみるがいい」 ちょ、お前! なんで、煽るんだよ! 俺が何かしないといけなくなるだろ! 「ジェイさん、お願いします!」 「お、おう。任せろ」 く、くそ……こうなったら、やるしかないな。 さて、どの呪文を使うべきか。 『どうする?』 「“月を飲み込み、星を蝕み、太陽さえも覆い隠せ”」 ここは、派手に凄い魔法を一発打っておこう。 いくらなんでも、本物に当たったりはしないだろうし。 これで駄目ならヒスイたちも諦めたりするかもしれない。 「“全てはただ無へと還るのみ” ダークネス・ゼロ!」 『ジェイは じゅもんをとなえた』 俺の手から生み出された漆黒の光球が、 分身を薙ぎ払いながら一直線に走る。 さっきのヒスイの呪文より、更に有効範囲は狭い。 これなら、当たったりはしないな。うん。 『アスモドゥスに じんだいな ダメージ』 「ぐああああああっ!!」 …………。 「……え?」 うわぁぁぁっ、しまったぁぁぁぁ!! 当てるつもりなんて、これっぽっちもなかったのに、 綺麗に直撃させてしまったっ!! 「すごいっ! あれだけの分身の中から、 本物に当てるなんて!」 「しかも、ピンポイントに命中させるとは……見事だ」 「流石ジェイくん、頼れるねっ!」 『ぶんしんが すべて きえさった』 しかも、大きなダメージを与えてしまった影響 だろうか、分身が全部消えてしまう。 と、取り返しの付かないことをしてしまった! どうしよう!! 「“静かなる闇の帳” スリーピング・オブシダン!」 ヒスイたちに請われるままに、分身を 一掃するための呪文を唱える。 『ジェイは じゅもんを となえた』 室内の全てを影が飲み込み、一瞬だけ視界を 黒く染め上げて、ダメージを与える。 広範囲を攻撃出来る代わりに威力はかなり低い。 アスモドゥスにとっては、痛手にはならないだろう。 『アスモドゥスに ちくっとした ダメージ』 『ぶんしんが すべて きえさった』 例え、これで分身が消えたとしても また呼び出せばいいだけだ。 「クフフフ。この程度で、我が術は破れぬぞ!」 『アスモドゥスは ぶんしんを よびだした』 「更に追撃だ!」 『アスモドゥスは しゃくねつのほのおを はきだした』 「くうっ!」 「ちぃっ!」 『ヒスイとカレンに おおやけどな ダメージ』 俺が一掃したところで、新たに分身を生み出し、 その中に隠れながら追撃を行う。 アスモドゥスの優位は揺るがない。 「ヒスイちゃん、カレンちゃん、大丈夫?」 「は、はい、なんとか……」 「だが、このままでは……」 このまま、戦闘を続けたら……って、似たようなことを 最近考えた気がするぞ……。 「……うん、厳しいかもね。でも、もう大丈夫。 心配いらないよ」 「先生は、弱点に気付いちゃったから」 ……え? 「じゃ、弱点だと!」 「本当ですか!?」 「うん。先生に任せて」 クリスのやつ、急に何を言い出すんだ……? 「馬鹿馬鹿しい。弱点など、あるわけがない!」 俺の心中を代弁するかのように、 アスモドゥスが強く言い切る。 ……何故だろう、途端に嫌な予感がしてきた。 「ああやって言い切ることを、失敗フラグと呼びます」 「……何故、俺を見ながら言う」 「特に他意はありません」 明らかに他意が感じられたのだが…… まあ、それはどうでもいい。さておこう。 今はクリスが何をするのか、注視しておかねば。 「分身はあくまで分身。それが実体を持つことはない。 だったら……」 「“蒼天の篝火”」 『クリスは じゅもんをとなえた』 『あたりが あかるく てらしだされる』 クリスが両手を掲げると、その手の中に 明るい光が生まれる。 目を焼き付けるほどでなく、照明の代わりと なる程度の輝きが室内を照らす。 攻撃のための呪文ではないようだが……。 「その程度で、我が分身が破れるとでも?」 「ううん、破れないよ。でも、見破ることは出来る」 「ヒントになったのは、さっきのジェイくんの呪文。 影で全てを包む。その反対をやればいいんだよ」 ……あ、そうか。クリスの狙いは――。 室内を明るく照らす。たった、それだけだ! 「分身には、影は生まれない!」 「ヒスイちゃん、カレンちゃん!」 「しまった!」 アスモドゥスと同じ言葉を俺が内心で叫んだ時には、 ヒスイとカレンの二人が動き出していた。 「本体はそこですねっ」 「逃がさん!」 『ヒスイとカレンの こうげき』 「ぐわぁっ!!」 『アスモドゥスに ただいなる ダメージ』 ヒスイとカレンの剣をその身に受けた瞬間、 アスモドゥスの呼び出していた分身が全て消失する。 「強力な攻撃を受けると、分身の維持が 不能になるようですね」 あくまでも無感情なままに。 リブラが淡々と状況を口に出して、確認する。 「ぐ、ぐう……だが、まだ……」 『アスモドゥスは ぶんしんを うみだした』 「“拒絶されし懺悔”」 『なんと まりょくが うちけされた』 「な、なんだと!?」 「残念。一度だけなら無効化出来るんだっ」 「なるほど。魔力の無効化ですか」 しまった! クリスには、この能力があった! 表で魔将たちを倒した後で休憩も挟んでいたし、 消耗は回復していたのか! 「というわけで、二人ともお願いねっ」 「ああ、任せろ!」 「神すらも魔王ですらも、斬ってみせる!」 『カレンの こうげき』 「ぐうぅっ!?」 『アスモドゥスに とんでもない ダメージ』 「ヒスイッ!」 「はいっ! これで終わりです!」 「スーパー、サンダー、ソードッ!」 『ヒスイの ひっさつ!』 「お、おのれぇぇぇっ!!」 『アスモドゥスに だめおしの ダメージ』 『アスモドゥスを やっつけた』 「はぁ……はぁ……」 まるで、それが世界の必然であったかのように。 激闘の末、俺の目の前でアスモドゥスが倒されてしまった。 「勝った……のか?」 「みたいだね……」 今、起きたことが信じられないのは、 この場にいる全員が同じだった。 「やはり……」 いや、たった一人だけ、この結果を 当然のように受け止めている。 まるで、これが世界の必然であるかのように。 リブラは顔色一つ変えていない。 「…………」 駄目だ、呆けるな。考えろ。 目の前のことを受け入れて、どうすればいいか考えろ。 「わたしたち、ついに魔王を……!」 幸い、ヒスイたちはアスモドゥスのことを 魔王だと思い込んだままだ。 これを何かに利用出来ないか? 例えば、このまま何食わぬ顔でこいつらと 一緒に城の外に出るとか。 あるいは、気を抜いた瞬間に、不意打ちをするとか……。 ヒスイたちの油断に付け込んで 何か出来るはずだ。考えろ。 「ぐ……も、申し訳ありません……魔王様」 「……あ」 しかし、世界はやはり俺に優しくないようだった。 アスモドゥスの口から、搾り出すように 謝罪の言葉が紡がれる。 「魔王……様……?」 「ど、どういうことだ」 「この人は魔王じゃないってこと、だね」 三人は戸惑ったような顔を互いに見合わせている。 ま、まだだ。まだ、魔王が他に 存在することが分かっただけだ。 俺が魔王だとバレたわけではない。 ならば……。 「後は……頼みました……ジェイ、様……がくり」 ……あ。丁寧に名前まで言い残した。 もう……駄目だ……。 「え……? い、今、ジェイ様……って……」 「どういうことだ……?」 「ジェイくん……」 ヒスイとカレンの二人はさらに戸惑いを深めながら。 そして、クリスは何故か静かに俺の名を呟きながら。 三人の視線が、俺に集まる。 言い逃れとか……出来ないよな、もう……。 こうなれば、仕方がない……。 「はあ……」 胸の中に溜まった重苦しく澱んだような空気を大きく 吐き出しながら、三人へと背を向けて玉座へと歩き出す。 覚悟を決めよう。 例えこの場を誤魔化したところで、女王エルエルから 神託を授かれば全ては露見してしまう。 だったら、ここで決着をつける。 勇者たちが消耗している今が、大きなチャンスだ。 「ジ、ジェイさん……何か言ってくださいっ!」 懇願するようなヒスイの声を背に聞きながら、 玉座の前で足を止める。 本来、俺がいるべき場所へとようやく戻ってきた。 「どうした……なんで何も言わないんだ、魔法使い!」 戸惑うカレンの声を耳にしながら、ゆっくりと振り返る。 勇者一行の三人と相対する。 ここが、本来、俺が立つべき位置。 「ジェイくん」 まっすぐで静かなクリスの視線と声を、全身で受け止める。 とてもではないが明るい気になれない。 騒ぐ気にもなれない。 黙ったまま、勇者一行を冷たく見渡す。 それが、本来、俺が取るべき態度。 「ジェイ、か。それは仮初の名前だ」 「我が名はジェイド――」 付き従うように歩いてくるリブラの姿を横目で見やる。 胸の中に溜まっている空気のように、 重く響くような声で勇者たちに答える。 本来、俺が名乗るべき名を。 「魔王、ジェイドだ」 もう引き返すことは出来ない。 俺の、俺たちの旅は。 ここで終わる。 「魔王、ジェイドだ」 俺の――いや、余の名乗りの声が、部屋の中に響き渡る。 実際に大きな声を出したわけではない。 それでも、余の声が室内に響いたのは、 あまりにも静かだったからだ。 まるで、呼吸することすら忘れたかのように、 ヒスイたち三人は固まったまま動かない。 「マユ。いるのだろう?」 動けずにいる三人から視線を外しながら指を鳴らす。 「はい、ここに」 余の声に応じて、玉座の影の中から、 浮かび上がるようにマユの姿が現れる。 場の重苦しい空気に似つかわしく、 マユは深々と頭を垂れていた。 「どうした。随分と殊勝なようだが」 「魔王様の御前ですので」 頭を垂れたまま、マユが真面目な声色で返す。 「これまでの不遜な行いは、全て 魔王様の御身を隠すがためです」 「どうか、ご容赦ください」 「お前がそんな態度を取ると、気味が悪いな」 「申し訳ありません」 少し拍子抜けするような気もしたが……。 本来であれば、これが正しい態度なのだ。 魔王である余の前に、全ての者がひれ伏す。 それこそが、本当の姿である。 「魔王様……って」 俺とマユの会話の合間、呆然と呟きをこぼす ヒスイへと視線を移す。 信じられない、とでも言いたげに口元を 小さくわななかせていた。 その哀れな姿から、そっと目を逸らす。 「マユ、アスモドゥスを連れて下がれ」 視線をマユへと戻しながら、低い声で告げる。 戦闘に移る前、今のうちにこれだけは 命じておかなければいけない。 「魔王様の戦いに巻き込まれない場所に、ですね」 「ああ。奴には、これからも働いてもらわねばならん」 「ここで命を落とされても困る」 「承知いたしました」 マユはその場にしゃがみ込むと、己の影へと手を添える。 「マユ・アンリの名において、無事にお運びいたします」 マユの魔力が竜の影となり、アスモドゥスへと伸びる。 倒れ伏すアスモドゥスの影と、竜の影が 重なり、一つに混じりあい――。 アスモドゥスの体が影の中に沈み込んでいく。 「それでは、魔王様……」 「ああ、ご苦労だった。下がっておけ」 アスモドゥスさながらに、恭しく礼を向けながら、 マユの体が影の中へと沈み込んでいく。 「どうか、ご武運を」 その言葉を最後に、マユの姿は影の中へと消え――。 この場に存在するのは、たった五名だけとなる。 「お前……本当に……」 やはり、信じられないものを見るかのように、 目を大きく見開いたカレンが肩を震わせる。 本当に、なんだというのだろう? 不明瞭な問いだ。答えるまでもない。 「リブラ、余の装備の封印を解け」 「了解しました」 「“〈狭間の宝物庫〉《アンダーアーカイブ》”へとアクセスします」 リブラの片目が輝き、中空に魔法陣が形成されていく。 「やっぱり、リブラちゃんはそっち側なんだね……」 現状を確認するかのように、クリスが小さく呟く。 まずは状況を把握する方向に頭を動かすか。 まったく動揺していないわけではないだろうが、 それを露骨に表には出さない。 流石と言うべきか。 「リブラちゃん、あなたは一体……?」 下らない問いであるが、当然の疑問ではある。 集中するリブラに代わり、余が直々に答えてやるとしよう。 「こいつは魔族ではない。ましてや、人でもない。 こいつは、魔道具」 「余が封印を解き、所有物とした…… 意思と人の姿を持つ、伝説の魔道書」 「な、なんだと……っ」 「ジェイくんの弟子っていうのは、ちょっと違和感が あったけど……そういうことだったんだね」 状況が飲み込めずに戸惑うカレンと、 一人納得したように頷くクリス。 実に、この二人らしい反応だ。 そして、ヒスイは――。 「ジェイさんが魔王で……リブラちゃんが魔道書……」 狼狽していた。 人々から信頼を寄せられ、それに 応えるために旅を続けていた勇者。 自らが誰かに信頼を寄せ、それを裏切られた 経験なんてあるはずもないだろう。 だからこそ、狼狽している。哀れなほどに。 「……そんなものか」 余を倒すと言われた勇者は―― 余が恐れた勇者とは、こんなものか。 何故か失望に近い感情を胸に覚えながら、 小さく吐き捨てるように呟く。 「魔王の装具……“〈解放〉《リリース》”します」 リブラの準備は終わったらしい。 胸の中にある感情を切り捨てるように、 ゆっくりと息を吐き出しておく。 「やれ」 「“〈解放〉《リリース》”」 陣より溢れた光が、余の身を飲み込む。 目を焼くような輝きの中、親父殿より引き継がれし 大いなる力を全身で感じる。 久しぶりに身に纏う――。 「ふむ。この力……久しいな」 ――先代から受け継ぎし、魔王の証。 「ようやく、全力が出せる」 今まで抑え込んでいた力の使い方を確かめるように、 魔力をゆっくりと解放する。 装備によって増幅された魔力が渦巻き、 空中にて像を結ぶ。 禍々しき竜の姿が、明確に可視化される。 「こ、この力……そんな、まさか……」 「魔族と同じ……力……」 「ううん……これは、もっと強い」 勇者どもの顔が、驚愕の色に彩られる。 言葉ではなく、目で、そして肌で感じたからだろう。 魔王の力を。そして、余が魔王であるという はっきりとした証を。 「そんな……まさか、本当に……」 目の前に突き付けられた残酷な現実に、 ヒスイの声が震える。 それでも、懸命に言葉を紡ぎ続ける。 「あなたが……魔王……?」 「く……くくくっ」 ようやく、余に問いを向けてきた。 あれだけ余が魔王であることを 示したにも関わらず。 まるで、余自身がそうであると告げるまで、 信じないとでも言うかのように。 「何がおかしいっ! 答えろっ!」 そして、勇者がそうだということは…… その仲間たちもそうである、ということだ。 理解はしているはずだというのに、 心の中ではまだどこかで望んでいるのだろう。 本当は余が魔王ではない、という都合のいい展開を。 「……ああ、そうだ。余こそが、魔王だ」 ならば、その願望。正面から叩き潰してくれよう。 勇者の心を折ってやる。 「そんな……どうして……」 「二人とも落ち着いて。取り乱しちゃ駄目だよ」 「冷静でいられるわけないだろ!」 おそらく、クリスは分かっている。 余がわざわざ言葉で肯定してみせる理由を。 「どうして……あなたが……」 揺れ動く心をそのまま吐露するかのように、 ヒスイが漏らしたのは曖昧な言葉だ。 何を尋ねたいのだろう。 どうして、あなたが魔王なのか? 今更、そんなことは聞くまでもないだろう。 余は生まれながらに魔王を受け継ぐ 存在であった。ただ、それだけだ。 「フッ……どうして、だと?」 どうして、あなたが勇者の仲間に? ヒスイが聞きたいとすれば、おそらくそれだろう。 「そんなの……俺が聞きたいわーっ!!」 問いに対して、素に近い言葉で返答する。 魔王ジェイドとしても、魔法使いジェイとしても、 それが正直な答えだった。 「……えっ?」 余の言葉に驚いたかのように、ヒスイが目を丸くする。 どうしてこんなことになったのだろう。 神ならぬ魔王の身では、答えは出せない。 「さて……もう、いいだろう。いくら言葉を 交わしたところで、何も変わらない」 「余は貴様らを倒す。貴様らは余を倒す。 お互いになすべきことは、それだけだ」 実像を持った余の魔力が、勇者たちを睨み付ける。 牙を剥き、獲物へと食らいつくがごとく、 鎌首を持ち上げる。 「さらばだ、勇者とその仲間たちよ――」 「貴様らの命、貰い受けるっ!」 「ジェイさん……っ!?」 『ゆうしゃが いっぴき せんしが いっぴき しんかんが いっぴき あらわれた』 この期に及んで、この文字はまだ見えるらしい。 今までは付き合ってやったが、今となっては こいつに付き合ってやる義理はない。 「邪魔だ、消えろッ!」 余の一喝によって、今まで表示されていた 文字の全てが消え去る。 魔王の力を取り戻した余の力は、今や 世界の在り方すらも左右させる。 何者も比肩することのなき高みに位置する存在。 それこそが、魔王であるという証。 「リブラ、“〈二重詠唱補助〉《デュエルスペルサポート》”だ」 「了解しました。“〈補助行動〉《サポートリンク》”を開始」 「ただいまより、詠唱を代替します」 リブラに呪文の詠唱を補佐させておく。 これで、余は自由に行動することが出来る。 詠唱にのみかまけて、何も出来ないなどという愚行を 犯すことなど、余がするわけがない。 「最大級の呪文を用いる。詠唱を始めよ」 用いるのは、親父殿から教えてもらった最大級の呪文。 『世界を超える』ための呪文。 世界を、運命を乗り越えるために、 今ここで、力を貸してくれ――親父殿。 「承知いたしました」 ここで勇者たちを倒したところで、女神の加護によって よみがえるのは分かっている。 つまり、ここで勇者たちには圧倒的な敗北感を 刻み込まなければいけない。 「“深淵たる狭間にて、深く眠りし一の竜――”」 そのためには、力を見せつけなければならない。 二度と余の前に立つ気など起きぬくらいの、絶望的な力を。 魔将を用いて、あるいはアスモドゥスを用いて。 勇者たちにもたらそうとした敗北。 それを、余自らの手でもたらす。 親父殿が教えてくれた、力で! 「わ、わたしは……どうしたら……」 「くっ、魔法使い……!」 なんだ。こいつらは、まだ動けないでいるのか。 余が自らの正体を現した。 たったそれだけのことで、動けないでいるのか。 「……つまらんな」 詠唱も何もなく、ただ手を横へと振う。 それだけで、圧縮された闇の波動を打ち出す。 「あぶないっ! “清流の祝福”」 闇の波動がヒスイたちを打つより早く、 光のカーテンが立ちはだかる。 「せ、先生……」 「すまないっ」 「フン、やっぱりお前だけか。クリス」 だろうと思っていた。 俺の正体を知ってもなお、動揺を 表に出さなかったのはクリスだけだ。 まあ、旅の中でもこいつが動揺 したところは見たことがない。 この状況で動けるのは、こいつだけだろう。 「全然ショックは受けていないって 言ったら、嘘になるけど……」 「ジェイくんがちゃんと魔王をやってくれてるんなら、 先生もちゃんと先生をやらないとね」 その言葉が何を意味するのか、深部までは理解出来ない。 だが、こいつはこいつなりに自分の役割を こなそうとしていることは分かる。 女神によって与えられた、勇者の仲間という役割を まっとうしようというのだろう。 「“彼の者、闇よりも濃く血よりも鮮やかな、 二の翼を持ち――”」 余がちゃんと魔王をやっている? それでは、まるで余が魔王という役割を こなしているだけのようではないか。 くだらない考えだ。 だが、その考えのせいでクリスは戦えると いうのなら……厄介な存在でしかない。 「“静寂すら映し出さぬ無限の漆黒よ” ――全てを穿て!」 「うくっ!?」 詠唱を加えることによって威力を増した闇は、 光を貫きクリスの胸を貫く。 「先生ッ! ライト・ヒール!」 ヒスイが咄嗟に、癒しの呪文を唱える。 だが、ヒスイの魔力では全快には至らない。 応急処置が精々だろう。 「驚いた。あれくらいの攻撃で、 死んでしまったのかと思ったぞ」 味方として見た時は、頼りになったクリスの補助も、 余が少し力を出せばあっけなく貫ける。 こんなにも、脆いものだったのか? 「魔法使い……いや、魔王……貴様ッ!」 激高したカレンが、剣を振り上げながら 正面から突っ込んでくる。 最短を最速で駆け、最高の力で剣が迫る。 「“彼の者は三の死を経て、深きへ至り――”」 リブラの詠唱の声を、剣閃による風切り音がかき消す。 幾多の敵を切り裂いてきたカレンの剣が――。 「なんだ、それは?」 具現化した余の魔力によって、あっさりと止まる。 衝突の衝撃も音もなく、閃いた剣は空中で ただ静かに停止する。 こいつの剣は……こんなに鈍いのか。 「な……に……!?」 「そんなものか」 驚きに固まるカレンの体へとそっと手を触れさせる。 少し力を込めて掌から、魔力を放つ。 圧縮させずに拡散させただけの闇色の衝撃が、 カレンの体を木の葉のように吹き飛ばす。 「が……はっ……」 飾り付けられた鎧に、強かに全身を打ちつけ、 カレンはそのまま床に倒れ込む。 どうやら、まだ息はあるようだが、 しばらくの間は行動不能となるだろう。 「呆気ない。あまりにも、呆気なさすぎるぞ」 おかしい。こんな連中に、四天王も、 アスモドゥスも敗れたというのか。 こんな……歯ごたえのない連中に。 「カ、カレンさん……」 これで残ったのは、勇者ただ一人。 その勇者は剣を取ることもなく、 クリスの傍らに座り込んだままだ。 「……後はお前だけだ、ヒスイ」 「ジェイ……さん」 威圧するように、高く足音を立てながら、 ヒスイの元へと歩み寄る。 見下ろす俺の視線と、見上げるヒスイの視線。 その二つが、交差する。 「ジェイさん……わ、わたしは……」 「……チッ」 まるで、迷い子のような目をするヒスイに、 思わず舌を打ち鳴らす。 カッと、頭の中に熱がしみ込んでいく感覚と ともに、苛立ちを覚える。 どうして、こいつは立たない。 どうして、こいつは何もしない。 「ふざけるな……」 苛立ちに突き動かされるままに、 ヒスイの白く細い喉へと手を伸ばす。 「ひっ……うぅ……」 ヒスイの唇から漏れる、か細く苦しげな息など 気にせず、喉へと指先を食いこませる。 窒息しない程度に力を込めながら、 ゆっくりと腕を持ち上げる。 俺の思惑通りに、苦しみから少しでも逃れようと腕の 動きに合わせてヒスイが次第に立ち上がって行く。 「ふざけるなよ……」 こんなやつが勇者だと……? こんなやつが俺を倒すだと……? 「ふざけるなっ!」 頭の中を締めつくした苛立ちが、言葉となって爆発する。 激情に駆られるままに、ヒスイの体を突き飛ばす。 「きゃぁっ!」 小娘のような悲鳴を上げながら、床に 倒れ込んだヒスイを再び見下ろす。 何に怒っているのか自分でも理解出来ないままに、 感情に身を任せる。 「立ち上がれ、剣を取れ、抗ってみせろ!」 「お前は世界を救うんだろ! 平和をもたらすんだろ!」 「“四つの世界、全てを憎み、嘲り笑う――”」 リブラの詠唱が、背後で淡々と流れて行く。 激情に駆られたままの『俺』の耳に留まることはなく、 通り過ぎて、消える。 「いつもみたいに、任せてくださいって言ってみろ!」 「お前は勇者なんだろ、ヒスイッ!」 仇敵であるはずの魔王を目の前にしながら、 何も出来ないままでいる。 そんな勇者に、何故か愚弄された気持ちになってしまう。 「わ、わたしは……ジェイさんとは……」 「戦えッ!!」 俺の怒声に驚いたように、ヒスイの体が小さく揺れる。 大きく見開かれた目が、俺をまっすぐに見上げた。 「俺はお前たちを倒し、世界を破壊する」 「この世界を、闇と混沌へと叩き込み、 破壊しつくしてやる!」 それこそが、魔王としてあるべき姿。 魔王がなすべき所業。 「この世界を壊す……」 俺を見上げたまま、ヒスイが呆然と呟く。 「本気……ですか? この、綺麗で、輝いている世界を 壊すなんて……本気で言っているんですか?」 「当たり前だ」 ヒスイの問いを一蹴する。 「ジェイさんは……旅の途中で、何も 感じなかったと言うんですか……?」 「世界の美しさも……輝きも……何も……」 「そんなもの、俺が感じるわけないだろう」 この世界が美しい世界とは思えない。 この世界は歪んでいて、奇妙で、そして優しくない。 それが旅を経て、俺が感じたことだ。 「そう……ですか……」 ヒスイが顔を俯かせながら、ゆっくりと立ち上がる。 「答えろ、ヒスイ……」 『問いかけに、はいかいいえか 即座に答えを出すこと』――。 それが勇者の特性である。 だから、俺が間違えていた。 最初から、こう問いかけておくべきだったのだ。 「お前は、世界を救うのか?」 「……はい」 ヒスイが顔を上げながら、しっかりと答える。 強い意志の宿った眼差しが、まっすぐに俺を見据える。 ようやく出会えた。俺の知る、勇者の姿に。 何故だろう。少し、溜飲が下がったのは。 「わたしは、この世界を救います。 みんなに、笑顔を届けるために」 それは、こいつらが自分自身で決めた、 戦うための新しい理由。 「世界が壊れてしまったら……みんなを 笑顔にすることは出来ません」 「だって……みんなが、泣いてしまいますから」 ヒスイの手の中で、白刃がきらめき、 その切っ先が俺へと動く。 「あなたが世界を壊すというのなら……」 「わたしはあなたを倒します。魔王!」 ヒスイが、ようやく剣を抜き――。 魔王と勇者が、初めて相対した。 「“己さえ蝕む、五種の毒に身を浸し――”」 リブラの詠唱が開幕の合図であるかのように、 ヒスイが床を蹴る。 聖剣の加護を得て、雷光をまとう剣が 淡く輝きながら走る。 「かかってこい、勇者よ!」 閃く白刃を、圧縮した魔力で出来た闇の刃で迎え撃つ。 まったく相反する性質を持つ二つの力が、 互いを弾き合って相殺する。 「てぇぇいっ!」 答えを出し、迷いを断ち切った勇者の剣筋は、 一度打ち込むたびにその鋭さを増していく。 これまでに見せてきた驚異的な成長力が、ここに 来て爆発的な伸びを見せるかのようだ。 まるで底が見えない伸び白。 それこそが、世界に――女神に愛されし者の証。 「だが、まだ足りないッ!」 成長力では遠く及ばないとしても、 元来持ち得る地力が違いすぎる。 生まれながらに魔王を引き継ぐ宿命にあった俺と、 スリーミーに負けていたヒスイ。 スタートラインがあまりにも遠すぎる。 そして、成長によってその差を埋めるには、 旅の時間は短い。 「くぅ……!」 ヒスイの方が、徐々に俺の魔力を相殺出来ずに、 押し込まれ始める。 俺の魔力を殺しきれずに、剣が跳ね上がる。 「“六つの目にて、世界を睥睨せん――”」 もらった。 「くらえ、勇者!」 叫びと同時に、俺とヒスイの間の空間が、 ぐにゃりと歪み――。 「しまった……っ」 闇色をした漆黒の爆発が、ヒスイの体を弾き飛ばす。 ヒスイの細い体が宙を舞い――その背から、 床へと叩きつけられる。 「俺の勝ち……」 いや、まだだ。 ここで勝ったと浮かれるわけにはいかない。 油断や慢心によって敗北を喫する姿を、 俺は何度も見てきた。 「“鈍く尖りし、七つの牙をくねらせ――”」 リブラの詠唱が終わるまで、気を抜くわけにはいかない。 「……ふう」 先ほどまで続いていたヒスイとの打ち合いによって、 魔力もそれなりに消耗してしまった。 無意味とも思える攻防の果てに俺が感じていたのは、 ある種の空しさのようなものだった。 これで全てが終わる。 そんな空虚さ。 旅の最中で数度感じた想いが、何故か このタイミングでよみがえってくる。 「……何故だ」 馬鹿馬鹿しい。下らない。 そう吐き捨てるのは簡単だが、何故か俺には出来なかった。 わざわざ勇者を奮い立たせ、正面より戦う。 そんな愚行を衝動的に行った直後だからか。 それとも……。 「俺は……何を考えている……」 ただ純粋に、惜しんでいるとでもいうのか。 失ってしまい、もう二度と戻らない何かを。 思い返せば、ヒスイたちに勝利する ことなど、容易いことだった。 ある程度の信頼を勝ち得たところで俺の正体を明かし、 その動揺に付け込めばいいだけだ。 クリスとカレンを一蹴した時の俺のように。 「だが……」 だが、俺はそれをしなかった。 どうしてだ――。 「今、だよ……カレンちゃん!」 「うわぁぁぁっ!!」 突如湧き上がった二つの声に、 ビクリと肩を揺らしてしまう。 いつの間にか倒れていたはずの二人が、起き上がっていた。 油断するなと思ったばかりだというのに……迂闊な。 「チィッ!」 気付いた時には、既にカレンが眼前へと迫っていた。 先ほどよりも、速く、鋭く。力強く、 一歩を踏み込んでくる。 「神すらも、魔王ですらも――!」 「切り捨ててみせろ!」 カレンの一撃を、先ほどと同じように 可視化した魔力で受け止め――。 「大丈夫。先生が、背中を押してあげるからっ」 ――きれない。 技術などまるで無視したかのような、大振りで 本能的な斬撃が、俺の魔力を大きく削り……。 一瞬だけ、竜の像に乱れが生じる。 「カレン、クリスッ! 貴様らッ!」 迂闊だった。 さっき、あっさりと倒せたのは各個に撃破が出来たからだ。 俺は知っていたはずだ。誰よりも知っていたはずだ。 こいつらの強さは、単独の強さではないと。 力を合わせる。それこそが、魔物にはない、 人のみが持ち得る強さ。 一緒に旅をした俺は、誰よりも知っていたはずなのに! 「“彼の者が重ねしは、八つの大罪――”」 もう少し、あともう少しで、リブラの詠唱が完了する。 それが終わった時が、俺の勝利の時だ。 かろうじて立っているに過ぎない二人を薙ぎ払うべく、 右手に魔力を集わせる。 「勇者サンダー!」 視界を白く染める稲光が走り、集わせていた魔力が バチリと霧散する。 ああ――そうだよな。 仲間の二人が立ったのだから…… ここで、勇者が立たないわけがない。 「どこまでも抗うか……貴様らッ!」 「当然っ」 「諦めるわけには……いかないからなっ!」 俺に休む暇を与えないとばかりに、カレンの剣が振う。 呼吸をすることすら忘れたかのような、人の体の 動きを超えて行われる、無数の斬撃。 その一つ一つが、鋭く、重い。 こんな無茶を可能としているのが……。 「……もう少しだけ、頑張ってっ」 クリスの呪文による援護。 「少しだけ? 冗談を言うな」 「神すらも、限界すらも、振り切ってみせるさっ!」 文字通り、息をも吐かせぬ攻撃に、 俺が攻勢へと転じる隙間がない。 魔力の大半を防御へと割かされて、 そのたびに削り取られていく。 「そんなものに……付き合っていられるかッ!」 仕方ない。一撃、大きなダメージを貰うことを 覚悟して攻勢に出る。 カレンの剣が直撃するタイミングを狙い――。 「どけぇっ!!」 魔力を破裂させようとした瞬間――。 「今だっ!」 唐突に、カレンが横へと飛んだ。 その時、俺の目に映ったのは――。 カレンの姿をブラインドとして、 俺へと迫ってきていたヒスイの姿。 「いきますっ!」 ヒスイの両腕を伝い、剣へと電撃が走る。 雷の魔力を帯びた剣が、稲妻の刃に姿を変える。 「だが――」 何の問題もない。カレンへと向けて放とうと していた魔力をヒスイへと矛先を変える。 それだけで済む。 ――はずだった。 「いきます、ジェイさんッ!」 「……ッ」 俺が息を飲んでしまったのは、この期に及んで 俺のことをジェイと呼ぶヒスイの目が――。 どこか、泣いているようにも見えたからだった。 「わたしは、この世界が好きですっ! みんなと旅をしてきた、この世界がっ!」 「ああ……」 ようやく理解が出来た。 俺が、何故自らの正体を明かすことを恐れていたのか――。 何故、旅の終わりに空虚や寂しさを覚えていたのか――。 「わたしは、みんなのことが好きです! カレンさんが、 先生が、リブラちゃんが、ジェイさんのことが……」 「大好きですッ!!」 「俺は――」 戻れなくなることが、怖かったのだろう。 「わたしが新しく戦う理由を、ジェイさんがくれました! ジェイさんが教えてくれました!」 「だから、わたしは……!」 こいつらの旅の仲間という関係に、戻れなくなることが。 「あなたが教えてくれた理由を胸にっ! それを違えないために!」 「あなたを、倒しますっ!!」 最悪の事態はとっくに訪れていたのだと。 俺が悟った、その時――。 「スーパー・サンダー・ソードッ!!」 竜の姿が掻き消えて――。 俺の体を――。 稲妻の刃が貫いた――。 「か……はっ……」 「これで……これで……」 「終わり、か……」 「はい……これで、魔王は……倒されました」 「そう、だな……」 「なあ、ヒスイ……」 「……はい」 「俺は……この世界のことが嫌いだ……」 「理不尽で、突拍子もなくて、出来の悪い冗談の ような……この世界のことが嫌いだ……」 「そう……ですか……」 「お前は違うか……?」 「……はい」 「わたしは、この世界のことが好きです……」 「勇者だから……か?」 「はい。だけど、それだけじゃなくて……」 「ジェイさんが……みんなが生きているから……」 「この世界が……好き、です……」 「そうか……だったら、俺が勝てるわけない、か……」 「……ジェイさん?」 「俺はこの世界が嫌いだ……だが……」 「お前らとの旅は……少しだけ…… そう、ほんの少しだけ……」 「ジェイさん!? ジェイさん!!」 「……楽しかった……」 こうして、予言通り勇者によって 魔王は倒され。 世界には平和が訪れた。 まるで最初から決められていたかのように。 それが当たり前であるかのように。 全ては女神の思惑通りに……。 「女神歴717年、闇と混沌に包まれし世界を救うため、 一人の勇者が魔王討伐に旅立つ」 「光の女神によって選ばれし勇者、その名はヒスイ」 「女神の導きの元、勇者ヒスイは戦士カレン、 神官クリスの二人と出会う」 「魔王討伐のために旅を続ける三人の前に、 幾度となく苦難が立ちはだかる」 「灼熱の砂の海、険しい山々、荒れ狂う魔の海峡」 「勇者たちに美しくも厳しい試練の数々を与える自然」 「そして、魔王よりの刺客――難敵、魔王四天王」 「火、水、風、土。四つの属性を持つ強力な敵が、 勇者たちの道を阻む」 「正義の心、勇気、そして仲間たちの助け」 「幾多の困難と苦境に負けることなく、 勇者ヒスイの足取りは止まらない」 「一つの苦難を乗り越えるたびに、 絆を深めていく勇者たち」 「諦めることを知らない彼女たちは、伝説の力を得る」 「古の伝承に名を残す、伝説の巨大鳥」 「巨大鳥の封印を解いた勇者たちは、 大空を舞う翼を手に入れる」 「天空をはばたく翼は、勇者たちを試練の大地へと導く」 「仇敵である魔王を倒すために、 光の女神より与えられし試練」 「そのいずれもが、苦しく一筋縄ではいかない難関」 「だが、決して諦めることを知らない勇者は、 試練を乗り越え、伝説の聖剣を手にする」 「時は来た。いよいよ、勇者たちは魔王が 統治する島へと足を踏み入れた」 「勇者たちを阻むのは、雲霞のごとき無数の魔物の群れ」 「しかし、勇者たちの正義と勇気が 打ち砕かれることはなかった」 「魔物の群れを蹴散らし、勇者たちは 魔王と対面を果たす」 「勇者と魔王の戦いは熾烈を極めた。 長く、苦しい、戦いの末――」 「魔王のもたらす闇を、勇者の正義の光が打ち破る」 「勇者が放った稲妻の刃が、魔王を貫き――」 「魔王は討ち滅ぼされたのだった」 ふわり、と空中を漂っているかのような感覚。 「ん……」 ゆっくりとまぶたを持ち上げると、目に 飛び込んできたのは暗い空だった。 「これは……?」 疑問を感じた瞬間、またもや体にふわりとした感覚が走る。 まるで、空に昇って行くような……。 空に……昇る……? 「……ああ、そうか」 頭の中におぼろげながらに浮かび上がるのは、 記憶に新しい光景。 あの時、俺はヒスイに倒されて――。 「死んだ……か」 まるで信じられない答えだったが、 実際に口にしてみるとしっくり来た。 「そうか。俺は死んだのか……」 リブラの予言の通り、稲妻の刃に貫かれて。 俺は……死んだ、か……。 「意外と痛くないものだな」 もう死んでいるからだろうか。体に痛みは感じない。 ただ、日向で微睡むような、心地良さだけを感じる。 このまま、眠ってしまえば、穏やかに 全てを終えられるだろう。 そんな予感を覚える。 「親父殿と再会出来るだろうか……」 死んだ後、俺の意識がどうなるのか分からない。 魂といった概念が魔族にも備わっているのだろうか。 ただ、願わくば親父殿とまた会うことが出来たら……。 そう考えた時、不意に胸がチクリと痛んだ。 「……いや、違うな」 本当に願うのなら、願っても許されるのであれば――。 俺が会いたいとすれば――。 「また、あいつらと……」 いまわの際に発した言葉と自覚した思い。 楽しかった。 その気持ちをもう一度だけ。 「……まあ、無理か」 視界を焼くような白い光にゆっくりと包まれる中。 俺は再び、ふわりと体が浮かび上がる感覚を覚え。 そして――。 「ん……?」 不意に意識が覚醒して、まぶたが勝手に持ちあがる。 目に入ったのは、見覚えのある質素な風景。 「あ……れ……?」 頭の中が霧でもかかったように、ぼんやりとする。 ここがどこなのか、そして自分が今どうしているのか。 理解が追い付いて来ない。 ただ、分かるのは自分がベッドに寝かされていると いうことだけで――。 「ジェイさーんっ!!」 「ぬおおっ!?」 懸命に現状の認識を始めた矢先、ヒスイの顔が 視界いっぱいに飛び込んでくる。 「よかった! 目を覚ましたんですね、ジェイさん!!」 それは決して比喩表現などではなく、実際に ヒスイが俺目がけて飛び込んできており。 「ぎゅむぅ……」 ヒスイに勢いよく押し倒されてしまった俺は、いきなり 再びの眠りに就こうとしていたのだった。 もしかして、俺――生きているのか……? 「ジェイさん、ジェイさん、ジェイさんっ!!」 「いや、こう、とりあえず落ち着けっ!?」 「落ち着いてなんていられませんっ!」 「ジェイさんが、目を覚ましてくれたんですからっ!」 笑顔で顔を輝かせながら、ヒスイが 力いっぱいに俺に抱き着いてくる。 「心配……したんですよ。もうっ!!」 押し当てられる柔らかな感触がとても心地良いのだが、 いかんせんヒスイは全力である。 抱きつかれる方は、若干というか、かなり苦しい。 「分かった……分かった、から……」 心地良い苦しみという初体験に 俺が目を白黒とさせていると。 「こう……その……ひ、人前で、そういうことは、 慎んだ方がいいと思うぞ。うん」 「ヒスイちゃんだけ抜け駆けはずるいよっ」 耳に飛び込んできた声に視線を動かす。 やはりというか、当然というか、目に入ったのは カレンとクリスの姿だった。 「頼む……助けてくれ……」 目と言葉で二人に救援を訴えかけるのだが……。 「というわけで、先生もダイブっ」 「きゃっ!」 「うおおおっ!?」 苦しむ俺の上に、クリスまで飛び込んできた。 「あははっ、ジェイくん復活のお祝いだよっ」 「いや、もう少し別の祝い方もあるだろ!?」 ヒスイ一人でも苦しかったのに、更にクリスまで 加わって、かなり重……。 ああ、いや、待てよ。女に重いと言うのは失礼か。 更にクリスまで加わって、かなり苦しい。 「なっ!? な、なんで先生までやるんだ!?」 「カレンちゃんもどうぞ」 「はぁっ!? 私も!?」 「今、場所を開けますねっ」 何やら、場所の譲り合いが始まってしまった。 無論、こいつらが譲り合う場所とは 俺の体の上のことである。 おかしい。本来ならば、体の所有者である 俺の意見が求められるはずだろ。 「カレン……流石にお前は……しないよな……?」 するなよ。絶対にするなよ! 弱々しくしか言葉を発せない以上、 思いっきり目で語っておく。 インドア派な俺の体が、三人分の加重に耐えられる 自信なんてあるはずもない。 「そ、その……私は端っこで……いい、ぞ」 「ちょ、お前!?」 俺の願いは、届かなかった。 「本当に端っこでいいの?」 「あ、ああ……私は、それくらいでちょうどいい」 「はい。それじゃ、カレンさんもどうぞっ」 ……え? まさか、本気でやるんじゃないだろうな? 思い直せ! 思い直すんだ、カレン! 俺の心の声による必死の抗議も空しく、カレンは 頬を赤く染めたまま俺の顔をチラっと見て。 「……えいっ」 控えめな声とともに、俺の体に飛び込んでくる。 「ぬおおおお……っ!?」 女三人が並んで俺の体の上に寝転んでいる。 一見して、羨ましい光景かもしれない。 しかし、俺は心地良い苦しみに呻きを 上げることしか出来ない。 流石に、というか、三人は無理だ。無理すぎる。 「へ、変な声を出しているが……大丈夫なのか?」 「とっても喜んでいるんだよ、きっと」 クリスはにっこりと笑いながら、そんなことを言う。 こいつ、俺が苦しんでるって絶対分かってるだろ……! 「ジェイさん、喜んでくれているんですね。 わたしも、とっても嬉しいですっ!」 ヒスイはヒスイで無邪気に笑っている。 くそっ、そんな笑顔で言われたら、 責める気になんてなれないだろ! 「さて、次はわたくしの出番ですね」 「……え?」 相変わらず平坦な声色とともに、リブラが ヒスイの上に飛び込んできた。 「ていっ」 「わわっ!」 「ふふ、リブラちゃんもやっぱり嬉しいよね」 「はい。とっても嬉しいです」 「なんだかんだで仲が良かったからな。 リブラと魔法使いは」 傍目にはそう見えていたのだろうか。当事者としては、 仲が良かったとか言われても信じられないのだが。 「特にこのふくよかさがたまりません」 「ひゃんっ!?」 「お前、何してんだよっ!?」 四人にのしかかられている俺からは見えないのだが、 明らかにリブラがヒスイに何かやっている。 あえて言うならば、そう。揉んでいるとか弄っているとか、 そういう感じの何かをやっているに違いない。 「おおっと、くんずほぐれつなら マユマユの出番でしょう!」 「というわけで、てりゃっ!」 「ぐふっ!?」 やたらと明るい声とともに、俺の上に 更に誰かがダイブしてくる。 いや、まあ、誰かは見るまでもなく分かるのだが……。 「なんでお前までいるんだよっ!?」 「えーっと、それは愛ゆえに? みたいな?」 「適当言ってんじゃねえよ!」 こいつ、本当になんでいるんだ? は……っ、待てよ。ここにマユまで いるということは、もしかして……。 「では、次はわたくしめの番でございますね」 「魔王様との添い寝。クフフフ……」 …………。 「お前ら全員、いい加減にしろーっ!!」 室内に、寝起きの俺による渾身の ツッコミが響き渡ったのだった。 「よし、全員正座したな」 五人分の重圧から解放された俺は、 とりあえず全員を正座させておいた。 「それぞれ、言いたいことがあるのなら言ってみろ」 まずは全員の言い分を聞くところから始めよう。 「ジェイさんが元気になって、本当に良かったです」 正座させられながらも、ヒスイはにこにこと笑顔だった。 こいつは本当に悪気とか邪気とかがないよな。 「少しはしゃぎすぎた……すまない」 カレンは殊勝な様子で、しゅんと肩を落としていた。 うむ。ちゃんと反省しているようだな。 「ヒスイとカレンの二人は正座をやめてもいいぞ」 「ありがとうございますっ」 「……ありがとう」 まあ、この二人はこれ以上責める必要はないだろう。 「次、言うことがある奴」 「反省してまーす」 「反省しております」 「マジですみません、みたいなー」 「お前ら、全然反省してないだろっ!」 三人連続で、しかも適当な感じで続けられた!? こいつら、確実に反省なんてしてないに違いない。 「とっても反省してるよ?」 「ええ、それはもう反省しています」 「はやくー、我々をー、解放しろー!」 しかし……よく考えてみたら、俺が何か言った ところで、この三人が聞く耳を持つわけない。 説教とかするだけ無駄か……。 「……まあ、いい。お前らも正座やめていいぞ」 「はーい。やっぱり、ジェイくんは優しいね」 「流石はジェイジェイです。いやー、器が広い!」 「よっ、女ったらしー」 「うるせえ!?」 ぐぅ……こいつら、好き勝手言いやがって! 「わたくしめはいかがすれば、よろしいでしょうか?」 「お前はまず、仮面を被れ」 「かしこまりました」 ローブの中から仮面を取り出すと、 アスモドゥスがいそいそと被る。 「これでよろしゅうございますか?」 「うむ。問題ない」 仮面を被った姿は、俺の良く知るアスモドゥスだ。 本当に……あの顔が素顔だったのか。 「では、お前はそのまま正座だ」 「かしこまりました」 俺の言葉に素直に従って、アスモドゥスは正座を続ける。 「ジェイさん、許してあげないんですか?」 「うむ。まあ、こう、な」 だって、さっきこいつ俺と添い寝とか喜んでたしなあ……。 いい奴というか、忠誠心溢れる奴で あることに違いはないのだが……。 「お尻の危機っぽいからだね」 「お前っ!?」 にこにことした顔で、クリスがあまりにも 直接的な言葉を口にする。 「お尻の危機……?」 「どうしてそうなるんだ?」 ヒスイとカレンの二人がきょとんとした顔で首を傾げる。 そんな顔をされても、説明に困る。 「もしかして、痔なのか?」 「そんなわけあるかっ!」 「そうじゃなくてですねー。アスモドゥス様が ジェイジェイの……」 「説明しようとするなっ!?」 油断も隙もない奴だ。 ……そういえば、なんでマユがここにいるんだ? 「マユ、お前に聞きたいことがあるんだが」 「なんですか? 攻めの方がいいんですか?」 「その話を引っ張るな!」 「クフフフ……」 「このタイミングで笑うなぁっ!?」 なんだ、こいつら。総出で俺を弄り倒す気か!? 「ふふ。やっぱり、いいですよね」 「ああ、そうだな」 「あははっ、こうじゃなくっちゃね」 全方向へとツッコミに大忙しな俺を見て、 三人が何やら微笑んでいる。 「……どうした?」 「いえ。ジェイさんが、本当に目を覚まして くれたんだと思って」 「一時はどうなることかと心配したんだぞ」 「ジェイくんのツッコミが聞けて安心したよ」 「…………」 それぞれの言葉を受けて、返答に困る。 まったく、こいつらは何を言っているのだろう。 俺は魔王で、人間の敵だと言うのに……。 「おかえりなさい、ジェイさんっ」 まだ、俺のことを仲間として接してくるなんて。 「……ただいま」 馬鹿馬鹿しい奴らだと思うのと同時に。 それが少し心地良く感じている俺がいた。 「いくつか尋ねることがある」 「なんなりとお聞きください」 「なんでも聞くといいですよっ!」 「全部、リブランがまるっと説明してくれますから」 「まるっとお任せ下さい」 「他力本願なくせに胸を張るな、マユ」 目を覚ました俺に、栄養のあるものを食べさせてあげたい。 そう言って、ヒスイたち三人は買い出しに出かけて行った。 部屋に残されたのは、俺、リブラ、 アスモドゥス、マユの四人。 よくよく考えたら、魔族と魔王と魔道具だけを残すのは 危険な気もするが……俺を信用している、ということか? ……まあ、いい。 「こう、なんだ。根本的な疑問なんだが……」 「俺……死んでないよな?」 「はい。肉体的には」 「肉体的には……?」 「社会的には死んじゃったってことですね」 「どういうことだよ!」 「人間どもの間では、既に魔王様が倒された という話が出回っております」 「ああ、なるほど。本当に社会的には 死んだ扱いなんだな……」 あくまで、人間どもの間では、だが。 「ふふん、マユマユの言うことは常に正しいのです」 「たまに当たったからって調子に乗るなよ」 「まあ、社会的に死んでいるとか、 そういう話ではありませんけどね」 「あれー?」 「お前、適当言ったな!」 「すみませーん、てへへー」 くそっ、社会的に死んだって話に納得して損した。 「つまり、どういうことだ?」 肉体的でも社会的でもなければ、俺は 一体何が死んだというのだろう。 「魔王としての力です」 「……力?」 「わたくしめと同じように、ということでしょうか?」 そういえば、アスモドゥスもヒスイたちに倒されは したものの、命は落としていない。 「お前も四天王と同じように、力を失っているのか?」 「はい。力を取り戻すには、今しばらく 時間がかかるかと」 なるほど、やはりそうか。 ということは、俺もそうなのか? 「あなたとアスモドゥス様は違います」 「あなたは、魔王としての力が完全に 死んでしまっています」 「力が完全に死んだ……?」 「はい。どうぞ、試してみて下さい」 ふむ。ならば、試しに抑え込んでいる力を 解放してみるとしよう。 「…………」 目を閉じて、精神を研ぎ澄ませる。 自分の力の奥底を固く封じている蓋をゆっくりと 持ち上げるイメージとともに――。 「……む?」 力が……解放されない? 「んー? 本気でやってますか?」 「あ、ああ……やっているんだが……」 力が湧き上がってこない。 「これは、どういうことでございましょう」 「実は本気を隠しているでしょー」 「だから、本気だって言ってるだろ」 しかも、力が足りないという感覚ではない。 力が根底から存在しないという感じがする。 「ご理解いただけましたか?」 「……にわかには信じがたいがな」 そう、まさに、力だけが殺されてしまったような感覚。 「力を殺されたあなたは、もう 魔王ジェイドではありません」 「魔王ジェイドは死んだ。そう言って 差し支えないでしょう」 「そうか。魔王は死んだ、か」 「それでも、人間に換算すればレベル60相当の 地力は残っておりますが」 リブラの予言通り、魔王ジェイドは死んでしまった。 残された俺は……単なるジェイドでしかない。 「……若干、釈然としないんだが」 「肉体的に死んじゃうよりはマシじゃないですか?」 「さようでございます、魔王様」 「魔王様がご健在である。これ以上の 朗報はございません」 それは……そうかもしれない。 命を失うことに比べれば、かなりマシだと言えるだろう。 拾った命をどう使うか。それを考えた方が建設的、か。 「魔王様、か。既に魔王としての力を 失った俺をそう呼ぶのか?」 「はい。例え、お力を失われようとも わたくしめの忠誠は変わりませぬ」 「そう……死が二人を分かつまではっ!」 「えーっと、その、なんだ、お前の その気持ちはありがたいのだが……」 念のため、色々と確認しておいた方が 安全かもしれない。 うん。そうしよう。 「お前、妻帯者なんだよな?」 「新婚ほやほやにございます」 「一応聞いておくが、男より女の方が好きなんだよな?」 「無論です。言うまでもありません」 「そうか。ならば、いい」 うん。つまり、俺に対して抱いているのは 忠誠心だけってことだな。 そうに違いない。そうであって欲しい。 「ですが、何よりも魔王様のことが最優先で ございます。……クフフフ」 「新婚なんだから、奥さんのことを考えてやれ!!」 「我が愚妻のことまで気にかけていただけるとは…… 流石は魔王様、器が広い」 こいつとの付き合い方は少し考えた方が 賢明かもしれないな。うん。 「ジェイジェイが魔王の力を失ってー、アスモドゥス様の 力が回復しきっていない……」 「はっ! 今が下剋上のチャンス!?」 「お前、このタイミングで良く言えたもんだな!」 アスモドゥスが忠誠心を見せた後で、 よくも野心を露わに出来たな、こいつ! 「殊勝なのは、マユマユらしくないかなーって、 思いまして」 「それなら、いっそのこと悪だくみした方がいいかと」 「ヒスイたちとの勝負前のあれはなんだったんだよ」 「え? あのタイミングでかしこまったことを 言えば、カッコいいじゃないですか」 「そんな理由かよっ!?」 「バッチリかっこよかったですよ」 「ありがとう、リブランっ!」 「なんて奴だ……」 頭痛を感じて、呻くように言葉を 漏らしながら額を押さえる。 まあ……いいか。 「アスモドゥス、マユ。お前ら二人に仕事を与える」 「ははっ! 何なりとお申し付け下さい」 「面倒なことならお断りしますけど」 「簡単なことだ。俺が存命であると、魔物たちに伝えよ」 「そして、改めて俺からの指示が あるまで、動くな。ともな」 折角拾った命だ。それをどう使えばいいのか。 こいつらの言うように、それを考えるところから始めよう。 「ただいま、帰りましたー」 「お帰りなさいませ」 「大人しくしていたか? 魔法使い」 「ああ。見ての通りだ」 ヒスイたちが買い出しを終えて帰ってきたのは、 それからしばらく経ってのことだった。 ベッドに寝転がったまま、三人を迎える。 「あれ? あの二人は?」 クリスが言う二人とは、アスモドゥスとマユのことだろう。 「あの二人には、仕事を頼んだ」 「そうなんだ。折角、二人の分も買ってきたのに」 「まあ、その分は魔法使いが食べればいいだろ」 「ですね。ジェイさんにはたっぷりと 栄養を摂ってもらわないと」 「食べきれる量で頼む」 緩くため息を吐きながら、苦笑いを浮かべる。 そういえば……ふと気にかかったことがある。 「お前ら……あの二人が魔族って知ってたよな?」 「ああ。そうだが?」 「どうして、あの二人と一緒にいたんだ?」 魔族だと知っていて、追いかえしたりも 倒したりもしない。 それが何故かを、尋ねておきたかった。 「なんだ。そんなことが気になるのか?」 「あの二人も、ジェイくんのことを とても心配してたからね」 「だったら、わたしたちと同じです。 一緒にいて、当然ですよ」 「……そうか」 俺のことを心配していたから、か。 たったそれだけの理由で、あの二人と一緒にいる。 そうか……そういう奴らだったよな。こいつらは。 「俺を宿まで運んだのはお前らか?」 「はい、そうですよ」 「……どうしてだ?」 これを尋ねるのは、少しだけ怖かった。 俺はこいつらを倒す気だった。本気で、 こいつらに勝とうと思った。 それは、こいつらも分かっているはずだ。 それなのに、何故……。 「ジェイさんが楽しかったって言ってくれたからです」 「……え?」 「わたしたちとの旅が楽しいから。 そう言ってくれたからです」 「それだけの理由……で?」 「まあ、例えお前がそんなことを言わずとも、 助けていただろうけどな」 「そうそう。悪い子はゴツンと叩いて、 改心させるのが神官のお仕事だしね」 「そう、か……」 ベッドに寝転んだまま、目元を腕で隠す。 今から言うことが頭の中に浮かんでいて。それを 口にする時の顔をこいつらに見られたくなかった。 なんとなく……恥ずかしい気がしたから。 「……ありがとう」 「どういたしましてっ!」 「当たり前のことをしただけだ」 「ふふっ。ジェイくん、珍しく素直だね」 ああ、きっと、こいつらは笑顔で 言っているんだろうな。 「良かったですね」 「……ああ」 目を隠す腕の下、こいつらの笑顔を想像しながら。 今の俺に出来ることが、おぼろげにだが 分かってきた気がした。 「アスモドゥス、マユ。準備は出来ているか?」 「はっ、魔王様。全ての手筈は整えてございます」 「魔物たちへ待機するように通告も済んでます」 「後をどうするのかは、ジェイジェイ次第です」 「そうか。分かった」 ヒスイたちに山盛りの料理をたっぷりと振る舞われた翌日。 自分が今やるべきことのために、ヒスイたちと 別れて魔王城へと戻っていた。 「四天王は揃っているか?」 「はい。土の魔将、マーモン。ここにおります」 「水の魔将レヴィ・アン。わざわざ海より 出てきてやったぞ」 「レヴィ。態度が不遜すぎます」 「なんじゃ、お主はいつまでたっても硬いのう」 「あはははっ、全員揃うのって久しぶりだね」 「ベルゼブル、まずはちゃんと名乗りなさい」 「あ、ごめんなさい。風の魔将、ベルゼブル。 ちゃんといまーす」 「火の魔将、ベルフェゴルにございます」 「以上、魔王軍四天王、全て揃っております」 「うむ。ご苦労」 やはり、ベルフェゴルがまとめ役というか、 他を注意したりするポジションなのだなあ。 そして、一人だけ普通な反応をしたマーモンは 普通すぎる返答ゆえに触れられない。 だから目立たないのだろう。 特に悪いこともしていないのに……マーモン、不憫な奴。 「さて、主だった面々はここに揃っているな」 玉座に座ったまま、集まった一同を見渡す。 「はい。魔王軍内にて、幹部と 呼べる者は全て揃っています」 「各自が個々の配下の魔物に指示を下せば、魔王様の 意思は全ての魔物の間に浸透するでしょう」 「よし」 リブラの言葉に頷きながら、玉座より立ち上がる。 こうして、魔王軍全てに指示を出すのはこれが初めてだ。 旅を始める前、魔物たちが親父殿の喪に服すことが なければ、こんな風に俺は指示を出していただろう。 人間どもの町へと侵攻せよ、と。 「まさか、魔王として全軍に指示を出すのが、 勇者たちに負けた後になるとはな」 「悔やんでおられますか?」 「このように、指示を出せていれば勇者どもに 勝てたかもしれない、と」 「……そうだな」 アスモドゥスの言うように、初期の段階で指示を 飛ばせていたら、勇者たちには勝てただろう。 おそらく、あいつらは俺の城まで辿り着くことは なかった。かもしれない。 「勝てたかもしれない。そう思うのは確かだ」 「だが、不思議と悔しさはない」 「ちなみに今はどんな気持ちですか?」 「いっそ清々しい気分だ」 おそらく、俺がそんな気持ちを 抱くのは旅の影響があるだろう。 「親父殿の代より仕え、これまで力を尽くしてくれた お前たちにまずは謝る。すまない」 「俺は勇者に敗北した。全ては、俺の力不足のせいだ」 全てを吹っ切れたような気がする今ならば、 素直に謝ることも出来た。 場に揃う一同に、静かに頭を下げる。 「わっ、そ、そんなっ、頭を上げて下さいっ」 「ふん。お主一人の責任ではなかろう」 「そうそう。ボクたち二回も勇者に負けたし」 「このたびの敗戦は、私どもの力不足です。魔王様」 それぞれが口にする言葉に、安堵する。 悪い奴ではない……という言い方は少しおかしな気も するが、今はあえてその言葉を使おう。 全員が何かしら短所はあるものの、 根本的に悪い奴らではない。 「そう言ってもらえると助かる」 これならば、俺の考えもスムーズに 魔物たちに浸透するかもしれない。 「むー、こんな空気だとブーイング出来ないですねー」 「お前のせいだー、ひっこめー、 辞職しろー、わーわー、とか」 「では、後で個人的にやりましょう」 「そうですね。そうしましょう」 一部、やけに不安な奴がいるが……。 うん。まあ、こいつらも俺の意図はちゃんと理解 してくれるだろう。そう信じよう。うん。 「それでは、魔王様。あなた様の意思とご決断を どうぞ表明なさって下さい」 「我々は、あなた様の指示を何よりも 優先し、遂行いたします」 「よし。それでは、魔王ジェイドより、 魔王軍の全てへと伝える」 ゆっくりと息を吸い込み、吐き出す。 多少の緊張とともに、俺が初めて魔王として 全軍に通達したのは――。 「現時刻をもって、全ての魔物たちは、 人間どもに危害を加えることを禁ずる」 「我々は、勇者たちに敗れたことを認める。以上だ」 勇者に対しての、敗北宣言だった。 「あなたが、魔王……」 「勇者ヒスイよ、相違ありませんね?」 「はい、女王様。間違いありません」 「この方が、魔王です」 魔王軍に通達を飛ばした後、俺はその足で アワリティア城へと赴いた。 ヒスイの付き添いを受けて、女王エルエルと 謁見を行うためだ。 「そうですか……あなたが、魔王」 まさか、魔王と対面することになるとは 思わなかったのだろう。 エルエルの表情にはやや緊張が見られる。 それでも、決して取り乱したりはしない辺り、 流石は女王と言うべきだろう。 「初めまして、でよろしいか? 女王よ」 「……はい。初めまして、魔王」 本当は初めましてなんかではない。 勇者の仲間の魔法使いジェイとして 何度も顔を合わせているはずだ。 しかし、あの頃は女王から声をかけられることもなく、 もっと言うならば眼中にすら入っていなかった。 初めまして、という挨拶がそれを証明している。 「やれやれ、皮肉なものだな」 勇者の仲間として認識されていなかった俺が、こうして 魔王として振る舞った途端に認識される。 これを皮肉と呼ばずになんと呼ぼう。 「どうかなさいましたか?」 「ジェイさん?」 「……いや、なんでもない」 今更言ってもしょうがないことだ。 何が解決するわけでもない。 「このような形で顔を合わせることになるとは、 思いもよらなかった」 「それは、こちらもです。魔王」 「勇者から、あなたを連れてくると 聞かされた時には驚きました」 「実は、わたしもちょっぴり驚いています」 「ジェイさ……じゃなくて、魔王さんがこうして 女王様と会うことになるだなんて」 魔王が女王に謁見しに来るなんて、 確かに考えられないことである。 本来であればありえなかった状況を作ることが 出来たのは、ヒスイが同行してくれたからだ。 勇者の決定は、世界に大きく影響を与える。 いつかリブラに聞いたことを、改めて思い返してしまう。 「驚き、警戒されるもの無理はない。我々はつい 先日まで、反目し合っていたのだから」 「ええ、その通りです」 「人間と魔物は、互いに争っておりました」 「だが、それももう終わりだ」 「俺は勇者に敗れた。のみならず、 命まで救われてしまった」 チラ、と横目でヒスイを窺う。 ヒスイの穏やかな微笑みを見て、 少しだけ心が落ち着いた。 「我々は勇者に……人間に敗れた」 「その現実を受け入れ、これより決して魔物が 人々に危害を加えないことを誓おう」 「……魔王であるあなたの言葉を、我々人間に 信じよと仰られるのですか?」 「反目し合っていた相手の言葉を」 「ああ。無理を承知で、そうして もらいたいと懇願に来た」 つい先日まで矛を交えあった者同士が 手を取りあうなど、難しいことだろう。 ましてや、魔王の言うことである。素直に 信じてもらえるなど思えない。 「無論、こちらとしても既に覚悟は出来ている」 「女王。あなたが望むのであれば、この首を 差し出しても構わないつもりだ」 信用を勝ち得るためであれば、 俺の命を使うことすら――。 「こらーっ!」 「……へ?」 ……俺の覚悟が、すごく怒られてしまった。 「あ、あの……ヒスイ?」 「首を差し出す、とか言わないで下さい。ジェイさん!」 「え? いや、あの……」 この展開はさすがに予想外だった……。 「これはだな、そのくらいの覚悟があるという話でだな」 「そんな後ろ向きな覚悟なんてしてはいけません」 「どうせなら前向きに、平和な世界を 作るみたいな覚悟をして下さい」 「ああ、うん。それはもちろん、そのつもりだぞ」 「じゃなければ、わざわざ謁見なんてしないだろ」 「……え?」 きょとんとした顔でヒスイは首を傾けている。 しまった。事前にちゃんと説明しておくべきだったな。 「魔物に人を襲わせないようにするだけなら、俺が 城で魔物たちに指示するだけで済むだろ」 「はい……確かにそうですね」 「そうじゃなくて、ちゃんと負けを認めた上で 平和な世界にするために貢献する」 「そのために相互不可侵を提案するつもりだったんだ」 「相互不可侵、ですか?」 「ああ。いきなり、町で一緒に仲良く 過ごすなんて流石に無理だ」 「お互いに住む場所を分けて、喧嘩しないように するところから始めないとな」 「ジェイさん、そこまで考えてらしたんですねっ」 ヒスイがキラキラと目を輝かせて、 尊敬の眼差しを向けてくる。 今まではそんな目で見るな、なんて思ったものだが……。 ああ、いや、やっぱり今も、そんな目で見ないで欲しい。 どうしても、気恥ずかしさを覚えてしまうから。 「なので、俺がまず首を差し出す覚悟があるという 誠意を見せるところから始めたんだ」 「こういう話し合いというのは、何事も 段取りや手順が大事だからな」 「なるほど……そうなんですね。勉強になります」 感心したように、大きく頷いていたヒスイだったが、 やがて何かに気付いたかのように頷きが止まり。 「あ……す、すみません。話の腰を折ってしまって」 頬を染めながら、申し訳なさそうに身を縮めた。 「というわけで、こちらの思惑は全て 話してしまったのだが……」 「そちらの意見を聞かせてもらっても いいだろうか、女王」 ヒスイの横槍のおかげで、色々と話は早くなった。 こちらの考えを全て話した以上、 もう語ることはほとんどない。 「ふふっ」 俺が言葉の矛先を向けると、エルエルは柔らかく微笑んで。 「……仲がよろしいのですね」 などと、口にしてきた。 「まあ、色々あってな」 「はい! とっても仲良くしてもらってます!」 肩を竦める俺の横で、ヒスイは 満面の笑みで断言をする。 魔王と仲良くする勇者というのもどうかと思いはするが。 「そうですか。彼が命を落とさずにすんで 良かったですね、勇者よ」 「はいっ!」 ……理解を示されてしまった。 こう、なんだ。人間の世界って色々と緩いのか? もしかして、俺が難しく考えすぎているだけだろうか。 まあ、それならそれで……平和な世界というのも、 案外簡単に実現可能なのかもしれないな。 「あなたの考えと提案は分かりました、魔王よ」 「相互不可侵。まずは、そこから 始めることに異論はありません」 「理解していただき、助かる」 「ですが、こちらとしては一点だけどうしても 譲れない部分があります」 「まずは光の女神様を解放すること。 それが必須条件です」 ヒスイが旅立った目的が、魔王を倒し 光の女神を解放することだった。 であれば、まずはこの点をクリアすること。 妥当であり、当然の要求だろう。 「その点に関しては問題ない。俺が力を失ったことで、 女神の封印はじきに解けるだろう」 「封印を施したのが俺以外のため、多少時間はかかるが」 そのうち解ける、とはリブラの見立てだ。 封印の内容に関して、親父殿より詳しく聞かされて いない俺は、分からない部分が多い。 だが、リブラが言うことであれば、間違いはないだろう。 「分かりました。この件に関しては、女神様のご判断を 仰ぐ必要があるために、今は返答出来ません」 「女神様の封印が解けた後、もう一度足を 運んでもらってもよろしいですか?」 「ああ、構わない」 「女神様は慈悲深く、とてもお優しい方です。あなたの 想いも、決して無駄にはなさらないでしょう」 「そうあることを祈る」 試練の大地での聖剣の試練や、アスモドゥスの話など、 あまり印象はよろしくないのだが……。 ここは、信じておくより他にない。 本当にこの世界を作ったのが女神だとすれば、 この世界のためのことを思う判断を下すだろう。 「勇者ヒスイよ。長くつらい魔王討伐の旅、 ご苦労様でした」 「女神様がお目覚めになられたあかつきには、 あなたの功労を称える宴を催しましょう」 「わっ、本当ですか?」 「はい。主賓として手厚くもてなすつもりですので、 あなたの仲間の方たちとともにいらっしゃい」 「はいっ! 皆さんと一緒に来ます」 皆さんには、きっと俺も含まれているのだろうな。 俺討伐を祝う宴に参加する俺。少しどころでなく、 かなり微妙な気持ちになってしまう。 「それでは、本日はこの辺りで。 またお会いしましょう。魔王よ」 「ああ。次も良い時間になることを願っている」 こうして、多少の緊張をもって始まった謁見は、最後には 和やかな空気にて終わることが出来たのだった。 「お話合い終わりましたっ!」 「待たせたな」 「二人ともお疲れさまっ」 「ん。お疲れ」 謁見を終えて城の外に出た俺とヒスイを出迎えたのは、 カレンとクリス。 「どうやら、頭は丸めずに済んだようですね」 そして、リブラ。 つまるところ、勇者パーティーの面々だった。 「どうして、俺が頭を丸めなければいけないんだ」 「誠意の証としては、一番分かりやすいかと思いまして」 「意外と似合うかもしれませんよ?」 「そんなことを言われても、嬉しくないわっ」 まったく……こいつは何を言い出すのだろうか。 「頭を丸めたジェイさんですか……想像出来ませんね」 「私は似合わないと思うんだが」 「そう? 結構、可愛くなりそうな気がするよ」 「ええいっ! 頭に視線を集中させるなっ!」 全員から頭にジッと注目を受けると、なんだか 落ち着かない気分になってくる。 視線だけで髪が抜け落ちそうな、そんな錯覚を感じる。 「ジェイくんったら過敏なんだから」 「まあ、頭髪が抜け落ちるという話題は 男性にとっては禁句らしいですしね」 「そうなのか?」 「はい。ちなみに、他にもいくつか禁句がありまして」 「早いとか小さいとかだねっ」 ぶふーっ!? こんな昼間の往来で、いきなり何を言い出すんだ、 この神官は!? 「早いとか、小さいとか?」 「やめろっ! そんな言葉はすぐに忘れろ!!」 「ジェイさん、早いって言われると嫌なんですか?」 「ぐふっ!」 首を傾げながら、純真な目で尋ねられてしまった。 別に言葉自体にやましい意味なんて 一切ないのに、心が抉られてしまう。 「ん? どうした、魔法使い」 「なんでもない、なんでもないぞ……」 そう、なんでもない。なんでもない言葉のはずだ。 それは分かっている。 分かっているのに……。 「どうやら、本当に早いようですね」 「うるせえ!?」 「そんなにムキにならなくてもいいのに」 「お前らが変なこと言うからだろ!!」 「なんで、ジェイさんは慌てているんでしょうね?」 「さあ……?」 クリスとリブラの二人は、本当に どうにかしないといけない。 このままでは、いずれヒスイとカレンまで 汚れてしまいそうだ。 「まあ、ジェイくん弄りはこのくらいにしておいて」 「首尾の方はいかがでしたか?」 くっそ、こいつら、くっそ! 俺のことをオモチャみたいに思いやがって! 「今回は保留だ」 だが、ここはぐっと堪えておくに限る。 下手に蒸し返されて長引くよりも、 耐えて流しておく方がマシだ。 「光の女神様がお目覚めになられた後で、 もう一度お話をすることになりました」 「光の女神が目覚めてから、ですか」 ぽつ、とヒスイの言葉を繰り返して呟いたリブラの 表情が、どことなく硬いものに見えた。 「確か、女神様の封印が解けるまで 時間がかかるんだったな?」 「はい。封印を直接施されたのが先代様なので、 少しややこしいのです」 だが、カレンにザックリとした説明を行う時には、 リブラの表情はいつも通りだった。 さっき、硬く見えたのは俺の気のせいか……? 「女神様がお目覚めになられた時に、わたしたちの 功労を称える宴を開いてもらえるみたいですよ」 「あ、それは楽しみだねっ」 「さぞかし美味い料理が用意されるんだろうな」 「カレンは、やっぱり食い気が優先なんだな」 「やっぱりとはなんだ、やっぱりとは」 「悪い意味で言ってるわけじゃないさ」 「いつも通りって意味で言ってるんだよね?」 「まあな」 「それならいい……のか?」 まあ、微妙によくない気はするのだが。 納得しそうになっているので、 余計なことは言わないでおく。 「宴ですか。楽しみですね」 「……え?」 「え?」 俺が驚いて尋ねると、リブラはリブラで きょとんとした顔をしていた。 「お前……行く気か?」 「はい。何か問題でも?」 「むしろ、何故問題ないと思ったか尋ねたいんだが……」 だって、こいつ、あれだよな? 俺の……魔王側の立場だった奴だよな? なんで、魔王討伐の宴に出る気なんだ? 「わたくしはれっきとした勇者パーティーの 一員ですので」 「そこでキッパリと言い切れる お前の勇気は相当なものだぞ」 「リブラちゃんも立派な仲間ですので、大丈夫です」 「勇者様の太鼓判を頂けました」 「……そうか」 まあ、主賓になるヒスイがいいと言うのなら、 問題ないだろう。 「お前も来るだろ? 魔法使い」 「……え?」 何を言ってるんだ、こいつは。 「ちゃんとオシャレな格好してこないと駄目だよ」 「……はい?」 こいつも何を言ってるんだろう。 そして、俺の服装は今でも十分オシャレだ。 「楽しみですね、ジェイさん!」 エルエルから話を聞いた時、薄々分かっていたが……。 やっぱり、こいつらは俺も連れて行く気か。 「いや、こう、俺、魔王なんだが?」 「はい」 「いや、はいって」 「でも、わたしたちの仲間ですよね?」 「え? ああ、うん。そういう側面はあるな」 あくまで側面であって、それが主体ではないのだが。 「ジェイくんがいなかったら、旅を 続けられなかったかもしれないし」 「功労者であることに間違いはないな。お前から すれば、微妙な心境かもしれないが」 こいつらにとって見れば、俺が仲間だったこと。 それが全てらしい。 例え、魔王であったとしても、俺を仲間として扱う。 「というわけで、一緒に行きましょうね。ジェイさん!」 器が広いのか、なんなのか、良く分からない奴らだが……。 こいつらがこんな連中だからこそ、 俺は勝てなかったのかもしれない。 なんて、思ってしまう。 「まあ、前向きに考えておこう」 ここであっさりと頷けない俺が、単に素直 じゃないだけに思えてしまう。 そんなわけなんてないのに。 「じゃあ、それまでの間、みんなはどうするつもり?」 「先生は、神殿に報告に戻った後で、しばらく 神官の仕事をやろうと思うけど」 「ちゃんと自分が神官だって自覚があったんだな」 「ジェイくんってば毒舌だなー」 「まあ、先生もたまに神官だってこと 忘れそうになるんだけどね」 ああ、やっぱりな。しかし、よく自分で そんなことを言えたものだな。 「私も、少し骨休めでもするかな。たまには のんびりするのも悪くはない」 「酷な旅だったしな。まあ、俺が言うのもアレだが」 「ふふ、確かに少しおかしな感じがするな」 神殿に戻るクリスに対して、カレンはのんびりと骨休みか。 きっと、どこかの町にしばらく落ち着くのだろうな。 「リブラちゃんはどうしますか?」 「わたくしは魔王城に戻ることにします。 多少、やりたいことがありますので」 「お前がやりたいことって、嫌な予感しかしないんだが」 「そんなことありませんって」 何故か、棒読みだったのは気にしないでおこうか。 ツッコミを入れていたらキリがないし。 「ヒスイは何か予定はあるのか?」 「わたしは、世界をゆっくり旅するつもりです」 「一度旅したのにか?」 「はい。少し駆け足の旅でしたので、今度は特に 目標も決めずにゆっくり回るつもりです」 「そうか」 ヒスイはもう一度旅をする、か。 四人とも綺麗にやることが分かれたな。 「それじゃ、ここで一旦解散ってことだな」 「はい。女神様がお目覚めになられた時に、 また集まることになりますね」 まあ、これまでずっと一緒に旅をしてきたわけだし、 それぞれがやりたいことをやるのもいいかもしれないな。 永遠に別れるというわけでもないし。 「ジェイさんはどうされますか?」 「俺か……」 そういえば、何も考えていなかったな。 俺は……どうしよう。 「魔王城にはアスモドゥス様がいらっしゃるので、 心配は要りません」 「お好きなように、ゆっくりと過ごされるのが いいかと思います」 魔物たちには人間に危害を加えないように、 すでに通達してある。 アスモドゥスや四天王が目を光らせている以上、 万が一も起こりえないだろう。 魔王城での些事も含めて、俺が 心配するようなことはない。 「誰かと一緒に行くか?」 「そうだね。先生は歓迎するよ」 「わたしもですっ」 「そうだな」 誰かと一緒に行く、か。うん、悪くない。 そして、その提案を聞いた時、少しだけ 胸が弾んだのも事実だ。 やることも特別ないし、そうするか。 「俺は……」 「ヒスイ、お前と一緒に行ってもいいか?」 「あっ」 俺の言葉を聞いて、ヒスイの顔がパッと華やぐ。 明るい笑顔を満面に浮かべて。 「はいっ、もちろんです!」 と、元気よく頷いた。 「カレン。俺も一緒に行かせてくれ」 「え、わ、私か?」 驚いたようにカレンの肩が跳ね上がる。 「ああ、いや、駄目なら諦めるが」 「い、いや、大丈夫だ」 カレンは頬を赤らめながら、こほんと小さく咳払いをして。 「問題ない。一緒に行こう」 こく、と控えめに頷いた。 「クリス、俺も一緒に……」 「うん。いいよっ」 俺が言いきる前に、クリスがにこやかに頷く。 「せめて、最後まで言わせて欲しいんだが」 「ごめんね。嬉しくって、つい」 まあ、何はともあれ、同行は拒否されなかったか。 少しホッとした。 「俺も城に戻るか。一緒に行くぞ、リブラ」 「おや。それでよろしいのですか?」 リブラが少し意外そうに、眉を持ち上げる。 「ああ。城に戻ってゆっくりしたい」 「なるほど。多少、寄り道してもよろしいですか?」 「大丈夫だ」 まあ、そのくらい別に構わないだろう。 俺はリブラと一緒に、城に戻ることにした。 「それでは、ここでパーティーは一旦解散ですっ!」 赤く染まる空の下、ヒスイの元気な声が響き渡る。 「次は、宴で会おう」 「それまで、体調とか崩さないようにね」 「重々気を付けます」 それぞれが顔を見合わせ、再会を誓って頷き合う。 「ああ。またな」 その輪の中に自分がいることを、少し不思議に 感じながら、俺も緩やかに頷く。 「皆さん、笑顔でまたお会いしましょう!」 最後の締めになるのも、やはりヒスイの元気な声で。 再び集う時を楽しみにしながら、俺たちは 思い思いに道を歩きはじめるのだった。 ヒスイと行く カレンと行く クリスと行く リブラと戻る ヒスイと行く カレンと行く クリスと行く ヒスイと行く カレンと行く ヒスイと行く クリスと行く カレンと行く クリスと行く 「お待たせしましたっ」 底抜けに青い空の下、底抜けに明るいヒスイの声が響く。 アワリティア城下町での買い出しも終わり、 いよいよ俺とヒスイの新しい旅が始まる。 「その服装でいいのか?」 「はい。今回は冒険ではありませんから」 今度はあくまでも旅だ。危険な冒険なんてない、 のんびりとした単なる旅行にすぎない。 だから、冒険用の服装じゃなくていい。 そういうことなのだろう。 「一応、冒険用の装備も準備してはいます」 「万が一に備えてか。それでいいだろう」 しかし、こう、冒険用の装備の方が露出度が 高いというのもどうかと思うが。 まあ、その辺りは触れずにおいてやろうか。 「今日はいい天気ですね」 「ああ。旅に出るには、ちょうどいい天気だ」 「こんな時は外を歩きたくなるな」 「お日様がぽかぽかしていて、気持ちいいですからね」 明るい陽射しのように、ほんわかとした 笑顔をヒスイは浮かべて。 「……ふふっ」 その直後、おかしそうに肩を揺らした。 「どうした?」 何か楽しいことでもあったのだろうか。 そう疑問に思いながら問いかけてみる。 「いえ、ずっと前のことを思いだしてしまって」 「覚えてますか? 最初に会った時、ジェイさんが 隣村に行くのに付き合って欲しいって言ったことを」 「え? ああ、そういえば、そんなこともあったな」 あれは勇者の情報を得ようと咄嗟に出た方便だったな。 「その時、さっきと同じような会話をしたんですよ」 「……そうだったのか?」 「はい、そうです」 にっこりとヒスイが満面の笑みを浮かべる。 俺はどんな会話をしたかなんて覚えていなかったってのに。 「よく覚えていたな」 「記憶力には自信があるんですよ」 「色んな人との会話内容は、ほとんど覚えています」 「そんなことが出来るのか?」 「はいっ! わたし、勇者ですから!」 勇者とは全く関係ない気はするが、それが 本当ならとんでもない特技だ。 他人との会話内容なんて、 うっかり忘れそうなものなのに。 「じゃあ、俺と話したことも 全部覚えているのか?」 だとすれば、相当すごいことなのだが。 「当然です。ジェイさんと話したことは 全部、わたしの胸にしまってあります」 「わたしにとって、大事なものですから」 ……困った。 こんなことを笑顔で言われて、俺は 一体どんな顔をすればいいのだろう。 「……そうか」 どう返していいか分からなくなった俺は、 照れくさい胸のうちに従うままに。 視線を逸らしながら、ぶっきらぼうに返してしまう。 「はい」 そんな俺を見ながら、ヒスイはまた嬉しそうに頷く。 さっきから、ずっと笑顔しか見ていない気がするのは ……気のせいなんかではないだろう。 「それより、どこに向かうのかは決めているのか?」 視線を逸らしたまま、話題を変えることにする。 これ以上、今の話を続けていると 頬が赤くなってしまいそうだった。 「特に行先は決めないとは言っていたが、どちらに 向かうか程度は決まっているんだろ?」 「ここから、旅をした道をゆっくりと 辿って行こうかと思っています」 「ふむ。もう一度、同じルートをなぞるのか?」 「はい。船をお借りした町に着いたら、そこで また行先を考えようと思っています」 「なるほど」 旅をしてきた道をもう一度辿る、か。 俺には目標も目的も特にはない。いわば、ヒスイの旅に 同行することが目的のようなものだ。 ならば、どのような道を行こうとも異論はない。 「よし、それで行こう」 「はいっ、それでは改めまして」 「出発ですっ!」 ヒスイの明るい号令とともに、出発をする。 旅の中で、何度も見てきた光景だ。 だが、見慣れたはずのこの光景も、二人だけの旅かと 思うと、少しだけ胸が弾むものを覚えていた。 こうして、俺とヒスイ。二人だけの 新たな旅が始まったのだった。 空は快晴。 降り注ぐ暖かな日差しは、眠気を 誘うような陽気に満ちている。 こうして、空の下に立っているだけで 心地良く感じる、絶好の旅日和。 そんな空の下、俺たちは――。 ――まだ出発出来ずにいた。 「おはようございます、今日はいい天気ですねっ」 というのも、ヒスイの会話癖が出てきたおかげだった。 「武器と防具は装備しないと意味がないんですね。 大丈夫です、ちゃんと分かっていますから」 武器と防具はちゃんと装備しろって、今更言われても。 などと思う俺とは違い、ヒスイは町の人たち一人一人に 話しかけては笑顔で返事をしていた。 初めて、ヒスイの姿を見た時も、 こんな感じだったな。そういえば。 「東に村があるんですね。行ったことありますよ」 こいつは……本当に変わらないな。 にこにこと笑顔で話しかけて、どんな下らない話を 聞かされてもにこやかに頷く。 旅の始まりも、途中も、そして終わった今も。 いつでも、ヒスイはヒスイのままだ。 「はい、ありがとうございます! 頑張って、魔王を倒しますねっ!」 「また、倒す気かよっ!?」 まあ、時々もう少し考えてくれと 言いたくなるような時もあるが……。 それもまた、ヒスイなのだ。 「すみません、ジェイさん。お待たせして」 ヒスイが一通り、町の人間に話し終えた時は もう陽も傾いてきつつあった。 「なに、構わないさ。急ぐ旅路でもないしな」 「ありがとうございます。そう言って いただけると嬉しいです」 俺が気を悪くしていないことを安心したように、 ヒスイがホッと息を漏らす。 事実、先を急ぐ旅でもない。 これくらいのんびりとしたところで、 何か支障が出るわけでもない。 「他にやり残したことはないな?」 「はい。タンスを調べたりする必要はもうありませんし」 良かったな……城下町の人間たち。 もう、お前たちのタンスが開けられるような 日々は訪れずに済むんだぞ……。 「それに何か思い出したら、その時は また戻ってくればいいだけです」 「急ぐ必要は何もありませんので」 「そうだな」 急ぐ必要は何もない。 五人で旅をした時は、そんなことを思う余裕はなかった。 毎日が俺にとって慌ただしく、そして ツッコミばかりの日々だった。 いや、ツッコミばかりの日々って、自分でも その言い方はどうかと思うが。 「よし、それじゃゆっくりと出発するか」 「はい、そうしましょう」 ヒスイの出発の号令が響いた時には 青かった空は、もう赤い。 それでも特に慌てるようなこともなく、俺たちは 改めての出発をのんびりと迎えたのだった。 城下町から出てすぐの草原。 「そういえば、この辺りだったな」 今も俺の脳裏に焼き付いて離れない光景を 目撃したのは、確かこの辺りだったはずだ。 「何がですか?」 俺の呟きに、ヒスイがきょとんとした顔で首を傾げる。 忘れているのかとぼけているのか……。まあ、きっと ヒスイのことだ、忘れているのだろうな。 「お前がスリーミーに負けた場所だ」 「あ……っ」 にやりと笑いながらの言葉に、ヒスイが 恥ずかしそうに頬を染める。 「そ、その話は忘れて下さいっ」 「いや、あの時は本気で驚いたからな。 忘れたくても忘れられないぞ」 なにせ、俺を倒すと予言された勇者が 最弱の魔物に倒されていたんだ。 インパクトが強すぎる。忘れろと言うのが無理だろう。 「まさか、スリーミーに勇者が 負けるとは思わなかったしな」 「むぅ……ジェイさん、意地悪です」 少し拗ねたようにヒスイが頬を膨らませる。 たまにはこのくらいからかってもいいだろう、と 愛らしい表情を見ながら、そう思う。 「悪かった」 ポン、と頭を撫でてやるとヒスイは チラっと上目遣いに俺を見てくる。 拗ねていたような顔がややあって、 はにかむような笑顔へと変わった。 「許してあげます」 はにかみながら告げてくるヒスイを見ながら、こいつの 中では俺はやはりジェイさんなのだな、と思う。 魔王であると分かった今でも、旅の仲間で、 頼れる魔法使いのジェイさんなのだ、と。 あるいは、ヒスイだけではなく、カレンとクリスの 中でもそうなのかもしれない。 俺が目覚めた後でも、三人の態度が変わることはなかった。 「なあ、ヒスイ……」 俺のことをどう思っているのか? 尋ねてみたい言葉が、ノドの辺りまで出かかって止まる。 俺が怖くないのか? 俺を恨んでいないのか? 俺を憎んでいないのか? 聞きたいことはたくさんあるが、 そのどれもが言葉にはならない。 言葉にすることを、ためらってしまっている。 「なんですか?」 ヒスイが、あまりにも真っ直ぐな目で、 俺を見上げてきているから。 だから、俺は尋ねることが出来ずに。 「……強くなったな」 と、本意ではない言葉を口にしてしまう。 「ありがとうございます」 そんな言葉に対しても、ヒスイは にっこりと笑顔を浮かべていて。 俺はもしかして、こいつに甘えてしまっているの だろうか、なんて詮なき考えが浮かぶ。 「でも、スリーミーと言ったら」 続くヒスイの言葉に、ぐだぐだと 流れていた思考を打ち切る。 答えを出せない以上、考えてもしょうがない、か。 「わたしは、嬉しいことの方を覚えています」 「嬉しいこと……?」 「はい。ジェイさんに指示してもらって、 初めて勝った時のことです」 「ああ、懐かしいな」 随分と昔のことのように思える。 あれも、成り行きで俺が指示を出すことになったんだった。 「わたしの冒険は、あそこから始まった ようなものです」 「……そうか」 だとすれば、勇者を旅立たせたのは 他ならぬ俺だったわけか。 世の中とはおかしなものだな。 「いやあ、懐かしいですな。あの時はわたくしめも、 特別に参加いたしておりました」 「マユマユは、魔王城で適当にくつろいでましたっけ」 …………。 「お前ら、さりげなく会話に 混ざってるんじゃねえよ!?」 というか、どこから湧いてきた、こいつら! ついさっきまで影も形もなかっただろ! 「わっ、え、えっと、偽魔王さんと……?」 「魔族一の美少女諜報員マユマユでっす」 「誰だよ、お前……」 なんで、そんないかにもな感じで媚びてるんだよ。 「わたくしめは、魔王様の参謀の アスモドゥスにございます」 「マユマユさんに、アスモドゥスさんですね。 わたし、勇者ヒスイと申します」 「お前ら、初対面じゃないだろ!」 なんで、普通に自己紹介しあってるんだよ! 俺が起きるのを、宿屋で一緒に 待ってたんじゃないのかよ! 「クフフフ。あなたが勇者ですか。お噂はかねがね……」 「初対面で押し通す気かよ!」 「うわー、本物の勇者だー。サインくださーい」 「ミーハーだな、お前!」 「わっ、サ、サインですか!? どうしましょう、ジェイさん!」 「ああ、うん。適当に書いてやればいいんじゃないか?」 おかしいな。一気に俺のツッコミ労力が 数十倍になった気がする。 「では、このハンカチーフにお願いします」 「えっと、それじゃ……ヒ・ス・イっと……」 「マユマユへ、って入れて下さいね」 ……あ、本当にサインを書き始めている。 「分かりました。マユマユさんへ、っと」 「はいっ、どうぞ!」 「ありがとうございますっ!」 「近いうちに、オークションに流させてもらいますね!」 「せめて、大事にしてやれよ!」 なんだよ、オークションって。 思いっきり金目当てじゃないか! 「それでは、わたくしめはこの仮面にお願いします」 「いい加減にしろーっ!?」 なんで、こんな草原のど真ん中で サイン会が始まっているんだ! 「クフフフ、ちゃんと分かっております。魔王様」 「後ほど、魔王様のサインも頂くつもりです」 「そうか。それなら……」 …………。 「いいわけないだろ!」 なんで、俺のサインが後回しなんだよ! いやいやいやいや、そうじゃなくて。 「なんですか、ジェイジェイ。 さっきから落ち着きのない」 「誰のせいだと思ってるんだよ!」 「はい、アスモドゥスさん。どうぞ」 「サイン、書いてたの!?」 「頼まれたことは断れません。 わたし、勇者ですからっ!」 「ああ、うん。よく知ってる」 ええっと、ここでこいつらのペースに 巻き込まれたら負けだ。 落ち着け、冷静になれ。 「アスモドゥス、マユ。何故、 お前らがここにいるんだ?」 「はっ。魔王様が勇者と二人で旅に出られると聞き、 心配になりまして足を運んだ次第です」 「……心配?」 思わず、ヒスイと顔を見合わせてしまう。 一度長旅を経験した俺にどんな心配をすると言うのだろう。 「なんだ。言ってみろ」 「恐れながら、魔王様は女性に対して奥手なお方」 「そのようなお方が、女性と二人旅などと 考えただけで……ああっ!」 「……どんな心配をしてるんだ、お前は」 「つまり、ジェイジェイが辛抱たまらん、ハァハァ! とか言い出さないか心配ってことですね」 「し、辛抱たまらんって」 「そんなこと言い出すわけないだろっ!」 「本当に言わないですか?」 「それは……」 「…………」 「ああ、今日の空は綺麗だなあ」 「何を現実逃避してるんですか、このヘタレ!」 ぬぐぅ!? 「やはり、魔王様はもう少し女性の扱いを 学ばなければなりませんな」 「よって、この旅にわたくしめも同行を……」 「あ。でも、女性の扱いといえば……」 「ジェイさん……とっても優しかった……ですよ」 ヒスイの言葉に、この場の時間が止まった。 「ほっほーう?」 「こ……っ」 「この泥棒猫ーっ!!」 「お前、急に何を言い出した!?」 「申し訳ありません。言葉を間違えました。 改めまして……こほん」 「この泥棒猫ぉぉぉっ!!」 「一字一句違ってねえよ!!」 この展開は……一体何事だ……。 「おのれ! 魔王様を手に入れたくば、まずは わたくしめを倒すことだ!」 「お前、一回負けてるだろ!」 「負けませんからっ!」 「お前、一回勝ってるから別にいいだろ!」 「それじゃー、マユマユもー」 「収拾が付かなくなるから、やめろ……」 もう、既に収拾は付かない気がしているが。 「とりあえず、アスモドゥス。まずは落ち着け、な?」 「ぐぅ……!」 「申し訳ありません、魔王様。 驚きのあまり、気が動転しました」 どうやら、落ち着いた……か? まあ、まだ油断なんて出来やしないが。 「こうなれば……もう認めるしかありませんな」 「おめでとうございます、魔王様。 もう、大人になられたのですね」 「お前、全然落ち着けてないだろ」 「こうなれば、これ以上の邪魔は無粋というもの。 我々は城へと戻ります」 ああ、そういやこいつら城で仕事してるはず…… って、抜け出してきたら駄目じゃねえか! 「だが、覚えておくことです。ここで我々が去っても、 いずれ第二、第三の出番があるということを」 「いいから、帰れ!」 「ジェイジェイはつれないですね。それでは、またー」 竜の影が現れると同時、アスモドゥスとマユの二人が 足元の影の中へと飲み込まれるように消えていく。 やれやれ、帰ったようだな……。 「こう、なんだ、その……すまなかったな、ヒスイ」 「いえ。お二人とも、ジェイさんのことを 慕ってらっしゃるんですね」 「……かもな」 まあ、若干行き過ぎている感はしないでもないが。 少なくとも、あの二人が俺のことを 悪く思っていることはないだろう。 慕われている、か。今までに感じたことはなかったが、 そうなのかもしれない。 暮れなずんでいく風景の中、俺はそう思うのだった。 「町には辿り着けませんでしたね」 「余計な時間を食ったからなあ」 まさかのアスモドゥスとマユの乱入もあって、俺たちが 町に辿り着く前に日が沈んでしまっていた。 いくら旅慣れているとはいえ、夜間に動くことは 避けるべきで、俺たちは野営することになった。 「冒険の間、何度かこうやって夜を過ごしましたよね」 「何故か、宿代が足りなかったりした時などに」 「……そうだな」 確かに、何故か宿代が足りない時が数回あった。 まあ、道具をやたら買い込み過ぎたのが 明らかな原因だったが。 「まあ、何事も経験しておくに 越したことはないってことだな」 草の途切れた場所でたき火をしながら、 その傍らに二人で並んで座る。 たき火の管理も、二人とも手慣れたものだった。 「今日は初日から色々ありましたね」 「まあ、大半があの二人のせいだがな。 慌ただしい一日だった」 「楽しい一日でしたよね」 「まあ、な」 少なくとも退屈はせずに済んだ一日だった。 その点はあいつらに感謝……はしたくないな、うん。 「わたし、最初にこの旅は目的を決めずに ゆっくりと回るって言いましたよね?」 「ん? ああ、言ってたが……それがどうかしたか?」 「実は、目的があるんです」 くす、と小さく笑いながらヒスイが俺を見上げる。 「正確には、目的が出来たって感じですけど」 「聞いてもいいものか?」 「はい、もちろん。ジェイさんに関係することですから」 「……俺に?」 どういうことだろうか。 たき火に木をくべる手を止めて、ヒスイを見やる。 俺の視線を受けてヒスイは、はにかむように小さく笑い。 「わたしは……」 「ジェイさんが、この世界を好きになって くれたらいいなと、思っています」 「…………」 思わず、言葉を失ってしまう。 ヒスイたちと対峙した時の俺の言葉――。 俺はこの世界のことが嫌いだ。 そう告げた言葉、覚えていたのか。 「わたしは、この世界が好きです」 「ジェイさんや、みんなと生きている、 この世界が好きです」 ジッと俺を見つめながら、ヒスイが穏やかな口調で、 あの時と似た言葉を繰り返す。 ヒスイの眼差しに吸い込まれるように、目が離せない。 「ジェイさんと出会えた、この世界が大好きです」 「だから……ジェイさんもこの世界のことを好きに なってくれたら、わたしはとても嬉しいです」 「……そうか」 ヒスイに返せたのは、そんな短い言葉だった。 そんなことを言われて……俺はどうすればいい。 「俺は……この世界を好きになれるかどうか、 まだ分からない……」 好きになれる、と今はまだ断言することは出来ない。 この世界は理不尽で、不公平で、歪な形をしている。 その思いに変わりはない。 「……はい」 俺の言葉を否定するわけでもなく、肯定するわけでもなく。 ヒスイは静かに頷いて、受け入れる。 「だが……」 ヒスイたちとの冒険を、楽しいと思った。 それも、紛れもない事実だ。 それならば――。 「お前と一緒、なら……」 ヒスイが、俺やみんなと生きている世界が好きなように。 こいつと……ヒスイと一緒に生きていける世界 ならば、あるいは俺も……。 「今日は空が綺麗だな」 自分の思いをそのまま言葉にすることが出来ず、 俺は空へと視線を逃がす。 「そうですね。明日もきっと綺麗ですよ」 ヒスイも深く追求することはせず、 俺に話を合わせてくる。 「明日も……晴れると思うか?」 「きっと晴れると思います」 何故かは分からないが、その言葉が何故か 俺を励ましているように聞こえて……。 パチパチとたき火が爆ぜる音を聞きながら、二人で 体を寄せ合って、朝が来るのを待つのだった。 「しかし、本当に良かったのか?」 「うん?」 始まりはカレンの唐突な言葉からだった。 二人でアワリティア城下町を歩いている途中で 急に切り出された言葉に、疑問符が浮かぶ。 「何がだ?」 少々煮え切らないカレンの言葉からは、 言葉の意図が上手く汲み取れない。 そのまま、素直に尋ね返す以外に 俺が出来ることはなかった。 「いや、ほら、他の誰かと一緒に行くっていう 選択も出来たじゃないか」 「それなのに、私で良かったのかな、とな」 言葉を紡ぐカレンの表情はどこか不安そうに見える。 何か気がかりがあるのだろうが、それが なんなのかさっぱり分からない。 「当たり前だろ」 「……そうか」 カレンがどこかほっとしたように息をこぼす。 何を気にしているのかは知らないが、俺は こうしてカレンと一緒に行くことを選んだ。 これ以上、明確な意思表示はないはずだが。 「急にどうしたんだ。いきなり、そんなことを言って」 「私と二人でいても、面白いことなんて ないのかもしれない」 「ちょっと、そんなことが気になったんだ」 「いやあ、お前もお前で十分面白いぞ」 他の奴らと同じくらい俺にツッコミをさせていたし。 むしろ、カレンにツッコミを入れた 回数は多い方に入ると思う。 「そ、そうか。それなら……」 「いや、私が面白いかどうかという話ではなくてだな」 一旦安心してからのツッコミ。 いわゆるノリツッコミというやつだ。 なんだ、カレン。やれば出来る子じゃないか。 「だったら、どういう話だ?」 「む、その、なんだ……」 ややためらうように視線を逃がしてから、 カレンは遠慮がちに俺を見上げて。 「お前が退屈するかもしれないぞ」 そう、口にした。 「俺が?」 「ああ。私は口が上手い方でもないし、 そんなに女らしくもないし……」 「それに……口も上手くないからな」 「何故、口が上手くないと繰り返した」 「それくらいに、という強調だ」 確かにカレンは口調は硬いし、 会話自体もシンプルで短い。 他の仲間がいる時ならまだしも、自分と 二人だと俺が楽しめないかもしれない。 そんな心配を抱いていたのか。 「別に構わないさ」 「……ん、そうか?」 「俺だって、口が上手い方でもないしな」 ひょい、と小さく肩を竦めた後で続ける。 「お前はそうでもないだろ。ええっと、あれだ。 口車とかすごいぞ」 「口車って、あんまりいい意味じゃないからな!」 「そうやって、ツッコミも上手いし」 「ぬう……」 ツッコミを褒められても、こう、なんだ。 個人的にはあまり嬉しくもないというか。 どうせ褒めるのならば、別のところを 褒めてもらいたい気になる。 「と、ともあれだ。俺が勝手に付いて来ているわけだから、 お前がそんなに気を遣う必要なんてないさ」 うん、と頷きながら言葉を続ける。 ここで、カレンの心配を払拭しておきたかった。 「もちろん、気遣いはありがたいし、 とても嬉しいけどな」 「俺はお前と一緒に行きたい。 そう思ったから、ここにいる」 「そ、そうか……」 カレンは嬉しそうに微笑みながら、小さく頷く。 「お前は、私と一緒に生きたいと思ってくれたのか……」 何故か、その頬は赤く染まっている。 かなり照れている様子だ。 言葉のニュアンスに微妙な違いが生じているような 感じがしたのは、気のせいだろうか。 「そ、そういうことならば……私も大丈夫だ」 「心の準備には……まだ少し、時間が かかるかもしれないが……」 「こ、心の準備?」 少し骨休めにのんびりする、とか言ってたはずだよな? それって心の準備が必要なことだとは思えない。 もしかしたら、『ここで』を『こころ』と 聞き間違えたのかもしれない。 ここでの準備にはまだ少し時間がかかるかもしれない。 それならば、意味も通じる。 「ここでは準備は出来ないということか?」 「こ、ここで、済ませろというのかっ!」 何故か、カレンは赤い顔のまま慌て始める。 ……あれ? やっぱり、ここで準備を するのは難しいのか? 「じゃあ、どこで準備をするんだ?」 「それは、ほら、道々でゆっくりとだな」 「道々でゆっくりと?」 ああ。途中で立ち寄った町で買い物とかするってことか。 だとすると、目的地は結構遠方になりそうだ。 「どこに行くつもりなんだ?」 「魔王城……じゃなかった、お前の城の近くに 町があっただろ。そこに行くつもりだ」 なるほど、アワリティア城からだと 結構な距離になりそうだ。 「それなら確かに道々でゆっくりと準備してもいいな」 「ああ。そういうのは、急かされても……な」 「お互いにゆっくりと、育んでいくものだから……」 「……は?」 赤い頬のまま、カレンは真面目な顔で頷いている。 は、育む? 一体、なんの話だ? 「その……お前の申し出は嬉しかったぞ。 私も、その……嬉しかったぞ」 なんで、繰り返した。 いや、それよりも、カレンはもじもじと 恥ずかしそうにし始めている。 さっきの話の流れから、何故そうなるのか分からない。 「だが、ほら、大事なことだからな。やっぱり、 心の準備をする時間くらいは……欲しい」 今度ははっきりと『心の準備』と口にしたのが分かった。 どうやら、初期段階でかなりのすれ違いが 発生していることにようやく気付けた。 しかし、何を勘違いしているんだ? 「そう遠くないうちに、お前の言葉に…… 応えたい、とはだな……」 「あの、すみません。カレンさん」 何故か、敬語で話さなければいけない雰囲気を 感じた俺は、まず挙手を行った。 「なんの話をしているのか、分からないんですが」 どうして敬語で話さなければいけないのかは、 自分でも分からない。 だが、ここですれ違いを解消しておかなければ いけないことは、ひしひしと感じていた。 「なんの話、って……」 きょとんとした顔で、カレンが目を瞬かせる。 こっちもこっちで、俺が何を言い出したのか 理解出来ていないようだ。 「お前が言ったんだろ。これからは私と 一緒に生きたい、と……」 「も、もう……私の口から繰り返させるな。 恥ずかしいだろ……」 頭から湯気が出そうなくらい、 カレンの顔は赤くなっていた。 確かにそう言いはしたが……これからは、 なんて言っただろうか? 「いや、確かに俺はお前と一緒に旅に行きたい、と 言ったが……そんなに恥ずかしいことか?」 「それは、その、当然だろ……だって……」 「…………え?」 何か言っている途中で、カレンの動きが急に止まる。 ピシ、という音が聞こえてきそうな固まり具合だ。 中途半端に口を開けたまま、まじまじと 見つめられてしまう。 「あ……そ、そうか。そうだったのか!」 「私も、いきなりすぎる言葉だと、思っていたんだ!」 この慌てよう、さてはそんなこと ちっとも思っていなかったな。 「そ、そうか。わ、私は……てっきり……」 「てっきり……?」 「な、なんでもないっ!」 言いかけた言葉を誤魔化すように、カレンは 若干早口になりながら勢いよく断言する。 「それより、買い物に行くぞ。魔法使い!」 そして、その勢いのまま、早足で歩き出す。 こんなに動揺するなんて、どんな勘違いをしたんだ? 「ほら、早くしろ。置いていくぞ!」 赤い頬を擦りながら、カレンは 振り向くことなく足を進め続ける。 「ちょっと待ってくれ!」 カレンが一体何を考えているのかは分からないが、 このままだと本当に置いて行かれそうだ。 首を捻りながら、その後を追いかけて歩き出す 俺の頭上では、青い空が広がっていて。 俺とカレン、二人での時間は青空の下での 勘違いから幕を開けるのだった。 「まずは、干し肉を買いに行こう」 赤みのすっかり消えた頬を手でさすりながら、 カレンが俺にそう告げてくる。 「まずは肉って、お前」 料理の支度じゃあるまいし、などという思いを抱く。 「遠方まで向かうんだから、緊急時に使えそうな物から そろえるべきじゃないのか?」 「薬とか、そういうのから」 魔物たちには人を襲わないように指示は出してある。 道中、戦闘が起こる可能性は限りなく低いと思う。 よって、まずは急な体調不良に 備えておいた方がいいだろう。 それこそ、回復草を買いそろえるとか。 「魔法使い、お前は干し肉のことを甘く見ているな」 「いや、回復草よりも回復効果が高いことくらい、 分かってはいるさ」 何故か回復草よりも肉の方が体力回復に向いている。 旅の中で学んだ、よく分からないことの一つである。 まあ、もちろん値段の方は結構違うのだが。 「それだけじゃないぞ。干し肉は回復草よりも美味い!」 「ああ、それは全面的に同意しよう」 回復草は基本的に苦い。少なくとも、いい味だとは思えない。 回復の効能がある草を選りすぐってあるので、 味に関しては二の次となるのは仕方ない。 だが、干し肉は違う。 香木で燻されて匂い付けまでされた立派な食品だ。 味の面で回復草より優れても当然である。 「というか、干し肉が回復草より不味かったら問題だろ」 体には良さそうではあるが、回復草より不味い 干し肉なんて食品としてはどうかと思う。 そんなものに商品価値はあるのだろうか。 「というわけで、肉だ。肉は体にいいんだぞ、魔法使い」 「肉を食えば体が丈夫になる。すくすく育つぞ」 「……そうか?」 じっとカレンの体を見る。 たしかに女性らしい体付きではあるのだが、すくすく 度合いではヒスイやクリスの方が育ってみえる。 無論、胸囲的な意味でのすくすく度合いである。 「バランスがいい食事が大事なんじゃないか?」 肉を食べればすくすく育つのであれば、肉に目がない カレンが一番育っているはずだ。 それなのに、二人の方がすくすくなのは どうなのだろう。 やはり、バランスが大事な気がする。 「そんなことはないぞ。肉さえ食べておけば大丈夫だ」 「肉さえって極端すぎるだろ。たまには野菜も食べろよ」 「うーん、野菜か……」 俺の言葉に、カレンが露骨に難色を示す。 頬を掻きながら、考え込むように首を傾げて。 「野菜は苦いだろ」 まるで、子どもみたいなことを言い出した。 「苦いのばかりでもないぞ」 「いや、おおむね苦い。だいたい、8割くらい苦い」 うん、と自分で納得するように 頷きながらカレンが断言する。 「だから、私は肉を食べる。肉さえあれば、 なんでも出来る!」 ああ、そうか。こいつ、さては……。 「お前、野菜が嫌いなだけだろ」 「べ、別に……そんなことは、ないぞう」 俺の指摘を受けて、カレンは思い切り目を逸らす。 語尾も変な感じになっているし、 明らかに嘘を吐いているな。これは。 「お前……嘘が下手すぎるぞ」 「べ、別に嘘なんて吐いてないさ。吐いてないとも」 「むしろ、野菜は好きな方だぞ」 「本当にそうか?」 露骨に慌てた後だけに、信用なんて出来るわけなかった。 「そうとも。千切りや、みじん切りや、短冊切りや ……そういうのが大好きだ」 「野菜じゃなくて、切るのが好きなだけだろ!」 「カツラ剥きだって好きだ」 「それも切ってる!?」 それは野菜を切るのが好きなだけで、 野菜が好きとは決して言えない。 言わせてはいけない。 「むー、魔法使いは細かいな」 「お前が大雑把というか、ツッコミどころ 多すぎるだけだ」 「ともあれ、私は野菜は嫌いではない」 きっぱりと断言をしながら、カレンが大きく頷く。 ここまで言い切られたのなら、もうしょうがない。 許してやってもいい気になってきた。 「分かった……それでいい。 とりあえず、干し肉を買いに行こう」 これ以上の言及はやめておこう。 言っても無駄、というのもあるが。 「ああ!」 肉を買いに行こうと言った瞬間に、この笑顔である。 からかって慌てる姿を見るのも、 それはそれで面白いが……。 どうせ見るのであれば、嬉しそうな笑顔がいい。 「早速行くぞ、魔法使い」 カレンが我慢出来ないように俺の手を 掴んで歩き出す。 笑顔に目を奪われていた俺にとって、それは 不意打ちに近いものだった。 「え? あ、ああ」 不意を突かれたことと、あのカレンから手を掴まれたこと。 その2つに、思わず戸惑いを抱く。 戦闘中や緊急時ならともかく、こういうなんでもない場面 で手を掴まれることなんて、なかった気がする。 カレンの手の温もりに、胸がうるさく騒ぎ始めた。 「どうした、ぼーっとして。考え事か?」 「ああ、いや、なんの肉を買うのかと思って、な」 お前にドキッとした、なんて言えるわけもなく、 口から出たのは適当なごまかしの言葉。 「決まっているだろ。一番いい物だ」 「一番いい店で一番いい物を買う。 これに勝るものはないぞ」 「いや、確かにそれはそうなんだが」 「一体、どんな肉が手に入るのか。想像しただけで、 胸が高鳴ってくるよな!」 こっちはお前のせいで胸が高鳴っているというのに。 肝心のカレンは、肉に胸を高鳴らせている始末か。 まったく、こいつと来たら……。 「お前に付き合うと、本当に色々大変だな」 「へわっ!?」 「うおっ、なんだ!?」 急に変な声を出しながら、カレンが 驚いたような顔でこっちを見る。 いきなり奇妙な声を上げられたので、 こっちまで驚いてしまった。 「い、いや、お前……今……」 「あ……うん。その……なんでもない……」 この感じ、さてはまた何か勘違いをしているな。 俺のさっきの言葉の中で、勘違いしそうな部分……。 さて、どこだ? 『お前に付き合うと、本当に色々大変だな』 ということは、ここか。 「『お前に付き合う』だからな、 『お前と付き合う』じゃないぞ」 「ぬはっ!?」 「おおっ!?」 カレンがまた変な声を上げて驚いたので、 つられてこっちまで驚いてしまう。 驚き方の種類は、中々豊富なようだ。 「そ、そうなのか……私はてっきり……」 本当に話を聞かない奴だと思う。 何も考えていない時も多いし、空回りもするが ……まっすぐな部分は見ていて気持ちがいい。 好感が持てる奴だ。 「まあ、仮にそうなったとした場合、俺がお前に 色々合わせることになるんだろうな」 「……へ? え? だ、大丈夫だ!」 「そうなったら……その……私も頑張るから。 だから、大丈夫だ」 「何が大丈夫なんだよ」 「と、とにかく、大丈夫なんだ。うん」 試練の大地での出来事で、図らずとも こいつの気持ちは知ることが出来た。 「別に、その……誰でもいい、とか……一緒にいるのが お前だから仕方なく……とかじゃなくて……」 「お前じゃないと……嫌……なんだ……」 一方、俺は……どうなんだろう。 この胸の高鳴り、そして戸惑い。 そもそも、何故カレンと一緒に行くことを選んだのか。 「とりあえず、ほら。行こう」 「あ、ああ……うん」 道々、心の準備が必要なのはもしかしたら 俺の方なのかもしれない。 などと、頭の片隅で思ってしまっていた。 一通り準備を終えた俺たちはいざ出発、と アワリティア城下町を出た。 城の近くの草原を歩きながら、ふと気になったことがある。 「そういえば、なんであの町を目指すんだ?」 俺の城の近くの町……ええっと、ややこしいな。 ともあれ、その町に向かうことにした 理由をまだ聞いていなかった。 あの町でなければいけない理由でもあるのだろうか。 「あの町は武器や防具の品質が良かっただろ?」 「ああ。そうだったな」 俺の城に近いせいかどうかは知らないが、あの町の 店が取り扱っている品はかなり品質が良かった。 ドラゴンクラッシャーとか、そういう物騒な名前の武器も 取り扱っていたような気がする。 「武器の新調にでも行くのか?」 「それもあるんだが、あの町の武器屋の 価格設定が少し気になってな」 「指定されている基準価格より ちょっと高い気がするんだ」 か、価格設定? 基準価格? 「見慣れない武器もあったし、おそらく 個人経営なのだろうな」 それに、個人経営? 「武器の値段って、基準があるのか?」 分からないことだらけの状況だが、まずは 一つずつ順番に片付けていこう。 「ああ。攻撃力ごとにおおよその 基準が設けられている」 「例えば、攻撃力8の武器は50Z、とかな」 「そ、そうなのか。意外と細かいんだな」 「同様に、防具にも守備力ごとの おおよその基準があるぞ」 うん。まあ、品質が良ければ値段が 上がるのも納得は出来る。 しかし、武器や防具にそんな風な価格の基準が あったなんて……知らなかった……。 「ということは、道具もなのか?」 「もちろんだ」 なるほど。だから、町によって宿の値段は違うのに、 武器や道具の値段は統一されていたのか。 買い取り価格まで同じなのは、きっとそこにも 基準があるからだろう。 「ちなみに、食品に関してはその限りではない」 「だから、干し肉は価格が上下したりするんだ」 「……なるほど」 その辺りの線引きはよく分からないが、きっと 嗜好品として扱われているのだろうな。 「それにしても意外だな。カレンが そんなことに詳しいなんて」 いつもいつも、無頓着に道具や肉を大量に 買い込む姿しか見ていなかった。 それだけに、こういう経済的な事情に 詳しいのはかなり意外だった。 「これでも、一応武器屋の娘だからな」 「……え、そうなのか? それは初耳だぞ」 「話す機会もなかったからな」 確かに、旅の途中に互いの身の上話なんて ほとんどしたことがなかった。 精々、試練の大地で少し話をしたくらいで――。 「…………」 試練の大地のことを考えると、必然的にそこで 起こった事まで思い出してしまった。 森での一夜限りの出来事。 我ながら少し恥ずかしいのだが……頬に熱を感じてしまう。 「まあ、身の上なんて魔王退治には 関係のないことだからな」 「特に私の場合はいかに斬るか、だけ 考えておけば十分だったし」 「あ、ああ、そうだな」 当事者でもあるカレンの言葉に、慌てて頷く。 あの時のことを、カレンはどう思っているのだろう……。 かなり気になってしまう。 「もっとも、武器屋に行くたびに素知らぬ顔を するのには少し苦労したが」 「なんせ、個人経営の店を除いて、世界中の 大半の武器屋が傘下に入っているし」 「そうか、それは大変だろうな……って」 世界中の大半の武器屋が傘下……? 「……はい?」 今、なんかすごい話が聞こえてきた気がするぞ。 き、きっと聞き間違い、だよな。 「世界中の大半の武器屋が傘下に入っている ……って、そう言ったか?」 「ああ。正確には、武器屋だけじゃなくて道具屋もだな」 「ああ……なるほど。それで、武器や道具には 基準となる価格があるって知ってるのか?」 「そういうことだ」 そうか……それなら納得出来るな。 そうか、そうか……。 「そういうことじゃねえよ!?」 俺の中のツッコミ衝動が雄たけびを上げる。 この衝動を押さえ込むなんて、俺には出来なかった。 「きゅ、急にどうした?」 「いや、お前、あれだろ。要人の娘ってことだろ?」 「よ、ようじんのむすめ……?」 意味がよく分かっていない感じで、カレンが首を傾げる。 「ああ、なんだ、その、偉い奴ってことだ」 「違うぞ。偉いのは私ではなくて、あくまで家だ」 「いやいやいや、そういう謙遜いいから」 「良くはないぞ」 少しムッとしたようにカレンが唇を尖らせる。 「たまたまそういう家に生まれてきた。それだけだ。 私が何かをしたわけではない」 「偉いな、お前!」 自分の生まれにあぐらをかかずに 努力をする姿勢は好感を持てる。 とはいえ、変なツッコミになってしまった。 「なるほど……世界中傘下に置いているからこそ、 基準を設定することが出来るのか」 「ちなみに、傘下に入っている武器屋は間取りも 似たようなものにそろえてあるんだ」 「言われてみれば、どこも似たような 作りをしていたな……」 そんな理由があったなんて……。 今まで誰も知らなかった世界の裏側に 触れてしまったような気分だ。 「お前……そんな生まれなんだったら、もう少し きっちりとした資金の管理をしろよ」 「うん? どういうことだ?」 「大量に買い込まずに、必要な分だけ買えってことだ」 商人の娘であれば、お金の大切さは知っているはずだ。 それなのに、あまりにも買い方が大雑把すぎるだろう。 「ちゃんと必要な分だけ買っているだろ」 「在庫にも余裕を持たせておかないと、 いざという時に困るしな」 「目線の位置が違った!?」 消費者じゃなくて、商店目線での買い物をしていた!? だったら、あんなに大量に買い込むのも頷ける。 買い物じゃなくて、仕入れという感覚なのだから。 それにしたって、なにごとにも限度ってものがあるだろ。 「今後は、きっちりと必要な分だけ買えよ。 在庫とか考えなくていいから」 「急にそんなことを言われても困るぞ」 「旅の間、俺が教えるから。いいな、ちゃんと覚えろよ」 「ん、そうか。魔法使いが教えてくれるのなら、 頑張って覚えよう」 どうして、元魔王が商人の娘に買い物を 教えなければいけないのだろう。 このおかしな構図に思わず肩を落としてしまう。 「それにしても、すごいパーティーだったんだな」 王家の生き残り、世界規模の武器屋の娘、 天才神官、魔王、伝説の魔道書。 とんでもない五人だ。 このままだと、クリスにもとんでもない 出生の秘密なんかがあってもおかしくないな。 「お前が言うな、という感じだがな」 「……まあな」 勇者パーティーに混じった魔王。 言わずとも、俺が一番の色物だ。 魔王であること以外は一番の常識人だという自負はある。 だが、それもそれで俺の色物度が 上がっているだけの気がする。 逃れようのない色物の連鎖に、 俺は捕らわれてしまったようだ。 「ともあれ、出発しよう。魔法使い」 「急ぐ旅でないとは言え、あまり のんびりしては日が暮れてしまう」 「野宿は勘弁願いたいしな」 相変わらず町の名前は思い出せないが。 「楽しい旅になればいいな」 「ああ、そうだな」 そこまでの道中が楽しい時間になればいい、と。 「きっと、そうなるさ」 以前の旅とはまったく反対の気持ちを、 俺は胸に抱いていた。 「ふふっ」 「どうした? さっきから、機嫌が良さそうだが」 翌日、アワリティア城下町を出て、神殿の町へと向かう 道すがら、時折クリスが嬉しそうに微笑んでいた。 晴れ渡った空の下、鼻歌でも出てきそうな くらいの上機嫌に見えた。 「当たり前だよ」 微笑みを浮かべたまま、クリスはじっと俺の顔を覗き込み。 「だって、ジェイくんと一緒なんだからね」 弾むような声色で、俺にそう告げてきた。 「……そうか」 過剰なスキンシップを排除して、純粋に伝えられる 喜びは聞く俺の耳にも心地良くて。 つられるように、素直に笑みを浮かべてしまう。 「あれっ? 慌てたり、逃げたりしないんだね」 「ジェイくんにしては、珍しいね」 「お前が余計なことをしなければ、 俺だって取り乱さずに済むさ」 「へえ、そうなんだ?」 「先生、てっきりジェイくんは女の子が 苦手なんだとばっかり思ってたよ」 「そんなわけないだろ。ヒスイやカレンたちとは 普通に接していたじゃないか」 肩をすくめながら、返す。 「先生だって、普通に接していたよ?」 「お前は、からかいが強かっただろ」 油断したら、すぐに神官にあるまじきことを 口走ろうとするし。 時には俺に迫ってきたりもしたし。 俺がクリスに対して慌てるのは、大抵がそういう時だった。 「からかってたつもりはないんだけどな」 「からかい以外のなんだって言うんだよ」 「んー、オモチャにしていた?」 「余計悪いわっ!」 まあ、どちらにせよ手玉に取られていたと いうことにはなるのだが……。 オモチャにされていたという方が、より 上位に立たれているという気になってしまう。 「じゃあ、言い方を変えてー……」 「おとなの……」 「やめろっ!?」 それ以上言わせてはいけない。 俺の中の何かがけたたましく警鐘を鳴らすのに 従い、慌てて大きな声を出す。 「どうしたの?」 俺を慌てさせた当の本人はといえば、 不思議そうに首を傾げていた。 「どうして主犯であるお前がそんな顔をする」 「だって、先生は特におかしなことは言ってないから」 「……まあ、確かにそうなんだがな」 「あれ以上言わせたら、こう、何かが 終わる気がしたんだ」 「ふうん」 俺の答えを聞いて、クリスはくすくすと おかしそうに肩を揺らす。 「ジェイくんってたまにおかしなことを言うよね」 「いや、お前ほどじゃないと思うぞ」 「先生、褒められちゃった」 決して褒め言葉ではないのだが……。 まあ、うん。分かっていて言ってるよな。こいつなら。 「ともあれ、ジェイくんが女の子が苦手じゃない ってことは分かったよ」 「女の子が苦手なら、そもそも あんなこともしてないしね」 「なんだよ、あんなことって」 「秘密だよ」 なんだ、と尋ねておきながら、俺には心当たりがあった。 あんなこと――。 その言葉から連想されたのは、試練の大地での一件。 「だが……」 魔力に酔っていた間の記憶は消える。 クリスはそう言いはしたが、それが 真実であるかどうかは分からない。 ついさっきの思わせぶりな言葉といい、クリスの 手の上で弄ばれている感覚がする。 「あ、ジェイくん。えっちなこと考えていたでしょ?」 「ばっ、そ、そんなこと、考えてねえよ!」 思考の深みに陥ろうとした瞬間を突いた一言に、 必要以上に焦ってしまう。 これでは、考えていたと言うのとほぼ同義じゃないか。 「ジェイくんは、取り繕うのが下手だね」 思った通り、クリスは全てお見通しだと 言わんばかりに笑みを深めていた。 本当に手の平の上で転がされている ような心地になってしまう。 「どうして、俺はお前と一緒に行く なんて言ったんだろうな……」 早まったことをしてしまったかもしれない。 心の底からそう思いながら、呟く。 「きっと、愛じゃないかな?」 「愛……なあ……」 「世界は愛にあふれているらしいからね」 「女神の言葉か?」 「うん。女神様のお言葉だよ」 愛、なあ……。 今一つあやふやで、答えのない言葉を呟きながら。 俺は晴れ渡った空を見上げるのだった。 「到着っ! やっぱり、アワリティア城 からだと結構かかるね」 「まあ、向こうを出たのが結構遅い時間だったしな」 俺たちが神殿の町へとたどり着いた時には日は傾き、 地面に長い影が形作られるような時間帯だった。 一日の終わりへと向けて、世界が動き回る時間。 これから何かを始めるにはもう遅く、静かに夜を 迎えるための準備をしなければいけない。 「クリスは神殿に戻るのか?」 「うん。色々と報告とかしなくちゃいけないからね」 「きっと、たくさん話を聞かれるんだろうなあ」 「まあ、長旅だったからな」 「おまけに、魔王退治の旅だったしね」 俺を見て、クリスが緩やかに吐息を吐き出す。 「魔王が改心して、いい世界を作ろうとしている。 なんて、報告したらみんな驚くだろうね」 「それは報告の義務はあるのか?」 俺の生存に関しては、世界へと公表するか どうか悩ましいところである。 どうすれば無用な混乱を与えずに済むか、 いずれ女王エルエルと相談したいところだ。 その前に、情報が広まるのは避けたいところなのだが。 「今のところはないし、する必要もないかな」 「ジェイくん、別に悪いことを 考えていたりはしないんでしょ?」 「まあな。お前たちに救われた命だ。 裏切るつもりはない」 「だったら、報告する必要はないね」 うん、とクリスが納得したように頷く。 「その辺りは、そのうちジェイくんと 女王様で話したりするだろうし」 「先生はいつも通り波風たてずに 穏やかにしておくよ」 「俺に対しては波風立てまくりだろ」 主に心理面に関しては、とんでもなく 波立てられている気がする。 「ジェイくんが特別ってことじゃないかな?」 「なんで、自分のことなのに疑問系で喋った」 「人の心なんて、誰にも分からないものだからね」 「時には自分自身にだってすら分からないんだよ」 「それっぽい言葉を適当に言って誤魔化そうと するのは良くないと思うぞ」 「ジェイくん、こまかーい。お姑さんみたーい」 「お前が適当すぎるだけだよっ!」 こいつは本当に神官なのだろうか。 適当に間延びさせながらの言葉を聞きながら、 本気で疑問に思い始めてしまった。 「というわけで、先生は神殿に行くんだけど、 ジェイくんはどうするの?」 「先生の部屋で一緒に暮らす?」 「暮らすわけないだろっ!」 クリスに着いて来ることを決めたはいいが、 問題は俺の宿泊場所だった。 まあ、いくらなんでも神殿で一緒に 暮らすわけにはいかないとして。 「普通に宿を取るさ」 「しばらく、この町にいるんでしょ?」 「ん。まあな」 光の女神が目覚めて、全員がアワリティア城に集まる までクリスに同行することを決めたんだ。 その日が来るまで、この町に滞在するつもりだった。 「お金は大丈夫なの?」 「持ち合わせならある程度あるから問題ない」 「この辺りなら宿代も安くて済むからな、 お前が心配しなくてもいいさ」 「ん、了解。それじゃ、暇な時は宿に遊びに行くね」 小さく頷きながら、クリスがにこりと笑みを浮かべる。 「お前は、毎日遊びに来そうな感じがするんだが」 「神官とお医者さんは忙しくない方がいいんだよ」 「……そうか?」 その二種類は違うような気もするのだが……。 そういえば、神殿は怪我や病気の治療も 行っているんだったか。 なるほど。確かに、忙しくない方が いいような気はするな。 「それに、昔の人はいいことを言ったんだよ」 「暇とは作るものだ、ってね」 「どういう意味だ?」 「んー、たまにはサボってもいいよってことかな」 「絶対に、そういう意味じゃないと思うんだが」 そんな格言、嫌すぎる。 後世に言い伝えなんてしてほしくないな。 「お前から目を離すのが少し怖いな。途中で道草を 食ったりしないように、神殿まで送ってやろう」 「ジェイくん、その言葉はツンデレっぽいよ」 「……じゃあ、俺は宿に向かうから 一人で神殿まで帰ってくれ」 くるりと、クリスに背を向けて歩き出そうとした途端。 「女の子を一人で帰したら駄目だよ、ジェイくん」 「ぐえっ!?」 ぐいっと、フードの部分を引っ張られて、 のどが絞まる。 「一回送るって言ったんだから、ちゃんと送って くれないと先生寂しくて泣いちゃうよ」 「その前に……俺が苦しくて泣きそうなんだが……」 ぐいぐいっと、更に強く引っ張られる。 まずい、このままでは酸欠になってしまう。 「ちゃんと送ってくれないと、先生は寂しくなって……」 ぐいっ。 「どうぞ、わたくしめに送らせてください……」 これ以上絞められる前に、大人しく白旗を上げておく。 というか、上げるしか道はない。 「ありがとう。ジェイくんはやっぱり、優しいよね」 にこやかな声とともにクリスが手を離す。 ああ……空気が美味い……。 「どの口で言いやがる……」 「何か言った?」 「いえ、何も言っておりません」 ここは余計なことは言わないに限る。 それこそが、俺の処世術。 「というわけで、エスコートをよろしくね。ジェイくん」 「ああ、引き受けた」 まあ、乗りかかった船というか 最初に言い出したのは俺の方だ。 多少の諦めを胸に抱きながら、神殿へと向けて 二人で歩を進め出すのだった。 町の中心という非常に分かりやすい場所に 位置する神殿への道のりは容易なもので。 この町に不慣れな俺であっても、クリスの助言を 得ることなく無事にたどり着くことが出来た。 「そういえば、ジェイくんと初めて 会ったのはここだったね」 「ああ、そうだな」 「あの時はもっと暗くて、かなり遅い時間だったかな」 「町に着いたのが今ぐらいの時間だったからな」 この町に初めて来た時は、宿を取った時にはもう 日が沈んで辺りは暗くなっていたことを思い出す。 宿でゴロゴロとするリブラを置いて、 一人で神殿へと向かい――。 そして、ここでクリスと出会った。 「懐かしいなあ。もう、随分前のことに思えるよ」 「あれから、色々あったからな」 合流しようとするこいつらを必死で止めようと したものの、それも上手く行かず。 パーティーに参加して、内側から妨害してやろうと 決めたのもこの町で、だった。 俺の大いなる苦難の道は、ある意味ここから 始まったと言えるだろう。 「……思い出しただけで、頭痛がよみがえってきた」 その後何が起こったのかは……語る必要もないだろう。 ツッコミを入れて、ツッコミを入れて、 ツッコミを入れまくって。 とても、大変な旅だった。 「ジェイくんはいつも大変そうだったもんね」 「自分が頭痛の種だったっていう自覚ないだろ?」 「失礼だな。ちゃんと自覚しているよ」 「だったら……」 「自覚して、理解もした上で言っているだけだし」 「タチ悪いな、おいっ!」 つまり全てが意図的というわけである。 なんて奴だ、こいつ。 「三割くらい冗談だよ」 「せめて、六割程度にしてくれ!」 「一気に倍なんて、ジェイくんは欲張りだね」 「……そういう問題か?」 「それを言ったら、ジェイくんの ツッコミだって意味がなくなるよ」 「十割冗談じゃない限り、ちょっとは 本気が混じってるってことだから」 「まあ、それは確かにな」 俺としたことが、勢いに任せて雑に ツッコミを入れてしまった。 これからはもっと丁寧にツッコミを入れよう。 「いや、反省するところおかしいから」 「わ、ジェイくんがとうとう自分の思考に までツッコミを入れ始めたっ」 「おっと……すまない」 流石に、自分の頭の中にぶつぶつとツッコミを 入れるのは、少し危ない奴だな。 以後は控えておこう。 「目の前で自己完結されたら、 それはそれで寂しいからね」 「ちゃんと目の前の先生を見てね」 「まあ、クリス相手じゃなくても気を付けよう」 普通に注意というか、指摘をされてしまった。 ここは素直に反省をしておこう。 「そういえば、初めて会った時と言ったら……」 何か思いついたかのように、クリスが笑みを深める。 何故だろう。とても嫌な予感がしてきたのは。 「ジェイくん、先生にえっちなことを しようとしてたよね」 「濡れ衣だっ!?」 クリスがにこやかな口調で、本当に余計なことを言う。 のみならず、圧倒的な濡れ衣を着せられてしまった。 「逆だろ! お前が、こう、俺に なんかさせようとしてただろ!」 「……そうだっけ?」 「そうだよ! あんな印象に残る出来事、 忘れるわけないだろ!」 魔王、神殿の中で神官に誘惑される。 おそらく、歴史上他に類を見ない出来事であろう。 「先生の体が忘れられないの?」 「言い方が悪すぎる!?」 濡れ衣が二枚重ねになってしまった。 もう、俺の体はびしょびしょだ。 「ちなみにー」 にこやかに笑ったまま、クリスが 指先で俺の胸をトン、と叩く。 「先生は、ジェイくんの体が忘れられない、かな」 「…………はぁっ!?」 こ、こいつは急に何を言い出すんだ!? 俺の体が忘れられないって、どういう意味だ……。 やっぱり、試練の大地のことを覚えているのか……? 「ふふっ、送ってくれてありがとう」 ドギマギと困惑する俺をよそに、クリスは微笑みを 浮かべたままくるりと背を向けて。 そのまま、神殿へと向けて歩き出す。 「え? あ、ちょ……」 俺が戸惑いながら制止の声を上げようと する間にも、クリスは足を止めずに。 「じゃあ、また明日ね」 軽く手を振りながら、神殿の中へと消えていった。 「……どういう意味だよ」 ただ一人だけ取り残された俺は、クリスが 残した言葉の意味を計りかねて。 呆然と呟きをこぼすことしか、出来なかった。 「……自由、だ」 その夜、宿の部屋にて俺は自由を満喫していた。 室内には他に誰の姿もない。俺の頭を 悩ませる原因も存在していない。 「これこそが、真の自由……」 誰にはばかることなく、のびのびと羽を伸ばせる。 これを自由と呼ばずしてなんと呼ぶ。 「うん。やはり、旅の間は俺一人だけ 別の部屋を取るべきだったな」 そうしていれば、諸々の問題は解決したはずである。 俺が廊下で寝る必要もなく、肩身が 狭い思いもせずに済んだのだ。 「何故、一部屋しか取れなかったのかは 今でも謎だが……」 そういう決まりになっているらしいのだが、 今一つ釈然としなかった。 宿側も空き部屋があるのなら、一組一部屋ということに こだわる必要もなかっただろうに。 理不尽、この上ない。 「しかし、こう、なんだ……」 初めて、一人で一部屋を占拠しているのだが……。 「一人で過ごすには、微妙に広いな」 ベッドが二つ設置されているということは、 二人で泊まることが想定されていたのだろう。 室内は一人で過ごすには、いささか広かった。 「一人か、不思議な気分だな」 今まで、常に誰かと行動をともにしてきていた。 ヒスイたちと合流する前には、傍らには常にリブラが いたし、合流してからは言わずもがなである。 こうして、一人になるのはかなり久しぶりな気がする。 「これはこれで……」 空しいというか、物足りないというか。あるいは……。 寂しいというか……。 「なんてな」 内心での呟きを苦笑いをもって否定した時――。 「先生が遊びに来たよっ!」 唐突に扉を開けて、クリスが姿を現した……って。 「お前、遊びに来るの早すぎるだろっ!?」 また明日、とか言って神殿の前で 別れたばかりだというのに。 きっちり服まで着替えて来てるし! 「明日っていつかな? それはね、今なんだよ」 「言っている意味分かんねえよ!」 「明日やろうと思っていることは、今日のうちに やっておくべきってことだね」 「というわけで、お邪魔します」 言うが早いか部屋の中に入ってくるクリスを 押し留める術は俺にはなかった。 「早速、えっちなことでもしていた?」 「してねえよ!」 「お前は早速、パワー全開だな」 「うん。面倒くさい報告とか終わったからね」 「先生はついに野に解き放たれたのだっ」 「檻の中に入っててくれ」 「ジェイくん、そういうのが好きなんだ?」 「なんで、すぐにそういう話になるんだよ」 来る早々に、騒々しくさせるというか ……本当に人騒がせな奴だな。 まあ、一人で暇を持て余していたから、 ちょうどいいのはちょうどいいが。 「ともあれ、ジェイくんが寂しい思いをしてる だろうなって思って遊びに来たよ」 どうして、そうも的確に俺の心を見抜いた かのような発言をするのだろう。 俺って、そんなに分かりやすいんだろうか。 「まあ……暇だったのは確かだな。一人でゆっくり するのなんて、久しぶりだったから」 「んー、じゃあ先生がゆっくりするのを 手伝ってあげようかな」 「いや、これ以上ツッコミを入れたくないから 大人しくしておいてもらいたいんだが……」 「いいから、いいから」 俺の言葉なんてまるで聞こえないかのように、 クリスは空いているベッドの上に座り込んで。 「ジェイくん、おいで」 ぽんぽん、と自分の膝を叩きながら俺を呼んだ。 「……ん?」 おいで、ってどういうことだ? 「ジェイくんがゆっくり出来るように、 膝枕をしてあげるよ」 膝枕……だと……? 「いや、余計にゆっくり出来ないんだが……」 ただでさえ、今日はドキドキとさせられっぱなしなのだ。 更に膝枕までされるともなれば……落ち着けるわけがない。 どうにか拒否しようとするのだが……。 「ジェイくんが膝枕されるまで、先生は ここを動くつもりはないからね」 「つまり、この部屋に居座り続けるっ」 「な、なんで、そうなるんだよ!?」 「先生に居座られてもいいのかな?」 「ジェイくんが寝ている隙に色々しちゃうかもだよ?」 「どんな脅し文句だよ、お前!?」 少なくとも、女が男に対して使う 文句ではないことは確かだ。 「ちなみに、十割本気だからね」 にっこりと笑みを浮かべながらクリスが断言する。 ああ……これは、本当に十割本気っぽいな……。 「……しょうがないな」 あくまでも渋々という風を装いながら、 クリスの待つベッドへと上がる。 「うんうん。諦めと思い切りが肝心だよ」 その二つは果たして両立するものなのだろうか。 疑問を胸に、クリスに促されるままに、 その膝の上に頭を預けて横たわる。 「どう?」 「ああ、うん……柔らかい、な」 頭を預けるクリスの膝は高さもちょうど良く…… 宿の枕とは違って暖かく柔らかなものだった。 「落ち着くでしょ?」 「まあ、うん……」 確かに、悔しいが膝を借りて横になっていると、 妙に落ち着いた心地になる。なるのだが……。 俺の頭上へと覆いかぶさるように突きだされた胸が 視界に入ってくるのが気になる。 頭の中は落ち着くのだが、目が落ち着かない。 ……不思議な気分だ。 「それなりには、だな」 いっそ、目をつぶってしまえばいいのかもしれないが。 落ち着きはしないが、目に優しい。 というのが困りものだった。 「実は誰かに膝枕をしてあげるのは 初めてなんだけど……」 「なんだか、優しい気持ちになれるんだね」 「そうなのか?」 「うん。少し不思議」 クリスの言葉にはからかうような響きはなかった。 ということは、この突き出された胸は、 こう……自然なもの、なのか? まあ……大きければ、そういうことだって あるかもしれないな、うん。 「される方はどんな気分?」 「え……? ああ、そうだな……」 「正直言って、少し恥ずかしいな……」 改めて問われて、自分が感じていることを 正直に口にする。 まず浮かんでくるのは、どうしようも ない恥ずかしさだった。 「恥ずかしい、けど……」 少なくとも、さっきまで一人でいる時に 感じたような物足りなさはない。 すぐ傍に誰かの温もりを感じることが出来る。 それだけで、心境にかなりの差が出てきていた。 「……嫌いではない」 つまり、総合して考えると……そういう答えになる。 少しの恥ずかしさは残るものの、 悪くはないし、嫌いでもない。 不安を感じることはなく、どこか 安らぎすら覚えてしまうから。 「そう。良かった」 「なんなら、このまま寝てもいいよ?」 「それは流石に悪い。お前が動けなくなるだろ」 「その時は、先生もこのまま寝るだけだよ」 「やめておけ、足がつらくなるだけだ」 「俺もほどほどのところで止める。だから……」 だから、もう少しだけ、こうしていたい。 「うん、いいよ」 そんな思いを汲み取ったかのようにクリスが頷く。 それを確認した後で、ゆっくりと息を 吐き出して目を閉じる。 目を閉じて横になっていると、クリスの温もりと 存在を更に近く感じることが出来て。 胸の奥に、じわりと熱く騒ぎ出すような感覚が いつの間にか生まれていたことに気付いた。 「で、寄り道っていうのはどこに行くんだ?」 ヒスイたちと別れて、リブラと二人で王城の周囲を歩く。 傾きつつある柔らかな日差しを受けて、赤く染まる 外壁を持つ城からは、優雅さすら覚える。 同じ城でありながらも、我が魔王城とは まったく違った佇まいを見せている。 「試練の大地に立ち寄ることが 出来れば最善なのですが……」 じっと城を見上げながら、リブラが首を傾げる。 「あの鳥は、再び眠りにつきましたし」 「そうだな」 俺との戦いが終わった後で、あの鳥は 再びタマゴの中に戻って行ったらしい。 「というわけで、適当にふらふらと寄り道 しまくりながら帰ろうかと思います」 「で、手始めにここというわけか?」 「はい。そういうわけです」 相変わらず城壁へと視線を向けたまま リブラがこくん、と頷く。 「ふむ」 その視線を追いかけて、俺も城壁を見上げる。 「この城の何が気になるんだ?」 「大雑把に言ってしまえば全て、ですね」 「全て?」 本当に大雑把な話だった。 「女王はあなたの話を聞いたのですよね?」 「ん? ああ。中々物分りが良かったぞ」 これまで話しかけられなかった、というか目すら 合わせられなかったのが意外なくらいだった。 「今まで声もかけられなかったのが 嘘なくらいにですか?」 「まさに、だな」 今、まさに俺が抱いていた感想をリブラが 言い当てるかのように口にする。 「まあ、魔王という立場で会いに行ったのですから、 当然といえば当然ですが」 「魔王が来たぞー、ガハハー。とか言って、声すら かけられないとか悲しすぎますよね」 「想像しただけで泣きたくなるな」 よく分からない謎の魔法使いとして謁見していた 今までならばそれでも耐えれたが。 流石に魔王という立場でそれをやられたら 泣いてしまう自信はある。 「ともあれ、そういうわけです」 「どういうわけだよ」 このタイミングでまとめられてしまっても、 何が言いたいのかさっぱり掴めない。 「勇者とは、行動によって世界に 多大な影響を与える存在です」 「それこそ魔王を倒し、世界を救ってしまうくらいの 影響を及ぼすものです」 勇者の行動によって、これまで魔物に脅かされ 続けていた世界が、その脅威より解放される。 なるほど、世界に対して大きな影響を及ぼしているな。 「お前が気にしているのは、ヒスイが世界に どう影響を与えたかということか?」 「はい。その通りです」 リブラがようやく視線を城から俺へと移す。 「あなたは勇者に敗れ、命を救われたことに よって今回の行動を起こしました」 「あなたも、勇者に影響を与えられた 一人というわけです」 「なるほど、そうなるか」 確かにリブラの言う通りだ。 ヒスイたちに敗れた結果、俺の今回の行動に繋がった。 俺もまた、勇者に影響を受けた一人で あることに違いはない。 「そうなると、どうして試練の大地が 関わってくるんだ?」 当初、リブラは試練の大地に立ち寄ることが 出来れば最善と言っていた。 あそこには人里もないわけだし、なんの影響も 受けようがないはずだが。 「あの土地は、単に興味があるだけです」 「今ならば、実際に自分の目で 色々と見て回れますからね」 「そうか。お前は自由に動けなかったからな」 「ええ。動くつもりも、あまりありませんでしたし」 当時は、リブラは中央でキャンプを張っていただけに、 自分の目で何かを確かめることも出来ていなかった。 精々が、俺の話を聞く程度である。 「あそこは、珍しい場所です」 「まるで勇者が力を付けるためだけに存在する ……そのような場所ですから」 「確かにな」 特にヒスイに関してはその通りだ。 わざわざ伝説の聖剣なんて物が準備されて、 わざわざ女神が直々に試練を用意していた。 リブラの言うように、そのためだけに 用意された場所であるかのようだ。 「とはいえ、行けない場所に固執しても 仕方ありませんので」 「本日は、アワリティア城下町グルメツアーと しゃれ込みましょう」 「ああ、そうだな」 リブラの言葉に神妙にうなずいた後で……。 「…………え?」 今、こいつ、なんと言った? 「勇者ケーキに、勇者ランチなどが新メニューとして 出来ているようですね」 「これも、勇者が世界に与えた影響と言えるでしょう」 かなりシリアスな口調で、リブラが呟く。 「というわけで、道中もしっかりと勇者の影響を 確認していきましょう」 「お前……もしかして……」 こいつ、新しく出来た名物を食べて回る気か!? 「ご安心ください、情報はすでに入手済みですので」 ずらり、とリブラがどこからともなく本を取り出す。 これは……ガイドブック! 「ああ、なるほどな。確かに寄り道しながら 帰るって言ったもんな」 「ええ。嘘偽りは申しておりません」 「ははは。これは一本取られたな……」 「って、言うわけないだろ!!」 俺の盛大なツッコミの声は、穏やかに染まる 茜色の空へと飲まれて、消えていくのだった。 「この勇者焼きは絶品ですね」 木の串に刺さった団子状の物を食べながら、 リブラと二人で町中を歩く。 小麦粉をタマゴで溶いたものに小さく刻んだ肉を 混ぜ込み、小さく丸めて焼いたもの。 勇者焼きと名付けられた料理は確かに美味かった。 美味かったのだが。 「勇者焼きっていう名前はどうかと思うんだ」 まるで鳥の丸焼きさながらに、勇者を 焼いたような感じを受けてしまう。 「勇者の魔王討伐を記念して作られた焼き物、なんて 長い名前を毎回口にしたくはないでしょう?」 「まあ、確かに舌を噛みそうだよな」 というか、その段階で名前の付け方に 失敗している気がする。 料理を作るに至った経緯は分かるのだが、 どんな料理かさっぱり伝わってこない。 まあ、それは勇者焼きという名前でも同じことなのだが。 「長々とした名前を口にしたくない。 よって、省略して勇者焼きと呼ばれる」 「極めて理路整然としている流れではありませんか」 説明を終えてから、リブラが勇者焼きを むぐむぐと頬張る。 顔は相変わらずの無表情だが、声はこころなしか 弾んでいるように聞こえていた。 案外、勇者焼きのことを気に入っているのかもしれない。 「まあ、理屈は通っているな」 どうにも釈然としないまま、勇者焼きを齧る。 食感も味も中々悪くはない。 美味ければすべていいか、なんて気にもなってしまう。 「ちなみにこれは余談なのですが」 「うん?」 「この料理の中には小刻みにされた肉が 入っていますよね」 「ああ、入っているな」 今、まさにその肉を奥歯で噛んだところだった。 おそらくは鳥肉だろう。柔らかな食感の中で いいアクセントになっている。 「勇者によって粉々に打ち砕かれた魔王、に 見立てて入れてあるようです」 「ぶふーっ!?」 思わず、軽く吹き出してしまった。 「……汚いですよ」 かなり嫌そうな声色で非難されてしまう。 「いやいやいやいや」 「駄々っ子ですか」 さらには不名誉なそしりまで受けてしまう。 「こ、これはそんな物騒な料理だったのか!?」 「勇者の勝利記念ですからね」 「だからって、肉片に見立てるとか怖すぎるだろ!」 「ていうか、俺、粉々に打ち砕かれてねえし!」 今もこうしてピンピンしている。 粉々になんてなっていない。なっていないぞ! 「魔王としてのプライドは粉々に打ち砕かれたでしょう」 「それは……まあ、な」 「というわけです」 リブラがどこか得意げに胸を張る。 別にそんなことはないのだが、少し上手いことを 言われてしまったような気になってしまう。 「お前、今さっき、肉片って言っただろ!」 「それはそれということで」 「弁明が雑だな!」 「世界の謎がまた一つ解き明かされましたね」 「無駄に目を光らせるなっ!!」 ここぞとばかりに、自分の特性の無駄遣いをしやがって! ツッコミ入れる方が大変すぎるぞ! 「まあ、冗談はさておきまして」 「どこからどこまでが冗談なんだよ……」 「魔王としてのプライドは粉々に、の辺りからですね」 「肉片に見立てているっていうのは本当なのかよ」 知らなかったとはいえ、とんでもない 料理を食べてしまった。 なんだか、お腹が痛くなってきたような気がしてきた。 「……んー」 「ああ、そこから冗談でした」 「お前……っ!?」 しれっとした顔でリブラが告げてくる。 「まあ、そうだよな……」 「いくらなんでも、肉片に見立てるとか そんな物騒な料理は作られないよな」 そんな料理、誰が好きこのんで食べるというのだろう。 「ともあれ、世界はいかがですか?」 ゆったりとしたペースで料理を口に運びながら、 不意にリブラが俺を見上げてくる。 透明な、何を考えているのか分からない目が、 じっと俺を見つめる。 「いかがって言われてもな」 軽く辺りを見渡す。 アワリティア城下町は、人の賑やかさに満ち溢れている。 その様相を一言で表すのならば。 「……相変わらず、だよな」 そうなるだろう。 勇者焼き、なんて新たな名物料理が作られるくらい だから、多少は勝利に浮かれているのだろうが……。 表立って何か変わったようには思えない。 「相変わらず、ですか」 俺の答えを繰り返しながら、リブラが首を傾げる。 「忌々しいとは思わないのですか?」 「あなたの敗北を皆が祝っているのに」 「……ああ」 そうだ。 勝利を祝っているということは、俺の敗北を 喜ばれているということに等しい。 「そうだな、確かにそうなるな」 「にも関わらず、相変わらずの光景に見えますか?」 リブラの言葉に、改めて周囲を見渡す。 そこに広がっている光景はやはり相変わらず、 という言葉以外の何物でもなく。 それ以外の悪感情は沸いてこなかった。 「相変わらず、だな。やはり」 「そうですか」 小さく頷くと、リブラはそれ以上何かを言うわけでもなく、 もくもくと勇者焼きを食べ始める。 一口が小さいためか、食べるスピードは早いとは言えずに、 食べている様はまるで小動物のような可愛らしさがあった。 「相変わらず、か」 自分が導き出した答えをもう一度小さく呟く。 それ以上の感情が出てこないのは、俺が敗北を 受け入れたからというのもあるだろう。 勇者は世界に影響を与える、というリブラの言葉が 不意に耳の奥でよみがえる。 「俺もそうなんだろうな」 俺もヒスイの影響を受けた一人。 その言葉に、今更ながら納得が浮いて きたような心地になってきた。 それが悪いことだとは感じないのも、 きっとヒスイの影響なのだろう。 「だとすれば……」 世界は案外悪いものでもないのかもしれない。 そんな思いが、胸の奥から沸き起こってきた。 「師匠」 クイっとリブラに袖を引っ張られて、思索の中に 沈んでいた意識が浮き上がってくる。 人前用の呼称でもあったために、 反応は少し遅れてしまった。 「……どうした?」 言葉を発するまでに、少し間が 生まれてしまったのは……。 「お願いがあります」 リブラが息を飲んでしまいそうになるくらいに、真剣な 眼差しを俺に向けてきていたからだった。 「言ってみろ」 こいつがこんな目をするのは、初めて見た気がする。 若干乾いた声で、先を促す。 「本日の夕食は、勇者定食にいたしましょう」 …………。 「……はい?」 「時間限定で提供されている新メニューです」 「本日の夕食はそれにいたしましょう」 「お前……」 人が真剣に色々と考えている横で、こいつは 何を考えているんだ……。 「一日限定20食らしいです」 「……場所はどこだ?」 「あの角を曲がった先です」 「そうか……」 なんだろう、この脱力感は。 最早、ツッコミを入れる気にすらならない。 なんというツッコミ殺しの技。 「案内してくれ」 「お任せください」 自信たっぷりに頷いた後で、リブラが先に立って歩き出す。 「……はあ」 嘆息とともに、その背を追いかける。 なんて気楽な奴だろうか。心の底からそう思う。 「だが……」 もしかしたら、俺もそのくらいでいた方が いいのかもしれない。 女王との謁見という大仕事が終わった今は、 いわば幕間のような時間。 次の出番がくるまで、一休みくらいの 心地でいるのも悪くない。 「早くしてください、師匠」 「分かった、分かった」 どのみち、気楽な帰り道なのだ。 今はリブラの食道楽にゆっくり付き合うとしよう。 肩を竦めてリブラの背を追いかけながら、 そんなことを思っていた。 「はふう……」 ベッドの上でごろごろと寝転がりながら、 リブラが満足そうな吐息をもらす。 実に満ち足りたような表情だ。 「たっぷりと食事を楽しんだ後で、惰眠をむさぼる」 「これに勝る喜びを、わたくしは知りません」 「俗っぽいな、伝説の魔道書」 今のリブラの姿を見て、その本質が魔道書で あることを誰が想像出来るだろうか。 俺ですら、たまにこいつが魔道書であることを 怪しく思ってしまう。 「わたくしは親しみやすい伝説の“魔道書”ですので」 「もう少し、ありがたみを感じさせてくれよ」 「そうは言われましても」 寝転がっていたリブラがのろのろと上体を起こす。 「これまでに、ありがたみなら散々 味わったでしょう?」 「まあ、確かにそうだな」 旅の中でリブラの存在がどれほど助けになっただろうか。 そして、それ以上にどれほどツッコミを 入れさせられただろうか。 さらに、どれほどからかわれただろうか。 「……色々差し引いたら、ありがたみが マイナスに突入しそうなんだが?」 「減点方式でしか評価を出来ないとは、 可哀想な方ですね」 「お前っ!?」 早速、ありがたみが更にマイナスの 領域へと踏み込んでしまった。 「わたくしのありがたみは、あなただけが 知っていればそれで十分でしょう」 「わたくしの所有者はあなたです。それだけは、 間違いのない事実なのですから」 じっと、透明な視線で俺を見上げながら リブラがはっきりと口にする。 「それは……確かにそうだけどな」 改めて所有者と口に出されて、 何故か戸惑いを覚えてしまう。 リブラが魔道書であることなど、誰よりも 俺が承知しているはずなのに。 「わたくしはこれでいいのです」 平坦な口調で告げながら、リブラが 再びベッドに寝転がる。 「というわけで、所有者である魔王様は 美味しい食事をわたくしに与えるのです」 ……なんか、騙されている気がしてきた。 「というか、前々から疑問だったのだが、 お前は食事を取る必要はあるのか?」 今日も、そしてこれまでの旅の中でも。 こいつは普通に俺たちの中に交じって、 普通に食事を取っていた。 「なるほど。いい問いですね」 ごろりごろりと転がりながら、 リブラが俺を見上げる。 今までにないくらいだらだらと しているな、こいつ。 「魔王様は歌は好きですか?」 俺の問いかけに直接答えることはせずに、リブラが まったく関係のない問いを返してくる。 何故、このタイミングで歌が好きか どうかを尋ねてくるのだろう。 「いや、そこまで好きではないが……」 「そうですか。大好きで大好きでたまりませんか」 「俺の話を聞けよ!?」 「そんな歌が大好きな魔王様にもう一度尋ねますが」 「ごり押すくらいだったら、最初から聞くなよ……」 肩を落としながら、溜息を漏らす。 俺のその仕草を諦めと受け取ったのか……いや、 受け取らずとも勝手に進めていただろう。 「あなたが生きるにあたって、 歌を歌う必要はありますか?」 リブラが淡々と問いかけてくる。 「一切ないな」 歌が大好きというわけでもない俺は、即答を返す。 「というわけです」 俺の答えを聞き終えてから、リブラが したり顔で大きく頷く。 「魔王様が歌を大好きなように、 わたくしも食事が大好きです」 こいつの中ではもうすっかり、俺は歌が 大好きなことになっているらしい。 なんか、もう、それでいいや。 「わたくしは魔道書である以上、食事を 取らずとも死ぬことはありません」 「同様に、魔王様が歌を歌わずとも 死ぬことはありません」 「そりゃな」 「つまり、食事とはわたくしにとって 潤いのようなものです」 「なくとも構いませんが、あった方が心が 豊かになれる。そういうものです」 「……なるほど」 まあ、言いたいことは大体分かった。 食事という行為をこいつは楽しんでいるのだな。 「知識だけではなく、経験まで蓄積する」 「わたくしは、そのために意識と この姿を持ち合わせているのです」 従来の書物であれば、蓄積されるのは知識だけだ。 それは例え魔道書であったとしても変わらない。 経験というものは書物に記すことが出来ず、 書物から学ぶことも出来ない。 「兼ね備えているからこその伝説、か」 知識のみならず経験までを得るために、 人の姿と意識を持つ。 なるほど。伝説と呼ぶにふさわしい魔道書だ。 「その通りです。なので、わたくしを 褒め称えると良いでしょう」 「すまん。ベッドでごろごろしている奴を 褒め称える気にはなれない」 いくらすごい存在であるとはいえ、寝転がって だらけている奴は褒められない。 せめて、もう少しまともにして いてくれたら話は別なのだが。 「では、崇めても良いのですよ」 「何故ランクアップさせた」 本当に、今日はだらけすぎだろう。こいつ。 「ともあれ、そんな感じです」 「なので、明日も色々と食べ歩きましょう」 「せめて、勇者の影響を確かめるという建前 くらいは忘れないでおいてくれよ……」 「おっと、そうでした」 「世界がどのような影響を受けているのか 明日も確かめましょう」 「今更真面目になられても…… それはそれで困るな……」 せめて……せめて、ベッドから起き上がる くらいは……やってくれ……。 全てが台なしじゃないか……。 「お腹いっぱいで、眠い時には難しい要求です」 「……そうか」 まあ、お腹いっぱいで、なおかつ眠い時に 真面目になんてなれないよな。 そうだよな……その気持ちは、なんとか分かる。 「しょうがないな、まったく。今日は、もう寝るか」 重く考える必要も、生真面目に考えすぎる必要もない。 きっと明日は明日の風が吹くだろう。 そういう感じに気楽に構えておこう。 「惰眠をむさぼるのも、大好きです」 「それは俺もだな」 今までは、のんびりと眠るような暇もなかった気がする。 緩やかに息をこぼしながら、倒れ込むように ベッドの上に身を投げ出す。 「なあ、リブラ」 「なんですか?」 「……おやすみ」 就寝の挨拶とともに、まぶたを落とす。 「おやすみなさい」 互いに挨拶を交わしながら、静かに 意識を手放して眠りへと落ちて行く。 明日はどんな日になるのだろうか。 そんなことを、最後に考えていた。 「なあ、ヒスイ……」 「なんですか?」 「お前、俺が世界を好きになって くれたらいい、って言ったよな?」 「はいっ!」 「それは、こう、つまりだ」 「この世界はいい世界だなあ、と俺が思うように なってほしいってことだよな?」 「はい、その通りです!」 「そうか。だったら……」 「なんで、こんな場所にいるんだよ!?」 見渡す限りの砂、砂、砂。 そして、頭上に輝く太陽が、俺たちを暑く彩る。 見忘れることなんてない風景。 ここは……。 「砂の海じゃねえかよ!!」 「はいっ!」 「いや、元気よく返事されても」 うんざりするような暑さの下、二人で歩き続ける。 ここを立て続けに三回も歩いて渡った記憶が まざまざとよみがえってくる。 それは決して良い思い出ということはなく、 どちらかといえばトラウマに入る。 「ジェイさん、お好きかと思いまして」 「んなわけないだろ!」 しかも、今は二人だけの旅である。馬車すらもない。 というか、あれだけ乗り物がないと渡るのすら 難しい場所って言われたのになあ……。 まあ、例え馬車があったとしても、ほとんど 歩いて渡ったのと同じようなことだが。 「でも、ジェイさん言ってましたよね?」 「何をだ……」 「ここを緑豊かな場所にしたい、って」 「……はっ!」 そういえば、そんなことを言った覚えが あるような、ないような……。 「そんなこと、言ったか?」 「はい。ぐっと拳を握りしめて、目を燃やしながら、 熱い感じで宣言してましたよ」 「……そんなこと、言ったか?」 ええっと、確か日陰が見当たらないから、やけくそ気味に ここを緑豊かな地にしてやる、って言った気がする。 決して、熱く宣言するようなことは しなかったはずだが……。 ああ、でも、ヒスイは俺との会話を 全部覚えているんだよな……。 「本当に、そんな感じで言ってたか?」 「とっても熱血でしたよ」 「……そうか」 とても熱血だったか、そうか。 当時の俺は、よっぽど暑さが嫌だったのだな。 今だって嫌だし……。 「どうすれば、豊かな土地に出来るんだろうな……」 まあ、確かにここが緑豊かな地になったら、 多少は好きになれるかもしれない。 精々、マイナスがゼロになるくらいだが。 「えーっと、木を植えていくとかどうでしょう?」 「それは手で、ってことか?」 「手で、ですね」 「ということは、大規模な作業は無理だよな」 「多分、一本ずつ植えていく感じだと思います」 「植えた後は、木の世話をしなくちゃいけないわけだな」 「そうですね。お水をあげないと枯れちゃいますし」 「木が大きくなるまで、面倒見るのか……」 「かなり時間かかっちゃいますね」 「だよなあ……」 かなり面倒くさいというか、地道に根気よく作業を 続けなければいけないわけか。 植えた木が立派に成長するまで、どのくらい かかるんだろう……。 数年? あるいは、数十年? 「それだけ手間暇かけたら、愛着は沸くだろうな……」 とてもではないが、義務的に作業をこなすだけでは 続けられないような作業だろう。 「はい。そして、きっと砂の海のことが 好きになりますねっ!」 「だよなー、そうなるよなー」 ははっ、と互いに軽い笑いを交わしあう。 「……って、そんなわけないだろ!」 「そこまでしてやる義理はねえよ!」 「大丈夫です、任せて下さい。わたし、勇者ですよ?」 「それは知ってるが、それとこれとは関係ないだろ!」 砂の海に木を植えることと、勇者であることが どう結び付くのかさっぱり分からない! 「わたしも手伝いますから、こつこつと頑張りましょう」 ね? とヒスイが緩やかに首を傾ける。 ぐう……おのれ勇者め。そんな小首を傾げながら 言われては、むげに断れないではないか! 「……その気になったらな」 だが、決して同意するわけにはいかない。 特に必要のない面倒事はごめんだ。 ここは鋼の精神力で、どうにか曖昧な答えを絞り出す。 「じゃあ、準備だけしておきますね」 一体何をどう準備するというのだろうか。 それを尋ねたら、ずぶずぶと深みに はまっていくような気がした。 照りつける太陽の下。 「……それにしても暑いな」 「そうですねー」 早く、町に付いてくれないものかと、 俺は願い続けるのだった。 「もう、すっかり暗くなっちゃいましたね」 砂の海を抜けて、海沿いの町へと辿り着いた頃には、 辺りはすっかりと暗くなっていた。 「まあ、強行軍ではあったが、砂の海で 一泊はしたくないからな」 「確か、とっても寒くなるんですよね。日が沈むと」 「そうらしいな」 あくまでもリブラに聞いた話によればだが、 夜間の砂の海は極寒の地となるらしい。 昼間は灼熱、夜間は極寒。本当に優しくない場所だな。 そんな場所を好きになれる自信はないぞ。 「宿はこっちの方だったよな?」 「はい。そうだったはずです」 「ふぅ、早くベッドでゆっくりしたいな」 今はとにかくベッドが恋しい。 ふかふかじゃなくてもいい。体を休ませることが 出来れば、ぜいたくは言わない。 「ジェイさん、かなりお疲れですね」 「俺はインドア派だからな」 これまでも繰り返してきたように、 俺はインドア派魔王である。 魔王としての力を最大限に発揮する時以外は、 人並みの体力しかない。 「ヒスイはまだまだ元気そうだな」 「はい、勇者ですからっ!」 「……勇者が関係するのか?」 「勇者は体が資本ですから」 ヒスイは笑いながら、ぐっとガッツポーズを 取って見せる。 勇者は体が資本、か。随分と肉体派な言葉だ。 だが、過酷な冒険と戦闘を切り抜けるには、 体力が必要不可欠なのは確かだろう。 「俺も体を鍛えようかな」 体力があるというのは、それだけで色々と便利である。 一日に歩ける距離だって結構違ってくるし、 歩く速度もかなり差が付く。 俺もそろそろインドア派魔王を卒業しようかな。 「あ、だったら勇者筋トレを一緒にやりますか?」 「ゆ、勇者筋トレ?」 「勇者筋肉トレーニングの略です」 「ああ、いや、正式名称を尋ねたわけじゃないんだ」 耳慣れない単語が唐突に飛び出してきたために、 思わず聞き返してしまっていた。 「その勇者筋トレって何をするんだ?」 「勇者的に筋肉を鍛える運動です」 「……そうか」 具体的な説明が一切ねええええ! 「勇者筋トレを続けると、体にもいいんですよ」 「わたしも、こっそり毎日続けています」 ヒスイがにっこりと笑いながら、ブイサインを作る。 勇者筋トレか。ヒスイの体力の裏には、 そんな地道な努力があったんだな。 トレーニングの内容は一切分からないが。 「……うん? 毎日ってことは、 冒険の間もしていたのか?」 「はい。実はこっそりと」 「そうなのか……まったく気付かなかったぞ」 誰にも悟らせることなく、影で努力を続ける。 流石は勇者と言うより他にない。 「やっている所を人に見られると、効果がないんですよ」 「なんでだっ!?」 まるで、呪術じゃないか! なんだ、それ。呪われているトレーニングか! 「どうしてでしょうね?」 しかも、何故効果がなくなるのか、 本人も分かっていない様子だ。 世界にはまだまだ謎が満ちている。 俺はそう思わざるをえなかった。 「無事にお部屋が取れましたっ!」 「そうだな……一部屋だけ取れたな」 二部屋取りたいという俺の主張は宿の主人に受け 入れられずに、結局ヒスイと同じ部屋に通された。 この、宿は必ず一部屋しか取れないという縛りは、 どうして存在するのだろうか。 まあ……考えてもしょうがない。 今は、疲れを癒すことが先決だ。 「ようやく、ゆっくり休める」 やれやれ、とため息を漏らしながら ベッドに腰を下ろす。 「ジェイさん、本当にお疲れですね」 同様に隣のベッドに座りながら、ヒスイがくすっと微笑む。 向かい合う俺たちの間に邪魔するものは何もない。 少し手を伸ばすだけであっさりとヒスイに 触れることが出来そうな距離。 「こう、なんだ。静かだよな」 二人きりの空間で黙り続けているとおかしな気を 起こしてしまいそうで、慌てて口を開く。 おかしな気を起こしてしまう……って、 何を言っているんだ、俺は。 「そうですね。部屋がとっても広く感じます」 「まあ、他の奴らがいないからなあ」 冒険の間は、ここにカレンがいて、 クリスがいて、リブラがいた。 五人で寝泊まりするには手狭な部屋も、 二人にとってはやや広すぎる。 「二人っきり、ですね」 頬を染めながら、ヒスイがぽつりと漏らす。 「そ、そうだな……」 ……って、しまった!? 二人きりということを、改めて意識してしまった! 「……ふふ」 赤い頬で微笑むヒスイが、どこか嬉しそうに 見えるのは俺の気のせいだろうか。 気のせいではない、だろう……。 「…………」 ヒスイは俺のことをどう思っているのだろう。 それが気になって、つい黙り込んでしまう。 冒険の間、俺を見るヒスイの目が尊敬の色に 輝いていたのは知っていた。 少なくとも、嫌われてはいないだろうことも理解していた。 成り行きで体を重ねてしまったことも、相手が俺だった から後悔はしてないと言っていた。 ヒスイは、俺のことをどう思っているのか。 今まで考えないようにしてきた問いを、考え込んでしまう。 答えはほぼ出ているようなものなのに。 「ジェイさん」 「ん……? おおうっ!?」 気付けば、ヒスイの顔が間近にあった。 いつの間にか、近寄ってきていたらしい。 考え事をしていて、気付けなかった……。 「わたしが楽にしてあげますよ」 「……え?」 ちょ、そ、それはどういう意味だ!? 俺の戸惑いをよそに、ヒスイの両腕が 俺の肩へと添えられる。 頬を赤らめたままのヒスイの目が、 じっと俺の目を見つめてくる。 これは……あれか? そういう意味か!? い、いや、今は駄目だ。まだ戸惑い続けている 俺では、ヒスイを受け入れることなんて……! 「ジェイさん……」 ……よし、とりあえず一回くらい流されてもいいだろう。 後のことは、まあ、その後で考えよう。よし。 「ヒスイ……」 ヒスイに頷きを向けて、そのままそっと顔を寄せ合い……。 「マッサージをしますねっ!」 「え……? マ、マッサージ……?」 いや、あれ、これは、その、艶っぽい展開とか、 そういう流れじゃなかったのか? 「はい。今日はたくさん歩いたので、ジェイさん 疲れているんですよね?」 「ずっとボーっとしてましたし」 「あ、え、そ、そうだな」 ああ……俺がボーっとしてたのを心配してくれたのか。 だ、だよな。クリスならいざ知らず、ヒスイから、こう、 そういう流れに持っていったりはしないよな。 やれやれ、俺の考えすぎだったか。……恥ずかしい。 「わたし、こう見えてもマッサージ得意なんですよ。 安心して、任せて下さい」 「そうか。じゃあ、折角だし頼もうかな」 「はいっ! では、うつ伏せになって下さい」 まあ、疲れているのも事実だ。だからこそ、 頭が回らない部分もあるのだろう。 ここはヒスイの好意に甘えておこう。 ベッドの上にうつ伏せに寝転がりながら、そう考える。 「じゃあ、失礼します」 「おおっ!?」 腰の辺りに、柔らかい感触を覚える。これは…… ヒスイがまたがっているのか!? 「力を抜いてて下さいね」 「え? あ、ああ……」 いやいやいや、無理だ。力を抜くなんて、無理だ。 緊張してしまう。緊張しないわけがない。 「んーっ」 「おおうっ!?」 ヒスイの指が背中をグイッと押してくる。 なるほど。言うだけあって、普通に上手いじゃないか。 実に心地良い。 「気持ちいいですか?」 「ああ。ちょうどいいぞ」 「よかった。じゃあ、続けます」 心地良い。心地良いのはいいんだが……。 「んっ」 うつ伏せのまま、腰のあたりに感じるヒスイの感触。 俺を押すたびにすぐ近くで漏れる吐息。 二人の体重を受けて、軽く軋むベッド。 「…………」 落ち着かねええええ!! 落ち着くわけがねえええ!! 「この辺りは、どうですか?」 「え? あ、ああ、気持ちいい……ぞ……」 ヒスイの問いかけも、なんだか違った意味に聞こえてくる。 な、なんだ、この状況は……。 「んんっ」 肉体敵な疲労が回復する代償に、 精神的な疲労が蓄積していくような。 そんな夜だった――。 妙に疲れた夜も終わり、迎えた翌日。 「えへへー」 水着姿のヒスイと二人で砂浜に座る。 以前、海沿いの町に来た時と同様、 俺たちは海水浴を楽しむことにした。 やはり、海に来たからには泳ぐ。 泳ぐと言ったら、水着である。 そう、水着である。 「ジェイさんと、また一緒に海に 来れるなんて思いませんでした」 船が苦手なだけで、海自体は好きなのだろう。 ヒスイは顔を輝かせて、にこにこと笑っている。 「そうだな。俺も思わなかったよ」 こうして、また海で一緒に泳ぐなんて、 本当に想像もしていなかった。 まあ、世の中、俺が想像もしなかったことだらけなのだが。 「わたし、嬉しくって水着を新しく買っちゃいました!」 「ほう」 そうなのか、と思ってヒスイの格好を改めて眺める。 以前の水着と同じものにしか見えないのだが……。 「え、えっと……その……に、似合います、か……?」 頬を赤らめながら、ヒスイが尋ねてくる。 ……前と同じにしか見えない、なんて 言える空気じゃないな。 「ああ。よく似合ってるぞ」 「そうですかっ!? よかったー!」 まあ、かなり、俺の目に優しい水着姿だし。 似合っているのも確かだ。 そこは認めよう。 「よーっし」 勢いよく立ち上がったヒスイが、背伸びをするように 両手を大きく上へと伸ばし。 「それじゃ、泳ぎましょう。ジェイさん!」 キラキラとした笑顔を、俺に向けてくる。 「そうだな」 折角海に来たのだ、泳がないという選択肢はありえない。 だが、俺は生粋のインドア派魔王。念のために、 しっかりと準備運動を済ませてから泳ごう。 そうしないと、足がつりそうだし。 「先に遊んでてくれ、俺は準備運動を 済ませてからにする」 「分かりました。待ってますね!」 元気よく頷いたヒスイは、駆け足で海へと向かう。 白い砂の上に、ヒスイの足跡が点々と刻まれる。 「元気だよな、本当に」 はしゃぐヒスイを遠目に見ながら、微笑ましさを感じる。 だが、まあ、はしゃぐ気持ちも分からないでもない。 砂の海は嫌いな俺でも、砂浜は平気だ。心が躍る。 ただ海があるかないか。違いはそれだけなのに。 まあ……水着も重要な要因の一つだが。 「……悪くはない」 世界を好きになれるかどうかはまだ分からない。 だが、少なくとも、海が好きなのは確かだ。 何かを好きになるということは、つまるところ、 良い部分を見つけるところから始まるのだろうな。 「この世界の良い部分、か」 それが見つかれば、俺もこの世界を 好きになれるのだろうか。 「あーん? どこかで見たことある奴がいるぞ?」 「……本当だ」 聞き覚えのある声に振り返る。おおよそ、 誰かの見当は付いていたが。 振り返った先に立っていたのは、やはりグリーンと アクアリーフの二人組だった。 「久しぶりだな」 この二人とは、魔王城の中で暴れている 場面に出くわして以来だな。 「久しぶり……だね……」 どうやら、今日のアクアリーフは 落ち着いているようだな。 本当に裏表というか、二面性がすごいな。こいつは。 「それで……誰だっけ?」 「俺だよ、俺ッ!」 「そんな名前の奴、知り合いにいたっけ?」 「ああ、ほら……勇者と一緒に旅を していた魔法使いのジェイだ」 「うん、知ってる……」 「なんで、急にまた名乗ったんだ?」 「お前らぁっ!?」 誰だっけ、とか言いだしたのはどいつだ!! 「まあ、軽い冗談はこの辺りにしておいて」 「しておいて……」 「どうやら、無事に生き延びたみたいだな」 「うん……?」 「みんなが……あなたを運ぶところを……見た、の」 「ああ……そうなのか」 ということは、もしかしたらこの二人も 俺の正体を知っているのだろうか? 「あなたが誰でも……関係ない、よ」 まるで、俺の心を見透かしたかのようなタイミングだった。 思わず面食らったように、瞬きを繰り返してしまう。 「俺のことを知っていて、そう言うのか?」 「ああ。魔王なんだって?」 「お前……」 あっさりとグリーンが頷いたことに、 少し驚いてしまう。 「もしかして、悩んでいたりする……?」 「……まあ、多少はな」 「自分がいていいのか、とかそういうのか?」 「まさに、だな」 俺はここにいていいのか? 根底にあるのは、そういう迷いだ。 俺はきっと、その迷いを振りきれていない。 「自分の存在意義がどうのとか、 あれだよな、厨二だよな」 「うん。厨二おつ……」 何故だろう。意味はよく分からないのに、とても 馬鹿にされた気分になってしまうのは。 「ともあれ、悩むことか?」 「俺にとっては、な」 「んー、別にいいんじゃねえかなあ。 魔王が平和に暮らしたってさ」 「兄ちゃんが悪いことしてるんなら別だけどさ」 悪いこと、か……特にした覚えはない。というか、 俺は魔王として何もすることが出来なかった。 「んー……気楽に生きる……って言い方は ……違うかもしれない、けど」 「悩み過ぎたって、何か解決するものでもないしなあ」 「……まあな」 考え込んだところで、答えが出せるわけではない。 それは俺も分かっていた。 自分の中に明確な答えが存在しているのだとすれば、 最初から悩むはずはない。 「まあ、どうしても納得出来ないっていうんなら、 簡単な解決方法を教えてやろうか?」 「どんな方法だ?」 「負けた奴は、勝った奴の言うことに従え」 「……は?」 「弱肉強食……だね」 「そうそう、それ……って少し違わないか?」 「そう……かな……?」 「一期一会……だっけ?」 「それは確実に違う」 それは本当にシンプルで、簡単な解決方法だった。 単純で簡潔。だからこそ、最もシビアな原始的な解決方法。 「敗者は勝者に従う、か……分かりやすい 理屈だが……そうだな」 なんとなくだが……ヒスイはきっと、そういう 解決方法を望んでいない気がする。 だから……。 「もう少し、考えてみることにする」 自分の中で、答えを見出したい。 そんな気持ちになる。 「そっか。まあ、海で遊べるくらいには 心の余裕もあるみたいだしな」 「アタシらが余計な心配する必要はないか」 「うん、そうだね……」 二人が顔を見合わせて頷き合う。 その後で、視線が俺へと戻ってきて。 「そういえば……今日は、一人……?」 「前にここで会った時は……みんなと一緒だった、けど」 そういえば、以前にもこの辺りで二人と出会ったな。 今までの道のりを辿る旅ではあるが、 すごい偶然もあったものだ。 まるで、本当に繰り返しているかのようだな。 「ああ、いや、今日は……」 「ジェイさーん!」 明るい声とともに、ヒスイが駆け寄ってくる。 説明の手間が省けたな。 「見ての通りだ」 「へえ……」 「ふーん……」 途端に、二人がニヤニヤと笑いだす。 ヒスイと二人旅であることに違いはない。ここは、 そのニヤニヤ笑いを甘んじて受け入れるしかない。 「あ、グリーンさん、アクアリーフさん! お久しぶりです!」 「うっす、久しぶり。色々とおめでとう」 「え?」 「頑張ってね……」 「はいっ、頑張ります!」 ヒスイが元気に頷く。 きっと、何がめでたくて、何を応援されているのか、 本人は理解していないだろうな。 「そんじゃ、アタシらはそろそろ行くか」 「うん……後は、若い二人にお任せ……」 「その言い方はなんだ?」 「特に深い意味はない……よ」 「ないよな」 嘘だ。明らかに嘘だ。だって、二人とも ニヤニヤ笑っていやがるし! 「あ、もう行かれるんですね。次にお会いした時は、 たくさんお話させて下さいね」 「ああ。たーっぷりとお話しようぜ」 「根掘り……葉掘り……」 こいつら、一体何を聞くつもりだ!? 口に出したら怖いので、内心でだけツッコミを入れておく。 「じゃあな!」 「お邪魔……しました……」 最後までニヤニヤと笑いながら、二人は去って行った。 ふらっと現れては、何か影響を残して去って行く。 本当におかしな奴らだ。 「お二人とどんな話をされてたんですか?」 「ん、まあ、色々だが……」 不意に、ヒスイに尋ねてみたくなった。 重い問いかけではなくて、簡単な軽い問い。 「ヒスイ、お前は俺といて楽しいか?」 案外、こういう軽い問いの中に答えは あるのかもしれない。 あるいは、答えそのものではなくとも、 何かしらのヒントはあるかもしれない。 「はいっ!」 ヒスイの答えは極めてシンプルだった。 見ているこっちの胸が暖かくなるような、 そんな明るい笑顔。 「……そうか」 ヒスイの返事に、満たされたような気持ちになる。 こいつの笑顔は本当に心地いい。もっと 見ていたくなってくる。 「わたしはジェイさんと一緒にいれて 楽しいですし、とっても嬉しいです」 ヒスイが本当に楽しんでくれていることは、 見ていれば分かった。 二人で旅をしている間、ヒスイはずっと笑顔だったから。 「ジェイさんは……その……」 「……うん?」 一転して、ヒスイはためらいがちに口を開き始めた。 不安そうに緩く首を傾けて。 「わたしと一緒で……楽しい、ですか……?」 俺に、そう尋ねてきた。 そうか……。ヒスイは楽しんでいることを ずっと俺に伝えてきていた。 だが、俺はヒスイに何か伝えていただろうか。 戸惑いと迷いばかりを引きずり、 何も伝えられていなかった。 「ヒスイ……」 名を呼びながら、ヒスイの手を取る。 柔らかな指を、そっと握り締めて。 「一緒に泳ぐぞ」 「……え?」 ヒスイがきょとんとした顔になるのもお構いなしに、 そのまま手を引いて海へと駆け出す。 「あ、あの、ジェイさん?」 戸惑いながらも、俺に引っ張られるように ヒスイも駆け出す。 素直に口に出すのは恥ずかしいから、行動で答えよう。 「これが、俺の答えだ」 「あ……」 俺の言葉で、納得が出来たようだ。短い呟きとともに、 ヒスイの顔には笑顔が戻り。 「ちゃんと言葉で言って下さい!」 笑いながら、抗議の声を上げてきた。 「そのうちな!」 ヒスイに。そして、その仲間たちに。 望まれて、俺はこうして命があるわけで。 悩まずに生きていくのは無理だとしても、 せめて少しくらいは前向きになろうと。 俺は、ようやく笑顔を浮かべることが出来た気がした。 「…………」 目が覚めて、まず飛び込んできた姿に、 俺は言葉を失ってしまった。 隙だらけというか、無防備というか。 そのどちらでもあるというか。 とにかく、とんでもない恰好であることに変わりはない。 「ああ、今日も爽やかな朝だな」 俺に出来ることは、そっとカレンから目を 逸らしてやることだけだった。 現実から逃避するかのように、窓の外に 視線を向けながら小さく呟く。 ついでとばかりに、ベッドから立ち上がって 大きく背伸びを行う。 「どうして、俺は廊下で寝なかったんだろう」 今までは、五人で2つのベッドを使っていたために、 俺は廊下で寝ていたのだが、今は二人旅。 誰に気兼ねすることなくベッドを使えるという誘惑に抗い きれず、昨夜はカレンと同じ部屋で寝ることにした。 まあ、もう一部屋取っておけば、 なんの問題もなかったのだが……。 まるで世界から拒絶されているかのように、 それだけは出来なかった。 「まさか、こんな罠が待っていたとは」 チラ、と横目でカレンを再び確認する。 こんな姿を朝から見せられて、 俺にどうしろというのだ。 「本当にどうしたものだろうな……」 流石に起こすのはちょっとためらわれる。 こんな大胆な寝相ならば、なおさらだ。 起きて、自分の状態に気付いた後で 大慌てしてしまうだろう。 仮に俺がカレンの立場だとすれば、そうする。 「ったく、幸せそうに寝やがって」 起こすのをためらう理由のもう一つがそれだった。 折角、ぐっすりと気持ちよさそうに寝ているところを、 わざわざ起こさなくてもいいだろう。 急ぐ旅でもないし、多少ゆっくりしたところで問題はない。 「せめて、布団くらいはかけてやるか」 しょうがない、とため息を漏らしながら カレンのベッドへと近寄る。 「しかし、こう……」 やはりというか、どうしてもというか、 カレンをじっと見てしまう。 あまりにも無防備すぎる寝姿に、今なら少しくらい何か しても起きないんじゃないか、と悪い気持ちが起こる。 「いやいやいや……」 ゆっくりと首を左右に振って、 湧き上がってきた思いを振り払う。 まったく……俺は何を考えているんだ。 少しくらい何かしても起きないかもしれない、なんて。 「いや、だが……」 こう、一度は体を重ねたというか、 そういうことをしたわけだし……。 もしかしたら、軽く触るくらいなら平気かもしれない。 そう、ある種のスキンシップとして。 「いや、待て。落ち着け、俺」 流石に、寝ている状態に色々するのは駄目だろ。 相手の意識がないのをいいことに、 触ったり揉んだりはいけない気がする。 せめて起きている時に、合意の上でだな……。 「……本当に、落ち着け」 だから、俺は何を考えているんだ……! これだと、寝相の悪い女に朝から 欲情しているようではないか。 「そのまんまじゃねえかよ!」 だが……。 下心とは別に、カレンに触れたいと いう気持ちがあるのも確かで。 その気持ちに気付いた瞬間、アワリティア城下町で 腕を握られた感触がよみがえる。 「ああいう風に……」 「うーん……」 触れられたい、と口にしそうになった瞬間、 カレンが身じろぎをする。 起きてしまったか、と慌てて体を離す。 「むぅ……魔法使い……」 「……え?」 寝言、だろうか。目を閉じたまま、カレンが 不明瞭に紡いだ言葉は、俺を呼ぶものだった。 思ってもみない不意打ちに、胸がドキっと大きく弾む。 「その肉は……私のだぞ……むぅ……」 「ベタすぎるだろ……」 全身から一気に力が抜けて、その場に 膝を付きそうになってしまう。 「まったく……こいつは……」 寝ていても俺を振り回すとは…… カレン、おそろしい奴だ。 だが、おかげでさっきまで全身に張りつめていた緊張が 一気に解れたような気分にもなった。 「やれやれ。布団をかけるだけにしておこう」 せめて、それくらいはしてやろう。 布団をかけてやろうと、そっと手を伸ばしたところで。 「んう……?」 カレンがうっすらと目を開けた。 「……あ」 しまった。布団をかけようとした タイミングで起きるとは……。 やれやれ。親切とは難しいものだな。 「よう、おはよう」 「おは……よう……?」 かなり眠気の残ったままの声で、 カレンがぼんやりと挨拶を返す。 「魔法……使い……一体、何を……?」 「なぁぁぁぁっ!?」 「うおっ!?」 いきなりの大声量に、咄嗟に耳を押さえてしまう。 「え、ちょ、な、み、見ないでくれっ!?」 自分の格好に気付いたのだろう。 カレンは頬を赤くさせながら、じたばたと もがくように布団に潜ろうとする。 「や、やめろ! ますます見えそうになっているぞ!」 だが、もがけばもがくほど、着衣はますます乱れていき、 かなりギリギリなラインまでずり下がってくる。 「そ、外を見ておけっ!」 「お、おうっ!」 窓の外に広がる空は、とても青くて綺麗で。 ついさっきまで俺が見ていた光景を 忘れ去るには十分な……。 「わけねえだろっ!!」 こうして、少し騒々しく、少し悶々としながら。 新しい朝が幕を開けるのだった。 「はふぅ……」 朝食も早々に宿を出た後で、カレンが赤みの 残る頬を擦りながら息を漏らす。 諦めでも呆れでもなく、体の芯に残る羞恥を 逃がすかのような大きな大きな息だった。 「こう、すまん」 原因は朝の一悶着にあることは分かっていた。 ついつい謝ってしまうのは、自分の中で やましい葛藤もあったからで。 「ああ、いや、その……わ、悪いのは、私の方だから」 「魔法使いは、気にしないでくれ……。 その方が、私も助かる」 「互いに忘れようということだな」 水に流すのが一番、か。 「そういうことだ。お前がどうしても無理なのなら…… その、少しくらいは手伝うことも可能だが」 手伝う、などと言いながら、何故かカレンの拳が 握り締められていた。 つまり、拳を使って忘れる手伝いを するということは……。 俺、殴られるのかっ!? 「いやいやいや、忘れる。きっちり忘れるから、 大丈夫だ!」 確かに頭部に酷いダメージを受けたら 記憶を失うという説もあるが……。 流石に戦士であるカレンの打撃に、 耐えきれる自信は今の俺にはない。 ここは平和的に解決しておくのが一番である。 「うぅ……それにしても……」 互いに忘れようと決めた矢先に、 カレンが顔を俯かせて呟く。 まあ、忘れようと言って、すぐに忘れられるはずもない。 無理もないな。 「うん。その、なんだ、すまない」 そうなると、俺に出来るのは謝ることだけだった。 それ以外に何が出来ようか。 「ああ、いや、魔法使いは悪くないぞ」 「そ、その、私の方が勝手に醜態を さらしたわけ、だし……」 「そう言ってもらえると助かるが」 俺にとっても、不可抗力というか 不慮の事故だったわけだし。 それにどちらかといえば、幸運な出来事でもあった。 「前々からなんとなく分かってはいたんだ…… 自分の寝相が良くない、と」 「何故か、私と一緒に寝ると、みんな 転げ落ちたりしていたから……」 ああ、なんだ。前から寝相は悪かったのか。俺は 一人だけ廊下で寝ているから知らなかったんだな。 他の連中も教えてくれれば……って、 教えられるわけもないか。 「野営中には、そこまで寝相は酷く なかった気がするんだが?」 「ベッドがいけないんだろうな。 どうにも、狭苦しく感じてしまうようだ」 「宿のベッドでか?」 大きいとは言えないかもしれないが、 少なくとも小さくはないはずだ。 二人で寝るのならともかく、一人では十分だろうと 思うのは、俺が普段廊下で寝ていたからだろうか。 「ああ、いや、宿のベッドに不満が あるわけではないんだ」 「ただ、無意識に……というか、体が勝手に そう感じているのだろうという予想だ」 「ああ、なるほど」 それならば、実際のベッドの広さとは関係がないな。 「ふむ。そういうものか」 枠にはまらないというか、あまり 捕らわれないタイプっぽいもんな。 指導の結果、野生の剣の方が向いている、 と言われるくらいだし。 「直したいと思うんだが、どうすれば いいのかも分からなくてな」 「いっそのこと、自分を縛ることも考えたが……」 「それは思い切りが良すぎるだろう」 いくらなんでも、いっそすぎる。 「誰かに頼むにしても、急にそんなことを 言われた方は困るだろうな」 「やっぱり、そうだよな」 ふと、何か考え込むようにカレンが口を閉じる。 しばらくの間を置いて。 「魔法使いはこうして話を聞いたわけだし、 理解してくれるよな?」 「ん? ああ、まあな」 「魔法使いに頼んでもいいだろうか、その……」 「私を……縛ってくれ、と」 頬を赤くしながら、カレンが恥ずかしそうに見上げてくる。 「俺が……縛る……?」 カレンを縛る。 縛ったまま眠る。 縛っているから動けない 抵抗が出来ない。 ずっと俺のターン! 「…………いや、すまん。流石に無理だ」 危うく、俺の中で何かが弾けそうだった。 目覚めてはいけない新しい世界を垣間見たというか…… あるいは、新たなる境地への目覚めというか。 とにかく、俺の中の何かがレベルアップ しそうになっていた。 「だよな。だったら、自分で頑張るしかない、か」 自分で頑張るってどういうことだ。 自分で縛るってことか。 「……ごくり」 いやいやいや、だから、消え去れ。 俺の悪しき魂よ! 「いや、まあ、その、なんだ。縛っている間は、 大人しくなるかもしれないが……」 「それは動けないからであって、決して寝相が良く なったから、というわけじゃないだろ」 「それは……そうだな」 「きっと、無理に直せるものじゃないだろうし」 「これから、自分で気にしていく しかないんじゃないか?」 「それしかない……か」 むしろ、そうしてくれ。 縛るとか縛られるとか、そういう上級者向けなことを されてしまったら、俺が大変だ。 俺の心臓が大変になってくる。 「……これからしばらくの間、迷惑をかける」 「なに、気にするな。俺も出来る限りの ことは協力しよう」 「よろしく頼む」 とりあえず、何が手伝えるか分からないが、 ここはこう言って収めておこう。 「というわけで、今は先に進むとしよう」 「そうだな。今日のうちに、出来るだけ進むとしよう」 このまま留まって話を続けていたら、 気が休まらない。 気を紛らわせるためにも、先に進んでおこう。 そう思いながら俺たちは次の町を目指すのだった。 「ここまで何事も起こらなかったな」 「魔物たちも大人しくしているようで、何よりだ」 ここまで、順調に旅路は続いていた。 途中で魔物を見かけることはあっても襲われることはなく、 逆に見送られることすらあった。 俺の命令が末端まで徹底されているようで何よりだ。 「平和な世界、か。本当に実現出来そうだな」 「こうして歩いていると、改めてそう感じるぞ」 「ああ、そうだな。俺もそう思う」 本当に、そう思う。 支配ではなくて、共存。 親父殿を始めとして、おそらく全ての魔族が これまでに選ばなかったであろう未来。 俺がそれを選べたのは、こいつらと 一緒に旅をしたから、だろう。 「お前たちは、本当に世界を救ったんだな」 女神が選んだのがこいつらじゃなかったら。 俺が、こいつらと旅をしなかったら。 きっと、また別の未来を選択していたはずだ。 少なくとも、そこには魔物と人の共存はなかっただろう。 「何を他人事みたいに言ってるんだ」 「お前だって世界を救った一人だろ」 「俺も、か?」 「ああ、お前もだ」 当然だと言わんばかりの顔で、カレンが頷く。 「お前がいなければ、私たちの旅は途中で 終わっていたかもしれない」 「お前がいてくれたおかげで、私たちは旅を 終えることが出来た。それは間違いない」 その結果が俺の敗北なのだから、皮肉なものだ。 だが、カレンには俺を揶揄するような素振りはなく、 まっすぐな瞳を俺に向けていた。 「お前じゃなければ、人と魔物が共に暮らす世界と いう発想も出てこなかっただろう」 「だから、お前は自分を誇ってもいいんだぞ。魔法使い」 「自分を誇る、か」 魔王として己を誇ることはあった。 だが、今となってはその誇りは余計なものだと感じていた。 誰かを……人を見下す誇りなんて必要ない。 自分を誇る気持ちになんてなれなかった。 「上手くは言えないんだがな、今のお前は 何も誇れていないように見える」 理屈ではなく、直感でそう理解したのだろう。 カレンの言葉が、的確に俺の胸を貫く。 「それは……」 「もう一度繰り返すが、お前は自分を誇ってもいい」 「というよりも、誇ってもらわないと私たちが困る」 「どういうことだ?」 俺が胸を張らないと、カレンたちが困る? 「私たちはお前のことを自慢したいからな。 一緒に旅をした、頼れる仲間だと」 「そうやって、誰かに自慢した時にお前が 俯いていたら、格好がつかないだろ」 「格好がつかないって」 周囲からは、本当にすごい奴なのだろうか、と 疑問の目を持たれるのは間違いない。 なるほど。格好はつかないな。 「理解はしたが……勝手な言い草だな」 「間違ったことを言っているつもりはない」 「それに、これくらい強引な方が 私らしいとも思うからな」 「……まあな。お前たちは本当に強引な奴らだったよ」 「あれこれと、俺を引っ張り回し続けて」 「迷惑だったか?」 「少し楽しかったから、困っている」 息を吐き出すようにしながら、小さく笑う。 俺につられるように、カレンも笑みを浮かべた。 「そうか。俺が自分を誇らないと、お前たちが困るか」 「ああ。私にお前のことを誇らせてくれ」 「こんなにいい仲間がいるんだ、と たくさんの人に自慢したい」 「魔王でもいいのか?」 「いいさ。改心したのなら、問題ない」 改心、か。俺の変遷は、そう呼んでも 差し支えのないものかもしれない。 だったら俺は、自分のことを こいつらの仲間と誇ってもいいのか。 こいつらと……カレンと、対等でいられるのだろうか。 「お前は、本当に色々とすっぱり割り切るんだな」 「お前が迷ったり考えたりしてくれるからな」 「だから、私はまっすぐに前だけを見ていられる」 言葉通りにまっすぐな瞳のまま、カレンが笑う。 「お前が傍にいてくれたら、私は迷わない」 「だから、これからも傍にいてくれたら、私は嬉しい」 これからも。 その言葉に、不意に胸が弾んでしまった。 普段は照れるくせに、どうしてこいつは こんなことを笑顔で言えるんだろう。 本当によく分からない。 「お前、自分が言っている意味分かっているのか?」 「ん? 言っている意味って……」 俺に指摘され自分の言葉を思い返し、 そこでようやく気付いたのだろう。 カレンの頬にさっと赤みが差して。 「あ、い、いや、別にそういう意味じゃなくってだな!」 両手を振りながら、大慌てで否定をしてくる。 「……ははははっ」 その様に、思わず笑いを上げてしまう。 カレンを見ているだけで心地良く、 愉快な思いが胸からこみ上がってきた。 「な、なにがおかしい……!」 「確かに変なことは言ったが、 笑わずともいいだろう……」 赤い頬のまま、カレンが不服そうに唇を尖らせる。 「悪い、悪い。別におかしくて笑ったわけじゃないんだ」 「じゃあ、なんで笑った」 「お前は案外可愛い奴だと思ってな」 「か……っ!?」 とうとう耳まで赤くするカレンを見て、本当にそう思う。 笑いを漏らしながら、カレンより先に歩き出して。 「いいから、ほら。置いていくぞ」 「あ、ちょ、ちょっと待て。魔法使い!」 「可愛いって、その……どういうことだ!」 「そのままの意味に決まっているだろ」 先に歩き出した俺をカレンが追いかける。 普段とは逆の展開に、やはりどこか愉快さを感じながら。 俺は夕日の差し込む森の中を、先へ急ぐのだった。 「まったく、今日は散々な日だ」 満天の星空の下、二人で海沿いを並んで歩く。 俺の隣で、カレンは少しだけ不服そうに 頬を膨らませていた。 「本当に色々と忙しい日だったな」 「朝も昼も夕方も」 「そして今も、な」 ふう、とカレンの口から溜息が漏れる。 「もう少しで町に着くことだけが幸いだ」 日が沈む前に町に着く予定だったはずが少し遅れ、 日が沈んだ後も俺たちはこうして歩くはめになった。 本来なら、夜間の移動は控えるのだが、カレンの 言うように町は既に近い。 下手に野営をするよりは、少し歩いて町に着いて休みたい。 それが俺たちの総意だった。 「今日は本当に忙しい1日だった」 俺の言葉を繰り返すように呟きながら、 カレンが大きく息を漏らす。 「でも、楽しかったぞ」 「お前はそうかもしれないが……」 「私は、こう……朝から恥ずかしい思い ばっかりしたぞ……うぅ」 小さく呻くような言葉を最後に発しながら、 カレンが肩を落とす。 「まあ、そういうところも含めてお前らしさだろ」 「微妙に褒められていないような気がする」 「気のせいだ」 「本当にそうか?」 「ああ、気のせいだ」 「お前がそう言うのなら……信じるけど」 少し言葉を濁しながらも、最終的には俺を チラリと見た後でカレンが頷く。 「なあ、カレン」 歩きながら、カレンの名を呼ぶ。 「なんだ?」 俺の呼びかけに、カレンがじっと俺を見上げる。 「俺も、お前のことを誇ってもいいか?」 「俺には、こんなにいい仲間がいる、って」 「誇ってくれるのか?」 俺を見上げたまま、カレンが目を瞬かせる。 「ああ。お前が俺を誇ってくれるのなら、 俺もそうしないと不公平だろ」 「それもそうだが……」 「……まあ、そんな理屈抜きに、お前を 自慢したいという気持ちもあるけどな」 「ん……そうか」 「それは……嬉しいな」 小さく頷いた後で、言葉通りの嬉しそうな 笑みをカレンが浮かべる。 見ているだけで満足出来るような、喜色にあふれた笑み。 「だったら、私も胸を張らなければいけないな」 「お前の仲間として、お前の傍にいる限りずっと」 「そうしてくれると助かる。俺の格好もつくしな」 「ん。存分に格好つけてくれ」 冗談のような軽口とともに、顔を見合わせて笑い合う。 「俺はお前たちと対等な位置に立ちたいと考えていた」 ひとしきり笑った後だからか、気負わずに その言葉を口にすることが出来た。 「とっくの昔に立っていただろ?」 「俺の中では、まだだったんだよ」 視線を沖へと向ける。 夜の海は、暗く深い青色を湛えていた。 見る者の心を、飲み込むような深さ。 「俺は……まだ、迷っていたらしい」 俺の心の底に、重く溜まっていた思い。 俺は、こいつらと……カレンと一緒にいても いいのかという根本的な思い。 「今は迷いは晴れたのか?」 「晴れてはいない。が、少しずつ前に進もうと思えた」 緩く首を振りながら、視線をカレンへと戻す。 まっすぐに俺を見てくる目を、見つめ返して。 「お前のおかげで、な」 こいつらのために胸を張る。 俺には出来なかった考えだった。 「……そうか。私は知らない間に、 お前の役に立てていたのだな」 「ああ。かなり、な」 「それは嬉しいな」 言いながら浮かぶカレンの笑顔は本当に嬉しそうなもので。 月光を受けて輝くその髪の色と合せて、 思わず目を奪われてしまう。 俺の心の中に巣くっていた霧が どこか晴れて行くのを感じる。 その合間から、月が顔を覗かせた。そんな気になる。 「町までもう少し、だよな」 「ああ、そうだな。それほど離れていないと思う」 今のこの空気にもう少し浸っていたい。 いつの間にか、そう考えている俺がいて。 「なあ、カレン。少しゆっくり歩かないか?」 「疲れたのか?」 「そうじゃない。ただ……」 「ただ?」 お前と一緒にもう少し歩いていたいんだ。 なんて言ったら、こいつはきっと 照れるかきょとんとするかだろう。 そう思うと、自然と笑みが浮かんできた。 「なんでもない」 「む。言いかけて止めるのはよくないぞ、魔法使い」 「なんでもないんだ、本当に。ただ、 もう少し散歩をしたいだけで」 「なんだ、そんなことか」 「わざわざ、もったいぶる必要はあったのか?」 「だから、言っただろ。なんでもないって」 「だが、まあ……」 目を伏せて、緩やかに息を漏らす。 不思議と、穏やかな心地になれた。 「俺にとっては、大事なことかもしれないな」 「なんでもないが、お前にとっては大事なこと かもしれない……」 「相変わらず、難しいことを言うんだな?」 疑問符を浮かべながら、カレンが首を傾げる。 その仕草に、また笑みを誘われてしまい。 「まあな。というわけで、少し付き合ってくれよ」 「もちろんだ。それくらいなら、 いくらだって付き合うさ」 柔らかな月光が降り注ぐ中、潮騒の音を 耳にしながら砂浜を歩く。 とても心が落ち着いていく時間。そんな時をカレンと 二人で過ごせることを、俺は嬉しく思っていた。 カレンが傍にいてくれるのならば。 カレンと一緒ならば。 俺はようやく自分と向き合おう、と。 そんな決意を固めることが出来た。 「はい、ジェイくん。あーん」 口を開けることを催促する言葉と一緒に、 サンドイッチが差し出されてくる。 クリスが俺に何を促しているのかは明白だった。 このまま口を開いてサンドイッチを 食べろ、ということだ。 「いや、いいよ。自分で食べるから……」 「だーめ。それだと、デートっぽくないでしょう」 「というわけで、はい。あーん」 「ぬう……」 川辺に二人で腰掛けての食事。 そして、差し出されるサンドイッチ。 なるほど、デート以外にどう呼べば いいのかに悩む状況である。 「やっている方だって、結構恥ずかしいんだよ?」 「やられる方は、もっと恥ずかしいんだが」 差し出されたサンドイッチを食べる。 たったそれだけのことをすればいいだけなのに、 恥ずかしくてしょうがない。 別に誰かに見られているわけでもないし、例え見られた としても悪いことをしているわけではない。 「なあ、自分で食べるわけにはいかないのか?」 分かってはいるのだが……やはり、恥ずかしい。 これは普遍的な恥ずかしさなのか。あるいは……。 「駄目だよ。せめて、一つくらいは食べてもらわないと」 相手がクリスだから、恥ずかしいのだろうか。 「一つでいいんだな?」 「一つでいいよ」 だとすれば、何故クリス相手なら恥ずかしくなるのか。 どんどんと思考が深みにはまっていっている気がする。 「よし、分かった」 ええいっ。これ以上泥沼にはまる前に、 サクっと終わらせようではないか。 大丈夫、俺は元魔王。これくらい、 簡単に出来る。出来るともさ。 「一つだけ、だからな」 「うん、それでいいよ」 「というわけで、はい、あーん」 一つくらいなら、クリスに 応えてやってもいいだろう。 というか、応えるまできっとやり続けられるだろうし。 「あーん……」 意を決して、差し出されるサンドイッチに齧り付く。 「んむ……」 「どう? 美味しい?」 「ああ……」 やはり、恥ずかしかった。死ぬほど恥ずかしかった。 だが、恥ずかしいと思う反面……何故か 嬉しさを覚えてしまっていて。 ない交ぜの心では、正直言ってどんな味を しているのか、分からなかった。 味わう余裕がなかった。 「……美味いぞ」 若干、微妙な間を置いてしまいながらも、返答する。 体が拒絶反応を起こしたりはしていない。 少なくとも、食べられる味であったことは事実だ。 「本当に?」 だが、相手はクリス。生まれてしまった間を 見逃してくれたりはしなかった。 「しっかり味わった?」 「ああ、いや、それが……」 追究を受けて、思わずたじろいでしまう。 これでは、味わっていないと白状するのに等しい。 我ながら嘘が下手すぎる。 「恥ずかしいというか……少し緊張して、な」 「ゆっくりと味わう前に、飲み込んでしまった。 ……すまない」 仕方がない。こうなったら、素直に白状しておくに限る。 「もう、しょうがないなあ、ジェイくんは」 「緊張してくれていることは、少し嬉しいけど ……ちゃんと味わってね?」 「ああ、分かった」 「というわけで、もう一個ね」 「……え?」 あれ? さっき、一個だけって……。 「今、ちゃんと味わってくれなかったから もう一個」 「今度は、しっかりゆっくり食べてね」 ああ、なるほど。はめられてしまったというか、 自ら足を踏み外してしまったというか。 味わってない、なんて素直に口にしたら、そうなるよな。 「……分かったよ」 しょうがない。自分で言ったことの 責任は自分で取るしかない。 「というわけで、はい、どうぞ」 「あーんして」 「あーん……」 差し出された二つ目のサンドイッチへと齧り付く。 今度は、口の中に味がちゃんと広がっていった。 「うん、美味い」 素直に感想をこぼす俺に対して。 「良かった」 クリスも、素直に笑みを浮かべていた。 「いっぱい作ってきたから、たくさん食べてね」 「ああ、そうさせてもらう」 「ところでいっぱいって……どのくらい作ったんだ?」 「んー、40個くらいかな」 「多すぎだろっ!?」 大量に購入して、大量に管理する旅の癖が ここで発揮されるとは思わなかった。 というか、サンドイッチも道具扱いなのだなあ、 と変な納得をしながら。 「もう一個あーんしようか?」 「えー、あー……もう一個だけな」 穏やかな昼下がりはゆっくりと過ぎていくのだった。 「暇だから、デートしよう!」 始まりは唐突だった。 「……いくつか聞きたいことが あるんだが、いいか?」 「うん。何かな?」 「まず……なんで、お前がここにいるんだ?」 朝、目が覚めたらクリスが部屋の中にいた。 まず、この段階で意味が分からない。 寝起きの頭でも、おかしい状況だ ということくらいは分かる。 「流石ジェイくん、哲学的な質問だね」 「ああ、いや、お前の存在とは何か…… みたいな問いかけじゃないんだ」 きっと、こういう方向の悪ふざけが来るだろう。 そう予測して、あらかじめツッコミを置いておく。 これぞ、置きツッコミだ。 「人には生まれながらにそれぞれ役割が 与えられていてね……」 「力技で来たっ!?」 まさかのツッコミを完全に無視しての突破。 思わず大きな声でツッコミを入れてしまう。 「隙を生じさせない二段構えのツッコミ ……やるね、ジェイくん」 「半ば、お前にはめられたような気がするんだが……」 大きな声を上げたおかげで、 少し頭がはっきりしてきた。 どうやら、ツッコミは寝起きを補助してくれるらしい。 まあ、俺の場合は……だが。 「それで、えーっと……なんだっけ?」 「どうして、ここにいるのかって質問したんだが」 「あ、そうだね」 思い出したかのように、クリスは ポンと手を打ち合わせて。 「というわけで、暇だからデートをしよう」 「繰り返してるだけじゃねえかよ!」 まさかのリスタートだった。 これは、流石の俺も予想外だった。 「だって、他に説明のしようがないから」 「分かった。じゃあ、一つずつ細かく聞いていくな」 まとめて大雑把に問いかけては駄目だ。 ここは疑問点を細分化して、ゆっくりと 紐解いていかなければ。 「まず、この部屋にはどうやって入った?」 「普通に入って来たよ」 「この部屋の扉を、すっごく普通に開けて」 「あれ……鍵は?」 寝る前に、確かに鍵をかけたような気がしたんだが。 「この程度の扉なら、先生たちは鍵とか 関係なく入れるんだよ」 「女神様のご加護のおかげで」 「ああ……なるほど……」 鍵とか関係なく入れるのなら、部屋の中で 俺が起きるのを待ってたり出来るよな。 非常にツッコミどころは満載なのだが、女神の加護と 言われたら納得せざるをえない。 納得というか、そういうものだという諦めに近いが。 「神官の仕事は……?」 「自主的な休みだよ」 「つまり、サボりってことだな」 「違うよ。自主的に休んでるだけだって」 本人はこう言うものの、自主的に休みを取った ということは、サボりと同義語だろう。 たまに、マユも似たようなことを言うし。 「というか、サボっておいて暇って どういう言い草だ」 だったら、真面目に神官として働けよ、と思うのだが。 「これはこれ、それはそれだよ」 肝心のクリスに、取りつく島がまったくない。 なるほど。ここは俺が諦めるターンだな。理解した。 「で、えーっと……デート?」 「うん。デート」 「俺と?」 「むしろ、そのためにサボったと 言っても過言じゃないかな」 「そう言われると、悪い気はしないな」 今、さりげなくサボったとか言ってた気が したが、まあ、置いておこう。 「つまり、今までの話を全部合わせて考えると、だ」 「俺をデートに誘うために、仕事をサボって 朝から部屋に忍び込んだ、と」 「うん、そうなるね」 「朝から部屋に忍び込む必要が一切ないだろ!」 せめて、普通に会いに来るんだったら、 話は分かるのだが。 朝から忍び込む必要性があるのかどうか、分からない。 「ごめんね。ジェイくんの寝顔が見たくって」 「寝顔って……お前……」 何故か、不意に頬に熱が浮かんできてしまう。 寝顔を見られるということに対して、 過剰に恥ずかしさを覚える。 変な顔をしていなかったか、などという 心配に駆られてしまう。 「可愛かったよ」 くす、と余裕たっぷりに笑うクリスの 顔を見て、頬の熱がさらに高まった。 いつもからかわれるのに増して、 羞恥心が湧き上がってくる。 「あと、寝言で女の子の名前を呼んでたよ」 「……はぁっ!?」 「えっちな夢でも見てたの?」 「そんなことねえよ!」 「というか……寝言っていうのも嘘だろ」 「どうだろう?」 クリスがいたずらっぽい顔で首を傾げるのを見て、 若干の不安がこみ上がってくる。 万が一、クリスの名前を呼んでいたらどうしよう。 そんなことになったら、まるで……。 俺がクリスを意識してしまっているようではないか。 「……っ!」 自分が内心で導き出してしまった答えに、 思わず手で口を覆う。 落ち着け……。何を考えているんだ、俺は。 「ジェイくんどうかした? 本当にえっちな夢でも見ていたの?」 「なんでもないし、見てもいない。大丈夫だ」 そう、なんでもない。 この動揺はなんでもないものだ。 頭を切り替えるためにも、話を先に進めよう。 「それで、デート……か」 「こうして、部屋に忍び込んでいるってことは、 もう用意は出来ているんだろ?」 「ばっちりだよ。お昼ご飯だって用意してあるから」 ああ、やっぱりそうか。 誘うという形を取りながらも、最初から 俺を連れ出す気満々だったか。 まあ……どうせ、時間ならば余るほどある。 「分かった。俺もどうせ一日中暇な身だ」 「お前に付き合うよ、クリス」 「ありがとう。ジェイくんなら、そう言ってくれると 先生信じていたよ」 にっこりと笑いかけてくるクリスを見ながら、 よく言ったものだと内心にて思う一方で。 これからともに過ごすであろう時間に、 期待を抱いてしまう俺もいたのだった。 かくして俺の一日は始まり、先ほどの昼食を経て 今に至るのだった。 「今日は晴れて良かったね」 「本当にな」 食事の後は、特に目的地も定めないままに 二人でぶらぶらと歩く。 頭上では太陽と晴れ渡った青い空が、 俺たちを見下ろしている。 絶好の外出日和だ。 「今までは、魔物が出るからこうして町の外を 散歩するなんて、出来なかったんだよ」 「でも、今はこうやって町の外をのんびりと 歩ける。ジェイくんのおかげだね」 空に負けないくらいの晴れやかな顔で、 クリスが告げてくる。 「俺のおかげじゃないさ」 クリスの言葉に、緩やかに首を横に振って否定する。 こいつらと旅をした時間があって、その結果俺が 負けてしまったからこそ、今がある。 それは決して俺だけのおかげなんかではなく。 「今という時間は、お前たちが 自分の手で掴み取ったんだ」 「だから、まずは自分たちを誇ればいい」 間違いなく、こいつら……勇者とその仲間たちが 勝ち得た時間。それが今だ。 「そっか、先生たちが自分の手で掴み取った……か」 自らの手を見つめながら、クリスが ぽつりと呟きをこぼす。 「本当なら存在しなかったはずの時間を、 自分の手で掴み取った……」 「……うん。悪くないね」 目を伏せながら紡がれた呟きは、感慨を 詰め込んだような響きが込められていた。 本来なら存在しなかったはずの時間。 その言葉が、やけに印象的で耳に残ってしまった。 「まあ、お前らだったら女神様のお導き、と でも言った方がいいのかもしれないがな」 「んー、そうかもしれないけど」 頬に指を添えながら、クリスが考え込むように首を傾ける。 「でも……自分たちで掴み取った…… って言った方がいい、かな」 「その方が達成感があるって言うか……自分が世界に 存在している……みたいな気分になるし」 クリスの言葉はいつになく歯切れが悪い。 どこか戸惑う内心を納得させている ようにも思えてしまう。 「…………」 どうかしたのか? と問いかける気分も 何故か湧き上がってこなくて。 クリスが自らを納得させるまで、 待っていようという気になる。 「ジェイくん、ちょっと手を出してみて」 「ん……?」 不意にクリスがそんなことを言い出す。 「いいから、ほら」 「ああ。まあ、構わないが……」 何故そんなことを言いだしたのか分からないまま、 クリスの言葉に従って、手を差し出す。 「えいっ」 差し出した俺の手を、クリスが両手で ぎゅっと握りしめる。 「な……っ!?」 不意を突く行動に思わず手を引っ込めようと してしまうのだが……。 「うん……やっぱり」 小さく顎を引きながら、何か納得するような 言葉に手をどうにか押し留める。 何がやっぱり、なんだろう。 「ジェイくんの手は大きいね」 「それは、まあ……一応、男だしな」 一方、俺の手をしっかりと握りしめるクリスの両手は、 柔らかく暖かな感触で。 女性であることを、しっかりと意識させる手だった。 「先生の手は、冷たくないよね?」 「え? あ、ああ、ちゃんと暖かいぞ」 何故、そんなことを聞かれるのか 理解出来ないまま。 俺の手を包み込む温もりに 意識を傾けながら、頷く。 「時間を掴み取った、なんて言われても あんまりピンと来ないけど……」 「こうやって、誰かの手を握り締めると実感出来るね」 「……何をだ?」 「先生が生きてるってことかな。それと、 ジェイくんが生きてるってこと」 「つまり……これが、先生たちが 掴み取った未来なんだ、ってね」 からかうわけでもなければ、余裕を見せるわけでもなく。 クリスが浮かべたのは穏やかな笑みだった。 自らが成し遂げたことを、心の底から喜び、 噛み締めるような……そんな笑みだった。 「実を言うとね、先生はジェイくんが 助かるとは思ってなかったんだ」 「……そうなのか?」 「うん。先生は自分の役割をこなすこと しか出来ないからね」 「あの時も、自分のことだけで一生懸命だったよ」 そういえば、あの時……俺が魔王としてヒスイたちと 戦った時、真っ先に動いていたのはクリスだった。 自らの役割をこなす。まさにその言葉通りに、 自分がやるべきことをやっていた。 「だけど、ヒスイちゃんやカレンちゃんは違っていた」 「ジェイくんを倒した後で、ジェイくんを 助けてくれってお願いしてきたんだ」 「そうだったのか……」 あの二人が、俺を助けてくれと懇願したのか。 「先生はとっても驚いたし、少し悔しかった」 「ジェイくんは助かるはずがないって思っていた ……ううん、知っていたから」 知っていた。 つまり、俺の傷がどれほど深かったのか、 理解していた……ということだろうな。 「自分の役割に従うだけじゃなくて、ジェイくんを必死に 助けようとする二人を見て、それで先生も決めたんだ」 「先生も、自分の役割を超えてみよう……って」 パッと俺の手を離すと、クリスは 背を向けて町の方へと歩き出す。 「っと、待てよ」 慌ててその背を追いかけて、クリスの隣に並ぶ。 クリスは俺ではなく、空を見上げて。 「というわけで、ヒスイちゃんとカレンちゃんが 頑張ったおかげで、ジェイくんは助かりました」 「めでたし、めでたし。だね」 そう話を締めて、緩やかに息を漏らした。 「二人だけが頑張ったみたいに言うけど……違うだろ」 「お前だって、役割を超えてみようって思って、 頑張ってくれたんだろう?」 クリスの一連の態度が、まるで自虐でもしているように 見えて、俺は口を挟まずにはいられなかった。 クリスを庇うような言葉が、自然と口から紡がれていた。 「さっきも言ったけど、悔しかったんだ」 歩を緩めずに歩き続けたまま、クリスが俺を見上げる。 「ジェイくんは、先生が初めて色々知りたいって 思った相手だったのに、諦めちゃったから」 「だから、悔しいし……なんだか ちょっと申し訳ない、かな」 「何がだ?」 「こうやって、ジェイくんが先生と 一緒にいてくれることが」 少し眉を下げながら、まるで 困ったような顔でクリスが笑う。 「もちろん、とっても嬉しいんだけどね」 「とっても、とーっても、嬉しいんだけどね」 「……強調しすぎだろ」 「それくらいってことだよ。具体的に言うと、 ついつい朝から忍び込んじゃうくらい」 「お前、このタイミングなら自分の行動が正当化 されるとか思ってないだろうな……」 まさかとは思うが、一応尋ねてはみる。 「まさか、そんなことなんて……」 「ちょっとしか思ってないよ」 「思ってんじゃねえかよ!」 「六割くらいしか思ってないよ」 「ちょっとじゃねえよ! 半分超えてるだろ!」 「ジェイくんはツッコミが上手いなー」 くすくすと、クリスが小さな笑いを漏らす。 まったく……こいつと来たら……。 申し訳ないとか言っていたくせに。 「言っておくけどな、お前と一緒に来ることを 選んだのは俺だ」 くしゃ、と自分の前髪を掴みながら、口を開く。 今のクリスの言葉は、納得がいかなかった。 「俺が自分の意思でお前といることを 選んだんだ。それを軽んじるな」 「あんまり申し訳ないとか言うんだったらな、 今からでも二人の所に行くぞ」 「んー……それはそれで、ちょっと困る……かな」 四人のうち、誰と一緒に過ごすのか。 それを選んだのは俺自身だ。 それなのに、他の二人に申し訳ない、なんて 言われたら俺の立つ瀬がなくなってしまう。 俺の想いは、どうしたらいいんだ。 「わ。もしかしたら、初めてジェイくんに 困らされたかもしれない」 「今まではずっと先生が困らせていたのに」 「困らせてる自覚はあったのかよ」 「人並みには」 「基準が分かりづらいわっ!」 クリスの適当な言い逃れに、ツッコミを入れておく。 しかし、俺の想い……か。 さっきはどうしたらいいか、と思ったが……そもそも、 俺はどういう想いを持っているんだろうか。 「んー、そっか。ジェイくんの 言いたいことは分かったよ」 「先生は、ジェイくんの気持ちを考えてなかったね」 そして、まるでタイミングを計ったかのように、 クリスの口から出たのは俺の気持ちという言葉。 「ちなみに、ジェイくんは先生のことを どう思っているの?」 「え? あー、そうだな……」 となれば、自然と俺の気持ちを 尋ねられる流れになるだろう。 どう答えたものか、悩んで……。 「俺をとても困らせる奴だな」 誤魔化すように、俺の口から出たのは そんな言葉だった。 「ひどいっ、ジェイくんの中では先生は そういう扱いなんだね……よよよ」 「いえ、あなた、先ほど『ずっと困らせていたのに』と 仰いましたよね?」 「ジェイくんがとうとう他人行儀にっ」 確かに俺を困らせるし、振り回すし、 ツッコミを入れさせまくるし。 だけど、それは他の奴らも同じことで……。 だったら、何故俺がクリスと一緒に 行くことを選んだかと言うと……。 「まあ……一緒にいて、嫌な相手じゃないのは確かだ」 結局のところは、そういうことだった。 「ふーん。それだけ?」 「……何か問題でもあるか?」 「もっと情熱的な想いをぶつけてくれるかと 期待したんだけど……」 「嫌がられてないなら、まあいいかな」 うん、と小さく頷きながらクリスが足を止める。 クリスに遅れること数歩。 俺も足を止めて、クリスへと向き直る。 「どうした? 急に止まって」 「ねえ、ジェイくん。試練の大地で 先生が言ったことを覚えている?」 「試練の大地……って……」 その言葉から真っ先に連想されたのは、 互いの体を重ね合った記憶。 我ながら、真っ先にそれが出てくるのはどうかと思うが ……印象に残っていたのだから仕方ない。 頬に熱を浮かべる俺をクリスはからかうことなく。 「もしかしたら、この感情は恋なのかもしれない」 俺をじっと見たまま、答えを口にする。 「ああ……」 思い出した。祈りの洞窟の中で、不意を 突くように言われた言葉。 「だが、その言葉は……」 冗談だと、軽い口調で否定されたはず。 「本当だったらどうする?」 「……え?」 穏やかな笑みを浮かべると、 クリスは静かな声で続ける。 「ジェイくんは、先生が初めて興味や 執着を覚えた相手だよ」 「だから、この感情は本物かもしれない」 俺を見つめたまま、急かすわけでもなく、 問い詰めるわけでもなく。 「もし、本物だとしたら……ジェイくんはどうする?」 クリスは純粋に問いかけるように、 俺に言葉を向けてくる。 もしも、クリスの言う感情が本物だとすれば……。 俺は――どうする……? 「なあ、リブラ」 「はい、なんでしょうか」 「お前、確か寄り道をするって言ってたよな?」 歩くついでに足元の石を軽く蹴飛ばす。 カコンという、小気味よい硬質な音を立てて、 石が転がっていく。 「はい。確かにそう言いました」 迷いのない足取りで、すたすたと 歩きながらリブラが頷く。 返ってくる声は、相変わらず何を考えているのか 分からないくらいに平坦な声色だった。 「えーっと、寄り道?」 適当にその辺りの壁面を指差しながら、尋ねる。 「寄り道です」 平坦な調子でリブラが頷く。 「そうか。寄り道か」 改めて周囲を見渡す。 どう見ても、洞窟の中である。 「もしかして、あれか? この先に 温泉が新たに湧き出したとか?」 「そんなことがあると思いますか?」 「……いえ、思いません」 「もう少し真面目にやってください」 「……はい」 叱られるのみならず、真面目にしろと まで言われてしまった。 普段、散々俺が言っていたのに聞き入れられなかった 言葉だというのに。 何故か、この期に及んで俺が聞きいれる 羽目になってしまうなんて。 「寄り道と言うから、てっきりどこかの町でまた 新しい名物でも食べるのかと思っていたんだが」 それなのに、連れてこられたのは洞窟だった。 「なんで、ここに来たんだ?」 「奥の方には、実際に来たことが ありませんでしたからね」 今、俺たちが足を踏み入れているのは、山間にある洞窟。 カレンと初めて出会った、あの洞窟だった。 「そういえば、お前はあの時は……」 「入口付近まで、でした」 そうだった。あの時は魔物と話をしている最中に カレンが乱入してきて……。 気付けば、リブラの姿はなく。俺とカレンが 二人で奥まで入っていたんだった。 「なので、実際に自分の目で確かめてみたかったのです」 「確かめると言っても、普通の洞窟だぞ。ここは」 指示を出すまとめ役の魔物がやられたからだろう。 今もなお、洞窟の中には魔物の気配はせずに、 姿も見受けられなかった。 なんの変哲もない、ただの洞窟にしか思えない。 「地理的に確かめたいのではありません」 「地理的に?」 「中の様子には興味がないということです」 「そうか」 繰り返しになるが、なんの変哲もない洞窟。 見るべきところなんて、一つもない 「じゃあ、何を確かめるつもりなんだ?」 ならば、尚のことリブラの目的が 気になってしょうがない。 確かめておかなければいけないものとは一体……。 「回収されなかったフラグを少々」 「……回収されなかったフラグ?」 フラグという言葉自体はこれまでに 数度聞いたことがあった。 だが、そこに回収されなかった、と 枕詞が付くものは初めて聞いた。 「その……フラグっていうのは、お前が たびたび言ってたもの……だよな?」 「ええ。ちゃんと覚えていましたね」 「そりゃ、聞き慣れない言葉だからな」 嫌でも耳と印象に残ってしまうに決まっている。 「で、そのフラグというものは回収を 必要とするものなのか?」 「はい」 こく、とリブラが無感動に頷く。 「立ったフラグはきちんと回収する。そうしないと、 運行に支障をきたします」 「……なるほど」 とりあえず納得したように呟いてみるものの、 意味がまったく理解出来ない。 フラグとは立った後に回収を必要とするものらしい。 ……うん? 「お前、フラグを回収するって言ったよな?」 「ええ。ついさっきそう言いました」 「立ったフラグは回収しないと 問題が出るん……だよな?」 「時にはぽっきりと折る人もいますけどね」 お、折る……? 立ったり、回収したり、折ったり…… フラグとは忙しないものなのだな。 「ですが、大抵の場合は回収しないと 支障をきたします」 「これも、先ほど言ったことです」 確かに、さっき聞いたばかりだ。 だからこそ……。 「回収されなかったということは、ここに あるフラグは立たなかったのか?」 「はい、立っていません」 「ですので、フラグの存在に気付けたのは最近 ……勇者の旅が終わってからです」 なるほど。旅が終われば気付けるものなんだな。 「この辺りだと思うのですが……」 不意にリブラが足を止めると、辺りを見渡し始める。 何かを探すような仕草を見て、俺もそれを真似る。 やはり、なんの変哲もない光景にしか見えない。 「……む」 何かに気付いたように単音を漏らした後で、 リブラが岩陰に歩み寄ってしゃがみ込む。 「見つかったのか?」 「はい、ありました」 リブラが頷きながら立ち上がった時、その手の中には 拳大の赤い宝珠が握られていた。 それを俺に見せるかのように差し出しながら。 「この宝珠こそが本来であれば、勇者たちが 探しに来るはずだったフラグです」 俺にそう告げてきたのだった。 「てやーっ」 「うわーっ!?」 こいつ、見つけたばかりの宝珠を いきなり投げ捨てたっ!? 「ちょ、お前、えーっ!?」 「というわけで、次に進みましょう」 「いや、待て。ちょっと待て。流石に待て」 「はい?」 俺の必死の静止に、リブラがきょとんと首を傾げる。 「何故、不思議そうにする!?」 「わたくしに何かおかしな点でもありますか?」 「外見がとても美少女であること以外、 不思議なことはないと思いますが」 「ああ、うん。ツッコミどころが多すぎるから、 色々と無視して要点から伝えるが」 「つれない反応ですね」 「よよよー……」 「息をするようにツッコミどころを 増やすんじゃねえよ!!」 無視すると決めた途端にそれかよ! 見逃せないじゃねえかよ! 「ともあれ、だな……」 くっ、こいつにペースを握らせたら負けだ。 俺の方でちゃんと手綱を握っておかないと……。 「折角回収した宝珠を、何故いきなり投げ捨てた?」 リブラの手から放たれた赤い宝珠は、 どこかの岩陰に転がり込んだのだろう。 周囲を見渡してみるのだが、一切目に入らない。 「無用だからです」 「無用って……あれを探しに来たんじゃないのか?」 「いえ、あくまで確認しに来ただけです」 「元より手に入れるつもりはありません」 首を横に振りながら、淡々とした口調でリブラが告げる。 「本当に存在しているのかどうかを 見に来ただけ、ということか?」 「ええ。その通りです」 「更に言えば、わたくしがいくら見つけたり 入手したところで、意味のない物です」 「そうなのか?」 「はい。フラグを成立させることが出来るのは、 勇者一行だけと決まっていますから」 「ああ、なるほど」 つまり、ヒスイたちのうちの誰かが見つけないと 意味がない、という物だったんだな。あれは。 ということは、あいつらにとっては何か 意味を持ったものだったわけか。 「あの宝珠を持っていると何が起こったんだ?」 「厳密に言うならば、順番が少し違います」 「イベントが発生した後で、あの宝珠を 探しに来るはずだったのです」 「……ふむ」 どうやらさっきの俺の言葉とは反対だったようだ。 なんらかの事態を解決するために、宝珠を探し回る。 本来であれば、そうなっていたはずなのか。 「あいつらは正規の手段以外の方法で、 その事態を解決した、ということか」 情報を統合して考えるに、そういうことになるな。 となると、その事態とはなんだ? 「ええ。もっともあなたが正規ではない手段を 選ばせたのですが」 「……俺が?」 「身に覚えはありませんか?」 「おかしな解決手段を取らせた、ということだよな……」 そんなこと、あっただろうか……。 俺といえば、常識の塊のような男である。間違っても、 非常識な解決方法を提案することなど……。 「……あ」 あった。一つだけ、あった。 まったくもって想定外な正解を、意図せずに 導き出したことが一度だけあった。 「もしかして、巨大鳥の封印を 解くのに必要だったのか?」 「ええ。本来であれば、あの宝珠を探しに 世界中を再び回るはずだったのです」 「はずだったのですが……」 「……俺が攻撃を仕掛けさせたせいで、 目覚めたもんな。あの鳥」 「非常識な解決方法ですよね」 「……ぬう」 諦めずにタマゴをひたすら叩き続ける。 確かに非常識極まりない解決方法だ。 というか、あんな手法で解決するなんて 夢にも思わなかった。 「過ぎたことを悔やむよりは、 前を向いて生きるべきだ」 「すなわち、それこそが生きると いうことなのだからな!」 多少の苦しさはあるものの、正論めいた言葉で この場は誤魔化しておこう。 「まあ……確かにその通りかもしれませんね」 お。珍しくリブラも乗ってきたな。 「というわけで、外へと出ましょう」 「ああ、そうしよう」 なんにせよ、いつまでも洞窟の中に い続けるわけにもいかない。 適度な所で次の場所へと向かうのも悪くはない。 「で、次はどこに向かうつもりだ?」 「そうですね。この近辺をぶらりと回りたいです」 「この近辺というと……」 山の中でも彷徨うのだろうか。 あるいは、森の中だろうか。 どちらにせよ、体力を消費するような 場所は望ましくないのだが。 「とりあえずは海です」 「ほう、海か」 なるほど。それならば、悪くはない。 山や森よりも歩きやすい分、 体力の消耗も抑えられる。 「……ん? 海?」 「ええ。そう言っているではありませんか」 「お前、近辺って言ったよな?」 「ここ……思いっきり内陸だぞ」 森を通り抜けた山間の場所。 洞窟がある箇所を表すとすれば、 そういう言い方になる。 とてもではないが、海が近いとは思えないのだが。 「近辺ですよ」 「……そうなのか?」 「はい。マップ上で、大体30歩程度で着きます」 「マ、マップ上で……30歩?」 マップ上で、とわざわざ付ける意味が分からない。 だが、意外と近場であるということだけは伝わった。 「まあ……それじゃ、とりあえず行ってみるか」 リブラの寄り道に付き合うことを決めたからには、 とことんまで付き合うとしよう。 「では、引き返しましょう」 「洞窟を一瞬で抜けられる呪文でも あったらいいのにな」 「それは誰しもが思うことらしいですよ」 「主に、2作目辺りで」 「……そうか」 よく分からないが、深く突っこむのはやめておこう。 そう思いながら、俺たちは来た道を ゆっくりと引き返すのだった。 マップ上で30歩、なんて言葉にそそのかされて 移動を始めたはいいものの……。 「というわけで、海です」 「全然、近くもなんともねえ!!」 俺たちが森を抜けて、海へと辿り着いた時には、 もう陽が傾き始める頃合いだった。 「薄々、おかしいとは思ってたんだよ……」 森を抜けた辺りで、結構疲れていた段階で 突っ込んでおくべきだった。 だが、リブラの寄り道に付き合うことを決めたからには とことんまで付き合おう……なんて考えが足を引っ張った。 「過ぎたことを悔やんでも一緒ですよ」 「確かにそうだが……」 「……って、お前、いつの間に水着に!?」 あれ? ついさっきまで、普通の格好を していたはず、だよな……? 「わたくしが何者かお忘れのようですね」 「これこそが……伝説と呼ばれる力、です」 「これが……伝説と呼ばれる力……」 「使い道がない力だな、おい!」 そんな、いかにもかっこよさげに 言うことでもないだろう。 そんなものを伝説と呼んでいいのだろうか。 「それが案外そうでもありません」 「……あるのか? 使い道」 「はい。例えば、このキュートなボディで 悩殺する時に使えます」 「……は?」 「目の前で突如水着になるというハプニングで どっきりとさせる作戦です」 こいつ、急にクリスみたいなことを言い出したな。 「ハプニングでどっきり、なあ……」 改めてリブラの水着姿を上から下までじっくりと眺める。 その体は実に平坦というか、 なだらかな曲線を描いている。 残念ながら、ヒスイたち三人に比べれば、 隆起に乏しいと言えるだろう。 「まあ、それぞれ好みってものがあるからな」 世の中にはどっきりとする奴もいるだろう。 ただ、俺の場合はどっきりよりも先にびっくりして ツッコミをしてしまっていた。 「なるほど。あなたはツッコミ気質ですからね」 「ツッコミ王者としての習性が何よりも 優先されるというわけですか」 「なんだよ、ツッコミ王者って!?」 今まで、一度たりともそんな肩書きを 名乗ったことなんてない。 むしろ、これから先もそのような肩書きを 名乗ることなど一度たりともないだろう。 「というか、お前の場合は普段の服装と あまり変わっていないだろう」 「そんなことはありません」 「もう、変わりまくりで、まるで別物ですよ」 「例えば、どの辺りだよ」 「胸の辺りにラインを入れることによって、 マニアック度が上昇しています」 「マニアック度、とか言われても……」 思わず、胸の辺りをじっと注視してしまう。 「きゃー、やめてくださーい、けもののようなめでー、 みつめないでー」 「それが駄目なんだよ!」 注視した途端に、かなり棒読み気味な 声を上げられてしまう。 「お前、そういうことするから どっきりとかしないんだろ」 考えてみれば、旅に出た直後からリブラとは終始 行動をともにしてきていた。 旅の間は間で、唯一相談が出来る相手でもあった。 いわば、俺からしてみれば、リブラは相棒なのである。 「というか、そもそも俺をどっきりさせる 必要なんてあるのか?」 さらに言うならば、俺とリブラの関係性は 最初から決まっていた。 魔道書とその所有者。 それ以上でもなければ、それ以下でもない。 「ありますよ」 「……は?」 「あなたじゃなければ、いけないのです」 だからこそ、呟くようなリブラの言葉に、 それこそどっきりとしてしまった。 「なんでだよ」 どうして、急にそんなことを言い出すのか。 俺が落とした呟きには、そういう意味も篭っていた。 「わたくしには、あなた以外いないからです」 沈みゆく夕日が作る茜色の中、リブラが じっと俺を見上げる。 茜に染まるリブラは、まるでその白い頬を 赤く染めているかのように思える。 「俺以外、いないって……?」 「そのままの意味です」 透明な視線すらも、どこか熱を帯びているように すら感じるのは、俺の気のせいだろうか。 「あなた以外……」 「わたくしがからかうべき相手はいません」 「…………」 ああ……気のせいだった、な。 「というわけで、宝珠を探しましょう」 ふいっと顔を背けてから、リブラが砂浜を歩きはじめる。 「…………」 それでも、なお俺が沈黙を貫き続けたのは、肩に のしかかってくる妙な脱力感のせいだった。 沈みゆく夕日へと視線を向けると、 大きく息を吸い込み……。 「ちくしょおおおおおおおっ!?」 脱力感を振り払うくらいに、大きな叫びを上げる。 「なんだ、この、こう、騙された感じは!!」 思わせぶりなタイミングで、 思わせぶりなことを言いやがって! 無駄にドキドキしてしまったじゃないか! 「憤りが上手く処理出来ない……!」 胸の中でもやもやしたものがぐるぐると回り続けている。 それ以上、自分の気持ちを上手く言い表せない。 「釈然としないというか……」 相棒だと、魔道書だと、そう感じていて、 分かっていたはずなのに。 だからこそ、さっきも感じたようにリブラの言葉に よって、ドキっとしてしまったわけで。 「……分からない」 あいつが何を考えているのか分からない以上に、 俺が何を考えているのかが分からない。 何を考え、何を感じ、何に憤りを覚え、混乱しているか。 さっぱり分からない。上手く言葉に出来ない。 形にならない。 つまり、釈然としない。 「考えても分からないことを考え続けても しょうがない、よな……」 少なくとも城に戻るまでは、リブラと 二人での旅が続くことになる。 それに支障をきたさないためにも、出来る限り 考えないようにしておこう。 ……うん。そうしておこう。 「魔王様」 俺が内心で頷いたところで、リブラが 何かを手に戻ってくる。 「お、おう。どうした」 「宝珠を見つけました」 「早っ!?」 さっき、探しに行くと言って離れたばかりなのに、 もう見つかったのか。 「しかも、4個見つけました」 「多いだろっ!?」 なんで、こんな場所に4つも固まっているんだよ! 全部合わせて何個あるのかしらないが、 もう少し散らばらせておけよ! 「朱色、紅色、桃色、緋色です」 「被りすぎだろっ!」 リブラの手の上に乗っていたのは、 赤系の宝珠ばかりだった。 かろうじて桃色は分かるが、他の色の区別はかなり怪しい。 「なんで、同じ系統の色が4つも 同じ場所にあるんだよ!」 「色が近いもの同士、引かれあったのでしょうね」 「ああ、うん。まあ、そういうこともたまにはあるよな」 「性格が近い奴ら同士が仲良くなるとか、 そういうことだよな」 精神的な疲労が積み重なり続けた今、俺はツッコミを 入れることすら面倒になってきていた。 今ならば、世界の全てを受け入れて 許せるような気すらしている。 「ところで、本来なら巨大鳥を復活させるために、 これを集める必要があったんだよな?」 「はい。世界中に散らばる宝珠を 集める必要がありました」 「これって、何個くらいあるか分かるか?」 赤系だけで、こんなにあるんだ。 少なくとも、20か30くらいはありそうな気がする。 「150個です」 「……うん?」 「150個あります」 「……世界中に?」 「世界中に散らばっています」 「……それを全部集めなければいけなかったのか?」 「はい。全て残らず集める必要がありました」 頭の中でざっと世界地図を思い描く。 150個集めることでさえ大変だというのに、 それが世界中に散らばっているのか……。 「……大変だな」 「これまで巡った場所に戻っての、地道な情報収集が 必要だったと予想出来ます」 「なので、まあ、かなり大変だったでしょうね」 町や村でそれらしい話を聞いた後で、それらしい場所を うろうろと探し回る。 全てが全て、分かりやすい場所にあるわけでもないだろう。 例えば森の中をあてもなく歩き回ったりする 必要もあったかもしれない。 「……常識的じゃない方法で事態が 解決出来て良かったよな」 「そうですね。この件に関しては、非常識な 解決法を取ったことが正解でした」 「時には常識を捨て去ることも大事なんだな……」 宝珠集めという、かなり面倒くさい手順を 踏まずに済んだのは、本当に行幸だった。 あの時はかなり後悔したが、今となっては 当時の俺を褒め称えたい。 よくやった、昔の俺。 「生きるとは、そういうことなのですよ」 「自らの殻を打ち破ることも大切だと、 知ってもらいたかったのです」 「お前、適当にいいことを言って、 終わらせようとしているな」 「はい。そろそろ、お腹が空いてきましたので」 「そうだな、近くの町を目指そう」 「では、わたくしは宝珠を元の場所に戻してきます」 砂浜の上に足跡を残して歩いて行く リブラの背を見ながら。 自らの殻を打ち破る、という言葉が 何故か耳の奥でよみがえってきていた。 それはつまり、自分が定めたラインを、 自らの意思で破るということであって――。 「やめておこう……」 俺は何故混乱したのか。 考えないようにしておこうと決めたことを ついつい考えてしまいそうになって。 俺は一人、緩やかに首を横に振るのだった。 「というわけで、船です!」 爽やかに照りつける太陽の下、元気いっぱいな声で ヒスイが高らかに宣言をする。 「ほう、船か」 「はい! 船なんです」 なるほど。つまり船らしい。 白い砂浜、どこまでも広がる海原。 この風景に船は確かにマッチするだろう。 「ところで、ヒスイ」 「はい」 「何が船なんだ?」 日が昇る早々、砂浜へと連れ出され、 そしていきなりの船宣言。 寝起きの頭では、一体何が船なのか すぐには理解出来なかった。 もしかして、この船と言う言葉は何かの暗喩で、 その裏には秘密が隠されているのかもしれない。 「……そんなわけないか」 俺は朝から一体何を考えているのだろうか。 胡乱な頭が、まだ上手く回らない。 「ひとまず海沿いの町を目指して、その後のことは 着いてから考える予定でしたよね?」 「ああ……確か、そうだったな」 「というわけで、ここからどう進むのかを 考えた結果、船になりました!」 「……ほう。それはつまり、船旅ということか?」 「はいっ!」 今日も朝からヒスイは元気いっぱいだ。 明るく歯切れの良い返事が返ってくる。 「以前も、ここからアワリティア城へと戻ったので、 今回も同じコースを辿ります」 「なるほど」 船旅を選んだ意図は理解出来た。 となると、問題は船をどうするかだな。 「この辺りから、アワリティア城へと 向けて船は出ているのか?」 常識的に考えれば、客船を利用することになるだろう。 だが、アワリティア城付近には魔の海峡があるし、 港のある町も存在していない。 ここから、航路が結ばれているとは思えない。 「その点なら、問題はありません!」 「ジャスティン号を、もうしばらくの間貸して いただけることになっていますから」 「ジャスティン号って……ああ、あの船か」 アスモドゥスやらマユやらが船員として潜りこんでいた、 動力のよく分からないあの船か……。 そういえば、ジャスティン号とかいう 名前を付けられていたな。 その名前を呼んだのは、確か出港時だけ だったはずだからすっかり忘れていた。 「あの船を使えるのなら問題はないか」 きっと、俺たちが何もせずとも 謎の動力で動いてくれるだろう。 まあ、相変わらず釈然としないものはあるが、 使えるものは使うべきだ。 動力が何かなんて些細なことだろう。 些細なこと……か? 「ふむ。移動手段はそれでいいとして、だ。俺たちには 大きな問題が一つ残されているな」 「はい、そうですね……」 ヒスイも問題があることを自覚しているのだろう。 声色が少し沈んでいた。 船旅をする上で、決して見逃せない大きな問題。 快適だったはずの旅が、一瞬で奈落へと 突き落とされかねない、巨大な落とし穴。 「船酔い……大丈夫か?」 そう、それはヒスイの船酔いである。 船に乗るたび、ヒスイは毎回苦しそうな顔をしていた。 船酔いをしたことのない俺には想像も出来ない つらさに見舞われていたのだろう。 「それは、ええっと、はい」 「頑張ります!」 返ってきたのは、ぐっと拳を握りしめ ながらの精神論だった。 「いや、頑張りますて、お前」 船酔いは頑張ってどうにかなるような ものでもないだろうに。 「とっても頑張ります!」 「頑張る量増やせばいいってもんじゃないぞ!?」 とっても頑張ったところで、 どうにかなるとも思えない。 「どうしても、船でなければ駄目か?」 「はい。どうしてもです!」 ヒスイは是が否でも、海路での旅を望むらしい。 「前回と同じコースを辿って、ジェイさんに 改めて世界を見て欲しいんです」 「お前……」 つまるところ、ヒスイが無理を押してでも、 船旅を望むのは俺のためらしい。 そんなことを言われて……拒否出来るわけなんてないだろ。 「分かった。ただし、無理だけはするなよ」 「お前がつらそうな顔をするのは…… その……あまり見たくないから、な」 「あ……はいっ!」 我ながら恥ずかしいことを 言ってしまったものだ、と。 嬉しそうに頷いた後ではにかむヒスイを見ながら、 頭を掻いてしまう俺だった。 見慣れた甲板、乗り慣れた船。 潮の香りを運ぶ海風が、俺たちを出迎える。 俺とヒスイの二人だけを乗せて、船は沖へと出た。 「少しだけ懐かしいな」 そういえば、巨大鳥を目覚めさせて以来、 旅はすっかりと空路ばかりになっていた。 速度と行動範囲の広さなど、利便性では 鳥に劣るが船旅も悪くはない。 海風に吹かれる旅路は、空を舞うのとは また別種の心地良さがある。 まあ、あくまでそれは個人的な意見であって、 誰しもに当てはまるわけではない。 「さて、と……」 そう、例えば。 「気分はどうだ?」 「えうぅ……」 顔を青くしてふらふらしている奴にとってみれば、 空路の方が遥かにマシだろうな。 「頑張って……ます……」 「……そうか」 何をどう頑張っているのかまでは伝わってこない。 「うぅ……」 というよりも、明らかに無理をしているように しか見えないのだが。 「無理はするなって言っただろ?」 「全然無理なんてしてましぇん……。 まだまだ余裕でふ……」 うん。こいつ、もう無理だな。色々な意味で。 それでも、懸命に笑顔を作ろうとしているのは、俺が つらそうな顔は見たくないと言ったからだろうか。 「まったく……お前という奴は……」 それこそが、無茶をしているというものだろうに。 俺に改めて世界を見せるため。 そんな理由で船旅を選んだというのに。 「世界よりも……お前の方を見てしまうだろ……」 ぽつ、と小さく呟きを零してしまう。 だが、それは今に始まったことでもない気がする。 この旅を始めてから、ずっとヒスイのことを見てきた。 いや、もしかしたら……それ以前より、俺は……。 「ジェイさん……何か言いました……?」 ヒスイから問いかけられて、緩やかに首を振る。 「いや、なんでもない。気にするな」 「……はい」 きょとんとしながらも、ヒスイが素直に頷く。 深く尋ねられなかったのは幸いだった。 そんなことをされたらどう答えればいいのか、 自分でも分からないから。 「それよりも、今はお前の船酔いがどうすれば 軽くなるのかを考えるべきだろ」 「うぅ……気合を入れれば、きっと少しは……」 「余計に悪化しそうな気がするからやめておけ」 むしろ、頑張ろうと思うからこそ 酷くなるのではないかと思う。 船酔いに効く薬があればいいのだが、 店には売ってなかったしなあ。 大人しく寝かせておくべきか。 「クフフフ。船酔いにはこの回復草が 良く効きます。さあ、どうぞ」 「あ……ありがとうございます、船員さん」 「わたくしめは、キャプテン・アスモにございます」 「そういえば、そうでしたね。ありがとうございます、 キャプテン・アスモさん」 「お安い御用です。クフフフ」 …………。 さて、この場合、俺はどうすべきなんだろうな。 そうだなあ……とりあえずは……。 「何をしている、お前は……!」 キャプテン・アスモの襟首を掴むところから始めよう。 「クフフフ。皆様に快適な海の旅をお届けする。 それが、船員の務めでございますゆえ」 「うん。まあ、その心意気は立派だな。立派だが……」 「なんで、まだ船員ごっこしてるんだよ!?」 「クフフフ……」 「どうして、笑った!?」 ……はっ、待てよ。こいつがいるってことは、 もしかして……!? 「なんですか、もう。さっきから騒々しい」 「やっぱり、いたー!?」 「そりゃ、いますよ。だって、船員ですから」 「お前、いけしゃあしゃあと!?」 「あ、あの……ジェイさん……」 ヒートアップする俺の服を、ちょいちょいと ヒスイが引っ張る。 「……なんだ?」 「さっきから……どうされたんですか? 船員さん相手に、大声を出して……」 「ぐぅ……」 そうか。アスモドゥスが船員じゃないと 知ってるのは俺だけか。 くっそ。無駄に高性能な幻術を使いやがって! 「いやー、海を見るとなんとなーく叫んでみたく なったりしますからねー」 「きっと、そういう年頃なんでしょうねっ」 フォローなのかそうでないのかよく分からない 言葉が微妙に腹立たしい。 しかし、ここはそういう方向で矛を収めるしかないだろう。 「あ、ああ……そういうこと、なんだ……」 頬を引きつらせるような苦笑いとともに、 アスモドゥスの襟首を離す。 「わたくしめも同じ男なので、その気持ちは よく分かります。クフフフ」 ぐぅ……我慢しろ、俺。ツッコミたい衝動を どうにか抑え込むんだ! 「そうだったんですか。ジェイさんにも、 可愛いところがあるんですね」 顔色は悪いままに、ヒスイがくすりと微笑む。 「可愛いところって、お前……」 その言い方が少しどころではなく恥ずかしくて、 頬を掻いてしまう。 「よっ、ジェイジェイ! 可愛いっ!」 「若いですな。クフフフ」 こいつらの言い方が少しどころではなく腹立たしくて、 殴りたくなってしまう。 「回復草は助かった……すまない……」 ヒスイに回復草をくれたことは礼を言っておこう。 そして、他の部分には一切目をつぶろう。 これが一番穏便な解決だ。……多分。 「いえいえ。それでは、良い旅を。クフフフ」 「旅を楽しむがいい。クククク」 なんで、最後の最後に悪人笑いをしたのかは 分からないが、二人の船員が甲板を歩いて行く。 船員……? まあ、いいか……。 「親切な方たちでしたね」 「あー、うん。まあ、そうかもしれないな。うん」 かなり曖昧な返答になってしまう。 親切……といえば、親切か。わざわざ 回復草をくれたりしたわけだし。 「早速、回復草を……」 不意に、船が大きく揺れる。 「わ……っ」 その揺れを堪えきれずに、ヒスイの体がふらつく。 「っと、危ない」 こちらに向かって倒れ込んでくる ヒスイの体を両腕で抱き留める。 ぽす、と軽い音を立てて俺の腕の中にヒスイが収まる。 「す、すみません……」 「大丈夫か……?」 ふわ、と甘い香りが鼻先をくすぐる。 潮の匂いに掻き消されることなく、その甘さは 俺の胸の中へと広がっていく。 それと同時に――頬に熱が走るのを感じた。 「は、はい。ジェイさんのおかげです」 腕の中から俺を見上げてくるヒスイと目が合う。 「……あ」 視線が交差した瞬間、ヒスイの頬に赤みが差す。 「ありがとう……ございます……」 はにかみながら、小さくヒスイが お礼の言葉を口にする。 以前にも覚えのある状況。 あれは……そう、試練の大地で聖剣の力を得た後だ。 「……ふふ」 あの時と同じように、ヒスイは俺から離れずに、 服を遠慮がちに掴む。 ただ、その目が熱に蕩けている様子はなく、 どこか幸せそうに微笑んでいた。 「ヒスイ……」 鼻先をくすぐる甘い香りごと、ヒスイのことを 抱き締めようと腕に力を入れる。 ヒスイが俺に向けてきている感情。 それに応じようとしている自分に気付く。 「……はい」 ヒスイは抵抗することなく、俺に 身を委ねて体を寄せてくる。 俺の体中に感じている熱が、自分のものなのか ヒスイのものなのか分からない。 「苦しくないか?」 ただでさえ船酔いだというのに……。 俺が抱きしめることでヒスイがつらさを 感じていないか。それが気にかかる。 「……大丈夫です。とても、落ち着いた気持ちですよ」 「そうか……」 だったら、もう少しこのままで いることを許してほしい。 誰に対してかは分からないが、胸の中でそう祈ってしまう。 「このまま、時間が止まってしまえばいいのに」 柄にもないことを、小さく呟いてしまう。 そんな自分が気恥ずかしくなって、ヒスイを 抱き締めたまま、視線を少し遠くへと向ける。 「…………」 本当に時間が止まったような感覚に陥った。 頭の中が真っ白になって、体が凍りついたかの ように動かなくなる。 そういえば、あいつらいたんだっけ……。 ……すっかり、忘れていた……。 「時間が……止まってしまえば……いいのに……」 「青春ですな……」 ああ、海はなんて青く広いのだろう……。 遠い目をしたまま、ヒスイの体を解放すると、 俺は静かにその場に崩れ落ちる。 「ジェ、ジェイさん!?」 ヒスイが二人に気付いていないのは、せめてもの 幸いだったかもしれない、と。 少しだけ安堵しながらも俺は羞恥のあまり、しばらくの 間立ち上がれずにいたのだった……。 自称船員の二人にやたらと優しく見守られる という屈辱の船旅は終わった……。 船から降りた俺たちは陸路にてアワリティア城へと 向かう途中に夜を迎えていた。 本来ならば、日が沈む前には町に着いている はずだったのだが……。 「いつもより、船の進みが遅かったですね」 「……そうだな」 何故か船の速度が遅かったために、 俺たちは町に辿り着けずにいた。 「きっと、あいつらの差し金だな……」 あの自称船員の二人が関係しているに違いない。 そうに決まっている。 となると、あいつらは船の動力が何なのか 知っていることになるのか……。 動力に関しては、少し気になるな。 「あいつら?」 隣を歩きながら、ヒスイが不思議そうに首を傾げる。 「いや、なんでもない」 ヒスイはあの二人の正体を知らないのだから、 俺が何を言っているのか分からないだろう。 ゆっくりと首を横に振って誤魔化しておく。 「後、どのくらいで着くかな?」 「もう少しだと思います」 本来ならば、日が沈んだ後は出来るだけ 動かずに野営をするのだが。 船を降りた場所からアワリティア城までそれほど 離れていなかったために、俺たちは歩くことにした。 「星空の下を歩くのって、少しロマンチックですね」 どうやら、ヒスイもこの状況を楽しんで くれているようなのは幸いだった。 「ロマンチック、か……俺にはよく分からないな」 「そうですか?」 「ああ。男のロマンって言葉もあるくらいだから、 その辺りの感覚は少し違うのかもな」 「太古の秘宝や、古の書物などはロマンだと思えるが」 「それは、確かに胸がワクワクしますね」 「だろう?」 後は、世界征服なんかもロマンだと思うが、 流石に言えなかった。 「でも、ロマンとロマンチックは多分違うものですよ」 「うん……?」 ヒスイは俺を見上げて、くすと微笑み。 「なんだかしっとりとして胸がドキドキ するような感じがしませんか?」 「しっとりして、胸がドキドキ……」 チラ、と横目でヒスイを見る。 そういう感覚ならば、分かる気がする。 「そう言われれば、なんとなく分かるかもしれない」 「それがロマンチックですよ」 「そうか」 こうして、ヒスイと二人で肩を並べて 星空を見上げながら歩く。 それだけで夜の闇も、穏やかで 優しいものに感じるのは……。 「きっと、お前と一緒だからだな」 「……え?」 不意を突かれたように、ヒスイが きょとんと瞬きを繰り返す。 「なあ、ヒスイ」 「はい……」 おもむろに足を止めると、ヒスイに向き直る。 これまでずっと避けてきた疑問を、 今なら尋ねられるような気がした。 いや……尋ねるのならば、今しかないだろう。 「俺が怖くないのか?」 ヒスイが俺に向けている感情も、俺がヒスイに 抱きつつある感情も、自覚し始めた今だから。 俺は尋ねなければいけない。 「俺は、魔王だぞ?」 「人間の敵だったんだぞ……」 痛いくらいに手を握りこむことで、 震えそうになる声を抑える。 俺の問いかけに、少しの沈黙を置いて。 「……怖くありません」 ヒスイが、穏やかな声とともに頷いた。 「俺は……心の中で、ずっとお前たちを 倒すことばかり考えていた」 「自分の身を守るために、な」 「……はい」 俺の言葉の先を促すように、ヒスイが小さく頷く。 そのおかげだろうか……。 「仲間に入ったのだって、その一環だ。 もっと言うなら……」 「一番最初、お前と出会ったのだって、勇者を 倒すために情報が欲しかったからだ」 素直に、言葉が出てしまうのは。 ああ……俺はまた、こいつに甘えているのか。 なんとなくだが、そう思ってしまう。 「お前は……俺を恨んでいないのか?」 「恨んでなんていません」 ヒスイの返事は、やはり穏やかなものだった。 じっと俺を見つめながら、小さく頷く。 「俺は……先代魔王の息子だ。俺の親父殿から、 魔王の座を受け継いだ」 「お前の家は……俺の親父殿が……」 ヒスイの顔を見ることが出来ずに、 顔を俯かせてしまう。 更に強く握り締めた手が、小さく震える。 「ジェイさんは、ジェイさんですよ」 ヒスイが、そっと手を重ねてくる。 柔らかくて温かな指先の感触に、顔を上げる。 「わたしは、憎んだりなんてしません」 ヒスイは、優しく笑っていた。 「……どうしてだ?」 どうして、そんなことが言えるのか。 俺を、恐れず、恨まず、憎まずにいられるのか。 俺には分からなかった。 「ジェイさんがいい人だからです」 「そんなわけ……」 「ありますよ」 ない、と俺が口にするよりも早く、 ヒスイがしっかりと断言をしていた。 「だって、ジェイさん、わたしたちを 見捨てなかったじゃないですか」 「わたしたちを支えたり、叱ったり、励ましたり してくれたじゃないですか」 「それは、結果的にそうなっただけだ……」 そうしたくてしたわけでもなければ、 そうなりたくてなった結果でもない。 全ては単なる成り行きでしかなかった。 「例えそうだとしても、です」 「それでもやっぱり、ジェイさんはいい人です。だから、 みんなジェイさんのことが好きなんですよ」 「だから、ジェイさんのことを助けたいと みんなが思ったんです」 ああ……俺はなんと返事をしていいのだろう。 ヒスイに返せる言葉が俺の中から 出てくることはなかった。 ただ、俺は……こいつに許されたのだと。 それだけは、感じていた。 「ジェイさんが魔王だって分かった時は、 とっっても驚きましたけどね」 「でも、ジェイさんはジェイさんでした。改めて 一緒に旅をして、それがよく分かりました」 「それは……」 胸の中の空気をゆっくりと吐き出すとともに、言葉を紡ぐ。 「ヒスイ、お前のおかげだ」 こいつには……ヒスイには、これだけは 言っておきたかった。 「お前たちが……お前が、いてくれたから……」 「あの旅は……楽しかった」 俺を倒すために続けられた旅だと分かっていても……。 ヒスイたちとの旅を、どこか楽しく 思っていたのは事実だ。 想いを言葉にするとともに、握りこんでいた 手から力が抜けていくのを感じる。 胸の奥に溜まっていた空気を全部 吐き出せたような、そんな気分だ。 「わたしも、楽しかったです」 ヒスイがにっこりと笑いを浮かべる。 この笑顔が、いつも、いつでも、 俺の目を引いて離さなかった。 「ジェイさん。この世界のこと…… 今はどう思っていますか?」 「そう、だな……」 今なら、素直に言える気がする。 ようやく、この胸にある想いの 全てを伝えられる気がする。 「この世界の全てを好きになれるかは まだ分からない」 「理不尽で、歪んでいて、優しくない。 その思いはきっとまだ変わらない」 だけど――。 「だけど、お前と一緒なら……」 「……え?」 「お前が、俺やみんなと生きている世界が 好きだって言ったように……」 「お前と一緒に生きていける世界なら…… 俺も好きになれるかもしれない」 「……そうですか」 ヒスイは嬉しそうに笑いながら、頷く。 きっと、俺が言いたいことは全部 伝わっていないだろう。 「お前、意味分かってないだろ?」 「意味……?」 ああ、やっぱり伝わっていないか。 しょうがない。もっとシンプルに伝えよう。 誰が聞いても分かるような、簡単な言葉で。 「お前のことが好きだって意味だよ」 「え……? あ……えっ!?」 驚きを全身で示すかのように、 ヒスイの肩が跳ね上がる。 ヒスイが目を瞬かせるたびに、 その頬が赤みを深めていく 「お前が好きだ」 その感情がいつから俺の中に 芽吹いていたのかは分からない。 だが、今の俺の中では、その気持ちが 大きく花開いていたのは確かだ。 「あ、そ、その、わ、わたし……」 慌てふためきながら、ヒスイが顔を俯かせる。 そのまま、肩が上下するくらいに大きな深呼吸を 数回繰り返しているようだ。 ヒスイを急かすようなことはせずに、ただ待っていると。 「わ、わたし……」 ゆっくりと、ヒスイが顔を上げる。 頬を赤く染めながら、少し潤んだ目が 俺を見つめてくる。 「わたしも……ジェイさんのことが、好きです」 「ずっと……ずっと、好きでした」 ヒスイから向けられていると感じたものが杞憂 ではなかったことに、ホッと息を漏らす。 改めて言葉にされると、それはとても嬉しいもので、 胸の中がじんわりと温かくなってくる。 「……ありがとう」 「あ、い、いえ、こちらこそ……」 よく分からない言葉を重ね合いながら、 じっと見つめ合う。 言葉も何も交わさないまま、視線だけを交わしあう中、 重ねていた手はゆっくりと解かれて。 次第に、指先をそっと絡め合わせて行く。 どちらから求めるわけでもなく、そのまま自然と お互いに引き寄せられるように。 俺たちは、静かに口付けを交わしていた。 ただ唇を重ね合せるだけの、激しさなんてない 優しいだけの口付け。 触れ合った部分から感じるお互いの熱が、 全てを物語っているようで。 言葉を経由することなく、想いを 分かち合えるような感覚。 時が経つのも忘れて、唇を重ね続ける俺たちを。 星空だけが、静かに見守っていた。 「やっぱり、海は気持ちがいいな」 潮風になびく髪を片手で押さえながら、 カレンが気持ちよさそうに目を細める。 「ああ。悪くないな」 陸路での旅も悪くないが、海路も これはこれでいいものだ。 潮の香りと海風を感じながらの ゆったりとした船旅も悪くない。 「それに、今回は普通の船だし、安心も出来る」 現在乗っている船は今までに使っていた借り物の船 ――ジャスティン号ではなく、一般の船。 いわゆる、客船と呼ばれるものだ。 「普通の船? なんだ、魔法使い。普通じゃない 船に乗ったことでもあるのか?」 「わりと最近までな」 今まで使っていた船が、まさにそうだった。 アスモドゥスとマユ、二人の魔族が船員として 潜りこんでいる船なんて普通じゃないだろう。 何故かこいつらは不思議に思ってはいなかったが、 きっとアスモドゥスの幻術のせいだろう。 「最近までって、まさかジャスティン号 じゃないだろうな」 「まさにそれなんだがな」 「あの船に不思議なところなんてあったか?」 「不思議じゃないところを数えた方が早いだろ」 「動力が謎だし、船員も謎だし、 謎しかなかったぞ。あの船」 不思議な部分しかない船だった。むしろ、 不思議が海に浮かんでいるようなものだ。 世界七不思議なんてものがあれば、その中の 1つに加わるのは間違いないだろう。 「やれやれ。何を言っているんだ、魔法使い」 「そんなこと、この船だって同じだろ」 「…………」 カレンの言葉に思わず黙り込んでしまう。 「この船だって、同じ……?」 「ああ、同じだぞ」 辺りを見渡してみる。甲板には、 俺たちの他に人影はない。 船員の姿すら見当たらない。 「……本当だ!?」 い、いない。船員がいないぞ!? そういえばジャスティン号でも、あの二人以外の 船員を見た覚えがなかったが……。 こ、この船にも船員がいないなんて……。 「同じだろう?」 「この船、一体どうやって動いているんだ!?」 「不思議だよな」 辺りを見渡しながら、カレンが軽い調子で口にする。 「いや、そんな軽く言っていいことじゃないだろ!?」 どうやって動いているのか分からない船に 乗っていていいのか。 「船というのは、きっとそういう乗り物なんだろう」 うむ、とカレンが頷きながら断言する。 「そういう乗り物なわけねえよ!」 「何故だ?」 何故、真顔で尋ねてくる。 「いや、だって、誰かが動かさないと 乗り物は動かないわけだろ」 「そうだな。当たり前の話だ」 ああ、それは当たり前だということは分かるのか。 よし。少しは話が通じそうだぞ。 「じゃあ、この船は誰が動かしているんだ?」 「え? それは……」 カレンは何故かきょとんとした顔で瞬いて。 「誰も動かさなくても大丈夫ってこと なんじゃないのか?」 「なんでだよっ!?」 「だって、鳥は誰も動かさずに飛んでいたじゃないか」 「あれは生き物だからだよ!」 「あれは、乗り物だろ」 「それは……どちらかといえば乗り物だが」 「だろう? 移動に使う物は全部乗り物だ」 なんだよ、その割り切り方! いや、俺も確かにあの巨大鳥のことは 乗り物だと認識していたが。 それにしたって、扱い酷いな。おい。 「というわけで、船は別に人がいなくても 動く物なんだぞ。魔法使い」 ……逆に、したり顔で俺が教えられてしまった。 納得なんていくわけないし、釈然ともしない。 「……そうか」 こうと決めたら引かないし、思い込んだら一直線な奴だ。 ここは、俺が引いておくに限る。 目くじらを立てて否定するような話でもない。 「ふふ。私が魔法使いに物を教えるとはな」 まったく……相手をしていて疲れる奴だ。 そんなことを思いながらも、嫌な気分がしないのは、 きっとカレンが嬉しそうにしているからで。 それだけで許せてしまう自分に気付いた俺は、 海風を受けながら小さく笑ってしまうのだった。 俺の城の近くの……長いので、目的の町と省略しよう。 目的の町へと辿り着いた俺たちは、宿を確保した後で、 早速目当ての武器屋巡りをしていた。 「なるほどな。ドラゴンクラッシャーは ドラゴンのウロコから作られていたんだな」 気になっていた武器の原材料を知ることが出来て、 カレンはとても上機嫌だった。 終始、にこにこと笑いっぱなしだ。 俺は武器屋に並ぶ商品よりも、そんなカレンの方を ずっと目で追いかけていた。 「しかし、こう、思うんだがな」 「なんだ?」 「ドラゴンクラッシャーはドラゴンのウロコを 加工して作られるわけだろう?」 「ああ。ドラゴンの硬いウロコを貫くためには、 同じウロコを材料にする」 「合理的な考えだな」 うんうん、とカレンは感心したように何度も頷く。 だが、俺はどうしてもその考えに 賛同することは出来なかった。 「いや、それおかしくないか?」 「うん?」 「ドラゴンのウロコ同士なんだから、 硬さは同じわけだよな」 「硬さが同じなのに、貫けるわけないだろ」 「武器として加工してあるからな。 鋭さが増しているんだろう」 「ドラゴンのウロコを加工して、鋭くするのか?」 「鋭くするんだ」 ドラゴンのウロコを加工する……? あの硬いウロコを……? 「どうやって?」 「詳しくは、私では分からないが……」 「普通に考えれば、金槌で叩いて加工するんだと思うぞ」 「金槌でドラゴンのウロコを加工するのか?」 「多分、だけどな」 ドラゴンのウロコを加工出来る金槌……? ということは、その金槌で叩けばドラゴンのウロコは 変形したりするってことだろ……。 「それこそ、ドラゴンクラッシャーだろ!」 「うん?」 「いや、ドラゴンのウロコを加工出来るような金槌が あるのなら、それを武器として使ったほうがだな……」 「魔法使い。次はあっちの道具屋を見に行こう」 俺の言葉の途中で、カレンが店を指差しながら歩き出す。 「聞けよっ!?」 「魔法使いの話は難しすぎるぞ。 もう少し簡単に言ってくれ」 「結構、分かりやすいように言ったつもりなんだが!」 「そこをもう一声頼む」 「値切ってるみたいな言い方をやめろ!」 「そこはほら、一応武器屋の娘なわけだしな」 く……っ、上手いことを言われた気がする。 「だったら、普段の買い物ももう少し 上手くやってほしかったんだがな」 「値切ったりはしなかったのか?」 「そんなこと出来るわけないだろう」 だよな。 そんなことしているのなら、出費もかなり 抑えられていただろうし。 「そういうのが許されるのは商人だけだ」 「戦士である私が、店で値切るなんて 許されるわけないだろう」 「許すとか許されないとか、そういう レベルの話なのか……?」 「ああ。仮に魔法使いであるお前が 店で値切ったとしてみよう」 「鼻で笑われた挙句、出入りが禁止されるぞ」 「そ、そこまでされるのか!?」 「ああ。それほどに許されざることなんだ」 値切っただけで、そこまでの仕打ちを受けなければ ならないのか……し、知らなかった。 「かなり、恐ろしい話だな……」 「間違っても、店で値切ろうとするなよ」 「肝に銘じておく……」 人間の世界とは、こうも恐ろしいものなのか。 俺の知らないことも、まだまだたくさんあるし、一度 しっかりと勉強した方がいいかもしれないな、これは。 「というわけで、次はあっちの道具屋に行こう」 「ああ、分かったよ」 先ほど、カレンが指差していた 道具屋へと向けて歩を進め出す。 今度の店でも、商品よりもカレンのことを 目で追ってしまうのだろうな、と。 俺はこの先に待ち受けるであろう未来を 容易に予測することが出来た。 「ゴブリンスレイヤーって、ゴブリンの体の一部を 材料にしているわけじゃないんだな」 「ああ。スレイヤーだからな。キラーとは別物なんだ」 「俺には、違いがまったく分からないんだが」 道具屋を始めとして数件の店を回った後で、目的も なくなった俺たちはぶらぶらと適当に歩いていた。 「まあ、その辺りは戦士以外には分かりづらいだろうな」 「私たち戦士は、武器に依存する度合いが高いからな。 他の職業よりも自然と詳しくなるんだ」 「ふむ。魔法使いが呪文に詳しくなるようなものか?」 「まさにだな」 自分が好きなもの、ないしは得意なものほど 詳しくなるということだな。 特に自らの命を預けるような技術、技能で あればなおさらだ。 「私の場合、生まれが生まれでもあるからな」 「普通の戦士よりも、更に詳しいということか?」 「そういうことだ」 「分からないことがあったら、なんでも聞くといいぞ。 ある程度のことなら私が教えてやれるからな」 胸を張りながら言うカレンは、どことなく…… というか、かなり得意げに見えた。 「嬉しそうだな」 「ああ、嬉しいさ。今までは、ずっと魔法使いに 教えられてばかりだったからな」 「ようやく、私が教える側に回れて、 喜ばないわけないだろう」 本当にカレンは嬉しそうだった。 喜色満面にて、俺を見上げて笑っている。 「お前の言葉を真似するわけではないが、 私もお前と対等になりたかったんだ」 「そうだったのか?」 「ああ。お前の横に並びたかった」 カレンがそんなことを思っていたなんて、 まるで気付かなかった。 その言葉を嬉しく思う反面、少し笑ってしまう。 まさか、同じことを考えていただなんて。 「仲間として、とっくに横には並んでいただろ」 「仲間としては、な」 「だが、私は……」 何かを言いかけて、カレンがそっと目を伏せる。 その先に、何を言おうとしているのか…… なんとなく理解は出来た気がしていた。 多分、それも俺と同じ気持ちを抱いているのだろう。 「なあ、カレン」 「え? あ、い、いや、なんでもない! 気にしないでくれっ!」 俺がさっきの言葉の先を問いかけようと していると思ったのだろう。 頬を赤らめながら、カレンが慌てて首を横に振る。 「なんでも……ないんだ……」 なんでもない、と口では繰り返しながらも、 その目はじっと俺を見つめていた。 なんでもないわけがないのは分かっている、が。 「そうか。なら、いい……」 そこから先を言及する気にはなれずに、 カレンから視線を逸らす。 想いを口にするのであれば、こういう形では なくて自分から切り出したい。 逸らした視線のその先で――。 「うん……?」 ある露店が目に入った。 どこかで見覚えのある店なのだが……。 「ああ、そうか」 思い出した。確か、以前にあそこでアスモドゥスが 店番をしていた気がする。 そういえば、あそこで……。 「魔王との戦いが無事に終わって…… 戻ってこれたら……その……」 「その時に、また……同じ言葉を言ってくれないか?」 「……あっ!」 あの時、カレンと交わした約束を思い出す。 魔王との戦いが無事に終わったら。 まさに今がちょうどその時じゃないか。 「カレン。ちょっと、あっちに行こう」 「うん? 急にどうした、魔法使い」 「いいから!」 思わず、カレンの手を取って歩き出す。 「……あ」 そのまま、引っ張るように向かった露店には、 見知らぬ男性の姿があった。 おそらく、以前にアスモドゥスが店番を代わっていた、 店の本来の持ち主だろう。 「カレン、ちょっと目を閉じてくれないか」 「ん? ああ、別に構わないが……」 いきなり露店の前まで引っ張ってこられて、 いきなり目を閉じろと言われる。 わけの分からない状況にも関わらず、 カレンは素直に目を閉じてくれる。 「あれは、確か……」 どんな形をしていただろうか。 並べられた商品の中から、イヤリングを探そうと するのだが、すぐには見つけられない。 ……どれだ? 「なあ、魔法使い。まだか?」 「もう少し待ってくれ」 焦れたようにカレンが声を上げる。 このまま、こうやって待たせ続けるわけにもいかない。 あの時のイヤリングは、どこにある……。 「……あった」 雑多に並ぶ品物の中から、見覚えのある一品が目に入る。 震えそうになる指先で、イヤリングを持ち上げると 静かに呼吸を繰り返す。 内心を落ち着かせた後で、手にしたイヤリングを カレンの耳へと近付けて。 「もう、いいぞ」 俺の言葉に従って目を開けたカレンが……。 「……え?」 きょとんとした声を上げる。 「魔法使い、お前……何を?」 イヤリングに気付いたカレンが、 控えめな声でそう尋ねてくる。 「前に約束しただろ。覚えているか?」 「約束……って」 「魔王との戦いが無事に終わって、戻って来れたら その時は、また同じ言葉を言ってくれ」 「あの時、お前はそう言っただろ」 「お前……」 驚いたようにカレンが目を見開く。 事実、驚いたのだろう。あの時はまだ魔王だった俺が、 ちゃんと約束を覚えていたことに。 「覚えていてくれた、のか?」 「ああ……と言いたいところだが、 正確には思い出しただけだ」 「それもついさっきに、な」 「そうか。それでも……十分だ」 「ありがとう。嬉しい……」 感極まったように、カレンが声を震わせる。 「まだ、そのセリフは早いぞ。 あの時と同じ言葉を言ってないだろ」 「そうだったな。聞かせてくれ、魔法使い。 あの時の言葉を」 「ああ」 あの時は打算的な思いから口にした言葉。 「似合っているぞ、カレン」 少し形は違うものの、今、口にするのは 本心からの思いと変わっていた。 「……本当か?」 「ああ、本当だ。付けてみろよ」 「……うん」 「変じゃない……かな?」 「そんなことないから安心しろ」 「おかしくも……ないか?」 「綺麗だぞ」 「そう……か」 「嬉しい……それ以外の言葉が 出てこないくらい……嬉しい」 あの時は照れるだけだったカレンが、今は 自らの胸の内を言葉にして伝えてくる。 「買ってやろうか?」 それを聞きながら、あの日に告げた最後の言葉を繰り返す。 「……うん」 そんな俺に対して、カレンはあの時とは 違って小さく頷いた。 「ありがとう、大事にする」 「着けずに、大事に仕舞っておくからな」 「仕舞っておくのか?」 俺としては、付けてもらった方が嬉しいのだが。 「壊してしまってはもったいないから、な」 「だから、大事にしまっておく。ありがとう、魔法使い」 ぎゅっと両手でイヤリングを握り締めながら、 カレンは赤い顔で笑いかけてくる。 どのような形であっても、大事にしてくれるのなら それでいいか。 「なあ、魔法使い。海を見に行かないか?」 不意に、カレンがそんなことを言い出す。 「ああ。別に構わないが」 「じゃあ、行こう」 赤い顔を隠すように、そっと視線を伏せながら 歩き出すカレンの後を追って、俺も歩を進める。 そのまま二人、言葉を交わさないまま町の外へと出た。 傾いた夕日によって赤く照らされる砂の上に、 二人で足跡を刻む。 つい先日同じ場所を歩いたというのに、夜と夕方では 周囲の景色から受ける印象はまったく違っていた。 夜の海が静かに深い青だとすれば、夕方は穏やかに包む橙。 どこか懐かしさすら覚える落ち着いた色合い。 「なあ、魔法使い」 「なんだ?」 「……ありがとう」 不意に足を止めながら、カレンが笑いかけてくる。 「私と一緒に来てくれて、ありがとう。 とても嬉しかった」 「俺だって、嬉しかったさ。 お前が、同行を認めてくれて」 「そうか、ありがとう」 また礼を口にしながら、カレンが微笑む。 「私と一緒で退屈しなかったか?」 「するわけないだろ。お前が一緒なんだから」 「それは……いい意味で、だよな?」 「他にどんな意味がある」 「迷惑をかけ続けた、とか……」 なるほど。それは確かに、いい意味ではない。 悪い意味で退屈しなかった、と いうことになるだろう。 「もしも、そうだとしたら謝るが……」 「心配するな。ちょっとしか迷惑はかかっていないから」 「そうか、それなら安心出来るが……」 「って、ちょっとはかかったのか!?」 ほっと安心した直後に、カレンが驚きに眉を持ち上げる。 「冗談だ」 「お前……言っていい冗談と悪い冗談があるぞ」 「悪い、悪い」 「まったく……お前は少し、私に意地が悪くないか?」 「気のせいだと思うぞ」 自分でも若干そうじゃないかと思ってしまうだけに、 返答も少し弱いものになってしまった。 「まあ、別にそれでもいいけどな」 夕日を背に、カレンが俺へと向き直る。 その顔に浮かんでいたのは、穏やかな微笑みだった。 「お前が一緒だったら、それでもいい」 「多少だったら意地悪くされても、いい」 「……いいのかよ」 「あまり行き過ぎると、流石に怒るけどな」 怒ると口にしながらも、カレンの表情は 相変わらず穏やかなもので。 このやり取りすらも楽しんでいるような気がしていた。 「なあ、カレン。さっき、お前は俺に聞いたよな。 一緒にいて退屈じゃないかって」 「……ああ」 「お前はどうなんだ?」 「私、か?」 「ああ。お前は俺と一緒にいても大丈夫か?」 「俺は……お前と一緒にいることを許されるのか?」 「大丈夫だ」 俺の疑問に対して、カレンが一言で答えを出す。 「私はお前といても退屈じゃない。だから、大丈夫だ」 「お前が私と一緒にいることに、どんな問題がある。 だから、大丈夫だ」 しっかりと俺を見ながら、カレンが頷く。 「どうしても誰かの許しが必要だというのなら、 私がお前を許す」 「一緒にいてくれと私が願う。だから、 誰にも文句なんて言わせないさ」 「……そうか」 その言葉に、胸の中が軽くなる思いがした。 いつだって、カレンはまっすぐに俺に視線を向けていた。 時々、羞恥から視線を背けることはあったが、 胸の中の想いは俺に向けてきていた。 「なあ、カレン……」 一方的に向けられるだけで、いいわけがない。 これ以上、俺が知らないふりも出来ない。 特に、同じものを抱いているのならば、なおさらだ。 「お前に伝えたいことがあるんだ」 「伝えたいこと……って」 「そ、それは、その……なんだ……」 「そこから先は、俺に言わせてくれよ」 「そ、そうか。そう、だよな……うん」 「お前の口から……聞かせてくれ」 頬を染めながら、カレンが視線を逸らす。 これから何を言われるのか、おおよそ察しは付くのだろう。 今回ばかりは、カレンの勘違いというわけでもない。 「ああ。どこから話したらいいものか」 「出来るだけ、簡単に言ってもらえると ……私の心臓が、助かる」 「そうか。だったら、出来るだけ手短にしよう」 こほん、と一度咳払いを挟み、自分の心も落ち着ける。 「最初は手間がかかるだけの奴だと思っていた」 「人の話を聞きやしないし、とにかく前に進みたがるし、 人の話を聞かないし」 「……話を聞かないと二回言っている気がするんだが」 「それくらいに、ってことさ」 いつだったかカレンが言っていたようなことを、 真似して繰り返す。 「目を離せない奴だと思っていた。ずっとな」 「だけど、今は目を離したくないと思っている」 そして、それは今も同じだった。 緊張したように視線を逸らしているカレンを、 じっと見つめる。 「お前から目を離したくないし、手放したくもない」 「ずっと、俺の傍に置いておきたい。 お前と一緒に生きたい」 「行きたい……じゃなくて、か?」 「ああ。お前と一緒に、生きていたい」 二人の旅が始まった時にカレンが勘違いした言葉。 それを今、俺の願いとして、俺の口から告げる。 「俺が言っていい言葉なのか分からない。だが、お前の 傍にいるために、俺は胸を張って告げる」 うるさく跳ねまわる胸を落ち着かせようと、 大きく息を吸い込む。 その程度で抑え込まれるような想いではなく ……それだったら、その勢いに乗ろう。 「俺は……」 胸にあるものを、カレンに渡そう。 「お前が好きだ」 という簡単な言葉に変えて。 「俺はお前と一緒に生きたい。 俺の傍にいてくれ、カレン」 俺の言葉を受けて、カレンは静かに目を閉じる。 「そう……か……」 緩やかな吐息とともに、閉じられた まぶたの端に浮かぶ物があった。 「たくさんの言葉を使って、返事をしたい」 「この胸の中にある想いを言葉に変えて、 全部をお前に伝えたい」 目の端に浮かぶ涙を拭わずに、わずかに声を 震えさせながらカレンが続ける。 「だけど……私にはそれが出来ない」 緩やかに首を横に振りながら、カレンが嘆息を漏らす。 「上手く言葉に変えることが出来ないし……その途中で、 きっと我慢出来ずに泣いてしまうから」 「だから、私も単純にお前に返す」 目を閉じたまま、カレンはゆっくりと息を吸い込み。 「私もお前が好きだ。魔法使い」 本当に単純な言葉で、返答をしてくる。 だけど、それは何よりも俺が欲しかった言葉で。 「カレン……」 そっと、カレンを抱き寄せる。 抵抗することもなく、カレンのしなやかな体が 俺の腕の中へと収まる。 「まいったな……このまま目を開けたら、 きっと涙が止まらなくなる……」 閉じたままの目の端から、涙をにじませながら カレンが震える声で呟く。 「俺は別に困らないぞ」 「私が困るんだ。泣き顔を見られるのは ……流石に恥ずかしい」 「だから……」 カレンが、俺の体に腕を回してくる。 そのまま、しがみ付くように強く抱きつきながら、 額を俺の胸へと押し当てる。 「しばらくの間……私が落ち着くまで…… こうさせてくれ」 「すぐに……落ち着く、から」 「気が済むまで、付き合うよ」 カレンの頭を軽く撫でて、銀色の髪を指で梳く。 俺を抱き締めるカレンの腕に、少しだけ力が入って 体がさらに密着する。 「……ありがとう」 そのまま、何か言うわけでもなく、胸の想いを共有する ように俺たちは互いの体を強く抱き締め合っていた。 俺たちを穏やかに包む夕日が顔を隠し、 青白い月が空に上るまで……。 俺たちは、ずっとその場を動かずに、 ただ静かに体を寄せ合っていた。 「……う、ん」 窓から差し込む陽光に目を細めながら、 だるさの残る体を無理やりに起こす。 「もう朝……いや、もっと遅い……か?」 昨夜はほとんど眠ることが出来ずに、悶々と したまま朝を迎えることになってしまった。 いや、夜明け間際に少しうとうとしたんだったか ……よく覚えていない。 「……頭痛いな」 ともあれ、俺がろくに眠れなかった ことだけは確かだった。 その原因は……。 「俺の答え、か……」 クリスからの、あの問いかけだった。 「もし、本物だとしたら……ジェイくんはどうする?」 「俺、は……」 それがもし本物だとしたら、俺は……どう感じる。 言うまでもなく、嬉しいのは確かだ。 喜ばしいのも確かだ。 だが、きっとクリスが俺に聞いているのは、 そんなことではないだろう。 「……今すぐ、には答えは出せない」 どうする、とクリスは尋ねてきている。 俺がどう思うかではなく、どう行動するかを 問いかけてきている。 「流れに身を任せて、ここで答えるわけには いかないだろ」 クリスの感情が本物だとすれば、 俺もそれを軽くは扱えない。 自らに問いかけて、しっかりと受け止め なければいけないだろう。 その上で返せる答えは、すぐには出てこない。 「ふふ、ジェイくんは真面目だね」 「こんな質問、軽く答えるだけでいいのに」 くす、とクリスが小さな笑みを浮かべる。 「そんなこと、出来るわけないだろ」 クリスの言葉に、首を横に振って答える。 「本当に真面目だね」 「そもそも、先生が適当なことを 言っているだけかもしれないのに」 「そんなことは……」 ない、と言い切れないのが少し怖い。 「ありえるでしょう?」 「うん。まあ、確かにな」 「自分で言うな、とは思うが」 「そこはご愛嬌ってやつだね」 いつもの調子でクリスが笑みを浮かべる。 何故かその笑みを見て、クリスは嘘を 吐いていないと確信が持てた。 「ともあれ、ジェイくんが真面目に 考えようとしてくれたのは嬉しいかな」 「ジェイくんの答えが出てくるのを、先生は待つね」 「ああ。すまない」 あの場で俺が導き出した答えは、保留。 そのまま町まで帰り、俺は宿で、クリスは神殿で。 それぞれ一日を過ごすことにした。 「それにしても……」 告白とも取れるクリスの言葉を受けて、 俺はどんな答えを導き出せばいいのか。 そのために、必要なのは俺が クリスをどう想っているのか。 それを考えているうちに眠れなくなって、 夜が明ける始末だった。 「自分のことだと言うのに……」 どうして、答えが導き出せないのか。 本当に、ままならないものだ。 「ジェイくん、遊びに行こう」 「…………」 唐突に部屋に入ってきた人影をじっと見る。 ……あれ? クリス、だよな……? 「今日は遅いんだね。もうお昼だよ」 ああ、なるほど。今はもうそんな時間なのか。 ……いや、まあ、それはいいとして。 「ちょ、お前、なんでっ!?」 「だから、遊びに誘いに来たって言っているでしょ」 「いやいやいやいや、そういうことじゃなくて!」 「……うん?」 何故、そこで不思議そうに首を傾げる。 「どうかした?」 「どうかしないわけないだろ!」 「ジェイくんのツッコミはたまに難しいよね」 「悪いの俺かっ!?」 なんだ、この、釈然としない一連の流れは。 「とりあえず、一回落ち着こうか?」 「お前にそんなことを言われるのは 納得いかないが、そうしよう」 俺たちに……というか、俺に必要なのは冷静さだ。 状況をきちんと把握するところから始めよう。 「えーっと、お前……なんでいるんだ?」 まあ、結局のところ俺の混乱の 原因はそこにあるわけだが。 「遊びに誘いに来たんだよ」 「ああ、うん。それはさっきも聞いたな」 とりあえず、それはいいとしよう。 遊びに誘いに来た。理解した。 「いや、こう……普通、翌日に遊びに誘いに来るか?」 「答えが出るのを待つ、とか言っておきながら……」 しばらく距離を置く、とかそういう 展開なのだとばかり思っていた。 「それはそれ、これはこれだよ」 「あー、なるほどな……」 「納得いかねええええええっ!?」 それとこれとは別にしたら いけないんじゃないのか。 「ともかく、起きた、起きた」 「お昼まだでしょ? 一緒に食べに行こう」 「あー、いや、その……」 「行くよね?」 ああ、これは拒否権とかないな。 そう悟った俺は。 「……はい」 粛々と頷くしか出来なかった。 「ジェイくん、何か食べたいものある?」 「あー、いや、特にないな。任せてもいいか?」 寝不足な上に寝起きということもあってか、 食べたいものも急には思いつかない。 というより、今の状況に戸惑っていて それどころではない。 「この町のことなら、俺よりも お前の方が詳しいだろうし」 「うん。それじゃ、先生に任せて」 「最近、勇者パンと勇者スープっていう料理が 出来たらしいから、それを食べに行こう」 「勇者パンに……勇者スープ……?」 なんだ、その珍妙な名前の料理は。 「勇者の魔王討伐を記念して作られたんだって」 「なるほど……」 商売人というのは、中々たくましいものだな。 勇者の魔王討伐という機会を逃さずに便乗するか。 「というわけで、ジェイくんの奢りね」 「ああ……って」 「前も、こういう展開なかったか?」 「そうだっけ?」 「あった。俺はちゃんと覚えているぞ」 あれは……クリスと初めて会った次の日だ。 「朝から、神殿の方の手伝いに引っ張り出されて、 その後で食事を奢らされた」 「あの時はお前が……」 デートだから。確か、そんな理由で奢らされた。 デート……か。 「へえ、すごい。ジェイくん、ちゃんと 覚えててくれたんだね」 「先生、ちょっと感動しちゃった」 「……覚えているに決まっているだろ」 「お前はいつだって、俺をそうやって振り回して……」 俺に強い印象を植え付けて。それが、ずっと残っている。 今もまだ、出会ったばかりのことを思い出せるみたいに。 ずっと、残っている。 「振り回して……楽しんでいただろ」 「だって、ジェイくんは一々反応が面白かったんだもん」 「先生は悪くないよ?」 「お前なあ……振り回される側の身にもなってみろよ」 「こっちは大変なんだぞ」 大変だし、たびたび苦労もさせられたが、 嫌ではなかった……気がする。 「反省してまーす」 一切反省の意なんて込められていない口調で、 クリスが形ばかりの反省を口にする。 きっと反省しないだろうという確信はあった。 こいつは反省しないし、ためらわないし、 真面目でもない。 だから、きっと振り回される。 「言葉じゃ信用出来ないから、後で反省文を提出な」 「ジェイくん、先生っぽい」 「先生はお前の方なのにな」 「本当にね」 時々、何かを見通したかのような発言もするが、 基本は緩やかで余裕たっぷりに振る舞う。 振り回され続けた俺は、それを良く知っている。 「あ、お店はこっちだよ。この路地の方に入った所」 目的の方向を指差しながら、クリスが 脇道へと入っていく。 「目立たない場所にあるんだな」 何かが自分の中で形になりそうに なっていくのを感じながら。 俺は、クリスの背をじっと見つめながら、 その後を追いかけるのだった。 「わあ、もうこんな時間だ」 食事を終えて店を出た時には、 もう太陽が傾き始めていた。 どうやら、俺が起きたのは昼時をかなり すぎた遅い時間だったようだ。 「今日はご飯食べるだけで終わっちゃいそうだね」 「悪かった。もう少し早く起きれたら 良かったんだが……」 「昨日、眠れなかったの?」 「ああ、まあな……」 眠れるはずがなかった。 悶々と自分の気持ちと向き合うだけで、 ただただ時間を消費して……。 「えっちなことでもしていたの?」 そうそう、おかげで悶々として……。 「してねえよっ!?」 「というか、まずそういう方向に 話を振るのをやめろっ!」 「えー? だって、宿に一人っきりだよ。 久しぶりの自由だよ」 「だったら、男の子はえっちなことするに 決まっているじゃない」 「だから、してないって言ってるだろ!?」 どうして、そうも俺に不埒な行動を させたがるのだろうか。 まあ、いつものからかいの一環だと分かってはいるが。 「じゃあ、何をしていたの?」 「それは……」 この場で口にしていいものか、少し悩む。 だが、ここで言い淀んでもクリスなら察するだろう。 考えるとも言ってあるし、答えは明白な状態だ。 「昨日のことを、な」 「そうなんだ……ジェイくんって本当に真面目だね」 くす、とクリスが口元に手を添えながら、 小さく笑みを漏らす。 「まるで、魔王じゃないみたいに真面目だよね」 「魔王だから不真面目っていう 決め付けは良くないと思うぞ」 まあ、確かに親父殿はヤンチャな魔王だったが。 少なくとも、俺は真面目な魔王だ。そのはずだ。 「というか、お前こそ神官じゃない みたいに不真面目だろ」 「神官だから真面目っていう決め付けは良くないよ」 互いに軽口を交わしあう。 この時間を少し心地良く感じ始めている 自分に気付いて、少し驚く。 「実は、先生もあんまり寝てないんだ」 「そうなのか?」 「うん。ちょっと、ね」 やはり、普段通りには見えるが、クリスもクリスで 思い悩んでいるのだろう。 あの告白めいた言葉の後では当然か。 「えっちなことをしすぎちゃって」 「人前でそういうことを言うなぁっ!?」 まさかの手酷い裏切りを受けた。 俺の純情と、真面目な思考を返せ! 「冗談だよ、冗談」 「例え冗談だとしても、場所を選べ!?」 「ジェイくんは真面目だなあ」 「お前はもっと真面目になれっ!」 急速な話題の転換とテンションの上下動に、 一気に疲れが押し寄せてくる。 もう……真面目に考えるのはやめようかな……。 だが――。 「こっちは真面目に考えたいんだよ。お前のことだから」 「……ん?」 思わず口にしてしまった言葉に、クリスが首を傾げる。 「先生のことだから、真面目に考えてくれているの?」 俺に問いかけてくる口元は、笑みの形を作っていた。 「……そうだよ。悪いか?」 うっかり、口に出てしまった言葉。 まるで、俺の無意識から湧き上がってきたようなこの 言葉こそが、あるいは俺の本心なのかもしれない。 だとすれば……答えはすでに出ている ようなものじゃないか。 「ふふ、先生のことだから、か」 「個人的にはかなりの高ポイントだよ」 嬉しそうにクリスが笑う。それだけで、 どこか満足してしまうのは。 自分の中にあった答えに気付いて しまったからだろうか。 今日、こうして顔を合わせているうちに浮かんできた 色々なことが、一つの実を結び始める。 「それは何よりだ」 一人で思い悩むだけでは、答えには たどり着けなかった、か。 「んー、これからどうしよっか。本当にご飯 食べただけで終わっちゃうね」 長く伸びる自分の影を見下ろしながら、 クリスがぽつりと呟く。 「その辺りをのんびりと歩こうか。どのみち、 神殿まで送っていくつもりだったしな」 「そうだね。じゃあ、そうしよう」 「夕暮れの町中をゆっくり散歩するような 機会もあんまりなかったしね」 そう言うと、クリスはそっと俺の手を取る。 柔らかな指が、俺の手をきゅっと握り締めてくる。 「ちょ、お前……」 いきなりの行動に、気恥ずかしさを 覚えて戸惑ってしまう。 そんな俺をいたずらっぽく笑いながら クリスが見上げて。 「これくらいはいいでしょ?」 首を傾げながら、そう尋ねてくる。 「まあ、これくらいなら、な」 空いている手で頬を掻きながら応じると、 こちらからも手を握り返す。 「ふふっ」 俺の手に力がこもったことに満足そうに 笑みを漏らして、クリスが歩きはじめる。 俺を先導するように、ゆったりとした 歩調で進み出して。 「折角だから、ちょっと遠回りしていくね」 「望むところだ」 沈み行く夕日が茜色に照らす世界の中。 足元から長く伸びる影を追いかけて、俺たちは ゆっくりと神殿へと向かうのだった。 「少しのんびりしすぎたかな」 「そうだな。流石に暗くなるとは思わなかった」 俺たちが神殿へと到着した時には、すでに 辺りは薄暗闇に包まれ始めていた。 遠回りしてのんびり歩くとは言いはしたものの、 流石に少しゆっくりしすぎた。 まあ、お互いに離れたくないと思っていたからだ、 ということにしておこう。 「さて、それじゃ神殿まで着いたけど」 するり、と繋いでいた手が離される。 指先に残るクリスの手の暖かさと柔らかい感触の 余韻が、少しの物足りなさを感じさせる。 「ジェイくん、どうする?」 くる、と俺に振り向きながらクリスが笑みを浮かべる。 また俺に選ばせるつもりらしい。 「そうだな……」 クリスの問いを受けて、まずは周囲へと軽く視線を向ける。 クリスと初めて会った場所。 初めて会った時と似たような時間。 「初めて会ったのはここだった、 っていうのはこの前話したよな」 「そうだね。こんな時間だった、っていうのも話したね」 「随分昔のことに感じるという話もしたな」 「色々あったよね、本当に」 その言葉もあの時に話した言葉だった。 俺たちが初めて会った時の状況が、 期せずして再現された形となった。 「そういえば、あの時のジェイくんは一人でぶつぶつと 何か呟いてて、とても不審人物だったね」 「……そうだったか?」 「そうだよ。だから、とっても印象に残ったんだよ」 思い出してみれば、そうだったような気もする。 「不審だったにも関わらず声をかけたのか?」 「うん。不審な人の大半は、声をかけたら 逃げていくからね」 「もっとも、実際に不審な人に会ったのは ジェイくんが初めてだったんだけど」 「……よく声をかけてきたな」 不審人物と初めて遭遇したにも関わらず、 堂々としたものだ。 「そこはほら、神官として磨いてきた 観察眼のたまものっていうか」 「からかったら面白そうな気配がしていたというか」 「どんな気配だよ」 「ジェイくん、って感じの気配かな」 「説明する気ないだろ」 「多分、伝わらないだろうしね」 愉快そうに笑うクリスに、思わず眉根を 寄せながら肩を落としてしまう。 「あ、まさにそういう気配だよ」 「……ああ、確かに伝わらないな、これは」 薄暗闇の中でかわす他愛のない会話は、 とても穏やかなものに感じられて。 このまま終わりにするには、名残惜しさ さえ浮かんできていた。 「さっき、俺にどうするか尋ねてきたよな」 「折角だから、初めて会った時を再現してみないか?」 「再現って言うと?」 「中で少し話をしないかってことさ」 もう少し会話をしていたい。この時間に浸っていたい。 その思いが、俺にこの時間の延長を提案させる。 俺の中で実を結び始めた答えを告げるには、この 緩やかな時の中がちょうどいいかもしれない。 「いいよ。先生も、もう少し一緒にいたかったし」 「じゃあ、中に行こう。先生が案内してあげるね」 あの時……初めて会った時と同じような 言葉をクリスが口にする。 「ああ、頼む」 あの時とは違い、はっきりとした答えを返しながら。 俺たちは、神殿の中へと足を踏み入れるのだった。 「ここが聖堂だよ」 内部へと入った途端、クリスが説明をするか のような口調で一言告げる。 「ああ、あの時の再現か」 「うん。折角だからね」 ロウソクの明るい灯を受けながら、 クリスが柔らかく笑む。 そのまま、自分の頬へと指先を添えて。 「折角だから、全部再現しちゃう?」 いたずらっぽく囁くように、俺に問いかけてきた。 「全部って言うと?」 「あの時みたいに誘惑してあげようかってこと」 頬に指を添えたまま、からかうような 口調とともに、首を傾げられる。 「折角だけど、遠慮しておこう」 突然の申し出に、胸の中に動揺が走る。 だが、それを表に出すことなく、自分の中だけに 押し留めることが今の俺なら出来た。 「あれ、慌てないんだね。どうして、遠慮するの?」 「今なら……応じてしまいそうだから、な」 「……ん?」 俺の答えを予想出来ていなかったのだろう。 クリスは首を傾けたまま、丸くした 目を何度も瞬かせる。 「応じられたら、お前も困るだろ」 「まあ、それは確かに……かな。 バレたら、とっても怒られそうだし」 クリスから返ってきた答えはとても真っ当なもので、 逆に俺の方が少し笑ってしまう。 「それより、ジェイくん。今の、どういう意味?」 「今なら、応じてしまう。って」 「色々考えたんだが、な」 クリスの疑問に答える前に、 胸の奥から大きく息を漏らす。 俺の中に生まれた答えを、上手く 言葉に出来るかどうか……。 「お前はとんでもない奴だ」 「いきなり、すごい結論から入るんだね」 「そうとしか言えないからな」 クリスの指摘に、小さく肩を竦めて返す。 「人のことをからかいまくったり、振り回したり、 色々と好き勝手するし」 「神官なのに、戒律も、周りの目すらも気にしないで、 往来でとんでもないことを口走ったり」 「もしかしなくても、それって褒め言葉じゃないよね?」 「褒め言葉なわけないだろ」 「流石の先生でも、傷付くよ?」 「まあ、最後まで聞いてくれよ」 確かに俺が並べた言葉は、決して褒め言葉なんかではない。 だが、俺が見たまま、感じたままに クリスを現す言葉の数々で。 「そんな、とんでもないクリスだからこそ、 俺の中に色鮮やかに刻み込まれている」 「お前のことなら、きっといつだって 思い返せるようになっている」 例えば、ここで何をされたのか。 そういうことを、昨日のことのように 思い出すことが出来る。 俺の中に、強烈な印象となって刻み込まれている。 「ある意味……いや、そんな言葉は不要だな。 俺は、お前に……心奪われている」 「だから、クリス。お前の感情が本物だったら……」 その時、俺はどうするか。 それがクリスからの問いかけだった。 その問いに対する俺の返答は。 「俺は……それを受け入れて、同じものを返す」 余計な口を挟まずに、黙ったまま俺の言葉に 耳を傾けるクリスを、じっと見つめる。 俺の答えの最後の一ピースを、ここで、伝える。 「俺は……お前が好きだ」 その言葉を最後に、周囲を沈黙が包み上げる。 ロウソクの火が静かに揺らめき、俺たちを 照らす色彩に僅かな変化が起こる。 灯りに照らされるクリスの頬は、 赤く染まっているようにも見えた。 「んー……」 静かに目を伏せながら、クリスが悩むように声を上げる。 「どうしよう……」 ぽつ、と呟きがこぼれると同時、クリスの口元が綻ぶ。 「嬉しい時って、逆に言葉に困るよね」 「ああ、分かる。俺もそうだったからな」 クリスの告白を聞いた時、俺も同様に 言葉に困ってしまった。 嬉しい時ほど言葉に困る。それは、痛いほど理解出来た。 「じゃあ、どうしようか?」 「そうだね。じゃあ……」 そのまま、クリスが体を寄せるように、近付いてくる。 俺の目の前まで来ると、胸の前で手を 組み合わせて、顔を上向かせ。 「行動で示そうか?」 そう言って、静かに目を閉じたクリスが、 俺に何を求めているのかは一目瞭然で。 確かに、行動で示されたな。そう思う。 「クリス……」 囁くように名を呼びながら、肩に両手を添える。 抵抗する素振りもなく、クリスはそのまま 静かに俺を待つ姿勢を取り続けながら。 「ジェイくん、好きだよ」 一言だけ、短く呟いた。 「俺もだ」 返す言葉も、短い一言だけで。 ロウソクの灯りに照らされた俺たちは、十字架の下で――。 静かに、口付けを交わすのだった。 「砂の海を馬車なしで渡る?」 「はい」 砂の海を目の前にする村にて、リブラの口から 出てきたのはそんな一言だった。 「いや、まあ、やって出来ないことはないと思うが……」 実際、馬車があったとはいえ、ほぼ徒歩で 砂の海を渡ったことは何度もある。 確かに馬車がなくても渡るくらいなら出来そうだが。 「あまりお勧めはしたくないな」 とはいえ、回避出来る苦労は回避しておくに限る。 歩かないで済むのならば、それが一番なのだ。 「わたくしも楽をしたいので、出来れば 馬車で渡りたいのですが」 「何か問題でもあるのか?」 「あります」 「馬車の所有権が我々にはないことです」 「あー……」 魔王退治終了後、馬車はあのドラゴンごと この村で保管してあるらしい。 馬車が必要な時は一声かければ、いつでも 使わせてもらえるらしいのだが……。 「あれはヒスイの物だしな」 「ええ。なので、わたくしたちが使うことは出来ません」 あくまでも馬車の所有者は勇者、つまりは ヒスイということになっている。 俺たちが使わせてくれと言ったところで、 貸し出してもらうことすら出来ない。 「まあ、そもそも二人だけでは馬車を 使う意味がありませんからね」 「最低でも四人以上はいないと、馬車に 乗って楽をすることが出来ません」 「それもそれでずっと納得いかなかったんだがな」 全員で馬車に乗って移動をするのが 一番効率がいいだろうに。 魔物を警戒する必要があることは分かる。 だが、それにしたって四人で外を 歩く必要はないはずだ。 「まあ、その辺りはそういう決まりですからね」 「四人が外にいなければ歩くこと すらままならないのです」 「一体誰が決めたんだよ、そんな決まり」 「それは、この世界を作った者に 決まっているではありませんか」 「この世界を作った者、ということは……」 「光の女神が定めたルールです」 この世界は光の女神の手によって作られた。 人間の間では、そういう神話が信じられている。 俺から見たら、うさんくさくてしょうがない話なのだが、 何故そんなものが普及したのだろう。 分からない。 「四人組というのが、旅の基本事項ですからね」 「そのわりには、光の女神は三人しか選ばなかったよな」 女神の神託を得て旅立ったのは、 ヒスイ、カレン、クリスの三人。 四人組が旅の基本事項であるのなら、 せめて四人を神託で選んでおけよと思う。 「まあ、きっと後々何かあったのでしょうが」 「仮に四人で勇者たちが冒険を始めていたとすれば、 あなたが入る余地はなかったかもしれませんよ」 「あー……そうなるか」 あいつらが三人だったからこそ、 俺がすんなりと受け入れられた。 そういう可能性だってあるわけか。 「話は逸れましたが、そういうわけで 馬車の使用は出来ません」 「となれば、砂の海を渡る手立ては……」 「徒歩で頑張るしかない、か」 「その通りです」 俺の返答に、リブラがこくりと頷く。 「なるほど、本当に他に手はないらしいな」 であれば……覚悟を決めるしかない、か。 砂の海を何度も往復した時の、 忌まわしい記憶がよみがえるが……。 「せめて、この村で入念に準備はしておくか」 「水と簡易食料はたくさん持って行きましょう」 「途中で体力を失うことだけは、 避けなければいけませんから」 「そうだな」 砂の海を渡らないことには先に進めないのであれば、 忌まわしき記憶を封じ込めよう。 それに……。 「格好悪いところは見せたくないしな」 「何か言いましたか?」 「いや、なんでもない。道具屋に向かおう」 何故そう思ってしまうのかの答え までは導き出せないが……。 無様な姿を見せようものなら、恰好のからかい材料と なってしまうのは間違いない。 それだけは避けよう、と。一人静かに決意する俺だった。 「暑いですね」 「暑いな……」 「歩きづらいですね」 「歩きづらいよな……」 「疲れましたね」 「疲れたな……」 「暑いですね」 「ええいっ! 繰り返すなっ!!」 炎天下、延々と繰り返されるリブラの呟きに、 思わず大きな声を上げる。 その途端、額に大粒の汗が浮かぶ。 「大きな声を出したら、体力を消耗しますよ」 「まったく……誰のせいだと思っている」 「ふむ……?」 「真顔で首を傾げるなっ!」 「お前のせいに決まっているだろ!」 またもや、大きな声にてツッコミを入れてしまう。 「本当に元気ですね。羨ましいくらいです」 「ぐぬぬぬ……」 上げかけた声をどうにか飲み込む。 これ以上、こいつに付き合って、無駄に体力を 消耗するのも馬鹿らしい話だ。 「……まだ先は長い。体力は温存しておかないとな」 「それが懸命でしょうね」 胸の奥へと色々な物を押し込みながら、 先へと進むことを優先する。 黙って、足を進めようとするのだが。 「しかし……いくら久しぶりとはいえ、 なまったものだな」 黙々と歩き続けるだけというのも、 精神的につらいものがある。 口を開きながらでもないと、耐えられそうにない。 「以前に歩いた時は、こんなに早く 疲れたりはしなかったのだが……」 砂の海へと足を踏み入れたばかりだというのに、 以前よりも遥かに疲れが色濃い。 体力の消耗が激しすぎる。 「あの時は馬車がありましたからね」 「あるだけ、だっただろ」 「お前は馬車で休めていたかもしれないが、 俺は休んでなかったぞ」 「乗っている乗っていないは関係ありません」 額に浮かんだ汗を拭いながら、リブラが答える。 「おそらく馬車があるかどうか、が 重要だったのでしょうね」 「馬車があるかどうか……?」 「乗り物がなければ砂の海は渡れない」 「女王エルエルはそのようなことを 言っていました」 「……そうだったかな」 思い返してみれば、そんなことを 言っていたような気がする。 「だとすれば、馬車を持たない俺たちでは……」 「砂の海を渡ることは出来ない。と、なりますね」 「なるほど。実際に足を踏み入れてみて、 初めて分かりましたね」 まるで意味がないと思っていたが、あの馬車は 結構大事なものだったんだな。 「一旦引き返しましょう」 「……そうだな。早いうちに気付けて良かったな」 中ほどくらいまで進んだ後で、気付いたら絶望的だった。 今ならまだ十分に引き返せるというタイミングで 気付けたのは不幸中の幸いだと言えるだろう。 「というわけで……」 引き返そうとしたところで、砂に足を取られたように、 リブラの体がふらりと揺れる。 「おっと!」 そのまま倒れ込もうとするリブラの体を、 咄嗟に抱き留める。 「どうした? 大丈夫か?」 「……どうやら、思ったよりも消耗が激しいようです」 抱き留めたリブラの顔は、ぐったりと 疲れ果てているように見えた。 自分の足で立つのもつらいのか、軽い体重を 俺に預けてきている。 「まったく、無茶しやがって。歩けるか?」 「正直に言うと……少々難しいです」 「……やれやれ」 まさか、こいつが正直に 疲れているなんて言うとは。 適当なことを言う元気すらないのだとすれば、 ……相当だぞ、これは。 「本当に早いうちに気付けて良かったな。 今なら、まだ俺にも体力の余裕がある」 「どういう意味ですか……?」 「こういう意味だ」 少し身を屈めると、リブラの膝の裏へと 手をすべり込ませて……。 「よ……っと」 一息に、その体を抱き上げる。 「……え?」 俺の腕の中で、珍しくリブラが 驚いたように目を丸くしている。 こんな顔、初めて見たような気がする。 「結構、軽いんだな。お前」 「それは……まあ、魔道書、ですから」 「人の姿をしている時も、かなり軽量です」 抱きあげたリブラの体は見た目よりもかなり軽かった。 それだけで、人の姿をしているものの、 人ではないのだと改めて認識出来る。 だが、今はそれよりも……。 「これなら、俺でも村まで持ちそうだな」 大事なのは、リブラに負担をかけることなく 村まで運べるかどうか。 インドア派元魔王な俺の腕で、どこまでリブラを 運べるかが心配だったが、それも杞憂で終わりそうだ。 「……このまま、村まで、ですか?」 「ああ。お前が歩けないのなら、 それが一番合理的だろう」 「そうですね。方法としてはこれが一番でしょうね」 「……乗り心地も、そこまで悪くはありませんし」 視線を逃がしながら、リブラが小さな声で ぽつりと呟くのが耳に入った。 「気に入ったのなら何よりだ。じゃあ、村まで戻るぞ」 「……はい」 リブラを抱きかかえたまま、砂の上に残る足跡を 辿るように来た道を引き返す。 よっぽど疲れていたのだろうか。運ばれる間、 リブラは終始静かに黙り込んでいた。 「着いた……!」 村に戻った俺がまず行ったのは宿の確保だった。 ベッドの上へと、抱き上げていた リブラの体をそっと下ろす。 「へふー……」 疲れたような息をリブラがこぼす。 過剰な疲れの影響か、その顔は赤く 熱を持っているかのように見えた。 「ひとまず、水をここに置いておくからな」 リブラを下ろす早々、荷物の中から買いだめしておいた 魔法の水をベッドの脇へと並べる。 「……ありがとうございます」 「飲ませてやらなくてもいいか?」 「そこまでしてもらわずとも大丈夫です」 だとすれば、俺がすべきことは……。 「具合はどうだ?」 「かなりぐったりしている以外は平気です」 「そうか」 道中、何度か回復草を食べさせたとはいえ、 疲れは大分溜まっているようだ。 事実、ベッドの上に横たわったまま、 動く気配すら見せていない。 ここは一つ、元気が出るものでも食べさせるべきか。 「リブラ、何か食べたいものはあるか?」 「そうですね……何か甘いものが食べたいです」 「口の中に入れるだけで、体のあちこちが溶けだして 流れてしまうような甘い物がいいです」 「怖いな、おい」 間違っても、食べ物に対して使って いいような言葉じゃないだろう。 口の中に入れるだけで全身が溶けだす物ってなんだよ。 「ともあれ、甘ければなんでも構いません」 「甘いは正義という言葉もあるくらいですから」 「どこの誰が言ったんだよ、それ」 ともあれ、甘い物か。 体が疲れている時は甘い物を食べたくなる、 なんて耳にした覚えもある。 疲労がたまっているリブラに食べさせるには ちょうどいいだろう。 「ちょっと買い物に出てくるから、 大人しくしておけよ」 「分かりました。このままぐったりとしておきます」 「さながら、浜辺に打ち上げられた 巨大な魚のように」 「お前、なんだかんだで結構余裕あるな」 どうやら適当なことを口にするくらいには 元気になってきているようだ。 そのことには少しだけ安心しながら、 俺は買い物に出かけることにした。 「さて、甘い物……か」 ふらふらと店を渡り歩きながら、何を 買っていったものかに少し迷う。 比べるまでもなく、アワリティア城下町の商店とは 扱っている品数が違う。 甘い物と一口に言ったところで、 選択肢の幅は決して広くはない。 「果物……とかになるよな。そうなると」 パッと目に着いたのは果実だった。 甘い物という条件は一応クリアはしている。 ならば、どれを選ぶかだが……。 「まったく。こんなことで俺の頭を悩ませるとは」 「本当に手間のかかる奴だ……」 何を買うのか考えながら、思わず溜息が漏れた。 所有者であるはずの俺に、ここまで世話を 焼かせるとは、魔道書失格である。 「普段から適当なことしか言わないし、いつもいつも 手間ばかりかけさせやがって」 だが……。 砂の海であいつが倒れそうになった時、咄嗟に 助けてしまったのも事実で。 「……それは、あいつが俺の所有物だからだ」 今もこうして、世話を焼かせているとぼやきながらも、 結局はあいつのために買い物をしている。 「弱っている奴を見過ごせなかった。 ただ、それだけだ。普通のことだ」 「例え、相手がどんなに普段手を 焼かせる奴であってもな」 その手を焼かせられることも、それほど 嫌だとは感じていない。 「……変に慣れてきただけだ」 つまり、それくらいの間一緒にいたということで。 であれば、あいつのことを見る目が変わったりも……。 「するわけがない」 胸中から湧き上がってくる自問の声を、 短い断言で振り払う。 先日から、俺はどうしたというのだろう。 何かおかしい。 「……どうやら、俺も疲れているようだな」 リブラほどではないとしても、俺自身 疲れが溜まっていてもおかしくはない。 さっさと買い物を終わらせて、宿で ゆっくり休んだ方がいいだろう。 「俺の分の果物も買っていくか」 食事はそれで手早く済ませて、後はぐっすり眠りたい。 気を緩めると湧き上がりそうになる 内心の声を必死に抑え込みながら。 目に入った果物を適当に買って、俺は 買い出しを終えることにした。 空は高く、そして青く澄みきっている。 遥か天空より見下ろす太陽は、 明るい日差しにて地上を彩る。 絶好という他ないくらいの晴天。 世界は光に包まれていた。 いや、光に包まれているように思えていた。 急にそんな感想を抱き始めたのは、別段俺が詩才に 目覚めたからというわけではなくて。 「ジェイさん、次はあっちのお店ですよ」 単にヒスイが笑っているから。 たったそれだけの理由だった。 「何を買う気なんだ?」 歩きなれたアワリティア城下町の風景も、 やけに新鮮に見える。 というのは、少し言いすぎだろうか。 「とりあえず、回復草を200個ほど」 「多すぎだろ!?」 「備えあれば憂いなし、ですっ」 それにしたって備え過ぎだろうとは思うが……。 今なら、それすらも許してしまいそうな 俺がいて、少し怖い。 まあ……以前の冒険の間も、なんだかんだと 買い物は許してきたから、いいか。 「いつも、回復草をたくさん買っていたから、おまけ してもらえるようになったんですよ」 「毎回、あれだけ大量に買えばな……」 個人的には全く尽きる様子のない、 道具屋の在庫の方に興味を引かれる。 もしかして、各町の道具屋間で在庫の 共有などしているのだろうか。 武器屋にせよ、道具屋にせよ、地域により取り扱っている 品数の差異はあれども、品質は一定している。 世界規模なチェーン展開でもしているのかもしれない、 なんてどうでもいいことを考えてしまう。 「回復草と解毒薬と、後は何が必要かな」 にこにこと楽しそうに笑うヒスイの足取りは軽い。 いつも通り……いや、いつにも増して楽しそう だったり、足取りを軽く感じるのは……。 まあ、うん……俺と一緒、だからか。 「……自分で言うと恥ずかしいな」 悪いことではない。むしろ、喜ばしいことなのだが……。 やはり、自分で言うべきことではない。 「ジェイさん、後は何が必要だと思いますか?」 「え……? あ、すまん。何の話だ?」 しまった。ヒスイのことを考えていて、 うっかり聞き逃してしまっていた。 「回復草と解毒薬の他に何を買うかって話です」 「聞いてなかったんですか?」 「悪い。ちょっと考え事をしていたんだ」 「お買いもの以外のことですか?」 「ああ」 今まで、素直に何か言うことが少なかった分、 これからは少しだけ素直になってみよう。 何を思い、感じているのか、そのまま伝えよう。 「ヒスイのことを考えていた」 「わたしのこと、って……」 俺の言葉に驚いたように、ヒスイの目が丸くなる。 次いで、頬に赤みが走っていく。 そんな様子を愛らしいと素直に思えた。 「さらっと……嬉しいことを言われてしまいました」 はにかみながら、ぽつとヒスイが呟く。 「これからは、少しくらい素直に なってもいいかと思ってな」 「ヒスイほどは無理だとしても、な。ちょっと くらいなら、俺だって出来るさ」 「ということは、その……」 珍しく、迷うように言葉をためらわせながら、 ヒスイが遠慮がちに俺を見る。 ぎゅっと、胸の前で両手を握りしめて。 「これからは、さっきみたいなことも素直に 言うってこと……ですか?」 「そのつもりだ」 「うぅ……それじゃ、たくさんドキドキ させられるんですね、わたし」 「なんだ。ドキドキしてくれたのか?」 「はい。その……かなりしました」 上目に俺を見ながら、ヒスイが小さく頷く。 やっぱり、素直な奴だ、と。改めて思う。 「だったら、控えておくか?」 「あ……い、いえ、ドキドキはしますけど、 それが嫌っていうわけじゃなくって……」 「ええっと、あ、そうだ」 何か思いついたのだろう。ヒスイが、 ぽんと手を打ち合わせる。 「今からドキドキさせるぞ、って 事前に教えてもらえませんか?」 「……え?」 「そうすれば、心の準備が出来ますから。 うん、いいアイディアですよね」 「いやいやいや、事前に教えるって、俺が言うのか?」 「今からドキドキさせるぞ、って……」 「はい」 ヒスイはあっさりと頷く。 そうか……事前に俺が申告するのか……。 「こっちが恥ずかしいわっ!」 今からドキドキさせると宣言するって どういうことだ! なんで、自分で自分のハードルを 無茶苦茶上げなきゃいけないんだ! 「うぅ……だ、駄目、ですか?」 「駄目に決まっているだろ!」 「それにそういうことは、不意に 言われるからいいんだろ」 「不意に言われるから……」 そう呟くと、ヒスイは頬に指を添えて、黙り込む。 俺の意見について考えているのだろう。 申告制度を思い直してくれれば、いいのだが。 「ジェイさん」 「なんだ?」 「大好きです」 「……!?」 まさに不意を突かれてしまった。 突然のヒスイの言葉に、胸がドキッと跳ね上がり、 体温が上昇するのを感じる。 「ふふっ。ドキドキしましたか?」 「え? あ、ああ、まあな」 「ジェイさんがわたしをドキドキさせるのなら、 わたしもジェイさんをドキドキさせます」 「これでお相子、ですよね?」 「あ、ああ、そうだな……」 そうなる……のか? 「ふふっ」 うん。まあ、幸せそうに微笑むヒスイを 見れば、それでいい気もする。 まったく……本当に甘いな、俺は。 「これからも、色々とよろしくお願いしますね。 ジェイさん」 「ああ。こっちこそ、な」 これからも……。 そう、これからも、こんな日々が続いて行くのだろう。 この、どこまでも高い空の下で。 こんな時間が続いて行くのだ。 「さて、この後どうするかだな」 「ですね。うーん」 買い物を終えた俺たちは、軒先の日陰を 借りて少し休憩を取っていた。 その間、広げた地図を二人で眺めながら、 これからどうするのかを話し合う。 「あの巨大鳥はまた眠りについたんだよな?」 「はい。もう役目は終わった、と言って」 役目は終わった、か。 だからといって、再び眠ってあの鳥は どうするつもりなのだろう? 再び目覚める時をひたすら待つのだろうか。 それはそれで気楽というか、若干羨ましい話だ。 「ということは、空路は使えないわけだな」 「そうですね。試練の大地には、もう行けません」 まあ、今、重要なのは移動手段が一つ減った、 ということだろう。 陸路と海路しか使えなくなってしまった。 「しかし、世界って案外狭いんだな」 地図を改めて眺めながら、そう思う。 陸路と海路で大抵の場所に行くことが 出来るのだから、世界とは狭いものだ。 「とっても長く感じたのに、ちょっと意外です」 「実際は同じ道を何度も往復したりしたからなあ」 主に砂の海なのだが……。 む、やめろ、よみがえるな、俺のトラウマ! 「途中で戦闘もありましたしね」 「……そうだな」 魔物どもだったり、四天王だったり。前回の旅は、 戦闘をかなり重ねていた。 魔王軍の全てに、人間に危害を加えることを禁じた 今となっては、道中で戦闘を行うこともなかった。 そのために、旅がスムーズだったとも言える。 「平和な世の中になってきていますね」 「……ああ」 平和な世界、か。 このまま、人と魔物が争うことがなくなれば、 平和な世界が実現出来るかもしれない。 「きっとなるさ、平和な世の中に」 「はいっ!」 そんな世界ならば、誰にはばかることなく、 ヒスイと一緒に生きていけるだろうか。 まるで、夢のような……いや、夢で終わらせたくない。 いつか、そんな世界を実現したい。 「ま、今は俺たちのことを考えるとしようか」 「ですね。次に行く場所……」 んー、と難しそうな顔をしながらヒスイが 地図とにらめっこを続ける。 細い指先が、今までの経路を辿るように地図をなぞる。 「試練の大地に入れないとなると、そこを飛ばして……」 すすっと、ヒスイの指先が試練の大地から離れて、 アワリティア城へと戻る。 「次に行った場所、は……」 そこから、ぐるりと指先が地図の上を彷徨う。 最終的に、ヒスイの指先が止まったのは。 「ジェイさんのお城でしたよね」 「………あ」 ああ、そうだったな。試練の大地でパワーアップを終えて、 そのまま俺の城へと攻め込んだんだった。 ということは、次の目的地は……。 「本気かっ!?」 俺の城……!? 「はい。次はジェイさんのお城に行きましょう!」 「いやいやいや、待て、ちょっと待て」 「……どうかしました?」 「どうかしたも、何も……!」 城に戻るってことは、アスモドゥスや マユと会うってことだよな。 あいつらが一体どんな顔をして、 俺たちを迎え入れるのか……。 想像するまでもない、やたら生暖かい目で見られたり、 ニヤニヤされるに決まっている。 そんな状況に、俺が耐えられる気がしない……! 「こう、ほら、俺の城は、色々あっただろ? 破壊されたりなんだりと……」 「あ、そういえば、グリーンさんとアクアリーフさんが とっても張り切ってらっしゃいましたね」 むしろ、破壊しきっていたというか……。 まあ、張り切っていたのに違いはない。 かなりはた迷惑な張り切り方だが。 「それで、修理中というか、改装中というか ……そんな具合なんだ」 「なるほど、今、大変なんですね」 「そうだ! とても大変なんだ! だから、城に向かうのはだな……」 「わたし、お手伝いしますよ」 はぁぁぁぁぁっ!? 「手伝う!?」 にこやかに何を言い出すんだ! こいつ、いい子か!? ああ、うん。いい子だったな! 「体力には自信ありますし、お手伝いしますよ」 「困っている人を見過ごしたりなんて出来ません。 わたし、勇者ですからっ!」 しまった……! まさか、ヒスイの 勇者癖が出てしまうとは! 勇者癖が出たからには、ヒスイを思いとどまらせるのは かなり難しいだろう。 ど、どうすればいい……。どうすればいい、俺! 「しかし、だな、城にはアスモドゥスやマユも いるから、きっと大丈夫だと思うんだ」 「あ、だったら、なおさら行きたいです」 「……え?」 「お二人には、改めてお会いしたかったですし」 あいつらに会いたい……? 「そ、それは本気で言っているのか?」 「はい? 本気ですけど?」 「なんで、あいつらに会いたいんだ?」 「その……ちゃんとご報告、したいですから……」 「ジェイさんに想いを伝えました……って」 「ああ、なる……ほど……?」 ぜ、絶対に帰りたくねえええええ!! そんなことになったら、あいつらは何を言い出すだろう。 『クフフフ、魔王様。今宵は祝賀の宴を開きましょう』 とか言い出すに決まっている。 きっと言う。言うに決まっている。そして、 マユが終始ニヤニヤとするに決まっている! 「お二人には、その……応援もして もらいました、から……」 「え? いつ?」 思わず、普通に聞き返してしまう。 船の上……では、ヒスイは船員としか 思ってないんだったよな。 その前にあいつらと接触したのは……。 「二人で旅を始めてすぐに、です」 その時くらいしかない、はずだが。 「応援していた? あいつらが?」 「はい」 俺には、唐突に現れて、唐突におかしなことを言い始めて、 唐突に帰って行っただけにしか思えなかったのだが……。 あれのどこに、応援要素があったのだろう? 「ジェイさんが欲しければ、自分を倒せと 仰られましたよね?」 「ああ、うん。言ってたな」 この泥棒猫、とかそういうことも言ってたな。 「あの言葉で、少し背を押された気がしたんです」 「……あれで?」 「はい。あれは、もっと頑張れという メッセージだったんだと思います」 いや、それはないだろう。確実にない。 なんだ、その遠回しすぎる応援は。 「だから、その……頑張りました」 はにかむように、ヒスイが微笑む。 こう、なんだろうな。世の中、何がきっかけに なるのか、本当に分からないものだな。 まさか、アスモドゥスのあの言葉が きっかけになるなんて……。 「……そうか」 ちっとも、納得いかねええええええええっ!! ああ、でも、ヒスイはそれで納得しているしなあ。 ううむ……。 「どうしても、行きたいのか?」 「はい、どうしてもです」 「本気で行きたいのか?」 「はい、本気です」 「行きたい度を100点満点で表すとすれば、 どのくらいだ?」 「170点です」 「100点満点って言ったよな!?」 「70点上乗せするくらい行きたいです!」 100点満点で70点上乗せかあ……。 相当なものだな、それは。 「うーん……」 あいつらの反応は怖い。かなり怖い。 しかし、だからといって、いつまでも隠し通せること ではないし、隠していていいことでもない。 ……仕方がない。ここが覚悟の決め時か。 「……よし、分かった」 「それじゃあ……」 「ああ。次は俺の城に行こう」 「はいっ!」 途端に、ヒスイの顔がぱっと華やぐ。 70点分の上乗せは、伊達や酔狂ではなかったようだ。 「ただし、こう、一つだけ頼みたいことがあるんだが」 「なんですか?」 「まずは、俺からあいつらに紹介させてもらえないか?」 「こう……なんだ……俺の大切な人だ、ってな……」 「え……? あ、は、はい」 ヒスイは目を丸くすると、こくこくと何度も小さく頷いて。 「よろしくお願いします」 丁寧にゆっくりと、頭を下げてくる。 「ああ、うん、こちらこそ、な」 そんなヒスイに対しての返事は、よく 分からないものになってしまった。 我ながら、もう少し気が利いたことを 言えないものかと、頭を掻いてしまう。 「ふふ……大切な人……」 頭を上げたヒスイが、俺の言葉を繰り返しながら、 嬉しそうに小さく笑う。 胸の中に覚えたくすぐったさを誤魔化すように、 ヒスイの頭をポンと軽く撫でて。 「何があっても……強く生きろよ……」 近い未来に起こり得るだろう苦難への助言を、 遠い目にて行うのだった。 「明日が楽しみです」 目的地が俺の城に定まってから、ヒスイは ずっと上機嫌だった。 宿に戻ってもなお、それは変わらないままで。 ベッドに腰掛けたまま、ウキウキと足を揺らしていた。 「水を差すようで悪いが、船で 移動することを忘れるなよ?」 もう一方のベッドに腰掛けたまま、 ヒスイと会話を続ける。 「ちゃんと、船酔いの対策は練っておかないとな」 これだけ楽しみにされたら、悪い気はしない。 軽くからかうような口調で、心配していることを 伝えておく。 「大丈夫です。バッチリ頑張りますから!」 「だから、何をだよ!」 返ってきたのは、一度失敗した精神論だった。 つい先日、それで失敗したばかりだろうに。 「船に乗った瞬間、ぐっすり寝ちゃいます」 「勇者の名にかけて!」 「意味はあまり分からないが、とにかく勝負に 出ていることだけは伝わってくるな」 「はい。明日は大一番ですからっ」 うん。まあ、意気込みは良しとしよう。 「いっそ、自分で自分を気絶させても 構わないくらいの覚悟です」 「それは流石にやめておけっ!?」 そこまでの覚悟を決めるとは……。 こいつ、大きな勝負に打って出たな。 「しかし、こう、なんだ……」 「どうかしましたか?」 「いや……二人っきりだな、と思って……な」 相変わらず、何故か一部屋しか取れない宿。 必然的に二人で同じ部屋に泊まるわけだが……。 いかんせん、想いを伝え合った直後である。 「あ……そ、そうです……よね」 意識するなと言う方が無理だろう。 想いを伝える前に抱いていたものが緊張だとすれば、 今、俺が胸の中に抱くのは紛れもなく期待だった。 何に対するものかは言わずもがなだろう。 「…………」 「ん……」 室内に、沈黙が訪れる。 互いに何か言い出せないままの沈黙。 ……よし、こういう時は俺から言い出すべきだろう。 「なあ……」 「あの……」 まさかの、同時タイミングでの発言だった。 しかも、お互いに立ち上がりながらである。 ……なんという偶然だ。 「な、なんだ……っ?」 「え、あ、その……ジェイさんの方から、どうぞ……」 立ったまま、お互いに話を譲り合う。 まずい。これはこれで、妙に気まずい。 ええいっ、飲み込まれるな。度胸を出すんだ。 「それじゃ、その……抱きしめてもいいか?」 「え? あ、ど、どうぞっ」 我ながら、直球に尋ねすぎたと少しばかり後悔する。 俺の言葉に、語尾を少し跳ねあげながら 答えると、ヒスイが顔を俯かせる。 ここで、下手に間を開けると、さらに 気まずくなりそうな気がする。 「……じゃあ」 ゆっくりとヒスイを抱き寄せる。 「ええっと……」 特に抵抗するわけでもなく、ヒスイは俺の胸に 額をくっつけるように顔を俯かせる その耳が赤くなっているのが、間近で見えた。 「ヒスイ、試練の大地でのこと……なんだが……」 「……はい」 すぐ近くで聞くヒスイの声は、静かで 落ち着いているように思えた。 その響きが、俺に少しだけ落ち着きを与えてくれる。 「あの時は……成り行き、みたいな感じに なってしまったが……」 「今は、違う」 俺の言葉に、ヒスイが顔を上げる。 少し顔を近付けるだけで、鼻先が触れ合いそうな距離。 その真っ直ぐな眼差しに、わずかばかりの熱が篭って いるように見えたのは、俺の期待のせいだろうか。 「今は、成り行きなんかじゃなくて、俺が 自分の意思で、ちゃんとお前を求める」 「お前が……欲しい……」 こういう言い方で合っているかどうか、自信はない。 ただ、自分の中から出てきた言葉で、 胸の内をしっかりと伝える。 俺を見上げたまま、ヒスイは恥ずかしそうに微笑んで。 「優しくして下さい……ね」 と、小さく告げてくる。 「もちろんだ」 俺が頷くのと同時、どちらからともなく顔を寄せ合い――。 そっと唇を触れ合わせた。 「ジェイさん……」 お互いの温もりを分け合うように、 ベッドの上で身を寄せる。 小さな声で呟くように、ヒスイが俺の名を呼ぶ。 「……なんだ?」 「……ふふ、呼んでみただけです」 くす、とヒスイがイタズラっぽく小さく笑う。 口から漏れた吐息が、俺の肌をくすぐる。 「呼んでみただけ、ってなあ……」 小さく笑い続けるヒスイの頭を軽く撫でる。 俺の手から受ける感触に、くすぐったそうに 目が細められる。 「明日は……晴れるといいですね」 「そうだな」 頭を撫でる俺の手をそっと握り締めると、 手のひらへヒスイが頬を摺り寄せる。 求められるままに、ヒスイの頬を 指先で静かに撫でる。 「なんだか……明日は船酔いも頑張れる気がします」 「何度も言うが、無理だけはするなよ?」 「……はい」 本当に分かっているかどうかは少し怪しかったが、 深く追求することはしない。 今はただ、お互いにじゃれあうような時間を 大切にしたい。それが俺の願いで。 おそらく、ヒスイも同じようなことを 考えているのだと、思う。 「ジェイさん……」 「なんだ?」 「……呼んでみただけです」 穏やかで少しだけ子どもじみた時間の中、俺たちは どちらからともなく、微睡の中に落ちるのだった。 「今日もいい天気になりました!」 柔らかな日差しの下、ヒスイの元気な声が響き渡る。 頭上に広がるのは、爽やかな朝の青空。 実に、気持ちのいい天気だ。 「気持ちのいい天気ですね」 「そうだな」 俺の感想と同じことを口にするヒスイに、 少しだけ笑ってしまう。 「何か面白いことでもありました?」 「いや、俺も同じことを思ったんだ」 ヒスイに答えながら、空を見上げる。 視線をどこまでも吸い込むような、澄んだ青空。 ああ、本当に気持ちのいい天気だ。 俺がそう口を開こうとした瞬間――。 「……え?」 空に、白い光が広がって行く。 世界を包み込むような、神々しさを覚えて しまうような、そんな光 「ジェイさん……これって、なんでしょう?」 「……さあ?」 空に広がる光を見ながら、ヒスイが 不思議そうに首を傾げる。 一体何が起こるというのだろうか……? ふと辺りを見渡すと、町を歩く人たちも皆 一様に足を止めて空を見上げている。 誰もが、不思議そうな顔をしている。 「あ、ジェイさんっ! 見て下さい!」 ヒスイの声に、空を見上げる。 空いっぱいに誰かの姿が映し出されていた。 それは――。 「ご機嫌よう、皆さん」 光の女神アーリ・ティアの姿――。 「……なっ」 「め、女神様……?」 ざわざわと周囲にざわめきが起こる。 世界の全てを見下ろしながら、アーリ・ティアは 悠然とした微笑みを浮かべて。 「これより、この世界を破滅させます」 そう――穏やかに告げるのだった。 「う……ん……」 まぶたの隙間から裏側へと差し込んでくる 光で、意識が覚醒していく。 どこか暖かなその光が連想させるのは、朝の日差し。 「朝……か」 重いまぶたを無理やりに持ち上げて、 光の正体を確かめる。 それは俺の予測通りに、窓から差し込む朝の日差しだった。 「ん? 起きたか?」 窓際で空を見上げていたカレンが、 俺の呟きに反応して振り返る。 「おはよう、魔法使い」 朝の爽やかな空気によく合った柔らかな笑顔。 「ああ、おはよう」 「今日は早いんだな」 どうやら、今朝はカレンの方が先に起きていたらしい。 つい先日は俺が起きた後も、ぐっすりと 眠りこけていたというのに。 「昨夜、私は一つの真理にたどり着いたんだ」 カレンが得意げな顔で胸を張る。 「ほう、真理か」 魔法使いであり、魔王でもある俺の前で 真理を語るとはなかなか挑戦的だ。 ここは一つ、カレンがたどり着いたという 真理を拝聴しようではないか。 「ああ。それは気付けば、とても簡単な話だったんだ」 いきなり結論に入らず、まずは前フリから始める。 もったいぶるとは、中々分かっているじゃないか。 「簡単なことほど、人は見落としてしまうからな」 そして、真理とは往々にして、そこに存在するものである。 「私もお前も、その落とし穴に はまってしまっていたんだ」 「俺も、か?」 「ああ。二人とも、根本的な解決策に 気付けなかったからな」 なるほど。カレンはどうやらなんらかの問題を 解決するための真理を得たのか。 一体、それはどんな問題を解決するものだろうか。 「だから、私はまず問題に向き合うことにした」 俺の内心での期待をさらに煽るように、 カレンはまだまだ結論には入らない。 今までなら、まず結論から話し始めていただろう。 なるほど。カレンもカレンで、 色々と学んでいるようだ。 「それは一体どんな問題だ?」 「それを言ったら、答えにたどり着いてしまうだろ」 カレンはやはり得意げな顔で指を振る。 「だが、ヒントは出そう。お前にも 関係のある問題だぞ、魔法使い」 「俺にも……」 そう聞いて、俺が昨夕の出来事を 思い浮かべるのは当然だろう。 だが、あれはあれで決着は着いたはずだ。 俺にとって、喜ばしい方向に。 「……ふむ?」 ならば、そのことではないはずだ。 だが、その他で問題になるようなこと……何かあったか? 「そろそろ、答えが必要な頃合いだな?」 カレンの問いかけに、さらに思索を進める。 カレンが俺より先に起きていたこと。 それが答えに関係しているはずだ。 しかし……急には思いつかないな。 「ああ。教えてくれ」 ここは素直に白旗をあげておく。 「ふふっ。それじゃ、教えてやろう」 ここぞとばかりに、カレンが澄まし顔で小さく笑う。 昨日も言っていたように、俺に何かを 教えられるのが本当に嬉しいのだろう。 誇らしげな様子に、微笑ましさを覚える。 「聞いて驚くなよ、魔法使い」 「私の方が先に起きれば、恥ずかしい寝相を 見られずに済む!」 まるで大発見でもしたかのごとく、俺に向かって カレンがビシリと指を突き付ける。 「……は?」 「つまりだな、私の方が先に起きることによって……」 反応が薄いことから、俺が今一つ 理解出来ていないと思ったのだろう。 カレンが指を立てながら解説を始める。 「ああ、うん、いや、それは分かるんだ」 だが、俺が疑問に感じた部分はそこではない。 軽く手を振って否定する。 「ん? だったら、何が分からないんだ」 「お前、さっき真理に気付いたって言ったよな?」 「ああ、言ったぞ」 「真理って……もしかして、今のことか?」 さっきの、俺より早く起きれば大丈夫、とか ……もしかして、あれが真理なのか? いや、まさか、そんなどうでもいいことが真理なわけ……。 「そうだぞ」 そんなわけ、あった!? 「めちゃくちゃ日常的な話じゃないかよ!」 「真理とは、そういうものじゃないだろう」 「事柄の大小は、どうでもいいはずだ」 魔王、戦士に真理を説かれてしまう。 「いや、まあ、確かにその通りかもしれないが」 流石に、俺より早く起きれば寝相を見られない、 なんてことを真理と呼ばれてもなあ。 「そもそも、俺に関係あることなのか?」 「お前の寝相の良し悪しとか」 「なっ、も、問題あるに決まっているだろっ!」 さっと頬に赤みを走らせながら、 カレンが抗議の声を上げる。 その後で、露骨に視線が逸らされて。 「ほら、こう、なんだ。私たちは、ほら……」 途端に、恥ずかしそうに言葉を濁し始める。 「その……一緒に寝る機会、とかな…… こう……あるだろ……」 「見られる可能性も、高くなるわけ、だし……」 「え? あ、ああ、そういうことか」 濁された言葉の先を察して、俺の顔にも熱が浮かんできた。 確かに、これからは一緒に寝る機会は増えるだろう。 こう、そういう関係になった、から。 「……ん?」 だが、寝姿よりも恥ずかしい姿を 見ることになる気もするのだが……。 その辺りは、羞恥心の基準が違うのか? 「というわけで、だ。魔法使い」 「今日から……よろしく頼む、な」 だが、まあ、わざわざそんな無粋な疑問を 口にする必要なんてないだろう。 「ああ。よろしく頼む」 その代わりというわけではないが。 頬を掻きながら、互いに少しぎこちないながらも、 始めての挨拶を交わすのだった。 「しかし、長い間一つの町に留まるのは 初めてな気がするな」 「ああ、言われてみればそうかもしれないな」 旅の間は一つの町に留まったとしても、 精々数日程度だった。 明確な目的があったからこそ、次々と前に進めたのだが。 「骨休めって何をすればいいんだろうか」 「何かしたら、意味がない気がするぞ」 今回の旅の目的は、アワリティア城で 宴が開かれるまでの骨休め。 つまり、何もしないことが目的となっている。 「うーん、何かしたらいけないのか……」 「お前には、つらそうだな」 カレンのようなタイプには、退屈かもしれない。 「その辺りの森で、剣でも振ってくるか?」 「剣、か。それも悪くないが……」 自分の手をじっと見ながら、 カレンは何か考え込むように黙る。 しばらく、手を握ったり開いたりを繰り返した後で。 「今は、もっと別の物が握りたい……かもしれない、な」 チラ、と俺を窺うようにカレンが視線を送ってくる。 「というか、握ってもらいたい……というか……」 チラチラと俺を窺いつつ、カレンが言葉を濁す。 「……ああ」 カレンの仕草から、何が言いたいのか理解が出来た。 素直に口にすれば早いのに、とも思うが…… それが出来ないのがカレンの性格だ。 「しょうがないな」 などと、わざとらしく肩を竦ませながら、 カレンの手を握り締める。 「え……あ……」 自分で求めたくせに、いざ手を握られると カレンは驚いたように目を丸くして。 「その……ありがとう……」 嬉しそうに、小さく笑みを浮かべた。 「いいさ。俺だって、こうしたいから」 繋いだ手に、きゅっと力を入れる。 それに応えるように、カレンも手を握り返してくる。 「だから、次からは素直に言えよ」 つい、意地悪なことを言ってみたくなって、 そんな言葉を口にする。 「いや、そ、それは……」 困ったようにカレンが目を伏せる。 ためらうような間がやや生まれて。 「……頑張る」 こく、と小さく頷く。 「よし。それじゃ、このまま適当に歩こうか」 「昨日とは違って、今日は目的もなしに ただぶらぶらと」 「ん、そうだな」 「買い食いしながらでもいいし」 「買い食いっ!?」 その言葉が出た途端に、カレンの目がキラキラと輝いた。 分かりやすいくらいに、機嫌が良くなったな。 「何か、目を付けていた店はあるか?」 「ある。かなりいい匂いをさせている 串焼きの露店があったんだ」 「あれはかなりいい肉を使っているはずだ。 私の鼻はごまかせない!」 「よし、だったらそこから行こう。場所はどっちだ?」 「私に任せろ。こっちだ」 ぎゅっと俺の手を強く握りながら カレンが意気揚々と歩きはじめる。 それに引っ張られるように、俺も足を進めだして。 こうして、今日という日は幕を開けた。 「やはり、肉を焼く時に大事なのは火力だな」 何も刺さっていない木の串を片手に、 カレンが何度もうんうんと頷きを繰り返す。 串に刺さっていた肉は、とうの昔にカレンの 胃の中へと消えてしまっていた。 「とは言ってもなあ」 串焼きの最後の一片を飲み込んでから、 カレンの言葉に異を唱える。 香ばしく焼けた肉の塊がのどを通って、胃へと落ちていく。 「たき火では火の調整が難しいし、 普通の炉でも同様だぞ」 「安定して、一定の高火力を維持するには、 それ専用の炉でも作らない限りは難しいだろうな」 カレンが先日から目を付けていただけあって、 件の串焼きは絶品だった。 なんでも焼き方に秘訣があるらしく、 強い火で一気に焼き上げるのがコツらしい。 「呪文で代用は出来ないか?」 「出来なくはないだろうが、火の呪文は 俺は得意ではないからなあ」 「仮に俺が呪文を唱えたとしても、 肉が丸焦げになってお終いだろう」 俺が得意なのはあくまで闇や影を用いる呪文であり、 火の呪文は得手とは言えない。 魔力を炎として変えて放つことは出来たとしても、 自在な調整は専門家でもない限り難しいと思う。 その辺り、色々と語れば長くなるので、カレンに 分かりやすいように単純な答えを口にしておく。 「むう、そうか」 残念そうに唇を尖らせながら、カレンが 串を指先だけでくるくると回す。 流石は武器の扱いに長けるだけあって、かなり器用だ。 「どうにか、この串焼きの美味さを自力で 再現したかったんだがなあ」 「俺の呪文に頼ろうとした時点で、かなり他力に 頼っていると思うんだが」 「それはそれ、これはこれだ」 「私たちは、ほら、なんだったか。共犯関係だろ」 「犯罪なんてしねえよ!」 元魔王、思わず本来の自分を否定して しまうようなツッコミを入れてしまう。 「すまない。ちょっと間違えた」 「大幅に間違えてるぞ」 「だが、昔から言うだろう。お前の物は私の物、 私の物はお前の物、と」 「つまり、美味い肉は二人のものだ」 そんな言い回しが昔から存在しているのか、 かなり疑問ではあるのだが今は流しておこう。 「要するにあれだろう。なんでも二人で分かち合うとか、 そういう方向か?」 「そうそう、それだ。それを言いたかったんだ」 だとすれば、共犯関係という言葉は やはり大幅に間違っている。 他にもっと適した言い方があるはずだ。きっと。 「その考え自体はやぶさかではない。 というか、むしろ望むところではあるな」 「俺も出来ることならば、そうしていきたいし」 「では、今からそうしていこう」 はにかむように笑いながら、カレンが 空いている手を差し出してくる。 「これからは、二人で分かち合おう」 「お前が焼いた肉を私が食べ、私が焼いた肉を 私が食べる。そんな関係として」 「分かち合えよっ!?」 全部、お前が食うんじゃねえかよ! 流石に、そんな言葉と一緒に差し出される 手には応じたくなかった。 「すまない、結構間違えた」 「自覚はあるんだな」 確かに、結構間違えているだけに何も言えない。 「では、改めて、だ」 「お前が焼いた魚を……」 「オチが見えたから、今のうちにやめておけ!?」 おそらく、肉という言葉が魚に入れ替わるだけ、 という結果が予測出来た。 「多少は気の利いた言い回しでもしようと 思ったのだが……意外と難しいものだな」 「ああ、うん。無理はしなくていいからな?」 気の利いた言い回しが、ことごとく食べ物を例えにした ものになるのをまずはツッコむべきだろうか。 だが、カレンが懸命に考えた結果なのだから、 頭ごなしに否定するわけにもいかない。 などと考えてしまう辺り……やっぱり、甘いな。俺は。 「着飾らなくてもいいし、簡単でもいい」 「お前の率直な言葉で伝えてくれたら、 それが一番嬉しいさ」 「……そういうものなのか?」 「そういうものだ」 「分かった。それならば」 差し出していた手を一度引っ込めた後で、 小さな咳払いを一つ。 その後で、カレンが改めて手を差し出してきて。 「一緒にいてくれ、魔法使い」 本当に、何も着飾らせない単純な言葉を俺に向けてくる。 一途にまっすぐな、カレンらしい言葉だと思う。 「望むところだ」 だからこそ、返す言葉も着飾らせずに簡素なものを返す。 差し出された手を取ると、強く握り締める。 「……うん」 嬉しそうに笑いながら、カレンも強く握り返してくる。 単純な行動だが、幾十も言葉を重ねるよりも、 その想いを雄弁に俺に伝えられたような気になる。 うん、これでいい。これがいい。 「よし、それじゃ次はあっちの店の料理を食べに行こう」 「お前は相変わらずだな」 今の流れから即座に、食べ物の話に持っていく辺り、 かなりの切り替えの早さだ。 ある意味、カレンらしい。 「で、次の料理はなんだ?」 「煮込みだ。一口大に切った肉を、大量のスープで じっくりと煮込んでいるらしいぞ」 「口の中に入れるやいなや、溶けるように肉が 消えていくらしい」 「……ほう」 溶けるように消えていく肉、か。 「それは、かなり楽しみだな」 「だろう? というわけで、早速行くぞ」 言うがはやいか、カレンは俺の手を 引いて大きな歩幅で歩き出す。 「おいおい、慌てなくとも料理は逃げないぞ」 「ところが、移動式の露店らしくてな。時間によって 店のある場所が違うらしいんだ」 なんてことだ。慌てないと、料理に 逃げられてしまう、だと……? 「なるほど。だったら、しょうがない」 「ああ。ちょっと急ぐぞ」 「是非とも、お前に食べさせたい。というよりも、 一緒に食べたいと思っていたんだ」 「そんなに美味そうなのか?」 「ああ。それに、その……元気になれる、らしい」 「体にいい料理なんだな」 「う、うん。だから、お前に食べさせたいんだ」 何故か頬を赤くしながら、カレンが何度も頷く。 しかし、二回もそんなことを言われるなんて、俺は よっぽど元気がないようにでも見えたのだろうか。 確かに、ここ数日思い悩むことはあったが、カレンには 気付かれていないとばかり思っていた。 意外と鋭いんだな。 「とにかく、その、行くぞ」 「あ、ちょっと、待てよ」 更に歩調を早めるカレンに少し引っ張られるように なりながら、町中を歩く。 先に歩き出すカレンを追いかけて、 俺も早足で後を追いかける。 こんな関係はきっとこれからも変わらないのだろう、と。 胸中にて、これからを想像して笑ってしまう俺がいた。 「今日は思う存分、堪能出来たな」 「……そうだな」 日が暮れて宿に戻ってきた時には、俺の腹は はちきれそうなくらいに満たされていた。 「流石に一日食べ歩くと、少しお腹に溜まるな」 「……そうだな」 一回の食事量自体は大したことはないが、回数が 重なればその量はかなりのものとなる。 インドア派元魔王の俺の胃が、許容量を 超えそうになっても何もおかしくはない。 「だが、満足出来たぞ」 「……そうだな」 同じ返答を三度繰り返す俺と違って、カレンは まだまだ余裕がありそうだった。 やはり、戦士として体を動かし続けてきた分、 体が必要とする食事量が俺とは違うのだろう。 「どうした、魔法使い。返事にキレがないようだが」 「ちょっと腹が一杯になりすぎてな」 カレンに返しながら、ベッドに腰掛けると、そのまま 上体を投げ出すように後方へと倒れ込む。 少し軋むような音を立てて、俺の体をベッドが受け止める。 「そういう場合は、体を動かせば少し楽になるぞ」 カレンの言葉とともに、ベッドが更に深く沈み込む。 「……うん?」 声が近くから聞こえてきたことに 疑問を覚えながら、体を起こす。 俺のすぐ隣に、顔を赤くしたカレンが腰掛けていた。 「今の言葉はどういう意味だ?」 「だから、その、そういう時は 体を動かせば……楽になる、ぞ……」 もう一度、同じ言葉を繰り返しながら カレンがそっと体を寄せる。 ためらいがちに、肩と腕が俺に触れてくる。 これは、そういう意味……なのか? 「……だから、その……」 「駄目だな……私からは……上手く言えない」 耳まで赤くしたカレンが、恥ずかしそうに俯いてしまう。 ああ、これは確実にそういう意味、だな。 流石に俺でも気付けた。 「無理はしなくてもいいぞ」 触れ合せた肩を離さないまま、 すぐ近くにいるカレンへと囁きかける。 「気遣いは嬉しいし、それだけで十分だ」 「無理はしなくてもいい」 「む、無理はしてないっ!」 俯いていたカレンが、俺の方へと向き直る。 顔の赤さはそのままに、まっすぐな視線で 俺を見つめてくる。 「わ、私だって、その、気遣いとかでそういうことを 言うほど、馬鹿じゃない、ぞ」 「あ、あの時は……試練の大地の時は…… ああいう感じになったけど、今は……」 一旦、言葉を切るとカレンが息を飲み込む。 その瞳は、恥ずかしさからか、今にも泣きだして しまいそうに思えるくらいに潤んでいた。 「今は……ちゃんとした、その……好き合った 関係として、そういうことを……」 「お前と……したい」 恥じらいを多く含みながらの言葉に、 体中に熱が宿るような感覚が行き渡る。 「……そうか」 すぐに照れるカレンからの意外な言葉に、 胸が弾み始める。 それに呼応するように、体が更に熱を帯びる。 なんだ、この感覚は。 「自分から言い出す勇気が欲しくて……お前と一緒に、 煮込み料理を食べに行ったんだ」 「……うん?」 言い出す勇気が欲しくて、食べに行った? 「元気になるって……そういう意味、か……?」 「……ああ」 俺の疑問に、カレンが小さく頷く。 さっきから感じる熱の正体は、それか。 「その、なんだ。気を遣わせてしまったな」 形はどうあれ、カレンにばかり勇気を 出させてしまったことが申し訳ない。 そういうことを言い出せば、カレンが 恥ずかしがるだろうと思っていた。 なんていうのは、きっと言い訳にすぎないだろう。 「せめて、最後は俺から言わせてくれないか?」 「……うん。頼む」 お詫びになるか分からないが、ずっとカレンに 勇気を振り絞らせ続けるわけにはいかない。 カレンの赤い頬へと手を添えると、 手の平にわずかな温もりを覚えた。 「カレン、お前が好きだ。お前が欲しい」 「……私もだ」 頬に添えた手で、カレンの顎を上向かせる。 それに抵抗しないまま、目を閉じる カレンへと静かに顔を近寄せて。 灯りを消すことすら忘れたまま、カレンの体を そっとベッドへと横たえた。 「う……ん……」 まぶたの隙間から裏側へと差し込んでくる 光で、意識が覚醒していく。 どこか暖かな光が連想させるのは、やはり朝の日差しで。 昨日とまったく同じ目覚めが、俺に訪れていた。 ゆっくりと目を開くと、やはり窓際には カレンが立っていて。 「……おはよう」 少しはにかみながら、朝の挨拶を向けてくる。 「ああ、おはよう」 挨拶を交わしあった後で、顔を見合わせて微笑みあう。 朝の日差しと空気に似つかわしい、爽やかで ありながら少し気恥ずかしい感覚。 ここから、一日が始まっていくということに 幸福さすら覚えてしまう。 「今日もいい天気だな」 大きく背伸びをしながら、ベッドから立ち上がる。 窓の外に広がる心地のいい青空を見ながら、 窓際にてカレンと並んで立つ。 「そうだな。お前と一緒なら、なんでもいいぞ」 微笑みながら、カレンも空を見上げる。 二人でともに空を見上げた瞬間――。 「……え?」 不意に、白い光が空中に広がっていく。 神々しさすら覚えさせる白光が、世界を包み込む かのように空の青に染みわたっていく。 「何が起こっているんだ……?」 「……分からない」 空を見ながら、二人で首を傾げていると――。 白い光の中に、誰かの姿が浮かび上がる。 それは――。 「ご機嫌よう、皆さん」 光の女神アーリ・ティアの姿――。 「光の……女神……?」 「ん? もう復活されたのか」 空に浮かび上がるアーリ・ティアは微笑みを 浮かべながら世界を見下ろす。 世界の全てを超越するかのような、 悠然とした笑みのまま。 「これより、この世界を破滅させます」 穏やかに、そう告げた。 ゆっくりと、闇の中から意識が浮き上がってくる感覚。 自らの手足を始め、体の感触が末端からよみがえってくる。 頭と、そして体がゆっくりと活性化を始めて……。 自分が眠りから覚めていくのだと、次第に 自覚が募っていき、そして……。 目が覚めると同時に、視界一杯にクリスの 顔が飛び込んできた。 「…………」 「……うおっ!?」 一拍置いてから、ようやく驚きが脳裏を駆け巡って 体がビクッと跳ねるような反応を示す。 「ク、ク、ク……クリス、お、お前……」 「おはよう、ジェイくん。朝だよ」 顔を離しながらクリスがにこやかに 朝の挨拶を口にする。 「あ、ああ、おはよう……」 混乱と驚きに大きく高鳴る胸を片手で押さえつつ、 とりあえず挨拶を返す。 ゆっくりと大きな呼吸を繰り返し、体の隅々に まで新鮮な空気を送り込んで。 「お前、朝から何してんだよ!?」 跳ね起きながら、朝一番のツッコミを入れる。 「何って、おはようを言いに来たんだけど?」 「嘘吐け、それだけじゃないだろ!?」 おはようを言うだけなら、あんなに 顔を近付けなくてもいいはずだ。 というか、むしろ勝手に部屋に 入ったりもしなくていいはずだ。 「ふっふっふ……流石はジェイくん。 一筋縄ではいかないね」 何故、無意味な笑いを挟んだのかは分からないが。 ともあれ、クリスが意味深に肩を揺らす。 「いや、そういう小芝居はいいから」 「どうせ、ろくでもないことをしに来たんだろ?」 「ジェイくんはつれないなあ」 「お前が余計な小芝居をする時は 油断してはいけないからな」 「うん。まあ、その警戒は正解だね」 「でも、そんな悪いことをしに来たわけじゃないよ」 勝手に部屋に入っている時点で、かなり悪いことな 気はする。するが……まあ、置いておこう。 そこにツッコミを入れては、話が 進まなくなるおそれがある。 「実はジェイくんの寝顔を見に来たんだよ」 「…………」 ああ、やっぱり、ろくでもないことだった。 「そのために、朝から忍び込んだと?」 「そうだよ」 「神官としての務めとか、仕事とかは?」 「同僚にお願いしてきちゃった」 「それは一方的にお願いしたってことだよな?」 「おおむね、そんな感じかな」 「そうか」 なるほど。 俺の寝顔を見るために朝から部屋に忍び込む。 それを行うために、仕事は一方的にお願いしてきた。 「やっぱり、ろくでもないことじゃないか!」 「そんな……これはとっても大事なことなのに」 「何がどう大事なんだよっ!」 「こうして、寝起きのジェイくんを からかえるのは貴重なことだよ」 「本当にろくでもないなっ!?」 「ジェイくん、こういうことされるのが 好きって言ってたじゃない?」 「いや、あれはちょっと意味が違うからな!」 クリスのそういう行動が、俺の中で強く 印象付けられているというだけで……。 決して、からかわれるのが好きとは 言っていない気がする。 「ジェイくんは先生のことが嫌い?」 「お前、そういう質問はやめろ。ずるいぞ」 「いいから。嫌いかどうか聞いているんだよ」 同じ問いを重ねながら、クリスが指先で 俺の頬を突いてくる。 のみならず、そのまま指の腹で 頬をぐりぐりと押してきた。 「ああ、もう……好きだよ」 根負けしたように、頭を掻きながら クリスの問いに答える。 俺の返答に満足したように笑みを浮かべながら、 クリスが指先を離す。 「だったら、問題ないよね?」 「いや、あー、うん、まあ、そうだな」 ここで頷いておかないと、きっと同じ 質問を繰り返されてしまう。 経験則からそう判断した俺は、悩みながらも クリスの言葉を首肯する。 「というわけで、全てが解決したところで」 「おはよう、ジェイくん」 パンと手を打ち合わせてから、クリスが 満面の笑みを浮かべる。 「ああ。おはよう」 再度の挨拶に、頭を掻きながら多少 おざなりに返事をする。 「んー、ちょっと違うかな」 「……違うって何が?」 「こういう時はほら、二度目の挨拶だし……ね?」 「……ああ」 クリスが何を言いたいのか、なんとなく だが伝わってきた気がする。 ベッドから立ち上がると、一度大きく背筋を伸ばして。 「クリス」 ちょいちょい、とクリスへと手招きをする。 その仕草に、どこか嬉しそうにクリスが身を寄せてきて。 「おはよう、ジェイくん」 改めての挨拶の言葉とともに、目を伏せる。 「ああ、おはよう」 それに返答をしながら、まるで小説の一ページで あるかのように、朝の口づけを交わす。 俺とクリスの想いが通じ合った、翌朝の出来事だった。 「というわけで、今日はどうしようか?」 俺と同じベッドに腰掛けたクリスが、 顔を寄せながらそう尋ねてくる。 もはや、二人が一緒にいるのが当たり前で あるかのような空気ではあるのだが。 「流石にそろそろ真面目に神官としての 務めを果たした方が良くないか?」 ここ数日、ずっと一緒にいられるのは嬉しいのだが、 連日遊んでいるともなれば、気になってくる。 特に、一方的に仕事をお願いしてきた、とも 聞けば心配にもなるというものだ。 「ジェイくんって、真面目だよね」 「もう何度目になるか忘れたが、 お前が不真面目なだけだろ」 「神官にお説教する魔王なんて、前代未聞だと思うよ」 「前代が短すぎるからなあ。素直に 頷いていいものかどうか迷う」 前代といえば親父殿しかいない状況だ。 まあ、確かに前代未聞ではあるものだが、そういう言葉は もう少し歴史を積み重ねてから使うものだろう。 「ま、心配は無用だよ。ちゃんとお休みを もらっているから」 「だったら、なんで仕事を押し付けたとか言うんだよ」 「結果的にはそうなっちゃったかな、ってね」 「それはそうかもしれないが、わざわざサボった みたいな言い方はしなくてもいいだろ」 「んー、ジェイくんにツッコミを入れてもらいたかった、 っていう理由じゃ駄目かな?」 「……どんな理由だよ、それ」 結局のところ、俺をからかっている。というのと 同義な気がして、肩を落としてしまう。 「ちなみに、ジェイくんに突っ込まれたかった って言おうとして自重したよ」 「自重してないだろっ!?」 「ん?」 「『ん?』じゃないだろ。結局、 言ってるんだから、一緒じゃないか!」 「流石はジェイくん。的確に突っこんでくれるね」 「折角だから、先生にも……」 「そこから先は言わせないからな!」 「何度も繰り返してきたけど、言わせないからなっ!!」 クリスが言いかけた言葉の先に大体の予想は付いた。 最後まで言わせまいと、制止の声を上げる。 「まさかの二連ツッコミ……ジェイくん、 どこまで腕を伸ばすの……」 「伸びたくて伸ばしてるわけじゃねえよ……」 旅の間に起きた様々な出来事によって、俺の ツッコミレベルは確実に上昇していた。 そんなことよりも、普通のレベルが 上昇してほしかった……。 「でも、気になったんだけど……別に 今なら言ってもいいんじゃないかな?」 「誰かの耳を気にする必要はないわけだし」 「それは……まあ、確かにそうだが……」 「それに……」 すっと、クリスが俺に顔を寄せてくる。 まるで耳元で囁くように。 「先生とジェイくんは、そういうことを してもおかしくない関係なんだし?」 愉快そうな声色で、そう告げる。 「まあ、な……」 そうだ。クリスの言葉を制止する必要なんて、何もない。 昨夜、誘惑されたら受け入れてしまう……などと言い ながら、結局はこうしてツッコミを入れてしまった。 これが、俺が抱える業というものだろうか。 「だが、ほら、まだ陽が高いからな」 「そういうことをする時間帯ではないだろ」 陽が高いうちから、そういうことをするのは 非常に退廃的な感じがする。 ああ、いや、元魔王なのだから、退廃的な くらいでちょうどいいのかもしれないが。 「んー、なるほど」 「ジェイくんは明るいと、あんまり 燃えないタイプなんだね」 「そういう受け取り方かよっ!?」 「趣味は人それぞれだからね。 先生はジェイくんに合わせるよ」 「まるで、理解を示したかのように!?」 「先生は尽くすタイプだよっ」 「ああ、うん。そうか……それはありがたいな」 もう、どうツッコミを入れたらいいのか 分からなくなって、投げ出してしまう。 尽くされるのなら、悪くはない。 そんなことすら思ってしまう。 「だったら、そういうことは夜に、だね」 軽く勢いを付けながらクリスが、 ベッドから腰を上げる。 俺にくるりと向き直ると手を差し出してきて。 「というわけで、お昼は健全にデートしよ?」 愉快そうな笑いを唇へと乗せる。 「本当に健全なんだろうな?」 「本当、本当。先生だってたまには 自重くらいするって」 「割と常にやってほしいんだけどな」 やれやれ、とばかりに溜息を吐きながら、 俺もベッドから腰を上げる。 差し出されていた手を、しっかりと握りしめて。 「それじゃ、出かけようか」 「うん」 互いの指を絡めるように手を繋ぎながら、 笑みを交わしあうのだった。 「しかし、この町にもすっかり慣れたものだな」 町並みを見渡しながら、しみじみとそう思う。 まあ、外観はどの町も大した差異はないために、 見慣れたというよりも見飽きた感はあるのだが。 「どこにどんなお店があるか、覚えた?」 「ある程度ならば、な」 しかし、各町では商店の位置などが微妙に違っている。 似たような外観ながらも、確かに別個の町 なのであるのが若干紛らわしい。 この町の場合、神殿があるので他の町と 間違えたりはしなくて済むのは幸いだ。 「このまま、住みついちゃえばいいのに」 「今はまだ、俺が城を離れるわけにはいかないからな」 そのうち世界が本当に平和になって……。 魔王という魔物たちを統率する存在が不要となれば、 それもいいかもしれない。 だが、そういう時間が訪れるのは、 ずっと先のことだろう。 「じゃあ、そのうちにって感じかな?」 「そうだな。いずれ、そうなればいいな」 この町に居を構えて、毎日クリスとたわむれるような 日々を過ごすのも悪くはない。 まるで隠居にでもなったような気も少しはするが……。 それこそが、平和な世界というものなのだろう。 「本当に……そうなればいいね」 不意に空を見上げながら、クリスが 落ち着いた口調で言葉を紡ぐ。 「この先、いつか平和な世界になって…… そこには、ジェイくんやみんながいて……」 「先生も、その輪の中に入っている……」 言葉に込められていたのは、願いのような響き。 そして、それは同時に……それが叶わないもので あるかのような印象も与えた。 「いつか、そうなればいいのに……」 クリスが何を思い、感じているのかまでは分からない。 だが、こんなクリスを見るのは我慢出来なくて。 「なるさ」 気休めとは分かっていながらも、そう言いながら クリスの肩をぽんと叩く。 「いつか、そんな時が来るさ。世界は そういう方向に動いているから」 「むしろ、俺たちで動かせばいいだろ?」 「世界を動かす、か……」 ぽつ、と呟きながらクリスの視線が 空から俺へと下りてくる。 「それって、とっても難しいことだよ?」 「分かっているさ」 俺の言葉に反応を示さずに、 クリスが次の言葉を紡ぐ。 「きっと……ジェイくんが思っている以上に、 ずっとずっと難しいことだよ」 「それこそ、不可能かもしれないくらいに、難しいこと」 俺をまっすぐに見てくる目は、 透明な印象を俺に植え付けて。 まるで、リブラのような眼差しだと、 不意に感じてしまう。 同じなわけがないと、分かっているのに。 「それでも、ジェイくんは諦めないって言える?」 「どんな困難が待ち受けているか、 まったく分からないのに」 「言うさ。言うに決まっているだろ」 「俺自身が、それを望んでいるんだから」 クリスの視線を受け止めながら、 俺もまっすぐに見返す。 胸を張るように少し背を逸らしながら、 真っ向から見返す。 「そっか。ジェイくんが望んでいるから、か」 「ごめんね。急に変なことを言っちゃって」 一度目を伏せてから、クリスがいつものように 快活な笑みを浮かべる。 その眼差しには、先ほど受けたような 印象は一切残っておらず。 本当に、普段通りのクリスだった。 「急に真面目なことを言いだすから驚いたぞ」 だから、俺も普段の調子で軽く返す。 これから先のことなんて、誰にも見通せやしない。 それはクリスも同じことで、だから不安になったのだろう。 「たまには、先生も真面目な面を アピールしておかないとね」 「たまにじゃなくて、普段からもっと アピールしてもいいんだぞ?」 「うーん……普段から真面目なフリを すると疲れるからなあ」 「たまにするくらいでちょうどいい、かな」 気を取り直したように、クリスが 大きな一歩を踏み出す。 つられて、俺もそれを追いかける。 「さて、真面目な話はおしまい。 なんだか、疲れちゃった」 「甘いものでも食べてから、 お買いものでもしようよ」 「ほどほどに、な」 出来れば、俺の財布に優しいものを食べてほしい。 密かにそんなことを願うのだが。 「一番高いものを食べ歩こう!」 「ほどほどって言ってるだろ!?」 俺の願いは、どうやら届かなかったようだ。 「食べ過ぎて、腹を壊しても知らないからな」 「甘いものは別腹って、女神様の教えにもあるよ」 「結局、別腹の方に詰め込むんだから駄目だろ!」 「可能性は無限大なんだから」 「いや、そこでその言葉が出てくる理由が分からない」 いつも通りに他愛のない会話を 繰り返しながら、町を歩く。 ついさっき、束の間感じた真面目さは すっかり影を潜めていて。 いつもと変わらない時間の中に、 俺たちは歩を進めるのだった。 太陽も顔を隠して、一日の終わりを告げられる時刻。 俺たちは一日の始まりを迎えた、 宿へと戻ってきていた。 「ジェイくんお待ちかねの夜だね」 宿に戻るなり、クリスはくすくすと 愉快そうに笑いながら首を傾げてくる。 「そういう言い方はだなあ……」 「お待ちかねじゃないの?」 「……うん、まあ……」 待ちかねていなかったといえば嘘になる。 誘惑を受け入れてしまうかもしれない、と 言えるくらいには心の準備は出来ていた。 「でも、いざとなるとちょっぴり緊張するね」 ぽふ、とベッドに腰を下ろしながら、 クリスが小さく笑う。 「試練の大地の時以来、かな」 「そうなるな……って」 「今……試練の大地以来って言ったか?」 「うん。言ったけど?」 「お前……あの時……」 魔力に酔っている間の記憶はなくなる。 確か、そんなことを言っていたはずだが……。 「あ、うん。あれは嘘」 あっさりと、クリスが過去の嘘を認める。 「なんで……って、俺のため、か……?」 「ああ言っておけば、ジェイくんが 気にしないで済むかな、って」 「実際、今までちゃんと普通に出来たでしょ?」 「……ああ。まあな」 クリスのあの言葉があったおかげで、確かに みんなの前でもおかしな態度を取らずに済んだ。 露骨にクリスを意識したりせずに済んでいた。 「……まいったな。かなり気を遣われていたのか」 「先生は色々考えなきゃいけないからね」 どこか誇らしげにクリスが胸を張ってみせる。 「あの時は、お互いに色々と気を遣っていたけど ……今は必要ないからね」 「ここにいるのはジェイくんと 先生だけだし、それに……」 「それに、ちゃんと想いを伝えたしな」 「そういうこと、だね」 こく、とクリスが小さく首を縦に振る。 「だから、ジェイくん……」 「今日はたくさん愛してくれると、嬉しいかな」 ベッドの上に腰を下ろしていたクリスが、 膝立ちの体勢になる。 そのまま、自分の服の裾へと手を伸ばし。 「先生、たくさん誘惑しちゃうから」 そう言いながら、蠱惑的な笑みを浮かべるのだった。 「はふぅ……」 ベッドの上に身を投げ出すようにしながら、 クリスが熱い息をこぼす。 俺の体に疲労が色濃く残るのと同様に、 クリスもまた疲弊していた。 「体は大丈夫か……?」 「大丈夫……ちょっと疲れてはいるけど、ね」 「……そうか」 手を伸ばして、クリスの髪をくしゃりと撫でる。 「あ……ふふっ」 くすぐったげに、それでいて嬉しそうに。 俺の手を受け入れたクリスが、目を細めて笑う。 「ジェイくん、優しいんだね」 「まあ……俺が疲れさせた分、だな」 「自分だって疲れているのに」 「俺は……平気さ」 「やせ我慢しちゃって……ジェイくんも、 男の子なんだね」 からかうような口調とともに、クリスが ぎゅっと俺の体にしがみ付いてくる。 柔らかなクリスの体の感触を、全身に与えられる。 「ジェイくんが優しくしてくれるから、 先生も優しくしてあげようかな」 「……ありがとう」 「どういたしまして、だよ」 小さく礼を口にしながら、クリスの体を抱き締める。 触れ合った肌同士の温もりが心地いい。 体に蓄積された疲労と相まって、すぐにでも 眠りの中に落ちてしまいそうになる。 「ふふ……なんだか、眠くなってきちゃった」 どうやら、それはクリスも同じようで、その目は すでに半分くらい閉じられていた。 「今日はこのまま寝てしまおうか?」 「うん、そうだね。そうしよう」 「今日は外泊するって、ちゃんと言ってあるし……」 「言ってあるって……それじゃ、お前……」 「最初から、今日は泊まる気満々だったんだ……」 眠気に目を細めながら、クリスが 愉快そうに小さく笑い声を漏らす。 「……そうだったのか」 結局のところ、朝からずっと俺はクリスに 振り回されっぱなしだった、ということで。 少し悔しさのようなものも浮いて、 苦笑いを浮かべてしまう。 「ふふっ。それじゃ、ジェイくん……」 「おやすみ……」 満足そうな笑みを浮かべたまま、 クリスが静かに目を閉じる。 「ああ、おやすみ」 それに合わせて、俺も目を閉じて――。 互いの温もりを一番近くで感じながら、二人そろって 夢の中へと意識を落とすのだった。 それは翌日のことだった――。 「今日は何をしようか?」 「まあ、まずは腹ごしらえからだろうな」 朝の爽やかな空気の中、二人で肩を 寄せ合うようにして町を歩く。 一日の始まりに相応しく、空は青く澄みきっていて、 見る者の気分をそれだけで明るくするようだった。 「そうだね。昨日、へとへとになったおかげで、 今日は朝からお腹がペコペコだよ」 自分のお腹を手でさすりながら、クリスが いたずらっぽい笑みを浮かべる。 改めて、へとへとになった、なんて言われると 恥ずかしさが頬に浮かぶ心地だった。 「まあ、ともあれだ。パンでも食べに行こう」 恥ずかしさを誤魔化すように、大きく 背伸びをしながら空を見上げる。 「今日はこんなに天気がいいことだし、その後は 町の外を散歩するのもいいかもしれないな」 などと口にしながら、目を細めたその時――。 不意に、白い光が空の青を塗りつぶすように 広がり始めた。 「……ん?」 一体、なんだろう。 そう疑問に思いながら、足を止める。 「ジェイくん、どうかしたの……って」 俺の視線を追いかけるように空を 見上げたクリスもまた、足を止めた。 その表情は、どこか呆然としたものに見えて。 「クリス……?」 お前こそ、どうかしたのか。 そう問いかけようとした時、白い光の中に 何かが浮かび上がってきた。 それは、誰かの姿――。 誰しもが、どこかで目にしたであろう姿――。 「ご機嫌よう、皆さん」 光の女神アーリ・ティア。 白い光の中に浮かび上がったのは、 彼女の姿だった。 「なんだ……?」 空を見上げながら、怪訝に言葉を漏らす俺の隣で。 「ああ……そっか」 何かに納得したような呟きを、クリスがこぼした。 「クリス……?」 何を悟ったのだろう。 隣に立つクリスの横顔を見つめる俺の頭上。 世界の全てを見下ろしながら。 「これより、この世界を破滅させます」 光の女神の言葉が、世界へと降り注いだ。 だが、それよりも……。 「……そっか」 俺の耳を打つクリスの呟きが、俺の心の中に響き渡った。 「独力では、砂の海を渡るのは無理です」 翌日、宿を出るなりにリブラがそう結論付けてきた。 「まあな。流石に無理だよな」 砂の海を独力で渡るのがいかに困難なことであるか、 昨日身をもって知ったばかりだ。 リブラの結論に異論を唱えるつもりはない。 「しかし、そうなると俺の城まで どうやって戻るつもりなんだ?」 「このまま陸路での移動を続ければ、あそこは 避けて通れない場所だろう」 「ですので、迂回いたしましょう」 「迂回ということは、海路か」 「はい」 こく、と頷きながらリブラが地図を広げる。 地図のおおよそ右上、砂の海の箇所を指し示して。 「ルートは二つです。まずは海を渡る北ルート」 リブラの指先が、砂の海の北にある 海の上をすっとなぞる。 「このルートだと、陸に戻るのは 町から遠い場所になるな」 「ええ。ですので、このルートを使うことは 避けた方が賢明でしょうね」 「本命はもう一つのルートか」 「はい。今度は逆に……」 リブラの指先が、今度は砂の海の南側を 迂回するように地図上を動く。 「川を下る南ルートです」 「なるほど。こっちのルートの方が移動距離は 少なくて済みそうだな」 「陸地に戻る箇所も、町に近いですし」 「ならば、このルートを採用しよう」 わざわざ遠回りになる道を使う必要はないだろう。 近道があるのだから、そっちを使わずにどうする。 「で、海路を用いるのはいいとして、 どうやって海を移動する」 「確か、船も返してあるんだろ?」 「はい。旅も終わったので、返却してありますね」 「ということは、船以外の方法を使う必要があるな」 「ありますね」 ということは、あれか。 俺が旅を始めてアワリティア城へと向かった時に 使った手段……。 「魔物か……」 「ええ。魔物に運んでもらうことになりますね」 「そうか、魔物か……」 「何か不満でも?」 「乗り心地が悪いだろ……」 魔物の背は上下動が激しいために、油断すると すぐに振り落とされそうになってしまう。 まあ、何かを運ぶということには 不慣れだろうからしょうがないが。 「あなたは心配する必要はありません」 「うん? 心配する必要がない?」 「はい。乗り心地を心配する必要は一切ありません」 「……どうしてだ?」 「がっちりとイカに拘束されて運ばれるからです」 「……え?」 「それはもう、がっちりとイカに 拘束されて運ばれるからです」 「ぬるぬるぬめぬめとしたイカの触手で 拘束されまくりです」 「なんでだよっ!?」 俺がイカに絡みつかれたところで、 誰も喜んだりするわけがない。 誰も得しないことをする必要なんてないだろう。 「イカはご不満ですか?」 「むしろ、どこに満足しろって言うんだよ!」 「ロープでぐるぐる巻きにして引っ張られるという プランもありますが、どうしますか?」 「……水上を?」 「水中です」 「死ぬわっ!」 「俺が元魔王とはいえ、いくらなんでも死ぬわっ!!」 流石の俺でも、呼吸をしなければ死んでしまう。 生物学的に死亡してしまう。 「どちらか好きな方をお選びください」 そう俺に迫るリブラは淡々としているというよりも、 どこか冷淡でさえある。 こいつ、もしかして……。 「なあ、リブラ……怒ってるのか?」 「いいえ、わたくしは怒ってなどいません」 「ぷんすかぷー」 「露骨すぎるだろ!」 怒ってる。間違いなく、こいつは怒っている。 そして、俺には怒られる心当たりがある。 昨日の、あの出来事だ――。 「なあ、リブラ。本当にすまなかった。 あの件は、全面的に俺が悪い」 改めて、リブラに向かって頭を下げる。 「非を認め、謝罪する。その上で、虫のいい話だと 分かってはいるが、許してくれ」 「俺はお前と仲違いなんてしたくないんだ」 「……ふう」 俺の言葉を最後まで聞いた後で、リブラが溜息を漏らす。 「だったら、あんなことしなければいいだけでしょう」 「そうなんだがな。思ってもみなかった事態に、 気が動転してしまっていたんだ」 「気が動転ですか……まあ、いいでしょう」 もしかして、許してもらえるのだろうか。 少しだけ期待に胸を弾ませながら、俺が頭を上げると。 「それはそれとして、イカとロープの どっちにしますか?」 「……え?」 さっきの二択を突き付けられた。 ああ、そうか。こいつ、許す気ないな……。 「どっちにしますか?」 「……イカでお願いします」 俺に許されたことは、その二択のうち どちらか一方を選ぶことだけで。 死か屈辱かの二択。俺は屈辱を選ぶのだった。 「うう……ぬるぬるする……」 「貴重な体験が出来ましたね」 「本当にな……」 俺以外にイカにガッチリと拘束されて運ばれるという 経験をした魔王が存在するだろうか。 いや、いない。いてたまるか。 「はやく、どこかで服を洗いたい……」 粘液と言うか、体液と言うか……。 イカの触手がもつぬるぬるとした液体が 服にこびりついて少々気持ちが悪い。 少し体を動かすたびに、ぬちゃりと湿り気の ある音が鳴って、耳に不快だ。 「もう少しで町に着くので、それまで辛抱してください」 「本当にそれだけが不幸中の幸いだよ……」 まさか、イカに拘束されるのがこんなにも 不快だとは思わなかった。 今日からはイカに絡みつかれている奴を見かけたら、 心の底から親切にしてやろうと密かに誓う。 「とりあえず、これからの予定を話し合おうか」 ぬるぬるとした不快感から少しでも気を逸らすべく、 リブラとの会話を続けることにする。 「この先の海沿いの町に着いた後は どうするつもりなんだ?」 「そこから城に戻るとすれば、 海路以外にないんだが……」 そうなると、またもや海に住む魔物に運んで もらわなければいけないわけで……。 うぅ、しまった。イカの触手の感触を 思い出してしまった。 「ひとまず、客船を用いて城に 近い町まで移動する予定です」 「そこからは、レヴィ・アンの力を借りる 予定になっています」 「そうか、だったら心配は要らないな」 海のことはレヴィ・アンに任せておけば 問題ないだろう。 きっと、滞りなく俺たちを城へと運んでくれるだろう。 「……うん? レヴィ・アンの力を借りる?」 「はい。つまり、海の魔物に運んでもらうと いうことになりますね」 「またかよっ!?」 必死に忘れようとしていた触手の感触を 再び思い出してしまう。 またしても、俺の純情はイカに弄ばれてしまうのか! 「まあ、流石にかわいそうなので イカは勘弁してあげましょう」 「そ、そうか。それは助かる」 「代わりにタコに運ばせます」 「白いか赤いかの違いしかないだろ!」 イカだろうとタコだろうと、おおむね一緒な気がする。 むしろ、スミを吐かれそうな気がして、 タコの方が悪い気すらする。 「その発言は問題ですよ」 「……え?」 「イカとタコでは足の数を始め、色々なものが違います」 「元とは言え、魔王であるあなたが魔物の生態に ついて無関心であるのは問題でしょう」 「そ、それは確かにそうかもしれないが」 何故、こいつはいつになく真面目なんだ。 イカとタコの違いが分からないことが、 何か琴線にでも触れたのだろうか。 「というわけで、魔王様はタコにぐにょんぐにょんな 目に遭わされてください」 「ぐにょんぐにょんなのか……」 「タクティクスな要素はありませんので、 毒になったりはしません。ご安心ください」 「お、おう。そうか、それは安心出来るな」 タクティクスな要素? 言っている意味がよく分からないが、深く ツッコミを入れないほうが多分いいだろう。 ここはさらりと流しておくに限る。 「とりあえず、町に急ごう。服も洗いたいし」 「ぬるぬるのまま浴びる潮風もおつなものですよ?」 「……勘弁してくれよ」 今日のリブラはあきらかに機嫌が悪いようだ。 まあ……仕方がないよな。 俺は肩を落としながら、町へと向けて歩を進めるのだった。 「フハハハハッ! 服が乾いたぞ!」 付着したぬるぬるを綺麗に洗い落とした服を 身にまとい、颯爽とポーズを決める。 さらりとした上質な手触り! 重さを感じさせない羽毛のごとき軽さ! 俺が身にまとうに値する、まさに究極の衣服! 「今ならば、何者にも負ける気がしないっ!」 服がぬるぬるしない。それだけで、世界がまるで 見違えったように鮮やかに感じられる。 胸の奥から溢れ出る圧倒的な自信と高揚。 まるで生まれ変わったような心地だ。 「まあ、そう長くもしないうちに タコに負けるわけですが」 「……ぬぐうっ!?」 折角の高揚していた気分が、リブラの一言に よって一気に冷めてしまう。 「分かっているんだから、わざわざ 言わなくてもいいだろ……」 「現実から逃避するのは、あまり感心出来ませんので」 やっぱり、冷たいというか辛辣というか。 今日のリブラはあまり刺激しないようにしておこう。 「ともあれ、服が乾くのを待っていたら もう、こんな時間になりましたね」 「出航時間はそろそろだったな」 「はい。日が沈む直前に出航して、朝には 魔王城そばの町に着く予定です」 「船の上で一泊することになるな」 「船に弱くないのが幸いでしたね」 「そうだな」 もしも、この場にヒスイがいたとしたら、 顔を青くしていただろう。 船に乗るだけでも一苦労なのに、夜を 過ごすともなれば地獄に違いない。 本当に、船に弱くなくて良かった。 「しかし、客船ということは、他に 乗客もいるんだよな」 「何も問題はないとは思うが、一応 目立たないようにしておかないとな」 元魔王が一緒に船に乗っている、なんて知られたら きっと船の中が混乱に包まれるだろう。 海の上というある種の密室の中で、無用な混乱を 引き起こすのは避けておきたい。 「その件でしたら、あまり気に することはないでしょうね」 俺の懸念に対して、リブラが軽い調子で首を横に振る。 「どうしてだ?」 「口で説明するよりは、自分の目で実際に 確かめる方が早いと思います」 「つまり、一目見ればお前が何故そう思ったのかは 明白になるということだな」 「はい。わたくしが心配しなくてもいいと 言った意味がすぐに分かるかと」 「ふーむ」 元魔王が船に乗っているのがバレても問題のない状況。 それが、一目見れば分かる、か……。 一体どういうことだろう。 「……まさか、またアスモドゥスやマユが いるとかじゃないだろうな?」 「あの二人ならば、今は手が離せない状況です」 「城のことをまとめたり、長期の有給休暇を取ったり」 「有給休暇!?」 城のことをまとめているのはアスモドゥスだろう。 だとすれば、休暇を取っているのはマユか。 「俺は休暇の許可をした覚えはないんだが……」 「城のことは任せっきりですからね」 「休暇を与える程度の許可であれば、 あなたに確認を取るまでもないでしょう」 「まあ、確かにな」 休暇を与えていいかどうか、一々俺に確認を 取ってこられても面倒ではある。 今は非常時というわけでもなければ、 人間と争っているわけでもない。 休暇を取るくらいで目くじらを立てる必要はないな。 「あいつらにも羽を伸ばさせるか」 「特に、アスモドゥスには休みを 与えてやらないとな」 「新婚さんですしね」 「にも関わらず、本当によく働いてくれたよ、あいつは」 俺が勇者パーティーに混ざって旅が出来たのも、 アスモドゥスが城のことを全て仕切ってくれたからだ。 まあ、その割には旅先でちょいちょい姿を 見かけた気もするが……それはいいとしよう。 「いつか……ゆっくりと暮らせる、 平和な時代が来るといいな」 魔物も人も、安心して暮らせる世界。 それが実現出来れば、どれほどいいだろうか。 「……そうですね」 俺の言葉にリブラが賛同するのだが……。 「いつか……そういう時が来ればいいですね」 何故か、その言葉はどこか重い響きが 込められていた。 「……っ」 どうかしたのか。そう問いかけようとして、 思わず息を飲んでしまったのは……。 リブラがどこか、物憂げな表情を 浮かべていたからだった。 「……さて、そろそろ時間ですね」 どうして、そんな顔をするのか。 その問いすらも向けることは俺には出来ず。 「そうだな……」 ただ頷くことしか、俺には出来なかった。 「静かだな……」 船上で迎える夜は、想像以上に静かなものだった。 穏やかな波が心地良い揺れを提供し、 頭上では星が無数に瞬く。 彩りを添えるのは密やかな波の音。 それ以外は何も聞こえない。 甲板の適当な位置に座り込んだまま、耳を澄ませる。 「本当に何も聞こえない」 そう、それ以外は何の音もしない。 何故ならば――。 「誰もいねえ……!」 甲板の上……いや、船の中の至る所を探しても、 俺たちの姿しかなかったからだ。 「どうですか、一目見れば全てが理解出来たでしょう?」 「ああ、十分に理解出来た。出来たさ……」 確かに誰もいなければ、俺の正体が知られたら どうしよう、なんて心配はする必要がない。 それが道理だ。理に適っている。 「だけど、船員までいないってのは どういうことだよ……」 船に乗った瞬間から、本当に誰の姿も見なかった。 誰の姿も見ないまま船は出航し、そして今に至る。 「その辺りは深く考えない方がいいかと」 「どうしてだよ……」 「それこそが、世界の矛盾の一つだからです」 「また、それか」 まあ、確かに矛盾している。 誰もいないのに船が動く。これ以上の 矛盾が存在するだろうか。 「この世界の船は、全部こうなのか?」 「おおむね、そうです」 「船員とは、決して人前に姿を 現さない存在なのです」 「そうか……アスモドゥスやマユみたいに 姿を見せる船員の方が珍しいんだな」 「ええ。かなりのレアケースですね」 まあ、そもそもあいつらは船員じゃないんだが。 俺の部下だし。魔族だし。 「俺たちの他には客もいないんだな」 「海の魔物たちが大人しくなったおかげで、ようやく 航行が出来るようになりましたからね」 「それまでは、こうやって船で行き来すること自体、 一般的ではありませんでした」 「その割には船を個人所有してた奴もいたよな」 ジャスティン号こと、いつも使っている船の 所持者がそうだったはずだ。 「まあ、あれはそういうイベントでしたからね」 「勇者に船を与える役割を持った人間だから、 船を所有していたということです」 「……よくわからんな」 「そういうものだ、と理解しておく程度で 問題はありません」 「そうしておこう」 深く考えたところで、答えが導けるとは思わない。 そういうものだ、と軽く受け止める 程度にしておこう。 「というわけで……この船の上では人目を 気にする必要はありません」 そう言いながら、リブラがそっと身を寄せてくる。 その手は、俺の服の裾を握り締めていた。 「……うん?」 どうして、俺の服を掴んでいるのだろうか。 リブラの行動の意図が理解出来ずに、 首を傾げてしまう。 「人目を気にする必要はない、と言っているでしょう」 顔を伏せながら、リブラがさらに 強く服の裾を握ってくる。 何故、同じ言葉を繰り返したんだ? 「いや、そうは言われても……何が言いたいのか、 よく分からないんだが」 「鈍い人ですね……本当に……」 呆れたような溜息がリブラの口からこぼれる。 「鈍い? 俺が?」 「ええ。鈍すぎです、本当に……」 「いいですか、よく考えてみてください」 「お、おう」 「人目を気にしなくていいということは、 何をしてもいいということです」 「そう、なるな……」 誰も見ていないのならば、何をしてもいい。 まあ、周囲に迷惑をかけなれば、だろうが。 「文字通り、何をしてもいいわけです」 「その……人前では出来ないようなことも、 出来るということです……」 「お、おう。そうだな」 「つまり……」 短く息を吸い込んでから、リブラが黙り込む。 やや間を置いてから、意を決したように俺を見上げて……。 「わたくしに、何をしてもいい……ということです」 そう言うやいなや、リブラは突然 俺の膝の上に腰を下ろしてきた。 「……え?」 一体何が起きたのか分からずに、戸惑ってしまう。 いや、リブラが俺の膝の上に乗ってきた。 ただ、それだけなのだが。 「責任を取ってください」 「……責任?」 リブラは平然とした顔でそう告げてくる。 いや……よく見れば、頬が少し赤いか? 「責任って……なんだよ?」 取らなければいけないような責任なんて、 俺には覚えがないが……。 「身に覚えはありませんか?」 「……え?」 「本当に、身に覚えはありませんか?」 「え? あ、えーっと……」 何かしただろうか? 「酷い人ですね。わたくしの魅惑的な肢体を あれほど貪っておきながら」 魅惑的な肢体……? いや、そこにツッコミを入れるのは後回しにしよう。 リブラの体を貪るようなこと、なんて……。 「……あ」 「思い出しましたか?」 「ああ。あれか、寝ていたお前を……」 「……はい」 俺が全てを言い終わる前に、リブラが小さく頷く。 本になって眠っているリブラを開いた時に起こった、 あの事故のことを言っているのか。 「あれ以来……体が落ち着かないのです……」 「あなたの手の感触が……その……情報として、 刻み込まれてしまいました」 「そ、そんなことがあるのか?」 「……あったから、困っているのです」 少し頬を膨らませるようにしながら、 リブラが顔を俯かせる。 「そのおかげで、朝から大変でした……」 ……あ。もしかして、リブラが時折機嫌が悪く見えたのは、 体が落ち着かなかったせいなのか? 「そ、そうだったのか」 「はい。ですので、責任を取ってください……」 「この……うずきが解消されない限り ……落ち着けません」 「そ、そうか……」 そんなことを言われて落ち着かないのは 俺も同じだった。 責任を取るということは、つまり リブラを抱くということで。 想像しただけで、胸の中が甘くざわつく。 「分かった。それじゃ、責任を取らせてもらう」 そんな大義名分があるのが嬉しいような、邪魔なような。 俺が否を唱えるはずなどなく、膝の上の リブラの体をそっと抱きしめた。 「その……もう、大丈夫か?」 「……はい、どうにか」 静かなままの甲板に二人並んで、腰を下ろす。 吹き抜ける潮風が、火照りの残る肌を心地良く冷ます。 穏やかな波の音が耳に優しく響く。 「そうか。なら、良かった……」 「その……今回のことは、わたくしの不調を 解消するために必要だった、ということで」 「どうか、そう割り切っておいてください」 言いにくそうに視線を逸らしながら、 リブラが言葉を紡ぐ。 「ん……? ああ、分かった」 リブラとの関係を続けるためにも、そうやって 割り切っておいた方がいいかもしれない。 今回だけの関係と互いに割り切った方が賢明だろう。 「お前がそう望むのなら、そうしよう」 「はい……ありがとうございます」 多少の名残惜しさのようなものが 胸にないといえば嘘になる。 不誠実な対応と問い詰められれば、 そうなのかもしれない。 「わたくしは……船室に戻っておきますね」 リブラは立ち上がると、会釈をしながら 俺に断りを入れてくる。 その視線は、俺と目を合わせないようにだろうか。 横へと逃がされていた。 「あ、ああ。俺はもう少しだけ、風に当たっておくぞ」 「体に障らない程度にしてくださいね」 「風邪を引いて、移されたらたまりませんから」 「分かってる。というか、お前は風邪を引くのか?」 「わたくしくらいの伝説的な存在とも なれば、風邪くらい引きます」 「伝説すぎるのも、意外に不便なんだな」 確かに、体自体は人間とほぼ同じようなものだしな。 体自体は――。 自分で考えてしまった言葉に、思わず 頬に熱が浮かんでしまう。 「それでは……」 「ああ。おやすみ」 船室へと引き上げて行くリブラの背を 見送ると、大きな溜息を吐き出す。 持て余しそうになってしまう、体を重ねたという記憶。 それをどう抱えていけばいいものか。俺は夜空を 見上げながら、もう一度大きな息を吐き出した。 「さて、そろそろ町に到着する頃合いですね」 「そうだな」 一夜明けた後のリブラの態度は、今までと まるで同じだった。 昨日のことを気にしていないのか、あるいは 気にしながらも割り切っているのか。 そのどちらが正しいのか、俺には判別が付かない。 「町に到着した後は……タコに運ばれるのか」 なので、俺も出来る限り考えないようにしておく。 それが正しい……のだと、思う。 「空の青さすらも、憎々しい……」 軽口を叩きながら、空を見上げる。 空はどこまでも高く、青く澄みきっていた。 眼下には深い青をたたえる海、 頭上には澄んだ青を誇る空。 「現実逃避おつ、です」 リブラが俺をからかうように口を開いた途端――。 「……ん?」 青く澄んだ空に、白い光が走る。 柔らかな布を思わせる白い光が、空と雲を 覆い隠すように広がっていく。 「これは……」 同じように空を見上げていたリブラの目が細まる。 まるで白い光を睨むような視線に、驚きを覚える。 こいつがこんな目をするなんて……。 「リブラ、一体何が起きている?」 「……見ていれば、分かります」 リブラの言葉に従って、空を見上げ続ける。 やがて、白い光の中に誰かの姿が浮かび上がる。 それは――。 「ご機嫌よう、皆さん」 光の女神、アーリ・ティア――。 「光の……女神……」 目を細めたまま、リブラが小さく呟きをこぼす。 「何が始まるんだ?」 俺の疑問に対する答えはすぐに導き出された。 空に映し出されたアーリ・ティアは微笑みを 浮かべながら口を開く。 世界の全てを包み込むような光の中……。 「これより、この世界を破滅させます」 女神の口から世界へと向けて告げられたのは、 そんな言葉だった。 「ご機嫌よう、皆さん」 その日、空一面に浮かび上がった光の女神の 幻影は、世界へと語りかけた。 「本日、魔王の封印より私は解放されました」 朝の爽やかな日差しの中、女神は穏やかに微笑む。 「魔王によって封じられ、どれほどの 月日が経過したでしょうか」 柔らかで優しい口調。 「勇者が魔王を打ち倒す時を、どれほど 待ち侘びたでしょうか」 慈愛に満ちた眼差し。 「久しぶりの光に満ちた世界――」 世界に生きとし生ける全ての者が、 空を……女神を見上げていた。 「闇の中より解き放たれたことに、 心よりの喜びを覚えます」 魔王である俺も――。 「ありがとうございます、勇者とその仲間たち」 勇者であるヒスイと、その仲間たちも――。 「あなたがたの活躍によって、この世界には 平和が訪れました」 そして、魔族……魔物にまでいたる 全ての者が、空を見上げていた。 「ですが……」 女神は穏やかな微笑みを浮かべたまま、言葉を続ける。 「この世界は、私が愛した世界ではありません」 これまでと何一つ変わらない穏やかな口調にて。 「私が作り、育んだ世界から、外れてしまいました」 世界を、見下ろす。 「世界を、本来のあるべき姿に戻すために――」 全ての者が、見上げる中。 「私が望んだ世界へと正すために――」 世界の全てを祝福するように、女神は微笑み。 「これより、この世界を破滅させます」 そう、宣告したのだった。 「み、皆さんっ!」 「ヒスイ……先生に、リブラもいるな」 「やっぱり、ここに集まったね」 「どうやら、そのようですね」 女神の宣告が終わってからしばらく後、俺たちは アワリティア城の外へと集まっていた。 冒険の最中、指針を求めるためにアワリティア城 へと戻る習慣が付いていたためか。 あるいは、光の女神ゆかりの女王エルエルならば、 何か分かるかもしれないと判断したのか。 「一体、何が起きているんだ……」 理由は各自それぞれあるだろう。 だが、特別連絡を取りあうでも、話し合うわけでもなく、 俺たちは自然とここに集まっていた。 「世界の破滅、とか言っていたが…… 私の気のせいではないよな?」 「……はい。わたしもしっかり聞きました」 「なんで、急にあんな話が出てくるんだ……」 女神が自分でも口にしたように、 世界に平和が訪れたはずだ。 それなのに、どうして世界を破滅させなければならない。 女神が望んだ世界とは、一体なんだ……? 「リブラ、お前何か知らないか?」 「……いいえ。推測であれば可能ですが、 確証をもってお答えは出来ません」 ゆっくりと、リブラが首を横に振る。 こいつが、分からないと言うことも。 自信がないと口にすることも珍しい。 予想外の出来事が起きている、ということか? 「今は、額面通りに受け取るしかないでしょう」 「つまり?」 「光の女神は、この世界を破滅させようとしています」 リブラが、改めてそう断言する。 最後に女神が宣言した、その言葉――。 「そ、そんな……」 「どうして、そんなことを……」 「おそらく、全ては彼女が口にしたままでしょう」 女神が作り、育んだ世界から外れてしまったから。 何故、そんなことになったのか。どうして、 女神がそう思ったのか。 その理由は、誰にも分からない。 「全ては額面通りに受け取るより他にない、か」 「女神は自分の意思によって世界を破滅させようと している……それは確かだな」 「はい。彼女の言葉に嘘や偽りはないでしょう」 「彼女には、そのような必要もありませんから」 「この世界には……女神に匹敵出来るような 存在はいないから、な」 先代魔王――親父殿であっても、 封印するしか出来なかった相手。 魔王としての力を失った俺では、 それすらも敵わないだろう。 「私には……分からない」 「何故、女神様が世界を破滅させる必要があるんだ」 「平和な世界が……女神様の望みだったはず、なのに」 女神によって選ばれ、女神を救うために 旅立った勇者とその仲間たち。 それだけに、女神の宣告は衝撃的だろう。 二人が酷く狼狽するのも当然だ。 「ん……」 そういえば、さっきからクリスがやけに静かだ。 こいつがずっと黙って考え込む姿というのも、 あまり記憶にはない。 「さっきから、何を考えている?」 「ん……? うん……特に、何か 考えているわけじゃなくて、ね」 「何も考えられない、って方……かな」 「……そうか」 勇者の仲間であると同時に、クリスは 女神を信奉する神官でもある。 何も考えられなくなるくらい混乱するのも当然か。 「気になることはたくさんあるけど…… みんな、ここに来た目的は同じ、だよね?」 クリスが、視線で城の方を示す。 「はい。女王エルエルは光の女神より 神託を受けていました」 「女王様なら、もしかして何かを 知っているかもしれない……」 全員の視線が、城へと集まる。 太陽の光を受けて白く輝くような外壁を見上げる。 「行きましょう。皆さん」 全員を見渡しながら、ヒスイがしっかりと頷く。 「女王様にお会いする。まずは、そこから始めましょう」 こういう時、リーダーシップを発揮して、 これからの指針を打ち出す。 それでこそ勇者だ。 「でも、その前に、ちゃんと服を着替えておかないと」 ……え? 「あ、そうですね。まずは、着替えましょう」 ……は? 「その格好だと、何かまずいのか?」 別に服装なんか、どうでもいいと思うのだが。 「何を言っているんだ、魔法使い。こんな格好で 女王様に会うなんて失礼だろう」 「……え?」 「ジェイくんは、冒険の時と同じ服装 だからいいかもしれないけどね」 「女の子は色々とあるんだよ」 「そ、そうなのか……?」 「はい。せめて、ちゃんと正装くらいは しないといけません」 「せ、正装……?」 よく分からないが、冒険の時のあの服装がちゃんとした 正装で、今の格好は私服に当たる……のか? そんなに差があるとは思えないのだが……。 「まあ、その辺りは男性には 理解出来ない感覚でしょうね」 「お前は分かるっていうのかよ?」 「ええ。まあ、それなりに」 「……うさんくさい返事だな」 「いつも似たような服ばかり着ている人よりは、 分かっているつもりです」 「お前だって、ずっと似たような服だろうが!?」 「わたくしは、この格好で固定化されていますので」 くっ……そう言われたら、何も 言い返したりなんて出来ない。 「……あれ? でも、お前、海では水着を着てたよな?」 「さて、皆さん。ぱっぱと着替えて、行きましょう」 露骨に誤魔化しやがった!? 「そうですね。それじゃ……」 「えいっ」 ……あ、あれ? 一瞬で服装が変わったように見えたが ……気のせい、か? 「私も……」 「これでよし、と」 「みんな……」 「準備出来たみたいだね」 えええええええっ!? な、なんで、一瞬で着替え終わっているんだ!? クリスにいたっては、話している途中で 服が変わったぞ!? 「ちょ、お前ら……い、今、どうやって 着替えたんだ……?」 「あ、装備を変更したんです」 「そ、装備の変更……?」 「着替えると言っても、防具を変えるだけだからな」 「それくらいなら、簡単に出来るよ」 そ、そうなの……か……? 「あなたも、魔王として戦う時に 一瞬で着替えていたでしょう?」 「ほら、先代様の装備に」 「あー……」 言われてみれば、そうだった。 確かに、魔王としてヒスイたちと戦う直前、リブラに 親父殿の装備の封印を解除させて……。 あの時、一瞬で装備を終えていた。 「あ、装備を変更するってああいうことなのか」 「そういうことなのです」 なるほど、あれと同じことか。 自分が一度体験していることだけに、分かりやすい。 納得も理解も出来る。 まあ……俺がかなりカッコつけてやっていたことを、 こいつらはあっさりとやってのけてるのが、こう……。 若干、微妙な気持ちにはなるが。 「それでは、女王様にお会いしましょう」 っと、今は余計なことを考えている場合ではない。 女神の真意がどこにあるのか。それを探るための 取っかかりとして、女王に会わなければ。 よし、ここからは真面目にいこう。 「ああ。そうだな」 気を引き締めていこう。 静かに決意を込めながら、俺たちは 城の中へと向かうのだった。 「勇者……それに、その仲間たち」 「こ、これは一体……何事なのでしょう……」 謁見の間に通された俺たちの前に現れた女王は、 明らかに憔悴していた。 これまで、ヒスイたちに神託を告げていた時のような、 毅然とした様子は面影もなかった。 何が起こっているのか、把握出来ていないのは女王も 同じことなのだと、容易に理解することが出来た。 「女王様……」 女王の憔悴を目の当たりにして、ヒスイが言葉に 迷うように、胸の前で手を握り締める。 「女王様も、何が起こっているのか 分からない……のですか?」 「……はい。分かりません」 ヒスイの言葉に、女王が小さく頷く。 その素振りが、どこか幼く見える。 「女神様が何をお考えなのか……そして、どうして あのようなことを仰られたのか……」 「何も……分かりません」 途切れ途切れになりながらも、懸命に言葉を 紡いでいた女王の顔に、不安の色が過る。 俯いてしまいそうになるのをどうにか堪えている。 そんな感じがした。 「神託は受けていないのですか?」 「はい……そのようなものは、何も……」 「女神様が復活なさる際には、神託が告げられると ばかり思っていたのですが……」 だが、実際には神託は与えられなかった。 誰に何も告げることなく、女神は世界を 破滅させることを決意した。 あまりにも一方的すぎる決断。 「あなたは……何も聞いてはいないのですか? 神官クリスよ」 女王がすがるように、クリスに尋ねかける。 だが、クリスの返答は緩やかに首を横に振ることで。 「何も聞いていません。多分、他の神官たちも 何も知らないでしょう」 「みんな、混乱していましたから」 「……そうですか」 緩やかに息を零す女王の視線が 次に移ったのは……俺だった。 「魔王……あなたは……?」 「残念だが、分かるはずもない。 俺も、ここにいる連中と同じだ」 「そう……ですね」 先ほどよりも長く、女王が息を漏らす。 落胆というよりも、戸惑いの色の方が遥かに濃い。 結局、何が起きているのか分からないのは、 誰もが同じということは分かった。 それだけしか、分からなかった。 「女神様のお心は……女神様にしか分からない」 「我々では、計り知ることすら出来ないのですね……」 女王が何を胸に抱えているのかまでは、分からない。 おそらく無力感のようなものだと思うのだが、 あくまで俺の想像でしかない。 「私たちは、どうすればいいんだ……」 その場の面々の迷いを一身に背負ったかのように、 カレンが呟きを零す。 どうすればいいのか。それに 答えを出せる者は、誰も……。 「女神様に聞いてみましょう」 ヒスイが、場を包みそうになっていた 沈黙を打ち破る。 「女神様、に……?」 「ふむ……」 「何の理由もなく、女神様があのような 決断を下されるとは思えません」 「この世界の何が外れていて、何が違っているのか。 女神様にはそれが分かっているはずです」 「……そうだね」 行動によって世界に影響を与え、変化させていく。 それが勇者の在り方。 それと同様であるかのように、ヒスイの言葉が 場を切り開いて行く。 「原因があるのだとすれば、それをどうにか出来れば、 世界を破滅させる必要はなくなると思います」 「ですが、原因の排除が不可能である……」 「そう判断したからこそ、世界を破滅させるという 選択に繋がるのではないでしょうか?」 ヒスイの流れに対抗するように、リブラが言葉を紡ぐ。 「あ……それは、確かにそうですね」 「でも、そうだとしたら、わたしたちに出来ることは 何もないってことになりますね」 「はい。そうなります」 「だったら、やっぱり女神様に聞いてみましょう」 「無駄だと分かっていても、ですか?」 「出来ることがないからといって、それが 何もしない理由にはなりませんから」 胸の前で手を合わせながら、にっこりと ヒスイが笑いかける。 「女神様のお心は女神様にしか分からない」 「だったら、わたしたちに出来ることは、 女神様に聞いてみることです」 「まあ……この場では、可能性を探ることしか 出来ないのが事実だということは認めます」 リブラは、あっさりとヒスイの主張を受け入れる。 自らの流れではないと判断したのか、 あるいはヒスイの考えに賛同したのか。 そのどちらでもないかもしれない、が。 「ジェイさんはどう思われますか?」 不意に、ヒスイが俺に意見を求めてくる。 ああ……俺は頼りにされているのだな、と 場違いな感想が頭を過ぎる。 「何もしないままでは、何も変わらないのは事実だ」 動かなければ何も変わらないという考えには、同意出来る。 俺もそう考えて、ヒスイたちの邪魔を しようと動いていたからだ。 まあ……もっとも、成果の方は芳しくはなかったわけだが。 「女神を止めるにせよ、思い直させるにせよ、 接触しなければ何も始まらないだろう」 「というわけで、何はともあれ女神に接触する。 それ以外の選択肢はないだろう」 肩を竦めながら、言葉を終える。 結局のところ、俺たちが取るべき道は一つしかない。 女神と接触する。それだけだ。 「そうだな。考えても答えが出ないなら、動くしかない。 分からないことは尋ねてみるしかない」 「うん。分かりやすくて、いいな」 考えることが苦手だとはっきりと断言するカレンに とっては、シンプルな方がいいだろう。 とりあえず動く。これ以上に、カレン好みの 答えはないだろう。 「先生もそれでいいと思うよ。 それしかないのも、本当だしね」 うん、とクリスが小さく頷く。 神官であるこいつにとって、女神が何を 思っているのかは気になるところだろう。 「世界を破滅させる、と全ての者に 向かって断言するような相手です」 「接触に向かって、ただで済むとは思えません」 「分かっている。危険は承知だ」 「……でしたら、せめて安全な場所を確保するくらいは しておいた方がいいでしょうね」 そう言うと、リブラはふらりと歩き出す。 「どこに行く気だ?」 「あなたがすぐに指示を出せるように、 アスモドゥス様に連絡を取っておきます」 「すみませんが、わたくしは一足先に失礼します」 「そうか……頼んだ」 「はい。それでは」 ぺこり、とその場の全員に頭を下げて、 リブラが外へと出ていく。 その姿を見送ってから、女王エルエルが ゆっくりと口を開く。 「あなた方の考えは分かりました。本来であれば、 私が出向くべきでしょうが……」 「わたしたちに、お任せ下さい!」 ぽん、と自分の胸を叩きながら、ヒスイが力強く頷く。 「お任せしました、勇者たちよ。女神様のお心を、 どうか確かめてきてください」 「女神様がいらっしゃるとすれば、神殿でしょう。 そちらを目指すのです」 「はい、分かりました」 「む。そうなると、先生は入れ違いになったわけか?」 「そうかもしれないね」 神官と女神が入れ違いになると いうのも、少しおかしな話だな。 「それでは、勇者たちよ。気を付けて行くのですよ」 「はいっ、女王様っ!」 女王との謁見の結果、俺たちは 神殿へと向かうことになった。 目的は女神と接触をするため。 果たして、鬼が出るか蛇が出るか……。 「お待ちしておりました、魔王様」 「とか言いながら、今さっき来たばかりですけどねー」 城の外に出た俺たちを待っていたのは、 アスモドゥスとマユの二人だった。 「早速、連絡をしておきました」 「ご苦労」 リブラに一声かけてから、アスモドゥスへと歩み寄る。 近付く俺に向けて、アスモドゥスが恭しく頭を垂れる。 「既に四天王は城へと呼び寄せてあります」 「流石に仕事が早いな、アスモドゥス」 「有事において、誰よりも早く動く。それが わたくしめの仕事ですので」 「マユマユの仕事でもあります」 「お前もご苦労だったな、マユ」 「いえいえー。ボーナスの方を弾んでいただければ、 それで結構ですので」 こいつは、余計な言葉をもう少し減らせば、 素直に褒められるんだがなあ……。 まあ、今更言っても始まらないか。 きっと直らないだろうし。 「ご指示の方をお願いいたします、魔王様」 「俺はこれより、女神と接触するために、 神殿へと赴く」 「なんと! 魔王様、自らでございますかっ!?」 驚きに声を跳ね上げながら、アスモドゥスが 下げていた顔を持ち上げる。 仮面の下の目は、じっと俺を注視しているだろう。 「ああ。女神が何を考えているのか、 確かめなければいけないからな」 「それには、俺が直接出向くのが一番だ」 「しかしながら、相手はあの光の女神。先代様も 手を焼いた仇敵にございます」 「なにとぞ、お気を付け下さいますように」 「ああ。俺が一人で出向くわけでもない、 こいつらも一緒だ」 親指でヒスイたちを指し示す。 アスモドゥスは、ゆっくりとヒスイたちを見回し。 「なるほど。この者たちであれば、不足はないでしょう」 「皆様、なにとぞ魔王様のことを よろしくお頼み申し上げます」 深々と頭を下げるアスモドゥスへと、一同が頷きを返す。 それに安堵したように、アスモドゥスの 視線は再び俺へと戻り。 「わたくしめは、城にて魔王様の ご帰還をお待ちしております」 「ああ。有事に備え、近隣の魔物たちを 取りまとめることも忘れるな」 「承知いたしました。それでは、わたくしめはこれにて」 最後に一度、アスモドゥスは恭しく俺へと頭を下げて。 「それでは、マユ」 「はいはーい。真面目な話にちょうど 退屈しはじめてた頃でした」 相変わらず、緊張感に欠けたやつだな、こいつは。 まあ、マユはそれくらいでちょうどいいのかもしれないな。 「それでは、城で留守番しておきますねー。ではでは」 影の中から浮かび上がった竜のシルエットが、 マユとアスモドゥスの姿を包み込み――。 二人の姿が消失する。 「お前は、俺と一緒に行くのか?」 「はい。お目付け役は必要でしょうから」 「別に悪さをするつもりはないんだがな」 リブラの言葉に肩を竦めながら、三人へと振り返る。 「すまない、待たせたな」 「すごーい。ジェイくん、魔王っぽーい」 とんでもない第一声が返ってきた。 「いや、っぽいっていうか、魔王なんだけどな!」 「お前……真面目に命令を出したり出来たんだな……」 「なんで、意外そうな顔するんだよ!?」 こいつはこいつで、信じられないものを 見たかのような顔をしているし。 「カッコよかったですよ、ジェイさん!」 「ありがとう……」 なんだ、俺の味方はヒスイだけか? まあ、こいつ勇者なんだけどな! 今となっては、もう関係ないか。 「魔王ゴッコにお付き合いいただき、 ありがとうございました」 「ごっこじゃないって、お前が一番よく知ってるよな!」 「……え?」 「だから、不思議そうな顔をするな!!」 なんだ、こいつら……どんな状況であっても、俺に ツッコミを入れさせないと気が済まないのか? 「さて、景気付けはこのくらいでいいかな」 「ん。出発前に、ちょうどいい感じだな」 「俺をなんだと思ってるんだよ!?」 「ツッコミ役だろ?」 「ツッコミ役だよね?」 「頼れる仲間です」 「ありがとう……本当にありがとう……ヒスイ」 いかん。本気で泣きそうだ。 こんなことで泣いて、どうする。 「こほん。さて、それでは皆さん。ここから先、 何が起きるのか分かりません」 全員の顔を見渡しながら、ヒスイが口を開く。 「女神様が何をお考えかも分かりません。 だから、それを知るために……」 「行きましょう」 ヒスイの真面目な声色に、全員が頷きを返す。 いつでも、どんな時でも。俺たちは、ヒスイの 号令を合図に一歩を踏み出してきた。 「それでは、出発です!」 だから今も、ヒスイの声を合図に。 世界を破滅させると言い切った女神と対面するために。 俺たちは、一歩を踏み出した。 「……おかしい」 アワリティア城を出て、城下町を通り抜ける最中、 俺は違和感を覚えていた。 「ジェイさん、どうかしました?」 「いや……何か、妙な感じがするんだ」 違和感の出所を確かめたくて足を止める俺を、 全員が振り返る。 「妙な感じ?」 「んー、なんだろ?」 「上手くは言えないんだが……」 見渡す限り、街並みに何か変わっているような 部分は感じられない。 まるで、何事もなかったかのように、 いつも通りの佇まいを見せている。 「……あ」 まるで、何事もなかったかのように、 いつも通りの佇まい――。 それは、ベルフェゴル相手に全滅したヒスイたちに 対する女王エルエルの態度にも感じたことだ。 あまりにも、いつも通りすぎる。 もっと言うならば――。 「静かすぎやしないか……?」 「……なるほど。確かに」 納得したように頷きながら、リブラが辺りを見回す。 「言われてみれば、そうかも……」 「本当ですね。いつもなら、もっと賑やかなんですけど」 「確かにそうだが……それがどうかしたのか?」 同様に町を見渡す一同の中、カレンだけが きょとんとした顔をしていた。 「女神の破滅宣告を聞いた時、お前はどう思った?」 「そりゃ、とても慌てたさ」 「だよな。とてもじゃないが、落ち着いて なんていられなかっただろ」 「ああ。動じるなと言う方が無理だろ」 「それと同じってことだよ」 「わたしたちや女王様と同じように、女神様のお話を 聞いた人たちは、みんな慌てると思います」 カレンに対する説明に、クリスと ヒスイが補足を挟んでくる。 「ああ……なるほど」 それでようやくピンときたのだろう、 カレンは大きく頷いて。 「どういうことだ?」 「なんで、今の流れで分からないんだよっ!!」 お前、なるほどって頷いたじゃねえかよ! 「本来であれば、町中がパニックになっていても おかしくないはずです」 「それなのに、辺りにはそんな兆候は見られない」 「そうか。みんなは、それをおかしいと 言っていたのだな」 大きな頷きをカレンが繰り返す。 今度こそ、ようやく納得した……と思う。 「私は、どうして誰も道を歩いていないのだろう、 としか思わなかったぞ」 「誰も、道を……?」 カレンに言われて、改めて周囲を見渡す。 言われてみれば、確かにそうだ。 「あ、そういえば……あの家の前にいつも 立っているはずのおじさんがいません」 ヒスイの指先が、近くの家を指し示す。 次いで、井戸の方へと指先が向き。 「毎日、あの井戸の周りをぐるぐる回っている 子どもたちもいませんし……」 「何か、おかしいです」 「俺としては、その子どもの行動が おかしい気がするんだが」 毎日井戸の周りをぐるぐる回る意味が分からない。 遊ぶにしたって、もっと他の遊びもあるだろうに。 「元気な子どもたちですよ」 「……そうか」 うん。まあ、それはいいとして。 「んー……」 気付けば、またクリスが黙り込んでいた。 アワリティア城の前に集まった時から、たびたび 考え込むような素振りを見せているな……。 「何か気になることでもあるのか?」 「ん……? うん、少し……」 やはり、この中では女神の宣告に対しての ショックが一番大きかったのだろう。 いつものクリスらしさが、かなり薄い。 「町の中を確かめた方がいいかもね。手分けしない?」 「そうですね。どうして、静かなのか気になりますし」 「手分けして、見てみるか」 「ああ、ちょっと待て」 クリスの提案通り、町の中を調べるのはやぶさかではない。 明らかに、町の静けさは異様だ。 「何が起こっているのか分からない以上、 分かれるのは危険だ」 「町中とはいえ、油断は出来ない。全員で一緒に行こう」 ここは慎重に動くべきだ。 それが分からないクリスでもないと思うのだが ……よっぽど動揺しているようだな。 「む、なるほど。一理あるな」 「妥当な提案ですね」 「では、皆さんで一緒に行動しましょう」 「先生もそれでいいですか?」 「……うん、そうだね。そっちの方がいいかも」 曖昧に頷くクリスからは、いつもの快活さが感じられない。 「心配するな。なんとかなる」 ポン、と俺に肩を叩かれたクリスは、 戸惑うように俺を見上げて。 「……ありがとう」 少し困ったような顔で、そう笑った。 「誰も……見つかりませんね」 軽く町の中を一回りしてみて、 静けさの原因が判明する。 町中から綺麗に人影が消えてしまっていた。 「店の商品などはそのままだが……」 「人だけがいなくなっている、か」 建物などの変化は一切見当たらない。 店の商品はそのままだし、出来たばかりの料理が テーブルに並べられている家もあった。 ただ、町のどこにも人の気配がしない。 町の中から、人が消え去ってしまっている。 「このタイミングでの消失……何かが 行われたと考えるべきでしょうね」 「何か……って?」 「それは、分かりません」 「女神様が、町の人たちを消したと言うのか?」 「その可能性は高いと思います。他に、これだけの ことが可能な者はこの世界にはいないでしょう」 「それは……そうだが」 こんなことをして、どうなるのか。 そこが理解出来ない。 おそらく、これが世界の破滅の 第一段階なのだろうとは思うが……。 「……ん」 沈黙を守るクリスの様子を横目で見る。 今、こいつにどんな言葉をかければいいのか、 それを迷っているのは俺だけではないだろう。 「……ふむ」 そして、時々黙り込むのはリブラも同じだった。 迷うように沈黙するクリスと、状況を 把握するために考え込むリブラ。 時折、奇妙な沈黙が一同の間に生まれていた。 「やっぱり、女神様に直接お尋ね するより他にありませんね」 そんな時、沈黙を破るのは、決まって ヒスイの声だった。 「そうだな。それ以外に、答えは出ないだろう」 現在、何が行われているのか。 町の人々はどうなったのか。 世界をどうやって破滅させるのか。 「……行くか」 皆が抱える疑問はおそらく同じだろう。 そして、その全ての答えを握るのは…… 光の女神アーリ・ティア以外にはいない。 人の姿が消えた町中を探索して、俺たちが得ることが 出来た答えは、結局――。 「女神様に会う……か」 それ、だった。 「……うん。そうだね」 緩やかに息を吐き出しながら、 クリスが頷きを繰り返す。 ようやく決心が付いたかのように、一同を見渡して。 「他に道はない、よね」 静かに、呟きを零した。 「はい。それでは、改めまして 神殿へと向かいましょう」 「出発です」 普段よりも真面目な声色にて、ヒスイが 全員へと号令をかける。 そんな中――。 「……ん」 リブラの視線が、クリスへとじっと 注がれているような気がした。 「町の外は、何か変わっているようには見えませんね」 「ああ。見覚えのある風景だ」 町の外へと出た俺たちを待っていたのは、 変わり映えのしない風景だった。 町中で異変が起きていたように、外でも何か 起こっているのかと警戒していたのだが……。 少なくとも、見て分かるような異変は 起きていないようだ。 「とはいえ、油断は禁物だよ」 神殿へ向かう決心が付いてから、クリスは 黙り込むことがなくなっていた。 ようやく、いつも通りの振る舞いを見せ始めている。 「そうだな。何かが起こっているのは確かだしな」 クリスが内心で割り切れているかどうかは分からない。 今も迷っているのかもしれないが……。 少なくとも、前に進む気にはなれているようだ。 「……ん? あれは……」 何かに気付いたようにリブラが呟きを零す。 「何かありました?」 「はい。あれを」 リブラが指を向けた方へと全員の視線が集まる。 そこには、数匹の魔物が列をなして、こちらへと 向かって進んで来ていた。 「魔物たちは消えていないようだな」 「みたいだね。でも、この辺りに、 あんな魔物っていたかな?」 「この周辺には生息していない魔物ですね」 「アスモドゥスの指示を受けて、動いているのだろう」 情報が少しでも欲しいところに、魔物たちと 出くわせたのはちょうど良かった。 こいつらに話を聞くとするか。 「ご苦労、お前たち。この近辺で、 おかしなことは起きていないか?」 近寄ってきた魔物たちへと声をかける。 だが、魔物たちからの返答はなかった。 「どうした……? 俺の声が聞こえなかったのか?」 再度尋ねる俺の声にも、返答はなく。 その代わり――。 「魔法使い、危ないっ!!」 カレンが俺の襟首を掴み、思いっきり引っ張る。 その勢いで後方へと後ずさった俺の眼前を、 魔物の攻撃がかすめる。 俺を……攻撃してきた!? 「ジェイさん! 大丈夫ですか!」 「あ、ああ、なんとか。助かった、カレン」 「礼はいい。こいつら……何かおかしいぞ」 「うん。まるで、ジェイくんの声が聞こえてないみたい」 魔物たちは声も発さずに、どこか うつろな目を俺たちへと向けてくる。 「お前ら……俺を魔王と知ってのことか!」 俺の声に対しての反応はない。 一声も発さないまま、ゆっくりと 攻撃の構えを取って――。 「き、来ますっ!」 俺たちに戦闘を仕掛けてきた。 「解析完了。どうやら、正気を失っている様子です」 「倒すより他にないでしょうね」 「どうして、魔物たちが正気を失っているんだ」 「そこは不明です」 「今は、この場を切り抜けることを 考えた方が良さそうですね」 「皆さん、思いっきりいきましょう!」 ……うん? おかしいな。 いつもなら、この辺りで作戦が変更された、とかいう 文字が見えるのだが、今は何も見えない。 そういえば、魔物が現れた、という部分もなかった。 もしかして、これも世界の破滅が 関係しているのだろうか……? 「見えない、か……」 案外なくなってみると寂しいものだな。 「魔法使い、どうかしたか?」 「……いや、なんでもない」 今は別れを惜しんでいる場合ではない。 消えてしまったあの文字のために、一歩でも前に進もう。 「ヒスイ、回復アイテムのストックはあるだろうな?」 「はいっ! いつもどおり、万全です!」 そうか。ならば、回復の心配は必要ないな。 「お前たちに恨みはないが……少し、 大人しくなってもらおう」 さて、初手はどう動く? 「“深淵なる臨界点” ダークネス・バースト!」 詠唱と共に解き放った闇の魔力が爆ぜて、 魔物たちを薙ぎ払う。 くそっ、今までは文字でどのくらい効いているのかが 分かったのだが……。 例の文字が見えなくなった今は、判断を付けにくい。 「“枷となりし幻” シャドウ・アーム!」 俺が放った魔力が影を縛り上げる。 効果時間は一瞬。だが、確実に 魔物たちの動きを止める。 「今だっ!」 「一気に行きましょう!」 「ああ。余計な時間をかけている暇はないからな!」 「先生もいくよ」 俺の呪文に続いて、ヒスイたちの攻撃が 連続して叩き込まれる。 正気を失った魔物たちは、攻撃に 対しての反応すら示していない。 「正気を失くす、という言葉だけでは 説明が付きませんね」 「ああ……ここまで無反応だとはな。 不気味さすら覚える」 魔物たちは、そのまま機械的に反撃に打って出る。 「たぁっ! 遅いですっ!」 「強さ自体は変わっていないのか?」 魔物たちの散発的な攻撃を、 ヒスイとカレンが容易に凌ぐ。 「どうやら、そのようですね。 であれば、敵ではありませんね」 「先生も楽できそうかな。これだと」 ただでさえ、ヒスイたちは並の魔物では太刀打ちが 出来ないくらいに成長している。 この程度の数の魔物を圧倒するくらい、簡単だ。 次の一撃で、まとめて仕留めることも可能だろう。 「これで決めるぞ!」 「はい。終わらせましょう!」 二人同時の斬撃が、魔物たちをまとめて切り裂く。 一声も発さぬまま、攻撃をまともに 受けた魔物たちの体が傾き――。 その場に、倒れ伏した。 「リブラ、過去に魔物たちがそろって正気を 失うようなことはあったか?」 「いいえ、そのような事例が発生したことはありません」 俺の問いかけに、リブラがゆっくりと首を横に振る。 「今まで、こんなことはなかったんですね」 「それが今、起こっている……か」 今までになかった異変がこのタイミングで起こる。 消えた町の人々、正気を失った魔物たち。 これが、女神の宣告と無関係とは思えない。 女神は、何を行うつもりなのだろうか……。 「先を急ぐしかないのは確かだな」 「異変が起きているのが、この近辺だけとは 限りませんからね」 「……そうだな」 誰もが、起きている事態に戸惑いを隠せない。 だが、それでも進むより他にない。 「進みましょう」 瞳に強い決意を込めて、ヒスイが頷く。 「ああ、そうだな……」 俺が言葉を返した瞬間――。 「た、たたた、た、大変です。大変ですよっ!!」 「おおうっ!?」 俺の背後から、叫び声が唐突に響く。 いきなりの出来事に、びくりと身を竦ませてしまう。 「大変ですよ、ジェイジェイ! ピンチが危ないです!」 「ああ、違う。そうじゃなくって、 危ないがピンチなんです!」 「ええいっ! 落ち着けっ!?」 けたたましい声に耳を押さえながら振り返ると、声の主 であるマユが慌てふためいた様子で飛び跳ねていた。 こいつが、こんなに慌てるとは……何事だ? 「どうかしましたか? マユマユ」 「そ、それが大変なんですよ。あわわわわわっ!」 「大変なのは分かったから、落ち着け」 マユはさっきから狼狽するばかりで、 話がまったく進まない。 こいつが慌ててやって来たということは……。 「城の方で何かが起こったのか?」 「そ、その通りです!」 「魔物たちが正気を失って一斉に暴れはじめましたっ!」 「魔物たちが……」 「この辺りだけじゃなかったんだね」 マユの言葉に、一斉に顔を見合わせる。 やはり、異変が起きているのは、 この辺りだけではなかったか。 「俺たちも、たった今、魔物たちに襲われたところだ」 「こ、こっちでも……魔物たちが……?」 「それで、城はどのような状況ですか?」 「それが、もう、しっちゃかめっちゃかの てんやわんやですよ!」 「城の中は収まったんですけど、外を大量の魔物たちが 囲んでいる状態です!」 「そんなことに……」 ヒスイが驚いたような顔で俺を見てくる。 驚きを隠せないのは、俺も同じだった。 魔物たちが城を取り囲んでいる、だと……? 「今、私たちが戦った魔物は 正気を失っていた……よな?」 「ああ。だが、魔王城の周りの魔物たちは違う……」 「城を取り囲む、だと……?」 それは明らかに意図をもった集団行動である。 正気を失っている魔物たちが、 そこまでするだろうか……? 「明らかに糸が引かれていますね」 「も、もしかして……」 女神が裏で操っている……? 「……どうして、俺の城を狙う?」 だとすれば、隠された意図はなんだ。 何を目的として動いている……? 「ともあれですね! かなりの数の魔物が 城を囲んでいるんです!」 「それはもう、かーなーりーの!」 とりあえず、城が危機的状況にあることは分かった。 ここまで強調するということは、とんでもない数の 魔物たちということなのだろう。 「城にいるのは、アスモドゥスだけか?」 「四天王が全員そろっています。とはいえ、 かーなーりーの数の魔物たちです」 「一匹の強さは、四天王やアスモドゥス様には 及びませんけど……」 「数で仕掛けられれば、か」 「そういうことです」 質で大きく劣っていても、量でもって押し切る、か。 「取り囲んでいる魔物たちが、一斉に攻撃を仕掛けて くるようなことでもあったら……」 「城がいつまで持つか……正直言って、分かりません」 「……そうか」 人がいない隙を狙って……好き勝手やってくれる。 「ジェイさん……どうしますか?」 ヒスイの問いかけの意味はすぐに理解出来た。 このまま、女神に会いに行くか。 それとも、城へと戻るのか。 俺が好きな方を選べ、ということだろう。 「俺は……」 「わたくしは城へと戻ることを提案します」 俺が答えるより早く、リブラが口を開く。 「リブラ、お前……」 「城を落とすことが、女神の目的であることに 疑う余地はありません」 「であれば、なんとしてもそれを防ぐ必要があります」 「……ああ」 女神の標的が俺の城であることは、 火を見るよりも明らかだ。 世界を破滅させるために、俺の城を 狙う理由までは分からない。 だが、狙われている以上、死守しなければいけない。 「皆さんは、女神と直接相対するという方針に、 変わりはありませんか?」 「はい。ますます、女神様にお尋ねする 必要が出てきました」 「何を考えているのか……確かめないとな」 「うん。先生も女神様に会わないといけないしね」 「というわけです」 「三人に任せておけ、ということか?」 「はい。それが適材適所かと」 ここでヒスイたちに任せて、俺は 帰るべきなのだろうか……? 全ての元凶と化している女神との接触を任せて、 俺は城を守りに行っていいのか……? 「……俺は戻らない」 「魔王様……」 「リブラ、城の防衛はお前に任せる」 アスモドゥスや四天王の能力は、俺よりも リブラの方が把握出来ているだろう。 防衛戦という状況では、こいつに記された情報が 活きる場面も多いかもしれない。 「俺はこのまま、神殿へと向かう」 俺は残り、リブラが戻る。 戦力の分散を最小限にとどめるためには、 その形が一番いいかもしれない。 「その決断は覆りませんか?」 「ああ。変わらない」 「……分かりました」 それ以上、食い下がることもなく リブラは目を閉じて小さく頷く。 「城はわたくしに任せて下さい」 「それでは、マユ。行きましょう」 「リブランが来てくれたら、百人力です!」 これでいい。この選択が正しいはずだ。 「それじゃあ、ジェイジェイ。どうか、気を付けて」 「ああ」 そっちこそな、と声をかけるよりも早く、マユとリブラの 姿が足元の影の中へと飲み込まれて、消える。 「ジェイさん、あの……お城の方は きっと大丈夫ですよっ」 「リブラちゃんや、四天王の方たちが強いことは、 わたしたちがよく知ってますから」 「ああ。あいつらが簡単にやられるとは思えない」 「そうだな。心配はしていないさ」 二人なりの気遣いの言葉を受け取りながら、 笑うように息を吐き出す。 重くなりつつあった心が、少しだけ軽くなる。 「ジェイくんのお城って、いつも 大変な目に遭っちゃうよね」 「本当にな……」 クリスの軽い言葉に、肩を竦めながら返す。 以前はグリーンとアクアリーフに内部をとことん破壊 されて……そして、今は女神に狙われる、か。 なんだろう、呪われているのだろうか。魔王城だけに。 「まあ、いい。俺たちも急ごう」 「はいっ」 「そうしよう」 俺の言葉に頷いてから、ヒスイとカレンの二人が歩き出す。 俺とクリスも、その後に続いて――。 「……本当に大変だね、ジェイくんは」 歩き出す前に、クリスがにこやかに話しかけてくる。 「……まあな」 「でも、これからきっと、もっと大変なことになるよ」 どういう意味だ、と尋ねようとした瞬間――。 俺の頭に鈍い衝撃が走る。 「……え?」 衝撃とともに、平衡感覚が一気に狂う。 体の感覚が一瞬で消えて、意識の奥底から 闇が這いあがってくる。 「ごめんね」 意識が沈み込んでいくような、不快な落下感――。 視界が闇に閉ざされるまでのわずかな間、 俺の目に映ったのは――。 クリスの顔、だった。 「ぐ……っ」 頭が重い……。 いや、頭だけではない。 全身が、鉛と変わってしまったかのように重い。 「うぅ……」 闇の底に引きずり込まれていた意識が、 徐々に浮上していくような感覚。 それに従って、全身の重さが増していく。 意識がはっきりとしていくにつれ、 体中のだるさを実感していく。 そう、全身がだるい。 「お、れ……は……」 重い唇の隙間から、かろうじて声を漏らす。 重く閉ざされ続けていた目蓋を持ち上げた時、 まず目に飛び込んできたのは――。 草原を染める、赤い光だった。 「ぐ……ううっ……」 無理やりに動かした指先が、土を掴む。 指先に、土の柔らかさと冷たさが伝わってくる。 意識が覚醒していくにつれて、同様の感触を 頬に覚えていることに気付く。 「俺……は……」 草の青い匂いが鼻先をくすぐり、 胸の中へと吸い込まれていく。 どうやら、俺は地面に横たわっているらしい。 胡乱な頭が、ようやく現実を認識していく。 「倒れて……いた……?」 何故、俺は地面の上に……? 鉛のように重い体を無理やりに起き上がらせる。 動きたくないと訴えかけるかのように、 頭に痛みが走る。 「く……っ」 ギリギリと頭の中に響く痛みをこらえながら、 どうにか立ち上がる。 サァ、と草を撫でて走り去る風に、体が揺らされる。 足がまるで言うことを聞かずに、 ふんばることすら出来ない。 「みんな……は……?」 周囲には人影らしきものは見当たらない。 ヒスイも、カレンも、そしてクリスも――。 「あいつらは……どこに行った……?」 俺たちは、どこかを目指していたはずだ ……どこか……。 神殿……? そうだ。女神と会うために、 神殿を目指していたはずだ。 「俺は……?」 どうして、俺は倒れていた。 どうして、他の奴らの姿は見当たらない。 どうして……? 「……っ!?」 最後に見た、クリスの顔が鮮明によみがえる。 確か、あいつは……何故か謝ってきていた。 どうして、そんなことを……? 「まさか……いや……」 そんなことは考えづらい。いや、考えたくもない。 まさか……クリスが二人を連れ去った、なんて ……そんなことがあってたまるか。 「あいつらは……先に行ったに……決まっている」 そうだ。そうに違いない。 だとすれば、俺もあいつらを急いで追わなければ……。 ゆっくりと一歩を踏み出したところで。 「く……っ」 がく、と膝が折れて、崩れ落ちるように その場に片膝を突く。 先ほどから続いていた頭痛は治まることなく、 依然として頭の中で疼き続ける。 せめて、この痛みを消さないことには……。 「回復草、は……」 ……しまった。 回復草などの消耗品はヒスイたちが 持っていたままだった……。 「くそ……いつもなら、200個くらいは あるというのに……」 迂闊だった。町を出る前に、均等に 分配しておくべきだった。 いくらストックがあったとしても、肝心な時に手元に なければ、なんの意味もない。 「そうだ、店に……」 店の品物がそのままだったのは確認済みだ。 一度、町の中に戻って拝借すれば……。 「代金を……置いて行けばいい、か」 それならば、窃盗には当たらないだろう。 早速、町の中に戻らなければ。 「……よし」 だが、俺の意思に反して、体はますます 重みを増していく。 膝を突いたまま立ち上がることすら出来ず……。 「ぐっ……」 重みに抗うことが出来ず、上体がゆっくりと倒れる。 頬に感じる土の柔らかさと、鼻先をくすぐる草の青い匂い。 意識を取り戻した時、最初に感じたものと 同様のものを感じながら……。 俺の意識は、再び闇の中へと落ちていった。 「…………」 再び目を覚ました時、目に飛び込んできたのは 見覚えのある天井だった。 土の柔らかな感触も、草の青い匂いも、感じない。 代わりに、布団の暖かさが全身を包み込んでいた。 「……あれ?」 俺は……確か、さっきまで外で倒れていたはずだ。 土と草の上に横たわっていたのに……。 何故、今は布団の中にいるのだろう……? 「ああ……夢、か」 そうか。全ては夢だったのか。 しかし、どこからどこまでが夢なのだろう? 外で倒れていたことが夢だったのか……。 あるいは、女神が世界を破滅させると宣告したことから、 夢だったのかもしれない。 「……長い夢、だったのか?」 だったらいいのに。 そんな願望を込めながら、ぽつりと呟く。 「何が夢だって?」 「あ……気が付いた……?」 天井を見上げる俺の視界に、 見知った顔が割り込んでくる。 「グリーン……アクアリーフ……?」 何故ここにいるのだろう。 ぼんやりと、二人の名前を呟く。 「んー? まだ、ちゃんと目が覚めてないみたいだな」 「そうだね……。おはようのキスでも、してみる……?」 「そういうのはアタシのキャラじゃないだろ」 「そう……? 姐御は、意外と乙女だと……思う……」 「だから、そういうキャラじゃないっての。 アクアこそやってみたらいいじゃないか」 「私は……自分を安売りしない……タイプ」 「お前、アタシに安売りさせようとしておいて!?」 「それはそれで……これはこれ……?」 「全然別件じゃねえよ!」 二人の掛け合いを聞きながら、ゆっくりと上体を起こす。 「つ……っ!?」 途端に頭の中で、ズキリと痛みが疼きだす。 「あ、起きた……」 「おら、寝てろ」 ドン、と胸を掌で押されて、起こしたばかりの 上体が無理やりに倒される。 後頭部が、ベッドの柔らかな感触の中に埋もれる。 急な上下動のせいで、頭の疼きが強まる。 「な、何をするっ!?」 「まだ起きちゃ……駄目……」 首を横に振るアクアリーフの前髪がさらりと揺れる。 その下から、俺を心配そうに見る目がわずかに覗く。 「なあ、兄ちゃん。自分がどんな状態 だったか覚えてるか?」 「どんな状態……って?」 問いかけの意味が把握出来ずに、 そのまま聞き返してしまう。 「やっぱり、まだ頭がはっきりしてないか」 「しょうがないと思う……よ」 「まあ、頭打ってたみたいだしな」 「そんな人を……突き飛ばしたら駄目……」 「言うよりも、動いた方が早いだろ」 「それは……同感……だけど」 痛みに疼く頭と、重さを訴える体。 まるで、夢の中で感じたような……。 「俺は……どうしていたんだ?」 「町の外で倒れてた」 グリーンの答えは、極めて明確で簡単なものだった。 「倒れていた……?」 そんな……それでは、さっき見た夢と同じじゃないか。 「ああ。外って言っても、入口のそばだけどな」 「見つけた時は驚いたよなー」 「うん……とっても、驚いた……」 「驚きすぎて……バーサクするところ……だった」 「それは……勘弁願いたいな」 「アタシが必死に止めたんだからな、感謝しろよ」 「私も……頑張って止めた……」 「いや、うん。自分で止められるのなら、 アタシが苦労することないんだけど」 「……えへん」 「なんで、このタイミングで威張るんだよ!」 どうやら、俺は町の外に倒れていたところを、 この二人に発見されたらしい。 「二人が、ここまで運んでくれたのか……?」 「そう……頑張って運んだ、よ」 「ぐるぐる巻きに……して……」 「ぐ、ぐるぐる……?」 「女の細腕で、兄ちゃんを運べるわけないだろ」 「だから、ぐるぐるの……ずるずる……」 音だけで言われても、どんな状況なのかは分からないが、 とにかく二人が運んでくれたのは事実だろう。 「そういえば……この宿にも……驚いた」 「声かけても、誰も出てこないしな」 「だから、勝手に……この部屋を……使っているの」 「つうか、宿だけじゃなくて町中誰もいねえし」 「……うん。そうだった、ね」 間違いない。俺は夢を見ていたわけではない。 衝撃とともに意識を失い、ヒスイたちの姿は消えた。 それは……現実だ。 「ヒスイたちは見なかったか?」 「ヒスイさん……たち?」 「ああ、どこかで見なかったか?」 「私たちは……見てない……よ」 「つうか、それはこっちが聞きたいくらいだよ」 「一緒じゃなかったの……?」 「いや、一緒にいたんだが……」 「いたんだが?」 「……気付いたら、いなくなっていた」 「……そうなの?」 「……ああ」 今までに起こったことが夢じゃないとすれば……。 もしかして、クリスが二人を……? そんな……馬鹿な。 「こんなところで寝ている場合じゃない……な」 何があったのかは分からない。 だが、何かが起こったことは事実だ。 今は、一刻でも早く事態を把握せねば。 「はい、どーん!」 「あ……また、突き飛ばした……」 慌てて起こした上体を、またもや突き飛ばされる。 さっきの流れを綺麗に繰り返すように、 背中が勢いよくベッドを叩く。 「な、何をするっ!!」 勢いよく上体を起こしながら、抗議の声を上げる。 今度は突き飛ばされるようなことはなかった。 「それはこっちのセリフだっての。何をする気だよ?」 「決まっているだろ! ヒスイたちを追いかけないと!」 「……どこに?」 「どこに……って……」 そう聞かれると、答えに困る。 俺たちは、女神の神殿へと向かうはずだった。 だが、その途中で……というより、出始めの部分で 俺は意識を失い、ヒスイたちの姿が消えた。 「女神の……神殿だ……」 だとしても、目的地は変わらない。 向かうべきは、女神の神殿であることに違いはない。 「今は……駄目……」 ふるふると、アクアリーフの首が横に振られる。 「時間も遅いし……」 その言葉に、窓の外へと目を向ける。 今まで気付かなかったが、外はもう暗くなっている。 俺はどのくらい気を失っていたのだろう。 「それに……あなたはまだ、動ける体じゃない……」 「あー、そうだよな。倒れてた兄ちゃんを 見つけた時、アタシ引いたぜ」 「……だよね。私も……ちょっと引いちゃった」 「そんなに酷い状態だったのか?」 「頭が……抉れてた……」 「マジかっ!?」 「ごっそり……と」 「ごっそり!?」 思わず、自分の頭を触って確認してしまう。 そ、そんな、抉れたりなんてしてない……よな? 「流石にそれは言いすぎだって」 「だ、だよな」 「精々、陥没してた程度だから」 「精々で済むレベルじゃねえよ!」 頭を確認しながら、大きな声でツッコミを入れる。 「陥没程度……だっけ?」 「だったと思うぜ」 「うーん……でも、ぐにゃぐにゃしてたような……」 「それは、あれじゃね? 前の方じゃね?」 「だったかもしれない……」 ま、前の方!? なんだ、後ろじゃなくて、前の方が どうかなっているのか!? 慌てて、両手で頭を撫でまわす。 「…………」 よし……頭はどこもおかしい部分はないな。 綺麗な形のままだ。安心した。 「ともあれ、そういうわけで、 動いたら駄目……絶対……」 「だが……」 「……駄目」 「はい、大人しくしておきます」 怖っ! 今、一瞬だけ虐殺スイッチ入ってなかったか!? 「うん……聞き分けのいい子は、好き」 「まあ、悪いことは言わないから大人しくしておけって」 グリーンがひょいと肩を竦める。 アクアリーフを刺激しないためにも大人しくしておけ。 そういう意味も込められているのだろう。 「誰にやられたかは知らないけど、 頭打ってんのは確かだしさあ」 「うん。今日は……休んでおいた方がいい」 「だるかったり……気分悪かったり……するよね?」 「……ああ」 「そんな状態で外に出たら、魔物に やられるのが関の山だぜ」 「……うん。あんまり見かけない魔物も…… ウロウロしているし……」 「今日はゆっくり……休もう……?」 確かにその通りだ。 今も、体は鉛のように重く、頭は痛みに疼いている。 とてもではないが、女神の神殿まで歩ける気はしない。 こんな調子では、魔物たちをあしらうこと だって難しいだろう。 「……ああ、分かった。体を休めることにする」 焦りは、正常な思考能力を奪ってしまう。 何が起こっているか分からない時こそ、 備えを怠らずにおくべきだ。 「よし。そんじゃ、明日になったらアタシたちに ちょっと付き合ってくれ」 「それが終わったら、兄ちゃんのことを 手伝ってやるからさ」 「いいのか……?」 「うん……そっちのことも……気になるから」 「……そうか」 二人の腕前は、試練の大地でのカレンの修行の際に、 身をもって知ることが出来た。 「よろしく頼む」 二人が同行してくれるのなら、心強いことこの上ない。 深々と頭を下げて、感謝の意を伝える。 「おし。それじゃ、また明日ってことで」 「ちょっと縛らせてもらう……ね」 「……え?」 何を、と俺が尋ねる間もなく、 アクアリーフが両手を動かす。 細い光が走ったと思った瞬間……。 「え? ええっ!?」 俺の体は、細い糸によってベッドに縛り付けられていた。 「な、なんだ、これ!?」 「ぐっすり……眠れるように……?」 「眠れるわけないだろ! というか、 なんで疑問系なんだよ!?」 「私たちが……ぐっすり眠れるように……」 「……はぁ?」 「いやー、ほら、アタシらも女だし? 襲われたりしたら大変だし」 「襲われるって……俺が襲うってことか!?」 「うん……性的な意味、で……」 「な、なんでそんな話になるんだ!」 「私たちも……ここで寝るから……」 「……へ?」 ここで……寝る……? 「ええっと、それはこの部屋で寝るってことだよな?」 「うん。そういうこと」 「むしろ、他に意味があるなら聞きたいとこだよな」 「いや、お前ら、別の部屋使えばいいだろ!」 「アタシらだって、他の部屋で寝たいのは 山々なんだが……」 「一組のパーティーは一つの部屋 ってのが決まりなんだよ」 「決まりってなんだよ!」 「……それがルール……だから」 「守る必要ないだろ!?」 例え、それがルールだとしても、誰もいないのだから 別に気にしなくたっていいだろうに。 「まあ、とにかくそういうわけだ」 「ぐっすり……休んで、ね」 「休めるわけないだろっ!!」 俺がいくら叫んだところで、拘束が弱まるようなこと なんて一切あるはずもなく。 こうして俺は、ベッドに縛り付けられたまま、一晩を 明かすことになってしまったのだった。 そして翌日――。 「ぐっすりと眠れるなんて……」 何故かは分からないが、悔しいくらいに ぐっすり休めてしまった。 これはきっと、俺が相当疲れていたからに違いない。 決して、縛られていたからよく眠れたわけではない。 そんなわけではない。わけではないぞ。 「しっかし、本当に人がいなくなってるんだな」 「そうだね……誰もいない」 二人が俺を連れて向かったのは、 アワリティア城だった。 道中、誰ともすれ違うことなく、城の前まで辿り着く。 本当に、町の中から人の姿が 消え去ってしまっていた。 「いつからこんな感じだった?」 「昨日だ。いつの間にか、人影がなくなっていた」 「そう……なんだ……。他と一緒……だね……」 「他の町でもこんなことが起きているのか?」 それは聞き逃せない言葉だった。 城の付近の魔物たちが正気を失っているように、 人々の消失も各地で起こっているのか? 「ああ。ここに来る途中の町も、誰もいなかったぜ」 「タンスとか……調べ放題、だった……」 「ツボとかもな」 「古代のコイン……たくさん……ゲット」 「やめろよっ!?」 「あと……へそくりが、結構見つかった……」 「だから、やめろって!?」 こいつら、本当に自由だな! 「まあ、シーフとバーサーカーの二人組 として名を馳せてるからなあ」 「タンスぐらい調べるに決まってるだろ」 「いや、その理屈はおかしい」 シーフだからタンスを調べていい、なんて 理屈が通るわけないだろう。 まあ、勇者がタンスを調べるのに比べたら、マシだが。 「そうだよね……おかしいよね……」 「私がバーサーカーって呼ばれるなんて…… おかしいよ……」 「……それは、間違ってないんじゃないか?」 アクアリーフの戦闘スタイルを見たことが ある奴なら、全員が頷くだろう。 あれはまさにバーサーカーだ。 それ以外の呼び名なんてない。 「それなら、アタシだってシーフとか 言われるの納得いかねえよ」 「他人の物を半永久的に借りてるだけなのに」 「完全にシーフだよ、お前!」 「いいな……シーフ。バーサーカーなんて…… 恥ずかしい……」 「やーい、バーサーカー。アタシはシーフだぞー」 「……いいもん……そのうち、シーフの称号を…… ころしてでもうばいとる、から……」 「いや、どっちもどっちだと思うぞ」 シーフの称号なんてわざわざ殺して奪い取るほどの 価値があるのだろうか。 少なくとも、俺はどっちの呼び名もごめんだが。 「魔王には言われたくないけどな」 「うん、そうだね……魔王には言われたくない……」 「魔の王ってどういうことだよ」 「片腹痛い……よね……」 「お前ら、急に結託しやがって!!」 「いやー、だって、アタシら普通の人間だし」 「一人では……魔王には勝てないよね……」 急に矛先をこっちに向けられてしまう。 くそっ、二人相手では分が悪すぎる! 「それより! お前ら、用があって 城に来たんじゃないのか?」 そうだ。こんな所で愉快なトークを 繰り広げている場合ではない。 こいつらの用件を片付けて、先に進まなければ。 「あー、そうそう。それじゃ、早速中に入ろうぜ」 「ここで話し込んでも……意味はないし、ね」 くそ……っ、散々人で遊んでおいて……! 「ところで、どんな用事なんだ?」 「え? 言ってなかったっけ」 「ああ。まだ聞いてないが」 「うっかりしてた、ね……教えてあげようよ」 「そうだな。アタシたちの用事ってのはだな」 「宝物庫の……物色……」 「中に入らせてたまるかっ!!」 慌てて、二人の前へと回りこむ。 とんでもないことを言い出しやがった!? 「なーんて……うっそー」 「おいおい。こんな冗談を真に受けるなよ」 「さっき、あんな会話した直後だってのに、 冗談に思えるわけないだろ!」 「半永久的に物を借りるとか、タンス探し放題とか 言っておいて!!」 ただでさえ、魔王城に裏口から入って暴れまくるほどの 自由さを見せつけた二人だ。 城の宝物庫の物色くらい、本気でやってのけそうで怖い。 「真面目……だね……」 「魔王のくせになー」 「お前ら、さっきから魔王を馬鹿にしすぎだろ! 俺がお前らになにかしたか!?」 「おいおい、兄ちゃん。冷静に行こうぜ、冷静に」 「熱くならないで……ね?」 「誰のせいだと!?」 ぬぅ! こいつら、本当に自由すぎる! 適当なことばっかり言いやがって! 「ほら、いつまでも遊んでないで、中に行くぞ」 「置いてくよ……?」 「ああ、分かったよ!」 お前らが言うなと声を大にして叫んでやりたかったが、 ここはぐっと我慢する。 下手にツッコミを入れてしまったら、 いつまでたっても話が進まない。 俺を避けて城の中へと向かう二人を追いかけて、 俺も歩き出すのだった。 「ふーん、城の中もガラガラだな」 「……うん。これなら、宝物庫も……」 「俺の目が黒いうちは、させねえからな!」 二人と一緒に城の中を歩き、辿り着いたのは謁見の間。 城内も町と同様に誰の人影もなかった。 巡回する兵士の姿も見当たらず、建物全体が 眠りについたかのように静まり返っている。 そして、それは――。 「ここにも誰もいない、か」 「がらーんと……している、ね」 謁見の間も、同じだった。 「誰かー……いませんかー……」 アクアリーフの控えめな呼びかけが、 床や壁に反射して空間に消えていく。 それに対する反応は、何も返ってこない。 「誰も……いない……」 誰の姿も見当たらず、誰の声もせず、誰の気配も感じない。 そう、城の中には誰もいない。 この城の主、女王エルエルですらも――。 「女王まで……消えた……?」 女神の血に連なり、神託を受けていた 女王エルエルですらも……消えた。 この世界で、誰よりも女神に近い存在で あるはずの彼女まで、消えてしまった。 「ふーん。これは、かなり面倒なことに なってきてる予感がするな」 「魔物は正気を失ってるし……人は消えている……」 「世界を破滅させる、か」 「現実味を……帯びてきた……ね」 女王を消したのが、女神の仕業だとすれば……。 ヒスイやカレンやクリスがいなくなったのも……。 「あれも……女神が……?」 呆然と呟きを零してしまう。 だとすれば、クリスの言葉の意図はなんだ? ……分からない。 「おい、兄ちゃん。女神の神殿に行くんだったよな?」 「あ、ああ……そのつもり、だ」 グリーンに声をかけられて、我に返る。 「今も……そうする……つもり?」 「それは……」 俺は、ここでどうすればいい。 一人だけ取り残されて、何も分からないまま、 どうすればいい。 無難な選択は、一度城に戻ってリブラやアスモドゥス達と 合流すること……かもしれないが。 「……女神の神殿に向かう」 「本気か? 一回、引いた方がいいと思うぜ」 自分でもそう思う。そう、思った。 一度引くという選択が無難だと。 「いや……俺は、行くつもりだ」 「……どうしても?」 「ああ。どうしても、だ」 城の方は、リブラが任せろと強く主張していた。 俺が城をリブラに任せたように、俺もリブラに こちらを任されたのだ。 そして、ヒスイたちの身に何が起こったのか、 それを確かめなければいけない。 「例え空振りに終わろうとも構わない。 俺は女神の神殿に向かう」 二人を見ながら、はっきりと断言する。 「よし、それじゃ決まりだな」 グリーンはニヤニヤと笑いながら。 「だね。……女神の神殿に、行こう……」 アクアリーフは口元を微笑ませながら。 二人が、頷きを返してくる。 「すまない、二人とも」 「礼を言われることじゃないさ。何が起きてるのか 気になってるのはアタシらも一緒だし」 「お互い様……だね」 「それでも、礼を言わせてくれ。ありがとう」 不思議と、自然に頭を下げることが出来た。 そんな俺を見てだろう。二人の笑みが深まる。 「準備をしてから、早速向かうとするか」 「うん。じゃあ……行こう……」 「ああ。まずは……」 「宝物庫に」 「それはさせねえって言ってるだろ!!」 本当にこいつらに頼んで大丈夫だったのだろうか。 胸に一抹の不安を抱える感触を何故か懐かしく思いながら。 俺は改めて、女神の神殿へと向かうことに決めた。 そこになんらかの答えがあることを、信じて。 わたくしが皆さんと別れて魔王城へと戻ってから、 一昼夜以上が経過していました。 城を取り囲む魔物の群れは、依然として その数を増すばかりです。 とはいえ、アスモドゥス様の指揮の下、防戦に 徹底した我々を崩すことは魔物では出来ずに。 戦況は膠着状態となっていました。 「いやー、案外どうにかなるものですねー」 「流石はアスモドゥス様です」 城を包囲する魔物たちは、明らかに誰かの…… おそらくは女神の差し金によるものでした。 ですが、所詮は正気を失っているだけの存在。 統率を取る者も存在しない烏合の衆では、 幻術を突破出来るはずもありません。 「いやいや、リブランこそ流石ですよ。帰ってくるなり、 マッハで結界を作るなんて」 「いえいえ。それほどでもありますけど」 わたくしが城に戻って最初に行ったことは、 城全体を覆う結界の作成でした。 それとアスモドゥス様の幻術を組み合わせれば、 城全体を幻術にて覆い隠すことが出来ます。 苦肉の策ではありましたが、現段階では かなりの効果を発揮していました。 「ですが、懸念事項がないわけではありません」 「アスモドゥス様が働きづめなとこですね」 「ええ」 懸念事項の一つが、それでした。 城を取り囲む魔物たちの目を常に誤魔化し続ける。 そのためには、呪文を維持し続ける必要があります。 いくら、結界を併用しているとはいえ、 城一つは対象としては巨大すぎなのです。 「相手がどんな手を使ってくるのか。それが 分からないのも怖いところです」 「読めない相手っていうのが、一番絡みづらいですしね」 「あなたは食えない相手ですけど」 「やだなー、そんなに褒められたら 照れるじゃないですか」 「本当のことですから」 「今日のリブランはデレデレですね」 もう一つの懸念が、時間の経過でした。 既に、状況が膠着してから時間がかなり経過しています。 この間に、女神がなんらかの手を 打ってくることが予測できます。 「さておき、リブランの心配は分かります。なんせ、 相手は世界を作ったっていう光の女神ですしね」 「とんでもないチートな手とか使って きそうで怖いです。ぶるぶる」 普段は極めて適当な言動しかしない彼女ですが、 優秀な諜報員であることは確かです。 相手が我々の想像以上の手を使ってくるのではないか。 彼女が抱く危惧は、わたくしが 抱くものと全く同じ物でした。 「ある意味、世界の枠組みそのものとの争いですからね」 それがいかに困難なものであるか。 想像するだけで、溜息が零れそうでした。 「しかし、なんでここを狙ってくるんでしょうね」 「やっぱり、あれですかねー。封印された 仕返しとかですかねー」 「かもしれませんね」 この城が狙われた理由。その問いには すぐには答えが出せません。 「まあ、思い当たる理由なんて山ほどあるのですが」 「いきなり、世界を破滅させるーなんて言い出す人の 考えなんて分かるわけないですよね」 「あなたでも分かりませんか?」 「マユマユは、世界を壊したいなんて、 一度も思ったことありませんから」 「というか、そんな発想なんて普通出てきませんって」 「そうですね」 光の女神が何を考えて、どう動くのか。 何故、世界を破滅させるという結論に至ったのか。 感情というものを、完全には理解出来ていない わたくしには、想像すら出来ません。 「ともあれ、戦線は膠着したままですしー。 ジェイジェイの方も気になりますよね」 「……ええ」 わたくしが考えるのは、果たして魔王様と 合流するだけの余裕があるかどうかでした。 幻術が魔物たちに通用しているおかげで、四天王が 休息する時間を得られたことは好材料でした。 幻術にかかったままの魔物たちへ 四天王で攻撃を仕掛けるも良し。 アスモドゥス様が休むための時間を作り、 その間四天王で城の防衛を行うも良し。 柔軟な対応を取ることが出来ます。 「どんな手を使ってくるか分からないってのは、 ジェイジェイたちに対しても、ですからね」 「その通りです」 皆さんと別れてから、一昼夜が経過しています。 であれば、そろそろ、女神の神殿の近くにまで 迫っているはずです。 あちらと合流するには、今が最後の機会でしょう。 「ふうむ」 であれば、今から動くべきでしょうか。 わたくしが首を傾げた瞬間――。 チリ、と。不快な音が耳の奥で鳴りました。 「ん……」 思わず、手で耳を覆ってしまいます。 「どうしました?」 この不快な音と感覚は、警告でした。 わたくしが設置した結界の内部……つまり、 城の中に侵入されたという警鐘。 「何者かが、城の中へと入って来ました」 「うえええええっ!? マジですか!?」 「マジです。ちなみに、正面より突破してきました」 魔物たちには幻術が効いているはず。となれば、女神が 新たな手を打ってきたということでしょう。 「と、とりあえず、アスモドゥス様に 報告してきますねっ!」 「はい。わたくしは、こっそりと 侵入者の様子を探ってきます」 「気を付けて下さい、リブラン」 「あなたこそ」 マユと別れ、わたくしは廊下を駆け出しました。 目指す場所は、城の正門から入ってすぐの場所。 エントランスホール。 「そんな……」 わたくしがエントランスに到着した時、 全ては終わっていました。 「うぅ……」 「よ、四人そろって、このざまじゃと……」 「つ、強すぎる……」 「ぐっ……何故だ……」 目に飛び込んできたのは、床に倒れ伏す四天王の姿――。 そして……。 「ど、どうして……」 本来であれば、ここにいるはずのない姿。 「どうして……」 光の女神が何を考えているのか、 何をしようとしているのか。 「あなたが……ここ、に……」 わたくしには、何も理解出来ていませんでした――。 日が沈むと同時、俺たちは川の近くで 野営を行うことにした。 本来であれば、女神の神殿がある町に 到着していてもおかしくはない時刻。 だが、俺たちの歩みは順調なものとは言えなかった。 「ったくよー、でたらめだぜー。この辺りにいないはずの 魔物ばっかりウロウロしてるなんて」 「たくさん……いた、ね」 「アクアは気楽だよなあ」 「姐御も……楽しんでた……でしょ?」 「ん? まあな」 俺たちを阻んだのは、正気を失い、 彷徨っている魔物たちの群れだった。 「女神め、好き勝手やりやがって……」 生息域を完全に無視して徘徊する魔物たちの姿は、まるで 世界が圧縮されたかのような印象を覚えさせる。 世界中の魔物全てを詰め込んだ見本市。 それが、アワリティア城と女神の神殿の間で 開催されているようだった。 「まさに好き勝手だよなあ」 「うん……しかも、すごいレベルの、ね……」 「人はいなくなるし、魔物は正気を失くすし」 「やりたい放題……」 パチパチとたき火が爆ぜる音を 聞きながら、干し肉を齧る。 人々を消し去り、魔物の正気を奪う。 それを世界規模で同時にやってのけるなんて、 規格外にもほどがある。 「女神が世界を作ったっていう神話も、 あながち嘘じゃないかもしれないな」 「なんせ、魔物にまで影響を与えてるんだから」 こいつらと初めて会った時に、俺が否定をしていた神話。 女神が世界の全てを作り上げたという一節が この期に及んで真実味を帯びてきていた。 だが、あくまで真実味を帯びてきただけで、 それが真実だとは決して思えない。 「魔物たちが女神から影響を 受けているのは確かだろう」 「だが、あくまで対象は魔物だけに過ぎない」 「魔物だけ……?」 「魔族には影響が出ていない」 「んー、そうなのか?」 「ああ、俺の知る限りはな」 少なくとも、アスモドゥスやマユは 正気を失ったりはしていないようだ。 そうでなければ、俺に助けを求めに来たりはしない。 そして、何よりも――。 「俺に影響が出ていない」 俺自身、何も変化は起こっていない。 「手段までは分からないが、女神が世界の大半のものに 影響を与えられるのは事実だろう」 「だが、全てを好き勝手に出来るわけ ではないのも確かだ」 であれば、なんらかの勝算が存在する……はずだ。 「そもそも、二人だって消えてないだろ」 「んー、まあな」 「そう……だね」 「ヒスイたちだって、しっかりと自分の 意思で行動していた」 「女神が世界を掌握しているとしても、 それは不完全な形にすぎない」 そもそも、本当に世界を意のままに出来るのであれば、 破滅をもたらす宣告などする必要がないのだ。 あんな、大々的な宣告を行うなど、不合理すぎる。 「女神の行動には、必ず裏があるはずだ……」 それを掴むことさえ出来れば……。 ヒスイたちのことだって、分かるかもしれない。 「意味や……理由を……求めるんだね」 アクアリーフの言葉に、思わず瞬いてしまう。 「当然だろう。意味や理由の伴わない 行動なんてあるはずがない」 「行動の結果から、相手の意図を推測出来れば 裏をかくことだって出来るはずだ」 何故、消える奴と消えない奴に別れる。 何故、魔族は正気を失わずに済んでいる。 そして、何故……ヒスイたちだけがいなくなった。 何故、俺だけが取り残されていた。 「理屈っぽい部分は相変わらずだな。 やっぱ、魔法使いって感じがする」 干し肉を齧りながら、グリーンが肩を竦める。 「世の中、理屈や理由抜きで行動する 奴だって、たまにいるぜ?」 「姐御とか……ね」 「アクアとかだな」 二人が仲良く擦り付け合いを行う。 「女神もそうだと言うのか?」 理屈や理由もなしに、世界の破滅を宣言して 行動を起こしている……? 「そんなこと、ありえるわけないだろ」 それはあまりにも不可解すぎる。 ヒスイたちが姿を消したことは、 なんらかの原因があるはずだ。 そして、そこに女神の意図が働いているに違いない。 「“普通”に考えたら、まあ、ありえないだろうな」 グリーンが、普通をやけに強調したように聞こえる。 「何が言いたいんだ?」 「世界の破滅、とか……普通はしないこと、だからね」 俺の問いかけに答えたのはアクアリーフの方だった。 横合いから、緩やかな吐息とともに言葉が紡がれていく。 「だから……もしかしたら、普通に考えたら 分からない理由なのかも……」 「そうそう、そういうことを言いたかったんだ」 「流石はアクア、上手くまとめてくれた」 「お前、それ絶対嘘だろ」 うんうんと大きく頷くグリーンからは、適当なことを 言っているような印象しか受けない。 さっき、やけに普通を強調したのも、意味深に 聞こえそうだから、とかそんな理由な気さえする。 「は? ちげーし、アタシ、すげえ 色々考えて喋ってるし」 「今だって、すげえ考えすぎて、頭の中が 一周しただけだし」 「あからさますぎるだろ!」 明らかに何も考えていない奴の話し方だった。 「でも……私も、分からない……」 「世界を破滅させる……理由、なんて……」 アクアリーフが不思議そうに首を傾げさせる。 前髪が揺れるも、その下にあるはずの目は、 見えたりはしない。 「まあ、アクアは考え事苦手だしな」 「苦手じゃない……よ」 「ただ、ちょっと……考えたりする前に 敵を切り刻むだけ……だから」 「考えすらしないのかよ!」 「手が……勝手に動いちゃうんだ……」 流石はバーサーカーと呼ばれるだけのことはある。 「姐御だって……苦手でしょう?」 「いやー、アタシはちゃんと考えるぜ」 「ただ、答えが出る前に相手を殴ってるだけだし」 「お前もよっぽどだな」 というか、俺はあからさまに考え事が 苦手な二人と話し込んでいたのか。 なんだろう、この微妙な徒労感は。 「あ……でも……」 「うん?」 「あなたの場合……きっと、身近な何故…… が、気になっているんだと思う」 「身近な……何故……?」 アクアリーフの言い回しが、上手く理解出来ない。 その言葉を自分の中に落とし込むことが出来ずに、 疑問の形を吐き出してしまう。 「あー、だから、あれだ」 「自分やヒスイたちに何が起きたのか、ってことだ」 「そう、それ……それが分からないから、 もやもやしてる……」 「ああ……そうだな」 確かに、俺の思考の根底に その疑問が横たわっている。 何を考えるにしても、どうしても そこに繋がってしまう。 あいつらは何故姿を消し、今どうしているのか。 「……というか、私たちも……気になる……」 「何があったのか……まだ、聞いてない……から……」 「言ってなかった……か?」 「そういや、そうだったな。兄ちゃんが落ち着いてから 聞こうと思ってたんだけど……」 「城に誰もいない、とか色々あったから、 ついうっかり忘れてたな」 「外に出たら……魔物相手に大ハッスル ……だったし、ね」 「ハッスルだったしなー」 「すまない。俺としたことが……」 何が起こったのか。それすらも話していなかった なんて……うっかりしていた。 しかし、そうなるとこの二人は何も聞かずに 手伝ってくれたことになるのか。 「まあ、何かあったのは一目瞭然だったしな」 「うん……頭が抉れてた、し」 「だから、陥没だって」 「まだ、それを引っ張るのかよ!」 「抉れてたよ……というか……抉ったよ」 「犯人、お前か!?」 無事だとは分かっていても、ついつい 後頭部を両手でさすってしまう。 目の前で堂々と頭が抉れていたなんて言われて、 気にならないわけがない。 「いいから、ほら、何があったのか話せよ」 「……そうだね」 こいつら……自分たちで話の腰を折っておきながら……! ま、まあ、いい。俺に付いて来てくれたことに免じて、 これ以上のツッコミは控えておこう。 「ああ……とはいえ、あまり話せることもないんだ」 あの時、俺の身に起こったことは、 思い返しても極めてシンプルだった。 たった一点だけを除けば、だが。 「俺、ヒスイ、カレン、クリスの四人で女神の神殿に 向かおうとしていたんだが……その矢先の出来事だ」 「突然、頭に衝撃を受けて俺は気を失い…… 気付けば、一人で倒れていたんだ」 あの時、空が赤かったのを覚えている。 倒れてから意識を取り戻すまでの空白の時間、 そこで何かが起きている。 「一旦町に戻ろうとしたのだが、頭の中が もうろうとしたままでな……」 「もう一度、俺は気を失ってしまったんだ」 頬に触る土の冷たさ、鼻先をくすぐる草の青い匂い。 おぼろげにだが、その時に感じた感触が よみがえってくる。 あれは、夢なんかではなかった。 「その後は……気付いたらベッドの上だった。 それで終わりだ」 「私たちは……二度目に倒れたところを ……見つけたんだね」 「そうなるな」 手短に終える説明の中に、俺が意識を失う直前に クリスを見たことは加えなかった。 全てが現実に思える記憶の中、あの部分だけが 俺の錯覚であって欲しい。 そんな願望が、俺の中でくすぶっている。だから、 クリスのことを付け加えることが出来なかった。 「ふーん。大体分かったような気がするけど…… あの、帽子をかぶったロリっ子はどうしたんだ?」 「リブラのことか?」 「うん……リブラちゃんのこと。だよね?」 「そうそう。そのリブラだよ」 こいつ……薄々感じてはいたが、人の名前を 覚えるのが苦手なタイプだな。 「あいつは、魔王城へと戻った。城が魔物たちに包囲 されて、そちらにも手が必要になったんだ」 「お城が……魔物に……」 「魔王城が魔物に囲まれるなあ。シャレにならないな」 「ああ。まったくだ」 俺があの時、城に戻っていればどうなって いただろうか……。 それでも、きっとヒスイたちの身に何かが起こっただろう。 異変が起きたことを知ることが出来た。 それだけは、不幸中の幸いと言える……か? 「んー……まあ、それはそれとしてだ」 軽い調子での転換。もしかしたら、 気遣われたのかもしれない。 そう思うと、胸の奥に溜まった自責の念ごと、 大きく息を吐き出す。 「なんつうか、色々と怪しいっていうか、 いかにもなタイミングだよなあ」 「そうだね……魔王城が囲まれて、 ヒスイさんたちは襲われる……」 「怪しい……」 「まあ、きっと女神の仕業だよな」 「……ああ、俺もそう思う」 そう思うのだが……だとすれば……。 クリスの最後のあの言葉……。 ごめん、という謝罪の意味は……。 「……どうして」 「どうして、か。確かにそれが多すぎるよなあ」 「どうして……三人がいなくなったのか……」 「どうして、兄ちゃんだけ残されたのか」 どうして……最後にクリスの顔が見えた。 「一大事……だね……」 「ああ。取り乱すべきではないと思っているのだが」 三人のことを思えば、気が気ではなかった。 あいつらの身に何か起こっているのかもしれない。 そう思うだけで、ざわめき始める胸の内を押さえ込む ように、強く奥歯を噛み締める。 「何も感じないよりは、はるかにマシさ」 パン、と軽く足を叩かれる。 いつの間にか、俺の片足は小刻みに揺れ動いていた。 抑え込めたと思っていた心の動きが、こんな形で 発露していたことに、ようやく気付かされる。 「……そうだね」 くす、とアクアリーフの口元が笑みの形を作る。 「ちゃんと、仲間って思ってるみたいじゃないか」 「ヒスイたちのことをよ」 グリーンはグリーンで、愉快そうに 笑みを浮かべている。 「……そうだな」 二人の笑いに、何故かほんの少しの 恥ずかしさを覚えて鼻の頭を掻く。 緩やかに息を吐き出した後で、俺が笑いを 浮かべようとした瞬間――。 温い風が、頬を撫でて、吹いていった。 「……っ!?」 ぞわり、と背筋に嫌な感覚が走る。 「アクアッ!」 「うん……嫌な感じ」 「二人も感じたか……?」 「ああ……言うまでもないだろうけど、警戒しとけよ」 「……見られている気がする」 見られている。まさに、その言葉通りだ。 頬を撫でる風の生温さは、絡みつく視線を連想させる。 誰が……どこから見ている……? 「つっ!?」 再び、背筋をぞくりとした感覚が襲う。 その感覚に誘われるままに、振り返ると、そこには――。 夜の闇の中から浮かび上がるように立つ、 二つのシルエットがあった。 それぞれの手に下げられた抜き身の 白刃が、存在を際立たせる。 「お、お前たち……」 そこにいたのは、見覚えのある姿。 ヒスイとカレンの二人、だった。 「今まで、どこにいたんだ……」 「動くな、小童ッ!!」 アクアリーフの怒号に、踏み出しかけていた足が止まる。 「ど、どうした……?」 「いやあ、どうしたって言いたいのは こっちなんだけどな……」 剣を抜き放ちながら、グリーンが苦笑いを浮かべる。 その頬には、一筋の汗が浮かんでいるのが見えた。 「あの二人……どうしたんだ?」 「……ど、どうしたって?」 お前こそ、どうしたんだ。 そんな問いが口から零れかける。 「ふん、目が曇っておるな、小童」 「まあ、無理もないだろうよ。行方知れずの 仲間が現れたんだから」 「相変わらず甘いな、グリーン」 「それくらい、知ってるだろ」 二人は何かに気付いている様子だが……。 一体、何が言いたいんだ? 「あの二人の目を見るがよいわ」 二人の目……? 指摘を受けて、ヒスイとカレンの目を見る。 「……なっ!?」 ぞわり、と背筋が総毛立つような思いがした。 光の消え失せた、闇の底のような眼差し。 熱を帯びない、ただ冷たいだけの瞳が こちらを見ていた。 「まったく……尋常ならざる目付きだ。 人の目とは思えぬ」 「見られているだけで、冷や汗が止まらねえし」 ヒスイとカレンの二人が、そんな目を するなんて思えない。 あいつらはいつだって、前を向いて……光を見失わない。 そんな目をしていたはずだ。 「な、なんで……二人が……」 あんな、暗い目をしている……。 「来るぞ、小童ッ!!」 アクアリーフの怒号が再び鳴り響くのと同時――。 暗い目をしたヒスイとカレンの二人が、 地面を蹴っていた。 剣を振り上げながら、ヒスイが一気に 俺の目前まで迫ってくる。 一声も発さずに、ヒスイの剣が走る。 虚を突かれて動けない俺へと向けて、 閃く白刃が吸い込まれるように――。 「おりゃああああっ!!」 「ぐぅっ!?」 叩き込まれる前に、横合いから思い切り蹴飛ばされる。 地面の上に無様に倒れ込みながら、つい先ほどまで 俺が立っていた空間を剣が切り裂くのが見えた。 「おい、兄ちゃん! のんきに 寝転がってる場合じゃねえぞ!」 お前が蹴飛ばしたんだろ! 抗議の声を内心だけで留めるのは、そんなことを言って いる場合ではないとようやく頭が動き始めたからだった。 全身に感じる地面の冷たさから体を引きはがすように、 急いで立ち上がる。 「すまない。だが、これは一体……」 「さあな。ベタなところで、洗脳とかじゃねえの?」 「あいつらは……あんな目しないだろ」 「ああ。確かにその通りだ」 二人の目は、明らかに普通ではない。 完全に正気の色を失っている。 洗脳。そう考えれば、納得も出来るのだが……。 「何故、そんなことを……」 「アタシが知るか。それより、気を付けろ。 向こうはやる気満々っぽいぜ」 空を切った剣を、ヒスイがゆっくりと構え直す。 その切っ先は、まっすぐに俺たちへと向けられていた。 「アクア! そっちはどうよ!」 「中々楽しませてくれる。と言いたいところだが……」 少し離れた場所では、アクアリーフと カレンが対峙していた。 「チィッ、小娘がっ!」 カレンの剣が振るわれるたびに、硬質な金属音が 鳴り響き、空中で火花が弾ける。 ヒスイと同様に、カレンも一言すら発してはいない。 「ええいっ! 大人しく、切り刻まれておけいっ!!」 互角――いや、アクアリーフは防戦で手一杯のようだ。 傍目にも、カレンの方が押し込んでいることが分かる。 「カレンの奴……強くなっている……?」 「あー、やっぱりか。この前、手合せした時は あそこまで強くなかったよなあ」 「ってことは、こっちもか……」 グリーンがうんざりとしたような声を漏らすのと 同時、ヒスイの片腕が持ち上がり――。 その手の中に、金色の魔力が集う。 ――まずいっ! 「”羽ばたくことを許さぬ暗影”!」 ヒスイの手より打ち出された雷の魔力と、 俺が咄嗟に放った闇の魔力。 ぶつかり合う二つの魔力が、爆発を巻き起こす。 巻き上がった土煙が視界を覆い隠す中、 風と煙を切り裂く閃きを目の端に捉える。 一直線に俺の首を狙ってくる白刃を――。 「おらぁっ!!」 横合いから、別の剣が受け止める。 土煙が落ち着いた時、俺のすぐ眼前にて、 二つの剣が交差していた。 「油断も隙もないな、おいっ!」 「アクア! こっちの援護は!」 「出来るわけあるかっ!!」 「だよなー」 「むしろ、こっちが欲しいくらいだっ!」 力比べを拒否するかのように、ヒスイが 軽やかに後方へと飛ぶ。 空いた距離を詰めることはせずに、 グリーンは剣を構え直す。 「ヒスイ! カレン!」 「二人ともどうした! 正気に戻れっ!」 我慢出来ずに叫びを上げるも、二人とも 俺の声に全く反応を示さない。 女神に操られているのだとすれば…… 俺はどうしたらいい……。 「まずは、小娘どもの力を削ぐのが先決だ、小童!」 「大人しくさせぬことには、話にもならぬ……ええいっ、 喋ってる途中に攻撃してくるなっ!!」 カレンの剣をしのぎ続けながら、 アクアリーフが声を投げかけてくる。 「ってわけだ、兄ちゃん。戸惑う気持ちは分かるが、 まずはちょっと我慢しなよ」 「……くっ、分かった」 今のヒスイとカレンは、俺の言葉に反応すら示さない。 女神が二人の意識を支配しているのだとすれば、 まずはその影響力を弱めねばならない。 その理屈は分かるのだが……。 「やるしかない、のか……」 下唇を僅かに噛み締めながら、決意を 固めようとしたその直後――。 「……なっ!?」 俺の体を、驚愕が包み込んだ。 「ん? なんだ、あれは……」 「そんな……あれは……」 ベルゼブルが持っているはずの、力――。 何故、ヒスイがそれを使っている――。 「げっ!?」 驚きによって生まれた、一瞬の間隙を見逃すことなく、 疾風と化したヒスイが間合いを詰めてくる。 弾丸のごとき勢いにて、グリーンの剣を弾き上げて――。 「ヒスイ……ッ!」 暗い闇を抱えた瞳が、俺の目を射抜く。 風圧を伴う剣閃が、俺の体へと――。 ――叩き込まれた。 まず最初に感じたのは、鈍い痛みだった。 風の圧が、打撃として体を強く叩く。 体が悲鳴を上げるような軋みとともに、 ふわりと足元が浮遊する感触。 「ぐぅ……っ!?」 圧力に負けた体が、肺から空気を絞り出す。 上げるつもりのなかった声が、勝手に 喉の奥から唸りを上げる。 「ジェイッ!」 「小童ッ!?」 耳に飛び込んでくる二人の声が、轟と鳴る 風音によって掻き消された。 浮遊する感触を覚え続けていた足元が、 本当に地面より引き剥がされる。 体がくの字に曲がりそうな衝撃――。 後方へと飛ばされるように、体が宙に浮いた。 「ぐ……うぅっ!」 剣を振るう途中のヒスイと目が合う。 ただひたすらに冷たく、底の見えない暗い眼差しが 何かを語ることはなかった。 ただ、俺のことを敵とだけ認識して剣を振るう。 そこにいたのは俺の知るヒスイではなく、 ヒスイの形をした別の誰か。 「ヒ……ス……イッ!」 風の圧によって浮かされた体は、防御の体勢を 取ることすらままならない。 振るわれる白刃の切っ先が、俺の体へと届き――。 一文字に、俺を切り裂く。 「ぐ……あぁっ!!」 ヒスイが能面のような顔で、 切りつけた俺のことを見やる。 振りぬかれる白刃の勢いも加わり、宙に浮かんでいた 俺の体が大きく後方へと飛ばされる。 斬撃を受けた証である血の花を空中に咲かせながら、 宙を舞い――。 「この野郎!!」 「おのれっ!」 再び耳に届いた二人の声を、今度は水音が打ち消す。 川面に背中を打ちつける衝撃と、 体を包み込む冷たい水の感触。 俺の意識は、深い闇の中へと沈んでいき――。 俺の体は、冷たく暗い水の中へと、沈んでいくのだった。 「ジェイさーん!」 俺を呼ぶ明るい声に、重い目蓋を持ち上げる。 頬を撫でる爽やかな風が、鼻先から 草の青い匂いを運び去る。 全身に土の柔らかな感触を覚えながら、薄く目を開いた 俺の視界に広がったのは青く広がる空だった。 「ん……うん……?」 今まで、目蓋の裏の暗闇の中にあった目には、 柔らかな日差しすらも眩しく感じる。 ぽかぽかとした太陽の温もりの中、大きく息を 吸い込み、脳に新鮮な空気を送り込む。 俺は……何をしていたんだ……? 「やれやれ、ようやく目を覚ましたか」 「ジェイさん、ぐっすり眠ってましたね」 空を見上げていた俺の視界に、二人の顔が入り込む。 ヒスイとカレン……二人が俺を見下ろしながら、 笑っていた。 「眠っていた……?」 「はい。とっても気持ちよさそうでしたよ」 「最近、寝不足だったりしたのか?」 「ああ……いや……」 なんだ……俺は、眠っていたのか。 「日差しが、心地良くてな」 「なるほど。その気持ちはよく分かる」 「ふふっ、そうですね。今日は 気持ちのいい天気ですから」 「ついつい、転寝をしてもしょうがないな」 「だろう?」 そうだ。あまりにも日差しが心地いいから、 俺はついつい転寝をしてしまったんだ。 ようやく頭がはっきりとしてきた。 ゆっくりと上体を起こすと、座ったまま 大きく背伸びをする。 肩の骨が、パキと小さな音を立てた。 「あ、ジェイさん。頭に葉っぱが付いてますよ」 「肩の所にもあるぞ。まったく、しょうがない奴だな」 「む。すまない」 服に付着したままの葉っぱを、二人が 笑いながら取ってくれる。 こんなことをされるのは、少し恥ずかしい気もするが、 今は二人の好意を素直に受け取る。 「ほら、取れたぞ」 「こっちも取れました」 「これで綺麗な体になれたな」 「ふふっ、そうですね」 「いや、その言い方は正直どうかと思うぞ」 まるで、クリスやリブラが俺を からかう時に使いそうな言葉だ。 そういえば……二人の姿が見当たらない。 「クリスとリブラはどこだ?」 「あ、お二人なら少し用事があるそうです」 「心配せずとも、すぐに帰ってくるさ」 「そうか……」 あの二人の用事というのも、 中々想像するのが怖いな。 「そういうことなら、もう少しのんびりとしておくか」 まあ、あの二人のことだ。カレンの言うように 心配する必要なんてないだろう。 そのうちひょっこりと戻ってくるのを、 ゆっくりと待っておけばいい。 「あっ、そうだ。じゃあ、二人が戻ってくるまで、 三人でお昼寝しましょう!」 「えっ? なっ、さ、三人でかっ!?」 ぽん、と手を打ち合わせながらヒスイが 明るい声で提案をする。 そして、カレンが分かりやすいくらいに 戸惑いを見せる。 見慣れているはずの光景が、少し懐かしくて、 思わず笑ってしまう。 「そうだな。たまには、それもいいかもしれないな」 何故だろう。二人と普通に時を過ごせることに、 胸の奥から喜びを覚えてしまうのは。 「ま、魔法使いっ!? お前まで、何を言い出すんだ!」 「俺たちは仲間だからだ。そうやって交流を 深めるのも悪くないだろ?」 「その通りです。流石、ジェイさん。いい言葉です!」 「交流を深めるのであったら、 もっと別のやり方が……!」 「ほら、カレンさん。恥ずかしがったら駄目ですよ」 慌てながら、首を横に振るカレンの手を ヒスイがぎゅっと握りしめる。 「うぅ……べ、別に……私は恥ずかしがって なんかは……」 「だったら平気だろ?」 「それは、その……そうだが……」 「というわけで、カレンさん。ジェイさんに 向かって突撃ですっ!」 「……え?」 「……は?」 俺とカレンの声が、綺麗に重なった。 カレンの手を引っ張ったまま、ヒスイは 軽く助走を付けると――。 「えーいっ!」 座り込んだ俺の胸へと飛び込んでくる。 「おわぁっ!?」 「わっ!」 手を引っ張られたカレンが、そのまま 転ぶようにヒスイに続く。 二人分の体重を座ったまま支えきれるわけもなく、 飛び込んできた二人に押し倒される。 三人でもつれ合うようにしながら、仲良く 草の上に寝転がる形になった。 「あはははっ!」 「お……驚いた……」 楽しそうに明るく笑うヒスイと、 驚きに目を白黒とさせるカレン。 背中に冷たい感触を覚えながら、二人の顔を見て……。 「……ははははっ」 次第に、胸の奥からおかしさがこみ上げてくる。 それに抗うことなく、声に出して大きく笑う。 こんな、なんでもないことが無性に楽しかった。 「やれやれ。お前らは相変わらずだな」 そうだ。この二人が変わるはずもない。 あんな……悪夢のような、ことが起こる、わけ……。 「ジェイさん、どうかしましたか?」 「頭でも打ったか……?」 「ああ……いや……」 今、頭の中に変な映像が過った。 この二人が暗い目をして、闇の中から 俺を見つめてくる絵。 「少し……悪い夢を見たんだ……」 まったく……嫌な夢を見たものだ。 「悪い……夢……?」 「どんな夢だ……?」 「いや、大した夢じゃないんだ。ただ、二人が……」 そう、二人が――。 ちょうど、こんな感じで――。 俺を――。 「うわぁぁぁぁっ!?」 胸の奥から、あらん限りの声を張り上げる。 叫びに連動するかのように、体が勝手に跳ね起きて、 意識が一瞬で覚醒を終える。 「はぁ……はぁ……」 肩で大きく息をしながら、体を起こした俺の目前には――。 驚いたように、目を丸くした リブラの顔がすぐ近くにあった。 「俺……は……?」 乱れた息を整えることもせずに、辺りを見渡す。 広がる砂浜と、暗い海。遅れて、潮の香りが鼻に届く。 ここは……海のそば、か……? 「夢……だったのか……」 大きく息を吐き出す俺の頭へと――。 「何を一人で納得しているんですか」 ごつん、とゲンコツが振り下ろされる。 「うおおおっ!?」 起き抜けのゲンコツが、頭に響く。 予想していなかった痛みに、呻き声を漏らしてしまう。 「まったく……起きる早々、うるさいですね」 「な、何をする!?」 「鉄拳を叩き込みました」 「そういうことを聞いてるんじゃねえよ!」 「ともあれ。目は覚めましたか?」 「目が覚める……って」 リブラの言葉に、ふと疑問が脳裏をよぎる。 こいつが、何故ここにいるのだろう。 そして、ここはどこだろう。 「お前、なんでここに……? ここは、どこだ……?」 「一つずつ、ゆっくりとお答えしましょう」 「ここは、アワリティア城の近くの海です」 「海……?」 辺りを見渡して、ここが海の傍で あることを改めて確認する。 俺は……もっと違う場所にいたはずだ。 そこで、俺はヒスイに切られて…… 水の中に落ちて……。 「ッ!?」 そうだ。ここは俺がいた場所ではない。 「ヒスイとカレンはどこだっ!? グリーンとアクアリーフは無事かっ!?」 息せき切って尋ねる俺の勢いに、 リブラがパチパチと瞬きを重ねる。 「……まずは、あなたの身に何が起こったのか。 それから聞くことにしましょうか」 「あ、ああ……」 俺自身、記憶が混乱しているような部分がある。 一度、自分の中で整理をするためにも、 リブラに話してきかせよう。 「実は……」 「そうですか……そのようなことが」 「……ああ」 リブラと別れてから起こったことをありのままに話す。 頭に衝撃を受けて意識を失ったこと。 倒れているところをグリーンとアクアリーフに 拾われたこと。 そして……ヒスイとカレンの二人に襲われたこと。 「一体……何が起きているんだ?」 だが、それでも、意識を失う直前に見たクリスのことは 話さなかった……いや、話せなかった。 倒れる直前に俺が見た幻影の可能性は否定出来ない。 真実であると確固たる自信を持てる部分だけを、 リブラに語って聞かせた。 「俗に言う川落ちというやつですね」 「川……落ち?」 リブラから返ってきたのは耳慣れない言葉だった。 「はい。敗北ないしは大ダメージを受けた直後に 何故か川に落ちるという現象です」 「ほとんどのケースにおいて、都合よくどこかに 打ち上げられて命を落とさずに済みます」 「初めて聞いたぞ、そんな法則」 「どの世界でも頻繁に観測されています」 「頻繁て、お前」 敗北や大ダメージ直後と、状況がかなり限定 されているのに、頻繁に観測されるなんて。 世の中、結構な数の奴が川に落ちているとでもいうのか。 「まあ、その法則はどうでもいいとしてだな。 俺が聞きたいのは、そういうことじゃなくて」 「承知しています。わたくしが分かる 範囲のことをお話しいたします」 こいつ、俺が何を聞きたいのか分かっていて、 適当なことを言ったのか。 ふざけるなと怒鳴り散らしてやりたいところだったが……。 こいつと適当な会話を挟めたおかげで、胸の奥が 少しだけ軽くなっていることに気付く。 仕方ない、不問にしておいてやるか。 「ああ、頼む。そちらで何が起きたのかも話してくれ」 「では、城の状況よりご説明します」 「現在、城の包囲は解かれています」 「ほう。そうか」 それは思わぬ朗報だった。アスモドゥスめ、 どうやら上手くやったようだな。 「ですが、これは良い知らせではありません」 「良い知らせではない?」 「はい。目的を達成した女神より、放置された ……という形になります」 「目的を達成された、だと……」 「残念ですが、我々にはそれを見抜けませんでした」 まるで自責の念に駆られたかのように、 リブラが目を閉じる。 その首が、わずかに横に振られる。 「……話を先に進めろ。女神の目的とはなんだ?」 先を促す俺の言葉に、リブラが閉じていた目を開く。 目蓋の下にあったのは、感情の読めない澄んだ眼差し。 俺をジッと見ながら、リブラがゆっくりと口を開く。 「四天王が持っていた力、です」 「あいつらの力だと……」 「そして、その力を奪ったのは――」 あの時の映像が、頭の中で鮮明によみがえる。 俺に攻撃を仕掛ける直前、ヒスイが使っていたのは……。 「ヒスイさんと、カレンさんです」 やはり、あれは……ベルゼブルの、力。 「お二人は四天王を圧倒し、力を奪い。 そして、魔王城より去りました」 「それと同時に、城を包囲していた魔物たちも正気を 失ったまま、散り散りに去って行きました」 「……そうか。その段階では、二人は既に……」 「女神に操られていたと思われます」 何故、という思いは尽きないどころか、 ますます増えていくばかりだ。 何故、ヒスイとカレンの二人を操り、 四天王の力を奪わせたのか。 何故、その後で俺を襲わせたのか。 「疑問は尽きないが……まずは、 現状の把握を優先させよう」 「その後、お前は俺を追いかけて来たわけだな」 「ええ。次に何か動きがあるとすれば、 こちらだと思いましたので」 「そして、川落ち後のあなたを発見しました」 「……そうか」 本当に命を落とさずに済んでいるということは、川落ち というのは中々に信頼出来る法則かもしれない。 「俺が意識を失った後、ヒスイたちは女神に攫われた」 だから、俺が一度目を覚ました時には誰もいなかった。 そして、遅れて到着したグリーンとアクアリーフの二人も、 ヒスイたちを見ていない。 何故、俺だけ残されたのかについては、置いておく。 「そして、俺が倒れていた間に二人は 女神に操られてしまった」 グリーンとアクアリーフに拾われた時には、 もう陽が沈んでいた。 その間に、ヒスイとカレンは女神に何かをされた。 「操られた二人は、魔王城で四天王から 力を奪い……俺を襲いに来た」 そして、二人に襲われて……今に至る。 「そうね。大体、そんな流れかしら」 突如、第三者の声が割って入る。 その穏やかな声色を耳にした瞬間、 体がビクリと反応する。 咄嗟に身構えながら振り返る俺の横で――。 「え……?」 リブラの顔に驚愕の色が浮かぶのを 見逃さなかった。 そして、それは俺も同様で――。 「一体、何の用だ……」 胸が張り裂けそうなくらいに鼓動を早める。 驚きのあまり上手く震えない喉が、 かすれた声を僅かに鳴らす。 「あらあら。どうしたのかしら? そんなに怖い顔をして」 「もしかして、とっても緊張してるの?」 「……当然だろ」 そこに立っていたのは――。 「光の女神……アーリ・ティア」 光の女神、その人だった。 「ふふっ、いいわね。そんなに緊迫した声で 名前を呼んでもらえると、嬉しくなっちゃう」 「ご褒美でもあげましょうか?」 「……結構だ」 この姿、この声色。間違えるはずもない。 空から世界を見下ろしながら、破滅を与えることを 宣告した、光の女神に相違ない。 しかし、この雰囲気と口調はなんだ? 「その顔は、雰囲気が違うことを疑問に 思っているのかしら?」 柔らかく笑みを浮かべながら、 俺の内心をズバリ言い当ててくる。 「……案外、フレンドリーなんだな」 不敵に返すはずの言葉も、震える声では締まりに欠ける。 突然の登場によって、俺の心は揺さぶられたまま 落ち着きを取り戻せない。 「こっちが素なのよ」 更に笑みを深めながら、女神は小さく首を傾げる。 神々しさよりも、親しみの方を 強く覚えさせるような仕草。 それだけに、警戒を深めざるをえない。 「別にあなた相手に女神様ぶる必要もないでしょう?」 「ジェイド……じゃなくて、魔王くん」 こいつ……何を考えている。 「好きにすればいいだろ」 「じゃあ、遠慮なく好きにしちゃうわね」 「ところで、あなたはなんでさっきから 黙りっぱなしなのかしら?」 女神の視線が、不意にリブラへと動く。 その指摘通りに先ほどからずっと黙り込んでいた リブラは、感情の読めない視線をわずかに逸らし。 「……驚いていただけです」 ぽつ、と呟くように返した。 「ふーん。そうなんだ?」 「ああ、そうだ。魔王くん」 リブラへと向けたばかりの矛先が、 唐突に俺へと変更される。 「な、なんだ……」 まるで、落ち着くような間も与えてはもらえない。 この場のペースは、完全に女神に掌握されていた。 「本当に、君が魔王なの?」 「……は?」 質問の意図がまったく理解出来ない。 「お前、さっき自分で俺のことを 『魔王くん』って呼んだよな?」 「それとこれとは話が別よ」 「……はぁ?」 ますますもって、意図が理解出来ない。 思わず、間の抜けた声で聞き返す俺のことを、 女神はくすくすと笑い。 「どうして、教えてあげないの? アカシック・リブラリアン」 またもや不意に、その視線がリブラに動く。 教えてあげない? アカシック・リブラリアン? 新たに自分の中に浮かんだ疑問へと、 意識を縛り付けられる。 「どうして……わたくしの名を……?」 「こう見えても、外のことにも少しは詳しいのよ」 「それにあなたは有名だしね。世界の知識全てを 許容するがゆえに、世界に忌み嫌われし“〈魔道書〉《グリモア》”」 「その名も、アカシック・リブラリアン」 それが……リブラの本当の名前……? 「で。どうして教えてあげないの?」 「それ、は……」 リブラが露骨に言いよどむ。 こいつが……質問に答えを返すことが出来ない……? 「あなたは、聞かれたことに 全部答える存在じゃないの?」 「それとも、自分じゃ決められない? 道具だものね。私が決めてあげてもいいわよ?」 女神は一歩たりとも動いていない。 ただ、にこやかに笑いながら、一方的にとはいえ 語りかけているだけである。 「それ……は……」 それなのに、リブラは気圧されるように後ずさった。 「駄目よ。道具なら道具として、 ちゃんと割り切らないと」 「そんな調子だと、また世界に拒絶されちゃうかもね?」 「うぅ……」 リブラは何の言葉も返すことが出来ずに、 小さく唸り声を漏らす。 さらに一歩、砂の上に足跡を刻みながら後退している。 「というわけで、魔王くん。何も言えない“〈魔道書〉《グリモア》”に 変わって、私が一つだけ質問に答えてあげるわ」 微笑む女神の視線に射抜かれて、ようやく緊張が 解けたかのように意識が疑問から解き放たれる。 「一つだけ……?」 「そう、一つだけ。私のスリーサイズでもいいわよ?」 「誰が聞くかっ!?」 「あははっ、女神相手にも普通にツッコミを 入れるなんて、魔王くんはすごいのね」 これは……罠じゃないのか? 本当に信用してもいいのか? 頭の片隅で、警鐘が鳴り響く。 「私は騙したり、嘘を吐いたりなんてしないよ? する必要がないもの」 だが……本当に、こいつがなんでも答えるというのなら。 「……ヒスイたちに、何をした?」 考え込むまでもなく、俺の口は疑問を紡いでいた。 俺の頭にずっと引っ掛かっているのは ……何故かヒスイたちのことだった。 「ぷっ……あはははははっ!」 女神が堪えきれなくなったかのように、笑い声を上げる。 軽やかで、愉快そうな笑い。 「何がおかしい……」 「だ、だって、おかしいに決まっているでしょ?」 目の端に浮かんだ涙を女神が拭い去る。 そこまで笑われると、バツの悪さすら 感じ始めてしまった。 「なんでもいいって言ってるのに、ヒスイちゃんたちの ことを聞くなんて……」 「随分と仲間思いというか情が移ってるというか…… 君って本当に魔王なの?」 「ぐ……っ」 その指摘に思わず下唇を噛んでしまう。 冷静に考えれば、他に聞くべきことがあったはずだ。 だが、俺が聞いたのはヒスイたちのことで……。 「いいから、答えろッ!」 「ふふっ、ヒスイちゃんたちには お友達になってもらったの」 「友達……?」 「そう。私の言うことを聞いて、私のために 動いてくれる素敵なお友達に」 「そんなのが友達なわけないだろ」 ヒスイとカレンは、明らかに自分の意思を失っていた。 そんな状態で友達になっただと? 胸の奥に、強い苛立ちを覚えた。 「ふーん。本当に、普通にツッコミを入れるんだね。 魔王くんって面白いな」 「面白ついでにもう少し教えてあげると。ヒスイちゃん とカレンちゃんにお友達になってもらったのは……」 女神が笑う。 世界に向けて、破滅を宣告した時と同じように。 「君を殺すためなの、魔王くん」 「俺を……」 俺を殺す。そんな不吉な言葉とはまるで そぐわないほどの穏やかな声色。 何故、こんな声で……そんなことを言えるんだ……。 「そのために、二人にはパワーアップしてもらったの」 「どう? これで、また疑問が解決したでしょう?」 「ふ……ふざけるなっ! なんで、そんなことを……!」 「そのリアクションは普通すぎるかな。残念」 俺の戸惑いも、怒声も、どこ吹く風に 女神が肩を落とす。 こいつは……本当に、何者だ。 底の知れない恐怖を覚えてしまう。 明確な力の差を見せつけるわけではなく、 まるで理解の及ばない不安だけを与えられる。 「分からないことは結局分からないまま、 死んでいく。それも人生だよね」 「というわけで、カレンちゃん、出番よ」 女神がゆっくりと手を掲げる。 掌の中から柔らかな光が溢れ、 辺りを明るく照らし上げる。 その神々しい光の中、女神のすぐ 隣にゆっくりと人影が現れる。 光が収まった時、そこには夜の闇の中に 浮かび上がるように……カレンが佇んでいた。 「魔王くん、どうする? 戦うもよし、逃げるもよし」 ジリ、と砂を踏みしめながら、カレンが 一歩間合いを詰める。 その手には、いつの間にか一振りの剣が握られていた。 「あ、そうそう。ちなみに、魔王くんが上手く勝てたら カレンちゃんの目が覚めるかもね」 逃げるべきだ。そう考えていた俺の思考が、 女神の言葉によって揺らぐ。 カレンの目が覚めるかもしれない、だって……? 「魔王様!」 硬直する俺の手を、リブラが強く引っ張る。 「この場では不利です。せめて場所を変えなければ」 そのまま、更に俺の手を強く引っ張り、 リブラが駆け出す。 急に引っ張られた体がバランスを崩し、 よろけるように一歩踏み出す。 それを切欠として、俺の体の硬直が解ける。 「あ、ああ……そうだな!」 確かに、この広いだけの空間では 俺が圧倒的に不利だ。 魔王としての力を持っていた時ならいざしらず、今や 俺には人間で言うレベル60程度の力しかない。 片や、四天王より力を奪いパワーアップしたカレン。 ここでまともにぶつかりあっては、距離を 詰められた瞬間に、勝負は決まる。 「せめて……場所を……」 リブラの言うように、場所を変えなければ。 「ふふ、それじゃ運が良ければ また会いましょう。魔王くん」 背中に聞いた女神の声は、最後まで 楽しそうな響きが込められていた。 「頑張ってね、カレンちゃん」 追いかけてくる足音を背で聞きながら――。 命がけの逃避が、幕を開けた。 「はぁっ……はぁっ……!」 夜の暗さの中、月明かりだけを頼りに ひたすら走り続ける。 あれからどれだけ走っただろうか……。 砂浜から続く、命がけの逃走は今もなお続いていた。 「左斜め前に二歩です」 リブラの淡々とした声に従って、 走る方向を左側へ寄せる。 「うおっ!?」 俺がさっきまでいた空間を、細長く伸びた炎が穿つ。 駆け抜けていく熱気が、俺の頬をチリと焼いた。 「まだ……追ってきているか……」 「はい。諦める様子はなさそうです」 駆けながら、チラリと背後を確認する。 後方から俺を追いかけてくるのは――。 ベルフェゴルの力を用いるカレンの姿。 「一歩右です」 剣より打ち放たれる炎が夜気を焼き尽くす。 真紅の焔を映し出すカレンの瞳は、 深淵のごとき暗さを湛えていた。 「くっ! 詩的なモノローグとか 考えてる時じゃないなっ!」 視線を前方へと戻しながら、駆け続ける。 ここで足を滑らせるだけで、おそらく俺はアウトだ。 この場を切り抜けるためには、 駆け続けることしか俺には許されない。 「なんで、あいつ……炎とか撃ってるんだよ! 戦士だろ!」 「三歩右です」 「くそっ!!」 魔法使いの素養なんて全くなかったはずのカレンが、 俺の背へ向けて炎を放ってくる。 これも、ベルフェゴルの力を手に入れたからなのか。 「カレンさんが奪ったのは、ベルフェゴルと マーモンの力」 「おそらく、属性的にベルフェゴルの力と相性が 良かったのでしょう。かなり馴染んでいます」 だろうな、と内心で納得の言葉を返しておく。 延々と酷使し続ける足は、とっくの昔に悲鳴を上げている。 体力に自信なんてない俺が、それでもまだ 走り続けていられるのは――。 「そろそろ効果時間が切れますね」 俺の手を引き走るリブラが、常に俺を補助する呪文を 使用し続けているからだった。 「……助かる」 「いえ。あなたに、今ここで倒れて いただくわけにはいきませんので」 「俺だって……ここで倒れたくない」 俺を殺すと断言した女神の穏やかな声と 笑顔が鮮やかによみがえってくる。 緊迫感などまるでなかった。しかし…… だからこそ、得体の知れない凄みを感じた。 こいつは……本当に俺を殺す気なのだ、と。 確信を得てしまっていた。 「死んで……たまるかっ!」 「同感です。ですので、先ほどより限界を超越して、 補助呪文を重ね続けています」 「後ほど、死にそうなくらいの筋肉痛が起きることが 確定していますが、耐えて下さい」 「お前、そういうことはあらかじめ言えよっ!?」 「手段を選んでいられる状況ではないと判断しました」 「そうだけどな!!」 「左に四歩。大きくコースを変えて下さい」 「くううっ!?」 リブラの言葉通り、徐々に馴染んできているのだろう。 攻撃を回避するために、大きく動かなければ いけなくなってきた。 「このままでは、長くはもちませんね」 「……ああ」 「あなたも……そして、カレンさんも……」 「カレンも、だと?」 限界を超えて補助をかけ続けられている 俺が長くもたないのは分かる。 だが、カレンは……。 「……あいつも無理を強いられているのか?」 「はい。極めて例外的なケースを除き、 人は単一の属性しか持てません」 「カレンさんの場合は、火。ベルフェゴルの力だけ ならば、無理はないかもしれませんが……」 「そこに、マーモンの力まで加われば、か」 「はい。力に耐えきることが出来ずに、 器が砕けることが予想出来ます」 「器が……」 あの女神、お友達になったとか言いながら……。 「あいつ……カレンのことを使い潰す気かっ!」 「はい。そして、ヒスイさんも……」 激しい熱が、体を駆け上がっていくのを感じる。 「右に二歩」 間近に感じる夜を焦がす炎よりも、 熱いものが胸の奥に灯る。 「リブラ……どうすれば、カレンを解放出来る」 その瞬間、カレンから逃げ切るという選択肢が、 俺の中から消え失せる。 「かなり危険な選択です。あなたにとっても、 カレンさんにとっても」 「それくらい、承知の上だ」 断言する俺の顔に、リブラがじっと視線を送る。 「不服か?」 「いえ……納得しただけです」 言葉通りに納得したように、リブラが小さく頷く。 「おそらく、カレンさんの意識は強い力によって 無理やり抑え込まれているのでしょう」 「意識を取り戻させるためには、 その力を弱めるしかありません」 リブラが提示した答えは、奇しくもアクアリーフが 俺に叫んだものと同じだった。 「そのためには……あの竜か」 「はい。四天王を倒した時と同様に、 あの竜の力を削って下さい」 あの時は、四人で戦って勝てた。 今は、俺一人しかいない。出来るのか……? 「分かった。やってみる」 「馴染んでいるのはベルフェゴルの力だけのようです」 「あの竜を倒すことが出来れば、もう一体も 解き放たれるでしょう」 「そうすれば、カレンの意識も……か?」 「おそらくは。ですが、全てはわたくしの 推測に基づいたものです」 「確証は何もありません。それでも……?」 「やるに決まっているだろ!」 そのためには、どこかでカレンを 迎え撃たなければいけない。 だが、ここでは駄目だ。砂浜と同様に、ここは広すぎる。 「……もう少しだけ走り続ける。補助呪文を続けておけ」 「了解しました。どちらに向かうつもりですか?」 「開けた場所では、不利すぎる。もう少し、 入り組んだ場所がいいんだが……」 「でしたら、この先に森があります」 「森……か……」 森ならば、木々の間などに身を隠すことが出来る。 開けた場所でまともに戦うよりも、少しはマシか。 「……よし、このまま行くぞ!」 「はい」 迷っている時間はない。 今は、少しでもこちらにとって有利となる材料を 求めて、俺は森へと向けて駆けることを決めた。 「リブラ……カレンは追ってきているか……?」 「視認は出来ませんが、追跡はしているでしょう」 「……そうか」 木々の隙間より差し込む月光から逃れるように、 木の陰に姿を隠す。 全身に強い疲労を感じるも、動けなくなる程度ではない。 かなりの距離を走ったにも関わらず、その程度の疲労で 済んでいるのはリブラの補助があったからだ。 「ならば、今のうちに……」 多少なりとも疲労を軽減しておこうと、 入れ物の中から回復草を取り出す。 くしゃりと握り潰した回復草を口の中に放り込み、 奥歯ですり潰すように噛み締める。 口中に広がる苦みを我慢しながら、喉の奥へと流し込む。 「……苦い」 「ここは、もう一枚とでも言うべきところですね」 「どうして、そうなる」 「それが堅実かと思いまして」 「まあな」 確かに、少しでも疲労を回復しておくのが堅実な手だろう。 もう一枚、回復草を口の中に放り込んで、噛み締める。 ……やはり、苦い。 「今のうちにもう一度確認しておく。今のままでは、 カレンは長くはもたない」 「間違いないな?」 「はい。先ほども申し上げましたように、 それは断言出来ます」 であれば、ここでカレンを撒いて 逃げ切るという選択は出来ない。 この場でなんらかの決着を付けなければいけない。 「カレンを女神の束縛から解くためには、 その力を削ぐ必要がある」 「ええ。そのためには、彼女との 戦闘は避けられないでしょう」 「ただし、上手くいくという確証はありません」 「……分かっている」 改めて、頭の中でやるべきことを整理する。 カレンと戦闘をすることによって、その力を削る。 それで女神の束縛から解放される……かもしれない。 「状況は分かった……が」 問題は、一点。 そして、それは全てを握ると言っても過言ではない、 かなり重要度の高い一点。 「俺が勝てるかどうか……か」 新たに力を得たカレンを相手に、果たして 今の俺は勝てるだろうか。 魔法使いと戦士の戦い――防御手段に乏しい魔法使いは 戦士の接近を許さずに戦わなければならない。 つまり、俺が上手く立ち回る必要がある。 「森の中で、命がけの戦闘……か」 カレン、森の中、命がけの戦闘――。 幾つかのキーワードから、試練の大地での 出来事がふと頭を過ぎる。 何かが、心の隅に引っかかった ような感触を覚える。 「どうかしました?」 「試練の大地のことを少し思い出して、な」 「……感傷ですか?」 「いや、それも少しあるんだが……」 あの時、カレンと二人で命がけの模擬戦を したことがまず思い出される。 あれも、森の中だった――。 だが、俺の心の中に引っかかっているものは、 それではない気がする。 「夜……夜、だ……」 「何か気になることでも?」 「ああ。何かが俺の頭の片隅に 引っかかっているんだが……」 それが、どうも上手く形にならない。 「ふむ。あなたが気になっていることであれば ……ツッコミではないでしょうか?」 「なんで、そうなるんだよ!?」 まるで、俺が終始ツッコミしか 考えてないみたいじゃないか。 「あなたがツッコミを入れることの大半が、 この世界での常識に関することです」 「であれば、頭の片隅に引っかかることも同様に、 世界に対しての違和感であると推測しました」 「世界に対しての違和感……」 リブラの適当そうな返事に、そこまでの 意味が篭っていたとは。 あの時、俺が感じた違和感。 俺が一番力を込めたツッコミは、確か――。 「木を切り倒すとか、そういうものが 修行らしいとは思うんだが」 「木を切る? おいおい、何を言ってるんだ、魔法使い」 「そんなこと出来るわけないだろう」 「修行のために、木を切り倒すなんて論外ってわけか」 「修行でなくてもだ。そもそも、木は切れないものだろ」 「……は?」 「なんせ、木が切れたらマップが変わってしまうからな」 「はぁぁぁぁっ!?」 ああ――。 「もしかして……」 「何か思い当たることがありましたか?」 「……ああ」 だとすれば、森に逃げ込んだこの状況―― とんでもない幸運かもしれない。 確証はない。だが、今はこれに賭けるしかない。 「……来ます」 リブラが低く呟くと同時に、誰かが草を 踏みしめる音がかすかに聞こえてくる。 「リブラ、俺への補助を続けておけ」 「了解しました。無理やりにでも動かし続けます」 近付いてくる足音に、次第に緊張が 増していくのを感じる。 これまでに何度覚悟を決めたことだろうか。 大きく息を吸い込み、空気を体の隅々に送り込む。 疲労は残っているが……体は動ける。 「……よし」 足音はもう近い。 意を決して、木陰より躍り出る。 木々の間、僅かな月光を受けて立つ姿は――。 ――カレン。 「俺はここだ……カレン」 「見つ……けた……」 俺の言葉に、カレンがたどたどしく言葉を返す。 「女神様のため……倒す……」 手に握られた白刃が、月光を受けて 青白く神秘的な輝きを宿す。 「問答無用か。それはそれでお前らしいが……」 だが……これはカレンではない。 ただ、女神にいいように操られている人形にすぎない。 「俺は、今のお前を認めるわけにはいかない」 俺はこいつを――仲間を取り戻してみせる。 「かかってこい!」 俺の声に応じた、というわけではないだろうが、 カレンが地面を蹴って、距離を詰めてくる。 森の闇の中で、静かに死闘の幕が開けた。 「リブラ、補助を開始だ」 「了解しました。おそらく、彼女の狙いは あなたに絞られると予測されます」 「だろうな」 明確に俺を殺すと宣言したからには、 まずは俺を狙ってくるだろう。 「リブラ、お前は木の陰に隠れておけ」 「よろしいのですか?」 「ああ。そこならば、きっと安全だ」 「分かりました」 不思議そうに首を傾げながらも、リブラは 俺の言葉に従って木陰に身を隠す。 「それでは、こっそりと支援行動を開始します」 「常時上書きを続けますので、目の前のことに 集中をして下さい」 「任せたぞ」 リブラに全てを委ねて、カレンへと向き合う。 「倒す……」 カレンの背後で炎が渦巻き、闇を赤く焼き尽くす。 炎の竜の形を取った魔力が、 カレンが手にする剣へと宿る。 「自らにあった形にアレンジを加えている……。 どうやら、完全に使いこなしているようですね」 「となれば、狙うのは剣か――」 炎を纏い赤熱する刃を軽く睨み付ける。 「好都合だ」 まずは、カレンの攻撃を誘う。 そのための手段だが――。 不確かな策に頼るよりは、ここは一息に押し切る! 「“漆黒の旋風” ダーク・ゲイル!」 カレンの剣目がけて、闇の魔力を撃ち出す。 「切……る……」 迫りくる魔力を、カレンが真っ向から切り裂く。 魔力同士が衝突した余波が、 風となって周囲に広がる。 「避けないだと……っ!」 その行動は予想外だった。 避けてから距離を詰めてくるとばかり思っていたが……。 カレンのことを甘く見すぎてしまっていたか! 「覚……悟……」 魔力を切り払った直後、カレンが突撃するかの ような勢いで踏み込んでくる。 体が衝突するくらいに、距離が肉薄する。 「チッ!」 これまでのカレンの動きから、 パターンを組み立てるべきだった。 己のうかつさを悔やみながらも、 次の行動を思い描く。 逃げている途中の行動より、今のカレンは 牽制から入ってくると予測を立てる。 それを上手く相殺していれば、カレンの方から 間合いを詰めてくるだろう。 「吠え……ろ……」 大上段に持ち上げた剣を、カレンが一息に振りぬく。 縦に一閃された赤熱の刃より、炎塊が打ち出される。 ――来た。 「“光遮る深淵” ブラインド・ブラック!」 飛来する炎塊へと、漆黒の魔力を叩きつけて相殺する。 俺とカレンの間で炎が爆散し、大きく広がる。 「……攻撃、来ます」 炎の赤を引き裂いて、カレンが飛び出す。 底のない暗い視線が、俺を射る。 「魔王様……!」 「心配するなっ!!」 リブラの補助を受け続けている体が、 俺の意思を汲み取り即座に動く。 カレンを引きはがすように大きく後ろに飛び退くも――。 「遅……い……」 カレンの間合いより逃れることが出来ない。 俺を両断すべく、カレンが剣を大きく横へと薙ぐ。 赤く熱した刃が、夜闇に赤い線を描きながら迫り――。 「それを待っていた!!」 ガツッ。 重い衝突音を立てて、剣が俺に届く前に止まる。 「これは……」 カレンの剣は木の幹を叩き、大きく弾かれていた。 そして、その隙――逃がさない。 「“久遠の時駆ける暗黒” ブリット・ダークネス!」 闇の魔力を握り拳大までに圧縮させて、 高速で打ち放つ。 カレンの剣に纏わりつく炎が 大きく削られて、揺らめく。 「今……カレンさんの攻撃が……」 驚いたようなリブラの呟きを耳にしながら、 木を背負う位置まで動く。 「試練の大地で、こいつが言ったんだ」 「『マップが変わってしまうから、木は切れない』と」 マップが変わるから切れないって、どんな理由だよ。 その思いは変わらないし、納得も出来ない。 だから、深い部分までは考えずに、とにかく木が 切れないという結果だけを利用する。 「なるほど。世界の矛盾を逆手に取って利用しましたか」 「散々苦しめられた部分だからな」 俺の頭を悩ませ続けたものを、利用出来た。 そこに少し痛快なものを覚えて、満足感を抱く。 「こ……の……」 カレンが再び、大振りに剣を薙ぐ。 「頑なに続けるか」 身を屈めながら、背にした木の陰に飛び込む。 カレンの剣は吸い込まれるように、木の幹を叩き――。 ガツ、と大きく弾かれる。 「……小細工を使わずに、真っ向から切り続けるか」 猪突猛進と言うべきか……あるいは、 カレンらしいと言うべきか。 「“悠久たる黒の楔” シャドウ・スティング!」 屈んだ体勢のまま、足元の影を両手で叩き魔力を流す。 影が無数の鋭利な刃と化して、カレンの剣に 纏う炎を何度も抉る。 「ぐっ……」 胸の奥に溜まった燃焼した空気を吐き出すと 同時、全身に鈍い痛みが走る。 補助呪文を重ね続けた俺の体に、そろそろ 限界が近付いていることを悟らせる。 「補助呪文、上書きを開始」 「最大でかけろ、リブラ!」 おそらく、動ける時間はそれほど長くはない。 「次で決める――」 「……了解しました」 「補助呪文、最大出力……“〈了承〉《オーダー》”」 体に走る鈍い痛みが消える。 ……いや、強引に抑え込まれる。 「いくぞ……カレン」 カレンの一撃を避けて攻撃する。 そこまでの余裕があるかどうかは怪しい。 ならば、真っ向より一撃で力を削りきる。 こいつが……カレンが、これまでそうしてきたように。 「神すらも……」 俺の姿を視認して、カレンが大きく剣を振りかぶる。 刃に宿る赤熱の色が、更に深まる。 「魔王ですらも……」 神すらも魔王ですらも、切り捨てる。 その意を刃に込めて、カレンが一足に間合いを詰めてくる。 「神ですら魔王ですら切り捨てる、お前の刃は……」 闇を引き裂き、風を撫で切り、迫る剣が――。 「仲間を切れるかっ! カレンッ!!」 「ぐ……っ!?」 ビクリ、と揺れる。 「“断絶の闇閃く一瞬”“惨劇の幕開ける漆黒”」 カレンの剣が揺れたことによって生まれた間隙。 その隙間に、詠唱を捻じ込む。 「サンライト・イーター!!」 空間に密集する闇を握りこむ。 手の中からこぼれ出る闇の魔力が、 目前に迫るカレンの剣を模倣する。 竜の力を纏う赤熱の刃へと、 闇の力にて生み出した漆黒の剣を――。 「光の呪縛より、解き放たれろ!!」 叩きつけるッ!! 「く……あぁっ!!」 炎の刃が、闇の刃によって浸食される。 ブル、と空気が振動し、夜気が震える。 衝突の衝撃がゆっくりと収まっていき――。 カレンの剣に宿った真紅が、弾け散った。 ヒュン、と風を切り裂く音を鳴らしながら、 カレンの手から剣が弾き飛ばされる。 空中に弧を描いて舞う剣が、 切っ先より地面に突き刺さる。 「ぐ……っ」 体を引き裂かれるような痛みに襲われて、 その場に片膝を突く。 全身から急速に力が抜け始め、入れ替わるように 疲労感が隅々にまで充満する。 もう、指一本動かせるかどうかすら怪しい。 「魔王様……!」 木陰より飛び出してきたリブラが、 俺の肩にそっと手を添えるのだが……。 触れられているという感覚が、薄い。 「勝てた……か……?」 剣を弾き飛ばされ、焦点の合わない目のまま 立ち尽くすカレンの姿を見上げる。 その体から、二体の竜がゆっくりと 浮かび上がるように抜け出して――。 それぞれ、竜を模したカードへと姿を変える。 「……え?」 二枚のカードは俺の目前へと飛来して、 くるくると回り始める。 「このカード、は……?」 空中で回転を続けるカードへと、呆然と手を伸ばす。 特に何か抵抗があるわけでもなく、カードは あっさりと俺の手の中に収まる。 「二体の竜の力です」 「これが、そうなのか……?」 「はい。奪われた力はこのような形となって、 カレンさんに与えられました」 「それを、今、こうして奪い返した形です」 「……なるほど」 女神の手によって、四天王の力はカードに 姿を変えて奪われたのか。 力という形のないものに、明確な形を与えることに よって与奪を可能にしたのだろう。 「今は、あなたがお持ちください」 「……分かった」 リブラの助言に従って、カードを仕舞っておく。 後で四天王に返してやるとするか。 「う、うぅ……」 カレンの呻き声に視線を跳ね上げる。 深い闇の底のように、光を宿していなかった カレンの双眸がゆっくりと揺れて……。 徐々に、感情の色が現れ始める。 「私……は……」 「カレン……」 痛みを訴え続ける体に鞭を打ちながら、 無理やりに立ち上がる。 地面を踏みしめる力すら持たない足では自分を 支えることすら出来ずに、ふらりと体が揺れる。 「おっと」 俺の体をすかさず、リブラが支えてくれる。 「格好がつきませんよ」 「……すまない」 いつもと変わらず淡々とした声に、 小さな苦笑いで答える。 「魔法使い……リブラ……?」 そんな俺たちを見て、カレンが 不思議そうに声を漏らす。 その目に浮かんでいたのは、戸惑いの色。 どうやら……女神の呪縛から 無事に解放されたようだ。 「よかった……」 「よかったって、何がだ?」 「ふ……ははははっ!」 何が起こったのか分からずに、きょとんとした 顔をするカレンがおかしくて。 胸の奥から、自然と笑い声が溢れてきていた。 「な、なんだ? 急に笑い始めて」 「いや、安心した。お前がお前に戻って、 本当によかった」 「だから、なんの話だ?」 ただひたすらに安堵し続ける俺に対して、 カレンは不思議そうに首を傾げる一方で。 それがまた、少しおかしい。 「詳しい説明は後ほど行いますので、 まずは場所を変えましょう」 「お二人とも、体に無理を重ね続けていますので、 どこかで休まなければ」 「ん? そういえば、何故か体がだるいな」 言われて気付いたように、額を抑えて 重々しく溜息を漏らす。 体がだるいだけで済んでいるのは、 俺との基礎体力の差なのかもしれない。 「そうだな。だが……その前に……」 いつか、俺が言われた言葉。それを、今返しておこう。 「カレン、お帰り」 「ん……?」 カレンは相変わらず、きょとんとした顔で 首を傾げた後で。 「ただいま……?」 疑問系ながらも、そう返すのだった。 「体が……痛い……」 「ですから言ったでしょう、死ぬほど体が痛くなると」 「無茶をしたものだな、お前も。大丈夫か?」 「まあ……どうにか……」 一時の休息を求めて、俺たちが足を運んだのは 近くにあったアワリティア城下町だった。 身を隠すのであれば、出来るだけ離れるべきだったが、 疲労の色が濃い俺たちの足では遠出も叶わない。 中でも、疲労が一番濃いのは俺だったが。 「ひとまず、持てるだけの回復草と魔法の水を 入手してきました」 「二人とも、食べては飲み、食べては飲みの 暴飲暴食に勤しんで下さい」 「その言い方はどうかと思うぞ」 「間違った言い回しではありません」 「……まあな」 確かに今、俺がやっているのは 食べては飲みの繰り返しだ。 回復草を奥歯ですり潰すように噛み、 魔法の水で喉の奥へと流し込む。 かなり苦い上に水でお腹がいっぱいになってくるが、 短時間で一番効率がいい回復方法はこれ以外にない。 「私は干し肉の方がいいな」 「では、こちらの干し肉をどうぞ」 「おお、ありがとう。準備がいいんだな」 「わたくし、出来る魔道書ですので」 「うんうん。かなり出来るやつだな」 満足そうに頷きながら、カレンは干し肉を齧り始める。 うーむ、こうして見ていると干し肉が 美味そうに思えてきたぞ。 「なあ、リブラ。俺も干し肉がいいんだが」 「あなたは回復草です」 「なんでだよっ!?」 俺だって、干し肉が食べたい。 苦くないものが食べたい! 「だって、あなたはすぐにお腹がいっぱいに なったとか言うでしょう」 「べ、別にそんなこと言ったりなんてしねえし」 図星だった。 干し肉の方が回復量が多いのは、俺でも知っている。 だが、干し肉はれっきとした食料である。 つまり、回復草よりもお腹にたまるのだ。 「魔法使いは、結構食が細いからな」 「いや、お前らが食べる量多すぎるだけだろ」 お腹いっぱいになるまでの回復量を比較すると、 回復草の方が干し肉を遥かに上回ることになる。 カレンのような健啖家なら話は変わってくるだろうが。 「女性に向かって、その言い方はあまり 褒められたものではありません」 「そうだぞ。リブラ、もっと言ってやれ」 「この草食系魔王」 「好きで回復草食べまくってるわけじゃねえよ!」 出来ることならば、肉食系魔王でありたい。 干し肉が食べたいという意味で。 しかし、現実は非情であり、俺は回復草食系魔王 として名を馳せるより他ない。 「それより、これからの相談をしておきたいんだが」 「そういえば、私は何をしていたんだ?」 「何も覚えていないのですか?」 「ああ。リブラと別れた後辺りから、 記憶がとても曖昧なんだ」 リブラと別れた後辺り……つまり、俺が意識を失った 付近からの記憶がおぼろげということか。 「ならば、まずはこれまでに起きたことの 説明から始めようか」 「そうですね。多少、長くなりますが話をお聞き下さい」 「出来るだけ手短に頼む」 「善処します」 これからのことを話し合う前に、ひとまずカレンに これまでの事情を説明を行うことにした。 「なるほど……そんなことになっていたのか」 肉を食べるのも忘れて、カレンが静かに呟きをこぼす。 光の女神を救うために旅を続けていたカレンに とっては、酷い裏切りを受けたようなものだ。 沈むのも理解は出来る。 「カレン……」 「肉のお代わりを頼む」 「お前っ!?」 今、すごくシリアスな空気だったじゃないかよ! 全部台なしになってしまったじゃないか! 「うーむ。よく分からないが、 女神様を切ればいいんだろう?」 「なんだ、その割り切り方! 怖いわ!」 「ええ。三枚に下ろす感じで切って下さい」 「お前も煽ってんじゃねえよ!」 こいつら、油断も隙もないな! 俺のシリアスを返せ! 「まあ、冗談はさておきだな」 こいつの場合、冗談に聞こえないのが少し怖い。 「女神様は私を使い潰そうとしたのだろう?」 「……ああ」 リブラの言葉によれば、その通りだ。 本来ならばカレンが持ち得ないはずの力を与え、 俺にけしかける。 その力にカレンの体が耐え切れないことは ……おそらく分かった上で、だろう。 「だが、お前は私を助けてくれた」 「……まあな」 仲間を操り、命を狙う。のみならず、 刺客として使い潰そうとしている。 そんなことは許せなかった。 そんな、吐き気がするほどにおぞましい行為を ……俺は許せなかった。 俺は、魔王だというのに。 「だったら、私はお前を信じるさ。魔法使い」 俺の迷いなど関係ないとばかりにカレンが 笑いながら、しっかりと頷く。 迷いもためらいもせずに、光の女神より 俺を信じると断言してくれた。 そのことが、俺には……とても、嬉しかった。 「……ありがとう」 小さな呟きを零すと、回復草を口の中に放り込み、 思いっきり奥歯で噛み締める。 口の中いっぱいに強く広がる苦みによって、 浮かびそうになった表情を隠す。 俺なりの、照れ隠しだった。 「さて、この照れ魔王はさておきまして」 「は? 別に照れてなんてねえし」 「さておきまして」 ぬう、スルーされてしまった!? 「さておくとしてだ」 しかも、二人同時にだと!? 「これからの計画を立てなければいけないのですが……」 そうだな、と俺が思考をシフトしようとした時――。 「あら、どんな計画なのかしら?」 柔らかい声色とともに、路地裏が 神々しく照らし上げられる。 誰がやってきたのか。それは火を見るよりも……いや、 いっそ言うのであれば光を見るよりも明らかで。 「見ーつけたっ」 光の女神アーリ・ティア、その人だった。 「光の女神……」 「ふふ、どうしたの魔王くん。なんだか顔が硬いよ?」 あくまでも穏やかな声色は崩さないまま、 女神がほほ笑む。 「悪いが、これが素の顔なんだ」 顔が硬いのも当然だ。多少は回復出来たとはいえ、 こちらは本調子にほど遠い。 俺もカレンも、万全のコンディションとは言えない状態だ。 「ふーん、今はクールだね。ついさっきまで あんなに熱血してたのに」 「カレンは俺の嫁、とか叫んじゃって」 「叫んでねえよ!」 「なっ、ま、魔法使い、そ、その、 そういうことは、だな……」 「お前も信じてるんじゃねえよ!」 くそっ! どうして、こいつらはそろいもそろって 俺にシリアスな空気を続けさせてくれないんだっ! いや……落ち着け、これが女神の手 かもしれないじゃないか。 こうやって、俺たちの意識をかき乱す作戦かもしれない。 おのれ、なんて姑息な手を! 「それで、何用でしょうか?」 リブラが平坦ながらも、普段よりは やや硬い口調にて問いかける。 女神を前に警戒の色を濃くしているのは――。 「どうして、教えてあげないの? アカシック・リブラリアン」 あの言葉以来、一気に女神に飲み込まれて しまったからだろう。 「何を警戒しているのかしら? アカシック・リブラリアン」 女神がまたもや、リブラのことをその名で呼ぶ。 何故、そう呼ぶのか。その名に、どんな意味があるのか。 俺には分からないままだ。 「警戒するなという方が無理です」 「あらあら。そこまで露骨に警戒するだなんて、 見た目通りに可愛いのね」 心なしか、余裕の色を失っているリブラに対して、 女神はくすりと余裕そうに笑みを漏らしている。 どちらが旗色が悪いのか、一目瞭然だった。 「ところでカレンちゃん」 「……はい」 不意に、女神の矛先がカレンへと向いた。 今度はカレンを揺さぶってくるつもりか。 「魔王くんを殺してくれないかしら?」 「それは出来ない相談です」 「どうして? 女神様の言うことよ?」 「それでも、聞けません。私はついさっき、 こいつから助けられたばかりですので」 女神を前にしても変わることなく、 カレンはきっぱりと首を横に振る。 のみならず、ゆっくりと剣を引き抜いて。 「なので、あなたがこいつの命を狙うというのなら、 この場で切り捨てるだけの覚悟は出来ています」 「ふふ、ふふふ。聞いた? 聞いたわよね、魔王くん」 愉快そうに小さな笑いを繰り返しながら、 女神が俺を見る。 穏やかな眼差しの奥から、俺を射るような視線を 覚えて、背筋がぞくりと震える。 「カレンちゃんはあなたを守るんだって。 あなたのために、私に剣を向けたわよ」 「……当然だろ。お前、自分が何をしたのか 分かっているのか?」 「そんなことはどうでもいいの。大事なのは、あなたが カレンちゃんに影響を与えたということ」 「……俺が?」 どういうことだ。こいつは何を言いたい。 これ以上話を聞いてはマズイと思う。 だが、俺はついつい聞き入ってしまう。 女神の言葉に。 「周囲に影響を与えて、自分のいいように変えていく。 それって、魔王のすることかしら?」 「……は?」 発言の意図がまるで理解出来ない。 何故、急にそんなことを言い出すんだ? 「別に……普通のことだろ。俺だって、 周囲から影響を受けることだってある」 「だったら、逆も十分にありえるはずだ」 そう。それは極めて普通で、当たり前のことだ。 どうして、そんなことをわざわざ俺に尋ねてくる。 分からない。 「ふふ、あなたはとても面白いわ、魔王くん」 「あなたもそう思うわよね、アカシック・リブラリアン」 「……さて」 リブラの返答は極めて簡素だった。 肯定でも否定でもない曖昧な言葉を、 目を伏せながら呟く。 どうも、女神と対峙する時のこいつはおかしい。 「……魔法使い、なんの話だ?」 「俺に聞かれても分からん」 それはいっそ俺が聞きたいことだった。 女神は、なんの話をしているのだろう、と。 「折角面白くなってきたところだけど、 死んでもらうことに変わりはないわ」 「今度の相手は、あなたの天敵よ。魔王くん」 天敵――その言葉に、嫌な予感が脳裏をよぎった。 そして、俺の嫌な予感は……すぐに的中することになる。 片手を掲げ、女神が白光を放つ。 その輝きの中から、ゆっくりと姿を現したのは。 勇者――ヒスイ。 「ヒスイ……」 「……趣味が悪いな」 言葉もなく、ただただ暗い目を俺たちへと向けてくる。 井戸の奥底を覗いたかのような、 闇に囚われし深く黒い眼差し。 射抜くような視線に、生きた心地がしない。 「私も、あんな目をしていたのか?」 「ああ、そうだ」 「そうか……」 短く呟きながら、カレンが剣を構え直す。 「ヒスイに……あんな目をずっと させるわけにはいかない」 「ああ、そうだな」 カレンのその一言が、俺の胸の中で勇気へと変わる。 ヒスイをこのままにはしておけない。 疲労が色濃く支配する体でどこまで動けるか。 ――やってみよう。 「ヒスイちゃんも、さっそく力が馴染んでるわ。 もしかしたら、カレンちゃん以上の強敵かもね」 「今度も上手く勝てるかしら? 魔王くん」 「……やってやるさ」 女神を一度睨み付けてから、ヒスイへと視線を映す。 一度こいつに襲われた時、使っていた力は――。 確か、ベルゼブルの力だったな。 「それじゃ第二ラウンド、開始」 にこやかに微笑みながら開始を告げると、 女神の姿は光の粒へと変わって霧散していく。 早速、逃げ出しやがったか。 だが、ここで女神を追いかけるわけにはいかない。 「正義の……ため……」 うわ言のように呟くヒスイを置いて、 何も感じないわけがない。 「カレン、リブラ……」 「やるぞ、ヒスイの目を覚まさせる」 「ああ、分かっている」 「了解しました。善処いたします」 闇に包まれた眼差しのまま、ヒスイが ゆっくりと剣を構える。 ジリ、と足元を踏みしめる音が耳にまで届く。 「――行くぞ!」 「行き……ます……」 本来であれば、戦闘など繰りひろげられる 場所ではない町中。 だが、人の姿が全て消え去った今では、 そんな決まり事もなくなったのかもしれない。 月が見守る中、俺たちとヒスイの戦いは、 静かに幕を開けるのだった。 「出て……こい……」 「ベルゼブルが所持していたものと 同一の力を確認しました」 「おそらく、レヴィ・アンの力も所有しているでしょうが、 そちらは馴染みきっていないようです」 「ということは、あの竜を叩けば、だな」 「そうなります」 「驚いた……私も、あんな感じに力を使っていたんだな」 「はい。カレンさんの場合、ベルフェゴルの力との 相性が良かったようです」 「なるほど。まあ、私には剣一本さえあれば十分だが」 「さて……ヒスイと剣を向け合うか。微妙な心もちだな」 「全くだ」 俺の場合は、魔王として勇者パーティーと 戦った経験がある。 だが、カレンにとっては仲間と剣を交えるのはこれが 初めてだ。戸惑うのも無理はないだろう。 「ひとまず、あの竜を消せばいいんだろう?」 「ああ。ヒスイの意識は、あの力によって 抑えつけられているらしいからな」 「つまり、ヒスイと戦うということだな」 「出来るか?」 「それでヒスイが救えるのなら、 やるに決まっているだろう」 ああ、こいつは相変わらず 思い切りが良くて助かる。 深く考えていないだけ、という不名誉な 呼び方は勘弁しておいてやるとするか。 「よし、それじゃ……」 行くぞ、と俺が口を開くよりも早く。 「いき……ます」 ヒスイの姿がぶれる。 いや、正確にはぶれて見えるほどの超スピード。 ヒスイが一気に間合いを詰めてきて――。 先制攻撃を仕掛けられる。 「速いっ!?」 尋常ではない速度での踏込に、誰一人反応が出来なかった。 気が付けば、ヒスイは俺の懐に飛び込んできていて――。 一息に俺の体を切り飛ばしていた。 「ぐぅぅぅぅ!!」 必死に体をねじる程度の抵抗をしたのが功を奏したか、 一撃で切り伏せられるという事態は避けられた。 その代わり、俺は殴りつけられたような痛みを 全身に覚えながら、大きく吹き飛ばされる。 浮遊した体が、背中から地面に叩きつけられる。 「魔法使い!」 「魔王様っ!」 「大丈夫だ……」 そう返しながら、立ち上がろうとした 俺の膝ががくりと折れ曲がる。 ガタガタと膝が笑うように震えて、 言うことを聞かない。 まともに立ち上がることも出来ずに、両膝を地面に 突いた状態で動きが止まってしまう。 「俺は心配いらない、ヒスイを頼む!」 「“〈注文〉《オーダー》”を了承いたしました」 俺の指示を受けたリブラが、早速補助呪文を唱える。 それが向いた先は、カレンだった。 「カレンさん、しばらくヒスイさんをお願いします」 「その間に、魔王様には休憩してもらいます」 「ああ、分かった。こちらからいくぞ、ヒスイっ!」 「く、う……」 カレンの大振りな斬撃が、ヒスイの傍らに ある竜の影だけを捕らえる。 リブラの補助を受けたカレンとヒスイでは、 だいたい互角程度のようだ。 「俺、だって……」 カレン一人に任せるつもりはない。無理やりにでも、 体を動かそうとするのだが……。 カレンとの戦闘で無理を重ねた体は、 言うことを聞かない。 俺の意思を反映することもなく、 体はぴくりとも動かず……。 「く……っ」 逆に、重力に屈したかのように、 その場に倒れ伏してしまう。 硬い石畳の上へと横たえた体は、限界を 迎えたかのように重く、鈍い。 「魔法使い……!?」 「……やはり、既に限界が訪れていましたか」 「カレンさん、我々二人で戦う覚悟を決めて下さい」 「ああ。そうするしかないようだな」 「かかってこい、ヒスイ。魔法使いには 指一本触れさせない」 ヒスイの前に立ちふさがるように剣を構えるカレン。 そして、それを背後より呪文で支えるリブラ。 俺は……その二人を、地面に倒れたまま見守るしかない。 なんて……歯がゆい。 「無駄……」 疾風と化したヒスイは、一瞬で 俺たちの視界より姿を消し――。 「カレンさんっ!」 「見えているっ!」 高速の移動をカレンが見切る。 横なぎに振われた剣が、ヒスイの一撃を切り払う。 金属同士がこすれあう硬質な音が鳴り響き、 中空に火花が舞い散る。 「行き……ます……」 ヒスイの動きはまだ止まらない。 旋風のような連撃が、カレンに向けて吹き荒れる。 「補助呪文“〈増幅〉《ブースト》”」 「この程度でっ!」 その全てをカレンが切り払い、切り払い、切り払う! 旋風のような連撃を、烈火のごとき 剣撃にて打ち払い続ける。 一見、二人の腕は互角。だが、しかし――。 「カレンさん、しばらく我慢を」 「凌ぎ切ってやるさ」 次第にカレンの方が押し込まれていく。 カレンと戦った時の俺と同じように、リブラの補助を 受けて戦い続けるカレンの方は疲労が蓄積する一方で。 まるで無尽蔵の体力を誇るかのように攻め続けるヒスイを 完全に捌ききることが出来なくなってきている。 このままで、いずれ押し切られるのは時間の問題だろう。 「これで……いいのか……」 何も出来ず、一撃で打ちのめされ、酷使を重ねた体は まともに言うことを聞かない。 だからといって、これでいいのだろうか。 目の前で仲間同士が戦う光景を、いずれ訪れる結末を 予期しておきながら、何もしない。 俺は……それでいいのか? 「うわぁぁっ!?」 「ダメージ、甚大……。カレンさん、これ以上は」 迷っている暇なんて、なかった。 カードを一枚、強く握り締めて――。 「俺の力になれっ!!」 力の限り、叫び声を上げた。 ――ドクッ。 体の芯の部分で何かが強く脈打つ。 ――ドクッ。 体の奥底から、魔力が溢れ出してくる。 ――ドクッ。 爪先から指先まで、力が充満していく。 「起きろ、地竜スマウグッ!!」 俺の体の中に満ちる力。それを与える竜の名前を、 頭ではなくて心で理解する。 今まで呼ばれることのなかった竜の名を、 高らかに叫び上げる。 「な……ま、魔法使いっ!?」 「これは……まさか、自力で……?」 今までピクリとも動かなかった体から、 痛みも重みも全て消え失せる。 もはや、俺を阻むものは何もなく、俺が動くことを 邪魔できるものは存在しない。 全身で湧き上がってくる力を感じながら、 ゆっくりと立ち上がる。 「危険……」 ヒスイが風を切り裂く速度にて、俺に迫る。 手負いのカレンでは、それを阻むことは出来ずに、 ヒスイは俺の懐へと踏み込み……。 剣を、振りぬく。 「効かんっ!」 ヒスイの剣を、具現化した魔力―― 土竜スマウグが受け止める。 「マーモンの……力……」 「ああ、やはり……」 剣を阻まれてもなお、ヒスイは眉一つ 動かすようなことはしなかった。 太陽のように明るかった笑顔も今はなく、 深淵のごとく暗い目が俺を見るだけで。 「目を覚ませ、ヒスイっ!」 ヒスイがそんな目をするのが、許せなかった。 胸の怒りを叩きつけるかのように、 竜同士が激しく衝突し合う。 風と土、相反する衝突の余波が、 強い衝撃となって辺りに吹き荒れる。 「ヒスイ、俺は困っているんだ。俺の仲間が、 意識を奪われ、俺の命を狙っている」 「こうして、望まぬ戦いを強いられている!」 竜同士が衝突し合う中、その余波で掻き消されないように、 大きな声を張り上げる。 「そいつがいつも通りに笑ってくれたら、俺はそれだけで 安心出来る。俺はそいつの笑顔が見たいんだ」 「だから、ヒスイ――笑ってくれ! 俺にお前の笑顔を見せてくれ!」 数度の衝突を重ね――。 「俺を助けてくれ……困っている、 弱り果てている俺を!」 「お前は、勇者だろ……ヒスイッ!!」 「あ……っ」 スマウグが――こちらの竜が、押し切る。 風の力をもたらす竜は中空にて四散し――。 穏やかな風となって、辺りに流れ出す。 それが、元来の姿であるかのように。 「だが……今の俺では……」 何も出来ない。立つことすらままならない俺に、 戦況を変える手など存在するわけがない。 「切る……」 「うわっ!」 「すぐに補助呪文を上書きします」 「頼んだ!」 カレンがヒスイに徐々に押し込まれる。 だが、そこに割って入るだけの力が俺には――。 「……っ!」 女神に操られているヒスイの目が、一瞬俺を見る。 深い闇のみが込められた瞳に、更に暗い光が宿る。 倒れたまま何もしない俺を見て、 落胆でもしたのか……? 「しかし、今の俺では――」 諦めと絶望が俺の心を支配していく中。 「な……っ?」 俺の胸の奥で、何か熱い物を感じる。 「なんだ……これは……」 まるで、俺を励ますように。 俺を立ち上がれと叱咤するように――。 一枚のカードが、俺の服の中から飛び出してきた。 「そんなこと……」 許せない。俺が、俺自身を、許せない。 「力……」 思えば、俺は力を求めたことなど一度もなかった。 魔王の座と、魔王の力を持ち、どのような窮地に あっても、自分の力に絶対の自信を持ち。 それ以上の力を求める必要なんて、なかった。 その俺が、今、初めて……。 「力が……欲しい……」 力を欲していた。 「切る……」 「うわっ!」 「すぐに補助呪文を上書きします」 「頼んだ!」 「力が……あれば……」 力を求めていた。 立ち上がり、戦う。その程度でいいから ……力が、欲しい。 力が……。 「……っ!?」 脳裏を強烈な閃きが走る。 力ならば、ある。俺のすぐそばに。 そして、それを与えられた人間が、 俺の目の前に二人いる。 その力は、誰かに与えることが出来る力。 だったら、俺にも……。 「俺に……だって……」 出来るはずだ。そう信じながら、懐からカードを ――いや、カードの形をした、四天王の力を取り出す。 「ああ……」 勝敗が決した瞬間、ヒスイの体の中から 二体の竜がカードとなって浮かび上がる。 俺の手元に静かに飛来するカードを、片手で掴み取る。 これで4枚……四天王の力を全て取り戻したことになる。 「うぅ……」 「おっと」 ふらり、と揺れたヒスイの体を片手で受け止める。 腕の中のヒスイは目を閉じたまま、ぐったりとしていた。 女神の呪縛から……無事に解き放つことが 出来たのだろうか。 「魔法使い……お前、さっき何をしたんだ?」 「あの竜を……お前が使っているように 見えたんだが……」 「ああ、あれか。あれはだな……」 不思議そうに目を瞬かせるカレンへと、 どう答えたものか迷った末に。 「俺もよく分からない」 素直に、あるがままを答えることにした。 「いや、自分でやっておきながら 分からないってどういうことだ」 「無我夢中でやってみたら、何故か出来たんだ」 「まったく……無鉄砲ですね」 ふぅ、と呆れたような吐息がリブラの口から漏れた。 「多少想定外でしたが、十神竜の力を、取り込む…… クズリュウの力はまだ生きているようですね」 「十神竜……クズリュウ……?」 唐突に出てきた聞きなれない言葉を、 そのまま繰り返すように尋ね返す。 「説明は後ほどいたします。今はそれよりも……」 リブラの視線が、俺の腕の中にいるヒスイへと注がれる。 つられるようにヒスイへと目を向けると。 「ん……うぅん……」 ゆっくりと、ヒスイが目蓋を持ち上げていた。 女神の呪縛から無事に解放されたかどうか、 確かめてみる必要がある。 「ヒスイ、俺のことが分かるか?」 「ん……? ジェイさん……カレンさん、 リブラちゃん、も……」 「わたしは……一体、何を……?」 「よかった。無事に意識を取り戻したようだな」 「意識……?」 まだ頭の中がはっきりしないのだろう。 ぼんやりとした顔で、ヒスイは首を傾げている。 「とりあえず……おかえり、ヒスイ」 「あ、はい……ただいま、です」 あまりよく分からないながらも、 俺の言葉にヒスイは緩い笑顔で答える。 とても懐かしく思える笑顔に、安堵の息を漏らす。 この笑顔が見たかった――。 こうして、俺は女神に操られた二人を、 なんとか救出することが出来たのだった。 「女神様が……そんなことを……」 連戦の疲労が積み重なっていた俺たちは、昨夜はあれ 以上動くことも出来ずに、城下町で一晩を過ごした。 女神が何か仕掛けてくるかもしれないという 危惧は、幸い杞憂に終わっていた。 ぐっすりと休み、体力を回復した俺たちは 翌朝、城下町傍の海を目指していた。 「わたしたちを操って、ジェイさんの 命を狙っていたなんて……」 「すぐには信じることは出来ない だろうが、それが事実だ」 光の女神を救うことが、世界平和に繋がると信じていた だけに、ヒスイはショックが大きいようだった。 まさか、光の女神が自分を操っていただなんて…… 俺がヒスイの立場ならば想像したくもない悪夢だ。 「私も、操られて魔法使いの命を狙ったらしい」 「ヒスイは操られている間の記憶はあるか?」 「いえ……わたしも、記憶に曖昧な部分が多いんです」 「お城を出た辺りで、記憶がぷっつりと 途絶えてしまっています」 「……そうか」 なんらかの情報を得られるかもしれないと思ったが ……流石に女神は抜け目がない。 「……どうして、女神様はジェイさんの 命を狙うのでしょうか」 「世界を破滅させることと、何か関係が あるのでしょうか」 誰かに問いかけるわけではなく、自分自身の胸のうち へと言葉を向けるようにヒスイが呟く。 「そこは私も気になっていた。 魔法使いは身に覚えはないか?」 「流石に、俺もないな」 これまでに命を狙われる経験なんて……。 ああ、あった。魔王だからって理由であったわ。 「……分からないことだらけですね」 「そうだな」 本来であれば、こんな時には率先して口を開いたり 解説をしたりする奴がいるのだが……。 「……んー」 先ほどから、リブラはずっと何かを考え込んだまま、 黙って歩き続けている。 何を考えているのか、と声をかけることすら 躊躇わせるような空気を纏っている。 今は、下手に声をかけるのは止めておこう。 「わたしは……どうしたらいいんでしょう」 眉根を寄せて、ヒスイがぽつりと呟く。 こちらもこちらで、真剣に考え込んでいる様子だ。 「女神様にお心を尋ねればいいと思っていました。 ですけど……」 「わたしたちを操って、ジェイさんの命を 狙わせていたんですよね……女神様は」 ヒスイは目を閉じると、肩が少し下がるくらいに 大きな溜息を吐き出す。 困惑の色の中に、わずかに落胆が混じって見えた。 「ショックで、何も考えられません」 みんながみんな、割り切れるわけもない。 今まで信じていたものが、根底から崩されたんだ。 戸惑って当然だろう。 「無理はしなくてもいい。考える時間はまだあるさ」 「でも、一つだけ確かなことはあるんです」 「わたしは……ジェイさんと皆さんのことは 絶対に信じます。それだけは確かです」 世界から孤立しているに近い状況での その言葉は、かなり嬉しいものがあった。 「ありがとう、ヒスイ」 お礼の言葉すら素直に口から出てきてしまう。 「そういえば……先生の姿が見当たらないのだが」 「そうですね。ジェイさん、 一緒じゃなかったんですか?」 「ん? ああ……」 意識が闇に落ちる直前に、クリスの顔を見たこと。 それは未だに誰にも言えなかった。 口にしてしまえば……俺が認めたくないようなことが 確定してしまうような……。 そんな、気味の悪いものが胸から離れない。 「クリスとは、まだ会っていないから分からない」 「そうですか……」 「先生も、女神様に洗脳をされていた 場合、どうすればいいんだ……」 クリスが敵に回るかあ……考えただけで怖くなってきた。 「着きました」 先頭を黙って歩いていたリブラがおもむろに 立ち止まって、俺たちを振り返る。 「ここが目的地なのか?」 「何があるんですか?」 「あれをご覧ください」 リブラが沖を指差す。少し離れた場所に 停泊しているあの船は――。 「あ、ジャスティン号」 かなり見覚えのある船だった。 「船を目指していたんだな」 「はい。一度、城に戻る必要が出てきましたので」 「城に何かあるのか?」 ただの拠点にする以上の意味を、 リブラの言葉端より感じる。 城には俺が知らない秘密がまだ隠されているのだろうか。 「ええ。女神に対抗するための手段があります」 「……え?」 思わず、ヒスイとカレンの二人と顔を見合わせてしまう。 「対抗手段とかあるのか!?」 「はい。ただし、あくまで考えられる 手段の一つでしかありません」 「その手を用いたからといって、 徒労に終わる可能性は付き纏います」 「……なるほど」 当たるも八卦、当たらぬも八卦。 それに近い部分もありそうだ。 「であれば、俺は城に戻ることを推したいんだが」 「私もそれでいいと思うぞ」 「落ち着くための場所も必要ですしね」 二人も俺の提案を了承してくれる。 ならば、もう何の問題もない。 「ならば、急いで船に……」 ……あれ? 今、世界から人が消えまくっているんだよな。 一体、誰が船を動かすんだ? 「クフフフ。わたくしめを呼ぶ、 青春の鼓動を感じますぞっ!」 「きっと、気のせいだよ!」 「お呼びとあらば即参上、キャプテン・アスモに ございます!」 「ていうか、お前、まだ船員やってたのか!?」 「甲板の上で生まれ、甲板の上で死んでいく。 それが海の男のロマンというものですので」 「……そうか」 なんか、もうツッコミを入れるのも面倒になってきた。 「そして、海の女のロマンでもあります!」 「こんにちは! あなたのマユマユが帰ってきました!」 もうツッコミ入れないからな。絶対入れないからな。 「ともあれ、船のことならばお任せ下さい。 このキャプテン・アスモと――」 「美少女航海士マユユンにズババーンと 任せちゃって下さい!」 「ああ、うん。もう船が動くのならなんでもいいや」 投げやり、ここに極まれりである。 下手にツッコミを入れると面倒くさくなる場合、 有効なのは適当に流すことである。 というわけで、適当に流しつつ。 「はいっ! わたし、海のことは苦手ですので、 思いっきりお任せしちゃいますね」 「世界がこんな状況でも、船員として働くか。 まったく、たいした奴らだ」 「というわけで、魔王様。早速、お城に戻りましょう」 「……ああ、そうしよう」 そもそも、どうしてこの海に船が 泊まっているんだろうか。 よくよく考えてみると不思議なことだらけなのだが……。 まあ、そういうこともあるよね。と 全てを受け入れ始めつつある俺がいた。 「事実を知るという覚悟だけは…… 念のためにしておいて下さい」 「うん? ああ、それは分かったが……」 急にどうしてそんなことを言い出すのだろうか。 だが、俺の疑問に答えることなく、 リブラはさっさと船に乗り込んでしまう。 「気になるな……」 とはいえ、それを引っ張りすぎるわけにもいかない。 「出航の準備は整えてございます。 後は、ごゆるりとお乗り込み下さい」 「とか言いつつ、後10秒で出航しまーす」 「ごゆるりって言ったばかりだろ!」 ああ、やっぱりツッコミをしてしまった、と。 胸の奥からの溜息を漏らしながら、 船に乗り込むのだった。 「ご帰還、お待ちしておりました。魔王様」 「しておりました」 「お前らっ!?」 さっき、船で会ったばかりじゃないか! ああ、でも、あれは単なる船員って設定なんだよな。 くそっ、面倒くさい! 「お久しぶりです。ご無事で何よりです」 「城が囲まれたと聞いて、心配していたぞ」 「ご心配いただき、かたじけない」 「汚い所ですが、ゆっくりしていって下さい」 「ここは、お前の家かっ!」 仮にも魔王の玉座がある部屋を、汚い所とは何事だ。 多少は、照明だったり雰囲気だったりは暗めな部屋だが、 汚くはないはずだ。うん、そのはずだ。 「とりあえず、お茶でもお出しして下さい。魔王様」 「ああ、分かった……って、なんで俺が!?」 こいつはこいつでさりげなく、 俺を顎で使おうとしてやがる。 「俺、魔王だぞ! この城の主だぞ!」 「あ、ジェイさん。どうぞお気遣いなく」 「ああ。そこまではしてもらわなくても大丈夫だぞ」 「お前らも便乗してんじゃねえよ!!」 こいつらは、親切心というか普通に 遠慮しているのだろうが……。 この流れだと、余計にお茶の準備を しなければいけなくなるだろ! 「魔王様。ここは何かお出しすべきかと。クフフフ」 「お砂糖は控えめでお願いします」 「手伝う気さらさらないな!」 あ、もう駄目だ。 完全にお茶を用意する空気だ。 「あー、分かった、分かった! お前ら全員、ちょっと待ってろ!」 「魔王である俺が直々に茶を振る舞ってくれるわっ!!」 いいだろう。こうなったら、こいつら全員が 舌を巻くほどの絶品の茶を淹れてやろう! そして、俺の凄さを改めて認識するがいい! というわけで、魔王の玉座の前にてティータイムである。 しかも、魔王が直々に茶を振る舞う。 うん、何度考えてもよく分からない状況だ。 「普通の味ですね」 「本当に普通ですよねー」 「ぬう……!」 普通。それは一番判断に困る評価である。 美味いと言われれば、嬉しいのは当然であるとして、 不味いと評価されても、それはそれで話題にはなる。 だが、普通と断じられれば、そこで終わりである。 それ以上の発展性は見込めない。 「普通に美味しいですよ」 「ああ、普通に飲めるな」 「一々普通って付けるなよ!」 この二人に悪気なんてないのは分かる。 きっと褒め言葉のつもりなのだろうが、今の俺に とってはその優しさすらも刃となっていた。 「大変美味しゅうございました、クフフフ」 素直に褒めてくれるのはこいつだけか。……って。 「アスモドゥス、お前……どうやってお茶を飲んだ」 「どうやってと申されますと?」 「だって、お前、仮面……」 さっきからアスモドゥスはずっと仮面を付けたままだった。 こいつ、仮面のままお茶を飲んだのか? 「クフフフフ」 「何か言えよっ!?」 俺の言葉に何か答えるわけでもなく、アスモドゥスは 肩を揺らして笑うだけだった。 どうして、そこで露骨に誤魔化す!? 「さて、それではそろそろ真面目な話をしましょうか」 「よっ、待ってましたー」 真面目な話をすると言った矢先に、不真面目 極まりない合いの手が入る。 玉座の前でお茶を片手に真面目な話、か。 混沌としすぎているだろう……。 ま、まあいい、俺、頑張る。 「というわけで、魔王様。片付けて下さい」 「……え?」 「ティーセットとか出しっぱなしで 真面目な話なんて出来ませんって」 「ああ、なるほど……」 確かに、ティーセットを前にして真面目な話は出来ない。 どこか優雅な空気が流れてしまうからだ。 真面目に話し合うならば、もっと 緊迫した空気でなければいけない。 「それじゃ、片付けるから少し待ってろよ」 「あ、ありがとうございます」 「わざわざすまないな」 「お前らが気にすることじゃないさ」 準備した者が片付けまで行う。 それが当然の流れであって……。 「って、なんで俺一人でやらなきゃ いけないんだよっ!?」 出していたティーセットなども綺麗に片付け終えて、 いよいよ真面目に話をする時間が来た。 ここまで……本当に長かった。 「まずは、俺が不在の間の報告より聞こう」 「了解いたしました。それでは、わたくしめより ご報告させていただきます」 「事の詳細はリブラより聞いている。 被害状況を中心に頼む」 今、俺たちが欲しているのは、十分な 休息が取れる場所だった。 世界中の人間が消えたおかげで、 町はその機能の大半を失っている。 いつ、光の女神が俺たちに攻撃を仕掛けてくるか 分からないのはどこにいても同じであるが……。 自分たちだけではなく、アスモドゥスやマユも いるというのが心強い。 少なくとも、誰もいない町で休むよりは安心出来る。 「かしこまりました。多少の破損は見受けられますが、 城内での物的損害は、軽微にございます」 「一方、戦力的な被害ですが……こちらは、 かなり頭が痛いものとなっております」 仮面の上から額を抑えると、アスモドゥスは 緩やかに首を左右へと振る。 「これまで城の中に常駐しておりました 魔物たちの全てが乱心。城外へと離脱」 「さらに、四天王が力の大半を強奪されており、 今は体を癒すべく静養中にございます」 「わたしたちが、それを……」 「……申し訳ない」 アスモドゥスの言葉を受けて、ヒスイとカレンの 二人が肩を落とす。 「お二人が気に病まれることはありません。 女神に操られていたせいですので」 「ですです。悪いのは女神ですよ。 操るとか、性格悪すぎですよ」 「こいつらの言う通りだ。お前たちには責任はない」 ヒスイとカレンの二人に落ち度はない。 落ち度があるとすれば、あっさりと 気絶させられた俺……か。 「……はい」 「すまない……」 肩を落としたまま、二人が小さく頷く。 「奪われた四天王の力に関してだが、ヒスイとカレンを 女神の呪縛より解放した際に手に入った」 「今も俺の手元にある。心配は無用だ」 「なんと! 流石は魔王様。もう取り戻しておいでとは」 感嘆の声を上げながら、アスモドゥスが 恭しく頭を垂れる。 素直に驚かれたり、賞賛されたりすると、 やはり気分が良いものだ。 「では、早速四天王に奪われた力を返しましょう」 「ああ、そうだな……って」 待てよ……そういえば、俺はヒスイとの戦いの途中で、 マーモンの力を自分の物にしてしまったな。 これって、マーモンに返すことが出来るのか? もしかしたら、最悪、マーモンだけが力を取り戻せないと いう展開になったりしないだろうか。 だとすれば……マーモン、どこまでも不遇な奴……。 「それには及びません」 横合いより、リブラが言葉を挟む。 「四天王の力は、女神への対抗策として用います。 彼女たちには、まだ戻せません」 「そういえば、対抗手段があると言ってたな」 「はい。この後で説明いたします」 女神への対抗手段として用いるためには、 まだ四天王に返すことは出来ないのか。 ならば、四天王には悪いが少し待ってもらおうか。 「というわけだ、アスモドゥス」 「かしこまりました。いずれにせよ、 四天王にはまだ静養が必要です」 「力を戻すのは、先送りいたしましょう」 「ああ、そうしてくれ。他に報告することはあるか?」 「ございません。わたくしめよりは以上にてございます」 「ご苦労だった」 城自体の損傷が軽微で済んでいるのは、 不幸中の幸いと言ったところか。 戦力的に見ると被害は著しいものはあるが……。 「さて、リブラ。お前の言う対抗策とはなんだ?」 四天王に力を戻すよりも有効な手段。 それ次第で、戦力差はどうにかなるかもしれない。 「十神竜の力を一つに――魔王様へと集めることです」 リブラの透明な眼差しが、俺を射ぬく。 十神竜……船に乗る直前にリブラが口にした、 耳慣れない言葉。 「その言葉は、さっきも言っていたな」 「それをジェイさんに集める……?」 ふむ、竜……か。 「一部の魔族のみが持つ強い力」 「解放すれば、竜の形に実体化するほどの魔力。 それが、お前の言う十神竜の力……か?」 「その通りです」 マーモンの力を宿した際に、頭ではなく 感覚で理解していた。 あの力には、竜の名が宿されていることを。 「ん? 十神竜ということは、十匹いるんだよな?」 「ええ。なんせ、十神竜ですからね。十匹います」 「それを一つに集めるって……出来るのか?」 「あ、そうですよね。体に負担はかからないんですか?」 カレンの単純な疑問は、誰もがまず抱く疑問だった。 そんなことが本当に可能なのか? 「可能です」 リブラがあっさりと頷く。 「魔王様であれば、という但し書きが付きますが」 「……ほう?」 俺であれば、可能? つまり、それはあれだろうか。俺の魔王としての 器量がそれを可能とするのだろうか。 流石は俺だな。 「えー? ジェイジェイ、器とか小さそうですよー」 マユが思いっきり放り投げてきた言葉のナイフが、 胸にザクリと突き刺さる。 「ああ、別に器の広さとかは関係ありませんので」 ザクザクッ。 リブラの連撃が、俺の心を抉る。 そうか……別に器量の問題じゃないのか……。 「いいから、話を進めろっ!」 しかし、目の前でこんなことを言われても咎めない辺り、 かなり器は広い気はするのだが……。 まあ、諦めきっているだけというのは否定しない。 「何故、魔王様のみが可能なのでしょうか?」 「それは、魔王様が先代様より 受け継いだ力に関係があります」 親父殿より引き継いだ、俺の力……? 「皆さんは、魔王様が持つ竜の姿を見たことが あると思います」 「あ、はい。確か、頭がたくさんあって……」 「ぐにゃぐにゃーっとした奴ですよね」 「その言い方はやめろっ!」 確かに俺の力は、複数の頭を持つ竜の形をしている。 だが、ぐにゃぐにゃーっとはしていない。はずだ。 「あれこそが、クズリュウと呼ばれる竜です」 「九の頭の竜、と書きます」 「九の頭の竜、か……なるほど、それらしいな」 確かにそれらしい名前だ。 だが、待てよ……。 「俺の力は死んだはずではなかったのか?」 ヒスイたちに敗北した俺が目を覚ました後で、 リブラはそう言っていたはずだ。 魔王としての力が死んでしまった、と。 「はい。現在、クズリュウは九つの頭 全てを落とされた状態です」 「ですが、他の九つの竜の力を得ることで 復活を……いえ、本領を発揮します」 リブラが小さく息を吸う。透明な視線は、 しっかりと俺を捉えたまま、動かない。 「他の竜の力を取り込む。それこそが、魔王様の ……クズリュウの、真の力なのです」 ああ、だからなのか。 マーモンの……地竜スマウグの力を、 自分の物に出来たのは。 「……なるほど。実際にマーモンの力を取り込み、 使用することが出来ている」 「お前の言葉、偽りであると断じることは出来ないな」 「あれは、そういうことだったのか。なるほど」 実際に、俺がマーモンの力を使っている場面を 目の当たりにしたカレンが、納得したように頷く。 「……って、ジェイジェイ、勝手にマーモンの力を 取りこんじゃったんですか!?」 「何、人の物を黙ってパクってるんですかー!」 「あ……い、いや、あれはだな。他に手が なかったからであって……」 まあ、勢いでやってしまった感があるのは否めない。 だが、ああしなければ、あの場は打開 出来なかったのも事実であって……。 「ちゃんと説明すれば、きっと分かってもらえますよ。 後で一緒に謝りにいきましょう」 「……そうだな」 勢いでやってしまった、すまない。 と謝っておくべき……なのか? 「まあ、どのみち一度説明は必要でしょうしね」 「お前らの力、好きに使うぞー! と」 「まあ、確かにな」 ……あれ? なんにせよ、しばらく返せないのであれば、 マーモンに謝る必要とかあるのか? まあ、いい。その辺りはきっちりとしておこう。 「十匹の竜の力を集める……」 「それが、女神に対抗するための手段です」 「正直、今の魔王様ではあっさりと 女神にやられるでしょうし」 「ぐぬう! 身も蓋もない言い方をするな!」 自分でもそう思えるだけに、リブラの言葉が胸に痛い。 「女神の狙いがあなたの命である以上、あなたが 命を落とすことが我々の敗北条件です」 「……それは理解している」 そのために必要なのは……力、だ。 「リブラ、お前の案に従おう」 「ありがとうございます」 こいつは常々適当なことしか口にしない魔道書である。 だが、これまでに俺に嘘を吐いたことはない。 何を考えているのか分からない部分はあるが……。 俺は、リブラを信じよう。 「話は分かりました。全ての竜を 集めるということであれば……」 「我々の力も必要というわけですね」 「そうなっちゃいますねー」 周囲の誰もをあっさりと欺く幻術。 影から影へと自在に移動する転移。 二人もまた、竜の形をした力の持ち主。 「俺に力を託してくれるか、二人とも」 「無論、問われるまでもございません」 「好き勝手は出来なくなりますけど、 世界が破滅するよりはマシですし」 「ジェイジェイが死んじゃうのも面白くありませんからね。 だったら、バンバン貸しますよ」 「そうか……すまない」 二人へと丁寧に頭を下げる。 こいつらの気持ちは無駄になんて、出来ない。 「それでは、わたくしが橋渡しをいたします。 魔王様、竜へと手を伸ばして下さい」 片目を輝かせながらリブラが俺に告げてくる。 十神竜に関して、自分の中に眠る知識を 閲覧しているのだろう。 「分かった」 アスモドゥスの竜、マユの竜、それぞれへと 向けて片手を伸ばす。 「――来い」 俺が短く口に出した瞬間、竜がカードへと姿を変える。 「あれは……」 「私たちから出てきた時と同じ、だな」 そして、それはヒスイとカレンの時と同様に、 俺の手の中へと飛来してくる。 二人の思いを受け取るように、二枚のカードを しっかりと握り締める。 「譲渡が完了しました」 「ぬう……」 「なんだか、ふらふらします……」 力を失ったばかりの二人の体がふらふらと揺れる。 どうにも、足元がおぼつかないようだ。 「大丈夫ですか?」 「これしきのこと、なんの問題もございません ……と言いたいのですが」 「無理はせずに、休まれることをお勧めします」 「ですねー。流石のマユマユもへろへろです」 力を失くしたばかりの二人には、これ以上の 無理はさせられない。 せめて、ゆっくりと休ませて やるくらいはしなければ。 「二人とも、下がっていろ。無理はするな」 「承知いたしました……我々のことは気になさらずに、 相談をお続けください」 「それではー……って、いつもみたいに 影は使えないんですよね……とほほ」 多少、足元をふらつかせながらも、 二人は自らの足で部屋を出ていく。 休息を与えること。それが、せめてもの労いだ。 「これで、六体の竜が揃いましたね」 「……そうだな」 手に入れたばかりの二枚。そして、既に 取り込んだマーモン以外の三枚。 合計、五枚のカードを取り出す。 「カードのままで、力は使えるんですか?」 「いえ、身に宿して初めて使えるようになります」 「身に宿す、か……どうやるんだ?」 「さてな。俺も無我夢中だったから、 詳しい方法は分からないな」 「では、わたくしにお貸し下さい」 「ああ、それは構わないが」 手を差し出すリブラへと、五枚のカードを手渡す。 一体どうやって、力を宿すのだろう。 疑問に思いながらリブラを見ていると。 「せいやー」 「ぐはぁっ!?」 カードを握り締めた手を、リブラが 俺の腹へと打ち込んで来た。 「リ、リブラちゃん!?」 「直接的だな!」 腹部への痛みで声を出せない俺に変わって、 二人がツッコミを入れてくれる。 別に、そのことに感謝したりはしないのだが。 「お、お前……何を……?」 「これで、六体の力があなたの身に宿りました」 「嘘吐けっ!? こんなことで宿ってたまるか!」 「これが証拠です」 リブラが握りしめていた手を開いて見せる。 手の中にあったはずのカードが、全て消失していた。 「どうやら、本当だったようだな」 「力を身に宿すのって、大変なんですね」 「お前ら、あっさり信じてるんじゃねえよ!?」 「力が増したような実感なんて、全然ないぞ!!」 「それはまだ、あなたの中で馴染んでいないだけです」 自信たっぷりに、リブラが断言をする。 「先日はスマウグ一体でしたので、問題はありません でしたが、今は複数体を取り込んだ状態です」 「あなたの中で、クズリュウが自らの力に変えるまで、 時間が必要なのは当然でしょう」 ぐっ! もっともらしいことを言いやがって! まるで、本当のことみたいじゃないか! 「し、信じてもいいんだな?」 「ああ、まあ、はい、一応」 「これ以上、俺を不安にさせないでくれ!?」 思わず頭を抱え込んでしまう。 なんだ、俺は何を信じればいいんだ? 「魔法使いは時々可愛いことを言うよな」 「可愛いとか言うんじゃねえよ!」 「大丈夫です、ジェイさん。わたしたちが 付いていますからっ!」 二人の励まし……? 励ましでいいんだよな? ともあれ、言葉が胸に染みる。 「……まあ、いい。これで、六体…… いや、俺の分も合わせて七体か」 「残り一体の所在は分かっています。 問題は、後の二体です」 「どこにいるのか分からないんですか?」 「はい。残り二体の力を宿した者の話は 聞いたことがありません」 「世界のどこかに存在していることは 確かなのですが……」 「ふーむ。今から、探すしかないのか」 「これから、捜索……か」 正直言って、所在の掴めないものを今から 探すとなればかなり骨が折れる。 相変わらず俺の命を狙っているであろう 女神の横槍も、間違いなく入るだろう。 それらを凌ぎながらの捜索は、困難極まりない。 「やるしかない、か……」 だが、それ以外に道はない。 覚悟を決めて呟いた瞬間――。 「話は聞かせてもらった!!」 玉座の間の扉が勢いよく開かれる。 「お、お前は……!?」 大きく開かれた扉の向こう―― そこに立っていたのは……。 「アタシ、参上!」 「お邪魔……します……」 グリーンとアクアリーフの二人だった。 「アタシたちにもお茶を寄越せ!」 「お菓子も……下さい……」 「お前ら、さっきと言ってることがちげえ!?」 おかしいぞ。ついさっきまでと言っていることが 全く違う気がする。 明らかに扉を蹴り開けながら言うセリフじゃないだろ! どれだけお茶が欲しいんだよ! 「あ、すみません。お茶の時間は、 さっき終わったところなんです」 「げ、マジか」 「ああ。もう全部片づけてしまってあるぞ」 「……そうなんだ、残念」 「というわけです、魔王様。至急お茶を準備して下さい」 「また俺かよ!? お前ら、俺をなんだと 思ってるんだ!?」 「元魔王です」 「元魔王だろ」 「元魔王だよな」 「元魔王……だね」 「だったら分かるだろ! 俺はここの主だぞ!?」 どうして、俺がたびたび茶を準備して、 振る舞わなければいけないんだ。 「我々、客人をもてなすのが主人の仕事でしょう」 「あー……」 なるほどな。今の俺は、こいつらと 敵対しているわけじゃないしな。 だとすれば、こいつらは客人として扱って当然だよな。 なるほど……。 「分かったよ! 準備すりゃいいんだろ!」 「お菓子もちゃんと忘れずに持ってきて下さいね」 「分かってるよ!!」 俺がお茶を準備すること。それに異論を唱えるような 余地はもはや残されていなかった。 ならば、この城の主人であるという誇りを胸に抱いて、 最高の茶を振る舞ってやろうじゃないか。ちくしょう! 「お前ら全員、ちょっと待ってろ! 究極の茶を飲ませてやるからな!」 全員に、俺の本気を見せてやることを 約束してから、部屋を出る。 「まったく……」 敵を迎えることばかりを考えていたこの城で、 客人をもてなすことを考えなければならないとは。 なんだか、皮肉なものを感じてしまう。 「まあ……しょうがないか」 俺のために集まってくれた奴らだし、 むげに扱うわけにもいかない。 改めて口で礼を言うのも、あいつらにからかわれそうだ。 それなら、こうして茶を振る舞うことで 礼にするのも悪くはない。 そんなことを考えながら歩を進めかけたところで……。 「そういえば……」 ふと、何か違和感を覚える。 我々、客人をもてなすのが主人の仕事……? 「おい、リブラ! お前、客人じゃないだろ! 手伝えっ!!」 違和感の正体に気付いた俺は、急いで 玉座の間へと引き返すのだった。 「いやあ、案外普通のお茶だったな」 「うん……普通だった……」 「お前ら、言っておくけどな。普通って 全然褒め言葉じゃないからな」 「いや、普通に飲めたぞ」 「お菓子も……普通、だった」 「人の話を聞いてくれっ!?」 まさかの本日二度目のティータイムも終わり、 散々な感想に俺はまたもや打ちひしがれていた。 どうして、一日に二回もこんな仕打ちを 受けなければならないのだろうか。 俺が一体何をしたと言うんだ。 「お二人はどうしてここに?」 「他に行くところがなくてさー」 「どの町も……人の姿が……なくて」 「やはり、そうなのか」 どうやら、本当に世界中から人間が消失しているらしい。 もしかしたら、この世界で残っているのは 俺たちだけなのかもしれない。 そう考えるとゾッとするが、同時に何故俺たちは 残っているのかという疑問が強くなってくる。 「後は、まあ、ついでに兄ちゃんのことが気になってな」 「……うん。川に落ちて……それっきりだったから」 「ああ……そういえば、そうだったな」 二人とは、ヒスイとカレンに襲われて以来、だった。 「なんだ。こっちは心配してやったってのに、 そっちは心配してなかったのかよ」 「すまない。こっちもこっちで 色々あって、手一杯だった」 カレンやヒスイとの戦闘などもあって、二人のことを 心配している余裕もなかったが……。 この二人ならば、きっと大丈夫だろうという 楽観的な思いがなかったとも言えない。 こいつらは適当というか自由すぎて、 きっとなんとかして生き延びるだろう。 そんな気持ちも、どこかにあった。 「色々……そういえば、ヒスイさんとカレンさん ……戻って来たんだね」 「はい。ジェイさんに助けてもらいました」 「もしかして、二人にも何か迷惑をかけたのか……?」 「うーん……迷惑はかかってない、かな……」 「むしろ、もう少し戦いたかったけどな。二人とも、 兄ちゃんが川に落ちた途端にどこか行ったし」 「ハートが強すぎるだろ」 女神に操られた状態の二人をもう一度相手にしたいなんて、 とてもじゃないが俺は思えない。 「ヤバい敵を相手にした方が燃える タイプだからさ。アタシたち」 「……うん。もえもえ……」 「あー……それっぽいよな」 なんとなく、納得してしまっている俺がいた。 アクアリーフなんて、戦闘になったら 高笑いとかするしなあ。 「お二人は女神と会われましたか?」 「会ってない……よね……?」 「会ってない、会ってない。第一、会ってたら 殴りかかってるって」 「それで……きっと、返り討ち……だね」 「それは会わなくて正解だったな」 「二人とも、もう少し後先は考えて行動した方がいいぞ」 やれやれ、とばかりに肩を竦めて言ってはいるが、 カレンにだけは言われたくないと思う。 まあ、俺もあまり人のことは言えないかもしれないが。 「それじゃ……その……クリス先生は見ませんでした?」 ヒスイの質問に思わず息を飲んでしまう。 もし、二人がどこかでクリスと会っていたら。 もしも、クリスが女神に操られているとしたら――。 俺にとっては、きっとそっちの方が気が楽だった。 「ああ、そうだな……どこかで見なかったか?」 だが、そんな俺の願いも空しく。 「見てない……よ……」 「そっちこそ、会ってないのか?」 「こっちも先生とは会えず終いだな」 「ふーん。ヒスイとカレンの二人は操って 襲わせたのに、クリスだけは違う……ねえ」 訝しそうにグリーンが呟きを零す。 それが何を意味するのか……考えたくはなかった。 「それで……お前ら、何しに来たんだ?」 「さっき、話は聞かせてもらったとか 思わせぶりなことを言ってたが……」 「……え? 言ってたっけ」 「……さあ?」 「しっかり言ってただろ!」 「いつ言ったんだよ、証拠見せてみろよー」 「……ログにも……残ってない、よ」 「ロ、ログ……?」 また、聞き慣れない言葉が出てきたぞ。 ログって一体なんだ……? 「そうだぞ。バックログしてみろよ!」 「バ、バックログ……?」 またもや、聞き慣れない言葉だ。 「お、お前ら……バックログって知ってるか?」 「わたしも聞いたことありません」 「私もだ。新しい武器か何かだろうか?」 ヒスイとカレンも知らないらしい。 仕方ない。リブラに尋ねるのが一番だな。 「ん……?」 リブラが不思議そうな顔をしている、だと……? こういう、割とどうでもよさそうなことを嬉々として 解説するリブラが分かってない……!? 「どうして、愕然とした顔でこちらを見るのですか?」 「え? あ、ああ、いや、すまん」 おっと、うっかり顔に出ていたらしい。 「もう、いいよ! 言ーいーまーしーたー!」 「なんで、唐突にキレるんだよ!?」 「ツッコミがなかったから……引っ込み 付かなくなっちゃった……」 「そんな理由で!?」 みんなが分からないことを言った そっちが悪いんだろうに! 完全に自爆じゃないかよ! 肩をいからせながら、グリーンは部屋から出ていき。 「で、話は聞かせてもらったぞ!」 ズバン、と勢いよく扉を開け放った。 「お邪魔……します……」 「最初から始めるのかよ!?」 というか、アクアリーフは部屋の中に残ったまま だったんだけど、それでいいのか? 「グ、グリーンさん!?」 「ど、どうして、ここに!?」 「お前ら、付き合いがいいな!?」 なんで、いかにも今からスタートみたいな 感じで驚いているんだよ!? 「は……まさか、あなたが……」 「急にそれらしいこと言い始めるんじゃねえ!」 「え? あー、うん、そのまさかだよっ!」 「まさか……です」 「合わせ方が適当すぎる!?」 ちょ、な、なんで俺一人が大忙しなんだよ!? 「えーっと、その、なんだ、お前らが 探しているアレだよ、アレ」 「姐御……十神竜……」 「あ、それそれ。それのある場所は アタシらが知っている」 「へー、そうなのか……」 また適当なことを言い始めたな。 ここは、軽く流しておこう。 「……え?」 今、こいつなんて言った? 「グリーンさん、ご存じなんですか!?」 「ど、どこにあるんだ!?」 「ふっふっふ……」 「んー? そこまで言うならしょうがないなあ、 教えてやろう」 「……え? 本当に知ってるの?」 「さっきから、そう言ってるだろ。 話の腰を折るなよ、兄ちゃん」 「喋るタイミングは……大事、だよ」 「あ、すみません……」 何故か普通に怒られてしまったので、 ついつい素直に謝ってしまう。 「魔王様はさておき、一体どこにあるのですか?」 「それは……」 「ここだーっ!!」 「…………」 「はあああああああああっ!?」 「そして……」 「もう一つは……ここ……」 「えええええええええっ!?」 こ、こいつら、普通に竜を出してる!? 「ふ、二人が持っていたのか!?」 「ど……どうして……?」 「いや、ここに来る途中に変なカード拾ってさー。 そしたら、ぐわーっと」 「……ノリで使いこなせました……」 「ノリて、お前ら……」 一部の力ある魔族しか持っていない力なんだぞ。 それをノリで使いこなすのかよ……。 な、なんだ、こいつら……。 「二人とカードが引き合って…… そして、使いこなした……」 「なるほど……」 驚愕を続ける俺たちの横で、リブラだけが 納得したように頷いている。 「何を納得しているんだ……?」 「カレンさんがベルフェゴルの能力と相性が良かった ように、お二人もその力と相性が良かった」 「そういうことです」 「なる……ほど……?」 それで納得していいものだろうか……。 「なんだよ、兄ちゃん。何が不服なんだよ!」 「ちゃんと……使いこなしている、よ?」 「ああ……いや……」 うん。もう、それでいいか。 二人と相性がいい力が、二人の元に引き寄せられた。 もう、それでいいや。 「なんでもない。じゃあ、早速だが、その力を……」 「渡せ……っていう願いなら、お断り……」 「え……?」 「兄ちゃんに渡す義理なんてないってことさ」 肩を竦めながら、二人が不敵な笑いを 唇の端に浮かべる。 「二人とも……何を言っているんだ?」 「どうして、ですか……?」 「だって、この竜が選んだのはアタシらなんだろ?」 「うん。あなたたちが……この力を欲しいのなら……」 「我らに思い知らせるがいい。貴様らの方が、 我よりも相応しい存在であるとな!」 赤く光る目を、アクアリーフが髪の隙間より覗かせる。 戦う気になっているということは……なるほど。 「つまり、お前たちはこう言いたいわけだな」 「力が欲しければ、戦って奪い取ってみせろ、と」 あ……こ、こいつ、人の台詞を横から奪いやがった!? 「くくく……その通りだ!」 「なるほど。それは分かりやすくていいな」 「さて、どうする兄ちゃん?」 「言っておくが、アタシらはこれ以外の方法で 渡す気はさらさらないぜ?」 まったく……楽しそうにしやがって。 「……分かった」 「ジェイさん。お二人と戦うんですか?」 「ああ。よくよく考えたら、こいつらには いくつか借りがあるからな」 「だったら、ここで返しておくのも悪くはない」 「クククク。借りを返す、か。そうだな、 お前には確かに貸しがあったな」 「返してやろうっていうのは、いい心がけだな」 「カレン、お前は当然やる気なんだろ?」 「当然だ。私は、二人には恩がある。 自らの成長をもって、それを返さないとな」 カレンの恩。試練の大地での一件のことだろう。 この戦闘で恩を返す、か。カレンらしい 考え方かもしれないな。 「ジェイさん、わたしにもお手伝いさせて下さい」 ヒスイが両手をぎゅっと握りしめながら、 俺を見上げてくる。 ……ああ、初めて会った時とは逆だな。 なんて思ってしまった。 「ああ。頼んだ、ヒスイ。お前が必要だ」 「……っ! はい、頑張りますっ!」 「では、わたくしはいつも通りに バックアップを行います」 「皆さん、頑張って下さい」 あ、こいつ、さりげなく安全地帯に逃げ込みやがったな。 いや……これが、いつもの立ち位置か。 一人欠けてはいる。だが、これが俺たちの いつもの戦闘の形だった。 「いいだろう。お前は下がっていろ」 「よし、そちらの準備は出来たようだな」 「ああ。万端だ」 「いつ初めても平気です」 グリーンとアクアリーフの二人と対峙して、 それぞれが自分の武器を手に取る。 お互いの間に、緊迫した空気が流れ始める。 「よーし、それじゃあ……」 「表に出ろッ!!」 ええええええっ!? 「ちょ、今にも戦闘が始まるっていう空気なのに!?」 「いや、だって、ここで戦ったら 部屋の中がボロボロになるぜ?」 「それでは、貴様が困るだろう。小童」 「た、確かに……」 妙な気遣いをされてしまった。 だが、まあ、この部屋で戦えば室内が 酷いことになるのは目に見えている。 ここは一つ、二人の気遣いに甘えるとするか。 「じゃあ、外に行くか」 俺たちは思う存分に力が奮える場所 ――外へと一旦出ることにした。 「そんじゃ、改めて……」 「行くぞっ!」 「二人の竜の解析を終えました。殲竜イルルヤンカシュ、 滅竜ニーズヘッグの二体と……」 「いくぜ、アタシのオシリスッ!!」 「出てこい、オベリスクッ!!」 「殲竜オベリスク、滅竜オシリスの二体と判明」 「空気読んで言い直した!?」 こいつ、結構付き合いいいな! 「なんだ、あの竜は……」 「鳥……に、もう一体は……?」 片や、金色の鳥のような姿の竜。 片や、銀色の……見たこともない形状の竜。 「油断するな。何を仕掛けてくるか、分からないぞ」 「そうですね。警戒していきましょう」 「警戒? 甘い、甘い、甘いッ!」 「とにかく、先手必勝あるのみ。 いけ、オシリスッ!」 「目から何か撃ってきた!?」 グリーンが一声かけると同時、オシリス……? まあ、オシリスでいいや。 オシリスの目が輝き、熱線を放ってきた。 「熱っ!」 「なんだ、この呪文は!?」 「今のはビームです」 「ビ、ビーム……?」 そ、そんな攻撃が出来るのかっ!? 「熱線を撃ち出す攻撃方法です。 防御を貫いてきます、ご注意を」 防御を貫く熱線……どう注意すればいいんだ、 そんなもの! 「あっはっはっは! いいぞ、オシリス!」 「ならば、次は我の番だ」 「ゆけい、オベリスク! グライダースパイクだ!」 「うわっ!?」 高速で滑空するオベリスクが、カレンの体を弾き飛ばす。 あの巨体でなんて速度……なんて威力だ。 「直接攻撃タイプと、遠距離砲撃タイプ。 かなり厄介な組み合わせですね」 「カレンさん、ひとまず回復を」 「勇者ヒール!」 「なんて、攻撃力だ……」 ヒスイの癒しの呪文を受けながら、 カレンが干し肉を咥える。 片方だけでは回復が追い付かない、か。 とんでもない破壊力だ。 「魔王様、力が完全に馴染みきっていない今、 あなたが使えるのは地力の魔力だけです」 「それだけで、死なないように頑張って下さい」 「やるだけ、やってみるさ!」 さて、最初はどう動く……? 相手のどちらもが、高い攻撃力を誇る相手。 ならば、守りを固めたところでジリ貧に なるのは見えている。 相手の強度を知るためにも、ここは打って出る。 「“罪深き暗黒の瞳” ギルティ・ブラック!」 放出した巨大な闇の魔力を爆発させて、 双方へとのダメージを狙う。 「ふははははっ! それが攻撃のつもりかーっ!!」 「片腹痛いわ、小童ッ!!」 「くっ……堪えていないだと……?」 まるで効いてはいない……? いや、そんなはずはない。 相手はこの二人だ。大ダメージを受けたとしても、 平気そうに振る舞っている可能性はある。 ひるまずに、攻め続けるしかない! 「まずは貴様から死にたいか、小童ッ!」 「いくぜ、バーストストリーム!」 「ぐうっ!?」 二人の攻撃が俺へと集中する。 一撃で、意識を刈り取られようとする中――。 「スーパー勇者ヒール!」 ヒスイの声とともに、体に力が満ちて、 ギリギリで意識を持ちなおせた。 「危ないところでしたね、ジェイさん」 「すまない……助かった……」 相手の攻撃力の高さは先ほど身をもって知った。 ここは、慎重に立ち回る必要がある。 「チッ、迂闊に攻められない……」 まずは防御に徹して、攻撃に転ずる機会を待つしかない。 「んー? こないのか?」 「だったら、こっちから行くぜっ!」 「遠慮などせぬぞ!」 「オベリスク、ハリケーンだ!」 熱線と突風の二つの攻撃が俺たちを襲う。 だが、防御に専念出来ていた分、 かろうじて耐えることが出来た。 「勇者ワイドヒールです!」 「カレン、頼んだっ!」 ヒスイの広範囲回復に合わせて、干し肉を齧る。 先ほど回復を受けていた分、 カレンならば動けるだろう。 攻撃の一手を、カレンに託す。 「いくぞ、竜すらも……竜ですらも、切ってみせる!」 お前、竜って被ってるぞ!? 「せいっやぁぁっ!」 剣をどう振ればいいのか、手にしただけで分かる。 女神に与えられた加護がまだ 残っているのかは分からない。 だが、カレンは剣をまるで体の一部で あるかのように、全力で振り払う! 「うわっ! やるじゃないか」 「くくくく。操られておった時の、 紛いの剣よりも鋭くなっておる」 「二人が教えてくれた剣に磨きをかけた。私だって、 あの時のままで終わらないさ」 「嬉しいことを言ってくれる。ならば、 我らも本気を出すしかあるまい」 「まさか、あれをやる気か? アクア」 「ああ。いくぞ、グリーン!」 「あれ……だって?」 「まだ、何か手があるのでしょうか……」 息を飲む俺たちの目の前で――。 「合体ッ!!」 「なるほど、そう来ましたか……」 二体の竜が、一つになる! 合……体……? 「って、そんなこと出来るかーっ!?」 「なんで、そっちが切れるの!?」 ああ、そうか……やっぱり無理だよな、そういうの。 「今がチャンスです!」 「お前、さっき感心してたのに、変わり身早いな!?」 「行きましょう、ジェイさん!」 「ぼやぼやするな、魔法使い!」 だが、チャンスであるのは確かだ。 リブラに何か言う前に、一気に攻めるのが先決か。 「ああ、分かった。お前らに相応しい呪文は決まった!」 「“全てを沈める” ヘビィ・ダークネス!」 「先に仕掛けます!」 「スーパーサンダーソード!」 「げえっ!?」 俺が最初の詠唱を始めた瞬間、 ヒスイが稲妻の刃を振り切る。 「“全てを押し留める” シャドウ・プレッシャー!」 「私もいくぞ!」 「神すらも、竜ですらも切ってみせる!」 「くっ、やりおるな!」 二度目の詠唱を行う間、カレンが 全力の剣撃を叩き込む。 「吠えろ! “ハウリング・アニマ”!」 その直後、詠唱が完了する。 突風のように吹き荒れる無数の闇の弾丸が、 二体の竜をその場に縫い付けるように穿つ! 「アタシのオシリスがっ!?」 「我のオベリスクが、負けるだと!?」 二人の体から、それぞれ竜を模したカードが飛び出す。 その瞬間、全ての勝敗は決した――。 カードを手にしたのは……俺たちだった。 「これでいいだろ?」 手元へと飛来してきたカードを掴み取る。 「あっはっはっは。アタシたちの合体を 破るとは、中々やるじゃないか」 「うん……参りました……」 「あー、いや、うん」 合体を破ったっていうか、お前らが勝手にやって 勝手に失敗しただけじゃないか。 ……なんて、言える空気ではなかった。 「仲間の助けがあったからだ」 なので、ここはそれらしく、ヒスイと カレンの二人へと振り返っておく。 「おめでとうございます、ジェイさん」 「これで、八体がそろったな」 二人とも、晴れやかな笑顔を俺に返してきた。 それを見て、満足感と安堵が胸の中に 湧き上がってくる。 「じゃあ、後は上手くやれよ、兄ちゃん」 「姐御……ちょっと疲れたから、休憩したい……」 「ん? ああ、そうだな。そうするか」 「それだったら、城の空き部屋を使ってくれ」 「いいのか?」 「俺たちもそろそろ休みたいところだしな」 流石に、さっきの戦闘は堪えた。 一息入れたいのは、ヒスイとカレンも同じだろう。 「二人もしばらく休憩でいいだろ?」 「はい。ちょっと、へとへとです」 「私もゆっくりしたいな」 確認を取る俺へと、二人とも小さく頷きを返す。 「というわけだ。リブラも少し休め」 「はい。それはもちろん構いませんが…… 後で少し時間を頂いてもよろしいですか?」 「ああ、問題ないが……どうした?」 「いえ、そろそろお話をしておくべきかと思いまして」 リブラの眼差しには、かなり真剣な色が篭っていた。 こいつがこんな目をするなんて…… どんな話をするつもりなのだろう? まるで、そんな疑問に答えるかのように。 「真実について……です……」 リブラは囁くように、俺に告げてきた。 真実とは……一体……? 後で少し時間が欲しい。 その言葉通り、しばらくの休息の後に、 俺はリブラに連れ出されていた。 「やはり、穏やかな海にしか見えないのだがな」 魔王城のすぐ裏手、『魔の海峡』に ほど近い砂浜を二人で歩く。 広がる砂浜も海も、世界の至る所で目にする 穏やかな風景そのものだった。 ここから少し振り返るだけで、 魔王城が見える位置だというのに。 「それでも、少し沖に出てしまえば海に 飲み込まれてしまいます」 「ご自身の身で確かめてごらんになりますか?」 「そんなことするわけないだろ」 「そもそも、どうやって確かめろと言うんだ」 向かえと指示をしたところで、船が進むはずもない。 『魔の海峡』の通り名は人間の間でも広まっている。 そんな場所に足を踏み入れる愚か者はいないだろう。 「ですから、ご自身の身で確かめては、と 言っているではありませんか」 「……うん?」 確かに、さっきそんなことを言ったばかりだが……。 「ああ、もしかして、自分の身で……とは、 泳いで行けってことか?」 「ご明察の通りです」 「誰がそんなことをするかっ!!」 『魔の海峡』に泳いで行く。 そんな無謀な挑戦を行うなど、 どれだけ冒険野郎だというのだ。 「本気にしないでください。軽いお茶目です」 「まったく……相変わらず、お前は俺の命を 狙っているのかと思ったぞ」 「それは酷い誤解ですね。わたくしがあなたの 命を狙っていたわけではなくて……」 「分かっている。俺が勇者に倒される という予言が出たから、だろう」 「その通りです」 だから、こいつは以前俺に言い続けた。 俺は勇者によって殺される、と。 「これから先に関する予言はないのか?」 「……ありません」 俺の言葉に、リブラが静かに首を横へと振る。 その表情はどこか不安そうにも見えたが……何故か、 緩やかにこぼれた吐息が、安堵の息に思えた。 相反する感情が入り混じったような、矛盾を含んでいる。 「…………」 何故、そんな風に感じてしまったのだろうか。 リブラは何を考えているのだろうか。 そう考えると、何も言い出せずに しばらく黙り込んでしまう。 「あるいは、吉兆なのかもしれませんね」 砂浜に広がりかけた沈黙を打ち破ったのは リブラの方だった。 「予言が記されないことが、か?」 「はい。確定していた未来より 外れたということですから」 「……どういう意味だ?」 奇妙な響きを持った言葉だった。 「お前の言いぶりでは、まるで……」 確定していた未来より外れた。 まるで、確定していた未来――本来ならば 通るべき大筋を今は歩いていない。 「今、この瞬間が、本来存在しなかった 未来のように聞こえるぞ」 俺の言葉にリブラの視線が海へと動く。 夜闇の中で広がる海は、暗く重たい。 リブラの、何を考えているのか分からない 透明な眼差しとは正反対の感覚。 「……はい。その通りです」 やがて、リブラが小さく頷く。 海の暗さや重さを吸い上げるわけではなく、 ただ透明なままの眼差しが俺へと向いて。 「現在のこの世界は、本来あるはずでは ない時間軸を歩んでいます」 「だからこそ……女神は世界を 滅ぼそうとしているのです」 「……何故、そうなる」 世界の修正ならば、まだ分かる。だが……。 何故、本来とは違う未来が訪れたからといって、 世界を滅ぼさなければいけない。 そんなことをしたところで、何も解決しない。 「答えは簡単です。女神は世界を やり直そうとしているのです」 「世界をやり直すだと……馬鹿馬鹿しい」 そんなことが出来るわけがない。 「どうすれば、そんなことが出来る」 そのためには、時間を――。 「時間を巻き戻してやり直すのです」 リブラの答えは、俺が内心で浮かべそうに なったものと同じだった。 そんなことがあるはずない。 そんなことが出来るわけない。 俺が一笑に伏そうとした言葉。 「……なんだと?」 「信じられないかもしれませんが、本当のことです」 それを、リブラが肯定する。 女神が取る手段はそれだと、頷く。 「先ほどお約束したように、わたくしに語らせて下さい」 「この世界の真実を」 リブラは真っ直ぐに俺を見つめながら、そう告げてきた。 その透明な眼差しから、リブラが何を考えているのか ――俺には読み取れなかった。 「全ての始まりは……わたくしが、この世界に 流れ着いたところからでした」 リブラがいきなり口にしたのは、荒唐無稽な言葉だった。 「この世界に流れ着いた……?」 呆然と、リブラの言葉を繰り返してしまう。 「その言い方だと……お前はこの世界の外から やって来た、みたいに聞こえるんだが」 「その通りです」 戸惑いながらの俺の確認に対して、 リブラはあっさりと首を縦に振った。 拍子抜けしてしまうくらいに、あっさりと。 「以前、女神が口にしたようにわたくしの真の名は アカシック・リブラリアンと申します」 「世界の知識を全て許容するがゆえに、世界より 拒まれる魔道書……それがわたくしです」 世界の知識を全てを許容するがゆえに、世界より拒まれる。 その言葉の通り、おそらくリブラは全ての知識を 受け入れてしまうのだろう。 禁忌と秘される類の知識ですら。 だからこそ、世界より拒まれる。そういうことだろう。 「信じられませんか?」 「すぐには信じられないな……」 「……そうでしょうね」 呟きながら、リブラが静かに目を閉じる。 その顔からは……何故か苦悩が滲み出ているように見える。 「世界の外ってなんだ……? どういう意味だ?」 そもそも、リブラは当たり前のように 世界の外、なんて言っているが……。 世界に内や外なんてものが存在するのだろうか。 「そうですね。世界とは……小さな箱だと お考えください」 「箱の中に町があり、そこに人々が 暮らしている、と」 「小さな箱、か」 箱の中に地図が敷き詰めてある絵を想像する。 「随分と窮屈だな。まるで、鳥かごのようだ」 「まさに、鳥かごそのものです」 「だとすれば、お前はそのかごの外から来た、 ということか……?」 「その通りです」 「かごの外……なあ……」 リブラは世界の外から流れ着いた、と言った。 かごの内側が世界なのだとすれば、その外側には 何が広がっているのだろう……? 想像なんて出来るはずもない。 「簡単に納得していただけるとは思っていません」 「とにかく、わたくしがこの世界のことを客観的に 見れる立場にある、とだけ覚えておいていただければ」 「……ああ。分かった」 そういえば、リブラが自分のことを 観測者だと口にしていたことを思い出した。 あれは……ヒスイやカレンとの 接触を避けていた時……だったか。 まあ、いい。疑い続けても話は進まないだろう。 世界とはそういうものだ、とだけ考えておこう。 「続けてくれ」 「はい」 閉じていた目を開いた時には、リブラの表情には 感情は乗っていなかった。 苦悩していると俺が感じたのは ……気のせいだったのか? 「途中経過は省きますが、この世界に辿り着いた わたくしを拾ってくださったのは先代様でした」 「先代様は、わたくしが持つ様々な知識に 喜んで耳を傾けてくださいました」 「親父殿らしいな」 思わず小さく笑いながら、肩を竦める。 「親父殿は好奇心旺盛な性格だった。 お前を重宝がったのも、分かる」 「……そうですね」 肯定するリブラの目が、少しだけかげったように見える。 親父殿との話を懐かしんでいるのかとも思ったが、 少しだけ違っても見える。 ……何を考えている? 「わたくしは先代様に求められるままに、 知識を語りました」 「先代様と言葉を交わす中で、わたくしはこの世界の 有りようを知りました。そして理解したのです」 「この世界は矛盾を抱えている、と」 それは、リブラがたびたび口にしていた言葉だった。 「どんな矛盾を抱えているんだ?」 「それはあなたが良くご存じでしょう」 「世界を巡る中、あなたが感じられた様々なこと。 それが答えです」 リブラが言うように、たびたび俺も感じていた。 この世界には矛盾が存在する――。 本来ならば考えられない道理が通用してしまう。 「わたくしが何より驚愕したのは……」 「この世界の人々が、世界の矛盾を一切 認識していないこと、でした」 「ああ――」 普通に考えればおかしいことが、この世界ではまかり通る。 勇者がタンスを調べても何も言われなかったり、 木を切ることが出来なかったり。 そして、それを誰しもが疑わない。 最初からそうである、と信じ込んでいる。 だからこそ、この世界は奇妙なのだ。 「……分かる」 リブラの言葉は、全てが納得出来るものだった。 この世界では当然のことを、当然ではないとリブラは 認識しているとすれば――。 確かに、この世界の枠組みから 外れた存在なのかもしれない。 「わたくしの指摘を受けて、先代様はようやく 世界の矛盾に気付かれました」 「そして、この世界のことを疑問に思われました」 「そうか……親父殿も、気付いたのか」 流石は親子。血は争えないということか。 「先代様はわたくしにこう尋ねられました。 世界の真実を知りたい、と」 親父殿ならば、それもまたありえる話だ。 いや……親父殿でなくても、十分にありえる。 世界の真実に至るかもしれない 一端に気付いたとなれば……。 そこから先を求めるのは当然だろう。 「わたくしの中には、この世界へと流れ着く前に、 外から観測を行った際の結果が記されていました」 「この空より遥か高い……無限の空、と呼ばれる場所 より世界を見下ろしていた時の、観測結果が」 この空より遥か高み――そんなものが 果たして存在するのだろうか。 半信半疑な俺の内心を察したかのように、リブラは その部分を詳しく説明することはせずに、先を紡ぐ。 「観測結果を参照したわたくしは、 この世界の真実を理解しました」 「世界を外から観測して初めて分かる、真実を」 「……それはなんだ?」 「この世界は決められた一定の歴史に 沿って繰り返されています」 「…………え?」 リブラの言葉が上手く飲み込めない。 意味が分からない、理解が出来ない…… それよりも、以前の段階。 その言葉を、上手く受け止めることが出来ない。 「この世界は、勇者が旅立ち、魔王を倒す。 それを延々と繰り返していたのです」 「その都度、勇者の設定を変更しながら…… 茶番を繰り返し続けていたのです」 「ど……どういうことだ……?」 何度繰り返したか分からない言葉をただ繰り返す。 今の俺にはそれしか出来なかった。 「魔王が倒されるという結果だけを確定させて、 その途中の過程を楽しんでいたのです」 「自らも、茶番の中の登場人物の一員として」 「だ、誰だ……誰が、そんなことを……」 問うまでもなかった。 その答えはとっくの昔に出ていた。 この世界を作った。そう言い伝えられている存在は――。 「光の女神、です」 そいつしかいないのだから。 「ま、待て……」 混乱が俺を襲う。女神が全ての図面を引いていた ……そんなことがありえるのか? 「勇者が……ヒスイが旅に出たのは、魔王を倒し、 囚われた女神を救い出すため、だったよな?」 「……はい」 「ヒスイが旅立つためには……女神は囚われなければ いけない……んだよな?」 「……覚えていますか? あなたが神殿の町に 初めて行った時に仰られたことを」 俺の問いかけに答えることはせずに、 リブラが逆に問いかけてくる。 神殿の町に行った時……俺は、なんと言っていた? 「女神は自分自身が作り出した魔王の手によって、 封じられていることになる――」 ああ……そうだった。確か、そんなことを言って、 俺は神話を否定していたはずだ。 「……まさか……?」 女神が世界を作り、脚本を描き、その通りに 世界が動いているのだとすれば……。 もしかして……。 「はい。女神は自らが作り出した魔王の 手によって封じられたのです」 「自らが描いた脚本通りに…… 勇者が旅立つ動機となるために」 「そんな……」 まるで出来の悪い自作自演だ。 確か、そんなふうに感じたのを覚えている。 なんてことだ……本当に、女神の 自作自演だった、とは……。 「なんで……そんな、手が込んだことを……」 「真っ先に茶番より退場することによって、登場人物で ありながらも観客の椅子に座るため、でしょうね」 馬鹿馬鹿しい、呆れて物も言えない。 この世界は、その全てが、女神のくだらない 自作自演に付き合わされていた……。 ……くだらない、実にくだらない。 「……俺はどうすればいいんだ、リブラ」 このくだらない話を聞いて、笑えばいいのか。 泣けばいいのか。怒ればいいのか。 そのどれも俺は選べる気がしない。 ただただ、呆れるばかりだった。 呆れることしか出来なかった。 「わたくしを疑い、信じない。そうすれば、 全ては無に帰します」 「それは……出来ない」 リブラの話を聞きながら、納得している自分がいた。 全て合点がいった、と。 そして、何よりも……。 「お前は嘘を吐いたりはしないだろ」 リブラは魔道書という道具であり、道具という役割を貫く。 だから、自らの役割のままに、 嘘を伝えたりはしないはずだ。 俺はそう……信じていた。 「俺は……どんな顔をすればいいんだ?」 荒唐無稽な。だが、納得も出来てしまう話を聞いて。 真実とやらに呆れ果ててしまった俺は ……どうすればいいんだ。 大きな溜息を漏らしながら、片手で顔を覆い隠す。 「今日はこのくらいにして、城へと戻りましょう」 立ち尽くす俺の背に、リブラがそっと手を添える。 「……そうだな」 自分がどんな顔で、どんな声を発していたのか、 俺には分からなかった。 ただ、胸の奥からどうにか声を絞り出す。 「行きましょう」 俺の背に手を添えたままリブラが歩き出すのに 合わせて、俺も歩を進める。 何を語ればいいかも分からないまま、 静かに城を目指した。 城に戻って、とりあえず眠ろう。 明日には、何か考えることが出来るかもしれない。 それだけを思いながら城へと歩き続けた。 だが、俺のそんな希望は叶えられることはなく――。 「こんばんは。魔王くん」 目下、俺の最大の敵である光の女神が、 城の前で俺を出迎えた――。 「光の……女神……!」 驚愕が背筋を貫く。 何故、こいつがここにいるんだ。 どうして、ヒスイとカレンという手駒を 失っておきながら、のこのこと姿を現す。 俺たちに負けるはずがない、とでも言いたいのか? 「出来れば、アーリと名前で呼んでほしいのだけど ……まあ、良しとしましょう」 「な……何故、あなたがここに……」 女神の出現を意外に感じたのは、リブラも同様だった。 その目が、大きく見開かれていた。 「なんとなく、と誤魔化してもいいのだけど、 正直に答えようかしら」 うん、と小さく頷いた女神は、そのままにこりと笑い。 「ヒスイちゃんも無事に取り返せたことだし、そろそろ 私への対抗策を練る頃かなと思って、様子を見に」 「そうしたら……ふふ、二人でひっそりお話してたし。 邪魔しちゃ悪いから、待ってることにしたのよ」 そのにこやかさが今となっては腹立たしい。 茶番という言葉が、何度も脳裏を過ぎっては消えていく。 「ふん。無駄な気遣いをするなど、 わざわざご苦労なことだ」 リブラの話もあって、揺れ続けている心は 落ち着きどころを見失っていた。 胸の中に苛立ちが募り、それに背を 押されるように女神を睨み付ける。 「あら……今日の魔王くんはなんだか、怖いのね。 何か嫌なことでもあったのかしら?」 「おかしな話を聞かされた、とか」 「多弁が過ぎますよ、女神」 リブラの声など意に介した素振りも見せずに、 女神は笑みを深める。 立てた指を頬へと添えたまま、面白がるような 言葉が止まらない。 「例えば……そうね、この世界に関する真実、 でも知っちゃった?」 まるで俺たちの会話を全て盗み聞きでも していたかのような的確な言葉。 全てを見通していると言わんばかりの態度に、 また苛立ちが募る。 「今回は、少し参ったわ。世界の外の因子が混じった せいで、何もかもが思い通りにいかなくて」 「常に超展開だったもの。そうそう、こんな場面で いきなり真実を語るのも超展開よね」 俺が何か言うよりも早く、女神が 一方的に語りかけてくる。 自らの手柄を誇るかのような得意げな言葉など、 聞くつもりもなかった。 「……行くぞ、リブラ」 「はい……」 これ以上、ここで無駄な長話に付き合ってやる義理もない。 例え戦闘であろうが、会話であろうが、今は顔を 突き付け合わせることすらしたくない。 「あら……?」 何が気に入らないのだろう。 女神は意外そうな顔をして、俺とリブラを見比べる。 「あ、もしかして……」 やがて、納得でもいったかのように手を打ち合わせる。 緩やかに溜息を零すと、女神の仕草すらも 気にすることはなく、歩き出し――。 「あなた、まだ教えていないの? アカシック・リブラリアン」 ――歩き出しかけた足が、止まった。 まだ教えていない。その言葉が、 何故か俺の心を捕らえた。 「いけません、魔王様。耳を傾けずに、 このまま城へと戻るべきです」 ぐい、とリブラが俺の背を押す。 だが、一度止まった足は何故か動かずに。 「……何が言いたい」 女神へと、言葉を返してしまっていた。 「言いたいことはさっき言ったばかりだけど ……じゃあ、ここで魔王くんに質問ね」 「い、いけません。耳を貸してはっ!」 珍しく、リブラが声を荒げる。 女神の声を制するように声を上げ、 懸命に俺の背中を押す。 だが、耳を閉ざすことが出来ず。 だが、足を動かすことが出来ず。 「世界の外の因子が混じったせいで上手くいかなかった。 私はそう言いました」 「私が言う外の因子とは、誰のことでしょうか?」 女神が俺に問いかけて――。 「……リブラのことだろ」 俺が女神に答えてしまっていた――。 「これ以上、その口を開かせるわけにはっ!」 声を荒げるリブラの片目が、淡く輝く。 だが、リブラが行動を起こすよりも早く。 「ふふっ」 女神がリブラへと手を向ける。 「うぅ……!?」 その動作だけで、リブラが苦しげに 呻き声を上げながらしゃがみ込む。 目に見えない重圧でもかけられたかのように。 「ねえ、魔王くん。魔王って、誰かに 影響を与える存在なのかしら?」 「私はそうは思わないわ」 リブラには目もくれずに、アーリは言葉を紡ぐ。 「物語の前段階を整えて、それ以上は動かない。 侵攻も進軍もせずに、現状を維持し続ける」 「何かするとすれば、勇者を倒そうとするだけ。 でも、それも決して大規模な動きではない」 それは、徐々に囁くような言葉に変わって行く。 何故だろう。とても、嫌な予感がするのは。 「うぅ……ま、魔王様……」 リブラの呻き声がかすかに届く。 だが、俺は魅入られてしまったかのように、 動けないままで。 「魔王は最終目的なの。勇者が冒険の末、 一番最後に倒す敵。倒されるべき存在」 「だから、魔王は動かない。決して動いてはいけない」 「仮に物語の途中で動くとしても、あくまでそれは演出。 想定された通りの影響しか与えない」 女神の声が、耳を通って俺の心に沁み込んでいく。 「魔王は物語の行く末を左右してはいけないの。 だって、自分こそが物語の一番最後なのだから」 それこそ……まるで、悪魔が囁くかのように。 「ねえ、魔王くん。君はどうなのかしら?」 「俺……?」 「自ら動いて、勇者に、戦士に、神官に 影響を与えたあなたはどうなのかしら?」 「世界に、そして物語に影響を与え続けた あなたはどうなのかしら?」 頭が回らない……いや、回らなくなる。 それ以上考えることを、思いとどまらせるように。 「魔王くん。あなたはだーれ?」 「俺……は……」 「聞いては……いけません……」 リブラの声が、耳に入り……そのまま抜けて行く。 聞いてはいけない。それは、俺も分かっていた。 分かっているはずだったのに。 「魔王……ジェイドだ……」 あまつさえ、答えてしまう。 悪魔の囁きに応じてしまった。 魅入られてしまったように。 「それが君の答え?」 「……ああ。俺は魔王だ!」 「残念、外れよ」 にこやかな笑顔で、穏やかな声色で、女神が断言する。 「私はジェイドなんて名前の魔王には覚えがないし、 作ってもいないから」 世界の全てを作った女神が、俺に告げてくる。 「この世界の魔王はジョーカーくんだけよ。 それ以外の魔王を作ってなんていないから」 女神が口にしたのは、親父殿――先代魔王の名前。 女神が作ったのは親父殿だけ……? この世界の魔王は……親父殿だけ……? 「どういうことだ……?」 答えは分かっていた。 さっきから、何度も女神が口に出していた。 だが、俺は尋ねてしまう。 魅入られてしまっているために。 この世界の、女神が与えた毒に――。 「外の因子はアカシック・リブラリアンだけじゃないの」 そんな、まるで、その言い方だと――。 他にも誰かいるような――。 「教えてもらえないかしら? ジェイドくん」 「君は一体、誰なの?」 女神が、この世界の創造主が静かに問いかけてくる。 俺は一体誰なのか、と。 俺は――誰、なんだろう……? 「君は一体誰なのかしら?」 女神が俺に尋ねてくる。 言葉尻だけは不思議そうに。 だが、その顔はにこやかだった。 まるで、自分の知らないことに対しての 興味を隠せない子どものようだ。 「俺、は……」 その答えを俺は持っていない。 俺は魔王の息子として生まれて、病に倒れた 親父殿から魔王の座を引き継いだ。 そして、魔王として勇者と戦い ……敗れ、今に至る。 それが俺にとって全てであり、それ以外の 答えを俺は持ち合わせていない。 「俺は……誰なんだ……?」 だからこそ、俺も問いかけてしまう。 自分自身が誰なのか、と。 「……あれ? もしかして、自分でも知らないの?」 きょとん、と首を傾げながら女神が尋ねてくる。 既に場の空気に飲まれてしまっていた俺は、 問いに対して素直に頷くことしか出来なかった。 「なるほど、そうなのね。それじゃあ、 答えられるわけないわよね」 「うーん……あ、そうだ」 少しだけ考え込むような素振りをした後で、 女神が軽く手を打ち鳴らす。 いい事を思いついた。そう言わんばかりに顔が輝いていた。 「分からないのなら、聞けばいいのよ」 「……聞く?」 一体、誰に聞けというのだろう。 俺自身ですら答えを持たない問いに、 誰が答えを示してくれるんだ。 「誰も分からないだろ……そんなこと」 「そんなことないわよ、ジェイドくん。 ほら、そこにいるじゃない」 「とーっても物知りな、伝説の“〈魔道書〉《グリモア》”が」 女神が指を差す方へと視線を向けると、そこには――。 「……なっ!?」 圧に押し負けたかのようにしゃがみ続けたままの リブラの姿があった。 大きく見開かれた双眸に乗っている色は、 戸惑い……あるいは、恐れだろうか。 その唇が小さくわなないていた。 「問われたことの全てに答えを出す。 それがあなたの在り方なのよね?」 「それ、は……」 リブラが小さく震えだす。 その様子は、女神の言葉が真実であることを 物語るのと同時に――。 「……リブラ」 俺が何者であるか、その答えを知っているのではないか。 そのような疑問を抱かせるのに、十分な態度だった。 「お前……」 「魔王様……」 問いかけないでほしい。そう言わんばかりに、 リブラが俺を見上げる。 「だから、魔王じゃないでしょう。 アカシック・リブラリアン」 「彼は魔王ではなくて、ジェイドくんよ」 くすり、と女神がほほ笑む。 女神は、決して自らがリブラに問いかける ことはせずに傍観に徹している。 俺自身が、リブラに問いかけることを期待して 待っているかのように、ただ見ている。 「ジェイドくん。あなたが何者なのか、知っているのは ジョーカーくんとその子だけよ」 「でも、ジョーカーくんはもういない。だとすると……」 女神はそこから先の言葉を続けるようなことはしなかった。 だからこそ、その先に続くであろう言葉を 俺は連想してしまう。 親父殿はもういない。だとすると……。 「知っているのはリブラだけ、か」 「そうなるわね。よく気付いたわ、ジェイドくん」 パチパチ、と軽く手を打ち鳴らされる。 「じゃあ、早速尋ねてみましょうか」 まったく馬鹿にしている。馬鹿にされている。 分かっていても、俺は自分の中の欲求を止められない。 「今はまだ……その時ではありません……」 自分が何者なのかを知りたい。 その欲求に勝てない。 「リブラ……俺は……」 一体、何者なんだ? 俺の口から漏れそうになった言葉は……。 「せりゃぁぁっ!」 渾身の気合と、閃く白刃によって、掻き消されていた。 「わっ!?」 完全に虚を突かれたのだろう。驚きに目を丸くした 女神は、思い切り後ずさって剣を避ける。 「きゅ、急に危ないじゃない。カレンちゃん」 「すみません。魔法使いがイジメられていたのが 見えて、つい」 俺と女神たちの間に割って入ってきたのはカレンだった。 口では謝りながらも、両手で持った剣の 切っ先は女神を向いていた。 「イジメられていたて、お前……」 つい、で攻撃を仕掛けるなんて怖すぎるだろ。 だが……今は助かった。 「ジェイさん、リブラちゃん、大丈夫ですかっ!?」 カレンに続いて、ヒスイが慌てた様子で 城の中から走り出てくる。 俺たちを助けに来た……のか? 「俺は問題ない。リブラの方を頼む……」 「はいっ」 大きく頷いてから、ヒスイはリブラの方へと 駆け寄って行く。 「カレンさん、いきなり女神様に 攻撃しては駄目ですよっ」 「ああ、反省して次に活かすさ」 「別に活かさなくていいぞ、それ」 「一応、反省はさせるのね」 「って、そうじゃなくて。空気が乱されちゃったわね」 ……ああ、そうだ。 気が付けば、いつの間にか場の空気は一変していて、 普通に思考も会話も出来るようになっていた。 この空気は女神による一方的なものではない。 俺たちの……いつもの空気だ。 「リブラちゃん、立てますか? 肩を貸しますよ」 「ありがとうございます。では、遠慮なく」 女神の重圧に押しつぶされていたリブラも、ヒスイに 肩を借りながらだが、立ち上がることが出来ている。 「女神様、教えてください。どうして、 世界を破滅させるんですか!」 リブラに肩を貸しながら、ヒスイが女神へと声を向ける。 随分と紆余曲折を重ねた末に――。 ようやくヒスイが当初から持ち続けていた疑問を 女神へとぶつけることが出来た。 「答えてあげるけど……少し待ってね」 「あ、はいっ」 ぶつけることが出来た……のだが、女神に待てと 言われたヒスイが大人しく引き下がる。 緊張した面持ちで、女神の答えを待つ……って。 「別に待つ必要ないだろ!」 「何を言う魔法使い。こっちは尋ねる身だぞ」 「向こうから待っていろとお願いされたんだ。 ちゃんと待つに決まっているだろ」 「そうですよ。それが当然です」 二人とも、待つのが当たり前みたいな感じに頷いている。 いや、まあ、素直なのはいいことなんだが……。 「お前ら、いい子すぎるだろ!?」 「まあ、勇者ですからね」 「そりゃ、そうだけどな!」 ああ、ちくしょう。 こうやってツッコミを入れられることに 少し安心してしまう自分がいる。 本当に……この二人には助けられたかもしれないな。 「ヒスイちゃんはいい子だね。 流石は私が選んだ勇者よ」 にこやかに笑いながら、女神が片手を掲げる。 その手から柔らかな白い光が広がり、 辺りを明るく照らし上げる。 光の中、女神の真横にゆっくりと人影が現れた。 それは――。 「みんな、久しぶりっ」 ――クリスの姿だった。 「せ、先生っ!」 「ああ、久しいな」 いつもと変わらないクリスの様子に、 ヒスイとカレンが安心したように息を漏らす 「……このタイミングで呼び出しますか」 「間違いない、か……」 一方で、俺とリブラの二人に浮かんだのは 落胆に近いものだった。 女神に呼び出されながらも、いつもと 変わらない様子のクリス。 ヒスイやカレンは、操られていたというのに ……クリスだけが違う。 「無事だったんですね!」 「今までどこにいたんだ」 「んー、それはまた後で、だね」 色々と尋ねてこようとするヒスイとカレンの二人へと、 クリスが静かに、というジェスチャーを返す。 「ふふ。全員そろった状態で黒幕である私が ネタばらしなんて、本当に駄目な展開」 「でも、ピッタリかもしれないわね。この、完全に 壊れてしまった、出来損ないの物語にとっては」 そう言いながら、アーリが一同を見渡す。 「勇者、戦士、神官、世界の外から 流れ着いた“〈魔道書〉《グリモア》”。そして……」 「正体不明の、自称魔王くん」 最後にじっと俺を見つめながら、アーリが微笑む。 思わず逸らしてしまいそうになる目を、 どうにか押し留めて、見返す。 「正体不明の自称魔王……?」 カレンが不思議そうに首を傾げて、俺を見る。 だが、カレンに対して答えを返すことは出来ずに、 黙り込んでしまう。 「カレンちゃん、今は女神様のお話を聞く場面だよ?」 「む、そうだな。すまない」 いつも通りの調子でクリスがカレンをたしなめる。 本当にいつも通りの言葉と態度。そこには、 なんの不自然さも見当たらない。 だからこそ、俺は嫌な予感が確信へと 変わるのを感じていた。 クリスは、正気を保ったまま女神の側に付いている、と。 「ヒスイちゃんの疑問は、どうして私が 世界を破滅させるのか……だったわね」 「はい……。女神様は何をお考えなのか教えてください」 ぎゅっと胸の前で手を握り締めながら、ヒスイが頷く。 「さっきも言ったけど、この世界は出来損ないの 物語になってしまったの」 「外部からの要因が混じってしまったせいで、 わけの分からない展開になったから」 アーリの語り口はあくまでも穏やかなものだった。 優しく、丁寧に、自明なことを教えるような口調。 だが、それだけに――怖さを覚える。 「いくつもイベントを飛ばしたり、こっちが 想定してない答えを出したり……」 「おかげで展開がめちゃくちゃ。駆け足で支離滅裂な、 意味の分からない流れになってしまったわ」 駆け足で支離滅裂……それは奇しくも俺がいつか 抱いた感想と同じものだった。 軽く肩を落としながら、女神が緩やかな吐息を零す。 「だから、今度はちゃんとした話にするために、外部の 要因を排除して世界をやり直すことに決めました」 「そのために、ジェイドくんを殺したいの」 女神があっさりと口にする。俺を殺す、と。 「彼が世界に与えた影響を綺麗に消し去るために、ね」 ヒスイのように決意を込めたりはせずに。 それが決定事項であるかのように、 あっさりと口にしていた。 改めての宣言に、背筋がゾクリと震えた。 「そ、そんな……どうして、ジェイさんを!?」 「さっきも言ったように、彼が世界に与えた 影響を完全に消し去りたいの」 つい先ほどと全く同じ言葉を女神が繰り返す。 「魔王くんは、なんの役割も持っていないくせに、 世界に影響だけを与えているのよ」 「そんな人が、今後も混じっているとなると、 とても迷惑だわ」 なんの役割も持たないと分かっていながら。 さらには自分でも口にしながらも、 女神は俺のことを魔王くんと呼ぶ。 なんて、性格が悪い奴だ。 「魔法使いは魔王ではないのか?」 「そういう意味じゃないんだよ、カレンちゃん」 「では、どういう意味だ?」 相変わらず、カレンは分かっていないようだな。 まあ、こいつはこれでいい……か。 「いらない子だから、捨てちゃっても いいわね。という意味よ」 「ああ、なるほど」 女神のシンプルな説明で、ようやく 納得したようにカレンは頷いて。 「ならば、私は魔法使いを守ります」 剣を両手で構え直す。 あの時と……操られたヒスイと 戦った時と、同じように。 再び、女神へとその剣を向ける。 「カレンちゃんの意思は変わらない、かな?」 「はい。以前にもそう口にしましたので」 「私の意思は曲がりません」 「少し残念。じゃあ、次はヒスイちゃん」 「……はい」 女神の視線がヒスイへと動く。 正面から見据えられたヒスイの顔が、 心なしか青ざめて見える。 「ヒスイちゃんは、ジェイドくんを殺す気はない?」 「ありません」 小さく震えるように、ヒスイが首を横へと振る。 「女神様のお願いでも?」 「お願いでも……です」 「うーん、やっぱりか……」 女神の顔に落胆の色はなく、確認出来たと 言わんばかりに小さく頷いていた。 「女神様……質問してもいいですか?」 「うん? 何かな」 「……どうして、わたしたちを操って、 ジェイさんを襲わせたんですか?」 唇を震わせながら、ヒスイが必死に問いかける。 これまで、無条件で信頼を寄せていた相手へと、 疑惑の言葉を向ける。 「その方が盛り上がりそうだったから」 ヒスイの必死さをあざ笑うかのように、 女神があっさりと答えた。 「……は?」 盛り上がりそうだから、だと? 俺の聞き間違いではないよな……。 「ど、どういうことですか?」 「ヒスイちゃんとカレンちゃんが強いから っていうのは、もちろんあるんだけどね」 「一緒に旅をした仲間が操られて 襲ってくるって面白いでしょう?」 何を言っているのか、分からない。分かりたくもなかった。 「肝心の本編があんな展開になったし、オマケくらいは 盛り上がる流れにした方がいいでしょう?」 「神は世界を作って、脚本を書くエンターティナーだから。 みんなが楽しめるお話を作らないと駄目じゃない」 面白いから……? 盛り上がるから……? 「たったそれだけの理由で……お前を信じていた 二人を操ったって言うのか?」 「そんな……わけの分からない理由で……」 それだけのために、二人に過剰な力を与えて ……使い潰す気で、俺を襲わせたのか。 俺のことを、仲間だと認めたばかりに。そんな。 「そうだけど、どうかした?」 「そんなことが許されるわけないだろ!」 「どうして?」 心底不思議そうに、女神が俺に問いかけてくる。 俺が何に憤りを感じているのか、 まるで理解出来ないかのようだ。 「この世界を作ったのは私よ。だったら、この世界を どう扱おうとも私の勝手でしょう?」 「この世界の生物の命とか心とか、そういうものよりも 私が楽しいかどうかが優先されるべきよ」 「そんなわけがあるかっ!」 「だから、どうして?」 やはり、女神は不思議そうに首を傾げたままだった。 なんでそんな顔をするんだ……。 「私が楽しむために作った世界なのだから、 私が好きにして当然でしょう」 「お前……自分が死にたくなんてないだろ?」 「当たり前でしょう? ああ、そうか」 ようやく……本当にようやく納得が出来たように、 女神が手を打ち合わせる。 「だから駄目って言ったのね。 私が何も気にしていないから」 「君の仲間の二人のことも、使い潰そうとしていたから」 「……ああ」 「ふーん。そんな理由で怒るんだ…… やっぱり、君は魔王じゃないなあ」 「世界に影響を与えるし、命を大切になんて言うし」 頬に指を添えながら、女神が考え込むように黙り込む。 少しの沈黙を挟んで。 「本当に何者なのかな、君は」 不思議そうに紡がれたその言葉に、 反応を示したのはヒスイだった。 「……あ」 何かに気付いたように、単音を 漏らしながら口元を手で押さえる。 「わかりました。ジェイさんが何者なのか」 「……え?」 俺が何者か分かった……だって? 「そ、それは本当か……?」 「はい。多分、これで間違いありません」 「どうやら、自信があるようだな」 「ふふ。流石はヒスイちゃんかな」 カレンとクリスの二人が感心したように呟く。 クリスにいたっては、くすと小さな笑いすら漏らしていた。 「それで、ヒスイちゃん。彼は何者なの?」 待ちきれないといった様子で、女神がヒスイに問いかける。 「それは……」 少しの溜めの後で、ヒスイは思い切り胸を張って。 「〈勇〉《・》〈者〉《・》です!」 満面の笑顔にて、元気よく断言をする。 俺が……勇者……? 「はあああああああっ!?」 俺が勇者!? いやいやいや、ないないない。 我ながら、それだけはない。 「皆さん、ジェイさんからいい影響を貰いました」 「それに、ジェイさんは誰かの命や想いを とっても大切にしてくれます」 ぎゅっと、胸の前で両手を握り締めて、 ヒスイが目を輝かせる。 「これって、勇者ですよね!」 …………。 場に沈黙が流れ始めた。 「あははははっ! 勇者! それは面白いわね」 沈黙を破ったのは、女神の愉快そうな笑い声だった。 目に涙を浮かばせる勢いの、大きな笑い。 「自分が動くことで、世界と物語に影響を与え続ける。 確かに、それは勇者の役割ね」 「はい。ジェイさんはわたしたちにとっての、 もう一人の勇者だったんです」 「……似合わないだろ、俺だと」 「まあ、確かに似合わないが…… 影響を与え続けたことは確かだな」 「そうだね……ふふ」 「勇者……ですか……」 全員の視線が俺に集まる。 勇者だなんてヒスイに持ち上げられた結果、 視線が集まっただけに、こう、なんだ。 微妙に恥ずかしい。 「女神様。わたしはこの世界が好きです。皆さんが 生きているこの世界が大好きです」 女神へとヒスイがまっすぐに向き直る。 その様子には、もはや怯えたような調子は微塵もない。 「ですから、女神様がこの世界を破滅させると仰るの でしたら、わたしは女神様を止めてみせます」 「わたし、勇者ですから!」 「そうね。ヒスイちゃんは、勇者だものね」 ヒスイの宣言に対しての女神の反応は、 納得したような頷きだった。 「だったら勇者二人を敵に回して、世界を破滅させようと する私は魔王の立ち位置になるわね」 「女神兼魔王。面白いわ、悪くない発想」 女神のくせに魔王を兼任するなどと言いながらも、 女神は楽しそうなままだ。 面白いかそうでないか。本当に基準はそれだけなのだろう。 「というわけで、私が今から女神魔王よ。世界の破滅を 防ぎたければ、私を倒してごらんなさい」 「それでいいんですか? 女神様」 「そっちの方が盛り上がりそうだし」 こいつらは……本当に何を考えているのか、分からない。 女神もそうだが、そんな女神に従っているであろう クリスも、何を考えているのかまるで見えない。 「それじゃあ、魔王らしく私は神殿であなた達を 待とうかしら。精々頑張ってね、勇者さんたち」 「頑張ってあなたたちに絶望を与えることにするわ。 行きましょう、クリスちゃん」 「はい、女神様」 女神の言葉に頷きながら、クリスは従順に 付き従うように隣に並んで立つ。 「え……? せ、先生はわたしたちと 一緒に行くんじゃ……?」 「どうして、そっち側に付くんだ?」 「ごめんね、先生は最初っから女神様の味方なんだ」 ヒスイとカレンの驚きの声に、クリスは 申し訳なさそうに手を合わせる。 手を合わせる程度で、済ませている。 「ジェイくんとリブラちゃんは気付いていた……よね?」 「……はい。女神があなたを召喚した時から薄々とは」 あの時……俺が意識を失う寸前にクリスを見たこと。 そして、あの時のクリスの謝罪の言葉。 おそらく、そうなのだろうと頭の片隅で 理解はしていた。ただ……。 「信じたくはなかったけど、な」 目を伏せながら、そう告げる。 一番信じたくなかった結論。それが正解だったとは……。 「次に会う時はクリスちゃんも敵になるわね」 「じゃあ、また会いましょう」 女神の手の中から白い光が柔らかくあふれ出す。 視界の全てが白に覆われて、二人の姿が消えていく中。 「……ごめんね、ジェイくん」 残されたクリスの呟きが、いつまでも耳に残った。 視界を覆う白が消えた時――そこには女神と クリスの姿はもうなかった。 おそらく、帰ったのだろう。 「……女神様と戦うことになっちゃいましたね」 「そうだな」 二人が顔を見合わせながら、頬を掻く。 「後悔はしていませんか?」 「していません」 「するわけないだろ」 リブラの問いかけに対して、二人がキッパリと断言をする。 後悔なんて……本気でしていないようだ。 「……そうか」 空を見上げて、緩やかに息を吐く。 まったく……こんな時は、どう言えばいいんだ。 「……ありがとう。でいいのか?」 「どういたしまして」 「それでいいだろうな」 二人が笑いながら、答えてくれる。 女神……そして、クリスと戦うことになる。 気が重くないといえば嘘にはなるが……。 「負けたくない……」 その思いが、俺の中で大きくなっていた。 敗北はすなわち自分の死に繋がるから、 という理由もあるが――。 「負けてたまるか」 俺が、俺たちが、懸命に生きてきた世界を、 そこに刻んできた足跡を……。 出来損ないや失敗と呼ばれることが……許せない。 そんな簡単で、上から見下すような言葉で 終わらせていいはずがない。 「頑張りましょう。ジェイさん」 「私も気合を入れていこう」 「微力ながら、お手伝いいたします」 「……ああ」 それぞれの言葉に、胸中で感謝を重ねながら頷く。 「それでは、早速ですがわたくしは 自分に出来る仕事をいたしましょう」 「リブラちゃんのお仕事、ですか?」 「はい。わたくしに出来るのは、 ただ語ることのみ、です」 「ゆえに語りましょう。十神竜……そして、 あなたに残された最後の真実を」 俺に残された最後の真実――。 それを聞くのを恐れている自分がいるのも確かだ。 だが、それは避けては通れないであろう道。 「ああ、頼む」 全ての覚悟と決意を胸に、ゆっくりと頷く。 「承知いたしました。それでは、中で話します」 真実へと到達するための最後の扉――。 それが今、開かれる――。 「というわけで、あなたに隠された真実なのですが」 「なんで、中に入った途端、おもむろに 語り始めるんだよ!」 確かに中に入ってから続きは話すと言っていた。 それにしたって場所を移した早々に 話し始めるのもどうかと思う。 しかも、とても軽い調子で。 「話が早いとはこのことだな」 「このことだ、じゃねえよ!」 「こういう時に使っていい言葉 じゃないからな、それ!」 なんで自信満々かつ、ちょっと得意げに 全然違うことを言うんだよ! せめて、もう少しかするくらいしろよ! 「早口で話すって意味ですよね?」 「それは話じゃなくて、言葉が速いんだろ!」 結果的に話も早くなるが、それは 終わるのが早くなるだけだ。 「高速で会話するという意味です」 「今のを言い変えただけだろ!」 「露骨に手を抜くんじゃねえよ!」 くそっ、いきなり人にツッコミばっかりさせやがって! おかげで色々と考える余裕すら なくなってしまったじゃないか。 まあ……こいつらなりの気遣いなのかもしれないが。 「ともあれ、もう少しふざけた会話を続けるとですね」 「真面目な話をしろ!? ふざけた 会話を引っ張ろうとするなっ!」 気遣いも行き過ぎると面倒なことになりそうだ。 人生の新たな教訓としよう。 「しょうがありませんね、まったく」 「そろそろ、勘弁しておいてやるか」 「そうですね。このくらいにしておきましょう」 「なんで結託してるんだよ!?」 っていうか、仲いいな! 特に打ち合わせとかしていないくせに、 なんで綺麗な連携を取れているんだよ! 「結託といえば……」 「やめろ! これ以上、俺の仕事を増やすな!」 このタイミングで何かを言いかけるとか、 きっとろくでもないことに決まっている。 自慢の危機察知能力を駆使して、事前に潰しておこう。 「あ、でも、真面目な話に入る前に 尋ねておきたいんですけど……」 ヒスイが控えめに手を上げながら、言葉を挟む。 この様子なら……今度こそ、ちゃんとした 話かもしれないな。 よし、発言を許可しよう。 「……なんだ?」 「わたしたちも一緒に聞いて大丈夫なんですか?」 「ん? ああ、そうだな」 ヒスイの言葉に、納得したようにカレンが頷く。 「席を外した方がいい話なら、そうするが」 どうしよう。今度こそ、本当に気遣われてしまった。 文字通りの気遣いである。 「魔王様にお任せします」 「……だったら、一緒に聞いてくれ」 一人で聞いてしまえば、重さで潰されたり 混乱してしまう類の話かもしれない。 真実とは常に理路整然としているものではなく、 混沌としているものである。 そんな話を続けて聞きすぎた。 「俺も……お前たちの仲間だからな」 「……はい。それでは、一緒に聞かせてもらいます」 「仲間、か。ふふ。私たちに任せておけ」 「ああ、頼りにしているさ」 俺は一人ではない。そのことがとてもありがたい。 あんなに忌み嫌っていた相手だというのに。 不思議なものだと改めて思う。 「それでは、このまま歩きながら話しましょう。 きっと、それが相応しい話ですから」 ぐるりと周囲を見渡しながら、リブラが歩き出す。 「まずは、魔王様と……先代様に関しての 話から始めましょう」 その目は、遠く昔の懐かしいものでも 見るかのように、細められていた。 俺と親父殿の話……一体、どんな真実が 隠されているというのだろう。 短く息を飲み込んで、リブラの後を追うように、 俺たちは歩き出した。 「魔王様にはある程度話はしてありますが、 お二人にはまだでしたね」 どこまでも長く伸びる廊下を歩きながら、 リブラが俺たちの顔を見上げる。 「ああ、そうだな」 俺は事前にいくつかの話を聞いているだけに、 ヒスイたちよりも知っている事柄が多い。 「分からない部分が多少あるかとは思いますが、 まずは最後までお聞きください」 「分からない部分は後ほどこっそり聞いてください」 「はい。後でこっそりとリブラちゃんに尋ねますね」 「そうさせてもらおう」 情報の格差を埋めることはせずに、 後ほど別に行うようだ。 まあ、ヒスイたちに合わせて話を始めるとなると、 俺は二度聞く部分が出てくる。 俺に関わる話であれば、俺を優先する、か。 「それでは……そうですね。魔王様が何者であるのか。 そこからお話しをしましょう」 「ジェイさんが何者なのか……」 「それは確かに気になるな」 三人の視線が俺に集まる。 「……望むところだ」 自分が何者であるのか。それは俺も知りたいところだ。 俺には親父殿の子として、この城で過ごした記憶が ちゃんと残っている。 それなのに、女神が作った存在ではない。 それはどういうことだろう。 「わたくしの記録によって、先代様は世界の秘密を 知って……そして、憤っておいででした」 親父殿はリブラによって世界の真実を教えられた。 たしか、さっきはそこまで話していたはずだ。 ということは、今からその続きを話すということになるな。 「女神のくだらない遊びのために、自分たちが 作られたのですから無理もないでしょう」 リブラはどこか遠くを見るような目をしている。 在りし日の親父殿の姿を思い描いているのだろうか。 「決して女神の書いた脚本には従わない。憤りから、 そう強く決意をなされたのですが……」 「それでも、先代様は女神によって作られたお方。 世界の流れには逆らえませんでした」 「親父殿は……どうしたんだ?」 「光の女神を封印なされました。 女神が描いた図面通りに」 魔王が女神を捕らえること。 女神流に言うならば、それこそが物語の前準備だ。 勇者が旅立つ理由は、捕らわれた女神を救うことだから。 女神が捕らわれなければ、勇者が旅立てない。 「女神を封印なされた後で、先代様は 強く後悔をなさいました」 リブラの目が、やや憂いを帯びたように見えた。 視線も、どこか伏せがちになっている。 「そして、同時に……深い絶望も抱かれたのです」 「この世界で作られた自分では、女神の図面通りに 動くことしか出来ないのだ、と」 真実を知るがゆえの絶望。 それを味わった時の親父殿の気持ちは いかほどだっただろうか。 俺には理解出来ない。 「それは……つらい話ですね」 「ああ。そして、悲しい話だ」 ヒスイとカレンの二人が顔を曇らせる。 魔王である親父殿のことを考えて、そんな顔をする。 それだけで、二人へと感謝の念を強く抱いてしまう。 「後は女神の描いた図面のまま、 全ては始まるはずでした」 「女神が勇者に神託を授け、そして旅に出て 魔王を倒す……予定だったのですが」 最後の言葉は若干濁されたものだった。 つまり、それはそのまま素直には いかなかった、ということ。 「その言い方だと、予定外のことが起きたみたいだな」 「何か起きたんですか?」 「この辺りは魔王様も覚えておいででしょう」 「……ああ。忘れるはずもない」 リブラの言葉を受けて、大きく頷く。 忘れるはずがない。忘れられるわけがない。 「親父殿は、女神を封じて間もなく、 病に伏せってしまったんだ」 あの親父殿に限って、などと当時は思ったものだ。 信じることなんて出来なかった。 実際に親父殿の姿を目の当たりにしても、 どこか信じられないままだった。 まるで現実感のない、そんな光景だったことを覚えている。 「そして、親父殿はそのまま……」 やがて、帰らぬ人となった――。 「……その通りです」 「何が原因かは分かりません。あるいは、わたくしが この世界に流れ着いたことが……なのかもしれません」 ふっと、リブラの表情が曇る。 自分のせいで親父殿が……そんなことを 考えていたなんて、気付かなかった。 「病に伏せられた先代様の容体は 改善いたしませんでした」 「ただただ、弱ってばかりいく日々の中、先代様は とうとう自分の死期を悟られました」 「…………」 何も言えなかった。親父殿が自分の死期を 悟っていただなんて……知らなかった。 俺にはそんな素振りをまるで見せなかったから。 「先代様は危惧を抱かれていました。このまま自分が 死ねば、光の女神の封印は解けてしまう」 「そして、また……世界をやり直すに違いない、と」 物語が始まる前に魔王がリタイアする。 確かに、そんなことを女神が許すわけもない。 もう一度、世界をやり直すに決まっている。 今、そうしようとしているように。 「世界がやり直しとなった時、自分の記憶も消去される だろう。先代様はそう仰られました」 「それは……当然消されるだろうな」 やり直し前の記憶を保持した登場人物など、 邪魔者でしかないだろう。 女神の言う脚本とやらに変化を付けるために、 たまにそういう人物はいるかもしれない。 だが、記憶を消される可能性の方が高いだろう。 「女神のことを許せない先代様は、この繰り返される 世界をどうにかしたいと願っておいででした」 「全ての物の生が……積み重ねてきたものが、 簡単に無に帰される世界」 「そんなものが正しいわけがない。 それが先代様のお考えでした」 親父殿らしい考えだと思う。 そして、それには俺も同意だった。 そんなものが正しいわけがない。 「しかし、女神に作られた者では女神の 影響下から逃れることが出来ない」 「先代様はご自身の身をもってして、 そのことを痛感なさっていました」 「女神様を封印してしまった時に、だな」 「……はい」 「つらい話ですね……やっぱり……」 茶々を入れるわけでもなく、二人は 真剣に耳を傾けてくれていた。 分からないことの方が多いだろうに、 余計な口は一切挟まないままに。 「この世界の……女神の影響を受けていないもので あれば、世界を変えることが出来るのかもしれない」 「例えば……わたくしが世界の矛盾に気付けたように」 親父殿はリブラの知識を元に、 世界の真実へと辿り着いた。 世界の外から流れ着いたらしいリブラだから、歴史が 繰り返されていることに気付けたのだ。 この世界に生まれた者では、それに 辿り着くことは不可能だろう。 「そして……女神の影響を一切受けていない人物を 世界の外より呼び寄せよう、と」 「……え?」 「常識的な思考を持ち、この世界の 偽りを見抜ける者を……」 「も、もしかして……」 「世界に影響を与えるだけの、強い 可能性を秘めた者を……」 それ、は……もしかして……。 ヒスイとカレンの視線が俺へと集まる。 「それは……先代様にとっても、苦渋の決断でした」 「残された手段はそれしかない。 だからこその選択です」 その結果、誰かが世界の外より招かれた。 この世界へと――。 「俺が、呼ばれた……のか……?」 「……はい。あなたは、先代様によって 世界の外より招かれた方……」 「この世界を変革し、呪縛を破壊する 可能性に満ちた方。すなわち……」 静かにリブラが俺を見上げてくる。 三人の視線と思いが、俺の上で交差する。 「我々にとっての……勇者とも呼べる方なのです」 「ジェイさんが……勇者……?」 「まさか、ヒスイの言った通りだとはな」 くら、と世界が揺れる。目まいを覚えるほどの 衝撃に打ちのめされてしまう。 俺は……世界の外から招かれた……存在……? だから、俺は世界の矛盾に気付ける……? 世界の常識に馴染めず、それをおかしいと思える……? 「そ、そんな……俺にはちゃんと記憶があるぞ。 小さい頃からの、記憶が……」 「アスモドゥスだって、知っているはずだ。 俺の幼い頃を……それはどう説明するんだ!」 「あなたは先代様の後継ぎ……つまり、魔王の息子と いう役割でこの世界に招かれました」 「そのため、それに則した記憶の改ざんが 行われた結果です」 「記憶の改ざん……ということは、あれは全て……」 嘘だった……そういうこと、なのか? 親父殿との思い出の数々。それも全て……。 ふら、と体が揺れた瞬間――。 「ジェイさんっ」 「魔法使い……」 ヒスイとカレンの二人が、それぞれ 俺の手を握り締めてくれる。 その手に支えられて、どうにか倒れずには済んだ。 「……すまない、ありがとう」 二人の手の温もりと柔らかさが、騒ぎ出しそうに なる俺の心を落ち着けてくれる。 どうにか、取り乱さずには済みそうだが。 「にわかには信じられないな……」 「……そうでしょうね」 「だが……」 例え偽物であったとしても、それがかけがえのない 思い出であることに変わりはない。 この世界に招かれる前の記憶がない俺にとって、 それが唯一の記憶である。 だとすれば……。 「……真偽なんて構わないさ」 確かにショックだった。信じられなかった。 打ちのめされた。 だが、それ以外を持っていないのであれば ……それこそが俺にとっての真実である。 「親父殿は……俺の親父殿だ」 今は、そう割り切っておこう。 「……先代様はずっと、あなたのことを 気にしてらっしゃいました」 「すまないことをした、と。何度も……繰り返し……」 「ああ……それで十分だ」 俺のことをまったく気にしなかったわけではない。 当然だろう。親父殿にとっても、 苦渋の選択だったのだから。 「今は、話を進めてくれ」 「……はい」 小さく頷いてから、リブラが再び口を開く。 「後はあなたが知っている通りです。先代様はあなたに 魔王としての力を託し、亡くなられました」 「かくして、魔王でありながら魔王でない存在…… 魔王ジェイドが、この世界に誕生したのです」 「……なるほど」 「勇者によって魔王が倒されること。それはこの世界では 決して覆ることのない絶対の真理です」 「わたくしはそれをあなたにお伝えして ……共に旅立ちました」 「予言は絶対だ。覆ったりはしない。それは、 女神がそう定めていたから、か」 きっちりと定められた道順に従って、ただ進むのみ。 世界に許されたのは、ただそれだけ、か。 「……はい、そして、あなたを 焚き付ける意味もありました」 「まあ、確かに発奮材料にはなったさ」 おかげで、どうにかしてやろうという気になれた。 俺を焚き付けるのは、完全に 成功していたと言えるだろう。 「親父殿の遺品の中から、お前の 封印を解いたという記憶は?」 「それも、改ざんされた偽りの記憶です」 実際はそんなことはなく……リブラは、自由だった。 封印を解いたと思っていたのは、俺だけだった……か。 「俺が死なずに、力だけが死んだのは……」 「あなたが魔王であって魔王でない存在だからです」 「振るう力は間違いなく魔王のもの。 ですが、その体は魔王ではありません」 「……俺は魔族でもないんだな?」 「はい。あなたは、魔王の力を与えられただけの 普通の人間です」 「……なるほどな」 だったら、俺に魔族としての 外見的特徴がないのも頷ける。 俺の体は、普通の人間なのだから。 特徴があるわけもない。 「ということは、人間どもよ、今に見ているがいい! などと高笑いをしていた俺も……」 「ええ。人間です」 「そうか……そうだったのか……」 いや、まあ、不可抗力ではあるのだが。 そして、どうでもいいことでもあるのだが。 真実を知った今、そんなことを していたのが恥ずかしい……! せめて、自分が魔族ではないと気付いてさえいれば! 「笑いをこらえるのに必死でした」 「言うなよっ!?」 場を空気を重くしないように、ひいては俺のことを 気遣って、そんなことを言うのだろうが……。 俺の繊細なハートにひっかき傷がもろに刻まれてしまった。 「じゃあ、自分は魔王だから、 というジェイさんの決意は?」 「魔王であることに変わりはないので、 無駄ではありませんね」 「魔王として世界を滅ぼす! などと言っていたことは?」 「実はどちらかといえば、救うことを 期待されていたというブーメランですね」 「お前ら、やめろ! それ以上、聞くなぁっ!?」 せめて……せめて、俺がいないところで 色々と聞いてくれ! 俺の目の前ではやめてくれ! 「では、この辺りの説明は後ほど 受け付けることにいたします」 本当に……俺のいないところでやってくれ、と。 心の中で願うことしか出来なかった。 「…………」 玉座の間へと戻ってきた俺は無言のまま、 自らの椅子に腰を下ろした。 口から漏れるのは、深い溜息でもあって。 「玉座に座らないでください、人間」 「だから、やめろって!?」 やっぱり、立っていようかなあ。 なんて、思ってしまうほどに俺のハートは 小さな傷だらけだった。 「さて、軽い冗談はさておきまして」 「重いわ……」 特に、古傷を抉られまくっている俺にとっては、 かなり重い打撃だった。 「最後にお話ししておかなければならないのは、 十神竜についてです」 「それも女神が作った力、なのか?」 「はい。最後の最後で魔王を超強化するための措置です」 「ああ。だから、俺が親父殿より受け継いだ力は、 他の竜の力を得ることが出来るのか」 だからこそ、竜の力は移動させることが出来たのだな。 納得は出来た。 「その通りです」 「ですが、女神が言ったように駆け足で話が進んだ 今回は、その本領を発揮することなく終わりました」 そもそも、自分自身の真の力すら知らなかったしな、俺。 竜の力が移動出来ることも知らなかったし……。 案外知らないことだらけだった。 「おかげで、こうして女神に対抗する手段の 一つとして用いることが出来ます」 「十神竜を失わずに済んだのは、僥倖でした」 「ちなみに、全てが揃えば、 どれくらい凄い力になるんだ?」 「おそらくは女神に匹敵する力かと」 「女神様に匹敵するくらいなんですか……」 「それはすごいな。心強い」 つまり、俺が神に匹敵する力を得るということか。 神の力を受けるがいい! うん。中々いい言葉だな。胸がわくわくしてくる。 「そのためには、十匹全てを集める必要があります」 「ええっと、確か今は九匹が集まっているんですよね」 「ふむ。ということは、残り一匹だな」 ああ、そういえば……。 「以前に一体は所在が掴めていると言っていたな?」 「はい。その一体は、誰もが手を 出せない位置に封印してあります」 「そんな隠し場所があるのか?」 「それは一体どこだろう」 「きっと、すごい場所なんでしょうね」 三人で顔を見合わせて首を捻る。 すぐに何かが思いつく奴はいないようだ。 「実は意外と身近だったりします」 「そうなのか?」 「しかも、魔王様の近くです」 「ん? 俺の?」 俺の近くにそんな場所があっただろうか。 まったく身に覚えがないのだが……。 「俺の近く、なあ……あ、もしかして」 古来より隠し物といえば狭い所と相場が決まっている。 であれば、俺の近くにあってなおかつ狭い場所。 「玉座の後ろだな!」 早速、席を立つと玉座の後ろ側を 覗き込んでみるのだが……。 「そんな場所に隠してあるわけないでしょう」 「……そ、そうか」 意外にあると思ったんだけどな。違うのか。 「何かあるとしても、精々隠し階段くらいです」 「隠し階段? それこそ、そんなものがあるわけ……」 「あったー!?」 え、なんで玉座の後ろにこんなものがあるんだ!? 俺、聞いたことないぞ!! 「本当だ。どうして、こんなところに」 「もしかしたら、この先にタンスが あるかもしれませんね」 「ねえよ! ていうか、行かせねえよ!」 どうして、隠し階段の先に真っ先に 期待するのがタンスなんだよ。 そこはせめて、宝箱とか言えよ! 「隠し階段に気を取られるのは、 それくらいにしてください」 とても普通に怒られてしまった。 隠し階段があるとか言い出したのは リブラだった気がしたんだが……。 「まったく、もう。階段に目がないんですから」 「す、すまん」 しかも、何故か謝ってしまった。 「ともあれ……もったいぶらずに、 その隠し場所を俺に教えろ」 「そうしないと話が進みませんね、分かりました」 「最後の竜の隠し場所、それはわたくしの中です」 自らの胸に手を添えながら、リブラがそう口にする。 「リブラちゃんの中……」 「ふーむ。確かにそれは盲点だったな」 「いや、待て。ということは、お前も 竜の力を使えたということか?」 これまでにそんな素振りも、話もなかったのだが。 「いえ、わたくしは使えません」 「文字通り、封印を施してありますので」 「どういうことだ?」 「最後の一体の力は、わたくしの中の とあるページに封じてあります」 「それを手に入れるために、魔王様には ご決断をしていただく必要があります」 じっと俺の目をリブラが見つめてくる。 感情の色のこもっていない 透明な視線が俺を射ぬく。 「……どんな決断だ?」 息を飲みながら、リブラに尋ねる。 避けて通るわけにはいかない質問だった。 それに対して、リブラは――。 「わたくしを……魔道書アカシック・リブラリアンを 破り捨てるか否か、です」 ――そう、口にしたのだった。 「……疲れた」 零した呟きは反響することなく、 空間に飲み込まれて消える。 この、あまりにも広い部屋では、俺が発した声は 何物にも届くことはない。 その前に、単なる空気の振動へと変わり、霧散する。 同様に、声の響きが誰かに届くこともない。 今、ここにいるのは俺一人なのだから。 「……本当に疲れた」 指一本動かしたくないくらいの疲労。肉体ではなく、 精神に蓄積された疲労が、俺の体を重たくさせていた。 今日は、色々あった一日だったから。 いや、色々ありすぎたと言うべきだろう。 「挙句に、あの言葉か」 今日起こった最後の出来事。 リブラが俺に迫った決断。 そのことへと、俺は思いを馳せた。 「わたくしを……ちやほやするか否かです」 「さっきと言ってること違うだろ!?」 「そんな馬鹿な。まさか、同じネタを 二度も使うなどありえません」 「いやいやいや、そうは言ってもだな」 「というわけで、わたくしを破り捨てるか否か、です」 「戻った!?」 なんで、このタイミングで雑に話を戻した!? 遠回しに認めたってことか!? 「ちゃんと考えてください」 しかも注意されてしまった。 くっ……ま、まあ、いい。ここからは真面目に考えよう。 「破り捨てるって……リブラちゃんに何か 影響が起きたりはしないんですか?」 「とっても痛かったり、とか……」 「ああ。破ると聞いて、あまりいい イメージは受けないぞ」 「大丈夫なのか?」 ヒスイとカレンの懸念ももっともである。 「そうだな。人の形をしていてもお前の本質は魔道書だ」 「それを破り捨てるともなれば、リスクが発生して 当然だろう。まずはそこから聞こう」 「……はい」 小さく頷いた後で、リブラが俺たちの 疑問に粛々と答えを出す。 「破り捨てることにより発生するリスク ……これに関しては、分かりません」 「わたくしの身に何かが起こるのは確かでしょうが……」 「その内容までは、か」 おそらく、今までに経験のないことなのだろう。 だからこそ、何が起こるのかリブラ自身も 把握出来ていないと見る。 「はい。最悪の場合、わたくしという意識が 消失する可能性もあります」 「どういうことだ?」 「死ぬかもしれない。そういうことです」 リブラの言葉は端的であり、だからこそ分かりやすかった。 意思を持つ魔道書が意識を失くす。リブラという人格の死。 「そ、そんな……他に何か方法はないんですか?」 「リブラちゃんが傷つかずに、 竜の封印を解く方法は……」 「ありません」 困惑するヒスイへとリブラが即座に答えを返す。 「ない、って……どうして、そんな封印をしたんだ」 「女神の引いた図面に、少しでも狂いを 生じさせるために独断で行いました」 「お前が……独断で?」 「この世界の在り方は間違っている。それは わたくしも感じたことですので」 「先代様のお手伝いを、とも思って行ったのですが…… 叱られてしまいました」 「……そうか」 確かに、そんなことを独断で行ったら ……俺だって叱るに決まっている。 今だって、叱り飛ばしてやりたいところだ。 「他に質問はございませんか?」 「本当に……他に方法はないんですか?」 リブラの言葉に、ためらいがちに ヒスイが再び同じ問いを重ねる。 「ありません」 「何が起こるか分からないのに、破れというのか?」 「はい」 そして、どうするかを選ぶのは――。 「ご決断ください」 ――俺。 「俺、は……」 どうすればいい……。 自分の中から、答えも言葉も出てこない。 重圧に屈するように俯いてしまう。 「魔法使い……」 「リブラちゃん、時間をください!」 そんな俺を見かねたかのように…… いや、事実見かねたのだろう。 ヒスイが懸命に声を上げる。 「今日だけで色々なことがありすぎました。 せめて、ジェイさんを休ませてあげないと」 「……そうですね。本当に、色々なことが 起こりました。起こりすぎました」 「このような状況で判断を迫るべきではありませんね。 今はお休みください」 そして、結論は一旦保留となった。 「考える時間は出来た……が……」 考えたところで、答えは出せるのだろうか。 他に方法はない。リブラは、そう断言をしていた。 あいつが断言したのであれば、 他に方法は存在しないのだろう。 「……どうすればいいんだ」 やるしかない。それしかないのは分かっている。 力を得て女神に対抗しないことには、俺の命は奪われて 世界は破滅し……また最初から繰り返される。 何も得る物のない、無為の連鎖に飲み込まれる。 「やるしかない……のだが」 だが、問題はリブラを破ることによって、 何が起こるのか分からないという部分。 最悪、あいつに死が訪れるかもしれないということ。 それを考えると、どうしても二の足を踏んでしまう。 「どうすれば……」 緩やかに溜息を漏らすと目を閉じる。 重圧に負けるように落ちたまぶたの裏側で、 俺の意識も深い闇の底へと落ちていった。 「う……」 きっかけは、ふわりとした暖かさだった。 肩から何かがかけられる感触で、闇の底に あった意識が浮上してくる。 「うーん……」 軽い頭痛と浮遊感を覚えて、額を指先で押さえる。 酷く重く感じるまぶたを、引き剥がすように持ち上げる。 どうやら、俺は眠ってしまっていたようだが――。 「……おや」 「うおっ!?」 目を開けると同時に、アスモドゥスの顔が 視界一杯に飛び込んできた。 「起こしてしまいましたか。申し訳ありません、魔王様」 「ちょ、お、お前……な、なにをしようとしていた!?」 必要以上に戸惑いと警戒を覚えたのは、この頃の アスモドゥスに対して、その、なんだ……。 そういう疑惑を抱いていたからだった。 思い切り体を逃がそうとするのだが、 玉座に座ったままではそれもかなわない。 身をよじった拍子に肩から毛布が落ちて……。 「……毛布?」 「魔王様は起きるなりお元気でございますな」 アスモドゥスが身をかがめて、足元の毛布を拾い上げる。 「お前がかけてくれたのか?」 「はい。魔王様が体調を崩されては いけないと思いまして」 「本日はただでさえお疲れのご様子でも ありましたので、念のために」 「そうか……すまない」 「ついでに、魔王様の寝顔も拝見しておりました。 クフフフ……」 「見るな! そして、笑うなっ!」 やっぱり、あれか! お前はその手の趣味の持ち主か!? 「立派になられましたな、魔王様」 「ご幼少の頃の愛らしいお顔からは、想像も 出来ぬくらいご立派になられました」 アスモドゥスの声にあったのは、 昔を懐かしむような響きだった。 「それは……」 俺がこの世界に招かれたのは親父殿が 病床に伏せってかららしい。 そんな俺の、幼少期をアスモドゥスが 知っているはずもない。 「そうか、お前は……」 俺が幼少の頃の記憶。それは、魔王の世継ぎという役割を 与えられたことによって作り出された偽の記憶。 アスモドゥスは、それが偽物であることに 気付いていないのか。 「……お前は」 「わたくしめは変わりませぬ」 俺の内心を読み透かしたような言葉に、息を飲んでしまう。 俺の眼前にて、アスモドゥスが恭しく頭を垂れる。 「アスモドゥス、お前……もしかして、 知っているのか?」 「いいえ。ただ、魔王様が酷くお心を 痛めておられるのは分かります」 ゆっくりと首を横に振るアスモドゥスは 仮面を着けたままだ。 だが、その下にある目は優しいものに違いない、と。 何故かそう確信を抱けた。 「ゆえに、わたくしめは申し上げます」 「例え、あなた様が誰であろうとも、何をなさろうとも、 わたくしめの忠誠は変わりませぬ」 「例え……お前の記憶が、過ちであったとしてもか?」 「お前の記憶の中の俺が……偽物であったとしてもか?」 「魔王様もご存じのように、わたくしめは 幻術の使い手にございます」 俺の問いに対するアスモドゥスの返答は、 一見して見当違いなものだった。 「他者の認識を欺き、誤魔化すのが幻術の真髄」 「その過程において、自身さえも欺くことにより、 高みへと昇華させることが出来ます」 「……ああ」 自分すら騙す術。だからこそ、アスモドゥスの幻術は、 ああも効果的だったのだろう。 「虚実定かならぬわたくしめにとって、自らの記憶や 認識が偽りであることなど関係ございませぬ」 「その中で、たった一つだけ真実であると確信を 抱けるものがあるとするならば……」 俺の眼前にて、アスモドゥスが片膝を突く。 屈服するかのような姿勢を取りながらも……。 「先代様に、そして、あなた様に捧げる忠誠。 それこそが、我が真実にございます」 その声は、どこか優しさに満ちていた ……ように、思えた。 「今、ここに誓います。例え、我が記憶、これまでの 歩みが偽りのものであったとしても」 「今、ここにおられる魔王様。そして、これより先の 魔王様に忠誠を捧げます」 「今の俺と……これからの俺に、か」 これから――。 今、女神の好きにさせてしまえば、 そんな時間は二度と訪れない。 親父殿が託し、ヒスイたちが願い、アスモドゥスが誓う、 『これから』は、絶対に訪れない。 そのために、俺が出来ること、は……。 「アスモドゥス、城の中を歩いてくる。 少々、考え事がしたい」 「かしこまりました。魔王様、どうぞ 後悔のないご決断を」 俺が出来ることは、決断をすること。 座していては始まらない。俺は旅の中、 動きながら決断を下してきた。 「……ああ」 俺は、一度外に出ることに決めた。 それで何か好転する確証はない。 だが、何かが動く気だけはしていた。 「ひゃわー!?」 「うおっ!?」 廊下へと出た瞬間、誰かとぶつかりそうに なって思い切り仰け反る。 何かが動く気がするとは思ったが、いきなり こんな事態に出くわすとは、流石は俺だ。 ともあれ、一体誰だと目を瞬かせると。 「って、ジェイジェイじゃないですか」 そこにいたのはマユだった。 「なんだ、お前か。こんな所で会うなんて ……俺に何か用でもあったのか?」 玉座の間へとわざわざ足を運ぶ理由なんて、 俺に用があるから以外に思いつかない。 こいつの用事というのも若干怖いが、 とりあえず聞いてみることにする。 「べ、別にあなたに用事なんてないんだからね」 何故か頬を染めながら視線を逸らされた。 「そうか。じゃあな」 「ちょ、せめてツッコミくらいしてくださいよ!」 「そろそろ、スルーしても許される気がしてな」 「おのれ、ジェイジェイのくせに私を 放置プレイしようなんて生意気ですよ」 「いや、俺は……」 魔王だろ、といつものように言いかけて……やめる。 魔王でありながらも、魔王でない存在。 リブラの言葉が、耳の奥でよみがえった。 「俺はどうしたんですか?」 「なんでもない。それより、用事はなんだ」 「あー、はい、それがリブランのことなんですが……」 珍しく言いづらそうにマユが言葉尻を濁す。 曖昧なのは言葉だけではなく、その視線もどこか 迷ったように定まらずに揺れ動いている。 「聞いたのか?」 「……はい」 「そうか。お前ら、本当に仲が良かったんだな」 「はい……って、なんですか、その言い方はー」 「いや、だってノリで仲いいフリとかしそうだし」 いかんせん、こいつとリブラは適当な 会話をしている印象しかない。 ノリだけで仲が良さそうに振る舞って いても不思議ではない。 むしろ、その可能性が高いとすら思っていた。 「やー、それもありえない話ではないですけどー」 「って、自分で言うのかよ」 「なんか、期待された感じがしたんで」 決して期待まではしていないが。 ともあれ、マユは何故か恥ずかしそうに頭を掻いていた。 本当に、何故だ。 「冗談はさておき、本気で心配するくらい には仲はいいですよ」 「私たちは、似た者同士な感じですからね」 「ああ、適当さとかな」 「そこもあるんですけどー」 なんだ、他に似ている部分でもあるのだろうか? 「私たちは、本音を表に出さない立場って いう部分も似てますからね」 「共感っていうか、だからこそ分かる部分というか、 気の置けない部分もあるわけですよ」 「本音を出さない……? お前らが?」 リブラにせよ、マユにせよ、本音を表に出していない など、とてもではないが信じられない。 かなり自由気ままに振る舞っているようにしか、 思えなかったんだが。 「乙女の本心なんて簡単に見せるわけないでしょう!」 「柔肌ならともかくとして」 「肌の方も大事にしろよ!」 というか、肌見せすぎだろ。こいつ。 かなり今更なツッコミだが。 「そこはほら、諜報員といえばセクシー系ですから」 「イエス、プリティ! ノー、ロリータ!」 よく分からないことを言われてしまった。 かなりいい顔で言っているだけに、決め台詞 なのだろうが意味が分からない。 「というか、セクシーなのかプリティなのか統一しろよ」 「セクシー系プリティなんです」 「欲張りすぎだろ」 そもそも、そんなハイブリッドが 許されるものなのだろうか。 個人的な意見を言わせてもらうと、セクシーと プリティは両立出来ないと思う。 「まあ、マユマユはセクシー系プリティと いうことで確定させておいてですね」 「気になっているのは、リブランのことなんです」 「……ああ」 そういえば、さっきもそんなことを言っていたな。 話が豪快に脱線していたな。 「ジェイジェイは、リブランのことをどう思いますか?」 「どう……と言うと?」 マユの質問の意図が分からずに、聞き返す。 「ほら、リブランは自分のことを 道具って言うじゃありませんか」 「そうだな……」 あいつはことあるたびに、自分のことを 道具や魔道書だと言っていた。 それが、自分の確固としたあり方であるかのように。 「道具である以上、その役割を果たすことが 何より優先されるんですよねー」 「例えば、私が諜報員という役割が 全て、みたいな感じで」 「ああ、分かる」 存在する理由がない道具など、あるわけがない。 道具とはなんらかの存在理由を課せられ誕生し、 その存在理由を果たすために使われる。 「だとすれば、あいつの役割とは……」 「ジェイジェイのために尽くすこと、だと思いますよ」 「俺に……?」 「はい。だって、ジェイジェイとずっと 一緒だったわけですし」 「ジェイジェイの一番近くで尽くしてきてた じゃありませんか」 「……そうか?」 「そうですって」 あいつはあいつで適当に旅を楽しんだり、俺を煽ったり、 俺をからかったりばかりしてた気もするが。 それでも……一番長い時間、ともにすごしたのはあいつだ。 俺の傍に付き従って、説明を求めたら説明をし、 解説を求めたら解説をし……。 あいつがいなかったら、俺は旅を 続けられなかったかもしれない。 「あいつは……何を考えているんだろう」 説明、解説、知識。あいつが語るのは、 いつだって客観的なものだった。 自らが何を考えて、どう思っているのか。 それを、直接口から聞いた覚えがほとんどない。 「ですねー。それは、私も分からなかったりします」 リブラが感情をもたないわけではない。 本当に感情がないとすれば、どうして女神が余計なことを 口走ろうとした時に必死に声を上げた。 どうして、俺に真実を告げた時に、 悲しそうな顔をしていた。 何も感じないまま、自分を破れ、 なんて口に出来るはずがない。 「マユ。お前のさっきの問いだが……」 「あ、はい」 「リブラをどう思っているのか? それに関しては、自分でもよく分からない」 「単なる魔道書であると思っている部分もあるし、 そうでないと思っている部分もある」 「……はい」 神妙な面持ちで、マユが頷きを向ける。 「だから……ああ、いや、違うな。だから、じゃない。 だが、どう言っていいのか分からんが……」 今の今まで、俺は流されてきた。流され続けてきた。 女神の脚本に、親父殿の遺志に、 世界の流れに、勇者の決定に。 その上で、それ以外方法がないからリブラを破る、 などとまた流されてたまるか。 自分で考え、自分の意思で行動するそのために――。 「リブラと……あいつと話がしたい」 「なるほど。そう来ますか」 どこか満足げに、マユがにやりと笑みを浮かべる。 人差し指を立てると、くるりと回した後で 廊下の先を指差して。 「だったら、さっき下の方に行くのを見ましたよ」 「下の方、だな。流石に諜報員は目ざといな」 「それがお仕事ですからね。というわけで、 愛でも囁いてくるといいでしょうよ!」 「囁かねえよ!」 その言葉を最後に、マユが指さした方向へと歩きはじめる。 「個人的には、ジェイジェイがどんな選択をしようとも、 リブランが無事なら私はそれでオッケーです!」 難しいことを言ってくれるな。 そんなマユの言葉を背に受けながら、 俺は階下へと足を運ぶのだった。 階下を巡った俺はリブラと行き合うことはなく、 とうとうエントランスにまで到着していた。 そこにいたのは……。 「あ、ジェイさん」 「休んでなくていいのか?」 ヒスイとカレンの二人、だった。 「お前らこそ、休まなくても大丈夫なのか? まだ、遅い時間だろ」 城の中からでは外の正確な時間は分からないが、 体感的にまだ朝にはなっていない、と思う。 しかし、外が明るいか暗いかも分からないのは確かに 不便だな。いつか、解消するとしよう。 「なんだか、寝付けなくって……」 「色々と難しい話だったからな。まだ、頭が痛む」 「無理して理解しようとしなくてもいいからな」 カレンに関しては、あまり頭を使わせないように した方がいいだろう。 分かる部分だけ理解させておくのが一番だ。 「ジェイさんは……その……どうなんですか?」 「やっぱり、眠れませんか?」 「ああ……まあな」 心配そうに眉根を寄せながら、ヒスイが俺を見上げる。 「リブラを破り捨てる、とか急に言われても困るよな」 「ですよね。自分が犠牲になって済むのであれば、 簡単に選べるんですけど……」 「それはそれで、簡単に選んでも問題がある気がするぞ」 せめて、自分が犠牲になって済むのなら……。 あるいは、リブラもそう考えているのだろうか。 「で、そのリブラだが……二人は見かけなかったか?」 「下の方に歩いて行った、と言われたんだが」 「あ、それでしたら、外に出て行くところを 見かけましたよ」 「声をかけようともしたんだが…… 何を言っていいのか、迷ってな」 「そうか。気遣ってくれるだけで十分さ」 外、か。そうなると、このまま出た方が早いな。 「じゃあ、ちょっと追いかけてくる」 「はい。その……お願いします」 「すまないな。役に立てなくて」 「気遣いだけで十分って言っただろ。じゃあな……」 二人に片手を上げて歩き出そうとした ……ところで……。 「ああ、そうだ。お前らに聞きたいんだが、 リブラのことをどう思っている?」 「仲間ですっ」 「仲間に決まっているだろ」 「……そうか」 二人の返答が同じだったことに、 思わず口元を緩めてしまう。 何故、笑ってしまったのか、それは 自分でも分からなかったが……。 少しだけ……嬉しかった。 外に出た俺を、夜気が鋭く突き刺す。 肌寒さを覚えて、軽く身震いをする。 いくら夜とはいえ、こんなに冷えただろうか。 「これも、世界の終焉ってやつ……か?」 「まあ、それよりも……」 リブラはどこにいるのだろう。 軽く辺りを見渡すと……。 「……うん?」 「よう」 あっさりと、目的の姿を見つけることが出来た。 何を考えているのか分からない、透き通った眼差しが まっすぐに俺へと伸びてくる。 「寝なくても大丈夫なのですか?」 「お前こそ」 「わたくしは、魔道書ですので」 「精々、一日13時間ほど寝ればそれで十分なのです」 「寝すぎだろ、それ!」 いつも通りなやり取りに、どこかで少しだけ 安心してしまった俺がいた。 この空気の中で、安寧としていたい気に なってしまうが……。 「ちょっと、聞きたいことがある」 「……なんでしょう」 話を聞くと決めて来た以上、話を しないわけにはいかない。 リブラの隣に肩を並べながら、口を開く。 「お前は何を考えているんだ?」 「何を……と言うと?」 「そのままの意味だ。お前は怖くないのか? 自分を破り捨てるという選択を提示したことに」 「怖くはありません」 静かにリブラが首を横へと振る。 「わたくしには、そのような感情はありませんから」 「感情がない、か。それは道具だからか?」 「道具だからです」 「嘘だろ」 「……本当です」 リブラの口調は断言するような強さはなく、 弱々しいものだった。 俺を見上げていたはずの視線が、そっと足元へと落ちた。 「あなたは……あなたは、何も思わないのですか?」 そのまま、ぽつりとリブラが口を開く。 「自分が、世界の外より招かれた 人物だと聞かされて……」 「これまでのあなたを構成してきたものが、 全て嘘だと聞かされて……」 「何も思わないわけないさ。ないんだが ……上手く形に出来ない」 違う世界の人間であり、本当は魔王でもないと聞かされて、 衝撃がなかったといえば嘘になる。 「親父殿に関しては特に、な」 親父殿への憧れ、楽しかった記憶。それらの全てが、 嘘だったなんて……信じたくもない。 しかも、俺をこの世界に呼んだのは、親父殿だったことも。 女神によって作られた世界の呪縛を破壊する。 そんなことを求められていたなんて、信じられない。 「……そうですか」 「だが、親父殿が俺に託したのも確かだ。何も 生み出さない無為の連鎖の先にある、何かを」 「俺も……それが欲しい。それがあって欲しいと思う。 でなければ、あまりにも救われないからな」 「何を救うつもり……ですか?」 「上手く言葉に出来ない、が……。 たくさんの覚悟、とでも言うべきか」 「……かなり青臭いですね」 「言うな。俺だって分かっている」 気恥ずかしさに肩を竦めてしまう。 覚悟、なんて本当にらしくもない言葉だ。 「申し訳ありません」 唐突に、リブラが頭を下げる。 その不意な行動はあまりにも静かで、リブラが何を しているのか気が付くまでに、少しの時間を要した。 「……どうした」 今まで見たことがないくらいに、深く 頭を下げるリブラに声をかける。 「世界の外より、誰かを招き入れる。わたくしが、 そのような提案をしたばかりに……」 「あなたに、重荷を背負わせてしまいました……」 「道具に感情はないんじゃなかったのか?」 「……はい。ありません」 「嘘吐きだな、お前は」 「……嘘ではありません」 ぽん、とリブラの頭に軽く手を置く。 リブラは驚いたように小さく身じろぎはするも、 抵抗する様子はなかった。 「もう一度、正直に聞かせろ。お前を破らないと、 女神に勝てる力は手に入らないんだな?」 「……はい」 「その結果、何が起こるか分からないんだよな?」 「……分かりません」 「怖くないのか?」 「……それが必要なことでしたら」 必要だったら、我慢出来る。 つまり、遠回りに怖いことを認めているのだろう。 それを素直に口に出せないのは……。 「覚悟は済んでいるわけか」 「とっくの昔に」 だったら、後は俺の決断次第というわけか。 それ次第では……こいつの覚悟も、 救われないままに終わってしまう。 「今日は少し眠れそうにない。 もう少し、一緒にいてもいいか」 「奇遇ですね、わたくしも眠れそうにありません」 「なので、卑猥なことをしないので あれば一緒にいても構いませんよ」 「……するわけないだろ」 特に何かをするわけでもなく、夜気に身を 晒しながら二人で無言の時を過ごす。 互いに何か口を利くわけでもなく、こんなに静かな 時間を二人で過ごすのは初めてな気がした。 ひたすらに慌ただしかった一日の終わりは、 静かに流れていく。 すぐに訪れる決断の時を、ただ待つかのように。 一夜明けて、次の日。呆気ないほどに、その時が訪れた。 俺が決断を下すべき時――。 「さて。揃っているな」 魔王の椅子に座する俺の前に、揃った一同を見渡す。 「それでは、リブラよ」 「……はい」 玉座より腰を上げた俺の前へと、リブラが歩み出てくる。 対峙する俺たち二人を、一同が見守る。 室内の空気が、ピンと張りつめる。 「始めろ」 「了解しました」 目を閉じたリブラが、静かに腕を広げる。 緊張した空気の中、リブラを中心として 穏やかに魔力が渦を巻き始める。 「わたくし、アカシック・リブラリアンが申し上げます」 「我が中に封じられし最後の竜、光竜カンヘル――」 リブラが静かに、己の中に閉じ込めている竜の名を告げる。 流れ出る魔力の中に光の粒子が混ざり込み、 キラキラと輝きを放つ。 光竜の力に相応しい、魔力。 「その大いなる力を手にするために立ちはだかるのは、 我が枷、我が檻、我が要」 「解放せしための儀式は一つ、我が身を 枷もろともに引き裂くこと」 リブラの言葉が続く。 その宣誓が正当な手段であるかのように、 よどみなく言葉が紡がれる。 「さすれば、かの竜は解き放たれます」 「蒼天を自由に飛翔し、あなたの力となるでしょう」 ひらり、と本のページがリブラの周囲で舞い上がる。 「我が所有者よ、お選びください」 「この枷を引き裂き、力を手に入れるか否か、 あなたに委ねます」 宣誓がそこで終わる。 後は……俺がどうするか、それ次第だ。 「俺は――」 「……破る」 俺の判断を、俺の口からリブラに……全員に伝える。 「お前を破り捨て、俺は力を手に入れる」 まっすぐに、リブラへと向けて手を伸ばす。 「女神に……全てに抗うために、俺は力を望む!」 「かしこまりました」 俺の宣誓を聞き終えたリブラは、 優しく微笑みを浮かべて。 「その命に応じます、我が主」 ビリ――。 小さな音が耳に付く。 まるで、何かが破れているような音が。 「我が枷、我が檻、我が要……」 ビリビリ――。 乾いた音が鳴り続ける。 ゆっくり、ゆっくりと、何かを 破るような音が止まらずに。 「ここで、破り捨てましょう」 ビリっ! ひときわ大きな音が上がり――。 リブラの体から発せられる白い光が、 室内を一色に染め上げる。 白光の中より、光の名を冠した竜が躍り出て、 俺の中へと潜りこんでくる。 「いずれ……」 光輝たる魔力が、俺の中に満ちるのを覚えながら。 「また……どこかで……」 リブラの静かな声が、耳元でかすかに聞こえていた……。 いや、待て。もう少し考えろ。 このまま、リブラを破ってしまってもいいのか? ここから先、リブラと話が出来る機会は もうないかもしれない。 だが、今ならば、まだ……。 「すみません。今、よく聞こえませんでした」 「今、どこから雷の音がした!?」 「もう一度、お選びください」 「なあ、リブラ」 リブラの覚悟は受け取った。 だが、ここでリブラを破るわけにはいかない。 「少しの間、お前をさらうぞ」 「……はい?」 俺の答えは、流石にリブラも予期 出来ていなかったようだ。 驚いたように目を見開くリブラを見て、少しだけ してやったりな思いが浮かんでくる。 「というわけだ。来いっ!」 「え? あの……ちょっと……」 呆気に取られたリブラの手を掴む。 俺の不意を突いた行動に、リブラも 対応に困っているようだ。 ならば、今が好機。 「というわけだ。わざわざ集めておいて すまないが、一旦解散で頼む!」 「え? ジェ、ジェイさん!?」 「お前、なんのつもりだ。魔法使い!」 呆気にとられたのはリブラだけではなく、 他の面々も同じようで。 「行くぞ、リブラ!」 「あ、あの……?」 リブラの手を引いて走り出した 俺を止める者は、誰もいなかった。 「あははははっ! さらうて、さらうって!」 「行ってらっしゃいませ、魔王様」 「ああ。すぐに戻る」 大笑いするマユと、恭しく頭を下げるアスモドゥスを 尻目に、俺はリブラとともに部屋を飛び出すのだった。 「ど、どこに連れて行く気ですか?」 部屋を出た後、城の廊下をリブラの手を引いて歩く。 俺の手を振り払ったり、拒否したりすることなく、 リブラは俺の後ろを付いて来ていた。 「みんなにはすぐに戻るって言ったから ……近場まで、だな」 「近場まで、って。全然具体性がありませんよ」 「具体的なことは考えていないからな」 「えぇっ!?」 俺の行動があまりにも想定外すぎたせいだろう。 リブラは面白いくらいに戸惑っていた。 こいつが、ここまで慌てるのを見るのは 初めてな気がする。 「何も考えずに行動しているのですか?」 「ああ」 「では、わたくしを連れ出したのも……」 「特に後先考えて動いているわけではない」 「わたくしには、理解出来ません……」 呻くような声で、リブラが呟きをこぼす。 確かに、まったく理解が出来ない行動だ。 これから、リブラを破るという儀式の途中で、 突然外へと連れ出しているのだから。 「どうして、このようなことを……」 「さっきも言ったように、特に後先を考えて 動いているわけではない」 「……そうでしたね」 「先ほど、そう仰られたばかりです」 「らしくないな、リブラ。すでに、 分かっていたことを問うなんて」 つまり、それだけ動揺しているということだろう。 俺の行動にリブラが心を揺らしている事実が、 何故か少しだけ愉快に思えた。 「……どうやら、少し動揺しているようですね」 「やっぱりか」 だからこそ、リブラの口から動揺しているという 言葉が出たことに小さく笑みを浮かべてしまう。 「何がおかしいのですか?」 「いや、特におかしいことはないぞ」 「……笑っているではありませんか」 俺が浮かべた笑みを見咎めて、リブラが 少し不服そうに唇を尖らせる。 「わたくしをからかって楽しんでいるのなら、 そうと言ってください」 「その場合、酷い目に遭わせますので」 「別にお前をからかっているわけじゃないさ」 「本当ですか?」 どこかじとっとした目線で、リブラが俺を見上げる。 「死ぬほど酷い目に遭いたくないから、 言っているだけではありませんか?」 「今、地味にランクアップしたな!?」 ついさっきまで、『死ぬほど』なんて 言葉は付いていなかったはずだ。 「その辺りは柔軟な対応というものです」 「嫌な柔軟さだな、おい」 「時と場合によって、『死ぬほど』や『死にそうな くらい』や『死んだ方がマシ』などに変化します」 「死ぬ以外の選択肢はないのかよ!」 「あくまで、死ぬほどや死にそうなくらいです」 「それ以上……つまり、死ぬまではいかないので ご安心ください」 「どこに安心すればいいんだよっ!」 「ふう」 俺のツッコミの声に、リブラが 安心したように吐息をこぼす。 「……どうした?」 「いえ、これでようやく本来の形に なったな、と思いまして」 「わたくしは振り回される側よりも、 振り回す側の方が似合っています」 「……あー」 そういえば、今の会話の中でいつの間にか 俺がツッコミを入れる側に回っていた。 最初の方はリブラが慌てる側だったというのに、 終わり際には立場が入れ替わっていた。 「おかげで、少し冷静になれました」 「そうか。まあ、それは何よりだ」 少しだけ残念な気持ちになってしまうのは……。 リブラを慌てさせるという珍しい体験をもっと していたかったから、かもしれない。 「さて、もう一度お尋ねします」 いつも通りの平坦な口調と澄んだ視線。 リブラがその2つを俺に向ける。 「一体、どんな目的があって、このような 行動を取ったのですか?」 「だから、さっきも言ったように……」 「あなたは部屋を出る際に、わたくしを さらうと言いました」 「そう断言出来たのは、なんらかの目的が あったからでしょう?」 「……まあな」 流石に一旦落ち着いてしまえば、そのくらいは気付くか。 「目的を話してください」 「さっきみたいに、何も考えていない、などと 口にした場合……」 「口にした場合?」 「『これ、死ぬんじゃないかな?』と いう目に遭わせます」 「言葉遣いがフランクな分、逆に怖いっ!?」 堅苦しさやおどろおどろしさがない分、 かえって生々しい死の危険を感じさせる。 時には、言葉遣いを崩した方が効果的な場面もあるのだな。 「というわけで、答えてください」 さて、まいった。 こうなったら、素直に答えるより他にないのだろうが……。 「本当なら、外に連れ出してから、目的を 告げたかったんだけどな……」 困ったような、気恥ずかしいような。 そんな曖昧な心地を誤魔化すように、頭を掻く。 「お前に、伝えたいことがあるんだ」 心の中から湧き上がってくる感情に急かされない ように、出来る限り気負わない声で。 俺はリブラに、自らの目的を告げる。 「伝えたい……こと……?」 不思議そうに俺を見上げてくる リブラから視線を逸らしながら。 俺はひとまず、城の外を目指すのだった。 「今まで、色んなことがあったよな」 言葉を重ねながら、城の外へと出る。 城の背後に広がる空はいつ見ても禍々しい色をしており、 今の時刻がどのくらいかの推測すらも難しい。 城の周囲だけこんな空模様になるのは、 きっと魔王補正か何かだろう。 「確かに色んなことがありましたね」 リブラの返答はいつも通りの落ち着いた声色。 「本当に、たくさんのことがありました」 声の調子は変えず、リブラが似たような 言葉を再度繰り返す。 俺よりも、リブラの方が思い返すことは多いのだろう。 この世界に存在している期間は、 リブラの方が長いのだから。 「数えきれないくらい、たくさんのことが」 そっと目を伏せながら呟くリブラの声は、 感慨の色がわずかに込められていた。 一体、何を思い出しているのだろうか。 「おおむね、ドタバタと慌ただしい 日々が続いていたな」 「そうですね。あなたはいつも ツッコミに忙しそうでした」 「本当にな……」 どうして、俺の周囲にはボケる奴しか いなかったのだろう。 当初はまともだと思っていたアスモドゥスですら、 途中からは枷が外れたかのような自由さを見せていた。 「きっと、類は友を呼ぶということでしょうね」 「俺の人格に問題があるとでも言うのか?」 「はい、おおむね」 一切顔色を変えずに、リブラが小さく頷く。 「即答かよ」 「ツッコミが上手い者が目の前にいれば、誰だって ふざけたくなりますからね」 「わたくしも、その一人です」 「……いや、お前は相手が誰であっても、 態度は変わらないと思うぞ」 こいつはきっと誰の前でも淡々と、あるいは 飄々としていそうな気がする。 きっと、親父殿の前でも同じような感じだったに違いない。 「わたくしは基本的に、謎に包まれた可憐で 儚げなミステリアスっ子ですよ」 「本当にそうか?」 「ええ。多分」 「そこで多分と付けるから、怪しくなるんだぞ」 「ミステリアス要素です」 「使い方間違ってるだろ!」 少し気を抜いた瞬間、こうして話は脱線してしまう。 リブラの声や視線に込められていた感慨の ようなものも、いつの間にか消えていた。 「お前と話をしていると、すぐに脇道に逸れてしまうな」 「あなたがふざけるからです」 「お前の方がよっぽどだと思うが」 「わたくしは、自分の意思でふざけている わけではありません」 「……本当にそうか?」 「はい。わたくしはこうやってふざけることを……」 「強いられているのですっ」 「やめろっ!?」 今、こう、なんだ、その、言っては いけないことを言った気がする!? 「どうかしましたか?」 「いや、その……大丈夫なのか?」 「はい?」 俺の曖昧な疑問に、リブラは不思議そうに首を傾げる。 俺だって、もっと詳細に説明をしたい。したいところ だが……何故か、してはいけない気がする。 「大丈夫なら、いいんだが……」 「多少、集中線が入るくらい大丈夫でしょう」 「しゅ、集中線……?」 何故だ。大丈夫とか言ってるわりに、さらに 危険な場所へ足を片方踏み入れた気がするのは。 うかつに触れていいものかどうか、悩んでしまう。 「……まあ、それはさておきだな」 こうなれば、何事もなかったかのように 聞き流すのが一番だろう。 俺は何も聞かなかった。何も聞かなかったぞ。 「わたくしに伝えたいことがあると仰られましたが、 どのような話ですか?」 「そうだな。お前に伝えたいことがあるんだ、が……」 どうにも、先ほどの一連の会話のせいで 気が削がれてしまった。 このまま、いつもと同じ空気の中で話を続けるのも、 それはそれで構わないのだが……。 「場所を変えよう。ここでは、少し話しづらい」 俺がリブラに伝えたいのは、胸の奥から 湧き上がってくる感情。 二人で旅をしている時に、心の中でくすぶり 始めたものをリブラに伝えたい。 そのためには、相応しい場所があるだろう。 「分かりました。どこに向かいますか?」 「そうだな……」 どこにしようかと考えた時、 思い当たる場所は一つだった。 ここ最近で俺がたくさんのことを知って、 多くの真実に直面した場所。 「海が見える場所に行こう」 自分の中にある新たな真実と直面するためには、 きっとそこが相応しい。 俺はそう確信を抱きながら、リブラに告げるのだった。 城から少し離れるだけで、穏やかな砂浜と海に行きつく。 相変わらずよく分からない立地だが、このツギハギ感 こそが世界には似合っているかもしれない。 青く晴れ渡った空の下、二人で砂の上を歩く。 「それで、話とは?」 リブラが口を開くのを契機に足を止めて、向き直る。 遅れて立ち止まるリブラと、砂の上で対面して立つ。 「これまでのことを少し、な」 「それならば、何度も話したでしょう」 「そうなんだが……まあ、もう一度付き合ってくれよ」 「伝えたいことはシンプルなんだが、そこに行き着く までには言葉を費やさなければいけないんだ」 ただ伝えて、それで終わればどれほど楽だろうか。 だが、それはあまりにも身勝手すぎる。 「俺たちはずっと近くにいた。だからこそ、 時間を使わなければいけない」 「多少遠回りになっても、言葉を重ねなければ たどり着けない場所がある」 「それが、あなたの伝えたいこと……ですか?」 「ああ。そうだ」 リブラの言葉に、しっかりと頷いて返す。 これまで、リブラは俺のすぐ近くにいた。 それこそ、手を伸ばせば届くような距離に。 だからこそ、一度振り返らなければいけない。 これまで歩いてきた道のりを。 「……分かりました。付き合います」 リブラが頷いてくれたことに、少しホッとしながら、 視線を海へと向ける。 そういえば、俺の旅の始まりはこの海を 越えるところからだったな。 「まずは……そうだな、お前には色々と 礼を言わないとな」 「旅の間、力を貸してくれて助かった。 ありがとう、リブラ」 視線を戻しながら、軽く頭を下げる。 俺の行動に驚いたように、リブラは目を丸めて。 「……どうされたのですか? 急に」 「いや、昨夜マユから言われたんだよ」 「リブラは俺の一番そばでずっと 尽くしてきてくれた、ってな」 「そうですか。彼女がそんなことを……」 顔を俯かせながら、リブラが小さく呟く。 その声がどこか嬉しそうに聞こえたのは、 気のせいではないだろう。 「マユにも言ったが……お前たち、 本当に仲が良かったんだな」 「ノリで仲がいいフリをしていた、とでも 思っていましたか?」 「まさに、そう思っていた」 俺がマユに告げたものと一字一句違わぬ言葉が、 リブラの口から出てきたことに笑ってしまう。 「まあ、それもありえない話ではありませんが」 「本当に仲いいな、お前ら」 マユと似たような言葉をリブラが、 小さく笑いながら口にする。 その笑みに、視線が吸い寄せられてしまう。 「特別にあなたが礼を言うことではありません」 「わたくしが、あなたに尽くすのは当然です」 「俺が所有者だからか?」 「はい。それも理由の1つです」 小さな首肯とともに、リブラが言葉を続ける。 「ですが、何より……それがわたくしの責任だからです」 「あなたをこの世界に招き、一方的に期待を 押し付けて、すぐ傍で観察を続ける……」 リブラが自らの胸元で手を握り締める。 声の調子は平坦なものだったが、いつもに 比べるといくらかペースが早い。 内心が揺れ動いている証拠だと分かるくらい、 俺はリブラの傍にいた。 「せめてもの償いとして、あなたの傍で尽くすこと。 それがわたくしの責任です」 「そんなことを思っていたのか」 「……はい」 リブラが責任を感じていたのは、 昨夜の会話からも分かっていた。 「俺がお前のことを許すと言っても、 その責任は下ろせないか?」 「……はい、下ろせません」 「道具に感情はない、って昨日言ったばかりなのにな」 リブラの心を捕らえているのは 間違いなく罪悪感だ。 感情のない道具が、そんなものを感じるわけがない。 やっぱり、嘘吐きだ。こいつは。 「そうですね。わたくしは道具になりきれませんでした」 「あなたのそばであなたに尽くし続ける。それだけの 道具になれれば、良かったのでしょうが……」 リブラの視線は一度俺を捉えた後で、横へと逃げる。 透明な視線を投げ込むように、海の青さをじっと見つめて。 「あなたの傍は……心地良かった」 ぽつ、と呟きをこぼす。 「だから、わたくしは……わたくしの意識は、心は ……道具として割りきれず……」 「あなたの傍らにある心地良さに浸っていたい。 そう願うようになっていました」 「リブラ……」 そういえば、二人で旅をしていた僅かな期間、 リブラは感情を現すことが多かった。 ヒスイたちと旅を続けていた間に比べて、 ずっと多くの色んな顔を俺に見せていた。 気のせいかとも思っていたのだが……。 「わたくしは……そんなことを望んでは いけないというのに……」 「それなのに……」 顔を俯かせたリブラが俺に背を向ける。 その背は、あまりにも小さく。 不安定なものに見えた。 今にも消えてしまいそうな姿を放っておく ことなんて、俺には出来ず……。 「リブラ」 細く小さな体が、俺の腕の中に収まる。 繊細な体が折れてしまわないように、気を 遣いながらリブラの体を抱き締める。 「……えっ?」 驚いたような呟きがリブラの口からこぼれる。 「どうして……こんなことを……」 「今、捕まえておかないとお前が 消えそうに思えたんだ」 「……そう見えましたか?」 「ああ、見えた」 腕には、リブラの体の感触がしっかりと伝わってくる。 その熱も、鼓動も、全てを抱き留めて、リブラが ここに確かに存在していることを確かめる。 「リブラ、俺の傍は心地良いって言ってくれたな」 「……はい」 「その心地良さに浸っていたい。 今も、そう思っているか?」 「……はい、思っています」 「俺もだよ」 「あなたも……?」 リブラが意外そうに語尾を跳ね上げる。 「ああ。俺も、お前の傍が心地良い。胸が弾む。 それに浸っていたい」 こうしている今も、胸の中で騒ぎ出す感情がある。 それに背を押されるようにリブラの体を しっかりと抱きしめる。 「それに気付いたのは、お前と二人で旅をしている時だ」 「それまではずっと、憎たらしい奴だと 思っていたんだがな……」 思わず、自分で苦笑いを浮かべてしまう。 本当に、最初の方はずっとそう思っていた。 自分勝手で、言うことを聞かず、どうしようもない奴だと。 だが、リブラに対して抱く想いは、変わってきていた。 今は、胸を騒がせるくらいに大きくなっている。 「最初はそう振る舞っていましたからね」 「自らが道具であるために」 だが、今のリブラは違う。 俺の傍で心地良さに浸っていたい。 そう感じてくれるまで、変わってきている。 道具でありながら、人としての意識が 前に出てきている。 「リブラ。お前が想いを伝えてくれたように、 俺もお前に伝えたい想いがあるんだ」 「聞いてくれないか?」 「……はい。お聞きします」 目を閉じたまま、静かにリブラが頷く。 「リブラ……俺は……」 リブラの体を抱き締める腕に、僅かに力を込める。 緊張にだろうか。リブラの体が少し 固くなっているのを感じる。 「お前が好きだ」 腕の中にいるリブラへと向けて、囁くように告げる。 ピク、とリブラは小さく体を震わせて。 「わたくしでいいのですか……?」 戸惑ったように、俺に尋ねてくる。 「ああ。お前がいいんだ」 「わたくしは、あなたに重荷を背負わせたのですよ……」 「関係ない」 「わたくしは、あなたをこの世界に呼びよせて……」 「おかげで、こうしてお前に会えた」 「わたくしは、魔道書ですよ……」 「それがどうした」 「……強引ですね」 緩やかな吐息を漏らしながら、諦めたようにリブラが呟く。 「魔王だからな」 「魔王じゃありませんよ、あなたは……」 「親父殿の後を継いだのだから、魔王さ」 「まったく、もう……」 リブラが再度緩やかな吐息を漏らす。 俺の腕にかかって消える息は、諦めたような溜息だった。 「どうしてくれるんですか……」 「わたくしを泣かせて……どうするんですか……もう」 リブラの目から涙がこぼれると同時、穏やかな 調子の声がわずかに震えはじめる。 「いつもは……わたくしが振り回す側なのに……」 「わたくしのことを……振り回して…… どうするんですか……」 「どうしても、伝えたかったんだ」 「今から……わたくしを破らなければ……いけないと いうのに……こんなことを、伝えて……」 「今しか機会はないだろ。 逃して、後悔したくはなかった」 「勝手なことを……」 「でも……わたくしも……胸のつかえが取れました」 自らを落ち着かせるかのように、リブラが長い息を漏らす。 ん、と短い呟きがその口からこぼれて。 「今は返事はいたしません……わたくしの 返事が欲しければ」 「わたくしの身に何も起きないように、 上手に破ってくださいね」 「……分かった」 どうすればいいのかは、正直言って分からない。 だが、リブラからの返答を受け取るためにも……。 「上手くやってみせるさ」 胸の中、強く誓うのだった――。 「さて……魔王様の奇行によって中断してしまい、 申し訳ありませんでした」 城に戻った俺たちは、決断の時に再び臨んでいた。 中断された儀式を再開すべく、玉座の間に 集められた面々をリブラが見渡す。 皆の視線が俺に集うのは……まあ、我慢しておこう。 「こほん。ともあれ、再開しよう」 「はい」 俺の言葉に頷いたリブラが、部屋の中央まで 歩み出て、腕を開く。 リブラを中心に、大きな魔力が緩やかに 渦を描くように放出され始める。 「それでは、再び宣誓を行います」 「我が中に封じられし、光竜カンヘル――」 中断前と似たようで違う文言をリブラが口にする。 言葉は違えど、流れ出る魔力の中に輝きを放つ 光の魔力が混ざりこむのは同様だった。 「その大いなる力を手にするために立ちはだかるのは、 我が枷、我が檻、我が要」 「解放せしための儀式は一つ、我が身を 枷もろともに引き裂くこと」 まったく同じ文言を繰り返す中、 リブラが微笑みを浮かべる。 どこか満足したような淡い笑み。 「我が所有者よ、かの竜を解き放ってください」 「蒼天を自由に飛翔せし、白き魔力。あなたに委ねます」 選択を迫るのではなく、俺にそうしろと告げてくる。 リブラの言葉に対して、俺は。 「ああ。お前に封じられし力、受け取る」 「女神に、そして全てに抗う力を、俺は望む!」 大きな頷きにて応じる。 俺の朗々とした宣言が、部屋中に響き渡る。 「かしこまりました、我が主」 ビリ――ッ。 小さな音が耳に入る。 紙を引き裂くような短い音。 「我が内に封じし力、あなたに託すために」 ビリ――。 小さな音が鳴り続ける。 これは……間違いない、紙を割く音。 「我が枷、ここに破り捨てましょう」 リブラの宣言とともに――。 ビリッ、とひときわ大きな音が上がり――。 溢れ出した魔力の奔流が、室内を白く染め上げる。 視界を焼き尽くす白光の中――。 光の名を冠した竜の姿が浮かび上がる。 「……来い」 俺の言葉に応じるかのように、竜が 俺の胸へと吸い込まれていく。 俺が得意とするものとは正反対の、光輝なる魔力が 全身に満ちるのを感じる中――。 「……申し訳ありません」 リブラの小さな呟きが……。 耳元で聞こえたような気がした……。 破る 白い光が収まった時、俺の目の前にあるのは、 何も変わらない風景だった。 「終わった……のか……?」 「ジェ、ジェイさん……リブラちゃんは?」 「そうだ。リブラはどうした?」 「それ、は……」 二人に言われて、周囲を慌てて見渡す。 目の前にあるのは、相変わらず何も変わらない風景。 たった一つ、リブラがいないことを除いては……。 「そ、そんな……」 「何が起こるか分からない……ということでしたが」 「そんな……」 何が起こるか分からない。それは リブラも言っていたことだ。 そのことに関しての覚悟はしていた……はずだ。 それなのに……。 「そんなことって……」 どうして、俺は無力感を覚えているんだ。 どうして、俺の体から力が抜けていくんだ。 「くっ……!」 分かっていたはずなのに、どうして俺は……。 あいつがいなくなってしまったことが、悲しいんだ。 「くそっ……」 胸の中に、新たな力を宿ったことを感じる。 俺の中で、十の力が一つに重なっていくことが分かる。 あいつが残してくれた、力。 それが、今、ここにある。 「ちくしょう……!」 悔やんではいけない。あいつは、自分の役割を まっとうしただけだ。 悔やんではいけない。俺は、それを 強いることを選択したのだから。 それなのに……。 あいつがここにいない。それが、とても悲しくて、空しい。 「リブラァァァッ!!」 「はい」 「…………」 はああああああああああっ!? 「え、ちょ、お前……!」 「リブラちゃん! 無事だったんですね!」 「はい。まあ、なんとか」 「良かったな。心配したぞ」 「申し訳ありません」 驚きに硬直する俺をよそに、一同がリブラを取り囲む。 「私は信じてましたけどね、きっと無事だって」 「まあ、魔道書ですからね。いけますよ」 「何はともあれ、めでたしめでたしですな。クフフフ」 「はい。めでたし、です」 めでたし、じゃねえええええええ!! 「待て、待て、待てー!!」 「はい?」 「不思議そうに首を傾げるんじゃねえよ!」 「お前、昨日言ってたよな! 何が起こるか分からないって!」 「はい。言っていましたが」 「無事で済んだのか!?」 「いえ、無事ではありませんよ」 「そ、そうなのか……?」 外見上は何も変わったようには見えないが……。 実は何かしら変化が起きているのだろうか。 「はい。容姿が現在の形で固定化されてしまいました」 「……え?」 「つまり、本の状態に戻ることが出来なくなりました」 「他には……?」 「それだけです」 「……それだけ?」 「ええ。他には、何も起きていません」 「ええええええっ!?」 何が起こるか分からない、とか言ってたのに それだけで済んだのかよ!? 「まあまあ、ジェイさん。ここは喜ぶところですよ」 「そうだぞ。こうして、リブラも何事も なかったわけだし」 「ついでに、ジェイジェイもパワーアップしましたし」 「万事、丸く収まったというわけですな」 「た、確かにそうかもしれないが……」 なんだろう、こう、恥ずかしい。 大げさに名前を叫んで、狼狽しただけに ……どんな顔をしたらいいのかが分からない。 「リブラー」 「やめろ! 真似すんじゃねえよ!!」 わりと本気で恥ずか死とかしてしまいそうだ。 穴があったら入りたい。むしろ、呪文で穴とか掘りたい。 壁に穴を開けてしまいたい。 「まあ……ともあれ、そういうわけです」 「そうか。まあ……お前が無事で良かったよ」 「……はい」 少しだけ嬉しそうに微笑むリブラを見て、これで 良かったのだと、改めて安堵の息を漏らす俺だった。 「というわけで、全ての竜が集まったわけですが、 気分はいかがですか?」 「ヒャッハーでニールな感じですか?」 「ニールってなんだよ……」 きっと深くツッコミを入れると面倒なことになる。 そんな予感を覚えて、適当に浅くだけ突っ込んでおく。 「特に変わった感じはしないが……」 「胸の奥で正義の炎が熱く燃えていたりしませんか?」 「いや、ないな」 いくらなんでも、正義の炎みたいなものが 急に現れた感じはしない。 「そうですか……ジェイさんも同じ勇者なら、きっと 正義の炎に燃えていると思ったんですが……」 「あー、いや、すまん」 露骨にしょんぼりとされると、何故か俺が 悪いことをしたような気になってしまった。 「自分の中に、大きな力が眠っているような 感覚はするんだが……」 「それが上手く目覚めていない感じか?」 「まさに、それだな」 自分の中にある力が上手く使えない感覚。 今までになかったものだけに、少し もどかしさすら覚えてしまう。 「当然でしょうね。今のあなたは レベル1の状態なんですから」 「……え?」 「レベル……?」 「人間の強さの目安みたいなものです」 「ほう。それが1ということは?」 「超弱っちいということです!」 「魔物的に言うと、スリーミーくらいですねー」 「ぐぬぅっ!!」 つい先日まで魔王として君臨していたはずの俺が、 今やスリーミーと同列だと!? 「ま、待て。リブラ、お前いつだったか、俺のことを レベル60相当の実力は残ってるって言ったよな?」 「はい。言いました」 「それなのに今の俺は、レベル1?」 「1です」 「……なんで?」 60あるんじゃなかったのか……? 「それは転職したからです」 「……え?」 「あ、なるほど。そういうことですね」 「だったら、レベル1なのも頷けるな」 え……? あれ……? なんで、こいつら納得しているの? 「どういうことか、ご説明いただけますか?」 「あ、はい。転職すると、レベルが1に 戻っちゃうんですよ」 「な、なんでだ!?」 「なんでと聞かれてもな。転職前の経験を、 新しい職業で活かせるわけないだろ」 「いやー、結構活かせる気がするぞ?」 商人程度なら、今から転職してもある程度ならば 上手くやっていけるような気はする。 流石に戦士や神官などは無理だが。 「ともあれ、そんなわけでレベルが1なのです」 「なのです、って言われてもなあ……ああ、そうだ」 「俺は勇者に転職したってことになるのか?」 「正確には、勇者のようなもの、です」 「ようなもの……?」 なんだか、すっきりとしない分類だな。 「この世界の影響を受けない、全く未知の可能性。 それに名前を付けることは出来ませんので」 「あえて言うならば、異世界の勇者となるでしょうね」 「そうか。この世界の影響を受けない、か」 全く未知のもの。それならば、確かに明確な名前を 付けることは、誰にも出来ないだろう。 「でも、転職したせいでレベル1から スタートなんだよな?」 「はい」 「世界の影響受けまくりじゃねえかよ!」 なんだ、この、こう、釈然としない感じは! 「なるほど。全て承知いたしました」 「え?」 俺が色々と納得出来ていないのに、 横から急に承知されてしまった。 「つまり、現在の魔王……ああ、いえ、勇者 ああ……いや、その、魔王……」 「今まで通りの呼び方で構わん……」 「承知いたしました。現在の魔王様に必要なのは、 レベル上げということでございますな」 「その通りですね!」 「おわっ!?」 レベル上げと聞いて、ヒスイがやけに 乗り気になってきたぞ。 「勇者といえばレベル上げ、レベル上げと 言えば勇者です!」 「そ、そうなのか……?」 今まで、そんなこと一言も言ってない気がするんだが。 というか、なんでヒスイは嬉しそうなんだ。 「だが、レベル上げなんてやっている暇はあるのか?」 早いところ女神を倒さなければいけないと 思いはするのだが……。 「やー、レベル1のまま戦いに行った ところで勝てるわけないでしょう」 「でこぴん一発で負けるでしょうね」 「ぬう……!」 確かに、レベル1のままで戦いを挑んで 勝てるとは到底思えない。 例えるならば、今の俺は冒険に 出たばかりのヒスイと同じだ。 ……無理だなあ。 「焦るお気持ちも分かりますが、勇気と無謀は 別物にございますぞ。魔王様」 「ここは、前に進むのではなくあえて足踏みを 行うのが勇気というものです」 「……分かった」 そこまで言われては仕方がない。 俺としても、負けられない戦いである以上、 わずかでも勝率は上げておきたいところだ。 「まずは、レベルを上げるところから始めよう」 「幸い、外には正気を失った魔物たちが ウロウロしてますしねー」 「幸いって言うな!?」 「まさに不幸中の幸いとは、このことですな」 「だから、幸いって言うなって!」 レベル上げをするには魔物を倒す必要があるわけだが、 もう少し言葉の選びようってものがあるだろ。 ついこの間まで、部下だった奴らだぞ。 「では、わたしたちの出番ですねっ」 横合いから、ヒスイが嬉しそうに胸を 叩きながら割り込んでくる。 だから、なんでさっきから嬉しそうなんだ。 「ここは、勇者として先輩であるわたしが、 ジェイさんのレベル上げをお手伝いしますよ」 「私も先輩として手伝おう」 「ようやくジェイさんに恩返しが出来ますねっ」 「そうだな。大船に乗った気で任せてくれ」 ああ、なるほど。 ヒスイがやけに乗り気だったのは、俺に恩返しを したいという気持ちがあったからか。 その気持ちは、無駄には出来ないな。 「分かった。よろしく頼んだぞ、二人とも」 「はいっ」 「任せておけ」 「それでは、レベル上げに向かうぞ!」 魔物たちと戦うことだって、これまでの 旅の中に何度もあった。 今回も、必要に迫られて魔物たちを倒す。 ただそれだけだと、今は割り切っておこう。 「割り切っておこう、と思っていたんだが……」 「どうかしましたか?」 「いや、俺としてはだな。自分の手で 魔物たちを倒す覚悟もしていたんだ」 「はあ」 「していたんだが……」 「ジェイさん、レベルアップは順調ですか?」 「ああ。この上なく順調だぞ」 「そうか。もう少し魔物を倒してくるから、 ここから動くなよ」 「ああ、分かった」 言いつけ通りに、今の場所から動かずに、少し離れた 場所で魔物を蹴散らす二人をぼんやりと眺める。 俺がやっていたのは、ただそれだけだった。 ヒスイとカレンの二人が魔物を蹴散らすたびに、俺の レベルアップを告げる音がどこからともなく流れる。 「そうだよな……別に俺が戦わなくても レベルって上がるんだよな」 今、思い返せば戦闘に参加してないクリスの レベルが上がったりしてたもんなあ……。 レベル1の俺が無理に戦う必要なんてないよなあ。 むしろ、下手に戦ったら死にそうだし。 「なあ、リブラ。俺、これで本当に強くなってるのか?」 「はい。そろそろレベル20に到達するかと」 「そうか……」 ぼんやりとしている間に、そこまで強くなっていたのか。 「釈然としない……」 などと呟いている間に、またレベルが上がっていた。 「レベルアップ、おめでとうございます」 「ああ……サンキュー」 鳴り止まない音を聞きながら、強さとは 一体なんなのだろうか、と。 哲学的な問いに頭を悩ませる俺だった。 本日のレベルアップ作業を終えて、城へと戻る。 ヒスイとカレンが戦う様子をリブラと雑談しながら見守る だけの時間は、まさに作業と呼ぶのに相応しいものだった。 「今日だけで、たくさんレベルが上がりましたね」 「……そうだな」 「この調子なら明日には、この辺りでも 戦えるようになるだろう」 「そうなったら、次はシルバースリーミー狩りですね」 何故だろう、レベルアップの最短コースを 突き進まされている気がするのは。 自分自身の強さを実感する間もなく、レベルだけが 上がって行くような気がしてならない。 「おや、あれは……?」 城の前に辿り着いた時、何かに気付いた リブラが声を上げる。 その視線を追うように、門前へと目を向けると――。 「お待ちしておりました、魔王様」 「ベルフェゴル? それに――」 「ボクもいるよ!」 「私も……」 「待ちくたびれたぞ、小僧!」 「……あうぅ……」 だから、マーモンに喋らせてやれよ。お前ら! 「み、皆さん、どうしたんですか」 「お前たち、力を失ったんじゃないのか?」 「そうだぞ。お前たちの力は……」 ヒスイとカレンの二人を経由して、 俺の元に宿っている。 今、四天王たちには力は戻っていないはずだ。 「確かに、我々の力は戻ってはおりません。ですが、 魔王様のお役に立つことならば出来ます」 「経験ならば、ワシらの方が遥かに上じゃからな」 「練習くらいなら……」 「魔王様のために頑張るからねっ!」 「うぅぅ……」 だから、マーモンに喋るだけの余地を与えてやれよ! 「つまり、どういうことですか?」 「我々が魔王様と模擬戦をさせていただきます」 「模擬戦……」 つまり、四天王たちを相手に自分がどれほど 強くなっているのかを試せるということか。 これは願ってもない申し出だ。 「クフフフ……」 何故か悪い笑いを漏らしながら、四天王の 後ろからアスモドゥスが歩み出てくる。 「アスモドゥス。お前が声をかけたのか?」 「はい。魔王様もご自身の力を確かめたい 頃合いだとお見受けいたしました」 「ゆえに、こうして実戦の機会を お作りした次第にございます」 「フッ、流石によく分かっているな。アスモドゥスよ」 本当に自分が強くなっているのか。 その実感は、切実に欲しいところだった。 だって、今日はぼーっと眺めているだけだったし。 そんなもので、強くなった実感なんて 沸くわけがない。 実際に力を使ってみて、初めて強さを 実感出来るというものだ。 「アスモドゥス、そして四天王。お前たちの 心遣い、ありがたく思う」 「相手が俺だとて遠慮はいらん。 全力でかかってくるがいい!」 こういうのだよ……。こういうのを、俺は求めていたんだ。 他の奴らが戦っているのを、ぼんやり眺めるだけで 満足とか出来るわけないだろ! 「はーい。ジェイジェイのオッケーが出ましたー」 「というわけで、四人まとめて行ってみましょう!」 ……え? 「よ、四人まとめてっ!?」 「ジェイさん、ファイトですっ」 「頑張れよ。応援しているからな」 「お前ら、手伝ってくれないのかっ!?」 「あなたのための修行ですからね」 「た、確かにそうだが……」 俺のための修行なんだから、俺が戦うのは 当然だろう。納得出来る。 でも、一人で……? 「おーっと、アタシたちもいるぜ!」 「頑張って……惨殺する、ね……」 「増えたーっ!?」 「というわけで、六人相手ですね。もてもてだなー」 「うるせえよ!?」 「クフフフ。なんでしたら、わたくしめも 参戦いたしましょうか?」 「収拾付かなくなるから、やめてくれ!!」 流石に俺でも、七人相手は無理だ。 というか、六人相手でも無理だっての!! 「ジェイさん、頑張ってくださいね!」 「お前なら出来るさ。信じているぞ」 「ぐぬぬぬぬ……」 く、くそっ! 期待に満ちた視線が痛いっ! これはこれで、微妙に懐かしい気に なってしまうのはどうしたものか。 きっと、旅の間ずっとこいつらの期待に 晒されていたからだろうけど……。 「や、やってやる!」 このくらいやれずに、女神に勝てるわけなんかない。 多分。きっと。 そうかなあ……。 「まとめて、かかってこい!」 心が弱気に流れそうになる前に、サクッと始めるに限る! 本当にやれるのかなあ……俺……。 「……し、死ぬかと思った……」 修行とは名ばかりの死の修練を潜り抜け、 俺は無事に部屋に戻ってきていた。 生きているって素晴らしい。しみじみと、 そう思ってしまう。 「だいぶお疲れだね、ジェイくん」 「ああ……本当に疲れた……」 「先生が癒してあげようか?」 「是非ともお願いしたいところだが……」 ……うん? 「あ、あれ……?」 「やっほー、お疲れー」 「なんで普通にいるんだよ!?」 流行りか!? しれっとした顔で、普通にいるのが流行ってるのか!? 「んー……ジェイくんに会いたかったから」 「ちょ、なっ!?」 「とか言われたら嬉しい?」 「べ、別に嬉しくなんてねえよ!」 「ジェイくんったら、ツンデレっぽーい」 くす、とクリスがおかしそうに笑いを漏らす。 それはいかにも、クリスらしい仕草で。今までと 何一つ変わらないものだった。 それだけに、安心する一方で……。 「お前……何を考えているんだよ」 どこか、戸惑いを覚えてしまう俺がいた。 こいつは、何故ここにいる。何をしたいんだ。 「特に何も、かな。女神様から頼まれたことを、 ただやっているだけだよ」 「じゃあ、女神に頼まれたからここに来たのか?」 「うん。まあね」 頷きながらも、クリスが浮かべるのはやはり笑顔だった。 「ほら、女神様が魔王の立ち位置に なるって言ってたでしょう」 「……ああ。そんな戯言を口にしていたな」 「女神様、本気でそのつもりでね。ジェイくんと 対決することを楽しみにしているみたい」 「……は?」 あんなもの、戯言にすぎない。そう思っていたのだが。 「どういうつもりだ?」 「遊ぶつもり、かな」 「……本気、か?」 「うん。ジェイくんも知ってるよね。女神様は そのために世界を作ったっていうのは」 「ああ……」 女神のくだらない遊び。 リブラはそう評したし、俺もそう感じた。 それをまだ続けるつもり、なのか? 「どうせ、破滅させる世界だからね。だったら、 最後まで楽しまなきゃ、みたいな感じかな」 「で、先生はジェイくんたちの前に 立ちはだかることになったんだよ」 「どういうことだ……」 「んー、ジェイくんに分かりやすく言うと、 先生が四天王の立ち位置みたいなー」 「そういう意味じゃないっ!」 普段通りのクリスの態度が、どこかはぐらかすようにも 思えて、声を荒げてしまう。 「どうして、お前は女神に従うんだ。神官だからって 理由だけじゃないだろ!」 「どうして、そう思うのかな?」 「お前は自由だからだ」 「自由……?」 「ああ。お前は、戒律なんてまるで 気にしていなかっただろ」 「そんなお前が、女神の指示だからという 理由だけで盲目的に従うとは思えない」 単なる俺のイメージに過ぎない。 そうあって欲しい、という願いをクリスに 投影しているだけかもしれない。 だが……。 「何か理由があるはずだ」 俺は、そう断言する。断言出来る。 「……ジェイくんからそんなことを言われるなんて、 少し不思議な気分」 「答えてあげてもいいんだけど、それは もうちょっと盛り上がる場所で、ね」 俺の言葉に対して、クリスは静かに 微笑みながら首を傾ける。 「レベル上げが終わったら、 アワリティア城に来るといいよ」 「先生はそこで待っているから」 「ああ。すぐに行くさ。お前の答えを聞きに」 立ちはだかるとはっきり宣言もされた。 つまり、そこに行けば俺たちは……クリスと 戦わなければいけないということ。 だが、クリスが何を考えているのか…… 確かめないわけにはいかない。 「ちなみに、レベル70くらいは ないと厳しいかもね……」 「……え? マジで?」 「うん。先生もパワーアップしたからね」 「そ、そうなのか……」 あれ? パワーダウンしたの、俺だけ? 「ええっと、待てよ。レベル70ってことは……」 大体、今日の4倍近く頑張る必要があるってわけか。 「あ、ちなみにレベルが上がるたびに 必要な経験値は増えていくから」 「段々、レベルは上がりにくくなっていくよ」 「……え?」 「先生は優しいからいつまでも待ってあげるけど、 あんまり待たせないでね?」 「お、おう。すぐに会いに行くさ」 「それじゃ、頑張ってねー」 軽い笑顔とともに、クリスがひらひらと手を振る。 その瞬間、クリスの姿は白い光に 包まれて……一瞬で消える。 「レベル……70か……」 いつになれば終わるだろう、なんて弱気に なってしまいそうにもなるが。 「……すぐになってみせるさ」 いつまでも、クリスを待たせるわけにはいかない。 すぐに、辿り着いてみせる。 「待ってろよ」 静かな決意を胸に、俺は一人拳を強く握り締めるのだった。 「ようやく、この日が来た」 「長き雌伏の日々はここまでである!」 玉座の前に立ち並ぶ面々を見渡しながら 朗々と宣誓を行う。 耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍ぶ時は、 本日をもって終わりを告げる。 「今日はなんだか活き活きとしていますね」 「この頃は、何故か毎日死にそうな顔を していたからな」 「ずーっとレベル上げでしたし」 「そこ、ぶっちゃけた話をするな!」 一人で盛り上がる俺をよそに、まるで世間話でもする かのようなトーンで会話する三人へと指を向ける。 「あと、レベル上げって言うな! 雌伏の時って言え!」 「もしくは、飛躍に向けて力を蓄えていたとか、 そういう言い方をしろ!」 「あっ、す、すみませんっ」 「魔法使いは難しい言い回しが好きだな。 私には、何が違うのか分からないぞ」 「俺の気分が違うんだよ!」 「まあ、確かに来る日も来る日も、昼間はぼんやりと 座り込み、夜間はぼっこぼこにされていた……」 「なんて、自分では言いづらいでしょうからね」 「だから、代わりに言ってくれたってか!? 余計な気遣いだよ、ちくしょう!」 「でも、本当のことですからねー」 「ぐぬぬぬぬ……!」 くそっ、こいつら好き勝手に言いまくりやがって。 「どうぞ、気をお鎮めください。魔王様」 「そ、そうは言ってもだな……」 「このまま、ツッコミを続けていては さらにぐだぐだになって終わりますぞ」 「た、確かにそうだな……」 アスモドゥスの言うことも、もっともである。 ここで俺が、こいつらにペースを 乱されていては話が進まない。 「こ、こほん。ともあれ、艱難辛苦を経て、 本日ようやく……」 「まあ、ずっと座って待ってるだけなのは 辛苦だったでしょうね」 「だから、一々ツッコミ入れるなよ!」 「すみません。よかれと思ってやったんですけど……」 「もう少し、魔法使いにも戦わせてやった方が 良かったかもしれないな」 「いや、お前らは悪くないから! 特に反省とかしなくていいから!」 「そうですよ。お二人が気になさることはありません」 「全ては自分の弱さが悪いのだと、 仰られているわけですから」 「確かにそうだけど、お前が言うことじゃないだろ!」 「魔王様、また迷走を始めております」 「……はっ!?」 気が付けば、さっきとまったく同じ流れに 巻き込まれてしまっていた。 「ど、どうして、こうなるんだ……」 「思うに、難しい言い回しが良くないのではないかと」 「だが、それらしい言い方をした方が ……ほら、雰囲気とか出るだろ?」 「そこは否定出来ません。ですが、 現状がこの有様ですので」 「むむむむ……」 なるほど。この状況を前にして、いかなる 言い訳が出来よう。 俺がもっとシンプルに言えば、それで良かったのか。 ……そうか? 「分かった。それじゃ、簡単に言うと……」 「なんか、もうぐだぐだしてきたんで、この辺りで 話を切り上げます!」 「ちょ、お前……!?」 せめて、俺に何か喋らせろ! 「というわけで、しゅっぱーつ!」 「おー!」 勝手に号令しやがった!? 「え? あ、ちょ……」 「お、おーっ!!」 どうして……こうなった……。 その思いが久々に俺の脳裏を過ぎるのだった……。 「相変わらず、誰もいないままなんですね……」 「そうだな。こうして見ると、町も静かなものだ」 「消えた人々は、一体どうなったのだろう」 「それこそ、神のみぞ知るといったところでしょうね」 人気の途絶えたアワリティア城下町を 城へと向けて、四人で歩く。 道中に人の姿はなく、ひっそりと静まり返ったままだった。 「先生はお城で待っているんですよね?」 「ああ。そう言っていた」 「罠だという可能性はありませんか?」 「それはない」 リブラが抱く懸念に対して、首を横に振りながら答える。 「その根拠は?」 「女神は、俺たちとクリスが戦うことを 楽しみにしているからだ」 そうした方が盛り上がるから。たった、それだけのために ヒスイとカレンを操り俺と戦わせた。 クリスが女神の命に従うのであれば、宣戦布告をした以上、 城にクリスがいることは間違いないだろう。 城で俺たちを待ち構えて……戦うはずだ。 「まあ、よく分からないが……」 カリカリと頭を掻きながら、カレンが首を傾げて。 「行かないことには何も分からないと いうことなのだろう?」 「だったら、行くしかない」 カレンの答えは実にシンプルで分かりやすいものだった。 ここで考え込んでも答えが出ないのであれば、 進むしかない。それが道理だ。 「そうだな。お前の言う通りだ」 「そして、先生を切ればいいんだろう?」 「そうだな。お前の……」 うん? 「あれ? お前、今、なんて言った?」 「先生を斬ればいいんだろう?」 「物騒すぎるわっ!」 「……そういう話じゃないのか?」 「そういう話では……」 いや、でも、待ち構えているってことは 戦うってことだよな。 戦うってことは、そういうことだよな。 「そういう話……かなあ……」 「ほら、やっぱりな」 なんか、こう、釈然としない。 「分かりました。わたしも頑張って先生を 斬ったり燃やしたりします!」 「あー、うん。頑張るという気持ちは大事だがな…… こう、大声で決意するものじゃないと思うぞ?」 「大丈夫です。わたし、勇者ですからっ」 「話が繋がってねえよ!」 勇者だったら、なにがどう大丈夫なのか、 さっぱり見えてこない。 「ともあれ、頑張らなければいけないことに 変わりはありません」 「あなたがどのような結果を望んでいるにせよ、です」 「……分かっているさ」 リブラの言葉に頷きを返しながらも、 俺は心の中で迷っていた。 クリスに何を望み、何を求めているのか。 その答えを出すためにも、まずはクリスから 話を聞かないといけない。 「それじゃ、行くぞ」 そのために、俺たちはアワリティア城へと向かう。 城下町と同じように、城の中にも人の姿は まるで見当たらないままだった。 人の息吹のない城内に満ちていたのは、空虚さ。 生命の熱を感じさせない建造物は、 ただ冷たく静かな物質でしかない。 「お城の中まで、だなんて……」 「……静かというよりは、空しいな」 人々が消えた後の城に足を踏み入れるのは、 二人は確か初めてだったはずだ。 俺が感じたものと似たような言葉を二人が漏らす中――。 「到着しました」 最後の扉を押し開けて。 アワリティア城、謁見の間へと俺たちは辿り着いた。 大人数を収容出来る広間。だが、そこには 本来の城の主の姿はなく――。 「よく来たね、みんな」 代わりにいたのは、俺たちがよく知る姿だった。 「それじゃ、二度とよみがえらないように、先生が みんなのハラワタを食い付くしちゃうぞー」 「いきなり飛ばし過ぎだっ!?」 どうして、第一声がよりによってそんな言葉なんだ。 「同じ中ボスとして、ジェイくんの真似を してみたんだけど?」 「そんなこと、俺は一言も言ってないだろ!」 「それより、地味に中ボス扱いされてますね」 「……あ」 そういえば、同じ中ボスとか言ってたが……。 そもそも、ボスってなんだ? 「先生、ジェイさんは大ボスです」 「まあ、元とは付くが、魔王だしな。 大ボスで間違いないだろう」 「二人とも、ありがとう……」 よく分からないが、中よりも大の方が いいのは間違いないだろう。 多分、間違いない。はずだ。 「そんなことよりも、先生……」 「何かな?」 あ、あれ、そんなことよりも、とか言われなかったか? まあ……話の内容が分からないだけに、 ここは流しておくに限る。 「先生は……女神様に操られていないですよね……?」 「うん、そうだよ。先生は、操られてなんかいないよ」 「女神様は世界を破滅させようとしているんだぞ。 先生だって知っているだろ」 「知っているよ」 「だったら、どうして……」 俺が……いや、俺たちが疑問に、思っていたことを 二人が素直にそのまま口にする。 何故、クリスは操られていないのか。 何故、女神の側に付くのか。 「それはね、先生はそのために作られたから、なんだ」 「そのために……作られた……?」 「この世界は女神が作ったものです。この世界に存在 する人々は全て女神の手によって作られました」 「その通り。流石、リブラちゃんは物知りだね」 「伝説の“〈魔道書〉《グリモア》”――その名は伊達じゃないね」 「……わたくしのことまでご存じですか。なるほど」 僅かに目を細めながら、リブラが小さく頷く。 「ちなみに、このタイミングでなるほど、と 頷いておけば物知りな感じを装えます」 「誰に向けてのアドバイスだよ」 「なるほど……そういうことだったんですね」 「全てに納得がいったぞ……なるほど、そういうことか」 「早速試してる!?」 この二人に向けてのアドバイスだったのかよ!? というか……もう少し真面目に話を 出来ないのか、こいつらは。 「ジェイくんがツッコミに忙しくなる前に 話を進めてあげると、だね」 普段なら余計な気遣いだと言うところだが、 今は素直に甘えておくことにしよう。 本気で色々と大変になってしまいそうだ。 「先生は、女神様の力と知識の一部を 特別に与えられた進行役だったんだ」 「なるほど、そういうことか」 「つまり、どういうことだ……?」 「カレン。お前、なるほど禁止な」 カレンにはひとまず釘を刺しておきつつ。 「進行役……勇者の旅がスムーズに進むように、か」 「そういうこと。勇者が何か困ったら、さりげなく 助言をしたり、相談に乗ったり、誘導したり」 「そういう役目だったんだけど……実際は 先生の出番はあんまりなかったよね」 クリスが、じっと俺を見てくる。 目と目が合うと、にこりと笑いながら首を傾けて。 「俺がいたから、とでも言いたいのか?」 「その通りだよ。ね? ヒスイちゃん」 「はい。困った時は、いつもジェイさんが 助けてくれました」 「ヒスイが倒れたりした時は、代わりに指示を 出したりもしていたしな」 「まあ、当人の意思には関係なくそういう 結果になっていましたね」 「……本当にな」 どうして、そうなった。と、何度 胸中で叫んだことやら……。 「というわけで、進行役だった先生はみんなより ちょっと物知りだったんだけど……」 「ジェイくんのことだけは、分からなかったんだ」 「……そうでしょうね。この人は、世界の外から 招かれた存在ですから」 「いくら物知りでも……分からない」 「うん、そういうことだね。だから、ジェイくんの ことをもっと知りたかったのは本当だよ」 「よく分からない存在なら、気になるのは確かだな」 「本人を目の前にして、よく分からない存在 とか言わないでくれ……」 若干、へこんでしまいそうになるが。 まあ、そんなことはどうでもいい。 「女神によって特別に作られた物語の進行役。 だから、女神の側に付く」 「女神の意向に沿う。そういうことか?」 「そうだよ。先生に感情はなく、私情もなく、 あるのは与えられた目的のみ」 「だからこそ、ここで先生が立ちはだかることに なったんだろうね」 クリスが一歩、前に出る。 「目的もなく、感情と私情だけのジェイくんたちの前に」 途端に、その背後より強烈な風が吹き付けてきた。 その風に乗って、力の波動が俺たちへと叩きつけられる。 「……くっ」 だが、それよりも……クリスの言葉の方が、 胸に強く叩きつけられた。 目的もなく、感情と私情だけ。 そうだろう。俺の中にあるのは、このままでは 何もかもが救われないという思いだけだ。 親父殿が、ヒスイたちが、アスモドゥスたちが。 全てが茶番だったこの世界で、紡がれた 何もかもが救われない。 「これは……魔力っ!?」 「いや、違う。魔力ではない……」 魔力に近いものを感じる。だが、この力は――。 「澄み切っている……」 強大な圧力を感じる。だが、それだけだ。 静かに、穏やかに、厳かに、周囲を ただ圧倒するだけの、力。 まるで、祈りの洞窟で感じた力を、更に 突き詰めたような――そんな気配。 「澄みきっている、か。確かに、剣気でもなければ、 殺気でもない。敵意ですらもない」 「じゃあ、これは……?」 「これこそが、女神の力の一端。 世界の全てを内包した無――」 「その通りだよ」 クリスが、更に一歩を詰める。 巨大な壁に迫られたような、圧迫感を全身に覚える。 「これが、女神様が先生に貸してくれた力」 クリスの傍らで、ゆっくりと力が像を結び始める。 それは、今まで俺たちが目にしてきたものとは 全く異なる――。 ――竜の姿。 「リブラちゃんは、戦わない…… じゃなくて、戦えないの?」 「竜の力を失った影響で」 「……はい」 「だったら、三人相手か。うん、先生はあんまり強くない から、女神様の力を借りてちょうどいいくらいかな」 「というわけで、勝負だよ」 クリスの傍らで、竜がはっきりとした実体を得る。 「くるぞっ!」 「ジェイさん!」 それを前に、二人が剣を構える。 「迷っている時間はありません」 「……分かっている」 言われるまでもなく分かっている。 分かっているはずだ。 ここでクリスを倒し、女神を倒す。 それしか、俺に出来ることがないこと くらい分かっている。 ……だが。 「いくぞっ!」 本当にそれだけでいいのか……? 「ふふっ」 「特性の解析は不能。あの竜に該当する情報は、 存在しません」 「世界の全てを内包した無、だったか」 「世界の外から来たのではなくて、世界そのもの ……ということですか?」 「その通りだよ、ヒスイちゃん。全ての物は 最初は無から生まれる」 「女神様が先生に貸してくれた、創世の魔力。 それが、この竜の正体だよ」 「創世の魔力――」 世界を作るほどの力。 全てを内包するほどの圧倒的な無を前に、 俺たちはどこまで出来るだろうか……。 「いや……構うものか。その力、正面から打ち破るぞ!」 「はいっ、分かりました」 「元より、そのつもりだ」 「ふふっ、本当に出来るのかな? ジェイくん?」 まるで、俺の内心を見透かすかのような 笑みをクリスが浮かべてくる。 「……出来るさ。そのために来たんだからな」 「一斉に仕掛けるぞ!」 胸の中にある迷いを振り切るように、声を上げる。 「はいっ、勇者斬りっ!」 「神だろうと、創世だろうと、切り捨てるのみだっ!」 「“深淵を抉り出す黒牙” ダークネス・ファング!」 二人の斬撃と、俺の呪文。三つの攻撃が同時に重なる。 その全てを、避けるような素振りもなく、 クリスの竜が受け止める。 「ダメージは軽微です」 「三人で同時に攻撃しても、か」 「まだ、諦めてはいけませんっ」 「あははっ、ヒスイちゃんとカレンちゃんは 迷いがないね」 「二人とも、世界を救うためにずっと旅をしてたんだから、 世界の破滅を前にして迷わないのも当然だよね」 くすくすと、クリスが愉快そうに笑みを漏らす。 余裕を滲ませながら、一歩こちらへと歩いてくる。 「でも、ジェイくんは……どうなのかな?」 「……何が言いたい」 クリスの視線が、まっすぐに俺を捉えてくる。 その身から放たれる魔力と同質の 圧迫感が俺を捕まえる。 「ジェイくん、迷っているでしょう?」 「これでいいのか、どうか」 「それは……っ!」 俺が返答に詰まった瞬間、クリスの竜の 口から閃光が放たれた。 「ぐっ!?」 身を焼く衝撃に、体が大きく後ずさる。 「ジェイさんっ!?」 「無事かっ?」 「問題はない、が……」 「どうして、迷うのかな?」 「先生を倒さなきゃいけないって 分かっているんでしょう?」 分かっている。分かっているはずなのだが……。 「彼女の言う通りです。迷っている暇はありません」 「……分かっているさ。だが……」 本当に手段はないのか? ヒスイやカレンと違って、クリスは操られていない。 倒す以外の手立てがあるんじゃないのか? 「だが……」 俺は――どうすればいい。 「クリス……戦うしかないのか? 俺たちには、それ以外の道はないのか?」 知らず、俺はクリスへと問いかけていた。 気の迷い、あるいは甘さ。そう呼ばれても 仕方のない部分が心の中で頭をもたげる。 「ジェイくんは甘いなあ。そういうところは 嫌いじゃないけど、でも駄目だよ」 クリスが緩やかに首を横へと振った瞬間――。 「ぐっ!?」 白い閃光が、再び俺の身を焼いた。 「そういうのは、せめて自分の覚悟や 信念を示してからじゃないと、ね?」 俺は……早まったというのか……? 「“星空を越える漆黒” ダークネス・スカイ!」 俺が取った行動は、呪文の詠唱。 真っ直ぐに、クリスの竜へと向けて魔力を叩き込む。 「へえ。いきなり迷いを捨てた…… ってわけじゃないよね?」 「まあな。捨てたわけじゃないさ。ただ……」 「まだ、俺はお前に何も示せていないからな」 何もしていない相手の言葉に心を揺らされるほど、 クリスは甘くはないだろう。 何か起こすとしても、今はまだその段階ではない。はずだ。 「そうだね。それでいいよ、ジェイくん」 クリスが浮かべたのは、どこか嬉しそうな笑いだった。 「ジェイさん! お肉を!」 ヒスイから投げ渡される肉を、口の中に放り込む。 我ながら、早食いが上手くなったものだと、そう思う。 「行くぞっ、先生!」 カレンの剣をクリスの竜が受け止める。 キンッと澄んだ高い音を立てて、 剣がわずかに弾かれる。 「これが創世の力……やはり、堅牢ですね」 「世界の壁は、厚いんだよ。って、そこを 潜り抜けた人が二人もいるんだけど」 「ところで、みんなに聞きたいんだけど…… なんで、世界が破滅したら困るのかな?」 戦闘中であるにも関わらず、クリスが 首を傾げながら全員を見渡す。 その視線がカレンへと向いた瞬間、白い閃光が走った。 「くっ!?」 光に身を焼かれながらも、カレンは怯むことなく、 踏み込みながらの剣撃を放つ。 「よくは分からないんだが、魔法使いが いなくなるんだろう!?」 「うん。そうなるのは間違いないね」 「私はそれが嫌だ。それだけだ」 「お前……」 カレンの分かりやすい答えに、気恥ずかしさの ようなものが浮いてしまう。 こいつは何を言い出すんだ。 「カレンちゃんはシンプルだねっ」 その答えを聞いて、クリスはニコニコと 満面の笑みを浮かべている。 その指先が、今度はヒスイを指差して――。 「きゃっ!?」 白色の爆発が、ヒスイを襲う。 「わたしは……世界の人たちに笑顔を届けるために、 旅をすると決めました」 「だけど、今の世界には笑顔どころか、 人が誰もいません」 爆発に飲まれながらも、ヒスイは膝を折ることなく 耐えきっていた。 ぎゅっと、剣を強く握り締めて。 「自分のことを信じてくれる世界の人たちを、 女神様はまず消しました……」 「そんなやり方を認めるわけにはいきませんっ! わたし、勇者ですからっ!」 ヒスイが振り上げた手の中から、雷の魔力が迸る。 白色に返すように、金色の魔力が竜を穿つ。 「うん。そっか」 「あと、わたしもジェイさんがいなくなったら嫌ですし」 だから……こいつらは、なんで笑顔で そんなことを言えるんだろう。 言われた俺の方が恥ずかしくなってしまう。 「ここは右に同じく、と言っておく場面でしょうね」 「ジェイくんってば、もってもてー」 「……うるさい。からかわれているだけとしか思えんぞ」 「事実、そうなんだけどね」 小さく笑うクリスの傍らに立つ竜の姿が、 一瞬薄れて見える。 「……うん? 今……」 「あー、やっぱり長い間はもたないか」 「長い間はもたないって……まさか」 「わたしたちと同じように……」 「おそらくはそうなのでしょう。彼女の竜の力が 急速に弱まりつつあります」 「クリス……お前……」 「まあ、仕方ないよね。これが先生の役割なんだし」 困ったような笑顔を浮かべると、クリスは溜息を漏らす。 「それでいいのかよっ!」 「というわけで、ジェイくん」 俺の言葉に答えることなく、クリスが体ごと 俺へとゆっくり向き直る。 その傍らの竜が、純白に染まるほどの強い力が集う。 あれだけの力を放ったら、俺たちどころか ……クリスの身すら危ない。 「ジェイくんは先生に何が出来るのかな?」 「俺が……出来ることは……」 俺はクリスに何を出来る。何を示す。 ……決まっている。 「覚悟を示すことが、出来る」 「その覚悟で、何が出来るのかな?」 「お前を……」 この答えが正しいかどうか、自信はない。 短い深呼吸を挟み。 「お前を、救うことが出来る……」 「先生を……?」 クリスが不思議そうに瞬きを繰り返す。 「お前……本音を口にしていないだろ?」 「どうして、そんなことを言うの? ジェイくんの願望?」 「だったら、先生怒っちゃうんだけど」 「女神が……言ってたんだ」 砂浜で、女神が俺を問い詰めていた 時の言葉を思い出す。 あの時、女神はこう言っていた。 「俺の行動は、勇者に、戦士に、そして―― 神官に影響を与えていた、と」 「そう……なんだ」 「お前、本当に今のままでいいと思っているのか?」 「このまま世界を滅ぼして、やり直して……それでいいと ……ああ、いや、面白いと思っているのか?」 「それは……中々いい線をついてるね」 「確かにちょっと刺激が足りないかもしれないかな」 「だったら……」 「だったら、先生に勝ってみるといいよ。ジェイくん」 「先生の全力に、ね」 クリスの傍らにいる竜には、分かりやすいくらいに 力が蓄えられていた。 どこまでも強大で、圧倒的な、魔力が渦巻く。 「ヒスイ、カレン、リブラ」 「聞くまでもありませんね」 「ああ。好きにしろ、魔法使い」 「わたしたちの全部、ジェイさんに預けます。 だから、ジェイさん……」 「後悔しない、選択を」 ああ、その言葉は何度目だろう。 まったく、どいつもこいつも俺が後悔しないように、 とそればかりを口にする。 優しすぎるだろ。 「分かった。お前らの命と…… クリスの命、俺が預かった」 「先生の分まで背負っちゃうんだね」 「仲間、だからな」 無理やりに唇の端を釣り上げて、小さく笑いの形を作る。 自分の中に眠っていた力を呼び起こし、魔力を練り上げる。 ここまでのレベル上げによって自らのものとした竜の力が、 はっきりとした像となって現れる。 「だから、かかってこい。クリス」 「ふふ。いい言葉だね。それじゃ、いくよ……」 「バハムート・フレアッ!」 白い閃光が、視界を、世界を焼き尽くす。 全ての有を内包する無。世界を一から創造する魔力。 それに対抗するならば――。 「お前に相応しい呪文はこれだっ!」 「“無限の淵を覗け”“世界を無に染め上げよ”」 全ての無を内包する有。世界を無へと返す呪文。 「サイレント・カラミティ!」 互いの竜から放たれる白黒の閃光が拮抗する。 俺とクリスの中間で激しく衝突し、 その余波が風となって室内に吹き荒れる。 「俺は生きて……『これから』の世界を繋ぎたい。 こいつらの覚悟が紡いだ先の世界を、繋ぎたい」 「そこには……お前も、必要なんだ。クリス!」 「だけど、先生は……」 「関係ないっ!」 「え……!?」 「お前が誰であろうと関係ない。 俺がお前を望み、お前を手に入れる」 「世界に影響を与え、意のままに曲げ、 欲しい物は手にする!」 魔力の奔流――拮抗しあっていた二色の膠着が崩れる。 「俺は――魔王だっ!!」 一瞬の静寂――。 その後に、黒色の魔力が押し切る! 「……ふふ、そっか」 荒れ狂う魔力の奔流が、クリスの竜を貫き――そして……。 その姿は、魔力のさざ波となって、霧散した。 「ジェイくん、神様にでもなるつもり?」 「やぶさかではない。というのは置いといて、だ」 「自分が楽しみたいというエゴの塊みたいな女神を 敵に回すには、それくらいしないとな」 「あははは、それにしても、情熱的な言葉だったね」 「そうですね……」 「そ、そういうのは……あまり、その、なんだ……」 「いやいやいや、お前らもかなり 大概なこと言ってたぞ!」 「このろくでなしー」 「うるせえよ!?」 無事に終わったと思った途端の総ツッコミだった。 いや……まだ、無事に終わったとは限らない。 「クリス、お前はどうするんだ?」 「借りてた力も戻ったし、これからどうしよっか」 「負けちゃったから、凌辱とかされちゃうのかな?」 「りょ、凌辱っ!?」 「だ、駄目ですよっ、そういうのは!」 「やらないから安心しろっ!!」 「ちょっとくらいなら痛くしてもいいから、ね?」 「お前も、黙れよ!?」 なんだ、この空気は……。 少し懐かしくて、ホッとする。 「……もういいから、お前も来いよ。クリス」 「うん。実は、女神様からも好きに していいって言われてるんだ」 「それが、面白そうだからって」 「面白そうだから、ですか。徹底的にそれなんですね」 「なんだよね」 「それに、先生はもうジェイくんの物に なっちゃったみたいだし?」 「え? あー、うん」 勢いとはいえ、とんでもないことを 言ってしまった気がひしひしとしてきた。 「『これから』を紡ぐのは、とっても難しいよ。 分かってる?」 「……分かってるよ」 「頑張ってね。仲間として見せてもらうから」 「というわけで、先生は正気に戻ったよっ」 「それはやめろっ!?」 「きゅ、急にどうしたんですか、ジェイさん」 「いや……今の言葉は、こう、嫌な予感がしたんだ」 「嫌な予感……?」 「ああ。上手くは言えないんだがな」 何故か、こう、そのセリフを言った奴が、 もう一度裏切ってしまうような。 そんな予感が脳裏をよぎっていた。 「ふふふふ……」 「やめろ、意味深に笑うなっ!?」 「まあ、冗談はさておき。改めてよろしくね。みんな」 にこにこと嬉しそうな顔で、クリスが全員を見渡す。 ……ったく。簡単に言ってくれる。 だが、それでこそクリスらしい、か。 「よろしくお願いします、先生」 「これで一件落着だな」 「残すは女神のみ、ですか」 「ああ、そうだな」 よし、このまま一気に攻め込んで――。 「あ、ちなみに女神様に操られた魔物たちで、神殿の 周りはとってもすごいことになってるから」 「……え?」 「具体的に言うなら、町中は魔物がびっしりだね。 消耗がある状態で行ったら、絶対にアウトだね」 「……本当ですか?」 「うん。本当の本当だよ」 「ここは万全を期して挑むべきだろうな」 「よし、分かった。今夜は アワリティア城下町で休息だ!」 相手が全力で待ち構えているのであれば、 こちらも全力で立ち向かうのみだ。 そのために、ここで最後の準備を行う。 「ついでに、必要な物を揃えるぞ。言っておくが、 勝手に店の物を持って行ったりするなよ」 「ちゃんと代金を置いておけよ、いいな!」 「はーいっ」 「魔法使いは細かいな」 「そろそろ商人みたいになってきましたよね」 「まあ、それもジェイくんってことだね」 まさかの集中砲火だった。 別に間違ったことは言ってないだろ、俺! 「ところでジェイくん。先生におかえりはないのかな?」 「勝手に家出した不良少女に対して、 そんな言葉をかけてやる義理はないだろ」 「うーん。まさに、そんな感じなだけに 何も言えないかな」 「だけど、まあ、ただいま?」 先にそう言われてしまった。 だったら、こっちはこう返すしかないだろう。 「……お帰り」 満足そうに笑うクリスを見ながら……まあ、 ひとまずは安心していいだろう、と。 ようやく、内心で安堵の息を零せたのだった。 「なあ、クリス」 「なにかな?」 クリスとの交戦を終えて、外へと出た時には 世界は夕暮れに包まれ始めていた。 傾いた夕日が、足元に長い影を作る。 「何故、女神はまず町の人間から消したんだ?」 「あっ、そうです。わたしも、それは気になっていました。 どうしてなんですか?」 「みんなは女神様がやったって思ってるんだ?」 「他に誰か出来るのか?」 「例えば、魔王とか?」 「そんなこと出来たら、俺は即効で 世界を支配していたぞ」 魔王として、世界を支配する気満々だった時代の 俺ならば、ノリノリでやっていたと思う。 きっと、というか絶対に高笑いをしながらやっていた。 そうに決まっている。 「ですよね。ジェイさんに、そんな力が なくて良かったです」 「お前が無力でよかったよ。魔法使い」 「……お、おう」 悪気がないのは分かる。分かるんだが ……その言い方は少しどうだろうか。 怒っていいものかどうか……まあ、どうでもいいか。 「というわけで、容疑者は一人となるわけです」 「世界規模で異変を起こせるような存在、 女神以外にいるわけもありません」 「そうだね」 両手を後ろで組みながら、クリスが城へと向き直る。 傾く日差しによって、赤く染まる城の外壁を見上げる 横顔からは、何を考えているかは分からなかった。 「あの人たちは、世界に影響を 与えない人たちだったからね」 「世界に影響を……?」 「うん。例えば、毎日同じことしか言わない、とかね」 「……ああ」 そういえば、世界に存在する人間の大半が 話しかけるたびに同じことを言っていた。 あれには、かなり辟易としたものだが。 「そういう風に作られていた、のか」 「そういうことだね」 「世界に影響を与えない人たちは、世界から 影響を与えられることも少ない」 クリスの視線が、ヒスイ――次いで俺を見る。 「勇者の行動によって、あの人たちが 影響を受けることはない」 「同じように、ジェイくんに汚染されることもない」 「汚染て、お前」 「女神様いわく、だよ」 まあ、確かに女神から見れば、自分の世界に紛れ込んだ わけの分からない奴が影響を与えまくったわけだ。 そんな言い方をされても、仕方がないだろう。 納得は出来ないが。 「なんだか、汚らしい感じがするな」 「分かってるんだから、言うなっ!」 「ですが、言い得て妙だと思いますよ」 「女神からすれば、自らの計画を汚染する存在。 それがあなたなのですから」 じっとリブラが俺を見上げてくる。 あくまで、女神から見た言い分であって、それ以外の 他意は含まれていない。と、思う。 「……ともあれ、話を進めてくれ」 「ジェイくんの影響をほとんど受けていない人は、 一旦世界から外しておく。そういう判断だね」 「そして、ジェイくんの影響がどこまで浸透 しているのかを確かめる。って感じかな」 「その人たちは……その……」 元に戻るのか、ヒスイはそう問いたいのだろう。 だが、それを上手く切り出せないのは、 最悪の可能性も考慮しているから、か。 「消えた人たちは、元に戻るのか?」 代わりに、というわけではないのだろうが、 カレンがまっすぐにクリスへと問いかける。 「先生には分からない、かな」 クリスの返答は、首を横に振りながら行われた。 「一旦外す、としか聞いていないからね。除外かも しれない、隔離かもしれない、削除かもしれない」 「それこそ神のみぞ知る、といったところですか」 「まさに、だな」 結局のところ、分かるのは女神だけということだ。 まるでたちの悪い冗談か皮肉のようだ。 神ならぬ俺たちでは、神のなすことを完全に 理解することは出来ない。 「ところで、ジェイくん」 気付けば、クリスの視線が俺へと向いていた。 ジッと正面から見つめられる。 「なんだ?」 「世界の破滅をどうにかするためには、女神様を 倒さないといけないわけなんだけど――」 「勝てると思う?」 「勝つしかない、とかそういうことを 聞きたいわけじゃないんだよな?」 「うん。聞きたいのは、勝てるかどうか」 「それは……」 正直言って、勝てると断言出来るだけの根拠には乏しい。 女神の力を実際に目にしたわけでもなければ、 体験したわけでもない。 判断を下せるだけの材料は手元には一切ない。 「かなり厳しいだろうな」 「あれ、絶対勝つとか言わないんだ?」 「当たり前だ。向こうは世界を創造した女神だぞ。 相手の舞台で戦うようなものだ」 「俺たちが有利だと断言出来る材料は一切見当たらない」 どうひいき目に見ても、こちらに 優位な条件は欠片も見当たらない。 意気込みだけで、どうにか出来るとも思えない。 「ただ、それでもあえて挙げるとすれば……」 「女神様は、ジェイさんの新しい力を知りません」 「女神様に匹敵する力、だったか」 とはいえ、その全てを使いこなせているとは思えない。 クリスとの戦いにおいても、以前と比べて 圧倒的な力を引き出せてはいない。 まだ何かがくすぶっている。そんな感覚は残っている。 「時が来れば、全ての力を発揮出来るはずです」 「というわけだ。現段階で、必ずしも 勝てると断言は出来ない」 「その上で、勝つと宣言する」 「しちゃうんだ?」 くす、とクリスが愉快そうに笑みを浮かべる。 「それしか、道はないからな」 「厳しい戦いだと分かっていても、やる前から 負けるとは口が裂けても言えない」 「まあ、そういうことだ」 俺の言葉に、したり顔でカレンが頷く。 「お前、またよく分かってないのに頷いたな」 「そんなことはないぞ」 どうして、こうも自信満々にキリっとした顔で 言いきれるのだろうか。不思議だ。 「諦めていては、何も変わりません!」 「退かず! 媚びず! 諦めず! それが勇者ですっ」 「……そうなのか?」 その言葉は初耳だった。 勇者とは、まだまだ俺の知らない部分が多いんだな。 というか勇者というより、もっと豪胆な 誓いの気がしてたまらない。 「か弱き乙女なわたくしは、後方より まったりと応援させていただきます」 「まずは、どこにツッコミを入れたら いいのか迷うんだが」 か弱き乙女の部分に入れたらいいのか、まったりと 応援するという部分に入れていいのか。 それが問題だ。 「それはもちろん、大事な……」 「言わせないからなぁっ!!」 最後まで言葉を紡がせてたまるかと、赤く染まる 夕空の下、俺の叫び声が響き渡る。 予想通りと言うべきか、やはりこのタイミングで クリスは乗ってくるか。 「まったく。お前らときたら……」 本当に緊張感のない奴らだ。そう思う。 そして、その中に普通に交じっている俺も、 そうなのだろう。 本当にどうしようもない。俺も、こいつらも。 だが、それでこそ俺たちなのかもしれない。 そんなことを思いながらも、自然と笑っている俺がいた。 「お前らにまず言っておきたいことがある」 「はい。なんでしょうか?」 「体を休めるために、宿屋に入る。 それは、まあ、分かる」 「定番だからな」 「ここで問題となるのは、体を休める。 ゆっくりと過ごすということだ」 「うん。つまり?」 「つまり、だなあ……」 「なんで、全員で同じ部屋使わなきゃ いけないんだよっ!?」 何故か一つの部屋に集まっている全員を見渡しながら、 溜めに溜めたツッコミの言葉を放つ。 「何が不服なのですか?」 「むしろ、どこに満足したらいいのかを教えてくれ!」 「先生たちに囲まれてうっふんな時間に 満足したらいいと思うよ」 「それは……うん。まあ、満足しないでもない」 俺も男である。 そういう状況に満足感を覚えないわけがない。 ただ、まったく気は休まらないが。 「あ、え、えっと、その……頑張りますっ」 「何をだよ!」 「私も、その……努力は……」 「無理しようとしなくていいからっ!?」 「わたくし、やいてしまいますー」 「ほら、こういう流れになる!」 ツッコミが俺一人しかいない上に、こいつらは 便乗して畳み掛けてきやがる。 俺にとっての安息は、ここには存在していない。 休みも手抜きも出来ない。 なんてことだ……。 「そうじゃなくて、お前らもっとあるだろ!」 「もっと、と言うと?」 「ほら、決戦っていうか大一番前だぞ!」 「もっと、こう、しっとりとしたいい話とか、 そういうのあるだろ!」 「しっとり、か。ふむ」 俺の言葉に、カレンが考え込む。 もしかして、何かあるのだろうか、 なんて思ってしまったのだが。 「この前、半乾きの服を間違って着てしまってな……」 「そういうしっとりじゃねえから!」 いい話どころか、どうでもいい話が出てきた。 「じゃあ、次は先生の番だね」 「宿屋のベッドとかけましてー」 「だから、そういうのはいいから!」 個人的には、そこからどんなオチに繋げるのかが 気になったが、言わせてはいけない気もする。 まあ……そうだよな。一つの部屋に、こいつらが 揃っていてしっとりとかありえないよな。 そういうのを期待した俺が間違いだったよ……。 「こう、緊張感というかな……せめて 王道っぽい流れを多少はだなあ……」 「王道でも正道でもなく、邪道」 「それが、あなたが歩むのに相応しい道でしょうね」 「……そうか」 魔王であり勇者であり、この世界の理の外に存在する 俺にとってみれば、それが一番似合いかもしれない。 正しくもなく、まっすぐでもなく、曲がりくねった道。 「遠回りするようで、近い。本当に、 よく分からない道だったからな」 「俺の城に辿り着けないように、お前らを 遠回りさせるつもりだったんだが……」 こいつらと旅をしてきた道のりを思い出すと、 大きく息を吐き出してしまう。 何一つ思い通りにいかず、毎回毎回 想定外のことばかりが起きる道程だった。 そのせいか、かなりの駆け足だった。 「とっても近道でしたよね」 「なんせ、いくつかイベントカットする勢いだったしね」 「色々とあった気もしたが、あれでも本来に 比べればかなり短い旅だったんだな」 「……本当にな」 かえって余計なことをしたのかもしれない、 なんて少し思ってもしまうのだが。 「だが、あの旅があったからこそ、今があるんだな」 無駄に苦労して、無駄に疲れて、 無駄にツッコミまくった日々。 あれがなければ、俺はここにはいなかっただろう。 今とは違った未来があったのかもしれないが、 それが最良だったとは思えない。 「そう考えると、悪いものではないな」 今は、本当にそう思う。 「ふふっ、ジェイさんにそう言ってもらえるなんて」 「少しくすぐったい感じもするが、まあ、悪くはない」 「ジェイくんったらとうとうデレてきたね」 「面倒くさい人ですよね、本当」 「後半の二人の方が、よっぽどツンデレというか 面倒くさい気がするんだが」 もしくは、扱いに困るというべきか。 「だが、まあ、言われてもしょうがないか」 「しょうがないですよね」 「ジェイくん、めんどくさーい」 「やっぱり、お前らが言うなっ!」 一度認めはしたものの、真っ向から言われると やはり微妙な気持ちになってしまう。 自己申告と、他者からの指摘では、 こう、気分が少しは違ってくる。 「仮にお前が面倒くさかろうが、それでも構わないさ」 「ですねっ。ジェイさんにはとっても お世話になりましたし」 「今までありがとうございました、ジェイさん」 「……ああ」 素直に礼を言われたら、それはそれで照れるのは やはり俺が面倒だからなのだろうな。 鼻の頭を掻きながら、ヒスイの笑顔を受け取る。 「お前は素直じゃないな。こういう時 くらい喜べばいいのに」 「それが俺の売りなんだよ」 肩を竦めて、カレンへと返す。 「だが……まあ、そうだな……」 「……ありがとう」 その場の四人へと向けて、軽く頭を下げる。 「俺の命を助けてくれて、ありがとう」 こいつらが尽力してくれなければ、俺は魔王として 倒された時に死んでいたかもしれない。 「俺に付き合ってくれて、ありがとう」 こいつらが世界を見せてくれなければ、俺は 全てを投げ出していたかもしれない。 「俺を信じてくれて、ありがとう」 こいつらが俺に仲間として接してくれなければ、 俺は魔王として再起を願ったかもしれない。 そして、女神にやられていただろう。 「お前たちから受け取ったものを、返せるかどうか 分からない。だが、俺はいつか全部返したい」 「だから……世界の『これから』を紡ぎたい。 もう少しだけ、付き合ってくれ」 俺が恩を返す機会を作るために、手伝ってくれ。 我ながらおかしな願いだとは思うが……。 「はいっ、もちろん!」 「約束したからな」 「三倍返しを期待するからね」 「わたくしも、同じ気持ちです」 こいつらは、素直に頷いてくれていた。 「……ありがとう」 だから、俺も素直に礼を口にすることが出来て……。 次第に傾きつつあった夕日が顔を隠すことによって、 俺たちが全員で過ごす最後の夕暮れは幕を閉じた。 干し肉や回復草での簡素な食事を終えた後で、 俺とヒスイは二人で宿を出ていた。 このタイミングで二人そろって外に出るのは、 少々露骨かとも思ったが。 「こうして、歩くのも久しぶりな気がしますね」 「そうだな」 ヒスイが照れたような笑顔を浮かべるのを 見たら、些細なことに思えた。 「ジェイさんと二人なのは嬉しいんですけど…… やっぱり、少し寂しい気持ちになりますね」 明かりの点かない町を見渡しながら、ヒスイが呟く。 以前に歩いた時は、活気に満ち溢れていた町並みも、 今はひっそりと静まり返ったままだ。 どこか、迷宮にでも迷い込んでしまったような 錯覚に陥ってしまう。 「そんな顔をするな、というのは 自分勝手な言葉だろうな」 無理やりに明るく振る舞え、なんて言えやしない。 せめて、ヒスイの感じている寂しさを分かち合うことが 出来れば。そう思いながら、そっと手を取る。 「あ……」 少し控えめに、ヒスイが俺の手を握り返してくる。 立ち並ぶ冷たい建物の間で、繋いだ手の温もりだけが 命の息吹を感じさせてくれる。 「つらくないか?」 「……何がですか?」 「女神に逆らうことになって」 ずっと信じていたはずの女神が、 全てを裏から操る黒幕だった。 そう知ったヒスイの衝撃はいかほどのものだったか。 本来であれば、早めにケアをしておくべきだったが…… 恥ずかしい話、俺自身に起きた衝撃が強すぎた。 「正直に言うと……ちょっとショックでした。 今も、まだ少し残ってるかもしれません」 「そうか。すまなかったな」 「どうして、ジェイさんが謝るんですか?」 「お前に対する気遣いが足りていなかった。もっと 優しく出来たはずなのに、と今更思ってな」 「大丈夫ですよ、わたしなら」 小さく笑みを浮かべながら、ヒスイが首を横に振る。 「ジェイさんの方こそ……大変なこと ばっかりでしたから」 「とは言え、だな」 「どうしてもと言うんだったら、 ちょっぴり甘えさせてください」 繋いでいた手を一旦離すと、ヒスイはそのまま 俺の腕へと自分の腕を絡めてくる。 「というか、勝手に甘えます。いいですよね?」 「ああ、うん。駄目って言うわけないだろ」 「はい。そう言ってもらえると思っていました」 ギュっと、ヒスイがしがみつくように、腕に力を込める。 俺の腕に非常に魅力的な柔らかさが当たって、 この、そう、なんだ、喜ばしい。 「ジェイさん」 「なんだ?」 「好きですよ」 何の気負いもなく、ヒスイがさらりと口にする。 まっすぐな瞳が、じっと俺を見つめてくる。 「大好きです」 「どうした、急に」 「……いえ」 俺を見上げたまま、ヒスイの腕の力が強まる。 身を寄せ合うように、体が更に密着する。 「ジェイさんがいなくなったら、 わたしはとても悲しいです」 「他の人たちも悲しむでしょうけど、きっと わたしが一番になれると思います」 「そういう一番は嫌だな」 「嫌です。全然、嬉しくありません」 「俺だって……」 空いている手で、ヒスイの頭を撫でる。 「そんな思いはさせたくないさ」 くしゃり、と髪をわずかに掴むように、 思いと力を込める。 「……はい」 くすぐったそうに、ヒスイの目が少し細まる。 俺を見上げる目の上で、眉根が寄って。 「大丈夫……ですよね?」 そう問いかけてくるヒスイは、自信にあふれた 勇者ではなく、不安そうな一人の少女だった。 曖昧な問いかけに対して、その内容を 問いただすようなことはせずに。 「お前が一緒にいてくれるんだろ?」 「……はい。もちろんです」 「だったら、大丈夫さ。俺も、みんなも、全部な」 「お前が俺を信じてくれる限りは、な」 「ジェイさん……」 小さく呟いたヒスイの唇が、きゅっと結ばれる。 何か決意を固めたかのように、短く息を飲み込んで。 「わたし、ジェイさんを信じます。きっと大丈夫だって」 「みんなが笑顔で過ごせるって。世界の『これから』は きっと作ることが出来るって……だから……」 ヒスイが一旦言葉を切る。だから、と改めて俺を見て。 「だから、ずっと、ジェイさんの傍にいていいですか?」 「ジェイさんの一番近くに、ずっといてもいいですか?」 ヒスイの真剣な言葉に、思わず笑みを漏らしてしまう。 そんなこと、聞かれるまでもない。 「当たり前だろう。俺も、お前の一番 傍にいたいんだからな」 「言っただろ、お前と一緒に生きる世界が俺はいい、と」 徐々に歩調を緩めて、足を止める。 俺に半歩遅れて足が止まったヒスイと、視線が交差する。 「約束だ、ヒスイ。『これから』を繋ぐことが出来たら、 俺はお前の傍にずっといる。だから」 「はい。わたしは、ジェイさんの傍にずっといます」 小さく頷いた後で、ヒスイが腕を解く。 そのまま、祈りを捧げるように胸の前で手が組まれて。 「それを約束します」 誓いの言葉とともに、そっと目が閉じられた。 「俺も誓うよ」 静かに目を伏せながら、顔を近寄せる。 言葉と唇、二つの誓いを結びながら――。 最後の夜は、静かに幕を下ろす。 干し肉を中心とした簡素な夕食の後、 宿を出て一人で空を見上げる。 色々と変容していく世界の中でも、空とそこに 輝く星だけは何も変わらないままだった。 「どうした? 一人でぼーっとして」 不意に背後からかけられた声に、振り返る。 「なんとなく、な」 「うん」 俺の声に頷きながら、カレンが隣に並ぶ。 触れ合うか触れ合わないか、微妙な距離にまで 肩を寄せてきた。 「空を見たくなったんだ」 「空を?」 「ああ。空はいつだって変わらないだろ」 「ふうむ」 唸るような声とともに、カレンが首を 傾げながら空を見上げる。 そのまましばらくの間、空をじっと 見上げたままの沈黙が続き……。 「それを確認していたのか?」 「ああ」 「お前は色々と気にするんだな」 「まあ、色々と起こっている最中だしな」 「ああ、そうだな」 緩やかに息を漏らしながら、カレンがしみじみと頷く。 「私なんて、全てを理解出来ているか怪しいぞ」 「理解してないのかよ」 「ああ。お前を守ればいい。それだけ分かっていれば、 私には十分だからな」 「お前……」 ふと気付けば、カレンの視線はじっと俺へと注がれていた。 迷いのないまっすぐな瞳が、俺を見上げていた。 「いつだって変わらないのは空だけではないぞ」 「私も変わらない。これまでも、 そしてこれからも、ずっと」 「……そうか」 ああ、そうだ。 変わらないのは、確かに空だけではない。 「お前は変わらないよな、絶対に」 「ああ。私は私でしかないからな」 「迷わず、ためらわず、お前だけを見続ける」 その言葉が、静かに胸の中に 染みわたっていくようだった。 例え何が起こっても、どんなことがあったとしても、 俺の隣にはこいつがいてくれる。 それ以上に、俺の力となるものがあるだろうか。 「それは心強いな」 「だろう?」 誇らしげに笑いながら、カレンが胸を張ってみせる。 「だから、心配いらないぞ」 「お前に何があっても、私は絶対に 変わらないでいるから」 トン、とカレンが肩をぶつけてきた。 微妙に開いていた距離がゼロになり、 二人で寄り添って立つ格好になる。 「どんなことがあっても、私はお前の傍から離れない」 「俺だって、そのつもりさ」 「だったら、お互いに心配することなんてないな」 「……そうだな」 何かが好転したわけでもなく、 何かが解決したわけでもない。 だが、この瞬間、俺の心が軽くなったことだけは確かで。 気付けば、互いの顔を見ながら小さく笑い合っていた。 「お前はたまにすごいよな」 「たまにか?」 「折角なんだから、もっと褒めたっていいんだぞ?」 「いいや、このくらいにしておくよ」 「そうか……」 少しだけ不服そうに唇を尖らせる カレンの頭をぽんと撫でる。 「お前を褒める機会は、この先ずっとあるだろうからな」 「……そうだな。これからもずっと 一緒にいてくれるわけだしな」 「ああ」 銀色の髪を梳くように指を通すと、 カレンがくすぐったそうに目を細める。 しばらくの間、無言でカレンの髪を触り続ける。 サラサラとした手触りが、心を落ち着かせてくれる。 「なあ、カレン……」 「なんだ?」 「好きだぞ」 不意を打つ俺の言葉にも、カレンは慌てる様子はなく。 「私もだ」 頬を赤らめながらも、まっすぐに俺を 見上げながら答えを返す。 やがて、交差する視線に惹かれあうように 互いの顔は近寄って行き――。 二人の影が、重なった。 星を無数に浮かべる夜空だけが、俺たちの 姿を静かに見守っていた。 簡素な食事を終えた後で、灯りのない町を歩く。 圧力を発するかのように立ち尽くす無言の 建物を見上げ、緩やかに息を漏らす。 「やっぱり、寂しいよね」 「そうだな」 俺の隣で、クリスが同じように建物を 見上げ、息を漏らしていた。 「なあ、クリス。聞きたいことがあるんだが、いいか?」 「うん。何かな?」 「お前は……」 どう問いかければいいのか、少し迷う。 「お前は、どこまで知っていたんだ?」 「……いい質問だね」 後方へと回した手を組み合わせると、 クリスが小さな笑みをこぼす。 「ほとんどのことは知っていたよ」 「例えば、次にどう進めばいいのかとか……」 口元に小さな笑みを浮かべたまま、 クリスが俺を見上げる。 一度目を伏せた後で、視線を俺へと戻し。 「ジェイくんが、仲間になるはず じゃない人だった、とかね」 「……そうか」 俺は本来なら、勇者パーティーにいない存在。 そこまで、クリスは把握していたのか。 「だから、ジェイくんに興味を持ったんだ」 「まあ、当然だろうな」 仲間にならないはずの奴が、仲間に入った。 俺だって、そんな奴がいたら観察をする。 「それでジェイくんのことをずっと見てて……」 「いつの間にか、好きになっちゃった」 チラと俺を見上げて、照れくさそうにクリスが笑う。 「本当はね、先生は感情なんて持ってなかったんだよ」 「……そうなのか?」 「うん。先生は、ヒスイちゃんの旅をサポートする ための道具みたいなものだったからね」 「ジェイくんにとってのリブラちゃん、 みたいなものかな……」 「そうだったのか……」 だから、か。 いつだったか、クリスの視線がリブラの眼差しと 重なって見えたのは。 「こういう時はきっと楽しく感じる、 こういう時はきっと嬉しく感じる」 「そう予想して、振る舞っていただけ」 まるで気付かなかった。 いつもクリスは本当に楽しそうで、本当に嬉しそうで。 それが演技だったなんて……気付けなかった。 「だったんだけど、ね」 「……ん?」 「ジェイくんのそばにいる時は違ったんだ」 クリスの視線が空を向く。 星よりも更に高く、遠くを見上げるように、 目が細められて。 「本当に楽しく感じられたり、嬉しく感じられたり ……好きだって思えたり」 「……ううん。大好きだって思えた」 ぎゅっと手を握り締めながら、胸の中に あるものを慈しむように微笑んだ。 「そうか……本当の感情だったんだな」 クリスの告白めいた言葉を思い出す。 本当に感情を抱くのが初めてで、だからこそ 本物かどうか分からなかった。 そういうこと、になるか。 「俺が一番最初に影響を与えたのは、 お前だったのかもしれないな」 「かもね」 くす、とクリスが笑みを漏らす。 「ジェイくん、世界を変えられるって今も信じている?」 「当たり前だろ」 「だったら、先生もジェイくんのことを信じるよ」 頷く俺に対して、クリスはそっと目を伏せる。 「ジェイくんは、先生のことを変えてくれたから」 「だから……」 ジッと、クリスが俺を見つめてくる。 透明な眼差しではなく、しっかりと 熱をもった視線が、俺を見上げる。 「先生は、ジェイくんのことを信じる」 「世界だって、変えてくれるって」 「ああ。約束するさ」 クリスの肩に手を添えて、しっかりと頷く。 「世界を変えてみせる」 「ジェイくん……言葉じゃなくて……」 「ああ。行動で約束する」 どちらからともなく顔を寄せ合うと、静かに目を閉じて。 言葉ではなく、唇にて誓いを交わし合う。 最後の夜は、密やかに幕を下ろし――いよいよ、明日。 俺たちは、決着の時を迎える。 「こちらへどうぞ」 夕食の後、リブラに手を引かれてやって来たのは 宿泊に用いているのとは別の部屋だった。 「こう、俺が言うのもなんだが……いいのか?」 「何か問題でもありますか?」 「いや、使える部屋って一部屋だけだろ?」 普段はツッコミを入れたりはするものの……。 いざ別の部屋に入るとなれば、急に悪いことを している気になってしまう。 ……何故だろう。 「泊まるわけではないので、問題ありません」 「宿内を歩いていて、たまたま立ち寄っただけですので」 「あー……なるほどな」 一応、そういう言い訳は立つわけか。 いや、誰に向けての言い訳かは知らないが。 「まあ、それよりも話というのはなんだ?」 「なんだ、ではないでしょう」 俺を見るリブラの表情は、かなり 不服そうなものだった。 そ、そんな怒らせるようなことを言ったか? 「あなたは、わたくしから大事な返答を 聞かされていないのではありませんか?」 「……ああ」 そうだった。 リブラに告白はしたものの、その返事は まだもらっていなかった。 リブラの身に何も起きないように破る。 その後で、リブラから返事をする。 そういう約束になっていた。 「そうだったな」 「本の状態に戻ることが出来なくなりましたので、 無事とは言えません」 「よって、返答はしません。という 意地悪も出来るのですが……」 ちら、と俺を見上げてから、リブラが頬を染める。 恥ずかしそうに視線を壁の方へと逃がして。 「返事をしない、というのはわたくしが 我慢出来そうにありません」 「そ、そうか……」 この反応……期待をするなと言うのが無理だろう。 胸がドキドキと弾むように高鳴ってしまう。 「わたくしは……どうしても、あなたに 対して責任を感じてしまいます」 「それは変わりようのない事実です。 誰が許そうとも、きっと変わりません」 視線を逃がしたまま、リブラが ぽつぽつと口を開き始める。 誰が許そうとも変わらない。 その言葉に口を挟みかけて、我慢する。 まだリブラの言葉は終わっていない。 「ですので、わたくしはあなたの傍にいて、 尽くしたいと……そう思います」 きゅっと手を握り締めながら、 リブラが言葉を紡ぎ続ける。 独白のようでいて、俺に向けて語られる言葉。 「今の先にある『これから』の世界で、わたくしは あなたの傍で心地良さに浸っていたい」 「あなたを見守り続け、尽くし続ける。そうやって、 責任を果たしたい……そう願います」 壁へと逃げていた視線が、ゆっくりと動く。 俺の視線とリブラの視線が交わり、1つになる。 「どうか、わたくしをあなたの傍に ずっと置き続けてください」 「身も心も、あなたの物として捧げ続けます」 今のリブラの視線は、まっすぐであることに 代わりはないが、決して透明ではなかった。 しっかりと、熱の篭った眼差しで俺を見上げて。 「わたくしは……あなたのことを慕っています」 自分の持ち得る言葉を使って、懸命に 俺へと返事を返してくれた。 「リブラ……」 心の底から、温かい気持ちが湧き上がってくる。 所持者と魔道書という関係を互いに一歩踏み越えて。 大事な存在であると認め合えたことに胸が熱くなり。 俺は我慢出来ずに、リブラの体を抱き締める。 「わたくしがあなたを呼び寄せた。 そのおかげで、わたくしに会えた……」 「あの言葉を聞いた時……本当に馬鹿だと思いました」 「馬鹿は酷いな」 苦笑いを浮かべながら、リブラの体を強く抱き寄せる。 それに応じるように、リブラも強く抱き着いてきた。 「ですが……その言葉にひどく心を打たれた わたくしも……きっと馬鹿です」 「そんなわたくしの全てを委ねることが 出来るのは、あなただけです」 「お前を受け止めることが出来るのも、俺だけだ」 「……はい。きっと、そうです」 腕の中で俺を見上げ、リブラが小さく笑う。 「魔王様、お願いがあります……」 「なんだ?」 「このまま、わたくしの全てを受け止めてください……」 「あの時のように、熱に浮かされたわたくしではなく、 今の……ありのままのわたくしを、どうか……」 頬を赤らめ、瞳を潤ませながらの懸命な願いに、 頬へとそっと手を触れさせることで応える。 「分かっている」 きっと、そのためにこうして別の部屋へと 移動してきたのだろう。 そこまでお膳立てをされて、応えないわけにはいかない。 リブラが俺へと想いを寄せるように、俺も またリブラへと想いを寄せているのだから。 「お前の全てを受け止めさせてくれ、リブラ」 「……はい。あなたの全てを受け入れさせてください」 囁くように言葉を交わしあった直後、 どちらからともなく顔を寄せ合って――。 まずは唇で互いのことを受け止めあった。 「このまま……部屋に戻らなかったら、 どう思われるでしょうか……」 「そりゃあ……まあ、色々だろうな」 気怠さの残る体をベッドに横たえたまま、 囁くように言葉を交わしあう。 「クリス辺りは大喜びしそうだな」 「むしろ、もう気付いていそうですが」 「まあ……そうだな」 それは非常にありえる話だった。 想像するだけで、少し怖い。 「ともあれ、もう少し休まないことにはな」 「お互いに、疲労が濃いですしね」 ベッドに寝転んだまま、たわむれに リブラへと手を伸ばす。 「……負けられない理由が、1つ増えた」 「はい。絶対に負けないでください」 「繰り返しますが、約束を破ると わたくしは怖いですよ」 小さく笑いながら、俺の手をリブラが握ってくる。 互いに指を絡め合うように手と手を繋ぎ合う。 「……だろうな」 「怖い目に遭わないためにも、明日は……」 「ああ。どうにかしてみせよう」 明日の決戦にかかっているのは世界の行く末。 それに対するにはあまりにも 小さな約束と誓いを、交わしあう。 だが、きっとこれは世界にも負けないくらいに、 俺の中で大きく大事な物で。 最後の夜は、たわむれのような誓いとともに、 幕を下ろすのだった。 空は穏やかに晴れ渡っていた。 まるで、今日で何かが終わるとは 思わせないほどの青空。 このまま、何事もなく明日が続いていくと 錯覚するくらいに高く、青く。 空はただ、俺たちを見下ろしていた。 「もう一度確認するが、町中から 魔物がびっしり、なんだよな?」 「うん。それはもうみっちりだね」 神殿へと向けて歩む俺たちの道を 妨げる者はいなかった。 「近辺に魔物の気配はありません。神殿周囲に 集中させていることに間違いはないでしょう」 「町中にぎっしりってわけですね」 「どうでもいいが、言い方を統一しろよ」 びっしりだの、みっちりだの、ぎっしりだの。 とても集まっているというニュアンスは伝わってくるが、 各々で言い方が違うのは面倒な感じがする。 「では、ごっそりだな」 「それは意味が違うだろ」 ごっそりだと、逆にいなくなっている感じを受けてしまう。 町中が魔物でごっそり。うん、やっぱり意味が分からない。 「まあ、その辺りはともかくとして、今のうちに 色々決めておいた方がいいんじゃないかな?」 「どうやって、神殿まで辿り着くのかを」 「そうだな。出来る限り消耗は避けたいのだが……」 「神殿って、町の真ん中にありましたよね?」 「はい。ガイドブックの地図には、 そう記されていました」 ああ、そういえば初めて神殿に行った時、 こいつはガイドブック買ってたな。 あの時のことが、とても懐かしく思い出される。 「中央か……面倒な位置だな」 後方から回りこむことも出来なければ、 近道も出来ない。 「そうか? まっすぐに切り込んでいけばいいだけだろ」 「確かにその通りなんだけどね」 カレンの言うように、正面から切り込むのも 一つの手ではある。あるのだが……。 「消耗は避けられないでしょうね」 魔物たちとの戦闘は避けることが不可能だ。 確実に消耗を強いられてしまう。回復するだけの 猶予があればいいのだが……。 「他に有効そうな手がないのも事実、だな」 町の中央部分という立地条件もあって、奇襲もかけづらい。 精々が空から攻撃を行うくらいしか思いつかないが、 そのための手立てが俺たちにはない。 「ここは正面から堂々と乗り込みましょう」 ヒスイの明るく元気な声に、一同の視線が集まる。 「わたしたちは、一度同じことをやっています」 「一度やっている……?」 「はい。ジェイさんのお城に乗り込んだ時です」 「ああ、なるほど」 「それならば、確かに……って、いやいやいや」 「ジェイくん、どうかした?」 「いや、だってあの時って、ほら、 魔物とかほとんどいなかっただろ」 当時は、ほとんどの魔物が休暇を取ったり、グリーンと アクアリーフに蹴散らされたりしていた。 俺の城の周囲では、ほぼ戦闘は行われなかったはずだ。 「不思議なこともあったものですよね」 「本当にな」 この場の誰が悪いという話でもないので、 声を荒げたりも出来ない。 「たしかにそうだけど……他に手もないよね?」 「考えるまでもなく、ないな」 「お前、そもそも考えているかどうか怪しいだろ!」 「魔法使いは失礼だな。私だって、 色々と考えた末の結論だぞ」 「じゃあ、他にどんなことを考えたんだよ」 「まあ、それはさておきだな」 「露骨に流された!?」 くそっ、こいつ、変な技術を覚えやがって! 「ともあれ、対案はありませんね。現状では、 他に考えられる手はないかと」 「というわけで、真正面から乗り込む、 でどうですか? ジェイさん」 「……そうだな」 確かに他に手段がない以上、そうするしかない。 消耗を最低限に抑えつつ、正面突破。それに賭けるか。 「女神は世界を破滅させる魔王、という立場で俺たちを 待ち構える。そう言っていたよな」 「言っていたな」 「実際、女神様もノリノリだったよ」 「俺たちは勇者一行である。そうだよな?」 「まあ、一名は異世界の勇者ですが」 「それでも、勇者に違いはありません」 「わたしとジェイさん、勇者が二人です!」 ピッと、ヒスイが指を二本立てて、俺へと向けてくる。 「こそこそと、魔王の根城に忍び込む勇者っているか?」 「いませんっ!」 「少なくとも、先生たちは違ったね」 「正面から堂々と乗り込む」 「それが勇者という存在です」 だったら、俺たちが取るべきルートは決まったも同然だ。 「神殿まで、最短を最速で切り開き駆け抜ける。 つらい道のりだが、みんな遅れるなよ」 「ジェイさんこそっ」 「お前こそな」 「ジェイくんが、だよ」 「あなたが一番遅れそうです」 「……分かってるよ」 うん。まあ、確かに、俺が一番体力とかないんだけどな。 勇者になっても、それは相変わらずな ままなのが、若干つらいが。 「それじゃ、行くぞ。みんな!」 徐々に近づきつつある町並みを見据えながら、 俺たちは一斉に駆け出す。 頭上では、どこまでも続くような青い空が、 全てを見下ろしていた――。 「勇者サンダーッ!」 「切り裂くっ!」 ヒスイの雷と、カレンの斬撃が 立ち並ぶ魔物たちを薙ぎ払う。 魔物たちの包囲にわずかな隙間が生まれる。 「猶予は、およそ12秒です」 「すぐに囲まれる。急ぐぞっ!」 瞬間に、全員で駆け出す。 魔物の包囲を突破したと思った次の瞬間――。 「もう、次の魔物たちが来たね」 俺たちの行く手を、新たな魔物が阻む。 「“無なる臨界” グラビティ・ゼロ!」 即座に紡いだ呪文にて、立ち並ぶ魔物を蹴散らす。 討ち漏らした数体の魔物たちを。 「てぇいっ!」 「せやぁっ!」 ヒスイとカレンの二人が切り倒し、駆ける。 クリスの言葉通り、町中には雲霞のごとく 魔物たちの姿が溢れていた。 その全てが正気を失い、見境なく俺たちに 襲い掛かってくる。 「リブラ、方向はこっちで間違いないな!」 「はい。神殿には近付けています」 「最短は行けてるけど……最速ではないねっ」 統制の取れていない魔物たちは、俺たちの姿を 見かけ次第囲み、攻撃を仕掛けてくる。 秩序だっていない動きを繰り返すだけの 魔物を打倒するだけならば、容易い。 だが……。 「ま、また、出てきましたっ!」 「まったく……切りがないなっ」 ただ、ひたすら、圧倒的に、それだけを たのみとするかのように、数が多い。 純粋な物量。 魔物たちの武器はたったそれだけ。だが、その桁違いな 物量差が、徐々に俺たちにのしかかってくる。 「空から、来ます……!」 「“聖天の加護”」 地上の包囲に加えて、空飛ぶ魔物による包囲。 「“蒼天を打ち砕く” フォトン・クラッシュ!」 クリスによる防御と、俺の呪文での対空攻撃。 こちらに取れる有効な手立ては、極めて少ない。 そして、二人の手がそちらに取られるということは。 「倒し……きれないっ!?」 「また、新しい魔物たちが集まってきましたっ」 包囲を打ち破る手が、減ってしまうという現実。 「……まずいな」 このままでは、仮に突破出来たとしても 消耗が激しすぎる。 仕方ない……多少、強引にでも突破を試みるしかない。 「みんな、覚悟を決めろ。全力で突撃を仕掛けるぞ」 俺の声に、全員の顔に緊張が走る。 第一歩を踏み出すべく、足元を強く踏みしめた時――。 赤く燃え盛る紅蓮の炎が、空を焼き。 「……え?」 突如吹き荒れた突風が、大地を薙ぎ払い。 「これは……」 石畳を突き破り隆起する地面が、飛沫を巻き上げ。 「まさか……」 地中より湧き上がる水が、熱気を洗い流す。 「これは、心強い」 炎が、風が、大地が、水が。 魔物たちを打ち払い、薙ぎ払い、飲み込み、焼き尽くし。 「火の魔将、竜姫ベルフェゴル」 「風の魔将、蟲姫ベルゼブルッ!」 「土の魔将、死姫マーモン」 「水の魔将、海姫レヴィ・アン」 4つの姿が、俺たちの眼前に現れた。 「四天王……お前らっ!」 「お怪我はありませんか、皆さん」 「うししし。この程度の雑魚にてこずるとは、 甘いのう。小僧どもよ」 意外な増援に、驚きを隠せなかったのは 俺だけではなかった。 全員が目を丸くして、言葉を失う。 「えっ、ど、どうして……皆さんが」 「どうしてもこうしても、ないよ!」 「魔王様の窮地に、我々が動かぬわけがありません」 「だが、お前たちは……」 「それを言うのは何度目じゃ?」 「言っておくけど、まだまだ魔物程度には 負けないんだから」 「相手が多数とあれば、なおさらのこと」 「ああ、そういえば、そうだったね」 「な、なんで、私を見るんですか……」 「特に深い意味はないよ」 嘘だ。クリスの奴、明らかにマーモンが巻き込まれ まくった戦闘を思い出していやがる。 だが、そうか……。 この四人ならば、多数を相手取る戦闘に 長けているのは、身をもって知っている。 「魔王様、ここは……」 「ああ、分かっている」 ここで、四天王が駆け付けた理由は、俺たちと 共闘するためなんかではないはずだ。 俺たちを先に進ませる。ただ、それだけのために、 駆けつけたのであれば……。 「マーモン」 「頑張りますっ」 「レヴィ・アン」 「全て倒してしまって構わんのじゃろ」 「ベルゼブル」 「構わないのなら頑張る!」 「ベルフェゴル」 「魔王様、ご命令を」 四天王の名をそれぞれに呼ぶ。 四人の視線を受けて、短く息を吸い込み。 「お前たちに命じる。俺たちが神殿へと到達するまでの間、 この場で敵を殲滅せよ。ただし――」 「誰一人、捨て駒となることなく生還せよ。以上だ!」 「了解っ!」 俺の指示を受けて、四天王がそれぞれ 四方へと向けて駆け出す。 魔物の群れの中から躍り出してきたのは火の鳥。 その名と姿の通り、炎を食らい自らの力と 変える強力な魔物だ。 それに立ち向かうのは……。 「なんで、お前が行くんだよっ!?」 相手は火属性だぞ!? レヴィ・アンとか……せめて、 他の四天王が向かえよ! そのレヴィ・アンはというと……。 「だから、なんでだよっ!?」 水属性の魔物の中でも最大クラスの魔物。 殿様ダコとレヴィ・アンは対峙していた。 もう、あれか? こいつらわざとやっているのか? さらに他の戦場では、ベルゼブルの前には グレートデーモンが立ちはだかっていた。 いいのか? グレートデーモンの相手を 一人でしてもいいのか? あいつ、呪文を封じないと延々と仲間を呼び続けるけど、 ベルゼブルは呪文を封じたり出来るのか? そして、マーモンは……。 「うわぁ……」 よりによってな魔物に囲まれていた。 自らの行動回数を増やした上で補助呪文をかけ続けると いう凶悪な戦法を得意とする魔物だ。 他の魔物たちからは畏敬の念を込めて、『モトさん』と わざわざさん付けで呼ばれている。 ああ……マーモンは駄目かもしれないな。 「ジェイさん、わたしたちも!」 「あ、ああ……。あいつらが作ってくれた時間、 無駄にしないぞ」 「うん。終わったら、お礼しなきゃね」 「いい肉をごちそうしてやらないとな」 「というわけで、急ぎましょう」 全員で頷き合ってから駆け出す。 ここからどう進めば最短となるか、だが……。 「それなら、こっちが近道ですよー」 路地の方から、聞き覚えのある声が耳に届いた。 この声……まさか……。 「……やれやれ、あいつまでいるのか」 「行きましょう、ジェイさん」 「ああっ!」 何を考えているのか分からない奴だが、こんな場面で 誰かを裏切るような奴ではないだろう。 俺たちは、声のした路地へと向けて駆けこんだ。 路地へと駆け込んだ先、俺たちを 呼び込んだ声の主は――。 「くっくっくっく、引っ掛かりましたね。 ここがあなた方の墓場になるのです!」 思いっきり高笑いをしていた。 「そういうのはいいから」 「冷たっ! ジェイジェイ、冷たすぎますよっ!」 「いや、だってなあ」 「あなたが、自分のことを裏切るわけがないという 信頼と愛情の裏返しというやつです」 「まあ、ジェイジェイったら。ぽっ」 「ああ、うん。なんか、もう、そういうのでいいから」 愛情はともかくとして、信頼はしていないわけ でもないような気がしないでもない。 うむ。我ながら、自分でもよく分からないな。 「マユマユさん、どうしてわたしたちを この道に呼んだんですか?」 「よくぞ聞いてくれましたっ!」 「まったく、ジェイジェイはツッコミばっかりで 話を進めないんですから」 「そろそろ殴るぞ、お前」 「バイオレンスはご勘弁! というわけで、話を進めますと」 ついーっと、路地の先の方をマユが指差し。 「この先にするするーっと進むと、魔物に 囲まれずに安心に進めますよ」 「つまり、抜け道ってことか」 「そういうことです。諜報員らしい仕事も ちょろっとしませんとね」 普段は諜報員らしい仕事はやってなかったのかよ! 「ありがとう。とっても助かるよっ」 「いえいえ、お礼は現金で結構です。 というわけで、急いでこの道を進――」 マユが言葉を最後まで紡ぐ前に、辺りがうす暗くなる。 まるで、急に日差しを遮ったかのように――いや。 事実、俺たちの頭上で日差しは遮られていた。 「げげえっ!?」 太陽を覆い隠す巨体が、地面を揺るがしながら 路地の間に降り立つ。 魔物の中でも、強力な部類に属する幻想種――。 ドラゴンが、俺たちの退路を防ぐように見下ろす。 「こんなところで、デカブツの登場か」 「お、大きい……ですね……」 「切りごたえのある魔物ではあるな」 「でも、相手にはしたくない、かなあ」 群れの次は、巨大な魔物が相手か。 まともに相手はしたくない、が。 「逃がしてくれたりはしませんかねー」 ドラゴンの炎のような赤い瞳が、 ジッと俺たちを睨み付ける。 「まあ、無理でしょうね」 「ですよねー!」 簡単に逃がしてくれる相手とは思えない。 灼熱の息吹を吹きかけようと、ドラゴンが その頭を大きくもたげる。 「来る……っ!?」 咄嗟に身構える俺たちへと向け、 燃え盛る炎が吐き出され……。 それが、虚空で掻き消えた。 「え……?」 「先生が何かしたのか?」 「先生は何もしてないよ」 「ならば、これは……」 「クフフフフ……」 「この笑い声は」 ああ――そうか。そうだな。四天王が駆け付けたと いうのに、こいつが来ないわけがない。 この俺に、忠誠を誓う男が、来ないわけがない。 「お待たせいたしました、魔王様」 朗々と声を響かせながら――。 「アスモドゥス、ただいま参上いたしました」 近くの建物の扉を開けて、普通に出てきた。 「……お前、どこから出てきたーっ!?」 いかにもな雰囲気が台なしじゃないか!! 「ともあれ、魔王様。お仲間の方々。 ここは、わたくしめにお任せを」 「マユ。皆様を神殿へと」 「はいっ、了解しました!」 「あ……ですけど」 「ヒスイ、構わん」 竜の力をなくしたのは、アスモドゥスも同じなはずだ。 だが、俺がこいつにかけるべきは、 決して心配の言葉などではない。 「アスモドゥス。たかだかドラゴン一体、貴様に 任せるほどではないと思うが、どうか?」 「さようですな。たかが一体程度、 我が幻術の敵にございませぬ」 「ならば、アスモドゥス。我が右腕にして、 最強の参謀よ」 「なんでございましょう、我が主」 「存分に、その力を振るえ。多少物足りぬだろうが、 我に代わり我が敵を完膚なきまでに屠れ」 傲慢なまでに絶対な信頼。 俺がアスモドゥスにかけるべきは、 ただそれだけであり。 「かしこまりました、魔王様」 盲目なまでに絶大な忠誠。 アスモドゥスが俺に返すべきは、 ただそれだけだ。 「マユ、道を案内しろ。俺たちは先へ進むぞ」 「了解ですっ」 「いいのか……?」 「構わない。お前たちも知っているだろう、 あいつは四天王よりも強い」 「相手が単体であるのならば、なおさらだ」 「なるほど、確かに。でも、ジェイくん厨二っぽーい」 「いや、こう、そういう雰囲気だっただろ!」 決して、厨二とかそういうのではないはずだ。 そもそも、厨二という言葉が どういう意味なのかは知らないが。 「クフフフ。観客がたった一人というのは 少々物足りませぬが」 「虚実定かならぬ、幻影の演目。特等席にて、 楽しませてさしあげましょう」 朗々と語り上げながら、アスモドゥスが ドラゴンへと歩み寄る。 この空気の中、そんな言葉を言い続けられる 精神面の強さは、驚嘆に値する。 流石は幻術使いだ。 「見せてあげましょう。我が幻術を。そして――」 「魅せられなさい、我が幻影に」 ああ、なるほど。仮面を脱ぎながらそんなことを 断言されたら、負けるわけがないな。 「よし、ここは任せて先に進むぞ」 「そうしましょう」 この場をアスモドゥスに託し、俺たちは 神殿へと向かって駆け出した。 背後に、灼熱の気配を感じながら――。 「こっちです、こっちー!」 マユの導きに従い、俺たちはようやく神殿へと辿り着いた。 「ここに……女神様が……」 「うん。待っているよ」 「しかし、この辺りには魔物がいないのだな」 路地を抜けて、ここまで駆けてくる途中、 何故か魔物の姿を見かけなかった。 「交戦の跡は見受けられたのですが」 リブラの言うように、戦闘の痕跡と思しきものは、 多数見受けられていた。 俺たち以外に、誰かがこの近辺で戦って いたのだとは思うが……。 「お、来た来た」 「掃除は終わらせておいたぞ、小童ども」 大きな扉の前にて俺たちを待ち構えていたのは、 グリーンとアクアリーフの二人だった。 ちょうど、魔物の群れを一掃し終えたところのようだ。 「お二人も、助けに来てくださったんですか?」 「まあね。修行まで手伝ったんだし、その後で 知らない顔ってのも出来ないだろ」 「うむ。それに、近頃は暴れ足りなかったからな」 とてもすっきりしたような顔で、 アクアリーフが大きく頷く。 近頃は……? 十神竜の力を使って、思いっきり 暴れ回っていたような気がしたんだが……。 まあ、言わないでおくに越したことはない。 「ってなわけで、アタシたちの仕事はここまでだ」 「ここまで、とは?」 「後は貴様らに任せて、適当に暴れておくとしよう」 「それでいいの?」 「無論だ。決着を着けるのは、貴様らの仕事だ。 そうだな、小童よ」 「……ああ。後は俺たちに任せてくれ。 お前たちの分まで、引き受ける」 「それでいい」 息を吐き出すようにしながら、アクアリーフが にやりと笑みを浮かべて頷く。 ここまでの道を作ってくれた奴らがいて、 俺たちは今この場に立っている。 決着を他の誰かに譲るつもりなど、毛頭ない。 「それじゃ、私もここまでです。後は適当に こそこそと逃げたり隠れたりしておきますよ」 「あなたは来ないのですか?」 「行くわけないでしょ! 死んじゃいますって!」 「そこをもう一声」 「えー、それじゃー、思い切ってー、 行っちゃおっかなー」 「って、だから行ったら死ぬわー!!」 こいつら、本当に仲がいいな。 だが、ノリやらおふざけで連れて行くわけにはいかない。 ここは素直にマユは退かせておこう。 「まあ、無理はしなくてもいい。 無事に生き延びろよ」 最後に、ポンとマユの頭を軽く撫でておく。 「うおーっ!? ジェイジェイがデレたー!?」 「そんなんじゃねえって言ってるだろ!」 「いやー、デレたねー」 「うん。よく分からんが、デレたらしいな」 「デレてるみたいですねっ」 「よく分からないのに追従するなよっ!?」 最後の最後だというのに、本当に締まらない。 いつものように、適当な方向に話が流れてしまう。 「やれやれ。緩い奴らだな」 「アタシらだって似たようなもんでしょ」 「そうだがな。ともあれ、さっさと行くが良い」 「ちゃっちゃと、女神をブッ飛ばしてきなよ」 「です。頑張ってきてくださいねー」 「……そうだな」 ここまで来たからには、後は女神と対峙するのみ。 「それでは、行ってきます」 「吉報を期待していてくれ」 「頑張ってくるから」 「いつも通りに、ですね」 見送る三人へと口々に言葉を述べる。 「三人とも、ありがとう。それじゃ、行ってくる」 その言葉を最後に、俺たちは…… 女神の待つ神殿へと足を踏み入れた。 神殿の内部は、清浄としかいえない 空気に満ち溢れていた。 クリスが使っていた竜の力。それを更に 強くしたような、肌を突き刺す無の圧力。 ともすれば、止まりそうになる足を懸命に前へと進め……。 ――そして。 「ようこそ。ちょっと待ちくたびれたわ」 神殿の中――とうとう、光の女神アーリ・ティアと 対峙した。 圧倒的な清浄を纏い、その中央にて笑顔で佇む。 その姿、まさに女神と呼ぶにふさわしい威厳を持っていた。 「あ、やっぱりクリスちゃんはそっちに付いたのね」 「はい。そっちが面白いかと思って」 「面白いから、ね。流石だわ。そう言われたら、 咎めることなんて出来ないもの」 「さて……」 クリスとの短い会話の後で、アーリが一同を見渡す。 一人一人の顔を確認するように、じっくりと眺めて。 「もう、みんな何も言うことないわよね?」 こく、と首を傾ける。 「……はい」 「元より、剣で語るのみ」 「ありません」 答えを口にする者の顔へと女神の視線が向く。 最後に、俺がまっすぐに見据えられる。 「……俺の命と、それに託されたもの。 そして、それが紡いでいくもの」 「全ての『これから』を紡ぐために、世界の破滅 ……止めさせてもらう。アーリ・ティアよ」 「ふふっ」 俺の言葉を聞いて、女神が微笑む。 「啖呵は合格。だったら、後は中身の問題」 「気概も意思も、力を伴わないとまったくの無意味」 女神を中心として、渦を巻くように。 ぞわり、と空気が揺れる。 「創世の力を前に、どこまで出来るのか ……楽しませてもらおうかしら」 自分を楽しませろ、と。女神が口にする。 誰かの意思も、誰かの思いも、その上から全てを 塗りつぶす、自分が楽しむだけという言葉。 それに……押し潰されたくはない。 「……いくぞっ!」 揺れる空気を押し返すように、気迫を声に乗せて叩き込む。 世界の破滅を賭けた最後の戦いの幕は、 切って落とされた――。 「それじゃあ、見せてあげるわね。 女神の、世界すらも作る力を」 その一言で、ざわついていた空気が ピンと静まり返る。 肌を刺すどころではない。貫き、 抉られるような威圧感。 「くっ……!?」 女神は何もしていない。 何か行うとすれば、これからだ。 いわば、今は跳躍する前の助走の段階。 それなのに、俺たちはその威に圧倒されていた。 「これ、は……」 「驚いたでしょう? これが、本当の女神の力」 「そんな、馬鹿な……」 「ふふ、いい台詞。そういう言葉が聞きたかったわ」 「……借り物とは全然違う」 「そうね。クリスちゃんは使いこなすこと なんて出来ていなかったものね」 「特性の解析は……無理ですか」 「当然。この力はこの世界そのもの。世界という 枠の中にいて、観測出来るものではない」 「これこそが……」 「いわば、十神竜の祖にして、全」 女神の傍らに、それが姿を現す。 以前にクリスが使っていた時は全く異なる様相を呈す――。 「創世竜・バハムート」 世界を作る力。それが形となった、竜。 大きく広げた翼をわずかに羽ばたかせる。 それだけで――。 「ぐぅっ!?」 「きゃっ!?」 「なんだと……」 「強烈……だね」 「羽ばたいただけで、これほどとは……」 吹き飛ばされそうなほどの、強烈な風が吹き荒れる。 「さて、始めましょうかと言いたいところだけど……」 頬に指を添えながら、アーリが辺りを見渡す。 少しだけ考え込むように首を傾げて。 「ここでは狭いから、場所を変えましょう」 微笑みながらそう告げた、次の瞬間――。 ――周囲の様相が、一変した。 「……え?」 「わ、わたしたち……さっきまで、 神殿にいました……よね?」 「それなのに、どうして……」 「くす。そんなに驚くことかしら? 私は世界を作った女神なのに」 「これくらい朝飯前。そうよね、クリスちゃん」 「確かに……女神様なら、これくらい朝飯前、ですね」 「そういうこと」 何の前ぶりもなく、瞬時に俺たちごと 別の場所へと移動する。 そんな技法、この世界の誰も使えやしない。 十神竜の力を使ったマユならば、可能かもしれないが。 それにしても、規模が違いすぎる。 「……確認しました。確かに、先ほどの 場所とは全く別の場所のようです」 「疑り深いのね、アカシック・リブラリアン」 「もしかして、私が神殿の周りを焼け野原に 変えた、とでも思ったのかしら?」 「その可能性も考慮しました」 「信じてもらえないって辛いわ」 「あなたが気を許すに足る相手であるか、自分の胸に 手を当てて考えてみてはどうでしょうか」 「毒舌ね。女神様、悲しいわ。よよよ」 かなりわざとらしい口調とともに、 女神が自分の目元を押さえる。 その目から涙が流れていることなんて、 決してあるわけがない。 「戯言はそこまでにしておけ。アーリ・ティア」 「それじゃ、戯言ついでにいいことを 教えてあげるわね、ジェイドくん」 「私を倒しても、あなたにとっての 結果は変わらないわよ」 「……どういうことだ」 「仮にあなたたちが私を倒したとしましょう。その時、 私の持つ力は一旦誰かが奪わなければいけないの」 力の移動。それは、俺が十神竜の力を 得る時に体験もしたことだ。 「それがどうした?」 「つまり、この世界の支配権が誰かに移る 一瞬の間、空白が生まれてしまう」 「その間、世界の壁は薄れて、外から色んな物が 流れ着いてしまう可能性が起きるのよ」 「壁が薄れるのなら、それが道理だろうな」 「その結果、世界に何かしら致命的なことが 起きてしまうかもしれない」 「だから、世界の壁が戻った瞬間、あるべき物は あるべき場所へと帰ることになるの」 かつ、と女神が俺へと向けて一歩を踏み出す。 それだけで気圧されてしまい、短く息を飲み込む。 「つまり、あなたはあなたのあるべき場所へ。 あなたが元いた世界へと戻ることになる」 「俺の……元いた世界、に……?」 以前に、リブラはこの世界を小さな箱だと例えた。 その箱の中は、女神が作ったもので いっぱいに溢れかえっている。 世界の外から招かれた俺は、紛れ込んだ異物だ。 今はこうして、箱の中に押し込められてはいるが、 蓋が開いた瞬間に、異物は外へと押し出されてしまう。 いわば、世界の修正力とでも言うべき力によって。 そういうこと、なのだろう。 「ジェイさんが……戻る……」 「なるほど。結果的に同じ、か」 「そんなことがありえるのか、リブラ」 すがるような視線をリブラへと向けてしまう。 女神の言葉から、何か答えを導けると すればリブラしかいない。 「あくまでも可能性レベルですが、否定は出来ませんね」 「どうする? ジェイドくん。もし、勝ったとしても 君にいいことなんてないんだよ」 「元の世界に戻っても、色々大変だし。 絶対に君はどこかでつまずく」 かつ、と女神が更に一歩を詰める。 「勉強かもしれない、進学かもしれない、 就職かもしれない」 「どこでつまずくのかは分からないけど、 君は絶対に上手くいかない」 その言葉の意味は分からない。だが、俺の心が 標的にされていることくらいは……分かる。 「元の世界ではきっとモテたりはしないだろうし、 それどころか女の子と仲良くすら出来ないかもね」 「それでも、君は戦える? 未練も何もなく、 戦えるかしら?」 「俺、は……」 気圧される、飲み込まれる、動きが取れなくなる。 精神的な圧迫が、体を縛り付け、身動き一つ取れない。 更に一歩、女神が俺へと近付き――。 「せやぁぁぁっ!」 その刹那、カレンが女神の眼前へと躍り出る。 跳躍とともに、大上段に振り上げた剣を竜目がけて、 まっすぐに振り下ろしていた。 「カレンッ!?」 「迷いなく、思い切りのいい太刀筋。だけど――」 振りぬかれる剣は竜に届くよりも早く、 その寸前にて音もなく弾かれる。 「あの一撃が……届かない……」 「世界には届かない」 返す刀で、竜の尾がカレンへと叩き込まれる。 「うぅっ!?」 重い打撃音とともに、カレンの体はあっさりと 宙を舞い、背中から地面へと叩きつけられる。 衝撃でだろう。カレンの体全体が、ビクリと痙攣する。 「カレンちゃんっ! “祝福の陽光”」 カレンへと駆け寄ったクリスが、 即座に癒しの呪文を唱える。 「うぅ……助かった、先生」 癒しの光に身を包まれながら、 カレンが剣を支えに体を起こす。 「魔法使い。迷っている場合じゃないだろう」 「ここで戦わなければ、お前は死ぬんだぞ!」 「……そうだったな」 勝った時の場合を考えるのは、まだ早い。 戦いは始まってすらおらず、なおかつ負けた時、 俺に待っているのは死だけだ。 迷っている暇なんて、なかった。 「ヒスイ、サポートはクリスとリブラに任せるぞ!」 「はいっ、いきましょう。ジェイさん!」 カレンが先に示してくれたおかげで、 迷わずに前に進むことが出来る。 「いきますっ! スーパー・サンダー・ソード!」 「“漆黒の散弾”“黒炎の牙” ブラッディ・バレット!」 雷と闇、二つの魔力が螺旋を描くように竜へと迫り――。 「まだ、届かないわ」 長い尾によって、容易く撃ち落される。 「そんな……」 「まだだ、ヒスイ! 手を休めるな!」 「はいっ!」 一撃で駄目ならば、何度でも撃つのみ。 絶え間なく呪文を唱え続け、何度も魔力を打ち込み続ける。 だが――。 「おかしいわね?」 竜が広げた翼をはばたかせる。それだけで、 俺とヒスイの呪文がかき消される。 「と……届いてすら、いない……?」 「なんだと……」 驚愕に捕らわれる俺たちをよそに、 女神は不思議そうに首を傾けたまま。 「ねえ、アカシック・リブラリアン。 十神竜は集めてあるのよね」 「それで、この程度なの……?」 「……それは」 純粋に不思議そうに問いかけてくる女神の言葉に、 リブラが短く息を飲み込む。 十神竜を集めてもこの程度……? 「何が言いたいっ!」 「十神竜の力が全て集まった時、女神に匹敵する力になる。 そう聞いていると思うのだけど」 不思議そうな言葉に、背筋がぞわりと粟立った。 借りものだったクリスの力には確かに、 俺の呪文は通じていた。だが……。 「どうして、ちっとも通用していないのかしら?」 何故、今は通用しない――。 その疑問が、俺の体を貫く。 「あ……た、確かに……通用は……」 今、目の前で起きていることにようやく 気付いたように、ヒスイの顔が青ざめる。 「それがどうしたっ!」 「これは大問題よ」 横合いから剣を振るうカレンへと向けて、 女神が軽く手をかざす。 その動きに合わせるように、竜の翼が カレンを吹き飛ばした。 「どうしてかしら? 器が偽物だから? ジェイドくん だとやっぱり、駄目なのかしら?」 「そんなわけが……!」 あってたまるか。 奥歯を強く噛み締め、呪文の詠唱を始める。 今、出せるだけの、ありったけの力を込めて。 「“終焉の鐘を鳴らす音”“破滅の時を告げる声” “隔絶の針を唱える風”」 「インフィニティ・ゼロ・グランド!!」 俺の手から放たれる漆黒の閃光が、 竜もろともに女神の姿を飲み込む。 出せるだけの力を振り絞って放った呪文。 額に汗が浮かび、呼気が大きく乱れる。 「これなら!」 「届きましたっ!」 「無事ではすまないはずだ」 俺もそう思っていた――。 届いたはずだ、貫いたはずだ、通用したはずだ。 そう思っていた。 「――いえ」 だが……。 「……まだです」 漆黒の閃光が晴れた時、そこには 何一つ変わらぬ姿のまま。 何事もなかったかのように涼しい顔のまま。 女神が、立っていた。 「今のが……全力なの……?」 女神の声のトーンがわずかに落ちる。 沈み込むような声の響きに込められていたのは、 大いなる失望感で……。 「そ、そんな……今のが通用しない、なんて……」 「流石に、何も言えない……かな」 「一体、どうすればいいんだ……」 俺たちはただ、絶句するより他になかった。 「本当に、それで全力なの……?」 ゆらり、と女神の手が持ち上がる。 首を傾けながら、その視線が俺を刺し貫く。 背筋が冷えるような眼差し。 「……つまらない」 ゆら、と女神の手が動く。 それが引き金であるかのように、竜の口から 一条の白い閃光が吐き出される。 「つまらない……」 抑揚のない淡々とした声とともに、女神の手が動く。 また白い閃光が一条吐き出される。 「折角、楽しめると思ったのに。 わざわざ、待ち構えてあげたのに」 ゆらりと手が動くたびに、閃光が走る。 瞬く間に、幾重もの閃光が打ち出されていて――。 「なっ……」 それは、音もなく。 「え……」 それは、衝撃もなく。 「……あ」 それは、呆気なく。 三人の胸を、撃ち貫いていた。 「なんだと……」 胸を撃ち貫かれた三人が、その場に崩れ落ちる。 俺が反応するような猶予もなく、 気が付けば全てが終わっていた。 「……そんな」 リブラが声を震わせながら、小さく呟く。 女神との力の差……まさか、ここまで 圧倒的だったとは……。 「あなたに少しでも期待した私が馬鹿だったわ」 やれやれ、とでも言いたげな吐息を女神が 漏らした時、白い閃光が走り――。 俺に分かったのはそこまで、だった。 「……あ」 衝撃もなく、痛みもなく、ただ静かに、 体から力が抜け落ちていく。 だが、俺の体は倒れることなく、まるで空中に 縫い付けられたかのように微動も出来なかった。 全身に力が入らないままの直立という、おかしな体勢を 取らされる中、何かが地面に倒れ伏した音が耳に届く。 リブラもやられたのか、と胡乱な頭の中で思い描く。 「やっぱり、外の要因が入ると駄目ね。 次は、念入りに警戒しましょう」 歩み寄ってくる女神の姿が目に入る。動くことが 出来ないまま、それを呆然と見やる。 俺の目前にて足を止めた女神は、大げさに肩を竦めて。 「さようなら、ジェイドくん」 俺の顔へと、その手を伸ばしてくる。 ゆっくりと迫りくる手の平は俺の視界を 隠し――やがて、顔を覆う。 女神の指先にゆっくりと力が込められていく。 「この世界になんの影響も残さず、 綺麗さっぱり消え去りなさい」 その声が耳を打った瞬間、体が端からバラバラに なっていくような感触を覚える。 意識が溶けて、何かと混じりあっていくような錯覚。 ああ、俺は世界に触れられているのだ――。 なんて、益体もない考えが頭の中に 浮かび、そして……消えた。 ぐらり、と。ゆらり、と。 体が揺れては沈み、震えては浮かぶ。 そんな不思議な感覚。 自分がどうなったのか、なんてまるで分からない。 ただ、揺れて、沈み、震えて、浮かぶ中――。 大事な何かが引きはがされて、落ちていく。 「魔法使いも一つ食べるか?」 「なあ、魔法使い。お前の話を聞かせてくれないか」 それは誰かの言葉――。 「デートでもしよっか?」 「あははは、それにしても、情熱的な言葉だったね」 それは誰かの言葉――。 「というわけで、魔王様。貴方はごく普通に 勇者に倒されてしまいます」 「勇者と対峙したあなたが何を思い、どうするのか。 本当に気がかりなのは、それです」 それは誰かの言葉――。 「わたし、勇者ですからっ!」 「どうせなら前向きに、平和な世界を 作るみたいな覚悟をしてください」 それは誰かの言葉――。 失いたくない、誰かの言葉。 暗闇の中、一匹の竜が俺を見ていることに気付く。 お前は何者であるのか。それを問いかけるように、 18の目が俺を見やる。 俺、は……。 「正確には、勇者のようなもの、です」 「はい。ジェイさんはわたしたちにとっての、 もう一人の勇者だったんです」 俺は――。 「わたしは、この世界を救います。 みんなに、笑顔を届けるために」 「世界が壊れてしまったら……みんなを 笑顔にすることは出来ません」 「だって……みんなが、泣いてしまいますから」 俺は、あいつと同じだ。 似たようなことを、考えている。 だったら――。 「俺は生きて……『これから』の世界を繋ぎたい。 こいつらの覚悟が紡いだ先の世界を、繋ぎたい」 だったら――。 闇の中、竜の姿が浮かび上がる。 「――ッ!?」 不意に、その竜から懐かしい魔力をかすかに感じる。 その波長、その感覚、俺が忘れるはずもない。 例え、それが偽りであろうとも。 例え、それが虚飾であろうとも。 俺が忘れるはずもない。 「親父殿……」 この俺に後を託した人のことを。 この俺に『これから』を託してくれた人のことを。 例え、それが誤りであろうとも。 例え、それが幻影であろうとも。 「親父殿ッ!!」 俺を見守り続けた人のことを。 俺が、忘れるはずも――。 俺が、嫌うことも――。 俺が、否定することもない。 「俺は――」 体の感覚はなくとも、意識はもうろうとしていようとも。 俺はただ、手を伸ばす。 竜へと向けて――。 「俺は、世界を――」 そのための礎を親父殿が作ってくれて。 そのための方法をあいつらが導いてくれた。 だから、手を伸ばす。 「――超えてみせる!」 今を超えて、『これから』へ繋ぐために。 ただ、手を伸ばして。 俺はそこにある力を。 ――掴み取った。 まず、戻ってきたのは触覚。 伸ばした手が、誰かの腕を掴む。 「……え?」 次に、戻ってきたのは聴覚。 誰かの驚いたような声が耳に届く。 「ようやく……掴めた……」 そして――全ての感覚が、俺の体に一斉に戻ってくる。 顔を掴む女神の手を引きはがすために、全力で力を込める。 「こいつらが、届かせてくれた。俺を、世界に」 言葉や理屈ではなく、感覚で理解した。 こうして、世界を作り、世界そのものである力に触れて。 バラバラに、消えそうになって。 その寸前で、ようやく実感した。失いたくないものが、 ここにはある、と。 「何を言っているの……?」 「気付けば、簡単なことだった。俺がお前に届かなかった のは、勇者でも魔王でもなかったからだ」 「こ、答えなさい……っ」 俺の手を振り払いながら、女神が後方へと下がる。 その動きを補助するように、バハムートの尾が 大きくしなり、俺へと向かってくる。 「クズリュウ!」 その一撃を、俺が使役する竜が受け止める。 親父殿から託された、大いなる力。 「止めた……?」 「俺はこいつらから影響を受けて、こいつらに影響を 与えていた。下地はもう十分に出来ていた」 「後はただ、俺が受け入れる。 それだけで、良かったんだ」 「な、なにをかしら?」 「俺は世界を変えることを期待された ……勇者だということを」 簡単なことだった。とても、簡単なことだった。 ヒスイが魔王と戦った理由と、俺が女神と戦う理由。 差異はあれども、どちらも似たようなもの。 だったら、俺も高らかに名乗ればいい。 十神竜を束ねた力を、魔王ではなく 勇者として使えばいい。 「勇者は世界に影響を与える者。ならば、世界を作り、 世界そのものである力にも届く」 「私に匹敵する十神竜の力……それを 利用されちゃうとはね」 「面白いだろう?」 「……少しだけね」 自身の言葉通りに、女神がほんの少しだけ 楽しそうに微笑む。 「それともう一つ。お前の相手は俺だけと思うなよ」 「今の俺ならば、クズリュウに宿った力の全てを 完全に発揮出来る!」 「蒼天を飛翔せし、白き魔力よ!」 「……え?」 俺の宣誓とともに放たれた光の魔力に、 女神が目を丸くした瞬間――。 「神だろうと、世界だろうと、切り裂くのみっ!」 「スーパー・サンダー・ソード!」 ヒスイとカレンの剣が、同時に バハムートへと叩き込まれる。 中空にて押し留められることなく、 その切っ先が創世の竜を捉える。 「さっきまで倒れていたのに、いつのまに……?」 「ジェイさんの、勇者としての熱い 正義の叫びが起こしてくれました」 「うん。そんな感じだ」 「だけど、それだけで攻撃が届くはずは……あ、そうか」 「こっちも、正義の熱い叫びで、かな」 「ここはそういうことにしておきましょう」 そういうことにされてしまった。 だが、今はそれで良しとしよう。 「光竜・カンヘル。蒼天を舞う白い魔力は、 所有者を癒す光の力」 「本来は、俺だけを癒す光。だが……」 「なるほど。勇者は世界に影響を与える」 「互いに影響を与え合った。それが、 俺とあいつらの関係だ」 「だったら、味方に影響を与えるのも当然だろ」 「理屈にもなっていない。勢いのみの理論ね」 「悪いか?」 「悪いって言ったら、やめてくれるの?」 「やめるわけないだろ」 「だったら言うだけ無駄ね。第二回戦を開始しましょう」 バハムートが大きく翼を広げて、 音にならない雄たけびを上げる。 その全身より、白い閃光が幾重にも撃ち放たれる! 「幻竜・アジダハーカ!」 幾重にも生み出した自らの幻影を、 閃光の盾として――。 「影竜・ラプシヌクル!」 影の中に紛れ込むように、 閃光を潜り抜けて距離を離す。 「女神様、どうしても世界をやり直さないと いけませんかっ!」 閃光を剣で打ち払いながら、ヒスイが女神へと迫る。 「ええ。私の思い通りの世界じゃないもの」 「思い通りになる世界って、退屈になりませんか?」 「……え?」 ヒスイの声に、女神の動きが止まる。 その瞬間、ヒスイの剣がバハムートを捉える。 「先がどうなるか分からないからこそ、面白い」 自分の周りに張り巡らせた光のカーテンで 閃光を弾きながら、クリスが言葉を紡ぐ。 「どういう終わり方をするのか、それも 分からなければもっと面白い」 「だから、ジェイくんの方に付いたんですよ。女神様」 静かな言葉とともに、モーニングスターでの 打撃が竜を撃つ。 「終わり方が分からないことは不安ではないの?」 「不安だ。自分がどうなるか分からない。 だからこそ――!」 カレンが短く跳躍する。背に付くほどに 剣を大きく振りかぶり。 「懸命に努力を積み重ねる!」 自らを狙う閃光を断ち切り、カレンの剣が竜を穿つ。 「筋道の分かりきった物語を高みより眺める。 観測者としては正しいあり方です」 「ですが、そのうち退屈しますよ」 自らへと届く閃光を、描いた魔法陣にて打ち消しながら、 リブラがカレンの言葉を引き継ぐ。 「筋道のない物語を紡ぎ手たちと共に楽しむ。 それをお勧めします」 「それは、あなたの願望でもあるのかしら。 アカシック・リブラリアン」 「そうですね。わたくしも、少々一人には 飽きてきたところですので」 「……そう」 静かに頷いた女神の視線が、俺へと向く。 「ジェイドくん。ちなみに、最初に 言ったことは本当よ」 「君が勝ったとしても、かなり高い確率で君の存在は 弾かれてしまう。それでも、戦える?」 「考えるだけで怖い話だ。だがな……」 「ここで俺が手を止めて、ためらって、何もしなければ、 この世界の全てに顔向けが出来なくなる」 俺の傍らにそびえたつ竜へと手を伸ばす。 託されたものを、裏切ることなんて出来ない。 俺は勇者なのだから。 「だから、俺はここでお前を倒す。お前を倒して、 ここから先へと世界を繋げる」 「お前も楽しめる。そんな世界へと、な」 こいつらが俺を救ってくれたように。 俺も望みさえすれば、女神を救うことが 出来るのかもしれない。 傲慢な考えかもしれないが――勇者は、 それくらいでちょうどいいだろう。 「どう転んでも私にとっては得になる、か」 「少しだけ、悪い気がしてしまうわ」 「だが、手加減するつもりはないだろ?」 「ええ。今の私は女神魔王だから」 「魔王らしく、手加減はしないわよ」 創世の力を誇る竜が、全身に力をみなぎらせる。 本気で手加減をするつもりなんて、ないらしい。 「“深淵たる狭間にて、深く眠りし一の竜――”」 「ジェイさん!」 女神に応えるように、詠唱を開始する。 「“彼の者、闇よりも濃く血よりも鮮やかな、 二の翼を持ち――”」 あの時――ヒスイたちと魔王として戦った時に 用いようとして、使えなかった呪文。 「“彼の者は三の死を経て、深きへ至り――”」 「魔法使い」 クズリュウの。そして、俺の持ち得る、最大の呪文。 「“四つの世界、全てを憎み、嘲り笑う――”」 最後を飾るには、それが相応しいだろう。 「“己さえ蝕む、五種の毒に身を浸し――”」 「ジェイくん」 朗々と、俺の声が響き渡る。 クズリュウの頭に一つずつ、魔力が宿り始める。 「“六つの目にて、世界を睥睨せん――”」 親父殿から受け継いだ『世界を超える』ための呪文。 本当に使うべきは、今だった。 「“鈍く尖りし、七つの牙をくねらせ――”」 「魔王様」 力を貸してください、親父殿。 そして、どうか見守っていてください。 「“彼の者が重ねしは、八つの大罪――”」 仲間たちそれぞれの言葉と思いを胸に――。 「“全て解き放て――”」 ――俺は、世界を超えるッ!! 「解き放て――!」 「“九頭竜!!”」 「バハムート!!」 白と黒、二つの魔力が極大の閃光となって、 全ての物を染め上げる。 二色に染め上げられる世界の中――。 「ヒスイ、カレン、クリス、リブラッ!」 「ふふっ、先生たちの力も必要だよね」 「いくらでも貸してやるさ」 「世界へと届かせましょう」 「正義の光をっ!」 「いくぞ!」 二つの光が収束して――。 「俺は……俺たちは、世界をここで 終わらせなんてしないっ!」 「今、ここから繋がる未来を…… 『これから』を紡ぐために……」 「お前を、超える。アーリ・ティアッ!!」 黒の爆発が、全てを飲み込んだ――! 「そんな……押し切られたっ!?」 安寧をもたらす漆黒が、空間を優しく染め上げる。 創世の竜を、九つの頭を持つ竜が飲み込む。 「お前に言っておきたいことがある」 漆黒に飲み込まれながらも色彩を 失わぬ光の女神へと目を向ける。 感覚が薄れていく中、声を発する。 「ありがとう、女神アーリ・ティア」 「……あ、えっ?」 「お前がこの世界を作ってくれたおかげで、 俺はこいつらと出会えた」 俺は、静かに感謝の言葉を紡ぐ。 「お前の気まぐれのおかげで、俺は大事な物を 手に入れることが出来た」 ろくでもない、とんでもない、許せない。 女神の行為を、何度も何度も繰り返し思った。 だが、一番最初にこいつが世界を創造していなければ ――何もないままだった。 「お前に対して抱いたものを全て忘れ去るとは 言わない。だが……」 怒りに任せたままに、こいつを倒す。 それは、俺には出来なかった。 「感謝するくらいなら、俺にだって出来るさ」 「だから……だから、ありがとう」 その言葉を最後に――。 俺の意識は、黒の波の中に落ちていった。 「ここ、は……」 気が付いた時、俺の体は宙に漂っていた。 「空……?」 この現象に覚えはあった。というか、 ついさっき経験したばっかりだった。 俺が死にかけた時、あるいは苦しんだ時。 その時に感じた、感触。それが俺の身を包んでいた。 「だが――」 漂う感触はあるものの、空へと昇るような感触はない。 ふらりともゆらりともせずに、ただ空中に放り出されて 浮かんでいるだけの感覚。 その中で一つだけ相違点を上げるとすれば、空の位置。 「空が……下にある」 上方ではなく、遥か下方。 俺は、暗い空を見下ろしていた。 見上げることしか出来なかった空が、 今は足元に広がっている。 「なんだ、これは……?」 「ここが、無限の空です」 誰かが俺に声をかけてくる。 空を見下ろしていた視界に割り込んできたのは ――リブラの姿。 「無限の空……」 「以前に話したと思います。わたくしが世界を 見下ろし、観測を行っていた場所」 「どの世界にも属さない、世界と世界の狭間」 「それが……ここ、というわけか?」 「はい」 世界に流れ着く前に、リブラが観測を行っていた場所。 空より遥か高みに存在すると聞いていた――無限の空。 なるほど、ここからならば世界の全てを 一望することすら出来そうだ。 空を足元に見下ろすことすら出来るのだから。 「ここには時間の概念はありません」 「手の届かない位置にある世界をただ 観測することだけが許される場です」 「なるほど。退屈な場所だな」 「わたくしも、そう思います」 時間すらない場所で、手の届かないものを 見るだけしか出来ない。 これは……退屈を通り越して、苦痛しか覚えない。 「そこに俺がいる、ということは……」 「はい。女神の言ったことが起きた、ということです」 「……そうか」 世界の壁が修復する際に、あるべき物は あるべき場所へと帰る。 だから、俺は自分のあるべき場所へと…… あの世界の外へと、弾かれてしまった。 「……そうか」 もう、あいつらと一緒にいることが出来ない。 あの世界で紡がれる『これから』を 見守ることしか出来ない。 それがとてもつらく、歯がゆい。 「お前はどうして、ここにいる?」 「あなたを探しておりました」 「……ああ、そうか」 こいつも、世界の外から来た存在。 だから、俺と同じように世界から弾き出されて、 ともに弾かれた俺を探していた、か。 「手の届かない位置にある世界をただ 観測することだけが許される場……」 先ほどのリブラの言葉を繰り返す。 「……観測することだけは許される。 それが不幸中の幸いか」 共に過ごすことが出来ないのであれば、 せめてここから見守りたい。 あの世界の、未来を――。 「いや、そういうのはいいですから」 万感の意を込めた呟きを、あっさりとリブラに否定される。 「……え?」 「悲壮な決意とか、そういうのどうでもいいですから」 「は? い、いや、ど、どうでもいいって どういうことだよ!?」 否定されるだけならまだしも、どうでもいいと まで言い切られてしまった。 どこか呆れたような調子で、リブラが肩を 竦めるのを黙って見る。 「これはほら、そういうアレではありませんから」 「そういうアレってなんだよ!?」 「そこに突っ込んだら負けです」 「だったら、どこにツッコミ 入れたら良かったんだよ!!」 本当に、どうツッコミを入れていいのか分からない。 こいつは俺に何を求めているのだろうか。 というか、こいつは何を言いたいんだ? 「さっきも言ったように、わたくしは あなたを探しに来ました」 「他の方々に頼まれて」 「え? じゃあ、お前、世界から 弾き出されてとかじゃなくって?」 「はい。弾き出されたのは、あなただけです」 「はぁぁぁぁっ!? なんでだっ!?」 「さて。力の中心地にいたからではないでしょうか」 「そんな理由かよっ!?」 「ともあれ、ほら、行きますよ」 有無を言わさぬ調子で、リブラが 俺の手を強引に握り締める。 「行くって、どこにだよ……?」 「だから、先ほど言いましたよね。わたくしが、世界 から弾かれたとかあなたが勘違いしている時に」 「確かにそうだけど、勘違いしていたとか言うなよ!」 「やれやれ。本当に話が進みませんね」 「誰のせいだよっ!?」 少なくとも、俺のせいではないはずだ。 などと思っていると、ぐいっと手を引っ張られる。 「もう一度繰り返しますが、わたくしは 他の方々に頼まれたのです」 「あなたを連れて帰ってきてほしい、と」 「……え?」 リブラの言葉と、急に体に襲い掛かってきた浮遊感。 その双方に、驚きの呟きを漏らす。 「というわけで、落ちますよ」 「落ちるって、お前……!?」 リブラの言葉通り、浮遊感が反転して――。 「おおおおおおっ!?」 全身を、高速で落下する感覚が襲う。 足元に広がっていた暗い空へと向けて、体が落下していく。 「戻りましょう。あの世界へと」 リブラの呟きが耳に届く中――俺の意識は、 空白の中に飲み込まれていった。 「着きましたよ」 リブラの抑揚のない声に、いつの間にか 閉じていた目をうっすらと開く。 まぶたを持ち上げるにつれて、視界の中に 飛び込んでくるのは光に満ち溢れた――。 「ジェイさーんっ!!」 「ごふぁっ!?」 風景よりも何よりも早く、みぞおちの 辺りに強い衝撃が走る。 「おおおおっ!?」 鈍い痛みに呻き声を漏らしながら、 床の上に背中から倒れ込む。 なんだ? 俺は一体、何をされたんだ!? 「良かった! 戻ってきてくれたんですね、 ジェイさん!」 「ヒスイ……?」 腹部に感じる重みへと視線を向ける。 涙を浮かべながらも、満面の笑みを 浮かべたヒスイの姿が目に入る。 察するに、俺が戻ってきたことが嬉しくて 飛びついてきた、と言ったところだろうが……。 「せめて……もう少し……優しく……」 それにしたって、抱き着くのならせめて胸だろう。 何故、腰に両腕を回すように突っ込んでくる。 明らかにタックルじゃねえか! みぞおちへの衝撃は、頭突きかっ! 早速、俺の命を狙ってきたのか! こちとら、高レベルの勇者のタックルを 受け止めきれると思うなよ! 「ジェイさん……会いたかった……会いたかったです!」 胸中には幾つもツッコミの言葉が 浮かんできたが……。 「……ああ。俺もだ」 ぼろぼろと嬉し泣きの涙を零すヒスイを見ていると、 余計なことは言わないでおこう、と。 そんな気分になってしまう。 ぽん、とヒスイの頭を軽く撫でる。 「先生もだよっ」 「心配をかけさせて……この馬鹿っ」 油断をした瞬間、更にカレンとクリスの 二人が俺に飛びついてくる。 というよりも、むしろのしかかってきた、 と言った状態に近い。 「ぬおおおおおっ!?」 三人分の圧力が、俺の体にかかる。 あ……この感覚、覚えがある。 確か、俺が一度負けて目覚めた時にも、 こんな流れになったはずだ。 「ちょ、待て、お前ら……!?」 「待つわけないだろ! 今まで、散々 私たちを待たせたくせに!」 ぎゅっと、カレンがしがみつくように腕に力を込める。 痛い! 痛いって! 痛いわっ!! ああ……だけど、体の柔らかな感触が押し付けられて……。 やっぱり、痛ぇぇぇっ!? 「ま、待たせたって……ど、どういうことだ……!?」 「お前……自分がどれだけいなくなって いたのか知らないのか?」 「……え?」 ほんの少しの時間いなくなってた、くらいじゃないのか? もしかして、かなりの時間が 経過していたのだろうか? 「大体、二か月くらいかな」 「そんなに……?」 ということは、もしかしてあいつ、そんなに長い間、 俺のことを探していたのか? 無限の空と呼ばれる場所を、何の手がかりもないままで。 そんなの、砂の海の中から針を探す ようなものじゃないか。 「…………」 一瞬、礼を口にしようとしたが、すぐに思いとどまる。 ここで俺が何か言ったところで、あいつは 澄ました顔でとぼけるだろう。 だったら、ここは俺もあえて 気付かないフリをしておこう。 それが俺たちらしい。 「って、いたたたっ!?」 クリスが掴んでいた腕に、急に痛みが走った。 まるで関節を逆に捻られたかのような……って、 こいつ、明らかに関節技をかけている!? 「先生は力がないから、技術で勝負だよっ」 「いやいやいや、勝負とかそういう話じゃないだろ!?」 「でも、胸が当たって少し気持ちがいいでしょう?」 「…………」 まったくもって否定出来ない。 クリスに捻られている腕には、かなり大きくて 弾力のある感触がぐいぐいと押し付けられている。 痛い。だが、気持ちがいい。これは、一つの矛盾である。 「わ、わたしだって負けませんからっ」 「その……す、少しくらいなら、私だって」 「ぎゃあああああっ!?」 クリスに対抗してかは知らないが、ヒスイとカレンの 二人も俺の体に強くしがみ付いてくる。 二人の腕がギリギリと、俺の体を締め付ける。 その分、密着は出来るわけで、こう、素敵な感触を 味わえるのだが、それ以上に痛い。 かなり痛い。かなりというか、とても痛い。 「だ、誰か助けてくれ……」 「いやー、もてもてですねー」 頭上から淡々とした言葉が振ってくる。 かろうじて動く首を動かして、そちらを見ると――。 「わたくし、ヤキモチで大変ですー」 少し離れた場所で、リブラがかなりの 棒読み口調とともに俺を見ていた。 「う、嘘吐けっ! やいてなんかいないだろ!」 「見てないで、助けてくれ……!」 必死に懇願の声を上げるも。 「つーん、です」 相変わらず棒読みなままであったが、リブラは 動くことなくただ傍観に徹していた。 え……? あれ……? も、もしかして……? 「皆さん……嬉しいのは分かりますが、 それくらいにしておきましょう」 代わりに助け船を出してくれたのは、 意外にも女王エルエルだった。 消えていたはずの女王が元に戻っていることに安堵すると 同時に、ここが王城であることにようやく気付く。 なんて場所で、なんてことをしてたんだよ。俺たちは……。 「はーい。後でたっぷりとすればいいよね」 後でっ!? 「命拾いしたな」 殺す気っ!? 「後でもっとしますっ」 かぶったっ!? 「と、ともあれ……すまない、女王。助かった……」 女王に返事をしながら、三人が俺から離れたことで、 ようやく解放される。 ああ……体が、軽い。 軽く咳き込みながら、よろよろと立ち上がる。 「いえ。ただ、出来ればそういう行為は、時と場所を 選んでいただければ、とは……」 「……すまない」 俺に言われてもなあ、とは内心で思うだけに 留めて、頭を下げておく。 まあ、心配をかけたのは確かだ。 「それで、魔王……ではなくて、勇者 ……それとも、魔王……?」 「いや、好きな方でいいから」 いきなり迷いだす女王へと、思わず素で言葉を返す。 「では……勇者よ。事情は全て聞かせていただきました」 「この世界にとって、より良い未来を紡いでいきたい というあなたの思い、共感いたします」 女王は俺の目を見ながら、柔らかく微笑みかけてくる。 「これより先……いずれ、人と魔物が共存出来る世界。 そこを共に目指しましょう」 そのまま、女王が手を差し出してくる。 「ああ。よろしく頼む」 その意図は問わずとも、理解出来た。 差し出された手をしっかりと握りしめて、 女王の気持ちに応じる。 「では、勇者よ。あなたのことを待っていた方々に、 顔を見せて来なさい」 「たくさん、いらっしゃるのでしょう?」 「……そうだな」 俺を待っているであろう奴らの顔を思い浮かべながら、 女王に頷きを返す。 あいつらにもきっと心配をかけたに違いない。 「よし、みんな。少し付き合ってくれ」 「世話になった奴らに、礼を言いに行くぞ!」 振り返りながらの俺の言葉に――。 「はいっ」 「ああ」 「うんっ」 「行きましょう」 仲間たちは、笑いながら頷きを返してくれた。 「ここに……いるのか?」 「うん。きっと、会ったらびっくりすると思うよ」 まず、俺たちが向かったのは神殿だった。 クリスに案内されて、大聖堂の中へと足を踏み入れる。 そこにいたのは――。 「あら、ジェイドくん。戻ってきたのね」 「アーリ・ティア」 光の女神、アーリ・ティアだった。 「どうしたの? 不思議そうな顔をして」 「私も楽しめる世界に繋げる。そう言ったわよね?」 「ああ。そうだったな……」 「だから、こうして私も参加することにしたわ。 女神の力も失ったし」 「普通のアイドルとして、ね」 「…………は?」 普通のアイドル……? なんだ、それ……? 「あ、アイドルって言うのは、とっても歌が上手くて 人気がある人のことらしいですよ」 「吟遊詩人のようなものだな」 「え、でも、それって普通……なのか?」 「普通よ」 「そ、そうか……」 とても歌が上手い人気者を普通って呼んでいいのか? というか、人気者って自分で名乗っていいものなのか? なにか釈然としない。 「まあ、無害になったので問題ないかと」 「そうそう。女神様も普通の女の子なんだよ」 「あら。駄目よ、クリスちゃん。私は もう女神じゃないんだから」 「普通のアイドル、アーリ・ティアよ。よろしくねっ」 流石は元光の女神と言うべきか ……順応性高いな、こいつ。 「……あれ、そういえば女神の力は、一体誰が……?」 確か、女神を倒した後で誰かが一旦奪わなければいけない、 ということになっていたはずだが。 「あ、わたしが引き継ぎました」 「勇者だしね。元々の素質はある程度あったのよ」 「そうか、ヒスイが……」 「ヒスイなら、安心出来るからな。 私だと、危なっかしいだろうし」 「先生でも良かったんだけどね」 「わたくしでも一向に構いませんでしたが」 クリスとリブラの二人に任せるのは、 若干危険な感じがしてならない。 「ヒスイなら、確かに心配は要らないな」 「はいっ、わたし、頑張りますっ!」 「絶対に悪用なんてしませんっ!」 「そのうち、女神になっちゃった弊害とか出るかも しれないけど、その時はみんなで頑張ってね」 「ああ。その時はまた、全員でどうにかするさ」 「ならば良し、ね。ちゃんと、私が 楽しめるような世界にしてね」 「もしも、退屈な世界になったりした場合は……」 「分かっている」 そんな世界になることなんて、きっとありえない。 強い確信を胸に抱きながら、俺は頷きを返すのだった。 「うん……? あれは……」 次の場所へと向けての移動中、カレンが 何かに気付いて足を止める。 その視線の先を追うと――。 「おっ?」 「……あれ?」 どうやら、向こうも同じタイミングで気付いたらしい。 グリーンとアクアリーフの二人が、 きょとんとした顔をこちらに向けていた。 「よう、二人とも」 「よう、じゃねえよ。なんだ、帰ってきてたのか?」 「いなくなったって……聞いた、けど……」 片手を上げながら二人がこちらへと歩いてくる。 「たった今、戻ってきたところです」 「今は、色々と顔を見せて回っている最中です」 「お礼参り、ってやつだね」 「お、いいな。アタシ、お礼参り好きだぜ!」 「うん……私も、得意」 「二人が言うと、少し違った意味に聞こえるな」 まったくだよ。心の中で、カレンに同意しておく。 「二人には、今まで色々と世話になった」 「これからも迷惑をかけるかもしれないが、 その時はよろしく頼む」 「うん……よろしくされました」 「まあ、こっちにいる間は気が向いたら 手助けしてやるよ」 こっちにいる間は……? 確かに、二人は旅人なのだが。その言い回しには、 少し引っ掛かりを覚えてしまう。 「ところで、以前より尋ねてみたかったのですが……」 「お二人は一体、何者なのですか?」 「何者……か」 「うーん。まあ、いいんじゃないかな」 リブラの問いかけに、二人は一度顔を見合わせて。 「大体、察しは付いてるだろ。世界のほころび…… あれ、歪みだっけ……?」 「確か……両方の言い方、してた気がする、かな」 「だっけ? まあ、そういうアレだよ、ほら」 世界のほころび、歪み、矛盾。 言い方に差異はあれども、それに指摘し――。 世界の常識に囚われない破天荒ぶり――。 「まさか……」 「おっと、それ以上は内緒な。つうか、 どうでもいいだろ、そんなことは」 「ミステリアス系……二人組なのでした……」 はぐらかすような物言いに、思わず 苦笑いを浮かべてしまう。 「つうわけで、またどこかでな」 「運が良かったらまた……ね」 確かに、この風のように自由な二人組にとっては、 そんなことどうでもいいかもしれない。 などと、それこそ風のように去って行く二人を 見送りながら、俺は一人で思うのだった。 「さて、ここは後回しにするか」 到着早々、くるりと背を向けて 立ち去ろうとするのだが――。 「駄目ですよ、ジェイさん!」 「ここまで来て、何を言うんだ。お前は」 「というか、最初に来るべきだったんじゃないかな?」 三人に押し留められてしまう。 「いや、まあ、確かにそうなんだが」 何故だろう。俺にとって自宅であるはずの 場所が一番危険に感じてしまう。 おそらく、俺はここで死ぬ。ツッコミしすぎて、とかで。 「みなさーん、魔王様がー、戻ってきましたー」 ……あ。 「なんですとーっ!?」 「ま、魔王様がっ!!」 「ほう。手土産の一つも持ってきたのだろうな」 「ほ、ほほ、本当ですかっ!?」 「やった! 魔王様が戻ってきた!」 いきなり、総出で出てきた!? 「お前たち、心配をかけてすまなかった」 「皆の者、魔王様を胴上げするのだっ!」 「……って、えええええええっ!?」 え? ど、胴上げ? 「かしこまりました。全力でやります」 「わーい、胴上げだー! 胴上げだー!」 「ちょっと我慢してくださいね、魔王様」 「なに、痛いのは最初だけじゃ」 「胴上げが痛いって何事だよっ!?」 思わずツッコミを入れてしまった間に、 あれよあれよと俺は四天王に周囲を囲まれて。 「魔王様ー! ばんざーい!」 「ばんざーい!!」 「おおおおっ!?」 あっという間に、胴上げが始まってしまった。 いや、まあ、それは別に構わないのだが……。 「お前ら、高いっ! 高いっ!?」 魔族の力で、本気の胴上げをされてしまうと、俺の体は かなり高いところまで飛び上がってしまう。 飛んだり、浮いたり、落ちたりな感触を、ここ最近で 随分と体験している俺にとっては、怖いことこの上ない。 もう……落ちるのは……嫌だ。 「胴上げ、やめっ!」 アスモドゥスの号令によって、四天王が一斉に 胴上げをやめて、俺を地上へと戻す。 統率は完璧なようで何よりである。 ……怖かった。 「ご帰還、心よりお待ちしておりました。魔王様」 「今まで心配をかけたな、アスモドゥス」 「何を仰います、魔王様。我々は命の続く限り、 忠誠を誓い続ける者」 「『これまで』よりも膨大な時を積み重ねる 『これから』の果てまでお供いたします」 アスモドゥスの言葉に、四天王が揃って頷きを向けてくる。 その顔はやはり、誰もが笑っていて。 「……そうだな。『これから』もよろしく頼むぞ」 「俺の次代も、さらにその先まで、永劫にな」 「心得ました」 深々と、アスモドゥスが頭を垂れる。 これから先も、変わらぬであろう忠誠を、 この場で改めて固く誓う。 「それで、だ。そういえば、騒がしい奴が 一人見当たらないんだが……」 こういう時、真っ先に飛び出してきて 騒ぎそうな奴の姿だけが見受けられない。 どこに行ったのかと、辺りを見渡した時――。 「わっはっはー! 誰が魔王ですって!」 高笑いとともに、そいつが城の中から出てきた。 「魔王の座は、すでにこの超銀河プリティ魔法美少女 マユマユのものです!」 「我が前にひれ伏しなさい! 時代遅れの、旧型ガラケー魔王!」 「ほう。それはつまり……」 「俺に喧嘩を売った、という解釈でいいんだな?」 「やだなー、冗談に決まってるじゃないですかー」 「このお城も、魔王の座もジェイジェイのもの ですよー、てへぺろー」 変わり身はやっ!? 「ナイス、手の平返しです。マユマユ」 「サンキューです、リブラン」 二人が、びしっと親指を立て合う。 本当に変に仲いいな、こいつら。 「ところでー、ジェイジェイ」 「なんだ」 さっきからの連続ツッコミに、若干の疲労を 覚えながらマユに返す。 「ジェイジェイは意外とうっかり屋さんなので、 大事なことを忘れている気がするんです」 「大事なこと……?」 「帰ってきたら、真っ先に言うことが あるんじゃないでしょうか?」 「……ああ」 そういえば、そうだ。本気でうっかりしていた。 大事な言葉を言うのをすっかり忘れていた。 「そうだった……」 ようやく、そのことを思い出しながら、向き直る。 ヒスイ、カレン、クリス、リブラ。 俺の大事な仲間たちに、真っ先にこの言葉を 言わなければいけなかった。 四人もその言葉を待ちわびるかのように、 俺をジッと見てくる。 「その、なんだ……」 四人の顔を改めて見渡す。それだけで、 自然と笑みがこぼれてきて。 「……ただいま」 その言葉を、素直に口から出せた。 四人は全員が満面の笑みを浮かべて。 「おかえりなさいっ!」 俺にそう、返してくれるのだった――。 「ジェイさーん! はやく、はやくー!」 吸い込まれそうなくらいに綺麗な青空の下――。 天に輝く太陽にも負けないほどの笑顔で、 ヒスイが俺の名を呼ぶ。 「あんまり急ぎ過ぎて転んでも知らないぞ?」 「大丈夫です! わたし、勇者ですからっ!」 「大丈夫な理由がちっとも分からないんだが」 まあ、ヒスイの満面の笑みの前には、 些細なことだろう。 「本当に楽しそうだな、お前は」 「楽しいし、嬉しいです! だって、ジェイさんと またこうして旅が出来るんですからっ!」 全てが終わった後、俺とヒスイはまた旅を続けていた。 「ジェイさんは楽しくありませんか?」 「俺だって、楽しいし、嬉しいさ。 お前と一緒だから」 「お相子ですねっ」 「お相子だな」 言葉の使い方が少しおかしい気もするが ……まあ、些細なことだ。 ちょっと甘すぎる気もするが。 「ともあれ、次はどこに向かうかだが」 「地図に載っていないところに行ってみましょう」 「きっと、わたしたちの知らない、綺麗で、 素敵なものが待っていますよ!」 そうであることを信じて疑わないヒスイとの旅は、 それこそが俺にとって綺麗で、素敵なものだ。 などと、本人には言えないのだが……。 「さて、地図に載ってない場所に向かうと なると船が必要になるな」 「……そうですね」 返答に少し微妙な間が生まれたことからも分かるように、 ヒスイの船酔いは相変わらずだった。 それでもなお、旅を続ける意思は 驚嘆というよりも、尊敬に値する。 「つらくなったら言えよ。肩でも、膝でも、 好きな場所を貸してやるから」 「あ、でしたら膝を貸してください」 「ん、分かった。いいぞ」 「ふふ。ジェイさんの膝、大好きです」 「とっても気持ちよくて、ついウトウトしちゃいます」 「膝だけか?」 「もちろん、全部好きですよ」 隠すことなんてせず、ヒスイが まっすぐに好意を向けてくる。 俺たちが敵対する勇者と魔王だったなんて、 誰が信じられるだろうか。 「なあ、ヒスイ。これから、きっと 色々あるだろうが……」 全てが解決したわけではない。 この世界は、これから全てが始まるのだから。 きっと、行く末にはたくさんの問題が 待ち構えているかもしれない。 だけど、ヒスイとなら――。 「お前となら、なんだって乗り越えていける気がする」 「ヒスイ、俺の隣にずっといてくれるか?」 俺の問いかけに対して――。 「はいっ、もちろんですっ!」 普通に時は流れて、普通に世界は変わり続ける。 どんな時でも、ヒスイはきっと、こうやって 俺の隣で笑顔でいてくれるだろう。 それが、普通であるかのように。 こうして、共にあることが普通となった俺たちの、 普通の物語はどこまでも続いていく。 「ほら、出来たぞ。魔法使い」 にこにこと笑みを浮かべながらカレンが差し出して 来た皿の上にあるのは、肉、肉、そして肉。 見事なまでに、肉の山盛り。肉祭りだった。 「一応、聞いておくが、これはなんだ?」 「肉だ」 なんと、俺の見たまま、これは肉だった。 いや、まあ、分かりきったことなんだが。 「お前は線が細いからな。体力を付けないといけない」 「それは、俺も分かっている」 「つまり、肉だ」 「なるほどな」 確かに体力を付けるには肉が一番かもしれない。 旅の中で、体力を回復するには肉が 一番適していると学んだわけだし。 「しかし、どうした。急に料理なんて始めて」 「ん? あー、いや、その、まあ、なんだ」 俺の問いかけに、カレンは途端に しどろもどろと言葉を濁し始めた。 「ほら、こう、私たちは一緒に 暮らしているわけじゃないか」 「そうだな」 挨拶を終え、全てを終えた後、俺とカレンは 一緒に暮らすことを決めた。 当初は俺の城で暮らしていたのだが……流石に 人目がありすぎて色々と落ち着かなかった。 せめて、周囲が落ち着くまでの間は、と。 こうして城を離れて暮らすことになった。 「ここだと、ほら……人目を気にしなくていい、 というか……」 「ほ、ほら……分かる、だろ」 …………ふむ。 「いただきます」 そういうことならば、肉を食わなければならない。 そして、体力を付けなければならない。 更に、思いっきりいちゃつかねばならない! 「たくさん、食べてくれ」 当初はカレンのことを、大雑把で、 何も考えていない奴だと思っていた。 今も、それはあまり変わっていない。だが――。 「なあ、カレン」 「なんだ?」 「好きだ」 カレンのことを大事に思う気持ちの方が、遥かに強い。 俺がそれを素直に口にするたびに。 「あうっ!?」 カレンは、分かりやすいくらいに、 照れたり、狼狽したりする。 それは多分、これからも変わらないかもしれない。 「そ、その……なんだ……」 だけど、この俺たちにとって普通な関係と 普通な距離感はとても心地のいいもので。 「私も……お前のことが……」 いつまでも、この普通の時間が続けばいい、と。 「好きだ……ジェイド……」 こいつと……カレンと一緒に、普通に幸福な時間を 積み重ねていくことを。 気負いも何もなく、俺はただ普通に願うのだった。 柔らかな温もり――。 いつまでも包まれていたくなるような、幸福の感触。 その中で、俺の意識は闇の底を彷徨っていた。 心地良さの中、どこまでも溺れて――。 「てやーっ!」 「うおっ!?」 唐突に、闇と温もりが消え去り、 柔らかな衝撃が俺の体を襲う。 驚きのあまり、思わず身を起こそうとするのだが、 体にかかる圧力によってそれも遮られる。 顔が、覚えのある柔らかさの中に埋もれて――。 「おっはよー、ジェイくん。朝だよっ!」 耳に届くのは、明るくて元気な声。 「ぷはぁっ!」 顔をずらして、柔らかさの中から逃れる。 圧迫から解放された口が、新鮮な空気を 求めて大きく呼吸を繰り返す。 「お前、何……を……」 抗議の声を上げようとした俺の視界に飛び込んできたのは、 素晴らしい光景だった。 寝起きになんて、素晴らしいものを 見せるんだ。こいつは! 「ん? どうかした?」 とぼけるようにきょとん、と首を傾げながら、 クリスが体を左右に揺らす。 こいつ……明らかに、俺に見せつけているな! 「……なんでもない」 この攻撃を前に、俺に出来ることは ただ沈黙するのみだった。 「朝から元気だな、お前は」 「夜のジェイくんほどじゃないよ」 「朝からそういうことを言うな!」 「どうして? 元気になっちゃうから?」 「違うわっ!」 思いを伝え合って、通じ合っていると分かってもなお、 クリスは相変わらずな調子で、俺をからかう。 いや、あるいは、分かったからこそ、なのかもしれないが。 「……で、今日は俺は何をすればいいんだ?」 「神殿で勉強を教えるのを手伝ってほしい、かな」 「分かった」 現在、俺は神殿の傍に住居を構えて、 クリスの手伝いをしていた。 流石に神官でないものが神殿に住むことは 許可されなかった。まあ、当然だろうが。 そのため、こうして毎朝クリスが起こしに 来てくれるんだが。 どうして、毎回変な起こし方をするのだろうか。 「……どいてくれないと、俺が起きられないんだが?」 「なんだか、ジェイくんにもう少しくっついて いたくなっちゃった」 「駄目かな?」 なんて、お願いをされた俺が断れるわけがなかった。 「少しだけだぞ」 「ありがとう。ジェイくん、大好き」 大好き、か。 いつからだろう。戯れにからかわれていたのが、 普通になって。 クリスと一緒にいることを、普通に思って。 クリスがいなくなったことを、不安に思ったのは。 「俺も、好きだぞ」 そして、普通にこんな言葉を言えるようになったのは。 「ふふ。ありがとう」 きっと、俺がクリスのからかいに慣れてきた時、 こいつは新しいからかい方を見つけるだろう。 女神の手によって、特別な役割を与えられたクリスが、 俺のことを普通に受け入れて。 俺の方も、そんなクリスのことを普通に受け入れて。 互いが寄り添うことを、普通だと思い始めて。 「先生、幸せだよ。ジェイくん」 クリスと二人で普通に幸せに暮らす、普通の日常。 それが今、こうして手元にあることに、 俺の方こそ幸福感を覚えながら。 二人で、なんの変哲もない。 普通の時間を、過ごすのだった。 「静か、ですね」 「ああ。静かだな」 甲板にいるのは俺たち二人だけ。 他の人影は全く見当たらない。 頭上では星が綺麗に瞬く、そんな夜――。 「たまには、こういうのも悪くないな」 「そうですね」 きっかけとなったのは、確かリブラの言葉だったはずだ。 満天の星空を船の上から眺める、 ロマンチックな体験をしたい。 そして今、俺たちはこうして船上の人となっていた。 「アスモドゥスやマユが、どこかで隠れているかも しれないのが心配だが……」 船旅といえば、あの二人だ。 一応黙って出てきたものの、きっと 紛れ込んでいるに違いない。 「その時は、見せつけてさしあげればよろしいかと」 「お前も言うようになったな」 「所有者の影響を強く受けたのでしょうね」 「……そうか」 つまりは、俺の責任だ、と。 そういうことなのだろう。 「まあ、それはそれで嬉しいが」 「そうですか?」 「ああ。俺がお前をもっと好きになれば、 お前も同じように、ってことだろ」 「やはり、わたくしは所有者の影響を 強く受けたようです」 少し困ったような口調ながらも、リブラの表情は さらに穏やかなものとなっていた。 言葉と表情、どちらが本心なのかは聞くまでもなかった。 「嫌か?」 「いいえ。とても、嬉しく思いますよ」 「そうか」 リブラの率直な言葉に、素直に笑みを漏らす。 俺に対して紡がれる言葉の一つ一つが、 とても嬉しく、心地良い。 「なあ、リブラ」 「なんでしょう」 自分でも何度も繰り返したように、 リブラの本質は魔道書である。 あくまで、人の姿と意識を持つだけにすぎない。 「ずっと、俺の物でいてくれ」 だが、本質がなんであれ、俺にとってリブラは 大事な存在であることに変わりはない。 物である以上に、俺にとっては大切な者だ。 「喜んで」 普通の少女のように穏やかに頷くリブラ。 所有者と魔道書。とても普通とは呼べない関係であり、 とても普通とは呼べない存在であるリブラ。 だが、普通に笑い合い、普通に愛し合い、 普通に幸福を覚える。 そんな、少し奇妙で普通な間柄である俺たちが紡ぐのは、 少し奇妙で普通な物語なのかもしれない。 その物語がいつか普通に終わるまで。 俺はリブラの手を離さないでおこう、と。 極めて普通の誓いが俺の胸の中にあった。 「分かった! もういい! お前のことは許す!」 駄目だっ! 俺に、こいつをこれ以上 責めることなんて出来ないっ! 「今はゆっくり休め。いいな、分かったな!」 「あ……は、はい。ありがとうございます」 世の中はなんて無常なのだろう。 砂の中に戻るマーモンを見送りながら、 俺はそう思わずにはいられなかった。 俺が抵抗する間もなく、ヒスイの手によって俺の マジックロッドの封印が解かれてしまった。 「わっ、男の人ってこんなになっちゃうんですね」 ヒスイのたおやかな指が、ロッドの先端に優しく触れる。 「うっ」 いきなり敏感なところをタッチされ、 思わずうめき声が漏れてしまった。 「これが男の人の……」 その形を確かめるかのように。 ヒスイの指が俺の表面を撫でさすっていく。 「くぅ……」 もどかしくも甘美な刺激が伝わってきて、 段々頭がぼーっとしてきた。 どうする。このまま流されてしまうか? 「すごく固くて、それに熱いんですね……」 ヒスイはうっとりと呟くと、おもむろに 幹の部分に指を絡め――ぎゅっと握りしめた。 気が遠くなりそうなほどの激痛が走る。 「痛っ!?」 「す、すみません!? 強すぎました……?」 ヒスイの言葉と同時に、杖を握る力が弱まった。 「ち、ちょっとな。もう少し力を緩めてくれたら助かる」 額に浮かんだ汗を拭いながら、懇願する。 「はい。それじゃ……」 「これくらいの強さでどうですか?」 普段、剣を握っている者とは思えないくらい、 柔らかいの手のひらが幹の部分に吸い付いてくる。 今度は、ちょうどいいくらいのソフトタッチだった。 「あ、ああ、ちょうどいい感じだ」 「よかった。じゃあ、このくらいで頑張りますね」 そのまま、手をゆっくりと上下に動かし始める。 根元の部分から、痛いくらいに硬くなった幹を通り、 エラの張った個所へ到達。 ヒスイの指の腹が、エラの部分にひっかかった。 「おわっ」 あまりの気持ちよさに背筋がぞくりと震える。 「あっ、まだ痛かったですか……?」 「い、いや、今のは、気持ちよくてだな……」 「えっと、ここですか?」 爪の先でエラの部分をツンツンと突かれた。 「あ、ああ、そこだ」 「この辺り、ですね」 ヒスイは親指と人差し指でわっかを作ると、エラの下を きゅっと握り、絞るように指を上下させた。 「あ、それ、いいな……っ」 「ふふ。ジェイさん、今の声、ちょっと 可愛かったですよ」 俺の杖を握りしめたまま、くすくすとヒスイが笑う。 「い、いや、男が可愛いって言われても……あぅっ」 ヒスイの手のしっとりとした感触が、弱い部分を 的確に責め立ててきた。 「あぁ……くぅ、はっ、ああ……っ!」 ヒスイの手から与えられる刺激はとてつもなく 甘美で気持ちがいい。 気持ちいいのだが……。 それと合わせて、俺はどこかもどかしいものも 感じていた。 高みに達しそうで、でも、あと一歩が届かない。 そんな切ない感覚。 「な、なあ、ヒスイ。わ、悪いけど他の部分も してくれないか」 「あ、はい。わかりました」 俺の懇願にヒスイはあっさりと頷いてくれた。 エラの辺りを中心に刺激していた手が、全体を ねっとりと包み込むように動く。 しゅっしゅっと音を立てて、俺のモノと ヒスイの手のひらがこすれあった。 「はぁ……はぁ……」 俺をいじっているうちに興奮してきたのか。 ヒスイの口から熱い吐息が零れ、 敏感な先端にふりかかる。 吐息が触れる。ただそれだけだというのに。 全身が痺れるほどの快楽が俺の体に走った。 「はあ……ああっ!」 気づけば、俺のモノは、自分の意思とは関係なく、 反応を見せ始めていた。 「あ、先の方から何か出てきましたよ」 彼女の言う通り、先端に丸い滴が浮き上がっている。 俺の興奮の証――先走りの汁だ。 ヒスイは滴を指先で拭うと不思議そうに 目の前に持って来た。 「これ、不思議な感触がしますね。 どんどん出てきますよ」 指の腹の間で手触りを確かめるように、 にちゃにちゃとこねくりまわす。 「あ、そうだ。この液をこうして……」 溢れ出た先走りの汁を杖の全体にぬりたくっていく。 「どうですか、これ?」 上目づかいで俺の様子をうかがいながら、 手のひらを動かすヒスイ。 万遍なく塗られた先走りの汁が、彼女の動きを よりスムーズにさせている。 しっとりとした手のひらが上下に動くたびに、 ぬちゃぬちゃといやらしい音を奏でていた。 「くぁ、はぁ……ああ……んぅっ」 モノの根元に、痛みにも似た衝動が湧き上がってくる。 一度、意識した途端、衝動はあっという間に膨張し、 出口を求めて暴れだした。 「あ、ピクピクしてきましたね」 ヒスイの手のひらが先端を包み込み、 くりくりと撫で回してくる。 幹をしごきあげてくるのに比べると、その動きは おだやかで。 限界が間近に迫っている俺にとっては、 もどかしくてしょうがなかった。 「ヒ、ヒスイ。もっと強く……して、くれっ」 「え? ……あ、はい!」 俺のモノをぎゅっと握りしめ、ストロークを より強く、より激しくさせる。 「はっ、はっ、はっ……」 息を弾ませながら、手首のスナップを利かせるヒスイ。 彼女が体を動かすたびに、豊満な胸元が ぷるぷると揺れて。 俺の興奮をより一層掻き立ててきた。 「んぅ、そ、そうだ……っ、それ、すごく うぁっ、い、いいぞ……!!」 モノの根元に集まった衝動はこれ以上ないほどに 昂りを見せていた。 モノの先端にうがたれた小さな穴はぱっくりと 開き、だらだらと先走りの汁をこぼしている。 もう限界だった。 「ヒスイ、出るぞ!」 叫ぶ間も杖の中を精の衝動が駆け上がってくる。 「え……?」 きょとんとヒスイが俺の方を見上げた途端。 先端から白濁した液体が弾け飛んだ。 びゅくっ、びゅくっ、びゅくくんっ!!! 「きゃあっ!?」 射精の勢いに驚き、目を丸くするヒスイの顔に、髪に、 白濁液が降り注いでいく。 「すごい。こんなにいっぱい……出るんですね」 絶頂の反動で、全身が激しい倦怠感に包まれる。 ともすれば意識が飛んでしまいそうなほどに、 その感覚は深く俺に絡みついていた。 「あ、す、すまない。汚してしまったな」 「いえ、大丈夫です。温泉で、もう一回 洗ってきますから」 「それよりも、ジェイさん。楽になりましたか?」 「ああ、おかげでな」 「ふふ、よかった」 そう言いながら微笑むヒスイを見ていると、覗いた 挙句にこんなことをさせてしまった、と。 自分のことが少し恥ずかしくなってきた。 ヒスイには、もうちょっと優しくしてもいいかもしれない。 なんて、どこかで思ってしまう俺がいた。 温泉に行ったヒスイを見送ってしばし経った後、 俺は一人で山道を村へと向かっていた。 山道は、とても静かだった。 こうして一人で歩いていると、落ち着くような、 物足りないような、奇妙な感覚に陥る。 「ん……あれは?」 視界の端に、動く人影が見える。 「ヒスイ……か?」 もう、温泉で体を綺麗にし終えたのだろうか。 意外と早かったな。 「まあ、それはさておき」 ここはどうするべきか。二人とも、向かう先は同じだ。 声をかけて、一緒に戻るべきか。 しかし、あんなことがあった後だけに それも少々気まずい感じもする。 ここは気付かないふりをして歩き去った方が いいのかもしれない。 ヒスイだって、恥ずかしい思いをするだろうし。 「……む」 しかし、俺が迷っている間に、向こうが気付いたらしい。 人影がゆっくりとこっちに向かって歩いてくる。 「ん……こほん」 喉に緊張を覚えて、小さく咳払いをする。 気付かれたのならしょうがない。 露骨に無視するわけにもいかないし、ここは自然に、 なおかつスマートに振る舞おう。 「よう、ヒスイ……」 少し声をかすれさせながらも、俺の方から声をかける。 月明かりの下、照らし出される姿は――。 「うぉぉぁあぁぁ」 「誰だ、お前っ!?」 ヒスイではなかった。 というより、明らかに生きた人間ではなかった。 体が腐っているような感じの……。 「あ、お、お前……マーモンの配下か?」 「うぉう」 ああ、そうか。やっぱり、そうだったのか。 ……あれ? 俺、アスモドゥスに 合図とかしてない……よな? 「お前、なんでウロウロしているんだ?」 「う、うおおー」 若干申し訳なさそうに、ゾンビが唸り声を上げる。 どこか気まずそうにも聞こえる。 ……俺、なんでこいつをヒスイと見間違えたんだろう。 いくら暗いとはいえ、無理があるだろう。 あれがもしかして幻術だったのか? 「まあ、それはそれとしてだ。待機しておくように 言われなかったのか?」 ゾンビが出歩いている理由が伝達ミスなのか、 あるいはこいつの独断なのか。 魔族のトップである魔王としては、 ちょっと問い詰めなければならない。 「悲鳴……? 村の方から……?」 もしかして、ゾンビたちが勝手に動き出しているのか? 「原因はあなたです」 「うわっ!? お、お前、何時の間に……」 気が付くと、しれっとした顔で リブラが横に立っていた。 「足を滑らせて、逃げ遅れたように装いました。 これでしばらくは生存ルートです」 ……何を言っているのか、さっぱり分からない。 「お、俺が原因って、どういう事だ?」 「マーモンの配下の大半がゾンビで あることはご存じですね」 「あ、ああ……」 アスモドゥスやマユから聞かされたことだった。 というか、実際に目の前にゾンビもいるし。 「大量のゾンビがいる場所で、 若い二人がいちゃついた……」 「そんな状況になれば、ゾンビだって出ざるを得ません」 「出ざるを得ないって……ゾンビって、 そんな習性でもあるのか?」 ゾンビの方を見ると、首を縦に振って頷いていた。 そんな習性が……あるのか……。 「そ、そうか……それは、すまなかった」 なるほど。そんな習性があるのなら、 確かに俺の責任になるな。 ……釈然としねえええ!? 「いちゃついたからって、そんな理由で ゾンビが動き出したのか!?」 「はい。全てのゾンビが同時に」 「全部同時に!?」 なんだ、その連携プレイ! 「それも、ゾンビの習性なのか……?」 俺の問いかけに、ゾンビが首を横に振る。 その眼差しは、どこか憂いを秘めていたように見えた。 あえて言うならば、習性などではなく宿命である、と。 如実に物語っているようだった。 「ええっと、まあ、状況は大体分かった。俺が迂闊な ことをしたばかりに、ゾンビが一斉に動き出した、と」 しかも、それは習性やら宿命やらのせいで あることも……まあ、分かった。 13日が金曜日になったような感じなのだろう。 「機を見て、一斉に襲いかからせる予定だったから、 まあ、良しとしよう」 あいつらが寝静まった頃にけしかけることが出来れば 万全だったが、そこに文句を付けるわけにはいかない。 俺が原因で、ゾンビたちが動き出したわけだから。 「群れの統率が取れているかどうかが、 少し気になるところだな」 俺やアスモドゥスの指示をゾンビが 聞くのなら、問題はない。 数で圧倒して、勇者たちを倒すことだって出来るだろう。 ただ、統率が取れていないとなると……。 「せめて、どこかに追い込むことが出来れば……」 「大丈夫です。現在、勇者たちは家屋に 立てこもっている段階ですので」 「え……? 立てこもっているのか?」 「はい。時間的に」 時間的にってどういう意味だろう。 ともあれ、自ら退路を断ってくれたのなら、都合がいい。 そのまま取り囲んで、数で圧殺すればいいだけだ。 「地の利はこちらにあります」 「ああ、そうだな」 くっくっく。自分たちからわざわざ窮地へ 飛び込むとは、愚かな奴らだ。 よし、勝った。今日こそ、勝った! 「そして、そろそろ人間関係にも 変化が出てくる頃合いです」 「に、人間関係に……?」 「はい。それが定番ですので」 リブラと、ついでにゾンビも一緒に頷く。 「定番って、なんのだよっ!?」 もしかして、あれか? また、 この世界の常識ってやつか? 俺の知らないゾンビ系の定番とか、お約束とか、 そういうのがあるのか? ツッコミを入れる俺に対して、 またもやゾンビが力強く頷く。 その拍子に、ゾンビの頭が少しずれた。 「やめろ! お前、あんまり強く頷くと、 首が取れるぞっ!」 まずい……。ここで、あまり色々尋ね続けると、 こいつの首がもげそうだ。 「というわけで、合流いたしましょう」 「ああ、うん。そうだな……」 仕方ない。ここは、ひとまずヒスイたちの様子を 見るためにも合流しておこう。 「お前は、他のゾンビたちと合流しておけ」 「うぉぉ」 だから、頷くなって! 落ちる! 首が落ちるから! 「では、急ぎましょう」 釈然としないものを色々と抱えたまま、ひとまず ヒスイたちと合流すべく、俺は村に急ぐのだった。 「こんなにたくさんいたのかっ!?」 村に戻った俺が見たのは、家屋に群がる不死者の群だった。 ていうか、ゾンビ以外もいるじゃないか。 あの中にヒスイたちが立てこもっているんだろうが……。 「これだけ数がいれば、問題なく勝てそうだな」 家の周囲は完全にゾンビたちに取り囲まれている。 しかし、こいつら……意外に整然と並んでいるな。 それなりに統制は取れているようだ。 「うおー。うおおー」 誰かが指示でも出しているんだろうか。 「おにくー。おにくー」 えーと……群れの中に見覚えがある奴がいるんだが。 「モツー、モツなべー」 「あいつ、何してるんだよ!?」 「かるびー、はらみー、さがりー、とんとろー」 マユの適当な声に合わせて、ゾンビたちが ノロノロと隊列を変えている。 ああ、マユが統制を取っているのか。 「なんで、あいつが!?」 しかも、あんな適当な言葉で! 「……だが、まあ、良しとしよう」 ゾンビたちの統率が取れているのは、 俺にとっては好材料だ。 このまま、ゾンビたちを突撃させれば、それで済む。 「よし。それじゃあ……」 マユに向けて指示を出そうとした瞬間――。 ――とても勢いのある音が聞こえてきて。 「…………」 呆然と立ち尽くす俺の目の前で、馬車がゾンビの群れを 蹴散らして、家の中に突っ込んでいった。 「えええええっ!?」 何事だ!? 「どうやら、これから強行脱出なターンですね」 「強行すぎるだろ!?」 あの馬車は、誰の指示を受けて走って来たんだよ!? というか、もしかして、これもゾンビ系の 定番ってやつなのか……? 「うおおおおっ!」 馬車の突撃によって出来た隙間から、 カレンが飛び出してくる。 「魔法使い! 無事だったのか!?」 「ああ、まあな……って、なんで火掻き棒を 振り回しているんだよ!?」 「これか? かなり使いやすいぞ。 ヒカキボルグと命名しよう」 「名前なんてどうでもいいんだよ!」 というか、剣は……剣はどうしたんだ!? 「ジェイさん、リブラちゃん、ご無事でしたか! 早く馬車に乗って下さい!」 「あ……あれ?」 何時になくヒスイが凛々しく見えて、気圧されてしまう。 少し見ない間に逞しくなった気がするが……気のせいか? 「今は、従った方がいいですよ」 その隙にリブラはちゃっかりと馬車に乗り込んでいた。 「ジェイくんっ、急いで!」 「あ、ああ……」 あれー? なんで、クリス慌ててるんだ? お前、神官だよな。不死者の天敵だよな。 と、ともあれ、置いて行かれてはかなわない。 急いで馬車の荷台へと乗り込む。 「出発します!」 「出発って、どうやって…………おおわっ!?」 馬車が急に物凄い勢いで後退する。 「落とされないように捕まっていて下さい!」 「落とされる!?」 「ジェイくん、急いで捕まって!」 「早くしろ、魔法使い!」 「え? あ、う、うん」 こいつらは、何故必死なんだろう。ゾンビくらい 簡単に蹴散らせるはずなのに。 「あ、横揺れが来ますよ」 「は……?」 横揺れ? 馬車が、なんで? 俺がそんな疑問を抱いた瞬間――。 「はあああああっ!?」 本当にすごい横揺れが体を襲う。 まるで、馬車全体がすごい勢いで方向転換をし、 急加速を始めたような――って。 「本当にすごい加速してる!?」 気を抜くと、振り落とされそうな揺れが断続的に続く。 行く手を阻むゾンビたちを跳ね飛ばしながら、 馬車はひたすら駆け続けて――。 馬車は木々の間へと飛び込んだ。 立ち並ぶ木を巧みに避けながら、馬車は走り続ける。 「見ろ、もうすぐ朝だ……」 何故か角材を手にしたまま、カレンが空を見上げて呟く。 ……あれ? そういえば、火掻き棒はどこに行った? 「これで、もう大丈夫なんだよねっ」 「はい。わたしたちは助かったんです!」 「故郷に……帰れるのですね」 いくら無事に脱出出来たからとはいえ、 なんでここまで感極まっているんだろう。 一体どこまでがゾンビ系の定番なのか、 さっぱり分からない。 今度、ゾンビについて詳しく調べておくとしよう。 「……痛っ」 不意に、手の甲に痛みを感じる。 ふと見ると、少し血が滲んでいる。 まあ、アレだけドタバタしたんだ、 どこかにひっかけでもしたんだろう。 「どうかしたか?」 「なんでもない」 いちいち掠り傷で騒ぐのもみっともない。 後で回復草を使えば、それで済む話だ。 「もしかして……ジェイくん、どこか 噛まれたりしてない?」 やけに神妙な様子で聞かれてしまった。 別に噛まれたからってなんともないだろうに。 そこから変な病気にかかったりするわけでもあるまいし。 「心配し過ぎだ。なんでもない、大丈夫だって」 ここは余裕を見せておくのも魔王の器だろう。 心配させないように、血の滲んだ所は 布でも巻いておくか。 「もうすぐ森を抜けますよっ」 ああ、いつも通りのヒスイに戻ってきた……かな? 今日はいまいち色々な事に自信がないぞ。 「大丈夫です。夜が明ければ全て元に戻ります」 「なんで、そんな大げさな言い方をするんだよ」 まあ、いつも通りの旅に戻ると言うだけだろう。 そういえば、妙に体がだるいな。結局、あまり 体を休めることは出来なかったな。 「すまない、少し休ませてくれ」 その代わりと言ったわけではないが、 今のうちに横になっておくとしよう。 ああ、それにしても……腕が痒い……。 うでが……かゆ……。 かゆ……うま……。 そのまま眠りに落ちた俺は、何故か自分が ゾンビになるという夢を見るのだった。 ――FUTSUNO OF THE DEAD―― ――The END―― 「あの……ジェイさん……」 瞳の奥を揺らめかせながら、ヒスイが 恥ずかしげに俺の名を呼ぶ。 「その……わたし……」 「ああ……」 横たわったヒスイを見下ろしながら、大きく息を吸い込む。 一度、応じると決めた以上、その言葉を 反故にするつもりはない。 だが、始める前に一言くらいは言って おかないといけないだろう。 「なあ、ヒスイ」 「あ、はい……」 「初めに言っておくが、一度始めたら、 遠慮なんかしない……いや、できないぞ」 「はい……」 既に覚悟は出来ているのだろう。 ヒスイが小さく首を縦に振る。 「あ、でも……」 「うん?」 「その……優しくしてもらえると……嬉しい、です」 「ま、任せておけ」 まさか、勇者からこんなことを言われる日が 来るなんて、想像もしていなかった。 それを言ったら、そもそもこんな展開になるなんて、 旅に出た当初は考えもしなかっただろう。 「それじゃ、始めるぞ」 潤んだ瞳でこちらを見上げるヒスイの頬に そっと手を伸ばした。 「んっ!」 魔力の影響によるものか、かなり敏感に なっているようで。 軽くなでただけなのに、ヒスイはピクンと体を 小刻みに揺らして反応した。 「綺麗な……肌だな」 最高級のシルクを彷彿させる感触が、 手のひらを通じて伝わってくる。 それは戦いの場に身を置いている者とは、 到底、思えない滑らかさで。 その心地良さが、俺の興奮も高めていく。 「ふぁ、ジェイさん……?」 頬を撫でていた手を横に滑らせ、ぷっくりと 膨らんだ桜色の唇に指を這わせる。 瑞々しさに満ちた唇はかすかに開かれていて、 なんとも色っぽい。 「ん……くすぐったいです……」 俺の手が動くたびに、もじもじと身をよじるヒスイ。 しっとりとした唇の感触を楽しんだあと、 おもむろに顔を寄せ――。 唇が触れるか、触れないかの直前で動きを止めた。 「ジェイさん……?」 彼女の唇から洩れた甘い吐息が、 俺の唇をくすぐる。 「ヒスイ……」 最初はお前からするんだと目で促す。 「あ……」 それが通じたのか、ヒスイは一瞬、目を伏せると、 次いで、桜色の唇を突き出してきた。 「んぅ……」 この上ない柔らかな質感が、くちゅっという濡れた 音とともに唇に押し当てられた。 それはただ触れ合うだけのつたないキス。 しかし、繊細さに満ちた肌は触れているだけなのに、 むっちりと吸い付いてくるようだった。 「ちゅむ……ちゅ……」 心なしか名残惜しい気持ちを抱きつつ、 ゆっくりと唇を離す。 「んぅ、ふぁ……はぁ……」 「キス……しちゃいました……」 羞恥に頬を染めながらも、ヒスイは嬉しそうに 口元を緩めた。 「あの、ジェイさん……もっと、してもいいですか……」 「ああ……」 ヒスイの素直なおねだりをむげに断るような 気にもなれず、再び唇を重ね合わせる。 「んっ」 今度は……少し冒険してみよう。 軽く閉じた唇をこじ開けるようにして、 ヒスイの口内に舌を差し込んだ。 「んんっ! ……ふぅ……ちゅ、ちゅぴ……」 ヒスイは一瞬、驚きに身を固くしたものの、 即座に応じる姿勢を見せてきた。 「ちゅ……ん……れる……むぅ……んっ」 最初は恐る恐るといった体で、 つんつんと軽くつついてきた。 しかし、スイッチが入ったのか。 すぐに、その動きは大きくなっていく。 互いの舌先がねっとりと絡み合い、 えもいわれぬ心地よさを生じさせる。 「ちゅぅ……んぅ……はむ、ちゅっ……ぺちゃ……」 重なり合った唇を通して、ちゅるちゅると 唾液を送り込む。 「んっ、ぴちゅ、ちゅ……ふぁ、ジェイ、さぁん…… むぅ、ちゅむ、ん……」 混じり合った二人の唾液を、ヒスイはコクコクと 喉を鳴らして嚥下していく。 それでも、飲みきれなかった唾液が溢れ、 口元をべたべたに汚していった。 「んぁ、ちゅ、ちゅむ……はぁ、んぅ……」 やがて生じてきた息苦しさに、名残惜しいものを 感じつつも、渋々と唇を離す。 ツツーと互いの唇の間に一本の唾液の糸が結ばれ ――ぷつん。 限界まで伸びた唾液の糸は切れ、 ヒスイの口元に滴り落ちる。 「んぅ……はぁ……はぁ……」 息も絶え絶えな様子ながら、ヒスイは艶然とした まなざしで見つめてきた。 その瞳の中に情欲の炎がこうこうと燃える様が はっきりと見て取れる。 「はぁ、はぁ……ジェイ、さん……」 彼女の口からこぼれた切なげな声は、次の行為を 今か今かと待ち望んでいるように聞こえた。 俺はその願いを叶えるべく、服から零れ落ちそうなほど たわわに育ったふくらみへと手を伸ばす。 「んっ!」 服の上から胸に触ると、そこは想像通りに、いや、 想像以上に柔らかく、そしてボリュームがあった。 これが勇者の器というものか……恐るべし。 ……いや、何を考えているんだ、俺は。落ち着け。 内心での動揺を押し隠しながら、 同時に両方の乳房をくにくにと弄ぶ。 服越しとはいえ、ふわふわとした感触がしっかりと 伝わってきて、とても揉みごたえがある。 「あ、やあっ……んっ、は、くふぅ……」 その形と質感を確かめようと、優しく 持ち上げるように乳房をこねくりまわす。 ひと揉みするごとに、ヒスイは身悶えし、 甘い息を吐くようになった。 「ふあっ、あ、んぅっ……ああ……っ!」 ヒスイが息を漏らすたびに、心の片隅が くすぐられるような感覚に囚われる。 「ああ、ふぁ、ん……ジェ、ジェイさん……ああ……」 俺の愛撫に全身をくねらせ、 愉悦をあらわにするヒスイ。 いやらしくも愛らしい彼女の姿に、 俺の興奮も一段と高まってきた。 しかし、そうなってくると――。 「物足りないな……」 もっと、ヒスイに触れたくなる。 彼女の素肌を覆う、薄い布地。 冒険の際、ヒスイの身を守るそれによって、 直にヒスイの胸に触れることが出来ない。 「ヒスイ……脱がせてもいいか?」 「あ……はい……」 ヒスイが小さく頷くのを確かめてから、 服の胸元へと手をかけて――。 ゆっくりと、引きずりおろす。 圧倒的なボリュームを誇る二つのふくらみが、露わになる。 「おお……」 惜しげもなくさらされた二つのふくらみを、 まじまじと見つめる。 これは……いいものだな。 「あ、あの……ジェイさん……?」 「その……わたしの胸、どこかおかしいとこでも……」 じっと胸を見つめたまま、微動だにしない俺を不思議に 思ったのか、ヒスイがおずおずと尋ねてきた。 「ああ……すまない、見惚れていた」 「え……?」 戦いにその身を置く者とは思えないほど、 肌は美しく、清らかで。 呼吸をするたびに上下にうごめく様が、 俺の目に艶めかしく映る。 「触ってもいいか?」 「えっと……はい」 ヒスイが小さく頷くのを見て、俺は柔らかそうな ふくらみにそっと手を伸ばした。 「んぅっ」 やはり見た目通りに手触りは滑らかで、 手のひらに吸い付くようだ。 「やぁ、んぅ……ふぁ……あぁ……」 ほんの少し指に力を入れると、乳肉を 押し出すように、ゆっくりと沈み込んでいく。 どこまでも沈んでいきそうなほどの柔らかさ。 加えて、ただ柔らかいだけではなく、 その奥に押し返すような弾力が隠れている。 「ジェイさん、胸、ん、気持ち、いい……です ……あぁっ!」 不意をつくように、ぎゅっと乳房を握りしめた。 ふるんと胸がたわみ、指の間から柔肉が はみ出してくる。 次いで、絞り上げるように両方の乳房を、 交互に揉みしだいていく。 「ふぅ……あ、はぁ……くぅん……」 薄桃色の先端にはあえて手を出さず、 周囲の白いふくらみだけを愛撫する。 薄桃色の乳輪の部分を指先でツツーとなぞると、 ヒスイの肢体がびくびくと小刻みに震えた。 「やぁ……あ、はぁん……んぅ……く、 あ、ああ……っ!?」 官能の昂りにヒスイの肌が汗で しっとりと濡れてくる。 「あっ……はっ……んっ、あぁっ……ふぅ、 ん……くぅ、んんっ!」 胸の感触を思うさまに堪能していると、ヒスイが 切なげなまなざしを向けてきた。 「はぁ……はぁ……はぁ……」 「どうした?」 と、尋ねながらも、胸を弄ぶのを忘れない。 「ん……ジェイ、さん……その、あぁっ、 む、胸の……んあっ」 潤んだ瞳で、快楽に悶えつつ、一生懸命に意思を 伝えようとする仕草が妙にツボにはまった。 なんというか、こう、ついついイジメて しまいたくなるような愛らしさだ。 これは魔王として、イジメざるをえないだろう。 「胸がどうしたって?」 「胸の、はぁっ、さ、先の方が……んぅ……!」 「せ、切なくて……あぁん……」 「先の方と言うと……」 ここのことだろう つんつんと指先で、乳首をつつく。 「ひあぁっ!!」 軽くつついただけというのに、ヒスイの上半身が びくんと跳ねあがった。 正直、予想以上の反応だった。 「す、すごい反応だな……」 「あ、そ、その……電気が走ったみたいに、 体がびりびりして……」 気持ちいいのかどうか分かりにくい例えだが、 それだけ刺激が強かったのだろう。 これ以上、焦らすのも可哀想なので、 敏感な先端を責め立てることにした。 右手の人差し指と親指で、胸の先端にある突起を つまみ、コリコリと扱きあげる。 「あぁ、はぁん!」 ひと際甲高い嬌声が、ヒスイの喉から迸った。 ピンとまっすぐに尖った乳首を、 きゅっとねじるようにつまみ上げる。 「やあっ、そんな、引っ張ったらッ!!」 いやいやをするように首を振りながらも、 興奮にその身を焦がすヒスイ。 「……ふむ」 どうやら、ヒスイはここが弱いようだ。 ぱくり。おもむろ乳房の頂にある突起を 口に含んだ。 そのまま舌を使ってころころと転がすように 刺激を与えていく。 「ぺちゃ、ぴちゅ……」 わざとらしく、あえて音を鳴らしながら、 ヒスイの敏感な部分を愛撫する。 触感のみならず、聴覚からも興奮を掻き立てられ、 ヒスイは強すぎる悦楽に喘いだ。 「ジェイ、さん。それ、んぁっ、す、すごくてっ、 あ、ああっ……!」 不意に。ヒスイの腕が伸び、俺の頭を ぐいっと押さえつけた。 「むぐっ!?」 俺の口につぶされて、柔らかな乳房が その形をいやらしくたわませる。 「んー……むー……っ!」 押し付けられる柔肉に、多少の息苦しさを感じつつも、 舌の動きを止めない。 それどころか、より活発に、より大胆に 舌先で乳首を舐めまわす。 「はぁ……ん、ああっ……そ、そこ…… ジェイ、さん……もっと……んあっ!」 リクエストに応え、唇で先端を甘噛み。 唇に伝わるこりっとした感触がなんとも面白く、 二度三度と繰り返してしまう。 「あぁっ、や、はぁ……くぅ……ん、はあ……」 口と右手で両方の乳首を同時に刺激しつつ、 俺は残った左手を下方へと滑らせた。 引き締まった腹部を通り、その中心にちょこんと 存在するすぼまりへ。 「んぅ……くすぐった……はぁんっ」 親指の腹で、へその周りをなぞったあと、 さらに下を目指す。 めくれ上がったスカートが絡みつくのを、 乗り越え太ももへと至る。 彼女の太ももは、乳房に負けず劣らず、 すべすべとした手触りで。 しかし、普段よく動いているためか、きゅっと 引き締まっている。 「はぅ、あぁ……ふぁ……くぅ、あぁ…… やぁ……っっ」 さらに左手をスライドさせると、ついにヒスイの 一番大事な部分へと到達。 くちゅり。指先がショーツに触れた途端、 冷たい感触が伝わってきた。 「……そんなに気持ちよかったのか?」 女の子の部分を守る最後の砦は、中心部に染みが できていて、陥落間近であることを知らせている。 「はぁ……はぁ……は、はい」 「そ、その……ジェイさんにしてもらえた……ので……」 「…………」 なんとも可愛らしいことを言われてしまった。 適当に返せばいいだけなのに、上手く言葉が出て来ずに、 思わず黙り込んでしまう。 「ジェイさん……?」 「ああ。なんでもない」 「それより……続けるからな」 「……はい」 小さく顎を引いて頷くヒスイの股間へと、 指先で触れる。 「ふあっ!」 ショーツの上から軽く押し込むと、 ちゅぷりと汁が染み出してきた。 そのまま、指先を上下にスライドさせ、 こするように愛撫する。 「んぅ、はぁ……ん、ふぅ、あ、あぁ……」 甘い響きを漏らしながら、ヒスイの腰がもじもじと 揺れていた。 「こっちも、だな」 そう言うと、俺は、再び先端を口に含んだ。 口内に含んだそれを、舌先でチロチロと 小刻みに舐めまわす。 「くふぅっ」 さらに、乳房を握っていた手の動きも再開させる。 今度は先端だけをいじるのではなく、 全体を万遍なく。 三ヶ所同時攻撃に、ヒスイの喉から絶え間なく 喘ぎ声が響いていた。 「ふぅ……ふぅ……あ、んぅっ……くぅ……うっ!」 ショーツを横にずらして、フチの部分を なぞるようにこすり上げる。 充分に濡れていることもあって、その動きは とてもスムーズにいくことができた。 指がツーと円を描くたびに、彼女の吐く息が一段と 荒く、そして熱くなっていく。 「んあ、あ、はぁ……くぅ! あぁっ、あっ、あっ、 ……やぁっ、んんっ……」 いつしか、ヒスイから湧き出した蜜で手が べたべたに濡れていた。 くいっと指を折り曲げて、しっとりと濡れた 指先を彼女の中へ侵入させる。 「はぁっ、ああんっ!」 トロトロになっていたヒスイの女性の部分は 俺の指先をすんなりと飲み込んでいった。 「ああっ、ダメ、ジェイさん、んぁっ、 それ、つ、強すぎ……くぅんっ」 壁の内側を引っかくようにこすり上げると、 ヒスイは体をそらして、快楽に震えた。 「わたし、んんっ、お、おかしくっ、はぁ…… おかしくなっちゃいます……んああっ」 「……いいぞ。もっとおかしくなっても……」 吸い付いていた乳首から顔を離し、 声をかける。 「ジェイさぁん……」 どこか蕩けたかのような甘く、力ない声。 どうやら強すぎる快楽のあまり、意識が 飛びかけているようだった。 最後とばかりに、乳房にかぶりつき、 その先端を強く吸い上げる。 それがきっかけとなったのか。 「だ、だめ、わたし、もう……っ」 「んっ、あ、ああっ、ああぁぁぁぁっ!!」 背中をのけ反らしたヒスイの秘所から、 熱い飛沫が飛び散った。 ぴゅっぴゅっと飛び出したそれが、俺の体に 降りかかり、下腹部を濡らしていく。 「はぁ……はぁ……」 地面に敷いたマントの上で、ヒスイはぐったりと、 その身を横たえていた。 「大丈夫か?」 額に張り付いた髪を払ってやりながら、 彼女の顔を覗き込む。 「はぁ……はぁ……あ、はい……」 そのままの姿勢で、ヒスイの呼吸が 整うのを待つ。 しかし、一向に荒い吐息が治まる様子はなく、 それどころか一層、熱い吐息がこぼれている。 「はぁ、はぁ……まだ……」 「ん?」 「まだ……はぁ、はぁ……足りないんです……」 「体の奥がまだ燃えるように熱くて…… わたし……」 「ジェイさん……」 懇願の声が俺の耳に届く。 ここまでくれば、俺に否という理由はない。 というか、かくいう俺も、下半身が痛いほどに硬直し、 ズボンの布地をくっきりと押し上げている状態だった。 「ヒスイ、脱がすぞ」 びしょびしょに濡れそぼり、すでに用を 足さなくなったショーツに指をかける。 「えっと、ちょっと待ってください……」 そう言うとヒスイはショーツを脱がせやすいようにと、 腰を軽く浮かせた。 「ど、どうぞ……」 一息にショーツをはぎ取ると、ヒスイの女性の部分が 露わになった。 普段隠されている箇所が外気に触れ、ヒスイは 寒そうに小さく身震いした。 恥ずかしげに開かれた両足の間。 その中心部に位置する女の子の部分はぱっくりと 口を開け、愛液をたらたらと溢れさせている。 見ているだけで否応なく、昂りを感じさせる 光景だった。 「ジェイさん……あんまり見たら……恥ずかしいです」 言葉の割には抵抗感が少なさそうな口調だった。 「あ、ああ、すまない。つい、な」 ズボンをおろし、いきり立った俺の分身を 取り出す。 すると、ヒスイの熱い視線がまじまじと 俺のモノに突き刺さった。 「これが男の人の……初めて見ました」 「そうか?」 「はい……」 ほぅっと熱い吐息がヒスイの口から漏れる。 「そ、それじゃ、入れるぞ」 「お願いします……」 こんこんと蜜を溢れ出しているヒスイの秘裂に、 分身をあてがう。 「んぅ、はぁ……」 くちゅり。先端に感じる濡れた感触。 そこはひくひくと蠢き、俺が入ってくるのを 今や遅しと待ち構えているようだった。 「ヒスイ、覚悟はいいか?」 「はい。ジェイさん、お願い、します……」 やはり不安なのだろうか。 心なしか声に力がなかった。 しかし、このまま躊躇した挙句、ヒスイの不安を あおってしまっては意味がない。 二度三度とこすりつけ、蜜をまとわりつかせると、 俺は腰をグイっと推し進めた。 「んっ、つぅ……」 「くっ、せまいな」 彼女の膣内は痛みを感じるほどに狭く。 ほんの少し入れるだけでも一苦労だった。 「ジェ、ジェイさんが、大きすぎるんです……」 ヒスイが苦しそうに抗議する。 とはいえ、俺自身、もう我慢なんて できそうにないほど昂っていて。 愛液を潤滑油に、ゆっくりと膣壁を押し広げながら、 内部へと侵入を図る。 「く、うぅ……はっ……あ……ああ……」 みっちりと詰まった肉の壁を押し開くようにして、 彼女の膣内を進んでいく。 すると、先端に感じる弾力のある何か。 俺の侵入を拒むそれは、純潔の証――つまりは 処女膜なのだろう。 「ヒスイ……」 彼女の顔を見つめると、こくんと小さく頷きを 返してきた。 それを確認して、一気に腰を推し進める。 ぷつん。 やたら生々しい感覚とともに今まで感じていた 抵抗感が消え去った。 「うあ……あぁぁぁぁっ!!」 「くぅ、全部……入ったぞ……」 「はぁ……はぁ……お腹の中、ジェイさんで いっぱいになっちゃいました……」 自身の下腹部を見ながらヒスイが言う。 赤い滴がシーツ代わりに使っているマントの上に 一筋の線を描いた。 「大丈夫なのか?」 「……はい。その……すごく痛かったんですけど…… もう……平気です。慣れました……」 「いや、慣れるって……」 初めての痛みはかなりのものがあると聞くが、 果たしてすぐに慣れるものなのだろうか? 「多分……わたしが勇者だから、でしょうか?」 「それは分からないが……」 これまで重ねてきた戦闘の中で、痛みへの耐性が 生まれてきたのかもしれないとは思う。 だが、こいつの……ヒスイの場合は……必死で やせ我慢をしている可能性もないとは言えない。 勇者だから――俺に気を遣わせまいとしている。 それもまた、考えられなくもない。 「……もう、動いてもいいか?」 真実はヒスイにしか分からない以上、 俺に出来るのは尋ねることだけだった。 「はい。わたしなら大丈夫ですから」 「それに……ジェイさんがわたしの中に入ってから、 ますます体が熱くなっちゃって……」 恥ずかしげに告げるヒスイからはつらそうな様子は、 一切見えなかった。 それどころか、さらなる刺激を期待するように、 瞳の奥がきらきらと輝いている。 「分かった。続けるからな」 「はい……。思いっきりしてもらっても、 構いませんから……」 真意が分からない以上、ヒスイが求めるものを与え続ける。 きゅっと引き締まったヒスイの腰に手を当て、 膣内に収められていた分身をずずっと引き抜く。 「はっ……あ、あぁ……」 絡みついた膣壁がそのままついてくるような感覚。 「くっ……」 気を抜けば達してしまいそうなほど、 そこはきつかった。 へその下あたりに力を籠め、歯を食いしばりながら、 モノが抜け落ちるぎりぎりまで粘る。 「あうっ、んっ……はぁ、んぅ、ああっ!」 ほどなくして、愛液に塗れた俺の分身が姿を現した 一息ついて、再び、前へと腰を押し出す。 じゅぶじゅぶと愛液を押し出すようにしながら、 ヒスイの膣内へ飲み込まれていく俺の分身。 「あっ……はぁ、あ、んぁ、くぅっ!」 ひと突きするごとに彼女の膣内の滑りが増し、 徐々に注挿がスムーズになってきた。 必然的に腰の動きが早く、そして激しいものへと 変化していく。 「んっ、んぅ……あっ……はぁ……くぅ、んんっ……」 最奥から溢れ出た蜜が、打ち合わされる二人の 結合部でじゅぶじゅぶと泡立っていた。 「うぁ、はぁっ、ん、ジェイさんのが、すごく熱くて、 びくびくしてて……くぅん」 「お、お腹の中……かきまわされるみたいで……あん、 なんかあ、き、気持ち……くぅ、いい、ん、です」 より強い快楽を得ようと体が反応しているのだろうか。 ヒスイの腰が、次第に動き始める。 「あぁ、んんっ、やぁ、あっ、んっ、あぁ……」 「ひぅっ、あっ、くふぅ、んんっ……あ、やあ、 んぁ、くぅ、あっ、んぁああ……っ!、」 俺が打ち付けるたびに、ヒスイの胸元のふくらみが、 ふるふると弾み、なんとも嬉しい光景を生み出す。 腰を押さえていた手を外して、震える乳房を わしづかみにする。 「あぅ、はぁ、くふぅ……そ、そんな、しながら、 胸を触られたら……はぁんっ」 激しい動きに手のひらから零れ落ちそうなそれを、 ぎゅっと握りしめる。 柔らかくも弾力のあるふくらみに指が沈んでいく。 「くぁ、か、感じすぎちゃって……あ、ん、ふぁ、 んんっ、あ、ああっ!」 リズミカルに腰を打ち付けると、彼女の中が収縮して 俺のモノを扱きあげてきた。 「それ、すごっ、あっ……うぅ、はぁん、ああっ!」 元々狭かった膣道が、情熱的に絡みつき、 俺を射精に導こうとする。 「はぁっ、んっ、ふぁ、や、あ、んぅ、 んーーーっ!?」 脈動しっぱなしの膣壁に締め付けられたまま、 ずんずんと抜き差しを繰り返す。 ずちゅっ! ずぷっ! ぬちゅっ! 結合部で奏でられる粘着質な音が 興奮を否応なく高めていく。 「ヒ、ヒスイ……くっ、こ、これはどうだっ」 今にも達してしまいそうになるのを意志の力で 抑え込みつつ、懸命にヒスイの中を掘り進める。 こつんと。彼女の最奥をつついたかと思った瞬間。 「やあっ、あ、ん、あ、はぁああああああっ」 ヒスイの体がびくびくと痙攣し、のけ反った反動で 手のひらから胸が零れ落ちた。 「だめぇ、くるっ、あ、体の奥からっ、 なにかが……っ!!」 「くぅっ!?」 同時に全てを搾り取らんと、膣壁がこれまでに ないほど、大きく収縮した。 熱く痺れるような悦楽の響きが脳髄を直撃する。 今まで懸命にこらえていた、精の衝動が 抑えようもないほどに肥大化してしまう。 「くぅっ、も、もう……っ」 もう耐えられそうになかった。 そして、俺はギリギリまで張りつめた性の衝動を――。 『膣内に放つ』 『肢体にぶちまける』 彼女の中に解き放つべく、腰を持ち上げて固定し 荒々しく挿入する。 「んふぅっ、ああ、ジェイさん、ジェイさぁんっ」 「ヒスイッ! 中に、中に出すぞ!」 「ああ、またっ、またっ、中で大きくなって!!」 「くふぅっ! あ、あぁぁんっ! あうっ! はあっ、 やああんっ! んんっ、くぅ……っっ!」 息も絶え絶えに、俺を受け入れようと、 必死に動きを合わせてくるヒスイ。 そんな彼女の最奥に達すると同時に―― 「ヒスイッ!!」 性の衝動が爆発した。 どくんっ、どく、どく、どく、どくんっっ!! 猛烈な勢いで放たれた白濁液が、ヒスイの膣内を 満たしていく。 「んうっ、あ……あ、あああああっ……!」 目の前が真っ白になってしまったかのような 強すぎる衝撃。 ともすれば遠ざかりそうな意識をつなぎ留め、 最後の一滴までを、彼女の膣内に注ぎ込んだ。 「はぁ……はぁ……ジェイ、さぁん……」 快楽にその身を震わせ、どこか空ろな視線を 向けてくるヒスイ。 絶頂の余韻に浸る彼女の膣内から、 俺のモノを引き抜いた。 「んぁっ」 ごぽりと、粘り気を帯びた白濁液が、 溢れ出てきた。 勇者を俺色に染めるという、どこか退廃的な 欲望を満たすべく。 ヒスイの白磁のような清らかな肌に、 衝動をぶちまけることに決めた。 より一層、腰の動きを速め、刻一刻と迫るその時まで 快楽の波を愉しむ。 「ああっ、くふぅ、んぅっ、んぁ、あ、あ、 はぁああ……っ!!」 強すぎる刺激に押し負けてしまったのか、 ガクガクと肢体を揺らし、されるがままのヒスイ。 体の奥底から生じた熱い衝動は留まるとこを 知らず、俺の胎内で暴れまくる。 「くぅっ!」 そして、限りなく膨れ上がった衝動は、最後の壁を 破壊し――。 そして、解き放たれた。 「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁん……っ!?」 びゅく、びゅく、びゅくびゅく、びゅくびゅくんっ!! 先端が弾け飛んでしまいそうな、暴力的なまでの 猛々しさに満ちた射精。 俺のモノが激しく跳ねまわり、その都度、勢いよく 放たれた精液が彼女の肢体に降り注いでいく。 「はぁ、はぁ……すごい、熱い。それに、 こんなにたくさん……」 清らかな肌を白濁した液体に上書きされながらも、 ヒスイはうっとりとほほ笑んでいた。 「ん、これが……はぁ、男の人のなんですよね」 ヒスイは指先で、肌についた精液を拭うと、 自然な動作で口元へと運んだ。 「ちゅ、ぴちゅ……ん、ヘンな味ですね」 「お、おい」 「でも、これがジェイさんのだと思うと、 全然、嫌じゃないです」 そう言うと、ヒスイは自らの肌に飛び散った精液を 手に集め、ぺちゃぺちゃと舐め取っていった。 「わ……」 ふと耳に届く、何かに気付いたかのような声。 見れば、ヒスイの視線はいまだいきり立っている、 俺の分身へと向かっていた。 「ジェイさんってば、まだすごく元気ですね」 「あ……ああ……。まあ、な」 「実は、わたしもまだ、体の中でなにかが くすぶってるみたいな感じで……」 「ですから……」 誘うように、俺の顔を見上げてくるヒスイ。 「……分かった」 そこから先は、聞くまでもなかった。 頷く俺の顔を見て、ヒスイは少し 安堵したように息を零していた。 「こ、こうですか?」 「ああ、そのまま腰を下ろして、 自分で入れてみるんだ」 「は、はい……ん……」 俺の上に腰を下ろしたヒスイの中に、 分身がずぶずぶと飲み込まれていく。 「あ、はぁ……ジェイさんが、わたしの中に、 んっ、は、入って……」 二回目だからだろうか。最初に比べると、 侵入は格段にスムーズだった。 ほどなくして、分身は納刀された剣のように 彼女の膣内にすっぽりと収まっていた。 「くぅん、やっぱり、おっきい……」 「ジェイ、さんは……どうです……んっ、か……」 「気持ちいい……ぞ」 尋ねられて素直に口に出すのが、少し気恥ずかしい。 ついつい、視線を逸らそうとしてしまう。 「ほんと……あ……ですか?」 「ああ。嘘は吐かない」 俺の胸板に、ヒスイのたわわな乳房が押し付けられ、 むにゅりといやらしく形を変えている。 加えて、彼女が全身を預けてきているので、密着度が ことさら高く――。 ヒスイの柔らかさを余すことなく感じられた。 「ふふ。良かった……」 「それじゃ、今度はわたしが動いてみますね」 言うなり、ヒスイはゆっくりと腰を持ち上げていく。 ずりゅ……じゅちゅ……。 その動きに合わせて、絡みついていた秘肉が 俺の分身を吸い付くように扱き上げた。 「あ……」 背筋がぞくりとするような気持ちよさに、 思わず声が零れる。 「ふふ。ジェイさん、今の顔、 ちょっと可愛かったですよ」 「む……」 男が可愛いと言われてもなぁ このままされ続けるのも、男として情けないので、 反撃に出ることにした。 彼女のふくよかな尻を両手でぎゅっとわしづかみにし、 やわやわと揉みしだく。 胸とはまた違った柔らかさがなんとも興味深く、 確かめるように手のひら全体で触りまくった。 「はっ……んぅ、や、ちょっと、そんなにしたら、 ふあ、くすぐっ……ん……はあ……」 そうは言いながらも、ヒスイはしっかりと 感じているようで。 女性の部分がキュンとすぼまり、俺の分身を きつく圧迫してきた。 「ああ……はぁ、んっ、んぅ、あ、ふぁ……あぁん」 ヒスイの小さな口から奏でられる声音に、 官能的な響きが混じり出した。 「うぅ、くぅん、あ……はぁ……んぅ、ああっ」 彼女の奥底から、ぬるぬるとした愛液が、 またもや湧き出してきて、動きを滑らかにする。 これなら思いっきりやっても大丈夫そうだな。 「……ヒスイ、行くぞ」 「はっ……んぅ……あ、ああ……ふぅ…… あ、今、何か、言いまし……はうっ!」 みなまで言い切る直前に、不意を突くような タイミングでグンと腰を突き上げた。 じゅぶりと音を立てて、俺の分身が、ヒスイの最奥まで 一息で達する。 「ああああっ!」 会心ともいえる一撃に、ヒスイは嬌声を発しつつ、 快楽に打ち震えた。 あまりにも刺激が強すぎたためか、 目じりがかすかに潤んでいる。 「く、はあ、あ……そ、そんな……くぅ、いきなり、 やあ、あ……はぅっ!」 彼女の体が浮き上がりそうなほどに、 連続して激しく突きまくる。 じゅぶっ、じゅちゅ、ずちゅっ! 彼女の秘所から溢れ出た愛液が、俺の下半身を しとどに濡らす。 「あ、やあっ、それ……くぅ、は、激しっ、んぁああ」 快楽の波に翻弄されつつあるヒスイが、 助けを求めるようにしがみついてきた。 胸板の上で、ピンと尖った乳首がすりあわされて、 むず痒くも気持ちのいい刺激を生み出す。 「だ、だめっ、ああ、くっ、わ、わたしの中、 ごりごり、こすれて……っ!」 「ひうっ、 ふあっ、くぅん、あ、あ、あ、ん、 んぁ、はあっ、んんっ!!」 ヒスイが腰を律動させるたびに、凹凸のついた膣肉が 蠢き、絡みつき、俺を射精に導こうとする。 じゅぶっ、じゅちゅ、ぬちゅっ!! 再び腰の奥底にじわじわと射精の感覚が よみがえってきた。 「くっ……このままじゃ、もう……!」 我ながら早いと思わなくもない。 だが、ヒスイから俺に与えられる快楽は、 先ほどよりもさらに強いもので。 いつまでも、それに抗い続けられる自信もない。 下腹部に力を入れ、射精の衝動を堪えつつ、 ヒスイを抉り続ける。 「あっ、ん、ああっ……あ、ああっ……んっ、 わ、わたしも……もう、もう……っ!」 ヒスイの嬌声が一段と切迫したものへと変化した。 彼女もまた限界が近いようだ。 「あっ、ん、ああっ! くぅっ、あ、ああっ、 んんっ! ジェイ、さん……ジェイさぁんっ!!」 「ふああっ! あっ、あっ、あっ…… あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」 喜悦に満たされた叫びとともに、ヒスイの肢体が びくんと跳ねあがった。 次いで、きゅうきゅうと膣壁が窄まり、痛みを 感じるほどに俺自身を絞り上げてくる。 その一撃が俺にとってのトドメとなった。 びゅくっ! びゅくびゅくっ! びゅくんっ!! 二度目とは思えないほどの量が、唸りを上げて、 ヒスイの膣内に放出されていく。 解放された白濁液はたちまちのうちに、膣内を 満たし――。 それでも収まりきらない分が繋がった個所から、 ごぽりと溢れ出した。 「はぁ……はぁ……あぁ……」 魔力を使い果たしてしまった時のように、 全身が気だるさに包まれていく。 ともすれば、落ちてしまいそうな両のまぶたを 意思の力で維持し、ヒスイの顔を見つめた。 「あ、あぁ……はぁ……す、すごい……」 艶めいた吐息を吐きながら、ヒスイが うっとりと呟いている。 すると、俺の視線に気づいたのか。 「ジェイさん……」 ヒスイはうっすらと微笑むと俺の胸板に そっと頬を寄せてきた。 「…………」 ふと、思い立ち、疲れた手に力を入れて、 ヒスイの頭を優しくなでてみた。 「あ……」 ふわふわの髪が手に心地よく、いつまでも 撫でていたくなる手触りだった。 どうしてそんなことをしたのかは 自分でもわからない。 ただ、なんとなく、そうしたくなったとしか 言いようがなかった。 「あの……ジェイさん」 「なんだ?」 「立ったまま……するんですか?」 「ああ。嫌、か?」 「嫌ではありませんけど……」 「ちょっと……ドキドキします」 その言葉通り、ヒスイの顔には期待の色が にじんで見えるような気がした。 だが、それは俺も同じことで……。 「実は、俺もだ」 チラっと見るだけでも、その柔らかさが 伝わってきそうなほど乳房。 白磁のように滑らかでシミひとつない柔肌。 日の光のように活力に満ちた顔立ち。 「綺麗だな」 どれひとつとっても魅力的すぎて、 思わず言葉に出してしまう。 「え……? あ、そ、その……」 「ありがとう……ございます……」 俺の正直な言葉に、ヒスイが小さく はにかみながら頬を染める。 その仕草もまた、愛らしい。 「ヒスイ」 「はい……」 彼女の名を呼びながら、頬にそっと手を伸ばす。 すべすべの肌の感触を楽しんだ後、 彼女の顎を俺の方に向かせて。 「ジェイさん……んっ」 瑞々しさに満ちた唇にキスをした。 「んぅ……むぅ……」 重なり合った唇を通して彼女の熱が伝わってくる。 「ちゅ、ん……ふぁ……」 ヒスイの唇は砂糖菓子のように甘く感じられた。 もっと味わいたい。 そんな思いに突き動かされて、夢中になって 彼女の唇を吸い続けた。 「んん……んぅ……」 どれほどの間、唇を重ねていただろうか。 やがて息苦しさを感じ、仕方なく唇を離す。 「ジェイさん……」 「ん……?」 「もう一回、いいですか……?」 その問いに俺が答えるよりも早く、 ヒスイの顔が近寄ってきていた。 「ん……っ」 再び唇に、甘い感触と暖かな熱を覚える。 嬉しい不意打ちだった。 「ん……ふぅ、ちゅ……」 不意に。ヒスイの舌がつんつんと俺の唇を ノックしてきた。 唇を開けて、その訪問を受け入れる。 ぬるりとした感触が口内に侵入してきた。 「んん……ちゅ、ちゅむ……ぴちゃ……」 ヒスイの舌が最初はためらいがちに。 「ちゅ……ちゅむ……んぅ、れろ、んん……」 だが、次第に大胆に、俺の口内を動き始める。 どこで覚えたのかは分からない。あるいは、 本能に従っているのかもしれない。 ヒスイの舌先は、俺の上唇や歯茎の裏側を、 なぞっていく。 「はぁ、はぁ……ん、ちゅぴ……ちゅ……ぴちゅ……」 このまま、ヒスイに頑張らせっぱなしに するわけにもいかない。 口内をうごめくヒスイの舌に自分のそれを 絡みつかせる。 「んぅっ……ちゅ、ちゅる……ぴちゅ…… ふぁ、ん……んんっ……」 クチュクチュといやらしい音色が 響く濃厚なキス。 合わさった唇の合間から、唾液が溢れ、 口元をよごしていった。 「ん……ふぁ……」 彼女の唇がゆっくりと離れていく。 「ジェイ……さん……」 「口の周り……べとべとに、なりました、ね」 「……そうだな」 頬を赤らめながら、ヒスイが囁くように告げてくる。 その瞳の奥には、熱が灯り始めているように見えた。 「ヒスイ。そろそろ、始めようか」 「はい……」 ヒスイが小さく頷くのを確認してから、大きく膨らむ 二つの乳房に手を伸ばした。 「ふ……んっ」 下から持ち上げるようにして、 乳房を揉みしだく。 柔らかさに加えてずっしりと肉の詰まった 重みが手に伝わってきた。 「痛かったりしたら、言うんだぞ」 ふにふにと乳房を揉みながら、告げる。 「……はい」 瞳を潤ませながら、ヒスイが頷く。 「でも……ちょっとくらいだったら…… 痛くしても、大丈夫ですよ」 「ジェイさんだったら……我慢は出来ます、から……」 ヒスイの言葉に、胸を弄ぶ手を一旦止めて、 その頭をくしゃりと撫でる。 「優しくしてくださいって言ったのはお前だろ?」 「それは……はい……」 「俺も優しくしたいんだよ。我慢とかさせたくないんだ」 「だから、嫌だったり痛かったら、 ちゃんと言ってくれよ」 「……分かりました」 俺の言葉に、ヒスイが再びこくりと頷き。 「それじゃあ……優しく、気持ちよくしてください……」 「ああ」 ヒスイの言葉に笑って返しながら、胸へと再び手を伸ばす。 「んん……っ」 左右合わせて計10本の指が、服の上からゆっくりと ヒスイの乳房に沈んでいく。 「あ、ジェイさんの手……んぅ……」 「どうかしたか?」 「いえ、本当に優しいな……と思って」 「……そうか」 しかし、優しくするとは言ったものの、実際に優しいと 口にされると意外に恥ずかしいものだ。 浮かびつつある恥ずかしさを誤魔化すように、 ヒスイの胸を撫で上げる。 「まあ、自分で言ったからにはな」 撫で上げた胸を今度は、手のひら全体で握りしめる。 布越しに、そのボリュームを堪能しながら、 手をゆっくりと動かし続ける。 「あん……。ジェイさん……んぅ」 「すごく、ん、気持ち、いいです……」 多少物足りなさを覚えさせているのかと心配になって いたが、ヒスイの声は徐々に熱を帯び始めてきた。 「でも、その……もうちょっと……」 ヒスイが言いづらそうに言葉を濁しながら、俺を見てくる。 これはもしかして、心配が当たっていたか? 「物足りないか?」 俺の言葉に、ヒスイが黙ったまま頷いて答える。 多少ゆっくりというか、優しくしすぎたか。 ヒスイにこんなことを言わせるとは、無念だ。 ここからは挽回すべく、頑張るしかないだろう。 そう心に誓いながら、ヒスイの太ももへと 手を這わせる。 「あぅ……ぁ……」 それにしても、あれだけの戦闘を こなしてきたというのに。 ヒスイの肌には傷一つなく、滑らかな手触りを誇っていた。 「本当に綺麗な肌だな、ヒスイ」 「ジェイさんに褒めてもらえると……んっ…… とても、嬉しいです……」 「もっと触ってください……ジェイさん……」 「ああ。遠慮しないぞ」 「はい。しないでください」 またもや、ヒスイに言わせてしまった。 もうこうなれば、俺は行為をもって ヒスイに応えるしかあるまい。 ヒスイのむっちりとした太ももの合間に 手を伸ばす。 「ん……っ」 触れて初めて気づいたが、ヒスイのショーツには 小さなシミができていた。 その部分を指先で軽く撫でさすっていると、 シミはじわじわと大きくなっていく。 「あぅ、そこは……んぅ……」 シュッシュッと小刻みに、ショーツの上から 大事な部分を刺激する。 「んぅ、あ……くふぅ、あぁ……」 幾度も指の上下運動を繰り返しているうちに。 彼女の中からしみだしてくる愛液の量が 一段と増してきた。 「ふぁ……んっ、あ……んんっ!」 ちゅぷちゅぷと音を立てて、割れ目の部分を 布地ごと軽く押し込んでみる。 「ふぁっ!?」 鼻にかかった甘い声が、ヒスイの唇からこぼれ出た。 どうやら、よほど感じているらしく。 いやいやとかぶりを振りながらも、俺が与える快楽を 享受しようとしている。 「んぅ……あ、あぁ……っ!!」 びしょびしょに濡れて、邪魔になったショーツを 引きずりおろした。 「あ、はぁ……」 大事な部分がむき出しになり、ヒスイの口から 熱い吐息が零れる。 割れ目をこじ開けるようにして、彼女の中に指先を ゆっくりと差し入れた。 「うぁ……くぅ……あ、あぁ……」 「ヒスイ、熱くなっているな」 「くふぅ……だ、だって、……んっ」 「ジェイさんに……さ、触られてました、から ……んぁ、ああっ!」 ちゅく、くちゅ、ぷちゅ、ちゅぅ。 指を出し入れすると、それに押し出されるように、 愛液がポタポタと床の上に落ちていく。 「あ、や、そこ、そんなにしたら、んぁ、 ひぅっ、じんじんして……ああっ」 これだけ濡れていればもっと強くしても大丈夫だな。 彼女の膣内をぐちゅぐちゅと攪拌するかのように 指でかき回した。 「ひぁっ、あぁん!」 刺激が強すぎたのか。 タガが外れてしまったような声が ヒスイの喉から迸る。 「んぁああ、あ、はぁ、くぅ、あぁっ、あっ」 次から次へとしみだす愛液によって、 俺の手首までもが濡れていく。 「あ、ん、んぅ、あぅ、あ、はぁ……」 トロトロに溶けた膣から素早く指を引き抜き、 敏感な突起に触れてみる。 「ふあ、あ、ああああっ!」 反応は劇的だった。 ふわふわの髪を激しく振り乱しながら、 ヒスイが身悶えする。 「やぁっ、あ、ふぁ、んぅ、あ、くぅ、んっ、 んぁあっ!」 艶めいた喘ぎが一層、切迫感を増した。 荒い吐息をこぼすたびに、見事に実ったふくらみが ふるふると揺れる。 「あ、あ、ジェイさん、んぅっ、くっ、ふぁ、くるっ ああ、あ、んぅ、んぁ、あ……」 「あ、あ、あ……あぁぁぁぁっ」 ひざをガクガクと震わせながら、ヒスイが 絶頂に至る。 「はぁ……はぁ……」 うっとりと瞳を潤ませ、壁に背を預けるヒスイ。 ところが、次の瞬間。 「……あ」 その口から、短い声がこぼれた。 「あ……だ、駄目……」 ん? どうしたんだ? 「が、我慢できな……っ!」 俺の疑問はすぐに解き明かさた。 といっても俺が解いたわけでもなく、単に答えが 目の前に出てきただけなのだが。 「や、あ、ああ……っ!?」 ……チョロ。 彼女の秘部に触れたままの指先に感じる暖かな液体。 これって、もしかして……? 慌てて指先を引き抜いてみた。 しかし、それが最後の引き金を引いてしまうことと なってしまったらしく。 「やぁっ!?」 「ダ、ダメ。止まらな……ああっ!!」 チョロロロロロロ。 彼女の股間から熱い液体が迸った。 見る見るうちに、床の上にほかほかと湯気の立つ 湖を作り上げていく。 「ジェ、ジェイさん、見ないでください……」 か細い声でお願いされるが、普通お目にかかれない 光景から目を離すことができなかった。 「あぁ……」 その倒錯した光景に、自分の中の劣情が 駆り立てられるのを感じた……。 ズボンの中の分身が興奮のあまり、 びくびくと震えていた。 「ジェイさん……そ、その……こ、これは……」 「これは……その……」 何を言っていいものか迷うように口ごもる ヒスイの体を軽く抱きしめる。 「え……あ、あの……」 「なんだ……気にするな。長い人生、 そういうことだってある」 どう声をかければいいものか咄嗟には分からずに、 口から出てきたのはそんな言葉だった。 「うぅ……その……あ……」 「ありがとう……ございます……」 今の言葉で、どうにか自分の中での 折り合いを付けてくれたのだろう。 ヒスイは恥ずかしそうにしながらも、 礼の言葉を口にしていた。 「なあ、ヒスイ……」 ここはこれ以上引きずらずに流しておくのが 大人の対応なのかもしれない。 ヒスイの体を解放すると、頬にそっと手を添えて。 「そろそろ一つになりたいんだけど、どうだ?」 「あ……」 少しだけためらうような間を置いて。 「……はい」 ヒスイは、首を小さく縦に振ってくれた。 「はぁ……」 これから行われる営みに、期待しているのか、 ヒスイの頬はほのかに上気していた。 「この格好って……少し、恥ずかしいですね」 確かに自分の大事なところを男の目の前に 突きだす格好は羞恥心を掻き立てられるのだろう。 しかし、俺にとっては逆に男心を掻き立てられる 格好だった。 「だが、痛みは少ないらしいからな」 「そうなんですか?」 「俺も聞いた話なんだけどな」 ヒスイと言葉を交わしながらも、俺のモノは 痛みを感じるくらいに硬くなってきていた。 「それにしても……」 まさか、またこうして体を重ねる日が 来るとは思わなかった。 あの時とは違った場所で、あの時とは違った関係で。 本当に意外だ。 「ジェイさん……?」 俺が中々行動に移らないのを不審に 思ったヒスイが尋ねてくる。 「……なんでもない」 「それよりも、準備はいいか?」 「はい……大丈夫です」 ヒスイの言う通り、彼女の秘所は すでに受け入れ態勢が整っていた。 濡れた膣肉がひくひくとうごめき、 俺がやってくるのを待ち構えている。 逸る気持ちを押さえながら、突き出された桃尻を ぎゅむっとわしづかみにした。 「ん……」 俺自身をヒスイの割れ目にあてがう。 先端がぬるりと彼女の膣内に入った。 「あ……ん、はぁ……」 まだ先端がわずかに入ったばかりだというのに。 絡みつく秘肉の感触に、すぐにでも射精したく なるほどの刺激を覚える。 「うぁ……」 暴発しそうな射精感を意思の力で抑え込み、 ゆっくりと腰を前に進めていく。 ずぶ、じゅぶ、にちゅ、にちゃ……。 「はぁ……くふぅ……ジェイさんが…… ん、きて、くれましたぁ……んぁ!」 彼女の膣内はぬるぬると柔らかくうごめき、 俺自身を優しく包み込んでくれた。 「あ、んぅ、ああっ……ジェ、ジェイさんの……んぅ、 すごく硬くて……ああっ」 最奥まで突き入れた後は、腰を後ろへ退いていく。 俺のものが抜けていくのと同時に、じゅぶじゅぶと 愛液が掻き出された。 「あ、やぁ、ん、はぁ……あ、ああ……」 ギリギリまで引き抜いた分身を今度は一息に 最奥目がけて叩き込む。 「ふぁああっ!!」 強烈な一撃に、ヒスイはのどをそらして 嬌声を発した。 続けて、彼女の膣の感触を堪能しながら、 腰を前後に動かしていく。 「んぅ……ジェ、ジェイさんのが……あ、あん、 わ、わたしの中……かき回して……くぅん!」 幾度も幾度も分身を突きいれていると。 俺の動きに合わすように、ヒスイが腰を 動かし始めた。 パンと腰を打ち付ける音が室内に こだまする。 「あっ、んっ、ふぁっ、あ、あ、あ、んぁ、ああぅ!」 最初はぎこちなかったその動きも。 時を重ねるにつれ、段々とスムーズに、 そして息の合ったものへと成長していった。 「ひぅっ、んぁ、あ、ん、あ、く、や、はぁ……っ!」 首をガクガクと震わせて、快楽の渦に溺れそうに なりながらも懸命に動きを合わせてくるヒスイ。 「あっ、は、はげしっ、くふぅっ」 負けじとぐりぐりと腰を回すようにして、 ヒスイの膣内を抉りこむ。 「んぁっ、お、お腹の中……くっ……ごりごりって…… ああっ!!」 下半身が溶けてしまうのではないかと 感じるほどの快楽に。 雷に打たれたかのように、背筋がびりびりと 痺れていく。 「んんっ……ふっ……ジェ、ジェイさん……っ!」 キュウキュウと締まる膣に射精の衝動が 近づいてくる。 それは抗う気すら起きないほど、強烈で。 俺はただただ昂る衝動のままに、腰を 打ち付けることしかできなかった。 「ああっ、んぅっ、くっ、ふぁ、あ、ん、 あ、あ、あ、んんっ、ああっ!?」 幹の中を熱い衝動が駆け上っていく。 彼女の膣内でビクンと俺のものが激しく震え、 先端が大きく膨れ上がった。 「やあ、また、おっきく……っ!!」 そして――。 ヒスイの最奥を貫くと同時に、性の衝動が 解き放たれた。 どくっ、どくっ、どくんっっっ!! 大量の精がドクドクと音を立てるかのような勢いで ヒスイの膣内を侵食していく。 「ああ、ジェイさん、ジェイさぁんっ!!」 精液をお腹の奥で受け止めたヒスイもまた 快楽の頂へと達した。 「うぁ……あ、ああ……」 惚けた顔をして、絶頂の余韻に浸るヒスイ。 しかし、俺は余韻に浸るどころではなかった。 油断すれば、動きだしてしまいそうな腰を 押さえるので精いっぱいだったのだ。 「ジェイさんの、まだ元気いっぱい みたいですね……」 顔だけを俺の方に向けて、ヒスイが尋ねてくる。 「まだいけるか?」 一度放出したというのに、俺のものは俺自身が 驚くほどにギンギンだった。 「大丈夫です。私、勇者ですから」 「ジェイさんが望むなら、あと十回や二十回は 頑張れます」 いや、十回や二十回って……。 「そこまでは頑張らなくていいからな」 恐るべし。勇者の体力。 「さて、それはともかく……」 突き出されたヒスイの丸みを帯びたヒップを ひと撫でする。 「あ……」 ヒスイの口から艶っぽい声が鳴った。 「もう一回行くぞ」 「はい……」 いまだヒスイの膣内に収められたままの 俺のものを再始動させる。 「んぁ、ああ……」 二度目ということもあって、動きはかなり滑らかで。 俺のものに絡みついてくる肉壁の感触も なんとも言えず心地よい。 「ん……んぁ、あ……くぅ、ふぁ、やぁ……」 これならもっと激しくても大丈夫だろう。 そう考えた俺は、彼女の腰を押さえるようにして、 跳ねるように腰を突き上げた。 「ひあ、あ、ああっ!?」 さらにストロークに強弱をつけて、彼女の膣内との 摩擦を変化させる。 じゅり、ずる、じゅる、ずりっ! 「んぁっ、あっ……んぅ、い、いったばかり…… くっ、だから……感じ、すぎてっ、ひぅっ」 渾身の力で、じゅくじゅくと濡れた膣内を 抉り、穿ち、掘り進む。 「あぅっ、はぁっ……んぁ、あ、や、んっ、んんっ」 ぐちゅりと腰がぶつかり合い、その気持ちよさに 全身が震えた。 抗う気なんて微塵も起きないほどの快楽。 酔いしれてしまいそうなほどの心地よさ。 「んぅ、あっ、くっ、んぁっ、あっ、んんっ!!」 ほどなくして、限界が間近に迫っているのを感じた。 我慢なんて言葉はとうの昔にどこかに 消えてしまっていた。 今はただ高みを目指して、互いに快楽を 送り合うのみ。 「くぅっ、ヒスイ……もう、出、る……っ!」 全力で腰を突き入れながら、ヒスイの耳元に 口を寄せる。 「んぅ、あ、はぁ、ああっ……は、はい ジェイさんの……んくぅ……」 「す、好きなところに……んぁ、はぁっ、 ……だ、出して……ひぅっ!!」 俺に突き上げられ、ゆさゆさと体全体を 揺さぶられながらのヒスイの言葉に俺は―― 『彼女の中に注ぎ込む』 『彼女の肌にかける』 再び、ヒスイの膣内に一滴残らず 注ぎ込むことを選択した。 「あぅっ、あ、くふぅ、んぁ、ああっ」 そう長くは持たないだろう、この時、 この瞬間を…… 最後の最後まで彼女の膣内で過ごすべく、 一心にえぐっていく。 「ああっ、あ、んっ、んぅっ、あ、あああっ!?」 「あああぁぁぁぁっ!!」 ヒスイが達するのと同時に。 俺もまた絶頂へとたどり着いていた。 「出すぞ!」 ビュクッ、ビュッ、ビュッ、ビュルルルルルッ! 幾度も幾度もヒスイの膣内で痙攣し、白濁液を 放ち続ける。 不思議と中々射精は収まらず、彼女の中を ドロドロに満たしていった。 「くっ、はぁ……あぁ……」 精も根も浮き果てたかのような脱力感に見舞われる中、 ようやく俺のものは落ち着きを取り戻した。 「あぅ……はぁ……ジェイさん、すごくたくさん 出しましたね」 「お腹の中……ん、溢れちゃいそうです……」 彼女の肌を侵食することに決めた。 最高の、最後の時を迎えるべく、 ヒスイの中を掘り進んでいく。 「はぁん、やぁ、ん、んく、んぁ、あああっ!」 一度俺のものを突き入れるたびに、一足飛びに 快楽が増していく。 「くぅっ」 食いしばった歯の間から、抑えようとしても 抑えきれない呻きが出る。 急速に高まっていく射精感。 パンパンと肉と肉がぶつかる音が響く中、 愉悦の波が頂点に達した。 ずるり。最奥まで突き刺さっていた分身を 一気に引き抜く。 「ふぁああああああっ!?」 この一撃がトドメとなったのか、 ヒスイを絶頂へといざなった。 そして―― どびゅっ、びゅるるっ、びゅるるるるるっ!! 限界まで高められた分身から白濁した液体が 飛び散り、ヒスイの太ももに降り注いでいく。 「んぁ……はぁ、はぁ……あぁ……」 絶頂へと達し、脱力したかのように 窓に体を預ける白き勇者。 その肢体は俺の情欲によって、より白く 染め上げられていた。 「んぁ……あぁ……はぁ……」 「大丈夫か?」 うっとりを通り越して、少々心配になるくらい 蕩けているヒスイ。 「ふふ、ジェイさん……」 砂糖菓子のような甘い響きを伴った声。 「なんだ……?」 「大好き……です」 これ以上ないほど、ストレートに好意を 告げられて頬が熱くなってくる。 「あ……」 「おっと」 ぐったりと頽れそうになるヒスイの体を 咄嗟に抱きかかえた。 「とりあえずベッドに運んだ方がよさそうだな」 かくいう俺もかなりへとへとだったし。 「あ、それなら……」 「抱っこ……してもらっても、いいですか?」 「おやすいごようだ」 「ありがとうございます……」 眠りに落ちかけたヒスイをリクエスト通り、 抱き抱えてベッドまで運ぶ。 すぐさま、すーすーという寝息が聞こえてきた。 「眠ってしまったか……」 行為のせいで疲れを感じていたものの、何故か眠る気が 起きない。 仕方なく、窓際にイスを動かし、それに座る。 なんとはなしに窓の外に顔を向けると。 夜空に浮かぶ月が目に入った。 「綺麗だな……」 「んん……ジェイさん……」 「ん?」 名を呼ばれたので、ヒスイの方を見やる。 しかし、当の本人は穏やかな様子で、 寝息を立てていた。 「くー、すー……」 「なんだ。寝言か……」 イスにだらりと背を預けて、再び窓の外に 視線を移す。 彼女の寝息を聞きながら、しばらくの間、 静かに月を眺め続けた。 それはある日の出来事。 平和を迎えつつある世界の中、俺たちがようやく 迎えることが出来た何事もない日常の一幕。 「今日も楽しい一日でした」 「毎日、そう言ってないか?」 「毎日楽しいから、仕方がありませんよ」 「こうして、また……ジェイさんと 一緒にいられるんですから」 微笑みながら、ヒスイがそっと身を 寄せてきた。 腕に抱き着くようにして、密着してくる。 「まあ、それを言うなら……俺だって、そうさ」 「ふふ……同じですね」 二人っきりの空間に、静かな時間が流れていた。 しかし――。 俺の内心は静かどころか、動揺の波が 沸き起こっていた。 「……む」 ぴったり密着しているために、ヒスイの柔らかな 肢体の感触が感じられて。 さらに、彼女からほのかに立ち上る甘い香りが 俺の嗅覚を刺激してくる。 「ジェイさん。何か様子がおかしいみたいですけど どうかしました?」 「あー……その、だな……」 さて、どうしたものか。 こんな雰囲気の中、お前の温もりに 欲情しているなんて言えないだろう。 しかし、現実というものは常に俺にとって非情であり、 葛藤の余地も与えてくれない。 「あ……」 ヒスイの視線が、チラリと俺の下腹部へと向かい ――全てを悟られてしまった。 ヒスイの頬に赤みが走る。 「あの、ジェイさん……」 ヒスイが上目づかいで、俺の顔を見上げてくる。 そして、ためらいがちにおずおずと 言葉を続けた。 「わたしなら……いいですよ」 どこか色めいた声音に、どくんと 心臓が大きく脈打つ。 「なんか格好悪いな、俺」 バツが悪くなり、ぽりぽりと頬をかいた。 「ふふっ」 くすくすと笑みを浮かべるヒスイに向かって、 手を差し伸べる。 そして――彼女の小さく柔らかな掌が、 俺の手に重なった。 たわわに実った乳房に、硬く屹立した俺のものが 包み込まれる。 「ふふ。こうしてみると、結構可愛らしいですね」 胸の谷間から飛び出している先端をつんつんと 突きながら、ヒスイがうっとりと微笑む。 彼女の熱のこもった吐息が、先端をくすぐって なんともこそばゆい。 このまま乳房の感触を堪能したいところではあったが、 ひとつ気になることがあった。 「なあ、ヒスイ?」 「はい、なんですか?」 「とりあえず聞きたいんだが、 その格好はいったい……?」 ヒスイが身にまとっていたのは、光の女神が着ていた ものによく似たドレスだった。 「似合ってますか?」 「いや、まぁ、似合ってるといえば 似合ってはいるが……」 あの女神の顔がちらちらと浮かんできて 微妙に落ち着かない。 「今回のテーマは『いろいろやろうよ』ということで まずは服装から変えてみました」 「いろいろやろうよ?」 てか、今日のテーマって……なんだ、それ? 「日々の営みにいろいろなテーマを決めて 変化を付けるといいんだよ」 「って、先生が教えてくれたんです」 あいつ……相変わらず、何を教えているんだっ!? 「それに……」 ヒスイの瞳にしっとりとした色が浮かぶ。 「ジェイさんにこの姿を見てほしかったんです」 「勇者じゃない、わたしの姿を……」 「……そうか」 なんとなくしたくなって、ヒスイの頭をなでる。 ふわふわの髪質が手に心地よかった。 「あ……」 いきなり頭を撫でられ、ヒスイは一瞬、ぽかんと したものの、すぐに嬉しそうに目を細める。 「ふふっ。それじゃ、始めますね」 ヒスイは両の手のひらでよいしょっと 乳房を持ち上げ、俺のものを挟み込んだ。 ずっしりとしたボリューム感が視覚と触覚の 両方から俺を圧倒する。 「や、柔らかい……」 押し付けられたふたつの乳房は、ふわふわと 柔らかさに満ちていた。 きめ細やかな肌の質感に、じんと下腹部に 痺れが生じる。 「ジェイさんの、すごく熱くて、 なんだかやけどしちゃいそうです」 体を上下にゆするようにし、乳房で俺のものを ゆっくりと扱きあげる。 「ん、こんな感じでどうですか?」 むにゅっ、ぐにゅ、むにゅぅ。 柔肉の中に沈み込んでいくような感覚。 彼女の胸はふかふかで、それでいて 奥の方に押し返すような弾力もあって。 心地よい圧迫感が俺を刺激する。 「ああ、気持ちいいぞ」 ふたつの柔肉から加えられる快感に、 俺のものがぴくぴくと反応してしまう。 「ふふ。それじゃもっとしますね」 嬉しそうに言うと、ヒスイは口を小さく開けて、 唾液をたらりと胸の谷間に垂らした。 「んぁ……ちゅる、ちゅぅ……」 唾液のぬめりによって乳房との摩擦が よりスムーズになる。 「はぁ……ん……んぅ、はぁ……あ……」 次第にヒスイの動きが大きく、激しくなり、必然的に 俺のものと乳房がこすれあう範囲も肥大化する。 左右からぎゅっとかかるふかふかの感触が 俺の意識を侵食していく。 「うぅ……」 腰の奥にじんわりと熱いものが集まり始めた。 「さっきより……んっ、硬くなってきてます」 硬度を確かめるようにむぎゅっと乳房に 押し付けるヒスイ。 まぁ、ここまでされて固くならないような 男はいないだろうが。 「はぁ、はぁ……あぁ……」 激しく乳房を揺らして、俺のものに こすりつけているためか。 ヒスイの吐息が段々と荒く、切羽詰まったものへと 変化していた。 「はぁ、はぁ……あ、おつゆが……」 俺の先端から噴き出した先走りの汁がたらたらと 幹の部分をしたたり落ちる。 ヒスイの唾液と混じりあい、一層ぬめりを増した。 にちゃ、ぬちゅ、にちゅ、ねちゃ。 「なんだか……えっちな音ですね」 ふくよかな胸と、俺のものがこすれて、 粘着質な音を奏でている。 「ん……ちゅっ……」 おもむろにヒスイが唇をとがらせて、 俺の先端に口づけた。 「くぅっ!?」 軽く唇を押し付けた程度だというのに。 背中をぞくぞくとした感覚が走り、 あまりの気持ちよさに、声が漏れる。 「ちゅむ……れろ……ちゅ、んん……」 小さな口で先端をちゅーちゅーと吸われる。 「うぅ、そんな、吸われたら……」 敏感な場所を唇で刺激され、腰が引けてしまい、 思わず情けない声が出る。 「んぅ、ふぁ……じゃあ、こういうのは どうですか?」 そう言うなりヒスイはエラの張った部分までを 口内に収めた。 そのままエラに引っかかるように、 上下に頭を動かす。 「ちゅる、ぴちゅ、れろ……れる」 幹の部分は乳肉の柔らかさに。 亀頭の部分は口内のねっとりした感触に。 二つの異なる刺激で覆われた俺のものは、俺の意思とは 関係なくびくびくと跳ねていた。 「んちゅ、ちゅる、れろ……ぴちゅ、ちゅむ……」 この快楽がもっと欲しくて。 この愉悦にもっと浸りたくて。 自然と腰を押し付けるように 持ち上げてしまう。 「んちゅ、ちゅ……ああ、おつゆが…… たくさん溢れてきます」 ヒスイの舌先が俺の先端に空いた小穴を チロチロとほじった。 「ぬぅ……くっ、はぁっ」 絶え間なくあふれ出る先走りの汁を ヒスイは舌でなめとっていく。 「はむ、ちゅ……ん、ふ……はぁ……」 咥えた時と同様に、おもむろに彼女の唇が離れる。 唾液と先走りの汁に濡れた俺自身が外気に触れ、 ぞくりと寒気を覚える。 「はぁ、ジェイさんの匂いが強くて、 おかしくなっちゃいそうです」 エールに酔ったかのように、陶然と 笑みをこぼすヒスイ。 「じゃあ、今度はまたこっちですね」 ふっくらとした柔肉を下から持ち上げながら、 全体をむにむにと包み込んでくる。 「あぁ、やっぱりいいな、これ……」 先端を舐めてもらうのも刺激的だが、こうして 優しく愛撫してもうのもまた素晴らしい。 くせになりそうな気持ちよさだ。 「これから……ジェイさんがして 欲しい時は言ってくださいね」 「その時はわたし……頑張りますから」 どこか期待に満ちたまなざしを ヒスイが向けてきた。 「その時は頼むよ」 「はい」 その時はかなり近いんだろうなと思いつつ、 今はこの感触を堪能したい。 そんなことを考えているうちに、 ヒスイは行為を再開する。 サオを二つの大きな乳房でこすりあげられる。 「はぁ……ん、んぅ……ふぅ……」 乳房が動くたびに粘着質な音が 段々と大きくなり。 ヒスイの熱のこもった吐息と合わさって、 俺の聴覚を刺激する。 「ジェイさんがぴくぴくしてます」 「可愛らしいですよね」 いや、ですよね、と言われても……。 同意を求められても正直、なんと答えればいいのか わからない。 「うーむ……」 どう答えたものか迷っている間にも、ヒスイの愛撫は続く。 左右からぎゅっと圧力をかけるように、 挟みあげる動きから。 ふたつの乳房を交互に上下に動かして、 側面をなぞりあげるように刺激してきた。 「ん……あ、あぁ……」 今までの包み込むような優しい刺激とは違い、 射精を促すような魔性の愉悦。 急速に昂ぶり、とめどなく先走りの汁が 溢れている。 「ん……ふっ、ふっ……はぅ、はっ……」 リズミカルにふたつの乳房が踊り、 俺を絞り上げる。 根元から亀頭に向かって、痺れがどんどん上がって 終いには爆ぜそうになった。 「ま、待て。それ以上、されたら……っ!?」 遠からず暴発し、彼女を汚してしまうことは明白。 しかし、ヒスイは止めるどころか、乳房で こするスピードをさらに上げた。 「い、いいですよ……」 二つの乳房をさらに強く押し付けながら、 ヒスイが答える。 「はぁ、はぁ……ジェイさんの好きなところに、 ん、出して、ください」 耳の奥を自身のどくどくという血流の音が満たす。 気を抜けばすぐに果ててしまいそうな 快楽の中。俺は――。 『口の中に出す』 『このまま胸で』 「もう一回咥えてくれないか。ヒスイの口の中で イキたいんだ」 一分一秒でも長くこの快楽を味わうべく、 射精を懸命にこらえながら、希望を告げる。 「ん、ふぅ……わかりました……あむ」 「ちゅ、ぴちゅ……れろ、れる、ぺちゃ……」 先端部の表面を、ヒスイの舌が縦横無尽に動き回りる。 「あむ……ちゅ、ぴちゅ……このまま、 ん、ちゅる、口の中に……」 ヒスイの胸の柔らかさと口内の暖かさに包まれ、 精液が出口を求めて、急速に幹の中を駆けのぼる。 「いっぱい、出してください……ちゅ、れろ…… ん、んむぅ……」 ヒスイが頬をすぼめて、強く吸い上げた。 「うぅ……で、出るっ」 途端、ヒスイの口の中で、俺のものが爆発し。 白く白濁した粘液が、どくどくと迸り、 ヒスイの口内を侵食していく。 「んぅっ、んんっ」 口の中に納まりきらなかった精液が唇の端から ぼたぼたとこぼれている。 「むぐ……けほ、ん、ん、んぅ……」 ヒスイの白く美しいノドがごくりと鳴った。 苦しげに目を細めながらもこくこくと 嚥下していくヒスイ。 「あ、はぁ……」 口元を精液で汚しながら、ヒスイはうっとりと 目元を潤ませた。 どこかあどけなさの残った顔立ちに、 極上の艶めかしさが加わる。 相反するふたつの感情を交えたヒスイの姿に 心臓がどくんと高鳴った。 「じゃ、じゃあ……このまま胸で……っ」 臍の下に力を入れて、射精をこらえながら 懇願する。 「あ、ん、ふぅ……は、はい……」 上目づかいで頷くヒスイ。 乳房が大きく弾み、上下に揺れるさまが 一層激しさを増す。 「ん……ふぅ、う……あぁ……」 そうなれば、粘ついた汁や白磁を想わせる なめらかな肌との摩擦も増すのが当然で。 ぬちゅ、ぬちゃ、じゅる、じゅりゅ。 いやらしく、そして興奮を高める音色が 室内に響いた。 「あ、はぁ、胸の中でジェイさんが暴れてます」 あまりの快楽に、目の奥でチカチカと 何かが弾けそうになる。 もう限界だった。 「ヒスイッ。出すぞ!」 柔らかな峡谷の奥めがけて、ぐいっと腰を突き出す。 俺のものが彼女の谷間に消え、底面を にゅるりっと深く抉った。 びゅびゅっ! びゅっ、びゅっ、びゅびゅうっ!! 「きゃっ!?」 ヒスイの愛らしい顔めがけて、精の衝動が 飛び散っていく。 「あ、あぁ……」 陶然とした雰囲気で口を開けるヒスイの 胸元や顔にぼとぼとと精液が落ちる。 「すごい、まだ出てる……」 びゅくっ、びゅくっ、びゅっ、びゅっ。 びくびくと痙攣しながら俺のものは 精の迸りを吐き出し続けた。 「うぅ……」 散々、ヒスイの顔を白く染め上げた後。 ようやく精のほとばしりが収まった。 「ジェイさん……こんなに、たくさん……」 どこか呆然とした雰囲気を浮かべながら、 ヒスイは自身に付着した精液を指で拭っていく。 不意に、指先に着いた精液を鼻の辺りまで 持っていった。 「ん、すごい匂いです……」 すんすんと鼻を鳴らし、ヒスイは眉をひそめた。 「ヒ、ヒスイッ」 「また、中に出しても……くぅ…… い、いいかっ!?」 俺の下に組み敷かれたヒスイを貫きながら、 問いかける。 「あ、ん、んぅ、はい。……ジェ、ジェイ…… っ……ジェイさんで……」 「い、いっぱいに……くぅん……し、して…… してほしい、です……」 「わ、わかった!」 ラストスパートとばかりに彼女の中を 抉りこんだ。 肉を打ちつけ合うたびに、愛液がぱちゅんぱちゅんと 弾け飛ぶ。 「あぅ、あ、んぅ、はぁ、お願いっ、 きてぇ……き、てぇ……ああっ!!」 ヒスイの最奥に、俺が達した瞬間。 びゅーっ、びゅるっ、びゅるっ、びゅるるるっ!! 先端から大量の精液が吐き出された。 「ああ、中に……中にぃ……すごく、 熱くて……ああ……」 強すぎる刺激にぼんやりと宙を見上げるカレン。 しかし、そんな彼女とは裏腹に、膣はキュウキュウと 収縮し、最後の一滴まで精液を搾り取ろうとしていた。 「あぅ……あぁ……はぁ……」 「くぅっ」 歯を食いしばって、彼女の膣を抉り続ける。 「んぁ、あ、はぁ……くふぅ、やぁ、あ、ああっ!」 「ああっ! んん、あっ、くぁ、あぁ……」 どうやらヒスイもその時が近いようで。 ヒスイの膣壁がギュウギュウ締め付けながら、 ビクビク痙攣していた。 ずん! と最奥に突き入れた瞬間。 「あぁ、あああああああああっ!?」 様々な液体に濡れた肢体をびくびくと震わせながら、 絶頂に達するヒスイ。 急激に収縮するヒスイの膣から己自身を 一気に引き抜く。 ドビュッ! ドビュッ! ドビュビュウウウウッ!! 魂が抜け落ちてしまいそうなほどの勢いで 白濁した情欲の塊が迸る。 飛び散った精液がヒスイの体に降り注いだ。 「はぁ、はぁ……あ、あついのが、こんなに いっぱい……」 「はぁ……はぁ……」 射精の消耗で呼吸が乱れに乱れている俺は、 何度も深呼吸を繰り返し、ようやく楽になった。 最後にひとつ大きく息を吐くと。 ヒスイが俺の顔を見つめているのに気付いた。 「ジェイさん、わたし……」 太ももをもじもじとこすり合わせながら、 甘い響きの声で言う。 「もう、我慢できそうにありません……」 一度、精の衝動を放出したとはいえ、俺に否という 返答はもちろんのこと存在しなかった。 だから、俺は軽く微笑むと。 「ヒスイ、こっちだ……」 ベッドの上に座り直し、膝の上に来るよう促した。 膝の上に、服をはだけさせた彼女の柔肌が 密着する。 「んっ」 すでに彼女の股間は洪水のようで。 溢れ出た愛液が俺の下半身までをも しっとりと濡らしていく。 「すごいな。ヒスイ、どんどん溢れてくるぞ」 「や、恥ずかしい……」 「だって、ジェイさんのをしてたら、 自然とこうなっちゃって」 もじもじと身もだえするヒスイ。 ……うん。柔らかな肢体が密着してて、 気持ちいい。 「じゃあ、始めるからな」 優美なラインを描く大きなバストが すぐ目の前にさらされている。 ぷるぷると揺れるふくらみは とにかく柔らかそうで。 思うがままに揉みし抱きたくて しょうがない。 逸る気持ちをおさえてヒスイの瞳を見つめた。 「あふぅ……」 ほころんだ薄桃色の唇の間から湿った吐息が漏れて、 俺の唇をくすぐる。 手を添えるように、たわわな乳房を撫で、 続けて軽く絞る感じにその先端をつまむ。 「んぅっ!!」 そのまま、興奮にピンと尖ったヒスイの乳首を 軽く引っ張ってみた。 敏感な場所への急すぎる刺激に、 ヒスイの体がぴくんと小さく跳ねる。 さらに、左右の乳首を拍子を付けて、 リズミカルにいじり倒した。 「あ……くぅ……ん、はぁ……」 ヒスイの口からこぼれる吐息に、甘い響きが 混じりだす。 「……あむっ」 綺麗なピンク色の突起にむしゃぶりつく。 「ひぃんっ!?」 体の奥で沸々と湧き上がっていた衝動のままに、 ヒスイの乳首を吸いまくった。 「んぁ、それ、感じちゃ……ああん」 ツンと尖った乳首のコリコリとした感触を 楽しみながら、唇で扱きあげる。 甘美な刺激にさらに大きさを増した乳首を 今度は舌で転がしてみた。 「あん、あ、んぅ……は、あ、んぁああ……」 舌先でピンク色の突起を弾いていると、 ヒスイの反応が一段と大きくなってきた。 「ひうっ、あ、や、あ、はぁ……っ」 口をパクパクさせて、与えられる快楽に 身を任せるヒスイ。 俺は次の段階に進むことにした。 乳房を弄んでいた片手を下半身へと 滑らせる。 「ふぁ、あ、ん……ひぅ、あ、はぁ……」 びしょびしょに濡れそぼった女の子の部分が、 俺を出迎えてくれた。 指に、溢れ出た愛液を絡めつつ、 割れ目……ではなく。 上の方にある女の子の宝石に 触れてみた。 「痛かったら言えよ」 痛みを感じないよう指の腹で、ぷっくりと膨らんだ クリトリスを優しくつつく。 「ふぁっ、それはっ、んんっ!?」 少しばかり刺激が強すぎたのか。 嬌声を発しつつ、いやいやをするように 髪を振り乱して悶えるヒスイ。 「んぁっ、ああっ、くふぅっ、はっ、ああっ!」 続けて、とろとろに溶けた割れ目に 指先を潜入させた。 指がふやけてしまうのではないか。 そう思わせるほどに、彼女の膣は 熱い濡れそぼっていた。 「やぁ、あ、ん、言わない、で……ああ」 彼女の中を、ゆっくりと焦らすようにかきまぜる。 膣壁のお腹側を指の腹で押し、そのまま こすり上げると、甲高い声で鳴いた。 「ああ、いいっ、すごい、気持ちいいですっ」 白いノドをのけぞらせ、快楽の叫びを 発するヒスイ。 魅惑的な肢体がぴくんと反応するたびに、 指に膣肉がまとわりついてくる。 「っと……夢中になってた」 下の方に意識が行き過ぎて、ついおろそかに なっていた乳房にぱくりとかぶりついた。 「ふぁっ、ああっ!!」 焼きたてのパンをほうふつとさせるふわふわした 柔肉を甘く噛むする。 「あぅ……く、んぅ……あ、ああ……んんっ!」 乳首を舌で転がしながら、ヒスイの膣に 侵入していた指を出し入れする。 指の動きに合わせて、彼女の最奥から愛液が 次から次へと溢れだしてきた。 「あぅ、はぁ……だめ、お腹の奥、じんじんして……」 ヒスイの肢体がふるふると小さく震える。 「あぅ……はぁ、ああ……ジェイさん、 指だと切なく……んぅ」 ちゅぽんと軽い音を立てて、ヒスイが言い切る前に 指を引き抜いた。 「わかった。それじゃ少し腰を上げてくれるか」 「はぁ、はぁ……は、はい……」 足に力を入れて、軽く腰を持ち上げるヒスイ。 トロトロに惚けた女の子の部分に、 先端を口づけさせる。 くちゅり。ねばついた感触が俺の先端を覆った。 「あぁ……」 「そのまま、ゆっくりと。そう、そんな感じだ」 ヒスイが腰を下ろすにつれ、俺のものが徐々に 彼女の膣内に埋まっていく。 「ん、んぅ……」 充分以上に濡れていたためか、さしたる抵抗もなく、 俺は彼女の中に納まっていた。 じゅくじゅくと濡れた粘膜が俺を包み、 うっとりと解かされていくような快感。 「ヒスイの中、熱くて、ぬるぬるして、 最高に気持ちいいな」 「んぁ、ありがと、う、ございます……ふぅ」 熱く、そして甘い吐息が鼻孔をくすぐった。 「でも……ん、そういうジェイさんだって、 こんな固くて……」 「それに、奥まで……はぁ……届いて、ます」 彼女の体重がかかっているため、より深く つながっているのが自分でもわかる。 「あん……はぁ、はぁ……ん……」 ろくに動いてもないのに、ヒスイの膣は ひくひくとうごめいて。 射精を促すように絡みついてくる。 「動いてもいいか?」 「ん……あ、はい。お願いします……」 ヒスイがうなずくのをしっかり確認して。 俺は腰を前後に揺らすように動かし始めた。 「ふぁ……あ、ああ……」 最初はヒスイのことを気遣い、 ゆったりとした挿入だったが。 彼女の膣があまりにも気持ちよすぎて。 「ヒスイ……」 気が付けば、彼女の名を囁きながら、 盛んに腰を振りたくっていた。 「ああ、ジェイさんっ!?」 「んぁ、わたし、感じすぎて……あぁ、あん!」 ヒスイの頭を抱きかかえるようにして、 唇を奪う。 「んっ、ちゅ、むぅ……っ」 応じるように、すぐさまヒスイの手が 伸びてくる。 互いの頭をかき抱いた情熱的な口づけ。 「んぅ、ちゅ……ん……」 思いを込めて、一心に唇の感触を押し付けあう。 瑞々しさに満ちた唇を割り開いて、 舌を差し込む。 「むぅ……んっ、ちゅむ……れろ、ぴちゅ……」 すかさず応えが返ってきた。 ヒスイの舌がツンツンと俺の舌先を ノックしたかと思うと。 ぬるりと柔らかい舌が絡んでくる。 「ちゅる、ちゅ……むぅ、れろ、ぴちゅ、ちゅぅ」 むさぼるように舌を絡め合い、快楽を与え合った。 激しく腰を突き上げながら、 口づけを続ける。 「ジェイさん……ちゅむ、ちゅ、 んぅ……む、んんっ!?」 挿入しながらのキスに興奮しているのだろう。 唇を合わせるたびに、ヒスイの膣肉がキュッと締まり、 俺自身を攻め立てる。 息苦しさに思わず唇を話してしまった。 途端、甘い嬌声が辺りを満たす。 「んぁ、あ、ん、くふぅ……あ、はぁ、ああっ」 ヒスイが自分から腰をくねらせて、熱く火照った秘所を こすり付けてきた。 「あぅ、あ、はぁ、ああん、ジェ、ジェイさんがっ、 わ、わたしの中で、どんどん、おっきく……」 火照った肢体から立ち上る甘い香りを 胸いっぱいに吸い込みながら。 激しく腰を突き動かし、ヒスイに快楽を送り続ける。 「あん、んぁ、あ、はっ、ああっ。あ、頭の中、 くぅ……真っ白に……んぁあっ」 ヒスイの肢体ががくがくと揺れた。 「あぅ、ふぁ、あ……あ、あ、あ、んぅ、 くふぅっ……はぁっ!」 彼女の膣がじゅぷじゅぷと俺を扱きあげていく。 全身がとろけてしまいそうなほどの一体感。 下腹部がじくじくと疼き、熱い衝動が 暴れはじめる。 「うぁ、あ、ふぅん、んぅ、あ、あ、あ、ああっ」 意識した途端、その衝動は鮮烈なまでに 勢いを増していった。 それは抵抗しようという意思すら、一瞬で 打ち砕くほど強く劇的で。 「くっ……ヒスイ、もう、もたない……」 腰の動きを止めることすらできず、ただただ彼女に 快楽の波を浴びせかけていた。 「ジェイさん、わたし、わたし、あ、あ、あ、 ああああああああっ!!」 腕の中でヒスイの肢体がぐんと反り返る。 ヒスイの膣肉が俺に絡みついたまま、 狂おしいほどに収縮した。 「ヒスイッ!!」 俺の性感は限界を超え、ヒスイの膣内に 熱い飛沫をぶちまけた。 ブピュッ! ビュルルッ、ビュルウウウウッ! 破裂しそうなほどに張り詰めていた先端から、 濃くてねっとりとした精液が解放される。 「んあああっ! あは、あ、あ、あぁぁ……」 最後の一滴まで、彼女の中に注ぎ込みながら、 ふらつく肢体を支えてやる。 「お、おっと……」 「あぅ……あ、はぁ……ジェイ、さん……」 息も絶え絶えな様子でうっすらと 笑みを向けてきた。 彼女とつながったままの姿勢で、 しばらく息を整える。 「はぁ、はぁ……あ……」 乱れた呼吸のまま、どちらともなく顔を寄せ合い 唇を重ねた。 先ほどの快楽を求めるキスではなく、 想いを伝えるための触れるだけのキス。 「ん……ちゅ……」 「んぅ、ん……」 唇を合わせた時と同様、静かに唇を離す。 「あの……ジェイさん……」 ヒスイがおずおずと口を開いた。 「満足していただけましたか?」 「ん? ああ、最高に良かったよ」 「あ、いえ、そういうことじゃなくて……」 もごもごと言葉を濁すヒスイ。 「その……もっと……」 ヒスイの言いたいことは即座に伝わってきた。 というか、俺自身、もっと彼女が欲しくて たまらなかった。 「ヒスイ、もう一回いいか?」 「あ……はい……」 こくんと小さく頷くヒスイにもう一度触れるだけの キスをしてから、彼女をベッドに押し倒した。 「そんな、こんな格好でなんて……」 大胆なポーズで大事な部分をあらわにしているヒスイ。 「これだと、全部見えるな」 精液と愛液の混じった液体を溢れさせながら。 俺が入ってくるのを待ち望むかのように、 ヒクヒクとうごめいている。 「やぁ、そんなこと言わないでください」 恥ずかしそうに口をとがらせるヒスイの 女の子の部分に分身をものをこすりつける。 「んぁっ」 くちゅくちゅと音を立てて、割れ目を攻めていると ヒスイが鼻にかかった喘ぎをもらした。 さらに二度三度と抉るように 入り口だけを刺激する。 「ジェイさん、んぅ……そんな、焦らさないで ください……」 甘い響きが混じった懇願の声。 彼女の秘所はぬめりを増し、俺が入ってくるのを 今か今かと待ち望んでいた。 「分かった。それじゃ力を抜いて」 ぱっくりと開いた割れ目に、体重をかけるようにして 俺のものを押し込んでいく。 ずぶ、ずぶずぶっ、ずぷぷぷぷっ。 「ん、ジェイさんが入ってきました……」 「もう二回も出してるのに、すごく固い……」 「当たり前だろ。相手がお前なんだから」 声をかけながら、不意打ち気味に腰を引く。 「ふぁ、ああっ!?」 一度俺を受け入れた後だからか。 十分にほぐれきった秘肉が優しくねっとりと 絡みついてきた。 今度は腰を前へ。 「んぅ、あ、また、入って……あっ!」 ヒスイの膣内とは相性がいいのか、 最高に気持ち良かった。 入口の辺りは少しきつめに締め付けてきて、 半ば辺りは、俺をもっと飲み込もうと絡みつく。 奥の方はトロトロの秘肉が、俺の先端を 包み込むように吸いついてくる。 「はぁ、あ……ん……んぅ、あ、やあ……」 ひくひくと体を震わせて、快楽に喘ぐヒスイ。 二回目ということもあって、スムーズに俺を 受け入れてくれた彼女の膣を遠慮なく攻め立てる。 じゅぶ、すぶ、じゅりゅ、ずぶぶぶ。 彼女の足を押さえつけるようにして、 膣の中をえぐっていく。 「あっ、ジェイさん……今、 こすれたところが……んぅっ」 体位が変わると、こすれあう場所が変わるのも 当然のことで。 入口の浅いところを小刻みに突いたかと思わせつつ、 一気にお腹側を抉りこんで見せる。 「ふあっ、あ、ああっ」 腰を突き入れるたびに、悩ましい二つのふくらみが ぶるんぶるんと震えた。 「ああっ、んっ、き、気持ち、よすぎて…… んぁ、わたし、とろけ……ちゃう」 惚けたように開かれた唇から、喘ぎとともに 湿った吐息が零れ落ちた。 「ヒスイ、見えるか?」 「はぁ、はぁ、はぁ……んぅ?」 ヒスイの視線が俺から自身の下腹部へと移る。 「あ、すごい、わたしの中に、ジェイさんのが 突き刺さって……」 「すごい、えっちで……ああっ」 じゅぶじゅぶと愛液を弾けさせながら、俺のものが 出し入れされる様子にヒスイは目を見開いた。 魅了の魔法にかかってしまったかのように。 じっとつながった場所を見つめている。 「うあ、あ……わたしのあそこ、あんなになって…… ん、ふぁ、あ……くぅっ」 膣壁が熱くくねって、俺のものを締め付けてくる。 「あぅ……あ、んぅ、ふぅ、あ、んんっ!!」 負けじと俺も腰を突き入れるが、きつさを増してきた ヒスイの秘所に思わず腰が引けてしまう。 「ああ、腰、止まらなくて……っっ!」 愛らしいかんばせを艶めいた色に染めながら、 ヒスイが嬌声を上げる。 一度挿入するたびに、快感はすさまじい勢いで 膨れ上がり、俺を責め立てる。 「ん、あ、はぁ、や、ど、どうしよう。どんどん、 気持ちよく……くぅん、なっちゃう」 とめどない愉悦の奔流に理性が 吹き飛んでしまいそうだった。 「や、あ、はぁ、んぅ、くっ、はぅっ」 不意に。体の奥底で精の衝動が どくんと反応した。 三度目の邂逅だというのに、それは激しく勢力を 増していき――。 またたく間に、俺の限界を打ち砕くほどに 強大になっていた。 『このまま中に……』 『ギリギリで外に……』 「ジェイさん……」 ヒスイが熱の篭った目で、俺を見上げてくる。 「ん?」 「ぎゅっとしてください」 切なさのこもった懇願の声が俺の耳朶に届く。 「ぎゅっと抱きしめられたまま、寝たいです」 「今日だけじゃなくて……これからも、ずっと……」 「ああ。おやすいご用だ」 くしゃり、とヒスイの髪を撫でながら頷く。 「これからも一緒にいる。そういう約束だからな」 「これからもずっと、お前のことを抱き締めるさ」 「……はい。ありがとうございます」 ヒスイが求めるままに、その体を強く抱きしめる。 疲れも汚れも気にせずに、求められるままに 強く抱きしめる。 お互いに静かな寝息を立て始めてもなお、離さないまま。 ヒスイの体を抱き締め続けていた。 とんでもない光景が、目に飛び込んできた。 「……えっ?」 頭の大半を占めていた眠気が、一気に 片隅へと追いやられる。 「ん……ああ……」 切なげな声を出しながら、カレンが片手で、 自分の胸を揉みしだいており。 そして、もう一方の手は股間へと延びていた。 全身がしっとりと汗ばみ、なんとも艶めかしい風情。 「……うぉっ!?」 思いもよらぬ光景を目撃した驚きから、 つい声が漏れてしまう。 「だ、誰か……いるのかっ?」 やばいっ!? 慌てて、木の陰に体を隠して息を潜める。 「……気のせいか」 ふぅ。なんとか気づかれなかったみたいだ。 しかし、今のは危なかったな。 もしも、覗いているのがばれたとしたら……。 うん、おしまいだったろうな、色々と。 それにしても、まさか……カレンが、 こんなことをしているなんて。 「ん……ふぅ……んっ……んんっ……」 気が付けば、カレンがまた行為を再開していた。 「んぅ、ダ、ダメだ。ヒスイが大変だっていう時に、 こ、こんなことしてちゃ……」 いやいやをするように、ふるふると首を振りながらも、 その手は止まることなく。 なだらかなラインを描くふくらみを 揉みしだいている。 「でも、体が熱くて……んぁあっ」 よほど力を入れているのだろう。 指がうごめくたびに、弾力に満ちた乳房が ぐにぐにといやらしく形を変えていた。 「はぁ、はぁ……な、なんなんだ。この感覚……」 「あの花粉を……浴びた時……から……」 戸惑いの表情を浮かべるカレン。 どうやら原因は、ホウライ草探しの最中に 引っこ抜いた草のようだな。 「んぁ、あ、あぁ、このままじゃ、くっ…… おかしく、ん、なりそうだ……」 「く……んぅ……んぁ……あ、ふぁ……っ」 ショーツの中に突っ込まれた手がもぞもぞと動き、 布地の形を変える。 加えて、はたから見てもわかるほどに、乳首が ぷっくりと膨らみ、布地を押し上げていた。 「はぁ……あ、ん……んぅ……んぁ……っ!」 普段の凛々しい雰囲気はすっかり影をひそめ。 今の彼女を見るに、凄腕の剣士だと想像できる要素は 一切感じられなかった。 「あ、ん、ああ、て、手が止まらな……んぅっ」 次第に息遣いが荒くなり、自身を慰める指の動きも 激しく、大きくなっていく。 「ふぁ、あん、んぅ、だ、だめ、声が出る…… あ、はぁっ」 必死に声を押し殺そうとしているものの、 逆にそれが彼女の官能を高めているようで。 漏れ出る声は次第に、大きく、そして甲高いものへと 変化していった。 「うあ、はぁ……だ、誰かに、ん、 聞かれでも、したら……くぅん!」 そんなことを呟いた途端、カレンの肢体が びくんと大きく跳ねあがった。 「うぁ、はあ、あ、ん、んんぅっ!」 「だ、駄目だ。ふぁ、誰かに、んぅ、見られたら、 私、私ぃ……あぁっ!」 なんかすごい反応だな。 ……もしかして、誰かに見られることを想像して、 変なスイッチが入ってしまったのか? 「あぅ……んぅ、はぁ、あ、んぁああ……」 俺が考察している間にも、カレンの自慰は 一段と激しくなっていた。 ごくり。 あまりにもいやらしすぎる光景に知らぬうちに、 ノドがなってしまう。 「はぁ……はぁ……んぅ、胸がじんじんして……」 「あ、は、んぅ……せ、切なくて……あ、はぁ……」 「こ、これ……触ったら……くぅん、 私……ふぁ、ど、どうなるんだ?」 やわやわと揉みしだいていた乳房から手を スライドさせて、ピンと屹立した乳首に触れる。 「はぁ……はぁ……」 ひとつ唾をのむと、カレンは服の上から乳首を ぎゅっとひねり上げた。 「あああっ!」 ガクガクと首を揺らしながら、先ほどよりも激しく 快楽をあらわにするカレン。 髪を振り乱しながら、その凛とした美貌を 艶めいた色に染め上げていく。 「ああっ、すごいっ、くふぅ、む、胸の先が、 気持ち、いいっ」 どうやら声を押し殺すことすら、忘却の彼方に 行ってしまったようで。 堰を切ったかのように甘いあえぎ声が 奔流となって溢れてくる。 「あぅ、やぁ、はぁ……あ、くふぅ、はぁん!」 今や離れた場所からでもわかるくらい、カレンの股間は びっしょりと濡れていて。 ぐちゅぐちゅと濡れた布地が絡みつく音が 俺の耳にまで届いてきた。 「くぅ、あっ、んっ、あっ……ふぁっ、んんっ!!」 乳房と秘所。敏感な場所を同時に刺激し、快楽に 溺れていくカレン。 「はぁっ、んっ、ふぁ、や、あ、んぅ、ああっ!?」 カレンがこぼす荒い吐息と、くちゅくちゅという 粘着質な音。 ふたつの音色が混じり合い、俺の興奮を 否応なく掻き立てていく。 それに伴って、カレンの肢体が小さく小刻みに 震え出した。 もしかしたら、終わりが近いのか? 「やっ、あ、あ、あ、だめっ、感じすぎてっ、 ああっ、あ、あ!!」 どうやら、俺の予想は正しかったみたいで。 「んんっ、あっ、んっ、んぅっ、あ、あ、あ、 ああああああ!?」 ほどなくして。カレンは絶頂の瞬間を迎えた。 「ああああああああああああああああああっ!!」 絶叫とともに、びくびくと体をけいれんさせて 絶頂に至るカレン。 その姿はいやらしくも、どこか美しく。 見ているだけで射精してしまそうなほどに、 俺を興奮させた。 「はぁ……はぁ……はぁ……」 精も根も尽きてしまったのか。 カレンは目を閉じてぐったりと脱力していた。 それにしても、すごいものを見てしまった……。 「どうしよう……」 カレンに一声かける……いやいやいや、 そんなこと出来ない。 出来るわけがない。 「ここは紳士的かつ優雅に振る舞おう」 元の場所に戻り、静かに穏やかな眠りへと付く。 つまり、何も見なかったフリをするのだ。 「うむ。俺は紳士魔王だからな」 心を無にして、体を大地へと 同化させるかのように、眠る。 それを静かに、なおかつスマートに実践するのみだ。 「……出来るかな」 なんて、自信のない呟きは、森の中に広がる夜の闇へと 溶けて消えていくのだった。 そして、翌日――。 「も、戻ってきたぞ……ヒスイ……」 宿へと戻ってきた俺は、絶賛寝不足であった。 というか、寝れるか。眠れるわけあるかっ! 心を無にして、大地に同化するように眠る? 出来るわけねえだろっ!! 「今すぐに……って、おいっ!?」 戻ってみると、ヒスイの服がすごいことになっていた。 熱で火照った体が苦しかったのか、あるいは 汗でも拭いていたのだろうか。 胸元が完全にはだけきっていた。 「くっ、これは直しておいてやった方がいい……よな」 カレンやクリスに任せてもいいだろうが……。 まるで俺がヒスイの服をはだけさせたかのように 扱われてもたまらない。 特にクリスは嬉々として俺を弄ってくるだろう。 「よし、なるべく見ないように……」 あいつらが部屋に入ってくる前に ヒスイの服を直しておこう。 出来るだけヒスイから目を背けつつ、 作業を開始するのだが……。 「……むうっ!」 時折、指先がヒスイの柔らかな肌に触れてしまう。 これは事故だ。これは事故なんだ。 決して、俺が触りたくて触っているわけではないんだ! 「……ふう、これでよし、と」 「すまない、待たせたな。ヒスイ」 「ごめんね。すぐに治してあげるから」 二人が部屋に入ってくる前に、どうにか 作業を終えることが出来た。 「うぅ……んっ……」 ほっと安堵の息を漏らしたのも束の間、眠ったままの ヒスイが苦しそうに小さく呻く。 その弱々しい姿を見て、何故か心が少し痛む。 ……何故だ。 「それでは、師匠」 「ああ。今、ホウライ草を……って、あれ?」 荷物の中からホウライ草を取り出したところで、 ふと疑問がよぎる。 「これって、どうやって飲ませたらいいんだ?」 すり潰したり、煎じたり……そういうことが 必要なのだろうか? 「基本は回復草と同じなんだろう?」 「はい。基本的には」 「だったら、悩む必要はない」 カレンが自信満々に胸を張る。 なんだ、どうすればいいか知ってるのか。 「それじゃ、任せるぞ」 「ああ、引き受けた」 自信に満ち溢れるカレンへと、ホウライ草を手渡す。 「本当に……大丈夫なんだよな?」 カレンがやけに自信満々の時ほど、ろくなことに ならなかった事実を思い出す。 どうしよう。急に嫌な予感がしてきた。 「ああ、任せておけ」 カレンはホウライ草を持った手をヒスイの 口元へと近づけて……。 「さあ、食べるんだ」 口の中に押し込んだ!? 「おい、まてぇっ!? 直接的すぎるだろっ!!」 「そうだよ、カレンちゃんっ」 流石に状況が状況だけに、クリスも 普通にたしなめてくれるようだ。 「病人なんだから、ゆっくり食べさせてあげないと」 「そういう問題じゃねえよっ!?」 「ん……」 そしてヒスイは眠ったまま、口の中の 草を咀嚼し始める。 ……え? 意識ないのに食べれるの? ていうか、意識ない奴に食べさせていいのか!? 「……ふう、これでもう大丈夫だ」 「うん、これでもう大丈夫だねっ」 あからさまに安心している二人。 ああ……そうか、これでいいのか。 釈然としねえええええ!! 「……ん、うぅん……」 口の中の草を飲み込んだヒスイは、顔色が みるみる良くなって……って早いな!? 「あ……」 ゆっくりと、ヒスイが目を開ける。 本当に治った、のか? 疑問に思う俺の目の前で。 「皆さん……おはようございます」 ヒスイが、そう告げてくるのだった。 「もう大丈夫のようですね」 「良かった。無事に治ったな」 「心配したんだからねっ、もう」 「す、すみません。ご迷惑をおかけして」 まあ、色々と納得いかないことや、疲れること、 釈然としないことなど多々ありもしたが。 「あの、ジェイさん……その……」 「ありがとうございました」 花開くようなこの笑顔がまた見れた。 「どういたしまして」 それだけで十分じゃないか、と。 どこかで満足している俺がいた。 カレンの体を後ろからそっと抱きしめた。 目の前にある彼女の首筋から、立ち昇った甘い香りが ふわりと鼻腔をくすぐる。 「この姿勢は……あれだな。なんというか、 その、とても恥ずかしい……」 腕の中で、羞恥に頬を赤くしたカレンが、 もじもじと体をくねらせた。 戦士だということを忘れてしまいそうなほどの 柔らかさ。 こうして抱きしめてみると、彼女が意外と 華奢なことがよくわかる。 「それにしても……この細腕で、 よくあれだけ剣を使えるよな」 近くで見ると、改めてそう思う。 手の平で、そっとカレンの二の腕の辺りに 触れながら、呟く。 「ん……女神様の加護があるから、だ」 「それも、分かってはいるんだがな」 「あ……ん……」 そうやってしばらく腕に触れ続けていると、 カレンの口から甘い吐息がこぼれた。 どうやら、本当に感覚が鋭敏化しているらしい。 「出来る限り、ゆっくりとしていくからな」 あまり急いてはカレンの負担になるかもしれない。 自戒の意味も込めて、カレンに確認するように囁く。 「ああ。その……」 「優しくしてくれたら……嬉しい……」 視線を合わせないまま、カレンが呟くように答えてくる。 その顔が羞恥で赤く染まっているだろうことは、 容易に想像が出来た。 「わかった。つらかったら言えよ?」 「……ああ。分かった」 「それじゃ続けるな」 そう宣言すると、俺はおもむろにカレンの 胸元に手を伸ばした。 ぷに、と手のひらに感じる乳房の感触。 すっぽりと収まるサイズの柔肉を手全体を使って、 ふにふにと揉んでみる。 「んぅ……」 常日頃の鍛錬の賜物か。 彼女の乳房は素晴らしい弾力に富んでいた。 手のひらに帰ってくる感触の気持ちよさに 夢中になって揉みまくる。 「こう……いいもの、だな」 手のひら全体でその弾力と柔らかさを楽しみつつ、 曖昧な賞賛を告げる。 「そ、そうか。よくわからないが……んぅ…… 褒められているのなら、んぁ……幸いだ」 「し、しかし……すごいもの、だな」 「何がだ?」 唐突なカレンの言葉に、思わず手の動きを 止めてしまう。 そして、俺の問いかけにカレンはしっとりとした 口調で応えた。 「人に触れられる……それだけで、 どこか満たされる気持ちがある」 「胸を触っているだけで十分ということか?」 「精神的な話だ。その、肉体的なものは…… まだ足りないというか……」 「こ、こんなこと言わせるなっ!」 「む、す、すまん。それじゃ、こう、頑張らせてもらう」 カレンの胸のふくらみに触れていた手を、 しっかりと動かし、柔肉を握りしめる。 「んぁっ」 鼻にかかったような艶のある声。 カレンはぴくんと体を反応させた。 「あ、ああ、その……頑張って、くれ」 「……分かった」 おかしなやり取りを行いながら、乳房を 握り締める手をぐにぐにと動かす。 握っては緩め、緩めては握る。 「ん……ふぅ……」 俺の手の動きに応じるように、 カレンの口から吐息がこぼれる。 「……このくらいでいいか?」 カレンの反応から察するに問題はなさそうだが、 確認のために問いかけてみる。 「あ、ああ……だが……」 「もっと……強いくらいでも構わない……」 ためらいながら、カレンが俺に返してくる。 「もっと強く、か……」 服の上からでは、まだ物足りないのだろう。 これ以上の刺激ともなると……。 「直接触れてもいいか?」 「直接……?」 「ああ、服を脱がせることになるが……」 「……ん、構わない」 カレンの言葉に甘え、次の段階に進むことにする。 服をはぎ取るようにずり上げ、胸を露出させた。 「あ……」 美乳という単語がぴったりな、形のいい乳房が、 ぷるんと飛び出してきた。 適度に盛り上がった白い双丘の頂に、ぷっくりと 盛り上がるピンク色の突起。 「……綺麗だな」 「うぅ……」 容姿をほめられることになれていないのだろう。 カレンは恥ずかしそうな面持ちで、 小声を漏らした。 今度は洋服越しではなく、直接触れる。 「ん……あぁ……」 真っ白な肌は驚くほどに滑らかで。 ぴとっと手のひらに吸い付くような感触。 軽く指に力を入れると、押し返すような 感覚が帰ってくる。 「あ……はぁ……ん、んんっ……っ!」 その弾力がなんとも手に心地よく、 何度も何度もふにふにと揉みしだく。 カレンがもらす声に甘さが増してきた。 「どうだ、これでいいか?」 「あ、あぁ……体の奥から、ん、熱く、 なってくるみたいで……はぁっ」 「すごく……んぅ、いい……」 乳房を下から円を描くように撫で回すと、 手のひらの中心に、硬い突起が当たった。 興奮に強張りを増している乳首を、 指の腹できゅっとつまみ上げる。 「ああっ」 俺の腕の中でカレンの華奢な体が、びくんと 大きく震えた。 そのままぐったりと背を預けてくる。 「だ、大丈夫か?」 「はぁ……はぁ……胸の先がびりっとした……」 あどけなく開かれた唇の間から、 荒い吐息が零れた。 「そんなに……?」 こういう感度は個人差が大きいと聞いたことはあるが……。 今のカレンは、かなり感覚が鋭敏化しているようだし、 更に感度が強まっているのかもしれない。 とりあえず、ここで中断するわけにもいかない。 胸への愛撫は続けることにする。 「ふぁ……やぁ……」 なだらかな双丘の先端にある突起を、指の腹で こりこりと扱きあげる。 「あっ、それ……はぁ、気持ちいい……」 快感に瞳を潤ませ、喘ぎ声を上げるカレン。 敏感な突起をいじれば、いじるほどに、 硬くなり、ひくひくと脈打つ。 「あ、ん、はぁ……胸の先の方が、 じんじん……して、くふっ」 「声が……んぁ、と、止まらな……ぁん」 快楽に身悶えするたびに、髪が乱れ、 ちらちらとうなじが見え隠れする。 流麗な首のラインが妙に美しく映えて――。 うなじに顔を寄せ、首筋に舌を這わせてみた。 「やぁん!」 ひと際甲高い嬌声を発し、カレンは上体をびくんと 反応させた。 「あ、あれ……?」 予想以上の反応にびっくりする。 「い、今、どうかしたのか?」 「わ、わからない。けど……」 「首筋がぞくっとしたと思ったら、 痺れるみたいな刺激が来て……」 ほうっと熱い息を吐くカレン。 「……この辺りが弱いってことなのか?」 となれば、やることはひとつ。 「な、なにをっ!?」 「いいから。大丈夫だから」 カレンのうなじに顔をうずめながら、舌を這わす。 「あん、やぁ……はぁっ!」 妙に可愛らしい声で喘ぐカレン。 もっとその声を聞きたくて。 痕をつけるように、首筋に口づけていく。 「んっ……あっ……」 俺の口がカレンの首に触れるたびに。 カレンは小刻みに体を震わせながら、 快楽を享受する。 「あぅ……ふぁ……やぁ、ぁん……んんっ!」 カレンの口から奏でられる愛らしい音色が、 俺の興奮をより高めていった。 「うぁ……はぁぁ……ん、んぅ……ああ……」 うなじから耳の裏までをひと舐めしたあと、 小さな耳たぶに狙いをつける。 「……はむっ」 かぷり。カレンの耳たぶにかぶりついた。 「ふぁっ!?」 痛みがいかないよう、唇であむあむと刺激。 コリコリとした食感がなんともおもしろい。 「あはぁ……やぁ、それ……ダメッ……んっ」 口内に含んだ耳たぶを舌先でねぶる。 合わせて、左右の乳房を交互に揉みしだき、 さらなる刺激を与えていく。 「あ、はぁ……んぁ、あ、ああ……」 「か、感じすぎちゃって……それ以上されたら、 私、んぅ、おかしく、ああっ……」 激しい快楽の波に、カレンは脚をカクカクと震わせた。 「お願いだから……ジェイ……んっ、ま、魔法使い…… そこは、もう……」 ……ん? ジェイ? 「今、俺の名前を呼ぼうとしなかったか?」 耳から口を離し、カレンに問いかける。 「あ…………」 カレンが熱い吐息とともに、小さく頷きを返してきた。 「今、なんで言い直したんだ?」 「そ、それは、その……」 視線をあらぬところに向けながら、 カレンは小声でぽつりと。 「やっぱり恥ずかしくて……」 言うなり俯いて顔を真っ赤にして黙り込んでしまう。 その姿が、やけに愛しく見えて。 「カレン……」 くったりと脱力するカレンを抱きとめていた腕に 力を入れてぎゅっと抱きしめ直す。 さらにがばっと首元に顔を埋めた。 「きゃぁっ!?」 カレンの暖かさと香りを鼻先に感じる。 「や、そんな……あぁん」 首筋への刺激と羞恥にカレンは肢体を ふるふると小刻みに揺らした。 「もう一度呼んでくれないか?」 謝りつつも、首筋から顔を離さない。 「あぅ……はぁん……だ、駄目だ……」 首筋に舌を這わせつつ、腰砕けになった カレンの下腹部に右手を滑らせる。 きゅっと引き締まった腹部を経由して、 スパッツの中へと侵入。 そのまま、彼女の一番敏感な箇所に 指を触れさせる。 くちゅ。 指先に伝わる濡れた感触。 「んぁっ!」 すでにカレンの秘所はぐっしょりと濡れていて、 手の甲にあたる下着もびしょびしょだった。 「もう、こんなになっているのか……」 「そ、それは……お前が色々したから……」 不意に。指の先をカレンのデリケートな 割れ目に差し込んだ。 トロトロに潤んだ女の子の部分は 俺の指を易々と飲み込んでいく。 「あっ、くぅ……」 彼女の膣内はやけどしそうなほどに熱く。 そして、指先がふやけそうなほどに 蜜がこんこんと溢れていた。 「はっ……あ、あぁ……っっ!」 カレンの浅い部分を内側からこするように 愛撫すると、汁気が一層増してくる。 くちゅくちゅという粘り気のある音が、 耳に届いてきた。 「あう、んっ……はぁ、あ、あぅっ!」 中に入れる指を一本増やし、二本に。 カレンの中に溜まった蜜を掻き出すように、 二本の指を大きく、ゆっくりと出し入れする。 「はぁんっ、あ、く、やぁっ……っ!!」 ちゅく、くちゅ、ずちゅ、ちゅぷ。 指が動くたびに、カレンの声が切羽詰まったものへと 変わってきた。 「ううっ、んぁっ……はぁ、んぅ、くふぅっ!」 「そ、そんなに……っ……中……ふぅっ、 か、かき混ぜたら……ああっ!?」 不意にカレンの足元がふらついた。 感じるあまり自分一人で立っていられないのか、 こちらにもたれかかってくる。 「おっと」 「はぁ……はぁ……はぁ……あ、ああ……」 脱力した彼女の重みを感じながら、 敏感な場所への行為を再開。 人差し指をくいっと曲げて、膣壁を爪で 引っかくようになぞる。 すると――。 「んぁっ、やっ、はぅ、んぅ、ああ……ふっ」 カレンの中にいた指先がより一層強く、 きゅうきゅうと締め付けられた。 カレンはカレンで下半身をひくひくと 小刻みにケイレンさせている。 「もう限界なのか?」 耳元でささやくと、カレンはぴくんと肩を震わせつつ、 こくこくと何度も頷いた。 「そうか……」 「あっ、あぁ……んぅっ…くふぅ……ん、んんっ!」 カレンが高みに達する直前。 俺は彼女への愛撫をぴたりと止めた。 魅惑的な肢体を抱きしめた状態で、深く呼吸をし、 昂りすぎた心を落ち着かせる。 「あ、はぁ……ど、どうして……」 切なげなまなざしのカレンが、震える声で 問いただしてくる。 声の中には哀願するかのような響きが 含まれていた。 「すまない。俺も、こう……そろそろ、 我慢が出来なくなってきた」 ズボンの前を押し上げるモノを、カレンの尻に 押し付けるようにしていう。 「そ、そうか……それじゃあ……その……」 「しょうがない、な」 カレンは一瞬、戸惑いの表情を見せたものの、 すぐに首を縦に振ってくれた。 「そこの木に手をついて腰をこっちに向けてくれ」 「こ、こうか……?」 「ああ、ばっちりだ。あと下は脱がすぞ」 「え? ……きゃっ」 「こ、この格好、恥ずかしい……ぞ」 近くに生えていた木に上半身をもたれかかせ、 下半身をこちらに突き出す格好のカレン。 確かに、これは恥ずかしい姿勢かもしれない。 「少し我慢してくれ。この格好は 痛みが少ないらしいんだ」 「な、なら、我慢する……が……」 彼女の股間に目をやる。 散々焦らされたためか、割れ目がぱっくりと開き、 熱い蜜をポタポタと滴らせていた。 逸る気持ちを押さえて、彼女の細腰に手を添える。 「あ……っ」 「あ、悪い。くすぐったかったか?」 「べ、別に大丈夫だ。そ、それよりも……」 「そうだな」 痛いほどに張りつめた分身を、カレンの股間にあてがい、 一気に挿入――せずに割れ目にすりつける。 「はぁ、な、なんで……う……」 「準備は必要だろ。少しでも、痛みは押さえたいからな」 割れ目をなぞるように分身を動かし、溢れ出る 愛液を万遍なくこすりつけていく。 「ん……あ、はぁ……」 その仕草でさえ、快楽が強すぎるのか。 カレンが甘い吐息をもらす。 「わ、私は……大丈夫、だから…… 焦らさないでくれ……」 カレンの口から、切なそうな言葉が紡がれる。 「さっきから……っ……心臓が どきどきしっぱなしで……」 「もう、どうにかなってしまいそうなんだ」 充分に愛液が絡んだのを確認すると、ひくひくと 蠢く入り口に、先端を触れさせた。 「あぁ、やっと……」 「カレン……つらかったら、言ってくれよ」 「分かっている……だから……」 「……ああ」 ゆっくりと腰を前に押し出す。 「あ……ふぁ、ん、あぁ……」 ずちゅ、ずぶ、ずぶぶ……!! 粘り気のある感触とともに、硬くいきり立った 俺のモノがカレンの膣内に入っていった。 「あ、あぁぁ、ま、魔法使いのが…… は、入って……くぅん!」 カレンが苦痛まじりの嬌声を発する。 ねっとりと絡みつく肉壁を押し開くように 分身が進んでいく。 「んぁ、すごっ……はぁ、な、中が、んぅ、 お、押し広げられ……」 「はぁ、あ、ああ……くぅ……ふぁ……」 ある程度、カレンの中に入ったところで、 何か弾力のあるものにぶつかった。 カレンの処女の証だろう。 「い、いいから、一息に……うぅ……」 逡巡している俺に、カレンが続きを促してくる。 下腹部全体に体重をかけ、奥へと進む。 ぶちっと何かが避けるような感触。 「ああっ!?」 そして、次の瞬間。 俺のモノはカレンの膣内に根元までしっかりと 納められていた。 「く……うぅ……っ」 「大丈夫、か……?」 「ああ……これくらいの痛みなら 慣れているから、な」 危険な場に身を置く戦士らしい物言いに 苦笑が浮かぶ。 「私の心配はしなくても大丈夫……だ。 好きなように……動いてくれ」 「わかった。それじゃ、最初はゆっくり 行くからな」 宣言通り、ゆっくりと腰を前後に動かす。 ずっ、ずずっ、ずりゅっ、ずちゅっ、じゅるっ。 ひと突きするごとに、ぬめぬめとした感触が 絡みつき、なんとも気持ちがよかった。 「ふぁ……あ、ああ……ん、はぁ……」 カレンもまた甘い声を出しながら、 愉悦の色ををあらわにしている。 「あ、は……ま、魔法使い……ん、そ、それ…… すごく、ああ、気持ち……んぁ……いい、ぞ……」 「こ、こっちも最高にいいぞ」 狭い膣内が不規則に収縮し、俺のモノを 圧迫してきた。 「お前の中、吸い付いてくるみたいで……くぅっ!」 全体が熱くぬめった肉に包まれ、 背筋がぞくぞくするほどの快感。 カレンを気遣い、ゆっくりするはずが、 気づけば猛烈な勢いで彼女を貫いていた。 「ふぁっ……んぅっ……あ、はぁっ…… ああっ……くっ、んんっ!!」 奥の方を狙って、ずんずんと激しく膣内を抉っていく。 「ああっ、それ、くぅっ、い、いい……っ!!」 長髪を左右に振って、喘ぐカレン。 その姿がまた、俺の興奮を掻き立ててやまない。 もっと彼女を感じたくて。 もっと気持ちよくなりたくて。 一心に腰を突き上げ、押し出し、注挿する。 その動きは自分の意思を超えて、段々と激しく、 荒々しいものへと変化していく。 「ああっ! そこ……ふぁっ! か、感じすぎて…… ……んぅ……んぁっ!?」 「くふぅっ、あ、あたま、まっしろに…… んぁっ、やぁっ……ああっ!!」 「くっ……止まらない……」 あまりの気持ちよさに理性なんて言葉は 頭の中から消え去っていた。 手を前に伸ばし、カレンの胸をわしづかみにして 激しく揉みしだく。 握りしめた乳房が、手の中でいやらしく変形し、 ぐにぐにと弾む。 「ふぁっ……そ、そんな、胸まで……あぅ…… なんてっ、くぅんっ!」 激しく腰をグラインドさせると。 俺の動きに合わせるように、カレンが腰を 揺すり始めた。 「あっ、やっ、こ、腰が……かってに、 はぅっ、う、動いて……あぁん」 ぱんぱんと互いの肉がぶつかり合う音が こだまする。 「そ、そんなに突いたら……かはっ、あ、んぅっ」 身悶えしながら、カレンが嬌声を上げ続けた。 「あぅ、はぁ、お、おかしく……なるぅ。 あ、あ、あ、ああっ!」 「カレンッ!」 上半身を前に倒し、のしかかるような姿勢で、 カレンのうなじに口づける。 「あぅ、あああっ!」 肌に朱が差し、色気を増したカレンの肢体が、 びくびくと痙攣に見舞われた とにかく無我夢中でカレンの中を抉り、貫き、 かき回す。 「くうっ、はぅっ、あっ、ふぁ、んぅぅっ!」 お返しとばかりにカレンの膣壁もその締め付けを 一層強くし、俺を責め立ててきた。 急速に湧き起こる射精の衝動。 恐ろしいまでの勢いで下腹部が熱いものが集まり、 爆発しそうになる。 すでに限界まで昂っていた俺には、 到底、抗うことなんてできなかった。 ただひとつだけ出来たのは、最後を どうするかという決断だけで―― 『膣内に出す』 『外に出す』 「カレンッ、中にっ、中に出すぞ!」 「んんっ、はぁっ、わ、わかった……くぅっ」 「ま、魔法使いの……はぅっ、す、好きな…… ところ、に……あああっ!」 最後の瞬間をカレンの中で迎えるため。 じゅぶじゅぶと激しい音を立てながら、 最奥を貫き続ける。 そして―― 刻一刻と高まり続けた衝動が、 ついに頂点へと達っする。 「くぁっ!?」 ビクンと全身が沸き立ち、突き刺さっていた、 先端が大きく膨れ上がり――爆発した。 びゅく、びゅく、びゅく、びゅくくん!! 凄まじい勢いで放出された精の衝動が、 カレンの最奥にぶちまけられた。 「あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああっ!!」 カレンが背中を弓なりにそらして、 絶叫する。 精の放出に甘美極まりない陶酔感が襲ってきた。 「く……はぁ……はぁ……」 激しい行為に、肩で息をしつつ、カレンの中に 収められていた分身を引き抜く。 ちゅぽん。 「ぁん……」 彼女の股間から精液と愛液、それと破瓜の証が 混じり合った液体がこぽりと溢れてきた。 「あぁ……魔法使いのがこぼれて……」 「うぬぅ……」 込み上げてくる射精の衝動に後押しされるままに。 カレンの膣内をラストスパートとばかりに、 高速で腰を前後させる。 「ひぅっ、んぁっ、あっ、くふぅ、ふぁ、あああっ」 熱くぬめぬめとした膣内で、俺のモノは限界まで 摩擦され、狂おしいほどの快楽を受けた。 目の奥がチカチカと点滅し、気が遠くなりそうになる。 「あふぁっ! あぁっ、はぁっ、はぁっ……っ!!」 「んっ、んんっ!! ……あっ、イッ……くぅっ!」 今までにないほどカレンの膣が激しく収縮した。 その刺激はあまりにも鮮烈で。 俺の我慢をあっさりと打ち砕いた。 「ぐぅっ!」 絡みつく膣壁を振りほどくように、 一気に分身を引き抜く。 これがトドメとなったのか、カレンが嬌声とともに 絶頂に至った。 「あっ、あっ、あっ、あぁぁぁぁぁぁっ!」 そして―― 「カレンッ!!」 彼女の名前を叫びながら、射精の衝動を爆発させる。 びゅる、びゅる、びゅるるるるっ!! 激しく飛び散った精液が、放心するカレンの 肢体に降りかかった。 下腹部を中心にお尻や背中まで、白濁液で 白く染め上げられていく。 「はぁ、はぁ……ん……あついのが、いっぱい……」 「ふぁ……こ、これが……精液……」 目の前の木にもたれ掛りながら、 カレンがうっとりと呟いた。 しばし、そのままの体勢でカレンが落ち着くのを待つ。 「はぁ、はぁ……ふぅ……なんというか ……すごかった」 「それは俺も同意だな」 我ながら初めてにしては、激しすぎたように 思わなくもない。 「なぁ、カレン」 「ん……どうした。魔法使い」 応えるカレンの相貌からはすでに 回復の兆しが見え始めていた。 さすが戦士だけあって体力の回復が早い。 かくいう俺も違う意味で回復……というか、 そもそもまだやられてもいなかったのだが。 「あ……」 こちらを振り向こうとしたカレンの動きが ぴたっと止まった。 その姿勢のまま、頬がぽっと赤くなる。 「魔法使い……」 「……うむ」 「その……お尻に固いものが当たっているのだが」 「……もうしわけない」 いまだ硬度を保ったままの俺自身が、カレンの尻の 合間に挟まるような形で当たっていた。 うむ。我がことながら、元気で何よりだ。 「えっと、その……」 恥ずかしさのせいか、言葉に窮するカレン。 おろおろと視線を泳がせた後。 「も、もう一度、するか?」 「いいのか……?」 「あ、あぁ。私に断る理由なんてない」 「じゃあ、今度はこっちを向いてくれるか」 「くっ、魔法使いが……魔法使いの太いのが……」 「ま、また、私の中に……ん、は、入って、 ……あ、あぁっ……」 すでに一度達したためか、カレンの膣は トロトロに溶けていて。 真正面から突き刺した俺のモノは、すんなりと カレンの膣内に沈んでいった。 「あぁ……ふ、深い……」 いくら木に背を預け、俺に手をかけているとはいえ、 結合部に自重がかかるのは当然のこと。 必然的に深くつながり合える体位なのだ。 「はぁ……はぁ……ふぁ……あぁ……」 カレンの艶めかしい吐息が、興奮を誘う。 「……すごいことになっているな」 「はぁ……はぁ……え?」 カレンが俺に貫かれたまま、惚けたような視線を 下に落とす。 「あぁ……」 そこには二人の結合部が見えた。 カレンの女の子の部分に、いきり立った俺の分身が ずっぷりと突き刺さっている。 「はぁ……そんな……」 熱のこもった息を吐きながら、恥ずかしげに 顔をそらすカレン。 しかし、視線だけは、魅入られたかのように、 じっと結合部を見つめている。 「それじゃ、そろそろ動くぞ」 「あ、ああ……最初はゆっくりと……」 「……すまない」 カレンの言葉を遮るように謝る。 入れただけだというのに、うねうねっとした柔肉が 俺のモノに絡みつき、気持ちよすぎるくらいで。 すでに興奮しきって痛いくらいの状況で、 我慢などできようはずもなかった。 「なっ!?」 カレンの尻たぶに手を伸ばし、持ち上げるように 体を揺する。 「はぁん!」 俺の先制攻撃がカレンの官能を打ち抜いた。 さらに腰を大きく突き上げて、最奥をじゅぶじゅぶと 貫いていく。 「そ、そんな……あぅ、い、いきなり……なんて ……はぁっ、ああん」 不意打ち気味の刺激に、カレンの引き締まった肢体が びくんと跳ねた。 同時に、俺のモノを包んでいる柔肉が、 絶え間なく脈打ち、締め上げてくる。 あまりの快楽に、腰の辺りがうずうずとし始めた。 「うぅ、今、すごく締まったぞ」 下腹部に力を入れ、暴発しそうになった己を 押さえつつ、ぼやくように言う。 当然、その間も腰のストロークは続けていて、 カレンを喘がせる。 「そ、そんなこと……んぁ、し、知るかっ。 あぅ、ん、んぁああっ」 次から次へと湧き出てくる潤滑油の滑りに 任せて、カレンの膣内を突き上げていく。 「あ、あ、や、ん、くぅ、はぁ……っ!!」 「か、硬いのがこすれて……はぁん、すごく…… んぁ、気持ち、いい……んんっ!」 少し勢いをつけて、ズンッと強めのストロークを 連続して繰り出す。 「し、下から……んぁ……ずんずんって、 きて……んんっ!!」 「はぁ、くぅ……頭の奥まで、んぁっ、 ひ、ひびく……ああっ!」 下から突き上げるたびに、カレンの二つの 果実がふるふると震えた。 彼女を抱きかかえる手には、ヒップの柔からかくも 弾力のある感触。 視覚と触覚。さらにカレンの喘ぎ声による聴覚への 刺激もあって、一層昂ってくる。 「やぁ、あっ、んっ、あっ……ふぁっ、んんっ!!」 昂るがままに、腰を激しく振っていると。 「んぅっ、あ、はぁっ、あ、ん、んぅ、 ……んぁあああああっ!!」 ふと。カレンが全身を痙攣させ、絶叫を上げた。 彼女の膣に入っていた先端に熱い飛沫が 降りかかる。 どうやら一人だけ先に達してしまったようだ。 「このまま、続けるぞ……」 耳元でささやくように告げて、 再び注挿を開始する。 「ま、待ってくれ、まだ……んぅっ!」 「やあっ、んぅっ、はぁぅ、くふぅっ……!!」 達した直後の敏感な秘所をさらに抉られて。 カレンの口から悲鳴まじりの嬌声が上がった。 「んぁっ、はげし……っ!」 ズンッ、ズッ、ズチュ、ズンッ、ズムッ、ジュムッ!! びりびりと快楽の電流が走る。 つながった部分から溶けて、ひとつに混じり合って しまいそうな甘美な刺激。 「ふあっ、あ、んぅ、ああっ、お、奥が、すごっ ずんずんって……はぅ、んぁ、あああっ!」 余計なことは考えずに、ただただ互いに高め合う。 ふと。腰の奥底に熱い衝動が集まってくるのを感じた。 最初は小さかったものの、意識した途端に、 急激な速さで肥大化する。 「あんっ、んぅっ、わ、私、ま、また……くぅっ」 カレンが首を左右に振り、髪を乱しながら 限界を告げてきた。 「くぅ……お、俺もだっ!」 カレンの肢体を抱きしめながら、俺もまた 限界に達しようとしていた。 膣内に入っていた俺の分身が、射精の時を求めて、 膨張する。 必死になって耐えようとするが、 そう長くは持ちそうになかった。 「ま、魔法使い……くぅん、さ、最後は、はぅ、 んぅ、な、かに、中に出してくれ……ああっ!」 俺の腰に足を絡めながら、カレンが懇願してくる。 「わかった。中だな」 その願いは俺にとっても望むところだった。 「あっ、んっ、そ、そう……ああっ、なかにっ、 なかにぃ……ああっ!!」 瞬間、カレンの膣がぎゅうぎゅうと収縮し、 俺を搾り取ろうとする。 その一撃が俺の抵抗を打ち砕いた。 「ダ、ダメだ。出る!」 どくんっ! 「んぅっ、ふぁっ、あ、あ、あああああああっ!!」 どくん! どくどくどくっ! どくくん!! 一度目よりも大量の精が、暴発したかのような勢いで カレンの最奥目がけて解き放たれた。 「くぅ……はぁ、はぁ……」 あまりの衝撃に意識が飛びそうになる。 震える手足に懸命に力を入れて、 カレンの体を支える。 「あふ……ん、はぁ……」 彼女もまた半分意識を飛ばしたような表情で 俺に抱きついてきた。 互いに支え合い、呼吸を整える。 「……魔法使い」 「どうした……?」 「ありがとう……」 蕩けそうな顔のまま、カレンが静かに囁いてくる。 「…………」 その囁きに、咄嗟に返す言葉も出て来ずに。 「こちらこそ……」 しばらく間を置いてから、少し間の抜けた 言葉を返すのだった。 トサッと軽い音を立てて、カレンの体が ベッドに横たわった。 「あ……」 恥ずかしそうにむき出しになった乳房を隠そうと 手で押さえているものの。 むにゅっと潰れた感じが、逆に、俺の興奮を 掻き立てて止まない。 「うぅ……」 「やっぱり、緊張するか?」 初めて体を重ねるというわけでもないが、 お互いに決して慣れているとは言えない。 普段から照れがちなカレンが、 緊張しないわけがないだろう。 「ま、まあ、な……」 「その……ま、魔法使い……じゃなかった。 えっと……」 カレンは視線を泳がしつつ、 もごもごと口ごもった。 しばし、ためらったのち、ようやく口を開く。 「ジェ……」 一文字だけ口にして、再び言葉を 途切れさせてしまう。 「……ジェ?」 「ジェ……あー、えー、その……ジェ、ジェ……」 「ジェヒッ!」 若干、声を上ずらせながらカレンが よく分からない言葉を口にする。 「…………え?」 「ジェヒュッ!」 「よく分からないが、一回落ち着こう。な!」 「とりあえず……深呼吸をしよう」 気休めかもしれないが、それでも 何もしないよりはマシだろう。 「そ、そうだな。それじゃ……」 「すー……」 俺の言葉に従って、カレンは 大きく息を吸い込む。 そして――。 「ひっひっふー、ひっひっふー」 リズムをつけて息を吐き出す。 「って、ちょっと待て」 その呼吸法は俺が知っている深呼吸ではない。 「ん?」 「何か問題でもあるのか。ここぞという時に 使う呼吸法だと聞いたのだが」 「ここぞという時って……いや、まあ、そこは 間違ってないが……」 その、『ここぞという時』のシチュエーションが 致命的なまでに間違っている。 「むぅ。お前のいうことは複雑だな」 「いや、全然複雑じゃないだろ」 そんなに分かりにくいことを言っていただろうか? もう少し、シンプルに伝えることを心がけよう。 「ところで、さっきは何を言おうとしてたんだ?」 「その、ジェヒとかジェヒュとか」 「う……それは、その……」 俺の疑問に対し、カレンは恥ずかしそうに目を伏せた。 「こ、こういう時に魔法使いと呼ぶのも なんだし……」 「だから、名前で呼ぼうと思ったんだけど。 でも、やっぱり恥ずかしくて……」 「ああ、なるほど。それで上手く言えなかった、と」 その結果、ジェヒとかなってしまったわけか。 「……ああ」 恥ずかしそうに目を逸らしたまま、 ためらいがちにカレンが頷く。 その瞬間、思わずくしゃりと彼女の頭を撫でていた。 「わっ」 「可愛いな、お前は」 「か、かわいいっ!?」 いきなり俺に褒められて、カレンの顔が 真っ赤に染まった。 あわあわと慌て始める彼女の隙を突いて、 薄紅色の唇をさっと奪う。 「んんっ!?」 この上なく柔らかく、そしてしっとりとした感触が 唇に伝わってきた。 いきなりの口づけにカレンは一瞬目を見開いたものの、 すぐに俺を受け入れてくれた。 「んぅ……ちゅ……」 彼女の肢体を優しく抱きしめ、触れ合った唇の 柔らかさを堪能する。 しっかりと重なり合った唇は不思議と甘く、 そして、暖かかった。 「ちゅ……んん……むぅ……」 カレンの手が首の後ろに回ってくる。 互いに抱き締めあい、一心に唇を合わせた。 「ふぁ……ジェ……ジェイ……」 口づけに酔ったかのように、カレンが惚けた声で ようやく俺の名を呼んでくれた。 それが嬉しくて。さらに強く彼女を求めてしまう。 「んん……はぁ……カレン……」 ただ唇を押し当てるだけだというのに。 心の内で愛おしさと、興奮が恐ろしいほどの勢いで その大きさを増していく。 「はぁ……もっと、強く抱きしめてほしい……」 「ああ。俺もそうしたいと思っていたところだ」 再び、口づけを交わしながら、腕に力を込める。 汗にしっとりと濡れた肌がぴたりと 張り付いてきた。 「んちゅ……ちゅ……ふぁ……んん……」 ただただ互いを求め合い、唇を吸い続ける。 どれくらいの間、そうしていたのだろうか。 どちらからともなく唇を離した。 「あ……」 「不思議だな……」 「ん? 何がだ?」 「お前と口づけをしたら、幸せな気持ちでいっぱいに なって、緊張がどこかに飛んで行ってしまった」 「そうか……」 「なぁ、ジェ……ジェイ。私にしてほしいことは ないか?」 「うーん、そうだな」 「手をどけてくれないか」 「え、ええっ!?」 「お前の全部が見たいんだ。いいだろ?」 「あ、うぅ……」 カレンはしばし悩むように眉をしかめた後、 ゆっくりと胸元を隠していた手を広げていった。 「あぁ……」 カレンの口から諦めと甘さの混じった吐息が 零れ落ちる。 「やっぱり綺麗だな……」 形のいいお椀型の胸が重力に潰れることなく、 その形をしっかりと保っている。 その先端にはツンと尖った薄桃色の乳首。 収穫を待つチェリーのように、立派に存在を 自己主張していた。 「そ、そんなにジロジロ見ないでくれ……」 「その……は、恥ずかしい……から」 「ん? ああ、すまない」 謝りながらも、俺の目はカレンの 胸元に釘付けになっていた。 「ま、前にも見たことはあるだろ……。 そんなに見て楽しいものなのか?」 前とは多分、初めて結ばれた時のことを いっているのだろう。 「ああ。楽しい……というか、嬉しいな」 「そ、そうなのか……」 「男にとって、女の胸というのは、 こう、特別なものだからな」 「何度見ても飽きないし、つい目を 奪われてしまうものだ」 事実、今の俺もこうして目を奪われっぱなしだ。 「特に……相手がお前ならな」 「そ、それは、どういう意味……だ?」 「お前が好きってことさ。カレン」 「そ、そうか……」 カレンが恥ずかしそうに目を伏せた。 「カレン、触ってもいいか?」 「あ、うん……ジェイがしたいなら……」 よほど先ほどの俺のセリフが、 心の琴線に響いたのか。 カレンはどこかぼうっとした様子で頷いた。 「それじゃ……」 大きさはそれほどでもないが、形の良さでは パーティの中でも群を抜く乳房に触れる。 「んっ……」 手のひらに吸い付きそうなほど、彼女の肌は 瑞々しさに満ちていた。 形を確かめるかのように、手のひら全体で覆うように ゆっくりと撫で回してみる。 「あ……ふぁ……」 俺の手が乳房を刺激するたびに、甘い吐息が 彼女の口から零れていた。 「気持ちいいのか?」 「う、うん……胸が奥の方から……ん、 なんだかうずうずしてきて……っ!」 「お願いだから、もっと……んぁ、ああっ」 焦らすことなく、カレンの求めに応じることにする。 さらなる快楽を与えるべく、撫でるのをやめて 今度は軽く握ってみる。 「あぅ……は、あ……」 俺の指が動くたびに、カレンの乳房が ぐにぐにと形を変える。 「あ……やぁ……はぁ……」 指先に返ってくる、ちょっと弾力のある 反発が面白くて。 ぎゅむっぎゅむっと感触を確かめるように 少し強めに揉みしだいてみた。 「あ、や、そんな……あぁ……」 すると、手のひらの中心に何やら硬い感触が 当たった。カレンの乳首だ。 かなり感じているらしく、ピンと尖って 高まりっぷりを自己主張している。 親指と人差し指で薄桃色の突起を きゅっとつまむ。 「ひうっ!!」 甲高い悲鳴とともに、カレンの体が 弓なりにのけ反った。 「す、すごい反応だな」 「あ、ああ……体が痺れるみたいで……あ……」 カレンが言葉を続ける間も、 乳首をコリコリと弄ぶ。 「すごく……んぅ、気持ち……いい」 「だったら……」 もっと気持ちよくさせてやりたい。 その一心から俺が取った行動は……。 ぱくり、と。 おもむろにカレンの乳首を口に含むことだった。 「あぁっ!!」 敏感な箇所への強烈な刺激に、カレンの口から またもや悲鳴まじりの嬌声が迸った。 そのまま続けて、上唇と下唇で乳首を挟み、 コリコリと甘噛みする。 「あぅ……はぁ……あ、あぁんっ」 唇に感じる乳首の硬さが妙に気に入って、 夢中になってむしゃぶりついた。 「やあ、そんなっ、そこ……んぅ、 ばっかり……」 「駄目だ、おかしく……くぅっ、 おかしく、なる!!」 そう言いながらも、カレンはさらなる快楽を得ようと 胸を突き出してくる。 気が付けば、たおやかな手が俺の頭に回っていて。 「ん、んぅ……っ!?」 いかん。そんなに押し付けられると、 い、息が……っ!! 「あっ、そこ、いい……んぁ、ああっ」 じたばたと暴れて抵抗しようとするものの 戦士の膂力は俺よりも上だったらしく。 逆に押さえつけられてしまい、嬉しくも苦しい状況から 脱することができなかった。 「むぐっ、むぐぐぐ……!?」 まずい。このままだと意識が……。 「はぁっ、あ、んぅ、くっ、ジェイの口、 すごくぞくぞくするぞ」 魔王、戦士の乳房に抱かれて窒息。 そんなフレーズが脳裏に浮かび上がった。 ていうか、そんなのシャレにならん! 「んーっ、んーっ!!」 胸で窒息死だなんて、そんな魔王聞いたこともない。 ああ、いや、元魔王だが。 と、ともあれ、こんな形で命を失いたくはない。 いや、ある意味男としては本望なのだが。 「ぐえっ」 俺の後ろに回されたカレンの腕に、 更に力が込められた。 「く、苦し……」 ぽんぽんとカレンの肩を叩いて、 力を緩めるよう促す。 しかし、カレンは無意識のうちにやっているらしく。 「あぅ、はぁ、あ……っ……んぅっ!」 甘い喘ぎを上げるばかりで、俺の合図に まったく気づいてくれなかった。 「んー……んー!」 「くふっ……んっ、あっ、はっ……あああっ」 ……まずい。カレンの声が甲高くなるのにつれて、 締め付けも強くなってきている。 しかたない、こうなったら……。 押してもだめなら引いてみろと、 乳首への愛撫を激しくする。 「やあっ!」 乳房にむしゃぶりついたまま、口内にある乳首を 舌先で舐め上げる。 「あっ、んっ、はぁ……んぁ、くふぅ……っ!!」 さらに、ころころと舌先で転がすように 刺激を与え続ける。 「あうっ、そ、そんなにしたら、くぅっ」 ここで手を休めてはいけないとばかりに、 もう片方の乳首を指先できゅっと抓み上げる。 「くぅんっ!!」 今の刺激はよほど効いたらしく、カレンの体が ひときわ大きく跳ねる。 腕の拘束がわずかに緩み、その隙に 顔を少しだけ離しておく。 気が付くと、息も絶え絶えな様子のカレンが、 俺を見上げていた。 「はぁ……はぁ……ジェ、ジェイ……」 もっと気持ちよくなりたい。 もっとしてほしい。 そんな欲情の色が瞳の奥に見て取れた。 もちろん、俺に否はない。 「大丈夫。わかってるさ」 言うなり、俺の唾液でてらてらとてかる乳房に むしゃぶりつく。 「んぁっ、あふぅ……んあああ」 右手でリズミカルに乳首を押したり、 抓んだりしながら。 もう片方の乳首を口で愛撫する。 舌で舐め転がし、唇で挟みあげ、歯で軽く噛む。 「ひあっ、あっ、んっ、はぁっ、くぅ、んんっ」 俺が何かするごとに、カレンは全身で快楽を あらわにしてくれた。 ピク、とカレンが小刻みに震えて、それに 合わせるように、途切れ途切れの声が弾む。 「このままだと、わ、わたし……ふあっ」 強すぎる悦楽にカレンの肢体がびくびくと痙攣する。 ここを先途と見て取った俺は、少し強めにカレンの 乳首に歯を立てた。 カリッという硬めの弾力が歯を通して 伝わってくる。 そして、この行為が決め手となったのか。 「ひうっ、あ、あ、ああああぁぁぁぁっ!!」 びくんと大きくカレンの肢体が跳ね上がり、 女の子の部分から、ぷしゅっと飛沫が迸った。 乳房から顔を離し、カレンの顔を見つめる。 「あぅ……はぁ……はぁ……あぁ……」 肩で息をしながら、カレンが惚けた瞳を向けてきた。 「本当に効果があったんだな、あの煮込み料理は」 「うー……」 カレンが羞恥に頬を染め、うーうーと唸る。 「そ、それもだが……その、ジェ、ジェイも、 その、なんだ……舌とか……口とか……」 「良かった……から……」 そう告げるなり、カレンは恥ずかしそうに 目をそらした。 妙にその仕草が愛らしくて。 気が付けば、無意識のうちに彼女の頭を ぽんぽんと撫でさすっていた。 「あ……」 突然の行為に、カレンは一瞬ぽかんとすると、 すぐに嬉しそうにはにかんだ。 ああ、本当に可愛いな。 しばし、そうしているうちに、カレンの視線が 俺の下半身に向いていることに気付いた。 「その……こう、な」 そのまま、ためらいがちにカレンが口を開く。 「お前も……料理の効果が、あったみたい……だな」 「ああ。そうだな……」 今までの行為で、俺自身は痛いほどに張りつめていて。 早く彼女の中に入りたいと、びくびくと しゃくり上げていた。 「その……私、なら……」 恥ずかしそうに視線を宙に泳がせるカレン。 口をもごもごとさせたあと、意を決したかのように 言葉をつづけた。 「分かっていると思うが……準備は 出来ている、から……」 「だ、だから……その、だな……」 彼女にみなまで言わせずに、汗に濡れた肢体を 抱き寄せた。 「あぁ……」 「カレンとひとつになりたい。いいな?」 真っ直ぐにカレンの顔を見据えて、尋ねる。 「……ああ」 分かりづらいくらいに小さく、だが確かに。 カレンは首を縦に振っていた。 「……いくぞ」 「ああ……」 カレンの腰を持ち上げて、俺のモノを 女の子の部分へと侵攻させる。 ちゅぷ、じゅぷ、じゅぶぶぶ。 モノの先端が膣内に沈んでいくにつれ、 秘所から愛液が押し出されてくる。 「んあ、ああっ、ジェイが、私の中に入って……」 すでに一度達しているためか。 彼女の膣内はトロトロに溶けていて、俺の侵入は 思ったよりもスムーズに果たされた。 しかし、俺を受け入れたカレンにとっては、 それほどスムーズではなかったようで。 「や、やっぱり大き……んぅっ、はぁ……っ!」 シーツをぎゅっと握りしめて、 挿入に耐えようとしている。 ほどなくして、俺のすべてがカレンの膣内に 収められた。 「あぅ……はぁ、ああ……」 はぁ、はぁと荒い息を吐くカレン。 汗で額に張り付いた髪を払ってやる。 「大丈夫か……?」 「私は……大丈夫だ……。そっちは……どうだ?」 「その、なんというか……気持ちいい、ぞ」 体を重ねるのが二度目ということもあってか。 初めての時に比べると、彼女の中を味わう余裕が 多少なりとも存在していた。 「ん……そ、そうなのか?」 「ああ」 ただ彼女の膣内に入っただけだというのに。 カレンの膣壁は意思を持っているかのように 収縮を繰り返し、俺を締め付けてくる。 「あふ……お前に、喜んでもらえたなら……ん、 すごく……あ……嬉しいな」 甘い声で語りながら、カレンが嬉しそうに微笑んだ。 「動いてもいいか?」 「うん。お前の……ジェイの好きにしてほしい……」 彼女の言葉に甘えて、ゆっくりと腰の注挿を始める。 「あぅ……はぁ……ん……」 ねっとりとした膣壁が俺に絡みついてきた。 熱いほどに熱気をもったそこは、俺を搾り取ろうと 疼くような刺激を与えてくる。 「うぅ……」 あまりの気持ちよさに思わずうめき声が 出てしまった。 それほどに彼女の膣内は気持ちよく、 俺にぴったりとフィットしている。 「んぁ……くぅ……あ、ああ……」 ずぶ、ずりゅ、じゅちゅ、じゅぬ、ずぶぶ! 腰を押し込むとカレンの秘所から押し出されるように 愛液が溢れ出してきた。 「ふぁ、あ……うんっ……」 彼女の垂直になるように、分身を突き立て、 カレンの膣内を掘り穿つ。 「ん、んぅ………んあ……あうう……」 粘り気のある液体が、打ち付けられた結合部で 泡立ち、ねちゃねちゃといやらしい音を立てる。 「……すごいことになっているな」 俺を咥えこんだ結合部を見ながら、つい 思ったことをそのまま口にしてしまう。 「そ、そんなこと……んぅ、い、言われても……」 「あ……いや、すまない」 「恥ずかしい……から……んんっ、 あまり……言わないで……」 カレンの膣壁がきゅうきゅうと分身を 包み込み、扱きあげてくる感覚。 腰が溶けてしまいそうなほどの愉悦に、 挿入する腰の動きが自然と早くなる。 ずぶっ、ぬちゅ、ずぶ、ぬちゅっ!! 「や、それ、深っ……あ、ん、ふぁ、ああぁ……」 リズミカルにピストン運動を繰り返しながら、 カレンの最奥を突き上げた。 「んぁ……あ、はぁ……くふぅ……」 腰を突き上げるたびに、カレンの肢体が ひくひくと小刻みに揺れた。 それに合わせて、発せられる声も一段と甲高く、 切羽詰まったものへと変化していく。 「ふぁ、あ……ん……んぅ……くぅ……あ、ああっ!」 快楽の波に押し流されてしまいそうに なりながらも。 シーツの端を握りしめ、懸命に俺を 受け入れようとするカレン。 「あふっ、んぁ、あ、くぅ、は、やぁ……っ!!」 そんな彼女が愛しくて。 「カレン!」 込み上げる想いとともに、自然と突き上げる速度が 一段と加速してしまう。 ずりゅっ! ずちゅっ! ぬちゅっ! ずぶぶっ!! 「あ、く、ん、ジェイ。……それ、激し……くふっ、 あ、あ、あ、んぁっ!?」 髪を振り乱しながら、身悶えするカレンの膣内を 抉り、こすり、突き入れていく。 「あっ、んぁ、んぅ、はぁっ……あ、ああっ!!」 カレンの締め付けが一段と厳しくなってきた。 どうやら限界が近いみたいだ。 「あぅ、はぁ、ん、んあ、あああっ!」 うるおいで満たされた膣を分身で ガンガン突き上げていると。 ふと、腰の辺りに疼くような 感覚が生まれた。 「やぁっ、あっ、くっ、んぁ、あ、はぁんっ!!」 疼きは刻一刻と肥大化し、出口を 求めて暴れ始める。 「はぁっ、あ、あぁっ……んぅっ、あ、あぁっ! あ、あぁっ! あっ、ん、あああぁっ!」 「くぅっ!?」 へその下に力を入れ、その衝撃に 耐えようとするものの。 抵抗をあざ笑うかのように、尿道の中を 猛スピード駆け上っていった。 最後の瞬間が近づいてきて、俺は――。 『このまま中に出す』 『引き抜いて外に出す』 このままカレンの中を抉り続けることを選択した。 「ああっ!? あっ、あっ、あっ、あっ!!」 腰を前後に激しくグラインドさせて、 彼女の最奥を突き進む。 「あぁっ、んぁっ、あぅっ……くぅっ…… あっ、あっ、あっ、ああああっ!!」 カレンの締め付けはその強さを一層増していて。 膣内にいる俺を痛みを感じるほどに ギュウギュウと扱きあげてきた。 「はぁん! くる! なにか、すごいのがくるぅっ!」 「カレン、大丈夫だから。そのままっ!」 じゅぶじゅぶと愛液をまき散らしながら、 限界まで腰の動きを速める。 「ああ、ジェイッ! わたし、わたしっ」 「あ、あ、あ、あ、あああああああああっ!!」 喜悦に染まった絶叫を上げるカレン。 絶頂を迎え、ベッドの上に横たわった魅力的な 肢体が大きく跳ねあがった。 同時に膣壁が今までにないほど大きく収縮する。 その衝撃が俺の最後の抵抗を打ち砕いた。 「出すぞ、カレン!」 びゅくっ、びゅくっ、びゅくびゅくんっ! パンパンに張りつめた先端が爆発した。 びゅくっ……びゅく……びゅっ、びゅっ……。 自分でも驚くほどの量の精液がカレンの中に 次から次へと放出されていく。 「あ……あ、あぁ……」 じゅぶじゅぶと結合部から音が鳴るほどに、 激しく分身を突きいれる。 「くふぅ、ああっ、やっ、んぁ、んぅっ、あぁっ!」 強く突き上げられて、カレンの汗に濡れた肢体が ガクガクと揺れた。 刺激が強すぎるのか、カレンはただ喘ぎながら、 ベッドの上で身を震わせている。 「あぁっ、やぁ、んぅっ、ああっ、んぁああっ!」 男としての本能なのか。それとも生物の本能なのか。 どちらかは自分でもわからないが、ただただ一心に カレンを求め、抉り続ける。 そして――。 先に限界に至ってしまったのは、カレンだった。 「んぁっ、あっ、やっ、あっ、やああああっ!!」 背をぐっと大きくそらし、ビクビクと体を 痙攣させるカレン。 精液を搾り取ろうと、膣壁が今までで一番強く 収縮した。 「くぅっ」 慌てて分身を引き抜き、カレンの肢体に向ける。 びゅるっ、びゅるっ、びゅるるるるるっっ!! 弾け飛んだ白濁液が、カレンの白く清らかな肉体を より白く染め上げていった。 「あぅ……すごい……あつい……」 「はぁ……はぁ……ふぅ……」 二度三度と深く息を吐き、呼吸を整える。 全身にまとわりつく脱力感を振り払い、俺以上に 疲れているであろうカレンに意識を向けた。 「はぁ、はぁ、はぁ……あぁ……」 「大丈夫か、カレン?」 「は、激しすぎだぞ。魔法使い……」 そういいつつも、カレンの瞳は満足そうに、 うっとりと潤んでいた。 「あれ? 今、呼び名が……」 魔法使いに戻ったような……? 「そ、それは……」 「カレン?」 再度、問うとカレンは観念したかのように口を開いた。 「す、すまない……やっぱり、その……名前で 呼ぶのは……私には難易度が高い」 「さっきまでは……気にならなかったんだが……」 「……そうか」 まあ、あまり無理強いするものではない。 そういうことは、自然と慣れていくものだろう。 「分かった。いつか、お前が名前で 呼んでくれることを、待つよ」 「……すまない」 「それより、今は休もう」 疲れ果てているのは、互いに同じことだ。 体の中に感じていた熱は、すっかりと引いてしまっていた。 「ああ……そうしよう」 呟くような同意の言葉と同時に、カレンの 体から力が抜け落ちていき――。 それに合わせるように、俺もベッドに体を横たえる。 明日の朝をともに迎えるために、今は2人 微睡の中へ意識を落とすのだった。 それは、ある日の出来事だった。 平和になりつつある世界の中の、他愛ない日常の一幕。 「ふう、この近くにもなかったな」 「そうだな。まあ、ゆっくりと探そうじゃないか」 ある物を探し求めて、俺とカレンは 再び世界中を巡っていた。 既に何度も巡り歩いた後でもあったのだが、 やはり世界は広い。 俺たちの理想通りの物には、中々巡りあえずにいた。 「焦ってもしょうがない、か」 「時間ならたくさんあるしな」 「そうだな」 もう、俺たちを追い立てるようなものは何もない。 急ぐ必要もなく、最良の物を焦らずに探せばいいだけだ。 「というわけで、だな……その……」 カレンが頬を染めながら視線を逸らす。 何かを期待するかのように、もじもじと 指先を擦り合わせている。 「しょうがないな」 などと言いながら、カレンの頬に手を添えて、 そのまま上向かせる。 これからの時間に期待を抱いているのは、 俺も同じだった。 「カレン……」 「ん……っ」 静かに重ね合せた唇は、極上の果実のような 瑞々しさを感じさせてくれる。 「ちゅ……むぅ……」 唇の甘さがたまらない。 口腔を舌でまさぐるとカレンはすぐに それを受け入れてくれた。 舌同士が絡み合い、唾液が互いの間を行き来する。 やがて息苦しくなって、ぷは、と俺たちは 口を離した。 「はぁ……なあ、魔法使い……」 「……うん?」 「その……今日は、ちょっと、 やりたいことがあるんだ……」 「やりたいこと?」 「……ああ」 熱で頬を上気させたまま、カレンが頷く。 その願いを聞くのはやぶさかではない。 「俺は何かする必要はあるか?」 「そうだな……少しの間、目をつぶって おいてくれたら、それで十分だ」 「それだけでいいのか?」 「私の方は少し準備が必要だが、お前は それだけでいいぞ」 ふむ。カレンは準備が必要……? 何をするつもりだろう。 「何をするつもり……なのかは、教えてくれないよな」 「その時になってのお楽しみってやつだな」 「ほう。お楽しみ、か……。分かった」 カレンに一度頷いてから、目を閉じる。 しゅるしゅるという衣擦れの音が、 目を閉じる早々に聞こえてくる。 その音はまるで俺の期待を煽るかのように、 妙に艶めかしく、耳に入ってきていた。 「あとはこれを身に着けて……」 身に着ける……? な、なんだ。俺が知らないところで、 一体何が行われているんだ? 目を開いて確かめたいという誘惑に 駆られるが、ここは我慢だ。 「それにしても、すごい格好だな…… 少し涼しい、というか」 すごい格好……だと!? 一体、何がどう凄い格好なんだ!? 「よし、これでいいか。それじゃ……えいっ!」 目を開けようとした瞬間、俺の体は強い衝撃に 押し倒されていた。 「うわっ!?」 目を開けると、そこには予想もしていなかった光景が 広がっていた。 「お前、その格好はっ!?」 着替えているのは分かっていたが、まさか眼前に 男のロマンがあろうとは。 「ん? 男はこういう格好が好きだと 本で見たんだが……」 「もしかして、好みじゃなかったか……?」 カレンが不安そうに俺を見つめてくる。 無論、好みじゃないわけがない。あろうはずがない。 「いや、好きだ。好きに決まっているだろ」 「そうか。なら、着た甲斐があったな」 「それに……」 カレンの視線が俺の下腹部へと移動する。 そこにはカレンの髪の毛を巻きつけられた 俺のモノがあった。 しっとりとした感触が心地いい。 束ねられた髪の一本一本が主張するように 俺の快感を高めているようだった。 髪の毛の柔らかさがくすぐったくて ぞわぞわする。 「こっちも興奮してくれているみたいだし」 カレンが上下に自分の髪を動かすと、 快感はさらに高まっていった。 「くっ」 「ふふ、手の中でぴくぴくしてるぞ」 細くて柔らかい髪の毛がデコボコの隙間に 入り込んでチクチクするが、それがたまらない。 手だけでされる感触とはまた違っていて、 背中が仰け反りそうだった。 「ど、どこでこんなことを……」 「もしかして、これも本に載ってたのか?」 「いや、違うぞ。これは先生に教えてもらったんだ」 「マンネリを回避したい若奥様に贈る、 24のテクニックのうちのひとつだ」 あの『性職者』、何を教えているんだ! ちくしょう。気持ちいいじゃないか! ありがとう!! 「うぅ……」 俺が感謝している間にもカレンの攻めは続く。 さらさらとした髪の毛が敏感な部分を何度も往復すると 喉の奥から声は自然と漏れていた。 「ふふ、そんなにいいのか?」 俺が快楽に身もだえするのを見て、 カレンが嬉しそうに微笑む。 「ん? 先の方からおつゆが出てきたぞ」 言われるまでもなく、俺の性感は昂っていた。 髪の毛は我慢汁で濡れ、湿り気を増して にちゃにちゃと音さえ立て始めていた。 遠からずイかされてしまいそうだ。 やばい。少しでも長く快感を味わいたくて 俺は話題転換することにした。 「さ、さっき24の方法って言ってたけど、 他にはどんなのがあるんだ」 「他の方法か?」 「そうだな……例えば、こんなのとか」 カレンは髪のひと房を手に取り、先端をさっと撫でた。 くすぐったい感覚に腰が引ける。 「うぁ……」 カレンは手を止めず、先っぽの穴の周りを こしょこしょとくすぐってくる。 ぞく、という感覚が全身を震わせた。 「ちょ、ちょっと待った。それ、むずがゆくて……くぅ」 「ふふ……」 カレンはいかにも面白そうに俺の反応を眺める。 攻め手にまわるとこんなにも違うのかと、 俺は戦慄せざるを得なかった。 「他にはこんなのもあるぞ」 「ぺろ……」 ぬめった舌が先端を舐めていった。 髪とはまた違う感覚に、腰は自然と動いてしまう。 「くぅっ」 舌と髪の決定的な差は熱を持っていることだった。 熱い舌が先端に唾液の道を描くたび、腰がびくびく動き、 快感をカレンに伝えていく。 俺の反応に対して、カレンの舌は いっそう激しく動いていった。 「ん……ちゅ、れろ……ぴちゅ……」 頭の部分を舌が這う。 ざらついた舌の感触は、俺の抵抗力を一舐めごとに 奪っていくようだった。 先端からは泣き出すように汁が漏れ出ていく。 「れろ……ん、ちゅ、ちゅむ……」 けれどその汁すら、カレンは舌ですくって 俺から奪っていた。 「変な味だな」 眉をひそめるカレン。 自分で味わったことなどないが、おすすめできる味で ないことは確かだろう。 「でも、お前のだと思うと嫌じゃないな」 カレンは再び口を開け、先端をすすった。 「れろ、れる……ぴちゃ、ちゅ……ふぁ……」 今度は頭だけでなく、傘の部分にも舌が這う。 舌で俺の形を確かめるように、すべての部分に触れようと するかのように、丁寧かつ熱心にカレンは舐め続ける。 「ちゅ、ちゅる……れる、ちゅむ……」 再び舌先は先端の穴をほじる。 「くぅ、そこはっ!?」 敏感な場所への一撃。 逃げようと腰を引いた途端、竿を包む髪の感触が 逃げ場を封じた。 「れろ……ん……すごく感じているみたいだな」 「お前の先の方から、どんどんと汁が溢れてくるぞ」 カレンはミルクを飲む猫のように、漏れ出る汁を 舌で舐め掬う。 どんどん出てくるから、舌の動きも自然と活発になる。 汁はカレンの唾液と混じり、俺のモノと髪の毛を てかてかと艷めかしく濡らしていた。 「髪の毛がべたべたになってしまったな」 俺のモノを握りながら、カレンが呟く。 カレンが手を動かすと、指の間で再び にちゃにちゃといやらしい音が響いた。 「洗うの大変なのに、どうしてくれるんだ」 言いながらもカレンは手を止めない。 髪の毛で包んだまま上下に動かし、 快感を与え続けてくる。 「うっ……あ……あぁ……っ!」 刺激されると、そのたびに声が漏れてしまう。 気をよくしたのだろう。カレンが、 さらに愛撫を続ける。 にちゃにちゃという音が室内を満たし始めた。 「はぁっ、はぁっ……」 夢中になってしごくカレン。 興奮しているのか、カレンの息も荒い。もう音は、 誤魔化せないくらいに大きくなっていた。 「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……っ」 わけがわからないほどの愉悦が俺を襲う。 射精の衝動は高まり、腰が勝手に髪の毛を 押し返していく。 「あ、また、大きく……」 傘はパンパンに張り詰め、竿はありえないほどに 硬くなっていた。 いつ達してもおかしくないほどの快感に 射精の準備も整い出す。 「ジェイ、もうイキそうなのか」 「くふっ……あ、あぁ……っ!!」 息も絶え絶えに俺は答える。 「わかった。それじゃあ……」 カレンもラストスパートに入っていた。 しごくスピードを加速し、びくびく震える幹を 完全にコントロール下におく。 自然と持ち上がる腰はカレンに力尽くで 抑えこまれてしまっていた。 「あっ、くぅ、んっ……っ!!」 そのせいで髪の毛が竿に喰い込んでしまう。 けれどそれもまた、暴力的なまでの快楽を生み出す きっかけに過ぎなかった。 「カレン、もう、出るっ!」 叫んだ瞬間。 カレンが髪を一気に引き抜いた。 根こそぎ持ってかれそうな感覚に、 俺のモノは暴発した。 「あああああっ!!」 ぶりゅっ! びゅるるるるるるるるっ! 「ふぁっ!?」 先端から噴出した白濁液はカレンの顔と髪を 白く染めていった。 あまりの噴出の勢いにカレンは、 精液を浴びたまま、ぽかんとしている。 「うぁ……あぁ……」 俺はといえば、射精の反動で全身から力が抜けていた。 目の前が白くなる。 力を使い果たした時のように、心地良い脱力が 体を包んでいた。 「すごい……こんなに出るなんて……」 カレンは顔と髪にかかった白濁液を、呆然と眺めていた。 それを指で掬い、舐める。 「ん、濃いな……」 一口で味を理解したにも関わらず、カレンは続けて 精液を口に運んだ。 「なぁ、ジェイ……」 蠱惑的な瞳が俺を見る。 「ど、どうした……?」 カレンは俺の顔を覗き込んでいるようだった。 視線が絡まり、沈黙が訪れる。 が、その手だけは俺のモノを撫で続けていた。 「まだ……できる、よな……?」 「だって、こんな濃いのかけられたら……」 カレンは熱に浮かされた瞳を俺に向ける。 「匂いだけでどうにかなっちゃいそうで……」 「もう、我慢できないんだ」 瞳を潤ませ、おねだりをするカレン。 「……カレン」 カレンへの愛しさが湧き起こる。 その言葉を聞いているうちに、下半身は すっかり元気になっていた。 「わかった」 瞬間、カレンの表情が、ぱぁっと華やいだ。 「それじゃあ」 期待に満ちた声音。少女のような弾むような声に 俺は頷きで応える。 「ああ」 俺は活力のすっかり戻った体を、勢いよく 起こすのだった。 ベッドの上に胡坐を組み、膝の上にカレンを座らせる。 濡れた髪が肌に触れて、ちょっと冷たい。 「んっ」 太ももの上に座った瞬間、カレンは少しだけ 身をよじった。 もじもじとしながら、こちらを振り返る。 「どうした?」 「いや、お尻に固いものが……」 ぷりっとしたお尻に挟まれ、俺のモノは すでに直立していた。 気を失いそうなほど、激しく射精したあとだというのに もうすっかり復活を遂げている。 節操のない下半身に我が事ながら呆れてしまった。 「って、もぞもぞ動くな。気持ちいいじゃないか」 座りが悪いのか、カレンは何度もお尻を動かしていた。 そのたびに臀部の隙間にモノがぴたぴたと触れ、 きゅっきゅっと挟まれてしまう。 「すまない。ちょっと我慢できなくて……」 「そう言えば、今日はやけに積極的だな」 「そうか?」 ふいっと首をかしげるカレン。 普段ならば、もっと恥ずかしそうにしているはずだが 今日は最初からそんな雰囲気はない。 「いつもと違う格好をしているからかもしれない」 確かに、俺も興奮の度合いがまるで違う。 服装補正恐るべし。といったところか。 「まぁ、話すのはこれくらいにして……」 おもむろに下半身に手を滑らせる。 「そろそろカレンにも気持ちよくなってもらわないと 不公平だからな」 指先に感じるくちゅりという感覚。 カレンの秘所はすでに温かな湿りを帯びていた。 「んっ」 「やっぱり、今日は積極的だよな」 そこはすっかりびしょびしょだった。 トロッとした液体が指の腹にまとわりついてくる。 「興奮……してたのか?」 「う……そうだけど……」 恥ずかしげに言葉を濁すカレン。 割れ目のフチに指を這わせると、カレンは ピクンと体を震わせた。 「ん……ふぅ……」 焦らすように、割れ目に指を添わせる。 「ふっ……んぅ……うぅん」 カレンは声を出すまいと唇を噛み締めているようだった。 唇の隙間から、快感の音が空気と共に漏れ出している。 「別に声を我慢しなくてもいいのに」 「だ、だって……」 言いづらそうに口を開く。 「いつもよりすごく感じるから……」 「その……一度、声を出したら、止まらなく なってしまいそうで……」 カレンは耳まで真っ赤になって答えた。 快感に負けた瞳が涙で潤んでいる。 「ふむ……」 しかし、そう言われると、もっと気持ちよくして あげたくなるのが人情というもので。 俺はカレンにもっと声を上げさせるべく、その場所に 指を侵入させた。 「ひぅっ……い、いきなりだなんて……」 温かな膣内は愛液でたっぷりと満たされていた。 指先に愛液が絡みつき、にちゃにちゃと いやらしい音が耳に届く。 「くふぅ……ん……うぅん……」 指を膣壁に沿わせ、回転させるようにかき回す。 トロトロとした愛液が指にまとわりついて 水音は激しさを増していた。 「ん、ん、んんぅ……」 きゅっきゅっと指が締め付けられる。 肉をかき分けるように内壁をこりこりと擦っていくと 指はぷっくりと膨れた部分に触れた。 途端、いやいやをするように首を振るカレン。 「んぅっ」 お腹側を中から刺激されて、カレンの呼吸が乱れていく。 指の腹でトントンと膣内をノックすると、耐え切れなく なったのか、カレンは体が大きく跳ねさせた。 「んんっっっ!?」 びくびくびくと、カレンの体が何度も小さく痙攣した。 軽く達してしまったのか、くたりと背を預けてくる。 「ふぁ……あぁ……」 そしてそのまま、カレンは夢見心地のまま もたれかかってきたのだった。 「イッたのか?」 「う、うん、軽くだけど……」 太ももの上に感じる重みと温もり。 脱力したカレンの重みは、彼女の肉体をこの手で 征服した証であり、猛烈に本能を刺激する。 すでに俺のモノはカレンの臀部の隙間で 痛いほどに張り詰めていた。 当然、カレンもまだ満足しきっていないだろう。 「カレン……いいか?」 真っ赤に染まった耳元に囁く。 「あ……うん……」 しばしの逡巡ののち、カレンは頷いた。 彼女に協力してもらって俺のも先端部は 濡れそぼった女の子の部分にあてがわれる。 ずぷぷぷぷ……。 「ふぁ、あ……」 カレンが腰を下ろすと同時に、俺のモノは彼女の中に すんなりと収められていった。 じんと痺れるような熱が全身を覆い尽くす。 「あぁ……入ったぁ……」 カレンの中はとてつもなく熱くなっていた。 剣の柄を何度も握り直すように、カレンの膣内は きゅうきゅうと俺を締め付ける。 油断すればアッという間に達してしまいそうなほどの 悦楽が俺を襲った。 「う、動かないのか?」 「いや、今動いたらちょっとまずい気がするんだ……」 すでに腰に力を入れて踏ん張っているのは内緒にしておく。 「さっき、イッたばかりなのに?」 「ああ……まあな」 「だから、最初はゆっくり動くぞ」 「え? ……あん」 緩やかに腰を突き上げる。 膣襞がゆっくりと絡みついてきて、もうそれだけで 達してしまいそうだ。 「んぅ……はぁ……ああ……」 カレンの口からは甘い声が漏れていた。 はやる気持ちを抑えつつ、俺はゆったりと 抽送を続けていく。 「やあ……焦らさないで……んくっ」 しかしそれはカレンにとっては焦らされているのと 変わらないようだった。 カレンはもどかしそうに自ら腰をくねらせる。 だが、それを押さえつけ、俺は自分のペースに カレンを巻き込んでいった。 「はぁ……はぁ……あ……あぁん」 すでにカレンの肌はピンク色に染まっていた。 興奮に肌は熱を帯び、玉のように汗が吹き出している。 その首筋に俺は舌を這わせた。 「やっ、どこを舐めて!?」 汗のせいか、ちょっと塩っ辛い。 首筋を舐めながら、突き上げていると 膣のぬめりが増してくるような気がした。 うなじに這わせた舌を上下に動かす。 舐め、口づけ、吸い上げる。 「うぁ……はあ……あ、くぅっ」 首筋が感じやすいらしく、カレンの反応は著しかった。 ゾクゾクと、カレンの背筋が奮えるのが伝わってくる。 「やっぱり、ここが弱いんだな」 「そうかもしれない……んぅ…… 背中、ぞくぞくして……」 「あ、ん、くぅ……ああ、はぁん! こ、声が…… 抑え……られな、い……っ!!」 「あぅ、あ、ん、んぁ、くぅ、はぁ……ああっ」 甲高い声がほとばしる。 結合部分の抽送が深くなり、快感が増す。 俺は応えるようにカレンの胸を鷲掴んだ。 「んぁ……あ、ん、は、あ、ああっ」 すっぽりと手の中に収まるサイズ。 揉み心地もよくて、フィットする感覚だった。 先端の突起を左右同時に転がすと、 カレンはさらに乱れていく。 「ひああぁっ!」 刺激が強すぎたのか、体を丸めるようにして 快楽に耐えるカレン。 「あぅ、あ、やぁ……んぅ、あ、はぁ……っっ!!」 カレンの腰は俺が与える快感から逃れるように 動きを早めていた。 だが、それはカレン自身が、さらなる刺激を 自らに加えているのと同じことで……。 ずちゅ、ぐちゅ、じゅちゅ。 「そんな……おくっ、グリグリされたら……あっ」 胸をもみ、うなじを舐め、腰を突き上げる。 「はぁ、はぁ……んぅ……ジェイ……」 絶え間なく送り込まれる快楽に カレンは瞳を蕩けさていた 「わ、わたし……くふっ、もう……んんっ」 カレンの声には、切羽詰まった印象があった。 もう限界なのだろう。 「ふぁ、あ、あ、や、ん、んぁ、ああっ」 腰の奥が熱くてたまらない。 俺もまた、そう長くはもたないのは明白だった。 『最後まで膣内にいる』 『ギリギリで引き抜く』 「カレン、中に出していいかっ」 「あ、ああっ、ジェイの……んぅっ、好きな、 ところに出して……はぁああっ」 ずりゅ、ぐちゅ、ぐしゅ、ぐちゅ……。 彼女の肢体を抱きしめながら、腰を激しく揺すっていく。 太ももの上は彼女から漏れ出た愛液で グチョグチョになっていた。 「あ……っ、んんっ、ふぅっ……!」 カレンの声がひときわ高くなる。 俺自身も、限界だった。 「くっ、ダメだ。カレン。出すぞ!」 「わたしも、いくから……ああっ、な、中にっ 中にきてくれっ!!」 彼女の中が一瞬、大きく膨らみ、そして激しく収縮した。 その締め付けに俺は抵抗できない。 びゅくっ、びゅくっ、びゅくびゅくんっ! 「あっ、あぁ、あぁぁぁぁっ!!」 暴発させられたように俺はカレンの中に 吐き出していた。 どぷん、どぷん、どぷん。 「ああ……いっぱい入って……」 彼女の中を満杯にしていく感覚。 どぷ、どぷ、どぷ、どぷん。 「だめ……溢れ、ちゃう……」 カレンもまた痙攣しながら、絶頂の感覚に 身を委ねているようだった。 「はぁ……はぁ……ジェイ……」 「その……喜んでもらえたか?」 疲労の中に不安の色が見える。 こんなに気持ち良かったというのに、 何が不安だというのだろう。 「ああ、最高だったよ」 「そうか……」 俺の言葉に満足したのか、カレンはようやく うっすらと微笑んだ。 「んぁっ」 そして、中で俺のモノが少し動いただけで 甘い声をこぼす。 この快楽を一分一秒でも長く味わっていたい。 俺は腰を突き動かし、何度もカレンの体を跳ね上げた。 「んあ、あ、ジェイ、ジェイ……」 俺の名を呼びながら、快楽に喘ぐカレン。 愛しさを込めて、抱きしめながら膣内を抉る。 愛液が飛び散り、オレの太ももは とっくにびしょ濡れだ。 「あう、あ、はあっ、んっ、んぁ、あ、くふぅっ!?」 「んあっ、あ、ああああああああっ!!」 刹那、カレンは大きく痙攣した。 びくんびくんと体が震える。 と、同時に、今までにないほど膣壁が 激しく脈動した。 その刺激がトドメとなって、俺に限界が訪れる。 「くぅっ!?」 ずるりと絡みつく膣肉を振り払うかのように 俺は自らをカレンの中から一気に引き抜く。 そして――爆発。 ビュルッ、ビュルッ、ビュルルルルルッ!! 抑えを失った俺のモノは、溢れるように 精液をばらまいていた。 「ぐっ、止まらなっ……ああっ!」 ビュクン、ビュクビュク、ビュクンッ!! 自分でも驚くほどの量が飛び散り、 カレンの肌を染めていく。 「すごい……まだ、出て……」 その熱と匂いは絶頂を迎えたカレンにとっては 強烈な媚薬になってしまったようだった。 カレンはうっとりとした表情で、 俺の白濁液を体いっぱいに浴びていた。 彼女の膣内に一滴残らず解放することにした。 「カレン!!」 名前を叫ぶと同時に、カレンの体が 浮き上がるほど強く俺自身を突き入れる。 びゅくっ! びゅくんっ、どくっ、びゅるっ! 「んあっ、いっ、あああああっ!!」 敏感すぎる最奥にぶちまけられ、絶叫するカレン。 その肢体が雷に打たれたかのように痙攣する。 「あぅ、あぁ……はぁ……」 精も根も尽き果てたのか、さすがのカレンも ふらりと体を傾けていた。 「おっと」 崩れ落ちそうな体を支え、抱きとめる。 「大丈夫か。カレン?」 カレンの肌にかけることにした。 「あっ、あっ、んっ、ふっ、あ、ああっ」 ぎゅうっと膣肉が収縮する。 カレンの細腰を押さえていた手に力を入れ、 俺は強引に体を持ち上げた。 刹那、彼女の肉を引きずり出すように、 ずるりと俺の分身を抜き出す。 「んああああああああっ!!」 ノドが裂けんばかりの絶叫が耳朶を打つ。 ぷしゅっと下腹部に透明なしぶきが 降りかかった。 「カレンッ!!」 次の瞬間、俺は盛大に射精していた。 どくんっ! びくびくびくっ! びゅくっ! 暴れまくる俺自身。精液が四方八方に飛び散っていく。 「はぁ、はぁ……あぅ……あついのが、 こんなに……」 カレンは自身を染めた液体を興味深げに見つめていた。 「たくさん、出したんだな……」 下腹部を見ながらカレンが呟く。 「ああ……自分でも、少し驚いた」 一度目と変わらないどころか、 さっきよりも大量だった。 自分の精力に呆れそうになるが、 これはむしろカレンの魅力のせいだろう。 「しかも、まだ元気だし……」 だからなのか、あれだけの量を吐き出したというのに、 俺のモノはまだガチガチだった。 困ったことに俺は満足できていないらしい。 「あ、あー……うー……」 カレンはお尻で俺のモノに触れ、その熱さと硬さを 確認したようだった。 けれど怖がってはいないようだ。恥ずかしそうに おずおずとだが、彼女は自ら申し出る。 「そ、その……もう一回、するか?」 「いいのか?」 俺としては願ってもないことだった。 「うん。体力だったら自信があるし」 「それに……」 ふいっと視線をそらし、カレンは言った。 「お前にもっと喜んでほしいんだ」 まったく、いじらしいことを言ってくれる。そんなことを 言われたら断るわけにはいかないじゃないか。 もちろん、こちらとしても望むところだ。 「なら、今度はカレンが上になってくれないか」 「う、上……?」 「んぅ……」 ベッドに横になった俺のモノが再び カレンの膣に飲み込まれていった。 スムーズに挿入できたのは、さすがに 回数をこなしたせいかもしれない。 「あ、はぁ……どうだ。全部入ったぞ」 ふぅっと息を吐くカレン。 その拍子にむき出しの乳房が小さく揺れる。。 「この格好だと、私から動いた方がよさそうだな」 カレンはそう言うと腰を前後に大きくグラインドさせた。 「ん、ふっ……んん……」 柔らかな膣肉が体の動きに合わせて蠢いていく。 カレンの体重は心地よく、腰をくねらせるたびに 快感が押し寄せてきた。 見た目からも、その動きは蠱惑的だ。 「お腹の前の方がこすられて……」 「すごく……いい……ああっ」 カレンはびくんびくんと敏感に体を震わせている。 一方、俺は与えられる甘い衝撃に 内心冷や汗をかいていた。 「し、しまった……」 この体勢、俺に与えられる刺激も今までとは 違っていて、気持ちがいい。 このままだとアッという間に達してしまいそうだった。 二度目のお願いをした手前、あっさり達してしまうのは バツが悪い。 そう考えた俺は少しでも長持ちさせようと、 カレンの腰を掴み、主導権を奪うことにした。 「ああっ!」 ずんずんという突き刺す音が聞こえてきそうな勢いで 俺は攻めに転じる。 俺はつながった部分を激しくこすり、 彼女に快楽を与えることにした。 「くふぅ、な、中で、ゴリゴリって……っ…… 暴れて……ああっ」 ずぶ……ずちゅ……ずちゅ……ぐちゅ……。 トロトロとした愛液が結合部から漏れていた。 カレンは快楽に身もだえし、拳を作った。 「はぅ……あ、ん、んあ、くふ、ふぁ……ああ……」 いい感じだ。カレンはすでに陥落寸前のようだった。 「わたし、ばっかり、そんな……ああっ、 き、気持ちよく……はぁん!」 上半身が淫らに踊り、乳房が揺れる。 視覚的な興奮は、俺をさらに高ぶらせた。 「ジェイにも……ん、気持ち、よく……はぅ、 な、なって、ほしいの、に……っ」 「大丈夫だ。俺も十分に気持ちいいから」 「だから、気にしないで、もっと感じてくれ」 「う、んあ、あああ……」 俺の言葉が彼女のためらいを吹き飛ばしたのか。 カレンは甲高い声で快感を訴えた。 「あぅ、ん、ふぁ……んぅ、あ、はああ……」 動きが互いに腰を打ち付けるような上下運動に変わる。 結合に激しさが加わり、俺たちの与え合う気持ちよさは 絶頂に近づいていた。 「うぅん。い、いいのっ」 カレンの膣内がひくひくと蠢き、 俺を射精に導こうとする。 「気持ち良すぎて……ああっ、んぅっ!」 腰をひと突きするごとに、愛液が飛び散り、 カレンは嬌声を上げた。 「ジェイ、好き、好きだっ!!」 ぎゅっと手を握ってくる。 俺はその手を強く握り返していた。 「俺も愛してるぞ、カレン」 つながった手と手を通じて、想いが重なり合う。 強まる想いと昂ぶる興奮。 「あ、あ、あ、んぅ、ジェ、ジェイ……」 手を握るのとあわせて、膣肉もまた俺を強く 締め付けようとしていた 「お願い……んぁっ。も、もっと……あああっ!?」 ずくんと疼くような感触。 三度、射精の瞬間が近づこうとしている。 「カレン、愛している」 俺は腰を突き上げながら、求められたままに さっきの言葉をもう一度繰り返す。 「あぅ、はあ、んぅ……あ、あ、あ、あ!」 快楽のあまり、カレンはまともに言葉を 発せなくなっているようだった それでも、俺の瞳をまっすぐに見つめて、 小さく頷いてくれる。 俺はラストスパートとばかりに、自身をカレンの奥へと 突き入れていった。 「あ、あ、あ、ダ、ダメ、わたし、もう、もう…… ふぁ、んぅ、や、あ、ん、はぁっ」 俺はカレンの膣を限界まで穿ちながら、 高まる精のほとばしりを――。 『このまま中に出す』 『引き抜いて外に出す』 「はぁ……はぁ……ジェ、ジェイ……」 「愛してるぞ……」 カレンが俺の手を、ぎゅっと握る。 「あぁ、俺もだ」 答えるようにぎゅっと手を握り返す。 「ふふ……」 カレンは幸せそうに笑っていた。 俺たちはそのまま呼吸が整うのを待つ。 「なぁ、ジェイ……」 いまだにトロンとしている目で、カレンは俺を見た。 「なんだ、カレン……」 「お前に会えて……良かった……」 「これからも、ずっと一緒にいてくれ」 「ああ、もちろんだ」 「……大好きだ」 そのまま、2人折り重なるように ベッドに体を横たえて。 朝日が顔を覗かせるまで、微睡の中へと 身を投じるのだった。 クリスに手を引かれて連れて来られたのは、 船倉のような場所だった。 いくつもならぶタルの間で、クリスが足を止めて振り返る。 「そ、それで、な、なにをするつもりなんだ?」 「ふふ、声がうわずってるよ」 「ジェイくんだって、何をされるのか 分かっているくせに」 妖艶に微笑みながら、クリスがその場にしゃがみ込む。 その柔らかで暖かな指先は、そっと 俺の服へとかけられて――。 「おおうっ!?」 既に元気いっぱいとなっていた俺のモノが、 クリスの手によって解き放たれて……。 硬くそそり立ったモノが、クリスの胸で挟み込まれる。 左右から与えられる柔肉による圧迫が、 俺の知らない快感を覚えさせる。 「ジェイくん、とっても元気だね」 「これは、その……まあな」 自分以外の人間から改めて指摘されて、 恥ずかしさが募ってしまう。 それが、からかうような響きを もった声であれば、尚更だろう。 「それじゃ、先生も本気出そうかな」 自らの胸を惜しげもなく晒したまま、クリスが告げる。 俺を挟み上げる白い双丘が、たわわな ボリュームを誇るかのように揺れる。 知らず、俺は喉を鳴らしてしまっていた。 「こういうのは、初めてだよね?」 いたずらっぽく笑うクリスの吐息が、 俺の先端へとかかる。 「おおっ!?」 多少のくすぐったさとともに、俺の背筋をぞくりと 快感が駆け抜けていく。 くすぐられ続ける情欲に反応するかのように、 俺のモノがびくりと跳ねた。 「本当に、元気だね。ちょっと大人しくしておいて」 たしなめるような口調とともに、クリスが 自らの手で胸を両側から圧迫する。 言葉通り、二つの丘の間に挟まれた俺のモノを 大人しく押さえつけるかのような行為。 柔らかな圧力だけで、もう満足出来そうだった。 「言っておくけど、まだまだこれからだからね?」 だが、この程度でクリスが許してくれるはずもなく。 「ちゅっ……んっ……」 クリスのたわわな胸の間から顔を覗かせる 俺の先端に、クリスの舌先が触れる。 胸の温もりとはまた違った、ぬるりと生温かい感触。 途端に、ゾクリとした衝撃が全身を駆け巡った。 「ちょ、ちょっと待ってくれ!」 「どうしたの? 気持ちよくなかった?」 「い、いや、そんなことはないが……」 むしろ、気持ちよすぎた。なんて言えずに 口ごもる俺を見て、クリスは笑い。 「じゃあ、続けるね。ジェイくんだって、 まだまだ物足りないでしょ?」 「……んっ……ちゅ、あむっ」 再び、クリスの舌先が、俺のモノの先端をなぞる。 ざらりとした感触が、まるで飴でも舐めるかの ように先端を丹念に舐め上げる。 「……っ!?」 豊かな胸の間に挟まれて、舐め上げられる。 それだけで十分に達してしまいそうな快感に、 思わず身じろぎをしてしまう。 そんな俺の反応を楽しむかのように、 クリスは上目で俺を見つめ。 「ふふ……んっ、えう……ちゅっ、んむっ」 「なっ、ちょ、おまえ……!?」 俺のモノを両側から圧迫していた胸を、 じわじわと上下に動かし始めた。 ただ包み込んでいるだけだった、柔らかな感触が 適度な圧力にて幹を上下にしごく。 今までに感じたことのない、悦楽。 未知の快楽から遠ざかるように、腰が 引けてしまいそうになるのだが……。 「だーめ」 それを敏感に察したのだろう。クリスによって、 押し留められてしまう。 「そ、そうは言ってもだな……!」 「もうちょっと我慢しなきゃ駄目だよ、ジェイくん。 これから、もっと良くなるんだから」 そう囁くと、クリスの舌先が俺の鈴口をなぞる。 先端にはぬるりとした生暖かさ。 幹には、柔らかで暖かい圧力。 まるで俺の弱い部分を熟知したかのように、クリスの 丹念な責めが時間をかけてじっくりと行われる。 「く……うぅっ……」 体とは不思議なもので、それが痛みであろうと快楽で あろうと、時間をかけてしまえば慣れてしまう。 それは俺も同じことで、気付けばいつの間にか――。 「……はぁっ」 口から熱い息を零してしまっていた。 確かに、俺のモノに与えられる快感は 今までに経験のないものだ。 だが――どこか、もどかしい。 もう少し……あと少し、強い快楽。いつの間にか、 体がそれを求め始めていた。 「ちゅ……えう……ふふ、ジェイくんもっと欲しい?」 熱にうかされたように頬を上気させたクリスが、 上目に俺に問いかけてくる。 その問いかけに、俺は逆らうことなど出来ずに。 「……ああ」 素直に首を縦に振る以外、出来なかった。 「そうだよね。こんなに熱くなって…… でも、まだ足りないかな」 「もっと、気持ちよくなりたいよね」 俺のもどかしさを分かっていながらも、 クリスは焦らすように言葉を重ねる。 その吐息が、先端をくすぐるたびに、俺の もどかしさは募っていく一方で。 「クリス……早く……」 もっとして欲しい、と。 せがむような俺の声に、クリスは満足げに目を細めると。 「ふふ。素直になれたジェイくんに、ご褒美だね」 「……あむ」 「うっ……ぁ」 胸の圧力はそのままに、俺の先端が クリスの口の中に飲み込まれる。 舌先で与えられるよりも、更に熱く、 まとわりつくような快感。 背筋が大きく身震いをする。 「ちゅるっ……んん……はむ、んむ…… んっ……あは、まだ大きくなるんだ……」 痛いほどに膨張する俺の分身に、 クリスは満足そうに言葉を漏らす。 先端にかかる吐息は、先ほどよりも距離が縮まったためか、 湿り気を帯びるような熱さだった。 「あむ……ん、ちゅっ」 俺のモノを咥えたままクリスの頭が上下し、 挟む胸の力加減も変化が続く。 先端から腰にかけて、痺れるような甘さが駆ける。 「……んむ……はん……んぐ……んっ んぅ……ん……はふっ」 「あ、ちょ……くっ」 挟まれた胸を抜け、のどの深くまで吸い込まれる。 熱い洞穴に包まれ、引き抜かれそうな程に吸い付かれ、 クリスの舌先が俺の幹に絡みつく。 腰の抜けてしまいそうな快感に、思わず声が漏れ、 果てそうになる事に耐えようと、全身に力が入る。 「んっ……ふふ、ジェイくん、かわいーい」 一度吐き出され刺激が薄れたところで、クリスが 妖艶な笑みで俺を見上げてくる。 可愛いなどと言われて恥ずかしい反面、 まだ物足りないと思う自分もいる。 「可愛いジェイくんも見たいけど、素直に 喜んでもらった方が嬉しいかな」 一度離れたモノを、再び唾液で濡れた胸で 挟み扱き上げられる。 最初よりも刺激は緩んでいるが…… これがクリスの要求なんだろう。 「あ、ああ……その、最後まで続けて欲しい」 此処まで来ると、素直に求めない方が悪い気がしてくる。 実際、刺激が欲しいのも確かなので、 すんなりと素直に言葉に出来た。 「ふふ、それじゃあ……ジェイくんも我慢しないでね? あむ……んぅっ」 再び、胸で竿を挟みつつ、先端を口の中に含まれる。 窄めた口がカリを含み、胸の圧力を強めたまま、 上下に揺すられる。 「はむ……んっ、ちゅっ……んむっ、んん……っ」 スパートをかけるように、クリスの動きが 徐々に大きく激しくなっていく。 それに合わせるかのように、俺の中にある昂りも 次第に強く熱を帯び始める。 腰の辺りに、チリチリとした痺れの ようなものが何度も走る。 「んぅっ、むっ……ふぅ……んんっ」 俺の先走りの汁か、クリスの唾液か。 あるいは、その双方が混じりあってか。 くちゅくちゅとした水音が、クリスの動きに 合わせて立ち始める。 「あむ……んぅ……えう、あん……んぅっ!」 大きく動くクリスの姿が。耳をうつ水音が。 視覚と聴覚より与えられる情報によって、俺の欲情が 爆ぜそうなくらいに高まって行く。 「クリス、流石に……そろそろ、限界だ!」 いよいよ、絶頂が訪れそうになったことを、 素直に口に出して伝える。 「ん、ふぁ……良いよ」 「ジェイくん……んっ、んちゅ……好きな時に、 好きな所に出してっ」 口に俺のモノを含んだまま、クリスが言葉を紡ぐ。 軽く噛まれる刺激が、甘い快感となって俺の全身を襲った。 「くっ……駄目だ、出るっ!」 『口に出す』 『顔に出す』 「クリス、このまま……っ」 「んむっ……はっ、い、いいよ……このまま……んんっ」 ぐっと、クリスが俺のモノを深くまで咥え込む。 その感触が、最後の引き金となった。 びゅくっ! びゅるっ! びゅるるっ! 熱く迸る白濁が、クリスの口の中へと 流し込まれるように先端より吐き出される。 「ん! んく……んくぅっ!」 のどの奥へと向けて、叩きつけるように 噴き出す劣情。 クリスは少し驚いた様子を見せながらも、 俺のモノから口を離す事なく受け止める。 「んっ……んんっ……んぐ……」 何度も脈動が続き、クリスの口内へと白濁が注ぎ込まれる。 それがようやく落ち着きを見せた後で……。 「くっ……は、ぁ……」 一気に精を吐き出した脱力感に、息が漏れた。 「ん……ごく……ごくっ……っはぁ……」 クリスが力の抜けたモノから顔を上げ、 口に溜まった精液を飲み込んだ。 自分で出しておいてなんだが、その姿を見ると、 申し訳ない気がしてこなくもなかった。 「ん、んんっ……」 弾ける様な刺激の直後、吸い込むように口を窄められる。 「クリス……外に出す」 自らの限界を感じ取った俺は、勢いよく腰を引き抜く。 俺のモノがクリスの唇を間から、外へと 姿を見せると同時――。 びくっ! びゅくっ! びゅくくっ! 激しくモノが跳ね上がると同時に、 俺の滾りが先端より吐き出される。 「はぁぁぁ……」 熱い息を零すクリスの顔へ、髪へ。 俺のモノが脈打つたびに飛び散る白濁が降りかかり、 クリスを白く汚していく。 その光景は、ある種の征服感のようなもの すら覚えさせるものだった。 「……ジェイくんの……熱いんだね……」 クリスは顔にかかった白濁を指ですくい上げると、 そのまま自らの口へと運ぶ。 たおやかな指を口に含む様子を見ながら……。 つい先ほどまで、自分のモノがあの唇に咥えられて いたことを不思議に思ってしまっていた。 「その……悪い」 「ジェイくんは気にしなくていいよ。 たくさん出してくれて、嬉しかったし」 「みんなには内緒に、ね?」 「ああ」 こんなこと言えるわけないな、と。 どこか気恥ずかしさを覚えた俺は 鼻先を掻きながら頷くのだった。 色んなことが起こった怒涛の昼間は終わりを迎えて、 陽も傾きつつある夕暮れ。 しばしの休息を挟んだ後で、宝探しの時間は まだまだ続いていた。 ヒスイとカレンとクリス。三人による捜索が続く一方……。 「……」 俺は一人、甲板の上に佇んでいた。 「……なんで、あいつらは平気なんだろうなあ」 世界の矛盾を前に、俺はあまりにも無力だった。 というか、海に入ったら冷たいし 濡れるし沈むのが当然だろう。 あいつら、おかしすぎるだろう! 「言ってもしょうがないか……」 まあ、あっちの事は任せるしかない。 今の俺に出来ることは、精々あいつらの 探索成果を分別するくらいだ。 「しかし……色々落ちてるよな」 錆びた剣に朽ちた鎧、ボロボロの家具に 古代のコインや古い壷。 これら全てが、海の中に沈んでいた物だ。 「見事にガラクタだらけじゃないか」 足元の壷を、軽く爪先で小突いてみる。 案の定、軽い音を立てて穴が開く。 割れる、ではない辺りホントに脆くなっていたんだな。 「ふう、流石にそろそろ疲れてきたな」 「そうだね。もう日も暮れてきたし、潮時かな」 「ですね。それじゃ、この辺りで終わりにしましょう」 お。どうやら、三人も捜索を終えたらしいな。 相変わらず、何故か濡れていない格好で、 船の上に戻ってきたようだ。 「お疲れ。何か目ぼしいものはあったか?」 「いいえ、特には」 む、そういえば、ヒスイは少し元気が戻っているな。 船に乗っているよりも、海に潜っている方が マシだったのか? 「宝箱も見つけられないとは、無念だ」 カレンもカレンで、傷心からは立ち直れたようで ホッと胸を撫で下ろす。 「実はこのガラクタの中に、お宝があったりして」 クリスは、まあ、いつも通りだった。 いつも通りだな。うん。いつも通りだ。それでいい。 「結局、宝の地図は偽物だったってことか」 見つかったのはガラクタばかり。 まあ、アスモドゥスが適当に描いた地図だったんだろうな。 「さて、というわけでわたくしの出番ですね」 どこからともなく、リブラがふらりと姿を現す。 こいつ……さては、今の今までサボっていたな。 「うなれ、わたくしの特級審美眼」 「特級て、お前」 何故かこめかみを指で押さえながら、 リブラがガラクタの前でしゃがみこむ。 うん。まあ、こいつは自由にさせておこう。 「どうですか?」 「何か珍しい物とかあるかなあ」 「魔法の武具があれば嬉しいんだが」 三人がリブラを後ろから覗き込むのを、 一人離れた位置から見守る。 「残念ながら、武具は朽ちた物ばかりですね。 値打ちもありません」 「……おや、古代のコインが何枚かありますね」 「あ、それはわたしが見つけました」 数枚転がっているコインをリブラが ひょいひょいと拾い集める。 「それは何か価値があるのか?」 「ええ。これを集めておくと、特別なアイテムと 交換してもらえるかもしれません」 「いわゆる、コレクターズアイテムですね」 「ふうむ、なるほど」 一部では価値がある物らしいが……まあ、 俺にとってはどうでもいいな。 「他は特に価値のある物は……おや、この壺は」 リブラが目を止めたのは、さっき俺が 蹴って壊してしまった壺だった。 それが、どうかしたのだろうか? 「残念ですね……穴が開いてなければ とても高く売れたのですが」 「マジか!?」 「はい。貴重な壺で、好事家の間ではかなりの 高額で取引されている物です」 「マ、マジでか……」 俺は……なんてことを……してしまったんだ……。 「わっ、それは残念ですね……」 「すみません。もう少し丁寧に扱っていれば……」 「えっ? い、いや、きっと、かなりもろく なっていたんだろう。そうに違いない」 「だから、ヒスイが気にすることじゃないぞ。うん」 言えない……俺が壊してしまったなんて、 言いだせない……。 「それよりも、海も綺麗になったことを 喜ぼうじゃないか。な?」 「そう……ですね。魔王によって傷付けられた 世界を少しでも癒せました」 「それを喜ぶべきですね!」 ……えええええええっ!? 俺が海を傷つけたことになってるぅぅぅ!? いやいやいや、海を汚したのはあれだろ。 明らかに人間の仕業だろ! 「宝探しは世界が平和になってから改めて、だな」 「その時はまた一緒に、ね。ジェイくんっ」 「あ、あー……そうだな」 「ひとまず、町に戻ってガラクタを処分いたしましょう」 「かえすがえすも、この貴重な壺さえ 壊れていなければ……」 どうして、こいつは俺を見ながら言うのだろうか。 明らかに俺が犯人だって分かってるよな。 「本当にな……あの壺さえ壊れていなければ……」 ちくしょう……ちくしょう……! 俺の無念の叫びは決して外に出るようなことはなく。 胸中にて、何度もちくしょうと繰り返し叫びながら 見る夕日はとても赤く、綺麗なものだった。 ……ちくしょう!! 岩の上に腰を下ろしたクリスが妖艶な雰囲気を 漂わせつつ、まっすぐな視線を向けてくる。 「ふふ。ねえ、ジェイくん……」 「な、なんだ……」 神に仕える聖職者らしからぬ、艶のある笑みに、 ごくりと喉が鳴ってしまった。 「ジェイくんは、初めて?」 「べ、別に、そ、そんなことはないぞ!」 クリスからの直球な問いかけに、思わず口ごもってしまう。 こういう時、どう答えたらいいんだ。というか、 どう答えたところで結果は同じ気がするんだが。 「ちなみに、先生は初めてだよ」 「え……?」 「だって、先生は神官だからね」 あ、ああ、そうか。そうだよな。 クリスは神官だもんな。だったら、今までに そういう経験がなくても当然だろうな。 「だよな。聖職者だもんな」 「うん。性職者じゃないからね」 「……ん?」 なんだ、この微妙に噛み合っていないようで 噛み合っているようなニュアンスの違いは。 「それより、ジェイくん。そろそろ……ね」 可愛らしく、こくんと首をかしげながら、 クリスが尋ねてくる。 「あ、ああ……」 この期に及んで俺の胸に湧き上がってくるのは、 少しの迷いだった。 俺は応えてやればいい。それだけだ。と決意したはいい ものの……本当にその場のノリでやっていいのだろうか。 「……しかし」 考えてみると、聖職者であるクリスが純潔を失えば、 もしかしたら力が弱くなったりするのかもしれない。 それに、クリスのようないい女に誘われて、 手を出さないのは魔王として問題もある。 「……よし」 などと、理屈で体裁を整えてはみるが、結局のところ 最終的に俺の背中を押すのは。 クリスを抱きたいという俺の欲求だった。 「それじゃあ、始めるぞ?」 興味深げなまなざしで見つめてくるクリスの頬に そっと手を添え、囁くように告げる。 「うん。いいよ」 ド直球な俺の誘いの言葉に、クリスは艶然とした 笑みを返してきた。 そんな彼女の頬に触れたまま、ゆっくりと 唇を寄せていく。 「ん……」 俺の唇が、クリスの桜色の唇と重なる。 プリッとした柔らかな感触が唇を通して 伝わってきた。 ――かと思いきや。 「むぐっ!?」 突如、ぬるりと口内に侵入してくる、 クリスの舌。 いきなりの刺激に、思わず目を見開いてしまった。 「ちゅむ、ちゅ……れる……ぴちゅ……」 主導権を奪われ、戸惑う俺をよそに、クリスの舌先が 俺の口内を縦横無尽に動き回る。 ちろちろと舌先で歯ぐきをなぞるように舐めたかと 思うと、今度は頬の裏を。 食事と歯を磨くときくらいしか、物が触れないそこを 丹念に刺激され、唾液の分泌が活発になる。 負けじと舌先を持ち上げ、歯ぐきの裏をつついていた クリスの舌さきに絡める。 「ふぁ……んぅ、ちゅ……れろ……ちゅむ……」 すぐさまクリスが応えてきた。 熱を帯びた舌が伸びてきて、俺の舌を絡め取る。 「んぅ……ちゅ、んっ、れる……ちゅる……ちゅ……」 その動きは段々と大きく、激しいものへと変化し。 いつしか、互いにむさぼるように、舌をうねらせ、 刺激を与え合っていた。 ぴちゃぴちゃと舌が絡み合う音が鼓膜を震わせる。 「ちゅ……ぴちゅ、ぺちゃ、れろ……」 重なった唇を起点に、体が溶けて混 じってしまいそうなほどの陶酔感。 濃厚な口づけによる息苦しさも合わさって、 頭がぼーっとしてくる。 「んっ、ちゅ……ちゅむ……ふぁ……」 クリスの顔がゆっくりと離れていく。 当たり前の状態に戻っただけだというのに、 妙に口の辺りが寂しくなった。 「はぁ……はぁ……」 カクテルされた唾液で口元をべたべたにしたまま、 クリスがどこか蕩けたような視線を向けてくる。 「ふふ、ジェイくんってキスがうまいのね」 「先生、体が火照ってきちゃった」 「そ、そういうクリスも上手じゃないか」 息も絶え絶えに虚勢を張る。 「ふふ。先生だからね」 「これでも色々とお勉強してるんだよ」 「いったい何の勉強をしてるんだ!?」 「愛について?」 うーんと唇に手を当て、小首をかしげるクリス。 「……なんだよ、それ」 「ふふ。まあ、それはともかく……」 「先生、キスだけじゃなくて…… もっと色々してほしいな」 子どもがお菓子をねだるような無邪気な口調で クリスが囁いてくる。 しかし、その真意はとても大人びていて。 呼吸が落ち着き、一旦、冷静さを取り戻していた、 俺の心をどくんと大きく弾ませた。 「……そうだな。俺も色々したいと思ってたところだ」 「相思相愛、だね」 「相思相愛って、そういう風に使うものなのか?」 軽い疑問を抱きつつ、クリスのふくよかな胸に 向かって、手を伸ばす。 「あ…………」 手のひらが、ふくらみをつつんだ途端、 小さく開かれた唇から甘い声がもれた。 豊かに盛り上がった双丘を、洋服越しに撫で回す。 「ふぁ……あ……」 質感を確かめるように、むにむにと揉みしだくと、 クリスの表情に艶めいた色が強く表れてきた。 甘い吐息と、情欲の火が灯った誘うような瞳。 そして、クリスの肢体の柔らかさに、 下腹部がしっかりと反応してしまう。 「ん、ジェイくんの手……すごく、あ、 気持ち、いいよ……」 「クリスの胸も……こう、気持ちいい、ぞ」 と、言いつつ、バストの根元から、 ぎゅうっと絞り上げる。 「ふあっ!」 次いで、大胆に服が開け放たれた胸の真ん中――谷間の 部分にツツーと指先を滑らせる。 白い肌は汗に濡れて、しっとりとした触感を 返してきた。 「あんっ」 直接、地肌を刺激されたためか、クリスの魅惑的な 肢体がぴくんと小さく震える。 続けて、半分放り出された乳肉をわしづかみにして、 きゅっきゅっとリズミカルに揉み上げた。 「ん、それ……気持ちいい……」 手に力を入れるたびに、乳房はむにゅりとその形を 変化させながらも、しっかりと指を押し返してくる。 「んっ……はぁ……ね、ねぇ、ジェイくん……んぁっ」 胸を揉まれたままの状態で、クリスが身悶えしながら 声をかけてきた。 「あ……はぁ……こ、このままだと、くぅん、 ちょ、ちょっともどかしくて……」 「あぁん。ちょ、直接……はぁ……あぁ…… 触って、ほしいな……ん」 「もどかしい……のか?」 そういうものなのだろうか、と素直に聞き返す。 「あん。だ、だって……ジェイくんの手が、 気持ちいいんだもの……」 こうも望まれたなら、リクエストに応えないわけには いかないな。 俺はクリスの服の胸元を大きくはだけさせ、 白い雪に覆われた山脈を思わせる乳肉を露出させた。 白い山の先端部に、鮮やかな薄桃色の突起が、 ピンと屹立している。 周囲の柔肉もただ白いわけではなく、興奮によってか、 かすかに赤く色づいていた。 クリスが呼吸をするたびに、二つのふくらみが 大きく隆起し、ぷるぷると揺れている。 「はぁ……はぁ……ん、うぅん……」 胸の奥底から湧き上がってくる情欲の炎に、 煽られるがまま。 手のひらですくいあげるように、二つの柔肉を たぷんたぷんと弄ぶ。 跳ねる乳房から、柔らかくも弾力のある感触が しっかりと伝わってきた。 「あぅ……はぁ……ん、んぅ……んぁ……」 充分に二つの山のボリュームを愉しんだあとは、 頂上に意識を向ける。 モチモチとした乳房の中心に、薄桃色の乳首が ツンと上向きに盛り上がっていた。 軽く指先でつついてみる。 「んぁ! ……はぁ……」 続けて、こりこりとしごくように右の乳首を 摘み上げてみた。 「やあっ……んぅ……そ、それ……」 さらに左の乳首も同時に摘み、ねじり、 こりっとした感触を楽しみながら弄ぶ。 「ふぅ、すごく……くふっ、い、いい、よぉ…… ああ……っ!」 耐えかねたかのように嬌声を上げるクリス。 彼女の声が上がるにつれ、俺の興奮もまた 急速に高まっていく。 「そ、そんなにいいのか?」 「う、うん。はぁっ、ジェイくんに、ん、 してもらうたびに……ああっ」 「先の方から、くぅん、ジンジンして……はぁん。 んっ、ふぁ……っ!!」 それならばと、左右の乳首を同時に捻り上げる。 「んぁあっ」 強烈な刺激に、クリスは白い喉をそらし、 歓喜の表情をあらわにした。 「はぁ……あ、あぁ……」 ふらふらとし始めた彼女の肢体を片手で支えつつ、 空いた手を丸みを帯びたヒップにスライドさせる。 「ふぁ……ん……は、あぁ……」 その形を確かめるように、丹念にじっくりと クリスのお尻を撫で回した。 肉付きのいいそこはスカート越しとはいえ、柔らかさを 十二分に発揮し、俺の手を愉しませる。 「あぅ……ああ、はぅ……んぅ……んぁ……」 ぎゅっぎゅっと尻たぶを揉んでいるうちに、 クリスの反応が著しくなってきた。 「……ふむ」 おもむろにスカートに手をつっこみ、 さらにはショーツの中身に直接触れる。 すべすべの臀部を優しく撫で回すると、クリスは身を よじりながら、甘く囁いた。 「あぁ……はぁん……ん、いいのぉ…… ジェイくぅん……あふぅ……」 ならば、もっと感じさせてやろう。 そう考えた俺は、しっとりと汗に濡れた尻の割れ目に 手を這わせた。 「はうっ!?」 効果は絶大だ。そんな言葉を思い浮かべるほどに、 クリスは全身を軽く痙攣させた。 俺の手に押し付けるように、腰を引いている。 割れ目の両壁をこすり上げていた指をさらに 奥へと侵入させる。 「んぅ、はぁっ、くふぅ……っ!!」 尻たぶをかき分けるようにして、最奥にある 窄まりに到達。 他者の手が触れたことのないであろうそこを、 人差し指でつんつんと突く。 「あぅ、はぁっ、くぅん、そ、それ…… ひゃう、んぅ、なんか、変、なのっ!!」 「お尻……んぅっ、むずむず、して……っ!!」 「クリスは……こっちも気持ちいいのか?」 悶えるクリスの姿に興奮し、少し意地の悪い言葉が 出てしまった。 「あ、はぁ……よく……ん、わから、ない…… でもぉ、なんか、ふぁ、変な、感覚……んんっ」 「じゃあ、これはどうだ?」 そう言うなり、穴の表面をカリカリと引っかいていた 指先を軽く折り曲げて、穴の内部へ差し込んだ。 ずぶりと第一関節の辺りまで、 すんなり入り込んでしまう。 「あうっ、はぁっ……んんっ、ああっ!」 侵入した指先を吸い付くような感覚が襲ってきた。 まとわりつく肉壁にひるまずに、指の腹で こすり上げる。 「やあ、はぁっ、ああ、くふぅ、ひぅ、あああっ」 加えて抜き差しするように、指を前後に動かすと、 クリスの嬌声はひと際甲高くなった。 いやいやをする子どものように首を振り、 押し寄せる快楽の波に抵抗している。 「あぅ、くふ、ダ、ダメ、お尻なのに……っ せ、先生ッ、も、もう……!!」 しかし、その抵抗もそう長くは持たないだろう。 「ふぁっ! やっ、あ、あ! あああ!!」 クリスが吐く息は性的興奮とともに熱量を増し、 俺の顔に降りかかる。 その瞳は快楽の熱にゆらゆらと揺れて、 今にも気をやってしまいそうなほどで。 さらに全身がビクビクと震え続け、いつ達しても おかしくない様子だった。 「あ、あああっ! や、あっ! すご、 これ、すごくて。あ、ああ!!」 朱に染まった頬に汗の玉を浮かべ、ガクガクと体を 小刻みにケイレンさせるクリス。 ほどなくして―― ついに、その瞬間がやってきた。 「や、は、ダメ、お尻、お尻なのにっ! せ、先生、い、いっちゃうのぉ!!」 「はぁぁぁぁああっ!!」 絶叫とともに、クリスはビクンと大きく体を のけ反らせた。 「おっと……」 くったりと頽れそうになるクリスの体を支える。 腕の中に抱えられながら、クリスは惚けたような 表情で俺を見つめていた。 「んぅ……はぁ……はぁ……っ、はぁ……」 「ふぅ……すっごく良かったよ、ジェイくん……」 「そうか」 ふむ。どうやらキスの借りは無事に返せたみたいだな。 「だからね……」 「ん?」 「今度は先生の番だよね?」 「……なに?」 「えい!」 「うわっ」 突然、飛びかかってきたクリスに不意を突かれ、 なすすべもなく押し倒されてしまう。 「ふふふ」 クリスは地べたに倒れこんだ俺の上に馬乗りになると、 スカートの中に手をつっこんだ。 しゅるしゅると衣擦れの音が聞こえたかと思ったら、 今度は俺のズボンに手がかけられた。 「って、何を!?」 「んー、ナニかな?」 びしょびしょのショーツを脱ぎ去ったクリスが腰の上に 馬乗りになってくる。 「ん……」 カチカチに硬直しきった俺のモノに、クリスの女の子の 部分がぴったりと重ね合わさった。 しっとりと濡れた股間から溢れ出た愛液が、 下敷きにされた俺のモノを濡らす。 「う……」 こそばゆい感覚に、思わず呻いてしまう。 「ふふ、ジェイくん、その表情可愛いね」 「お、男が可愛いとか言われても嬉しくない!」 「そうなの? でも、先生、今の表情、 結構好きだな」 「というわけで。ジェイくんも気持ちよくなってね」 そう言うと、クリスは腰を前後へと揺らし始めた。 密着した俺のモノとクリスがこすれ合わさり、 ぞくぞくするような快楽を生み出す。 「くぅっ!?」 今までの行為でかなり昂っていた分身を 撫で上げるような強い刺激。 ぬちゃぬちゃと互いの大事なところを こすりつける音がいやらしく響く。 「あ……これ、先生も……んぅ、気持ち、 いいね……あ、ふぅ……」 しかも、クリスの体重がそのまま接触箇所に かかっているため密着度がかなり高く。 敏感な裏筋を万遍なく刺激され、腰が 引けてしまうほどに気持ちがよかった。 「うぁ……ふぅ、んっ……かふ、ああ……」 まずい。また主導権を取られそうになっている。 反撃に出ようにも、与えられる快楽が強すぎて 体に力が入らない。 それどころか、より強くこの快楽を得ようと、 俺の意思とは裏腹に、勝手に腰が持ち上がっていた。 「うぁ……」 より密着度があがり、より快楽の度合いが増す。 最初よりもねちゃねちゃという音が大きくなっていた。 俺のモノが出した先走りの汁と、クリスの愛液が 混ざり合わさり、この淫靡な音を奏でているのだろう。 こうしている間にも俺の先端からダクダクと汁が溢れ、 クリスの動きをよりスムーズにさせている。 「あぁ……っ……あ、はぁ……んんっ」 彼女が腰を動かすにつれ、急激な勢いで下腹部に 集まる射精の感覚。 わずかでも気を抜けば、解き放ってしまいそうなほど 俺のモノは張りつめていた。 「ク、クリス……」 「ん、あ、はぁ……ジェイくんの……あん、先生の 下で、ぴくぴくしてるよ……あぅ」 「ジェイ、くん……もう、あ、い、いっちゃい…… ふぁ……そ、そう……なの?」 今にも暴発しそうな衝動を、歯を食いしばり、 こらえながら、首を縦に振る。 「くふ、ん……じゃあ、と、止めちゃおう…… ん、かな……あっ」 「なん……だと……?」 その言葉通り、クリスはぴたりと動きを 停止させた。 「はぁ……あぁ……ん、ふぅ……」 敏感な個所を密着させたまま、荒い息を整えるクリス。 「何故……?」 もう少し。あとほんの少しでいけそうだったのに。 「だって……」 「初めては膣内に欲しいんだもん」 その気持ちはわかる。 わかるのだが、正直このままはつらすぎる。 「わ、わかったから、早く……」 自分でも情けないと思ってしまうが、 現状に耐えられるはずもなく、懇願してしまった。 俺がこんなことをいうとは 思いもしなかったのだろう。 クリスは目をぱちくりとまばたきすると。 「じゃあ、ジェイくんも待ちきれないみたいだし」 俺のモノを手に取り、先っちょを 女の子の部分にあてがった。 ……つかまれた拍子に発射してしまいそうに なってしまったのは秘密だ。 「ジェイくん、先生の初めて、受け取ってね」 そう言うと、クリスは一息に腰を下ろした。 一瞬の抵抗感。 そして、ぶつんという生々しい音とともに、 分身はクリスの膣内へ深々と納められていた。 「ぐぬぬ……」 ねっとりとした膣壁に締め上げられて、 思わず射精してしまいそうになる。 できればすぐにでも出したいところではあったが。 入れて即発射というのも、男として情けないので とにかく奥歯に力を入れて耐える。 ふと見れば、クリスの股間から赤い滴がひと筋 垂れ落ちているのが目に入った。 クリスの純潔を奪った証だ。 「つう……」 「や、やっぱり初めてって結構痛いんだね。 先生、おどろいたよ……」 口調こそ軽い雰囲気だが、実の所、かなりの痛みを 感じているのだろう。 口元がかすかに引きつっているように見える。 「一旦、抜いたほうがいいんじゃないか?」 俺の心配の声に、クリスは唇に指を添え、 何やら考えるそぶりを見せた。 「んー……ちょっと待ってね」 そう言うと、クリスは下腹部に手を添え、 小声で何やら呟き始める。 「ん? 何をしているんだ……」 俺が声をかけている間も、クリスの呟きは続き、 ほどなくして――。 「うん。もう痛くない。これで大丈夫ね」 「ちょ、い、今、何をしたんだ!?」 「ちょっと、自分に癒しを」 「このタイミングで!?」 あまりにも不謹慎な使い方に、思わずツッコミを 入れてしまった。 「なにか問題あるかな?」 「いや、問題しかないだろ」 破瓜の痛みを抑えるために、神の奇跡ともいわれる 回復呪文を使うなんて聞いたこともない。 「だって、せっかくの初めてなんだし」 「痛いだけで終わったら、もったいないから」 さも当然のように言うクリス。 もしかして、神官の間では当然の行為なのだろうか。 だとしたら、懐が深いな。光の女神。 「でも、うまくいったみたいでよかった」 「ん? その言い草だと魔法を失敗する可能性が あったのか?」 もしかして、あれか? 純潔を失ったことにより、神の加護が減少するとか なんとかいう都市伝説的な…… 「うぅん。気になってたのはそっちじゃないの」 「ほら、ジェイくんのが中に 入ったままだったでしょ?」 うむ。今も現在進行形で膣内に入っているが。 「で、傷がふさがるだけじゃなくて、処女膜も 再生されちゃったら、大変だったかなーと思って」 「もしかしたら、ジェイくんのと 融合しちゃってたかもしれないし」 その光景をちょっと想像してみる。 「……こわっ!?」 「こういう風に呪文を使ったって話は 今まで聞いたことないからね」 「まあ、結果オーライだよね」 てへっと可愛らしく首を傾けるクリス。 しかし、言ってる内容はまったく可愛らしくなかった。 そんな話をしているうちに、昂りまくっていた分身が 落ち着きを取り戻してくる。 これならしばらくは保てそうだな。 「というわけで、ジェイくん。 一緒に気持ちよくなろうね」 クリスは口元に笑みを浮かべると、腰を前後に 揺らし始めた。 最初はゆっくりと。 股間の調子を確かめるように。 「ん、はぁ……んぅ………」 次第に、素早くリズミカルに。 ずちゅ、ずりゅ、じゅる! 彼女が腰を揺らすたびに、重量感に満ちた二つの 果実がたぷんたぷんといやらしく踊る。 「あ、んぅ、ん……ふぁ……ああっ」 クリスの口から喘ぎ声が漏れ始めた。 きゅっきゅっと膣壁が小刻みに締め付けてきて、 俺を射精に導こうとする。 こうして落ち着いて味わってみると、 クリスの膣内はとても具合がよかった。 入り口の辺りはきゅっと狭く、膣壁はうねうねと 不規則に蠢き、絡みついてくる。 絶妙の締め付け具合と、俺の感じる部分を的確に 攻めてくるヒダヒダの動き。 「や、やばい。クリスの中、気持ちよすぎる」 彼女の行為をなすがままに受けているうちに、 つい気が抜けてしまったのか。 恐るべき勢いで熱い衝動が再結集してきた。 自分の一部に対し、落ち着けと心の中で 念じながら、クリスの動きに合わせ、腰を突き上げる。 ぱちゅんぱちゅんといやらしい汁が弾け飛んだ。 「……ふぅ、あぁ……んっ……はぁ……ぅ!」 目の前で、たぷたぷと弾む乳房を下から両手を 伸ばしてわしづかみにする。 弾力と柔らかさを兼ね備えた感触が。 手のひらに広がった。 うむ。やっぱりいい揉み心地だ。 ぎゅむっぎゅむっと両手の指に力を入れて握ると、 指の間から、柔肉がこぼれおちそうになった。 「やんっ、むねぇっ!?」 ぷっくりと膨れ上がった乳首を指先でピンと弾く。 クリスの蠱惑的な肢体がビクッと跳ね上がった。 続けて、白とピンクの境界線上を円を描くように、 何度も何度も指で撫でつける。 「あぅ、それ、い、いい……んぁっ!?」 連続して送られる甘い刺激に、クリスは小さな 背中を弓なりにそらした。 快楽のこもった艶のある響きが、白いノドから 奏でられる。 「ふぅ……」 なんとかペースを取り戻せたか。 そう思ったのもつかの間。 「あぅっ、はぁ……ああっ!」 クリスが俺の上で踊るように肢体をくねらせた。 熱い膣壁がぬめぬめと俺の分身を扱きあげ、 快楽を引き出そうとする。 あまりの気持ちよさに、たちまち腰が引けてしまった。 「あん、や、やっぱり……くぅ、やぁ…… ジェイくんの気持ちいい……はぅっ」 「くはっ、お、お腹の中……んぅ、ずんずんって え、えぐられてるみたいで……んんっ!!」 艶のある髪を振り乱しながら、 クリスが嬌声をこぼす。 「あぅ、や、はぁ、くふぅ、あ、あ、あ……」 「ま、まずいっ」 不意に、燃え盛る炎のような熱い衝動が 体の奥で湧き起こった。 急速に燃え広がるそれは、今までの刺激もあって、 到底抑えきれないほどで。 「ふわぁっ! やっ、あ、ん、あああああ!!」 俺の我慢をあっさりと吹き飛ばし、 爆発した。 「ダ、ダメだ……出る!」 散々焦らされていたためか。 股間が爆発したかのような勢いで、 先端から精液が迸る。 どぴゅ、どぴゅ、どくくんっ!! 「ぐっ」 あまりの射精の勢いに痛みが走り、顔をしかめる。 結局、最後の一滴までを彼女の膣内に 注ぎ込んでしまった。 「あ、はぁ……はぁ……んぅ……はぁ……」 クリスもまた達したのか、動きを止め、 荒い息を吐いていた。 「ふぅ……あは。ジェイくん、いっぱい出たね」 うっとりと目元を潤ませ、精液を注ぎ込まれたばかりの 下腹部を押さえるクリス。 しかし、その瞳の奥にはいまだ情欲の火が灯っていた。 「ねえ、ジェイくん。まだ……大丈夫だよね?」 「……なに?」 そう聞いておきながら、すでに腰をうねうねと くねらせ始めているクリス。 出したばかりの分身が膣壁にきゅうきゅと 締め付けられる。 「うっ」 敏感になっているところに与えられた急激な 快感に思わず呻き声がもれてしまった。 「ちょ、ちょっと待った!」 「今、射精したばっかで……おおう!?」 俺の言葉を遮るように、クリスがきゅっと膣を しめてきた。 「んっ、でも、こっちのジェイくんは、 まだまだいけるっていってるよ」 そう。確かに俺のモノは言ったばかりだというのに、 すぐに元気を取り戻していた。 「む、確かにその通りだが、一旦休憩を……」 「ふふっ、駄目」 甘い吐息をこぼしながら、クリスが腰をくねらせる。 「んん……はぁ……あ、くふぅ……」 狭苦しい膣壁がうねうねと蠢き、俺の分身に ねっとりと絡みついてきた。 分身の表面を万遍なく包み込む快楽が俺を襲う。 「くっ、いきなりかっ」 「ふふ、やっぱりジェイくんが気持ちよくなってる顔を 見ると、先生も気持ちよくなっちゃうかも」 大胆に腰を振り続けながら、クリスは 慈母のような笑みを向けてきた。 次いで、クリスのたおやかな手が俺の頬を そっと優しく撫でる。 相反する仕草に、一段と高ぶりを覚え、 興奮した。 「くふぅ……あっ……はぁっ……んぅ……っ!!」 じんじんと疼くような甘美な刺激が、 俺のモノを包み込む。 「んっ、んんっ……あぁっ……ジェ、ジェイ、 くぅん……ふぁっ……っ!」 ぬるぬるとした膣内で、俺のモノが気持ちよく 摩擦され、快楽に体が震える。 どくん。 一度は収まったはずの射精の衝動が、 唐突に復活した。 クリスの膣が蠢くたびに、衝動はより強く、 より鮮烈なものへと変化していく。 「うぅっ!」 急速に込み上げてくる射精感と必死に戦うが、 敗色が濃厚だった。 このままではそう長く保たないだろう。 そう、このままでは、だ。 「クリス……」 「はぁ、はぁ……ん、なぁに?」 「今度は俺の番だよな」 「……え? きゃっ」 体勢を入れ替え、クリスに地べたに横たえ、 のしかかる姿勢を取る。 「わ、ジェイくん、積極的だね」 どこか嬉しそうに言うクリスはやはり 余裕があるように見える。 このままでは、俺の股間……もとい、沽券に関わる。 「いくぞ」 一声かけてから、クリスの膣へと挿入する。 じゅぶり。 「ふあぁっ!」 トロトロにとろけていたそこは、何の抵抗もなく、 俺を飲み込んでいった。 俺のモノが入るにつれ、愛液が押し出され、 じゅぶじゅぶと溢れていく。 「ん、もう、いきなりだなんて……」 「されてばっかりじゃ、まお……じゃなかった」 「男の沽券に関わるからな」 「うぅん。そんなこと気にしなくてもいいのに……」 気持ちよさそうに腰をくねらせながら、 クリスが俺を受け入れてくれる。 「ふっ、我が真の力、見せつけてくれよう」 主導権を奪い返した悦びからか、 つい魔王的な発言をしてしまった。 「ジェイくん、そのセリフ、陳腐な悪役みたいだよ」 「……え? 陳腐?」 「うん。そういっておきながら、 すぐにやられちゃいそうな感じ」 「…………」 「ん? どうかしたの?」 「いや、なんでもない……」 ま、まあ、いい。今はそんなことを 気にしている場合ではない。 無理やり気を取り直して、行為を再開する。 深く抉るように膣内に入り込んでいた分身を、 軽く引き抜いた後、入り口の辺りを浅く突く。 「あん、そこ、いい……」 焦らすように。官能を高めるように。 じっくりと。ゆっくりと。 彼女の感じるポイントを見極めて、 重点的にソコを攻める。 「あ……や、はぁ……んぅ、あ、あ、あ……」 両足を押さえているため、クリスはあまり自由に 身動きが取れず。 俺から与えられる快楽をただ受け入れるだけと なっていた。 ちゅぷ。ちゃぷ。ちゅる。じゅる。くちゅ…… 入り口付近をかき回すたびに、 いやらしい響きが耳に届く。 「はぁん。ジェ、ジェイくん……んっ、お、お願い。 あんまり……ふぁ、焦らさな……ふあっ!?」 クリスが最後まで言い切る前に。 不意打ち気味に。 一息でクリスの最奥まで分身を突きこんだ。 「んぁあああああっ!」 彼女が感じるがままに、最奥をずぶずぶと 何度も何度も突き荒らす。 ぐちゅ、ずりゅ、ずちゅ。 「あうっ、はぁっ、そ、それ、くふぅっ、 つ、強すぎ……はぁんっ!」 互いの陰部を激しく擦り合わせながら、 ただただ快楽を高め合う。 「そ、そんなにしちゃ……ああっ、 ダメ……んぁああっ!!」 「すまない。もう止められそうにない」 じゅぶじゅぶと音を立てて、分身を突き入れると、 めくれあがった肉壁が、奥へと押し込まれる。 そのまま熱い側壁をえぐるように、 激しく、突きまわす。 「はぁっ、それ、奥っ、ゴリゴリってて……っ!?」 「ああ、はぁつ、くぅ、んぁ、やあ、ああんっ!!」 奥へ行けば行くほど、クリスから与えられる快感が 倍加していく。 「ジェイくんっ、ジェイくんっ、ジェイくんっ!」 一突きするごとに、クリスの喘ぎ声が甲高く、 そして切迫していった。 「クリスっ!」 体を無理やり前に倒し、クリスの唇に吸い付く。 「ふぁっ……ちゅ、ちゅむ……れろ……ずずっ!」 ほぼ同じタイミングで互いに舌を伸ばし、 絡め合う。 「ちゅ……ちゅむ……れる、れろ……!!」 互いの舌を絡ませ、激しく音を立てながら、 深く、より深く俺自身を膣内へと挿入する。 ずっ、ずちゅっ、ぐちゅ、じゅるっ……っ! 全てが溶けて、混じり合ってしまうような 不思議な感覚。 「ちゅる、ちゅっ、んぁ……はぁ……っ!!」 どちらからともなく唇を離し、互いの顔を見つめ合う。 「ジェイくん、わ、わたし、もう……ふぁ、はっ、 すごっ、んぅ、ああ、溶けちゃうっ!」 「んぁっ、ダメッ、溶けちゃうのぉっ!!」 惚けた表情で限界を告げるクリス。 「ああ、俺もだっ」 かくいう俺もすでに限界をとうに超えていたが、 気力を尽くして、クリスに快楽を送り続ける。 とはいえ、俺の必死の抵抗もそれほど長くは 続かないのが現実で。 耐えきれないほどに、込み上げてくる射精の 衝動を俺は―― 『クリスの膣内に』 『クリスの肢体に』 クリスの膣内に一滴残らず注ぎ込むことに決めた。 ラストスパートとばかりに、 ただただ激しく腰を突きいれる。 「ああっ、ふっ、も。もう、ダメッ、 あ、あ、あ、あ……」 あまりの昂りに目の前がチカチカと瞬いて見える。 目の前がどんどんと白く染まっていき、そして―― 世界が弾けた。 「くふぅ、あっ、んぅ、んぁっ……」 「ぐぅ……クリスッ!」 彼女の名を叫ぶと同時に、堰を切るように 精液が迸った。 びゅくっ! びゅく、びゅくんっ!! どくどくと放射される白濁液が、 クリスの最深部を侵食していく。 「ふぁぁぁぁぁあああっ!!」 クリスがその豊満な乳房をのけ反らせながら、 絶頂に至った。 「はぁ……はぁ……クリス、大丈夫か?」 どこか空ろなまなざしを向けてくるクリスに 呼びかける。 すると、ぱちぱちと瞬きをした後、 瞳に意思の光が戻ってきた。 クリスの美しい肢体に欲望を解き放つことを決めた。 彼女の膣口と垂直となるように、 俺のモノを突き立てる。 「はぁっ、あっ、あっ、あっ、あああっ……!」 一秒ごとに高まる衝動を懸命にこらえ、 最後の瞬間を待つ。 先に限界が来たのは、クリスの方だった。 「あ、あ、あ、あ、ああああああああああっ!!」 絶叫とともに全身を激しく痙攣させて、 快楽に打ち震える。 同時に俺のモノを収めていた膣壁がこれまで以上に、 大きく、激しく収縮した。 あまりの締め付けに、俺のモノが決壊しそうになる。 「くぅっ!?」 一息で彼女の膣内から引き抜くと、先端を その美しい肢体に向けた。 次の瞬間。 どくどくどくどくどくどくっ、どくん、どくんっ! 自分でも呆れるほどの勢いで、 白い液体が飛び散っていく。 そして、クリスの白い肌にびゅくびゅくと 降りかかっていった。 「くっ……あ、あぁ……」 このまま倒れこんでしまいそうなほどの脱力感に 全身が囚われる。 「はぁ……はぁ……クリス……」 疲労に震える手で、ぐったりとしたクリスの 頬にそっと触れた。 「ん……ふぁ、あ、ジェイくん……」 「はぁ……はぁ……ふふ」 息も絶え絶えな様子だというのに、クリスは口元に うっすらと笑みを浮かべた。 「……クリス?」 「今の、すごかったね……」 「う……ま、まあ、な」 「ふふっ、先生……初めてをジェイくんにあげちゃった」 下腹部を押さえながら、お腹が満ちた子猫のように、 幸せそうに目を細めるクリス。 「…………」 その仕草に、気恥ずかしいものを覚えてしまい、 頬を掻いてしまう。 我ながら、魔王らしくない仕草だとは思うが……。 まあ、今の互いに満ちたような空気の中ならば許される かもしれない、なんて心のどこかで感じていた。 ベッドに膝立ちになるなり、クリスは服をたくし上げ、 誘うような表情を浮かべた。 透き通るような白い肌を飾るのは、聖職者らしからぬ セクシーなショーツ。 あまりの色っぽさに目の前がくらくらしてくる。 「ねえ、ジェイくん……」 「……な、なんだ?」 囁くように告げられる言葉が、俺の耳から入り、 胸の奥を揺さぶる。 「こういうの……好きでしょ?」 「それとも、嫌い?」 こくんと小首をかしげて、クリスが尋ねてくる。 誘うようなポーズとは真逆な、可愛らしい仕草に 胸が強く高鳴った。 そんなこと、尋ねられるまでもない。 「好きに決まっているだろ」 「ふふ、素直だね」 正直すぎる俺の返答にクリスがくすくすと 笑みを浮かべる。 「ところで、ジェイくん」 「お、おう……」 「見てるだけでいいの?」 事前に告げられていた、たくさん誘惑するとの言葉。 その通りに、クリスは俺を誘うように告げてくる。 「それだけで、満足出来るわけないだろ」 クリスが醸し出す、扇情的な空気。 「ふふっ」 そして、艶かしく俺を見つめる瞳。 これからする行為を空想させるその空気と瞳に、 俺のモノはすでに痛いほどに張りつめていた。 「だったら……ね?」 そっと顔を寄せられる。熱い吐息がかかって、 頭の奥まで痺れそうになる。 「ああ。だけど……」 はやりそうになる心を押さえる。 一足飛びではなくて、ゆっくりと段階を踏まえる。 それも、大事なことだ。 だから……。 「まずは、キスから始めよう」 その頬に手を当てて囁く。 「あ」 クリスは嬉しそうに、目を大きく見開くと。 「……ふふ。そうだね」 「そうしてもらえると、先生も嬉しいかな」 どこか潤みを持った瞳で、こくん、と頷いた。 そのまま、熱くなる頬を撫でる。 なめらかな肌の感触を手のひらで楽しむと、 おもむろに顔を寄せていった。 「ん……」 俺が近付くのと同時に、クリスは両の目を閉じた。 まずは、焦らすように頬に唇をつける。 「あ……ふふっ」 ちょっとくすぐったそうに笑うクリス。 俺はそのまま、ちゅ、ちゅ、と反対側の頬や、 目の下辺りなどにキスをした。 「んもう……焦らしてるの?」 「色んなとこにキスしたくなったのさ」 実際、目を閉じて全てを受け入れようとしてくれる クリスはとても愛らしかった。 だから、ついつい……唇だけでなく、 その全てにキスしたくなったのだ。 「色んな……ところ?」 「ああ。いいだろ?」 「ん……いっぱい、してね」 クリスが嬉しそうに小さく頷いたので、 俺は早速頬にキスを繰り返す。 「んっ……ふふっ」 くすぐったいだけにしては、熱い吐息が唇から漏れていた。 そのまままぶたや鼻の頭などにもキスをする。 「んっ……」 クリスの唇が少しだけ開いて、小さな舌が見え隠れする。 艶かしいその赤さに、俺は吸い寄せられるように 唇を重ねた。 「あ……んぅ……」 ぷっくりとした唇はとても柔らかくて。 そこから溢れる吐息も熱い。 クリスの口から溢れる息を俺が吸う、 そんな行為がより興奮を高める。 「んっ……ちゅっ」 ただ触れ合っているだけだというのに、 とても気持ちがいい。 頭の奥まで痺れるような感覚が、 より強まっていった。 「ふぁ……あぁ……」 ちゅっ、ちゅっ、と唇を数度重ねた後、 どちらからともなく唇を離す。 「ふはぁ……」 しっとりとしたため息を吐いたクリスは、 へなへなと力を失っていた。 「やっぱり、ジェイくんとのキスって 気持ちいいね……」 「ああ、俺もかなり気持ちいいよ」 クリスが甘えるように擦り寄ってきたので、 そのまま髪に顔を寄せる。 「ふふっ」 そのまま髪を撫でると、クリスはさらに嬉しそうにした。 「どうした?」 「ジェイくんは優しいな、と思ってね」 「そんなことは……」 「あるよ。今もね」 撫でる俺の手に甘えるように、 クリスはすりすりと頭を寄せて。 「もう一回、キスしてくれる?」 「何度もするつもりだったさ」 「ふふっ。ありがとう」 クリスが再び唇を開く。 俺はその唇を塞ぐように、自分の唇を重ねた。 「ん……ふぁ」 クリスはそのまま唇を開いて、舌を差し出してくる。 小さくて熱い、柔らかなそれが俺の唇を割って入ってきた。 「ちゅ……ちゅむ……」 積極的に俺の口の中を動くクリスの舌。 俺はその舌に絡めるように自分の舌も差し出す。 「はぅ……んっ……ちゅっ」 くちゅくちゅと舌を絡め合う度に、 ぴちゃぴちゃとした音が部屋に響いた。 ねっとりと熱い感触が絡みつき、 唾液が互いの口の中に広がる。 「ちゅる……ちゅ、ん……はむ」 クリスはそのまま俺の舌を唇で挟むと。 「ちゅ……ちゅむ……んっ」 ちゅるちゅると俺の舌を吸う。 その都度、こちょこちょと動く彼女の舌が 俺の舌先に触れてなんだかこそばゆい。 「ちゅむ……ぷぁ……は……んっ」 そして口をもう一度開いた後、 さらに俺の口の奥に舌を差し出してきた。 「ちゅっ……くちゅっ……んちゅっ」 ぐちゅぐちゅと、口の中が犯されている気分になる。 クリスの熱い舌が俺の口内を蹂躙する。 「ちゅ……んっ……ちゅぷっ」 喉に直接伝わらせるかのように、彼女の口から直接 唾液が流し込まれて。 このまま、クリスとのキスで溺れるのも悪くない、 そんな気分になってきた。 だが。 「んっ……ふぁっ?」 俺は逆に俺の舌をクリスの口の中に差し込んだ。 「んっ、んんっ!」 そして、今やられたことをそっくりそのまま。 つまり、クリスの口内を蹂躙するように舌を絡ませ、 彼女の奥に自分の唾液を送り込む。 「はっ……んっ! んくっ……んんっ」 こくんこくんとクリスの喉が動くのを聞くだけで、 さらに興奮してしまう。 今、口からクリスの中へと俺が侵入した、 そんな実感があって嬉しくなった。 「ん……ぷはぁ……」 たっぷりと互いの唾液を交換し合った後。 唇を離すと、透明な橋がつぅっと互いの唇にかかった。 「ふぁ……ジェイくん……」 唇に指を当てながら甘い声で俺を呼ぶクリス。 その瞳は潤みきっていて。 「一回、じゃないって言っただろ?」 「……うんっ」 そして嬉しそうに、もう一度唇を重ねてきた。 「んっ……ちゅっ、んんっ」 そして息苦しさを感じるほどの濃厚なキスを繰り返す。 「ふぁ……んっ……ちゅぷ……んくっ」 舌を出して、絡めて、唾液を飲ませる。 もっとクリスを感じたくて。 もっとクリスを感じさせたくて。 口づけを交わしたまま、彼女の肢体に手を滑らせた。 「ん……んんっ……」 滑らかな体の線をなぞるように、 背中から手を滑り下ろしていく。 「ふぁ……んっ」 ピクピクと反応するクリスの体が楽しくて。 滑らかなそのお尻を手で包んだ。 「あっ」 それだけで甘い声を上げるクリス。 柔らかくて熱い心地よさが、手いっぱい広がる。 指に力を入れると、柔らかさの中に 押し返してくるような弾力がある。 「んっ……ジェイ、くん……」 唇を求める声に、俺はすぐに応じて唇を重ねると。 「ちゅ……ちゅむ……ん、んんんっ」 より激しく俺の舌を求めるクリスに応じるように、 俺はさらに手を動かした。 「ふぁっ、んっ、んううっ」 むにむにと弾力を返すその肌が、 じっとりと汗ばんでくる。 クリスが感じていることが分かって、 ついつい指に力が入ってしまう。 「ふぁ……あ、ああ……」 そのお尻を何度も揉んでいるうちに、 クリスが身をよじった。 「ふぁ……んもう、ジェイくんったら……」 「お尻、ばっかり」 甘い響きを伴った抗議の声。 だが、その表情は言葉とは裏腹に艶めいていて、 クリスの興奮の度合いを明らかにしている。 「クリスが反応しているのが可愛くて、ついな」 「ふふっ……可愛いって言ってくれるなら、 もっと色んな所を……ね?」 そしてちょっとだけ胸を張ったクリス。 その胸に手を伸ばすと、柔らかさに満ちていた。 「ふぁっ……んっ」 指が沈み込むような感触が興味深く、 また、手に嬉しい。 「んんっ」 手だけでは支えきれないほどの大きさがある胸を、 やわやわと揉みしだく。 「ふぁ……」 その大きさ、柔らかさ、そして溢れるクリスの甘い声。 全てが色っぽくて、興奮する。 「うぁ……あ……ん……ふぁ、ああ……」 お尻に伸ばしていた手を、そのまま奥に進めると。 「ふぁっ!」 くちゅっ、と湿った音がした。 「ジェイくんの手、凄く気持ちいいから……」 恥ずかしそうに言い訳するクリスは、 いつも余裕な彼女とは違って可愛らしい。 気持ち良さのあまり、服の裾を押さえるクリスの手が ふるふると震えている。 「はぁ……ふぅ……んんっ……」 気持ち良かったのか、少しだけ呆けているクリス。 「クリス、手はそのままで頼む」 「あぅ、はぁ、んぅ……え?」 そんなクリスに一声かけて、 お尻を揉んでいた手を前へと移動させた。 くちゅり。 「あっ!」 さっきよりもはっきりと、濡れた音が響いた。 指先で布地の上から軽くこすると、じゅくじゅくと 染みが大きくなっていく。 「んぅ……あ、はぁ……それ、気持ちいい……」 クリスがふるふると体を震わせて、 俺の指の感触を愉しんでいる。 俺はショーツ越しに、指先で付け根の辺りを さらに刺激する。 「あっ! そこ、んっ、んっ!」 くちゅくちゅと指を動かすたびに、熱のこもった吐息が クリスの唇の合間から零れ落ちた。 続けて、ショーツ越しに指を第二関節の 辺りまで押し込んでみる。 「んぁ……あっ、ああっ……」 ちゅぷぅ、と粘着質な響きが聞こえて、 さらにショーツが濡れていく。 「どんどん濡れていくな、クリス」 「だ、だって、ジェイくんの指、気持ち良くて…… んっ、んんっ!」 円を描くようにその部分に指を滑らせると、 ぐちゅぐちゅと愛液が溢れていく。 気が付けば、下着としての用をなさないほど、 ショーツは濡れそぼっていた。 「ふぁ、あ、ああっ」 くにくにと指で秘所を刺激して、 快楽の波を送り続ける。 「あ、それ、いい……か、感じちゃう……あぁん」 身悶えしながら、クリスは自分から求めるかのように 腰を浮かせた。 同時に下着にできた染みも無視できないほどに 大きくなっている。 「ジェイくん……」 「ああ、そうだな」 クリスの懇願に応じて、俺はそのショーツをずらした。 そして、女の子の部分に直接触れる。 「ああっ」 彼女の大事な場所からとくとくと湧き出てくる愛液を すくうようにして指に絡める。 充分に濡れたのを確認し、乱暴にならないように 人差し指で割れ目の部分をなぞってみた。 「んんっ!」 クリスの体がぴくんと小さく跳ねる。 直接触れた方が快楽が強いのは当然のことで。 割れ目のフチにツツーと指を滑らせると、面白いように クリスの肢体は反応を見せてくれた。 「く……あ、は、ぁ……っ!」 熱い吐息とともに、歓喜の呻きが漏れる。 人差し指を軽く折り曲げて、 割れ目の内側に指を侵入させる。 「あ……やぁ、それ……んんっ!」 熱く濡れた膣肉は何の抵抗もなく、 俺の指を咥えこんでいった。 指先に感じる、うねうねとした柔肉の感触。 トロトロに潤んだ膣壁に直に触れてみた。 「んっ……あぁっ!」 クリスの背中がビクッと反った。 そのまま体がガクガクと震え、服の裾を持つ手が 幾分か下がる。 「ん……一瞬、体がびりびりって、なって……」 「先生、驚いちゃった」 ふるふると体を小刻みに揺らしながら、 クリスが告げる。 その顔が恥ずかしさと嬉しさに満ちていたので、 俺も微笑みながら口にした。 「感じてるクリスは可愛いよな、やっぱり」 「普段の先生は?」 「もちろん可愛いに決まってるさ」 ちゅっ、とその唇にキスをして。 俺は人差し指に加えて、中指もクリスの膣内に差し入れる。 「ふぁぁっ!?」 多少きついものの、なんとか中指も奥に入り込んだ。 「あぁっ……んんっ……」 そのまま、かき混ぜるように、クリスの中を刺激する。 一本の時よりも、さらにぐちゅぐちゅとした音が響いた。 「んぁっ、あ、はぁ……あああっ!?」 「すごく熱くなっているよ、クリス」 「そんなこと……んぅ、いわれても……ああっ!」 ぐにゃぐにゃとした膣壁が俺の指を締め上げてくる。 わざと側面をこするように指を引き抜くと、 クリスの嬌声が一段階高くなった。 「あぁ! くっ、んぁ! はぁっ、あ、あ、あ……!」 膝立ちの姿勢で、俺からの刺激を受け、 クリスの体がゆらゆらと揺れる。 「……っと」 彼女の胸元に手を伸ばして、上半身を押さえつつ、 秘所への愛撫を続行する。 くちゅくちゅと音を立てるようにして、 クリスに快楽を送り続けた。 「ああっ、やぁっ、はぅっ、くぅ、ああ……!!」 ねっとりとまとわりついてくる蜜を滴らせた花弁を かき分けるようにして、中を弄ぶ。 「はぁっ!? あ、んぅ、あ、あ、あ……」 彼女の膣がぎゅっと狭まり、俺の指を強く強く締め付けた。 「や、あ! ジェイ、くんっ、だめ、だめっ」 「せ、せんせい、もう、やっ、あ、あ、あああ!!」 「ふぁ、あああああああああっ!!」 ぷしゅっと指先に感じる熱い飛沫。 絶頂の証である飛沫に、手のひらまでもが びしょびしょに濡れた。 「はぁ、はぁ……あ……んぅ……」 「あふぅ……先生、ジェイくんに、 イかされちゃった……」 ふわふわとした声音で、クリスが口元を緩める。 その表情は一見、無邪気に見えたものの、 瞳の奥に妖艶な輝きが見て取れた。 「ジェイくん……上手、だよね」 妙に嬉しそうにクリスが褒めてくれた。 「そ、そうか……?」 そんなことを言われて、喜ばない男がいるだろうか。 いや、いない。 「ね、ジェイくん……先生、もっと……」 「してほしい……かな」 「ああ。俺も、もっとしたい……」 「だから、こう……よろしく、でいいか?」 「いいんじゃないかな」 にっこりという擬音が聞こえてきそうなほどの 笑顔でクリスが頷く。 「クリス……」 「まずは、脱がせて、ね?」 その願いを叶えるためにも。 次のステップへと進むためにも。 俺はクリスの衣服へと、手をかけた。 ベッドの上に横たわり、クリスが魅力的な肢体を 俺の目の前にさらけだす。 「この体勢って……」 「うん?」 「抱き締められているみたいで、ちょっと安心するね」 「結構……好きかも」 くすくすと笑うクリスの胸元で、ふるふると揺れる、 二つのふくらみ。 そして、キュッと引き締まった腰から、肉付きの 良い尻にかけてのライン。 いずれも男心をくすぐるには充分な輝きを持っていて。 「……ごくり」 知らず知らずのうちに、のどを鳴らしてしまっていた。 「ジェイくん……いいよ」 「ああ」 彼女の片足を持ち上げて、開かれた秘所に、 俺の分身をあてがい、ゆっくりと挿入。 「あぅっ、くふぅっ」 蜜をたっぷりと含んだ柔肉が、俺のモノに 絡みついてきた。 「んんっっ!」 じゅぷじゅぷに濡れていたそこに、 ゆっくりと沈んでいく。 中は、とても熱くて……気持ち良かった。 「ふはぁ……んっ……」 「ジェイくんの……指もよかったけど……」 「やっぱり、んぅ、こっちの方が……」 クリスが腰をちょっと動かすだけで、 くちゅっ、と愛液が結合部から溢れた。 「ふぁっ! ……ん……お腹の中…… キュンってするね……」 クリスがいうキュンという感覚がどんなものかは 男の俺には見当がつかない。 だが、彼女が感じていることは膣の反応が しっかりと伝えてくれた。 「ん……ふぅ……あ、はぁ……くぅ……」 くちゅ、くちゅ、と音を立てながら その腰が動かされていく。 熱を持った膣肉がしなやかに俺に絡みつく。 「ああっ! んっ、んんっ!」 うねうねとうごめく肉の感触は極上で。 ひとつになってからそれほど経ってないというのに、 ともすれば発射してしまいそうなほど気持ちがいい。 「んっ、あっ! はぁ、んんっ、ジェイくん、 気持ち、いい?」 「ああ、凄くいいよクリス」 「んっ、良かったっ……いつ、イッてくれても、 いいから、ね? んっ、んんっ」 ぐちゅぐちゅと結合部から溢れる淫靡な音が、 さらに興奮を沸き立たせる。 確かにこのままだと俺はイッてしまうかもしれない。 「とはいえ……」 いくらなんでも、彼女をイかせずに自分だけが イッてしまうのは男の沽券に関わる。 そう考えた俺は、クリスの細腰を抱えるようにして、 腰を前後に揺らし始めた。 「ふぁ……あ……んぅ、ふぁ、ああ……」 体勢的に激しく貫くのは難しいが、その分、 ゆったりと快楽を味わうことができる。 ぬちゅ、じゅちゅ、ねちゃ、にちゅ。 緩やかに。だが、しっかりと官能の階段を 踏みしめながら上っていく。 「あ……んぅ、ああ……ふぁ、あ、くふぅ、 んんっ、はぁ……っ!?」 結合部から聞こえてくるいやらしい音色が、 互いの官能をシンクロさせる。 「はぁ、はぁ……んっ……ジェイくんが…… 先生の中で……ふぁ……」 「ビクビクって、暴れてる……」 切なさと愛しさの混じり合ったクリスの視線が 結合部に向く。 そんな彼女の不意を突くように、後ろから手を伸ばした。 「あっ」 ぷるん、と揺れる胸をその手で包むと、 その先端は少し硬くなっていた。 「ふぁ、あ、ん……」 指先でゆっくりと摘みながら、その硬さを堪能する。 「んんっ……すごく、気持ちいい……はぅっ」 腰のストロークをつづけながら、ハリのある乳房を やわやわと揉みしだく。 そのまま、胸の先端を指先で細かく擦った。 「ふぁ、ああんっ!!」 効果はばっちりだったらしく、クリスは白いノドを 震わし、愉悦に打ち震える。 腰の動きを続けながら、乳房を揉みしだき乳首を弄ぶ。 「はっ……あっ……ん、んぅっ……これ、 体が……んぁ、じんじんして、くる」 行為をつづけるにつれ、クリスの喘ぎが さらに大きくなってきた。 「あぅ……んぅ、はぁ、あ、ん、んぁ、ああっ!」 「ああ、ふぁ、んぅ、あ、ああっ! せ、先生、 もう……ふぁぁっ!?」 今にも達してしまうのではないかと 思わせるほどの嬌声。 彼女が十分、いや、それ以上に昂っているのは 声を聞いているだけで理解できた。 「ね、ねぇ、ジェイくんっ、せんせい、 もう、もう……っ!!」 「あああっ、やっ、き、きちゃう、きちゃうっ!」 クリスの切羽詰まった喘ぎ声が俺の耳朶を震わせる。 かくいう俺も射精の衝動が自分でも 恐ろしくなるほどに高まっていて。 腰の奥底で、出口を求めて暴れているのを感じていた。 「ふあああっ、ジェイくん、ジェイくぅん!!」 『クリスの中に出す』 『クリスにかける』 リクエストに応じることにして、 一層深く膣内を責め立てた。 ずぶっ! じゅぶっ! じゅちゅっ! ずちゅっ! 「あああっ、あ、あ、あ、んぅ、 ふぁ、あああああっ!?」 肉付きのいい肢体を愉悦の衝動に 激しく打ち震わせるクリス。 「ジェイくんっ、中に……中に、出してっ!!」 同じタイミングで、切迫した衝動が ぐわっと膨れ上がった。 もう抑えきることなんてできなかった。 「奥に出すぞ、クリスっ!」 「う、うん! 思いっきり、中に……っ!!」 彼女の願いどおり、最奥目がけて 俺のものを突き入れる。 「ふああああっ!?」 そして、一番奥まった場所に先端が達した瞬間。 限界を超えた俺のモノが爆発した。 びゅく、びゅくびゅくびゅくっ!! 激しい勢いで飛び出した精液が クリスの最奥に襲いかかる。 「ひぅっ、あ、や、は、ふぁああああああああ!?」 絶頂の飛沫をびしゅっと迸らせながら、 クリスもまた最後の時を迎えた。 「クリス……」 優しく抱きしめながら、腕の中のクリスの名を 囁くように呼ぶ。 「はぁ……はぁ……ジェイくん……」 「すごく、いっぱい出してくれたんだね」 「先生……もう、おなかいっぱいになっちゃった」 クリスがほぅっと色っぽい息を吐いた。 どうやら、満足させることができたみたいだ。 「あ……」 クリスがいまだ俺自身が挿入されたままの下腹部に 視線を向ける。 「ジェイくん、……まだまだ元気だね」 「まあ、な」 指先で頬を掻きながら、首を縦に振る。 クリスの言う通り、彼女の膣内に収められた俺自身は いまだ硬いままで。 すぐにでも三回戦に突入できそうなくらいだった。 「クリス……いいか?」 「……いいよ」 俺の問いに対して、クリスは僅かに考えるような 素振りを見せてから、頷く。 「ジェイくんが求めてくれるなら、 いくらでも付き合うよ……?」 「その気持ちは嬉しいが、無理だけはしないでくれよ」 「うん……分かった」 小さく微笑むクリスの体を、改めてぎゅっと抱きしめる。 「んっ……あ、ふぁ……」 そして、俺はそのままクリスの中に包まれながら。 「ふふっ……ジェイくんが、求めてくれるの…… 嬉しいなっ」 気持ち良さそうに告げてくれるクリスの声に、 再び興奮を高めて――。 体力の限界が訪れるまで、俺たちは 互いに深く求め合い続けるのだった。 本能の命じるがままに、ただただ愛する人を 突きまくった。 「んぁ、あ! んぅ、ふぅっ! はっ、あっ、くふぅっ」 激しく乱れるクリスを突きながら、 絶頂感が溢れた瞬間。 「ああっ、や、あああ、イッ、イッちゃ……!!」 限界に達する直前に、彼女から素早く俺自身を引き抜く。 その拍子に俺のエラの張った部分が膣壁を ごりゅっと力強くひっかいた。 「んぁああっ!?」 絶頂に至る一撃。 嬌声を上げるクリスの肢体が激しく痙攣する。 そして――。 「くっ!!」 俺のものから解き放たれた白い液体が クリスの体に降り注いだ。 艶めかしく色づいた柔肌を白く、白く汚していく。 「う……あぁ……ふぁ……」 「あぅ……はぁ……こんなに、いっぱい…… すごいね」 うっとりと自身の体に降りかかった精液を すくい取るクリス。 「ジェイくん……たくさん出したね」 「クリスの中が……よかったから、な」 「ふふ……おだてても、何も出ないよ?」 「いや、どっちかというと、俺がまだ 出したいくらいなんだが……」 「ん?」 俺の発言にクリスがきょとんと目を丸くした。 実のところ、二度も射精したというのに、 俺自身はいまだ健在で。 ガチガチに張りつめた状態のままだったりする。 「わ……ジェイくん、まだまだ元気いっぱいだね」 「……体がクリスを求めている、ってことだな」 恥ずかしい言葉だったが、そのまま伝えてみる。 「ふふっ。ジェイくんが求めてくれるなら、 先生、体力の続く限り付き合っちゃうよ?」 「……きつかったらすぐにいってくれよ」 「うん……わかってる」 「でも……求められるのは、やっぱり嬉しいね」 クリスは微笑みながら、俺のモノに手を触れて。 そのまま、自分の膣に導いてくれる。 「ん……ジェイくんの……入って……ああっ」 一回目よりも、二回目よりも。彼女の秘所は柔らかく ほぐれていて。 侵入してきた俺を優しく包み込んでくれた。 「んっ……三回目なのに、すごく硬いね……」 「先生、こんなに愛してもらったら、ジェイくんから 離れられなくなっちゃうかも」 「それは望むところだな」 彼女の耳元でささやきながら。 そのまま身も心も、クリスの中に包まれて――。 貪るような行為に、浸り続けるのだった。 それはある日の出来事。 平穏を迎えつつある世界の中の、他愛ない日常の一幕。 他愛のない日常でありながら、 少しだけ毛色の違った一幕。 「ふう……今日は少し疲れたな」 部屋に戻るなり、大きな溜息を漏らす。 魔王の肩書きも、最早無用になりつつある世界の中、 俺は城を離れて一人で住むための住居を探していた。 「お帰りなさい。今日は遅かったね」 ぱたぱたと軽やかな足取りで、 クリスが出迎えてくれた。 「ああ、少し遠くまで見に行っていたからな……」 「って、おおおおおおいっ!?」 クリスの姿を視界に収めた瞬間、 俺は盛大に噴出していた。 「ん? どうかしたのかな?」 「いや、こう、色々と言いたいことは あるんだが……」 何故、ここにいるのか……は、俺の中で答えが出ていた。 俺が仮宿としているここは、神殿のある町だからだ。 これまでもたびたび忍び込んでいたし、ここに クリスがいたとしても不思議ではない。 釈然とはしないが。 「なんで、水着なんだ?」 つまり、今尋ねるべき最大の疑問点はそこだった。 クリスが着ていたのは、やけに肌色率の高い水着。 思わず目を引く横乳とか、なだらかなお腹とか、 可愛らしいおへそとか。 とにかく色々なところがあらわになっている。 「んー、サービスかな?」 「……サービス?」 「ジェイくんがきっと疲れて帰ってくると 思って、癒してあげようかなと」 「……癒し?」 「うん。癒し」 「……まあ、確かに疲れは飛んだな……」 主に、初見の衝撃のせいでなのだが。 「あはは、作戦成功、だねっ」 ……うん。まあ、クリスが嬉しそうなら、 それでいいだろう。 「というわけで……」 「……うん?」 「なんで、先生がこんな格好をしていたと思う?」 「いや、だから……さっき……」 「そうじゃなくって」 じれったそうに、クリスが俺に顔を寄せてくる。 急に近くなった距離に、不意を 打たれたように胸が跳ねる。 「もう……普段は、女の子が口に するなとか言うくせに……」 「こういう時は、ジェイくん鈍いんだから」 「え? あ、ああ……!」 そういうこと……か? 「その格好で……?」 「マンネリ防止にはいいかな、って」 「ジェイくん、こういう変化球は嫌い?」 「…………」 思わず黙り込んで、脳内で審議を行ってしまう。 この格好で、その……する、ということか。 ……いいじゃないか。 「クリス、例えどんな格好だろうと お前のありのままを受け入れる」 「それが、俺の誠意だ」 「つまり、こういう変化球は好きってことだよね」 「……はい」 最終的には素直に頷きながら。 俺はクリスの体を抱き寄せるのだった。 トサッ。 ベッドに横たわった俺の上に、色っぽい雰囲気を 漂わせたクリスがのしかかってきた。 二人分の体重がかかって、ぎしっとベッドが きしむ音が鳴る。 「ふふ。ジェイくんは、今日も元気だね」 うっとりとした表情で、むき出しになった俺の先端を つんつんと突いてきた。 ……少し、くすぐったい。 「まあ、その……相手がクリスだしな」 「おまけに、そんな格好だ。 興奮するなっていう方が無理だろ」 事実、俺のモノは興奮を如実に反映して、 ガチガチに硬直していた。 「ふふ。そうやって素直に喜んでくれると嬉しいな」 「先生も、頑張ってあげたくなるよ」 「頑張る、と言うと……?」 「こういうこと……だね」 クリスの柔らかい手のひらが、俺の先端を なでなでと優しく触れた。 「うぅ……」 まだ軽く触られただけだというのに、 少し背筋が震えてしまった。 どうやら、自分の想像以上に興奮が 高まっているようだ。 「ふふ。ジェイくん、声出ちゃったね?」 くすくすとからかうように笑いながら、クリスは 幹の部分をきゅっと軽く握りしめると。 「もっと出してもらおうかな」 ちゅっ。 亀頭にクリスのふっくらとした唇が触れる。 「うっ……」 瑞々しい唇の感触が、気持ちよくて あそこがぴくんと震えた。 「ふふっ、かわいいね」 クリスは嬉しそうに目を細めると、舌を出して、 俺のものに顔を寄せてきた。 「ん……んむ……」 ピンク色の可愛らしい舌が、先端を ねっとりと舐める。 「ぐぅ……」 ざらざらとした舌が敏感な部分を舐め上げ、 背中がぞくぞくする。 「ジェイくん、ぴくぴくしてるよ」 興味深そうに俺の反応を観察するクリス。 再び舌を突き出して、俺のものを舐めようとする。 「れろ……んむ……」 エラの張った部分をクリスの舌先が、 大胆にこすり上げた。 続けて、裏筋の部分を通って根元まで。 「んぅ……ぺちゃ、ぴちゅ……」 幹の根元に達したかと思えば、今度は裏筋を 下から上へと舐め上げられた。 「ぴちゅ、ちゅむ……れろ……ん、むぅ……」 口での奉仕が始まって間もないのに、彼女から 与えられる刺激はとても気持ちがよくて。 クリスの舌がうごめくたびに、俺の興奮は とてつもない速度で膨れ上がっていった。 「んー……ぺろ……」 先端に穿たれた小さな穴にクリスの舌が ねっとりと触れる。 そのまま舌をすぼめて、ほじほじと小さな穴を ねぶった。 「っっ!!」 思わず、びくんと腰が持ち上がってしまう。 想像以上の刺激が、俺の脳を揺さぶる。 「えう、えむ……ん、ぴちゃ、ちゅる……」 めまいを覚えるような甘美な疼きが 俺を襲った。 「かはっ……はぁ、はぁ……っ」 あまりの衝撃に言葉も出ず、ベッドに身を預け、 ただ荒い息を吐くばかり。 先端から快楽の度合いを示す先走りの汁が、 たらたらと垂れだしていた。 「ん……すごい反応だね」 「そんなに良かったのかな?」 舌を離し、それでも幹の部分をたおやかな手で 扱き上げながらクリスが尋ねてくる。 「……あ、あぁ……」 体の芯を揺さぶるような刺激に、 うつろな声で答えた。 「じゃあ、もっと良くなるように、 先生頑張ろうかな」 もっと、という言葉通り、クリスが舌を絡めてくる。 「れろ、ちゅ、ちゅむ……れる、ぴちゃ……」 これっぽっちも力を入れていないというのに、 俺の分身はびくびくと震えている。 このままされていては、遠からず 達してしうことは明白だった。 だから、俺は――反撃に出ることにした。 「クリス……」 「ぴちゅ、ぺちゃ……んぅ……どうしたの、 ジェイくん?」 俺の呼びかけにクリスが顔を向けてきた瞬間。 水着の上から割れ目に指を押し込んだ。 「ああん!」 俺のものを舐めていて興奮したのか。 布地の奥にぷちゅりと濡れた感触を発見。 さらに割れ目に沿うように、指先で 水着をひっかいていく。 「あん、もう、ジェイくんったら、 いきなりだなんて……」 「ちょっと、ずるいよ……」 女の子の部分をいじられ、軽く身をよじりながら、 クリスが軽い抗議の言葉を発した。 とはいっても、それには甘い響きが混じっていて、 本気で嫌がってないのはまるわかりだった。 「俺ばっかり気持ち良くしてもらうのは、不公平だろ」 口ではそう言いながらも、俺を突き動かしていたのは、 対抗心が大きかった。 されるがままだった分を取り返そう、と。まるで、 勝負でもしてるかのような心地になってきて。 割れ目の真ん中に軽く水着を押し込んでみた。 「んっ……あ、ふぁ……あぁ……」 人差し指の第一関節辺りまでを出し入れしていると ちゅくちゅくという粘着質な音が大きくなってきた。 「あぅ……ん……っ、あふぅ……」 しかし、下着に比べて厚い水着の生地が 邪魔しているのか。 クリスはどこかもどかしそうに腰を くねらせていた。 だったら。ここは、少し違う手を試してみるか。 「ん……ふぁ……あぅ……んぅっ!」 彼女の大事な部分を覆い隠す水着の布地を きゅっと引っ張ってみた。 「やん……っ」 その途端、クリスの声が一段高く響いた。 「そんなに引っ張ったら……んぅ、 食い込んで……」 わざと食いこむように、水着を引っ張って、 クリスを刺激する。 「あふぅ……」 着用しているものが水着に変わったというだけで、 その光景は普段とは別種の陶酔を与えてくれて。 思わず、食い入るように見つめてしまう。 そして、その蠱惑的な映像に酔いしれるように、 手は水着を更に引き寄せる。 「んぁ、あ……はぁん……」 腰をもぞもぞとくねらせて、 甘い吐息をもらすクリス。 次いで、食いこんだ水着を横にずらして、 その奥に舌を這わせる。 「ふあぁん!!」 甲高い悲鳴を上げながら、クリスがぴくぴく 体を震わせた。 ふちをなぞるように、更に舌を這わせる。 「あふ……ふぁ……ああ……」 女の子の部分が充分に潤んでいるのを確認して 舌先を膣内へ。 「うぁ、そんな……中に……んぅ」 浅いところをぴちゃぴちゃと音を立てて、 なめしゃぶる。 女の子の甘く濃密な匂いに、 心臓がどくどくと高鳴った。 「んぅっ……あっ……はぁ……」 秘所を舐めるたびに、くぼみの奥の方から、 とぷとぷと愛液があふれ出る。 夢中になって舌で掬い取ろうとするものの、 俺が拭うよりも早く、液があふれてきて。 「ふぁ、あ……やぁ、ん、ああっ」 気付けば、クリスの愛液で口の周りが ベタベタになっている。 ならばと、秘所に口づけて、 直接吸い上げた。 彼女の味が口いっぱいに広がる。 「ああっ、そんな……っ……音立てて……あぅ、 吸ったりしちゃ……ダメぇっ」 「ひぅ……んっ……ふぁ、あ、あ、あ……」 クリスの汗ばんだ肢体がびくんと跳ね上がった。 「んぁあああああああああっ!!」 股間からぷしゅっと飛沫を上げながら、 クリスはあっという間に上り詰めてしまう。 「んぁ……あ、はぁ……はぁ……あぁ……」 「先生、イ、イかされちゃった……」 どこかうつろな声でつぶやくクリス。 余韻に浸っているのか、腰がひくひくと 動いていた。 「っと……そっちが先になったか」 クリスを先にイかせられたことに、 内心で少しの満足感を抱く。 「むぅ……」 そのクリスはというと、少し不服そうに唇を尖らせていて。 「悔しいから……今からは先生が本気を出すね」 「……え?」 今から本気を出す……? どういうことなのか、疑問に思う俺をよそに、 クリスは俺のモノへと口を近付けて。 「あー……あむっ」 そのまま、口に含んだ。 一瞬のうちに、亀頭がクリスの口内に消える。 「んぁ、ちゅむ……」 彼女の口内の生温かな感触が今にも 射精してしまいそうなほどに気持ちよく。 思わずぶるぶると身もだえしてしまった。 「ふふ、この攻撃は効くでしょ?」 もごもごと、俺を咥えたまましゃべるクリス。 疼くような甘美な刺激が分身を襲う。 「うぅ、頼むから咥えたまま、しゃべらないでくれ」 「んー……だったら、こっちに集中するね」 言うなりクリスは、俺をのどの奥まで深く咥えた。 「あむ……ちゅむ、ずず……」 唇をすぼめて、幹の部分をねっとりと 扱き上げてくる。 「くぅ……」 自分が溶けて飲み込まれてしまうのではないかと 思うほどの陶酔感。 俺を咥える唇の隙間から、よだれが垂れて、 その動きをスムーズにしていく。 「ちゅる……むぅ……ん、ちゅ……」 勢いが増すにつれ、じゅぼっ、じゅぼっと はしたなくも興奮を掻き立てる音が鳴った。 「んん……じゅぶ……ず、ずず……」 ふと、クリスが唇を離した。 なんとなく物足りなさを感じつつも、 一息つけたことに安堵する。 「はぁ、はぁ……ジェイくんの……ん…… おっきいから……」 「あごが……はぁ……疲れちゃうね……」 艶っぽいまなざしが俺の分身を射抜いていた。 二度三度と息を吐き、呼吸を整えるクリス。 ようやく落ち着いたかと思うと、 またもや俺のものに唇を寄せた。 「はぁ……はぁ……ん、あむっ」 再び亀頭がクリスの口内に飲み込まれる。 「ちゅる、んむ……んんっ、ちゅる……」 吸い上げながら、大きく頭を前後に動かす。 咥えこんだ俺自身はさらに口内で舌に 絡め取られていた。 「そ、そんなにされたら……うっ……」 腰が抜けてしまいそうなほどの快感に なんだか情けない声が出ててしまう。 「ふぁ……口の中で……ぴくぴく、してる……」 唾液と先走りの汁が混じり、ぬめりを増した口内が 俺の快楽を強引に引き上げようとする。 気持ちよくてどうにかなってしまいそうだった。 「んぅ、ちゅ……もう、出そうなの?」 ぺろぺろと舐めながら尋ねてくるクリス。 「くっ……うぅ……」 ピンポイントな個所を舐められ、 頷きを返すことしかできない。 「じゃあさ。ジェイくん……このままお口に出して 飲んでほしい? それとも……」 誘うような優しい声音。 くらくらする意識を必死に保ちながら、 考えをめぐらせる。 『口の中に出したい』 『顔にかけたい』 「こ、このまま、口で……」 唇をかんで、快楽に耐えながら、 懸命に返事をする。 それだけでも、気力が尽きて射精しそうなほと 昂ぶっていた。 「ふふ、うん、わかったよ」 クリスは優しく微笑むと、ぺろぺろと 先端を舐めてきた。 「んぅ、じゅる、ちゅ……ぺちゅ、んう……」 唇に摩擦され、喉奥で先端を締め上げられ、 舌が絡みついてくる。 熱心な口での奉仕に股間が疼いて 仕方がなかった。 「ず、ずずずっ!」 不意に。クリスが頬をすぼめて、 一気に吸い上げてきた。 これがとどめとなった。 「ああっ、出る!?」 びゅくん、びゅくん、びゅくくんっ! こみ上げてくる衝動をそのままに クリスの口の中にぶちまける。 小さな口の中に、大量の精液が放出された。 「んぅ……ん……ふぅ……ずずっ」 クリスは苦しそうに目を細めながら、 精の迸りを受け止めようとする。 「ふぁ……ん、ん、ん……」 頬を膨らませ、口いっぱいになった精液を こくこくと嚥下していく。 「んぅ……はぁ……」 艶めかしい吐息をこぼしながら、 クリスが口を離した。 「の、飲んでくれたのか?」 「ふふ、すごく、いっぱい出したね。 先生、驚いちゃったよ」 そう言うと、クリスは妖艶な笑みを浮かべ、 ぺろりと唇を舐めた。 高まる衝動のままに、彼女の中を 掘り進める。 「あぅ、くぅっ、はぁ、あ、あ、あぅ、ああっ!?」 膣壁と分身がこすれあい、強烈な官能を生み出し、 俺たちを乱れさせた。 「んぁ、はっ、き、気持ち、いい、 んぅ、あうっ!」 こみあげてくる射精の衝動に突き動かされ クリスの最奥を一気に抉る。 「あっ、あっ、あっ……んんっ……くっ、 イ、イクっ、あ、んぁああっ!!」 身体をのけ反らせつつ、快楽の叫びを あげるクリス。 次の瞬間――。 彼女の膣壁が今までで一番強く収縮し、 射精を促して、俺のものを締め付けくる。 さすがにこれには敵うこともできず、 俺は彼女の最奥に精液を解き放った。 びゅくびゅくびゅくびゅくん!! 「や、あ、あ、あああああああっ!!」 最深部を精液で浸食され、クリスが絶頂に至り、 その魅惑的な肢体を震わせる。 「あふ……あ、はぁ……はぁ……」 クリスの四肢から力が抜け、ぐったりと ベッドに突っ伏した。 「ク、クリスの顔に……」 「ふふ。ジェイくん、マニアックだね」 「いいよ。ジェイくんの好きにしても」 クリスは面白そうに目を細めると、 キスをするように口をすぼめた。 「んー……んっ、ちゅ……」 たおやかな手で幹の部分を扱きながら、 クリスが先端に口づけをする。 ちゅっ、ちゅっ、と小鳥がついばむようなキス。 「ぴちゅ、ちゅ……んむ、ちゅむ、ぴちゅ……」 さらに舌を伸ばし、先端に穿たれた穴を ほじってきた。 この一撃には到底耐えられない。 そう判断した俺は、震える声で、 限界を告げた。 「ク、クリス。そろそろ……」 クリスは小さく頷いて、舌を絡めながら、 扱く手の速度を一段と上げた。 しゅっしゅっと幹をこする音が響く。 どうしようもないほどに射精の衝動が高まり、 俺を攻め立てる。 そして――。 どびゅうっ、びゅっ、びゅっ、びゅっ、びゅっ!! クリスの顔めがけて、多量の白濁液が発射された。 「きゃっ!!」 ドクドクと痙攣する分身から溢れだす性の迸りが、 クリスの顔を白く染め上げていく。 「はぁ、はぁ……」 駄目だ。あまりにも気持ちよくて 頭がボーっとしてしまう。 「はぁ、こんなにいっぱい……」 頬に張り付いた精液を、指先で拭いながら うっとりとつぶやくクリス。 「ん……ちゅ……」 そして、おもむろに指についた精液を 口に運んでいく。 ぺろぺろと指を舐める仕草はとても色っぽく。 それでいて、どこか無邪気な雰囲気が 漂っていた。 「んぁ、あ、は、やぁ、あ、んぅ、んんっ!」 腕に力が入らないのか、ベッドに突っ伏しつつ、 快楽にその身を震わせるクリス。 彼女の膣内をガンガン抉り、互いの官能を より高めていく。 「ひぅ、あ、ん、んんっ、ふぁ、あ、んく」 全身が溶けてひとつになって しまいそうなほどの一体感。 ただただ相手を想うがままに、あらん限りに 彼女を貫いた。 「ふぁ、あ、はっ、ああっ、先生、もう、 ダメっ、ダメなのぉっ!!」 自分の意思を離れて、分身がクリスの膣内で 暴れまくる。 ゴリッと亀頭がクリスの最奥を抉りこんだ瞬間。 「あぁっ、あ、んぅ、はぁっ、あああああああっ!!」 おとがいをそらし、クリスが絶頂に至った。 「くぅっ!?」 急速に締め付けを増す膣内から、 分身を一気に引き抜く。 すべてが外気にさらされた瞬間。 今までで一番固く、屹立した分身が 灼熱の衝動を弾けさせた。 びゅぶっ、びゅっ、びゅっ、びゅるるるっ!! 自分でも驚くほどの勢いで解き放たれたそれが、 女性らしいラインを帯びたクリスのお尻に降り注ぐ。 「んぁ……あ、んぅ……たくさん、出た……ね」 高まる衝動のままに、彼女の中を 掘り進める。 「あぅ、くぅっ、はぁ、あ、あ、あぅ、ああっ!?」 膣壁と分身がこすれあい、強烈な官能を生み出し、 俺たちを乱れさせた。 「んぁ、はっ、き、気持ち、いい、 んぅ、あうっ!」 こみあげてくる射精の衝動に突き動かされ クリスの最奥を一気に抉る。 「あっ、あっ、あっ……んんっ……くっ、 イ、イクっ、あ、んぁああっ!!」 体をのけ反らせつつ、快楽の叫びを あげるクリス。 次の瞬間――。 彼女の膣壁が今までで一番強く収縮し、 射精を促して、俺のものを締め付けくる。 さすがにこれには敵うこともできず、 俺は彼女の最奥に精液を解き放った。 びゅくびゅくびゅくびゅくん!! 「や、あ、あ、あああああああっ!!」 最深部を精液で浸食され、クリスが絶頂に至り、 その魅惑的な肢体を震わせる。 「あふ……あ、はぁ……はぁ……」 クリスの四肢から力が抜け、ぐったりと ベッドに突っ伏した。 「んぁ、あ、は、やぁ、あ、んぅ、んんっ!」 腕に力が入らないのか、ベッドに突っ伏しつつ、 快楽にその身を震わせるクリス。 彼女の膣内をガンガン抉り、互いの官能を より高めていく。 「ひぅ、あ、ん、んんっ、ふぁ、あ、んく」 全身が溶けてひとつになって しまいそうなほどの一体感。 ただただ相手を想うがままに、あらん限りに 彼女を貫いた。 「ふぁ、あ、はっ、ああっ、先生、もう、 ダメっ、ダメなのぉっ!!」 自分の意思を離れて、分身がクリスの膣内で 暴れまくる。 ゴリッと亀頭がクリスの最奥を抉りこんだ瞬間。 「あぁっ、あ、んぅ、はぁっ、あああああああっ!!」 のどをそらし、クリスが絶頂に至った。 「くぅっ!?」 急速に締め付けを増す膣内から、 分身を一気に引き抜く。 すべてが外気にさらされた瞬間。 今までで一番固く、屹立した分身が 灼熱の衝動を弾けさせた。 びゅぶっ、びゅっ、びゅっ、びゅるるるっ!! 自分でも驚くほどの勢いで解き放たれたそれが、 女性らしいラインを帯びたクリスの体に降り注ぐ。 「んぁ……あ、んぅ……たくさん、出た……ね」 俺の下でクリスが絶頂の余韻に浸っていた。 半開きになった唇からは甘い吐息が漏れ、 色々な汁に濡れた肢体は艶めかしくくねる。 しかし、俺は――。 「駄目だ。足りない……」 熱にうなされたかのように呟いていた。 体の奥に残った熱が、クリスをもっと求めろと、 俺を急きたてる。 暴力的なまでに強い衝動に、 俺は抗うことができなかった。 いや、それどころか、心の奥では喜んで 受け入れてしまっていた。 「はぁ……はぁ……え?」 いまだ惚けた様子のクリスが戸惑いの声を漏らす。 「クリス……悪い」 もやがかかったような意識の中、 クリスに覆いかぶさった。 「ジェイくん? ……きゃっ!?」 真正面からクリスを抱きしめつつ、硬直した分身を 女の子の大切な場所に触れさせる。 「ちょっと待って。先生、今、イッたばかりで…… ああんっ!」 みなまで言わせずに挿入する。 クリスの言葉とは裏腹に。 ずぶずぶにとろけているそこは すんなりと俺を受け入れてくれた。 「はぁ、はぁ……あぅ、ふぅ……」 「もう、ジェイくん……元気すぎるよ……」 「こういうの嫌いか? だったら、止めるけど」 わざとらしく悪者じみた口調で言う。 「むぅ、ジェイくん、意地悪だよ」 軽く頬を膨らませるクリス。 しかし、それ以上抵抗する様子は見えなかった。 「悪かった。それじゃ、いくぞ」 一段と硬くなってる剛直をゆっくりと 引き抜いていく。 「んあ、あ……あふぅ……」 にゅるにゅると絡みついてくる膣肉が めくれそうな感覚。 「ふぁ……ああ……ん……あはぁ……」 ギリギリまで引き抜くと、一緒に愛液も 引きずり出されてきた。 「ん……ふぅ……ジェイ、くぅん……」 クリスの瞳に情欲の光が灯る。 陶然とした表情を浮かべる彼女の体温を 肌に感じながら、腰を突き入れた。 ずぷぷ、ずぷぷぷぷ……。 「んぁ……あ……ん、んぅ……ふぁ、あぅ……」 すぐに甘い反応が返ってくる。 ゆるやかな挿入を繰り返しながら、彼女の肢体を まさぐり、快楽をより高めていく。 真正面から抱きしめあう形になったためか、 互いの胸元が触れ合い、密着する。 腰を動かすと、ぴたりと合わさった俺の胸板で、 クリスの豊乳がぐんにゃりとつぶれた。 「あっ……くふぅ、ん、んぁああ……」 胸板に硬くなったクリスの乳首がこすれ 妙にむずがゆい。 ぞくぞくする感覚を無理やり抑え込みつつ、 挿入の速度を加速させた。 「あぅ、どうして、くっ、三回目なのに……」 ん、んぁっ」 「ジェイくんは……あぅ、はぁ、こんなに、 ひぅっ、す、すごい、のぉっ!!」 じゅぶじゅぶと結合部で愛液が泡立つほどに 激しく突き入れる。 「あ、あぅ……ひぅ……くっ、んぁ……」 ずっ、ずっ、ずぷっ、ずぷぷっ。 彼女の膣内はやはり締め付けが良すぎて、 夢中になって、腰を振りたくってしまった。 「あぅ、あ、ふぁぁん」 円を描くように挿入を行う。 先ほどとは違う挿入の感触に身をよじり、 快楽に流されそうになるクリス。 「んぅっ、それ、すご、い……んあっ」 そんな彼女の艶めいた表情に 興奮が抑えきれない。 思いっきり腰を打ち込みながら、 彼女の体を抱きしめる。 「あ、あ、あ、だめ、ジェイくん…… 気持ち良すぎて……変に……」 「あ、あぁ……くっ、俺も……だ」 そう言いながらも、挿入の勢いは弱まらず、 一層強まるばかりで。 結合部からじゅぶじゅぶと泡立つような 水音が鳴り響いていた。 「んあっ、あぅ、ん、はあっ、くふぅっ!」 俺膣内を出入りするたびに、膣壁がうごめいて、 絡みつく動きが激しくなる。 「あぅ、は、ふ、深くて、あ、ああっ」 俺の首にまわされたクリスの腕に ぎゅっと力が入る。 「ジェイくん、ジェイくん……っ!!」 しがみつくクリスの肢体を抱きしめ返しながら 分身を突き入れ、さらに攻め立てた。 じゅぶっ、じゅぶっ、じゅっ、じゅぶぶぶっ。 「ふぁ、あ、やぁ、あっ、んっ、くぅっ」 濡れる膣壁の締め付けがきつくなり、射精感が 腰の奥底から湧き上がってくる。 「あふっ、あ、はっ、はあっ、ジェイくん、 先生、またっ、あ、ああっ!!」 何度も体を重ねても飽きることがなさそうな クリスの肢体。 懸命に注挿を繰り返しながら、その抱き心地を 心行くまで味わい、堪能する。 「はぁ、ん、んぁ、あ、ひぅ、ふぁ……っ!!」 幸せで。気持ちよくて。いつまでも 味わっていたくなる時間。 だが、しかし――。 そんな夢のようなひと時が長く続かないのは 当然のことで。 彼女の膣内をこすり上げるたびに、体中に じんと痺れるような刺激が走った。 くそ。もう持ちそうにない。 「んぅ、あ、や、は、くぅ……ジェ、ジェイくん、 あふっ、あ、ん、さ、最後はっ!」 「最後は、先生の……くぅん、なか……なかに、 出してぇっ!!」 ガクンとクリスの腰が跳ねた。 ぎゅっと膣壁が締まり、一気に興奮が 頂点へと至る。 「クリス!!」 最愛の人物の名を叫んだ瞬間、すさまじい快感で 目の前に白い光が弾けた。 三度目の射精だというのに、恐ろしくなるほどの 勢いで精液が迸る。 びゅーっ! びゅっ、びゅっ、びゅっ、びゅくく!! 俺から解き放たれた白濁液が、クリスの最奥めがけて、 飛び散っていった。 一番深く、そして、一番感じる場所に精の迸りを受け、 クリスもまた同時にイッてしまった。 「ひああああああああっ!!」 甘美な響きを伴った絶叫。 腕の中でクリスの肢体がガクガクと 小刻みに痙攣する。 「あぁ……はぁ……」 恍惚とした表情でクリスが俺を見上げてくる。 「はぁ、はぁ……ク、クリス……?」 「ん、はぁ……中に……どくどくって……」 「お腹の中、いっぱいで……あふれそうだよ」 そうつぶやくクリスは疲れは見えるものの 心底幸せそうで。 「あ……」 思わず抱きしめていた腕に力を入れてしまった。 互いのぬくもりを感じながら、そのままの体勢で 抱き合っていると。 ふと、クリスが口を開いた。 「ねえ……ジェイくん」 「なんだ?」 「今日のサービス……気に入ってくれた?」 「ああ。とても、気に入った」 多少、ずれてはいるかもしれないが、俺を癒したいと 思ってくれたクリスの気持ちはありがたくて。 その全てに対して、感謝をもって受け入れたかった。 「そっか。じゃあ、明日はどんなサービスがいい?」 「……明日も?」 ……え、あれ。サービスって複数あるのか……? 「個人的にはセクシーな踊り子さんの衣装とか、 女戦士風ビキニ鎧とかもいいかなと思うんだけど」 その衣装は一体どこから調達しているのだろう。 そんな疑問が胸を過ぎっては消えていく。 「ジェイくん……今度、衣装を選びに 付いて来てくれる?」 そんなことをお願いされて断ることなんて、 俺には出来るわけもなくて。 「もちろんだ」 近いうちにいつかくるであろう、二人での 買い物という未来に期待を抱き。 誓いを捧げるように、しっかりと頷くのだった。 「あ、まだ残ってるみたいだね」 そう言うなり、俺の先端を咥えるクリス。 「ん、ちゅ……ちゅる……」 蝶が花の蜜を吸い上げるかのように、 幹の中に残留していた精液を吸う。 イッたばかりで敏感なところを刺激され、 全身がぞくりと震えた。 「うあ……」 思わず情けない声が漏れてしまう。 「ジェイくん……すごく元気だね」 一度出したというのに、まったくなえる 様子のない俺のものを握りしめながら。 クリスがうっとりとした表情を浮かべた。 しゅっしゅっとリズミカルに手を動かし、 俺をさらに元気にしようとする。 「ねえ、ジェイくん……まだ、できる?」 誘うような声音が俺の耳朶を刺激する。 首を縦に振って、俺は返答にした。 「準備はいいよ、ジェイくん」 「ああ。それじゃイくぞ」 お尻を突き出したクリスの水着をずらし――。 ねっとりと潤む秘所にあてがった分身を 俺は一気に差し入れた。 「ふぁああっ」 いきなり最奥まで貫かれて、クリスが 歓喜の声を上げる。 大量の蜜を滴らせていた膣は、俺をすんなりと 飲み込んでいった。 「クリスの中は……熱い、な」 蜜をたっぷりと含んだ膣の中は居心地がよく。 油断すればすぐに気をはいてしまいそうなほどに、 俺をやさしく包んでくれる。 「んんっ……気持ち……いい……?」 色っぽい吐息とともに、クリスが嬉しそうに 口元を緩めた。 「……ああ」 素直に口に出すのも恥ずかしかったが、 それは尋ねる方もだろう。 率直に尋ねてきたクリスに、 俺も率直な答えで応じる。 「……良かった」 こうして会話している間にも、クリスの膣は うねうねとうごめき、俺に絡みついてくる。 気を抜けば、溜まっている欲望を一気に 吸い上げられてしまいそうだ。 俺はこの感触をもっと深く味わいたくて、 抉りこむように腰を打ち付ける。 「んぁ……はぁ……ん、ふぅ……」 それに合わせるように、クリスも自ら 腰を動かし始める。 「ん、あ……はぁ、う、んぅ……」 次第に互いに腰を動かすスピードが 上がっていき――。 熱気のこもった室内に、パンパンと肉が ぶつかり合う音がこだました。 「ふあ、あ、あ、くぅ、や、ああぁ……」 ひと突きするごとに、クリスは嬌声を発し、 身をくねらせる。 同時に貫かれた秘所から、愛液があふれ出た。 「あぅ、くっ、ふぁ、は、はげしっ」 激しい突き上げに豊満な乳房を揺らしながら、 悶えるクリスの声を聞いていると。 一層興奮し、全身が焼けるかのように、 熱くなってくる。 クリスを感じさせたい。 クリスを絶頂に導きたい。 ただ本能の赴くままにクリスの膣を 抉り込んでいく。 「ああ、あ、んぅ、んぁ、はぁ、あ、くふぅ」 水着では隠しきれない尻をぎゅむっと わしづかみにする。 その手触りは非常に心地よくて。 さわさわと撫でると、彼女のお尻が 恥ずかしげに揺れて続きを促す。 「ふぅ……あ、はあっ」 むぎゅむぎゅと揉みしきながら腰を突き入れると、 彼女の締め付けが増してきた。 トロトロになった粘膜が隙間なく張り付いてきて、 俺の官能を高めていく。 ずりゅっ、ずぶ、じゅぶっ、ずぶぶぶっ!! 「そ、そんなにされたら……くぅん、先生…… あぁ、はぁ、あ、やぁ……」 「すぐに……んぅ、イ、イッちゃうよぉ…… んぁ、あ、はぁん」 喘ぎ混じりに発せられた限界を告げる弱弱しい声が 俺の心に火をつけた。 「んぁっ、はっ、あっ、んっ、やぁっ、あああっ!」 一層激しく腰を突き入れ、クリスの膣内を 抉り、貫き、侵略する。 だらだらと溢れた愛液がクリスのむっちりとした 太ももを伝わり、シーツの上に滴り落ちた。 「やぁ、そこ、いいっ、いいのっ」 突き入れる振動に合わせて、クリスの柔乳が ぶるんぶるんと揺れる。 膣肉を強く刷り上げているうちに、俺が得る愉悦も 頂点に達しようとしていた。 「ふぁっ、あ、んぅ……あ、やぁっ!」 甲高くなるクリスの嬌声に合わせて、 精の衝動も高まっていく。 俺はそれに耐えるどころか、より快感を求めて 激しく突き進んだ。 もう限界はすぐそこまで迫っていた。 『膣内に出す』 『膣外に出す』 俺の下でクリスが絶頂の余韻に浸っていた。 半開きになった唇からは甘い吐息が漏れ、 色々な汁に濡れた肢体は艶めかしくくねる。 しかし、俺は――。 「駄目だ。足りない……」 熱にうなされたかのように呟いていた。 身体の奥に残った熱が、クリスをもっと求めろと、 俺を急きたてる。 暴力的なまでに強い衝動に、 俺は抗うことができなかった。 いや、それどころか、心の奥では喜んで 受け入れてしまっていた。 「はぁ……はぁ……え?」 いまだ惚けた様子のクリスが戸惑いの声を漏らす。 「クリス……悪い」 もやがかかったような意識の中、 クリスに覆いかぶさった。 「ジェイくん? ……きゃっ!?」 真正面からクリスを抱きしめつつ、硬直した分身を 女の子の大切な場所に触れさせる。 「ちょっと待って。先生、今、イッたばかりで…… ああんっ!」 みなまで言わせずに挿入する。 クリスの言葉とは裏腹に。 ずぶずぶにとろけているそこは すんなりと俺を受け入れてくれた。 「はぁ、はぁ……あぅ、ふぅ……」 「もう、ジェイくん……元気すぎるよ……」 「こういうの嫌いか? だったら、止めるけど」 わざとらしく悪者じみた口調で言う。 「むぅ、ジェイくん、意地悪だよ」 軽く頬を膨らませるクリス。 しかし、それ以上抵抗する様子は見えなかった。 「悪かった。それじゃ、いくぞ」 一段と硬くなってる剛直をゆっくりと 引き抜いていく。 「んあ、あ……あふぅ……」 にゅるにゅると絡みついてくる膣肉が めくれそうな感覚。 「ふぁ……ああ……ん……あはぁ……」 ギリギリまで引き抜くと、一緒に愛液も 引きずり出されてきた。 「ん……ふぅ……ジェイ、くぅん……」 クリスの瞳に情欲の光が灯る。 陶然とした表情を浮かべる彼女の体温を 肌に感じながら、腰を突き入れた。 ずぷぷ、ずぷぷぷぷ……。 「んぁ……あ……ん、んぅ……ふぁ、あぅ……」 すぐに甘い反応が返ってくる。 ゆるやかな挿入を繰り返しながら、彼女の肢体を まさぐり、快楽をより高めていく。 真正面から抱きしめあう形になったためか、 互いの胸元が触れ合い、密着する。 腰を動かすと、ぴたりと合わさった俺の胸板で、 クリスの豊乳がぐんにゃりとつぶれた。 「あっ……くふぅ、ん、んぁああ……」 胸板に硬くなったクリスの乳首がこすれ 妙にむずがゆい。 ぞくぞくする感覚を無理やり抑え込みつつ、 挿入の速度を加速させた。 「あぅ、どうして、くっ、三回目なのに……」 ん、んぁっ」 「ジェイくんは……あぅ、はぁ、こんなに、 ひぅっ、す、すごい、のぉっ!!」 じゅぶじゅぶと結合部で愛液が泡立つほどに 激しく突き入れる。 「あ、あぅ……ひぅ……くっ、んぁ……」 ずっ、ずっ、ずぷっ、ずぷぷっ。 彼女の膣内はやはり締め付けが良過ぎて、 夢中になって、腰を振りたくってしまった。 「あぅ、あ、ふぁぁん」 円を描くように挿入を行う。 先ほどとは違う挿入の感触に身をよじり、 快楽に流されそうになるクリス。 「んぅっ、それ、すご、い……んあっ」 そんな彼女の艶めいた表情に 興奮が抑えきれない。 思いっきり腰を打ち込みながら、 彼女の身体を抱きしめる。 「あ、あ、あ、だめ、ジェイくん…… 気持ち良すぎて……変に……」 「あ、あぁ……くっ、俺も……だ」 そう言いながらも、挿入の勢いは弱まらず、 一層強まるばかりで。 結合部からじゅぶじゅぶと泡立つような 水音が鳴り響いていた。 「んあっ、あぅ、ん、はあっ、くふぅっ!」 俺膣内を出入りするたびに、膣壁がうごめいて、 絡みつく動きが激しくなる。 「あぅ、は、ふ、深くて、あ、ああっ」 俺の首にまわされたクリスの腕に ぎゅっと力が入る。 「ジェイくん、ジェイくん……っ!!」 しがみつくクリスの肢体を抱きしめ返しながら 分身を突き入れ、さらに攻め立てた。 じゅぶっ、じゅぶっ、じゅっ、じゅぶぶぶっ。 「ふぁ、あ、やぁ、あっ、んっ、くぅっ」 濡れる膣壁の締め付けがきつくなり、射精感が 腰の奥底から湧き上がってくる。 「あふっ、あ、はっ、はあっ、ジェイくん、 先生、またっ、あ、ああっ!!」 幾度身体を重ねても飽きることがなさそうな クリスの肢体。 懸命に注挿を繰り返しながら、その駄着心地を 心行くまで味わい、堪能する。 「はぁ、ん、んぁ、あ、ひぅ、ふぁ……っ!!」 幸せで。気持ちよくて。いつまでも 味わっていたくなる時間。 だが、しかし――。 そんな夢のようなひと時が長く続かないのは 当然のことで。 彼女の膣内をこすり上げるたびに、体中に じんと痺れるような刺激が走った。 くそ。もう持ちそうにない。 「んぅ、あ、や、は、くぅ……ジェ、ジェイくん、 あふっ、あ、ん、さ、最後はっ!」 「最後は、先生の……くぅん、なか……なかに、 出してぇっ!!」 ガクンとクリスの腰が跳ねた。 ぎゅっと膣壁が締まり、一気に興奮が 頂点へと至る。 「クリス!!」 最愛の人物の名を叫んだ瞬間、すさまじい快感で 目の前に白い光が弾けた。 三度目の射精だというのに、恐ろしくなるほどの 勢いで精液が迸る。 びゅーっ! びゅっ、びゅっ、びゅっ、びゅくく!! 俺から解き放たれた白濁液が、クリスの最奥めがけて、 飛び散っていった。 一番深く、そして、一番感じる場所に精の迸りを受け、 クリスもまた同時にイッてしまった。 「ひああああああああっ!!」 甘美な響きを伴った絶叫。 腕の中でクリスの肢体がガクガクと 小刻みに痙攣する。 「あぁ……はぁ……」 恍惚とした表情でクリスが俺を見上げてくる。 「はぁ、はぁ……ク、クリス……?」 「ん、はぁ……中に……どくどくって……」 「お腹の中、いっぱいで……あふれそうだよ」 そうつぶやくクリスは疲れは見えるものの 心底幸せそうで。 「あ……」 思わず抱きしめていた腕に力を入れてしまった。 互いのぬくもりを感じながら、そのままの体勢で 抱き合っていると。 ふと、クリスが口を開いた。 「ねえ……ジェイくん」 「なんだ?」 「今日のサービス……気に入ってくれた?」 「ああ。とても、気に入った」 多少、ずれてはいるかもしれないが、俺を癒したいと 思ってくれたクリスの気持ちはありがたくて。 その全てに対して、感謝をもって受け入れたかった。 「そっか。じゃあ、明日はどんなサービスがいい?」 「……明日も?」 ……え、あれ。サービスって複数あるのか……? 「個人的にはセクシーな踊り子さんの衣装とか、 女戦士風ビキニ鎧とかもいいかなと思うんだけど」 その衣装は一体どこから調達しているのだろう。 そんな疑問が胸を過ぎっては消えていく。 「ジェイくん……今度、衣装を選びに 付いて来てくれる?」 そんなことをお願いされて断ることなんて、 俺には出来るわけもなくて。 「もちろんだ」 近いうちにいつかくるであろう、二人での 買い物という未来に期待を抱き。 誓いを捧げるように、しっかりと頷くのだった。 「帰ったぞ……って、あれ?」 買い物を終えて宿へと戻った俺を出迎えたのは、 誰もいない無人の空間。 宿を出る時はベッドの上にいたはずのリブラの姿も、 今は見当たらない。 「おーい、リブラ―」 俺の呼びかけに対して、返ってくる声もない。 どこかに出かけたのだろうか? 「まったく、しょうがない奴だな」 あれだけ疲れていたのに動けるのだろうか、と疑問にも 思うが、実際に姿が見当たらないのだ。 どこかに出かけたに違いない。 「大人しくしておくと言っていたのに」 溜息を漏らしながら、室内をもう一度見渡す。 リブラが使っていたベッドの上に、 何か置いてあるのが目に入った。 「……うん? これは……」 そこにあったのは一冊の本だった。 リブラのベッドまで歩み寄って手に取ってみる。 その表紙には見覚えがあった。 「なんだ。本に戻っていたのか」 それは俺が親父殿の遺品の中から封印を解いた魔道書。 つまり、リブラそのものだった。 「そういえば、この姿はかなり久しぶりに見るな」 封印を解いた直後から、リブラはずっと人の姿をしていた。 こうして、本になっているのは封印されている時に 見たきりだった。 「…………」 不意に気になってくるのは、果たしてこの本の中に どんなことが記されているのか。 今の今まで、俺はそれを確かめることが出来なかった。 だが、今ならば……今、この瞬間ならば、 それを確かめることが出来るだろう。 「まあ、ちょっとだけならいいだろう」 うん、と自分を納得させるように頷いてから、 手に取った本を開いてみる。 まず目に入ったのは白紙のページ。 そして、次のページへと移った瞬間――。 「うおっ!?」 俺の視界を白い閃光が埋め尽くす。 咄嗟に目を閉じるも、まぶたの裏までもが 白い光に焼き尽くされる。 まぶたの裏を染める白色が収まってから、 恐る恐る目を開いてみると――。 「…………」 そこには、しましまの下着があった。 のみならず、その布地の下にあるであろう ふくらみを俺の指が押し広げている。 「……なるほど。この体勢、まるで本のページを 開いているようだな」 「まあ、実際は開いているものが違うんだが。はははは」 思わず自分で笑ってしまう。笑い声はかなり乾いていたが。 「そんなこと言ってる場合じゃないだろ……!」 あまり大きな声を出してはリブラが 起きてしまうかもしれない。 抑えた声で自分自身にツッコミを入れておく。 「この姿勢で起きたらあれだろ、もう駄目だろ」 駄目というか、駄目駄目だろう。 俺の人生が終わってしまうレベルで駄目だろう。 つまり、俺がしなければいけないことは、リブラを 起こすことなくそっと離れることだ。 まずしなければいけないことは、それだ。 「しかし……」 眠っているリブラはあまりにも無防備だ。 その下半身を守るのは布地だけであり、その布も果たして 防御の役割を果たしているのかどうか怪しい。 俺の指によって、本来守るべきはずの箇所は すでに押し広げられている。 つまり……。 「俺次第では、どうにでも出来る……?」 状況を把握すると同時に、のどが鳴ってしまう。 いっそこのまま、眠っているリブラに対して……。 「……っ!?」 自分が考え始めていたことに驚き、身をすくませてしまう。 「ん……っ」 びくりと身を揺らした際に、俺の指に力が こもってしまったのだろう。 リブラの口から小さな声がこぼれる。 「落ち着け、俺……っ!」 慌てて離してしまいそうになった手を、 どうにか押し留める。 ここで、俺が手を離してしまっては、 リブラの足の支えがなくなってしまう。 支えを失った足はばたんとベッドに倒れ込んで、 その勢いでリブラが目を覚ます可能性がある。 「それは駄目だ……」 リブラの足を支えながら、ゆっくりと手を 滑らせるように上へと動かす。 そして、そのまま静かにリブラの 足をベッドに横たえる。 これが、現状を解決する最高の手だ。 「そうと決まれば、そっと……」 今の位置から、手を滑らせるように上へとずらす。 「ん……んんっ」 俺の手の動きに合わせるように、眠っている リブラの口から声が漏れる。 これは……急に動くと危険かもしれない。 ゆっくりじっくりと、時には戻ることすら辞さない 気構えにて慎重にことを進めよう。 「慌てるな……」 下着に沿って、撫でるように指を動かし……。 「ん……あ……っ」 心を静かに落ち着かせて、指先に神経を集中させて……。 「は……あぁ……っ」 「集中出来るかーっ!!」 指を動かすたびに、こんな声を聞かされて 冷静に行動出来るわけがない! 行動出来るわけがない! 「う……んっ……?」 「……あ」 しまった。大きな声を出したせいで、 リブラが目覚めてしまった!? 「……あれ?」 こういう時……どうすればいい。 どうすれば、全てが解決する……? 「よう、おはよう」 「はい……おはようございます……」 とりあえず、挨拶から入ってみたのだが……。 「……この状況を説明してもらいましょうか?」 だよな。そうなるよな! 分かってたよ! 「何から説明すればいいものか……」 ふにふにっ。 「これは……そうだな、あえて言うならば、 不幸な事故とでも言うべきか」 ふにふにっ。 「とりあえず……その……すまない」 ふにふにっ。 「悪いと思っているのなら……」 「まずは、その手を離してくださいっ!」 「ぐふぅっ!?」 リブラの極めて常識的なツッコミとともに、 振り下ろされたカカトが俺の脳天を直撃する。 この日起こったことを、俺は決して忘れないだろう。 そんなことを思いながら、俺の意識は 闇の中へと落ちて行くのだった。 「じゃあ、始めるからな」 「……はい」 膝の上でリブラが小さく頷くのを確かめてから、 その胸に手を這わす。 なだらかなふくらみがすっぽりと俺の手の中に 収まった。 「ん……っ」 ぴくんとリブラの小柄な体が、かすかに震える。 手のひらを通して、ぷにっとした乳房の柔らかさが 伝わってきた。 そのままゆっくりと全体を撫で回すように 愛撫していく。 「あ……」 開かれたリブラの唇の間から、自然と 熱のこもった吐息がひとつ零れた。 「ふむ……」 宝玉を扱うかのような慎重な手つきで、 なだらかなふくらみをやわやわと揉む。 「んぅ……やぁ……」 いや、サイズを考えると、揉むというよりは 撫でるという方が正しいかもしれない。 とはいえ、肌は手に吸い付くようだし、 小さくても驚くほどに柔らかいし。 いつまでもこうしていたくなる感触だ。 「ま、魔王様……んぅ」 「少し……いい、ですか……?」 「なんだ?」 リブラに答えながらも、胸を撫でる手は休めない。 胸の感触に溺れるかのように、触り続ける。 「その……胸ばかり触って、楽しいですか?」 「大きい方ならともかく、わたくしくらいのサイズでは ……いえ、なんでもありません」 自分で言い出しておきながら、リブラは 気を悪くしたように途中で黙り込む。 ああ、大きさの違いを自分でも気にしていたんだろうな。 さて、こういう場合はどう言った方がいいものか。 「サイズは問題じゃないぞ」 大きいものには大きいなりの良さがあるように、 小さいものにも小さいなりの良さがある。 確かに、リブラの胸はボリュームこそないものの、 吸い付くような手触りの良さがある。 「お前にはお前の良さがある。 だから、気を落とすことはない」 「ではお聞きしますが、あなたの中に 比較対象はあるのですか?」 「このような経験が他にない人がそんなことを 言ったところで、説得力に欠けます」 「ぬぐっ……!」 こういう場合はどう答えればいいものだろうか。 何を言ったところで、事態は好転しない気がするぞ。 答えに困った俺は、リブラの胸を撫でる手を 思わず止めてしまった。 「心ない気休めが、逆に傷を付ける時だってあります」 「む……し、しかしだな……」 「なんですか?」 「触っていて楽しいというか……心地良いのは事実だ」 「確かに大きくはないかもしれないが…… 俺は好きだぞ。この感触は」 「むー……」 俺の言葉に、リブラが呻くような声を上げて黙り込む。 ……なにか、変なことでも言ってしまっただろうか。 いや、まあ、確実に変なことは口走ったわけだが。 「……馬鹿ですね、あなたは」 「馬鹿って、お前……」 「ですが……」 俺が反論をするよりも早くリブラが 次の言葉を口に乗せる。 「悪くはありません……」 「……ん?」 ぽつ、と呟きながらリブラがかすかに 笑ったように見えた。 「わたくしの顔に何か付いていますか?」 「あ、ああ、いや、なんでもない」 気のせい……だったか? 「ともあれ、手が止まっていますよ」 「ちゃんと責任は取ってください」 「……ああ、分かっている」 リブラの指摘を受けて、手が止まっていたことを思い出す。 きちんと責任を取らせてもらうためにも、 ここはもう少し大胆にいってみよう。 心の中でそう決めると、乳房の先端を 人差し指と親指できゅっとつまみあげた。 「んっ!」 ピンと尖った乳首を二本の指で転がし始めると、 リブラの声に艶めかしい響きが混じった。 朝から、うずきが落ち着かなかったせいだろうか。 リブラの体はかなり敏感になっているようだ。 「ん……ふぅ……んぁ、あぁ……」 もっとその声が聞きたくて。 先端を爪でコリコリと引っかくように、 刺激してみた。 「あ、ん……ふぁ……あ、んぅ……んんっ……」 やはりここは感じるようだな。 さらに続けてみると、俺の腕の中でリブラが 身悶えし始めた。 「そ、そこばっかり、かいたら……ん、 だ、駄目……です……くぅ」 身をよじるたびに、髪が揺れ、うなじがその姿を チラチラとあらわす。 「……ふむ」 薄く色づき、しっとりと汗ばんだ肌から香る 女の子特有の甘い香りに惹かれて。 リブラのうなじに顔を寄せると、その香りを 胸いっぱいに吸った。 「すー……」 「んっ」 ついでに舌を伸ばし、うなじに浮かんだ汗の滴を 舐めとってみる。 「ふぁっ、ああっ!?」 お、今までになく大きな反応が返ってきたぞ。 なんとなく面白くなって、立て続けに、 うなじに吸い付いていく。 「な、何を……してるんですか……?」 「いや、うなじが綺麗だからつい、な」 リブラの質問に答えると、香りに誘われるように うなじへと唇を寄せる。 「ひぅっ……く、くすぐったくて、んぅ ……変な感じ、なのにっ」 胸への愛撫を繰り返しながら、ちゅっ、ちゅっと 音を立てて口づける。 「背筋が、ぞくぞく……と……あ、あん」 「ひぅ……やぁ、はぁ……んぅ、んぁ、 ああ……っ!」 逃げ出しそうになるリブラの肢体を 片手でがっしりとホールドしつつ。 もう一方の手を下腹部へと滑らせていった。 「あぁ……そこは……んぅっ!?」 布地越しだというのに指先に湿り気を感じるほどに。 リブラの女の子の部分はぐっしょりと蜜を 吐き出している。 「あぁ……」 自らの体の感覚を持て余すように、リブラの口から 切なげな吐息が漏れる。 俺の指が動くたびに、小さな体はピクピクと震えていた。 「直接……触れてもいいか?」 「はい……どうぞ、お好きなように……」 こんな風に、普段から従順な態度を 示してくれるといいんだが……。 脳裏に浮かんだ余計なことを振り払いつつ、 リブラの肢体に集中しなおす。 股を開かせて、リブラの敏感な 部分に指先を触れさせる。 「ふぁ……」 くちゅり。軽く触れただけなのに、 粘着質な音が漏れ聞こえた。 どうやら、かなり濡れているみたいだな。 「本当に……体が疼いていたんだな」 女の子の部分を指の腹で撫で回しながら、 思わず呟きをこぼしてしまう。 「ん……そんなこと……言わないで…… くだ、さい……んぅ」 身を震わせながらも恥ずかしそうに言葉を 紡ぐリブラの姿に、胸が高鳴る。 滑りのある愛液を指に絡めながら、 割れ目に沿ってなぞってやった。 充分に指が滑りを帯びたのを確認して、 人差し指を軽く曲げて、彼女の中へ。 つぷり。 「んぅっ!?」 小柄な体躯だけあってか。リブラの中は とても狭く。 湿った膣壁がうごめき、俺の指にきゅっと 絡みついてきた。 「はぁ、はぁ、はぁ……んぁ、ああ……」 ちゅくちゅくと音を立てるように、 入り口の辺りをかき回す。 「はぅ……んぅ……あぅ、あぁっ!」 懸命に声をこらえようとしていたリブラだったが、 それも限界を迎えたようで。 抑えきれなくなった嬌声が、口からこぼれはじめる。 その声をもっと聞いてみたくて、指の動きを 少しだけ強くしてみる。 「ふぁ……くぅ、あ、ん……あぅ……」 ちゅぷ。くちゅ。ぬちゅ。ちゅぷり。 窮屈な膣内をかき回すように指を動かす。 きゅうきゅうとうごめく膣壁をつつき、 こすり、撫でつける。 「んん……はぁ、ふぅ……くふっ」 次いで、膣内から溢れる愛液を 掻き出すように指を動かすと。 「ひあっ!?」 リブラの口から甲高い声がひとすじ零れ落ちた。 くちゅっ、ぬちゃっ、ちゅぷ……。 「そ、そんなに……ん……あぅ…… かきまぜ……ひぅ……っ!」 「あっ、ダメですっ……くぅ、わ、わたくし……」 リブラの肢体が、痙攣するように小刻みに震えだす。 ただでさえ窮屈だった膣内が、きゅっと収縮して。 「んぅ……あっ、んぁ、んっ、ふぅ、くっ、んぅ!」 「んんっ……あぁぁぁぁっ!!」 こらえきれなかった嬌声を漏らしながら、リブラの 華奢な肢体が、びくびくと幾度も痙攣した。 同時に、ぷしゅっと蜜の飛沫がまき散らされる。 どうやら、達してしまったようだ。 「はぁ……はぁ……」 ぐったりと俺に背を預けてくるリブラ。 半開きになった唇からは、荒い吐息が とめどなく溢れている。 「大丈夫か……?」 「はぁ……ふぅ。少し驚きました……」 「これが……絶頂に達するという感覚なのですね……」 頬を赤く染め上げながら、余韻に浸るように リブラが小さく呟く。 「ところで……その……」 「先ほどからずっと……当たっているのですが……」 トントンと指先で俺の太ももを叩きながら、 リブラが顔を振り向かせる。 何が当たっているのか、は言うまでもなかった。 「それはまあ……な?」 さっきからリブラの小ぶりなヒップと、いきり立った 俺の分身がぴったりと合わさっていて。 リブラが身もだえするたびに、もぞもぞと刺激され、 より一層硬度を増してしまっていた。 「……これで責任は取れたと 思ってなんていませんよね?」 「……ああ」 リブラが何を言いたいのか。その先は 容易に察することが出来て。 「でしたら……」 「ちょっと待て。そこから先は俺に言わせてくれ」 だからこそ、リブラにばかり言わせるのではなくて、 俺の方からも言いたかった。 リブラに言わせるばかりでは、不公平な気もしたから。 「最後まで責任を取る。だから……」 「こっちを向いてくれ、リブラ」 真面目ったらしい声音で、リブラへと告げる。 「はい」 俺の言葉に、リブラは小さく頷いて答えるのだった。 真正面からリブラを抱きかかえる。 ショーツを横にずらして、秘所に先端を あてがうと、リブラの体がかすかに強張った。 「ゆっくりでいいから、無理はするなよ」 リブラは真っ直ぐ俺の顔を見つめながら、 こくんと頷きを返してきた。 「それでは……」 リブラが徐々に腰を下ろしていく。 それに合わせて、俺の分身がリブラの中に ずぶ、ずぶ、と飲み込まれていった。 「んっ」 まだ先の方が入っただけだというのに。 暖かさと滑りに満ちたリブラの膣肉が ねっとりと絡みついてきた。 「あ……ぁ……ん……」 侵入を続けていた先端が柔らかな障壁にぶつかった。 「リブラ……」 「行きます」 リブラは一度小さく息を吐くと、 一気に腰を下ろした。 ぶちん。 薄い膜をぶち破る感覚。 「うっ!」 次の瞬間、俺の分身はリブラの最奥までを 貫いていた。 「はぁ、はぁ……とても……大きくて…… お腹の中、苦しくて……」 「奥まで……ん……いっぱい、です……」 つらそうに肩で息をするリブラ。 小柄な見た目からわかるとおり、彼女の膣も また狭く、小さかった。 結果、彼女の最奥まで入り込んだというのに、 俺の分身はすべて収まりきっていない。 ちょっと動くだけでも苦労しそうなほどに、 俺の分身を締め付けてきた。 「……大丈夫か?」 リブラがこんなにつらそうにしている 姿を見るのは、初めてだった。 それだけに、心配でたまらなくなってしまう。 「は、はい……多少痛みはありますが、 それほどつらいわけではありません」 「……ふむ」 ということは少しはつらいというわけか。 落ち着くまであまり無理はさせない方が よさそうだな。 「リブラ、少し顔を上げてくれ」 「……?」 かすかに戸惑いの雰囲気を漂わせるリブラが、 俺の顔を見つめてくる。 俺はそんな彼女に、おもむろに顔を近づけて。 薄く色づいた唇に口づけをした。 「んん……」 軽く押し付けるだけの大人しいキス。 「んぅ……む、ちゅ……ふぁ……」 突然の行為に、リブラは一瞬身をすくめたものの、 すぐに緊張をほどいて、身を任せてきた。 されるがままになったリブラの唇を通して、 熱い吐息が交換される。 「んむ……はぁ……」 心なしか名残惜しいものを感じつつも、 唇を離し、リブラと顔を合わす。 「いきなり……どうしました……?」 「いや、つらいのが少しでも紛れればと思ってな」 「意外に優しいんですね……」 「意外は余計だろ」 「……そうですね。あなたは優しい方です」 急に柔らかな声色で紡がれた言葉に、 不意に胸が躍ってしまった。 「きゅ、急にどうした……?」 「先ほどの不意打ちの返礼です」 「ドキッとしましたか?」 「……からかうのはやめてくれ」 胸が高鳴ったと素直に告げるのがなんだか悔しくて。 視線を逸らしながら、少しぼやくように呟いてしまう。 「わたくしにからかわれるのは、慣れたものでしょう?」 「それはそうだが……」 「ふふ……」 すっとリブラが顔を寄せてくる。 互いの吐息が鼻先をくすぐり合う。 そんな近しい距離感。 「もう一度お願いしてもよろしいですか」 「ああ。拒否する理由なんてないな」 どちらからともなく、顔を近づけていき――。 「ちゅ……」 再び二人の唇が重なり合った。 ふっくらとした唇の感触を楽しみつつ、 かすかに開いた唇の間に、舌を差し入れる。 「ちゅ、ぴちゅ……れる、れろ……んぅ……」 リブラもすぐに応えてきて、互いの舌が 絡み合った。 普段の彼女からは想像できないほどに、 その動きは情熱的で。 「あむ……ちゅむ、ちゅぴ……ちゅる、ちゅ……」 あまりの快楽に、自分でも恐ろしくなるくらいに 意識が高揚していく。 「ちゅぴ、れろ……ふぁ……あむ、ちゅ……」 唇の間で混じり合った唾液がたらたらと 零れ出し、互いの口元をべたべたに汚す。 しかし、そんな些細な事なんか、 まったく気にならなかった。 それどころか。ただただ一心に唇を合わせ、 吸い合い、舌を絡め合う。 「ぴちゃ、ちゅっ……れる、れろ、ぴちゅ……」 唇を通して、全身が溶け合ってしまいそうな 悦楽を互いに与え合った。 互いの唇を求め合ううちに。 段々と呼吸が苦しくなってきた。 それはリブラも同じだったらしく。 「ちゅ、れる、ぴちゅ……んっ……ふぁ……」 同じようなタイミングで唇の間に距離を開けた。 「はぁ……はぁ……はぁ……」 「ん……はぁ、はぁ……」 酔ったように揺れるリブラの瞳。 「はぁ、はぁ……ま、魔王様……」 「体の中がうずうずしてきて…… わ、わたくし、もう……」 そろそろ動いても平気みたいだな。 リブラの昂りをまさしくこの身で感じ取った俺は、 彼女の腰をぐっとつかみ。 前後にゆっくりと動かし始めた。 「ふぁ……あ、ん……んぅっ」 くちゅ、ちゅくと俺の分身が突き刺さった箇所から 艶めかしい音が鳴る。 「くふぅ……ん、んぅ、んぁ、んんっ……!?」 ぴったりと隙間なく密着した肉壁が、 俺をねっとりと絞り上げてきた。 「くぅっ」 あまりの気持ちよさに、背筋がぞくりとする。 「んぁ……はぁ……も、もう……んくっ!?」 流石にここまで高まってくると、 声も抑えきれないらしく。 「んぁ、あ……くっ、声出ちゃ……ああっ……!」 俺の動きが大きくなるにつれて。 快楽にあえぐ声が段々と大きく、 激しくなっていった。 「あん、んぅっ、はっ……あぁっ、くふぅっ!?」 一度、叫んだのが呼び水となったのか。 リブラは全身を愉悦に震わせながら、 甘い悲鳴を上げ始めた。 「やっ、はぅ、あ、んぁ、あ、あぁんっ!?」 「く……さっきよりも、締め付けが……っ」 しがみついてくるリブラの耳元で、呟きをこぼす。 「そ、そんなこと……んぁ、い、 言わないでください……」 必死に快楽に耐えるリブラとは裏腹に。 彼女の膣肉は、俺を搾り取ろうとするかのように、 うねうねとあやしく蠢いていた。 「か、勝手に……んぅっ、動いてしまってっ、 わたくしの意思では……んぁっ!?」 リブラが白いノドをそらして、 よがり声を上げる。 「んぅっ……ふあ、あ、あ、あ……」 彼女の膣内をえぐりながら、 ぎゅっとその肢体を抱きしめた。 腕に伝わってくる柔らかな抱き心地。 ふわりと立ち昇る汗の匂い。 どちらも俺の興奮を掻き立てて止まない。 「あうっ、はぁっ……くふぅっ、ま、また、中で おっきく……んんぅ」 リブラの一番深いところを真下から抉っていると。 次第に下腹部に熱を帯びた疼きが集まってきた。 「ああっ……くぅ、んぁ、はっ……あ、やぁっ!!」 最初は小さかった疼きはずくずくと肥大化する。 寒気がするほどに高まりきったそれが 俺の理性を消し去ろうとする。 「くふぅ、あっ、んぅ、んぁ、ひぅっ、あぁっ!?」 首をガクガクさせて、ただ与えられる刺激を 享受し続けるリブラ。 彼女の限界がすぐ間近に迫っているように。 俺自身もまた暴発しそうなほど、パンパンに 張りつめていた。 「やあっ、んぅっ、ああ……んっ、くふぅっ!」 「リブラッ、ど、どこに出してほしい?」 油断すれば弾けてしまいそうな興奮を 必死にこらえながら尋ねる。 「んぁ、あ……ふぅ、んっ、あ、やぁああっ」 強すぎる刺激になすがままにされていたリブラが 途切れがちな声で応えた。 「な、中に。中に……くふっ、お願い…… ひぅっ……しますっ……んぁっ!!」 言うなり、首の後ろに回されたリブラの腕に ぐっと力が入り、しっかりロックされた。 「わかった。中だなっ」 ずりゅ。ずちゅ。ぬちゅ。じゅりゅ! 膣肉がぎゅうぎゅうと、俺を締め付け続ける。 熱を帯びた疼きは燃え上がらんばかりに強くなり、 分身の幹の部分を刻一刻と駆け上ってくる。 もう我慢なんてしようがなかった。 いや、するつもりすら銅貨一枚ほどもなかった。 「い、いくぞ!」 じゅぶじゅぶと膣内をうがちながら、 射精を宣言。 「はぁ、んぅっ、あ、ああ……ふぁ、あ、 は、はい……んくっ、ま、魔王様ぁっ!」 しがみついてくるリブラの体を強く抱き返しながら、 ずんずんと腰を突き上げる。 俺の先端が彼女の最奥に触れた瞬間。 その時がやってきた。 「リブラッ!」 びゅる、びゅる、びゅる、びゅるるるるるるるっ! 猛烈な勢いで解き放たれた大量の白濁液が、 リブラの膣内に飛び出していく。 「ふあぁぁぁぁぁぁぁぁあああっ!」 官能で火照ったリブラの肢体が びくんびくんと激しく跳ねた。 最後の一滴まで膣内に注ぎ込むと、 リブラはがっくりと脱力した。 「あぁ、中で……どくどく、と……」 うっとりと色っぽいため息を吐くリブラ。 「はぁ、はぁ……こ、こんなに…… いっぱい出るものなんですね」 「相手がお前だったから……かな……」 「褒め言葉、と受け取っておきます」 「それよりも魔王様……少し、このままで いてもいいですか……?」 「ああ、もちろんだ」 リブラの肢体を抱きしめつつ、なんとなく夜の波の 音に耳を傾ける。 夜闇の中、繰り返される波の音が 妙に耳に心地いい。 互いのぬくもりに心癒されつつ、穏やかな時間が 流れていく……はずだったのだが。 「あ……」 「……どうしまし……あん」 精を放ち、多少は落ち着きを取り戻した俺の分身が。 リブラの膣内で、むくむくと起き上がり、 元気に復活していた。 一度目と同じくらいに……いや、それ以上に 元気にいきり立っている。 「あの……」 「……悪い」 「いえ……その、わたくしとしても、 もう一度くらいならば構いません」 「すまない……じゃあ、付き合ってくれ」 「はい……」 「流石に……少し恥ずかしいです、ね」 「悪い。そんな格好をさせて」 「いえ……経験の蓄積にもなりますので……」 「ですので、どうぞ」 「じゃあ、いくぞ」 リブラの小さな割れ目にいきり立った分身の 先端を押し当てながら返事をする。 「んっ……」 ツンと突き出された小ぶりなお尻をぎゅっと わしづかみにして、腰を前につきだす。 「んぁ、わたくしの中に入って……」 「まだきつい……な」 一度精を受けたことにより、膣内のすべりは なめらかになっていたが。 狭くて窮屈なことに変わりはなく、すんなりとは 俺の侵入を許してくれなかった。 「あぅ……つっ……んぅ……あっ……」 ひとまず、中ほどまで挿入したところで 一旦、腰を止める。 動きを止めたというのに、膣壁がやわやわと 俺に快楽を送ってくる。 「はぁ……はぁ……魔王、さま……?」 どうして、と視線で訴えてくるリブラをよそに、 侵入させていた分身をゆっくり引き抜いた。 「んぁ、ああっ!?」 ずずっ、ずずっ、ずずずずっ。 周りの柔肉を巻き込むようにして、分身の胴の 部分が姿をあらわしてくる。 自分でも呆れるほどに硬さを取り戻していた 分身は愛液に濡れ、テカテカと光っていた。 「あふ……ど、どうして……んぁ……」 抜けるか否かギリギリのところまで来て、 再び動きを止める。 俺を誘うように、リブラの膣壁がひくひくと うねっていた。 一気につっこみたい衝動に駆られるが、 我慢して誘惑に耐える。 「ゆっくりと、少しずつじゃないと無理そうだからな」 リブラに答えを返しながら、分身で入り口の辺りを 浅く小刻みにつついた。 ちゅく、じゅぶ、じゅちゅ、にちゃ、にちゅ。 連続して送り付けられる甘美な刺激に、 リブラの肢体が一気に熱を持った。 「ああっ……んぁっ、あぅっ……あふぅっ」 膣壁の側面をごりっと抉ってみる。 「やぁ、それ……んぅ、何か、あぅ、 へ、変、です……あぁっ!」 甲高い嬌声を上げて愉悦をあらわにするリブラ。 正直、予想外の反応だった。 ちゅくちゅくと溢れてきた蜜が、きめ細かい肌を 伝って、つつーと垂れ落ちていく。 「ふあっ、あ、んぅ……あぅ、ふぅ、あ、やぁ……」 一突きするごとにびくんと震えるリブラの腰を しっかりと押さえつけて。 幾度も幾度も、入り口の辺りを抉るように ストロークを繰り返す。 「んぅっ、ふ、は、あぅ、ああ……っ!?」 「この辺りがいいのか……?」 リブラの反応が強い箇所を刺激しながら、 確かめるように問いかける。 「はぅっ、んぁ、ああっ……わ、わかりま、せんが…… くふぅ……ひぁっ」 「これは、これで……んっ、きもち…… よく、んぁあっ!」 何度も浅いピストンを続けるうちに、 徐々に差し込む深度を深くしてみた。 「あ、や、ん、んぁ……そ、そこ……んぅ…… 広げたら……やぁ、ああっ」 「なかっ、んんっ、めくれ、そうに……あふぅ……」 ずぷ、ずぷぷぷ、にちゅ、ねちゃ、ずぷぅ。 奥へ。奥へと。ほぐれた柔肉をかき分けて、 徐々に最奥を目指していく。 やがて――。 「んああっ!」 こつんと、彼女の最奥に到達した。 それを確認すると、腰を振り立てる動きを大きくする。 パンと、体同士がぶつかり合う音が、 リズミカルに甲板の上に鳴り響く。 「ああっ、は、激しっ……んぁ、あぅ、んぁあ」 彼女の官能が高まると同時に。 女の子の部分の締め付けもまたきつく、 激しくなってきた。 「はぁっ! し、刺激が、強すぎ、て……っ!」 「このままだと、おかし……くふぅ、 おかしく、なります……あぁん」 反り返った俺の分身が肉壁をゴリッと深く抉りこんだ。 「あああああっ!?」 背中を大きく仰け反らせて、リブラが悲鳴まじりの 嬌声を発する。 彼女の中に入っている先端にぷしゅっと 熱い飛沫が降りかかった。 「リブラ……?」 「あぅ……はぁ……はぁ……」 「はぁ……どうぞ……」 荒い息を吐きながら、リブラが返してきたのは、 俺を促す短い一言と。 白濁液を搾り取ろうとする、ヒダヒダの感触。 キュキュッという締め付けがたまらなく気持ちよくて。 我慢できずに、挿入を再開してしまった。 「んぁ、やっ……ああっ!?」 自然と腰を振るスピードが上がってしまう。 「あん、わ、わたくし……くふぅ、イッた、 ばかりなのに……また……んぁっ」 「ふぁっ、んぅっ、はぁっ……ああっ……ひぅ!」 ガクガクと震えて、崩れ落ちそうになるリブラの スレンダーな肢体を両手で押さえつけて。 じゅぶじゅぶと愛液を弾けさせながら、 リブラの膣を突きまくる。 「ああっ、はぁっ、ああん! あ、あ、あ……」 繰り返し繰り返し。何度も何度も。 ただただ求めるがままに、リブラを貫き、 抉り、突き上げる。 「ふぁ、んぁ、あっ、いっ、くぅ、あ、ああ……っ」 互いに与え合う悦楽の波は、これ以上ないほどに 膨れ上がっていた。 「やぁっ、あっ、あっ、あっ、すごっ、 それ、やぁっ、あ、あ、あ、あ!!」 官能が高まれば、高まるほどに、射精の衝動が 強まっていくのは当然のことで。 下腹部に再び熱いものがこみあげてきた。 「ひぁっ、あ、んぅ、あぅ、ああっ、魔王様っ、 わたくし……ひぅ、わたくし、も、もうっ……!!」 息も絶え絶えに、リブラが限界を訴えてくる。 俺自身、最後の瞬間がすぐ間近に迫っていた。 だから、俺は――。 『再び膣に射精する』 『今度は肌に解き放つ』 再びリブラの膣内に、欲望を解き放つことを 決めた。 「リブラ。また、膣内に出すぞ!」 歯を食いしばり、射精をこらえながら、 力強く宣言する。 「は、はいっ……ま、魔王さまの……くぅっ、 お好きな……んぁっ、ところ……にぃっ」 ズチャッ! ズチャッ! ズチャッ! ズリュウッ!! 「ああっ!? はぁ、ああん! んっ、やぁっ、 くふぅ、んぁあっ!!」 「くぅっ!」 ビクンと分身が跳ね上がり、先端が大きく 膨れ上がる。 そして――。 リブラの膣内に入り込んでいた俺の分身が、 暴発した。 びゅくん! びゅくびゅくびゅくっ! びゅくんっ!! 暴走するドラゴンのように、俺の分身は リブラの膣内ではじけまくった。 「はぁっ、あっ、あぁ、んっ……はぁっ、あ…… あっ、ん、あぁぁぁぁっ!!」 一方のリブラは彼女自身の奥深くに 精液が直撃し、打ちのめされて。 三度、絶頂へと至っていた。 「うぅ……」 気が遠くなるほどの解放感に全身が包まれる。 「あぅ……はぁ……また、こんなにたくさん……」 熱にうなされたかのように、とろんと蕩けた 眼差しを浮かべるリブラ。 彼女の尻たぶに両手を添えて、中に入っていた 分身を引き抜く。 すると、彼女の中に納まりきらなかった精液が、 ぽたぽたと結合部から零れ落ちてきた。 我が魔道書たるリブラを、俺色に染めることに決めた。 「んぁっ、はぁ、やぁっ、ダメ、もう、ダメ、 あ、あ、あ、あ、あ……っ!!」 「リブラ、外に出すぞ。いいな!!」 「あっ、あっ、あっ、あっ、あっ、あああっ!」 膣壁がキュウッと強く締まり、俺を絞り上げるように 絡み付いてくる。 「っ!」 強烈な愉悦に、飛びそうになる意識を 唇をかみしめて、つなぎとめながら。 ずるりと。リブラの膣から分身を引き抜いた。 これがトドメとなったのか。 「んぁああああああああああっ!!」 絶叫とともに、リブラが全身をけいれんさせ、 絶頂をあらわにした。 そして、リブラを絶頂に至らせた俺の方も――。 ドピュッ、ドピュドピュッ、ビュルルルルルッ!! ドラゴンのブレスもかくやの勢いで 白濁した精の衝動を解き放った。 肌に、髪にと精液は万遍なく飛び散り、 リブラを白く染め上げていく。 「あふ……あぁ、すごい、あつい……」 熱にうなされたかのように、リブラが うっとりと呟いた。 「かはぁっ……はぁ、はぁ……うぅ……」 かくいう俺は気が遠くなるほどの倦怠感に 襲われ、まともに身動きが取れなくなっていた。 倒れこまないのが不思議なくらいだった。 「はぁ……はぁ……魔王、様……」 「……なんだ」 互いに息を荒げながら、言葉をかわしあう。 「少し……休みましょう、か……」 「そうだな……」 疲労が色濃く残るのは、お互い様だったようで。 そう告げると同時に、全身から力が一気に 抜け落ちたようにリブラがへたり込む。 それは俺も同様で。 リブラが体を打ち付けないように、必死で抱き留めながら。 身を寄せ合うようにして、甲板に座り込むのだった。 リブラの服の隙間から手を差し入れて、直接肌に触れる。 「ん……」 フィットした服の隙間に無理やり差し入れているので 必然的に手のひらが肌に押し付けられてしまう。 手のひらに感じるのは、ぴとりと吸い付くような 滑らかな肌とほのかな暖かさ。 こうして彼女に触れていると。 愛しさと興奮が急速に昂り、俺の理性を はぎ取っていく。 「リブラ……」 唇を奪うような口づけ。 「魔王様……ん……」 しっとりとした唇で俺を受け入れるリブラの口内に 舌をねじ入れる。 「んぅ……れる、ちゅ……ちゅぴ……」 にゅるっとした感触。 リブラが俺に応えて、舌を差し出してきた。 激しく舌を絡め合いながら、彼女の体を愛撫する。 「んぅっ!? ……ちゅ、んんっ……ちゅむ、はぷ……」 つながった唇を通して、伝わってくるかすかな震え。 甘美な刺激に彼女の肢体がうっすらと汗ばんできた。 夢中になって彼女の唇に自分のそれを押し付け、 お互いを求め、むさぼるように口づけを吸い合う。 「……ちゅる……れろ、ずずっ……ちゅむ、 ぴちゃ……じゅる……」 リブラの唾液はとろけそうなほどに甘く濃厚で。 かなうならば、いつまでもこうしていたい。 そう思わせるほどにリブラとの口づけは 素晴らしく最高だった。 「あむ……んぅ、ちゅ……ふぁ……」 キスを交わし続けていると、次第に呼吸が 苦しくなってきた。 「はむ……ぴちゅ、ちゅ……れろ、れる……」 それでもリブラを離したくなくて。 本能のままにリブラを求める。 「……んぁ、はぁ……」 息苦しさが限界に達し、唇を離す。 あの柔らかく、そして熱い感触が離れていき、 どこか物悲しい気分になった。 「はぁ……はぁ……リ、リブラ……」 リブラの口元を見れば、溢れ出た唾液で べとべとになっていた。 「はぁ……はぁ……」 軽い酸欠になってしまったのか。 荒い息を吐きながらリブラはぐったりとベッドに その身を横たえている。 かくいう俺も酸素が足りず、少しばかり頭が くらくらしていた。 「……ん」 「どうした?」 急に、何か考え込むように黙るリブラ。 「もしかして、今のキスはやりすぎたか?」 いくらなんでも酸欠ギリギリまでキスしたのは まずかったか。 「あ、いえ、そういうわけではありません」 「それどころか、わたくしも気持ちよかったです」 リブラが首を横に振って、 俺の言葉を否定する。 あれ? じゃあ、何が問題だったんだ? 「言葉にしてくれないと、さすがに分からないんだが」 「それは……」 「リブラ」 俺がなおも言い募ると、リブラはゆっくりと 口を開いた。 「今はこのように人の姿を取っていますが」 わたくしの本体は魔道書です」 「ああ、そうだな」 人の姿と意識を持っているが、リブラの 本質はあくまでも魔道書だ。 「何故、わたくしは人の姿をしているのか。 最初は疑問に思っていました」 「知識だけでなく経験も蓄積するため。 以前はそう言ったよな」 「はい。そのためであることはすぐに分かりました」 「ですが、もしかしたら……」 「もしかしたら?」 「こうして、あなたと出会い、愛し合うため だったのかもしれない」 「などと、不意に考えてしまいました」 「……そうか」 あまりにも不意を突く発言に、上手く 言葉が出てこなかった。 とても嬉しく思うのと同時に、 胸がぎゅっと締め付けられる。 なんてことを言うんだ、こいつは。 「泣きそうになりましたか?」 「少し、な……」 この胸を締め付けるものは、きっと感動だろう。 俺と出会うために人の姿だったのかもしれない。 そんなことを言われて、何も感じないわけがない。 「今なら、俺も胸を張って言える」 「俺にとってリブラは魔道書であるのと同時に、 大切な存在だってな」 「……ありがとうございます」 「どうか、わたくしのことを大事に愛してください」 「最初から、そのつもりだ」 宣言通り、手に吸い付くような きめの細かい肌を、優しく撫でる。 「ん……あ……」 俺の手が肌の上を刺激するたびに、リブラの口から 甘い響きが漏れそうになる。 ただ、声を出すのが恥ずかしいのか。 リブラは必死に声を押さえようとしていた。 「我慢しなくてもいいんだぞ」 「分かって……います……」 とは言え、流石にまだ二回目だ。リブラにも 緊張が残っているのだろう。 それは俺も同じことなのだが。 互いの緊張を解くべく、リブラの体を抱き寄せる。 「あ……」 見た目通りに華奢な体躯から甘い香りが立ち昇り、 俺の鼻腔を刺激した。 さっと顔を寄せて、リブラの小さな唇に キスをする。 「んぅ……」 今度は快楽を求めるような激しいものではなく。 ただ想いを伝えるための優しい口づけ。 「ふぁ……」 そっと唇を離すと、リブラが切なそうな 小さく息を吐いた。 「リラックスは無理かもしれないが、 固くなりすぎないようにしよう」 「お互いに、な」 「……はい」 彼女の服の中に入れていた手を再度動かす。 手のひらにすっぽりと収まるサイズの乳房を やわやわと撫でさする。 「ふ……ん……」 ささやかな大きさの乳房は揉み心地こそ 少々物足りないものがあったが。 感度は十分に高いらしく、軽く触れただけで リブラはぴくぴくと体を震わせた。 「あぅ……ん……っ……」 なだらかなふくらみに沿って、 指先をツツーと滑らせる。 「ふぁ、あ……あぁ……」 頂点の部分に硬くこりっとした感触を発見。 「触るぞ……」 耳元でささやきつつ、乳首をツンツンと 指先でつつく。 「あっ、ふぁ……やぁ……」 さらに指先で転がすように刺激を与えていると。 リブラの瞳が潤み、かすかに開かれた唇の合間から 甘い響きと湿った吐息が漏れ始めた。 「んあ……あっ、んっ……くぅ…… ふっ、んんっ……っ!!」 「くふっ、ん……んぅ……」 首を左右に振りながら、リブラは 懸命に声を押さえている。 素直に感じることを恥ずかしく 思っているのかもしれない。 リブラは頑なに快楽に耐えようとしていた。 「……ふむ」 恥ずかしいことではないとどうにか伝えたい。 まあ……内心では、リブラの声を 聞きたいという思いもありはしたが。 左右の乳首を同時につまみ、きゅっとひねり上げる。 敏感な個所への強烈な刺激に、リブラの体が ビクンと大きく跳ねあがった。 「んぅっ!?」 それでも、懸命に声をこらえようとするリブラ。 ならば、と小ぶりなヒップをぎゅむっとわしづかみにする。 「んぁ……ふぅ……」 バストと同様、こちらのふくらみも 大人しめのサイズだ。 しかし、手のひらに返ってくる弾力は とても心地よくて。 飽きることなく揉み続けることができる。 「ふぁ……あ、ん……んぁっ、んんっ」 おもむろに尻の割れ目の部分に手を滑らせる。 そのまま手を前後に動かすと、シュッシュッと 布ずれの音が聞こえてきた。 「くふぅっ!?」 深い谷間を割り開いて、肉の壁をこすりあげる。 布地が防壁となって、直接触れることは 叶わないものの。 リブラは十分に感じているらしく、目をぎゅっと つむって、快楽に耐えていた。 俺はさらに奥まったポイントに目を付けた。 「や、そこはっ!?」 中指を谷の奥へと進ませて、最奥に存在する 小さな窄まりを攻めていく。 ショーツの布地越しに、奥まった小穴を 中指の先でくりくりといじった。 「ふぁっ、ああっ!?」 この一撃は効果的だったらしく。 リブラの鉄壁の防御を易々と打ち砕いた。 「くふぅ……ひぅっ、あ、ん、ふぁ、ああ……」 春になり、雪山が溶けていくかのように。 次第に表情が惚け、かすかに強張っていた体も ゆるゆると弛緩しはじめる。 「あ、はぁ……んぅ、んあ、あ、あ、あ……」 丹念な愛撫の甲斐あってか。 リブラの白いノドから甘い響きが 奏でられ始めた。 耳に心地よいメロデイを愉しみながら。 窄まりの表面をいじっていた指先を その中へ侵入させる。 彼女の後ろの穴もきゅっと俺の指を 締め付けてきて。 いずれはこちらでも。 そんな邪念を思い起こさせるに十分な 感触だった。 「ひぁああっ!!」 強すぎる刺激のためか、リブラの上半身が 小さく跳ね上がる。 「おっと」 手早く、その体を抱き寄せた俺は、 さらなる刺激を与えるべく。 リブラの形のいい鎖骨に舌を這わせた。 流麗なラインを描く、首筋はしっとりと 汗に濡れていて、少ししょっぱかった。 「んむ……」 だが、不思議とクセになる味で、 何度も舌を這わせてしまう。 「はぁっ、そ、そんなところを……くぅっ、 な、舐め……はぁん!」 首の根元から徐々に上の方へと舌を舐め動かす。 「んんっ!?」 「ん、あぁ、ん……くぅ、ふぁ、やぁ……あっ!?」 胸とお尻と首筋。三ヶ所への連携攻撃に、リブラの ショーツがびしょびしょに濡れそぼる。 「ふあ、あ、ん、くぅん……あ、やぁ、んぁ、 あ、ああっ!」 絶え間なく響くリブラの嬌声が一段と甲高くなった。 「あっ、んぅっ、はぁっ……んぁ、あ、やっ、 んっ、んんっ!!」 堰を切ったかのように、愉悦の叫びが 奔流となってリブラから溢れていく。 グリグリと中指でお尻の窄まりを抉り、引っかき、 こねくり回した。 瞬間。リブラの小柄な体が頭からつま先まで、 ピーンと一直線に伸びた。 「ああっ、ふぁああ、ああああああああっ!!」 ノドを震わせ、快楽の衝撃に全身を貫かれるリブラ。 ビクビクと震えていた体をぐったりと脱力させ、 荒い息を吐いている。 「はぁ……んぅ……はぁ、はぁ……」 絶頂の余韻に浸りながら、うっとりとした 表情を浮かべるリブラ。 「たくさん……気持ちいいことを…… されて、しまいました……」 「今度は……」 囁くような声がかすかに耳に届いた。 「……ん?」 「今度は……わたくしの番、ですね」 ぽつりと言うとリブラは体を起こし、汗や愛液に 濡れた服を脱ぎ捨て、俺にのしかかってきた。 トサッ。 不意を突かれ、なすすべもなく ベッドに押し倒されてしまった。 甘い液を滴らせるリブラの秘所が 俺のものにかぶせられる。 「ん……ふぅ……」 くちゅっという濡れた感触。 俺のものがリブラの秘裂とぴったり 重なり合っていた。 「うおっ」 甘い蜜のぬるぬると、潤みきった柔肉の感触。 二つの感触が織りなす刺激に抵抗する気が 一瞬にして消え去ってしまう。 「ん、こ、こうなってしまうと……魔王様も 形なしですね」 妖艶な口調で大人の女を演出しようとしている らしいが……。 感じるのを我慢しているのが見え見えだった。 「リブラ、無理はしない方がいいぞ」 「……無理なんてしていません」 「…………」 ちょっと腰を浮かせてみる。 くちゅり。分身とリブラの割れ目がこすれ合わさり、 粘着質な音が鳴った。 「ふやんっ!?」 普段の彼女からは想像もつかない甘い響き。 「……無理はしない方がいいぞ」 「むー……」 どことなく不満そうなリブラ。 「分かりました……似合わないことはしません」 「ですが……今はわたくしに、任せてください」 「それは構わないぞ」 「んっ……」 リブラは小さく呻くと、その小ぶりなヒップを そっと下げていく。 ずぶ、じゅぶ、ずぶぶ。 彼女の腰が下がるにつれ、俺のものが徐々に 飲み込まれていった。 「くぅ……大きい……」 苦しそうに眉根をしかめるリブラ。 やはり小柄な彼女には俺のものは大きかったらしく。 下腹部が中から押し上げられたかのように 膨らんでいた。 「大丈夫……か?」 そっと膨らんだ部分に触れてみる。 「はい。初めての時に比べれば……ん、 問題ありません」 「……そうか」 これが知識だけでなく経験まで 蓄積するということなのだろうか。 益体もないことを考えていると、 リブラが俺の顔を見つめてきた。 「それでは、動きますね」 「どうか、わたくしで気持ちよくなってください」 リブラがゆっくりと腰を持ち上げていく。 それにつられて、絡みついた膣肉が俺の分身を 下から上へと扱きあげていった。 「ん、ふぁ……あぁ……」 精の迸りを引きずり出されてしまいそうな 鮮烈な吸い上げが俺を襲う。 「うっ……」 そして、ゆっくり腰が下ろされる。 ずりゅ、ずり、ぬちゅ。 粘着質な音とともに、膣壁がめくれるような 感触を覚えた。 「あ、ん、くぅ……ふぁ、あ、んぅっ!」 再び腰を持ち上げて、間をおかずに下ろす。 次第にその動きは早く滑らかになっていった。 しかし――。 「くっ……うぅ……」 俺の心をもどかしさが侵食していく。 というのも、締め付けこそ強いもののリブラが行為に 慣れていないためか、どこか動きがぎこちなく。 もう少しで達しそうなのに、あとわずかのところで 衝動が治まり、そしてまた高まる。 そんな責め苦のような状態が続いていたのだ。 「ん……ふぁ……はぁ、はぁ……あの、魔王様」 「き、気持ちよくありませんか?」 リブラが腰の動きを止め、尋ねてきた。 「いや……気持ちいいぞ」 「ですが……」 俺の状態に気づいているらしく、 リブラが言葉を濁す。 わずかな間、考えるそぶりを見せると リブラは改まった口調で提案してきた。 「物足りないのでしたら……どうぞ、 動いてください」 「このままでは……わたくしばかり気持ち良く なってしまいます、から」 うーむ、気を遣わせてしまったみたいだな。 しかし、ここで否定すると彼女の思いやりを むげにすることになってしまう。 「わかった。それじゃお言葉に甘えさせてもらうぞ」 「はい……どうそ、ご自由に」 リブラの言を受け入れ、俺は彼女の細腰に 手を伸ばした。 「行くぞ」 両手でしっかりと保持しながら、 腰を小さく突き上げる。 「んっ」 眉間にしわを寄せつつも、甘い声をもらすリブラ。 どうやら痛みは感じていないようだな。 安心した俺は先ほどよりも強めに腰を突き入れた。 「ああっ、んっ……ふぁ……あぁ……」 ギチギチと締め付けてくる膣の感触が 痛気持ちいい。 ぱっくりと開いた彼女の秘所から愛液が溢れ、 俺の下半身をびしょびしょに濡らす。 「あっ、くぅ……っ……んんっ、んああっ!」 彼女を突くたびに、どんどん動きが なじんでいくようで。 必然的に俺の動きは激しく、大胆なものへと 進化していった。 「あぅ、や、はぁ、んぅ……くっ、ふぁ、ひぅっ!」 ズンッ、ズンッ、ズンッ、ズンッ!! 腰を掴んでガンガンと突き上げる。 「あぅ、ふぁ、すごい……んぅっ、お腹の中、 ズンズンって……はあっ!?」 体をガクガクと揺らしながら、小さな体で 俺を受け入れるリブラ。 「そんなに激しくされたらっ、くふっ、 わ、わたくしっ……もうっ」 「ふぁっ、ああっ、んぅ、あ、あ、あ、ああっ」 クライマックスが近いのか、リブラの膣肉が 今まで以上にキュウキュウと締め付けてくる。 「くっ!?」 あまりの気持ちよさに、背中にぞくぞくと 冷たいものが走った。 実のところ、余裕なんてこれっぽっちも なくなってしまっている。 気が付けば頂点に達しようとする官能を抑えて 懸命に腰をふるうので精一杯だった。 「はあっ、あっ、んっ、あ……ああっ……」 しかし、彼女にとっては俺のそんな内心もすべて お見通しだったみたいで。 くすりと小さく笑みを浮かべると、俺の動きに 合わせて腰を揺らしてきた。 「ふぅん、あっ、はっ、あっ、あっ、あっ……!!」 快楽に囚われた肢体を、リブラが嬌声を発しながら、 みだらに躍らせている。 どくんと、腰の奥底で精の衝動が大きく脈動した。 到底、我慢できそうもないほどの衝動。 ……ダメだ。もうイきそうだ。 限界を感じた俺は、一心に腰を突き上げながら、 最後の瞬間を――。 『彼女の中で迎える』 『彼女の外で迎える』 彼女の膣内で迎えたい。 そう選択した俺は、最高のクライマックスを 迎えるべくラストスパートをかける。 「はぅっ、あっ、やっ、は、はげしっ、くふっ!?」 ずりゅっ! ずちゅっ! ぬちゅっ! ずちゃっ! あまりの激しさに、つながりあった場所から 愛液が飛び散った。 快楽に翻弄されたリブラが、ビクビクと体を けいれんさせる。 「んあっ、はああっ、ああああああっ!!」 リブラが絶頂に至るのと同時に。 俺もまた限界に達していた。 「リブラッ!」 どびゅるるるるるるるるるっ!! 溜めに溜められた精液がリブラの膣内で 爆発する。 今まで経験したことのない快感に、 目の前が真っ白になっていった。 リブラの肢体を俺の色に染め上げたい。 そう強く思った。 「あぅっ、あっ、んぁっ、あ、んぁああっ!」 腰の注挿をさらに速めて、リブラに快楽を 贈り続ける。 一度突き上げるたびに、結合部で愛液が白く泡立ち、 弾け飛んだ。 「あっ、もっ……ダメ、あぅ、はあっ!」 タガが切れたように、ただただ腰を突き上げ、 彼女の膣内を抉りこむ。 途端、幹の中を駆け上ってくる灼熱の衝動。 「わたくし、あうっ、くぁっ、あっ、あっ、あっ、 ……ふああああああああっ!!」 全身を弓なりにのけ反らしながら、リブラが 最後の瞬間を迎えた。 そして――。 「くうっ!」 限界寸前だった俺のものを寸でのところで、 抜き放つ。 びゅくっ、びゅる、びゅるるるるるるっ! 先端が弾け飛んでしまいそうなほどの 激しい射精。 「あぅ……はぁ、こんなに、いっぱい……」 限界まで高まった興奮の証が、リブラの肌を 白く染め上げていく。 「はぁ、はぁ……魔王、さま……」 達した疲労によるものか。 ふらつくさまはどこか危なっかしく感じて、 慌てて体を支えてやる。 「ありがとうございます……」 「このくらい当然だろ」 「……ふふ」 俺の言葉に、リブラがどこか嬉しそうに 微笑みを浮かべる。 「これからも……わたくしのことを 大事にしてください」 「ずっと……」 「ああ。ずっと離さない。約束する」 「……破ったら怒りますからね」 「お前を怒らせたら、きっと怖いだろうな」 「はい、怖いです。ですから……」 「分かっているさ」 言葉少なにお互いに誓いを立て合う。 これからもともにある、という誓いを。 「……はい」 その誓いに対して、リブラは嬉しそうに頷くのだった。 それはある日の出来事。 全てが解決し、平穏になりつつある世界での、 他愛ない日常の一幕。 「なあ、リブラ」 「なんですか、魔王様」 「いや、妙に機嫌がいいように見えるんだが、 何かあったのか?」 買い物をしたいというリブラの要望を応え町に出た 俺たちはそのまま一泊することにしたのだが……。 買い物を終えてから、リブラの機嫌が やけに良さそうに見えた。 「そう見えますか?」 「ああ、見える」 一見、いつも通りな無表情に見えるのだが、 足取りがやけに軽い。 言葉もどこか弾んで聞こえる。 付き合いが長いからこそ理解出来る程度では あるが、機嫌がいいのは間違いない。 「気付かれては仕方ありませんね」 「実は、行商人から少々変わった衣装を 入手しました」 ……変わった衣装? 「中々のレアものです」 「きっと魔王様も喜んでいただけるかと」 ……ふむ。リブラがそう言うからには、 きっとそれなりのものなのだろう。 「それは興味深いな」 「では、早速今晩にでも披露したいと思います」 今晩か……うん、楽しみだ。 そして、時間はあっという間に過ぎて――夜。 ズボンと下着を脱ぎ、下半身を さらけ出しつつ、立つ俺。 そして、俺のベッドに腰を下ろし、まじまじと 見つめてくるリブラ。 なんというか、色々とつっこみどころ満載の 状況だった。 「俺、立ったままっておかしくないか?」 「どのみち、たつから一緒でしょう」 表情こそいつものままだが、 心なしか胸を張るリブラ。 上手いことを言われた気になってしまう。 「というか……そんなに思いっきり見つめられると 恥ずかしいんだが」 俺の方が見るのならまだしも、こうも見られるのは どうにも慣れない。 「そうなんですか?」 不思議そうに小首を傾げるリブラ。 「世の男性の大半は、未成熟な体の持ち主に 己のモノを見せつけて喜ぶと聞きましたが」 「誰に聞いた!?」 俺はそんな特殊な趣味は……あんまりないぞ。 まったくないと言えないところが、とても現状に 則していると思ったりするが……。 いや、これは相手がリブラだからだ。 リブラ限定なのだ。 「まぁ、それはともかく、いかがですか。 この衣装は?」 リブラの全身を頭から足元まで通して、 視線をめぐらせる 「……悪くないな」 リブラが身に着けているのは、 実に機能的な衣服だった。 確か……船に関係する職業の人間が 着用する服だったような記憶がある。 本来は男が着用するものだが、 リブラにも中々似合っている。 「別の世界では女性を一か所に集め、このような 制服を着させて教育を施すそうです」 「……本当か?」 「はい。わたくしの記述の中にそうあります」 その情景を脳内に思い浮かべる。 この服装をした女性が、勢揃いするのか……。 「それは、胸が弾む話だな」 ちらりと本音が出てしまった。 「それは胸が弾まないわたくしに対する 皮肉ですか?」 「なんで、そうなる!?」 「こうして、わたくしが目の前にいるのに ふらちな想像をした魔王様への意地悪です」 「想像させたの、お前だろ!?」 「……わたくしを見てください」 「……はい」 そんな可愛い感じに言われたら、従わざるをえまい。 誰が想像をさせたのか、なんて些細な問題だ。 「それにしても、この衣装は魔王様の お気に召したようですね」 俺の下半身をじーっと見つめながら、 リブラが言う。 彼女の視線の先では、俺の分身が 大変元気になっていた。 「いつまでもこうして会話しているのも 無粋ですし。それでは……」 リブラのたおやかな手が、俺を優しく握る。 ひんやりとした手が熱のこもった分身に 吸い付くようで。 軽く触れているだけだというのに、じわじわと 快楽が増してきた。 「熱い、です……」 手の中の熱を確かめるように。 俺を包み込むようにリブラの小さな 手のひらが動く。 「それに……不思議な匂い……」 いじられて硬度を増した分身に顔を近づけて、 リブラがすんすんと鼻を鳴らした。 「お、おい、リブラ!?」 いくらなんでも、この行為は 恥ずかしくてしょうがない。 慌てて、制止の声を飛ばした。 「この匂いを嗅いでたら、胸が ドキドキしてきました」 ちらちらと俺の顔に視線をやりながら、 頬を薄く色づかせるリブラ。 「さて、こちらの魔王様もどうやら 待ちきれないようなので……」 リブラが幹の部分を上下にゆっくりと扱いてきた。 「うっ」 俺を握る力はとても弱く。表面をさわさわと 撫でるような感覚。 やはり慣れてないのだろう。 彼女の奉仕はどこかおぼつかない手つきだった。 しかし、あのリブラが手で俺のものを しごいてくれるなんて……。 その事実が、俺を一段と興奮させる。 「いかがですか?」 反応を確かめるように、リブラが伺ってくる。 「……そうだな。もう少し強くしてもらえるか」 実をいうと、少しばかり力が弱くて、 なんというかこそばゆかった。 「なるほど……」 一つ頷くと、リブラが手に力を込めた。 「では、こんな感じでどうでしょう」 根元から先端までを丹念に指を上下させ、 しごいていく。 「む……ああ、いい感じになってきた」 彼女の指がしゅっしゅっとリズミカルに 俺を刺激する。 時折、指がエラの部分にひっかかって、稲妻に 打たれたかのような衝撃が走った。 「あ、何か出てきました」 俺の先端に浮かぶ、透明な露――先走りの汁だ。 リブラが物珍しそうに、細い指先でつんつんと 突っついてくる。 「ぬるぬるします……」 先走りの汁を指先につけると、人差し指と親指の間で ねちゃねちゃとこすり合わせていた。 次いで、手のひら全体を使って、じわじわと浮いてくる 汁を分身にぬりたくってくる。 「くぅっ」 柔らかな手の感触と相まって、思わず 声が漏れてしまうほどの愉悦。 リブラの手がぬめりを増した分身をしごく。 こつをつかんだのか、その動きは 徐々にスムーズになっていった。 「すごく、いやらしい音ですね……」 にちゃ、ぬちゃ、にちゃ、ぬちゅ。 手のひらと分身の間で摩擦が起こり、 粘着質な音を立てる。 確かにリブラの言うとおり、いやらしい音色で、 聞いているだけで興奮してしまいそうだった。 俺をしごく手の動きが、どんどん速度を 増してくる。 「はぁ……はぁ……」 奉仕している間に興奮したのか。 リブラの吐息が荒くなってきた。 先端に降りかかる吐息の暖かさが 艶めかしい。 「手の中でぴくぴくしてますよ。 そんなにいいんですか?」 亀頭を包み込むように、手のひらでくりくりと 弄びながら聞いてくる 「ああ、かなり気持ちいい……」 刻一刻と高まる快感に、声がかすれる。 俺のものはぬるぬるの汁を吐き出しながら、 パンパンに張り詰めていて。 いつ達してもおかしくないくらいに、 昂ぶっていた。 「なるほど……それでは、こういうのも どうでしょう?」 おもむろにリブラが股間に顔を寄せてくる。 そして――。 「ん……ちゅっ」 俺の先端に軽く口づけた。 「リ、リブラ!?」 桜色の唇の瑞々しい感触。 予想外な行動に、背筋がぞくぞくしてくる。 「答えを聞くまでもないようですね」 しゅるしゅると俺をしごき上げながら、 時折先端にキスをするリブラ。 「はぁ、はぁ……ちゅ……ちゅむ……」 愛おしそうにキスしながら、先走りの汁を なめとっていった。 「ちゅ……ちゅる、ぴちゅ……」 甘美な刺激に、頭の中が湯だってしまうそうになる。 「うぁ……くっ………!!」 腰の奥が熱くてたまらなかった。 リブラの指がうごめくたびに、先走りの汁を だらだらと垂らしながら、快楽に身もだえする。 膝ががくがくふるえて立っていることすら、 つらかった。 「リ、リブラ、俺、もう……」 俺はぼーっとしがちな思考の隅で、限界が間近に 迫っているのを理解していた。 「はぁっ……はぁっ……」 リブラはこくんと頷いて、ラストスパートとばかりに しごくペースを一段と速めた。 にちゅにちゅと粘り気のあるしごきで 俺の官能を否応なく攻めたくる。 その攻撃は俺の守りをあっさりと打ち砕き、 理性の壁を崩壊させた。 「で、出る!」 びゅるびゅるびゅるるるるるるっ!! 「っ!?」 盛大に噴出した白濁液がリブラの整った顔に 襲い掛かる。 射精の衝動は中々収まらず、次から次へと 噴き出してくる。 「くっ……はぁ、はぁ……」 ようやく止まった頃には、リブラの顔は精液によって 白く染め上げられていた。 「……あ」 戸惑い気味に目をパチパチするリブラ。 どこか幼さを感じさせる雰囲気だ。 「お、おい、リブラ?」 固まって動かない彼女が心配になって 声をかける。 「はぁ……驚きました」 リブラはゆっくりと息を吐くと、 なだらかな胸をなでおろした。 「こんなに、たくさん出るものなんですね」 射精の残滓に彩られた俺の分身を見つめながら、 リブラがうっとりとつぶやく。 「いや、自分でも驚いているくらいなんだが」 よほどリブラの手が気持ちよかったからか? そんな考えが脳裏によぎる。 「でも、満足いただけたようでなによりです」 頬に付着した精液をそのままに、 うっすらと笑みを浮かべるリブラ。 そんな彼女を眺めていたら、一度は収まりを見せていた 分身がむくむくと元気を取り戻してきた。 我が事ながら、呆れてしまう。 「ところで、魔王様」 「ん? なんだ?」 「お願いがあるのですが……」 「言ってみろ」 今も充分以上に気持ち良くしてもらったことだし、 願いに答えるのもやぶさかではない。 「はい。次は……」 小首を傾げながら、情欲に濡れた瞳が まっすぐに見つめてくる。 男心をくすぐる仕草にノドがごくりと鳴った。 「わたくしを満足させていただけませんか?」 もじもじと切なさそうに太ももをこすり合わせて、 懇願してくるリブラ。 頭のどこかで、理性の糸がぷちんと 音と立てて切れた。 ……本人の希望でもあるわけだし、 遠慮する必要はないよな。 「もちろんだ」 リブラの肩に手を添えると、そのまま そっとベッドへと押し倒した。 足をがばっと開かせて、下着をはぎ取ると、 しとどに濡れた女性器が顔を出した。 敏感な場所が外気に触れて、リブラがぶるりと 体を震わせる。 「あぁ……こんな格好……」 ぴったりと合わさった割れ目からは今も 愛液が今も溢れていた。 表情こそ常のものだが、やはり興奮して いるのだろう。少し頬が赤い。 「恥ずかしいので、あまり見ないでください」 ふいっとリブラが視線を逸らした。 「……それは、無理だな」 言うなり、俺はリブラの女の子の部分に、 顔を寄せた。 「な、何をっ!?」 体の奥底から溢れ出た蜜でトロトロになっている 女の子の部分に口づける。 「んんっ」 次いで、割れ目の部分にちろちろと 舌を這わせた。 濃厚なまでに立ち上る、女の子の香りが 俺を興奮させる。 自然と舐める舌のスピードが早く、 そして大胆なものになっていった。 「あ、そ、そんなとこ……舐めちゃ……ん、 ダメ……です……」 「さっき、手でしてもらった礼だ」 敏感な宝石を軽くひと舐め。 「ひうっ!」 リブラの肢体がびくんと腰が跳ねる。 敏感な女の子の宝石を舌先で突き、ねぶり、 快楽を送り続けた。 「ん……それ、刺激……くぅ、強すぎて……」 刺激が強すぎるのか、リブラの眉間にうっすらと しわがよる。 「ふぁ……ん……んぅ……」 もっと感じさせたい。 そう考えた俺は、甘い吐息をこぼしながら、 身をくねらせる彼女の膣に舌を侵入させた。 「んんっ!?」 膣壁の柔らかな感触を味わうかのように。 ねっとりと濃厚に膣内を舌でかき回す。 舐めても舐めても染み出してくる愛液が 俺の口元を濡らしていった。 「んぅ……あ……う、うぅ……っ!」 リブラは声をこらえようとするものの、 甘美な愉悦にそうもいかないようで。 かみしめた唇の間から、切なげな響きが 漏れ聞こえる。 「っっ!!」 彼女の秘所はどろどろに溶けてしまいそうなほど、 濡れていて。 さらに、触れなくてもヒクヒクと肉壁がうごめき、 俺を待ち構えているように見えた。 これなら、いつ入れても大丈夫そうだな。 「はぁ……はぁ……あぁ」 ベッドにくったりとその身を横たえ、 荒い息を吐き続けるリブラ。 彼女の入り口に、そっと先端をあてがった。 「んぁ……」 期待に揺れるまなざし。 しかし、俺はそのまま彼女の中には挿入せず、 割れ目に沿うように分身を滑らせた。 「え……?」 どうして? リブラの瞳に戸惑いの色が浮かぶ。 そんな彼女の困惑を黙殺して、俺は腰を 前に推し進めた。 「あ……んぅっ!?」 ぬるぬると女の子の大事な個所を、 分身がこすり上げる。 割れ目がちょうど裏筋とこすれて、 身もだえしそうなほど気持ち良かった。 「くっ……ん。んぁ……ふぅ……んんっ」 滴る愛液を絡めるように、分身で割れ目を 刺激する。 すると、リブラはもどかしそうに、 華奢な肢体をくねらせた。 「んっ、これ、切なくて……んんっ!?」 耐えるような表情が可愛らしくて。 もっと焦らしたくなる。 そんな意地悪な気持ちがわいてきた。 「んぁ……ふっ……あぅ……んぅ……」 互いの官能を高めるべく、腰を突き出す 速度を増幅する。 俺とリブラの大事なところが密着し、 くちゅくちゅとこすれ合った。 湿った摩擦音が大きくなるにつれ、 リブラの反応も大きくなっていく。 「ふぁ、あ……ま、まおう、さま……んぅ」 「んく……お、お願いですから、早く…… くぅん」 途切れがちな声音で懇願してくるリブラ。 「こ、これ以上……っ……じらされたら…… わたくし、ん、あ……ああ……」 かなり余裕がないらしく、腰の辺りが 小刻みに痙攣していた。 「……ふむ」 さすがにこれ以上、焦らすのは酷か? 本音を言うともう少し、リブラのこの可愛らしい 反応を見ていたい気もするが。 やりすぎて気分を害してしまっては 元も子もない。 「すまなかった。少し焦らしすぎたな」 優しく頬を撫でながら謝罪する。 「あ……いえ、そんなに気にしないでください……」 「気持ちよかったのも確かですし……」 「え?」 「何か?」 「あ、ああ、いや、なんでもない」 とりあえず気を取り直して、いきり立った分身の 先端を割れ目の真ん中に押し付ける。 くちゅり。濡れた感触が先端を覆った。 「それじゃ、行くぞ」 彼女をしっかりと押さえつけつつ、 腰を前に推し進める。 「んあっ!?」 ずぷ、ずぷ、ずぷぷぷぷ。 自分でも驚くほどにガチガチに硬度を 増したそれでリブラの膣を穿っていく。 「はぁ……ん、入って、きました……」 充分にほぐれているため、俺のものはスムーズに 呑み込まれていった。 「うぁ、あ……ん、おっきい……」 やはり小柄な体躯のせいか。 リブラの膣はみっちりと隙間がないほどに狭く、 俺のものをぎゅうぎゅうと締め付けてくる。 「それじゃ、動くからな。心の準備はいいか?」 「は、はい。出来過ぎてるくらいです……」 ゆっくりと腰を後ろに下げ、根元まで埋まっていた 分身を引きだしていく。 それに合わせて感じるねっとりと柔肉が 絡みつく感覚。 「あ……ん……ふっ、んぁ……」 抜け落ちるギリギリまで引き抜くと、 今度は前へ。 彼女の締め付けを味わいながら、 ずぶずぶと掘り進む。 「ふぁ、あ……んぁ、あ……くぅ……」 二度三度と抽送を繰り返すうちに、締め付けてくる リブラの具合が心地よくて。 意図せずして、スピードが速くなってしまう。 「あぅ、や、あ……そんな、奥まで……んぅっ!」 背中がぞくぞくしてくるが、腰の動きを 止めることができない。 それどころか、彼女を求める気持ちが一段と強くなり、 激しく腰を振りたくってしまう。 全身を包み込む、うっとりとするような陶酔感。 「ま、まおう……さま……っ!!」 さらなる快楽を得ようと、腰を突き入れたまま、 リブラの唇に口づけた。 「んぅ……」 リブラのくちびるはひんやりと冷たく、それでいて ほのかに甘い香りがする。 こうしてただ唇を重ねているだけでも、 興奮が高まっていく。 「んー、ん、ふ……むぅ……っ」 かすかに開いた唇の合間をこじあけて、 舌をぬるりと侵入させた。 「んんっ!?」 一瞬、身を固くするものの、リブラの舌は おずおずと応じてくる。 「んぅ……む、ちゅ……ちゅい、れろ……」 最初は軽く突いてくる程度だったのが、 次第に大胆に絡みついてきた。 「れろ、ちゅむ……ん、ちゅ、ぴちゃ、ちゅる……」 重なり合った唇を通して唾液を送り込む。 混じり合った唾液をリブラはこくこくと 喉を鳴らして嚥下していく。 「じゅる……ちゅ、ちゅる、ぴちゃ、んぅ……」 激しく口づけし、リブラの唾液をじゅるじゅると 吸い上げる。 彼女の唾液は不思議と甘く感じた。 まだ……まだ足りない……。 「リブラ……」 夢中になって、唇を押し付け、舌を絡め合う。 この間も激しく打ちつけていた結合部からは じゅくじゅくといやらしい音が鳴っていた。 「れろ、ちゅ、ぴちゅ……んぅ……ん、じゅる……」 朱に染めた肢体を艶めかしくくねらせながら、 リブラが懸命に俺を受け入れようとする。 「ぴちゃ、ちゅ、ちゅむ……んぅ……」 ずりゅ、ぬぷ、ずちゃ、じゅちゅ! 快楽を求め、強く互いを抱きしめながら、 唇を重ね続けた。 しかし――。 息苦しさには勝てず、泣く泣く唇を離すことに。 「んぁ……あ、はぁ、はぁ……」 口元に感じるひんやりとした感覚を そのままに。 息も絶え絶えなリブラにさらなる刺激を 与えるべく、腰を突き入れる。 円を描くように、リズムを付けて 彼女の膣に挿入した。 「……くふっ、声、押さえられ、なくてっ、んあっ!」 互いの唾液で口元をベタベタにしながら、 リブラが嬌声を上げる。 分身をつき込むごとに、挿入の勢いでかきまぜられ、 白く泡立った愛液が弾け飛んだ。 「んぁ、あ、くぅ……やぁ、あ、ああっ!」 目いっぱい肢体を痙攣させて、 快楽をあらわにするリブラ。 「気持ち、んっ、よすぎて、おかしく、なっ…… んあああっ」 精液を絞りとろうとするかのように、リブラの 膣がきつく締め上げてくる。 下半身が溶けてしまうのではないかと思うほどの 快楽が俺を襲った。 「あぅ、はぁ、んぅ……は、激しっ……」 いつまでもこの愉悦を味わっていたい。 味わい尽くしたい。 本能の赴くまま、リブラを攻め立てる。 そんな中、限界は急速に訪れた。 「あ、あ、あ、ん……んぁ、あ、んんっ!?」 恐ろしい勢いで膨れ上がる射精の衝動。 わずかな抵抗すら許そうとしないそれは またたく間に膨れ上がる。 パンパンに張り詰めた亀頭で膣内を 貫きながら、俺は―― リブラの中に出したい リブラの肢体にかけたい リブラの中に出したい。 自然と頭に沸いた想いをこめて、 一心不乱に腰を振りたくる。 「ふあっ、あっ、んっ、くぅ、んあ、ああっ!」 突き上げる勢いで体を揺らしつつ、 されるがままのリブラ。 俺はもう引き返しようもないところまで、 昂ぶっていた。 「あっ、やっ、んぁっ、あ、っ! んんっ!!」 限界ギリギリまで、リブラの膣につき込み、 快楽を与え合う。 すぐに、その瞬間はやってきた。 どくんどくんと弾けるような勢いで、精液が リブラの最奥めがけて迸る。 「んあ、あ、あ、あ、あああああああああっ!!」 一番深いところに射精され、リブラが歓喜の 叫びを上げた。 「はぁ……はぁ……くぅ、うぅ……」 ヒクヒクとうごめくその膣内に、一滴残らず 精の衝動を注ぎ込む。 「あぅ……あ、はぁ……」 快楽が強すぎたためか、どこか呆然とした まなざしのリブラ。 絶頂に体を小刻みに震わせる彼女から、 分身を引き抜く 「あぁ……」 鼻にかかった甘い響き。 次いで、リブラの女の子の部分から出したばかりの 精液がこぽりと垂れてきた。 リブラの肢体にかけて、俺の色に染め上げたい。 そんな欲望に押されるがまま、激しく腰を 突き込んでいく。 ぐちゅ! ずちゅ! ぬちゃ! ずちゅ! 「んぅ、く、あっ、んう、う……っ」 甘美な叫びを迸らせながら、小柄な体躯で 俺を受け止め続けるリブラ。 不意に。彼女の膣が今までで 一番大きく、激しく収縮した。 「あっ、ダメ、あ、わたくし、も、もう。 もう……あ、あ、あ、んああああっ!!」 全てを吸い尽くすような強烈な締め付け。 「くぅっ」 さすがにこれには耐えきれず、 分身を一気に引き抜く。 途端、先端から白い精液が迸った。 びゅくっ、びゅくっ、びゅくっ、びゅくっ!! 白濁した灼熱の液体が、染みひとつない、 リブラの白い肌を汚していく。 「あぅ……うぁ……はぁ……」 どこかうつろな瞳でその様子を ただ視界に映すリブラ。 「あぁ……あつい……」 ぽつりと。熱のこもった声音でつぶやいた。 「あっ」 幹に留まった精液の残滓を、リブラの秘所に こすりつける。 すると、リブラは脱力しきった体を くすぐったそうに小さく悶えさせた。 リブラの中に出したい。 自然と頭に沸いた想いをこめて、 一心不乱に腰を振りたくる。 「ふあっ、あっ、んっ、くぅ、んあ、ああっ!」 突き上げる勢いで体を揺らしつつ、 されるがままのリブラ。 俺はもう引き換えしようもないところまで、 昂ぶっていた。 「あっ、やっ、んぁっ、あ、っ! んんっ!!」 限界ギリギリまで、リブラの膣につき込み、 快楽を与え合う。 すぐに、その瞬間はやってきた。 どくんどくんと弾けるような勢いで、精液が リブラの最奥めがけて迸る。 「んあ、あ、あ、あ、あああああああああっ!!」 一番深いところに射精され、リブラが歓喜の 叫びを上げた。 「はぁ……はぁ……くぅ、うぅ……」 ヒクヒクとうごめくその膣内に、一滴残らず 精の衝動を注ぎ込む。 「あぅ……あ、はぁ……」 快楽が強すぎたためか、どこか呆然とした まなざしのリブラ。 絶頂に身体を小刻みに震わせる彼女から、 分身を引き抜く 「あぁ……」 鼻にかかった甘い響き。 次いで、リブラの女の子の部分から出したばかりの 精液がこぽりと垂れてきた。 「むぅ……」 すでに二度射精したというのに、俺の分身は まだまだ衰える様子がなかった。 「あの……魔王様……?」 俺の下腹部を凝視しつつ、リブラが おずおずと口を開く。 「すまない。まだ収まりそうにないんだ」 「もう一度、頼めるか?」 本能に忠実すぎる俺の問いかけに、 リブラは一瞬ぽかんとすると。 次いで、口元を微かに緩めて、 こういってくれた。 「……はい。魔王様のなさりたいように……」 頬を朱に染めながらも素直に頷く リブラが愛おしく感じて。 なんとも言えない暖かさが胸の中に 湧き上がってきた。 彼女の言葉に甘えて、ベッドに突っ伏した リブラの小柄な肢体にのしかかる。 そして、体重をかけるようにして、 彼女の膣に分身を突き刺した。 「んぁっ。んぅ……はぁ……」 ずぶずぶと俺のものが、リブラの膣内に 飲み込まれていく。 「ふぁ、あ……ん、まおう、さまぁ……」 甘く、そして切なげな声が耳朶に響いた。 湧き上がる情欲に急き立てられるように、 最初っからトップスピードで彼女を攻める。 「あっ、あっ、んっ……んぁ、ああっ」 肉を打つパンパンという音と、じゅぶじゅぶと 膣内をかき回す音が、俺の興奮を掻き立てた。 膣の奥の方をこするように、いきり立った分身を 挿入する。 「すごいっ、なか……ん……ゴリッて……」 口をぱくぱくさせながら、快楽に おぼれていくリブラ。 「ここ……か?」 反応が良かった場所を重点的に抉る。 「ひぅっ、あ、は、や、やぁ……っ!!」 「そこばっかり……んぅ……あ、うぅ…… やぁ、あ、あぁっ」 リブラの嬌声が一段と甲高くなった。 腰を激しく突き入れながら、彼女の体を ぎゅうっと抱きしめる。 彼女の肌は最高級の絹のようにきめ細やかで。 触れ合った個所が全て気持ちいい。 「んぁっ、あ、んぅ、くぅ……」 乱れるリブラの髪を払い、うなじに口づける。 「ひぅっ……そ、そこは……あんっ」 前に体を重ねた時もいい反応を示したが、 やはりうなじも性感帯のようで。 舌で愛撫すると、甘い声が連続して返ってきた。 「やあ、体が、ん、むずむずして……ああっ!?」 快楽にふくらんだ先端に、ぬめぬめとした膣肉が 絡みつき、俺を締め上げる。 「お、お願いします、もっと……っ…… 強く……ああっ!?」 お返しとばかりに、ずんずんと腰を 突き入れる。 リブラの小柄な体が愉悦に染まり、 俺の下でくねくねと悶えていた。 「ふぁ、あっ、そんな……おくまで……ひぅっ」 「そんなに、されたら、わたくし、あ、あ、あ…… あああああああっ!!」 ぷしゅっと飛沫のようなものが、 俺の分身にふりかかる感触。 どうやらリブラは先に達してしまったようで、 小さなヒップが小刻みに震えていた。 だけど、俺は、まだまだ止まらない…… いや、止まれなかった。 「ひぁっ、ま、またっ」 三度、リブラの膣内を俺のもので掘り進む。 ガクガクと全身を震わせながら、 イキっぱなしになるリブラ。 そんな彼女の膣内をさらに穿ち、抉り、 掘り進み、快楽を送り続けた。 「ふぁ、あ、あ、や、ん、んぅ、くふっ!」 リブラの白いノドがのけ反り、 悲鳴混じりの嬌声が迸る。 理性なんか等の昔に擦り切れて、 歯止めがきかなくなっていた。 今はただより強い快楽を得るために、 リブラを愛し尽くすのみ。 「んぅ、あ、は、くぅ、ま、まおうさま……っ、 まおうさまぁ!」 官能が限界まで高まり、射精の衝動が 急激に膨れ上がる。 それは下半身が破裂してしまうのではないかと、 思うほどの膨張っぷりで。 抗おうなんて意識は、これっぽっちも 浮かんでこなかった。 「わたくし、わたくし、もう、あ、あ、あ、あ……っ」 押し寄せる快楽の波に溺れながら、 リブラが限界を告げてくる。 「魔王様っ、最後は……んぅ、わ、わたくしの…… はぁんっ」 「な、中に……出してっ。くふぅっ!」 断る理由なんてなにもなかった。 「わ、わかった!」 歯を食いしばりながら、最後とばかりに 激しく挿入した。 幹の中を熱い衝動がすさまじい勢いで、 駆けのぼる。 そして、それが爆発する直前。 俺はリブラの体を強く強く抱きしめて、 最奥目指して腰を突き入れた。 びゅるっ、びゅるっ、びゅるるるるるるるっ!! 爆発。 まさにそうとしか言えないほどの衝撃だった。 あまりにも強烈な射精に、目の前が 一瞬ホワイトアウトしてしまう。 「ふああああああああっ!!」 最深部に精の直撃を受け、絶頂に至るリブラ。 精液がどくどくと注ぎ込まれるたびに、 小柄な体躯をぴくぴくと痙攣させていた。 「あふ……あ……あぁ……」 絶頂の反動で惚けるリブラ。 「ふぅ……げ、限界だ。もう一滴も出ない……」 全身にのしかかる脱力感に、体が くずおれそうになる。 なんというか、自分でもよくこれほど出来たと 感心してしまうくらいだ。 「魔王様……」 不意に。リブラがぽつりと声を漏らす。 「どうした?」 「また、いつか……その……」 「違う衣装でも……」 「違う衣装、か」 なるほど、それも悪くない。なんて 思ってしまう俺がいる一方で。 「今度は俺に選ばせてくれ」 「その……プレゼントも兼ねて、な」 「……楽しみにしておきます、ね」 俺の申し出にうっとりとした 口調にてリブラが答える。 『これから』の約束を、こうしてまた、新たに立てて。 俺たちの他愛ない今日は、緩やかに幕を閉じる。 「むぅ……」 すでに二度射精したというのに、俺の分身は まだまだ衰える様子がなかった。 「あの……魔王様……?」 俺の下腹部を凝視しつつ、リブラが おずおずと口を開く。 「すまない。まだ収まりそうにないんだ」 「もう一度、頼めるか?」 本能に忠実すぎる俺の問いかけに、 リブラは一瞬ぽかんとすると。 次いで、口元を微かに緩めて、 こういってくれた。 「……はい。魔王様のなさりたいように……」 頬を主に染めながらも素直に頷く リブラが愛おしく感じて。 何とも言えない暖かさが胸の中に 湧き上がってきた。 彼女の言葉に甘えて、ベッドに突っ伏した リブラの小柄な肢体にのしかかる。 そして、体重をかけるようにして、 彼女の膣に分身を突き刺した。 「んぁっ。んぅ……はぁ……」 ずぶずぶと俺のものが、リブラの膣内に 飲み込まれていく。 「ふぁ、あ……ん、まおう、さまぁ……」 甘く、そして切なげな声が耳朶に響いた。 湧き上がる情欲に急き立てられるように、 最初っからトップスピードで彼女を攻める。 「あっ、あっ、んっ……んぁ、ああっ」 肉を打つパンパンという音と、じゅぶじゅぶと 膣内をかき回す音が、俺の興奮を掻き立てた。 膣の奥の方をこするように、いきり立った分身を 挿入する。 「すごいっ、なか……ん……ゴリッて……」 口をぱくぱくさせながら、快楽に おぼれていくリブラ。 「ここ……か?」 反応が良かった場所を重点的に抉る。 「ひぅっ、あ、は、や、やぁ……っ!!」 「そこばっかり……んぅ……あ、うぅ…… やぁ、あ、あぁっ」 リブラの嬌声が一段と甲高くなった。 腰を激しく突き入れながら、彼女の身体を ぎゅうっと抱きしめる。 彼女の肌は最高級の絹のようにきめ細やかで。 触れ合った個所が全て気持ちいい。 「んぁっ、あ、んぅ、くぅ……」 乱れるリブラの髪を払い、うなじに口づける。 「ひぅっ……そ、そこは……あんっ」 前に身体を重ねた時もいい反応を示したが、 やはりうなじも性感帯のようで。 舌で愛撫すると、甘い声が連続して返ってきた。 「やあ、体が、ん、むずむずして……ああっ!?」 快楽にふくらんだ先端に、ぬめぬめとした膣肉が 絡みつき、俺を締め上げる。 「お、お願いします、もっと……っ…… 強く……ああっ!?」 お返しとばかりに、ずんずんと腰を 突き入れる。 リブラの小柄な体が愉悦に染まり、 俺の下でくねくねと悶えていた。 「ふぁ、あっ、そんな……おくまで……ひぅっ」 「そんなに、されたら、わたくし、あ、あ、あ…… あああああああっ!!」 ぷしゅっと飛沫のようなものが、 俺の分身にふりかかる感触。 どうやらリブラは先に達してしまったようで、 小さなヒップが小刻みに震えていた。 だけど、俺は、まだまだ止まらない…… いや、止まれなかった。 「ひぁっ、ま、またっ」 三度、リブラの膣内を俺のもので掘り進む。 ガクガクと全身を震わせながら、 イキっぱなしになるリブラ。 そんな彼女の膣内をさらに穿ち、抉り、 掘り進み、快楽を送り続けた。 「ふぁ、あ、あ、や、ん、んぅ、くふっ!」 リブラの白いノドがのけ反り、 悲鳴混じりの嬌声が迸る。 理性なんか等の昔に擦り切れて、 歯止めがきかなくなっていた。 今はただより強い快楽を得るために、 リブラを愛し尽くすのみ。 「んぅ、あ、は、くぅ、ま、まおうさま……っ、 まおうさまぁ!」 官能が限界まで高まり、射精の衝動が 急激に膨れ上がる。 それは下半身が破裂してしまうのではないかと、 思うほどの膨張っぷりで。 抗おうなんて意識は、これっぽっちも 浮かんでこなかった。 「わたくし、わたくし、もう、あ、あ、あ、あ……っ」 押し寄せる快楽の波に溺れながら、 リブラが限界を告げてくる。 「魔王様っ、最後は……んぅ、わ、わたくしの…… はぁんっ」 「な、中に……出してっ。くふぅっ!」 断る理由なんてなにもなかった。 「わ、わかった!」 歯を食いしばりながら、最後とばかりに 激しく挿入した。 幹の中を熱い衝動がすさまじい勢いで、 駆けのぼる。 そして、それが爆発する直前。 俺はリブラの身体を強く強く抱きしめて、 最奥目指して腰を突き入れた。 びゅるっ、びゅるっ、びゅるるるるるるるっ!! 爆発。 まさにそうとしか言えないほどの衝撃だった。 あまりにも強烈な射精に、目の前が 一瞬ホワイトアウトしてしまう。 「ふああああああああっ!!」 最深部に精の直撃を受け、絶頂に至るリブラ。 精液がどくどくと注ぎ込まれるたびに、 小柄な体躯をぴくぴくと痙攣させていた。 「あふ……あ……あぁ……」 絶頂の反動で惚けるリブラ。 「ふぅ……げ、限界だ。もう一滴も出ない……」 全身にのしかかる脱力感に、身体が くずおれそうになる。 何というか、自分でもよくこれほど出来たと 感心してしまうくらいだ。 「魔王様……」 不意に。リブラがぽつりと声を漏らす。 「どうした?」 「また、いつか……その……」 「違う衣装でも……」 「違う衣装、か」 なるほど、それも悪くない。なんて 思ってしまう俺がいる一方で。 「今度は俺に選ばせてくれ」 「その……プレゼントも兼ねて、な」 「……楽しみにしておきます、ね」 俺の申し出にうっとりとした 口調にてリブラが答える。 『これから』の約束を、こうしてまた、新たに立てて。 俺たちの他愛ない今日は、緩やかに幕を閉じる。 「ふう、静かなものだな」 無人の廊下を一人で歩く。 硬質な床を叩く俺の足音は、空間にしばらく残り 静かに消えていく。 魔王城の中は、いつになく静まり返っていた。 その原因は――。 「揃いも揃って、休暇とはな」 魔物たちが、一斉に休暇を申請してきたからだった。 まあ、急ぎの用はないし特に問題はない。 魔王軍は福利厚生が充実しているのが売りなので、 配下の魔物たちに休みをちゃんと与える必要もある。 だが……。 「何故、同じ時期に集中するんだ……」 どうして、休暇の時期がどいつもこいつも 重なっているのだろう。 単なる偶然だとは思うが。 「まさか、俺に内緒で何か計画しているのでは?」 例えば、俺抜きで旅行をするとか。 俺以外でどこか遊びに出かけるとか。 「……流石にそれはないか」 まさか、そういう遠回しな魔王イジメを するようなやつなんて……。 「しまった。容疑者が二人ほど 思い浮かんでしまった……」 リブラやマユ辺りなら、そんな計画を 立てないとは言い切れない。 しかも、これ見よがしにお土産を 持ってくることまでしそうだ。 だが、いくらなんでも……。 「魔王様」 「ん?」 うっかり深みにはまりかけていた思考が、 声をかけられたことで引き戻される。 俺を呼んだ声の主は――。 「ベルフェゴルか」 火の魔将、ベルフェゴルだった。 「何か、お悩みのようでしたが、いかがなさいました?」 「少し考え事をしていただけだ。問題はない」 息を吐き出しながら、首を横に振る。 ベルフェゴルに声をかけられなかったら、 おかしな疑心暗鬼に陥っていたかもしれない。 助かったと思うのと同時、俺の中に 一つの疑問が浮かんできた。 「お前は、城に残っていたのか?」 「はい」 俺の問いに対して、ベルフェゴルは頷きをもって答える。 「自分を鍛え直していました」 「そうか」 休みを取らず、自分を鍛えるという ストイックさは賞賛に値する。 四天王最強の名は伊達ではないな。 「どんなことをやっていたんだ?」 「熱い湯の中に長時間入っておりました」 ……うん? 「それと、食事のメニューを全て 激熱のものに変えました」 「ぐつぐつと煮えたぎったスープで少し舌を やけどしましたが、問題ありません」 ……え? 「これも全て、マントの熱に耐えるための修行です」 「そ、そうか……」 ああ、うん。そういうのも大事だよな。 こう、普段の生活の中から自分を鍛えるみたいな、 そういう地道な修行も。 「……お前は真面目だな」 「お褒めいただき、ありがとうございます」 まあ、努力の方向性はともかくとして、ベルフェゴルが 己を鍛えていることに変わりはない。 ここは素直に褒めておこう。 「このまま、真面目に努力を重ね続けてくれ」 「はい。ですが……」 はっきりと頷いた後で、ベルフェゴルが 困ったように何か言い淀む。 「うん? どうかしたか?」 妙なことでも言ってしまっただろうか? 別に普通のことしか言ってないんだが。 「実は、他の四天王……特に、レヴィから この頃言われていることがありまして」 「ほう。一体、どんなことだ」 「それが、その……」 少し言いづらそうに、ベルフェゴルは 視線を彷徨わせてから。 「私は……もう少し、女性らしくした方がいい、と……」 「素材もいいのだから……とも」 「……ああ」 確かに、ベルフェゴルのスタイルは 魔王軍の中でもトップクラスだ。 性格も真面目で一途だし、申し分はない。 素材がいい、という表現には 大いに頷くことが出来る。 「……魔王様も、そう思われるのですか?」 「多少な」 ただ、そう見ると美点であるストイックさが 足を引っ張る可能性がある。 レヴィ・アンの言う女性らしさというのは、 華やかさや色気や、そういうものだろう。 それは確かに足りないと思う。 なんだ、レヴィ・アンのやつ、中々的確じゃないか。 「そう、ですか……」 ぽつ、と言葉を漏らしながら ベルフェゴルが顔を俯かせる。 しまった。ここで肯定するのは、配慮不足だったか。 「いや、その、な……」 どう声をかけようか迷っていると。 「魔王様……お願いがあります……」 「お、おう。……なんだ?」 顔を上げたベルフェゴルが、まっすぐに俺を見据える。 どこか、覚悟を決めたような眼差しに 思わず気圧されてしまう。 「その……私に……」 「女としての悦びを……教えてください」 「…………え?」 言葉の意味を上手く把握出来ずに、 単音で尋ね返してしまう。 女としての悦び……? え? 「不躾なお願いだとは、理解しています……」 不躾とか、そういう問題の話では ない気がひしひしとする。 「お前……それはあれか? こう、誰かに何か言われたのか?」 「はい……。私に足りていないのはそれだと、 レヴィに指摘されました……」 やっぱり、あいつか! 何を吹き込んでいるんだ! きっと、俺にそう言えとそそのかしたに違いない。 まったく。人のことをからかいやがって。 「そういうのはだな。誰かに言われたから、 とかではなくて……」 「ま、魔王様にお願いするのは、誰かに 言われたからではなくて……その……」 「私の……意思です……」 「………………え?」 頬を赤らめながら、ベルフェゴルが 俺から視線を外す。 戸惑いを隠せずに呆然とする俺に、 ベルフェゴルがそっと身を寄せてきた。 「魔王様以外の方には……このようなことを、 お願いなんて……したくありません」 「私は……魔王様だから、こんなことを お願い出来る……いえ……」 さっきよりも間近な距離で、ベルフェゴルが まっすぐに俺を見る。 頬は赤く染まり、瞳は心なしか潤んでいた。 「魔王様だから……お願いしたい、です……」 恥らいながらそう口にするベルフェゴルには、 足りないと指摘された色気が含まれていて。 女の悦びを知るべきだという言葉は、的を得ていたと 思わず納得してしまいそうになる。 「本気……か……?」 「……はい」 俺の問いに、ベルフェゴルはしおらしく小さく頷く。 今までの言葉が決して嘘や戯れではないことは、 容易に理解出来た。 「魔王様……どうか、私にお慈悲を……」 こうして迫られて、さらに慈悲とまで懇願されて、 それで何も思わないほど、俺も朴念仁ではない。 理性の枷を引きちぎるように、本能が ベルフェゴルを抱き寄せろと命令を下す。 そして――。 「分かった」 俺は、その命令に従うことを決める。 すぐ近くに立つベルフェゴルの体を軽く抱き寄せて。 「お前の願い、聞き届けよう」 そう耳元で囁かれた言葉に。 「……ありがとうございます」 ベルフェゴルは、小さく頷くのだった。 柱に体を押し付けるようにして、ベルフェゴルの 魅惑的な肢体を抱きすくめる。 「あの……魔王様、この格好は……」 「恥ずかしいか?」 「……はい」 俺の問いかけに対して、ベルフェゴルは 頬を染めながら小さく頷く。 「流石に……これは……」 ベルフェゴルが恥らうのも無理はないだろう。 普段の彼女からは想像も出来ない、 あられもない姿を廊下で披露しているのだから。 「恥ずかしいだろうが、我慢だ。ベルフェゴル」 「……はい」 前掛けを持ち上げている手に、 きゅっと力が入るのが分かる。 ベルフェゴルの小さな頷きに合わせて、 露出された豊かな胸がわずかに震える。 「……なるほど」 凛としている女性が、恥ずかしさに戸惑いながらも、 言葉に従ってくれる。 男にとって、この上ない魅力的なシチュエーションだ。 「あの……魔王様。あまり、見ないでください……」 だが、今回の趣旨はベルフェゴルを悦ばせることだ。 俺だけが悦んでいてはいけない。 問題はどうやって、ベルフェゴルを 悦ばせるか、だが……。 「見ないで、どうやってお前を悦ばせられる?」 恥らうベルフェゴルに感じる色香。 それをもっと引き出す方向で試してみるとしよう。 片手を彼女の頬へと添えると、 その顔を俺の方へと向かせる。 「それは……その……」 戸惑いと恥じらいに揺れる瞳を見つめながら、 親指の腹でベルフェゴルの唇を撫で上げた。 彼女の唇はしっとりとしていて、そして、 張りのある瑞々しい触感に満ちている。 「あ……っ」 柔らかな輪郭を、指で何度もなぞった。 これから何を行うのかを連想させるかのように、 何度も何度も。 次第にベルフェゴルの頬に赤みが増していき、 唇がゆっくりと開かれていく。 「はぁ……」 あでやかな唇の合間から、甘い吐息が小さく一つ 零れ落ちた。 「そのまま、口を閉じるな」 短く告げながら、そっと顔を近寄せて。 そのまま、ベルフェゴルの唇を奪う。 「んん……っ」 ビクッと、ベルフェゴルが肩を小さく揺らすのも 構わず、その唇に吸い付く。 柔らかく、しっとりとした唇の感触が 自然と俺の興奮を高めていった。 「ちゅ……んむ……」 この感触をもっと強く味わいたい。 そんな欲望に満ちた想いに押されるがままに、 彼女の上唇を軽く食む。 「ふぁ……んん……む……」 二度三度と連続して、唇をあまがみしていると、 ベルフェゴルの体が小さく震えてきた。 くにくにと、ベルフェゴルの唇を軽く押し潰しながら、 舌先でその輪郭をなぞり上げる。 「ん……ちゅ……んぅ……ふぁ……」 唇の暖かさと、わずかに感じる甘さを味わっていると、 次第に彼女の唇から零れる吐息に熱さが混じってきた。 「はぁ……魔王様……」 唇を吸われるという行為に、酔ったかのように ベルフェゴルが俺を呼ぶ。 普段の凛とした響きとは違い、ややぼやけたような 声色が俺の耳を心地良くくすぐった。 自分の方こそ、酔ったような甘い痺れを頭の中に 感じながら、次いで下唇を食む。 「ん……ちゅ……ちゅ、はぁ……」 同様に、丹念に柔らかさを食み、 暖かさを舌先で愛でる。 「ちゅ……んぅ……ちゅむ……」 やはり経験がないためか、ベルフェゴルは積極的に 反応を返すことができず。 俺から与えられる刺激にただ耐えるばかりと なっていた。 「ん、ちゅ……ふぁ……あぁ……」 ベルフェゴルの唇をたっぷりと堪能した後で、 顔を離して互いの唇を解放する。 「ん、あぁ……魔王様……」 彼女の瞳は潤みを増していて、どこか夢を 見るかのような眼差しで俺を見つめてきた。 体の奥で、官能の火が灯ったであろうことは、 容易に予想出来た。 「続けるぞ、ベルフェゴル」 「はい……お願い、します……」 ベルフェゴルが頷くのを確認してから、 今度は彼女の肌に手を触れさせる。 「んん……っ」 普段から露出している脇腹から、へそにかけて 指先をそっと滑らせる。 よく締まったしなやかな肌は、瑞々しさに満ちていて、 手のひらに吸い付きそうな感触だった。 「ふ……あ……っ」 へその周囲を撫でると、ベルフェゴルが 小さく身じろぎをする。 その様子がどこかくすぐったさを 堪えているように見えて。 「くすぐったいのか?」 あえて、口に出して問いかけてみた。 「はい……少し……」 吐息混じりにベルフェゴルが言葉を返す。 言葉の合間に漏らされた息は、どこか切なそうな響きが 込められているように思えた。 「ですが……その、くすぐったさに…… 体がぞわっとしています」 「それが、少し心地いいと?」 「……はい」 羞恥を煽るような問いに、ベルフェゴルが小さく頷く。 頬に浮かんでいる赤さは、依然色を 薄めることはなかった。 「なら、このままだな」 返答の後で、ベルフェゴルの脇腹からへそに かけてを、再度撫でる。 「あ……ん……っ」 切なそうな吐息とともに、ベルフェゴルが 身を揺らすのを指先に感じながら。 そっと触れる程度の繊細なタッチで、 何度も丁寧に腹部を愛撫した。 「ふ……あっ……」 彼女の肌が赤味を増してきたのを確認すると、 撫でる箇所を徐々に上へと移していく。 へその上を通りすぎ、みぞおちの辺りへと。 そして、さらにその上へと向けて、指先を滑らせた。 「は……あぁっ……」 俺の指が向かう先がどこなのか、 ベルフェゴル自身も理解しているのだろう。 不思議そうな色をその瞳に浮かべながら、 小さく身じろぎをしている。 彼女の動きに合わせて、豊かな胸が波打ち、 俺の目を喜ばせる。 次第に、その頂点にある桃色の突起が、 大きさを増していく様子すら目に入った。 「んっ……魔王様……」 潤んだ瞳で俺を見つめながら、ベルフェゴルが 俺の名を呼ぶ。 その言葉に込められていたのは、 まぎれもなく期待の響きで。 それに応えるように、俺の指先は 彼女の乳房へと触れようとして――。 「…………えっ?」 その直前で動きを止めた。 胸のすぐ下。少しでも指を伸ばせば、すぐに 届きそうな位置を緩やかに撫でまわす。 「魔王……様……?」 眉根を寄せ、困ったような顔をしながら、 ベルフェゴルが俺を見上げている。 隠しようのない戸惑いとわずかな落胆が、 容易に見て取れた。 「どうした、ベルフェゴル」 問いつつも、彼女の言いたいことは 十分わかっている。 だが、俺はそんなそぶりをおくびにも出さず、 目で彼女の答えを促した。 「んんっ……あの……」 俺をじっと見つめながら、ベルフェゴルが もどかしそうに身もだえしている。 その仕草は肌を撫でられる以上の快感を 求めているかのようで。 「その……もっと……」 彼女の願いは、言葉の端々からも窺い知ることが出来た。 俺の寸止めのような愛撫に、ベルフェゴルの中にある 官能の火はかえって煽られている。 ここまではよし。内心で一人小さく呟きながら。 「もっと? なんだ?」 ベルフェゴルの羞恥を更に煽ることにする。 官能と羞恥とは紙一重の存在だ。一方を強く煽ることで、 もう一方も奮い立たせる。 俺の狙いは功を奏しているようだ。 「もっと……ふっ……上を触ってください……」 羞恥にその身を焦がしながらも、懸命に言葉を 続けるベルフェゴル。 「上? ちゃんと言わないと分からないぞ」 指先をほんの少しだけ豊満な乳房へと 徐々に近づけていく。 「あ……」 ベルフェゴルの瞳に、期待の色が微かに浮かんだ。 しかし――再びギリギリのところで手を制止させる。 「んっ、それは……その……」 ベルフェゴルの目が、今にも泣きだしてしまいそうな くらいに潤みを増してきた。 まず。流石に少し意地が悪すぎたか。 そんな懸念が脳裏をよぎる。 しかし、彼女の反応は想像の真逆だった。 「わた、し……の……」 きゅっと唇を引き結んだ後で、ベルフェゴルが ためらいがちに言葉を紡ぎ始める。 「む……ね……を……」 俺の言葉に煽られるように、ベルフェゴルは 泣きそうな顔をしながらも。 「胸を……触って……ください……」 そう、色に染まった声で懇願してくる。 俺は彼女にわからないよう小さく安堵の息をこぼした。 「分かった。いいだろう」 よく言えた、と彼女を褒めるのは内心で終わらせて。 言葉にしない分は、行動でベルフェゴルに応える。 「ん……あっ……」 俺の指先は、彼女が待ち望んでいた胸へと至り。 その豊かな乳房を、下から持ち上げるように、 きゅっと握りしめた。 「はあっ!」 くすぶっていた官能の火が、一気に燃え上がるように、 ベルフェゴルの体が揺れる。 「はぁ……あぁっ……んんっ」 熱のこもった嬌声を聞きながら、リズミカルに ふくらみを揉みしだく。 途端、手のひら全体に感じる押し返すような弾力。 「あぁ……や、やっと……くふっ」 柔らかさと弾力を併せ持つ豊かな乳房を刺激するたびに、 彼女の口から甘い吐息が零れた。 燃え上がった官能の火は衰えることを知らず、 さらに勢いを増していく。 「ふぁ……あ……魔王様……!」 「胸の先が……うずいて……しまって……」 熱に浮かされたように、瞳を揺らしながらベルフェゴルが 自分の状態を口にした。 「お、お願い……んっ……です、から…… 触って……ああっ!」 一度、懇願をしたおかげで、彼女の中で 何かが吹っ切れたのだろう。 より直接的に大胆な願いを嬌声とともに解き放つ。 当然、俺に否という選択肢はなかった。 「先の方だな」 彼女がうずくと言った胸の先端。 そこでは、桃色の突起が自己主張をするかのように、 ピンと立ち上がっている。 俺は何のためらいもなく、その突起を指で きゅっとつまみ上げた。 「はぁぁっ!」 甲高い悲鳴のような声とともに、 ベルフェゴルの体が仰け反る。 背後の壁に、その背が打ち付けられた。 「だ、大丈夫か?」 予想以上の大きな反応に、 つい問いかけてしまう。 「大丈夫……です……でも、あっ! 体が…… 痺れるようで……」 息も絶え絶えに言葉を続けるベルフェゴルの声音は 切なげに震えていた。 「もっと……気持ち良く、してください ……魔王様……」 「分かった」 ベルフェゴルの懇願に応じて、一旦は離してしまった 突起を親指と人差し指でそっとつまむ。 「んぅ……」 今までの刺激により激しく自己主張している乳首を 押し潰すようにコリコリと弄んだ。 「やぁっ!」 敏感になっている箇所への強い刺激に、ベルフェゴルの 口から悲鳴のような嬌声が零れ落ちる。 軽くつまみ上げただけだというのに、ビクビクと、 その体が大きく揺れていた。 「はっ……うぅ……あ、あぁっ!」 今度は引っ張るように扱きあげる。 「くぅ……そ、それ、気持ち良すぎて……あぁっ」 敏感な突起をいじるたびに、ベルフェゴルの反応が 徐々に大きく、そして激しくなっていく。 「魔王様……もっと……もっと、強く……っ!」 快感に身もだえしながら、ベルフェゴルが 更なる懇願を重ねてきた。 理性の枷が外れたかのように、言葉には熱が篭っている。 このまま続けていれば、胸だけで 達してしまいそうにも思えるが。 「ベルフェゴル。ここだけで、満足していいのか?」 「はぁ……はぁ……え?」 快感に息を荒げながら、ベルフェゴルが 不思議そうな眼差しを俺に向ける。 「お前が教えて欲しいのは、女の悦びだろ。 だったら……」 ベルフェゴルの胸を弄んでいた手を、 ゆっくりと下げていく。 向かう先は――。 「あ……っ!?」 衣服をたくし上げさせ、彼女に自ら露出させていた 股間に指先が触れる。 そして、おもむろに、ベルフェゴルの膣内に 指を差し入れた。 「ああっ!!」 突然の刺激に抑えきれない嬌声がベルフェゴルの ノドから迸る。 「……分かるだろう?」 耳に吐息が降りかかるほどの距離で、 誘惑するような声音で問いかけた。 「あぁ……はい……魔王、様……」 頷く彼女の瞳はとろんと蕩けていて、 妖しい熱と色香を纏っていた。 「……ください……魔王様で、私の中を……」 「どうか……満たしてください……」 切なそうで、それでいて期待の響きを伴った言葉が、 俺の心を悦びに震えさせる。 普段は真面目で硬い性格のベルフェゴルに ここまで言わせた。 そのことに、征服欲にも似た欲望が ふつふつと湧き上がってくる。 「ああ。待っていろ」 もどかしさすら覚えながら、自らの分身を解放する。 外気の元へとその身をあらわにした俺の分身は、 雄々しくそそり立っていた。 「あぁ……魔王様……」 どこかうっとりとしたような目を、 俺のモノへと注ぎながら。 ベルフェゴルは布を持ち上げていた手に、 きゅっと力を入れる。 「安心しろ、もう焦らしたりはしない」 口には出せないが、実のところ、俺の方こそ、 我慢出来そうにないほど昂ぶっていた。 逸る気持ちをおさえながら、ベルフェゴルの女性の 部分を隠す布を横へずらす。 そこは、彼女の奥底から溢れ出た愛液によって、 しとどに濡れていた。 「魔王様……」 俺の侵入を待ちわびるかのように、ベルフェゴルの 女性の部分が怪しく蠢く。 「ああ。いくぞ」 硬く屹立した己自身の先端をそこへと押し当てて。 ちゅぷり。じゅぶ。 ゆっくりと、ベルフェゴルの中へと侵攻を開始する。 「んんっ、あぁっ、魔王様が……私の、中に……っ」 ベルフェゴルの膣内は、愛液でトロトロに溶けていた。 とはいえ、体勢が体勢だけに侵入は容易ではなく、 想像以上に窮屈で、俺のモノをきゅっと締め上げてくる。 「くっ……」 そして、その狭さの原因は体勢だけではないことを、 俺はすぐに理解することが出来た。 俺の分身の先端に感じる、違和感。 そこから先への侵入を拒むような感触。 「ベルフェゴル……お前……」 それはおそらく、純潔であることの証。 俺の視線を受けて、ベルフェゴルは 僅かに顔を俯かせて。 「……一息に奪ってください……魔王様……」 「それが、私への……情けだと思って……」 このまま続けてくれ、と哀願してきた。 「……つらかったら、我慢するな。それが条件だ」 その願いを無視するわけにはいかない。 だからこそ、こちらからも条件を返してから、 じわりと腰を推し進める。 「う……くぅっ……あ、うっ」 ベルフェゴルの痛みに耐えるような声を耳にしながら、 俺は遮る障壁を突破する。 ぷつっ。 「くぅぅぅっ」 無理やりに、何かを突破した感触。 それと同時に、その奥へと一気に推し進む感触。 「あ……んっ、うぅ……くっ」 ベルフェゴルの息が苦痛に乱れる。 せめて彼女の痛みが治まるまで待とうと、 動きを止めて髪を優しく撫でる。 「ふぅ……んっ……うぅ……」 数度肩で大きく息をすると、ベルフェゴルの 呼吸が徐々に整い始める。 もう、痛みに慣れたと言うのだろうか? 「魔王様……もう、平気です」 「……大丈夫なのか?」 女性の初めての痛みは、俺には 想像することしか出来ない。 いくら四天王とはいえ、それにこんなに早く 順応することが可能なのだろうか。 「……はい。私は、痛みには……強いです、から……」 それがやせ我慢なのか、真実なのか。 俺に判別は付かない。 だが――。 「分かった」 ベルフェゴルの懇願から始まった行為。 彼女が望むのであれば、俺はその意思を優先しよう。 途中で止めていた腰を引き戻してから、 ゆっくりと再度の侵攻を行う。 「ふ……んぅ……んんっ」 絡みつく肉の感触に、ぞわりと腰の辺りに ざわつきを覚える。 このままだと、すぐに達してしまいそうだ。 だが……。 「んぅ、はぁ……大き……い」 ベルフェゴルが満足するまで、 俺は我慢しなければいけない。 奥歯を強く噛み締めながら、 快感に流されないように堪える。 「ああ、はぁ……んぅっ」 ほどなくして、俺の全てはベルフェゴルの中へと 収められた。 「すごい……お腹の中、くぅ…… 広げられるみたいで……んぁっ」 ベルフェゴルが、荒いながらも甘い吐息を零す。 「大丈夫か……?」 自らの小休止も兼ねて、そっと問いかける。 「あぁ……は、はい……大丈夫、です……」 「このまま……魔王様のお好きなように……」 ベルフェゴルの言葉に合わせるように、 膣癖がゆっくりと収縮する。 きゅっと締め付けてくる感覚に、中に収められた 俺自身がビクビクと反応した。 「あっ……今、魔王様が……中で……」 こうしていると、ベルフェゴルだけではなく、 俺も悦んでいるのがはっきりと伝わってしまう。 そのことに、多少の気恥ずかしさを覚えてしまった。 「動くぞ……」 その感情を誤魔化すかのように、彼女の瞳を まっすぐに注視する。 「……はい」 ベルフェゴルが頷くのを確認して、 ゆっくりと腰を動かし始める。 体勢的に大きく動くことは難しいが、 その分、高い密着感が俺を愉しませる。 「はぁ……んんっ……」 やや窮屈な姿勢によって生じる締め付けは、二人が 繋がっていることを強調させるようで。 俺はベルフェゴルの中を。ベルフェゴルは俺のモノを。 お互い、それぞれの形を強く意識させてくれる。 「くぅっ……」 俺をきつく締め上げてくる彼女の膣肉に、 思わず意識が飛びそうになってしまう。 「ん……うっ……あっ、ああっ」 それはベルフェゴルも同じようで、俺が腰を 押し込むたびに、熱の篭った嬌声が零れ。 秘所からは、くちゅりと愛液が溢れ出していた。 「あぁっ……んう……う、あっ!」 俺が動くたびに結合部からは、ぬちゃぬちゃと いやらしく湿った音が鳴る。 「は……あぁ……こんな、音が……っ」 その音がベルフェゴルの羞恥を煽り、 そして官能を煽る。 「あぅ……んっ……ふぁ、ああ……」 膣癖が俺のモノをきゅうと、搾り取るように 包み込んでくる感覚。 腰の辺りに痺れるような愉悦を覚えて、 胸の鼓動が高まる。 「ベルフェゴル……強くいくぞ」 一言囁いてから、挿入する腰の動きを早める。 ぐちゅっ、ずぶっ、ぬちゃ、ぬちゃりっ! 「はぁ、魔王様……深く、まで……あ、んんっ!」 結合部より鳴る音が、更に湿り気を 増して廊下に響き渡る。 溢れ出してきた愛液が、ぽとぽとと床を濡らすのも 構わずに、ベルフェゴルの中を強く抉り続けた。 「くぅ……あっ、んっ、はぁっ!」 腰を突き入れるたびに、ベルフェゴルの 体がビクビクと揺れる。 「ふあっ、んっ、あ……は、激し……んんっ!」 唇から漏れる嬌声が、徐々に 切羽詰まったものになっていく。 「あっ、やぁ……ふぅっ……はぁ、くっ、 ん、あ、あぁ……っ!?」 更なる快楽をベルフェゴルに与えるべく、 腰を突き入れる動きを加速させた。 「やっ、んぅ、はっ、あ、ああっ! 魔王様っ!」 ガクガクと体を揺らしながら、ベルフェゴルが ひたむきに俺を受け入れる。 「あっ、あっ、あっ……ああっ、んっ…… く、んぅ……ふあっ……!?」 高まる官能に比例するかのように、膣壁の締め付けが、 一層強くなってきた。 「ふぁ、あ、ああ……き、気持ちよくて、んぅっ、 わたし……わたし、もう……っっ!!」 ベルフェゴルの口から限界を告げる言葉が 発せられる。 絶え間なく送られてくる甘美な刺激に、腰の辺りで 痺れるような疼きが生じてきた。 「はぁっ、あ、あぁっ……くぅっ、あ、あああっ!」 俺の意識を燃やしつくすのではないかと思うほど、 激しく、そして鮮烈で。 限界の時がすぐそこまで近づいているのを 否応なく俺に理解させる。 「ま、魔王様っ! このまま……んっ、 私の……私の、なかに……っ!」 深く繋がっている分、限界を感じ取れたのだろう。 己もまた最後の瞬間を迎えようとしているベルフェゴルが 嬌声の合間に、懇願してきた。 「分かった……!」 時を刻むごとに、腰の奥で急成長する疼き。 それはもう押さえようという気持ちすら起きないほど、 肥大化し、俺を苛む。 ベルフェゴルを貫き続ける俺のモノが ドクンと大きく脈打つ。 「はっ、あ、あぁっ……んっ、あ、あっ、やぁっ! あぁ、んぅ、ああぁぁっ!」 最奥を激しく攻め立てられる仕返しとばかりに、 ベルフェゴルの膣壁が俺を強く締め上げる。 「魔王様……っ! あっ、わ、私……っ!」 あまりにも大きすぎる快楽の刺激に、 俺の限界は打ち破られた。 「いくぞ、ベルフェゴル!」 彼女の体をぎゅっと抱きしめるようにして、 一気に最奥を貫く。 そして―― 「あ、あっ、あっ、ああああああぁぁぁっ!!」 ベルフェゴルの絶頂の叫びが、 薄暗いこの場所に響き渡った。 同時に、膣壁がトドメとばかりに俺を強烈に締め上げる。 その快楽に、抗うことはせずに。 「ベルフェゴルっ!」 こみ上げてくる疼きを、彼女の奥めがけて、 解き放った。 びくっ、びゅく、びくびゅくっ! 甘い痺れを伴いながら、先端から熱い白濁液が ベルフェゴルの中に注ぎ込まれていく。 「あ、はぁ……熱、い……」 注ぎ込まれる情欲の液体に、ベルフェゴルが 小さく体を震わせながら、うっとりとつぶやいた。 「はぁ……」 一滴残らず、ベルフェゴルの中へと注ぎ終えた後で、 快楽の余韻に吐息を零す。 「ふぅ……はぁ……はぁ……」 肩で大きく息を繰り返すベルフェゴル。 「大丈夫か?」 汗で額に張り付いた彼女の髪を、指で払ってやる。 「はい……魔王様。ありがとう……ございました……」 荒い息の中、途切れ途切れに彼女が言葉を紡ぐ。 「魔王様のおかげで……体も…… 心も、悦びを刻み込みました……」 「……そうか」 心も、という部分にはどうしても 気恥ずかしさを覚えてしまう。 照れ隠しに鼻の頭でも掻きそうになってしまったのを、 どうにか堪える。 そんな俺の心情に気づいているのかいないのか。 ベルフェゴルはどこか羞恥の色を 含んだ視線を向けてきた。 「ご迷惑でなければ……その……」 「また……いずれ……お願いしても……いいです、か?」 言葉を途切れさせながら、恥ずかしそうに 尋ねてくるベルフェゴルへと。 「ああ。いずれ、な」 俺は小さく頷きを返すのだった。 「さて。確か、この辺りでいいんだよな」 ある日の昼下がり。俺は一人で砂浜を歩いていた。 別に潮風を浴びながらの散歩と しゃれ込んでいるわけではない。 「まったく、レヴィ・アンのやつ、急にどうしたんだ」 有り体に言えば、待ち合わせ。あるいは呼び出し。 その相手はレヴィ・アン。 しかし、こう、魔王である俺の方が呼びつけられると いうのには若干納得がいかない。 「まあ、あいつなら仕方ないか……」 何故か、たまに俺よりも偉そうにするからな、あいつ。 ともあれ、レヴィ・アンの姿を探して 周囲を見渡していると――。 「ワシ、到着じゃ!」 ザバン、と大きな水しぶきを上げながら、 海の中からレヴィ・アンが飛び出してきた。 なんて、派手な登場の仕方だ。 「お、ちゃんと来たな、小僧。褒めてつかわすぞ」 「……だから、なんでお前の方が偉そうにしてるんだよ」 得意げに胸を張りながら、不遜な表情で俺を見上げる レヴィ・アンの様子に思わず肩を落としてしまう。 本当……なんで、偉そうなんだろう。 「ふふん。それはワシの方が偉いからに決まっておる」 「なんせ、ワシは王じゃからな!」 「……王? お前がか?」 女王ではなくて、あえて王を名乗るか。 まあ、その辺りの言葉のチョイスはさておこう。 問題は、何故急にそんなことを言いだしたのか、だ。 「うむ。実は今日呼び出したのも、そのことを 小僧に伝えておこうと思ってな」 「ワシは、今日から海賊王じゃ!」 「…………え?」 海賊ってあれだよな……通りがかる船を 襲ったりするあれで……。 それの……王……? 「言ってる意味、分かんねえよ!」 「しょうがないのう。小僧にも分かるように 説明してやるか」 まるで仕方ないと言わんばかりに、レヴィ・アンが 肩を竦める。 え? 俺が悪いの? 理解出来ない方が悪いのか? 「……手短にな」 仕方ない。ここは、素直にレヴィ・アンからの 説明を受けるしかないな。 「うむ。ワシはこれから、この世界の海の 全てを支配下に置く」 いきなり、とんでもない宣言から始まってしまった。 「そのためには、相応しい肩書きが必要なのじゃ。 魔王軍四天王では、いささか軽すぎるからの」 「……まあ、それは分からないでもないな」 確かにレヴィ・アンの言う通りだ。支配者たるもの、 見合った肩書きを名乗らなければいけない。 それこそ、王であったり、神であったり。 その観点から考えると、魔王軍四天王という 肩書きは少々心許ない。 「配下が大仰に名乗れば名乗るほど、その上に立つ者の 箔も付くというものじゃ」 「要求されるものも、大きくなるがの」 にまにまと笑いながら、レヴィ・アンが 俺の顔を見上げてくる。 なるほど。これはつまり、こいつからの挑戦状的な 意味合いもあるわけか。 自分がそう名乗るのを受け入れるだけの 度量が俺にあるか否か。 「いいだろう」 面白い。その挑戦、受けて立とう。 「好きに名乗るがいい、レヴィ・アン。俺が許す」 「うっしっしっし。言うたな、小僧」 「ならば、ワシは今この時より、海賊王じゃ!」 にんまりと嬉しそうにレヴィ・アンが笑みを深める。 余計な頭痛の種を抱えてしまった予感が しないでもないが……。 まあ、こいつが楽しそうなのは何よりだ。 「というわけで、早速敵味方を問わず、 海を通りがかった者に襲いかかるぞ」 「待てっ!?」 早速、頭痛の種が生まれてしまった。 「問え! 分別なく襲うな! というか、そもそも襲いかかるな!」 「ぬ? 欲しい物は全て奪うのが海賊の流儀じゃぞ?」 「初耳だよ、そんなもの!」 「やれやれ、小僧は知らぬことが多すぎるのう」 だから……なんで、こいつの方が偉そうなんだ……。 「さては小僧、女の体も知らぬじゃろ」 「ぶふっ!?」 な、なんてことを言いだすんだ、こいつは!? 「べ、別に。知ってるし。バリバリ知ってるし」 「ほほう、そうか、そうか」 にまにまと、とても楽しそうに悪い笑いを浮かべながら、 レヴィ・アンが近寄ってくる。 こいつ、きっとろくでもないことを考えている。 そんな予感が過ぎった時。 「ならば、ワシが教えてやろう」 「……え?」 勢いよく俺の体に抱きつくように飛びかかってきた レヴィ・アンの手によって。 俺は砂浜の上に、押し倒された。 しゅる、と衣擦れの音が小さく鳴ったのと同時。 「お、おいっ、レヴィ・アン……!」 俺の上にまたがったレヴィ・アンの手によって、 下半身が露わにされていた。 外気に触れた男の証がぴくんと脈打つ。 「ぬおっ!?」 俺のモノを一目見るなり、レヴィ・アンは驚き、 目を丸くする。 「こ、小僧の割には……り、立派な物を 持っておる、ではないか……」 軽く言葉をどもらせながら、レヴィ・アンが すっと腰を下ろした。 彼女の女性の部分と、俺の分身がぴったりと 重なり合う。 「んっ」 甘い吐息とともに、ぐり、とレヴィ・アンの腰が動き、 分身が軽く圧迫された。 間に薄い布地があるとはいえ、その刺激に俺の意思とは 関係なくピクリと反応してしまう。 「お前……急に、何を」 いきなりといえばいきなりな行為に、 俺は驚きを隠せなかった。 「さっき言ったばかりじゃろう。 小僧に、女を教えてやる、と」 余裕の笑みを浮かべながら、レヴィ・アンが 俺の顔を覗き込んでくる。 にまっと、唇の端を緩めると――。 「こういう風に、な」 レヴィ・アンは腰をくねらせて、 更なる刺激を俺に送り付けてきた。 「うぅ……」 彼女の衣服の繊維が、俺の分身を擦り上げる。 どこかもどかしく、それでいて痺れるような 感覚が生じた。 「だからといって、こんな……」 レヴィ・アンの小柄な体を押しのけることは、 力のない俺でも可能だろう。 無理やりにでも止めさせるべきかと思うのだが。 「ほれ。抵抗しても無駄じゃぞ?」 彼女の方が一枚上手だった。 俺の意図を見抜いたかのように、レヴィ・アンが 腰を大きく前後に揺する。 「くっ」 軽い圧迫とともに、俺の分身の裏側が根元から 先端に至るまで刺激された。 ぞわっと体を走る快感に、抵抗の意思が あっという間に摘み取られていく。 「余計なことは考えずとも良い」 リズミカルに腰を動かしたまま。 頬を上気させたレヴィ・アンが俺にそっと 囁きかけてくる。 たおやかな彼女の手のひらが俺の胸板を 怪しく撫でまわした。 「っ!」 絶妙なタッチと敏感な場所への攻めに 俺の官能が是非もなく高められていく。 「ふっ……ふっ……はっ……」 彼女が吐息を零すたびに、彼女の腰がみだらに踊り、 俺のモノは優しくこすり上げられた。 しゅ、しゅ、と衣擦れの音がするたびに、 男の証を中心に甘い痺れが広がる。 「惚けた顔をして……んっ…そんなに気持ち良いか?」 頬をかすかに染めながらも、まだ余裕の表情で レヴィ・アンがにまにまと笑みを浮かべた。 彼女の腰の動きに誘われて、俺の分身は 硬さと大きさを一段と増していった。 「……うぅ……」 彼女の指摘通り、気持ちがいいのは確かだった。 そうでなければこれほど反応しそうに なることはない。 だが、快感が募ると同時に、 もどかしさも強く覚え始めていた。 「んっ……んっ、あ……ふぅ……ああ……」 もぞもぞと体の奥底から湧き上がる情欲。 しかし、それはストッパーでもかかっているかのように 一定のラインで止まってしまう。 正直なところ、絶頂に至るには物足りなかった。 「くぅ……」 もっと、強い刺激を。 そんな考えが心の片隅によぎる。 「仕方ないのう。そんなにもどかしそうな声を 出されては……」 レヴィ・アンの腰の動きが止まる。 彼女はそのまま、自分の衣服へと手をかけると。 「ワシまで、もどかしくなるではないか」 するり、と下着もろともに脱ぎ捨てた。 「レ、レヴィ・アン……?」 薄い布地の下に隠されていた、 秘部が惜しげもなく晒される。 レヴィ・アンはにんまりと微笑むと。 「いくぞ、小僧……んっ」 あらわになった女性の部分を、 じかに押し当ててきた。 「……っ」 直接触れ合った彼女のそこはぷにっと 柔らかく温かだった。 「ふっ……んっ」 鼻にかかるような息を漏らしつつ、レヴィ・アンが 腰の動きを再開させる。 ぴったりとくっ付いた彼女の敏感な部分によって、 俺のモノが扱き上げられた。 「う……っ」 先ほどとは比べものにならないほどの快感が、 腰の辺りに渦巻いてくる。 そして、それは彼女も同じだったようで。 「は……あっ……ふぅ……」 俺のモノを秘所で刺激するということは、彼女自身も 敏感な個所を愛撫されているに等しい。 可憐な唇から零れる吐息は、熱を含み始めていた。 「ふっ……んっ……どうじゃ、小僧……」 ぐりぐりと秘所をこすりつけながら、 レヴィ・アンが尋ねてくる。 じわじわと、俺の中の情欲が熱を帯び始めてきた。 「お前、なんで……こんなこと……」 股間に感じる気持ちよさに情けない声が出そうになるのを こらえながら問い返す。 「ん、う……女を教えてやると、 く、言ったじゃろう……」 「それだけでも……ん、ふぅ……ない、が……」 額にうっすらと汗を浮かべながら、 レヴィ・アンが言葉を紡ぐ。 「……どういうこと、だ」 「海賊は……んぅ、欲しい物を全て……ふ、奪う……」 「じゃから……あ、ワシ、は……」 レヴィ・アンの腰の動きがゆったりと大きな ものへと変化した。 潮騒に混じって、くちゅ、と。水気のある音が わずかに耳を打つ。 「お主を……んぅ、奪う……ふぁっ」 くちゅり。先ほどよりも、大きく湿った音が鳴り、 レヴィ・アンの口から甘い喘ぎが漏れた。 「……え?」 「あ……んっ、今だけ、は……ふぅ、ワシしか…… んんっ、考えられぬように……あっ」 レヴィ・アンの手に、きゅっと力が入る。 自分の気持ちを口にすることで、 情欲が煽られたのか。 俺にこすり付けられる彼女の秘部は、 いつしか大量の蜜を溢れさせていた。 「ワシは、お主が……あぁっ、ふ、んぅっ」 「こ、これは……うぅっ、」 湿り気をもった割れ目が、俺の裏筋を ゆっくりと擦り上げる。 「んっ……あ、くっ、欲しい……ふぁ、あぁ……」 ぬちゅ、ぬちゅ、ぬちゅり。 流れる愛液の量に比例するように、レヴィ・アンの 腰の動きは大きく強くなっていった。 「はぁ、はぁ……んっ……」 前後に揺するだけではなく、ぐりぐりと 押し付けるように腰が回される。 それはまるで、自分の敏感な場所と 俺のモノを一つにするかのように。 「あ、くぅ、このままでは……ふぅ、 ん、んぅっ」 レヴィ・アンの声が、甘さの中に 切羽詰まった響きを伴い始めた。 彼女の意思とは関係なく、腰だけがまるで 独立した生物のように動きを止めない。 「ワシが……あぁっ、ん、さ、先に……っ!」 俺の上で、レヴィ・アンの小柄な体が小さく跳ねる。 ピクピクと揺れる彼女の肌は、いつしか薄く色づき、 しっとりと汗ばんでいた。 「ふぁ……あ……ん、くぅ……」 気づけば俺の股間は、彼女から溢れた愛液で びしょびしょに濡れていた。 このまま、激しく腰をくねらせ続けていれば、 近いうちに果ててしまうだろう。 「レヴィ・アン……」 不意に、彼女の腰を両手で掴んで、 その動きを制止させる。 彼女の小さな体を止めるのに、 さほど力は必要なかった。 「ふぅ……ん、こ、小僧……」 制止に抗うように、小さく身をよじらせながら、 レヴィ・アンが俺を見下ろす。 その表情に余裕はなく、切なそうに 眉根が寄せられていた。 「ん……ふぅ……離せ、離して……くれ……」 今までに聞いたことのないくらい、 弱々しい懇願が向けられる。 彼女のそんな様子を見るのは初めてで、 少しの戸惑いが浮かんできた。 だが、俺の答えは……。 「……駄目だ」 彼女の瞳をまっすぐに見据えて、首を横に振る。 初めて聞く彼女の懇願を、拒絶する。 「何故……じゃ……」 今にも泣き出しそうな目が、俺を見下ろす。 その瞳に、罪悪感めいたものが浮かび上がるが、 今は俺の意思を伝えなければならない。 「さっき、言いかけただろう。このままだと、 先に自分が達してしまうって」 「それは……」 俺の指摘に、レヴィ・アンが言葉を 濁しながら、視線を逸らす。 そんな彼女に向かって、俺はとても真剣な 声音で想いを告げた。 「お前の願い通り、奪われてやるよ」 「……え?」 レヴィ・アンの口から驚きの声が零れ落ちる。 「今は、お前のことしか考えない。だから……」 「ちゃんと、奪ってくれ。レヴィ・アン」 彼女が甘い吐息とともに紡いだ言葉。 それこそが、本心なのだろう。 想い、願い、その果ての行動がこれならば。 今はそれに付き合って流されるとしよう。 「……レヴィ」 「うん?」 「レヴィで良い……そう呼べ……」 唇を尖らせながら、言葉少なに 告げてくる様子が少しおかしくて。 「分かった、レヴィ」 思わず、小さく笑いながら頷く。 「……ふん。小僧が……言うようになりおって……」 不服そうに言葉を漏らしながら、 レヴィが腰を持ち上げる。 俺のモノに手を添えて、自分の敏感な場所へと導く。 「なら……遠慮なく、奪ってくれるわ……」 くちゅり。 彼女の女の子の部分に、俺の先端が触れる。 溢れていた蜜によって、水気を含んだ音が立った。 「覚悟しろよ……小僧……」 レヴィが腰を下ろし、自ら秘部の中へと 俺のモノを押し込んでいく。 ぐちゅ、と濁ったような水音。 「ふっ、んんっ……くっ、あぁっ」 彼女の腰がゆっくりと沈み、俺のモノを咥え込む。 結合部から、まるで掻きだされるかのように 愛液が零れてきた。 「はっ……ん、く、お、大きい……っ」 レヴィの中は、小柄な外見通りにきつく狭かった。 俺の侵入を拒むかのように、膣壁が きゅうきゅうと収縮を繰り返す。 だが、拒絶する肉を一旦掻き分けてしまえば、 俺に与えられるのは締め付けによる快感。 「あ、あぁっ、く、うぅ……っ」 一方、受け入れるレヴィにとっては、 感じるのは快感ばかりではないだろう。 大きいという彼女の言葉通り、俺のモノを小さな体で 飲み込むのはつらいことかもしれない。 だが、彼女は動きを止めることなく、 ゆっくりと腰を下ろしていった。 「う……ふぅ……あぁっ」 やがて、彼女の動きが止まる。 同時に、俺の先端が強い抵抗感を覚える。 「ふぅ……ふぅ……」 「レヴィ・アン。お前、まさか……」 初めてなのかと問いかけたところで、 言葉を飲み込んでしまう。 彼女が真剣な眼差しで、俺を見下ろしていたからだ。 「……ふん。受け取るが良い……小僧」 大きな呼吸とともに、彼女が腰を一気に沈めこむ。 「ぐっ……うぅ、くぅぅ……」 ぶつん、と。何かを刺し貫く感触。 「くっ、あっ、はぁっ!」 こつ、と俺の先端が最奥を小突く感覚。 俺を根本まで飲み込んだレヴィが、 大きく背を仰け反らせた。 「レヴィ……」 溢れ出る愛液の中に、純潔の証である朱色が混じる。 「はあ……ふぅ……くっ……はあ……」 レヴィが俺の体の上で、大きな息を繰り返す。 彼女の呼吸は荒々しく乱れていた。 荒い呼吸に合わせるかのように、彼女の膣内が 収縮し、俺のモノを締め上げてくる。 圧迫してくる快感に、俺のモノが 思わず小さく弾んだ。 「ひぁっ!」 膣内での変化を敏感に感じ取ったレヴィが、 悲鳴混じりの嬌声を上げる。 「すまない。大丈夫か……?」 「ふぅ……気にするでない……はぁ……」 息も絶え絶えに砂の上に手をつき、 体を支えるレヴィ。 ぐっと、彼女の手の平に力が入った。 「すぐに、続きを……してやる」 砂を押すようにして、レヴィが 腰を持ち上げていく。 その腕が小さく震えているのが感じられる。 「お前、痛みは大丈夫なのか?」 「ワシを……誰じゃと思っておる。 痛みなど……とうに、克服したわ……」 俺の心配を他所に、レヴィは動きを 止めることはしなかった。 例え強がりであろうとも、それが彼女の意思ならば、 俺が何を言ったところで止まらないだろう。 「付き合うよ」 「それで……いい……」 俺の言葉に、少しだけ満足そうな笑みを レヴィが浮かべる。 「んっ、く……あ、あぁっ」 入る時は俺を拒むようにきつく収縮していた レヴィの膣壁。 それが、引き抜く段になった途端、俺のモノを 離さないとばかりにぬめぬめと絡みついてくる。 「あ、うぅ……ふ、んんっ……」 エラのはった部分から先端にかけて吸い付く 柔肉の感触に、全身がぞくりと震えた。 官能に意識が揺さぶられる。 「う、うぅ……っ」 言葉を失いそうになるほどの快感。 もし、思うがままにレヴィの中を突き荒せるのならば、 どれほどの快楽を味わうことが出来るのだろうか。 「どうした……小僧……まだ、 物足りぬ顔を……して……」 俺の分身を半ばまで解放したところで、 レヴィが俺の顔を覗きこんできた。 彼女の中を突き荒したい。そういう思いが、 顔に出てしまっていたのだろうか。 「そんなことは、ないぞ……」 ひくひくとうごめく膣肉の感触に、 耐えながら答える。 「……ふん」 俺の言葉に、レヴィは小さく鼻で笑った。 「遠慮するな、小僧……お主の好きにして構わん……」 「たまには……お主に翻弄されるのも、悪くはなかろう」 「……いいのか?」 彼女の言葉に、思わず尋ね返してしまう。 俺の好きにすることは、彼女のつらさに 繋がるかもしれない。 「ワシがそうされたいと言っておるのじゃ……」 かすれるような響きが俺の耳朶を刺激する。 まるで、俺の心配すらも汲み取ったような言葉。 「ワシを……好きにして……くれ」 本来なら、女性に言わせる言葉ではないだろう。 だが、今は……今だけは、彼女の想いに甘えて、 溺れたい。 「ありがとう、レヴィ」 自然と礼の言葉が口を突いて出た。 「……礼などいらぬ」 そっぽを向くレヴィに、小さく笑いを浮かべながら、 彼女の腰を両手で捕まえる。 呼吸を整える間を少し挟み。 「いくぞ」 好きにしていいとは言われたが、 彼女に短く一声を向けておく。 レヴィが小さく頷くのを確認してから ぐいっと、腰を大きく突き上げた。 「ああっ!?」 レヴィの小さな体躯が宙を舞うかのように ぐんと持ち上げられる。 「ふやぁっ、あ、くぁっ!」 熱く狭い膣内を掻き分けて、俺のモノが突き進む。 きゅうきゅうと締め上げてくる柔肉の触感に、 全身に痺れが走る。 あまりの快感に、俺は夢中になって、 腰を振りたくった。 「あ、あぅ……く、んんっ」 結合部からこぼれる愛液が粘着質な音を立てるのを 聞きながら、彼女の最奥まで抉りこむ。 次いで、そのまま、ぐいぐいっと腰を押し付けて、 レヴィに快楽を与えた。 「ひゃっ、お、奥が……あぁ、た、叩かれ ……んっ、んぅ……あ、あっ」 最奥をノックするたびに、レヴィの 小さな体がガクガクと震えた。 先ほどまで腰を押し付けられていた返礼というわけでは ないが、彼女には特上の快感を贈りたい。 その一心から彼女の体ごと、腰を上下に揺さぶり続ける。 「こんな……あぅっ、は、激し……んぅっ」 彼女の感じる快楽に刺激されたか、熱い膣壁が ぬめりと俺のモノに絡みつき扱き上げてくる。 その感覚をもっと味わいたくて、一心に貫き、 挿入を続けた。 「や……あ、んぅ……ふぁ、あ、くぅ……」 腰を突き上げながら、レヴィのなだらかな ふくらみに手を伸ばす。 「なっ、そこは……はぅっ!」 ボリュームこそ乏しいものの、肌の滑らかさと、 ぷにっとした柔らかさは極上だった。 手のひら全体を使って丹念に撫でまわし、 その感触を心行くまで堪能する。 「ひぅっ……む、胸は……んぁっ!」 やわやわと小さな胸のふくらみを揉みしだいていると、 手のひらに当たるこりっとした感触に気づいた。 それは、レヴィの乳首だった。 快楽に、ピンと屹立した綺麗な桃色の突起を、 軽く指で弾く。 「あっ、はぅ……んぅっ!」 同時に。激しく腰を突き入れ、レヴィの膣内を 抉りこむように挿入を続けた。 「ふぁ……あ、あ……」 強烈な刺激に、レヴィは口をぱくぱくと開き、 体をふらつかせた。 その様子は俺の支えがなければ、 倒れてしまいそうなほどで。 「やぁ、ん、んっ、ふぅ……あぁっ!」 彼女の細腰をぐっと押さえながら、 俺は激しく体を揺すった。 快楽の大波が激しく俺の意識を侵食してくる。 「そ、そんなに……くぅん、されたら、 ワシは、も、もう……っ!!」 ぐっと腰を引き抜いてから―― 一息に突き入れる。 「んっ、あ、あ、ああああっ!!」 一際高い嬌声が、レヴィの喉からほとばしる。 二人とも、いつ限界が来てもおかしくはないだろう。 「はぁっ、あ、うぅ、んっ、あぁっ!」 俺はラストスパートとばかりに 腰を動かす速度を上げた。 激しい突き入れに、つながり合った場所で、 愛液がぐちゅぐちゅと白く泡立っていく。 「あ、あ、あ、あ……くぅ、あ、ふっ、ふぅ……!」 レヴィの膣壁が、精液を搾り取ろうと、 俺のモノを絡め取る。 ぬめぬめと収縮を繰り返し、ひたすらに 俺の情欲を駆り立ててきた。 いつの間にか腰の辺りが溶けそうなくらいに 熱く疼いてくる。 「は、ん、んぅ、あ、あ、くぅっ……」 レヴィは汗にまみれた肢体をくねらせながら、 熱に浮かされたように嬌声を発し続けた。 もはや、快楽の虜となり、それ以外は 考えられないかのような姿だ。 「くっ……レヴィ……」 それは俺も同じで、頭の中を熱が支配し、彼女に欲情を 吐き出すことしか考えられなくなっていた。 レヴィの膣内が与えてくる快楽に溺れるかのように、 ただただ激しく腰を突き動かす。 「はぁっ、小僧、わ、ワシは、もう、いっ、んんっ!」 「俺もだ、レヴィ……」 乱れた声で、レヴィが自らに絶頂が 近いことを伝えてくる。 腰の動きを休めることなく、俺もそれに返す。 「あぁっ、はっ、このまま、この、まま、あぁっ!」 「ワシの、んっ、中に、くぅ、このままっ! あぁっ!!」 途切れ途切れの言葉が意味するのは、 このまま中に注ぎ込んで欲しいという意思。 それは俺も望むところだった。 「レヴィ……分かった」 このまま、熱く狭い彼女の中で 全てを吐き出してしまいたい。 自分の劣情に正直に、最後の熱を燃やして、 腰を突き動かす。 「あぅ、は、あぁっ! く、んぅ、あぁぁぁっ!」 レヴィの肢体がガクガクと震えはじめた。 次いで、彼女の膣肉がきゅっと一際強く 俺を締め付けた瞬間。 「く……うぅ、で、出る……!」 腰の辺りで疼いていた熱が爆発した。 どぴゅ、びゅく、びゅくんっ! 俺の中で限界まで貯められた性の衝動が 外に向かって猛烈な勢いで解き放たれる。 「あ、あ、はっ、んぅ、あ、あぁぁぁぁっ!!」 俺の先端から噴出した熱い白濁を絞り取るかのように、 レヴィの膣内があやしくうごめいた。 レヴィもまたほぼ同じタイミングで絶頂に達したのだ。 「くぅ……」 くねくねと動く膣内の感触に誘われながら、 俺の分身は白濁液を吐き続ける。 自分でも驚くほど長く、そして大量の性の放出。 レヴィの下腹部がぽっこりと盛り上がった。 「は、あぁ……あつい……」 自らの中に放たれた熱さの余韻に身を震わせながら、 レヴィが熱い息を零す。 俺が全てを吐き出し終えたのは、 彼女の吐息が全て零れ落ちた後だった。 「たくさん……出しおった……な……」 自分の下腹部を撫でながら、レヴィが呟く。 「……まあ、な」 改めて大量に出たことを口にされると、 どうしても恥ずかしさが浮かんでくる。 誤魔化すように、頬を掻く俺に向かって。 「宣言通り……奪ってやったわ……」 レヴィは息を乱しながらも、得意げな顔で 笑いを浮かべる。 「何も……考えられなかったであろう……?」 「ああ。そうだな」 悔しいが、途中からレヴィ以外、 何も考えられなくなっていた。 まったくもって、してやられた気分だ。 「ふふ……ワシの気が向いたら、また遊んでやろう」 「それまで……楽しみにしておけ」 「……そうするよ」 最後には、余裕たっぷりな笑みをレヴィが浮かべて。 こいつには、こういう顔が似合うな、と。 不覚にもそんな感想を抱いてしまうのだった。 「それでね、魔王様。雲の切れ間から、 こーんな大きい島が見えたんだよ」 「ほう、そうか」 「その周りを、すっごく派手な色の鳥が ぐるぐる飛んでいてね」 「なるほど。鳥か」 ある日の一幕。 俺は魔王城にて、ベルゼブルが空の巡回中に 目撃した物の報告を受けていた。 話の内容はいまいち要領を得ないものだったが、 まあ、それは置いておこう。 感覚的にしか語れない物事だってあるはずだ。 「ところで、ベルゼブル。 一つ聞きたいことがあるんだが……」 「なーに? 魔王様」 口調が砕けているのも、まあ不問としよう。 今、問題にしなければいけないのは。 「お前はどうして、俺の膝の上に座っているんだ?」 ベルゼブルが、玉座に座る俺の膝に 乗っていたことだった。 「え?」 「いや、え? って、お前。 そんな不思議そうな顔をされても」 「どうして、今頃聞くのかなあと思って」 「お前があまりにも自然に座るから、ツッコミを 入れるタイミングを逃していたんだ」 部屋に入ると同時に、一切の迷いなく俺の膝の上に 座る様子は実に自然だった。 この俺が、思わずツッコミを忘れてしまうくらいの 手並みだった。見事だ。 「それで、なんでお前は俺の膝の上に座っている?」 「それは……そこに、魔王様の膝があったから?」 こくっと、首を傾げたベルゼブルが 何故か疑問系の言葉を口にする。 「ほう。俺の膝があったから、か。実に哲学的だな」 「でしょう?」 「そこに膝があれば、座る。納得の出来る理論だな」 「でしょ、でしょ!」 なるほどな。何一つ疑う余地もない。 これぞ完璧な理屈だ。 「って、納得出来るわけ、ねえだろ!!」 「ひゃうっ!?」 「魔王様ー。声、おっきい」 「すまなかった。……じゃなくてだなあ」 どうにも、俺はマイペースなやつに弱いようだ。 呻くように声を漏らしながら、軽く頭を掻いてしまう。 「魔王様は、ボクが膝に座っていると嫌?」 軽く背を仰け反るようにしながら、ベルゼブルが 俺の顔を覗き込んでくる。 「別に嫌ではないが……」 ベルゼブルの肩越しに見える胸を強調するような姿勢に、 思わず目を逸らしてしまう。 「じゃあ、このままでいい?」 「……好きにしろ」 無邪気に尋ねられると、むげに扱うことも出来ずに 座り続けることを承諾してしまう。 まったく……本気でマイペースなやつに 弱すぎるだろう、俺。 「わーい、やったー!」 「ありがとうございます、魔王様。ちゅっ」 「っ!?」 不意に頬に感じた柔らかな感触に、 ビクっと肩を揺らしてしまう。 「えへへー」 何事かとベルゼブルを見ると、嬉しそうに笑いながら 自分の唇を指でなぞっていた。 心なしか、その頬が赤く染まっているように見える。 「魔王様。ボク、魔王様のこと好きだよ」 「ああ……前も言っていたな」 以前にも、そう言われたことを思いだす。 あの時は、どんな意味だったのか戸惑った記憶がある。 「どんな意味で好きなんだ?」 疑問に残っていたことを、そのまま素直に問いかける。 「何をされてもいいって意味で……かな」 ベルゼブルからの返答も、素直なもので。 「何をされてもいいって…… お前、言葉はちゃんと選べ」 「うん?」 「意味分かって、言ってるのか?」 「分かってるよ」 俺に自らを預けるように、ベルゼブルが 体重をかけてくる。 薄い布地の下にある、彼女の体の感触を 否応なしに感じてしまう。 「魔王様より、ボクの方がお姉さんなんだから ……意味くらい分かるよ」 「お前……」 「ごめんなさい、魔王様。ボク、今、とっても ドキドキして、我慢出来ないんだ」 ベルゼブルが、俺の耳元に顔を寄せながら囁く。 普段は快活な響きの声が、今は とても悩ましげな色を秘めていた。 「魔王様とくっ付いて、それで満足出来ると 思ったけど……全然足りないや」 「……あむ」 不意に、ベルゼブルが俺の耳たぶを軽く食む。 「ちょっ!」 今まで与えられたことのない感覚に、 背筋がゾクリと震えた。 「んむ……んぅ」 柔らかな唇によって、くにくにと耳たぶが弄ばれる。 与えられる感触に酔いしれるかのように、 俺の中に抵抗の意思は沸き起らない。 ベルゼブルの吐息と、唇を、ただ享受する。 「はぁ……」 耳たぶが解放された時には、背筋に 走り続けていた震えは全身へと移り。 俺の心の芯で、小さな火種と変わっていた。 「……わがままな子でごめんなさい」 少し困ったような顔でベルゼブルがじっと俺を見つめる。 布地越しに俺自身を刺激するかのように、 ベルゼブルの体は小さく左右に揺れていた。 その効果はてきめんで、小さな火種が 徐々に勢いを増していく。 「お前がこんなわがままなやつだったとは ……思いもよらなかったぞ」 まさか、こんなに積極的に俺を 求めるようなやつだったなんて……。 一番無邪気な性格をしているだけに、かなり意外だった。 「魔王様は……こんなボクは、嫌い……?」 「こんな……わがままなボクは」 不安そうな眼差しが俺を見上げてくる。 「安心しろ。部下のわがままを叶えるのも、 魔王の役割だ」 こいつが、ベルゼブルが、こんなに まっすぐに俺を求めるのであれば。 その気持ちに流されるのも、たまには悪くない。 「好きにされてもいい。その言葉に嘘はないな?」 「……うん。ボクの本当の気持ち」 「だったら、ベルゼブル。好きにさせてもらうぞ」 そう呟きながら、ベルゼブルの体を 後ろから強く抱きしめた。 「っしょっと。魔王様……いいよ」 俺の膝の上に座ったベルゼブルが、 もどかしそうに身を揺らす。 「いいよって……脱ぎかけじゃないか」 服を全て脱ぎ終える前の言葉に、 思わず指摘してしまう。 これはこれで、そそられるものがあるのだが、 これで準備が出来たと言えるのだろうか。 「もう、我慢出来なくて……途中でもいいかなって」 「そ、そうか」 まあ、本人がそれでいいのなら俺は何も言うまい。 「それより、魔王様……ほら……」 俺の顔を覗き込みながら、ベルゼブルが誘うように、 上着をまくり上げた手を揺する。 薄い布地で隔てられていた豊かな胸が露わになり、 俺の手を待ちわびるかのように震えていた。 「……ごくり」 魔王である俺ですら、思わず息を飲むほどのボリューム。 それを誇るかのように、ベルゼブルの背は 軽く反らされていた。 「魔王様……ちゃんと見てる?」 「ああ。見ているさ」 そう答えながら、豊満な乳房を下から持ち上げるように そっと手を添えた。 張りのある肌と、ふわふわとした柔らかさが 言葉も出ないほど手に気持ちいい。 「ん……っ」 ベルゼブルが小さく身じろぎをするとその動きに伴って 乳房がふるふると弾んだ。 魅惑的過ぎる光景から、視線を外すことが出来なくて、 ついつい凝視してしまう。 「見るな、とは言わないんだな?」 「うん……だって、見て欲しいから……」 彼女の口から発せられた言葉は、 なんとも嬉しいものだった。 「見たり、触ったり……魔王様に、 色んな事して欲しい……」 頬を赤く染めながら、ベルゼブルが そっと囁きかけてくる。 まっすぐに向けられてくる好意が、 俺の胸の内をくすぐった。 「……分かった。じゃあ、遠慮しないぞ」 「その方が、ボクも嬉しい……魔王様」 「たくさん……触って……」 請われるままに、両手でベルゼブルの 豊かな乳房を持ち上げる。 見た目のボリュームに違わぬ柔らかさと重さを持った 二つのふくらみ。 軽く手を揺するだけで、ふるふると震える様が たまらなく俺を興奮させる。 「ふ……んっ」 興奮するあまり、乳房に触れる手に つい力が入ってしまった。 「あっ……」 鼻にかかった吐息をこぼしながら、ベルゼブルが、 くすぐったそうに身をよじる。 その拍子に適度な丸みを帯びた彼女の尻が ぎゅっと押し付けられた。 「……むぅ」 こうして胸に触れているだけでも、 興奮してくるというのに。 加えてお尻の感触まで意識してしまっては、 ますます元気になってしまうのは避けられない。 「んんっ……魔王様……?」 俺の変化を敏感に感じ取ったベルゼブルが 不思議そうに尋ねてくる。 「もしかして……喜んでくれている?」 「うん、まあ、そういうことだ」 緩やかに首を縦に振りながら、ベルゼブルの胸の質感を 確かめるように揉みしだいた。 手のひらを通して伝わってくる彼女のぬくもりと 滑らかな手触り。 加えて、柔らかさの奥にある弾力が 俺の手を悦ばせる。 「ふぅ……んっ……」 どこか無邪気なところのあるベルゼブルの口から、 妖艶な響きを伴った吐息が零れた。 アンバランスさを感じさせる反応に、ゾクリと、 また俺の背筋に心地良い震えが走る。 「魔王様……もっと……」 「ああ、分かっている」 驚きと興奮に、思わず止まりそうになった 手の動きを再開させる。 柔らかな乳房へと指を埋めるように、 しっかりと力を込めた。 「あ……ぅんっ」 ぴく、とベルゼブルの肢体が小さく震える。 手に心地良い重さを与える柔肉は、俺が指を 動かすたびに形をぐにぐにと変えていた。 「はっ……あんんっ」 ベルゼブルの口から、甘い吐息が流れる。 「魔王様……気持ち、いい……」 肩を小さく震えさせながら告げられる声に、 うっとりとした響きが混じっていた。 ベルゼブルの反応が、俺のやる気をかき立てる。 「少し、強くするからな」 僅かに赤みが差し、汗が浮かんできた ベルゼブルの胸をきゅっと強めに握り締める。 手の平にしっとりとした感触を覚えると同時に、 指の間から柔肉が零れ落ちそうになった。 「んうっ!」 ベルゼブルの体が、びくっと大きく揺れる。 柔らかな肢体が揺れるのに合わせて、布地越しに 引き締まったお尻が押し付けられた。 途端、下腹部に走るもどかしい心地良さ。 「うっ」 うめき声を上げつつ、つい手が止まってしまった。 「魔王様……ん……もっと……」 俺の腕の中でもじもじと肢体をくねらせながら、 おねだりしてくるベルゼブル。 そのたびにもどかしさが何度も俺を襲い、 疼きが高まっていく。 「あ、ああ……」 心地良さに流されないように気を引き締めながら、 ぎゅうっとベルゼブルの胸を絞り上げた。 「はあぁっ!」 リクエスト通りとはいえ、強すぎる刺激に、 ベルゼブルは喉をのけ反らして声を発する。 力を入れた後は解放。そして、また、絞る。 強弱をはっきりと付けながら、ベルゼブルの たわわに実った乳房をぐにぐにと弄ぶ。 「あぁ、ん、うぅん……」 俺の手が動くたびに、ベルゼブルは妖艶さを 感じさせる反応を見せた。 「んぁ、あ、うぅ……はぁ……ん」 艶めいた喘ぎと。更にくねる彼女の肢体。 彼女の体から立ち上る甘い香り。 そして、手のひらに伝わる乳房の触感。 五感の内、四つまでを同時に刺激されて、 背筋にゾクゾクとした感覚が生じる。 「はぁ……あっ……ん、んっ……」 柔らかくも弾力に満ちた二つの柔肉を弄んでいると、 ベルゼブルの表情にも、艶めいた色が浮かんできた。 ふと、指先にコリッとした硬い感触が当たる。 「んぅっ!」 ベルゼブルの女性らしい魅力に富んだ肢体が 軽く跳ね上がった。 豊かな双丘の頂点に存在する薄桃色の突起。 俺の愛撫を受けたそこは興奮の度合いを示すかのように ピンと硬く尖っている。 「魔王様ぁ……今のところを……」 触れて欲しい。 そう目で訴えるベルゼブルの願いを叶えるべく 乳首を指先で強く押し込む。 「あぁ! は、ぁっ!」 一際大きく、ベルゼブルが身悶えした。 次いで、二つの乳首を指先でしごくように摘み上げる。 「ひゃっ! んっ、やぁっ!」 服をまくり上げるベルゼブルの手に、 ぎゅっと力が入るのが見えた。 かなり、刺激的な感覚に襲われたらしい。 「ま、魔王様……体が……んっ、ビクンって ……あ、あぁ……っ!」 「気持ち……んぅ……いい、よぉ……っ」 堪えきれないように、ベルゼブルの口から 嬌声が上がる。 「もっと、してほしいか?」 左右の乳首をつまんだまま。でも、それ以上の刺激は 与えずに彼女の耳元でささやく。 「うん……もっと……はぁっ、もっと、して……ああっ」 懇願されるがままに、乳首を同時に強く擦り上げた。 「あぁんっ」 強力な刺激に、ベルゼブルが歓喜に似た悲鳴を上げる。 背が更に仰け反り、白い喉が曝け出された。 「魔王……様……んっ、このまま、だと…… あぁっ、ボ、ボク……んんっ!」 「はぁっ! ん、あっ、も、もう……あ、あっ」 ピクッピクッと連続で小刻みに震える、 ベルゼブルの肢体。 彼女の喘ぐ様を愉しみながら、 乳首をきゅっとひねり上げる。 「はっ、ああぁぁぁっ!」 ビクッと、全身に力をみなぎらせるように、 強く痙攣を起こすベルゼブル。 両手両足をピンと伸ばしながら、喉から 悲鳴のような嬌声がほとばしった。 「はぁ……はぁ……あぁ……」 次の瞬間、ぐったりともたれかかってきた 彼女の体を受け止める。 「大丈夫か……?」 どうやら、軽く達してしまったようだ。 ベルゼブルの体を揺らさないように 注意しながら、尋ねる。 「はぁ……ん……だ、大丈夫……ふぅ……」 肩で大きく息を続けながら、ベルゼブルが 短く言葉を紡ぐ。 絶頂の余韻か。零れる吐息には熱さと 甘さが同居していた。 「魔王様に……はぁ……触ってもらうと、 気持ち、いい……」 どこか無邪気な笑みの中に妖艶な色を浮かべて、 ベルゼブルが言う。 彼女が肩で大きく息をするたびに、 その鼓動が伝わってくる。 「……そうか」 素直にそんなことを言われてしまうと、やはり どうしても照れのようなものが浮かんでしまう。 軽く受け流せればいいのだろうが、 どうにもそれが出来ない。 「ねえ……魔王様……終わりじゃない、よね?」 期待と切なさに満ちた眼差しが向けられる。 「ボク、もっと……気持ち良く、なりたい……」 「ああ。分かっているさ」 途切れ途切れの懇願に頷きながら、 ベルゼブルの太ももに手を這わせた。 期待に震えてか、ベルゼブルの体が小さく揺れる。 「魔王様……ボクの全部……好きに、して……」 その言葉をきっかけに、彼女の大事な部分に 指を滑り込ませた。 「んんっ!」 指先に、くちゅりと湿った感触を覚える。 当然のことながら、ベルゼブルの女の子の部分は 愛液で濡れそぼっていて。 俺の指が撫でるたびに、体の奥の方から、 愛液が止めどなく染み出してくる。 「んっ、あっ!」 割れ目の部分をなぞりながら、溢れてくる蜜を 指先に絡めた。 ねっとりとした汁が指の動きを滑らかにし、 新たな快楽を彼女に与える。 「ああ……それ、ん……気持ち、 いいかも……ふあ……」 俺の指先が動くたびに、ベルゼブルの 肢体が小さく跳ねた。 「あっ……ん、く……は、ぁっ」 零れ続ける熱い吐息に、悦ぶような響きが 込められていく。 「んぅ……あ、はぁ……魔王……様……」 その響きを耳に心地よく感じながら、 ゆっくりと指先で割れ目を押し広げる。 「あ……あぁっ!」 とぷり、と。ベルゼブルの女の部分から 熱い蜜が零れだした。 トロトロに惚けた彼女の膣肉は、我慢出来ないように ひくひくとうごめいている。 俺を受け入れる準備は、もう万全のようだ。 「ベルゼブル。少し腰を上げてくれないか」 「あ……うん……」 ベルゼブルが腰を上げるのを待って、俺の分身を ズボンから解き放つ。 窮屈な布地から解放された剛直が、その硬さを 誇るように大きくそそり立っていた。 「お、大きい……」 熱く硬いものが、秘所へと押し当てられる様を ベルゼブルがうっとりとした目で見つめる。 「魔王様……ボクに、させて……」 俺の返事も待たずに腰を下ろすベルゼブル。 彼女がゆっくりと腰を沈めるのに合わせて、 俺の分身は膣内へと収められていった。 「くぅっ、あんっ」 まだ先端が入ったばかりだというのに。 蜜に塗れた柔肉が、俺の分身を待ち構えていた。 熱く、柔らかく、俺に絡みつく。 「あ、あぁ……くぅ……」 腰を少しずつ下ろしながら、ベルゼブルが 痛みをこらえるように眉をしかめる。 快活な彼女が見せるその表情に、心がズキリと痛む。 「ベルゼブル……無理はしなくていいぞ」 「ううん……ボクがしたい、から……」 俺の分身がずぶずぶとベルゼブルの中に 飲み込まれていく。 やがて訪れる一瞬の抵抗感。 そして、ぷちっと何かを破るような感触。 「く……あ、うぅ……」 ベルゼブルの声に、苦悶が混じる。 「ベルゼブル……!」 「ボクは大丈夫、だから……魔王様……」 大きく息を吐き出しながら、ベルゼブルの動きが止まる。 しばらくの間、そうして休んだ後。 「……んっ……」 ベルゼブルがゆっくりと腰を引き抜き始める。 「お前……つらくないのか?」 「……うん。んぅ、もう……平気……」 「痛いのは……最初だけで、もう…… 気持ちいいよ……あぅっ」 自らの言葉が真実であることを証明するかのように、 ベルゼブルの吐息は、甘さをわずかに帯びていた。 「は、あ、あぁ……」 鼻にかかるような息を漏らしながら、ベルゼブルは 持ち上げた腰を再度沈み込ませる。 「ん、んんっっ!」 熱い蜜を含む肉を掻き分けて、俺のモノが ずぶずぶと更に深く食われ込まれていく。 ベルゼブルの熱に誘われるように、 腰の辺りにふわっとした痺れが走った。 そこから全身へと、心地良さが駆け抜けていく。 「はぁ、あ、んんっ、魔王様ぁ……気持ち、いい……」 半ばまで入ったころ、もう我慢できなくなったのか、 ベルゼブルが腰を前後に揺すり始めた。 ゆっくりと腰をグラインドさせながら、 ベルゼブルはゆっくりと俺を飲み込んでいく。 「あ、はぁっ、んぅっ、はぁぁっ」 少しずつ俺の分身が膣内へ入っていく毎に、 繋がった場所から愛液が押し出されてくる。 ベルゼブルのグラインドに合わせて、 くちゅくちゅと湿った音が鳴った。 「あ……ん、くぅ……ふ、ぁ……」 熱い愛液を含みぬめりを帯びた膣壁が、 じゅくりと俺の分身を扱く。 膣壁が動くたびに、溶けてしまいそうな快楽が 分身を通じて俺に注がれる。 「あ、あぁっ、んんっ!」 ゆっくり、じっくりと時間をかけて、俺の分身は 全てベルゼブルの膣に飲み込まれていき……。 やがて、こつんと。先端に、最奥を叩いた感触が走る。 「はぁ……ああ……」 最奥を叩かれたベルゼブルの唇から、 陶然とした吐息が零れ落ちる。 もっとも深い場所を叩かれた余韻に彼女の体が震えて、 豊かな二つの胸がふるふると揺れた。 「魔王様……はぁっ……うんっ」 蕩けたような表情で、ベルゼブルが俺を見やる。 いつもの快活さはそこにはなく、理性が 快楽に流されかけているようだった。 「これ以上は……気持ち良すぎて、んっ…… 動けるか、分からない、から……」 「後は……んっ……好きに、して、いいよ……」 途切れ途切れに、ベルゼブルが言葉を紡ぐ。 もう動けないという言葉は本当らしく、彼女は 俺にもたれかかるように体を預けてきた。 「ああ、それは構わないが……」 問題は、この体勢で俺がベルゼブルを 好きに出来るかどうか。 彼女を持ち上げようにも、正直力には自信がない。 「大丈夫……少しくらいなら、手伝える……から……」 そう言葉が紡がれた途端、不意にベルゼブルの 重みが薄れたような気がした。 「お前……」 「疲れたボクでも……これくらいなら、出来るよ……」 俺をじっと見つめながら、ベルゼブルが 小さく笑いかける。 「ありがとう、ベルゼブル」 先ほど感じた重みの消失はやはり 気のせいではなかったようで。 ベルゼブルの体に手を添えてみると、思ったよりも 簡単に持ち上げることが出来た。 「えへへ……」 普段から空を飛ぶベルゼブルにとって、自分の身を 少し浮かすことくらい容易なのだろう。 「ねえ、魔王様……ボクのこと、たくさん…… 気持ち良く、させて……」 「当然だ」 気遣いに感謝しながら、ベルゼブルの体を 持ち上げてみる。 ベルゼブルの膣内から、愛液に濡れてテカテカと光る 俺の分身が半ばまで引き抜かれた。 「ふぁ……」 次いで、彼女の肢体をゆっくりと下ろす。 「んぅ……ふぅ……」 ずぶずぶと、再び膣内に飲み込まれていく俺の分身。 ベルゼブルの膣内が歓喜に波打ち、 俺を迎え入れてくれる。 「くぅ……んっ……はぁ」 二度三度とその行為を繰り返してから、 腰を前後に揺らして、新たな快楽を与える。 それを愉しむように、ベルゼブルの背が 小さく仰け反った。 「あぅ……あ、はぁ……やぁん」 二人の結合部から流れ出た愛液が、 俺の下腹部をしとどに濡らしていく。 同時に、段々と高まっていくベルゼブルの膣が 絶え間なく俺に快感を送ってくる。 「ん、あ、ああ……それ、気持ち、よくて……」 がくがくとその身を揺らし、俺が与える刺激に なすがままのベルゼブル。 彼女の滑らかな肌はしっとり汗に濡れ、 なんともいえぬ色気を感じさせた。 おもむろに、ベルゼブルの火照った肌に舌を這わせる。 「ひゃうっ!?」 ベルゼブルの喉から驚きの叫びが迸った。 「ま、魔王様、なにを……あ、あぁんっ」 突然、うなじを舐められたベルゼブルが 戸惑いの声を上げる。 だが、それで俺の舌は止まることはなく、 更にベルゼブルの肌を這い回る。 「ふぁ……あ、や、あ、んぅ……っ」 くすぐったそうに。でも、それ以上に感じる様子を 見せながら体をくねらせるベルゼブル。 ひくひくと震える彼女の腰を抱え直し、 不意打ち気味に一際強く分身を突き入れた。 「ああっ!?」 さらに腰を揺するスピードを一段上げて、 彼女の感じる部分をごりごりとこすり上げる。 「ふぁっ! やっ!」 最奥までを抉られて、ベルゼブルが 身を捩りながら嬌声を上げた。 「あ、はぁ、んっ、や、やぁっ!」 何度も何度も最奥へと突き入れるごとに、 ベルゼブルの体は歓喜に震える。 そして、それは俺の分身も同様だった。 波打つベルゼブルの膣肉が与える快楽に、 ぶるりと身じろいだ。 「あぁっ、はっ、ま、魔王様、んぅっ、 気持ち、くっ、いいっ」 ぐちゅ、ずちゅ、ぬちゃ。 結合部から零れる愛液が、湿り気のある 淫靡な音を激しく鳴らし続けていた。 「もっと、んぁっ、もっとぉ、魔王様……っ!」 互いに快楽を貪るように、激しく求め合う。 ベルゼブルの膣壁が、俺の分身を捕らえて 離さないといわんばかりの強さで波打つ。 「あぁ、くぅっ、んんっ、あ、あっ!」 熱を帯びた腰が溶けて、混ざり合うような官能。 それに酔いしれるように、何度も激しく ベルゼブルを突き荒す。 「ふあ、あ、ん、んあ、あっ、はっ……ああっ!?」 「魔王様……、ボ、ボク、んっ、ボク、もう……っ!」 今までにないほど、ベルゼブルの膣壁が ぎゅっぎゅっと連続して強く収縮し始める。 「ああっ……っ……んんっ……ボ、ボク、 おかしく……ん、はぁっ!」 彼女の反応を見るに、遠からず限界が訪れるのは 容易に察せられた。 そして、それは俺も同様だった。 先ほどから股間から腰にかけて、ジンとした疼きが 止まらないのだ。 「ベルゼブル、このまま……」 ともすれば射精してしまいそうな快楽の中、 懸命にこらえながら呼びかける。 「あっ、は、はい……んぅ、な、なかに……くっ、 このまま……魔王、様っ!」 最後の望みは、双方ともに同一だった。 ともに、果てるためにただ激しく腰を突き動かす。 「ふぅ、あ、も、もう……ボク……あ、あっ、ああっ」 「駄目っ、もう、あっ、魔王様っ、んんっ!」 一突きするごとに高まる射精の衝動。 彼女の膣内に収められた剛直がパンパンに張り詰める。 そして――。 「ベルゼブルッ!」 その名を呼びながら、腰の疼きを解き放った。 びくっ! びゅく、びゅくくっ! ベルゼブルの最奥を抉ると同時、俺のモノの先端から 熱い白濁が弾けるように放たれて。 「あぁぁぁぁぁっ!!」 同時に、ベルゼブルが絶頂へと達した。 快楽の頂に打ち震えるベルゼブルの膣へと、 叩きつけるように精液が注ぎ込まれていく。 「はぁっ、あぁ……魔王様が……お腹の中に……」 息を荒げながら、ベルゼブルがとろんとした目で、 自分の下腹部を見下ろす。 受け入れきれなかった白濁液が、 結合部よりこぽりと溢れた。 「魔王様……ボク……気持ち良かった」 絶頂の余韻に瞳を潤ませながら、ベルゼブルが うっとりとした声音でつぶやく。 「俺もだよ、ベルゼブル」 「……えへへ」 くたり、と疲れ切ったように ベルゼブルが俺に体を預けてきて。 「……大好き」 俺を見上げながら、そっとそう呟くのだった。 「ふむ、なるほど。作業は順調なようだな」 「はいっ、魔王様」 俺の言葉に、マーモンが嬉しそうな笑みを浮かべる。 「よし、このまま頑張れよ」 「は、はいっ!」 褒美とばかりに、その頭を軽く撫でてやると、 マーモンの笑みは更に喜びを増していた。 こいつも、こんな風にニコニコ笑うのだな、と。 改めてそう感じてしまう。 「魔王様の夢を託されたのですから、 誠心誠意頑張りますっ!」 「砂の海を、緑あふれる大地に変えてみせますっ!」 マーモンが力強い断言を繰り返す。 「ああ。期待しているぞ」 現在、マーモンは近くの廃村を根城に、 砂の海を緑化するという任務を行っていた。 俺の夢かはさておいて、悲願であることに間違いはない。 砂の海で熱い目に遭うのは、もうこりごりだ。 「この仕事を頼めるのは、お前だけだ。頼んだ」 「私だけ……ですか……」 四天王の中で、こういう地道で時間のかかる仕事を 任せるのであれば、やはりマーモンだろう。 他の四天王は、いささか派手好きというか、 もっと華やかな任務の方が向いている。 つまり、相変わらずマーモンは四天王の中で 一番地味であるということなのだが……。 「頑張ります。私、とっても頑張りますっ!」 まあ、本人のやる気を削ぐわけにもいかないし、 余計なことは言わないでおこう。 「いつか、その頑張りが報われる日が来るといいな」 「はい。あ、でも……」 急にマーモンが、もじもじと視線を逸らす。 よく見ると、その頬がほんのりと赤い。 どうしたのだろう? 「今でも、結構報われています」 「ん? そうなのか?」 「はい。だって……」 相変わらずもじもじとしたままだったが、 マーモンはちらっと俺を上目に見上げて。 「こうして、魔王様とお会い出来ますから……」 躊躇いながら、そう口にした。 「お、おう。そうか」 その言葉の真意が上手く読めずに ……いや、それは嘘だ。 その言葉を口にしたマーモンの真意には 薄々気付いたのだが……。 「他に、こう、ないか? 例えば欲しい物とか」 それに戸惑った俺は、情けないことに 話題を逸らそうとしてしまう。 だって、こう、ほら、心の準備とか出来てないし。 「欲しいもの、ですか?」 「ああ、なんでも構わないぞ。言ってみろ」 「本当に……その……なんでもいいんですか?」 「男に二言はない」 「でしたら、その……」 「ま……魔王様を……ください……」 「……え?」 逸らしたはずの話題が、思わぬ形となって 帰ってきたことに驚きを覚えた瞬間。 ドサリ、と。 俺の体は、ベッドに押し倒されていた。 「ちょ、マ、マーモン……?」 「すみません……魔王様……」 間近に見るマーモンの顔は、赤みが強く差していた。 瞳は潤んだように揺れていて、 息遣いもどこか荒く感じられる。 「分不相応な願いだと分かっています……。 私では釣り合わないとも……」 「ですが……魔王様……私は……」 シュル、という衣擦れの音が耳をつく。 「なっ、ちょ、マ、マーモンッ!?」 俺をベッドへと押し倒したまま、 マーモンが自分の衣服に手をかけていた。 衣擦れの音が一度鳴るたびに、 マーモンの肌が露出されていき。 「私は……あの時、砂の海で……声を かけられてから……ずっと……」 最後の一枚が、脱ぎ捨てられた。 「ずっと……魔王様のことが……」 自ら肌を晒すという羞恥に頬を染めながらも、 マーモンは懸命に伝えようとしてきている。 胸に秘めていた想いを、全身で。 「ずっと……」 そして、その想いは……。 「ずっと……好き……でした……」 言葉として昇華され、俺へと届けられた。 「……え?」 それが冗談でも偽りでもないことは 痛いほど伝わってくる。 だからこそ、俺は戸惑ってしまう。 「……いけませんか?」 「いや、駄目じゃないが……」 「本当にいいのか? 俺で……」 「はい……」 俺をまっすぐに見つめてくるマーモンの熱の篭った瞳。 ここで、拒否することは簡単だ。だが……。 「魔王様……」 マーモンが、こんなに自分の意思を 強く伝えてくるのは初めてな気がする。 ならば、それに応じてやるのも度量のうち、か。 「分かった。お前の想いに応えよう。マーモン」 「あ……ありがとうございます、魔王様っ!」 泣きそうな顔で笑うマーモンの体を、 俺はそっと抱き寄せるのだった。 「魔王……様……」 ベッドの上に突っ伏したマーモンが、 懇願するような声を上げる。 俺を誘うように、腰だけ持ち上げた体勢は、 どこか伏せている犬を思わせるような雰囲気で。 フードの下に隠されていた耳と合わさって、 マーモンには実に良く似合っていた。 「その……見ているだけじゃなくて……わ、私に……」 「私に、触ってください……」 ベッドの顔を埋めるようにしながら、 マーモンの懇願が続く。 「悪い。つい、見とれてしまっていた」 俺に見せるためだけに、マーモンがこんな体勢を しているわけではない。 俺に触れられ、俺を受け入れるために、 こうやって誘うような格好をしているのだ。 「お前が可愛くてな」 とはいえ、普段はローブで隠されている 素肌が晒されているのだ。 まずは、目で堪能するのも礼儀だろう。 「か、可愛い……って」 ぴくん。彼女の白く小柄な肢体が 小さく震えた。 「あ、ありがとう……ございます……」 明らかに褒められ慣れていない様子で、マーモンが 顔を埋めたまま恥ずかしそうに呟く。 こんな大胆な格好をしておいて、その態度。 中々良いギャップとなっていて、そそるものがある。 「とはいえ、ずっとこうしているわけにもいかないな」 マーモンが望んでいるものを与える。 それが、今の俺に求められていることだ。 改めて、そのことを強く意識しながら、突き上げられた マーモンのお尻をゆっくりと撫で上げる。 「ひゃぅ……」 その愛らしい見た目通りに、ぷにっとした感触が 俺の手に返ってくる。 その感触を楽しむように、手のひら全体を使って 尻肉をゆっくりと撫でまわす。 「あ……」 普段、日にふれることがないからか。 彼女の肌はとても滑らかで。 いつまでもこうしていたくなるような 手触りだった。 「まおう、さま……」 今度は指先も使って、マーモンを刺激する。 柔らかな尻肉を軽く掴むようにしながら、 むにむにと愛撫した。 「ん……ふぅ……」 肉付きの薄いお尻がいやらしく その形をゆがめる。 「はぅ……ん……」 俺の手が、尻肉を揉むたびにマーモンが くすぐったそうに身をよじった。 鼻にかかるような息を、マーモンは小刻みに 零している。 「くすぐったいのか?」 「す、少しだけ……あ、でも……んっ……」 「くすぐったい中に……ふ…… 体が、ぞわっと……します……」 決して、何も感じていないわけではないようだが、 まだ、刺激が足りないのだろう。 「んっ……は……」 マーモンの途切れがちな吐息の中に、 甘い響きはまだ篭っていないように思える。 「……ふむ」 もう少し違う場所から攻めた方がいいのかもしれないな。 背後からのしかかる様な体勢で、マーモンの胸と ベッドの隙間に手をすべり込ませる。 「あっ……ま、魔王様……胸は……」 手の平にちょうど収まるサイズの胸をやわやわと 揉みしだくと、マーモンが背筋を小さく震わせた。 彼女の耳元にそっと口を近づける。 「嫌なのか?」 触れ合うほど、近くなった互いの顔。 マーモンの耳元に寄せた口から紡がれる言葉は、 自然と控えめなものになって。 「んんっ……」 俺の吐息がかかったのだろう。 マーモンの肩が小さく竦められた。 「い、いえ……その……嫌とかではなくて……」 「あまり……大きくない、ので……私は……」 恥ずかしさに満ちた声色で、切れ切れに マーモンから告げられる。 「ベルフェゴルさんや……ベルゼブルさんと ……違って……」 「なるほど」 確かに、同じ四天王であるその二人と比べれば、 マーモンのスタイルは控えめだ。 むしろ、その二人が飛びぬけて スタイルがいいとも言えるが。 「自信がないんだな」 「……はい」 手を止めながらの言葉に、マーモンは 当たり前のような答えを返す。 自分のスタイルに自信があるようなやつが、 さっきみたいな言葉を口にするわけがない。 だが……。 「俺が好きだと言ってもか?」 言葉とともに、マーモンの胸をわしづかみにする。 「えっ? ……あぁっ」 戸惑いの声を漏らす彼女の乳房をきゅっと 強く揉む。 決して過剰ではない大きさの乳房。 きめ細やかな肌は、俺の手にしっとりと 吸い付くような感触を与える。 「柔らかさといい、手触りといい。俺は、好きだぞ」 大きさを除けば、まさに極上という言葉が ぴったりな手触りだった。 有り体な言い方をすれば、手が幸福だ、と いうことになるだろうか。 「ん……そ、そんな……あ……」 強く掴んだ後は、手の中で乳房を揺らすように、 小刻みに指を律動させる。 指先に帰ってくるふるふるという弾力が 非常に心地よいのに加えて。 「はっ……あ……んっ」 マーモンの反応もまた俺を喜ばせる一因となっていた。 短い間で、立て続けに異なる刺激を与えられた マーモンの口から、吐息が零れる。 「んっ……ふぁ……うん……」 手は止めることなく、マーモンの 密やかな胸を翻弄し続ける。 桜色の唇からは、断続的に吐息が零れていた。 「それでも、お前は自信がもてないか?」 そっと、耳元に囁くように問いかける俺の声に、 マーモンの体が小さく震えるのが感じられた。 「んっ……あ……」 控えめな吐息を、口から紡いだ後で。 「その言い方は……ずるいです……魔王様……」 少しだけ困ったような声色で、 マーモンが小さく主張してくる。 首が僅かに横に振られるのが見えた。 「ん……そんな、風に……あぅ、い、言われたら……」 「自信が……はぁ……もてないなんて、 言えません……よ」 多少、というよりもかなりズルい物言いだったことは、 自分でも理解している。 しかし、マーモンにはそのような言葉が必要だろう。 「こんな時くらい、謙遜はなしだ。マーモン」 「余計なことは考えず、楽しめばいい」 囁きながら、指先でマーモンの胸の先端を捉える。 そこは先ほどからの愛撫によって、ピンと立ち上がり、 快楽の度合いを自己主張していた。 硬くとがった乳首を指先で摘みあげる。 「あぁっ! や……はぁっ」 マーモンの口から、はっきりこぼれる 甘い響きを伴った嬌声。 彼女の反応に気を良くした俺はさらなる快楽を 与えることにした。 左右の乳首を同時にきゅっとひねり上げ、 そのままコリコリと扱き上げる。 「はっ……あっ! んぅ……ま、魔王様……っ!」 さらに、指の腹で、胸の先端を軽く潰すように擦ると マーモンの反応はさらに大きくなった。 ベッドのシーツを掴む彼女の手に ぎゅっと力が入る。 「それでいい」 片手をマーモンの胸から外して、ポンと 頭を撫でたその時――。 「んんっ!?」 マーモンの背筋が、ビクっと勢いよく跳ね上がった。 「ど、どうした……?」 何かマズイことでもしたのだろうか。 ついつい、不安になって手を止めて尋ねてしまう。 「あ……い、いえ……今、魔王様の手が…… 耳に触れて……」 自身の反応に戸惑っているらしく、マーモンは 言葉を探すようにゆっくりと口を開いた。 「それで……急に体に……ビクッと、 雷が走ったみたいに……」 余韻に小さく体を震わせながら、 マーモンが懸命に説明を行う。 「俺の手が、耳に……?」 そういえば、さっきから俺が耳元で何か囁くたびに、 マーモンは背筋を小さく震わせていた。 もしかして……。 「耳が弱い……のか?」 ぽつ、と疑問を零しながらマーモンの耳を そっと指先で撫でると――。 「あぁっ!」 ビクッと、マーモンが大きく身もだえをする。 「おっと」 予想以上に大きな反応に、思わず手を 引っ込めてしまった。 しかし、俺の判断は間違いなかったようで。 犬のような耳はマーモンにとってかなり敏感な 場所みたいだった。 「なるほど」 戯れに、片方の手で胸の先端を擦りながら、 耳を優しく撫で上げる。 「……っ! あっ、はぁっ!」 途端に、閉ざされていたマーモンの唇の合間から、 悲鳴のような嬌声が漏れた。 「んぅ……はぁ、あ、んん……」 耳と胸の先端。二つの場所から与えられる 異なる快感に、マーモンの声が止まらない。 幾度も声を上げているうちに、彼女の白い肌が かすかに赤みを帯びてくる。 「んぁ……あ、ああっ」 耳の縁を、親指と人差し指で軽く挟みながら撫でまわす。 柔らかな毛の感触もまた、心地良く思えた。 一方の手も休めることなく、まっすぐに屹立した 鮮やかな薄桃色の突起を少し強めに摘む。 「くぅっ……んんんっ! あぁっ!」 のしかかるように覆いかぶさる俺の体の下で、 マーモンが快感に大きく身悶えをした。 服従する犬のような姿勢を取るマーモンが、 俺の手によって乱れ続ける。 倒錯的な状況に、俺の中の嗜虐心が かすかにくすぐられた。 「やぁっ……体、ビクンって……!」 耳と胸を同時に愛撫しただけで、これほどに 乱れるのだとしたら、もっと敏感な部分ならば……。 そう。もっと敏感な場所と耳を同時に攻めたら どうなるのだろう。 不意に頭をよぎった疑問を確かめたくなった俺は、 マーモンの胸を解放した。 「はぁっ……はぁっ……」 強い快感から一時的に解き放たれたマーモンが、 荒く息を吐き出す。 快楽の余韻に浸るように、小さな体は震え続けている。 「まおう、さま?」 どうしたのかと、不思議そうな声を上げながら 俺を振り返ろうとした時――。 「ひうっ!」 俺は手をマーモンの大事な部分へと滑り込ませた。 くちゅ、と。指先に伝わる、濡れた感触。 「はぅっ! あっ! や、ま、魔王様っ!」 彼女の秘所は先ほどから与えられていた快楽により、 トロトロに蕩けていた。 割れ目の内側より、熱く濡れた蜜が零れだしている。 軽く指を動かしただけで、くちゅりと 粘着質な水音すら鳴った。 「……本当に耳が弱いんだな」 耳元でささやきながら、そっと舌を這わす。 「ふぁっ、ああっ!」 指先で触れるよりも、刺激的なのだろうか。 マーモンの口から、より甘い嬌声が漏れる。 甘美な刺激を送るたびに、彼女は身をくねらせて 艶めかしい反応を返す。 「あぅっ、体が、ぞくぞく、して……ああっ!」 マーモンの耳の縁を優しく唇ではみながら。 円を描くように彼女の入り口の辺りを、 指先で撫で上げた。 「あぅっ! くぅ……んんっ!」 まるで雷に打たれたように、マーモンの背筋が ビクビクと跳ね上がり震える。 このまま、指を突き入れたりしたら 達してしまうのではないか。 そんな予感を覚えながら、指先で 彼女の秘裂を押し広げる。 「んぁっ。ま、まおう、さま……」 中から零れた愛液が、俺の指先をししどに濡らす。 くちゃくちゃと、湿った音を鳴らしながら、 指先に存分に蜜を絡めて。 つぷり。 「は……あぁぁぁぁっ!!」 蜜と肉を掻き分けて、俺の指先が中へと侵入した途端。 ビクンっと、マーモンは背筋を仰け反らせ、 快楽の波の頂点へと達した。 ぷしゅ、と溢れ出す愛液が 俺の手の甲までもを、熱く濡らす。 「うぅ……あぁ……」 ふるふると、余韻に震えた後で、 マーモンの体から力が抜け落ちる。 「魔王……様……」 脱力しきったまま、惚けたような声が 虚ろに俺の名を呼ぶ。 「なんだ?」 軽く達した直後に、耳は刺激しない方がいいだろう。 耳からそっと手を離すと、くしゃりと マーモンの髪を撫でる。 くすぐったそうに、マーモンの目が僅かに細まった。 「私、その……はしたないかもしれませんが……」 「もっと……して欲しい……です」 躊躇いを多分に含ませながら、マーモンが改めて 俺に懇願してきた。 「まだ……魔王様を、いただいていません…… だから……」 普段の地味な姿からは考えられない、 大胆な願い。 それを叶えるために始まった行為であれば、 ここで止める道理はなかった。 「分かった」 もう言わずともいい、と言外に伝えるように もう一度マーモンの頭を撫でる。 その瞳に、期待の色が滲み出てきていた。 「このまま、続けるぞ」 「……はい」 俺が下した言葉に、マーモンが小さく笑みながら頷く。 それを見届けてから、既に硬く張りつめていた 自分の分身を解き放つ。 衣服の下で、解放を待ちわびていた俺の分身が、 硬くそそり立つ。 「魔王……様……」 頬を赤く染めたマーモンの瞳に、期待の熱が 炎となって揺らめいている。 心も体も、準備はとうに出来てるようだ。 「マーモン」 俺の先端を蜜で濡れそぼったマーモンの秘所へと 躊躇いなくあてがった。 「ん……」 くちゅ、と湿った小さな音が鳴る。 「あぁ……魔王様……」 恍惚に満ちたマーモンのうっとりとした声。 焦らしたり、待たせたりするつもりは毛頭ない。 「……いくぞ」 「は、はい……」 しっとりと汗ばんだマーモンの細腰をぐっと 押さえつけるように両手で掴む。 自身の腰を前に押し出して、秘裂の奥へと 侵入を開始した。 「く……うぅ……」 マーモンの声に、苦悶の色が篭った。 一度達した後とはいえ、マーモンの中は 俺の侵入を拒むように、狭くきつい。 「あぅ……んくっ、う、んんっ」 じわじわと行い続けた侵攻の末、 俺の先端が一際強い抵抗に襲われる。 異物の侵入を拒む障壁がそこにあった。 「マーモン……」 「魔王様……一気に、お願いします……」 「私のことは……気にしないで……どうか」 マーモンの言葉を受けて、俺はこのまま 突き進むことを決意する。 ぐっと腰に力を込めて、障壁に俺の先端を押し込む。 ぷつっ。 「あぁっ! んっ、く、うぅっ!」 何かを引きちぎるような感触を覚えながら、 俺のモノは突き進み。 やがて、すっぽりとマーモンの中に収まった。 「はぁっ……ふぅ、ふぅ……うぅ……」 結合部から純潔の証を流しながら、 マーモンが体を震わせる。 それが喜びから来ているのか、 苦しみから来ているのか。 見ているだけの俺では分からない。 「……マーモン」 大丈夫か、と声をかけようとした矢先。 「魔王様……」 切なそうな言葉とともに、マーモンが 腰を軽く前後に揺すり始める。 「ここで、やめたりしないでください……」 「大丈夫ですから……私は……大丈夫です。だから……」 俺に心配をかけないように、という 意図があるのだろう。 マーモンは腰をゆらゆらと動かし続けている。 「……いいんだな?」 「はい……痛みはもう引きました、から……」 俺を振り返るような余裕もなく、 マーモンが小さく頷きを繰り返す。 彼女の想い……俺が応えずにどうする。 ゆっくり腰を引きだしてから、 もう一度マーモンの中へと分身を押し込む。 「はっ……あぁぁっ!」 一度貫かれたマーモンの膣内は、俺をすんなりと 受け入れてくれた。 ずぶずぶと音を立てるような勢いで、 俺自身を飲み込んでいく。 「くっ……熱い……」 まだ俺自身の先端が入っただけだというのに。 彼女の膣内は痛いほどに狭く、そして気が 遠くなりそうなほど気持ちが良かった。 「あ、ああ……すごい……お腹の中……」 「少しずつ、んっ、押し広げられる、みたいで……」 苦しそうで。それでいて、どこか甘美な響きを含んだ マーモンの声。 耳を打つ音すらも、俺の中で愉悦に変わる。 「んぁ、あ……はぁ……」 体の中で高ぶり続けた情欲に焼かれたかのような 熱い膣肉が、俺のモノを締め上げてくる。 油断すると、一息に絞り上げられてしまいそうだ。 じわり、と慎重に進んでいくしかない。 そう思った矢先のことだ。 「んんっ、ま、魔王様っ! もっと……強く……」 「もっと強く……くださいっ」 マーモンの口から出たのは、もっと強い挿入を 願う言葉だった。 俺が動くのを待つかのように、小さなお尻を 微かに揺らしている。 「はぁっ、ま、まおう、さまっ」 ここで激しく動こうものなら、一気に俺の情欲が 爆発してしまうかもしれない。 だが。 「ああ、分かった!」 今は、マーモンの願いを叶えることを優先してやりたい。 そんな想いを抱いた俺は、マーモンの腰を 両手でしっかりと掴み直すと――。 ずぶりっ。 「あああっ!!」 柔肉を剛直で押し広げて行くかのように、 一息に強く突き込む。 一気に奥深くまで抉りこまれたマーモンの膣内が、 悦ぶように強く収縮した。 「くっ……」 搾り取るかのように包み上げられる剛直。 今すぐにでも、情欲を全て吐き出してしまいたい衝動に、 体と心が駆り立てられる。 欲望に任せて、何もかも出してしまえば どれほどの快楽を得られるだろうか。 だが、まだ果ててしまうわけにはいかない。 「やっ、お、奥まで……んんっ! 魔王様が……あぁっ!」 マーモンがまだ満足出来ていない。 彼女よりも先に俺が達して終わるわけには いかないのだ。 「やぁ、それ、深っ……あ、ああぁっ!」 歯を食いしばって、湧き上がる衝動を無理やり 押さえこみながら。 マーモンの内部を抉るように俺自身を突き入れる。 「私の……はぁっ! 奥まで……っ!」 「あぅ、やぁ……んぅ、あ、ああ、はぁ……っっ!!」 ずぶり。ぐちゃ。ぬちゃ。 淫猥な水音を響かせながら、腰同士を打ち付けあうような 強い侵攻を繰り返した。 一つに繋がるどころではない。溶け合って 混ざり合うみたいに熱く気持ちいい。 「んぁ……中、かきまぜられてる、 みたい、で……あ、ああっ!」 「んぅっ、あっ、ふぁ、や、はぁ……っ!!」 俺自身を出し入れするたびに、彼女の内部から 愛液がトロトロと溢れだしてくる。 太ももを伝わって零れ落ちたそれが、シーツの上に 小さな水たまりを作っていく。 「あふっ、んぁ、んぅ、くぅ、や、やぁ……っ!!」 激しく腰を打ちつけ合う音と、 マーモンの悲鳴混じりの嬌声。 そして、結合部で奏でられる粘り気のある水音。 三つの音色がみだらなハーモニーとなって、 俺の官能を否応なしに掻き立てる。 「ま、魔王様が、また、おおきく、んうっ!」 マーモンをもっと感じさせたくて。 マーモンをもっと悦ばせたくて。 ただただ一心に膣壁を擦り、抉り、貫き続ける。 「魔王様っ! 魔王様っ! 魔王様っ!」 小さな体を激しく揺さぶられながら、 マーモンが俺の名を何度も繰り返した。 「マーモンっ!」 それに応えるように、俺からも名を呼び返しながら、 何度も何度もマーモンを貫き、快楽を送り届ける。 ぐちゅぐちゅと、みだらな水音が一際高く鳴り響く。 「はぁっ、はぁっ! あぁっ! やっ!」 理性など打ち捨てた獣のように、ただ互いの肉を 貪り合い、そして、互いを求めあう。 結合部を通して一つに混じり合ってしまいそうな ほどの強力な悦楽。 「魔王……様っ! んぅっ! わ、私……!」 やがて、マーモンの膣壁が今まで以上に 締め付けを増してきた。 うねうねとした膣肉が絡みつき、 俺を絞り上げる。 「私……もうっ!」 マーモンの口から迸る限界を告げる声。 かくいう俺も限界が近付いていた。 下腹部に集まった灼熱の衝動が出口を求めて 俺の中で暴れまわっている。 「あぅ、あ、はぁ……魔王様っ、中に…… 中にください……あんっ!」 マーモンの律動が強く激しく、俺を締め上げた。 意識を奪われそうなくらいの 強烈な快楽が、俺の脳を焼く。 「私の……一番奥に……魔王様をくださいっ!」 汗に濡れた肢体を揺らしながら、マーモンが懇願する。 自分の中で、俺の疼きを解き放ってくれ、と。 「ああ。お前の願い、叶えよう」 最後の時に備えて、大きなストロークから 小刻みのストロークへと。 最奥を俺の先端で叩くように 何度も何度も貫いていく。 「やっ、はっ、ああっ、わ、私、も、もう…… もう……!」 「あっ、んっ、あっあぁっ……イっ…… んんっ……はぅっ……あ、あああっ……!」 強すぎる快楽に口をパクパクと開きながらも、 俺を受け入れ続けるマーモン。 「あ、や、はっ、んぅ……あ、くふっ!」 トドメとばかりに、彼女の耳元に顔を寄せて。 おもむろに耳を甘噛みした。 「ひあああっ!?」 甲高い絶叫がマーモンの白いノドから迸る。 同時に膣壁がぎゅうぎゅうと収縮し、 俺の我慢の限界を打ち破った。 「くぅっ!」 俺自身の中を猛烈な勢いで、精の衝動が駆け上る。 それは耐えようという気が起こらないほど 鮮烈で。 俺は、外界を求めて疾走する精の衝動のままに。 「いくぞ、マーモン!」 マーモンの名を叫びながら、ずんと一際激しく、 腰を打ちつけた。 「あぁぁっ! はぁぁぁぁっっ!!」 どくっ! どくん! びゅくっ! マーモンの最奥へと叩きつけるように、 情欲の塊が吐き出される。 魂までもが抜け落ちてしまうのではないかと 思うほどの脱力感。 ともすれば倒れてしまいそうな体を懸命に 保ちつつ、荒い息を吐いた。 「はぁ、はぁ、はぁ……」 呼吸を整えながら、体の下にあるマーモンの顔に 視線を送る。 「あぁ……おなかのなか、あつい……」 意識が飛びかけているのか、どこか夢見心地な様子で マーモンがうっとりと呟いた。 「マーモン?」 少し心配になり、彼女の名前を呼び掛けてみる。 すると――。 「はぁっ……んっ……ま、魔王様……」 とろん、と蕩けた目でマーモンは俺へと振り返り。 「ありがとう……ございました……」 小さな声で、そっと感謝の言葉を囁く。 「今日のことを……励みに……明日から、頑張ります」 「魔王様の夢を……一緒に、叶えるために……」 「よろしく頼むぞ、マーモン」 懸命に言葉を紡ぎ続けるマーモンの頭をぽんと撫でる。 「魔王様……このまま、一緒に眠ってもらって…… いい……ですか?」 「ああ、そうだな……そうしようか」 疲れのためだろうか。じんわりと眠気が 襲い掛かってくる中、小さく頷く。 「……おやすみなさい、魔王様」 「おやすみ」 そのまま、二人折り重なるようにしながら。 まどろみの中へと、ゆっくり落ちて行くのだった。 「伝説の……ダンジョン?」 移動中、リブラと二人でかわす会話の中で そんな単語が出てきた。 「はい。伝説の海賊が秘宝を隠したという迷宮の話です」 「伝説の海賊が秘宝を隠した迷宮、か」 言葉の響きは悪くない。 中々、男心をくすぐるロマンのある話だ。 「ひきこもり心をくすぐられましたか?」 「そんな心、最初から持ってねえよ!」 「あと、インドア派とか箱入りって言え!」 「はいはい。では、そういう感じで」 「おざなりだなっ!」 しかし、このままツッコミ続けても 愉快な話ではない。 それよりも、さっきの話を続けるべきだ。 「それで、なんだ。その、財宝の 眠るダンジョン……か?」 「秘宝を隠したダンジョン、です」 「大筋は変わらないだろ」 「まあ、確かに」 「ともあれ、そのダンジョンか……行く価値はあるな」 「懐事情は常に寂しいですしね」 「……まあな」 ヒスイたちの浪費癖を如何したものか、と。 発端は、他愛ない愚痴のような話からだった。 浪費と言っても、大半は消耗品の大量一括購入。 決して無駄ではない、それどころか必要な出費である。 それだけなら俺も黙っていただろう。 あいつらが勝手に所持金を減らす分には構わない。 「なんで、俺の財布からも減るんだよ!」 ただ、納得がいかない点はそれだった。 買い物をした覚えがないのに、財布の中から 金が消えていることがたびたびあった。 なんでも、パーティー間では所持金が共有されるらしい。 理屈は分からない。だが、何故かそうなってしまっている。 まったく意味が分からない。 「今まで、何度も理不尽や不条理は経験したが、 ここまで意味が分からない出来事は……」 ……あれ? なんか、結構ある気がしてきたぞ。 「ま、まあ、それはさておきだな」 それは一旦置いておくとしよう。 「個人的な問題もあるが、資金難はやはり問題だ。 旅そのものの快適さは維持したい」 以前のように宿代すらなくなることが、 二度とないとも言えない。 最高級の干し肉と引き換えの野宿は、何かがおかしい。 「乗り物があれば、野宿も多少楽にはなりますが?」 「船はヒスイが休めないし、馬車は俺が気を抜けない」 「……そうですか」 リブラが何か珍しいものでも 見るような感じで頷いている。 「どうした……?」 「いえ、まるで勇者を気遣っているように聞こえたので」 「……そうか?」 「はい」 「いや、まあ、ほら、船酔いで苦しんでいる 奴の傍だと気が休まらないだろ」 「それだけですか?」 「それだけだ」 それだけ……のつもりだ。 「そうですか」 リブラがこくりと頷いて、納得を――。 「ツンデレですね」 しちゃいねえっ!? くっ、ま、まあ、いい。 「とりあえず、ダンジョンに挑戦するメリットはあるな」 隠された秘宝とやらを手に入れることが出来れば、 多少は金銭問題も解決するだろう。 あればあるだけ、使い切りそうな気も若干するが。 それでも、ないよりはある方が良いに決まっている。 「はい、それに女神の力が薄い場所なので 勇者達のレベルアップも滞るでしょう」 「待て、そっちの方が重要な情報じゃないか!?」 女神の加護が薄い場所? そんな場所なら、上手くいけば勇者を倒せるのでは……。 「よし……行こう!」 よし、行くぞ! さあ、行くぞ! すぐ、行くぞ! 金銭問題が解決する上に、あわよくば勇者も倒せる。 なんて素晴らしいダンジョンだ! 「まあ、勇者も危険なダンジョンということは、 あなたも危険なのですが」 「そこは、こう、なんだ。上手くやるさ」 あいつらだって、きっと秘宝とか ダンジョンとか好きなはずだ。 ならば、行くしかないだろう! こうして、大いなる野望を胸に秘め、俺は海賊の秘宝が 眠るというダンジョンへと向かうことにしたのだった。 「はい! 行ってみましょう!」 どこまでも明るく、濁りのない素直な返答。 相変わらずの即断即決っぷりだった。 「伝説のダンジョンかあ」 クリスは何やら思案しているようだ。 どうしたんだ。勇者が決断した以上、 異議が出るとは思えないが。 「本か何かで読んだ覚えがあるよ。確か、伝説の 海賊の秘宝が隠されているんだっけ?」 お、なんだ。割と有名なダンジョンなのか。 まあ、伝説って付いているくらいだから、当然か。 「わたしも、聞いた覚えがあります」 「確か、先端がドリルになった剣があるんですよね」 「ド、ドリル!?」 先端がドリルな剣!? いや、それ切れないだろ。突き専用じゃないかよ。 「私も聞いたことがあるな」 「確か、迷宮の中では悪魔を仲間に することが出来るんだったか」 「はぁっ!?」 悪魔を仲間にする? どうやって!? 「仲間にした悪魔を合体させることも 出来るんでしたよね」 「ああ、そうだったはずだ」 「はぁぁぁっ!?」 仲間にした悪魔を合体させる!? だから、どうやって!? 分からない、何も分からない。 こいつらが何を言っているのか、さっぱり理解出来ない! 「二人とも、それは違うよ」 そうだよな。違うよな。 悪魔を仲間にしたのみならず、合体することが 出来るダンジョンなんてあるわけがないよな。 「それは、別のダンジョンだよ」 「あるのかよっ!?」 どこだよ! それ、どこにあるんだよっ!? 俺、そんなもの聞いたことないぞ! 「ちなみに、悪魔は交渉で仲間になります」 「それは、こう、あれか?」 「魂を取られたりとか、そういうのか?」 「いえ。お金を払えば、大丈夫です」 「金で解決するのかよっ!!」 世の中、万事金か!? 金があれば、悪魔ですら仲間になるのか!? 世も末だな、おい!! 「お金が足りない場合は、歌ったり 踊ったりしても大丈夫です」 「自分を安売りしすぎだろ、悪魔っ!!」 そんなのでいいのかよ! なんだったら、俺、今からでもその ダンジョンに行きたいくらいだ。 「ちなみに、背後を取られた瞬間、ほぼ 全滅するので注意しておいてください」 「背後に便器の気配を感じたら、諦めてください」 「便器の気配って、どんなのだよ!?」 悪魔がウロウロしているダンジョンなんだよな……。 便器に背後を取られたらほぼ全滅とか、 もう何がなんだか分からない。 それはあれだろうか。暗号かなにかだろうか。 「さておき、海賊の秘宝が眠るダンジョンなんだけど」 「おっと、そうだな」 いかん、いかん。つい話が横道にそれてしまった。 今日の本題は海賊の秘宝なダンジョンだ。 「確か、女神様のご加護がなくなるんですよね。 気を付けないと」 お。なんだ、それはもう周知の事実だったのか。 「大丈夫だよ、ヒスイちゃん。ご加護は弱くなるだけで、 なくなったりはしないから」 「ああ。みんなの力を合わせれば、乗り越えられるさ」 「そうですね。頑張りましょうっ」 まいったな。この調子だと、例のダンジョンのことを 知らなかったのは俺だけか? 悪魔が仲間になるダンジョンとか、こいつら やたらと詳しかったし……。 ダンジョンに入った後は、結構慎重に 立ち回らなければいけないな。 「皆さんなら、大丈夫です。ちなみにダンジョンの魔物は、 魔王の命令を受け付けないくらいに凶暴化しています」 「……え?」 「女神の加護が薄いのと、おあいこですね」 「あいこじゃねえよっ!?」 嘘、ダンジョンの中の魔物って、 俺の言うこと聞かないの!? それ、最悪の場合、俺が魔物たちに やられるってことじゃねえか! 「そういえば、ダンジョンの中に 食べ物は持ち込み不可だったな」 「なんで?」 食べ物が持ち込み不可って、どういうことだよ。 汚された困るとか、そういうことか? 「もしも、中でお腹が減った場合は どうすればいいんですか?」 「我慢するしかないんじゃないかな」 「結構、シビアだな!」 「まあ、マスタークラスになれば平気らしいな」 「魔物の肉を食べ繋いで生活出来るように なるらしいですね」 「ええええっ!?」 ダンジョンに住んでる魔物ってあれだろ。 大抵がジメジメしたところが好きな、そういう奴らだろ。 あれを……食べるのか……? 「マスタークラス、おそるべし……」 ていうか、そいつはもう人間じゃ なくなっている気がするな。 「では、そろそろ出発しましょう!」 「いい修行が出来そうだ」 「楽しみだね、ジェイくん」 クリスが楽しみとか言うと、嫌な予感しか しないのは何故だろう。 「ああ、行こう」 ともあれ、待っているがいい。伝説のダンジョン。 この俺が制覇して、秘宝を持ち出してやるぞ! 「皆さん、行きましょう!」 「なじみのダンジョンへ!」 「……え?」 なじみのダンジョン? 「え? あれ? そういう名前なのか?」 「はい。そういう名前です」 「伝説の海賊の秘宝が眠るダンジョン、 っていうのは……?」 「一応、それが正式名称ですが……長いですよね?」 「うん。まあ、長いな」 「というわけで、通称がなじみのダンジョンです」 「そうか。そういう通称なのか」 なんで、そんな通称になるんだよっ!! 俺の胸中での叫びをよそに、歩を進める。 目指す先は――なじみのダンジョン! 「伝説のダンジョン、だったよな?」 「はい。伝説です」 「一応聞くが、ダンジョンってあれだよな。 迷宮とかそういうダンジョンだよな」 「当たり前だろ」 「その……ここ、町だよな」 「町だよ」 「あ、あれ? じゃあ、ダンジョンって どこにあるんだ?」 「もしかして、町の中にあるのか?」 「正確には、町外れにダンジョンの入り口があります」 「ここは、ダンジョンに挑戦する冒険者が集う町です」 「たくさんの人たちが挑戦するから、その人たち相手の 商売を始める人も出てきたんだよ」 「なるほど。そういう連中が集まって、集落が出来たと」 それが発展して、今はこうして町になっているのか。 「なじみのダンジョンって言われるのも、こうして人々の 生活の中にダンジョンが馴染んでるからなんですよ」 「なるほどな」 中々上手い名前を付ける奴もいたもんだ。 感心しながら辺りを見渡す。町並みはかなり立派なもので、 町としての規模もそれなりにありそうだ。 もしかして、アワリティア城下町くらいは あるんじゃないのか? 「とりあえず、まずは宿屋を探そうよ」 「そうですね。そうしましょう」 「町に着いたら、まず宿屋は基本だしな」 「そうだな」 まあ、これだけの規模の町だ。宿も さぞかし立派なものがあるのだろう。 多少の期待を覚えながら、俺たちは 宿を探して町を歩くことにした。 大通りから少し入った場所で、一件の宿を発見した 俺たちはその前で足を止めていた。 「ふむ。料金表が張り出されているな」 「この町では、宿の部屋に等級があるみたいですね」 「ほう」 泊まる部屋にランクがあるなんて、初めての経験だ。 今までは選ぶことすらできなかった。 「まあ、選べるとなれば……」 魔王である俺が、みすぼらしい部屋に 泊まるなど許されるわけがない。 ここは、最上級の部屋を選ぶしかないだろう。 料金は……っと。 「500Z!? 高すぎるだろ!」 ちょ、え、どういうことだ!? 一人当たり一晩500Zなんて高すぎる。今までに こんな高値の宿なんて見たことがない。 というか、一番安い部屋でも30Zするじゃないか! 「どうしました。いまだかつてないほどに 深刻そうな顔をされてますけど」 「いや、こう、高すぎないか? ここ」 「ああ、宿の値段ですか。 それなら心配ないと思いますよ」 「どういうことだ?」 「すぐに分かると思います」 リブラはそれ以上何も言わずに、 視線でヒスイたちの方を示す。 あいつらが、どうしたというんだ? 「うーん。ここはやっぱり馬小屋ですね」 馬小屋? 「そうだな。それが一番だろう」 馬小屋が一番? 「時間も一晩しか過ぎないしね」 馬小屋が一番よくて、一晩しか過ぎない? ……え? 「というわけで、今日は馬小屋に泊まりましょう」 ええええええっ!? 「う、馬小屋って部屋なのか!?」 「はい。看板をよーく見てください。 下の方に書いてありますよ」 「えーっと、何々?」 馬小屋、無料。 「ああ、うん。確かに書いてあるな」 「なので、宿泊費は問題ありません」 「そうか……無料だもんな」 それなら、金銭の心配をする必要はないだろう。 なんせ馬小屋だし。 というか、馬小屋って馬と一緒に 寝なきゃいけないのか? 「いやいやいや、それはありえないだろ」 いくらなんでも、本当に馬小屋に泊まるわけないだろ。 これは、そう、あれだ。きっと、暗号ないしは 宿屋のジョークに決まっている。 俺はそう信じながら、馬小屋へと向かうのだった。 宿からさらに一本先の路地へと入ると、そこから 先は一気に寂れた様相だった。 位置的にはさっきの宿の裏手くらいだと思うのだが、 変わりすぎだろ、風景。 「本当に馬小屋じゃねえかよ!!」 俺たちが通されたのは、馬が繋がれた小屋。 間違いなく馬小屋である。 馬小屋ということは、当然のように 馬と一緒に休むことになる。 「なんで、俺がこんなところで……」 馬小屋の中は馬が占拠していて入れない。 なので、小屋の軒先を借りるような形の、 ほとんど野宿と同じ状態だ。 果たして、これを部屋と呼んでいいのだろうか。 謎である。 「ひとまず、明日の準備をしておきましょう」 「そうだね。先生たちは前衛だし、 念入りに準備しないとね」 「アイテムも選別しておかないとな」 馬小屋の中、少し離れた場所で ヒスイたちが手荷物を改めている。 いつもなら、全部まとめて無造作に荷物入れへと 突っ込んでいるだけなのだが、どうしたのだろう。 「あれは、何をしているんだ?」 「ああ。ダンジョンの中では道具の 所持数に制限がかかるのです」 「よって、持ち込む道具は厳選しなければいけません」 「……え?」 道具なんて、今まで無制限に持ち歩いていただろうに。 どうして、このダンジョンだけ 所持数に制限がかかるんだ。 「それは少し不便だな」 ……って、いやいやいや。 道具を無制限に持ち歩けるってことは、 普通じゃないからな! おかしいことだからな!! 少し不便とか、なんで、俺はすっかり 慣れきっているんだよ! 「ジェイさん、一緒に準備をしましょう」 「あ、ああ、そうだな」 おっと。明日、潜ることになるダンジョンは、 魔物たちが凶暴化しているんだった。 俺の命令すら聞かない魔物たちを相手にするのであれば、 準備は万端にしておかないとな。 何が起きるか分からないし。 「ええっと、道具には制限があるんだったよな。 何個まで持ちこめるんだ?」 「8個まで、です。装備が多いわたしたちは、 あまり道具を持てないんですよ」 「8個か。分かった」 まあ、常識的に考えて持てるのはそのくらいだよな。 百個単位で道具がストックして あることの方がおかしいんだ。 「装飾品も、所持道具に数えられちゃうんだよ」 「ほう、そうなのか」 装飾品まで含めて、8個しか持ち込めないのか。 これは結構厳しいな。 「魔法使い、すまないが荷物を預かって貰えないか?」 「ああ、構わない。前衛は大変だな」 ヒスイやカレンは、装備品が多い分 荷物の管理が大変そうだ。 防具も所持品に数えられるのだから、当然だろう。 こいつらがどこにどうやって防具を 装備しているのかは知らないが。 「ともあれ、師匠。準備が終わったら寝ましょう」 「明日は、我々も戦闘に参加しなければいけませんので」 「お前も参加するのか?」 今まで、傍観に徹していたというのに、 明日はリブラも参加するのか。 「はい。ここは人数制限が緩いですから」 「制限が緩い? どういうことだ?」 「明日になれば分かりますよ」 「明日になれば、なあ」 まあ、自分で体験してみるのが何事も一番早いな。 今日は体を休めておくとしよう。 馬小屋で眠るという初めての体験に胸を躍らせながら。 って、躍るわけないんだが。 とにかく、夜は更けて行くのだった。 馬小屋で目覚めた後、俺たちは朝食も そこそこに出立することにした。 向かう先は、もちろんなじみのダンジョンだ。 「そういえば……この人数でダンジョンに挑むのか?」 移動中、不意にカレンが呟く。 そういえば、昨夜リブラが人数制限が どうのこうのと言っていたな。 早速、その話が出てきたな。 「確かに、ちょっと心許ないかもね」 「ダンジョンは、六人までは入れるんでしたね」 「六人までは……?」 別に、一度に何人入ろうとも構わないだろうに。 何故か、四人やら六人やら、人数に制限を かけるのが好きだな。こいつらは。 「それじゃ、あれか。もう一人足りないってことか」 「足りないのは……シーフか?」 「そうだね。シーフが欲しいね」 シーフ? ここのダンジョンは、そんな奴の力が必要になるのか? 「俺たちの中にシーフはいないな」 ああ、いや、他人のタンスを勝手に 調べるのはシーフっぽいが。 でも、勇者だもんな。ヒスイは。 「どこかで、シーフさんと会えればいいんですけど」 「その辺りで、暇なシーフが歩いていたらいいんだが」 「流石に、そこまで都合よくはいかないだろ」 まあ、世の中上手い話ばかりがあるわけない。 たまたま暇そうなシーフがその辺りを 歩いているなんて、ありえないだろう。 「あ、みんな。ダンジョンの入り口が見えてきたよ」 クリスが指差す方向へと視線を向けると、 そこには遺跡のような建物が遠目に見えた。 なるほど、あれが入口か。本当に、町外れにあるのだな。 「クフフフ。どこかにダンジョンに 挑む一行はいないものでしょうか」 「暇を持てあました通りすがりのシーフが、 ここにいるのですが……」 「あ、ジェイさん。あそこに……」 「やめろ。目を合わせるなっ!」 ダンジョンの入り口へと到着した途端、怪しげな格好を した怪しげな奴が、わざとらしくウロウロしていた。 あいつ、何をしてるんだよっ!? 「おや、あんなところにダンジョンに必須の シーフさんがいます。これは助かりましたね」 こいつ!? 急に何を言い出した!? 「そうだな。ぜひとも仲間に入れたいな」 「誘っちゃおうよ」 「というわけですが、師匠」 くっ……他の奴らまで口々に賛同を始めやがった。 これはどんな罠だっ!? 「ジェイさん……」 「ああ、うん。み、みんながいいのなら、 俺も反対はしないぞ、うん」 ここは、アスモドゥスを受け入れる しかないようだ。 「はいっ!」 「えっと、そこのシーフさんっ!」 「おや。わたくしめに何かご用でしょうか?」 「わたしたち、今からダンジョンに挑むんですけど、 シーフが足りないんです」 「よければ、わたしたちを手伝っていただけませんか」 「ほほう。あなたがたを?」 アスモドゥスが全員を見渡す……と見せかけて、 あからさまに俺をじっと見ていやがる。 やめろ! こっちを見るな! 怪しまれるだろ! ていうか、もう見た目で圧倒的に怪しいけど! 「クフフフ。いいでしょう。 ただし、分け前は山分けですぞ」 「はいっ、よろしくお願いします!」 キッチリ報酬を山分けにしようとする辺り、 かなり抜け目がないな。 この辺りは、流石シーフというべきか。 いや、まあ、本当はシーフじゃないんだけどな。 「これで六人揃ったな」 「幸先がいいね。これも女神様のお導きかなっ」 言えない。実は、魔王とその関係者が 三人いるなんて、言えない。 半分が魔王サイドなんて、絶対に言えない! 「それでは、向かいましょうか」 「ですね。ダンジョンに突入しますっ!」 まあ、なにはともあれ六人パーティーとなった俺たちは、 ダンジョンに挑むべく入口へと向かったのだった。 「って、入った途端に殺風景になった!?」 ダンジョンに入った俺が見たのは、なんというか 二色で構成された世界だった。 壁にも床にも、模様どころか汚れ一つ付いていない。 まるで、線だけで作られているかのようだ。 「これが伝説のダンジョンかあ」 「意外と殺風景なんだな」 「少々、毛色が違いますな」 どうやら、抱く感想は全員似たようなものだったらしい。 「それじゃあ、気を付けて進みましょう」 ヒスイの号令とともに、全員が 一歩を踏み出した途端――。 「気を付けろ! 魔物が来たぞ!」 カレンが声を上げると同時、天井から何か落ちてくる。 「なんだ、スリーミーか……って、潰れているな」 「きっと、ダンジョンに合わせて進化したのでしょうね」 「そ、そうか?」 これって進化って言っていいのか? 「皆さんで倒しちゃいましょう!」 「ここは先生に任せて。“死の風”」 「え……?」 クリスが今までに聞いたことのない呪文を唱える。 その途端、目の前に並んでいた 魔物たちが一瞬で消え去った。 「い、今の呪文はなんだよ!?」 「え? このダンジョン限定の呪文だよ」 「はぁぁぁぁっ!?」 「魔物たちの息の根を一瞬で止めちゃうんだ」 え、えげつねえ!! 神官が唱えるような呪文じゃないぞ! 一撃で息の根を止めるなんて! 「ちなみに、ここではダンジョン限定の 呪文しか使えません」 「それは俺もか?」 「はい、あなたもです」 「なんで!?」 「そういう決まりですので。後で、マニュアルを 渡しますので、目を通していてください」 納得は出来ないが、呪文は俺にとっての生命線だ。 後で念入りにチェックしておくとしよう。 「お。宝箱が出てきたな」 どうやら、さっきの魔物は宝箱を持っていたらしい。 だから、どこに宝箱を隠してたんだよ。 「まあ、とりあえず開けておくか」 ともあれ、宝箱を開けようと 手を伸ばしたところで……。 「あ、駄目です! 待ってください!」 「お、おう!?」 いきなりヒスイに大きな声で注意を 受けて、ビクリと手を止める。 「どうしたんだ?」 「駄目だよ、ジェイくん。慌てるのは厳禁だよ」 「そうだぞ。罠があったらどうするんだ」 「わ、罠?」 え? 今まで、お前ら警戒なんて しなくて宝箱開けてたよな。 なんで、急にそんなことを言い出すんだ。 「クフフフ。ここは、わたくしめにお任せください」 「シーフの腕の見せ所でございます」 アスモドゥスが宝箱の前にしゃがみ込んで、 鍵穴に針金を差し込む。 お。意外とさまになっているじゃないか。 しかし、アスモドゥスは本職は シーフではない。大魔導師だ。 さまになっているとはいえ、 宝箱を開けることなんて無理だろう。 「クフフフ、ほら、この通り!」 普通に開けたっ!? 「残念ながら、中身は金貨だけのようです」 「いや、残念ながらって、金貨が入ってるんなら それで十分じゃないか」 「きっと、先に進めばもっといい物が手に入りますよ」 「折角だから、大物を狙わないとな」 「そして、目指すは財宝だねっ」 「腕が鳴りますね、師匠」 やはり、全員まだまだ先を目指すようだな。 確かに伝説の海賊が隠した秘宝には興味がある。 折角だから、それも拝んでみたい。 「よし、先に進もう」 ここは、素直にこいつらのやる気に乗っかっておこう。 「という流れなんだ」 巨大鳥の力を借りるためには、まず眠っている鳥を 目覚めさせる必要があるらしい。 そして、その鳥が眠っているという遺跡へと向かう船上。 俺とアスモドゥスはまたもや、甲板の隅っこでの 会議を行っていた。 「未踏の大地ですかー。いやー、なんだか ワクワクしますね!」 まあ、例によって余計なオマケがいるのだが。 というか、こいつらが普通に船の中にいることに、 もうすっかり慣れてしまったな。 「いいなー、私も行ってみたいなー」 「お前、空を飛べないだろ」 「チッチッチ。私は空を飛ぶ必要なんてないんです」 「何故なら、私の能力はもっとすごいからっ! ででーん!」 自分で効果音を付けながら、マユが自慢げに胸を張る。 本当に、気楽なやつだ。 「問題なのは、その試練の大地とやらで 勇者たちが力を付けてしまうことだ」 あいつらがどれだけ力を付けるのか、それは分からない。 ベルフェゴルを倒す力を得る可能性も十分に高い。 というより、あいつらならきっと それくらいの力を得るに違いない。 旅を続けるうちに、俺はそんな確信を持てるようになった。 「巨大鳥を目覚めさせないように するしかありませんね」 「ああ。ちなみに、お前たちは伝説の巨大鳥と やらに心当たりはあるか?」 「ございません」 「鳥なんて、ちっとも興味ありませんね」 「そうか」 この二人にも心当たりはない、か。 当然のように、俺にもないわけだが。 「ていうか、こういう時こそリブランを 頼らなくてどうするんですか」 「いや、あいつは……」 謁見の間で聞いたリブラの呟きが、耳の中によみがえる。 あの時、あいつはヒスイたちが巨大鳥の力を借りる ことに成功すると、確信をもっていた。 何故そう思ったのかは分からない。だが……。 「この件に関しては、相談するだけ無意味だ」 確信を持っているリブラを使うわけにはいかない。 まあ、俺が何を言ったとしても、きっと 無駄だとバッサリ切り捨てるだろうし。 「では、この件に関してはジェイ様が勇者に同行しながら、 手を打つという形でございますね」 「無論、我々も船の上から取れる手は尽くします」 「ああ、そうしてくれ」 あいつらと行動を共にしながら、俺にとって 有利な方へと誘導する、か。 幸い、あいつらからの信頼はかなり 勝ち得ている自覚はある。 今までは上手くいかなかったが、 今回こそは上手くいくだろう。 いや、いくさ。いってほしい。 「頑張ってくださいね、ジェイジェイ」 いい加減、呼び名に関してはスルーもしつつ。 どのような手段を用いるべきか、今から 入念に計画を立てておくとしよう。 次第に大きくなっていく目的地の島を見ながら、 俺は静かに闘志を燃やすのだった。 何事もなく目的地への上陸を済ませた俺たちは、 問題の遺跡へと真っ直ぐに足を運んだ。 伝説の巨大鳥が眠るという遺跡。 そこに入った直後――。 「…………」 俺は、まず言葉を失った。 その後で自分の目を疑い、最後には 世界の在り方というものを考え始めた。 「うわー、大きなタマゴですね!」 ヒスイのその言葉が、全てを物語っていた。 遺跡へと踏み込んだ直後、俺たちが目の当りにしたのは 巨大なタマゴだった。 「どう見ても、この中に巨大鳥が眠っているな」 「疑う余地は一切ないね」 まったくもって、二人の言う通りである。 数人が手を繋いで、ようやく取り囲めそうなくらいの 巨大なタマゴ。 誰がどう見ても、なんと言おうと、どう考えようとも、 これが伝説の巨大鳥と無関係なわけがない。 むしろ、正解そのものだろう。 「なんで、野ざらしにしてあるんだよっ!」 伝説の巨大鳥という名目であるからには、 それはもうすごい伝説が残っているのだろう。 そんな鳥だというのに、このぞんざいな扱いはなんだ。 「一応聞いておくが……これが、そうなんだよな?」 「はい。バッチリその通りです」 「そうか……」 こっそりと尋ねてみると、リブラから返ってきたのは 順当というか予想通りというか……。 まあ、そうだよな。という答えだった。 「分かりやすくてよろしいですね」 「分かりやすさの犠牲になっているものが 多すぎるだろ!」 思いっきり人目に付く場所で、しかも雨風も凌げない ような所に放置とか、罰ゲームかよ! 俺が鳥だとしたら、タマゴの中でさめざめと泣くわ! 「扱いが雑すぎるぞ、これは……」 「雑、ですか。なるほど、確かにそうですね」 俺の呻きに、リブラが小さく頷く。 「このイベント自体が、かなり雑なものです」 「何かヒントがあるわけでもなく、それらしい キーアイテムが存在するわけでもない」 ああ……また、わけの分からないことを言い始めたな。 「事態を修正しようとして早まっている、と いったところでしょうか」 何やら一人で考え込んでしまったリブラは、 とりあえず放っておくことにする。 何か聞いたところで、またよく分からない言葉が 出てくるに決まっている。 「でも、どうやって起こせばいいんでしょうね?」 「ノックしてみようか」 くす、と笑みながらクリスが軽くタマゴの殻を叩く。 コツコツと、まるで金属でも叩いたか のような音が小さく鳴る。 「硬そうな音だな」 「実際、硬いね。ノックだと、中まで届かないかも」 タマゴを叩いた手を軽く振ると、 クリスは手の甲へと息を吹きかける。 どうやら、本当にかなり硬いらしい。 「……ふむ」 ここで俺が考えなければいけないのは、どうすれば 巨大鳥を目覚めさせずに済むか、だ。 この場合、手段が見つからないから諦めよう、 という案は通じない。 今までの流れから考えると、女王にどうすればいいのか 聞きに戻り、そこで解決策を得ることになりそうだ。 つまり、俺が導くべきは致命的な失敗である。 「いっそ、叩き割ってしまおうか」 カレンが口にしたのは、思いっきり力技だった。 「……なるほど」 タマゴを扱う際の致命的な失敗といえば、 やはり誤って割ってしまうことだろう。 眠りに就いた巨大鳥を力技で無理やり起こす、なんて ことが成功するとは、とてもではないが思えない。 この手、試してみるか。 「やるだけやってみよう」 「ん? 試してみても構わないのか?」 「ああ。特にヒントもない状況だからな、 思いついたことを色々と試してみよう」 「という方針でどうだ? ヒスイ」 「はいっ、そうしてみましょう!」 ヒスイから返ってきたのは、『はい』という言葉だった。 勇者がそう選んだ以上、パーティー全体の 方針は決まったも同然だ。 「一番ありえなさそうな行動が 正解って場合も結構あるしね」 流石、色々とありえない神官だ。 クリスが言うと、妙な説得力がある。 「では、早速試してみよう」 言うやいなや、カレンは両手で剣を構えて――。 「せやーっ!!」 一息に切りかかる。 中空に銀色の軌跡を描きながら、刃はタマゴへと迫り。 カラを叩き、そこで停止した。 「くぅぅ……なんて硬さだ。まるで、 鉄を叩いているみたいだ」 弾かれた衝撃で、痺れが残ったのだろう。 カレンは剣から離した手を大きく振っていた。 「……なるほど」 この結果から、俺は自分の考えが 正しいという確信を抱いた。 これだけ頑強なカラに覆われている理由は、 破壊されないために違いない。 つまり、巨大鳥を目覚めさせる正当な手段は、 破壊ではないということだ。 「ものは試しだ。全員で一斉にやってみよう」 俺がやるべきは、やはりこのタマゴの破壊に他ならない。 ならば、ここは俺自らが手を下さねばなるまい。 「みんなで協力ですね。分かりましたっ!」 カレンの剣を弾くとはいえ、所詮はタマゴのカラ。 魔王たる俺の魔力の前にはひとたまりもないだろう。 他の連中と協力するという形にして、分かりにくく こっそりと俺の超魔法を炸裂させてやろう。 「わたくしも参加でしょうか?」 「もちろんだ」 万全を期すために、リブラも参加させよう。 何事も、手は多いに限る。 「じゃあ、先生も祝福された聖なるメイスで 頑張るからねっ」 「ああ。よろしく頼む」 武器の見た目としては、叩き割るのに 一番適した武器だしな。 あのえげつないメイスで、えげつなく叩いてもらおう。 「よし。それじゃ、号令は頼んだ。魔法使い」 カレンが両手で武器を構え直すのを合図とするように、 全員が攻撃の準備を行う。 「ああ、いくぞ。せーのっ!」 俺の掛け声と同時に、全員の攻撃が タマゴへと向けて放たれた! 「……む?」 俺たちの同時攻撃を受けてもなお、タマゴは健在だった。 ほう。まあ、そうでなくては面白くない。 「よし、もう一回だ」 果たしていつまで耐えられるのか……これは見ものだ。 あれから一斉攻撃を繰り返すこと数回。 「…………」 目前には、相変わらずタマゴが堂々と鎮座していた。 「……あれ?」 しかも、そのカラにはヒビどころか、 傷一つ入っていなかった。 お、おかしいぞ。こんなに硬いなんて、予想外すぎる。 「うーん。これだけ繰り返しても、駄目かー」 「他に手を探すべきでしょうね」 まずい……流石に、そろそろ疑問を抱かれ始めた。 というか、何故リブラが真っ先に裏切ってやがるんだ。 「これ以上やったら、剣の方が参ってしまいそうだ」 「あ、それは確かに」 ああ、これは本格的にマズイ。 この二人までこんなことを言い出しては、 攻撃をひたすら続けさせるのも難しい。 ど、どうする……。 「あ、あと一度。あと一度だけ試してみよう。なっ!」 「やれやれ、しょうがないな」 「一度だけだよ?」 「それじゃ、次で最後ですね」 よし。泣きの一回に持ち込むことには成功したぞ。 こうなれば……分かりやすく 超魔法を撃つしかないか? あまり分かりやすく使うと、俺の正体が バレてしまいそうなのが怖いが……。 やむをえまい。ここは、リスクを負うしかないだろう。 「よし、それじゃ――」 覚悟を決めて、俺が詠唱を開始しようとした時。 ピキ――。 「……うん?」 最初はかすかな音だった。それが、徐々に 大きく、はっきりとしていき――。 「あ、あれを見ろ!」 「タマゴに……ヒビが……!」 タマゴのカラに亀裂が走り始める。 うおおおおっ! やっと割れたああああ! 長かった。本当に長かった! 「何が出てくるかな?」 好奇に満ちた眼差しで何が起こるのかを 待ち構える三人を、内心でほくそ笑む。 これからお前たちが目にするのは絶望だ――。 伝説の巨大鳥の最期を、しかと目に 焼き付けるがいい……! 俺たちが見守る中、タマゴは大きく二つに割れて――。 「トリィィィィッ!!」 ……え? 「もしかして、これが……」 「伝説の巨大鳥、かな?」 「すごいっ! ジェイさんが、眠りから 目覚めさせましたっ!」 えええええええっ!? ちょ、お前、なんでタマゴの中で 大きな姿のまま寝てるんだよ! 普通、タマゴの中身って言ったら、 白身とか黄身とかだろ! 固形物が入ってるんじゃねえよ!! 「トリッ! トリ! トリリッ!」 タマゴから出てきたばかりの鳥は、 なにやら興奮しているように思えた。 鳴き声らしきものをさっきからしきりに連呼している。 というか、鳥ってトリと鳴かない気がする。 「なにか、言いたそうですね?」 「でも、流石に鳥の言葉は分からないよ」 「どうやら、わたくしの出番のようですね」 今まで後ろに控えていたリブラが、 すっと前に歩み出てくる。 「何を言っているのか分かるのか?」 「はい。おおよそですが、理解は出来ます」 ぬう。さすがは”伝説の魔道書”……。 まさか、鳥と意思疎通すら出来るとは。 ……でも、鳥ってあんな鳴き方しないよなあ。絶対。 「トリッ! トリリ!」 「ふむふむ……なるほど」 リブラがしたり顔で、しきりに頷く。 「何を言ってるんだ?」 「直訳と意訳はどちらがいいですか?」 「意訳で」 嫌な予感しかしないが、まあ分かりやすい方が いいだろうとは思う。 「では、こほん」 「殴って壊そうとするとか、まじありえへんて。 ガンガン、ガンガン、やかましくしおってからに」 何故か、リブラが少し不思議な言葉で話し始めた。 これが意訳というやつだろうか。 「あんまりうるさくて我慢出来ないから、 出てきてもうたわー! ガハハハハ!」 「だ、そうです」 「トリッ!」 その通りだ。みたいな感じに巨大鳥が鳴く。 というか、あいつ、もしかして こっちの言葉が分かってるのか? 「そ、そうだったのか……」 「中はうるさかっただろうね」 「す、すみませんでした……」 勇者一行が鳥に向かって謝る。 これは、かなり愉快な光景だ。 「悪かった。確かに、考えなしの行動だったな。 反省する」 俺も付き合って、一応の謝罪だけはしておく。 「トリィッ!」 「まあ、予想外すぎて笑えたので、気にすんなや」 あの短い泣き声に、本当にあれだけの意味が 込められているのだろうか。 少し怪しく思えてきた。 「なんにせよ、眠りから目覚めさせたのに 違いはないから、力貸したる」 「どこにだって、運んでやるで!」 「トリ!」 とうとう、巨大鳥が鳴くよりも早く、リブラが言い始めた。 それは訳してないだろ、とは思うのだが……。 まあ、鳥の様子を見る限り、あながち 間違ってないようには思える。 ……はっ、待てよ。ということは……? 「無事に、巨大鳥さんの力を借りることが出来た ……ということですか?」 「となります」 「やったー!」 ああ、うん。そういうことになる……よな……。 なんでこうなるんだよおおおおおっ!! 「喜ぶのはそこまで、そこまでだよっ!」 俺が頭を抱えそうになった瞬間、 元気のいい声が辺りに響き渡る。 「ど、どなたですかっ!?」 「辺りには誰もいなかったよね」 「……っ! 上かっ!」 カレンがそう叫んだ途端。 「やっほーっ!!」 遥か上空から落下してきた何かが……いや、誰かが、 俺たちから少し離れた場所に着地する。 どのくらいの高度から一気に落ちてきたかは定かではない。 だが、そいつは落下の衝撃なんてまるで感じていない かのような、ケロっとした顔で。 「魔王様の命令で、キミたちをズバーンズバーンと やっつけにきたよ」 ぐっと握りこんだ拳を、こちらへと 突き付けるように向けた。 「……あれは」 「知っているのか?」 「はい。彼女こそが、風の魔将”〈蟲姫〉《こき》ベルゼブル”です」 「あいつが――」 そういえば、四天王の中でただ一人、 風の魔将はまだ出てきていなかった。 このタイミングで遭遇するとは ……アスモドゥスの差し金だな。 「君は誰なのかな?」 「おっと、ごめんね。うっかりしてた!」 「ボクは、ベルゼブル。四天王の一人で、 風の魔将だよ。よろしく」 底抜けの明るさと、元気の良さ。どことなく、 ヒスイと似たような感じを受ける。 「わっ! おっきな鳥さんがいる」 「鳥さんは危ないから、下がっていた方がいいよ」 「トリ、トリト」 「言葉に甘えさせてもらうわー。みんな、頑張ってなー」 リブラが訳するのを待ってから、巨大鳥が軽く 翼を羽ばたかせて、高所へと移動する。 軽い羽ばたきだというのに、辺りには強い風が 巻き起こり、全員の髪をなびかせる。 「おお、いい風っ!」 「それで、えーっと、誰が勇者さん?」 「わたしです」 剣を携えながら、ヒスイが一歩前に出る。 ベルゼブルの目は真っ直ぐにヒスイの姿を捉え、 ヒスイの眼差しがスッとベルゼブルへと伸びる。 「そっか。はじめまして、そして」 「さようなら!」 元気のいい言葉とともに、ベルゼブルが 地面を蹴って体を宙へと浮かばせる。 体全体から、風が放射状に周囲へと放たれる。 これが、風の魔将――。 「皆さん……!」 「準備なら、とっくに出来ているさ」 「うん。大丈夫。もう負けないから」 さて、ここはこいつらに再び敗北を 味あわせるのもいいだろう。 戦闘を行うことに、異論はない。 「以下同文だな」 「そして、右に同じくです」 「……はいっ!」 「それでは……風の魔将・ベルゼブル。 勇者ヒスイと、その仲間がお相手しますっ!」 「よーっし、いっくぞー!」 こうして、風の魔将”蟲姫・ベルゼブル”との戦いが、 幕を開けた。 さて、入る早々に戦闘が起こってしまったが、 改めて確認しよう。ここがスタート地点だ。 今のうちに、出来るだけ色々確認しておこう。 「作りは意外としっかりしているな」 先ずは壁に手を当てて、軽く強度を確かめてみる。 潜ったはいいが、途中で崩落してはたまらない。 直線だけで構成されたようなシンプルな壁だが、 ちょっとやそっとの衝撃では崩れそうにない。 「魔法使いは心配性だな、伝説のダンジョンが そんな簡単に崩れるわけがないだろう」 「その信頼はどこから来るんだ」 「伝説によると、ドラゴンが走り回っても 大丈夫らしいからね」 「ここ、ドラゴンとかいるのか!?」 ドラゴンが凶暴化して襲い掛かってきたりしたら……。 ああ、いや、俺は余裕さ。余裕だよ。 だけど、こいつらは、きっとひとたまりもないはずだ。 ここで一網打尽にすることも夢ではない。 よし、気合が入ってきたぞ! 「しかし、中で合流しなければ いけないかと思いましたが」 「普通にパーティを組めて行動出来ましたな」 「新しい話では、その辺りはザックリしていますからね」 「あ、新しい話……?」 また、俺がよく分からないダンジョントークが 始まってしまった。 だが、まあ、悪魔が仲間になるとか そういう話に比べれば、インパクトは薄い。 ここは、適当に流して先に進もう。 「む。十字路か」 早速、分かれ道だな。 辺りを見回してもヒントになりそうなものは何もない。 さて、どっちに進もうか。 前に進む 右に進む 左に進む 「……あ」 リブラが何かに気付いて声を上げる。 俺たちの前方にいたのは……。 「なんだ、ウサギか」 いかにも弱そうな魔物だった。 しかも、こちらには気付いていない様子。 ついでだ、片手間に蹴散らしてやろう。 「さて、あの程度の奴らなら……」 「ま、待ってください、ジェイさん!?」 「馬鹿な真似は止めるんだ!」 「ジェイくん、早まっちゃ駄目!」 「ど、どうした……!?」 凄い勢いで引き止められてしまう。 しかも馬鹿な真似とまで言われた。 「危うく首をはねられるところでしたね」 「誰にっ!?」 「あのウサギにですよ」 「あのウサギが、首をはねるのか……?」 いやいや、いくらなんでもないだろ。 だって、ウサギだぞ? どうやって、首をはねるんだよ。 「ああ。このダンジョンでも かなり有名な、凶悪な魔物だ」 「近寄る者はみんな首を落とされるんだよ」 「交戦は避けた方がよろしいかと」 「そ、そうなのか?」 あ、あれ? アスモドゥスまで、 交戦を避けろとか言っているぞ。 もしかして、本当にあのウサギは危険なのか? 「とりあえず、あいつらがどこかに行くまで待とう」 ここは、君子危うきに近寄らず、だろう。 俺たちは、ウサギの姿が見えなくなるまで待ってから、 先へと進むことにした。 「っと、どうやらここで行き止まりのようだな」 なんだ、この道は外れか。 しょうがない、さっきの十字路まで戻るとするか。 前に進む 左に進む 前に進む 「む。行き止まりか」 先に進めないことを確認して、元の場所まで 戻ろうとしたところで。 「ここで調べ物をすると、中々経験値が 高い亡霊が現れますがどうします?」 リブラがおもむろに、そんなことを口にする。 「経験値が高い……ですか」 あ、まずい! 経験値って言葉に、ヒスイが反応した! 「いや、ちょっと待て、ヒスイ」 ここは、どうにか上手く言いくるめなければ。 レベル上げを始めるとか言い出されたら面倒だ。 「今回の目的は海賊の秘宝だろう。そんな亡霊よりも、 先に急ぐことを優先した方がいいと思うぞ」 「んー……そうですね。先の方で、強い敵が 現れるかもしれませんし」 「ここは先に進みましょう」 よし、上手くいった! 「先に進むためには、十字路まで戻らないとな」 念のため、ここにはもう近付かないようにしておこう。 前に進む 右に進む 前に進む 「今度は扉か」 通路の行き止まりに、扉が三つ。 分かれ道の先にあったのは、新たな分かれ道。 これでこそ、迷宮という感じがする。 「さて、ここは」 前の扉 右の扉 左の扉 扉を開けると、いきなり目の前に魔物の姿が。 向こうは戸惑っているのか、目に見えて動きが鈍い。 「ここは、先手必勝だな」 ヒスイたちに戦わせて、こいつらを 疲れさせておくとしよう。 「ちょっと、待ってください!」 早速、指示を出そうとしたところを ヒスイに止められる。 「どうした?」 「友好的な魔物さんですし、 見逃してあげましょう」 「友好的な魔物……?」 え? こいつ、そうなのか? 「友好的な魔物はね、目を見れば分かるんだよ」 「そんな簡単に分かるのか?」 いや、俺、初耳なんだが。 「魔法使いも、やってみろ」 二人に促されて、魔物の目をじっと見つめてみる。 「…………」 「どうですか?」 「え? あ、お、おう。そうだな……」 どうしよう、全然分からない。 俺、魔王なのに……魔物たちの頂点にいるのに。 「ともあれ、この場は立ち去るとしましょう」 「そうだな」 部下の気持ちが分からないのに、俺は 魔王を名乗っていいのだろうか。 などと考えてしまう経験だった。 右の扉 左の扉 さあ、ここには何があるのだろうと、 部屋に立ち入った瞬間。 「きゃー、えっちー。異邦人よ、去れ!」 どこかで見覚えのある奴が意味の 分からない言葉を発していた。 そして、気が付くと俺たちは何故か ダンジョンの入り口に立っていた。 「今のは、なんだ!?」 いや、まあ、マユがいたのは分かるが、 分かるのはそれだけだ。 一体何が起きたのか、まったく 意味が分からない。 「きっと人見知りの激しい偏屈な魔法使いが 着替え中だったのでしょう」 「鍵くらい付けとけよ!?」 「付けても、こじ開けられますし」 「ああ、なるほど」 確かに、ダンジョン内に鍵があれば、 確実に開けようとするだろう。 まあ、うん。そこまでは分かる。 それはそれとして。 「人見知りの激しい偏屈な魔法使いって、 どういうことだよ!」 その無意味はキャラ付けは、いったいなんだ!? くっそ、このダンジョンもわけが分からないな! まあ、スタート地点に戻されたことくらいは、 分かるけど! 「また、最初からやり直しかよ……」 やれやれ。ようやく、ここまで戻って来れたな。 前の扉 左の扉 左の扉 「な、なんだ!?」 通路を歩いていると、急に周囲が真っ暗になり 何も見えなくなった。 前に立つ三人はかろうじて分かるが、そこから 先の様子は全く分からない。 「ダークゾーンに入ったみたいだね」 「ダ、ダークゾーン?」 ダークゾーン。すなわち、闇の領域。 なるほど、その名に恥じぬ闇っぷりだ。 ん……? あれ? 魔王といえば闇、闇といえば魔王。 そして、魔王といえば俺。 闇の呪文を得意とする俺にとって、 闇とは忌避すべき存在ではない。 「なんで、俺が見通せないんだよ!?」 え? なに? この闇って、そういうのじゃないの? 俺が操ったり使ったり出来る、そういう闇じゃないの? 「ひゃうっ!? い、今、誰か触りました!?」 「――ッ!?」 俺の魔王的聴覚がヒスイの声を捉える。 「すまない。私の手が当たったようだ」 ど、どこにだっ!? 「そ、そうですか。……ひゃんっ!?」 また聞こえたっ! 「ごめんね、ヒスイちゃん。先生、足元が ふらついちゃって」 「そ、それなら……しょうがないですね…… って、も、もまないでくださいっ!」 ぬううっ!! 一体、前方では何が起こっているんだ!? 闇よ消え去れ! 全てを白日の元に曝け出させろ!! 「どれだけ頑張っても見えませんよ」 「クフフフ。若さでございますな」 くそっ、ダークゾーンめ! なんで俺には見通せないんだよっ!! 左の扉 通路をしばらく進んだ先で、またしても 分かれ道が俺たちを待っていた。 「ぬう、思ったよりも複雑な作りだな」 扉を開けて中へ入るか、あるいは左右の通路を進むか。 さて、どっちから行ってみようか。 扉を開ける 右に進む 左に進む 「この部屋は……」 一見して、ただの狭い部屋なのだが、 ここは何かが違う。 魔王の勘が、俺にそう告げていた。 「どうやらエレベータールームのようですね」 「エレベータールーム?」 何の捻りもなくオウム返しで聞いてしまう。 実際、初耳の部屋なので仕方ないだろう。 「この部屋ごと上下の階に移動する仕掛けだね」 この部屋ごと、動くだって? 一体、どういうことだ? 好奇心が刺激される。 「しかし、今は動いている気配はしないな」 「んー、残念です」 「そうだな」 どうやって、この部屋が上下動するのか 興味を引かれただけに、少し残念だ。 どうにかして、動かすことが出来ればいいんだが。 「別の道を探すとするか」 動いていないものは仕方ない。 人生、たまには諦めも肝心だろう。 「お待ちください。このような所に 鍵穴がございます」 「あっ、本当だ」 みんなが見逃していた小さな鍵穴を 見つけるとは、流石シーフだ。 中々目ざといな。 いや、シーフじゃないんだけどな。 「ともあれ、鍵穴か」 「鍵が必要ですね」 「だが、鍵なんて持ってないぞ」 「そうですね。他の場所の探索を 優先させた方がいいでしょうね」 「ふむ、それが妥当だな」 まだ見ていない部屋もあるだろうし、 そこから見ておこう。 俺たちは、エレベータールームを 一旦後にすることにした。 右に進む 左に進む 右に進む 「鍵といえば、さっき拾っていたよな」 「これにございますな」 アスモドゥスが荷物の中から鍵を取り出して見せる。 「早速試してみましょう」 「それでは」 アスモドゥスが鍵を鍵穴へと差し込む。 鍵は穴の中へと寸分たがわずに飲み込まれていき……。 カチリ。 「あ、合いましたね」 小さな音が鳴ると同時、部屋が小さく揺れる。 微弱な振動はしばらくの間、続き――。 やがて、静かに収まった。 「ここがエレベータールームだったな」 だが、肝心のエレベーターは今は起動していない。 さっき、ここで見つけた鍵穴が何か 関係しているのは間違いないだろう。 「先に鍵を探さないとな」 他の場所の探索に向かうべく、 俺たちは部屋を後にした。 右に進む 「さて。ここは鍵が必要だったな」 「ここで、行き止まりか」 「って、うん?」 床で、何かがキラリと光っている。 これは……。 「鍵、か? どうして、こんなところに 落ちているんだ?」 どこの鍵は分からないが、一応拾っておくか。 「……あれ?」 鍵を拾おうとしたのだが、何故か上手く拾えない。 まるで、鍵が床にくっ付いているような感じがする。 「いかがなさいました?」 「この鍵が拾えないんだ」 「なるほど。今のあなた様では無理ですな。 わたくしめにお任せください」 そう言うとアスモドゥスは手を伸ばし、 あっさりと鍵を拾い上げる。 「あ、あれ? 拾えたのか?」 俺はあれだけ苦労して拾えなかったというのに、 どうしてアスモドゥスは簡単に拾えたのだろう。 「あなた様は既に所持品が、一杯のようでしたので」 「所持品が……って、ああ、荷物の制限ってやつか」 それは分かっていたんだが、鍵すらも 拾えなくなるって、どういうことだよ! 女神の加護が薄いはずのダンジョンでまで、俺は ツッコミを入れ続けないといけないのかよ! もう、さっさと秘宝とやらを入手して、 このダンジョンを出てやるとしよう。 扉を開ける 左に進む 扉を開ける 扉を開ける 左に進む 扉を開ける 通路を歩いている途中、不意に 全身を浮遊感が襲い――。 「うおおっ!?」 その後、急激な落下。 硬い床に打ち付けられた体に、衝撃と痛みが走る。 「いたたた……」 頭上を見上げると、さっきまで歩いていた床が ぽっかりと抜け落ちていることが分かる。 どうやら、罠にかかってしまったらしい。 「落とし穴まであるのか、このダンジョンは」 痛みに顔を歪めながら体を起こそうとして……。 ふにょん。 「わっ、ま、ままま、魔法使いっ! どこを触っている!?」 「す、すまないっ!」 ふにゅん。 「ひゃうんっ!? ジェイさん、そ、そんな ところ触っちゃ……駄目です……」 「わ、悪いっ!?」 むにゅん。 「んぅっ……ジェイくん、情熱的だね」 「そういうつもりじゃないんだ!」 むにっ。 「あ……っ、今動かれては困ります……」 「わ、分かった!」 ぐにんっ。 「クフフフ。大胆でございますな……」 「お前は黙れっ!?」 「ていうか、全員まとめて落ちてるのかよっ!?」 六人全員がまとまって落ちる穴って、 相当な大きさだろ! 誰だよ、こんな物作ったのは……! 「ともあれ、上の人からそーっと抜けましょう」 「そ、そうだな……」 ぬう……。なんて大規模な罠が仕掛けてあるんだ。 これだけの手間、もっと他のことに割けなかったのかよ。 変な場所を触ってしまったりしないように気を付けながら、 俺たちはどうにか落とし穴から這い上がった。 「やれやれ、先に進むか……」 今度からは、足元に注意しながら歩こう。 俺は固く心に誓った。 「って、行き止まりかよっ!!」 くそっ! 落とし穴なんて罠が仕掛けられているから、 何かあるものだと期待していたのに! 骨折り損もいいところじゃないか! 「だんだん腹が立ってきたぞ」 俺はこの怒りを何にぶつければいいのだろう。 やりきれない思いを抱いて、 来た道を引き返すことにした。 扉を開ける 右に進む 扉を開ける 扉を開ける 右に進む 扉を開ける エレベーターから外に出てみる。 通路の様子は、先ほどと変わっているようには 見えないが。 「別の階に着いたのか?」 「はい。ここは地下4階です」 「4階ですか?」 「はい、4階です」 「2階や3階は調べなくてもいいのか?」 「はい。特に何もありませんから」 「だったら、なんで作ったんだ!?」 「趣味じゃないかな」 趣味、て。どんな趣味だ。 「一気に秘宝まで近付きましたね。 このまま、この階を探索しましょう!」 ヒスイの言うように、秘宝に近付いたのは事実だ。 だったら、それでいいか。 この階も、気合を入れて探索しないとな。 「む、扉のある分かれ道か」 よく見ると、扉には『コントロールセンター』と いう文字が刻まれている。 「なんだよ、コントロールセンターって」 中に入るのが微妙に怖い気がするな。 とはいえ、調べないわけにもいかないだろう。 さて、どうしようか。 扉に入る 右に進む 左に進む 「ここに、次のエレベーターの起動に必要な 青いリボンがあるはずです」 「青いリボン? エレベーターってリボンで動くのか?」 「はい。そういうことになっています」 「そういうことになっているのなら、仕方ないな」 「仕方ないですね」 「仕方ないね」 あ、あれ? なんで、こいつら こんなに物分りがいいんだ? エレベーターがリボンで動くってことに 疑問を抱いているのは俺だけか? こいつらが時たま見せる理解の早さは 一体なんだろう。 「で、その青いリボンなんだが」 「ふははー、このリボンが欲しければ、私を 倒して奪うがいいー」 「あいつが持ってるってことでいいんだよな?」 「はい」 「そうか……」 まずは深呼吸から始めよう。 大きく息を吸い込むことによって、 新鮮な空気を体に取り込む。 そして、大きく息を吐き出すことで、 全身の余計な力を抜く。 よし。これで準備はバッチリだ。 「お前、ここで何してるんだよっ!?」 「ふははー、このリボンが欲しければー」 「繰り返さなくていいからっ!!」 本当に何をやってるんだ、あいつは……。 「あの格好……もしかして」 「何か知っているんですか、先生」 「うん。噂で聞いたことがあるんだ。 彼女は脱げば脱ぐほどに強くなる……」 「まさに、青いリボンを持つための存在!」 「そ、そうだったのか!」 どこの噂だよ!? 誰発信だよ、一体!! 「ふっふっふ。今の私は、すでに結構脱いだ状態です!」 「うん。まあ、見れば分かるが」 「このスケベッ!」 「ええええっ!?」 俺、一体どうすればいいんだよ! 「ちなみに、裸に近い彼女は素手で 人の首をはねるらしいよ」 「しかも、かなりの高確率で」 「マジかっ!?」 ちらりと、マユの方を見てみると。 「シュシュシュッ、シュシュシュッ」 何やら素振りを始めていた。 まあ、それはいいんだが……なんで、 あいつ、俺をジッと見てるんだ? 「クビカリッ、クビカリッ!」 ああ。あいつ、俺を狙ってるのか。 そうか、そうか。 だったら、容赦する必要なんてないよな! 「“核撃”!」 「うひゃー!? こ、これで勝ったと 思うなよー! です」 マユの奴が、結構余裕ありそうな感じで走り去って行く。 その後には、青いリボンが残されていた。 「リボン獲得、でいいんだよな」 「流石にございます」 まあ、これでいいか。 そう思いながら、この場を後にした。 右に進む 左に進む 右に進む 右に進む 左に進む 右に進む 「まっすぐな道が続くな」 「たまには、そういうこともあるでしょうね」 前方を歩く三人の背中を見ながら、 その後をひたすら追いかける。 ただまっすぐに進む途中、手持ちぶさたを 感じてふと天井を見上げると。 天井に張り付いている何かが 蠢いているのが目に入った。 「……うん?」 あれはなんだろう。 そう思いながら、目をこらしていると……。 『それ』は、前を歩く三人へと向けて、 襲い掛かるように天井から落下してきた! 「きゃあっ!?」 天井から襲い掛かってきた『それ』に、クリスが捕まる。 「やっ、な、なに、これっ!?」 クリスの体に絡みつくドロドロとした あれはなんだ……? もしかして、あれもスリーミーの一種、なのか? あんなにドロドロとして、ぬるぬるとして、 服の隙間から入り込んでいくのが……。 「ふぅ……んっ、あ、熱い……」 「やっ……そんな吸い付いたら……駄目っ」 服の中をぐにぐにと這いずり回るのみならず、 熱くて吸い付くのか。 ほう……。 これはこれで、よしっ!! 「ジェ、ジェイくん……助け……あんっ」 「くっ……助けたいのは山々なんだが……」 もう少し、あともう少しだけ見ていても大丈夫だろう。 いや、大丈夫。きっと大丈夫なはずだ。 「呪文を使ったら、お前を巻き込んでしまうっ!」 よって、ここは観察に徹する! 「え……ちょ、ちょっと、ジェイくん……んんっ!」 ピクっと、クリスの体が軽く弾む。 豊かな胸のふくらみが、体に合わせて大きく揺れる。 ……よしっ!! 「巻き込むとか……気にしなくて……あっ、 いい、から……」 「だから……」 すまない、クリス。 もう少しだけ、もう少しだけ俺に時間をくれ! 俺には時間が必要なんだ! よし! とうとう、服がボロボロになり始めたぞ! この瞬間を待っていたんだ! なかなかいい仕事をするじゃないか。 ええっと、なんかスリーミーの仲間っぽいやつ! 「はあ……はあ……」 肩で大きく息をするクリスの頬は、心なしか 赤みを強めてきていた。 いや、頬だけではなく、覗く素肌も 赤く染まっているようだ。 「ジェイ……くん……」 「はぁ……せ、先生……もう……んあっ」 くっ、流石にそろそろ助けないとマズイか。 しょうがない。お楽しみの時間はここまでだ。 俺が颯爽と呪文を唱えようとした瞬間。 「……堪忍袋の限界、かな」 「……え?」 とても冷たい声が、俺の耳に届いた。 「“死の風”“死の風”“死の風”ッ!」 連続で詠唱される呪文によって、クリスに絡みついて いたスリーミーたちが一瞬で全滅する。 おまけに、あんなにボロボロだった服が、 もう元に戻っている。 こいつ、装備を変えやがったな! 「ジェイくーん」 鈍器を片手に、とてもいい笑顔のクリスが 俺へと歩み寄ってくる。 ああ、これは死んだな。と。 俺は瞬時に悟った。 「申し訳ありませんでした」 一瞬で諦めの境地へと達した俺は、粛々と その場に膝を付いて、土下座を敢行した。 「許されると思った?」 「…………」 何も返す言葉はなかった。 ただひたすらに土下座を続ける俺の頭に、 こつんとわずかな衝撃だけが走って。 「次は絶対に許してあげないから」 「先生は、あんな魔物じゃなくてジェイくんに 触ってもらいたいんだからね」 少しだけ愉快そうな声を聞いて、 俺はこいつには勝てない、と。 新たな悟りを得たのだった。 俺たちは、行き止まりへと辿り着いた。 そこにあるのはただ壁のみ、で。 「あれ、階段とかない……な」 「道中、隠し扉もございませんでした」 「ということは、ここはハズレの道かな?」 「あ、ちょっと待て。この壁に何か数字が書いてあるぞ」 「あっ、本当だ。4から10までの数字がありますね」 カレンが指差す位置を見ると、確かに 壁に数字が書かれていた。 「これは、なんだろう?」 数字に何か意味があるのだろうか。 壁を前にして、俺が首を捻ると。 「他の箇所の探索を優先してはどうでしょうか?」 横合いから、リブラがそう提案してくる。 「そうだな。ここでも、また鍵か何かが 必要なのかもしれないし」 「この階をぐるりと見て回った後で、 もう一度戻って来ましょう」 「そうしよう」 俺たちはこの場の探索を一旦切り上げて、 他の箇所を見て回ることにした。 扉に入る 左に進む 扉に入る 「ここで、ブルーリボンの出番です」 「ここで使うのか?」 荷物の中から、拾っておいた青いリボンを取り出す。 「で、これをどうすればいいんだ?」 「どうするとかそういうのは一旦横に置きまして」 「置くのかよっ!?」 「ひとまず、10という数字に触れてみてください」 「10だな」 とりあえず、リブラの言葉に従って10の数字に触れる。 途端に、足元が小さく揺れる。 「わわっ」 「これは……ここも、エレベーターなのか?」 「みたいだね」 俺たちを乗せた床が、グングンと降下していく感覚。 確かに、エレベータールームで感じたものと同じだ。 「次がいよいよ10階……このダンジョンの最深部です」 「はやっ!?」 1階と4階しか探索してないのに、もう最深部!? 構造おかしくないか、このダンジョン!? ともあれ、エレベーターは機械的に俺たちを導く。 伝説のダンジョン――最深部へと。 「さて、戻って来れたな」 もう一度、行き止まりまで来てみたものの、 何の変化も起こっていない。 「うーむ。相変わらず、よく分からない場所だな」 この数字が怪しいのだが、触れてみたところで 何の変化も起きない。 何か、鍵のようなものが必要なのだろうか。 「コントロールセンターとやらが何か関係ありそうだな」 とりあえず、あそこを調べてからまた来るか。 俺たちは、分かれ道へと引き返すことにした。 扉に入る 通路の奥までたどり着いた俺たちの目の前には、 堂々と宝箱が置かれていた。 あまりにも堂々と鎮座する宝箱は、 威風さえ放っていた。 「さて、わたくしめの出番ですな」 「ああ、うん。任せた」 もはや、アスモドゥスの本業が なんだったのか忘れそうになってしまう。 それくらいに、アスモドゥスは立派なシーフだった。 「では……」 開錠の準備をしながらアスモドゥスが近寄った時――。 宝箱の中から手足が生えて、おもむろに立ち上がった。 …………。 その場に沈黙が訪れる。 「なんだ、あれぇぇぇっ!?」 「ミミックの希少種です。あれと 遭遇するなんて、レアですね」 「ちっとも嬉しくねえよ!!」 なんだ、あの姿。 上手く言い表すことが出来ないが、端的に 言うならば気持ち悪いの一言だ。 「ど、どうしましょう……」 「あんなのと戦いたくないだろ!」 「そうだね。ここは逃げておこう」 「ああ……私も、あれはちょっと……」 全員が全員、ミミックの姿にかなり引いていた。 今、俺たちの心は、一つになっていた。 あれと戦いたくない。 「方針は決まりましたな」 「ですね。それでは……」 「逃げろっ!!」 今来た通路を一目散に駆け戻る。 そんな俺たちを――。 「追いかけてきてるっ!?」 やけに、綺麗な走り方でミミックが 追いかけて来ていた。 「こ、怖いですっ!」 「振り向いたら負けだよっ!」 「とにかく、足が動く限り走るんだっ!」 今、俺たちの心は、再び一つとなった。 しつこく追跡をしてくるミミックが諦めるまで、 俺たちの逃走劇は続いた。 扉に入る 右に進む 右に進む 扉に入る 右に進む 右に進む 数々の試練と困難を、多分大幅に スルーしてたどり着いた最深部。 俺たちの目の前に、伝説が姿を現す。 『伝説の海賊マグヌソン兄弟の部屋』 「ここが……海賊の秘宝が隠された部屋」 「いや、どう見ても自室だろ!」 秘宝を隠すとか、そういうおおげさな話じゃなくて、 自分の部屋に保管してるだけじゃないのか? 「ダンジョンの最下層に自室って、どうなんだ?」 「きっと、人見知りの激しい性格だったんだろうね」 「まあ、まともな性格はしてないだろうけど」 それにしても、こんな場所に部屋を 作っても生活しづらいだろうに。 まあ、その辺りは個人の好みか。 「ともあれ、えーっと、なんだ。 ここに入ればいいんだよな?」 他人の自室に勝手に入るのも、多少気が引けるが。 秘宝のためならば、いたしかたあるまい。 「どうやら、今は留守のようだな」 「どうしてそんなことが分かるんだ?」 「ほら、見てみろ」 カレンに指し示されたのは、看板の下の方。 こっちにも何か書いてたのか。 ええっと、なになに……? 『営業時間:夕方〜翌朝まで』 「夜行性かよ!!」 というか、営業時間ってなんだよ。 もしかして、自室じゃなくて職場なのか!? 「今、何時ぐらいだ?」 「腹具合から察するに、夕方前だな」 お腹に手を当てて、時間を計るカレン。 こいつ、そんな特技あったんだな。 「カレンちゃんが、そう言うなら間違いないね」 「信頼度高いなっ!」 でも、腹具合だろう? 信じていいのか? 「留守で間違いないでしょうな。鍵が かかっておりましたので」 「お前、いつの間に……って、鍵がかかっていた?」 「はい。先ほど、さりげなく開錠をしておきました」 「仕事早すぎだろ!」 こいつ、魔王城で参謀やら何やら している時より輝いていないか? シーフとして、活き活きと鍵を開けているし。 もしかして、こっちの方がむいているんだろうか。 「それじゃあ、お部屋に入りましょう!」 「ああ、うん。そうなるよな」 他人の家に踏み込んでためらいなくタンスを調べるんだ。 伝説の海賊の部屋で、秘宝を探すこと くらい朝飯前だろうな。 ノリノリで部屋に踏み込むヒスイを見て、勇者とは なんだろうかと哲学的な問いに悩む俺だった。 それは見慣れた光景だった。 いや、見慣れる前に目を逸らした光景かも知れない。 「カレンちゃーん、そっちはどうだったー?」 「こっちにはないな。ヒスイはどうだ?」 「それらしいのはありませんよ」 他人の部屋を手慣れた感じで探し回る勇者たち。 「これは、わたくしめも負けておられませぬな」 そして、それに対抗心を燃やす自称シーフ。 「いやあ、楽しそうで何よりだよな」 「師匠は参加しないのですか?」 「俺は別にいいさ」 最後に、一同を傍観する俺たち。 むしろ、諦めの境地に達した俺。 だって……こいつらを止めることなんて、 不可能に決まっているだろ。 「ジェイさん、ジェイさーん! 宝箱を見つけました!」 「きっと、これが海賊の秘宝ですよ!」 「そうか。良かったな」 諦めの境地に達した俺は、ヒスイに優しく 笑いかけることすら出来た。 もう、ツッコミとかもしない。 「む。ヒスイが最初に見つけたか」 「先を越されてしまいましたな」 「ヒスイちゃんは宝探し上手だね」 「はい。わたし、勇者ですからっ」 「うん。勇者とか関係ないからな」 「師匠が……ツッコミの牙を……抜かれている……」 何故か、隣でリブラが驚いているが、 とりあえず気にしないことにした。 「では、早速宝箱を開けてみますねっ」 満面の笑顔とともに、ヒスイが宝箱を開ける。 全員が秘宝を見ようと箱を覗き込む。 その中にあったのは――。 「ハンマー?」 一本の無骨な鈍器。 海賊の秘宝というからには、強力な武器なのだろう。 詳しくは調べてみないことには、分からないが。 「これは……伝説の、雷神の鎚ですね」 「分かるのか?」 「ええ、ここに書いてます」 ハンマーの柄の一部をリブラが指差す。 そこに小さな紙が張ってあり……。 『伝説の雷神の鎚:500000Z』 「…………」 「市販かよっ!」 一瞬、溜めを挟んでからツッコミの声を炸裂させる。 「師匠が……牙を取り戻した……」 何故か感動しているっぽいリブラは 徹底的に気にしないことにする。 「いち、じゅー、ひゃく……500000Z!?」 「ともあれ、高く売れそうなのには変わりはないな」 「売る、か。少しもったいないが、私は剣の方がいいな」 「先生も、自分のメイスの方が使いやすいし。 売っちゃおう」 元々、金策のために訪れたのだ。売ることに抵抗は ないとはいえ……不憫だな、伝説の槌。 「それじゃ、地上に戻るとするか。 帰り道も気を抜けないな」 「あ、大丈夫ですよ。向こうに、 地上への近道がありましたから!」 「そんなもの、あるのかよっ!」 わざわざ、近道を用意してまでダンジョンの 最深部に住む必要ないだろ! だったら、地上に住めよ! 「というわけで、皆さん。秘宝を売りに行きましょう!」 まあ、いい。金策という当初の目的は果たせたわけだ。 後は町に引き上げて、秘宝を売って。 その金で、宿の高い部屋にでも泊まるとしよう。 「はああああああっ!?」 町の中に、俺の叫びがこだまする。 「ちょ、どういうことだよ!?」 「ですから、拾った物を全部売ったら、 3501Zになったんですよ」 「いやいやいやいや」 とってもいい笑顔で言われても、俺は納得出来ない。 納得なんて、出来てたまるか! 「拾った物を全部売ったんだよな?」 「はい」 「拾った物の中には、当然あの秘宝も 入ってるんだよな?」 「はいっ」 「それで、3501Z?」 「3501Zでした」 「……なんで?」 おかしいぞ。そんなことがあり得るのか? いや、あり得るわけがない。 あり得てたまるかっ! 「内訳はどんな感じだ?」 「ダンジョンで拾った道具類が1500Zだね」 「そして、武器や防具が総額で2000Zだ」 「ということは……?」 「秘宝が1Zです」 「はああああああっ!?」 よりによって、秘宝が1Z!? なんでだ? そんなことあるわけないだろ!? 「あ、あの通りすがりのシーフさんにはお別れする 時に、500Zをお渡ししました」 「そうか。いや、それは今はいいんだ」 アスモドゥスの取り分がいくらだったか、 なんてどうでもいい。些細な問題だ。 「リブラ、お前も見たよな? あの槌に 値段が張ってあったのを」 「はい。確認しました」 「500000Zって書いてあったよな?」 「ありました」 「それが……1Z……?」 499999Z分の価値はどこに消えたんだ……? 「もしかして、偽物だったとか?」 「いえ、本物でした」 「だったら、なんでだよ!?」 「非売品は買い取り価格がとっても安いらしいんです」 「安すぎだろ!」 1Z、て。安いどころの話じゃないぞ。 「じゃあ、あの500000Zは……?」 「あれは販売価格だよ」 「販売……価格……?」 「ああ。店に買い取ってもらった後に、 あの値段で店頭に並んでいたぞ」 「ええええええっ!?」 ってことは、あの店は1Zで買い取った品を、 500000Zで売ってるってことか!? 詐欺だろっ!! 「とっても楽しい冒険でしたねっ」 「いい経験が出来た」 「明日からまた頑張ろうね」 「こうやって、ダンジョンを攻略する中で深まった絆。 それこそが、真の秘宝なのでした」 「うるせえっ!! 無理やりいい話に しようとするなっ!!」 晴れ晴れと広がる空へと向けて放たれた俺の叫びは、 白い雲に吸われて消えていった。 まるで、夢と散った……海賊の秘宝のように……。 「さて……そろそろいいんじゃないか?」 当初の目的は金策である。それのみに絞れば、 十分な金額は稼げたはずだ。 「うーん。ここで、ですか」 「女神の加護が薄い場所であまり 無理はしない方がいいだろ」 「それもそうだな。ここで、あまり無理をして 魔王退治の旅に支障が出ても問題だ」 「うんうん。先生たちの目的はそっちだしね」 「わたくしめは、通りすがりゆえに 皆さまにお任せいたします」 「師匠に従います」 「というわけで、どうだ? ヒスイ」 全員の同意は得れた。後は、ヒスイが どう判断するか、だが。 「海賊の秘宝が見れなかったのは残念ですけど、 ここまでにしましょう」 「本来の目的を見失ってはいけませんしね」 よし。これで決定だな。 「というわけで、海賊の秘宝探しはおしまいです」 「皆さん、明日からは魔王退治を頑張りましょうっ!」 ヒスイの元気な号令とともに、俺たちの宝探しは 幕を閉じるのだった。 さらば、伝説のダンジョン。 お前は……強敵だったぞ。 「この山を抜ければ近道のはず……だったんだが」 地図を片手に、馬車の後ろに着いて山道を歩く。 「どうしたのジェイくん。また道を間違えちゃった?」 「またって言うな! 今までに道を 間違えたことなんてないだろ!」 唐突にクリスから不名誉な嫌疑をかけられる。 魔王たるこの俺が道に迷うことなんて、あるわけがない。 というか、そもそも道を決めているのは先頭を 進んでいるヒスイとカレンだ。 仮に迷ったとしても俺のせいではない。 「大丈夫です。今回は本当に迷っていません。まだ」 「まだとか言うな!?」 「今までに迷ったことなんてないし、 これからもねえよ!」 「まあ、それはそれとして」 くっ、雑に流しやがって! まあ、いい。これ以上、濡れ衣を かけ続けられるのもごめんだ。 「この山を抜けるのが近道なんだよね?」 「そのはず、なんだがなあ」 「普通に歩いた方が早かった気がするよ」 「……まあな」 地図を丸めながら周囲を見る。 「もう少しでここを抜けられるとは思うんだが」 見渡す限り岩、岩、岩。 岩山なのだから当たり前とは言え……違いが解らない。 こうも似たような景色ばかりが続くと、本当に 先に進んでいるのかすら疑問に思えてくる。 「おーい、どうした。魔法使い」 「ジェイさん、何か考え事ですか?」 気が付くと、前を歩いていた二人が足を止めて、 こちらを振り返っていた。 おっと、ついつい考え込んでしまったせいか、 歩みが遅れていたようだ。 「いや、なんでもない」 首を横に振って二人に応じると、 遅れていた足を少しだけ速める。 本当に、あいつらは元気だな。迷いも躊躇いも せずにひたすら前に進む。 「ここまで来たら戻るわけにもいかないし、 とりあえず先に進もっか」 「……そうだな」 「というわけで、キリキリ進んで下さい」 「くそっ、馬車に乗ってる奴は気楽でいいよな」 馬車の上でのんびりとしているリブラに悪態を 吐きながら、馬車の後に付いて歩く。 今思えば、正しい道かどうかの自信がなくなった時に、 戻っておくべきだったのかもしれない。 この道の先で……あんなことが起こるだなんて……。 俺たちは、誰も気付いていなかった……。 「日が沈むまでに山を越えられるか、 ちょっと微妙になってきました」 「そうなのか?」 「はい。まだ7割くらいしか進んでいませんので」 開いた地図を指差しながら、ヒスイが 困ったように口を開く。 指で示した場所が現在地ということなのだろうが……。 どうして、自分の位置を正確に把握出来るのだろう。 自分の姿を空から見下ろしでもしない限り不可能だろうに。 これも、女神の加護なのか? 「でしたら、もう少し急ぎますか?」 「うーん。どこか野営出来そうな場所を 探した方がいいかも」 日が落ちる前に山を越えられないのであれば、 なんらかの手を打たなければいけないが……。 「あ、ちょっと待ってくれ。あそこに人がいるぞ」 「おいおい、こんな山奥に人がいるわけないだろ」 「クフフフ……」 「いたー!?」 とても見覚えのある仮面がクワを持って、 道の真ん中をウロウロとしていた。 あ、あいつ……こんな所で何をやっているんだ!? 「この辺りに住んでる人かな?」 「ちょっと話を聞いてみましょう」 なんで、山道のど真ん中をウロウロしてる奴に 話しかけようとするんだ? 明らかに怪しいだろ、あいつ! 「すみません、この近くの方ですか?」 「……村はあります。ですが、近寄ってはなりませんぞ」 「会話が噛み合ってねえ!?」 村があるかどうかなんて一言も聞いてないのに、 こいつは勝手に何を言いだしているんだ。 というか、村がある……? おかしいな。さっき地図を見た時には 村なんて書いてなかったんだが。 「ご老人、それはどういうことだ?」 本当にどういうことだよ。 というか、老人設定だったのか。俺には、 老人になんて見えないんだがなあ……。 「悪いことは言いません。日が暮れる前に 山を下りるのです。クフフフ……」 せめて、笑い声を上げるなよ! きっちり演じきれよ! というか、日が暮れる前に山を下りろって 時間的に無理だろう。 中々に無茶な要求だ。 「うーん、どうしよっか」 「本当にな」 本当にどうすればいいんだろう。 主にアスモドゥスのことをどう扱えばいいんだろうか。 俺は頭痛を覚えそうになっていた。 「村はあるが、近寄ってはいけない……か」 「なんだか、事件の臭いがするね」 「きっと、村で何か困ったことが 起きたのかもしれません」 「村の人を助けに行きましょう、ジェイさん」 「……え?」 な、なんで、そうなるんだ? 「あ、ああ、そう……だな……」 うーむ、どうしたものか。 このまま進んでも、日暮れまでに山を越えることが 出来ないんだよな。 となれば、どこかで一夜を明かす必要があるわけで。 「行ってみるのも、悪くはないな」 村に向かえば、宿があるかもしれない。 仮に宿がないとしても、村の外れ辺りで 野営をすればいいだけだ。 少なくとも、山道で一晩を明かすのに 比べたら遥かにマシだ。 「とりあえず、村に向かって話を聞こう」 「それで困っているようなら、助ければいいし。 何もないのなら、村で一晩を過ごせばいい」 まあ、懸念材料はアスモドゥスの 明らかに不自然な態度なのだが。 それを差し引いても、村に向かうことに デメリットは存在していない。 「わたくしも同意見です。あの方はきっと、 よそ者が嫌いなご老人なのでしょう」 俺の意見に、リブラも賛同を示す。 いつの間にか、アスモドゥスに変なキャラ付けがされたな。 「では、村に行きましょう!」 片手を上げて、ヒスイが元気よく号令をかける。 「しかし、村にはどうやって行けばいいのだろう?」 「む。言われてみれば、確かに」 「さっきのおじいさんに聞いてみる?」 「よそ者嫌いの老人に聞いても、教えてくれないだろ」 そんな性格の奴が、素直に村の位置を教えるとは思えない。 「どうしても行くつもりですか……ならば、 この道をまっすぐ進むといいでしょう」 「えええええっ!?」 何も聞いてないのに、勝手に道を教えてきた!? お前、よそ者嫌いの老人なんだろ? なんで、教えるんだよ。キャラぶれてるぞ! 「そうか。まっすぐだな」 「ありがとうございますっ」 「いやいやいや……」 「ジェイくん、どうかした?」 「どうしたも、なにも……」 なんで、こいつら疑わないんだ? ついさっきまで、村に近寄るなとか言ってた奴だぞ。 「今は、日が沈む前に村に着くことを 優先すべきだと思いますが?」 「そ、そうだな……」 まあ……考えたところで答えなんて出てこないだろうしな。 「ひとまず、村へ急ごう」 「はいっ」 今はそれよりも、休める場所を 確保することが先決だろう。 ヒスイたちを促して歩き始め……。 「そういえば……あいつ、あそこで何をしていたんだ?」 アスモドゥスに何をしているのか、 尋ねるのを忘れていた。 旅のフォローなのかもしれないが……。 「まあ、あいつが何をするのか 分からないのはいつも通りか」 まあ、村に着けば分かるだろう。 何か考えるのはそれからでも遅くない。 そう結論付けながら、俺は山道を歩くのだった。 「ここは、マータグの村です」 「お前っ!?」 先回りしていた……だと? しかも、今度は俺たちを見るなり 気さくに話しかけてきた。 もしかして、今は村の青年とかそういう設定なのか? 「外で爺様と会ったのかい? 村のみんなが街へ 引っ越してから、偏屈になってね……」 聞かれる前に説明を始めた!? 「あまり気を悪くしないでくれよ」 そして言うだけ言って、どこかへと歩き去って行く。 完全に村人になりきっていたなあ……。 「あのお爺さん……きっと、寂しかったんですね」 「それで、あんなことを言ってしまったんだな……」 ちょ、お前ら、なんでそれで納得してるの!? なんで、しんみりとした雰囲気になってるの!? 「困っていたのは、あのお爺さんだったんだね」 くそっ、上手くまとめたつもりかっ! 「今日はこの村に泊まりましょう」 「一晩だけでも、村に人が増えたらお爺さんの寂しさも 癒されるかもしれません」 「うん、そうだねっ」 「わたくしも異論はございません。我々にも村にも、 メリットはある選択です」 「そうしよう。お前もそれでいいよな、魔法使い」 「ああ、俺も構わないさ」 まあ、話の流れはどうあれ、 村に泊まることに異論はない。 元より、そのつもりでもあったしな。 「決定ですね」 ぽんと手を打ち合わせながら、ヒスイが 満足そうに微笑みを浮かべる。 「では、早速村の人たちにご挨拶に行きましょう!」 「一人では大変だろう。私も付き合うぞ」 「先生も行くよ。ついでにお店も探したいし」 村の人たちに挨拶……? ああ、民家のタンスを調べるってことか。 この頃では、暗号か隠語のように思えてきた。 挨拶イコール家探し、と。 「だったら、俺は……」 さて、どうするか。こいつらに付き合って タンスを調べるのは若干気が引ける。 だったら、こいつらと一旦別れて、アスモドゥスから 色々と話を聞くことにするか。 「少し気になったことがあるから、調べてくる。 リブラ、お前も付き合え」 「なるほど。了解しました」 俺の意図を察して、リブラがこくっと頷く。 「ついでに、宿があるかどうか探しておこう」 「あ、お願いしますっ」 「また後でね。悪いことをしちゃ駄目だよ」 「うん。悪いことをしてはいけないぞ」 「後でな」 お前らにだけは言われたくねえよ!! ツッコミの声を内心だけで押し留めながら、 歩いて行くヒスイたちを見送る。 「さて、俺たちも行くか」 目下の問題は、歩き去ったアスモドゥスが どこへ行ったか、だが……。 「よそ者が……早く村から出て行け!」 「いきなり出会ってしまいましたね」 「今度は何の役だよっ!」 爺さんか、村の外の爺さんが戻って来たのか!? 「ええい、いつまでも遊ぶな」 「クフフフ。やはり魔王様の目は、欺けませんか」 「欺けないと分かっていながらも、演じ続ける辺りに 魂と誇りを感じました」 まあ、確かに……変なこだわりは感じたが。 「ともあれ、お前はここで何をしていたんだ? そもそも……この村は一体なんだ」 「地図にも載っていなかったんだが」 「地図に載っていないのも無理はありません」 「ここは、先代様がお若い頃に我が軍の統治下に 置かれた村でございますので」 「ほう。親父殿が若い頃に、か」 それならば、地図に載っていないのも分かる。 「つまり、魔王軍が攻め落とした村ということだな」 「いいえ。この村は攻め落としたわけではございません」 「……む? ならば、どうやって手に入れたんだ?」 「住人が、栄える町へと移り住んだ結果、廃村と なったところを占領下に置きました」 「ほ、ほう……そうだったのか」 予想外に世知辛い理由に言葉をなくしかけてしまった。 「それにしては……寂れた様子もないが?」 「死姫マーモンとその配下である魔族の手による、 地道な改修の結果にございます」 「あー、マーモンか」 「コツコツと頑張るタイプですからね、彼女は」 「だろうな」 あいつ、得意そうだもんな。 地道な努力とか、堅実な経営とか。 そういう地味で目立たない仕事が。 「ふむ。現在療養中のマーモンに代わり、お前が 様子を見に来ていた、といったところか?」 「はい。この村には、利用価値がございますので」 「利用価値だと?」 廃村と化したような場所に、どんな価値があるというのか。 俺が首を捻っていると。 「そこから先は、湯上りタマゴ肌な マユマユが説明しましょう!」 「唐突に意味のわからない登場をするな!?」 どこからともなく……まあ、その辺りの影からなのだが。 マユが飛び跳ねるように姿を現す。 というか、湯上りタマゴ肌ってなんだ。 「百聞は一見にしかずということで、 まずはマユマユの肌をご覧ください!」 「ほーら、いつもよりすべすべでしょう? スベスベー」 「あー……言われてみれば、そんな気がするが……」 「きゃー! ジェイジェイのえっちー!」 「急にどうしたんだよ!?」 「獣のような目になっておりました」 「ならねえよ!」 「と、このように、この村には魔族に評判の 温泉があるのでございます」 「今の、全然説明になってないからな!」 このように、とか言われても欠片も納得出来ねえよ! 「……まあ、いい。今も、マーモンの配下たちは 村にいるのか?」 「はい。大半が不死者にございますので、 現在は地中にて休憩をしております」 「不死者っていうか、ゾンビーの 本領発揮は夜ですからね」 ふむ。ということは、これからの時間こそが 力を発揮するというわけか。 ……ちょうどいいな。 「勇者たちの隙を見て、不死者に奇襲をさせよう。 俺の合図があるまで待機しておくように伝えておけ」 「承知いたしました」 この村に辿り着いたことは、天啓かもしれない。 俺に勝て、と天より親父殿が告げているのだ。 そうに決まっている。 「あ、そうそう。それで、その勇者たちなんですけどー」 「ジェイさーん、リブラちゃーん!」 「もうすぐそこにいますから、気を付けて下さいね」 言うの遅ぇっ!? 「そして、私は消える!」 言うだけ言ってから、マユの姿が影の中に 飲み込まれるように消えていく。 一人だけ逃げやがって! 「お二人とも、慌てずに対応なさって下さい」 「ああ、分かっている」 「クフフフ……ここはマータグの村じゃ、よそ者がっ」 「混ざってる!? いいから、お前は向こう行けっ!」 「魔王様、どうぞご武運を……」 小さく肩を揺らしながら去っていくアスモドゥスと 入れ替わるように、ヒスイたちが歩み寄ってくる。 「よ、よう。思ったより長かったな?」 「はい。タンスがたくさんあったので」 「……そうか」 ヒスイの満面の笑みに、俺は涙を流しそうになった。 間違いなく、中身は我が軍の誰かのものだろう。 大事の前の小事とはいえ、見過ごすしか 出来ない俺を許せ……。 「……弁償ですね」 小さく呟くリブラの声が、一瞬天啓に聞こえた。 ああ、そうか。俺が弁償するという手もあるのか。 うん……後で、そうしよう。 「魔法使いは村の人と何を話していたんだ?」 「ああ、この村のことを少し、な。 今、村に住んでいる人はほとんどいないらしい」 「あ、村の人を全然見ないと思ったら、 そういうことだったんですね」 「んー、でもその割には綺麗だよね。温泉みたいな 場所も見つけたけど、ちゃんと掃除されてたし」 「そ、それはだな……」 えーっと、ここはどう言い逃れをしておこうか。 「残っている村人たちで毎日掃除しているらしいぞ」 「へー、道理で綺麗だったんだね」 「まるで、毎日誰かが使っているみたいだったよ」 多分、マーモンの配下たちが毎日使っているんだろうな。 地道な改修作業を終えた後で、憩いの一時として。 「実際に、毎日使っているらしいからな。 俺たちも、自由に使っていいらしいぞ」 「わっ、本当ですか? それは嬉しいです」 「温泉か。たまにはいいな」 「うん、うん。旅の疲れをゆっくりと取りたいね」 どうやら、ヒスイたちにも温泉は好評なようだ。 「たまには、のんびりするのも悪くないと思うぞ」 いける……。こいつらが温泉に入って心身ともに 油断した隙に、魔物たちに襲わせる。 完璧だ。まさに完璧なプランだ! 「というわけで、村人たちの好意に甘えよう」 まあ、俺も温泉には入りたい。 入って、心身ともに疲れを癒したい。 出来ることなら、心を癒したい。 「師匠もお疲れなのですね」 「……まあな」 日々のツッコミなどによって精神的に疲れている。 むしろ、疲れ切っているといっても過言ではない。 そのうちの大半は、目の前でまるで他人事のように 言っているこいつのせいなんだが。 まあ、言ったところでリブラが態度を改めるとも思えない。 「じゃあ、早速温泉を使わせてもらいましょう」 「うん。善は急げ、だな」 「ジェイくん、覗いたりしちゃ駄目だからねっ」 「するわけないだろ……」 クリスのからかうような言葉に、肩を竦める。 なんで、俺がこいつらが温泉に入っているところを 覗かなければならないのだ。 そんな、覗きなど……俺が……。 ふむ。覗き、か……よし。 「師匠、覗いたりしたら、もぎますからね」 「何をだよっ!?」 「ナニを、じゃないの?」 「こらーっ!!」 聖職者! お前、いきなり何を言い出す!? 「ジェイさん、何をもがれるんですか?」 「もがれねえよ!」 「ナニ……とは、なんだ?」 「いいから、お前らさっさと温泉に行けーっ!?」 次第に暗くなり始める空の下、 俺の叫び声がこだまするのだった。 「……さて」 一人でのんびりと無人の村を歩く。 吹き抜ける涼やかな夜風が実に心地良い。 何か、色々と開放された気分だ。 「頃合い、だな」 なんやかんやと準備を終えて、四人が温泉へと 向かったのは日が沈んでからだった。 今頃はのんびりとお湯に浸かっているに違いない。 「行くか……」 一人で静かに空を見上げる。 降り注ぐ優しい月明かりは、まるで俺の決意を 祝福しているかのように感じられる。 「俺は、魔王だ」 そして……一人の男だ。 ならば、挑まなければならない。 「覗きという……偉業に!!」 見つかってしまえば、俺の身に 危機が及ぶことは必至である。 だが、それでも男には戦わなければならない時がある。 俺にとっては……今、この瞬間だ! 「幾重にも立ちはだかる艱難辛苦…… その全てを乗り越えてみせる!」 そして、俺は手に入れよう。俺だけの宝……を。 「いざ、出陣だ……!」 勇ましく決意を瞳に込めながら、 俺は男の戦場へと向かう――。 「さて、俺の挑戦はつつがなく終了したわけだが」 まあ、考えてみれば小さな村だもんな。 険しい障害なんてあるわけがなかった……。 というわけで、無事に温泉の裏手に回り込んだ俺は 絶好の覗きポイントを見つけ出していた。 「くくく……ここからならば全てがお見通しだ」 身を潜ませながらも、湯船全体を見渡せる。 まさに、覗きのためにあるかのようなポイントだ。 完全にして絶対。魔王である俺に相応しい玉座である! 「さて……貴様らの弱点を我が目の前に 曝け出すがいい」 ぽろん、と。主に胸部を。 あわよくば、胸部以外まですみずみと! 「ふあー……いいお湯です」 「そうだな。体の芯まで癒されるようだ」 まず目に飛び込んできたのは、 ヒスイとカレンの二人組だった。 まずは、戦闘で果敢に前線に立つ二人か。 相手にとって不足はない。俺の魔王眼の 餌食となるがいい! 「お湯が体に絡んで、お肌がすべすべになりそうですね」 さて、まずはヒスイだが……ほほう。 均整の取れた体付きをしていることは知っていたが、 一糸まとわぬ姿を見て改めて思い知らされる。 「流石は勇者。かなりの戦力だな……」 しかし、こう、あんなに立派なものを持っていたんだな。 改めて見るとクリスといい勝負をしそうなボリュームだ。 いきなり、満足してしまいそうになる。 かなりの眼福である。ありがとうございます。 「こういうお湯は肌に良いと言うが、 ヒスイには必要なさそうだな」 さて、続いてはカレンである。 ほう……ほほう……なるほど。 「そんな。カレンさんだって、 とっても綺麗なお肌ですよ」 その意見には全面的に同意である。 戦士として前線に立つ荒々しい役割を担いながらも、 カレンの肌は無骨さとは正反対の柔肌である。 「そ、そうか? そう言ってもらえると、嬉しいな」 率直に言うならば、双方ともに優劣など付けられぬ 綺麗な……こう……綺麗だ。 どちらが素晴らしいのではなく、どちらも素晴らしい。 ごちそうさまでした。 さて、続いてお代わりといこう。 クリスとリブラの姿を探してみると……。 「うーん……癒されるなあ」 ぬう……! お代わり直後にいきなり 満腹になりそうなボリューム! くっ……魔王である俺が圧倒されて しまいそうになるだと……! 「どこか疲れの酷い部分でもあるのですか?」 一方のリブラは、かなり慎ましやかである。 この四人の中であえて例えるとすればデザート的存在だ。 小さいとか貧しいとか、そのような陳腐な言葉で表現して はいけない。これもまた個性。オンリーワンなのだ。 「最近、肩がこってるんだよ」 「ほほう。肩ですか、なるほど」 まあ、それだけ立派な胸ならば肩くらいこるだろう。 神官であるクリスは、ヒスイやカレンと 比べると筋力も低いだろうしな。 しかし、リブラの奴……あからさまに 一定の部分を凝視してやがるな。 なんて、うらやまし……ああ、いや、けしからん。 でもなくて……。 うん、そうだな。けしからん! 「ごちそう様でした」 ふう……思う存分堪能出来たな。 俺にとってもかなり有意義な時間となった。 勇者たちの情報を入手することも出来たし。 さて、あとは静かに、そして優雅に帰還するだけだ。 ……あ。 「し、しまった……!?」 この俺としたことが、足元をお留守にしていたとは……! 「え……? こ、この声……」 「まさか……!」 ああああっ!! 思いっきり声を出してしまっていた! ま、まずい、バレてしまったぞ。 こういう時は、どうすればいいんだ……! 「落ち着け、みんな。これには訳があるんだ!」 潜んでいた場所から立ち上がりながら、 懸命に釈明を始める。 「わっ、きゃ、きゃあっ!?」 「お、おお、お前! そこで何やってる!?」 ……本当に何やってるんだよ、俺! 立ち上がってどうすんだよ! もう言い訳とか出来ないぞ! 「ジェイくんったら、男の子なんだから」 「まあ、一応これでも男性ですので、 仕方ないでしょうね」 助かった、こっちの二人は理解を示してくれそうだ! どうにか、この二人を丸め込むことが出来れば、 この場を上手く切り抜けることが出来るかもしれない。 「わざわざ自分から姿を現すなんて、男らしいねっ」 ……え? 「しかるべき罰を受けるまでが、一連の流れで あるという覚悟だとみました」 え……? あ、あれ? 俺、別にそんな 覚悟なんてしてないんだが……? 「よし、全員落ち着いて聞いてくれ。 これには深い理由があってな」 「問答無用だっ!」 「ジェ、ジェイさんが罰を受けるのがお望みでしたら ……わたし、頑張りますっ」 「いやいやいや、頑張らなくていいからっ!」 「ふふっ。駄目だよ、ジェイくん。観念しないと」 「大丈夫……痛いのは最初だけだから」 「そのうち苦痛すら感じなくなりますしね」 こいつら、何をするつもりだ!? 「た、助けてくれーっ!!」 無論、助けてくれるような誰かが 存在するわけもなく。 星が綺麗に輝く夜空へと、俺の叫び声が 空しく響き渡るのだった。 「孤独……それこそが、孤高たる魔王に とって何よりも相応しい」 たった一人、夜の空の下でニヒルな笑いを浮かべる。 本来、俺は孤高であるべき存在。こうして、 夜の闇の中に一人で佇むのが似合う男なのだ。 もっとも……。 「それにしても……きつく縛りすぎだろ」 縄でぐるぐる巻きにされていなければ、だが。 「残念ながら、緊縛は好みではないんだが……」 入浴シーンを覗くという罪を犯した俺に課せられた罰は、 すまきにされての放置だった。 つまり、放置プレイというものである。 あまりに上級者向けな罰だ。 「まあ、しょうがないか」 元より罰は覚悟の上だった。ならば、 甘んじて受け入れるのみだ。 これこそが魔王の度量というものだろう。 「極めて有益な情報を得ることも出来たしな」 情報と言っても、あいつらの入浴シーンなわけだが。 「それにしても……眼福だった」 クリスは、期待に違わずたわわな破壊力を持っていた。 あれはかなりの高レベルだった。 リブラは箸休めとしてもちょうどいい存在だ。 サイズの大小に貴賤はない。あれはあれでいいものだ。 カレンは女性らしいラインを残しつつも、剣士らしく 引き締まったスレンダーな体つきが目を引いた。 そして……ヒスイ。 「まさか……あれほどとはな」 確かに、普段からかなり大きい……いや、強烈な 攻撃力を持っていたのは想像出来ていた。 それなのに、意外だと感じてしまうなど……俺は あいつのことを侮っていたのかもしれない。 おのれ、勇者め! 思いがけない眼福を寄越しやがって! ありがとう! 「おそるべし、ヒスイ……」 「呼びました?」 「おわぁっ!?」 いきなりヒスイの声が聞こえて、 思わず悲鳴を上げてしまう。 な、なんだ? 幽霊か? ユーシャーズゴーストか!? 「え? あ、あれ……ヒスイ?」 「はい、わたしですよ」 「ど、どうしたんだ? こんな所で」 こんな所で転がされている俺の言うセリフではないと 思うが、他にいい言い回しも思いつかなかった。 「ジェイさんの縄をほどきにきました」 「俺を……許してくれるのか……?」 「はい。お仕置きもそろそろ十分かな、と思いまして」 「流石に一晩中このままだと、風邪も 引いちゃいそうですし」 「そうか……すまない」 「いえ。それじゃ、ほどきますね」 そう言うと、ヒスイはしゃがみ込んで 俺の縄をほどいてくれる。 まさか、この俺が勇者に助けられることになるとは、 思いもよらなかった。 「ちょっと我慢してくださいね」 「ああ……」 しかし、こう、なんだ。 しゃがみ込んでいるヒスイは、かなり無防備である。 無防備であるということは、色々と際どい。 太ももの辺りがチラリチラリと、危うく その奥まで見えそうなくらいに際どい。 ぬう。温泉の直後にこの無防備攻撃。 こいつ、さては俺を殺す気か!? 「はい、ほどけましたよ」 などと、俺がおかしなことを考えている間に、 ヒスイの作業が終わっていた。 「あ、ああ、すまない」 忌々しい束縛より解放された俺は、 立ち上がって大きく背伸びをする。 全身が思うがままに動く。これこそが、自由だ。 「ふう……ようやく、落ち着けた。助かったぞ、ヒスイ」 「お役に立てて何よりです……って」 俺の礼に笑っていたヒスイが、急に頬を染めて 恥ずかしそうに、ジッと目を伏せてしまった。 「……どうした?」 「あ、い、いえ、その……ジェイさん、が……」 ヒスイがためらいがちに、どこかに指を向ける。 どうやら、俺の体を指し示しているようだが……。 下の方……か? 「うん……?」 俺がどうしたというのだろう? 疑問に思いながら、自分の体を見下ろすと……。 「……おお」 俺の体の一部が……いや、下品な言い方は避けよう。 俺のマジックロッドに、魔力がみなぎっていた。 「さて、冷静に話し合おうか」 こういう時は慌てず騒がず、クールに対処すべきだ。 何故、このような事態になってしまったのか。 それを明らかにして、ともに問題を解決すべきだろう。 「そ、その……だ、大丈夫です。男の人だから、 そういうこともあります……よね」 「わたしたちの……裸……見ましたし」 「はい」 どうしてこのような事態になったのか、 説明が一瞬で終わった。 まあ、先ほどの無防備攻撃も原因ではあるのだが。 「大丈夫です……わたし、気にしません。 だって、ゆ、勇者ですから」 「そ、そうか。悪いな」 勇者関係ないだろ、とか。大丈夫です、って 言うの二回目だよな、とか。 色々と内心ではツッコミを入れる部分はあったが、 口には出せなかった。 「それで、えっと……男の人って、そうなっちゃうと ……大変、なんですよね」 「この前……先生から、そう教わりました」 「あいつ、何を教えてるんだよ!?」 神官が勇者に教えることじゃないだろ! 「そういう時、どうすればいいのか…… とかも、教えてもらいました」 「本当に何を教えてるんだよ、あいつ!!」 「ナニのこと……って、先生は言ってましたよ」 「勇者がナニとか言うなっ!?」 何を教えているのかと思ったら、ナニを教えていた。 ちょっと上手いこと言ったみたいになってるじゃねえか! 「ふ、不安かもしれませんけど……わたしに任せて ください。ジェイさんのために、頑張ります」 「わたし、勇者ですから」 「勇者とか関係ない……って、お、おい!?」 「クリス、このまま……っ」 「んむっ……はっ、い、いいよ……このまま……んんっ」 ぐっと、クリスが俺のモノを深くまで咥え込む。 その感触が、最後の引き金となった。 びゅくっ! びゅるっ! びゅるるっ! 熱く迸る白濁が、クリスの口の中へと 流し込まれるように先端より吐き出される。 「ん! んく……んくぅっ!」 のどの奥へと向けて、叩きつけるように 吹き出す劣情。 クリスは少し驚いた様子を見せながらも、 俺のモノから口を離す事なく受け止める。 「んっ……んんっ……んぐ……」 何度も脈動が続き、クリスの口内へと白濁が注ぎ込まれる。 それがようやく落ち着きを見せた後で……。 「くっ……は、ぁ……」 一気に精を吐き出した脱力感に、息が漏れた。 「ん……ごく……ごくっ……っはぁ……」 クリスが力の抜けたモノから顔を上げ、 口に溜まった精液を飲み込んだ。 自分で出しておいてなんだが、その姿を見ると、 申し訳ない気がしてこなくもなかった。 「ん、んんっ……」 弾ける様な刺激の直後、吸い込むように口を窄められる。 「クリス……外に出す」 自らの限界を感じ取った俺は、勢いよく腰を引き抜く。 俺のモノがクリスの唇を間から、外へと 姿を見せると同時――。 びくっ! びゅくっ! びゅくくっ! 激しくモノが跳ね上がると同時に、 俺の滾りが先端より吐き出される。 「はぁぁぁ……」 熱い息を零すクリスの顔へ、髪へ。 俺のモノが脈打つたびに飛び散る白濁が降りかかり、 クリスを白く汚していく。 その光景は、ある種の征服感のようなもの すら覚えさせるものだった。 「……ジェイくんの……熱いんだね……」 クリスは顔にかかった白濁を指ですくい上げると、 そのまま自らの口へと運ぶ。 たおやかな指を口に含む様子を見ながら……。 つい先ほどまで、自分のモノがあの唇に咥えられて いたことを不思議に思ってしまっていた。 「その……悪い」 「ジェイくんは気にしなくていいよ。 たくさん出してくれて、嬉しかったし」 「みんなには内緒に、ね?」 「ああ」 こんなこと言えるわけないな、と。 どこか気恥ずかしさを覚えた俺は 鼻先を掻きながら頷くのだった。 色んなことが起こった怒涛の昼間は終わりを迎えて、 陽も傾きつつある夕暮れ。 しばしの休息を挟んだ後で、宝探しの時間は まだまだ続いていた。 ヒスイとカレンとクリス。三人による捜索が続く一方……。 「……」 俺は一人、甲板の上に佇んでいた。 「……なんで、あいつらは平気なんだろうなあ」 世界の矛盾を前に、俺はあまりにも無力だった。 というか、海に入ったら冷たいし 濡れるし沈むのが当然だろう。 あいつら、おかしすぎるだろう! 「言ってもしょうがないか……」 まあ、あっちの事は任せるしかない。 今の俺に出来ることは、精々あいつらの 探索成果を分別するくらいだ。 「しかし……色々落ちてるよな」 錆びた剣に朽ちた鎧、ボロボロの家具に ちっちゃいメダルや古い壷。 これら全てが、海の中に沈んでいた物だ。 「見事にガラクタだらけじゃないか」 足元の壷を、軽く爪先で小突いてみる。 案の定、軽い音を立てて穴が開く。 割れる、ではない辺りホントに脆くなっていたんだな。 「ふう、流石にそろそろ疲れてきたな」 「そうだね。もう日も暮れてきたし、潮時かな」 「ですね。それじゃ、この辺りで終わりにしましょう」 お。どうやら、三人も捜索を終えたらしいな。 相変わらず、何故か濡れていない格好で、 船の上に戻ってきたようだ。 「お疲れ。何か目ぼしいものはあったか?」 「いいえ、特には」 む、そういえば、ヒスイは少し元気が戻っているな。 船に乗っているよりも、海に潜っている方が マシだったのか? 「宝箱も見つけられないとは、無念だ」 カレンもカレンで、傷心からは立ち直れたようで ホッと胸を撫で下ろす。 「実はこのガラクタの中に、お宝があったりして」 クリスは、まあ、いつも通りだった。 いつも通りだな。うん。いつも通りだ。それでいい。 「結局、宝の地図は偽物だったってことか」 見つかったのはガラクタばかり。 まあ、アスモドゥスが適当に描いた地図だったんだろうな。 「さて、というわけでわたくしの出番ですね」 どこからともなく、リブラがふらりと姿を現す。 こいつ……さては、今の今までサボっていたな。 「うなれ、わたくしの特級審美眼」 「特級て、お前」 何故かこめかみを指で押さえながら、 リブラがガラクタの前でしゃがみこむ。 うん。まあ、こいつは自由にさせておこう。 「どうですか?」 「何か珍しい物とかあるかなあ」 「魔法の武具があれば嬉しいんだが」 三人がリブラを後ろから覗き込むのを、 一人離れた位置から見守る。 「残念ながら、武具は朽ちた物ばかりですね。 値打ちもありません」 「……おや、ちっちゃいメダルが何枚かありますね」 「あ、それはわたしが見つけました」 数枚転がっているメダルをリブラが ひょいひょいと拾い集める。 「それは何か価値があるのか?」 「ええ。これを集めておくと、特別なアイテムと 交換してもらえるかもしれません」 「いわゆる、コレクターズアイテムですね」 「ふうむ、なるほど」 一部では価値がある物らしいが……まあ、 俺にとってはどうでもいいな。 「他は特に価値のある物は……おや、この壺は」 リブラが目を止めたのは、さっき俺が 蹴って壊してしまった壺だった。 それが、どうかしたのだろうか? 「残念ですね……穴が開いてなければ とても高く売れたのですが」 「マジか!?」 「はい。貴重な壺で、好事家の間ではかなりの 高額で取引されている物です」 「マ、マジでか……」 俺は……なんてことを……してしまったんだ……。 「わっ、それは残念ですね……」 「すみません。もう少し丁寧に扱っていれば……」 「えっ? い、いや、きっと、かなりもろく なっていたんだろう。そうに違いない」 「だから、ヒスイが気にすることじゃないぞ。うん」 言えない……俺が壊してしまったなんて、 言いだせない……。 「それよりも、海も綺麗になったことを 喜ぼうじゃないか。な?」 「そう……ですね。魔王によって傷付けられた 世界を少しでも癒せました」 「それを喜ぶべきですね!」 ……えええええええっ!? 俺が海を傷つけたことになってるぅぅぅ!? いやいやいや、海を汚したのはあれだろ。 明らかに人間の仕業だろ! 「宝探しは世界が平和になってから改めて、だな」 「その時はまた一緒に、ね。ジェイくんっ」 「あ、あー……そうだな」 「ひとまず、町に戻ってガラクタを処分いたしましょう」 「かえすがえすも、この貴重な壺さえ 壊れていなければ……」 どうして、こいつは俺を見ながら言うのだろうか。 明らかに俺が犯人だって分かってるよな。 「本当にな……あの壺さえ壊れていなければ……」 ちくしょう……ちくしょう……! 俺の無念の叫びは決して外に出るようなことはなく。 胸中にて、何度もちくしょうと繰り返し叫びながら 見る夕日はとても赤く、綺麗なものだった。 ……ちくしょう!! 「どうやら、無事に砂の海を越えたようですね。勇者よ」 「はいっ。途中で強敵と遭遇しましたが、 やっつけました!」 砂の海を無事に往復し終えて、俺たちはこうして アワリティア城へと戻っていた。 無事に、とは言いはしたものの、その道のりはあまりに 過酷だった。過酷すぎるほどに過酷だった。 二度と思い返したくもないくらいに、つらく暑い旅だった。 ともあれ、女王エルエルに再び謁見しているのだが――。 「では勇者よ。次なる神託を授けます」 「はい」 予想通り、新しい神託が下っていたようだ。 さて、次はどこを目指すことになるのやら……。 「もう少しレベル上げを行ってから 先に進みなさい」 「それが神託かよっ!」 エルエルから告げられたのは、神託というより アドバイスのようなものだった。 思わずツッコミを入れてしまう。 しまった、と辺りを窺うのだが……。 「新しい武器や防具を買った後には ちゃんと装備をするのですよ」 特に誰かに咎められるわけでもなく、また、エルエルも 全く気にしたような素振りも見せずに話を続けている。 ホッとする反面、まるで俺がここにいないかのように 扱われていることを不審に思う。 そういえば、以前も俺のことはまるで無視していたが……。 「…………」 それはリブラもまた同様だった。俺たち二人へと エルエルは目も言葉も向けていない。 やはり、俺たちは予言にない面子だからだろうか。 「それでは、次の目的地ですが……」 どうやら、今からが本題のようだ。 聞き逃さないように注意しておかねば。 「これより先は海を渡って旅を続けねばなりません」 「勇者よ、まずは船を手に入れるのです」 船、か……。 俺もアワリティア城には海を渡ってきた。 であれば、逆もまたしかりだろう。 「砂の海を越えて、海沿いの町を目指すのです」 「あなたの行く道に光あらんことを」 その締めの言葉とともに、女王との謁見は終了した。 「船……なあ」 今度の神託は船を手に入れろ。 あくまでも、借りるのではなくて、手に入れる。 つまり、所有しろということなのだろうが。 「船って簡単に手に入るものなのか?」 「釣り船程度のものでしたら」 「だよな」 大きな船を入手することがいかに困難か、俺でも分かる。 小さな船ならば話は別なのだろうが、 それでは馬車を乗せることが出来ない。 馬車を陸に置けば大丈夫かもしれない。 上陸後のことを考えなければ、だが。 つまり、神託は『馬車が乗ることが出来る船』を 手に入れろ、と告げてきたのである。 何か変な感じがする。 「船かあ……。わたし、乗るの初めてですっ」 「私もだな」 「先生は乗ったことあるよ」 神託に対して、違和感を覚える俺が首を捻る横で、 この三人は楽しそうに話に花を咲かせていた。 のんきと言うべきか、相変わらずと言うべきか。 「船の上って、やっぱり揺れたりするんですか?」 「うん。もう、揺れ揺れのゆーらゆらだよ。 気を抜いたら落ちそうなくらいに」 「意外と危険な乗り物なのだな」 どうやらヒスイとカレンの二人は、 本当に船に乗ったことがないらしい。 クリスの適当な言葉を信じてしまっている。 まったく、しょうがないやつらだ。 「安心しろ。そんな乗り物じゃないから」 ついつい、横から口を挟んでしまう辺り、 魔王たる俺の器の大きさを示している。 「違うんですか?」 「ああ。クリスが適当言ってるだけさ」 「魔法使いも、船に乗ったことはあるのか?」 「ああ、もちろん……」 ……あれ? そういえば、俺、 船に乗ったことない気がするぞ。 ええっと、自分の城を出てからアワリティア城までは、 魔物の背に乗って移動したよな。 で、魔王を継ぐ以前は、そもそも城から ほとんど出ていなかったし……。 ……あ。俺、船に乗ったことない。 「あ、あるぞう」 だが、ここまできて引くわけにはいかない。 もう、完全に乗ったことありますみたいな感じで口を 挟んでしまったからには、押し通す。 それが魔王たる者の生き様だろう。 「じゃあ、船の上ってどんな感じなのか、 改めて教えてください」 ヒスイがキラキラとした目で俺を見上げてくる。 この、物知りなお兄さんを尊敬している的な視線に、 俺はどうにも弱い。 魔王とは、尊敬されてしかるべき存在だというのに。 「あ、ああ、いいとも。えーっと、船の上はだな……」 思い出せ。俺を運んだ、魔物の背中の感触を。 あれも、ギリギリ船と言えなくもない。はずだ。 「とても揺れて、油断すると振り落とされそうになる」 …………。 ああっ! クリスと同じになったっ!? 「ほらね、ジェイくんも同じことを言った」 「しかし、さっきは否定していたはずだが……」 ぬうっ、一度口にした以上、もう引っ込みが付かない! 「うぅ……船って、やっぱり怖い乗り物なんですね……」 ヒスイもすっかり怖がっているし……。 ん……? 待てよ、船がとても怖い乗り物だと言い含める ことが出来れば、旅を諦めたりはしないだろうか? 「で、でも、魔王を倒して世界を平和にするためには、 怖いのだって我慢しますっ」 だよなあ。諦めたりなんてしないよなあ。 というか、船が怖いからって理由で俺を倒すことを 断念されても、誇りが傷つけられてしまう。 お前、魔王よりも船の方が怖いのか。みたいに。 なので、まあ……これはこれでいいのだろう。 「ああ。その意気だぞ」 となれば、ここはやる気をくじかないように するのが一番だろう。 「はいっ! 頑張りますっ!」 うむ。いい返事だ。 「先生たちも一緒に頑張るからねっ」 「ああ、そうだな。私たちは仲間だからな。 みんなで力を合わせていこう」 「ありがとうございます。わたしは、 素敵な仲間に出会えて嬉しいです」 三人が改めて意思を固め合う。 それだけならば、実に微笑ましい光景なのかもしれない。 まあ、命がかかっている俺としては、 そんな気にはなれないが。 「というわけで、皆さんっ!」 「次は船を手に入れるために、 もう一度砂の海を越えましょう!」 …………あ。 そ、そうか。船を手に入れるのは、砂の海を越えた先でだ。 ということは、これからまた、あそこを 渡らなければいけないのか……。 もう、船が怖いからって理由で俺を倒すことを 断念してくれたらいいのに。 あの砂の中を歩かずに済むのであれば、前言くらい あっさりと覆してやるのだが……。 「頑張っていきましょうね、ジェイさんっ!」 ……まあ、もう無理だよな。 しかも、焚き付けたの俺だもんな。 どうしようもないよな……。 「ああ……頑張っていこうな……」 「今にも死にそうな顔でそんなことを言われましても」 リブラの余計な一言に突っ込むような余裕もなく。 こうして、砂の海を三度渡るという未来が 確定してしまったのだった。 三度、砂の海へと向かう前に買い物を済ませておこうと、 城下町に立ち寄ることになった。 というわけで、しばしの自由行動となったわけだが。 「今のうちに話しておいた方がいいことがあります」 と、俺はリブラに引き止められていた。 「で、なんだ。話っていうのは」 きっと、ろくでもないことだろう。 俺の魔王としての勘がそう告げるのだが、 ないがしろにするわけにもいかない。 今のところ、こいつが俺に告げたことは 全てが正しいことだからだ。 「たった今、勇者が船を入手するフラグが立ちました」 いつものように無感情な顔と声で淡々とリブラが告げる。 「……フラグ?」 まずい。何を言っているのか、本気で分からない。 「正確に言うならば、イベントフラグです」 「……なるほど」 正確に言われたところで、分からないものは ちっとも分からない。 「つまり、どういうことなんだ?」 「勇者たちが無事に船を入手することが 確定した、ということです」 リブラが淡々と口にしたのは、予言めいた言葉だった。 まるで、未来がそう確定した、とばかりの口ぶりだ。 「どういう経緯で船を入手するのかを聞こう」 こういう時は慌てずに、何故そうなるのかを 順序立てて説明させるに限る。 その中で、問題となる箇所を改善すればいい。 「はい。まず、勇者たちが町に辿り着く直前辺りに、 町一番の富豪の娘が魔物に襲われます」 「なんで、そんなタイミングでだよ!」 まるで、勇者が町に到着するのを 待っていたみたいじゃないか。 「当然のように、娘は勇者たちに助けられて、 そのお礼として船を入手する流れです」 「お礼で船をやるとか太っ腹だな!」 富豪って、どんだけ豊かなんだよ! いくら娘の命を助けられたからといって、 お礼で渡すような物じゃないだろ! 「で、どうしますか?」 「娘を襲ったりするな、と現地の魔物に 命令を出すしかないだろ……」 魔物が娘を襲うことが全ての引き金ならば、 それを行わなければいいだけだ。 そうすれば、きっと船を入手することも……。 「その場合、特に何事もなく勇者たちは 船を手に入れることになりますね」 ……は? 「な、なんで、そうなるんだ?」 「だって、女神に選ばれた勇者ですからね」 「世界中の人間全てが、勇者に味方するに 決まっています」 「……ああ、そうか……」 家に勝手に入られた挙句、タンスを調べられても 何も言わなかったもんな……。 そりゃ、船くらい貸してくれって言われたら貸すよな……。 「釈然としねええええええ!!」 なんだ、この圧倒的に不利な感じは! 世界の全てが俺の敵か! まあ、魔王だから全ての人間にとって 敵なのは当たり前なんだけどな!! じゃあ、しょうがないな! よし……納得した……。 「というわけで、どっちにしろ勇者は船を 手に入れるのですが、どうしますか?」 「いっそ、あなたが娘を襲ってみますか?」 「色んな意味で殺されるわっ!」 「そして、魔王は勇者によって倒されると いう予言は無事に成就したのでした」 「終わらせるんじゃねえよ!!」 こいつ、予言を成就させるために、俺を誘導しようと しやがったな。なんて、恐ろしいやつだ。 「で、どうしますか?」 「う……ぬぬぬぬっ!」 苦渋の決断を迫られた俺が出した答えとは――。 「あはははっ、気持ちいいですねっ!」 「海水浴なんて久しぶりだ」 「ふふっ、海に来たらやっぱり泳がないとね」 青い空、眩しい太陽、どこまでも広がる砂浜。 そして――水着。 この砂浜を独り占めするかのように、 俺たちは海を満喫していた。 「どうして……こうなった……」 選択を迫られた俺が下した決断は、 『町の娘を襲わせない』だった。 どのみち、船を入手されるのであれば、 無用な被害は出さないに限る。 無駄に経験値を与えるようなこともしたくないし。 「まあ、無難な判断ではないかと」 はしゃぐヒスイを遠い目で眺めている俺の 傍へとリブラがやって来る。 何故か、こいつまでちゃっかりと水着姿になっている。 「あなたも、勇者たちの水着姿を 堪能しているようですし」 「してねえよっ!」 「本当ですか?」 「別に、そんなことは……」 …………。 「そんなことは……」 ない……と思う。 ない、はずだ。 ない、んじゃないかなあ……。 「流石はエロ魔王ですね」 「エロ言うなっ!!」 ともあれ、本当に何事もないままに、町の富豪から 船を譲り渡されることが決定した。 船の整備に一日ほど時間を使うらしく、ヒスイたちに とっては束の間の休息の時が生まれたのだった。 「それよりも、ああやってあいつらがはしゃいでいる間に、 次の手を考えなければ……」 俺がそう呟いた時――。 「お、なんだ。見たことあるやつが いると思ったら、ジェイじゃないか」 「こんにちは……奇遇、だね」 聞き覚えのある顔に振り向くと、 そこには二人組の冒険者の姿があった。 「ああ、神殿の町で会った二人か」 「覚えておいてくれて、何よりだ。だが、アタシには グリーンって立派な名前がある」 「ちゃんと、そっちで覚えておいてくれよ」 「ちなみに私は……アクアリーフ」 グリーンはひらりと片手を上げて、 アクアリーフは丁寧にお辞儀をしながら。 性格同様に、正反対の動作でそれぞれが改めて名乗る。 相変わらず対照的な二人だ。ここまで違っていて、 よく旅なんて出来るものだ。 「そうだったな。すまない」 「すみません。うちの師匠はうっかり属性なもので」 「お弟子さんは……大変、だね……」 「まったくだ。しっかりしろよ、兄ちゃん」 「……うっ。し、しょうがないだろ。 あの後、色々あったんだから……」 本当に、こいつらと会った後に色々なことが起きた。 勇者の仲間に入ったり、馬車を手に入れたり、 砂の海を三度も渡ったり……。 本当に、色々なことが、起きた。 「ふーん、色々な」 「色々……ね」 二人がやけに意味深に俺の言葉を繰り返す。 何か変なことを言ったりなんてしてない……よな? 「で、あんたらは何やってんだ?」 「二人で海水浴……?」 「いや、他にも三人連れがいるんだ」 別に勇者一行であることを言わずともいいだろう。 遊んでいる三人を親指で差しながら、 仲間であることだけを告げる。 「ふーん……って、あっちも見覚えあるな」 「ヒスイさん……カレンさん……クリスさん、だね」 「知り合いだったのか?」 「ああ。友達みたいなもんさ」 「私たちと……旅の目的は……同じようなもの、だし」 「…………」 「旅の目的が同じ?」 気のせいだろうか、リブラが息を飲んだように 二人を見つめているのは。 まあ、それよりも二人の旅の目的が 同じってどういうことだ。 もしかして、この二人も俺の命を狙っているのだと すると……面倒なことになりそうだ。 「ああ。『世界のほころび』ってやつを探しているんだ」 だが、グリーンの口から出てきたのは、 おかしな言葉だった。 「世界の……ほころび……」 ぽつ、とリブラが呟きをこぼす。 こいつにしては珍しく、そこには何か 戸惑いのようなものが存在していた。 「おかしなことや……変わったことを…… 見て回っている、ってことだよ……」 「観光、ってことか?」 「まあ、そんなところだな」 であるならば、世界を旅して回るって辺りが ヒスイたちと同じだというのだろうか。 そのくらいなら、放置しておいても問題はなさそうだな。 「砂の海は……暑かった、ね……」 「まあ、煉獄に比べたらマシな方だぜ」 「二人とも、砂の海を越えてきたのか?」 「気合で歩いて来た」 「とっても……頑張った……」 あそこを乗り物なしで渡った……だと……? いや、まあ、考えてみれば、俺たちも実質 歩いて渡ったようなものだったな。 この二人も歩いて渡れたようだし、乗り物を探せ っていう神託は必要なかったよな……。 「しっかし、神話を否定するロックな兄ちゃんが、 勇者と旅とはなあ」 グリーンがニヤニヤと笑いながら、俺を見てくる。 「まあ、色々あってな。まさか、こうなるだなんて、 俺も思ってもみなかった」 まったくもって、その通りだ。 よもや、勇者たちと旅をすることになるなど、 誰が予想出来ただろうか。 「好きな子でも……出来た……?」 「ぶふっ!?」 横合いから、思ってもみなかった言葉が飛んできた。 「ちょ、な、なんで、そうなるんだっ!?」 「だって……ねえ?」 「だよなあ」 二人が顔を見合わせて、笑う。 まるで、微笑ましいものでも見たかのように 笑われると、どうにも気が落ち着かない。 「そうでもないと……一緒に旅をする、なんて……」 「しかも、魔王退治だしな。それに付いて行く 理由なんて、他にないだろ」 ぐ……っ! 確かにその通りだ。誰が何の理由も目的もなしに、 魔王退治の旅になんて付き合うだろうか。 事実、道中で誰かが同行を申し出るようなこともなかった。 「そうだったのですね。すみません、気付けなくて」 「ここぞとばかりに便乗してんじゃねえよ!」 「俺は……魔法の研究がてらに付き合っているだけだ」 「ふーん。本当にそれが理由か?」 「あ、ああ、そうだぞ!」 「……それだけ?」 「…………」 何故か、リブラが目を細める。 今の二人の言葉に、何かひっかかることでも あったのだろうか? 別におかしなことは言ってないと思う、が。 「それだけだっ!」 そう、おかしなことは言っていない。 それだけの理由で旅に同行することに、 どんな問題があるというのだろうか。 「面白くねえなあ……」 「残念……だね」 二人が不服そうに声を漏らす。 まったく……人をからかうのも、 ほどほどにしてほしいものだ。 「ま、いいや。折角、見かけたんだし 挨拶でもしていくか」 「そう……だね」 「おーっす、ひさしぶりー!」 大きく手を振りながら、二人がヒスイたちの 方へと歩いていく。 「あ、グリーンさん、アクアリーフさん。 お久しぶりです!」 「元気に……してた……?」 「ああ。そちらも、元気そうでなによりだ」 「折角だから、一緒に遊んでいく?」 「あー、アタシはパス」 「みんなと一緒だと……姐御は……小さいのが目立つし」 「なーんか、言ったかー?」 「何も……」 会話を弾ませる五人の姿を遠目に見るのだが――。 「…………」 何故か、リブラは少し難しそうな顔をしていた。 まるで、何事かを考え込んでいるかのようだ。 「何か気になったことでもあるのか?」 「いいえ、特には」 俺の問いかけに対しても、リブラが それ以上答えることもなく。 「……そうか」 俺はリブラに対して、そう返す他になかった。 「ともあれ、今は他にやることもありませんし、 ゆっくりと羽でも伸ばしたらどうですか」 「これが、生涯最後の海遊びになるでしょうし」 「最後になんてならんわっ!」 くそっ、なんて口の悪いやつだ。 だが、海に出た後の妙案が思いつかないのも確かだ。 こいつに言われたから、というわけではないが、 少し気晴らしでもするとしよう。 ヒスイと遊ぶ カレンと遊ぶ クリスと遊ぶ 「ジェイさん、宝探しに行きましょう!」 「宝探し?」 唐突にもほどがある申し出だった。 「はい、宝探しです」 満面の笑みでヒスイが繰り返す。 宝探しということはあれだろう。宝を探すのだろう。 いや、まあ、それくらいなら分かるんだが。 「もう少し詳しい説明をしてほしいんだが」 「つまり、宝探しというのはだな。 宝物を探すことなんだ」 「それくらい知ってるわ!」 「む、そうか。やはり、魔法使いは物知りなんだな」 「流石はジェイさんです!」 「お前ら、俺をなんだと思っているんだ?」 「もちろん、とっても頼りになるお兄さんだよ」 この笑顔がとにかくうさんくさく 感じるのはどうしてだろうな。 まあ、ともあれ。 「なんで、急に宝探しとか言い出したんだ?」 「ああ。実はさっき、行商人が宝の地図を売っていてな」 行商人か。確かに、普通の店よりも珍しい 掘り出し物を取り扱っている可能性はある。 あるんだが……宝の地図なんて、わざわざ 買うほどのものでもないだろ。 どうせ、偽物だろうし。 「色々買い物をしたら、おまけとして 宝の地図をいただきました」 「買ってすらいなかった!?」 「日頃の行いがいいと、こういう時に得をするよね」 得意げな顔でクリスはそう言うが……。 一体誰の日頃の行いがいいのか、 詳しく説明を願いたいところだ。 「いや、しかし、おまけで付けて くれるような物だろう?」 「明らかに怪しいというか、偽物じゃないか?」 「大丈夫だ。行商人は、どことなく 信用がおける人物だったし」 「どことなく、って時点で信用おけないだろ」 「人当りもとっても良かったし、 嘘を吐く人には見えなかったよ」 「そうですよね。たまに、クフフって 笑うのがちょっと気になりましたけど」 「ぶふっ!?」 アスモドゥゥゥゥス! お前が犯人かぁっ!! 「というわけで、ここは宝探しの流れですね」 「唐突に話に参加してきたな、おい!」 というか、今まで影も形もなかったのに、 どこから現れたんだ。 「ナウなヤングは宝探しでゴーです」 「いいから、落ち着けよ」 「ゴーですよっ」 「ゴーだな」 「ゴーだね」 ……あ、この流れ、俺が何を言っても 覆すのはもう無理だな。 「あー、分かった、分かった。お前らが やりたいのなら、やればいい」 「やった、ジェイくんなら分かってくれると 信じていたよっ」 嘘吐け! 数でごり押す気だっただろ! 「よっ、太い腹ー」 「太くねえよ! せめて、太っ腹って言えよ!」 「六つに割れた腹筋」 「お前は何が言いたいんだよ! 褒め言葉か どうか俺には分からねえよ!」 「太くてたくましい……」 「最後まで言わせねえからな!!」 こいつ、一体何を口走ろうとしていた!? 「ふふっ。皆さん、気合が入ってますね」 出発前から、俺一人疲労しているのは気のせいか? 気のせいだよな……? 「というわけで、早速宝探しの旅に出発です!」 ヒスイの元気な号令とともに、宝探しと言う名の 寄り道を行うことが決定したのだった。 「海だな」 「海ですね」 海風を全身に浴びながら船に揺られ続けることしばし、 俺たちは件の宝の地図を見ながら移動をしているのだが。 「この地図……なんで、海のど真ん中に おもむろに印が付けてあるんだ……?」 「そこに宝があるからだろ」 「いや、だからって海のど真ん中ってどうなんだよ」 「もっと分かりやすい目印とか、謎の暗号とかが 書いてあるのならまだ分かるんだが……」 明らかに適当な位置にバツ印を付けました。 この地図からは、そんな感じすら受ける。 「ジェイくん、現実はそんなに甘くないよ。いつまでも、 夢ばっかり追いかけてちゃ駄目だからね」 「釈然としねえ!!」 こんな怪しげな地図を頼って、宝探しに出発しようと 言い出した奴に言われたくねえええ!! 「だ、大丈夫です……信じれば…… 夢はきっと叶います、から」 「お前は無理せずに休んでろ」 ヒスイこそ、船酔いという現実と向き合うべきだろう。 今日も今日とて、顔色を悪くしてふらふらじゃないか。 「おや、宝の地図ですか。これは珍しい」 「てめえ!?」 今回の宝探しの元凶であるアスモドゥスが、 俺の手元の地図を覗き込んでくる。 お前がヒスイたちに渡した地図だってのに、何を 初めて見るような口調で言ってやがるんだ! くそっ、ヒスイたちがいなければ、ここで 色々と問い詰めてやるんだが……。 「海は全てを受け止めてくれます。夢も、希望も、 ロマンも。そして……挫折や絶望ですらも」 「海とは……自由なのです」 「お前も大概自由だけどな!」 急に変なキャラ立てが始まってしまった。 お前、単なる船員じゃなかったのかよ! 「若い頃を……思い出しているんですね」 唐突に横合いからマユが入り込んでくる。 ああ、妙な寸劇でも繰り広げられるんだろうな、これは。 「あの頃は……夢だけを求めて、 舵を握っておりました……」 「ここから回想に入る流れですね」 「入らせないからな!」 これ以上引っ張られてたまるか。 「入らないのか、残念だな……」 「お前、聞く気満々だったのかよ」 カレンが残念そうに肩を落とす。 なんだ、そんなに与太話を楽しみにしていたのか。 「残念ですね……」 「お前は休んでろ!」 って、ヒスイもか! アスモドゥスの適当な話の何がこいつらの 心を捕らえてやまないのだろう。 「相変わらず、大変そうだね。ジェイくん」 「そう思うんだったら、ツッコミとか手伝ってくれよ」 「んー、見てるのが一番楽しいし」 だと思ったよ! 落としたくもなかった肩をガクリと落としてしまう。 「地図と勘を頼りに、存在するかどうか分からない 財宝を目指す……」 「灯火となるのは、この胸に宿る 希望の炎と光のみ……クフフフ」 「お前、いつまで続ける気だよ!?」 しかも、かなりそれらしいことを言い始めやがって。 なんとなく、本当に過去に冒険をしてたみたいじゃないか。 「というか、宝の地図を信じて航海に出るなんて、男って 夢とかロマンとか子どもっぽいこと好きですよねー」 「唐突に裏切った!?」 しかも、なんで俺を見ながら言うんだよ! 宝探しに行こうって言いだしたのは俺じゃないからな! 「お楽しみのところ、申し訳ありませんが」 「別に楽しんではいねえよ!」 「お忙しいところ、申し訳ありませんが」 「まあ、確かに忙しいな……」 正しく言い直されたら言い直されたで、 若干へこんでしまった。 何故、俺はツッコミで大忙しなのだろうか。 そんな疑問が頭をよぎってしまったからだ。 「瀕死のヒスイさんから、お話しがあるそうです」 「ま、まだ、生きてますよ……」 いや、もう半分くらい死んでるようなものだろ。 船酔いでふらふらしながら言われても、説得力なんてない。 「なので、瀕死と表現しました」 「あ……なるほど……」 それで納得していいものだろうか。 まあ、本人がいいのなら、俺が何か言うことではないな。 「それより、話ってなんだ?」 「あ、はい。そろそろ、印の地点に到着します……」 「さようでございますか。でしたら、 船を泊める準備をいたしましょう」 ほう、そろそろ目的の場所に到着するのか。 しかし……。 辺りは見渡す限り、一面の海だ。 特に目印になるような物もない。 それなのに、よく目的の場所だと分かるな。 これも、女神の加護とやらのおかげだろうか。 「それではー、止まれー、船っ!」 マユの掛け声とともに、船がピタリと停止する。 「クフフフ。寸分の狂いなく、船を停止させました」 「流石です、キャプテン」 「あの時の嵐の航海と比べれば、 このくらい容易いことです」 「ああ、うん。そういうのは、もういいから」 何故かは分からないが、本当に船はピタリと 停止して動く素振りを見せない。 それどころか、波に揺られることすらない。 錨を下ろしたりもしていないようだし…… まあ、もう考えるだけ時間の無駄か。 「で、ここが目的の場所なのはいいとして ……どうやって探すんだ?」 島のようなものなど、一切見当たらない。 だとすれば、海の中に沈んでいる可能性が 非常に高いのだが……。 沈んだ宝なんて、どうやって引き上げればいいんだ? 「よし、まずは私から行こう」 「……え?」 何やら自信満々にカレンが胸を張っているのだが ……一体、どこに行くっていうんだ? カレンはそのまま、甲板の端まで歩いて行き。 「じゃあ、ちょっと調べてくる」 まるで、その辺りを散歩してくる、みたいな 気軽さで海に飛び込んだ。 ……え? 「ちょ、おま、ええええええええ!?」 う、海に飛び込んだ、だと……!? 慌てて海を覗き込むが、カレンの姿は影も形もなかった。 潜った……? もしくは、溺れた……!? 「カレンちゃん、張り切ってたね。ジェイくんに、 いいところを見せたかったのかな?」 「見せられても困るんだが!?」 いきなり海に飛び込んだことに対して、俺は どうリアクションを取ればいいんだ!? いいところを見せたかった、とか言われても、その、困る。 「次はどうします……? 先生が調べますか?」 「うん。ヒスイちゃんは体調悪いんだから、最後ね」 「いやいやいやいや」 何を落ち着き払って、海に飛び込む順番を 相談してるんだよ!? 「さっきから騒々しいですよ」 「そりゃ、慌てるに決まってるだろ!」 だって、目の前でいきなり海に飛び込まれたりしたんだ。 これで慌てないわけがない。 「というか、それよりもカレンの心配をだな……」 「すまない、何も見付けられなかった」 「……普通に戻って来ただと!!」 お前、今、どうやって船に上がってきた!? そんな気配も音もしなかったぞ! 「ん……? そりゃ戻ってくるさ。当たり前だろ」 いや、そんな不思議そうな顔をされても。 何が起こったのか不思議でたまらないのは、こっちの方だ。 「というか、お前、なんで濡れてないんだよ!?」 ついさっきまで海の中にいたはずなのに、 カレンの服も体も一切濡れてはいなかった。 おかしいだろ。海に飛び込んだはずなのに。 「おかしなことを言うな。調べただけなのに、 服が濡れるわけがないだろ」 「もう何を言ってるのか、分からねえよ!!」 調べただけだから、服が濡れない? 飛び込んだのに? なんで、いつのまにか船の上に戻ってきていたんだ? 音も気配もさせずに。 そして、こいつらは今起こったことを どうして不思議に思わない? 「世界の矛盾ですね」 「……もう、それでいいや」 というか、それ以外にどう説明しろと言うんだ。 「それじゃ、次は先生の番だね」 そして、今度はクリスがおもむろに海に飛び込んだ。 どう見ても、海に飛び込んで潜っていったし、 どう聞いても、水音が立っていた。 ……でも、調べるだけだから服は 濡れたりしない、んだよな。 「濡れた衣服が肌に張り付く姿が見れずに残念でしたね」 「そんなこと思ってねえよ!」 思ってはない、が……それはそれで、惜しいものを 逃してしまった気になってしまう。 ちくしょう! 「うーん、特に何も見つからなかったよ」 「……お前もかっ!?」 カレンに続いて、クリスもいつの間にか 船上に戻ってきていた。 海の中から船に上がってくる姿なんて、 まるで見えなかった。 そして、クリスは一切濡れていなかった。 「では、頑張って来ます!」 「いや、お前は頑張らなくていいから」 船酔いで苦しんでいる奴は大人しくしておく方が 身のためだと言ってやりたいのだが。 「大丈夫です……わたし、勇者ですから!」 笑顔を残して、ヒスイもまた海の中に 飛び込んでしまった。 勇者だからって船酔いを我慢してまで海に 飛び込まなくてもいいと思うんだが……。 「古代のコインがありました」 「……なんで、すぐに戻ってこれるんだろうな。本当に」 鈍く光るコインを手に、笑顔で戻って来るヒスイ。 って、どこで見つけてきた。海底か? やっぱり、海底から拾ってきたのか? もしかして、この辺りってすごく浅いのか……? 「この調子なら、宝物を見つけるのもすぐですね」 「そうだね。諦めなければ、きっと見つかるよ」 「次は魔法使いの番だな」 「……え?」 俺の……番……? 「お、俺も行かなきゃいけないのか!?」 「頑張ってください。ゴッドスピード、師匠」 「お前、それ励ましてないよな!」 意味は分からないが、なんとなく良い意味の 言葉じゃないことくらいは察せられる。 いや、まあ、それはともかく、俺まで海に 飛び込まなきゃいけないのか……? うーん……まあ、こいつらが出来るのなら 俺に出来ない道理はない……かなあ。 だって、俺、魔王だし。 「……よし」 まあ、色々と思い悩むよりも物は試しだ。 海に潜っても濡れないし、すぐに戻ることも出来る。 きっと、世界はそういう風に出来ているのだろう。 「じゃあ、行ってくる」 男は度胸だ。 大きく息を吸い込んで、船の上から 海の中へと飛び込む。 「普通に水が冷たい」 うむ。まあ、海に飛び込んだのだから当たり前だろうな。 「服も、思いっきり水を吸っているな」 うむ。これもまあ、海に飛び込んだのだから 当たり前だよな。 「……なるほど」 海に飛び込んだから体が濡れて冷たいし、服も水を吸う。 それが当たり前だ。少し考えれば分かることである。 ……なんで、あいつらは平気なんだろう。 「って、冷静に考えてる場合じゃねえ!?」 急いで船の上に戻らなければ! 船の上に……戻らなければ……。 ……どうやって? 「うおおおおおっ!? これ、ピンチじゃないか!? 俺、すげえピンチじゃないか!?」 改めて確認するまでもなく、ピンチである。 生物学的にかなり危険な状態である。 水を吸った服はかなり重くて、体に張り付いてくる。 とてもじゃないが、泳げるような状態ではない。 「だ、誰かー! 助けてくれー!!」 必死に声を上げてみるのだが、甲板までは届いて いないのだろうか。なんの反応もない。 そうこうしているうちに、もがき続ける手足が 徐々に重たくなっていって……。 「がぼ、げぼ、ごぼっ!?」 俺の体は、海の中へとゆっくりと飲み込まれていった。 どうやら予言は、望んでいない形で覆されそうだ……。 ほんの少しだけ、リブラに意趣返しが出来た事に、 無念さが僅かに薄らいでくれた。 あの世で親父殿に再会したら、なんと言い訳したものか そんな事を考えつつ……不意に、明かりを感じた。 閉じた目蓋が、再び光を感じ取り、 沈んでいた体は、今は浮遊感に包まれている。 俺の魂はもう、空を目指しているのだろうか。 体の感覚も、鈍いながらも残るものなのだな……。 等と、漠然とした事を考え始めていたら。 「……ぶはっ!?」 体は正直なもので、状況を理解するより先に 大きく空気を吸い込んでいた。 「げほっ、げほっ……一体、何が……」 激しく咳き込み、飲み込んでいた水を吐き出した事で 少しだけ落ち着き、自分の状態を確認する。 まず、違和感を体に覚える。何かに掴まえられ、 水の上へと押し上げられたような……。 「……滅茶苦茶、掴まれてる!?」 俺の目の前にいたのは、巨大なイカ型の魔物だった。 その足が、俺の体をしっかりと捕まえている。 しかも微妙に苦しくない力加減な上に、 背中も擦られてしまっていた。 ひょっとして水を吐く時の圧迫感も、 救助的な行動だったのだろうか。 「お前が……俺を助けてくれたのか?」 イカと目が合ったので、衝動的に尋ねてみる。 すると、イカは力強く頷いていた。 「大丈夫ですか? 魔王様」 「俺が……誰か分かるのか?」 続いての問いに、イカはさらに力強く頷く。 「……そうか」 って、ちょっと待て。こいつ、俺が 魔王だって分かっているのか? 四天王ですら名乗らなければ、 分からなかったというのに……。 こいつ、もしかしてとてもすごいイカなのか? 「貴様の働き、覚えておこう」 何しろ魔王の命を救ったのだからな。 然るべき恩賞を与えねばなるまい。 しかし、イカは黙って首を横に振るだけだった。 ほう。こいつ、謙遜までしてみせるとは、 ますますもって気に入った。 「拙者が欲しいのは、武勲のみにございます」 「拙者て、お前」 どんな一人称だよ。 だが、こいつの威風堂々とした立ち居振る舞い。 拙者という一人称が意外としっくりくるな。 「ゆえに、このまま勇者どもを成敗して ごらんにいれましょう」 「……ほう」 俺の命を救ったのみならず、勇者たちを 倒してみせるとまで豪語するか。 「面白い、やってみるがいい」 「かしこまりましたゲソ。しばし、我慢してくださイカ」 あ、今、ちょっと素が出たな。 さっきまでの口調は少し無理してたんだな。 ともあれ、イカは俺を掴んだまま、悠然と 海面から飛び上がり――。 「って、飛んだ!?」 そのまま、甲板へと降り立った! 俺を捕まえたままで。 「ま、魔物……!?」 「くっ、魔法使いが捕まっているだと」 「ジェイくん、マニアックー」 「変な濡れ衣を着せようとするな!?」 なんだ、マニアックって! 「ああ、服が濡れているだけに濡れ衣、と」 「そ、そんな意味で言ったんじゃねえよ!」 「なるほど」 「流石だねっ」 「お前らも、感心するな!?」 別に、上手いことを言おうとか思ったわけじゃないのに、 なんだこの流れは! これこそ、まさに濡れ衣を着せられた状態だ! 「と、とにかく……すぐに助けますから ……安心してください」 「お、おう。すまない」 船酔いなヒスイから心配されてもなあ。むしろ、 お前の方が少し心配なくらいなんだが。 「人質だと……姑息な魔物め」 「フッ、小娘が舐めるでなイカ!」 カレンの言葉に反応したのか、イカは 俺を勢いよく甲板へと投げ捨てた。 「ふべっ!?」 解放したつもりなのだろうが ……雑な扱いをしやがって!! 「大丈夫か、魔法使いっ……!」 「ああ……どうにか……」 身を起こしたところに聞こえるカレンの声。 ふと見ると、こっちに駆け寄って来るカレンの姿と、 その後ろから迫るイカの足があって――。 「きゃあっ!?」 ぬるり、とイカの足がカレンを縛り上げる。 なるほど。俺を囮に使い、主力の動きを封じるとは ……中々策士だな、イカめ。 「ふはははは! まずは一人!」 「くっ……は、離せっ!」 「カ、カレンさんっ!」 イカに捕らわれたカレンを助けようと、 ヒスイが懸命に剣を振る。 だが、その剣をイカは複数の足を使い巧みに捌く。 船酔いの影響もあってか、ヒスイの動きはかなり悪い。 イカに決定打を与えるのは難しいだろう。 「ちょっと、面倒な相手だね……っ」 「イーッカッカッカ! このむっちりボディの前に、 鈍器など無力!」 イカの言うように、クリスの攻撃も 有効打にはなっていないようだ。 かなり優勢じゃないか。やるな、イカよ! 「そして、さらに……」 「ひゃぁっ!? や、やめろ、どこを触っている!?」 イカに捕まっているカレンは、自力での 脱出もままならないようだ。 いや、そんなことはどうでもいい。 「ジェイさん! 呪文でカレンさんを 助けましょう!」 「駄目だ……!」 今は、あのイカが一体どこを触っているのか ……もとい、状況を確認するのが先決だ! 「ど、どうしてですか?」 「今、呪文を打つとカレンも巻き込んでしまう!」 「はっ……た、確かに」 「まあ、その確率はかなり高いでしょうね」 嘘は言っていない。決して、嘘は言っていない。 カレンを巻き込んでしまうことは、避けなければいけない。 「やぁっ、んっ、やめろぉっ」 仲間として! それだけは! 避けなければいけない! 「機会を探りながら、剣で攻撃を仕掛けるんだ!」 「わ、わかりました、がんばります!」 今は! 機会を待つだけだ! 「そ、そんなところ……触るなぁ……」 カレンを助け出せるチャンスは、きっと訪れる! それをひたすら待ち続けるだけだ!! 「ジェイくんも、男の子だよねー」 クリスがこころなしかニヤニヤしているように 見えるのはきっと、気のせいだろう。 気のせいさ、そのはずさ。 「お、おう。俺は機会を待とう!」 「やっ、ん……ひゃあっ!」 身悶えするカレンの体を、容赦無く 軟体の足が締め付けている。 次第に、カレンの声がうわずり始めて いるような気がしてきた。 ……よし。 「くそ……一体、どうすれば……」 それにしても、いいアングルだな。 まるで、俺に見せるかのような……うん? 「こいつ、まさか……」 攻撃する隙を窺うフリをしながら、 さりげなく立ち位置を変える。 そろりそろりと横へと動く俺に合わせて……。 「う、動くなぁっ!?」 イカがさりげなく、カレンの向きを 俺の立ち位置に合わせて変える。 ……ほう、こいつ。わざわざ、俺が見やすい 位置を取ってくれていたのか。 素晴らしい!! 「クックック、イカがでしょうか」 「お楽しみいただけておりますか? 魔王さ……」 「うおおおおおっ! 最強魔法っ!!」 何か余計なことを言いかけたイカへと向けて、 無詠唱で攻撃呪文を叩き込む。 あ、危ねえ! あいつ、魔王様とか言いかけたよな!? 「せ、拙者が敗れても……いずれ、第二、 第三のイカが……ぐふっ」 俺の最強魔法をまともに受けたイカは、カレンを 解放すると安らかな顔をして倒れた。 「思わぬ強敵だった……」 さらば、王様イカ。 素敵なメモリーをありがとう。そして、ありがとう。 「二度と出てくるな、馬鹿っ!」 若干涙目気味なカレンの叫び声が響き渡る中、 死闘の幕は閉じたのだった。 「いやー、王様イカは強敵だったねー」 「ああ……そうだったな」 船酔いのヒスイと傷心のカレンは船室で休憩。 リブラは二人に付き添いという名目にてサボり。 今、甲板にいるのは俺とクリスの二人だけだった。 「ジェイくんにとっても強敵だったよね」 「ど、どういう意味だ?」 「どういう意味だと思う?」 にまにまと笑いながら、クリスが さりげなく距離を詰めてくる。 カレンの姿を堪能……じゃなかった、イカとの戦闘に 苦戦していた途中も、こんな笑いをしていた気がする。 「さあ、俺には分からないなあ」 さりげなく視線を横に逃がしておく。 も、もしかして、俺が何を見ていたのか 気付かれていたんじゃないだろうな……? 「男の人って、触手とか好きだよねー」 はい、気付かれていました! 「全員が全員じゃねえよ!」 「でも、ジェイくんは好きなんでしょう?」 「うぐ……っ」 語るに落ちたるとはこのことだろうか。ちょっと 違う気もするが、まあ、それは些細なことだな。 「ジェイくんって、色々と正直だよねー」 「そ、そんなことないぞ」 「ふふっ、本当にそうかな?」 クリスが自らの手を、そっと俺の手の上に重ねてくる。 柔らかく暖かな感触が、俺の手を握り締めてくる。 唐突な行動に、胸が弾んだ。 「な、なんだ!?」 「別に。ただ、ジェイくんが大変なことに なってるんじゃないかなあ、と思って」 「大変って……何がだよ」 「それは、言わなくても分かると思うけど?」 「ぐ……っ」 クリスの言う通りだった。 先ほどの非常に刺激的な光景のせいで、俺の、こう、 その、なんだ、それが大変なことになっていた。 むしろ、あんな光景を見せられて我慢出来る男が いるだろうか。いや、いない。 「先生が楽にしてあげようか?」 「……へ?」 クリスの笑みが、どこか誘惑するようなものに 見えたのは気のせいだろうか。 「そ、それって、どういう……」 「言わなくても分かると思うけど?」 ついさっき聞いたばかりの言葉を繰り返しながら、 クリスは俺の手を握ったまま、歩き出す。 「え、あ、いや」 「いいから、先生に任せて」 まるで火に誘われて飛び込む虫のように。 俺は、クリスの手を振りほどくことが 出来ずに、そのまま導かれるままに。 「お、おう」 クリスの後を付いて行ってしまうのだった。 「クリス、このまま……っ」 「んむっ……はっ、い、いいよ……このまま……んんっ」 ぐっと、クリスが俺のモノを深くまで咥え込む。 その感触が、最後の引き金となった。 びゅくっ! びゅるっ! びゅるるっ! 熱く迸る白濁が、クリスの口の中へと 流し込まれるように先端より吐き出される。 「ん! んく……んくぅっ!」 のどの奥へと向けて、叩きつけるように 吹き出す劣情。 クリスは少し驚いた様子を見せながらも、 俺のモノから口を離す事なく受け止める。 「んっ……んんっ……んぐ……」 何度も脈動が続き、クリスの口内へと白濁が注ぎ込まれる。 それがようやく落ち着きを見せた後で……。 「くっ……は、ぁ……」 一気に精を吐き出した脱力感に、息が漏れた。 「ん……ごく……ごくっ……っはぁ……」 クリスが力の抜けたモノから顔を上げ、 口に溜まった精液を飲み込んだ。 自分で出しておいてなんだが、その姿を見ると、 申し訳ない気がしてこなくもなかった。 「ん、んんっ……」 弾ける様な刺激の直後、吸い込むように口を窄められる。 「クリス……外に出す」 自らの限界を感じ取った俺は、勢いよく腰を引き抜く。 俺のモノがクリスの唇を間から、外へと 姿を見せると同時――。 びくっ! びゅくっ! びゅくくっ! 激しくモノが跳ね上がると同時に、 俺の滾りが先端より吐き出される。 「はぁぁぁ……」 熱い息を零すクリスの顔へ、髪へ。 俺のモノが脈打つたびに飛び散る白濁が降りかかり、 クリスを白く汚していく。 その光景は、ある種の征服感のようなもの すら覚えさせるものだった。 「……ジェイくんの……熱いんだね……」 クリスは顔にかかった白濁を指ですくい上げると、 そのまま自らの口へと運ぶ。 たおやかな指を口に含む様子を見ながら……。 つい先ほどまで、自分のモノがあの唇に咥えられて いたことを不思議に思ってしまっていた。 「その……悪い」 「ジェイくんは気にしなくていいよ。 たくさん出してくれて、嬉しかったし」 「みんなには内緒に、ね?」 「ああ」 こんなこと言えるわけないな、と。 どこか気恥ずかしさを覚えた俺は 鼻先を掻きながら頷くのだった。 色んなことが起こった怒涛の昼間は終わりを迎えて、 陽も傾きつつある夕暮れ。 しばしの休息を挟んだ後で、宝探しの時間は まだまだ続いていた。 ヒスイとカレンとクリス。三人による捜索が続く一方……。 「……」 俺は一人、甲板の上に佇んでいた。 「……なんで、あいつらは平気なんだろうなあ」 世界の矛盾を前に、俺はあまりにも無力だった。 というか、海に入ったら冷たいし 濡れるし沈むのが当然だろう。 あいつら、おかしすぎるだろう! 「言ってもしょうがないか……」 まあ、あっちの事は任せるしかない。 今の俺に出来ることは、精々あいつらの 探索成果を分別するくらいだ。 「しかし……色々落ちてるよな」 錆びた剣に朽ちた鎧、ボロボロの家具に ちっちゃいメダルや古い壷。 これら全てが、海の中に沈んでいた物だ。 「見事にガラクタだらけじゃないか」 足元の壷を、軽く爪先で小突いてみる。 案の定、軽い音を立てて穴が開く。 割れる、ではない辺りホントに脆くなっていたんだな。 「ふう、流石にそろそろ疲れてきたな」 「そうだね。もう日も暮れてきたし、潮時かな」 「ですね。それじゃ、この辺りで終わりにしましょう」 お。どうやら、三人も捜索を終えたらしいな。 相変わらず、何故か濡れていない格好で、 船の上に戻ってきたようだ。 「お疲れ。何か目ぼしいものはあったか?」 「いいえ、特には」 む、そういえば、ヒスイは少し元気が戻っているな。 船に乗っているよりも、海に潜っている方が マシだったのか? 「宝箱も見つけられないとは、無念だ」 カレンもカレンで、傷心からは立ち直れたようで ホッと胸を撫で下ろす。 「実はこのガラクタの中に、お宝があったりして」 クリスは、まあ、いつも通りだった。 いつも通りだな。うん。いつも通りだ。それでいい。 「結局、宝の地図は偽物だったってことか」 見つかったのはガラクタばかり。 まあ、アスモドゥスが適当に描いた地図だったんだろうな。 「さて、というわけでわたくしの出番ですね」 どこからともなく、リブラがふらりと姿を現す。 こいつ……さては、今の今までサボっていたな。 「うなれ、わたくしの特級審美眼」 「特級て、お前」 何故かこめかみを指で押さえながら、 リブラがガラクタの前でしゃがみこむ。 うん。まあ、こいつは自由にさせておこう。 「どうですか?」 「何か珍しい物とかあるかなあ」 「魔法の武具があれば嬉しいんだが」 三人がリブラを後ろから覗き込むのを、 一人離れた位置から見守る。 「残念ながら、武具は朽ちた物ばかりですね。 値打ちもありません」 「……おや、ちっちゃいメダルが何枚かありますね」 「あ、それはわたしが見つけました」 数枚転がっているメダルをリブラが ひょいひょいと拾い集める。 「それは何か価値があるのか?」 「ええ。これを集めておくと、特別なアイテムと 交換してもらえるかもしれません」 「いわゆる、コレクターズアイテムですね」 「ふうむ、なるほど」 一部では価値がある物らしいが……まあ、 俺にとってはどうでもいいな。 「他は特に価値のある物は……おや、この壺は」 リブラが目を止めたのは、さっき俺が 蹴って壊してしまった壺だった。 それが、どうかしたのだろうか? 「残念ですね……穴が開いてなければ とても高く売れたのですが」 「マジか!?」 「はい。貴重な壺で、好事家の間ではかなりの 高額で取引されている物です」 「マ、マジでか……」 俺は……なんてことを……してしまったんだ……。 「わっ、それは残念ですね……」 「すみません。もう少し丁寧に扱っていれば……」 「えっ? い、いや、きっと、かなりもろく なっていたんだろう。そうに違いない」 「だから、ヒスイが気にすることじゃないぞ。うん」 言えない……俺が壊してしまったなんて、 言いだせない……。 「それよりも、海も綺麗になったことを 喜ぼうじゃないか。な?」 「そう……ですね。魔王によって傷付けられた 世界を少しでも癒せました」 「それを喜ぶべきですね!」 ……えええええええっ!? 俺が海を傷つけたことになってるぅぅぅ!? いやいやいや、海を汚したのはあれだろ。 明らかに人間の仕業だろ! 「宝探しは世界が平和になってから改めて、だな」 「その時はまた一緒に、ね。ジェイくんっ」 「あ、あー……そうだな」 「ひとまず、町に戻ってガラクタを処分いたしましょう」 「かえすがえすも、この貴重な壺さえ 壊れていなければ……」 どうして、こいつは俺を見ながら言うのだろうか。 明らかに俺が犯人だって分かってるよな。 「本当にな……あの壺さえ壊れていなければ……」 ちくしょう……ちくしょう……! 俺の無念の叫びは決して外に出るようなことはなく。 胸中にて、何度もちくしょうと繰り返し叫びながら 見る夕日はとても赤く、綺麗なものだった。 ……ちくしょう!! 魔王の朝は早い。 多くの配下を従える身として、 長々と惰眠を貪る事は許されない。 とはいえ、朝の散歩が趣味というわけでもない。 「さてと、そろそろかな」 それというのも、宿が一部屋しか 取れなかったことが原因だ。 いくら魔王と言えども、ない袖は振れない。 振れない以上、全員で一つの部屋に 泊まるしかないのだが……。 「……ベッドの数が足りるわけないだろ」 流石に、一部屋に五つもベッドがあるわけなかった。 俺たちが泊まった部屋にベッドは二つ。 一つのベッドを二人で使っても、寝れるのは四人。 そして、パーティーは五人。 必然的に俺が余ってしまう。 「あいつらは一緒でもいいとは言うんだが……」 流石に同じベッドで寝るわけにもいかない。 というわけで、俺は廊下に布団を出して、一人で寝る。 寝心地が悪いので、早く目が覚める。 仕方ないので、散歩で時間を潰す。 「健康なのか不健康なのか、分からん」 廊下で寝るのは間違いなく体に悪い。 だが、散歩はきっと体にいい。 判断に迷うところである。 などとどうでもいいことに頭を悩ませながら。 朝の散歩は終了するのだった。 「ああ、魔法使い。いいところに戻ってきた」 部屋に入る早々、目に飛び込んできたのは、 困り顔のカレンとクリス。 二人が困った顔と言うのも珍しい気がしたが……。 「どうかしたのか……?」 訝しく思い、首を傾げるのだが。 「な、なんでもありません……はふぅ」 原因はすぐに分かった。 「お、おい。ふらふらじゃないか!?」 明らかにヒスイの様子がおかしい。 足元がおぼつかずに、ふらふらとしている。 「起きた時から、この調子なんだ」 「ジェイくんからも、休むように 言ってほしいんだけど……」 「そうだな。とりあえず……ヒスイ、 ちょっとじっとしてろよ?」 少し身を屈めると、ヒスイの顔を覗き込む。 「え? あ、あの、ジェイさん……」 ふむ。心なしか、顔がいつもより赤い気がする。 熱でもあるのだろうか。 「熱がないか測るだけだ。じっとしててくれ」 ヒスイの額へと手を当てる。 触れてすぐに分かるくらいに、額は熱を帯びていた。 「……って、凄い熱じゃないか!」 予想以上の熱さに、驚くほどだった。 「そ、そんなことは……きゅー……」 「お、おい!?」 力が抜けたように倒れ込むヒスイを、 慌てて支える。 「おや。ノックアウトですね」 「俺がトドメさしたみたいに言うなよ!?」 縁起でもない。 ああ、いや、だが、この場合はノックアウト してしまった方が俺としてはいいのか。 「でも、確かにジェイくんのせいで熱は上がったかもね」 「そ、そうなのか?」 俺……熱を測っただけなんだが……。 「と、とりあえずベッドで休ませよう!」 支えていたヒスイをベッドに運ぼうとしたところで……。 ふにょり、と。 不意に柔らかな感触を覚えて、ドキリとしてしまう。 「こ、これは……」 ヒスイの胸が……俺の体に、密着している……! いや、待て、落ち着け。これは意図的な行動ではない。 良かれと思ってやった結果の不慮の事故だ。 俺は悪くない。そう、悪くないぞ。 「どうした、魔法使い。早くベッドに寝かせてやれ」 「ドキドキするのは分かるけど、控えめにね」 「ドキドキなんてしてねえよっ!?」 「こら、魔法使い。静かにしろ」 「あ、ああ。悪かった」 確かに大きな声でのツッコミは控えるべきだった。 そもそも、ツッコミさせないでくれよ、とも思うが。 ともあれ……。 「どうしたものかな、これは」 ヒスイをベッドへと運びながら、俺はそう呟くのだった。 ヒスイをベッドに寝かしつけた後で、俺たちは 今後の相談をすることになったのだが――。 「ヒスイが治るまで、動きようはないな」 結論は早速出たようなものだった。 しかし、こう、これまでも旅の妨害を考えてきたが ……いざ、こういう足止めをされると中々困る。 ヒスイが苦しんでいるとなれば、特に……だ。 「ひとまず、医者に診せるのが先決だろう」 「うーん。でも、お医者さんに診てもらっても無駄かな」 「どうしてだ?」 「実は、先生たちは女神様のご加護で、普通の 病気にはかからないはずなんだよ」 「……そうなのか?」 リブラに確認すると、小さく頷かれた。 「他にも、毒や麻痺などにも強くなるんだ」 ああ、だからこいつら解毒薬とかいう、 わけのわからない薬だけでどんな毒も治るのか。 まあ、死んでも復活出来る加護もあることだしなあ。 毒や病気になりにくくても、頷ける。 「そうなると、なんでヒスイが 体調を崩したか……なんだが」 「多分、勇者病だね」 「……え?」 「勇者だけがかかるっていう、伝説の病気だよ」 「伝説の病気て。勇者病て」 あまりに安直な名前に、ツッコミにも力が入らない。 病人の前で大声は出せないし、ちょうどいいか。 「主な症状として頭痛、目まい、ノドの痛み、発熱、寒気、  関節痛、肩こりなどだね」 「ただの酷い風邪じゃねえか!?」 しかも肩こりは病気じゃないし! 「魔法使い、静かに」 「お、おう。すまない……」 しまった。ついつい、普通の調子で ツッコミを入れてしまった。 少し気を付けておこう。 「その病気でしたら、わたくしも聞き覚えがあります。 なにやら、伝説の治療法があるとか」 なんでも、伝説って付ければいいってもんじゃないぞ。 「伝説の魔の森に生えるという、伝説のホウライ草。 それがあれば、治療することが出来るらしいです」 「伝説って言いすぎだろ。ていうか、魔の森て」 魔の海峡といい、俺の知らない魔の地域多いな。 その上、嫌な予感しか俺に与えてくれないのだが。 「誰一人入れない場所、とかじゃないだろうな?」 「大丈夫です。割と誰でも入れます」 「単に、町から少し遠いので不便なだけです」 魔の要素が一つも見当たらない!? 「よし。そこに行けば、ホウライ草が手に入るんだな」 「ヒスイちゃん苦しそうだし、急がなきゃねっ」 二人は、控えめの声で気合を入れる。 「ああ、そうだな……」 二人がやる気を出すのはよく分かるが……。 勇者のみが行動不能、という状況は利用出来そうでもある。 出来る限り、この状況が長引く方が都合はいい、のだが。 ベッドに横たわるヒスイをじっと見つめる。 熱にうなされるように目を閉じていたヒスイが、俺の 視線に気付いたのだろうか、ゆっくりと目を開けて。 「……大丈夫……ですから……」 明らかに無理をしていると分かる顔で、そう告げてくる。 「いいから、寝ておけ」 ヒスイに短く一言だけかけてから、視線を外す。 「……なあ、リブラ」 「どうかされましたか?」 「ああ、いや……病気について詳しくないから、 仮定の話として、一応聞いておきたいんだが……」 早速準備を始める二人の傍らで、小声でリブラに尋ねる。 さっきのヒスイの顔を見た後で、 こんなことを聞くのはためらわれる。 だが、今のうちに知っておかないといけないこと、だろう。 「仮に、このまま病気を放置していたらどうなるんだ?」 「放置した場合、自然に治る確率が5割。このまま 衰弱を続けて、いずれ死に至るのが5割」 「確率としては、そういうところです」 想像よりも危険な病気のようだ。すごいな、伝説の勇者病。 「そうか……。衰弱を続けて、か」 それは……かなり苦しそうだな。 「命を落とした場合、女神の加護により アワリティア城で復活します」 「……え?」 「ちなみに自然治癒した場合、勇者の力が 数倍上昇するらしいです」 「どんな病気だよそれ!?」 「ジェイくん、声が大きいよ」 「あ、ああ。すまない」 自分でも大きな声は出さないようにと再三注意している のだが、ツッコミしなければいけないことが多すぎる。 なんだ、罠か? 「数倍上昇はまずいな。どうにかならないのか?」 「ホウライ草で治せば問題はありません」 「あくまで、自然治癒した時のみ パワーアップしますので」 「……そうか」 このまま放置しておけば、5割の確率で ヒスイがパワーアップする。 だが、ホウライ草を入手すれば、 パワーアップを避けることは出来る。 「よし……」 今の俺が、5割のギャンブルに成功するなんて とても思えない。 ならば、せめてパワーアップを防ぐくらいは しなければいけないだろう。 それに……。 「ホウライ草……取りに行くか」 ヒスイのつらそうな顔を見るのがしのびない。 そんな気持ちも俺のどこかにあって。 こうして、俺はヒスイを救うべく、魔の森へと 足を踏み入れることになった。 「そんなに遠くはなかったな。魔の森」 リブラの言った通り、本当に町から 少しだけ遠い場所に魔の森はあった。 どれだけ地域密着型だ。 「しかし、名前から昼でも薄暗いような森を 想像していたのだが……」 「意外と普通だね」 確かに二人の言うように、 極めて普通の森である。 魔の森、という大仰な名前からはほど遠い普通さだ。 「まあ、単なる地名ですからね」 「なんで、こんな名前付けたんだろうな」 そして、一体誰が付けたんだろう。 名付け親に一度会ってみたいものだ。 「それで、そのホウライ草はどの辺りにあるんだ?」 「そろそろ、群生地帯に到着します」 「探す時の目印とかあるのかな?」 「そうですね。まず、地面から生えています」 「ほう」 「そして、青い葉をしています」 「普通すぎるだろっ!」 地面から生えている、青い葉をした草。 適当にその辺りを見渡しただけでも、 該当するものが多すぎる。 「まあ、今のは前フリですが」 「説明に前フリとかいらないから!」 ツッコミを入れてしまった俺が、 計られたみたいじゃないか。 「一番の目印は、淡く発光していることです」 「草が光っているのか?」 「正確には、葉脈の部分です」 「そこまで細かく説明しなくてもいいから」 というか、そもそもなんで草が淡く光るんだ? そんな必要あるのか? 「とりあえず光っている草を探せばいいんだな? 結構、簡単じゃないか」 「今の時間でもよく見れば分かるね。 ヒスイちゃんのために、頑張ろっ」 「あ、ああ……」 二人は草が光ることに疑問を覚えていないようだ。 俺が知らないだけで、世界には光る草が 結構存在しているのだろうか? 「まあ、ひとまず探すとするか」 探しやすいなら、それでいいじゃないか。 そう自分を誤魔化して探索に向かおうと思った矢先、 近くの木の根元で、淡く光っている草を見つけた。 近付いて、改めて確認してみると、 確かに葉が光を放っている。 「……なんだ、結構簡単に見付かるものじゃないか」 若干拍子抜けしつつ手を伸ばし、引き抜いてみると……。 「うぼぁー!?」 引き抜いた瞬間、草が派手な音とともに爆発する。 痛い! ていうか、熱い!? 「な、なんだ。今の爆発はっ!?」 「ジェイくん、どうしたの!?」 「俺が聞きたいわーっ!?」 光る草を抜いたら爆発した。 何を言っているのか自分でもよく分からない。 きっと、これはあれだな。俺に対して世界が 悪意ある罠を仕掛けたんだな。 「やはり、こうなってしまいましたか」 リブラが神妙な顔で呟く。 「やはりってどういうことだ!?」 派手な音と爆発の割には手傷は少ない。 だが、痛くて熱かったのは確かだ。 手の中で黒焦げになった草を放り捨てながら、 リブラに息せき切って尋ねる。 「あれは〈ボ〉《・》ウライ草です」 「〈ボ〉《・》ウライ草っ!?」 「ホウライ草に良く似た草ですが、 引き抜くと爆発を起こします」 「ホウライ草の周囲には、このように 紛らわしい草が生えることで有名です」 「そう言う大事なことはもっと早く言えっ!?」 「すみません、わたくしもまさか、最初に爆発オチを 引き当てるとは思いませんでした」 「オチって言うなよ!?」 「まあ、それほど危険性の高いハズレはないはずなので、 気を付けて探してください」 「気を付けろって言われても……」 「よし、分かった」 やけに自信たっぷりにカレンが 大股で別の草へと歩み寄る。 もしかして、何か判別方法でも分かったのか? 「いくぞっ!」 そして、おもむろに足を止めたカレンが、 近くにある草を引き抜いて……。 普通に爆発したーっ!? 「……なるほど」 「何が、なるほどなんだ……?」 「気を付けて見ても、よく分からなかった!」 「胸張って言うことじゃねえよ!?」 結局、手当り次第の力押しかよっ!? 「きゃっ。も、もう……何か液が目に」 「大丈夫です、毒性はありません。 精々、猫が顔を背ける程度の刺激です」 「あ、本当。微妙に目に染みるくらいだね」 「オレンジの皮かよ!?」 引き抜くだけで、顔まで汁が届くって凄い水分だな! しかも、地味な嫌がらせみたいな感じだし。 「せめて、抜く前に種類が分かれば……」 別の草を見付けたが、警戒心が先立って抜くに抜けない。 「まあ、爆発以上のものはないだろう」 念の為、息を止め、目を閉じて草を引き抜く。 一瞬、意識が遠退いた。 「……はっ! なんだ、なにがあった……」 今さっき引き抜いた草を確認すると、 不気味な人型をしていた。 「なんだ、これ!?」 「おや、珍しい。ホウライ草ではありませんが、 万能薬の材料になる植物ですよ」 「そ、そんな草まで生えているのか……」 「ただし、抜いた者は運が悪かったら死にます」 「明らかに呪われてるだろ、これっ!?」 手の中にあった草を、思い切り遠くへと投げ捨てる。 危うく、命を落とすところだったぞ!? 「まあ、女神の加護があれば問題ありませんけどね」 「確かに……よみがえることが出来るしな」 「というわけで、最大のハズレは師匠が処理して くださったので、ガンガンといきましょう」 今、ハズレって言った!? 「ひゃあん!?」 「けほ、けほっ……か、花粉か?」 しかし、傍から見ていると爆発率がやたら高いな。 この嫌がらせのような植物たち…… まさしく、魔の森……! 「さっさと当たりを引き当てて、 帰りたいところだな……っと?」 手直にある草に手をかけてみたのだが、中々 手ごたえのあるものに当たったようだ。 少し引き抜こうとしてみたのだが、 ずしりとした重量感を覚える。 「ほう……これは……?」 重ければいいというものでもない気はするが、 この手ごたえ……。 期待するなという方が無理だろう。 「よし……せーのっ!」 勢いをつけて引き抜こうとするのだが――。 「うん……?」 どうにも、俺一人の力では抜けそうにない。 これは、誰かの手を借りる必要がありそうだ。 「どうかしましたか?」 「いや、この草が中々抜けなくてな」 「では、手伝いましょう」 草に手をかける俺の腰へと、リブラの手が回る。 二人がかりだったらいけるだろう。 「じゃあ、せーのでいくぞ。せーのっ!」 「えいっ」 同時に力を込める。だが、草の抵抗はかなり 強力なもので、わずかに動く程度だった。 しかし……わずかでも動いた。これは、かなりの朗報だ。 「リブラ、もっと力を込めろ。いくぞ、せーのっ」 「んんっ!」 もう一度、とさっきよりも更に 力を入れて、草を引っ張る。 ずる、と土の中で草の根が動く感触が手に伝わり――。 「うわっ!?」 「きゃっ」 一気に、土の中からすっぽ抜ける。 それまであった抵抗が急に失われたことで、草を引き 抜いた勢いのまま、俺たちは後方へと転がってしまう。 手の中にある草の根が吐き出したべたつく液体が、 飛沫をあげて宙を舞う。 「だ……大丈夫か、リブラ……」 強かにうった腰を擦りながら、リブラへと振り返ると――。 「うぅ……」 さっきまで力んでいた反動だろうか。 リブラは倒れ込み、息を乱している。 「熱……い……」 そして、その体を汚すべたついた液。 どうしよう……いけないものを 見たような気分になってしまう。 「すまなかった……」 思わず、地面に正座をしてしまう。なんなら、 土下座だってしてもいいくらいだ。 それくらいに、こう、なんだ、その、上手く言えないの だが悪いことをしてしまった気がする。 「いえ……大丈夫です……。少し、びっくり しただけ……ですから……」 やめろ、息を乱しながらそんなことを言うなっ!? 「こんなに出る……なんて……予想外でした……」 「ぬうっ!?」 だから、やめろって!? 頭ではそう思いながらも、口に出して 言えないのは何故だ! 「少し……おかしな匂いがしますね……」 リブラは体に付着した液体を指で 掬い取り、自らの鼻先へと寄せる。 ぬわぁっ!? お、俺を殺す気かっ!? 「でも、少し……」 そして、そのまま、口元へと指を寄せて ……液体を舐め取る。 これを無意識でやっているのだとすれば…… いや、確実に無意識にやっているに違いない。 こいつ……なんて、おそろしい奴だ! 「あぁ……甘いんです、ね……」 もう限界だった。 「ぐふっ……!?」 息を乱しながら、あまつさえ全身を べとべとの液体で濡らしながら。 そして、それを舐め取った末にこのセリフ。 俺は言葉も何もなく、その場に 突っ伏すことしか出来ずに――。 「……まいりました」 そう呻くしかなかった。 ……こう、なんだ。とてもではないが、 今は立ち上がれる状態ではないな。 などと思う俺がいた――。 ホウライ草探しは続き、やがて日も傾き始めた頃合い。 「まだ……見つからないのか……」 「そうだな……」 「爆発系、多すぎだよ……本当」 ホウライ草を見つけることが出来ないまま、 俺たちはくたくたになっていた。 引き抜けど引き抜けど我が暮らし楽にならざり。 などと言いたくなるくらいに、目当てのホウライ草を 引き当てることは出来なかった。 「頑張ってください」 偶発的な事故を二度と起こさないため、草に近寄る ことを禁じたリブラだけが、まだまだ元気だった。 「ふう……そろそろ、取り尽くしてしまいそうだな……」 視界に入る草を抜いては爆発し、抜いては破裂し。 そんなことをひたすら繰り返した結果、近辺に 残る草はかなり少なくなってきていた。 「次はこれにするか……一応、警戒はしておけよ」 「ああ。そうさせてもらう」 「ジェイくん、頑張って」 二人が見守る中、残り少なくなって きた草に手をかけて、引き抜く――。 「……何も……おこらない?」 「おめでとうございます。とうとう、 ホウライ草に辿り着きましたね」 「これが……そうなのか……」 手の中の草をじっと見つめる。 淡く発光する青い葉っぱ。無作為に伸びた細い根っこ。 これが……伝説のホウライ草。 「どう見ても、ただの草じゃねえかよっ!?」 「まあ、伝説っていうのは得てしてそんなものだよ」 「ともあれ、見つけられて何よりだ」 「本当にな……」 何はともあれ、ようやく目当ての ホウライ草を手に入れた……。 無意味な達成感に、ようやく心からの 安堵の息を零せたのだった。 日が暮れる前に森を抜ける。 当初はその予定だったのだが、いかんせん 体力も気力も尽きかけていた。 夜間の無理やりな移動は避けて、森の中で 一晩を過ごすことにしていた。 「う……む……」 夜中頃……だろうか。 野営の最中、不意に寒気に襲われて目を覚ます。 「……あれ……?」 まだはっきりとしない頭で、辺りを見渡す。 傍らには、ぐっすりと眠りこむクリスとリブラの姿。 「カレン、がいない……」 周囲の散策にでも行ったのか? 元気な奴だな。 小さなあくびとともに、頭を掻く。 一応、様子でも見に行った方がいいのかもしれない。 などと思っていると。 「んぅ……っ」 木々の間から、カレンの声が聞こえた ……ような気がした。 「近くにいるのか……」 一体何をしているのだろうか。 うろんな頭で立ち上がった俺は、カレンの声が した方へと歩き出し、そして――。 「あっ、あんな所に洞窟がありますよ」 始まりは唐突だった。 移動中、急に足を止めたヒスイが 近くの草むらを指差す。 「本当だ。どうして、あんな所に」 確かに、草に隠れて分かりづらいが、ヒスイが 指差す先には縦穴のようなものが開いていた。 言われてみれば、洞窟の入り口のようにも見える。 「ジェイくん、地図に載ってる?」 「いや、地図には何も書いてないな……」 広げた地図と現在地を照らし合わせてみるのだが、 それらしい表記は見受けられない。 地図には載っていない洞窟、か。 「地図に載ってない洞窟だって、あるんじゃないか?」 「確かに、そうかもしれないが」 ちら、とリブラを横目で確認する。 「わたくしも知らない洞窟です」 俺の視線で全てを察したのだろう。 リブラが緩やかに首を横に振る。 こいつが知らない洞窟か。 ……嫌な予感がするな。 「これは、すごい物が隠されている感じがします」 「勇者的に、そんな気がします。 思いっきりします!」 俺が嫌な予感を覚える一方、ヒスイは かなり乗り気なようだ。 嫌な予感に嫌な予感が重なって、 とても嫌な予感へと進化した。 「地図に載ってないのは、ちょっと気になるけど」 「まあ、洞窟と言ったら宝箱と決まっているしな」 何故、洞窟には宝箱が置いてあるのが 基本と思っているんだろう。 そして、宝箱の中身が人間用の道具なのは、 どうしてだろう。 あれは誰が用意しているんだろう、などと 余計なことを考えてしまう。 「とはいえ、入口も狭そうだしな。 中で崩れでもしたらたまらないぞ」 いかんせん、草むらで隠れる程度の縦穴である。 精々、一人ずつしか通れないだろう。 そんな場所に入って何かあったら、たまらない。 「わたくしも、少し嫌な予感がします」 「あまり近寄らない方がいいかもしれません」 自分が知らない場所ということに、 リブラも警戒をしているようだ。 いつになく、自分の意思を主張してくる。 「んー、二人が言うのならやめておいた方がいいかな」 「リブラがここまで言うのも、珍しいしな」 「そうですね。わたしの勇者的な 勘違いかもしれません」 勇者的な勘違いってどんな勘違いだよ。 まあ、今回ばかりはそうであってほしいが。 「昔から、勇者危うきに近よらず、とも言いますし」 危険に近付かない勇者ってどんな奴だ。 魔物が危ないからって旅立たないとか、 そういうのだろうか。 それはそれで、かなり嫌な勇者だな。 「ここは、洞窟は諦めましょう」 ぐっと拳を掲げながら、ヒスイが明るく決定を下す。 「ああ。それが無難だ。入るのなら、 もっと大きい洞窟にしておいた方がいい」 ヒスイの決定に、内心でほっと胸を撫で下ろす。 勇者が危うきに近寄らずならば、 魔王だって危うきに近寄らずだ。 「というわけで、先を急ぎましょう」 「うん。そうだね」 「しかし、草むらにあるとは危ない穴だな」 まったくもって、カレンの言う通りだ。 「誰かがうっかり落ちでもしたら、大変なことになるな」 草に隠れて一見分かりづらいだけに、 天然の落とし穴のようになっている。 怪我でもしたら、どうするんだろう。 そう思いながら、一歩踏み出した足は、 地面を踏みしめることはなく。 「……え?」 そのまま、空間を踏み抜いて、体が前に傾く。 ふと気付けば、俺が踏みしめるはずだった地面は 消え失せて、大きな穴が足元にぽっかりと開いていた。 いつの間に? なんて、疑問を抱くような 暇なんて与えられず。 「ちょ、えええっ!?」 俺はそのまま、漆黒の穴の中に落ちて行くのだった。 突如、体を襲った浮遊感。 まっさかさまに奈落の底へと落ちていくような 感覚が続いた後で――。 「ぬぐぅっ!?」 固い地面の上に、痛烈に尻もちを付いてしまう。 ジンとした衝撃と痺れが、頭へと向けて駆けぬけて行く。 「な、なんだ……何があった!?」 軽く涙目になりながら、辺りを見渡す。 ここは……洞窟……? 「あいたたた……皆さん、無事ですか?」 「ああ、なんとか無事だ」 「もう……お尻、打っちゃった」 「どうやら、洞窟のようですが……」 周囲には俺の他に、四人の姿もあった。 「全員、穴に落ちたようだな」 衣服に付着した汚れを払い落としながら立ち上がる。 全員、大けがはしていないようだな。 「ここは……さっきの洞窟の中、でしょうか?」 「結果的に入ってしまったようだな」 「そうだな……」 まったく。入らずに済んだと思った矢先にこれだ。 嫌な予感はしていたが、まさかこんなことに なるなんて思わなかった。 「あの周囲に、他の穴もあったようですね」 「ですね。全然気づきませんでした」 落下してきたということは、そういうことなのだろう。 穴が一つだとばかり思っていたが、 それを油断と誰が責められるか。 「そのことなんだけど、先生気になることがあるんだ」 「なんだ?」 「出口ってどっちかな?」 「……あ」 頭上に穴は見える。だが、とてもではないが、 あそこまで登れそうにはない。 だとすれば、洞窟の中を進むしかないのだが ……どっちに行けばいいんだろう。 「こういう時は前に進むに限る」 「前がどっちか分からないだろ」 カレンの言葉に適当にツッコミを入れながら、 リブラへと視線を送る。 リブラからの返答は、沈黙しながら 首を横に振ることだった。 やはり、この洞窟のことは分からないらしい。 ますますもって、この洞窟の正体が気になる。 「ともあれ、進まないことには始まらないね。 ヒスイちゃん、どうする?」 「こういう時は基本に立ち返って、カレンさんの 言うようにまっすぐに行きましょう」 「というわけで、こっちです」 自分が向いていた方向を、ヒスイがびしりと指差す。 ひとまず、一方向に進み続ける。 まあ、出来るのはそのくらいか。 「よし、行こうか」 歩けばどこかに出る、と。俺たちはそう信じながら、 ひとまず歩き出すことにした。 「しかし、納得いかないな……」 歩きながら、落下の瞬間を 思い出して一人で呟く。 「何が納得いかないのですか?」 「いや、落ちた瞬間……なんだが。俺は確かに、 地面へと向けて踏み出したはずなんだ」 少なくとも、そこに地面があると思って 俺は一歩を踏み出していた。 確信をもっての行動だったはずなのだが……。 何故か、俺は穴に落ちていた。 「実は、わたしもそうなんです。しっかりと 地面を踏んだと思ったんですけど」 「次の瞬間には、穴に落ちていました」 「先生もだよ。草むらを歩いていなかったから、 穴に気付かないはずはないんだけど」 「私は全く気にしていなかったぞ」 「リブラはどうだ?」 「わたくしは、しっかりと足元を見ていました」 「地面へと足を下ろした瞬間、穴が出現した。 そう感じました」 カレンはともかくとして、他の全員が違和感を覚えていた。 自分たちはちゃんと地面を踏んだはずなのに、 何故か落ちていた。 罠……というわけではないだろうが。 気味の悪さを感じてしまう。 「それが、どうかしたのか?」 「今はなんとも言えませんが……」 「不自然な感じは受けるね」 「そうですね。みんなで一斉にでしたし」 「……ふむ」 なんらかの意思が働いた、と考えるのが妥当だろうが。 そうなると、一体誰がやったのか、と いう問題が出てくる。 作為的なものであるとした場合、その意図が全く見えない。 「とにかく進むしかありませんね」 動いてみるしかない。リブラが、 そんなことを言うのは珍しい。 奇妙な違和感が拭えない。 「そういうことなら、私は得意だぞ」 「そうだね。色々考えても一緒かな」 くす、とクリスが小さく笑いを浮かべる。 「はい。どんどん先に進んじゃいましょう!」 ヒスイが元気よく拳を振り上げながら、歩き続ける。 「ともあれ……少しは光明が欲しいところだな」 さっきから、ずっと同じ風景の中を歩き続けていた。 まるで、終わりのない通路に迷い込んでしまったような。 ここではないどこかに隔離されてしまったような。 そんなことがあるわけないと分かっていながらも、 余計なことを考えてしまう。 「せめて、他の場所に出ればいいのに」 ぼやくような呟きを小さくこぼす。 そうすれば、少しは気分も晴れるかもしれないのに。 そう思った次の瞬間、俺の足が空間を踏み抜く。 「……え?」 次いで、全身を落下感が襲う。 「またかよっ!?」 いつの間にか足元には穴が開いていて。 本日二度目の落とし穴に、俺はまんまと はまってしまうのだった。 落下感が唐突に途切れ、足が地面を踏みしめる。 気が付くと、そこは森の中だった。 ……え? 森の中? 「……はぁっ!?」 ついさっきまで洞窟の中にいたはずの俺は、 何故か森の中に立っていた。 「どこだよ、ここっ!」 一応ツッコミはするものの、 明らかに周囲は森である。 森でないとすれば、林だ。 とにかく、たくさんの木に囲まれている。 「どうなってるんですか!?」 「ありえないだろう……」 「もう、わけが分からないよ」 「繋がりがむちゃくちゃですね」 そして、俺の周囲には四人の姿。 やはり今度も全員が一斉に移動したようだ。 「なあ……今、俺たち穴に落ちたよな?」 「うん。先生もそう思うよ?」 「はい、確かに落ちました?」 全員が、もう疑問系だった。 「とにかく外には出られたようだな」 ああ、いや、一人だけやけに前向きだった。 「本当に外……なのか?」 今までに、考えられないことならたくさん経験してきた。 だが、ここまで荒唐無稽な出来事は初めてだ。 ありとあらゆる法則を無視して、変わり続ける風景。 理屈抜きに、問答無用の奇妙さを覚える。 「気味が悪いぞ、ここは……」 俺が知らない世界の常識とやらからも 外れたような場所――。 ここは、そんな場所ではないだろうか。 ……なんてことはありえないか。流石に。 「もしや、これは……」 リブラがぽつ、と何か考え込むように呟く。 「何か心当たりでもあるのか?」 「ええ。推測ですが、おそらくここは次元の狭間と 呼ばれる場所かもしれません」 「次元の狭間……? なんだ、それは」 「次元と次元の隙間のことです」 「……いや、全然分からないんだが」 「要するに、時間や空間がねじれまくって、何が なんだか分からない場所のことです」 ……うん。さっぱり分からない。 「つまり、何がなんだか分からない場所ってことですね」 「その通りです」 「いやいやいや、その説明で納得出来るわけないだろ」 結局、何も説明されていないのに等しい状況だ。 こんな説明では、こいつらも納得するわけ――。 「もしかして、最初に穴に落ちた時に次元の狭間に 来ちゃったってことかな?」 「はい。おそらくは」 「ふーむ。外には出られるのか?」 「それは分かりません」 「納得してる!?」 本当に、こいつらがたまに見せる 物分りの良さはどういうことだろう。 なんで、あんな説明で納得出来るのか、 俺には理解出来ない。 「いや、しかし、今の説明ではだなあ……」 「大丈夫ですよ。前に進む事を止めなければ、 いつかどこかにたどり着きます!」 ヒスイが明るい声で、元気よく断言をする。 「それは……」 ヒスイの言うことにも一理ある。 ここがどんな場所だろうと、 進まないことにはどうにもならない。 「まあ……そうだな」 「足を止めてても仕方ない。とりあえず、 先を目指してみよう」 とはいえ、ここがおかしな場所で あることに変わりはない。 少なくとも、俺だけは注意を怠らないように しておきたいのだが……。 「木が邪魔だな。せめて、もう少し 視界が開けた場所ならなあ」 今日になって何度目か分からないぼやきを零した。 次の瞬間、ぞわりと背筋に震えが走り――。 急に視界が開けた。 「…………え?」 またもや、変化は唐突に訪れた。 唐突に風景が変わり、唐突に砂の中に立っていた。 正面に砂、右を見ても砂、左を見ても、砂。 「砂の海……?」 だよな。ここは、どう見ても砂の海だよな。 「よりによってかよ!」 「ジェ、ジェイさん落ち着いてください!?」 「師匠……砂の海に対して、一体どのような 思いを抱えているのですか……」 「お前、分かってて言ってんだろ!?」 次元の狭間とやらに気味が悪いものを、 今も感じ続けている。 だが、それは一旦横に置いておこう。 「俺は、もう、ここに、来たくなかったよっ!!」 灼熱の太陽の下、砂の海を何度 徒歩で往復しただろうか。 あの時のつらく、悲しい過去が俺の中でよみがえってきて、 心が砕けそうになってしまう。 「トラウマを刺激しちゃったみたいだね」 「まったく。メンタルが弱いんですから」 「お前はいいよな! 楽して渡ってたから!」 「そんなことありませんってー」 「あからさまに棒読みしやがって!」 「心配するな、魔法使い。大丈夫だ」 「さっきの森だって抜けれたんだ。 砂の海だって渡れるさ」 「渡りたくねえんだよ!!」 こいつ、本当に人の話聞いてないな! 「前に進むだけが道じゃないはずだ。迂回や 引き返すのも時には勇気ある決断だろう!」 右を見る。砂。 左を見る。砂。 後ろを見る。砂。 どちらに進むにも、砂。 「俺には道すらねえのかよっ!!」 迂回も引き返すのも、地獄じゃないか! 結局、覚悟を決めて前に進むのが 一番早いということか……。 「ジェイさん、頑張りましょう!」 「きっと、すぐに抜けれますから。ねっ」 「そうだな……そうしよう……」 砂の海を歩くのもつらいが、このわけの分からない 空間に居続けるのも良くない気がする。 ならば、結論は一つしかないわけで。 結局、俺には歩き出す以外の道はなかった。 「それにしても……熱いな」 「うん。馬車がないと、流石に少しつらいね」 「……ああ、少しで済むんだな」 馬車がなくても少しつらいで済むのか。 それも女神の加護なのか? だとすれば、ここでも女神の加護は効果が あるということなのだろう。 次元と次元の隙間にある場所なのに、 加護が届く……か。 「ううむ……?」 違和感……というよりも、座りの悪さの ようなものを覚える。 何故、こんな場所が存在するのか。 リブラに聞けば分かるのだろうか。 「しかし、歩き続けるだけというのもつらいですね」 リブラの呟きが、不意に耳に入る。 「まあな」 不覚にも、その通りだと思ってしまう。 良く分からない場所を、良く分からないまま進む。 精神的にも肉体的にも、つらい状況だ。 「せめて、魔物でもいれば……」 自分たち以外に見知った存在がいれば、 少しは気が楽になるかもしれない。 そう思ってぽつ、と呟いた瞬間。 ぞくっと、背筋に震えが走り――。 何の前触れもなく周囲の砂が盛り上がり、 その中から魔物が飛び出てくる! 「な……っ!?」 声一つ上げずに、空高く舞い上がった 魔物は急速に落下を始めて。 「しまった!?」 「危ない、ヒスイちゃんっ!」 「え? きゃあっ!?」 ヒスイ目がけて、その鋭利な ハサミを振りぬいた! 「ひゃうぅぅ……」 「……なんてことだ」 魔物の鋭い一撃によって、無残な姿となった ヒスイがその場にぺたんと座り込む。 まるで、服だけを正確に狙ったかの ような一撃……おそるべし! 「だ、大丈夫か?」 「か、体は平気なんですけど……」 確かにヒスイの体は、見る限り傷一つなく 綺麗なままだった。 自分の身を庇っているのであろう腕によって、 豊かな胸が押し上げられ……。 素晴らしい……。 「防具を……壊されてしまいました」 そりゃ、それだけ服をやられたら防具もやられるよな。 一体どこに着けているのかさっぱり分からない 防具だが、無事で済んでいるはずがない。 「お、おのれ……魔物めっ!」 よくやった! いいぞ、もっとやれ! 砂の海で乾き始めていた俺の心に、潤いをもたらせ! そして、チラチラと覗く胸の先端を 焼き付けよ、我が二つの目よっ!! 「あ、あの、ジェイさん……さっきから、何を……?」 自分の胸が隠しきれていないことに、 まだ気付いていなかったのだろう。 ヒスイは俺の視線を感じ取ったかのように、 自分の胸元へと目を落として……。 「ひゃあああっ!?」 顔を真っ赤にしながら、可愛らしい悲鳴を上げた。 「み、見ないでくださいっ、ジェイさん!」 俺に対して、見るなというジェスチャーなのだろう。 ヒスイがいやいやと首を横に振るたびに、腕の下にある 豊かな二つのふくらみが揺れて、その先端が覗く。 俺を悩殺しようとしている……だと……!? いいだろう。その勝負、引き受けてやる――。 「あーあ。ジェイくんが余計なことを言っちゃうから」 俺が勝負の決意を固めた瞬間、 横合いからクリスの声がかかる。 「俺のせいかよっ!?」 「だって、ピッタリなタイミングだったもん」 「偶然に決まってるだろ。大体、俺が変なことを 言ったせいで魔物が出てきたんだったら……」 「魔物よ消えろ、って言ったら消えるのかよ」 冗談半分で、俺がそう口にすると。 「……っ!?」 三度、背筋を震えが襲い――。 ヒスイの服……もとい防具を切り裂いた 魔物の姿が、薄れ始めた。 「……え?」 「お……?」 「……あれ?」 ヒスイを除く三人の短い声が、連なる。 「え、いや……そんな、まさか……」 戸惑いの声を、俺がもらした時――。 どこかで見たような気がする風景が脳裏をよぎる。 それは懐かしさすら覚えてしまう景色。 俺の根幹を形成するような、原風景。 遠い昔に過ぎ去ったような、光景。 ほんの短い間の幻想を挟み――。 気付いた時には、魔物の姿は綺麗に消え去っていた。 「本当に消えましたね」 「そう……だな……」 俺が真っ先に抱いたのは、困惑だった。 何故、俺の言葉が真実になった……。 こんな、世界の輪から外れたような、 奇妙でおかしな場所で。 俺の言葉だけが、真実になる……。 「消えちゃった……」 「まさか、本当に……?」 困惑しているのは俺だけではないようで、 クリスとカレンが口々に小さな呟きをこぼす。 「これ、は……」 そして、さっき一瞬だけ見えた光景。 あれが何を意味するのか――。 何故、俺はあの景色に見覚えがあるのだろうか。 何故、俺はあの風景に懐かしさを覚えたのだろうか。 あれは……一体……。 「ジェイさん……もしかして、わたしの服、 直せたりしませんか……?」 手で胸元を隠したヒスイが、頬を 赤らめながら尋ねてくる。 それを直すなんて、とんでもない。 ……ではなくて。 「それは……」 試しに、ヒスイの望みを叶えてみるという手もある。 ありはするのだが……。 それに、ためらいを覚えている俺もいた。 まるで、自分がこの場所に――次元と次元の隙間に、 馴染んでしまうかのような。 「まあ、物は試しと言いますし」 リブラの声に、不意に我に返る。 やれやれ。俺としたことが何を迷っているんだ。 言葉が現実になる程度、魔王なら当たり前だろう。 親父殿なら、きっとそれくらい出来る。 「そうだな。まあ、試すくらいならば」 ならば、親父殿の息子である俺も、言葉を 現実にするくらい朝飯前なはずだ。 「……ヒスイの服よ、元に戻れ」 俺は試しに、そう口にしてみることにした。 「わっ!」 すると、ヒスイの体がキラキラとした光に包まれて。 「ありがとうございます、ジェイさん!」 まるで時間が巻き戻ったかのように、 切り裂かれた衣服が元通りになる。 「直った……」 ふっ……やはり、そういうことか。 言葉を現実に変える。これぞ、俺の真の力に違いない! 今、ここで、俺は魔王を超えて、 伝説の超魔王となったのだ! 「凄い……。ジェイくん、今のどうやったのっ?」 「いや、俺も分からないんだが」 俺が超魔王に目覚めたことを、こいつらに 悟られてはいけない。 何故か分からないが、俺の言うことが 現実になってしまう。 その程度の認識に抑えておかないとな。 「わたくしも理屈は今一つ分かりませんが、どうやら 師匠の言葉が現実になるようですね」 「……みたいだな」 こうして、リブラも太鼓判を押した。 やはり、これこそが俺の王の力……!! 「というわけで、エロい妄想を口に しないでくださると、安心出来ます」 「しねえよ!?」 「え……? しないの?」 「意外そうに言うなよっ!」 なんだよ、期待されているのかよ! だったら、今、ここで妄想を口にしてやろうか! 「あっ、もしかして……」 「うん? どうした」 「ジェイさんが帰りたいって口にすれば、元の場所に 帰れるんじゃないですか?」 「え? あ、そ、そうか」 危うく、俺が妄想を口にしようとした瞬間、 ヒスイが素晴らしい提案をしてくる。 俺の言葉が真実になるのだとすれば、 それも可能かもしれない。 「なるほど。それは名案だな」 「ナイスアイディアだねっ」 「では、師匠」 「ああ、そうだな」 「元の場所に帰ろう」 全員の勢いに押されるように口走った後で、ふと気付く。 俺の願いが現実になるのなら、こいつら、 ここで倒せたんじゃないか、と。 「……あ」 だが、俺がそれに気付いた時には全て手遅れで――。 俺がそう口にした途端、視界が歪み――。 気が付いた時には、元いた場所に戻っていた。 「ほ……本当に帰って来れました!」 「良かった。魔法使いのおかげだな」 「ご褒美でも、あげようか?」 「いや、遠慮しておく……」 しまった、俺はなんて失態を犯してしまったんだ。 だ、だが、待てよ。あれが俺の真の力ならば、 場所を問わずに使用出来るはずだ。 ええっと、そうだな。まずはちょっと試してみよう。 「お金、出てこい」 小さな声でぼそっと呟いてみる。 しかし、それで何か起こったりはしない。 小銭一つ出てこない。 「……お金、出てこい」 もう一度試してみるのだが、同様に反応は起きない。 「ああ……」 そうか……やっぱり、あの場所限定だったのか……。 だよな。言葉が現実になるなんて、魔王でも無理だよな。 そんなこと出来てたら、親父殿が世界を 征服してるだろうし……。 「あの洞窟もなくなっていますね」 「……本当だ」 胸中に、とんでもない落胆を抱えながら 草むらを覗き込む。 そこにあったはずの縦穴は、いつの間にか消えていた。 「あれが入口……だったんでしょうか」 「かもしれないな」 空間も時間もねじれている場所だけに、その出入口も どこに現れるか分からない……のか? 「そういえば、なんでジェイくんの言うことが 現実になったんだろう?」 「……なんでだろうな」 あの空間にまた行けるという保証もない。 俺は、とんでもない好機を逃してしまったのだ……。 「次元の狭間ですからね……きっとはみ出し者気質の 師匠とは相性が良かったんでしょう」 「どんな気質だよ、それ」 「分かるような、分からないような?」 「一人でいることが好きな奴ってことだろ」 「略してぼっちってやつだね」 「お前らなあ……」 口々に紡がれる言葉に、肩を落としてしまう。 「まあ、いい。ひとまず先を急ごう」 今は、これ以上あの場所のことを 考えたくなかった……。 逃した勝利を何度も惜しむなど、 魔王にはあってはならない。 「……はあ」 盛大なため息を漏らしながら、歩き出す俺には――。 「次元の狭間。どの世界にも属さない可能性。 だからこそ、引かれたのでしょうか……」 風に攫われるリブラの呟きが、 耳に届くことはなかった。 「よくぞ戻りました、勇者よ」 「この先に進むには、十分なレベルのようですね」 アワリティア城へと戻った俺たちを待ち受けていたのは、 例によってアドバイスめいた女王の言葉だった 先に進んで十分なレベルって、基準でもあるのだろうか。 俺にはさっぱり理解出来ない。 なので、分からない部分は適当に聞き流しておく。 この旅の中、俺はそういう処世術すら身に付け始めていた。 「勇者よ、無事に船を入手出来たようですね」 「はいっ、女王様」 お、どうやら本題に入るらしいな。 「これで、あなたたちは海を進むことも可能となりました。 ですが、気を付けるのです」 「海には、我々が見たこともない巨大な生物や、 水の魔将と呼ばれる魔族が生息しています」 遅っ! 両方とも既に戦った後なのに、今更そんなこと 言われても、どうにもならんわっ! 「……む?」 俺と同じことでも考えたのだろう。リブラが、 不思議そうに首を傾げるのが目に入る。 しかし、前から気になっていたのだが……。 「…………」 「…………」 女王と直接話をするのは、何故かヒスイだけだ。 その会話の間はずっと、この二人は そろって大人しくしている。 結構、珍しい光景かもしれない。 「……ふむ」 まあ、複数で色々と話しかけるのも、 失礼に値するのは確かだ。 パーティーを代表して、ヒスイが話をするという 約束でもしているのかもしれないな。 「さて、勇者よ。新たなる神託を告げましょう」 「はい、なんでしょう」 さて、次はどのような指針を女神は与えてくるのか。 「船を手に入れた今、移動手段は確保されました」 俺を含めた一同が息を飲んで待つ中。 「魔王の領地へと向かいなさい」 告げられた神託は、とんでもないものだった。 「いよいよですねっ」 新たな神託を授かって、ヒスイはかなり テンションが高くなっていた。 まあ、それも無理はないだろう。 「いよいよ、魔王の領地に乗り込むんですねっ!」 敵の懐へと切り込む。 それは、目的である魔王へと着実に 近付いているという証でもある。 「ふふっ、待ちきれないといった様子だな」 「はいっ! もう少しで、世界に平和が 取り戻せるってことですから!」 「私も腕が鳴るぞ」 最終目標に迫ったことを喜ばないやつなんて、 いないだろう。 「…………」 狙われている当の本人を除けば、だが。 「どうしたの? ジェイくん。 なにか考え込んでるみたいだけど」 ひょい、とクリスに顔を覗き込まれて、 思わず数歩後ずさる。 「あ、ああ……いや、なんでもない」 「もしかして、不安になってきた?」 「まあ、な……」 不安がないといえば、嘘になる。 こいつらが俺の城へと近付くことイコール 俺の命が危ういということだからだ。 もっとも、現段階のこいつら相手に 遅れを取ることはないだろう。 「本当に勝てるんだろうか?」 俺が不安、ないしは嫌な予感を覚えるのはそこだった。 三人がかりとはいえ、俺が本気を出せば、 今のこいつらに負ける気なんてしない。 にも関わらず、女神の神託はこいつらに 俺の領地への侵攻を示唆している。 そこに何かがあるような気がする。 「随分と弱気だな、魔法使い」 「慎重と言ってほしいな」 肩を竦めさせながら、返す。 そう、慎重にならなければいけない。こいつらは、 既に魔王軍四天王を二人も退けるまでになった。 いや、まあ……あいつらは自滅というか、油断というか ……そういうのもあったんだが。 「大丈夫ですよ、ジェイさんっ!」 「みんなで力を合わせて頑張れば、きっと 魔王だって倒せますっ!」 ぐっと両手を強く握りこみながら、ヒスイが 熱の篭った言葉を向けてくる。 残念ながら、俺は力を合わせることなんて、 絶対に無理なんだがなあ。 「ああ、それは分かっている」 「今までに、お前たちがどれだけ頑張ってきたのか、 一番傍で見ていたからな」 むしろ、一番傍で見るはめになったというか……。 今、思えば、想定外の出来事の連続だったな。本当に。 「それでも、やっぱり不安?」 「まあな」 「ふふっ、一歩離れて見るのが ジェイくんの役割だもんね」 クリスが柔らかく微笑みを浮かべる。 俺一人だけ、こいつらとは全く違った視点 から物事を見ているのは確かだ。 なんせ、魔王だから。魔王側からの視点で見ている。 本来ならば、深く考えるまでもない言葉なのだが、 何か気にかかるのは考えすぎだろうか。 「リブラちゃんはどう思いますか?」 「わたくしは、皆さんであれば、魔王をバッキバキに やっつけることが出来ると思います」 ヒスイから話を振られて、リブラはあっさりと答える。 まあ、こいつは自分の予言を信じているからな。 最終的には、俺が勇者に倒されるというスタンスを ずっと崩してはいない。 ならば、当然の答えだろう。 「ですが、師匠と同じように懸念を 抱かないでもありません」 ……懸念? こいつは、急に何を言い出すのだろうか。 まさか、俺の方に味方するつもりでもないだろうに。 「師弟そろって、何を心配しているんだ?」 「ここまで、激戦続きであったことです」 「確かに、強敵がたくさんいたよね」 「はい」 こく、と頷きながらリブラが俺へと視線を送ってくる。 感情の色を宿さない視線は、俺に何を 訴えようとしているのかを読ませない。 「ですので、一旦消耗品ないしは装備品を 新調することを提案します」 「直接向かうよりは多少遠回りになりますが、魔王城の 近くの町で補給してはいかがでしょうか?」 リブラがヒスイたちに提案したのは、 回り道をすることだった。 つまり、なんらかの時間稼ぎを行うということか。 「おそらく、師匠も同じことを 心配していたのですよね?」 「ああ。そうだ」 俺にそう振ってきたということは、ここで同意しろ、 ということだろう。 所有者である俺が、道具に従うというのもおかしな話だが、 ここはリブラに乗っておくとしよう。 「逸る気持ちも分かる。だが、こういう時こそ、 しっかりと見直すべきだと思う」 「なるほど。そこまで考えていたとはな」 「ジェイくんは、流石だね」 「やっぱり、ジェイさんは頼りになりますっ!」 三人が口々に感心の言葉をもらす。 着々と信頼を勝ち得始めているよな、俺。 「では、ここはジェイさんとリブラちゃんのアイデアを 採用して、回り道してお買い物をしましょう!」 ヒスイによる、片腕を突き上げながらの元気いい号令に よって、俺たちの進路は決定したのだった。 魔王城の近くにあるという町へと向かう途中の船上。 俺はリブラを甲板に呼び出していた。 「お前に聞きたいことがあるんだが」 「なんでしょうか?」 「さっきの発言の意図だ」 尋ねるのはもちろん、リブラの真意について。 今までにこいつが、行先を左右するような 提案を行ったことはない。 つまり、あの時、こいつには口を挟むに 足るだけの理由があったのだろう。 「何故、一旦遠回りすることを提案した?」 「少し、様子を見たいのです」 「何のだ?」 「世界のフラグ、です」 「フラグ、か。その言葉、確か前にも使ったな」 「はい」 あの時は……確か船を入手する前、だったな。 そういえば、フラグがなんなのか、詳しく 説明を受けてはいなかったな。 「なあ、リブラ。フラグってなんだ?」 「説明しても構いませんが、およそ110時間ほど いただきますが、よろしいですか?」 「……まあ、要するにあれだろ? 予言の親戚みたいなものなんだろ?」 「そう考えておいてもらえれば、問題ありません」 流石に110時間も話を聞き続ける気にはなれなかった。 本当にそれだけ時間を必要とするのかどうかは分からない。 もしかしたら、こいつが説明したくないだけかもしれない。 ただ、いずれにせよ説明が容易 ではないことだけは理解出来た。 今は色々と余計なことを考えるよりも、 それで良しということで済ませておこう。 「少しだけお話するならば、本当はレヴィ・アンとの 戦闘はこの後行われるはずだったのです」 「ですが、実際にはアワリティア城に着く前に交戦した。 だから、女王の言葉にずれが生じました」 女王の言葉のずれ、というと……。 巨大生物や水の魔将に気を付けろ、というあれか。 「起こるはずだった出来事のタイミングがずれた、か」 それは、つまり、予言が外れたということになるのだろう。 ん? ということは、もしかして俺の死の予言も、 外れたりするんじゃないのか? 「まあ、あなたの未来は確定していますけど」 「俺の思考を先回りするなっ!」 「わたくしにかかれば、それくらい容易いことです」 くっ……だ、だが、まあいい。予言が 外れることもある、と分かったんだ。 俺の予言も外れることを信じて、頑張っていこう。うむ! 「まあ、分からないといえば、何故このタイミングで 魔王城へと攻め込ませるのかも分からん」 城を出てすぐにも考えたように、とてもではないが 今のヒスイたちに俺が負けるとは思わない。 「性急すぎる気がしてならないんだ」 それが女王の判断であれば、力量差を見極めることも 出来ない愚かな人間だ、と一笑に伏せば済むが……。 問題はそれが神託によって指示されたことだ。 封じられている光の女神が焦っている だけかもしれないが。 「何かしらのイベントが発生するということでしょうね」 「どんなイベントのフラグなのかは、まだ見えませんが」 ええっと、つまり、どうなるのか、まだ予言出来ない。 ってことでいいんだよ……な? 「ともあれ、そういうわけです」 「あなたは特に気になさらずに、辞世の句でも 考えておけばいいんじゃないでしょうか」 「そんなもの、必要ないわっ!」 ひとまず、リブラにも先のことは分からない、か。 幸い、立ち寄る町は魔王城にも近い。 そこで、打てるだけの手は打つとするか。 魔王城をぐるりと迂回して辿り着いたのは、 小さな島にある町。 例によって、他の町と似たような景観である。 「こう、ほら、町の入口に良くいるだろ。 ここがなんとかの町です、って言うやつ」 「はい、いますね」 「あいつって、結構重要な人物だったんだな」 城下町も、神殿のある町も、そしてこの小島の町も。 全てが同じ見た目、同じ規模であるため、気を抜くと 自分がどの町にいるのか分からなくなってしまう。 そういう時、入口に立っているやつに聞けば、 ここがどこかを再確認出来る。 一見、まったく意味がないように思えるものにも、 なんらかの意味がある。世界とは上手く出来ているものだ。 「あの人たちには毎日お給料が払われているんだよ」 「給料?」 「うん。大切なお仕事だからね」 「しかも、結構な額です」 まあ、さっき俺もそう認識したように、 大切な仕事だっていうのは分かる。 でも、給料て。いったい、誰が支払っているんだ。 「町に魔物が入らないように、 見張りも兼ねているからな」 「ということは、強いのか?」 「ああ。町の中が平和なのが、その証拠だ」 そうだったのか……。 まあ、そうでなければ、魔物にあっさり 侵攻とかされるだろうしなあ。 「さて、まずはお買いものからしましょうか?」 「そうだな。色々と買い揃えておかないとな」 装備の新調や、消耗品の補充。 それがこの町に立ち寄った理由でもあるので、 それを行うのが先決だろう。 「宿も取っておかないとね」 「いつも通りというわけですね」 リブラがまとめたように、つまりはそういうことだ。 まあ、ここで余計な口を挟むつもりもない。 俺もアスモドゥスと話をする時間も欲しい。 「それじゃ、いつも通りに宿を取った後で、 自由行動にしましょう」 「その後で、一晩ぐっすり休んでから、 魔王のお城へと向かいましょう!」 ヒスイの言葉に全員が頷く。 こうして、お互いにとっての転機となるであろう突入前日。 束の間の休息が幕を開けるのだった。 「さて、まずは一度船に戻るか」 「そうですね」 宿に荷物を置いた後で、リブラと二人、路地を歩く。 ヒスイたちに見つからないように、大通りは避けておく。 万が一見つかって、付いてくるなどと 言われたら面倒で敵わない。 「アスモドゥスは、まだ船にいるはずだな」 「はい、そのはずです」 目的は言わずもがな、アスモドゥスと接触するためである。 「しかし……あいつは、いつまで船員のふりを し続けるつもりなんだろうな」 「あなたの旅が終わるまで、でしょうね」 まあ、近くにいてくれるのは確かにありがたいが、 見るたびにツッコミたくなってしょうがない。 せめて、服装くらい変えてくれればいいんだが……。 などと考えながら歩いていると。 「そこの方、回復草はいかがですか? クフフフ」 怪しげな、見るからに怪しげな、どうみても 怪しげな露天商が声をかけてくる。 あまりにも怪しげな格好は、さながら アスモドゥスのようであった。 「今なら、解毒薬もお付けします。クフフフ」 「…………」 まずい。こういう時、どんな顔をして いいのかが分からない。 「おい、キャプテン・アスモ」 「キャプテン? いいえ、わたくしめは そのような者では……」 「いや、もうそういうのはいいから。分かってるから」 「かなり、おざなりですね」 流石にそろそろ一々ツッコミを 入れるのも面倒になってきた。 せめて、少しくらいは変装でもしてくれたら、 変化も付けられるのだが。 「クフフフ。我が幻術をこうも簡単に 見破られるとは、流石にございます」 「お前、その台詞何度目だよ」 二度目か三度目だった気がする。 「まあ、ともあれ。キャプテン・アスモ じゃなかったのかよ」 「今は、謎の商人にてございます」 「ちなみに、本物の商人は今頃……クフフフ」 悪い笑いを漏らしながら、アスモドゥスが 小さく肩を揺らす。 本物は殺して入れ替わった、か。実に魔族らしい行動だ。 「酒場でゆっくりと羽を伸ばしておることでしょう。 クフフフ」 「本物、無事なのかよっ!」 「店番を代わっただけにございます」 「お手伝いかっ!!」 「いえ、その言い方はどうなんですか」 まさか、ツッコミにツッコミを 入れられるとは思わなかった。 「こ、こほん……ま、まあ、それはさておいてだ」 リブラから淡々と突っ込まれたことを 誤魔化すように、咳払いを挟む。 というか、こうやってふざけてばかりもいられない。 「ヒスイたちの今後の動向は把握しているな?」 「はい。なにせ、わたくしめはキャプテン・アスモに ございますので」 「本来であれば、船がどのように進むはずだったのか、 手に取るように分かります。クフフフ」 まあ、船員だからなあ。そのくらい、 ちゃんと分かっているよな。 「俺が何を言いたいのか、分かるな?」 「はっ。勇者どもが島に上陸後、即座に 迎撃出来る手はずを迅速に整えます」 「うむ。ならば、よい。 仔細、お前に任せて構わぬな?」 「お任せを。やつらが出立する前に、 全て用意しておきます」 アスモドゥスの言葉に満足して頷く。 忠義に篤く、基本的には仕事も出来るやつなのだ。 それが若干行き過ぎた結果が、今の面白愉快な 潜入劇だったりするのだろうが。 「決して、奴らを城に近付かせるな」 「かしこまりました」 俺の命に、アスモドゥスが恭しい礼をもって答える。 手はずが整い次第、その詳細が俺に報告されるだろう。 後はそれを待ちつつ、ヒスイたちの行動を窺っておくか。 「では、俺は戻る。失敗は許されぬものと知れ」 「こころえてございます」 「では、わたくしも適当にうろつくことにします」 一言だけそう告げてから、リブラが先に歩き出す。 いや、わたくしも、て。俺は別に適当に うろつくわけではないんだが……。 ま、まあ、いい。 もう、町の外に出る必要もなくなった。 今、この瞬間から、勇者の仲間として行動しよう。 頭を下げるアスモドゥスに背を向けて、 俺は路地を引き返すのだった。 「俺はどうするか」 このまま一人で時間を潰してもいいが……。 目を離したすきに、あいつらが何をするか 分かったものではない。 「ここは、誰かと合流しておくか」 用心はしておくに越したことはない。 さて、誰を探そうか。 ヒスイ カレン クリス テスト用ファイルです テスト用ファイルその2です 次にクリックすると回想・CG関係フラグON えくすとらのCG・回想フラグを全ONしました たいとるにもどります